物語の概要
ジャンル:
異世界転生ファンタジー・ヒューマンドラマである。孤独な中年男性が異世界で美少女ダークエルフとして生まれ変わりながらも、“おじさん”としての心のまま成長していく物語第2弾である。
内容紹介:
謎の赤子「ユーリ」を救出し、神聖国レジオンに辿り着いたハルカ(元・山岸遥)は、ダークエルフを破壊の神の使徒と誤解する若き学生たちに巻き込まれる。模擬戦ではハラハラさせられながらも、なぜかしもべのような存在を得る展開。その後、貴族のお坊ちゃんから依頼を受け、世界中の強者たちが集う武闘祭への参加を目指す一行の旅路が描かれる第2巻である。
主要キャラクター
- 山岸 遥(ハルカ):異世界に転生した元サラリーマン。見た目は美少女ダークエルフだが、中身はおじさんのままで人間関係に不器用。しかし、少しずつ仲間との絆を育み、自身の心も成長させていく主人公である。
物語の特徴
本作の魅力は、「見た目と中身のギャップ」から生まれるユーモアと共感、そしてハートフルな成長の軌跡にある。ハルカの“おじさん心”が冒険者としての期待とズレながらも真摯に生きようとする姿は、異世界転生ものによくあるチートとは一線を画し、読者に温かい感情を呼び起こす。第2巻では、赤子の救出、模擬戦、武闘祭といったイベントが多彩に並ぶことで、物語のテンポと盛り上がりがさらに強化されている。
書籍情報
私の心はおじさんである 2
著者:嶋野夕陽 氏
イラスト:NAJI柳田 氏
出版社:主婦と生活社(PASH! ブックス)
発売日:2024年04月05日
ISBN:978-4-391-16207-3
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あらすじ・内容
謎の赤子「ユーリ」を救出し【神聖国レジオン】に辿り着いたハルカ達。ダークエルフを神の使徒と思い込む学生達に絡まれてしまう。子供相手の模擬戦でハラハラしていたハルカだったが、なぜかしもべ(?)ができることに!
さらに、面倒な貴族のお坊ちゃんから依頼を受け、新たな街を目指す一行の目的は世界中の強者がひしめく武闘祭!
曲者揃いの大会で、ひとり闘いに挑むアルベルトは勝ち残れるのか!?
人間関係を諦めたおじさんが、新しい自分として異世界で心を成長させていく、歪だけど王道な冒険の物語第2弾!!
感想
読み終えて、まず感じたのは、ハルカと仲間たちの絆が、より一層深まっているということである。1巻では、パーティ結成とハルカ自身の心の葛藤が中心に描かれていたけれど、今巻では冒険者としての活動が本格的にスタートし、まさにパーティとしての始まりを強く感じさせてくれる。
神聖国レジオンへ向かう道中、ハルカたちは謎の赤子ユーリを保護する。ユーリはすぐに物語から退場してしまうものの、その存在が、ハルカたちの優しさや正義感を象徴しているように思えた。後に、武闘祭を観戦しようとしたハルカたちが、ダークエルフを悪神の使徒と信じる学生たちに絡まれる場面がある。このあたりから、ダークエルフ=悪という考え方が、この世界に根強く存在していることが見えてくる。
物語の中盤では、コーディー氏を無事に送り届けることに成功するハルカたち。しかし、その街ではダークエルフに対する偏見が広がっており、ハルカは複雑な気持ちを抱くことになる。幼い女の子をしもべにしてしまったり、少年の性癖を修復不可能なほど歪ませてしまったりと、ハルカの行動には「どうしてこうなった?」と思わずにはいられない部分もある。それでも、ハルカの言葉にはどこかユーモアがあり、その結果もまた、然もありなんと思わせるから不思議だ。
後半では、拠点としている街へ戻る道すがら、貴族の嫡男の護衛任務を引き受けることになる。この嫡男がまた、少々アレな人物で、人の良さからハルカが貧乏くじを引いてしまう場面も。子どもたちの純粋な悪意や、悪人ではないけれどお荷物な人の護衛など、本来ならしんどいと感じてしまいそうな展開も、ハルカの大人な優しさによってマイルドになり、面白く読ませてくれる。
今巻で特に印象に残ったのは、モンタナの可愛らしさである。彼女の無邪気さや、ハルカに対する信頼が、物語に温かさを添えている。また、武闘祭という舞台で、アルベルトがどのように闘っていくのか、今後の展開が非常に楽しみである。
全体を通して、『私の心はおじさんである2』は、異世界を舞台にした冒険ファンタジーでありながら、人間関係や心の成長といった普遍的なテーマを描いている作品だと感じた。ハルカという、心はおじさん、身体はダークエルフ美女というユニークな主人公を通して、読者は様々な感情を体験することができるだろう。次巻では、ハルカと仲間たちがどのような活躍を見せてくれるのか、期待に胸が膨らむ。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
ハルカ
異世界で活動する冒険者であり、仲間と共に各地を旅している。周囲の人々や子供たちとの交流を通じ、異文化や価値観の違いに向き合っている。
・所属組織、地位や役職
特定の所属組織はなく、行動を共にする仲間内で中心的な役割を担う冒険者。
・物語内での具体的な行動や成果
神聖国レジオンで孤児ユーリを保護し、偏見を持つ学院生との対話や説得を行った。賊との戦闘ではストーンバレットで敵を制圧し、仲間を守った。武闘祭では観戦者として仲間を応援した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
異世界の常識や駆け引きに不慣れながらも、経験を重ねて人間関係の構築や交渉における信頼を得ている。
アルベルト
戦闘力に優れる仲間の一人で、直接的な対応や威圧を得意とする。仲間や友人を守る行動原理を持つ。
・所属組織、地位や役職
特定の所属はなく、冒険者として活動。
・物語内での具体的な行動や成果
偏見を持つ学院生に対し威圧で退け、武闘祭予選では戦略的立ち回りで勝利した。賊戦や熊討伐でも前衛として活躍した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
仲間から戦闘の信頼を得る存在であり、戦技の向上や精神面の成長が描かれた。
コリン
弓術と補助を得意とする仲間で、冷静かつ実務的な判断を行う。食事や野営準備など生活面でも貢献する。
・所属組織、地位や役職
特定の所属はなく、冒険者として活動。
・物語内での具体的な行動や成果
学院生への説得や交渉を支援し、戦闘では弓による援護を行った。焚き火や食事の準備、資金管理など後方支援を担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
仲間から生活・交渉両面での信頼を得ており、旅の安定性を支える存在となっている。
モンタナ
獣人の仲間で、冷静かつ的確な戦闘判断を行う。追跡や索敵にも長けている。
・所属組織、地位や役職
特定の所属はなく、冒険者として活動。
・物語内での具体的な行動や成果
熊討伐や賊襲撃で前衛を務め、仲間の危機を回避させた。ギーツの不用意な行動を未然に防いだ。幼少期の工房時代にオクタイと因縁がある。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
戦闘や危機回避での貢献が多く、仲間内で信頼される重要な戦力である。
コーディ
神聖国レジオンの人物で、指揮力と判断力を備えた存在。ハルカたちの行動を観察し、協力関係を築いた。
・所属組織、地位や役職
神聖国レジオンの高位職にある人物。
・物語内での具体的な行動や成果
孤児ユーリの保護方針を決定し、学院生の偏見是正を依頼した。旅の計画立案や地図確認に助言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
仲間たちとの信頼関係を深め、交易や情報収集において協力を継続する立場を確立した。
ユーリ
神聖国レジオンで保護された赤ん坊で、村の唯一の生存者。
・所属組織、地位や役職
孤児として神聖国レジオンの孤児院で保護予定。
・物語内での具体的な行動や成果
旅の途中で保護され、仲間たちとの交流を通じて日常に溶け込んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
保護対象としてコーディの庇護下に入り、安定した生活環境を得た。
ギーツ=フーバー
ドットハルト公国の男爵家嫡男で、護衛依頼人。旅慣れしていないが、依頼を通して一定の成長を見せた。
・所属組織、地位や役職
ドットハルト公国・男爵家嫡男。
・物語内での具体的な行動や成果
護衛依頼を条件付きで発注し、旅の中で装備や行動の改善を重ねた。襲撃や野営経験を通じて焚き火や装備軽量化を学んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
旅を通じて僅かに自立心が芽生えたが、戦闘面や行動面に課題を残している。
サラ
学院に通う少女で、予知夢の神子。偏見を持ってハルカに挑戦したが、その後は同行や協力を行った。
・所属組織、地位や役職
神聖国レジオンの学院生、予知夢の神子。
・物語内での具体的な行動や成果
ハルカへの挑戦を経て和解し、街案内や学院生との橋渡し役を務めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
予知夢の力を持ち、学院内外で特別視されている。ハルカたちとの交流を通じて視野を広げた。
クダン=トゥホーク
特級冒険者で、【不撓不屈】の二つ名を持つ実力者。人々から畏怖と敬意を受けている。
・所属組織、地位や役職
特級冒険者。
・物語内での具体的な行動や成果
街道での存在感や、会食での会話を通じて実力と人柄を示した。特級冒険者の性質について警告を与えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特級冒険者として広く知られ、その名と逸話が各地で語られている。
イーストン=ヴェラ=テネブ=ハウツマン
赤い瞳を持つ黒髪の青年で、夜道でハルカと出会った旅人。
・所属組織、地位や役職
特定の所属は不明。
・物語内での具体的な行動や成果
夜の街でハルカに声をかけ、見送りを行った。会話では必要時の協力を示唆した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
詳細は不明だが、礼儀と気遣いを持つ人物として描かれた。
フォルカー=フーバー
ドットハルト公国の子爵で、ギーツ=フーバーの父。軍務経験と厳格な性格を持つ。
・所属組織、地位や役職
ドットハルト公国・子爵。軍務経験者。
・物語内での具体的な行動や成果
高級レストランでハルカとコリンに会い、ギーツの護衛依頼や性格について言及した。クダンと親交があり、食事代を支払うなど礼を尽くした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
息子への甘やかしを反省し、今後の教育において厳格さを維持する姿勢を示した。
オクタイ
二級冒険者で、モンタナの幼少期に因縁を持つ人物。豪快で空気を読まない性格を持つ。
・所属組織、地位や役職
二級冒険者。
・物語内での具体的な行動や成果
入城待ちでアルベルトと殴り合い、その後和解して真竜の鱗を治療代として提供した。モンタナの育った工房で過去に不適切な発言を行い、父に出入りを禁止された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
戦闘能力は高く、真竜の鱗を所持するなど素材収集の実績を持つ。
マルチナ=スタフォード
学院の歴史教師で、双子の叔母。授業中の発言が偏見を生み、騒動の発端となった。
・所属組織、地位や役職
神聖国レジオンの学院・歴史教師。
・物語内での具体的な行動や成果
ハルカに誤解を与えた授業内容を謝罪し、創世神話や破壊者の歴史について詳細を語った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
歴史や神話の知識を持ち、個人の経験や感情が授業に影響を与えることを認めた。
レオ
スタフォード家の金髪双子の兄。冷静で理知的だが、仲間思いの一面を持つ。
・所属組織、地位や役職
神聖国レジオンの学院生。
・物語内での具体的な行動や成果
偏見騒動の中でハルカを強く擁護し、叔母マルチナとの面会調整を行った。魔法の技術向上を目指してハルカと再会を約束した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔法に関する知識が豊富で、友人関係において信頼を得ている。
テオ
スタフォード家の金髪双子の弟。兄よりも感情表現が豊かで、行動的な性格を持つ。
・所属組織、地位や役職
神聖国レジオンの学院生。
・物語内での具体的な行動や成果
ユーリとの交流や街の案内を行い、偏見騒動では兄と共に行動した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
社交的で柔軟な対応ができ、仲間との距離を縮める役割を果たしている。
イケメン将校(グロッサ帝国将校)
【グロッサ帝国】所属の若い将校で、武闘祭予選に参加した。浅黒い肌と整った容姿で観客の注目を集めた。
・所属組織、地位や役職
グロッサ帝国・将校。
・物語内での具体的な行動や成果
武闘祭予選で積極的な攻撃と華やかな立ち回りを見せ、観客の歓声を誘った。巧みに狙いを避けつつ戦い抜き、勝利を収めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
観客席から主人公的存在として注目され、その行動は武闘祭の見せ場の一つとなった。
修道服の女戦士
修道服姿で金棒と棘付きグローブを携える女戦士。顔には二本の深い傷跡があり、鋭い三白眼を持つ。
・所属組織、地位や役職
所属不明。武闘祭参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
冒険者ギルドで挑発を受けた男たちを瞬時に叩き伏せ、圧倒的な実力を示した。受付後にも複数の相手を制圧して退場した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
周囲の冒険者や職員からも手を出せない存在として恐れられた。
ユーリの保護者(コーディの妻)
コーディの妻で、神聖国レジオンにて孤児ユーリを引き取った人物。
・所属組織、地位や役職
神聖国レジオン在住。コーディの妻。
・物語内での具体的な行動や成果
コーディの説明を受け、ユーリを保護する役目を引き受けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
詳細は描かれていないが、安定した生活環境を提供できる立場にある。
展開まとめ
<神聖国レジオン>
一、お出迎え
林への帰還と双子との再会
ハルカは、唯一の生存者である赤ん坊ユーリを抱き、待機している仲間の元へ戻る途中で双子のレオとテオに出会う。村の全滅を告げると、レオは沈痛な面持ちで受け止め、テオも無言で悲しみをにじませた。気の利いた慰めは浮かばず、ハルカは赤子の世話について話題を変えて二人の気持ちを和らげようとした。
ランタンの明かりと魔法のやりとり
林の中は暗く、アルベルトがランタンを差し出し、レオが小規模な生活魔法「イグニッション」で火を灯す。レオは魔法の仕組みを楽しげに説明し、アルベルトにも習得を勧めた。二人の距離は以前よりも近づき、場の空気も和らぐ。
テオの意地と優しさ
モンタナやテオもユーリに興味を示すが、テオはハルカの視線に気付くと距離を取った。そこへコリンが「意地を張らず仲良くすべき」と諭すと、テオは照れながらユーリの頭を優しく撫で、「何かしてやれないか」と口にする。ハルカは共感し、今後皆で考えようと応じた。
仲間内の照れと絆
アルベルトはテオの優しさに感心しつつも、レオに「お前もな」と返されて照れ隠しに早足で去る。その様子に笑いが生まれ、ハルカは友達関係の温かさを感じる。
待機組との合流と子持ち男性の助言
林の中の開けた場所で、テオは子持ちの男性を連れてくる。彼はユーリを見て、生後半年ほどだと判断。大人しい様子に周囲の関心が集まるが、コリンが「手をきれいにしてから近づくように」と注意し、過度な接近を防いだ。結果、落ち着いた雰囲気でユーリを迎えることができた。
二、方針決定
コーディの帰還と生存者の確認
ユーリを抱く仲間たちの輪に、捜索から戻ったコーディらが加わる。軽い冗談を交えた口調に安堵するが、生存者はユーリを除き全滅であることが判明。村で必要物資は確保できたものの、現実の厳しさを突きつけられ、ハルカは沈痛な思いを隠せなかった。
今後の行動方針と警戒態勢
コーディは予定通りこの地で野営すると告げ、通常以上の警戒を指示。感情を抑えて指揮に徹する姿に、ハルカは自身の未熟さを痛感する。ユーリを抱き直したハルカは、アルベルトやコリンと共に、この子の幸せを願った。
ユーリの保護方針
コーディはユーリを可能な限り神聖国レジオンで保護する意向を示し、ハルカに了承を求める。安定した生活を保証できる立場としての提案に、ハルカは全面的な協力を約束。しかし、コーディの含みある笑みに仲間たちは一様に警戒を示し、軽率な約束を咎めた。
仲間たちの忠告と世界の当たり前
コリンやモンタナは、ハルカがこの世界の駆け引きに疎く、容易に利用されかねないことを指摘。夜番の準備へと向かう仲間たちを見送りながら、ハルカは自分がまだこの世界の「当たり前」に馴染み切れていないと自覚するのだった。
三、教都ヴィスタ
順調な行程とユーリの存在
予期せぬ出来事はあったものの、旅程は大きく崩れずに進行した。旅慣れたコーディたちは予定変更を当然のこととして受け入れ、日が経つにつれ一行にとってユーリの存在は日常の一部となる。言葉を知らぬ幼い彼は、先日の悲劇を背負うことなく成長できる可能性を秘めていた。
先行行動の決定
神聖国レジオンに入国後、治安の良さと街道の安全性を実感する中、一行は最初の街で物資補給を行う。しかしユーリを巡る装備や滞在案について意見が飛び交うと、コーディは迅速に判断し、自身と護衛、ユーリだけで教都ヴィスタへ急行することを提案。残りの仲間は荷を運びつつ後から合流することになった。行動力と決断力に満ちたその采配に、ハルカも感心する。
ヴィスタの壮大な景観
馬車で近づく教都ヴィスタは、遠目にも圧倒される規模と整備度を誇っていた。放射状に広がる道、海・穀倉地帯・森林山岳に囲まれた豊かな地理、そして高台に聳えるオラクル教総本山。幾重の城壁とエリアごとに異なる街並みは、文化の厚みを物語っていた。フレッドが語った「世界一の都」という言葉は、誇張ではなかった。
契約延長と宿泊の提案
コーディは護衛契約を街到着時点で解く代わりに、ユーリの手続き完了まで指定宿への滞在を提案。日中の自由行動を認め、費用も持つ好条件に仲間たちは了承。コリンが契約延長時の条件を確認し、コーディは元契約書通り延長料金を払うと約束する。
高まる期待と少しの照れ
契約成立後も、アルベルトは子供のように景色へ見入ってはしゃぎ、ハルカもつられて胸を高鳴らせる。だがコーディやコリンのにやにや笑いに気づき、途端に照れを覚える。そんな中、モンタナが静かに「ヴィスタ、楽しみですね」と声をかけ、ハルカは小さく応じる。馬車は揺れながら、壮麗な教都へと進んでいった。
四、大人のいたずら
ユーリとの別れとコーディの帰宅
ヴィスタの閑静な住宅街を進み、立派な庭を持つ豪邸の前で馬車が停車する。コーディは妻に事情を説明し、ユーリを預けると告げ、ハルカは名残惜しく手を差し伸べる。小さな手で指を握り返すユーリの仕草に胸を打たれ、再会を誓いつつ見送った。短時間で戻ってきたコーディは、夫婦仲の良さを感じさせる態度で再び馬車を走らせた。
高級宿の冗談と反応
コーディは「とっておきの宿」と称し、王侯貴族のような豪華な建物を紹介する。費用の想像すらつかない高級宿に、ハルカとモンタナは揃って首を振り、コーディは笑いながら冗談だと明かす。本命の宿へ案内すると言い、再び馬車を進めた。
迎賓館エリアの案内とからかい
高級住宅地や迎賓館の並ぶ地区を通り、「経験だ」と称して観光案内を続けるコーディに、アルベルトは不満を示す。やがて馬車は元来た道を戻り、コーディの屋敷の前を通過。ハルカが意図を問うと「善意の案内」と答えるが、その場の全員が呆れ気味だった。
冒険者ギルドでの気晴らし
話題を逸らすように、コーディはヴィスタの冒険者ギルドを指差す。その堂々とした広大な建物に、一行の視線は自然と奪われる。装飾を排した武骨な外観は機能美にあふれ、まさに冒険者心をくすぐる姿であった。
五、ヴィスタの夜と、おじさんの性質
宿への到着と部屋割り
ヴィスタの冒険者ギルドを外観だけ確認した後、徒歩五分ほどの場所にある宿へ案内される。宿は酒場を併設した典型的な冒険者向けの造りで、既に賑わっていた。コーディが手続きを済ませ、二部屋分の鍵を渡す。部屋は二人部屋が二つで、アルベルトとモンタナが一組、ハルカとコリンが同室となった。おじさんの自覚を持つハルカには、この部屋割りに抵抗があった。
コリンとのやり取りとおじさん的葛藤
部屋に入ると、コリンは湯を張るタライを持ってハルカにお湯を出すよう頼む。応じたハルカは、コリンが服を脱いでいる場面に遭遇し、慌てて視線を逸らす。コリンは無遠慮に距離を詰め、香油の香りを指摘してほしそうにするが、セクハラを懸念するハルカは言葉を濁す。さらに、コリンはハルカの匂いを「甘く落ち着く」と評し、くっついたまま離れない。女性同士の距離感に戸惑うハルカは、控えめな制止しかできず、内心でおじさんとしての複雑な感情を抱く。
夜の街の様子と治安の良さ
窓から見下ろす夜の街は人通りが多く、明かりも豊富で、騎士による巡回も見られる。酔客はいるが争いはなく、治安の良さがうかがえた。露出の多い女性を連れた冒険者の姿も見えるが、ハルカ自身はこの世界に来て以降、恋愛感情や性的欲求がほとんどなくなっていることを再確認する。
翌朝の冒険者ギルド訪問
翌朝、男性陣と合流し朝食後、ヴィスタの冒険者ギルドへ向かう。外観は木材が少ない以外はオランズと大差ないが、内部はやや上品で若い冒険者志望者が多く、学生服のような格好の者も目立つ。冒険者たちも彼らに声をかけず、暗黙のルールがある様子だった。
差別的な視線との遭遇
館内を歩こうとした際、入ってきた少女がハルカを見て「ダークエルフ…」と敵意を含んだ声を漏らす。少女はすぐに仲間の元へ走り去ったが、理由のない敵意にハルカは落ち込む。コーディが以前話していた「ダークエルフは破壊の神に作られた」という噂の影響だと悟り、この街の子供たちとは相性が悪いと感じつつ、気持ちを強く持つ必要を自覚した。
六、喧嘩を売られる
依頼掲示板前の緊張
ヴィスタの冒険者ギルドで依頼掲示板を確認していたハルカたちは、討伐依頼がほとんどなく、日雇いや土木作業ばかりであることに気付く。騎士による治安維持の影響で危険な仕事が少ないと推測される中、先ほど敵意を見せた少女サラが再び声をかけてくる。しかし仲間たちは意図的に無視し、応じたのはハルカだけだった。サラは怯えながらも訴えようとするが、その態度から彼女がハルカを危険視していることが明らかになる。
仲間たちの対応と少女の真意
アルベルトやコリン、モンタナはあえて無視を貫き、サラがハルカを非難しに来たことを理解していた。ハルカは、サラが「ダークエルフ=破壊の神の使徒」という噂を信じ、仲間に忠告しに来たと推測し、方向性は誤っていても根は人を気遣える子だと考える。しかし、その背後には傍観する同級生たちがおり、彼らは安全な場所からサラを焚きつけている様子だった。
挑戦の宣言とアルベルトの介入
ついにサラはハルカに指を突き付け、「勝負して洗脳された人々を解放せよ」と挑戦を宣言する。怯えながらも引かないサラに対し、アルベルトが前に出て威圧。古風な不良のような睨みで「俺が相手をしてやる」と言い放ち、後方の生徒たちにも釘を刺す。その迫力にサラは気絶しそうなほど青ざめる。
大人としての対応
ハルカは、喧嘩慣れしていないサラをアルベルトに任せればただでは済まないと判断し、自ら相手を買って出る。そして、挑戦を煽った生徒たちの責任も問うべきだと考え、後方の集団に向けて「全員でかかってくるように」と告げ、責任の押し付けを許さない姿勢を示す。
七、喧嘩をする
訓練場での対決準備
サラの挑戦を受けたハルカは、アルベルトに連行された生徒たちと共に冒険者ギルドの訓練場へ移動する。アルベルトやコリンから代わりを申し出られるが、自ら相手をする決意を示す。訓練場では見学モードの仲間たちを横目に、サラたちは作戦会議を始めるが、なかなか終わらないためハルカがルール設定を提案。「降参」「場外」「完治不能な怪我」で負けとし、サラも了承する。さらにサラは「勝ったら私があなたのしもべになる」と宣言し、他の子への攻撃回避を条件に戦いが始まる。
魔法による攻撃と即時制圧
礼を交わした直後、サラを含む5人全員が指揮棒を取り出し「ウィンドカッター」を詠唱開始。魔法を喧嘩に使う危険性に驚きつつも、ハルカは即座に距離を詰め、詠唱を止められなかった3人のうち2人の襟首を掴んで場外に放り出す。残る2人のうち1人は自ら場外へ逃走し、サラだけが小型のウィンドカッターを保持したまま迷っていた。
サラの攻撃と降参
ハルカが一歩踏み出すと、サラは怯えながら魔法を発動。避ければ仲間に当たる可能性があるため、ハルカは正面から腕で受け止める。予想通り無傷で魔法を消し去ると、サラは膝をつき泣き出し、すぐに降参を宣言し謝罪する。その謝罪の理由は明確ではないが、人に向けて魔法を放ったことへの後悔と、自らの行動のまずさを理解している様子がうかがえた。
大人としての気まずさ
泣きじゃくる少女の前に立ち尽くすハルカは、戦いが終わった安堵よりも、年長者としての気まずさを強く感じていた。
八、若気の至り
子供たちへの説教
泣き止まぬサラを前に、ハルカは「十代前半の子供相手に何をしているのか」という自責の念を抱く。勝者となった以上、子供たちを座らせ、自らも腰を下ろして話を始めた。ダークエルフである自分が無意味に人と敵対することはないと告げ、軽率な喧嘩や仲間を危険に晒す行為をやめるよう諭す。さらに、ウィンドカッターの危険性を理解しながら人に向けたことを厳しく注意し、ルールを守るよう警告した。
子供たちの退場とサラの残留
解散を告げると子供たちは熊に背を向けぬような警戒心でゆっくり退場し、最後にサラだけが残る。促しても動かず、ハルカの問いかけに「本当にダークエルフは破壊の神の使徒ではないのか」と尋ねる。ハルカは、自分には神との関わりも大層な使命もなく、ただ仲間と活動する一冒険者であると答えた。
誤解の解消と予想外の宣言
サラは「酷いことを言っても怪我をさせなかった優しい人」と理解を示すが、直後に「今日から私はあなたのしもべです」と大声で宣言。訓練場に響き渡るその言葉にハルカは困惑し、周囲がざわつく。誤解を招く事態に冷や汗をかく中、コリンに助けを求めるも視線を逸らされ、肩の震えから笑いを堪えている可能性に気付くのだった。
九、神子
サラの同行と仲間たちの様子
訓練場でのやり取りを終え、場所を移して話を続けることになったが、サラは半歩後ろに付き従い満足げな表情を崩さない。訓練を続けるアルベルトとモンタナの勝負は互いの癖を読み合う好勝負で、ハルカには成長した観察眼で展開が見えていた。区切りを促すとモンタナが巧みに勝利を収め、アルベルトは不満を漏らすも、勝負への執着と意外な意地悪さが見えた。
神子という存在
街へ向かう途中、アルベルトの問いにサラは自己紹介を行い、自らが「予知夢の神子」と呼ばれる存在であることを明かす。神子は特別な力を持つ者を指し、特に神聖国内で生まれることが多いという。サラの予知夢は自分に関する未来を断片的に夢で見る力であり、指定して見ることはできず信頼性も低いが、魔素の扱いに長ける特徴を持つ。
予知夢と誤解の経緯
今回サラが強く出たのは、過去にハルカが自分へ攻撃を仕掛ける夢を見たことが理由だった。夢の内容は曖昧で、未来の確定ではないが、条件次第では回避不能になる場合もあるという。ハルカは可能な限り対立を避けることを心に誓い、この説明に納得を示す。
双子とのつながりと街での視線
コリンが話題を転じ、サラはスタフォード家の金髪双子—テオとレオ—と同じ学院に通っていると明かす。ただし関係は浅く、彼らは孤立気味だという。アルベルトは双子との再会を楽しみにしつつも、ダークエルフであるハルカが今後も街で視線や絡みを受ける可能性を指摘する。ハルカは子供からの敵意ある視線に心を痛め、コリンとモンタナの慰めを受けながらも、安らぎを得られずにいた。
十、コーディのお願い事
サラの案内と街での一日
観光用の資金はコリンが持っていたが、ヴィスタの街について事前情報は乏しかった。そこで案内役を買って出たのがサラであり、店や観光地の説明を受けながら一日を過ごす。サラの同行により、子供たちからの直接的な干渉は減ったものの、遠巻きの視線に気疲れを覚える。サラが視線の主を止めようとするたびに、立場への悪影響を避けたいハルカはそれを制止した。
学院生の休暇事情
会話の中で、冬季休暇中の学院生は卒業予定者が研修に出ており、在学生は年明けから授業が始まること、また小遣い稼ぎで七級相当の依頼を受けられることが判明。冒険者ギルドに子供が多い理由もこれによって説明された。
コーディの登場と提案
夕食中、コーディが現れ事情を聞くと、ダークエルフに関する偏見が広まっていることを認め、正式に謝罪。さらに翌日以降、敵意を見せる生徒に対して「物理的な教育的指導」を依頼してきた。暴力を避けたいハルカは会話による解決を提案し、争いとなった場合のみ応じる条件で合意した。
依頼の正式化と忠告
コーディは翌朝、オラクル教から正式な依頼書を渡すとし、成果報酬制で子供たちの意識改革を求めるとした。その上で「会話による解決は強者の理論であり、弱者の立場も考慮すべき」と忠告。ハルカは意味を完全には理解できずとも、その重みを感じ取り受け止めた。
自己反省と明日への準備
部屋に戻ったハルカは忠告を反芻し、自分が命を狙われても説教で済ませたこと、相手の倫理観が必ずしも自分と同じではないことを認識する。戦争や虐殺の例を思い出し、事情次第で倫理は崩れると悟った上で、明日の子供たちとの会話方法を模索する決意を固めた。
十一、噂の訂正
依頼書の確認とコーディの真意探り
翌朝、コーディが依頼書を持参し、内容は前日の説明通り、学院生の偏見を改めさせるというものだった。ハルカは改めて狙いを尋ねるが、コーディは「未来ある子供たちに妙な噂を広げたくない」と答えるのみで詳細は語らない。完全には信用できぬままも、依頼書に不備はなく、迷惑をかけるつもりはないという言葉を信じて受諾した。
活動開始と最初の接触
街を歩き、相手が寄ってくるのを待つ方針で出発。するとモンタナが早々に一人の少年を発見し、逃走を阻止。この少年は仲間内で参謀役を務め、友人が返り討ちに遭った件を受けてハルカの様子を探りに来たという。ハルカは宿へ招き、警戒は構わないが、自分の目で確かめた上で判断してほしいと伝える。少年は快く同意し、友人にも伝えると約束して去った。
子供たちとの対話の日々
以降もモンタナの捕獲や、少年の仲間たちの訪問を通じ、ハルカは複数の子供と対話を重ねた。時には奇声を上げて立ち去るなど、相手の反応は様々だったが、接触は順調に進んだ。
サラの連れてきた女子集団
数日後、サラが大勢の女子を伴って現れる。彼女たちは敵意を露わにし、ハルカは女性集団の視線に恐怖を覚えるも、話を聞く意思を示され、偏見や危険回避の重要性、真実を見極めることの大切さを説明。質疑応答の中で敵意は好奇心へと変わり、和やかな空気が生まれた。
誤解の再燃と疲労
和解が進んだ矢先、サラが「ハルカさんのしもべ」と発言し、集団の警戒心が復活。ハルカはその後、時間をかけて誤解を解く羽目となり、精神的に疲弊して宿へ戻ることになった。
十二、噂の元メ
双子との再会とマルチナの登場
六日目の朝、ハルカたちはヴィスタに戻った双子レオとテオと会うために待ち合わせ場所へ向かう。そこには双子に加え、眼鏡をかけた妙齢の女性マルチナ=スタフォードが立っていた。彼女は学院で歴史を教える教師であり、今回の偏見騒動の発端ともいえる人物だった。挨拶の後、落ち着いた場所で事情を話したいと申し出る。
謝罪と創世神話の説明
喫茶店の角席に着くと、マルチナは深く頭を下げ、自身の授業が原因で迷惑をかけたと謝罪する。本来はダークエルフを悪と決めつけたつもりはなかったが、授業中に熱が入り、歴史や神話を語る中で誤解を招いたという。彼女の語る創世神話は、創造神オラクルと破壊神ゼストという双子の女神が世界を作り、それぞれエルフや人族、ダークエルフや破壊者を生み出したという内容で、両者に悪意はなかったとされる。しかしオラクル教の公式見解とは異なり、破壊神を悪と断じない部分が特徴的だった。
個人的背景と偏見の由来
レオの促しで、マルチナはダークエルフへの個人的な感情の理由を明かす。彼女には考古学者の婚約者がおり、4年前に南方大陸でダークエルフに会うため旅立ち、無事ではあるが、手紙で容姿やスタイルを称賛する内容ばかり送ってくることに苛立っているという。そのため、知らず知らずのうちに授業に個人的感情が反映された可能性を認めた。
オラクル教の公式見解と歴史観の差
レオはオラクル教としての創世神話も説明。双子の女神は途中で仲違いし、ゼストの破壊者が南方大陸を攻めたため、オラクルはやむなく人族に戦い方を教えたとされ、破壊神は一貫して悪として描かれる。この見解とマルチナの話には大きな差があり、それが偏見の形成に繋がったことが理解された。
神人時代と破壊者の多様性
マルチナはさらに、神人時代には破壊者と人族が共存していた記録や、破壊者内部の種族多様性(巨人族、オーガ、ヴァンパイア、ガルーダ、セイレーン等)について語る。現在のように完全な敵対関係ではなく、むしろ内部抗争や牽制が多かったという。もっとも、現代で破壊者に遭遇すれば逃げるか戦うべきだとも警告した。
別れとコーディの問いかけ
長時間の歴史談義を終え、再会を約束して別れる。宿に戻るとコーディが待っており、学院生の心を掴んだことやサラの活躍を評価する。そしてマルチナとどんな話をしたのか尋ねられるが、ハルカは彼女に不利益を与えないため、どこまで話すべきか答えに迷うのだった。
十三、コーディーヘッドナート
マルチナの話題と記憶の告白
コーディはマルチナから何を聞いたのか探るような問いを投げかけ、ハルカは種族や歴史の話を聞いただけと答える。しかし会話の中で、ハルカは半年前以前の記憶がないことをコーディに明かすことになり、冒険者ギルドがその情報を外部に出していなかったと知る。
ユーリの行く先と情報制限
話題を変えたハルカは、ユーリのその後を尋ねる。コーディは孤児院で預かることになったと告げ、身元についても可能性のある情報があるが確証がないため共有しないとする。ハルカは引き続き彼のために協力する意思を伝える。
破壊者の歴史観とコーディの立場
コーディは破壊者と人族の関係について意見を求める。ハルカはオラクル教の公式見解も併せて教わった上で、言葉が通じるなら過去に共存の可能性はあったと答える。ここでコーディはレオを退席させ、秘密の話を始める。彼は最新の考古学の見解の方が事実に近いと信じており、今回の噂を早期収束させたかったのも、その新しい考えを守るためだったと明かす。
協力関係の提案
コーディはハルカたちをこれまで試していたことを認め、今後は共犯関係として協力したいと提案する。条件として、旅の中で話が通じそうな破壊者に出会ったら紹介してほしいと頼む。理由は交易相手の拡大であり、無理は求めないとする。ハルカは仲間に迷惑が掛からない範囲であればと了承する。
和やかな夕食と今後の準備
宿に戻るとアルベルトとコリンが帰ってきて、コーディは依頼成功の祝いとして食事を奢る。和やかな空気の中、ハルカはこの国を出る準備が整ったことを感じ、帰路の計画を思い描いた。
十四、ルート選択と貴族の依頼人
帰路の検討と三つのルート
数日後、ハルカたちは北方大陸南部の詳細地図を広げ、帰路の選択を相談した。ルートは三通りあり、
一つ目は来た道を戻る安全策、
二つ目は【ディセント王国】を経由する遠回りの道、
三つ目は【ドットハルト公国】を経由し首都シュベートへ立ち寄る道である。
アルベルトは三つ目のルートを推し、首都で開催される武闘祭に出場または観戦したいと主張し、コリンも同意する。モンタナは父と再会する可能性を口にするが、それ以上は語らず元気を失う。
ギーツ=フーバーの依頼
そこへ現れたのは、【ドットハルト公国】男爵家の嫡男ギーツ=フーバー。彼はシュベートへ帰る途中の護衛を依頼したいと申し出る。武闘祭に婚約者と共に出席するため期日までに到着したいと説明し、日程は15日程度と告げる。旅や戦闘の経験を問われると自信ありげに答えるが、どこか口ごもる様子も見せた。
条件付き依頼と疑念
ギーツは当初、依頼書作成を渋るが、説得されて提出。しかし依頼内容には「公国内で護衛していたことを他人に話さない。尋ねられたら偶然同行したと答える」という変わった条件が記されていた。理由を問われても明かそうとせず、仲間たちは条件を受け入れるが、ハルカは最後に「我々を事前に知っていたのでは」と追及する。ギーツは、ある人物からの紹介で依頼したことを認めるが、その名は明かさなかった。
依頼受諾と明日の約束
紹介者の心当たりがあったハルカは警戒を解き、依頼を受諾。ギーツは安堵の表情で翌日の再会を約束し、ギルドを後にする。怪しさは残るが、本気で困っていた様子に、引き受ける価値はあると判断された。
十五、確認とお別れ
旅程の最終確認
依頼受諾の翌日、ハルカたちはギーツと共に旅程の最終確認を行った。詳細な地図に進行ルートと予備ルート、補給ポイントを書き込み、ギーツから承認を得る。仲間と依頼人の命を預かる責任から、慎重な計画となった。宿に戻ると、コーディが待っており、護衛依頼の件を「他意のない贈り物」と説明。出発前に地図を見せて意見を求めると、コーディは難所や危険箇所を確認し「玄人と遜色ない」と高く評価した。さらに、ユーリに関する連絡方法を取り決め、今後の協力を約束して握手を交わした。
お別れ会とレオの決意
夜はコーディ主催のお別れ会となり、騎士たちは酒を楽しむが、ハルカたちは翌日の出発に備えて控える。やがて眠気が広がる中、レオがハルカの隣に座り、将来の進路について語る。かつては教師を考えていたが、遠征を経て冒険者かコーディの部署での活動を視野に入れるようになったという。ハルカはレオと「次に会った時、互いに魔法の腕を磨いておく」約束を握手で交わす。
双子との別れ
会話を終えたレオはモンタナと短く言葉を交わし、何かを受け取ってハンカチに包み、ポケットにしまう。コーディは眠るテオを背負い、再会を約して宿を後にする。レオもそれに続き、目を赤くしながらも笑みを見せて去って行った。
充実した初遠征の終わり
はじめての遠征は順調かつ実り多いものとなった。ハルカは眠り込んだアルベルトとコリンを抱え、背中に飛び乗ったモンタナの体温を感じながら部屋へ向かう。周囲の視線も気にせず、仲間と旅ができた喜びを胸に、充実感に包まれていた。
十六、いざ出発
サラの同行願望
出発当日、宿の前に現れたのは大きな背負い袋と帽子姿で準備万端のサラだった。彼女は真剣な面持ちで「しもべになると約束した」と同行を申し出るが、親の許可もない十三歳の少女を危険な旅に連れて行くことはできない。説得の中で、サラは「森の屋敷で暮らすハルカと共に巨大な竜と対峙する夢」を見たことを告白し、その経験を積むために同行したいと語る。ハルカは三年後に再び会い、その時も旅に出る必要を感じていれば連れて行くと約束し、今回は断った。サラは「その時までに役立てるようになる」と応じた。
ギーツとの合流
冒険者ギルドに到着すると、仲間たちは既にギーツと合流していた。彼は場違いなほど大きな荷物を背負い、洒落た帽子と新品の革靴を履き、笑顔で挨拶する。その姿は旅慣れしていないことが一目でわかるもので、サラと並ぶと親子のように見え、パーティ全員がその不安要素を察していた。
<高慢な依頼人>
一、先行き不安
冬の旅の状況と装備
北方大陸の冬は厳しいが、平地で雪が積もることは稀であり、今回のルートには高山もないため旅程に支障は少ない。寒さ対策として、ハルカはヴィーチェから贈られた防寒効果のあるローブを着用し、他の三人は厚手のマントを購入。これらは防水加工が施され、簡易テントとしても利用できる便利な品だった。
軽装主義とギーツの過剰装備
冒険者の旅では荷物を最小限にするのが鉄則で、火にかけられる食器や乾燥保存食など、多用途で軽量な物が選ばれる。しかしギーツの荷は明らかに過剰で、車を使う裕福な旅用の装備だった。ハルカが靴や荷物の見直しを提案するも、ギーツは「武門の家柄」と自信満々に否定。靴だけは履き慣れた物へ履き替えたが、荷の重さを隠しきれない様子を見せた。
仲間たちの反応
コリンも同様の忠告をしており、仲間全員がギーツの頑固さを把握していた。荷から一瞬、土産物らしき物が見えたが追及はせず、本人が旅の中で気付くことを期待する方針を取った。
出発とサラとの別れ
ギーツは元気よく出発を宣言。ハルカは不安を抱きつつも、ギルド前で見送るサラと互いに言葉を交わし手を振って別れた。その後、仲間たちを追って新たな旅路へと足を進めた。
二、疑念
出発直後の失速
出発直後は元気に先頭を歩いていたギーツだったが、数時間後には疲れ果て、水筒も昼前には空に。荷物を減らすよう繰り返し勧めるも、意地を張って拒否。仲間たちも相手をしなくなり、予定より遅れ気味のまま村を目指すことになった。夕方には大きな村に到着し、問題なく宿を確保。ギーツは到着後すぐ部屋へ引きこもろうとしたが、アルベルトの忠告で食事を取る約束をした。
ギーツの正体への疑念
疲弊しきった様子から、モンタナは「普段運動していない」と指摘。剣だこがなく、動きもぎこちないため「腰の剣は飾り」との見方が強まる。フーバー家は武門の家柄として有名なため、仲間たちは「偽者では?」と冗談半分で推測するが、真偽は不明。学園で身分を偽るのは難しいため、憶測だけでは結論に至らなかった。
治癒魔法での回復
食事のためにギーツを起こしに行ったハルカは、足の不調を訴える彼に初めて治癒魔法を試す。予想以上の効果で、ギーツは今朝以上に元気を取り戻し、魔法の規模に驚愕。学園で魔法学を専攻していたと明かし、ハルカの力量を評価する。モンタナも警戒しつつ見守ったが、ハルカは無事であった。
復活した依頼人と仲間の反応
元気を取り戻したギーツは食事の場で上機嫌に振る舞うが、アルベルトは「何で復活してんだよ」と不満を漏らす。ハルカは加減せず魔法を使ったことを少し後悔しつつ、しばらくはアルベルトにギーツの相手を任せることにした。
三、口は災いの元
荷物の変化と道中の環境
翌朝、全員が宿前に集合すると、ギーツの荷物が一回り小さくなっていることに気づく。本人は否定するが、前日の反省で荷を減らした可能性が高い。村を出ると、天然の堀となる広い川に架かる橋を越え、都市圏から外れた森や山の多い地域へ。騎士の巡回は減り、魔物やならず者が潜む危険な道となる。ギーツは前日より口数を減らし、会話は時折の発言程度になった。
森での行軍と野営準備
森に入ると足元は枯葉や濡れ葉で滑りやすく、ギーツはたびたび足を取られる。予定より進行が遅く、野宿を決定。日没前に焚き火と薪の確保を行うことになり、ギーツにも薬草採取を依頼する。野営地では、ハルカが魔法で木材を整え、モンタナやコリンは獲物の処理、アルベルトは薪積みを担当。火起こしを試みたギーツは数度失敗し、結局コリンが調理を進めた。
野営の食事とギーツの失言
焚き火の周りでは兎肉の串焼きと豆入りスープが用意され、寒空の下で温かい食事を楽しむ時間となる。しかし、ギーツが「うまくはないな」と不用意に発言。コリンは笑顔で「パーティ用だから食べなくていい」と返し、契約は護衛のみで食事の用意は含まれないと指摘する。ハルカもこれを支持し、追加料金なしで食事提供は行わない旨を説明。ギーツは驚きつつも黙って食事を続け、謝罪はしなかった。
四、途中経過
野営と休息
夕食後、ギーツは毛布を取り出して木の下で横になり、言葉少なに休んだ。疲労だけでなく、前日の出来事を反省していた可能性もある。パーティは二人一組で不寝番を交代し、ハルカとモンタナは先に休息を取った。交代後、焚き火の番をしながら、ハルカはモンタナに父との関係を尋ねるが、モンタナは「大丈夫」とだけ答え、仲間への信頼を示す言葉を口にした。
翌朝の出発
夜明け、コリンが用意したスープで朝食を取り、焚き火を片付けて出発。ギーツは不寝番の存在に気づかず、元気いっぱいに挨拶。道中ではモンタナと軽口を交わすが、周囲も彼の減らず口に慣れてきており、無用な衝突は減っていた。
物資補給と支払い
旅を続けて四日目の夜、小さな村で物資補給を行う。コリンが購入交渉を終えると、ギーツに支払いを求めるが、握手と勘違いしたため手を払われ、改めて食費の負担を促される。ギーツは最終的に支払いを了承し、今回の補給分を全額負担した。
焚き火係としての成長
七日目の夜、国境付近の山の手前で野営。ギーツは焚き火係として、自ら乾いた薪を選び、以前より効率的に着火できるようになっていた。火をつけると得意げに振る舞うが、相手をするのはハルカやモンタナのみで、アルベルトとコリンには素っ気なくされていた。
アルベルトとの会話とギーツの本音
夕食前、剣の素振りをするアルベルトに、ギーツが「なぜ毎日続けられるのか」と真剣に質問。アルベルトが「強くなりたいから」と答えると、ギーツは「君みたいな単純な子が家にいれば良かった」と呟き、腰の剣を握りしめた。その表情は珍しく暗く、シリアスな空気を漂わせたが、その後は再び黙り込んで焚き火を突っついていた。
五、護衛のお仕事
山道での警戒
国境を越えてドットハルト公国に入ると、山道が続く。動物の鳴き声が増え、ギーツは狼の声に怯えるが、パーティは過去の戦闘経験から冷静に対応。モンタナは鳥や蛇に気を向けており、危険はまだ遠いと判断されていた。
熊との遭遇と撃退
山道を進む途中、鹿の群れに続いて冬眠前の巨大な熊が出現。即座にモンタナとアルベルトが左右から攻撃し、コリンの矢で熊の注意を引きつける。熊は前足を切り裂かれ、立ち上がったところを首を落とされて討伐された。事前の想定と連携が功を奏し、迅速に撃退に成功した。
ギーツの素振りと会話
夜の野営時、ギーツが突然アルベルトの隣で素振りを開始。動きは意外に悪くないが体力が続かず、手を保護するため布を巻く。アルベルトから「戦えるのか」と問われると、ギーツは剣と魔法の両方が使えると主張するも、戦闘には消極的な姿勢を見せた。
野営地での賊襲撃
翌日、野営地に到着直前、モンタナが不自然に水汲みを提案し、パーティを誘導。ギーツだけが広場へ踏み出そうとし、モンタナが強引に引き戻す。直後、矢が飛来し賊の襲撃が判明。モンタナとアルベルトが前衛として突撃、コリンが弓で援護する。
白兵戦と敵の撃退
アルベルトとモンタナは敵の武器を封じながら次々と行動不能にし、コリンの矢も加わって戦況を有利に進める。残りの賊3人は逃走を図るが、ハルカの放ったストーンバレットは命中を避け、代わりに森で倒れた木が逃げる賊の一人を押し潰す。
ハルカの動揺
直接の殺傷意図はなかったものの、結果的に命を奪ってしまった事実にハルカは強い動揺を覚え、その場にしゃがみ込み最悪の気分に苛まれた。
六、生きること
戦闘直後の混乱と自己嫌悪
賊との戦闘後、ハルカは自分が殺した相手が間違いなく自分たちを殺す意志を持っていたと理解する。しかし現実感はなく、荒い呼吸と震えが止まらない。殺さなければ殺されていたと自分に言い聞かせる一方で、仲間を守る覚悟もないまま結果的に人を殺してしまったことに自己嫌悪を覚える。
コリンの介入と心の安定
動揺するハルカにコリンが声をかけ、木の下に座らせ抱きしめる。「矢を受けてくれて助かった」と感謝を告げられ、温もりと会話で少しずつ落ち着きを取り戻す。撫でられながら休むよう促されるが、アルベルトの作業を手伝うため立ち上がる決意を示す。
死体処理の作業
広場では木に押し潰された賊の遺体処理が進められており、ハルカはアルベルトたちと共に木を持ち上げ、死体を集めて火葬する。燃やす炎を料理に使おうとするコリンを制止し、新たに焚火を準備する。仲間たちが普段通りに動く姿に安堵を覚える。
覚悟との対峙
人を殺すことを正義とは思えないが、大切なものを守るためには他を犠牲にする必要があると理解する。ここは平和な世界ではなく、時に殺す選択を迫られる場所である。ハルカはこの日、避け続けてきた現実と向き合う覚悟を持つに至った。
七、戦果
矢による襲撃の説明
食事の準備が進む中、モンタナにつつかれていたギーツが目を覚まし、自分が引き倒された理由を大声で問いただす。モンタナは茂みから狙撃されていたこと、間に合わないと判断して足払いし、背中を引いた結果強く地面にぶつかったことを説明。拾ってきた矢は動物用の強弓で放たれたもので、命中すれば喉を貫通して即死していたと伝える。ギーツは顔色を変えて座り込み、二人の賊が逃げたことと残りが討たれたことを聞き動揺する。
夜警の必要性を巡る衝突
食後、夜の警備当番を決める際、ギーツが今まで夜警の存在を知らなかったことが判明。危険性を理解せず「夜は眠るものだ」と主張したため、アルベルトが激昂し「絶対に旅をしたことがない」と詰め寄る。二人は睨み合うが、モンタナが仲裁に入り、冷静に話し合いを促す。
コリンの退避提案と小競り合いの終結
コリンはハルカを手招きして「放っておいて寝よう」と提案。ハルカは気になるものの、コリンに引かれて横になる。やがてアルベルトとギーツの双方から「いてぇ!」という悲鳴が上がり、モンタナが二人の脛を叩いて制止したことが判明。痛みに顔をしかめる二人に対し、モンタナは鋭い視線を向け、二人は謝罪して事態は収束する。ハルカはモンタナでも本気で怒ることがあると知り、軽く笑って再び目を閉じた。
八、勝手な事情
夜中の目覚めと不寝番の様子
夜中、ハルカは話し声で目を覚まし、モンタナとアルベルトに挟まれて眠っていたことに気づく。そっと抜け出すと、焚火のそばにはコリンとギーツがいた。ギーツはどうやら初めて不寝番を経験しているらしく、二人は軽く挨拶を交わす。休息で気分が回復したハルカは、仲間を守るために次は今日より上手くやりたいという思いを抱く。
ギーツの身の上話
沈黙を破ったギーツは、自分が争いを避けたい性格であること、貴族の嫡男として軍事を学ぶ義務があることを語る。そして依頼に条件を付けた理由として、厳格な父フォルカー・ワーバー男爵のもとでの訓練を嫌い、留学や嘘で稽古を避け続けてきた過去を明かす。帰郷時には父との手合わせを命じられ、実力不足なら婚約者とされる女性に家督を譲ると告げられたため、条件を守る護衛を探したのだという。
婚約者役の提案と拒絶
話の最後に、ギーツは「オークのような女性」との婚姻を避けるため、ハルカかコリンに婚約者役を頼もうとする。しかしハルカは即座に断り、誠実さの欠けた計画に若い仲間を巻き込むことを拒む。ギーツの話をアルベルトたちに共有すると、アルベルトは「ぶっ飛ばしておけばよかった」と苦笑する。
仲間とのやり取りと移動
道中、アルベルトの背が伸びたことに気づいたハルカは、モンタナの頭を撫でて誤魔化すが、見抜かれてしまう。その後は警戒の少ない平原を進み、予定通り宿のある村に到着。疲れたギーツは食後すぐに部屋へ引き上げ、荷物は仲間と同程度の量に減っていた。多少の成長は見えたものの、今後も関わりたいとは思えず、再会は彼がまともになった時で良いとハルカは考えた。
<シュベートの街と武闘祭>
一、目的地といかつい男
シュベート到着と武闘祭の雰囲気
旅は順調に進み、天候にも恵まれた一行は予定通り【ドットハルト公国】の首都シュベートへ到着した。遠目には高く長い城壁しか見えないが、初めての旅程を無事に終えられた達成感は大きい。首都に近づくにつれ道幅は広がり、行き交う人々の数も増え、武器を携える者が目立つようになる。騎士、冒険者、危険な雰囲気を漂わせる者まで様々で、武闘祭を目当てに集まっていると推測された。
異様な道の空きと謎の男の登場
街道を進む中、周囲の人々が自然と道の端へ寄り、真ん中を空ける奇妙な光景が広がる。やがてその中央を、えんじ色のコートをまとい、背丈ほどの大剣と腰の刀を携えた黒髪の男が足早に通ってきた。鋭い眼光と圧倒的な威圧感を放つその姿に、ハルカは目を逸らせず、恐怖心から後ずさりしながら視線を合わせ続ける。
意外な声かけと周囲の反応
男は目前まで来ると片眉を上げ、「前見て歩け」と気さくに忠告し、笑みを見せて通り過ぎた。彼の背が遠ざかると、周囲の人波は元通りに戻る。アルベルトは「やべえ死が隣にいた」と形容し、モンタナは耳と尻尾を伏せて怯えた様子を見せる。
特級冒険者クダンの名
ギーツは、その男を「特級冒険者クダン」と推測する。コリンは物語や百年前の書物に登場する大冒険者の名を聞き、「あんなに若いはずがない」と否定するが、ギーツは二代目ではないかと弁解する。ハルカはメモ帳を取り出し、ラルフからもらった革張りのそれに記した名前を確認。そこには「クダン=トゥホーク」、二つ名【不撓不屈】を持ち、王を殴った逸話を持つ特級冒険者の名が確かに記されていた。
二、目が合うと襲ってくるもの、なーんだ
ギーツとの別れと入城待ち
シュベートの門前で一行はギーツと別れた。ギーツは貴族らしく横から特別入場し、最後までアルベルトに適当にあしらわれながら去っていった。残されたハルカたちは長い行列の最後尾に並び、武闘祭を前に集まった武芸者や観客たちに囲まれる。門前では全員の身元確認が行われているため進みは遅く、周囲は屋台や喧嘩で混沌とした前夜祭のような雰囲気となっていた。
割り込み男の挑発
列に並ぶ最中、にやけ顔の男が割り込み、挑発的な視線を向ける。女子供の一行を軽く見ての行動だったが、アルベルトが即座に「ちゃんと並べ」と応酬。男は脅し文句を吐きつつ顔を近づけ、アルベルトも怯まず下から睨み返す。互いに挑発を重ね、やがて二人は同時に拳を繰り出し、見事なクロスカウンターを叩き込んだ。
喧嘩の余波と周囲の反応
よろけた二人は再び睨み合い、列を進めながら殴り合いを続ける。その横でハルカたちは無言で列を詰め、後方の客たちも距離を取りつつ観戦。屋台の店主や周囲の客は「やれやれー」と囃し立て、兵士たちは呆れながらも事態を監視する。剣を抜くことなく拳での勝負に留まったため、大事には至らなかった。
列の進行と教訓
武闘祭参加者たちは気が昂り、こうした小競り合いが一種のガス抜きとなっているようだった。最終的に、一番早く街に入る方法は割り込みや喧嘩ではなく、地道に列に並び続けることだと再確認させられる結果となった。
三、喧嘩の成果
街の景観とアルベルトの遅れ
シュベートの街は雰囲気こそオランズに近いが、建物はレンガ造りが多く、中心には防御性の高い石造りの城がそびえていた。初めての街に心躍らせつつも、アルベルトがまだ門を通過していないことに気づく。ハルカたちは門のすぐ先にある喫茶店のテラス席で、お茶を飲みながら彼を待つことにした。
再会とオクタイの登場
やがてアルベルトは、先ほど列で揉めた男と笑顔で並んで現れる。男は二級冒険者のオクタイと名乗り、ダークエルフであるハルカを「戦いの象徴」として崇める仕草を見せる。南方の大森林で破壊者の侵攻を防ぎ続けるダークエルフは、彼の故郷では守り神のような存在だったという。
治療と高額報酬
アルベルトの腫れた頬を治癒魔法で癒すと、オクタイが自身の折れた指の治療を依頼。コリンが治療代を請求すると、オクタイは「真竜の鱗」を差し出す。売れば金貨十枚(日本円換算で百万円前後)の価値がある逸品で、試しに叩いても曲げてもびくともしない硬度を誇っていた。
取引成立と反省
治癒魔法によってオクタイの指は瞬く間に元通りになり、彼は「安いもんだ」と満足げに納得。コリンはもっと高値を吹っ掛けられたかもしれないと反省するが、ハルカは気にしていないと伝える。一瞬で一年分の賞与以上の価値を得たにもかかわらず、コリンの落ち込みを気遣い、早く元気を取り戻してほしいと願っていた。
四、知りません
マルトー工房の名とモンタナの反応
オクタイが「真竜の鱗」を防具に加工するならと「マルトー工房」の名を挙げると、ハルカたちはモンタナに視線を向けた。モンタナは明らかに視線を避け、オクタイの呼びかけにも「知らない人です」とそっけなく返す。珍しく感情を露わにするモンタナに、ハルカは無理に話をさせる気はなかった。
宿探しと到着
その後、モンタナの案内で人混みを抜けた先に宿屋街へ到着。混雑が進む中、運良く二人部屋を二部屋確保できた。荷物を置いた後、全員で翌日以降の予定や武闘祭について話し合う。
モンタナの過去とオクタイ
アルベルトの問いかけにより、モンタナはオクタイとの因縁を語る。約十年前、モンタナが育ったマルトー工房は多くの冒険者が訪れる名工房で、幼いモンタナは冒険譚を聞きながら戦闘技術を学んでいた。ある時、少年だったオクタイが冒険者に連れられて工房に来訪。しかし彼は冒険者や職人に可愛がられるモンタナを妬み、こっそり意地悪をするようになる。
事件と決別
ある夜、酒場でオクタイが「父親がドワーフなのに獣人なのは本当の親子ではないのでは」と大声で揶揄。幼いモンタナは深く傷つき、父は激怒。オクタイは他の冒険者に小突かれ謝罪に行くも、父は戦斧を振り下ろし「二度と工房に来るな」と告げた。これがモンタナが彼を嫌う理由であった。
空気の読めなさと性格の対比
アルベルトが「そういう空気が読めないやついるよな」と呟くも、本人は気づかず剣の手入れに集中していた。ハルカは、考えなしに行動するオクタイやアルベルトのような性格と、自分のように考えすぎて動けない性格の対比を思い、結局はバランスが重要だと感じていた。
五、参加登録
登録と観光の計画
アルベルトは武闘祭の参加登録を急ぎたがったが、迷子防止のため翌日に皆で行くことに決定。その日は観光も兼ねることとなり、翌朝早く起床して軽食を取り、街へ繰り出した。モンタナは半分眠った状態でサンドイッチを持ったまま歩き、道案内は街の人々に頼る形となった。
冒険者ギルドと不穏な空気
街が賑わい始める中、冒険者ギルドに到着すると参加受付には長い列ができていた。並ぶ者の中には挑発を受ける者もおり、特に少年と修道服姿の女性が目を引いた。女性は背丈ほどの金棒と棘付きグローブを持ち、顔には二本の深い傷跡が刻まれていた。その鋭い三白眼の一睨みで、ヤジを飛ばしていた男たちを黙らせる威圧感を放っていた。
修道服の女戦士の暴れぶり
受付を終えた女性は、出口付近で男たちを指差し挑発。四方から襲い掛かる者たちを金棒で瞬時に叩き伏せ、嘲笑して去って行った。場内は一時的に静まり返り、仲裁を試みた職員も手を出せない圧倒的な強さを見せつけた。
アルベルトの闘志と別行動
登録を終えたアルベルトは、その女性の強さに興奮し、モンタナに訓練を申し出る。二人は夕方に合流する約束をして訓練場へ向かい、ハルカとコリンは別行動で街の食事処へ向かうことになった。ハルカは日頃の感謝を込め、コリンと共に高級店へ行くことを考える一方、自身のお小遣い制の解除について密かに思いを巡らせていた。
六、会食
高級店への誘いと予期せぬ再会
冒険者ギルドを後にしたハルカとコリンは、地元住民から勧められた高級レストランへ向かう。立派な門構えに気後れするも、コリンの提案で入店を試みる。しかし紹介制であることが判明し退店しかけたところ、特級冒険者クダンと、その連れである軍服姿の男性フォルカー=フーバー子爵に遭遇。二人の計らいで同席することとなる。
フォルカー子爵との会話
席につくと、フォルカーは自己紹介し、ギーツの父であることを明かす。護衛の件も既に知っており、息子への甘やかしを反省していた。フォルカーはハルカがクダンと正面から会話したことを評価し、その度胸を指摘。クダンは、人々が避ける現象は顔の知られ方と威圧によるもので、実力者や鈍感な者には効かないと説明した。
クダンへの質問攻め
食事はスパイスの効いた絶品揃いで、二人は堪能する中、コリンはクダンへの質問を開始。真竜との戦いやディセント王国の王を殴った逸話などを矢継ぎ早に尋ね、クダンは呆れながらも全てに答える。竜は尻尾や角を再生すること、殴打は正当な理由があったことなどが語られた。
別れと警告
やがてクダンは予定を理由に席を立ち、去り際に「特級冒険者は変人の集まりと思え」と警戒の重要性を説く。ハルカは感謝と謝罪を述べ、クダンの繊細さを感じ取った。フォルカーは「理解者ができた」とからかい、クダンは一言「うるせぇ」と残して去った。
フォルカーからの心遣い
食後、店員からフォルカーが代金を支払ったこと、ギーツの件を詫びる言伝があると知らされる。宿に戻り話をすると、アルベルトは羨ましがり、コリンと口論の後、真剣に話を聞く。モンタナは静かに「僕も話聞きたかったです」と漏らし、ハルカは次にクダンに会う際は声をかけると心に誓った。
七、黒髪の青年
夜の散歩と出会い
就寝前、コリンの入浴準備を避けるため、ハルカは夜の街へ散歩に出る。明かりは松明程度で薄暗く、ベンチには恋人たちが座る中、ため息をつく黒髪の青年が目に留まった。珍しい赤い瞳を持つ美青年で、気怠げながらも女性の一人歩きを危ぶむ忠告をしてくる。
沈黙の時間と声掛け
親近感を抱いたハルカは距離を空けて隣に座るが、会話は続かず、三十分ほど沈黙が続く。やがて青年が立ち去ろうとした際、ハルカは「悩み事があるなら聞く」と申し出る。青年は笑みを浮かべ、大丈夫だと答えつつ、必要があれば声をかけると応じた。
自己紹介と別れ
青年は自身をイーストン=ヴェラ=テネブ=ハウツマンと名乗り、旅人だと語る。ハルカも名乗り、宿を指差すと、彼は護衛を申し出るがハルカは辞退。それでも「女性を夜道に一人で歩かせない」と気遣う。イーストンは「イースでいい」と呼び名を伝え、ハルカを見送った。
印象と余韻
宿へ向かう途中、振り返るとイーストンはその場で見守っていた。彼の行動は純粋な気遣いと感じられ、ハルカは自分も元の世界で同じことができていればと一瞬考えるが、容姿と雰囲気があってこそと結論づける。理不尽さを含め、世の中はそうしたものだと感じつつ宿へ戻った。
八、在りし日の憧れ
大会ルールの確認
試合前夜、アルベルトは早めに就寝。ハルカはコリンとモンタナと共に大会のルールを再確認する。舞台は街の南門近くのコロシアムで、千人近い参加者が八組に分かれて予選を行い、各組四人が本戦進出となる。予選は木製武器を使用し、殺傷は禁止。一級冒険者以上は実力差のため出場不可で、特級も同様に参加禁止である。
応援旗の準備
ハルカは買い込んだ布を縫い合わせ、アルベルト用の応援旗を作成中。昼間に文字用の塗料も購入しており、「必勝」や名前を入れる案を考える。学生時代に憧れた応援団の真似事ができることに喜びを覚えるが、コリンは笑いを堪えて様子を見守り、モンタナは旗振りを辞退する。
アルベルトの反応
作業中、アルベルトが部屋に入り旗の存在を知る。最初は真剣な顔を見せ、「応援は嬉しいが戦闘をしっかり見てほしい」と理由を告げる。乱戦から学べることを優先し、旗は自ら預かると言う。ハルカは納得し、翌日は全力で試合を観戦することを約束する。
就寝前のやり取り
アルベルトは「部屋から出たらすぐ寝ろ」と念押しし、安心した様子で退出。ハルカは布を預けたことで旗作りは中断となったが、代わりに鉢巻きの用意を思案しつつ眠りに落ちた。
九、当日の朝
会場入りと席確保
大会当日、アルベルトは先に会場入りし、観客の入場はまだ許可されていなかった。ハルカたちは一時間ほど出店を回って時間をつぶし、入場開始とともに観客席へ向かう。混雑の中ではぐれぬよう、コリンとモンタナが左右で袖を握る形となった。早めの入場で最前列にも空席があり、三人は並んで着席した。
司会と選手入場
試合開始まで時間がある中、アルベルトの姿は見えず、観客席は次第に熱気を帯びていく。兵士が選手を控室へ戻すと、男女二人組が登場し、男性が司会進行役として自己紹介とルール説明を行った。説明後、選手たちが石畳の舞台に上がり、観客の歓声が高まる。司会はゲストとして特級冒険者【首狩狼】クダンを紹介するが、クダンは解説を拒否し立ち去った。
試合開始と会場の熱気
司会による選手紹介では、【グロッサ帝国】の将校で浅黒い肌のイケメン選手が特に目を引き、観客席からの視線にも余裕の笑顔で応える姿が印象的だった。やがて銅鑼が鳴り響き、戦いが開始される。激しい打ち合いや蹴落としが繰り広げられる中、ハルカは会場の熱気と臨場感に心を揺さぶられ、自分もその場に立ちたいという感情を覚える。
印象的な勝者
紹介された選手たちは巧みに立ち回り、注目を浴びた分、他の選手から狙われる場面も多かったが、それを巧みに回避。特にイケメン選手は終始積極的な行動で観客を魅了し、勝利後に挙手して歓声を誘う姿は物語の主人公のようであった。ハルカは自らをそうした立場に置き換えられないと感じ、人には向き不向きがあることを改めて実感した。
十、アルの予選
試合前の高揚と心配
前の試合が終わり、観客席は興奮の熱気に包まれていた。売店も盛況で、インターバルには音楽隊が登場し、勇壮な演奏で次の試合への期待を高めていく。次はいよいよアルベルトの出番。ハルカは控室での様子や怪我の心配をし、落ち着かず体を揺らしてしまう。コリンとモンタナから「勝負は分からないからこそ意味がある」と諭され、心を静めて応援に集中する決意を固めた。
試合開始と立ち回り
アルベルトは入場口の一つから姿を現し、観客席を見つけて手を振る。その後の試合では、場外ぎりぎりを走り回る位置取りで激戦を避けつつ、時折の交戦も決着前に離脱。これはモンタナの作戦で、体力の消耗を抑えながら安全に生き残る戦法だった。
戦況の変化と仕掛け
残り人数が十数人になると場は膠着し、アルベルトは徐々に距離を詰めて機会をうかがう。やがて隣の大男へ突撃し、大上段の一撃を防がれつつも攻防を続ける。その背後からもう一人が不意打ちを狙うが、アルベルトは振り返らず低く身をかわし、足払いで転倒させる。
連携崩しと勝利確定
倒れた男を盾にして大男の攻撃を防ぎ、そのまま蹴り飛ばしてぶつけることで二人を同時に無力化。周囲の敵はおらず、同時進行の他の戦闘も決着間近であったため、勝利は確実となった。倒れた選手が係員に運び出されると、アルベルトは観客席の仲間に向けて手を振り、観客から歓声が上がる。ハルカは胸の奥から込み上げる熱い感情のまま、コリンとモンタナと共に大きく両手を振って応えた。
書き下ろし番外編
幼い日の思い出
旅の途中の野営訓練
コーディー行きの護衛任務中、私たちは交代で夜番を務めていた。旅慣れた騎士たちは、中級冒険者になりたての私たちに野営のコツを丁寧に伝授してくれた。野営地の選び方や地図への記録、他の旅人との接触時の注意点など、実戦経験に基づく助言は非常に有用だった。夜番についても火の管理や賊・獣への警戒方法、死角を補う配置など、多くの要点を教わった。これらは厳しく強制されるのではなく、雑談の中で自然と身につく形で伝えられた。
コリンとの夜番と会話
旅も半ばに差し掛かった頃、私とコリンは夜番で並んで座っていた。慣れからくる油断を避けるため、暗闇に目を凝らしながら会話を交わす。コリンに冒険者になる目的を問われ、私は商家で下働きとして安定した暮らしを望んでいたことを話す。コリンは「人が良すぎる」と評し、自身の目的については、幼少期からアルベルトの父の冒険談を聞いて育ったことを挙げた。ただし詳細は語らず、私も深追いは避けた。
アルベルトとの夜番と昔話
翌日、夜番でアルベルトと組むことになり、彼から戦闘時のポジション取りの話を聞く。アルベルトは後衛を守る重要性を強調し、特に魔法使いである私とコリンを守る姿勢を見せた。これは母が魔法使いだったという父の教えに基づくものだった。話題を変える中で、アルベルトはコリンが幼少期に怖がりだったことを明かす。守るべき幼馴染としてのコリンへの想いが、彼の行動原理にあることを知り、私は彼のまっすぐさをまぶしく感じた。
三人での昔話と旅の続き
翌日の行軍中、アルベルトは前夜の話をコリンに伝え、コリンは軽い調子で受け流す。私が「皆のことを知りたい」と伝えると、コリンは渋々納得した様子だった。そこへモンタナが兎を捕らえて戻り、私の助け舟でアルベルトの注意をそらす。アルベルトが父の山賊退治の話を楽しそうに語り始め、モンタナは再び茂みに消えていく。平穏な護衛の旅路は続き、私はその語り口に耳を傾けながら、明日も同じように無事であることを願った。
電子版特別付録 レオの不満
双子からの誘いと変化
ヘヴィスタの街に到着して数日、ハルカは子供たちとのいざこざや説得に奔走し、街中でも目立たなくなっていた。そんな折、旅で魔法を教えてくれた双子が街に戻り、テオは「案内してやる」と上から目線の言伝を、レオは「お話したいです」という丁寧な誘いをそれぞれ届けた。連携のない別々の誘いだったが、待ち合わせ場所は偶然同じだった。ハルカ達と出会って以来、双子は役割を分けて行動しつつも、それぞれが自分の言葉で友人と会う約束をするようになっていた。
叔母マルチナの来訪
当日の朝、双子のもとに叔母マルチナが訪れる。普段から双子を庇う変わり者だが、この日は「できるだけ早く話がしたい」と頼み込み、対象がハルカであることを明かした。テオは折れたが、レオは理由を詳細に求め、マルチナは自らの失敗と街での状況を説明した。ハルカがダークエルフであることから誤解され、子供たちが暴走していること、そして解決のために街を巡っていることを知ったレオは、わざとらしく大きなため息をつき、「迷惑だから取り次ぐけど…教師なんてやめたら?」と皮肉を返した。
ハルカへの評価と庇護
マルチナが双子とハルカの関係を不思議がると、テオは「常識はないけど面白い」と説明。レオは「変だけど優しい」「僕らを身を挺して守った」「学ぶ姿勢も前向きで、僕の知らない魔法も使える」と強く庇い、「会ってもないのに変なことを言うなら連れて行かない」と釘を刺した。その熱弁ぶりは恋する少年のようで、マルチナは内心不安を覚える。
謝罪の申し出と条件付き承諾
マルチナは謝罪と事情説明のため直接会いたいと申し出たが、レオは「僕が代わりに伝えてもいい」と提案。しかしマルチナが直接の面会にこだわったため、渋々承諾した。最後に「遅れないで、待たせたくないから」と念を押すレオの言葉には、普段の冷静さはなかった。マルチナは余計な発言を避けつつ、まだ見ぬダークエルフの姿を想像しながら部屋を後にした。
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