- 虐待の連鎖と斧乃木余接の別れ。千石撫子は漫画家ではなく怪異の専門家になるのか?
- ※以下、『余物語』の「よつぎバディ」「よつぎシャドウ」のネタバレを含む感想である。
- 児童虐待の専門家と誤認される阿良々木暦。どうしてそうなった?
- 三歳の娘を檻に閉じ込めて三日間放置。相談内容が重すぎる
- 車の後部座席に斧乃木余接。今回も勝手に同行する
- 檻の中にいたのは子供ではなく人形。いきなり話がおかしくなる
- 准教授が行方不明に。相談してきた本人はどこへ消えた?
- 壊した扉を修理しに戻ったら怪異に襲われる。妙に生活感のある展開
- 余接は暦を放置して別の方法を選ぶ。もう従順な相棒ではない
- クマのぬいぐるみを怪異化。余接の右目が追跡装置になる
- 家住准教授の過去。娘を愛していた両親が成長を許さなかった
- 愛情があれば何をしてもいいわけではない
- 父親に自分を刺してほしいと頼む。逃げ道のなさがつらい
- 人形に刺さったナイフは、過去の事件を再現していた
- 偽りの経歴で准教授になった家住。生き直すための選択だったのか
- 羽川翼の解説で事件の見え方が変わる。やはり頼りになる
- 怪異になっていたのは准教授自身? 救われたはずの過去が終わっていない
- 前作『宵物語』から続く虐待の話。今度は愛情が恐ろしい
- 余接の右目が没収される。怪異を作った代償は大きかった
- 阿良々木家を去る余接。奇妙な共同生活にも終わりが来る
- 「よつぎシャドウ」は千石撫子の自立問題から始まる
- 撫子の両親は本当に自立を望んでいるのか?
- 自立を求めるなら、少しは支援してもいいのではないか
- 撫子は簡単に人へ頼ろうとしない。以前とは違う成長を感じる
- 余接が連れてきたのは臥煙伊豆湖。嫌な予感しかしない
- 首吊りが続くデザイナーズマンション。怪異の仕業なのか?
- スケッチブックを使って事件を整理。漫画家志望の能力が役に立つ
- 三件とも首吊り未遂。撫子が気づいた違和感
- 事故物件にして家賃を下げる。何とも現実的な動機だった
- 怪異よりも人間の欲望が怖い。家賃のために人を殺そうとする発想
- 臥煙伊豆湖は撫子の推理を評価。着実に専門家へ近づいている
- 住まいは確保できそう。でも本当に漫画家への道なのか?
- 次の課題は、かつて自分を呪った友人との再会
- 千石撫子は怪異解決の能力者になるのではないか?
- 暦と余接、撫子と余接。二つのバディ関係が変わっていく
- 『余物語』は「自立」と「支配」を考えさせる一冊だった
- まとめ|余接の別れは寂しいが、撫子の怪異専門家化が気になって仕方ない
物語の概要
■ 作品概要
阿良々木暦がスイスドイツ語の担当教員である家住羽衣准教授から「三歳になる娘を愛せず虐待してしまいそうなので、三日間放置した檻の中の様子を見てきてほしい」と相談を受け、自宅マンションの鍵を託されることから始まる。
暦が余接と共にマンションを訪れると、檻の中にいたのは幼児ではなく背中を果物ナイフで刺された手作りの布人形(唯々恵人形)であり、家住自身も大学から失踪していた。
やがて檻を破って脱出した唯々恵人形や、夫を模して顔面を刺された人形、さらに室内で操られた布製品の襲撃に直面する。
余接の助力を得て屋上のクマのぬいぐるみを追跡の道具とし、家住が遺した手紙の解読を経て校舎の屋上に潜伏していた家住を発見・保護するが、余接は怪異を独断で作成した咎で片目を没収され阿良々木家から去ることになる。
後半では、中学校卒業を控えて自立を迫られた千石撫子が、住まい探しの条件として臥煙伊豆湖から怪異事件(首吊りが続くマンション)の調査を依頼され、過去の蛇切縄の経験と絵を用いた推理によって事件の裏にある「事故物件化による家賃引き下げ」の企図を暴くところまで状況が進む。
■ 主要キャラクター
阿良々木暦
- 立場・所属:曲直瀬大学数学科一年生。元吸血鬼の人間。
- 主人公との関係:主人公本人。
- この巻での主な役割:家住准教授からの依頼を発端として現場マンションの調査、怪異化した布製品への対処、家住の捜索と保護を行う。
- この巻で起きた重要な変化や行動:家住宅で唯々恵人形の脱走と毛布による襲撃を受けて檻に閉じ込められるが、工具を用いて脱出する。余接と共に家住の過去と手紙の真相に迫り、大学の屋上で衰弱していた家住を発見して自死を思いとどまらせる。
斧乃木余接
- 立場・所属:死体人形の付喪神であり、影縫余弦の式神。
- 主人公との関係:阿良々木家に居候している監視役。
- この巻での主な役割:暦の調査への同行、現場の破壊と分析、怪異追跡のための使い魔作成。
- この巻で起きた重要な変化や行動:家住宅の扉や夫の人形を破壊し、屋上で拾ったクマのぬいぐるみに自身の右目を移植して使い魔とし、家住の追跡を可能にする。しかし、独断で怪異を作った責任を問われて臥煙伊豆湖に片目を没収され、阿良々木家からの撤退を命じられる。後半では千石撫子の住まい探しを支援する。
家住羽衣
- 立場・所属:曲直瀬大学のスイスドイツ語担当准教授。
- 主人公との関係:暦の授業担当教員(恩師)。
- この巻での主な役割:事件の発端となる相談者であり、自作の布人形や過去の家庭環境による事件の当事者。
- この巻で起きた重要な変化や行動:スイスで両親から成長を禁じられ檻の中で赤ん坊として育てられた過去を持ち、父に刺殺を乞うた末に母が父を殺害して逃亡した経緯を持つ。日本で婚姻関係や経歴を偽造して生きていたが、自作の家庭シミュレーションが破綻し、偽装発覚を恐れて大学校舎の屋上に潜伏して衰弱していたところを暦に発見される。
千石撫子
- 立場・所属:元・北白蛇神社の神。中学校卒業を控えた漫画家志望の少女。
- 主人公との関係:暦の妹(月火)の友人。
- この巻での主な役割:「第五話 よつぎシャドウ」の中心人物。
- この巻で起きた重要な変化や行動:高校進学をせず自立を求める両親から家を出るよう命じられ、住居の斡旋を条件に臥煙からマンションの連続首吊り未遂事件の調査を引き受ける。スケッチと独自の分析によって犯人の意図を見抜き、怪異に関わる仕事への新たな一歩を踏み出す。
書籍情報
<物語>余物語
著者:西尾維新 氏
イラスト:VOFAN(ヴォーファン) 氏
出版社:講談社
発売日:2019年4月16日
JDCN:06A0000000000108761N

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あらすじ・内容
”斧乃木余接とも、思えば長い付き合いになった”
老倉育に児童虐待の専門家に仕立て上げられた阿良々木暦は、家住准教授から相談を持ち掛けられる。
我が子を檻に入れたまま三日も家に帰っていないという。わけあって斧乃木余接と現場に急行した彼が、そこで見たものは。
これぞ現代の怪異! 怪異! 怪異!
感想
虐待の連鎖と斧乃木余接の別れ。千石撫子は漫画家ではなく怪異の専門家になるのか?
今回収録されているのは、阿良々木暦と斧乃木余接が中心となる「よつぎバディ」と、千石撫子が自立のために怪異事件へ関わる「よつぎシャドウ」の二編である。
前半は、大学の准教授から持ち込まれた児童虐待の相談が、思いもよらない怪異事件へ発展する話。
後半は、中学校卒業を控えた撫子が、漫画家になるために親元を離れようとする話だ。
ただ、読み終えて最初に思ったのは、これだった。
……また児童虐待の話なのか。
前作『宵物語』では、両親からネグレクトを受けていた紅口孔雀が登場した。
今回は、子供を檻に閉じ込めたという准教授から相談を受ける。
しかも、その准教授自身も、幼い頃に両親から壮絶な虐待を受けていたという。
二作続けて、かなり重たい題材である。
一方、後半の千石撫子の話では、別の意味で引っかかることがあった。
学校に通わず漫画家を目指す撫子に、両親は卒業後の自立と一人暮らしを求める。
しかし、十五歳の少女に住居探しから保証人の確保まで要求するのは、さすがに無理があるのではないか。
そもそも、これは本当に自立を促しているのだろうか。
漫画家になることを諦めさせるため、わざと厳しい条件を出しているだけでは?
そんな疑問が残った。
そして、困った撫子の前に現れるのが臥煙伊豆湖である。
……ああ、これはもう逃げられない。
前作で画力を評価された時点で嫌な予感はしていたが、今回も見事に怪異の専門家の仕事へ誘導されている。
このままでは、漫画家になる前に怪異解決のプロになってしまいそうだ。
※以下、『余物語』の「よつぎバディ」「よつぎシャドウ」のネタバレを含む感想である。
児童虐待の専門家と誤認される阿良々木暦。どうしてそうなった?
「よつぎバディ」は、阿良々木暦が大学の准教授から相談を受けるところから始まる。
相談者は、曲直瀬大学でスイスドイツ語を教える家住羽衣准教授。
彼女は、暦が児童虐待に詳しい人物だと聞いていた。
その情報を伝えたのは、老倉育だったという。
……いや、待ってくれ。
阿良々木暦は、いつから児童虐待の専門家になったのだろうか。
確かに暦は、これまで家庭環境に問題を抱える少女たちと関わってきた。
老倉育自身も、家庭の問題によって苦しんできた人物である。
しかし、だからといって専門家というわけではない。
相談を受けた暦も、当然ながら困惑する。
それでも、話の内容を聞いてしまえば放置できない。
このあたりは、大学生になっても変わらない暦らしさだった。
ただ、今回ばかりは最初から専門機関に相談すべき案件ではないかとも思った。
何しろ、相談内容があまりにも深刻だったからだ。
三歳の娘を檻に閉じ込めて三日間放置。相談内容が重すぎる
家住准教授は、自分の娘を可愛いと思えなくなったという。
以前は何よりも大切にしていた。
しかし、ある日を境に愛情が消え、娘を自分の子供だとも感じられなくなった。
そして、三歳の娘を檻に閉じ込め、三日間も放置していると打ち明ける。
……何を言っているんだ、この人は。
三歳の子供を三日間も放置している。
それだけでも、命に関わる問題である。
しかも、檻に閉じ込めているという。
こんな話を聞かされたら、怪異がどうこう言う前に子供の安全を確認する必要があるだろう。
家住は、自分が虐待してしまいそうだから助けてほしいと訴える。
しかし、すでに閉じ込めている時点で、相当危険な状況に思える。
暦が事情を調べようとするのも理解できる。
ただ、読んでいるこちらとしては、とにかく早く子供を助けてほしいという気持ちになった。
車の後部座席に斧乃木余接。今回も勝手に同行する
家住から自宅の鍵を預かった暦は、マンションへ向かう。
すると、車の後部座席には斧乃木余接が潜んでいた。
……また勝手に乗っている。
余接は、阿良々木家に居候している式神である。
普段から暦や月火と関わり、千石撫子とも親しくしている。
そんな余接が、今回も当然のように同行することになる。
この二人の掛け合いは、相変わらず面白い。
暦が余接に振り回され、余接は平然とした顔で言いたいことを言う。
ただ、以前とは少し関係が変わってきたようにも感じた。
余接には、暦とは別の人間関係ができている。
特に、千石撫子との関係が大きい。
もはや暦のそばにいるだけの存在ではないのだ。
今回の事件では、その変化が後々重要になってくる。
檻の中にいたのは子供ではなく人形。いきなり話がおかしくなる
暦と余接が家住のマンションを訪れると、室内には生活の痕跡が残されていた。
そして、子供部屋には大きな檻が置かれている。
しかし、その中にいたのは三歳の少女ではなかった。
布で作られた人形だったのである。
……人形?
ここで、事件の印象が一変した。
本物の子供が閉じ込められていると思っていたのに、そこにいたのは人形だった。
しかも、その人形の背中には果物ナイフが刺さっている。
これは、いったいどういうことなのか。
家住は、人形を娘だと思い込んでいたのだろうか。
それとも、実際の娘をどこかへ移し、その代わりに人形を置いたのだろうか。
さらに、別の部屋には夫を模した人形まで存在していた。
こちらにも刃物が刺さっている。
子供の人形。
夫の人形。
それぞれに刺さった果物ナイフ。
家庭内で起きた何かを再現しているようにも見える。
この時点で、単純な児童虐待の相談ではないことが明らかになる。
准教授が行方不明に。相談してきた本人はどこへ消えた?
暦は家住に報告しようとする。
しかし、准教授は大学にも姿を見せなくなっていた。
自宅の鍵を預けたまま、本人が行方不明になってしまったのである。
……相談を持ちかけたのは、そちらではなかったのか。
暦からすれば、完全に振り回されている。
しかも、部屋には不可解な人形が残されている。
何が起きているのか、さっぱりわからない。
ただ、今回の家住には、最初からどこか不自然なところがあった。
娘を可愛いと思えなくなったという話。
檻に閉じ込めているという告白。
そして、実際には子供ではなく人形が置かれていたこと。
本人が姿を消したことで、ますます謎が深まっていく。
壊した扉を修理しに戻ったら怪異に襲われる。妙に生活感のある展開
暦は、マンションの扉を壊していたことを思い出し、修理のために戻る。
この展開には、少し笑ってしまった。
怪異事件を調べている最中でも、壊した扉は直さなければならない。
確かに、その通りである。
しかし、そんな日常的な用事で再び訪れた部屋で、暦は怪異に襲われる。
動き出したのは、衣服や毛布などの布製品だった。
服が勝手に動き、身体を締めつける。
布に襲われるというのは、何とも奇妙な光景である。
しかし、実際に起きたらかなり怖い。
服は誰でも身につけている。
毛布もカーテンも、身の回りに普通に存在する。
それらが突然襲ってくるとなれば、逃げ場がない。
暦は窒息しかけるほど追い詰められる。
ただし、布は水に濡れると動きを失うらしい。
そこでシャワーを利用して攻撃をしのぐ。
怪異の弱点を探りながら切り抜ける展開は、いつもの〈物語〉シリーズらしかった。
余接は暦を放置して別の方法を選ぶ。もう従順な相棒ではない
今回、興味深かったのは余接の行動だった。
暦が危険な状況に陥っても、余接は必ずしも彼の望むようには動かない。
暦は、千石撫子のことまで持ち出して余接の協力を得ようとする。
しかし、余接はそのやり方に反発する。
ここに、二人の関係の変化を感じた。
以前の余接なら、専門家から与えられた役割に従って動く印象が強かった。
しかし、今の余接には自分の判断がある。
撫子を大切に思う気持ちもある。
暦に言われたからといって、何でも受け入れるわけではない。
この変化は、余接が人間らしくなってきたということなのだろうか。
もともと死体から作られた式神である余接が、自分の人間関係を持ち、感情に近いものを示す。
それは成長のようにも思える。
ただし、今回の独断行動は、後に大きな代償を伴うことになる。
クマのぬいぐるみを怪異化。余接の右目が追跡装置になる
余接は、家住を捜すためにクマのぬいぐるみを利用する。
自分の右目を使い、ぬいぐるみを怪異化させるのである。
……そんなことまでできるのか。
余接自身が人形のような存在であることを考えると、別のぬいぐるみを動かすという発想は興味深い。
しかし、怪異を新しく作り出すという行為は、決して軽いものではなかった。
余接は、自分の判断でそれを実行してしまう。
そして、クマのぬいぐるみは家住の行方を追跡する。
この方法によって、行方不明だった准教授を発見することに成功する。
結果だけを見れば、余接の判断は役に立っている。
しかし、問題はその手段だった。
怪異を解決するために、新しい怪異を作り出す。
それを許してしまえば、今後も同じことが繰り返されるかもしれない。
専門家たちが怪異を厳しく管理している理由も、少し理解できた。
家住准教授の過去。娘を愛していた両親が成長を許さなかった
事件の調査が進むにつれ、家住准教授の過去が明らかになる。
彼女は、スイスで生まれ育った。
父親は小児科医。
母親は子供服のデザイナー。
社会的には成功している両親だった。
そして、娘の誕生を心から喜んでいたという。
しかし、その愛情が異常な方向へ進んでしまう。
両親は、娘をいつまでも可愛い赤ん坊のままにしておきたいと考えるようになった。
そのため、娘の成長を妨げようとしたのである。
……これは、あまりにもひどい。
子供が成長することは、本来なら喜ばしいことだろう。
しかし、家住の両親にとっては違った。
成長すれば、赤ん坊ではなくなってしまう。
だから、成長させたくない。
その考えが、娘を檻に閉じ込める行為へつながっていく。
愛情があれば何をしてもいいわけではない
家住は、幼い頃から檻に閉じ込められていた。
身体が大きくならないように、食事も極端に制限される。
水と、わずかな食べ物だけで生き延びていたという。
母親は、娘のために服を作り続けていた。
しかし、それは娘の成長を喜ぶためのものではない。
いつまでも赤ん坊のままでいてほしいという願いの表れだった。
ここを読んでいて、何とも嫌な気持ちになった。
両親は、娘を愛していたのかもしれない。
しかし、その愛情は娘のためになっていない。
むしろ、娘の自由と成長を奪っている。
愛情があることと、相手を大切にしていることは、必ずしも同じではない。
このことを、改めて考えさせられた。
親が子供を可愛いと思うのは自然なことだ。
しかし、子供は親の所有物ではない。
いつまでも自分の望む姿でいてほしいと願い、成長を妨げることは、愛情では正当化できない。
今回の家住の過去は、その恐ろしさを描いていたように思う。
父親に自分を刺してほしいと頼む。逃げ道のなさがつらい
家住は、長い時間を檻の中で過ごしていた。
しかし、両親の会話を聞き、言葉を覚え、知識を身につけていく。
そして、自分が置かれている状況を理解するようになる。
このままでは、いつまでも自由になれない。
そこで家住は、父親に自分を殺してほしいと頼む。
……どうして、そんな方法しか思いつかなかったのだろうか。
いや、彼女にとっては、それ以外の道が見えなかったのかもしれない。
家から出ることもできない。
誰かに助けを求めることもできない。
成長することさえ許されない。
そんな状況で、父親に自分を刺させるという方法を考えたのである。
結果として、父親は娘の背中を刺す。
しかし、家住は死ななかった。
そして、その光景を見た母親が父親を刺して殺害する。
ここは、読んでいて本当に重かった。
家住は自由になるために、両親の関係を壊そうとした。
しかし、そのために自分の命を差し出そうとしたのである。
どれほど追い詰められていたのかと思うと、胸が痛くなった。
人形に刺さったナイフは、過去の事件を再現していた
家住の部屋に置かれていた二つの人形。
娘を模した人形と、夫を模した人形。
そこに刺さっていた果物ナイフには、意味があった。
当初は、家住が娘や夫を刺したのではないかと思わせる状況だった。
しかし、実際には彼女自身の過去を再現していたのである。
娘の人形は、幼い頃の家住自身。
そして、夫の人形は、彼女を刺した父親を模した存在だった。
ここで、ようやく話がつながった。
家住は、現在の家庭生活を人形で再現しているように見えた。
しかし、実際には過去の家庭環境から抜け出せていなかったのかもしれない。
夫や娘という設定を与えていても、そこに表れていたのは父親と自分自身だった。
過去の出来事を、別の形で繰り返している。
そんな印象を受けた。
そして、家住が娘を可愛いと思えなくなったという相談も、まったく違う意味を持ってくる。
そもそも、本物の娘ではなかった。
自分自身を模した人形だったのである。
偽りの経歴で准教授になった家住。生き直すための選択だったのか
家住は、両親のもとから解放された後、治療とリハビリを受ける。
そして、日本へ渡り、新しい人生を始める。
しかし、その人生は偽りを重ねて作られたものだった。
婚姻関係を偽装し、学歴や経歴も偽っていた。
大学の准教授という立場も、そうした偽りの上に成り立っていたのである。
もちろん、これらの行為を正当化することはできない。
他人を欺き、社会の仕組みを利用している。
しかし、彼女がなぜそこまでしたのかを考えると、簡単に切り捨てる気持ちにもなれなかった。
家住は、長い間、自分の人生を生きることができなかった。
親の望む赤ん坊として扱われ、成長することさえ許されなかった。
ようやく自由になったとき、彼女は自分で人生を作り直そうとしたのだろう。
その方法は間違っていた。
しかし、生き直したいという願いそのものまで否定することはできない。
そんな複雑な気持ちになった。
羽川翼の解説で事件の見え方が変わる。やはり頼りになる
事件の後、暦は羽川翼と再会する。
そして、家住の事件について相談する。
ここで、羽川の解説が始まる。
……やはり羽川様である。
暦が苦労して調べてきた事件を、別の角度から整理していく。
家住の手紙に書かれていたこと。
人形に刺さっていたナイフの位置。
室内で起きた不可解な現象。
それらを照らし合わせることで、暦が見落としていた可能性が浮かび上がる。
特に重要だったのは、家住自身が怪異に近い存在になっているのではないかという点だった。
家住は、長期間ほとんど飲まず食わずで生き延びている。
さらに、布製品が勝手に動き出す現象も起きていた。
これらを考えると、家住は普通の人間とは違う存在になっている可能性がある。
つまり、布を操っていたのは人形ではなく、家住自身だったのかもしれない。
ここは、なるほどと思った。
怪異がいると思っていた場所に、実は別の真相が隠されている。
しかも、家住本人にも自覚がない。
こうした構成は、〈物語〉シリーズらしい面白さだった。
怪異になっていたのは准教授自身? 救われたはずの過去が終わっていない
家住は、両親のもとから逃れた。
日本へ渡り、大学で教える立場にもなった。
しかし、それで過去の苦しみから完全に解放されたわけではなかった。
むしろ、彼女自身が怪異に近い存在になっている可能性が示される。
ここが印象的だった。
過去に起きた出来事は、時間がたてば必ず消えるわけではない。
生活環境が変わっても、心の中に残り続けることがある。
家住の場合、その過去が怪異という形で表れていたのかもしれない。
ただ、だからといって、彼女がすべて悪いとは思えなかった。
もちろん、偽装した経歴や婚姻関係には問題がある。
しかし、幼い頃に受けた虐待は、彼女自身が選んだものではない。
その影響が、本人の知らないところで続いていたとすれば、何ともやりきれない。
暦が家住を一方的に責めず、まず生き延びたことを肯定しようとした姿勢も印象に残った。
前作『宵物語』から続く虐待の話。今度は愛情が恐ろしい
前作『宵物語』では、紅口孔雀が両親からネグレクトを受けていた。
親から十分な世話を受けられず、早く大人になりたいと願った少女である。
今回の家住羽衣は、まったく逆の形で苦しんでいた。
両親は、娘をいつまでも赤ん坊のままにしておきたかった。
そのため、成長を妨げる虐待を続けたのである。
孔雀は、早く大人になりたかった。
家住は、大人になることを許されなかった。
この対比が興味深かった。
どちらも、子供が自分の人生を選べないという点では共通している。
そして、親の都合によって子供の成長が左右されている。
ただ、二作続けて虐待が中心になると、さすがに重い。
怪異の恐ろしさを描くためとはいえ、現実の家庭問題があまりにも深刻である。
読みながら、怪異よりも人間のほうが怖いと感じてしまった。
余接の右目が没収される。怪異を作った代償は大きかった
事件解決のために、余接はクマのぬいぐるみを怪異化させた。
その結果、家住を発見することには成功した。
しかし、臥煙伊豆湖は、その行為を認めなかった。
余接は、独断で新しい怪異を作り出してしまったのである。
その責任を問われ、右目を没収されることになる。
……そこまで厳しい処分になるのか。
確かに、怪異を勝手に増やすことは危険だろう。
しかし、今回は人を助けるための行動だった。
結果として、家住を発見することにもつながっている。
それでも、手段が許されなかった。
このあたりに、怪異の専門家たちの厳しさを感じた。
余接は眼帯姿になる。
そして、阿良々木家から去ることを命じられる。
ここは、少し寂しかった。
阿良々木家を去る余接。奇妙な共同生活にも終わりが来る
余接は、長い間、阿良々木家に居候していた。
特に月火との関係は、独特の面白さがあった。
人間ではない余接が、普通の家庭の中で生活している。
その不思議な日常が、いつの間にか当たり前になっていた。
しかし、今回の事件をきっかけに、その生活が終わる。
暦にとっても、余接が家にいることは自然なことになっていたのだろう。
だからこそ、別れには寂しさがある。
ただ、余接自身にとっては、新しい段階に進むことなのかもしれない。
暦や月火と過ごし、撫子とも親しくなった。
そして、自分の判断で行動するようになった。
その結果として処分を受けることになったのは皮肉だが、余接が単なる命令に従う式神ではなくなっていることも感じられた。
眼帯姿になった余接が、今後どのように関わってくるのか気になる。
「よつぎシャドウ」は千石撫子の自立問題から始まる
後半の「よつぎシャドウ」では、千石撫子が主役になる。
撫子は中学校卒業を控えている。
しかし、高校へ進学せず、漫画家になることを目指している。
そのため、学校にも通っていない。
そんな撫子に対し、両親は自立を求める。
高校へ行かないなら、自分で働いて生活費を稼ぐこと。
そして、中学校を卒業したら家を出て一人暮らしをすること。
さらに、住居の連帯保証人も自分で探すように言われる。
……いや、ちょっと待ってほしい。
まだ十五歳の少女である。
漫画家を目指すために自立する必要があるとしても、住居探しから保証人まで全部自分で何とかしろというのは、かなり厳しい。
そもそも、未成年者が一人で部屋を借りること自体、簡単ではない。
ここは、読んでいて引っかかった。
撫子の両親は本当に自立を望んでいるのか?
今回、私が特に疑問に感じたのは、撫子の両親の意図だった。
本当に娘の自立を応援しているのだろうか。
それとも、漫画家になることを諦めさせたいのだろうか。
撫子は高校へ進学せず、漫画家を目指している。
親としては、不安になるのも理解できる。
漫画家は、努力すれば必ずなれる仕事ではない。
収入も安定しない。
まだ十五歳の娘が学校へ行かずに夢を追うと言い出せば、心配するのは自然だろう。
しかし、だからといって、いきなり一人暮らしを求めるのはどうなのか。
住居も自分で探せ。
保証人も自分で用意しろ。
生活費も自分で稼げ。
ここまで条件を厳しくすれば、普通は困る。
そして、困った末に親へ助けを求めることになる。
もしかすると、両親はそれを狙っているのではないか。
「やっぱり一人では無理だから、高校へ行きます」と言わせたいだけなのでは?
そんなふうに感じた。
もちろん、親の本心は断定できない。
しかし、条件の出し方を見る限り、純粋に自立を支援しているようには見えなかった。
自立を求めるなら、少しは支援してもいいのではないか
撫子の両親は、これまで娘を甘やかしてきたという自覚があるらしい。
だからこそ、今度は厳しく接しようとしている。
その考え自体は理解できる。
しかし、甘やかすことと支援することは違う。
何でも親が代わりにやってしまえば、本人が成長する機会を失うかもしれない。
一方で、何も教えず、すべて自分でやれと突き放すことも、自立を助けるとは限らない。
特に住居の契約や保証人の問題は、本人の努力だけで解決できるものではない。
社会の仕組みとして、未成年者には難しいことがある。
それを理解したうえで、必要なところだけ手助けする。
そういう方法もあるのではないだろうか。
撫子は、自分の夢のために努力している。
漫画を描き続け、仕事を得ようともしている。
だからこそ、親にももう少し現実的な条件を出してほしいと思った。
撫子は簡単に人へ頼ろうとしない。以前とは違う成長を感じる
住居探しに困った撫子を、余接が気にかける。
暦や月火に頼る方法も考えられる。
しかし、撫子は簡単に甘えようとはしない。
ここに、以前とは違う成長を感じた。
かつての撫子は、周囲に守られることを当然のように受け入れていた部分があった。
そして、自分の望みを叶えるために、他人を巻き込んでしまったこともある。
しかし、今の撫子は違う。
自分で生活する方法を考え、できることを探している。
もちろん、まだ未熟なところはある。
十五歳なのだから、それは当然だろう。
それでも、以前のように誰かが何とかしてくれるのを待っているだけではない。
その姿勢には、素直に感心した。
ただし、頼れる人に頼ることまで否定する必要はないと思う。
自立することは、誰にも助けてもらわずに生きることではない。
その点は、撫子にも少しずつ学んでほしいと感じた。
余接が連れてきたのは臥煙伊豆湖。嫌な予感しかしない
住居探しに困っている撫子を、余接はある人物に引き合わせる。
その相手は、臥煙伊豆湖だった。
……ああ、やっぱり。
前作『宵物語』で、撫子は神権譲渡の儀式を行った。
白蛇を八十九匹集めるという難題に対し、八十九匹の白蛇を絵に描くことで乗り越えた。
その画力を評価したのが、臥煙伊豆湖である。
そして、怪異の専門家としての仕事を持ちかけられていた。
今回も、その流れが続いている。
住居探しに困っている撫子に対し、臥煙は仕事を紹介する。
しかも、怪異事件の調査である。
……もう完全に業界へ引き込まれているではないか。
撫子は漫画家になりたいはずなのに、臥煙の仕事を受けることで生活基盤を作ろうとしている。
もちろん、収入を得ることは大切だ。
しかし、その仕事が怪異の専門家というのは、なかなか大変そうである。
首吊りが続くデザイナーズマンション。怪異の仕業なのか?
臥煙が撫子に紹介したのは、あるデザイナーズマンションだった。
その部屋では、入居者が次々と首を吊る事件が起きていた。
最初は父親。
次は同棲していた恋人の一人。
そして、三番目は母親。
いずれも同居人に発見され、命は助かっている。
しかし、事件が起きるたびに住人は退去していた。
しかも、被害者の首には蛇の鱗のような痕跡が残されていた。
このため、蛇切縄に似た呪いが関わっている可能性が浮上する。
蛇切縄といえば、かつて撫子自身を苦しめた怪異である。
……また蛇なのか。
撫子は、神様を辞めたはずなのに、結局は蛇の怪異から離れられない。
このあたりは、何とも因縁深い。
ただ、今回の撫子は、以前のようにただ怪異に苦しめられる立場ではない。
事件を調べ、原因を考える側になっている。
そこが興味深かった。
スケッチブックを使って事件を整理。漫画家志望の能力が役に立つ
撫子は、マンションの部屋を調べながら、スケッチブックに情報を整理していく。
室内の様子。
入居者の配置。
事件が起きた状況。
それらを絵に描きながら考える。
ここが面白かった。
撫子にとって、絵を描くことは漫画家になるための練習である。
しかし、その能力が怪異事件の調査にも役立っている。
前作では、白蛇の絵を描くことで神権譲渡の儀式を成功させた。
今回は、スケッチによって事件の状況を整理し、推理を進めている。
単に絵がうまいだけではない。
観察したものを形にし、情報を整理する能力として活用できている。
これは、なかなか強い。
ただし、本人が目指しているのは漫画家である。
怪異事件の調査員ではない。
……臥煙は、そこまで見越して撫子を仕事に誘っているのだろうか。
そう考えると、少し怖い。
三件とも首吊り未遂。撫子が気づいた違和感
撫子は、三件の首吊り事件を調べるうちに、不自然な点に気づく。
それは、被害者が全員助かっていることだった。
最初の父親も、次の恋人も、三番目の母親も、命を落としていない。
一見すると、不幸中の幸いである。
しかし、怪異が人を殺そうとしているなら、なぜ三度とも失敗しているのか。
しかも、被害者の立場はそれぞれ違う。
父親。
恋人。
母親。
特定の人物を狙っているわけでもない。
ここで、撫子は別の可能性を考え始める。
事件の目的は、住人を苦しめることではないのかもしれない。
むしろ、部屋そのものに何かを起こしたいのではないか。
この発想が面白かった。
怪異事件だからといって、怪異の性質だけを考える必要はない。
人間の思惑が関わっている可能性もある。
撫子は、そこに目を向けたのである。
事故物件にして家賃を下げる。何とも現実的な動機だった
撫子がたどり着いたのは、意外な推理だった。
誰かが、そのマンションの部屋に住みたがっているのではないか。
しかし、家賃が高くて借りられない。
そこで、部屋を事故物件にして家賃を下げようとしているのではないか。
……なるほど。
怪異の事件なのに、動機が妙に現実的である。
確かに、魅力的な物件でも家賃が高ければ住めない。
そこで、何らかの事件が起きれば家賃が下がるかもしれないと考える。
しかし、そのために他人を死なせようとするのは、あまりにも身勝手だ。
しかも、三度とも未遂に終わっている。
住人は退去するが、目的の事故物件にはならない。
だから、次の入居者にも同じことを繰り返す。
そう考えると、事件の流れに説明がつく。
ここは、撫子の推理に感心した。
怪異の正体を追うだけではなく、人間の欲望から事件を考えている。
以前の撫子からは、少し想像しにくい姿だった。
怪異よりも人間の欲望が怖い。家賃のために人を殺そうとする発想
今回のマンション事件で、特に嫌な気持ちになったのは、動機の身勝手さだった。
家賃を下げたい。
そのために、誰かが死ねばいい。
そんな発想で呪いを利用した可能性がある。
……ひどい話である。
住みたい部屋があること自体は理解できる。
家賃が高くて困ることもあるだろう。
しかし、だからといって他人の命を犠牲にしていいわけではない。
しかも、呪いを利用すれば、自分の手を汚さずに目的を達成できると思っているのかもしれない。
このあたりが、何とも嫌だった。
前半の家住准教授の事件も、怪異より人間の行動が恐ろしかった。
後半も、同じような印象を受ける。
怪異そのものは不気味である。
しかし、その怪異を生み出したり利用したりする人間の欲望は、もっと恐ろしい。
『余物語』では、そのことを何度も考えさせられた。
臥煙伊豆湖は撫子の推理を評価。着実に専門家へ近づいている
撫子は、家賃を下げるために呪いが利用された可能性を指摘する。
そして、過去の退去後に家賃について問い合わせた人物を調べれば、犯人を絞れるのではないかと提案する。
この推理を、臥煙伊豆湖は評価する。
もちろん、事件のすべてが解決したわけではない。
呪いを利用した人物と、実際に呪いを扱う存在は別かもしれない。
しかし、調査の方向性としては十分な成果だった。
ここで感じたのは、撫子が着実に怪異の専門家へ近づいているということだ。
過去に蛇切縄に苦しめられた経験がある。
蛇の神になった経験もある。
そして、絵を描く能力がある。
さらに、今回の事件では推理力まで示した。
……これは、臥煙が放っておかないだろう。
撫子にとっては複雑かもしれないが、怪異の専門家としての適性はかなり高そうである。
住まいは確保できそう。でも本当に漫画家への道なのか?
事件の調査を終えた撫子に、臥煙は住まいを紹介すると約束する。
これで、撫子の自立問題には一応の見通しが立つ。
住む場所が決まれば、漫画家を目指す生活も始められる。
その点では、よかったと思う。
しかし、どうにも気になる。
撫子は、漫画家になるために自立しようとしていた。
そのために住まいを探していた。
ところが、住まいを確保する条件として怪異事件を調査することになった。
そして、その能力を評価され、さらに次の仕事へつながっていく。
……これ、漫画家への道なのだろうか。
もちろん、生活費を稼ぐために別の仕事をすることは珍しくない。
夢を追いながら働く人も多い。
しかし、怪異の専門家という仕事は、普通のアルバイトとは違う。
危険もある。
責任も重い。
しかも、臥煙伊豆湖が関わっている。
一度仕事を引き受けたら、簡単には抜けられないような気がする。
撫子の将来が、少し心配になった。
次の課題は、かつて自分を呪った友人との再会
臥煙は、撫子に新しい課題を与える。
それは、かつて蛇切縄の呪いをかけた友人と再会することだった。
……また過去の問題に戻るのか。
撫子は、蛇切縄によって命の危険にさらされた経験がある。
その出来事は、彼女にとって簡単に忘れられるものではない。
しかし、臥煙はその過去と向き合うように求める。
怪異の専門家として活動するなら、過去に自分を苦しめた存在や、その関係者とも向き合う必要があるということなのだろう。
ただ、私は少し引っかかった。
過去と向き合うことは、確かに大切かもしれない。
しかし、それを他人から課題として与えられることには、抵抗もある。
本人がまだ整理できていない気持ちもあるだろう。
無理に向き合えば、かえって苦しくなることもある。
臥煙は、そのあたりも計算しているのかもしれない。
しかし、撫子にとっては、かなり大きな宿題になりそうだ。
千石撫子は怪異解決の能力者になるのではないか?
今回の『余物語』を読み終えて、私の中で一つの予想が強くなった。
千石撫子は、漫画家を目指しながら怪異事件を解決する能力者になっていくのではないか。
前作『宵物語』では、白蛇を八十九匹描くことで神権譲渡の儀式を成功させた。
今回は、スケッチブックを使って事件を整理し、呪いの背後にある人間の欲望を見抜いた。
そして、臥煙伊豆湖から仕事を任され、住居まで紹介されることになる。
ここまで来ると、単なる偶然とは思えない。
撫子の画力。
蛇の怪異との因縁。
神様だった過去。
そして、事件を整理する能力。
これらが、怪異の専門家としての適性につながっている。
ただ、本人が望んでいるのは漫画家である。
だからこそ、今後の展開が気になる。
漫画家として成功するのか。
怪異の専門家として活躍するのか。
それとも、両方を続けていくのか。
個人的には、両方を続ける姿が見てみたい。
怪異事件を解決しながら漫画を描く。
そんな生活は、普通では経験できないだろう。
ただし、漫画の締め切りと怪異事件が重なったら大変そうである。
……臥煙なら、締め切りの前日でも平然と仕事を持ってきそうだ。
暦と余接、撫子と余接。二つのバディ関係が変わっていく
今回の二編を通じて、斧乃木余接の存在が大きかった。
「よつぎバディ」では、暦と一緒に家住准教授の事件を調べる。
しかし、暦の言うことを何でも聞くわけではない。
自分の判断で行動し、怪異を作り出すという危険な選択までしてしまう。
その結果、右目を没収され、阿良々木家を去ることになる。
一方、「よつぎシャドウ」では、撫子の住居探しを手伝う。
そして、臥煙伊豆湖との接点を作る。
こちらでは、撫子の将来を支える存在として描かれている。
この違いが興味深かった。
暦にとっての余接は、長く一緒に過ごしてきた奇妙な同居人だった。
しかし、撫子にとっての余接は、自分の夢や自立を支えてくれる友人になっている。
余接自身も、関わる相手によって役割が変わっている。
その変化が、今回の物語の魅力の一つだった。
『余物語』は「自立」と「支配」を考えさせる一冊だった
今回の二編を読み終えて、共通するテーマがあるように感じた。
それは、自立と支配である。
家住羽衣は、両親から成長することを許されなかった。
いつまでも赤ん坊のままでいることを求められ、自分の人生を奪われていた。
一方、千石撫子は、両親から自立を求められている。
しかし、その条件は十五歳の少女には厳しすぎるように見える。
一方は、親が子供を手放さない。
もう一方は、親が子供を突き放そうとする。
形は違うが、どちらも親と子供の距離感が問題になっている。
もちろん、撫子の両親を家住の両親と同列に扱うことはできない。
家住が受けた虐待は、比較にならないほど深刻である。
それでも、子供が自分の人生を選ぶことの難しさという点では、共通するものを感じた。
そして、どちらの話でも、当事者だけでは問題を解決できない。
暦や余接、羽川、臥煙といった周囲の人々が関わることで、少しずつ道が開かれていく。
自立とは、何でも一人で解決することではない。
必要なときに誰かの力を借りながら、自分の人生を選んでいくことなのかもしれない。
まとめ|余接の別れは寂しいが、撫子の怪異専門家化が気になって仕方ない
『余物語』は、前半と後半で印象が大きく異なる一冊だった。
「よつぎバディ」では、家住羽衣准教授の事件が重かった。
三歳の娘を檻に閉じ込めているという相談から始まり、実際には子供ではなく人形が置かれていた。
そして、家住自身が幼い頃に両親から壮絶な虐待を受けていたことが明らかになる。
娘をいつまでも赤ん坊のままにしておきたい。
そんな両親の歪んだ愛情によって、家住は成長することを許されなかった。
しかも、その過去が人形や布を操る怪異として、現在の生活にも影響している可能性がある。
ここは、読んでいて考えさせられた。
前作『宵物語』では、早く大人になりたい少女が登場した。
今回は、大人になることを許されなかった女性である。
二作続けて、子供の成長と家庭環境が中心になっている。
ただ、虐待の話が続くのは、やはり重い。
怪異よりも現実の人間の行動が恐ろしく感じられた。
そして、事件を解決するために怪異を作り出した余接は、右目を没収される。
眼帯姿となり、阿良々木家を去ることになる。
長く続いてきた奇妙な共同生活に区切りがついたことは、少し寂しかった。
一方、「よつぎシャドウ」では、千石撫子の自立問題が描かれる。
漫画家を目指して高校へ進学しない撫子に、両親は一人暮らしを求める。
しかし、十五歳の少女に住居探しも保証人の確保も全部自分でやれというのは、さすがに厳しい。
本当に自立を応援しているのか。
それとも、漫画家になることを諦めさせたいだけなのか。
そんな疑問が残った。
そして、困った撫子の前に現れるのが臥煙伊豆湖である。
撫子は、デザイナーズマンションで起きた首吊り事件を調査し、家賃を下げるために呪いが利用された可能性を見抜く。
その推理力を評価され、住まいの問題にも見通しが立つ。
しかし、同時に新しい怪異事件へ関わることにもなる。
……これは、もう完全に怪異の専門家への道ではないか。
前作では画力を評価され、今回は推理力まで認められた。
しかも、次は過去に自分を呪った友人との再会を求められる。
漫画家を目指していたはずなのに、どんどん怪異事件の解決へ誘導されている。
このままでは、漫画家としてデビューするより先に、怪異の専門家として独り立ちしてしまいそうだ。
もちろん、それも一つの生き方なのかもしれない。
ただ、撫子には漫画家になるという夢も大切にしてほしい。
私の予想では、今後の撫子は「自称漫画家志望、実態は怪異解決の専門家」という立場になっていく気がする。
果たして漫画家として成功するのか。
それとも、臥煙伊豆湖の仕事にどっぷり浸かってしまうのか。
撫子の将来が、ますます気になる一冊だった。
最後までお読み頂きありがとうございます。

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考察・解説
ストーリー・プロット
第1幕:家住准教授の告白と不審な依頼
曲直瀬大学の前期試験終了後、阿良々木暦はスイスドイツ語の家住羽衣准教授から研究室に呼び出される。
家住は三歳になる娘・唯々恵をどうしても可愛いと思えず虐待してしまいそうであると語り、試験採点の多忙を理由に三日間部屋の檻に閉じ込めたまま放置しているため、様子を見てきてほしいと自宅マンションの鍵を差し出す。
暦は老倉育からの歪んだ伝聞で自分が児童虐待の専門家と誤認されていることを知りつつも、放置すれば人命に関わると判断して依頼を引き受ける。
車へ向かうと、阿良々木家から抜け出して後部座席に潜んでいた斧乃木余接と合流することになり、暦は余接を伴ってマンションへ向かう。
第2幕:マンションの檻と刺された人形
二人は家住のマンション333号室へ到着し、施錠された子供部屋の扉を余接が蹴破って侵入する。
室内には一〜二歳児向けの家具と大型のケージが置かれていたが、中にいたのは生きた幼児ではなく、毛布をねじって作られ顔に「へのへのもへじ」が描かれた手作りの布人形であった。
余接は本物の子供が以前に手元を離れた代償行為であると分析するが、暦は人形の背中に果物ナイフが深々と突き刺さっているのを発見する。
鍵を返却し状況を報告するため大学へと戻るが、家住は研究室から忽然と姿を消しており、連絡も取れなくなっていた。
第3幕:唯々恵人形の脱走と暦の監禁
夏休みに入り、暦は神原駿河の家で忍野扇(男子高校生姿)と遭遇し、事件の状況を話す。扇との対話から、壊した扉の修繕を放置していたことに気づいた暦は、道具持参で単身マンションへ戻る。
しかしケージの鉄柵は内側から力任せにねじ曲げられて空になっており、唯々恵人形が消失していた。
まだ室内に潜んでいる可能性を警戒した直後、ベビーベッドの毛布と化していた人形が飛び出し、暦の首を絞め上げてケージ内へ閉じ込め、外から閂を歪めて施錠し逃亡する。
暦は脱いだズボンで引き寄せた道具箱の金槌を使い、自力で檻を破壊して脱出するが、駐車場の全車両のタイヤが切り裂かれており、追跡手段を絶たれる。
第4幕:夫の人形と布製品の逆襲
自力での解決を断念した暦は、千石撫子の家へ遊びに行っていた余接を嘘の連絡で呼び戻し、正式に協力を依頼する。
余接の跳躍能力(『例外のほうが多い規則』)でベランダから333号室へ再侵入し、最奥の部屋を調べると、敷布団と掛布団で作られた成人男性サイズの人形がベッドに横たわり、眉間に同じ果物ナイフが刺さっているのを発見する。
余接は夫の人形を小指版の必殺技で破壊し、他室の調査へ向かう。
見張りを任された暦は、脱ぎ捨てていた自らのジャケットとスキー帽に首を絞められ窒息寸前に陥るが、浴室へ這い進んでシャワーの水を浴びせることで布の無力化に成功し、布製品の怪異が水に弱い性質を突き止める。
第5幕:使い魔の作成と家住の手紙
余接は室内での戦闘中に天井を突き破り、屋上に雨ざらしで落ちていた古いクマのぬいぐるみ(テディベア)を回収していた。
余接はこのぬいぐるみを一時的に怪異化させて家住の追跡に使うことを提案し、大学の駐車場に放置されていた家住の車(トランク内)で儀式を行う。
余接は自らの右目をくり抜いてぬいぐるみに埋め込み、歩行する使い魔を完成させる。一方、暦の元に友人・食飼命日子から、家住が遺した外国語の手紙の翻訳文が届く。
そこには、スイスの両親から成長を拒絶されて檻に閉じ込められ、赤ん坊のまま育てられたこと、父に懇願して背中を刺させたが死ねず、母が父を刺殺して逃亡したこと、自身も日本で婚姻関係や経歴を偽造して生きてきたが、偽装の発覚を恐れて逃亡したという過去が綴られていた。
第6幕:屋上の対峙と事件の結末
歩き出したクマの使い魔は大学校舎の壁をよじ登り、最上階の屋上へと案内する。
そこにはフェンスにもたれかかり、飲まず食わずで衰弱しきった家住准教授が潜伏していた。
家住は人形を刺したこと自体を認識しておらず、自身の罪悪感と過去の再現の中で追いつめられていた。
暦は「死のうとしたことが間違いだ」と告げて彼女の生存を守る。後日、帰国した羽川翼との会話で家住自身が布を操る無自覚な怪異化を起こしていた可能性が推測される。
一方、独断で怪異を作った余接は臥煙伊豆湖から叱責を受け、右目を没収されて眼帯姿となり、阿良々木家からの退去処分を下される。
第7幕:千石撫子の調査と新たな道
中学校の卒業を控えた千石撫子は、両親から一人暮らしと自立を迫られ住居探しに困惑していた。
余接の手引きで臥煙伊豆湖と対面した撫子は、住居の紹介を交換条件に、あるデザイナーズマンションの一室で入居者が次々と首を吊る怪異事件の調査を依頼される。
被害者の首には蛇切縄を思わせる鱗の痕跡があったが、撫子はスケッチブックで情報を整理し、三件の首吊りがすべて未遂に終わり事故物件化していない点に着目する。
撫子は、誰かが意図的に事故物件化させて家賃を下げるために入居者を狙った狂言・工作であると見抜き、退去後の問い合わせ履歴から犯人を特定できると推理して臥煙に認められる。撫子は新たな住まいと怪異の仕事を得て、過去の因縁に向き合う決意を固める。
主要な転換点
1:子供部屋のケージ内で背中を刺された唯々恵人形を発見
- それ以前の状況:暦は家住から実の娘が三日間檻に閉じ込められていると聞かされ、人命救助の緊急事態としてマンションへ急行していた。
- 出来事:施錠されたベビールームの檻の中にいたのは生きた子供ではなく、毛布で作られ背中に果物ナイフが突き刺さった手作りの布人形であった。
- 変化:事態が生身の児童虐待事件から、家住の心理的異常や怪異現象を孕んだ不可解な状況へと変化した。
- 次への影響:暦が家住の精神状態や家庭環境を強く疑い始め、大学へ戻って家住の失踪を確認する契機となった。
2:唯々恵人形のケージ脱出と暦の檻への逆監禁
- それ以前の状況:暦は破壊したドアを修繕して隠蔽するため、道具箱を持って単身マンションを再訪していた。
- 出来事:ケージの鉄柵がねじ曲げられて人形が消失しており、ベビーベッドに潜んでいた毛布に首を絞められた暦が代わりにケージへ閉じ込められた。
- 変化:人形が物理的な力を持つ怪異として自律行動していることが確定し、さらに駐車場の全車両のタイヤが破壊されて暦自身の足が奪われた。
- 次への影響:暦は事態の隠蔽を諦め、リスクを冒して余接へ本格的な救援と専門家としての介入を求めることになった。
3:自らの衣服の襲撃とシャワーによる撃退
- それ以前の状況:夫の人形を破壊した後の部屋で見張りをしていた暦は、室内で微動する布の気配を警戒していた。
- 出来事:脱ぎ捨てていた自らのジャケットとスキー帽が突然動き出して首を絞め口を塞いできたが、浴室へ這い込んでシャワーの水を浴びせることで活動を停止させた。
- 変化:部屋にある布製品全般が侵入者を攻撃する怪異・罠と化していること、および「水に濡れると無力化する」という明確な弱点が判明した。
- 次への影響:室内探索のリスクが極めて高いことが証明され、余接が屋上で拾ったクマのぬいぐるみを用いた外部からの追跡へ方針を転換させた。
4:余接の右目を用いた使い魔の作成
- それ以前の状況:家住の行方や夫の手がかりが得られず、333号室の継続調査も危険により不可能な手詰まり状態だった。
- 出来事:余接が屋上で回収したクマのぬいぐるみに自身の右眼球を埋め込み、家住の元へ帰巣する使い魔を完成させた。
- 変化:視覚と自律移動を得たクマの人形が先導役となり、家住の正確な潜伏先へのルートが開かれた。
- 次への影響:大学校舎の屋上に潜伏していた家住を自死直前で発見することに成功したが、この独断の儀式が後に余接への重い処罰(片目没収・退去)につながった。
5:千石撫子による首吊り事件の「事故物件化(家賃引き下げ)」推理
- それ以前の状況:デザイナーズマンションで発生した連続首吊り未遂事件に対し、蛇の鱗の跡から蛇切縄の呪いそのものが原因視されていた。
- 出来事:撫子は被害者全員が死亡せず発見されている点と物件の条件に着目し、呪いを利用して家賃を下げさせ自分が住もうとした入居希望者の仕業であると見抜いた。
- 変化:事件の本質が純粋な怪異被害ではなく、人間の私欲による怪異の悪用であると構造が解明された。
- 次への影響:臥煙が撫子の調査能力を高く評価して住居提供を約束し、撫子が専門家の仕事へ本格的に関わる契機となった。
阿良々木暦を中心とした人物関係の変化
斧乃木余接
- 開始時:阿良々木家に居候する監視役と監視対象であり、明確な定義ができない奇妙な共同生活者。
- 主な出来事:家住の事件調査でバディを組み、扉や人形の破壊、衣服の襲撃への対処、余接の右目を用いた怪異作成などを共に行う。その過程で暦が撫子に関する嘘をついたことで余接を激怒させ、友人料金(五千円)の請求を受ける。
- 巻末時:事件解決後、独断で怪異を作った責任を問われた余接が臥煙から片目を没収され、阿良々木家からの退去を命じられたため、長きにわたる奇妙な居候関係に区切りがつくこととなった。
家住羽衣
- 開始時:大学の授業(スイスドイツ語)を担当する教員と、単位を気にしながら呼び出しに応じた受講生。
- 主な出来事:個人的な虐待の告白を受け、マンションの鍵を預けられて部屋の惨状や人形を目撃し、失踪した彼女の過去(檻で育てられた虐待歴と両親の殺傷)を知った上で屋上に潜伏していた本人を保護する。
- 巻末時:教員と生徒という立場を超え、偽りの人生と自死の企図を受け止めて「死のうとしたことが間違いだ」と命を救った関係となった。
主人公の認識と周囲の評価
主人公自身の認識
- 暦は自分自身を「出来のいい学生ではない」「学習機能が備わっていない」「ゼロ学生」と卑下している。
- 過去の怪異事件や家庭問題(羽川、ひたぎ、八九寺、神原、撫子、老倉ら)に数多く立ち会ってきたものの、自らは「解決できたケースなどひとつもない」「かき回しただけ」「怪傑ゾロならぬ解決ゼロ」と捉えており、児童虐待の専門家と呼ばれることに強い違和感と後ろめたさを抱いている。
- また、目の前のことしか見えなくなる悪癖があり、短気で思慮が浅く、トラブルに巻き込まれては周囲に迷惑をかけるドラ息子であると自認している。
周囲からの評価
- 家住羽衣は、老倉育からの情報をもとに暦を「児童虐待のプロフェッショナル」「一を聞いて十を知る専門家」と評価して頼り、さらに「県警キャリア(阿良々木夫妻)の息子であり、警察上層部へ直結する強力なコネを持つ存在」として自らの告発・保護の窓口に見込んでいた。
- 斧乃木余接は、暦を「後先考えずに人助けをする」「優しくていい人」「救えないお人好し」と皮肉りつつも、その愚直な行動力や勘の鋭さを一定程度認めており、道具として使われることに応じて協力関係を結んでいる。
- 忍野扇は、暦が状況の矛盾(虐待と殺害の乖離)に気づいたことを引き出しつつ、「保身と攻撃を分断して考えるべき」と誘導し、思考を試すように接している。
- 羽川翼は、暦が家住を保護したことを知り「まさか先生を救うなんて、立派になった」と成長を肯定的に評価している。
認識の差が現れた場面
- 家住の研究室での面談場面:家住は暦を「数々の虐待問題を解決してきた頼れる専門家」として信頼を寄せて深刻な告白をしたのに対し、暦自身は「自分は虐待される子供の側に立ってきただけで、解決したことなど一度もない」と内心で激しく困惑し、両者の自己像と他者評価に完全な乖離が生じている。
- 家住の手紙における理由開示の場面:家住が暦を選んだ最大の決め手が「児童虐待の知識」ではなく「警察組織に直結する両親の権力(コネ)」であったと明かされた際、暦は自らの能力ではなく親の威光を利用されたことや、自身の専門家としての自負のなさが浮き彫りになる落差を突きつけられている。
家住羽衣の正体
家住羽衣の多層的な実態
余物語第四話「よつぎバディ」に登場する家住羽衣の素性は、物語の進行に伴い多層的な事実が明らかになっていく。表向きの立場から内面の本質に至るまで、以下の四点に大別される。
大学准教授としての表向きの立場
・職責と出自
曲直瀬大学においてスイスドイツ語を担当する准教授を務める。経歴上はスイス生まれおよびスイス育ちのプロフィールを持つ。
・事件の端緒
阿良々木暦を研究室に呼び出し、三歳になる娘を急に愛せなくなり自宅の檻へ閉じ込めていると相談を持ちかけたことから事態が動き出す。
経歴詐称と捏造結婚による偽りの身分
阿良々木暦が読み解いた書状や過去の告白を通じて、国内における立場が虚偽と違法行為の上に築かれた実態が露見する。
・無断婚姻と在留資格の取得
スイスから脱出して国内へ定住を図る目的から、勝手に婚姻届を提出されても気づかない条件に該当する日本人男性を独自に調べ上げ、無断で書類を提出して在留資格を得る。
・詐称による教職就任
年齢、氏名、経歴のすべてを偽装し、独学で習得したスイスの公用語を駆使して国立大学の教員ポストに就任した偽教師の立場にあった。
檻の中で成長を阻害された監禁被害
本人が告白した過去の境遇は、常軌を逸した虐待の連続であった。
・永遠の赤ん坊としての飼育
小児科医の父と子供服デザイナーの母の間に生まれるも、両親は成長を拒み、永遠に愛らしい赤ん坊として囲い込もうと画策する。
・極限の監禁と生命維持
小型の鉄製ケージに収容され、身体を発達させない目的から通常の食事を与えられず、水と少量の果皮のみで約二十年間にわたり生命を維持させられる。
・家庭の崩壊と保護
檻の中で言語を習得した本人は、愛しているなら命を奪ってほしいと父へ五年間にわたり訴え続け、背部を果物ナイフで傷つけられる。その光景を目撃した母が取り乱して父の顔面を刺殺して逃走し、医療機関へ保護されたことで人間としての成長と社会復帰に向けたリハビリを開始する。
怪異としての本質
終盤における羽川翼との対話を通じ、怪異としての決定的な実態が考察される。
・長年の監禁に伴う怪異化
人間が二十年間もの歳月を微量の水分と果皮のみでケージ内に留まり、赤ん坊の形態を維持し続ける現象は生物学的に成立しない。長期の監禁と両親の歪んだ執念により、本人自身が成長しない赤ん坊という怪異へと変貌を遂げていた可能性が示される。
・布地を操作する能力
子供服デザイナーであった母の影響や自己防衛の意識から、布地や衣服を意のままに動かして侵入者を襲撃させる能力を備える。マンションの居室において人形や衣服、敷物が自律的に襲いかかってきた事象は、すべて本人の能力に起因する。
・無自覚のままの行動
本人には自身が怪異である自覚が全く存在しない。大学の屋上において約一週間にわたり絶飲食で潜伏しながら生存していた事実も怪異化によるものとなるが、本人は人間として必死に生き、そして命を絶とうとしていたと信じ込んでいる。
まとめ
家住羽衣の実像は、過酷な虐待の過程で知らぬ間に怪異へ変貌を遂げ、その真相を認識しないまま、必死に普通の女性として生きようとした悲劇的な境遇に集約される。
過去の虐待事件
余物語第四話「よつぎバディ」で明かされる過去の虐待事件は、物語全体の核心に位置づく。家住羽衣の精神的な歪みや不可解な挙動の根源を解き明かす鍵となり、作品全体に深い影を落とす。事件の全貌と物語上の位置づけを以下に整理する。
「永遠の赤ん坊」としての監禁と虐待
・両親の職業と歪んだ情念
父親は小児科医、母親は子供服デザイナーという子供に関わる専門職であった。しかし両親は娘の成長を拒絶し、手のかかる愛らしい赤ん坊のままで留め置くことを望む。
・鉄製ケージによる身体的拘束
幼少期の羽衣を小型の鉄製ケージに幽閉し、身長の伸びや体重の増加を物理的に封じる。
・極限状態の栄養制限と隔離
発育を阻止する目的から通常の食事や母乳すら与えず、水分と数日おきに父親が削いだ果皮のみを少量摂取させて生命を繋ぐ。社会的な就学機会を奪い、近隣住民に対しても存在を隠匿し続ける。
父親への説得と刺殺事件による家庭崩壊
・密かな知識習得と自死の懇願
言葉を与えない母親の目を盗み、父親からスイスの四公用語による教育を受ける。言語と知性を身につけた羽衣は両親の共謀関係を崩壊させるべく、十代半ばより父親へ刃物で自身を刺殺するよう長期にわたり要求する。
・刺傷劇と顔面損壊による殺害
父親は要求に屈して羽衣の背部を果物ナイフで刺すが、慢性的な栄養失調で心臓が縮小していたため急所を外れて生存する。犯行を目撃した母親が激昂し、父親の顔面を刺して殺害に及ぶ。
・医療機関への保護と社会適応の開始
母親が逃走したのち、無断欠勤を不審に思った職場の関係者が遺体と瀕死の羽衣を発見して病院へ保護する。適切な栄養補給と機能回復訓練を経て、人間としての発育を開始する。
阿良々木暦の視点と加害者への対峙
・歴代の被害者たちとの対比
阿良々木暦は過去、羽川翼、戦場ヶ原ひたぎ、老倉育、紅口孔雀といった過酷な家庭環境に苦しむ被害者の立場に寄り添い続けてきた。
・加害者との直接的な対峙
従来の被害児童を救済する構図とは異なり、虐待を実行する親という加害者側の立場に立つ家住准教授と直面する。加害者が単なる記号ではなく、意志を持った生身の人間として実在する事実に直面する。
怪異としての本質
・監禁環境に伴う怪異への転化
長期間にわたり水分と果皮のみで生存し、幼児の肉体を維持し続ける事象は生命維持の常則から逸脱する。極限の監禁と両親の執着により、自身が成長しない存在という怪異へ変貌を遂げていた事実が示唆される。
・布地や衣類を操作する異能
母親の職能や自衛本能に由来し、布地や衣類に干渉して侵入者を排斥する能力を発現させる。
まとめ
この虐待事件は凄惨な生い立ちを示すのみならず、国内で展開される偽装工作や、私室における疑似家庭の再現へと直結する動機を形成する。過酷な過去を背負いながら普通の人間として生き直そうとする悲劇的な歩みを描き出す。
斧乃木余接の処分
余物語第四話「よつぎバディ」において、斧乃木余接は臥煙伊豆湖から厳しい処分を受ける運びとなる。その発端となった行動から科された制裁、さらには決定の背後に隠された意図について整理を行う。
処分の原因
・独断による怪異の生成
家住羽衣准教授の失踪案件を調査する過程において、自らの右眼球を摘出し、小型の熊のぬいぐるみに埋め込む手法で独断の使い魔を作り出す。
・専門家組織における禁忌への抵触
管理下に置かれた式神の身でありながら、上位者の承諾を得ずに独自の怪異を生み出す振る舞いは、専門家組織の規則において重大な禁忌に該当する。
下された具体的な制裁措置
・右目の没収と眼帯の着用
使い魔の作成に供した片目を没収され、事態が沈静化するまでの期間、眼帯の装着を義務づけられる。
・阿良々木家からの退去および接近禁止 阿良々木暦ならびに忍野忍に対する接近禁止が言い渡され、約半年にわたり継続していた阿良々木邸での寄宿および監視の任務から即座に解任される。
処分に込められた臥煙伊豆湖の真意
・所有者による破棄からの保護
式神の主である影縫余弦に独断専行の事実が露見した場合、管理責任の観点から完全な破棄処分を執行される恐れが生じる。先回りする形で厳しい処分を下し、表面上の科料を確定させることで、最悪の処分から守る防波堤を築く。
・長期任務からの解放と新たな役割の付与
過酷な処分という体裁を整えることで、周囲の影響を受けやすい余接を阿良々木邸での長期拘束から解き放ち、次の現場へと送り出す計算が働く。
まとめ
この処分を契機として阿良々木邸を離脱した余接は、千石撫子の生活拠点確保や怪異調査への協力へと舵を切り、新たな居場所へと身を寄せる結果となる。表面的な厳罰の裏には、式神の存在維持と新たな活躍の場を用意する周到な配慮が作用する。
デザイナーズマンションの怪異
余物語第五話「よつぎシャドウ」において描かれる事案は、一見すると不気味な心霊現象や部屋の呪詛に見えながら、その深層には人間の醜悪な欲望と打算が潜む一件となる。
事件の発生状況と不気味な特徴
・舞台の性質
臥煙伊豆湖の知人である不動産業者が所有する、現代アート美術館を思わせる奇抜な外観と豪華な内装を備えた最高級デザイナーズマンションの一室。
・連続首吊り事案
当該居室へ入居した住人が、三組連続で天井の照明器具から首を吊る事態が発生。
- 一人目:A家(父親)
- 二人目:B家(同棲相手の女性)
- 三人目:C家(母親)
・全員の生還
いずれも同居者や家族による早期発見により死者は出ず全員が生還を果たすものの、強い恐怖心から例外なく事件直後に退去を選択。
・首元の痕跡
首を吊った全員の頸部に、共通して蛇の鱗に酷似した痕跡が残存。これは過去に千石撫子の全身を拘束した怪異「蛇切縄」と完全に一致する現象となる。
千石撫子による調査と観察された違和感
中学校卒業後の居室確保に難航していた千石撫子は、臥煙伊豆湖から格安物件の紹介を提示され、斧乃木余接と共に現場を訪問。室内構造や状況を綿密に描写・検討する過程において、以下の不審点を抽出。
・発生間隔の急激な短縮
入居から事態発生に至る期間が、A家は三年、B家は二ヶ月、C家は三週間と、回を重ねるごとに極端な加速と過激化を露呈。
・標的の選定における歪み
居室全体が怪異の根城であれば世帯全員が被害対象となるはずである一方、常に最初の一名のみが標的となり、必ず発見役となる同居者がセットで存在。
解き明かされた真相:人災と事故物件化の工作
千石撫子が導き出した結論は、部屋自体が怪異の発生源でも、住人個人に対する私怨でもないという帰結。
・事故物件化による賃料下落の企図
人気の高い高級物件へ安価に入居することを狙った特定の希望者が、室内で変死者を発生させて告知義務を伴う事故物件へと変貌させ、物件価値を大幅に引き下げた上で空室化を誘発するため、意図的に蛇切縄を差し向けていた構図。
・未遂に伴う犯行の過激化
同居者による早期発見で未遂に終わった結果、事故物件化の要件を満たせず、焦燥を募らせた首謀者が短い周期で繰り返し呪詛を放つ事態へ進展。
結末と真の黒幕
推論の報告を受けた臥煙伊豆湖は、過去の退去直後に賃料の値下げを照会してきた人物の記録を照合し、容疑者の特定へ着手。
しかし該当の入居希望者は呪詛の行使を外部へ依頼した発注側に過ぎず、実質的に一般家庭へ怪異を送り込んでいた存在は、利得を貪る怪異の専門家「洗人迂路子(あらうんど)」と判明。千石撫子はこの一件を契機とし、専門家としての新たな実務へと歩みを進める結末を迎える。
登場キャラクター
国立曲直瀬大学
阿良々木 暦
国立曲直瀬大学に通う1年生。かつて不老不死の吸血鬼であった過去を持つ。
・所属組織、地位や役職 国立曲直瀬大学・1年生。
・物語内での具体的な行動や成果 家住羽衣准教授から相談を受け、自宅マンションの調査を開始する。部屋で檻の中のぬいぐるみや刺された人形を確認する。大学の屋上で衰弱していた家住羽衣を発見して保護に至る。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 試験の単位を取得して夏休みに入る。帰国した羽川翼とカフェテリアで会って事件の真相を整理する。
家住 羽衣
曲直瀬大学でスイスドイツ語の授業を担当する准教授。語学力や経歴を偽って教鞭を執る。
・所属組織、地位や役職 曲直瀬大学・准教授。
・物語内での具体的な行動や成果 阿良々木暦を研究室へ呼び出し娘の虐待について相談を持ちかける。自宅の鍵を託した後に姿を消す。大学の屋上に忍び込んで飲まず食わずの状態で潜伏する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 幼少期に両親から檻へ閉じ込められて成長を阻害された過去を持つ。過去を隠すため無断で婚姻届を提出して在留資格を得ていた事実が判明する。
食飼 命日子
阿良々木暦が大学で得た友人。複数の外国語を解読する能力を誇る。
・所属組織、地位や役職 国立曲直瀬大学・1年生。
・物語内での具体的な行動や成果 阿良々木暦から託された外国語の手紙の解読を行う。手紙の日本語訳文をメールで暦へ送信する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 難解な暗号文を短時間で解読する成果を見せる。
私立直江津高校・OG
忍野 扇
阿良々木暦の後輩にあたる人物。男子高校生の姿で現れる。
・所属組織、地位や役職 私立直江津高校・生徒。
・物語内での具体的な行動や成果 神原駿河の自宅前で阿良々木暦を迎える。暦から事件の相談を受け、密室や複数犯の可能性を提示する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 会話を通じて阿良々木暦の思考を誘導し、推理の転換点を作る。
羽川 翼
阿良々木暦の高校時代の同級生。世界各地を旅して活動する。
・所属組織、地位や役職 私立直江津高校OG。国際地雷撤去U-20委員会委員長。
・物語内での具体的な行動や成果 海外での地雷撤去作業を終えて日本へ帰国を果たす。大学のカフェテリアで阿良々木暦と対面する。家住羽衣の手紙や事件の矛盾点を分析して怪異化の可能性を指摘する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 眼鏡をかけた姿で登場する。戦闘機チャーターの借金を全額返済する。
中学校・高校(阿良々木家・千石家)
阿良々木 月火
阿良々木暦の妹。栂の木第二中学校に通う。
・所属組織、地位や役職 栂の木第二中学校・3年生。
・物語内での具体的な行動や成果 自宅の玄関で阿良々木暦と会話を交わす。紛失したぬいぐるみの行方を暦へ尋ねる。千石撫子の家へ遊びに行く旨のメールを暦へ送信する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 髪型をポニーテールへ変更する。和服を着用して友人たちと山へ向かう。
千石 撫子
中学校卒業を控える少女。漫画家を目指して自宅で暮らす。
・所属組織、地位や役職 元・神。漫画家志望。
・物語内での具体的な行動や成果 両親から卒業後の自立を求められて住まいを探す。斧乃木余接の案内で臥煙伊豆湖と面会する。デザイナーズマンションを調査して事故物件化を狙う犯罪の真相を見抜く。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 臥煙伊豆湖から合格点を与えられる。格安アパートの斡旋と引き換えに怪異退治の仕事を引き受ける。
怪異の専門家・式神
斧乃木 余接
影縫余弦の式神である死体人形。無表情で淡々と喋る。
・所属組織、地位や役職 影縫余弦の式神。憑喪神。
・物語内での具体的な行動や成果 阿良々木暦の車に忍び込みマンションの調査へ同行する。自らの片目をクマのぬいぐるみに埋め込んで使い魔を作り出す。千石撫子を臥煙伊豆湖のもとへ連れていき調査を補佐する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 独断で怪異を作った罰として臥煙伊豆湖から片目を没収される。阿良々木家からの撤退命令を受けて眼帯を着用する。
臥煙 伊豆湖
怪異の専門家を束ねる元締め。あらゆる知識を保有する。
・所属組織、地位や役職 怪異の専門家・元締め。
・物語内での具体的な行動や成果 斧乃木余接の不始末に対して片目没収と阿良々木家からの撤退を言い渡す。千石撫子と面会してマンションの事件調査を依頼する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 不動産業界の知人を持ち住居の手配を行う。千石撫子に「洗人迂路子」の退治を任せる。

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展開まとめ
第四話 よつぎバディ
家住羽衣からの相談
曲直瀬大学に通う阿良々木暦は、スイスドイツ語を教える家住羽衣准教授から研究室に呼び出された。家住は三歳になる娘の家住唯々恵を可愛いと思えなくなり、虐待してしまいそうだと打ち明けた。以前は娘を何よりも大切に思っていたが、ある日を境に愛情が失われ、自分の子供だとも感じられなくなったという。
家住は、暦が児童虐待に詳しいと老倉育から聞き、助けを求めていた。暦は専門家ではないと説明しながらも、深刻な相談を放置できなかった。家住は娘を檻に閉じ込めていることまで明かし、自分の行動を止めてほしいと訴えた。
暦は児童相談所などへの通報も考えたが、家住の話には不自然な点があった。娘への愛情が突然消えたという経緯は、単なる育児疲れだけでは説明しきれなかったのである。
斧乃木余接との同行
暦は家住から自宅の鍵を預かり、娘の様子を確かめるため、マンションへ向かった。その途中、阿良々木家に居候している斧乃木余接を同行させることになった。
余接は家出同然に暦の車へ乗り込み、月火との共同生活や千石撫子との交流について話した。暦は余接の態度に振り回されながらも、怪異が関係している可能性を考え、彼女の助力を期待した。
家住が娘を可愛いと思えなくなったのは突然であり、それ以前は大切に育てていたという説明に、余接も関心を示した。暦は娘の名前が唯々恵であることを伝え、二人はマンションの三三三号室へ向かった。
檻の中の娘
マンションの部屋には生活の痕跡が残されていたが、家住本人の姿はなかった。暦と余接は室内を調べ、子供部屋に設置された大きな檻を発見した。
檻の中に横たわっていたのは三歳児ではなく、布で作られた人形だった。部屋には幼い子供が暮らしていた形跡があり、余接は、本物の唯々恵がすでに母親の手元を離れ、その代わりとして人形が作られた可能性を指摘した。
家住が娘を愛せなくなった理由も、人形を本当の娘として扱おうとしていたからだと考えれば説明できた。しかし、暦は人形の背中に果物ナイフが突き刺さっていることに気づいた。
娘に見立てた人形を檻に閉じ込め、さらに刃物で刺したという状況は、家住の精神状態に対する暦の不安を強めた。
消えた准教授
暦は家住の研究室へ連絡したが、彼女はすでに大学にも姿を見せなくなっていた。自宅の鍵を預けたまま、娘に見立てた人形を放置し、突然失踪していたのである。
暦は家住が自ら姿を消したのなら、無闇に追うべきではないとも考えた。しかし、余接とともに室内を調べるうち、問題は人形だけではないとわかってきた。
別の部屋には、家住の夫を模したような人形も置かれていた。家住は夫と別居中だと説明していたが、その人形の存在は、彼女が語った家庭事情をさらに不可解なものにした。
動き出した唯々恵人形
暦と余接が調査を進めると、檻の中にあった唯々恵人形が消失した。檻の金属部分は強い力でねじ曲げられ、まるで内部から脱出したかのような状態になっていた。
人形が怪異化して動き始めた可能性を考えた暦は、家住の娘を模した存在が刃物を持ったまま逃げ出したことに危機感を抱いた。
さらに、人形は布製品を自在に動かすような力を見せた。暦は思いがけない攻撃を受け、檻に閉じ込められるなど、余接とともに危険な状況に陥った。
二人が駐車場へ出たあとも騒動は収まらず、車のタイヤが破壊されるなど、周囲の住人を巻き込みかねない被害が発生した。暦は自分たちだけで解決できる範囲を超え始めていると感じた。
余接との衝突
暦は余接の協力を得るため、千石撫子に関する嘘まで持ち出した。しかし、撫子を大切に思っている余接は、その嘘に強く反発した。
暦は余接が自分との関係だけで動く存在ではなく、阿良々木家での生活や撫子との友情を通じて、独自の人間関係を築いていることを思い知らされた。
それでも二人は調査を続け、逃げた唯々恵人形の行方と、家住が残した不可解な状況を調べることにした。
夫の人形と新たな襲撃
家住の部屋を再調査した暦と余接は、夫を模した人形の顔面にも果物ナイフが刺さっていることを発見した。
娘の人形と夫の人形が別々の部屋に置かれ、それぞれ異なる場所を刺されていることから、暦は何らかの事件を再現したものではないかと考えた。
その後も室内の布製品が暦を襲い、衣服や身の回りの布が突然動き出した。暦は上着に締めつけられて窒息しかけたが、浴室へ逃げ込み、シャワーの水を浴びることで攻撃から解放された。
布製品は水に弱いらしく、濡れると動きを失った。暦と余接は、室内そのものが侵入者を排除する仕組みになっている可能性を考えた。
屋上のクマのぬいぐるみ
マンションの屋上を調べた二人は、クマのぬいぐるみを発見した。家住の部屋で起きた現象と同じく、このぬいぐるみにも何らかの手がかりが隠されていると考えられた。
余接はぬいぐるみを一時的に怪異化させ、家住の行方を探すための道具として利用することを提案した。ただし、無制限に動く怪異を増やせば危険であるため、能力は最低限に抑える必要があった。
余接は自分の片目を利用してぬいぐるみに働きかけ、家住の居場所を追跡できる状態にした。
二人はクマのぬいぐるみを追い、家住がどこへ向かったのかを探り始めた。
家住羽衣の手紙
調査の途中、暦は家住が残した外国語の手紙を解読してもらった。そこには、彼女が隠していた過去と、家住羽衣という人物の本当の来歴が記されていた。
家住はスイスで生まれ、父親は小児科医、母親は子供服のデザイナーだったという。両親は社会的に成功した人物であり、娘の誕生を喜んでいた。
しかし、二人は娘をいつまでも可愛い赤ん坊のままにしておきたいと願うようになった。その願いは、娘の成長を妨げる虐待へと変わっていった。
家住は両親から愛されていたが、一人の人間として成長することを認められなかったのである。
成長を禁じられた赤ん坊
両親は家住を小さな檻に閉じ込め、体が大きくならないようにした。さらに、栄養を与えれば成長すると考え、食事を極端に制限した。
家住は水と、ごくまれに与えられる果物などで生き延びていた。母親は娘のために服を作り続けたが、それは娘が成長することを望む愛情ではなかった。
家住はほとんど成長できないまま長い年月を過ごし、両親の望む赤ん坊として扱われ続けた。
彼女は両親を憎むだけではなく、そこに愛情が存在したことも理解していた。しかし、その愛情こそが自分の自由と成長を奪っていた。
父親への懇願
家住は檻の中で言葉を覚え、両親の会話から知識を得ていた。やがて、自分を閉じ込める両親の関係を壊さなければ、状況は変わらないと考えた。
家住は父親に、自分を愛しているなら殺してほしいと頼み続けた。父親の持つ果物ナイフで刺してほしいと訴え、長い時間をかけて説得したのである。
そして父親は、ついに家住の背中を刺した。しかし、栄養不足によって極端に小さくなっていた心臓を刃が外れ、家住は死ななかった。
母親は背中を刺された娘を発見し、父親の顔面を刺して殺害した。その後、母親は姿を消した。
家住は両親の関係を破壊することには成功したが、自分の命を絶つことには失敗したのである。
檻からの解放
家住は両親の職場関係者によって発見され、病院へ運ばれた。長年の栄養不足で衰弱していたため、治療とリハビリには時間がかかった。
しかし、病院では両親以外の人々と接することができ、初めて成長することを許された。家住は母親に再び捕まることを恐れながら、必死に回復を目指した。
やがて彼女はスイスを離れ、日本で暮らすことを決めた。過去を捨て、新しい人生を手に入れようとしたのである。
家住羽衣という偽りの人生
家住は日本で生活するため、条件に合う男性を探し、本人に無断で婚姻届を提出した。婚姻関係を捏造することで在留資格を得ようとしたのである。
さらに、学歴や経歴を偽り、大学で教える立場にまでなった。准教授としての生活は、彼女が自分で作り上げた偽りの人生だった。
家住はそのことを犯罪だと理解していたが、ようやく手に入れた家住羽衣という人格を手放したくなかった。
一方で、彼女は家族を持つ生活を再現しようとして、人形を作っていた。娘の唯々恵人形と夫の人形は、彼女が過去の出来事や家庭生活を模した作品だった。
しかし、家住は人形に対しても愛情を持ち続けられず、娘の人形を放置するようになった。
大学の屋上での再会
家住の過去を知った暦は、余接とともに彼女の行方を追った。クマのぬいぐるみが導いた先は、曲直瀬大学の校舎だった。
家住は屋上に留まり、ほとんど飲まず食わずの状態で過ごしていた。暦は彼女の衰弱を心配し、手紙に書かれた内容を踏まえて話しかけた。
家住は自分の人生を偽りで固め、他人を欺いてきたことを認めていた。しかし、暦は彼女が生き延びたことまで間違いだったとは考えなかった。
暦は、彼女が自ら死のうとしたことこそ間違いだったと告げた。
家住は過去から完全に解放されたわけではなかったが、暦は彼女を屋上に放置せず、目の前の命を守ろうとした。
羽川翼との再会
事件のあと、暦は帰国していた羽川翼と会い、家住の事件について相談した。
羽川は家住の手紙と、暦が見た人形の配置を照らし合わせた。二つの人形に刺さった果物ナイフの位置や、事件を再現した順序には、単純に手紙を信じるだけでは説明できない点があった。
暦は、家住の手紙が必ずしも事実を正確に伝えているとは限らないと考え始めた。長年の虐待を受けた彼女自身の認識にも、記憶の歪みや思い違いが存在する可能性があった。
羽川は、家住が語った過去をすべて事実として受け入れるのではなく、人形に残された状況を手がかりに考えるよう促した。
家住羽衣の正体
羽川との話し合いを通じて、暦は家住が怪異そのものになっている可能性に思い至った。
家住の部屋で衣服や布製品が勝手に動き出したことも、長期間飲まず食わずだった彼女が生き延びていたことも、普通の人間では説明しにくかった。
家住は、自分が人間として生き直したと思っていた。しかし、長年にわたる異常な環境と、自身の経験によって、布を操る怪異に近い存在になっていた可能性があった。
しかも、家住自身にはその自覚がなかった。暦は、彼女がようやく手に入れた人生を守るためにも、本人に不用意に真実を突きつけるべきではないと考えた。
怪異としての能力については、臥煙伊豆湖のような専門家に対処を任せる必要があった。
余接への処分
一方、家住の事件に関わった余接にも問題が生じていた。
余接は怪異化させたクマのぬいぐるみを動かすため、自分の片目を利用していた。しかし、独断で怪異を作り出したことは、専門家の管理下にある式神として許される行動ではなかった。
臥煙伊豆湖は余接を厳しく叱責し、片目を没収した。余接は眼帯をつけることになり、さらに阿良々木家から撤退するよう命じられた。
暦は余接との共同生活が終わることを残念に思ったが、彼女の行動に責任が生じることも理解していた。
二人は長く奇妙な関係を続けてきたものの、その関係には一つの区切りがついた。
第五話 よつぎシャドウ
千石撫子の住まい探し
中学校卒業を控えた千石撫子は、漫画家になる夢を追いながら、新しい住まいを探していた。
高校へ進学しないなら働いて自分の生活費を稼ぐようにと両親から言われ、撫子は収入を得るための計画を立てていた。しかし、両親はさらに、卒業後は家を出て独り暮らしをするよう要求した。
連帯保証人も自分で見つけるように言われ、撫子は困り果てた。漫画家を目指すための生活基盤を作ろうとしていたものの、十五歳で住居を確保することは容易ではなかった。
撫子はシェアハウスなども考えたが、他人との共同生活には不安があった。
余接からの協力
撫子のもとには斧乃木余接が訪れ、住まい探しの相談に乗っていた。
余接は、撫子の両親が次々と条件を増やしていることに不満を示した。一方の撫子は、両親が自分を甘やかしてきた過去を反省し、厳しく接しようとしていることも理解していた。
余接は、暦や月火に頼る方法もあると考えたが、撫子は簡単に他人へ甘えることを望まなかった。
それでも余接は撫子を放置せず、住まいの問題を解決するため、ある人物に引き合わせることにした。
臥煙伊豆湖との対面
余接が撫子を連れていった先には、怪異の専門家を束ねる臥煙伊豆湖が待っていた。
撫子は、かつて自分が蛇神となった事件で臥煙と関わっていたため、突然の再会に緊張した。臥煙は親しげに接し、撫子の過去を責めることなく、今後の仕事について話を持ちかけた。
臥煙は余接が撫子と親しくなっていることにも関心を示した。撫子には怪異に関わった経験があり、さらに絵を描く能力があったため、専門家の仕事に役立つ可能性があった。
臥煙は撫子の住まい探しを手伝う代わりに、怪異に関係する事件の調査を依頼した。
首吊りが続くマンション
臥煙が撫子を案内したのは、奇抜な外観を持つデザイナーズマンションだった。
問題の一室では、これまで三組の入居者が暮らし、そのたびに住人の一人が首を吊る事件が発生していた。
最初は家族の父親、次は同棲していた恋人の一人、最後は親子で暮らしていた母親が被害者となった。いずれも発見が早かったため一命を取り留めたが、事件のあと、住人たちはすぐに引っ越していた。
三人の首には蛇の鱗を思わせる痕跡が残されていた。そのため、部屋には蛇切縄に似た呪いが存在する可能性が考えられた。
蛇切縄との因縁
蛇切縄は、かつて撫子自身が苦しめられた怪異だった。
撫子は過去に友人から呪いをかけられ、命の危険にさらされた経験を持っていた。その出来事は撫子の人生を大きく変え、現在も簡単に笑い話にはできなかった。
臥煙は、その経験を事件の調査に生かしてほしいと考えていた。
撫子は、自分の過去を利用されることに戸惑いながらも、今度は怪異に苦しむ人々を助ける立場として問題に向き合うことを選んだ。
スケッチブックによる調査
撫子は、事件が起きた部屋の様子や入居者の配置をスケッチブックに描き、情報を整理し始めた。
怪異の正体を考えるうえで、撫子は自分が蛇切縄に呪われた経験を思い返した。しかし、三件の首吊りには共通点だけでなく、不自然な違いもあった。
被害者の立場は父親、恋人、母親と異なっていた。また、三人とも首を吊ったものの、同居人が発見したため命を落とさずに済んでいた。
もし部屋全体が呪われているなら、なぜ同居人には影響が及ばなかったのかという疑問も生じた。
呪いの強まり
撫子は、事件が起きるまでの期間にも注目した。
最初の入居者より二番目、二番目より三番目のほうが、入居してから首を吊るまでの時間が短くなっていた。呪いが回を重ねるごとに強くなっているように見えたのである。
撫子は、部屋に残された呪いが次の住人へ引き継がれた可能性を考えた。しかし、それだけでは被害者が一人に限られる理由を説明できなかった。
また、蛇の怪異が存在するなら、撫子が絵を描いているうちに何らかの兆候が現れてもおかしくなかった。ところが、スケッチブックには蛇の姿が一匹も現れなかった。
撫子は、事件の原因を怪異だけに求める考え方を疑い始めた。
首吊りの目的
撫子は、三件の事件がすべて未遂に終わっていることに注目した。
被害者が死亡していれば、マンションの部屋は事故物件となり、その事実を次の入居者に知らせる必要が生じる。しかし、三人とも生き延びたため、次の住人は過去の首吊りを知らずに入居できた。
撫子は、呪いをかけた者が単に住人を苦しめたいのではなく、部屋で人が死ぬことを望んでいる可能性を考えた。
その目的が住人への恨みではなく、物件そのものにあるとすれば、三件の事件が続いた理由にも説明がついた。
家賃を下げるための呪い
撫子は、誰かがその部屋に住みたがっているのではないかと推理した。
マンションの一室は設備や内装に恵まれた魅力的な物件だったが、家賃も高かった。入居を希望しても、経済的な事情から諦める者がいても不思議ではなかった。
そこで、入居希望者の誰かが蛇切縄の呪いを利用し、住人を死なせて事故物件にしようとしている可能性が浮かんだ。
事故物件となれば、家賃が下がることを期待できる。さらに、現在の住人が退去すれば、空室になる可能性も高まる。
三件の首吊りは、その目的を達成するために仕組まれたものだったと考えられた。
呪いを利用した犯人
撫子は、被害者が発見される状況にも意味があったと考えた。
首吊りが発見されず、誰にも知られなければ、物件の評判に影響を与えられない。そのため、呪いを利用する側にとっては、事件を目撃する同居人が必要だった。
しかし、三度とも被害者は助かっており、部屋は事故物件になっていなかった。犯人は目的を達成できないまま、呪いを繰り返していたのである。
撫子は、このまま事件が続けば、次こそ死者が出る可能性があると考えた。犯人が手段を過激化させれば、同居人まで巻き込まれる危険もあった。
入居希望者の調査
撫子は、犯人を探すための具体的な方法も考えた。
部屋の家賃を下げることが目的なら、犯人は過去の入居者が退去したあと、家賃が変わったかどうかを確認している可能性が高かった。
そこで、最初の入居者が退去したあとと、二番目の入居者が退去したあとに、管理会社や仲介業者へ問い合わせた人物を調べれば、候補者を絞れると提案した。
臥煙は撫子の推理を評価し、すべての疑問が解消されたわけではないものの、調査の方向性として十分な成果だと認めた。
呪いの依頼主
臥煙は、撫子が推理した入居希望者について、呪いを直接発した人物ではないだろうと告げた。
撫子が見抜いたのは、蛇切縄を利用して事件を引き起こそうとした者の目的だった。しかし、その背後には実際に呪いを扱う存在が関わっていた。
臥煙は事件の解決を認めながらも、まだ完全に終わっていないと説明した。
撫子は、単に呪いを受けた人々を助けるだけでなく、呪いを使って他人の欲望を実現させる存在にも向き合う必要があると知った。
新しい住まいと仕事
臥煙は約束どおり、撫子が中学校を卒業したあとの住まいを紹介すると告げた。
撫子は、漫画家として生きるための収入や住居の問題に悩んでいたが、怪異に関する仕事を引き受けることで、新たな道を得ることになった。
ただし、臥煙の依頼は今回の調査だけでは終わらなかった。
臥煙は、蛇切縄を利用していた存在として、あらうんどという名を挙げた。撫子は、自分を苦しめた呪いに関係する存在が、別の人々を苦しめていることを見過ごせなかった。
かつての友人との再会
撫子は臥煙に、次に何をすればよいのか尋ねた。
臥煙が最初に命じたのは、かつて撫子に蛇切縄の呪いをかけた友人と再会し、旧交を温めることだった。
撫子にとって、その友人との関係は苦い記憶につながっていた。呪いによって命を落としかけた過去は、すでに解決した出来事として簡単に片づけられるものではなかった。
それでも撫子は、怪異の専門家として新しい仕事に踏み出すため、過去と向き合うことになった。
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