どんな本?
本作は、死にたがりの異才士官が巻き起こす下剋上スペースオペラの第四弾。主人公ナオは、昇進を果たし、新設軍の司令官に就任する。しかし、彼の望みとは裏腹に、部下は倍増し、前線での活躍が難しくなっていく。彼は「戦隊司令は中継ぎのはず……!」と抗議するも、状況は変わらない。
主要キャラクター
• ナオ:死にたがりの異才士官。昇進し、新設軍の司令官に就任するも、最前線での活躍が難しくなり、葛藤する。
物語の特徴
本作の魅力は、主人公ナオの望みとは裏腹に進む出世劇と、それに伴う葛藤である。彼の「死にたがり」という独特な性格が、物語にユーモラスな要素を加えている。また、部下たちとの関係性や、予期せぬ昇進による新たな挑戦が、読者を引き込む要素となっている。
出版情報
• 出版社:TOブックス
• 発売日:2025年2月15日
• ISBN:978-4867944646
読んだ本のタイトル
「ここは任せて先に行け!」をしたい死にたがりの望まぬ宇宙下剋上 4
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
あらすじ・内容
「私たちの指揮官は、閣下だけですよ?
二階級昇進で、『新設軍の司令官』に就任!?
死にたがりな異才士官が巻き起こす下剋上スペースオペラ、第四弾!
書き下ろし番外編&コミカライズ試し読み収録!
コミックス第1巻同日発売!
「頼みましたよ、少佐♪」
シシリーファミリー殲滅から数か月。ナオが知らされたのは、異例の二階級昇進だった!?
広域刑事警察機構の発足に際し、実戦部隊も格式を揃えるための措置らしい。
軍艦の無断改造など部下マリアたちの暴走を利用して進退伺まで作成し、なんとか処分を受けて出世街道から外れようとしていた努力も水の泡。
それどころか麾下に駆逐艦が追加されて正式な司令官――つまり『新設軍のトップ』に就任するはめに!
“戦隊司令は中継ぎのはず……!”と抗議するも、すでに時遅く部下は倍増。
ついには周囲から「閣下」と呼ばれて前線に出ることすらままならなくなってしまい……!?
死にたがりな異才士官が巻き起こす下剋上スペースオペラ、第四弾!
感想
新たな艦隊と広域警察機構の発展
広域刑事警察機構は正式な部署として認められ、新たに二隻目の艦『バクミン』が加わることとなった。これに伴い、人員の増強が行われ、ナオは兼務艦長の役割から解放され、戦隊司令へと専念することになる。カリンが新造艦の艦長となり、旗艦『シュンミン』の艦長には副長だったメーリカが就任する形となった。しかし、増員された人員の中には、あまり歓迎されない者たちも含まれており、彼らは本部へと押し込まれることになった。
異例の大出世となったナオは、同期の仲間たちが部下の部下として配属されるという複雑な状況に直面する。周囲の敬意が彼の立場をより明確にする一方で、ナオ自身は未だ戸惑いを隠せない。広域警察機構の組織としての基盤は整いつつあるが、内部では依然として問題を抱えており、本部の体制もハリボテに近いものとなっていた。それでも、正式な軍隊としての運営が始まり、新たな任務への準備が進められることとなる。
組織の強化と艦隊の運用
本巻では、戦闘の要素がほぼなく、広域刑事警察機構の組織強化が中心となる。ナオの異例の昇進により、彼の立場はさらに上がり、周囲との距離感も変化していく。特に彼を振ったテツリーヌにとって、ナオの急激な出世は予想外であり、彼女はナオと直接関わらずとも、無関係ではいられない状況に陥る。一方、ナオ自身はすでに彼女のことを完全に過去の存在として捉えており、感情の整理がついている。この変化が物語に微かな爽快感を与えているものの、ざまぁというほどの痛快さはなく、むしろ淡々とした現実の変化として描かれている。
また、新たな戦隊司令としての役割を果たすナオに対し、部下たちは敬意を示しており、それが彼を更なる責任へと導く。組織の成長に伴い、新たな問題も発生するが、それらを乗り越えながらナオは自身の立場を確立していく。本巻は、ナオの成長と組織の発展に焦点を当てた内容となっており、今後の展開への布石が多く盛り込まれている。
最後までお読み頂きありがとうございます。
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
備忘録
ここまでの簡単な経緯
ナオの挫折と宇宙軍入隊
ナオ・ブルースは大学入試に失敗し、これまで恋人だと思っていた同じ孤児院育ちの女性から手ひどく振られた。この出来事に絶望し、自殺を試みるも、その意志の弱さから実行には至らなかった。そんな折、軍の広告を目にし、死を求めるように宇宙軍への入隊を決意した。しかし、この国の制度上の問題により、一般兵士志望だったはずのナオは、国内最高峰の士官学校に入学させられることとなる。
士官学校卒業と左遷
ナオは士官学校で苦労の末に卒業するも、出自の問題や成績が影響し、宇宙軍ではなく左遷先とされるコーストガードへ出向を命じられた。軍の中でも不遇とされるこの部署での配属となったが、ナオはひょんなことから活躍し、思いがけず叙勲される。この栄誉が新たな問題を生み、コーストガード内での立場が悪化していった。
王女殿下の勧誘と新たな任務
その頃、第三王女殿下が海賊取り締まりを目的とした「広域刑事警察機構設立準備室」を設立した。道楽と揶揄される組織であったが、ナオは部下もろとも勧誘され、そこに加わることとなる。軍の常識を持たない彼は、偶然か悪運か、次々と大物海賊を逮捕し、勢力を削いでいった。
シシリーファミリー殲滅と帰還
ナオの活躍は留まることを知らず、最終的には国内最大の海賊組織であるシシリーファミリーの本拠地を、宇宙軍やコーストガードの応援を受けて制圧することに成功した。敵拠点制圧後、軍やコーストガードに拠点の管理を委ね、ナオたちは帰還の途についた。
第十章 新たなる戦いに向けて
帰還準備とトムソンの捜査継続
帰還作戦の終了が宣言された後も、それぞれの仕事は残っていた。『シュンミン』の乗員たちは撤収準備を進めつつ、基地に残る者たちの上陸手配もしていた。第三王女殿下は、基地に残り捜査を指揮するトムソンにねぎらいの言葉をかけた。彼はスペースコロニーでの捜査に続き、今回も自宅に帰ることなく職務を続けることになった。家庭への影響が気になるところだったが、トムソンは笑顔で「大丈夫」と親指を立てた。その様子に安心しきれない気持ちも残ったが、彼は捜査を遂行するために内火艇へ乗り込んでいった。
コーストガードの応援体制
宇宙軍本部の第四席参謀や第二艦隊旗艦の副長も、部下とともにすでに小惑星へ向かっていたため、『シュンミン』には残っていなかった。トムソンが殿下と捜査方針を詰めるために最後の上陸者となったが、捜査には相応の時間がかかる見込みであった。殿下はすでに本部と連絡を取り、機動隊員の応援を決定していた。第一・第三機動艦隊から特別に供出されたフリゲート艦に乗せられた機動隊員が到着する予定となっており、コーストガードも今回の捜査に本格的に関与することになった。これまでの消極的な対応と比べると、明らかに前向きな動きであったが、今さら感も否めなかった。
帰還と宇宙港への入港
軍やコーストガードの応援が順次到着することもあり、『シュンミン』の役割はすでに終わっていた。最後の内火艇が戻ると、直ちに首都星へ向けて出発した。小惑星帯を抜けるまでは、宇宙軍の慣例に従い四宇宙速度で慎重に航行したが、そこを抜けると最大速度で進んだ。低速航行中のストレスから解放されると、艦内の乗員たちは歓声を上げて喜んでいた。帰還には多少の時間を要したが、『シュンミン』の高速性能を生かし、他の艦船よりも圧倒的に早く首都星『ダイヤモンド』へ到着した。
宇宙軍専用のファーレン宇宙港に着陸すると、王族専用の駐機スポットに優先的に進入し、ストレスなく入港した。着陸と同時にチューブが接続され、本部の高官たちが出迎えた。ナオは殿下に断りを入れたうえで、すぐに宇宙軍病院へ負傷した就学隊員の検査入院を手配しようと考えていた。しかし、その手配はすでに本部で完了しており、病院スタッフが『シュンミン』に到着すると同時に、彼らを特別病棟へ搬送した。
不安を抱える負傷隊員たち
ナオは、その手際の良さに驚かされたが、同時に不安も抱いた。彼らは就学隊員であり、軍人ですらない。それにもかかわらず、現役の佐官や将官しか入院できない特別病棟へ連れて行かれるとは異例の対応だった。殿下が配慮した結果であることは間違いなかったが、果たして適切だったのか疑問が残った。
その後、ナオは『シュンミン』へ戻り、副長のメーリカとドック入りの時期について相談した。予算の問題はなく、マキ部長からの確認も取れていたため、適切なタイミングを決めるだけであった。しかし、その最中に負傷した就学隊員たちが情緒不安定になっているとの報告を受けた。泣きながら「帰りたい」と訴えているという。ナオとメーリカは急いで病院へ向かった。
彼らは入院の予定を早め、最低限の検査を終えた時点で退院を決定した。病院側も王宮からの指示で緊急手配された子供たちだとしか聞かされておらず、詳細な情報を知らなかったようだった。この騒動が殿下の手配によるものと考えると、やや行き過ぎた配慮とも感じられた。ナオはこの件を教訓とし、今後は独自に医師を確保することを検討することにした。
本部での会議と今後の課題
翌日、ナオはメーリカ、カリンと共に広域刑事警察機構設立準備室の本部が入る合同庁舎へ向かった。会議室ではすでに殿下が待機しており、予定時間前ではあったが会議は開始された。今回の議題は艦隊運営についてであり、捜査室長や機動隊長は小惑星での捜査中のため、参加していなかった。
まず、カリンがシシリーファミリーの本拠地発見から制圧までの経緯を簡潔に説明し、その後、メーリカが作戦中の被害と消耗した資源の報告を行った。そこで問題となったのは、艦船の数の不足であった。現在は『シュンミン』一隻で対応していたが、今後の活動を考えると限界が見えていた。殿下は、今回の作戦の成功により王宮からの評価が向上し、計画よりも早く正式な政庁として発足することが決まったと報告した。そのため、予算も十分に確保できたという。
しかし、経理課長からは予算執行のルールに関する問題が指摘された。ナオからの報告書は事後報告ばかりで、事前の申請がないため、財務管理上の問題があるというのだ。マキがフォローに入ったが、経理課長は納得しなかった。ナオは、海賊の行動は予測不可能であり、迅速に動かなければチャンスを逃すことを説明した。そして、過去に軍や貴族の一部が海賊と繋がっていたため、事前に作戦計画を申請すると妨害される可能性があったことも指摘した。
この説明により、殿下はナオの意見を支持したが、経理課長は面白くなさそうな表情を浮かべていた。ナオ自身、孤児院出身ということで本部の貴族階級からの風当たりが強いことを感じていた。組織が拡大するにつれて、殿下の考えとは異なる勢力が影響力を持ち始めていることは明白であった。今後、ナオは艦隊運営だけでなく、本部内での立場も考慮しなければならない状況になっていた。
殿下の計略と新たな人材確保
経理課長は、作戦計画の事前申請については受け入れたものの、計画後の報告書の問題について懸念を示した。しかし、ナオにはこれを解決する術がなく、ただ謝罪するしかなかった。殿下は、宇宙軍やコーストガードには自動計算されたデータが経理部門へ送信される仕組みがあるが、広域刑事警察機構にはそのシステムがまだ整っていないことを指摘した。経理課長は、その導入が必要であることを認めつつも、自ら進んで解決策を考える様子はなかった。
そこで殿下は、『シュンミン』の主計業務を担当する人員を手配することを提案した。経理課長に適任者の推薦を求めたが、彼は即答できなかった。殿下はその様子を見越しており、「私の方で考えがある」と微笑みながら言い放った。経理課長は、その瞬間に自派閥の者を新たなポストに送り込む機会を逃したことに気づいたが、すでに手遅れであった。殿下は、マキ部長のもとで人材を確保しており、司令の業務補佐として秘書官も手配していた。これにより、報告書の精度が向上することが期待され、経理課長も渋々納得せざるを得なかった。
戦力増強計画と僚艦の改修
殿下は、次に戦力不足の問題に言及し、二番艦の準備を始めると発表した。本来なら三番艦まで揃えたいところだったが、人員の確保が困難であるため、まずは船だけでも準備を進めることになった。マキ部長は、以前鹵獲した航宙駆逐艦二隻を改修し、『シュンミン』の僚艦とする計画を説明した。改修は例の社長の造船所で行われる予定であり、今回は五百億ゴールドの予算が確保されていた。しかし、その予算を社長に渡せば、新造艦を作りかねないため、慎重な監督が求められる。ナオは、マキ部長と協力して改修計画に関与することを求められ、それを了承した。
その後の会議は、事務的な確認作業が続き、ナオは途中で解放された。正式な戦隊を持つのであれば、司令官を正式に任命すべきではないかと考えながら、彼は久しぶりに町を散策することにした。
孤児院との出会い
ナオは、首都の町を歩きながら、懐かしさを覚えつつも、実際には学生時代にほとんど外出していなかったため、土地勘はなかった。気がつくと、スラムの傍にある孤児院の前に立っていた。孤児院の中に目を向けていたところ、背後から若い女性に声をかけられた。彼女は孤児院の出身者であり、事情があって戻ってきたという。警戒しつつも、彼女の誘いに応じ、孤児院の中へ案内された。
院長との会話の中で、殿下の広域刑事警察機構が孤児たちにとってヒーローのような存在になっていることを知った。また、マキ部長が庶民や孤児たちにとって希望の象徴となり、彼女に憧れて勉強に励む子供たちが増えていることも明かされた。ナオは、その影響力の大きさを改めて実感した。
失業問題と新たな雇用の可能性
院長は、最近になって職を失う孤児院出身者が急増していることを打ち明けた。その原因は、犯罪に関与した貴族の取り潰しにより、その屋敷で働いていた者たちが職を失い、影響力を持つ家系の関係者が次々と一般企業に押し寄せたことにあった。その結果、一番立場の弱い孤児院出身の若者たちが解雇されていたのである。
ナオは、この問題に対し、殿下が設立を進める孤児院での職員募集と関連付けることを思いついた。彼はすぐにマキ部長へ連絡を取り、この件について相談した。対応の速さに驚かされたが、三十分もしないうちにマキ部長がフェルマンを伴って孤児院に到着した。マキ部長は孤児たちの間で絶大な人気を誇り、彼女を見た子供たちは歓声を上げていた。
広域刑事警察機構の人材確保
フェルマンは、広域刑事警察機構の設立が本格化するにつれ、貴族の介入を防ぐための策を講じてきたことを説明した。だが、政庁の正式発足と予算確保により、完全に貴族の介入を排除することが困難になった。そこで、一般募集を避け、孤児院を通じた採用を進めることが最良の手段と考えたのである。
ナオが提案したこの採用方式は、貴族の影響を受けにくいだけでなく、人材の選定や研修を通じて適切な人材を確保できる利点があった。さらに、広域刑事警察機構の実働部隊をニホニウムに配置することで、本部を貴族の影響下に置きつつ、実際の運営は独立性を維持する方針も示された。これは、殿下が本部を政治的な場とし、実務部門を貴族の干渉から守るための戦略であった。
マキ部長は、即座に採用説明会の準備を進め、フェルマンの協力のもと、ファーレン宇宙港のコーストガード事務所を会場として確保した。コーストガードもこの動きに協力的であり、迅速な対応が可能となった。こうして、下層階級の失業問題の一端を解決しつつ、広域刑事警察機構の人材不足にも対処できる道筋が整った。
『シュンミン』のドック入りと次の任務へ
その後、ナオは『シュンミン』へ戻り、メーリカやカリンと合流した。二人は意味のない会議で疲れ切っていたが、ドック入りの命令書を手にして戻ってきた。これにより、『シュンミン』の改修が正式に決定し、ニホニウムへの帰還が決まった。
ニホニウムの宇宙港に到着すると、ナオたちは『シュンミン』を降り、宇宙港の大型運搬機で基地建設中の敷地へと運ばれた。殿下が新設する孤児院の建設も進んでおり、今後の活動拠点が整備されつつあった。ナオは、運搬経費の明細書を受け取り、確認のサインを済ませると、次の仕事に備えることとなった。
宇宙港の発展と基地建設
『シュンミン』の乗員が地上に降りると、宇宙港の関係者との会話が交わされた。新たな組織の基地建設が進み、ニホニウムの経済が活性化していることが話題となった。港の職員は、基地の建設によって地域の発展が期待されると語り、地元出身の乗員もそれを喜んでいた。その後、案内人は艦を降り、代わってドックの社長が訪れた。
『シュンミン』の修理と改装計画
ドックの社長は、『シュンミン』の修理について話を持ちかけた。装甲が損傷し、乗員に負傷者が出たことから、補修だけでなく内部の改装も検討されていた。特に、人を収監するための設備が必要であるとナオは訴えた。海賊を取り締まる活動を続ける以上、専用の収監施設が不可欠だった。社長もその必要性に同意し、倉庫の一部を改造することが決まった。
次に、救護室の改装についても議論された。ナオは、船医を乗せることを前提とした治療室の拡充を求めた。社長は、ちょうど解体予定の医療船があることを明かし、その設備を転用することで最新の医療施設を『シュンミン』に組み込めると提案した。かつてシシリーファミリーが運用していた臓器売買用の医療船が、そのまま解体される予定だったが、必要な設備を流用できるのは幸運だった。
僚艦の改修計画とナオの去就
社長との話は、『シュンミン』の僚艦についても及んだ。次の艦も同等の性能を持ち、艦隊行動が可能な設計となる予定だった。ナオは、自身の役職について触れ、正式な政庁組織になった際には役目を終えるかもしれないと語った。社長は、「ならうちに来るか」と冗談交じりに誘ったが、ナオはまだ去就が不透明であると応じた。
また、社長は軍艦の改修について人員を貸してほしいと要請した。ナオは、マリアを中心に人手を出すことを約束し、同時に『シュンミン』の改装についても社長に相談を持ちかけた。社長はそれを了承し、作業を進めることとなった。
就学隊員の教育と地上勤務の手配
ナオは、副長と共に『シュンミン』の乗員の処遇について話し合った。特に就学隊員の進路を決定する時期に差し掛かっており、希望するコースへの配属を考慮する必要があった。艦載機パイロットや整備員を目指す者には国家資格が必要であり、宇宙港近くの学校に通わせる手続きを進めることとなった。その他の隊員についても、各部門の責任者に預け、それぞれの分野で教育を受けさせることが決まった。
また、地上勤務の間に何をすべきかも検討された。軍やコーストガードとは異なり、広域刑事警察機構は新設された組織であり、正式な訓練プログラムが存在しない。そのため、当面の活動として各自が艦の整備に携わることになった。暴走しがちな乗員たちの動きを抑えるため、マキ部長の承認を得る仕組みが設けられており、無計画な行動は防がれていた。
孤児院の人員受け入れと宿泊施設の確保
ナオは、マキ姉ちゃんの依頼を受け、首都星ダイヤモンドで雇用された職員を孤児院に受け入れる準備を進めることになった。仮設の孤児院は、解体船を流用した施設であり、正式な建物が完成するまでは十分な設備が整っていなかった。そのため、新たに雇用された職員の宿泊先を確保する必要があった。
当初、ナオは空港併設のホテルに予約を取るつもりだったが、マキ姉ちゃんから三十人分の宿泊を確保するよう求められ、急遽別の手段を探ることになった。ホテルのフロントで交渉を試みたものの、大人数かつ長期滞在という条件から、容易には受け入れてもらえなかった。
ジャイーンとの再会と宿泊交渉の成功
交渉に行き詰まっていたナオの前に、ジャイーンが現れた。彼はバーテンダーの格好をしており、ナオはその変化に驚いた。ジャイーンはナオの依頼を聞くと、自身の人脈を活かし、すぐに宿泊施設を手配した。さらに、マキ姉ちゃんとの直接交渉を提案し、ナオの端末を通じて契約を取り付けた。
ジャイーンは、卒業を間近に控えており、現在は財閥の家業に就く準備を進めていた。宇宙港の拡張に伴い、新たに建設される空港ビルの社長に就任する予定であり、そのための研修としてバーテンダーをしているのだという。彼の家系では、仕事を始める前に人を見る目を養うための修業期間が設けられており、その一環として接客業を経験しているのだった。
ナオとジャイーンの関係の変化
ジャイーンは、高校時代から複数の女性を囲い、家族からも認められていたため、通常より早く家業を継ぐことになった。ナオは、彼の境遇を羨ましく思いながらも、自身との生い立ちの違いを再認識した。また、かつての恋人をジャイーンに奪われたことについても、もはや強い感情を抱くことはなかった。彼の人生には、あまりにも多くの出来事が起こりすぎており、過去のことはすでに遠い記憶となっていた。
ジャイーンは、ナオが殿下と繋がりを持ち、さらにマキ姉ちゃんとも関わりを持っていることに驚き、「どうしてそこまでの地位に上り詰めたのか」と不思議そうに語った。ナオは、その言葉を聞きながら、自分でも思いがけない形で運命に導かれてきたことを実感した。
マキ姉ちゃんの成功と評価
マキ姉ちゃんは、孤児院時代から面倒見の良い先輩でありながら、厳しさも持ち合わせていた。その性格と実力が評価され、大学卒業後、短期間でコーストガードの事務部門で一定の地位を築いた。その実績が殿下の目に留まり、王国史上最年少の女性部長に就任することとなった。地元では彼女を「時の人」と称え、その功績を称賛する声が絶えなかった。
ジャイーンの新たな役割
ジャイーンもまた、財閥の嫡男ではないにもかかわらず、新空港ビルの社長に抜擢された。宇宙港の拡張計画と再開発プロジェクトの一環として、その役割は重要視されていた。ナオは、学生時代の軽口を交わせる関係が変わっていくことを実感しつつも、ジャイーン自身はナオの立場を羨ましく思っていた。殿下の艦隊で直接指示を受ける立場にあることが、ジャイーンにとっては特別なことのようだった。
酒の味とナオの成長
ジャイーンは、ナオに高級なウイスキーを勧めたが、ナオは酒の味を評価できるほどの経験がないことを正直に伝えた。ジャイーンは、殿下のいる場でも通用するほどの酒だと力説したが、ナオは殿下が気にするような人物ではないと述べた。さらに、過去に殿下から手料理を求められたことを話し、ジャイーンを驚かせた。会話の流れの中で、二人は忙しい身でありながら、再び時間を見つけて会おうと約束した。
借りの返済と別れ
ジャイーンは、ナオに対して「借り」を感じていた。それは、ナオのおかげで殿下から直接言葉をかけてもらえたことであり、それが彼にとって大きな意味を持っていた。ナオは大したことではないとしたが、ジャイーンは恩義を感じていた。最後に、ジャイーンはナオに酒代を奢ることで、一部の借りを返したいと言い、二人は別れた。ナオは、マキ姉ちゃんからの依頼を無事に済ませたことを確認し、孤児院へ戻った後、『シュンミン』へ帰還した。
就職先が決まる若者たち
ナオやジャイーンと同年代の若者たちは、新社会人としての準備を進めていた。惑星ニホニウムの歓楽街に集まったナオの幼馴染・テツリーヌとその友人たちは、それぞれの進路について語り合っていた。サツキは、公務員志望だったが地元役所には採用されず、最終的に広域刑事警察機構の主計官補として採用されたことを喜んでいた。テツリーヌは、ジャイーンのもとで働くことを決めており、マキ姉ちゃんと一緒に仕事をするサツキを少し羨ましがっていた。
新職員の受け入れと準備
翌日、マキ姉ちゃんとフェルマンは、三十人の仮職員を連れてダイヤモンド星から到着した。ナオは就学隊員を連れて迎えに行き、宇宙港隣接のホテルで説明会を開いた後、ジャイーンを通じて手配したマンスリーマンションへ案内した。その後、ナオはマキ姉ちゃんと共に孤児院へ向かい、新たに紹介された主計官・キャリーと主計官補・サツキと顔を合わせた。キャリーは、元コーストガード職員で、実力がありながら評価されていなかった人物であった。サツキは、キャリーの推薦を受けて採用され、当面は『シュンミン』に乗務することになった。
新たな事務室の設置
ナオは、キャリーとサツキのために『シュンミン』内に事務室を設置することを決めた。元々事務室の設備がなかったため、士官用の部屋を改装することになり、その準備をマキ姉ちゃんと相談しながら進めた。ドックの社長やメーリカ姉さんと話し合い、安全性や利便性を考慮し、艦長室近くの一室を事務室として転用することになった。
副官イレーヌの着任
数日後、殿下が『シュンミン』を訪れ、ナオの補佐役としてイレーヌ・ホーンブロアを紹介した。彼女は騎士爵家出身で、宇宙軍の准尉として事務仕事に従事していた人物であった。カリン先輩の推薦により、その事務処理能力の高さが評価され、広域刑事警察機構へ引き抜かれた。ナオは、彼女の経歴を確認し、補給艦護衛戦隊での経験や実務能力の高さを知ると、自身の負担軽減にもつながると考えた。
事務環境の整備と準備
イレーヌの着任に伴い、ナオは彼女の作業環境を整えるため、事務室の設備をさらに充実させることを決定した。また、彼女の業務を補助するため、就学隊員の中から事務処理の適性がある者を育成することも検討した。ナオは、キャリーと相談し、事務室内にイレーヌの専用スペースを確保するよう依頼した。
宇宙港拡張プロジェクトへの招待
その後、ナオはキャスベル工廠の幹部と面会し、事務機器の調達を進めるとともに、宇宙港拡張プロジェクトのキックオフパーティーへの招待を受けた。キャスベル工廠は、広域刑事警察機構との関係を示すため、ナオを正式に招待し、彼の出席を求めた。ナオは、メーリカ姉さんやカリン先輩を伴って参加することを決めた。
新たな組織の始動
その後、『シュンミン』の改修は順調に進み、必要な施設も整えられた。イレーヌを迎えたことで、事務処理の効率も向上し、ナオは自身の業務負担が軽減されることを期待した。一方、医療関係の人材確保には依然として困難が伴っており、船医の確保は引き続き課題として残された。
ナオたちは、宇宙港拡張プロジェクトのパーティーに出席し、新たなつながりを築く準備を整えた。マキ姉ちゃんも部下を伴い、ナオのもとで働く主計官たちも招待されることとなった。広域刑事警察機構と経済界の関係が深まる中、新たな展開が始まろうとしていた。
パーティー準備と女性たちのドレス問題
地元経済界のパーティーが正式に決まると、準備が一気に慌ただしくなった。軍関係者は第一級礼装を着用すれば問題なかったが、マキ姉ちゃんをはじめとする事務員たちはフォーマルな服装を用意する必要があった。特に女性の服装は気を使うべき点が多く、ドレスの準備が問題となった。
そんな中、フェルマンが殿下の指示を伝え、「女性のドレスは戦闘服」という言葉とともに、遠慮なく用意するように指示を出した。ドックの社長を通じて紹介された古着屋が、なんとオーダーメイドでドレスを格安で仕立てることになった。これを知った女性たちは不満を漏らし、自分たちも同じように作りたいと要求した。ナオが交渉し、自費での製作を認めることでその場を収めたが、後日、マキ姉ちゃんによって給料から天引きされることになった。
パーティー当日の会場入り
パーティー当日、ドレスを着た女性たちにはエスコート役が必要だとされ、ナオたち制服組がその役割を果たすことになった。会場に入ると、奥ではジャイーンが主役として参加者に挨拶をしていた。彼はこの場で正式に社長就任を発表することになっており、その注目度は高かった。
しかし、マキ姉ちゃんが会場に入ると空気が一変し、彼女が一気に主役となった。本庁最年少の女性部長としての名声が影響し、周囲の視線が一斉に彼女へと向けられた。ナオは、自分がそんな人物の隣に立っていることで、強烈な注目と敵意の入り混じった視線を感じ、不快感を覚えた。
マキ姉ちゃんは気にする素振りも見せず、招待を受けた事務局長へと向かい、礼儀正しく挨拶を交わした。事務局長はストロング・アーム家の関係者で、ジャイーンの兄でもあった。その場にはキャスベル工廠の幹部やドックの社長もおり、彼らからも挨拶を受けることになった。
ストロング・アーム家とキャスベル工廠の対立
事務局長はナオを「我々のパーティーに来てくれて光栄だ」と歓迎したが、キャスベル工廠の幹部は「ナオは我々の招待客」と発言し、あたかもストロング・アーム家の見解を否定するような言い回しをした。これにより、経済界の二大勢力が場を支配し始め、緊張感が高まった。
そんな空気を読んだドックの社長は、わざと「よお、あんちゃん」とナオに気さくに話しかけ、その場の雰囲気を一変させた。彼の一言で緊張が和らぎ、ナオも彼の意図に乗る形で応じた。結果的にナオはエスコート役を降板し、キャスベル工廠の関係者と共に部屋の隅へと移動した。
ジャイーンとテツリーヌの動揺
ジャイーンは、ナオの「戦隊司令」という肩書きを知り、衝撃を受けていた。彼にとってナオは昔の友人であり、そこまでの立場にいるとは想像もしていなかった。一方、彼の後ろには五人の美女が控えており、その中にはテツリーヌの姿もあった。
テツリーヌもまた、ナオの変貌に驚いていた。彼女は、かつて自分が優位に立っていると考えていたが、今や立場が完全に逆転していた。ジャイーンにすら「ナオの方が上の立場かもしれない」と言われ、彼女は焦りと後悔に苛まれた。
ナオの過去と昇進の経緯
ジャイーンとテツリーヌの疑問に答える形で、マキ姉ちゃんはナオの過去について語った。ナオは、ダイヤモンド星の宇宙軍エリート養成校を卒業したものの、実技成績が低かったため、通常のキャリアコースには進めなかった。その結果、軍上層部の判断でコーストガードへ出向させられ、そこで最も扱いの悪い部署に回された。
しかし、大規模な海賊掃討作戦において、ナオは置き去りにされながらも自力で海賊を撃破し、二隻の宇宙船を鹵獲するという偉業を成し遂げた。これにより叙勲され、その活躍が殿下の目に留まり、スカウトされたのだった。
ナオは最初『シュンミン』の艦長として任命されたが、作戦の主導権を確保するため、殿下の意向で「戦隊司令」に昇格した。軍艦は一隻しかないが、他の組織と連携する際にその肩書きが必要だったのである。
この話を聞いたジャイーンは、自分との差に愕然とし、テツリーヌはさらに焦りを募らせた。一方で、他の女性たちは、ナオとマキ姉ちゃんという有名人と近しい関係を築けることに喜んでいた。
パーティーの終幕とナオの気づき
パーティーが終わり、ナオはドックの社長らと談笑しながら、これまでの変化を振り返っていた。かつてテツリーヌに振られたことで人生を諦めかけた自分が、今では「戦隊司令」として軍事・経済の中心にいることに気づいた。そして、自分が何も感じないまま彼女と再会したことに驚いていた。
一方、ジャイーンは「ナオに追いつくために社長の座を得ようとしたが、まだ遠く及ばない」と悔しさをにじませた。テツリーヌは、それ以上に絶望感を覚え、過去の自分の選択がどれほど影響を及ぼしたのかを痛感していた。
戦隊司令のお疲れ様会
パーティー後、マキ姉ちゃんは「頑張った自分たちにご褒美が欲しい」と言い、ナオにお疲れ様会の開催を求めた。キャリーもパーティーの緊張で疲れ果てていたが、マキ姉ちゃんに促され、参加することになった。ナオは不満げにしながらも、結局「男を見せろ」と押し切られ、渋々了承した。
お疲れ様会と偶然の再会
ナオは、仲間たちと共にホテルのバーラウンジでお疲れ様会を開いた。女性陣が会話に花を咲かせる中、ナオは一人取り残され、周囲を眺めていた。その時、以前見かけたことのある男性が、一人でバーに入っていくのを目にした。彼はかつてナオが子供たちの命を奪った際、隣で彼らを看取っていた医師であった。その記憶が蘇り、ナオは彼の後を追うことを決めた。
バーの奥にあるカウンター席には、クロー・ジャックと名乗るその男が、静かに酒を飲んでいた。ナオは彼の隣に腰を下ろし、バーテンダーに以前と同じ酒を頼んだ。医師だった頃の名残か、彼の雰囲気は変わらず落ち着いていたが、その表情には影があった。
資格を失った元医師との交渉
ナオはクローに声をかけ、彼が今どうしているのかを尋ねた。クローは、海賊に協力した過去によって医師の資格を剥奪され、現在は第三王女殿下の元で保護観察中であることを告げた。資格を失ったことで、彼は自らを「医師ではない」と称し、静かに過ごしている様子だった。
しかし、ナオは彼の技術に目をつけていた。戦闘が続く環境では、負傷者の治療が不可欠であり、『シュンミン』には専属の船医がいなかった。そのため、以前の戦闘では料理長に応急処置をさせるほどの状況であった。ナオは、クローの資格の有無ではなく、彼の医療技術そのものが必要なのだと説得を試みた。
クローは当初ためらったものの、ナオの真剣な言葉と、自身の技術が人の命を救えることに気づき、最終的に申し出を受け入れた。こうして、ナオはクローを『シュンミン』の衛生担当士官として迎え入れることとなった。
新たな仲間としての迎え入れ
ナオはラウンジに戻り、マキ姉に対し、クローを衛生担当士官として迎え入れる許可を求めた。戦隊司令であるナオには、その人事権があるため、手続きを進めることに問題はなかった。ただし、クローが正式な医師ではないため、軍の規定上、少尉待遇となることが伝えられた。ナオはそれを了承し、クローを迎え入れる準備を進めた。
翌朝、クローは正式な身分証や制服が未だ用意されていない状態で、『シュンミン』の医療設備を整えるため、ナオと共に解体中の病院船へ向かった。
非番のマリアたちとのやり取り
道中、マリアたちが暇そうにしていたため、ナオは彼女たちを強引に作業へと引き込んだ。しかし、マリアたちは「今日は非番」と言い張り、直前に勝手に休みを決めたことを告げた。ナオは呆れつつも、結局彼女たちを巻き込む形となった。
それを聞いていたクローは、ナオとマリアたちの軽妙なやり取りに思わず笑い、徐々に緊張を解いていった。こうして、クローは『シュンミン』の一員として迎え入れられ、次の作業へと進むことになった。
病院船からの医療機材の確保
病院船に到着した一行は、内部の設備を確認し始めた。クローはその充実した医療機器を見て驚き、スペースコロニーの病院以上の設備が揃っていることに感心した。しかし、その機材の多くはほとんど使用されておらず、適切なメンテナンスも施されていなかった。
マリアは、せっかくならこの設備を『シュンミン』に移植しようと提案し、この船の所有権を持つドックの社長が「好きなものを持って行ってよい」と言っていたことを伝えた。
クローはその言葉に半信半疑だったが、ナオが「戦利品として活用している」と説明し、専門家であるクロー自身に機材を選ばせる方が適切だと説得した。
それを聞いたクローは、一気に目を輝かせ、マリアと共に機材の選別を始めた。今まで控えめだった彼の態度が急に変わり、積極的に機材を物色する姿にナオは驚きを隠せなかった。
ナオは、次々と機材を確認しながら意気揚々と動き回るクローとマリアの様子を見て、『シュンミン』にはどうしてまともな人材が来ないのかと、内心でため息をついた。
第十一章 広域刑事警察機構の新たな取り組み
艦の離脱と艦内モードの変更
『シュンミン』はニホニウム管制圏を離脱し、通常航行モードへと移行した。副長がカリン少尉に指示を出し、艦内放送を通じて乗員とゲストへ状況を伝えた。放送では、艦内移動や飲食の制限が解除されたことが告げられた。カリン少尉の流暢なアナウンスは客船のアテンダントのようであり、軍人としての堅実な一面が垣間見えた。今回の任務は単純であり、彼らの役割はゲストを目的地へ運ぶだけの運転手に過ぎなかった。
トムソン捜査室長の提案
トムソン捜査室長は、ニホニウムとルチラリアの警察本部からの捜査員たちを艦に乗せ、海賊拠点での捜査を行う計画を進めていた。彼は、これまでの捜査で感じた捜査員の不足と、各惑星の警察本部が独自に海賊拠点を捜査できない現状に問題を抱えていた。そのため、広域刑事警察機構が窓口となり、各警察が海賊拠点での捜査を実施できるようにする計画を提案した。
従来、海賊犯罪に関わる捜査は、首都星域の警察官がコーストガードへ出向し、捜査員として活動することで何とか実現されていた。しかし、この方法は一部の警察本部にしか適用されず、辺境の警察では海賊犯罪の解明が進んでいなかった。そこで、王国全体でこの捜査方式を導入するため、広域刑事警察機構が各拠点への移動手段を提供し、捜査の統括役を担うことが決定された。
新たな捜査体制と警察官たちの決意
トムソン捜査室長は、捜査員の代表者としてニホニウム警察本部のコロンボ警部とルチラリア警察本部のマクロード警部をナオに紹介した。二人とも、海賊犯罪捜査を担当する窓際扱いの警察官であり、海賊関連の事件が未解決のまま放置されることに強い不満を抱えていた。そのため、王国全土で海賊拠点の捜査が可能になる今回の計画を聞き、彼らは大いに喜んでいた。
ナオは自身を「ブルース孤児院出身の広域刑事警察機構所属の戦隊司令」と自己紹介し、実際には一隻しか艦を持たないため、艦長と呼ぶよう求めた。コロンボ警部とマクロード警部は、その説明に納得し、敬意を示しながらもナオの希望通り「艦長」と呼ぶことにした。捜査員たちはすでに艦内で捜査資料を精査しており、到着前に作戦の準備を進めていた。
艦内巡回と事務官たちの様子
ナオは艦内の状況を確認するため、カリン少尉と共に事務室を訪れた。そこでは、秘書官のイレーヌが忙しく書類を処理している一方で、主計官のサツキが宇宙酔いで苦しんでいた。主計官のキャリーが彼女を介抱しており、事務作業は順調に進んでいるようだった。
また、厨房長のエーリンはレセプションの準備を進めていた。彼女は以前の戦闘時に負傷者の応急処置を行った経験から、「もう人の肉を切る必要がないことに安堵している」と冗談めかして語った。この発言の背景を知らなかったイレーヌが驚き、カリン少尉から経緯を聞くことで初めてその出来事を知った。
ナオは、部下の安全を第一に考えていることを伝えつつ、部下たちからは「自分自身の安全にも気を配るべきだ」と諭された。特にマキ部長からもその点について忠告されていることが伝えられ、ナオは表向きには気を付けると返答したが、内心では「今後も慎重に立ち回ろう」と考えていた。
医務室の異変とマリアの改造
ナオは医務室の状況を確認するため、カリン少尉とイレーヌを伴って向かった。そこでは、マリアの改造によって、病院船から大量の医療機器が持ち込まれ、設備が異常に充実していた。特に、治療用ポッドが立体駐車場のように収納されており、数が異常に増えていたことにナオは驚いた。
クローによると、病院船から三十四個のポッドを持ち込み、そのうち三つだけが実際に使用可能な状態であるという。さらに、マリアが床下のスペースを活用し、ポッドの収納を最適化しようと作業を進めていた。彼女は自信満々にその設計を説明したが、ナオはその無許可の改造に呆れつつも、詳細を確認することにした。
カリン少尉とイレーヌの会話から、マリアがこの艦の異常な内装の主犯であることが判明した。彼女は機械の改造が趣味であり、独自の判断で設備を改良し続けていたのだった。ナオは、またもややらかしたマリアに対し、事情を詳しく聞くため、じっくりと話をすることにした。
医療ポッドの性能と問題点
マリアが持ち込んだ医療ポッドには、王国の技術を超える機能が多数搭載されていた。患者のバイタルデータを高精度で記録し、ロボットアームによる簡易手術を可能にするだけでなく、免疫細胞の活性化機能を備えており、回復速度を通常の二十〜三十パーセント向上させる効果があった。この機能は特に重篤な患者に対して効果的であり、自然治癒力の遅れによる手遅れを防ぐ役割を果たすとクローは説明した。
ナオはその性能の高さを認めつつも、艦内の部屋に無断で穴を開け、装置を持ち込んだことについて問題視した。稟議を通していないにもかかわらず、マリアは「許可を得ている」と主張し、その理由として過去の艦長通達を持ち出した。ナオはその通達を確認し、自室の範囲内での改造を認める内容であったことを思い出したが、まさか床に穴を開けるような改造まで含むとは想定していなかった。
艦長通達の修正と艦内の点検
ナオは今回の問題が自身の通達によるものと認め、修正を指示した。新たな通達では「自室内で完結し、自室以外に影響を及ぼさない範囲に限る」と明確化した。さらに、マリアが手を加えた艦内の設備を調査するため、イレーヌと共に艦内を回るよう命じた。
カリン少尉も同行し、マリアが行った改造を確認することになった。ナオはマリアに対し、手を加えたすべての設備について稟議書を提出するよう求め、艦内戦力の増強を理由として無条件で承認すると告げた。ただし、マリアがこれを悪用しないよう、内容については詳細な記載を求めた。
改造の影響と医療機器の導入
クローは持ち込んだ医療機器のリストを稟議書にまとめ、ナオに提出した。その中にはMRI装置や血液の免疫状態をモニタリングする機器など、病院レベルの設備が含まれていた。これらが艦内のスペースを圧迫していた原因であり、ナオはその内容を確認しつつ、全ての導入を承認した。
唯一の救いは、これらの機材が解体中の病院船から取得したものであり、費用が発生していない点であった。これらの設備は「乗員のスキル向上のための実習」として契約が結ばれており、持ち出した機材は無償譲渡されることが保証されていた。この契約はマキとドックの社長が考案したものであり、法的な問題はなかった。
捜査員の歓迎レセプション
夕食時、ナオは艦内の食堂で捜査員たちを招き、歓迎のレセプションを開いた。乗員たちはゲストに挨拶するよう指示されていたが、誰も食堂に姿を見せず、ほとんどが夕食を我慢するか、自室に持ち込んでいた。士官たちは交代で挨拶を済ませたが、乗員たちの間での不満が若干残った。
酒の提供はあったものの、捜査員以外は誰も手を付けなかった。ナオは部下たちのプロ意識の高さに安堵したが、今後のパーティー運営については改善の余地があると考えた。
密輸船の発見と対応
『シュンミン』は次の目的地に向かう途中、レニウム星系内で一隻の宇宙船を発見した。艦橋にいた副長がその船を指摘し、トムソン捜査室長も「犯罪の匂いがする」と述べた。ケイン警部補も興味を示し、職務質問の実施を提案した。
ナオは、広域刑事警察機構には宇宙空間での捜査権がないことを懸念したが、ケイン警部補が「職質であれば問題ない」と指摘した。王国の法律では、警察官が所属する星系内での職務質問は合法であり、宇宙であっても適用されるという理屈であった。
ナオはこの提案を受け入れ、職務質問のために内火艇を出すよう指示した。しかし、密輸船側は臨検を拒否し、貧弱な武装ながら攻撃を仕掛けてきた。これにより、敵対行為が確認されたため、法的に問題なく制圧が可能となった。
艦載機が推進力を奪い、内火艇が突入して制圧を完了した。その結果、船内には麻薬が積まれており、乗員全員を逮捕することができた。
密輸船の処理と新たな問題
密輸船の処理のため、『シュンミン』は近隣の警察本部のある惑星に停泊し、逮捕者を引き渡した。しかし、その手続きに三日を要し、ナオたちは予期せぬ足止めを食らうこととなった。
その間、捜査員たちは地元警察の支援を行っていたが、ナオは別の問題に直面していた。厨房には細胞活性装置が導入されており、古くなった食材を再生する用途で使用されていた。さらに、艦内の後部格納庫には「無人機研究会」が活動しており、無人の小型宇宙船誘導装置が設置されていた。
この研究会は、カリン少尉が代表を務め、マリアやカスミも顧問として関与していた。小型無人機は航宙魚雷を搭載可能な仕様になっており、さらに海賊の病院船から持ち込んだパルサー砲まで搭載されていた。
ナオはこの問題の処理について、マキやイレーヌと協議を行い、どうするかを決めることとなった。
最終報告と進退伺
密輸船の対応により、『シュンミン』のスケジュールが変更され、ゲストの捜査員の一部が入れ替わった。しかし、ケイン警部補はそのまま残り、無事にPB‐2へと向かい、捜査員たちを引き渡すことができた。その後、PB‐1で前の捜査員を回収し、首都星ダイヤモンドへと戻った。
ナオは、殿下への報告と進退伺の提出のため、本部へと向かうこととなった。今回の件を総括し、艦内の無許可改造の問題や、新たな戦力としての無人機の扱いについて、上層部と協議する必要があった。
進退伺と殿下の判断
ナオは今回の問題について殿下に報告し、進退伺を提出するつもりであった。軍であれば艦長通達の不備により部下が暴走した場合、降格処分を受けるのが通例であり、ナオ自身もそれを覚悟していた。しかし、殿下は「何が問題なのか」と問い、ナオは即答できなかった。確かに武器開発は通常問題視されるが、不正流用がないため法律的に問題はない。結局、殿下は「問題がなければ処分のしようがない」と判断し、ナオに対しては「理由もなく進退伺を出したことへの注意」という形で懲戒処分を下すことにした。
捜査員との会議と臨検の法的問題
その後、殿下主催の会議が開かれ、捜査員たちは不審船の拿捕に関する問題点を提起した。トムソン室長は「正式な組織が発足する際には、臨検の法的根拠を持つ必要がある」と述べ、殿下もその重要性を認識した。今回の拿捕は、警察の職務質問を利用した合法的な手段であったが、これを今後の方針とするためには、正式な法整備が必要であることが確認された。殿下は「速やかに法的根拠を整える」と約束し、捜査員たちの活動が円滑に進むよう手配する意向を示した。
密輸船の増加と貴族の影響
シシリーファミリーの壊滅後、王国では新たに密輸船の活動が活発化していた。特に首都星域ではコーストガードの取り締まりが強化されており、貴族たちの資金源に影響を及ぼしていた。そのため、密輸業者はコーストガードの管轄外の星域に活動を移そうと画策していたが、今回の摘発によってその動きにも影響が出た。さらに、捜査員たちの迅速な対応により、貴族からの圧力がかかる前に違法行為の証拠を押さえられたことで、貴族側の動きが鈍っていた。
広域刑事警察機構の拡張
今回の経験を踏まえ、今後は地元警察を『シュンミン』に乗せた上で宇宙での捜査を実施することが決定した。殿下とトムソン室長が地元への根回しを済ませ、ナオたちはその指示に従うだけとなった。この方針はすぐに実行され、次の航海から不審船の摘発がスムーズに進むようになった。さらに、王国の会計年度が改まる前に、広域刑事警察機構の正式な発足が決定された。
コーストガードと警察の活躍
この方針のもと、王国全体で不審船の摘発が相次ぎ、首都星域ではコーストガードの巡邏方法が改革されることで、大幅に摘発率が向上した。これまで定期巡回を行っていたコーストガードは、より柔軟な巡邏方式を採用し、密輸船を発見する頻度が増えた。この成果により、軍の一部と癒着していた勢力が明るみに出ることとなり、高級軍人の更迭や逮捕が相次いだ。一方、地方警察も積極的に宇宙での捜査に乗り出し、ここ数か月で三十二隻の不審船を摘発するという成果を挙げた。
カリン少尉と艦載機チームの叙勲
その後、王宮での叙勲式が行われ、カリン少尉率いる艦載機チームが「海賊船討伐の成功」により勲章を授与された。最低格の九等ではあったが、王国内の貴族たちの前での叙勲は大きな意味を持ち、広域刑事警察機構の影響力を高めることにつながった。ナオもマキと共に最後尾で式を見守り、貴族政治の影響力を改めて実感した。
組織の正式発足と人事発表
叙勲式の翌日、広域刑事警察機構の正式発足と共に、新たな組織図が発表された。機構長は殿下、副機構長にはフェルマンが就任し、実務部門の責任者としてマキが本部長に就いた。彼女は組織運営を全面的に担当し、実質的なナンバースリーとなった。さらに、出向者であるナオも正式に広域刑事警察機構軍に配属され、新たな戦隊司令に任命された。
新たな戦隊の編成とナオの昇進
組織の拡張に伴い、広域刑事警察機構は新たに第二艦『バクミン』を就航させることとなった。これにより、ナオは二隻を指揮する戦隊司令に正式に任命された。一方、『シュンミン』の艦長職にはメーリカ中尉が、第二艦の艦長にはカリン中尉が就任することとなった。
また、ナオ自身も昇進が決定され、宇宙軍中尉から少佐へと飛び級する形となった。これは、彼が「英雄に贈るダイヤモンド十字賞」を受勲したことによるものであり、殿下の裁量によって実現された異例の昇進であった。ナオは驚きを隠せなかったが、殿下は「特別な存在だから」と一言で片付けた。
今後の展望
正式発足した広域刑事警察機構は、より強力な権限を持ち、宇宙での違法行為の取り締まりを本格化させることとなった。組織の拡大に伴い、今後はさらに多くの星系での活動が期待されており、ナオを中心に新たな戦隊が動き出すこととなった。
昇進辞令と戦隊司令の人事
ナオの昇進は、戦隊司令としての立場を考慮したものだった。殿下は、コーストガードが宇宙軍の出向者に対し一階級昇進を与える慣習を好ましく思っておらず、今回の人事も慎重に決定された。結果として、カリンは宇宙軍と同じ階級の中尉に据えられ、ナオは戦隊司令として少佐に昇進した。これにより、二隻の軍艦を指揮する体制が整えられた。
二番艦『バクミン』の就航準備
新たな艦の運用に向けて、人員の確保が課題となった。殿下は既に対策を講じており、宇宙軍から士官三名、第二艦隊から下士官十名を確保していた。また、コーストガードからも士官および一般隊員が出向扱いで補充されることになっていた。最低限の人員は確保されたものの、艦の運用に支障がないかが懸念された。ナオは人員不足を理由に二番艦の運用中止を提案したが、殿下は「無理はさせない」と断言し、正式な配備計画があることを説明した。
宇宙軍本部での昇進辞令
翌日、ナオは宇宙軍本部からの呼び出しを受けた。通常、昇進辞令は事前に通達されるが、ナオにはそのような連絡がなかったため、突然の呼び出しとなった。しかし、殿下が既にその事情を把握しており、昇進が決まっていたことを説明された。ナオとカリンは公用車で本部へ向かい、そこで人事担当の少将から正式に昇進辞令を受け取った。
殿下の影響力と軍内部の反応
軍本部では、ナオたちに対して異例の待遇が施された。宇宙軍の職員が敬礼で迎え、丁重な応対を受けたことからも、殿下の影響力の大きさがうかがえた。ナオは、この待遇の背景に提督の存在があると気付き、殿下を支持する軍内部の勢力が少なくないことを理解した。提督はナオに対し、「これから殿下にはより多くの敵が増える」と警告し、慎重な行動を求めた。
新たな戦隊司令の体制
その後、ナオは広域刑事警察機構の本部に戻り、新たな人事発表を迎えた。殿下は二番艦『バクミン』の就航とともに、旗艦『シュンミン』の艦長職をメーリカに引き継がせることを正式に発表した。さらに、コーストガードおよび宇宙軍からの出向者が紹介され、ナオの指揮下に加わることとなった。特に宇宙軍からは、ナオの同期であるマーク、ソフィア、エマの三名が出向し、彼らの昇進も同時に発表された。
戦隊の新編成と人員配置
人員配置の決定に際し、ナオは新たなメンバーをどの艦に配属するかを検討した。殿下の指示により、コーストガードからの出向者は主に二番艦に配置されることとなり、カリンの指揮のもと運用されることになった。一方、『シュンミン』は既存の体制を維持しつつ、新たな士官を迎える形となった。特に機関部の強化が必要と判断され、熟練の技術者を二番艦に優先的に配置することが決定された。
新組織の正式発足と今後の展望
これにより、新たな組織編成が決定され、広域刑事警察機構の軍事部門は本格的に運用を開始することとなった。ナオは正式に戦隊司令としての任務を負い、二隻の艦隊を指揮することとなった。新年度の発足を控え、組織は新たな段階へと進むこととなった。
第十二章 新たな軍の発足
人事配置と艦隊運用の調整
新たな人員を迎え、最初に取り組むべきは艦隊の人事配置であった。ナオたちの運用する艦は、王国軍が既に使用しなくなった航宙駆逐艦ブルドック型を改良したものであり、その改修は限られた予算と時間の中で行われた。結果として、軍艦とは思えないほど民間用の設備が導入され、計器類も通常の軍艦と異なるものとなっていた。このため、新たに加わった乗員たちは慣れた機材とは異なる環境に適応しなければならず、特に機関部の扱いには注意が必要であった。
人事配置は、基本的に応援部隊を二番艦『バクミン』に回し、一番艦『シュンミン』から最低限の人員を移動させる形で決定された。特に、問題児とされる乗員は経験のある者が管理するという基準が設けられ、各乗員の特性を考慮して配属が決定された。
新組織の人員構成
正式に決定された広域刑事警察機構軍の主要メンバーは以下の通りである。
• 戦隊司令: ナオ・ブルース(少佐・宇宙軍大尉)
• 司令秘書官: イレーヌ准尉
• 旗艦『シュンミン』(KSS-9999)
• 艦長: メーリカ中尉
• 副長: ケイト少尉
• 第三席・機関長: マリア少尉
• 二番艦『バクミン』(KSS-9998)
• 艦長: カリン中尉
• 副長: バッカス少尉(コーストガード出向)
• 第三席・攻撃主任: マーク少尉(ナオの士官学校同期)
その他、生活安全部や主計部などの担当者も配置され、艦載機運用については二番艦『バクミン』が中心となることが決定された。
王国の新年度と軍の正式発足
王国の会計年度が改まる初日、王宮では新たな政府機関の発足が正式に認証された。王女殿下が広域刑事警察機構の長として正式に任命され、それに伴い新たな軍隊が発足することも決定された。宇宙軍、コーストガードに続く第三の軍隊としての位置付けが確立され、その指揮官としてナオが陛下の勅任を受けることとなった。
ナオは宇宙軍の長官から勅任の証である短剣を授与され、戦隊司令としての地位を確立した。しかし、まだ若い大尉でありながら「閣下」として扱われることには戸惑いを覚えていた。
本部での反応と貴族層の影響
ナオが本部に戻ると、広域刑事警察機構内でも従来の活力ある雰囲気が薄れ、官僚的な空気が漂っていることに気付いた。特に経理部門の貴族出身者たちは、孤児院出身であるナオが閣下と呼ばれることを快く思っておらず、表向きの礼儀の裏に嫉妬と反発の感情が見え隠れしていた。
ナオ自身は「閣下」と呼ばれることを望んでおらず、内部では従来通りの呼び方を続けるよう求めたが、公式の場ではその扱いを避けることはできなかった。
ニホニウムへの移動と殿下の同行
広域刑事警察機構軍の発足式を控え、ナオたちはニホニウムへ移動することとなった。殿下も式典に出席するために同行し、ナオは彼女を『シュンミン』に案内した。道中、殿下は宮殿での貴族たちとの交流に疲れを感じていた様子で、早めに宮殿を出発したことを明かした。
一方、カリンは新たな艦長職に慣れるため、あえてニホニウムに残り指揮の準備を進めていた。ナオは彼女の優秀さがかえって不安を生み出しているのではないかと考えたが、いずれ慣れるだろうと楽観的に捉えていた。
発足式と初の艦隊行動
翌日、ニホニウムにて広域刑事警察機構軍の発足式が行われた。王国の宰相をはじめとする招待客が参列し、新たな軍隊の誕生が正式に宣言された。式典の最後にはナオが二人の艦長に命令書を手渡し、それぞれの艦へ向かって行進することで式典が締めくくられた。
式典後、ナオたちは初の艦隊行動として首都星域の外縁部を中心にパトロールを実施した。ナオは旗艦『シュンミン』に留まる予定だったが、訓練中の『バクミン』を訪れることを決めた。メーリカ艦長の許可を得た後、ナオは内火艇を操縦して『バクミン』へ向かうことにした。
機関部の運用と問題児の管理
出発前、ナオは整備担当のマリアと会話を交わした。彼女は、艦の機関部に未熟な乗員だけを配置することで、彼らの技量向上を狙っていると説明した。かつての指導者の教えを基に「トラブルをわざと仕掛けることで、乗員が必死になって成長する」と語るマリアの姿は、悪戯を企む者のようでもあった。
この艦隊が正式に稼働し始めたばかりであり、まだ課題は多いものの、ナオは新たな組織が機能していくことを期待しつつ、次の行動へと移っていった。
内火艇での移動とイレーヌの懸念
ナオはイレーヌを伴い、内火艇で二番艦『バクミン』へ向かった。移動中、イレーヌはナオが自ら操縦することに疑問を抱き、司令官としての格にふさわしくないのではないかと指摘した。しかし、ナオは内輪での移動なら問題ないと考え、気にする様子はなかった。
『バクミン』に到着すると、前部ハッチが開かれ、トラクタービームによる自動着艦誘導が行われた。ナオはその様子を見ながら、宇宙軍やコーストガードではよくある光景だと感じたが、自身が所属していた『アッケシ』ではこのような整った手順を見ることはなかった。
『バクミン』での歓迎
ナオが内火艇を降りると、突然の笛の音とともにソフィアが「戦隊司令、来艦」と宣言した。さらに、保安員の号令により、格納庫にいた全員がナオに向かって敬礼を行った。予想外の対応に困惑するナオだったが、イレーヌが冷静に「司令への敬意を示しているだけです」と説明した。
案内役のソフィアは、ナオを艦長のカリンの元へと導いた。ナオはソフィアのかしこまった態度に違和感を覚えつつも、イレーヌの助言に従い、大人しく従った。艦橋へ入ると、再び「戦隊司令、入室」との声が上がり、乗員たちが敬礼を取った。ナオは略式の頷きで応じながらも、『シュンミン』とは大きく異なる雰囲気に戸惑いを隠せなかった。
司令官室の案内と部屋の改修
カリンはナオを出迎え、艦の準備状況について説明した。短期間での整備を終えたことを誇りに思っている様子だったが、ナオは『シュンミン』の処女航海時と比較し、好条件の下での準備だったことを指摘した。
ナオはまず自身の部屋へ案内された。司令官用の部屋は艦橋の隣に位置し、指揮を取りやすいように設計されていた。以前は病院船の医院長室として使われていたため、内装が病院風であり、軍艦らしさには欠けていた。しかし、ナオの部屋の扉は一般的な宇宙船用のものに交換され、少しだけ周囲との統一感が増していた。
カリンはナオの秘書官であるイレーヌの部屋も用意していることを伝え、後ほど案内すると約束した。その後、ナオはカリンと今後の方針について話し合うことになった。
艦載機訓練の計画
カリンは艦隊行動の訓練に加え、艦載機の運用訓練も並行して行いたいと提案した。ナオは艦隊行動に影響が出ない範囲であれば許可するとし、訓練前に『シュンミン』のメーリカ艦長にも報告するよう求めた。カリンはすでにメーリカの了承を得ていると答え、二時間後に訓練を開始することを決定した。
その後、ナオはイレーヌにマーク少尉を呼ぶよう頼んだ。
ナオとマークの会話
ナオはマークと私的な会話を交わし、司令官としての扱いにまだ慣れないことを打ち明けた。マークもまた、昇進に伴う周囲の圧力を感じており、特に宇宙軍内の人間関係に疲れていたことを語った。そのため、今回の異動はむしろ救いだったと考えていた。
ナオは『バクミン』に来た際のソフィアの態度について不満を漏らしたが、マークは勤務中の態度としては妥当であると指摘した。さらに、ナオの部下たちがコーストガード時代のノリのままでいることについても言及し、規律の重要性を説いた。ナオは「問題があるほど士気は高い」と主張したが、マークはそれこそが問題だと指摘した。
その後、訓練開始の通達が入り、マークは攻撃主任として艦橋へ戻った。
艦載機訓練の見学
ナオは訓練の様子を見学することに決め、ソフィアに案内を頼んだ。格納庫管理室から直接艦載機の離発着を観察できることを知り、そこでの見学を選んだ。ソフィアは上官としてのナオに対し、極めて公的な対応を取っていたが、ナオはもう少し親しみやすい態度を望んでいた。
管理室に到着すると、トーマス整備長が現れ、整備状況を報告した。艦載機の整備は順調だったが、就学隊員たちがまだ完全には育っておらず、運用には不安が残っていた。ナオは「来年には正規隊員として採用できる」と楽観視したが、トーマスは即戦力となる人材の確保が急務であると懸念を示した。
艦載機の離陸が始まり、ナオはその光景を見つめながら、この新たな軍の未来について思いを巡らせた。
艦載機の整備と訓練準備
ナオとトーマス整備長は艦載機の整備状況について話し合っていた。特に、今後の増加予定である四機の運用をどうするかが課題となっていた。もし新たに加わる整備士が使い物にならなかった場合、ナオはマリアに任せるつもりであると冗談交じりに話したが、トーマスはそれだけは避けたい様子だった。
その時、格納庫管理室に設置されたスピーカーから、艦載機の着艦指示が入った。トーマスはすぐに対応し、格納庫内の整備士たちに実戦を想定して作業に当たるよう厳命した。ユージとコージもその指示を受け、迅速に動き始めた。
艦載機の着艦と迅速な整備
艦載機二機が全通格納庫に次々と着艦し、ユージとコージがそれぞれ指揮を取りながら駐機スポットへと誘導した。イレーヌは、その動きが宇宙軍の正規整備士よりも機敏であることに驚きを隠せなかった。彼女は第二艦隊司令部付きだった頃にFキャリヤー艦の整備を見学したことがあり、その経験から見ても、ここでの動きは格段に優れていると感じていた。
ナオはその評価をトーマスに伝え、整備士たちを褒めるよう促した。しかし、トーマスは「学生だから褒めすぎると図に乗る」と慎重な姿勢を見せた。ここで言う学生とは、コーストガードが発足当時から採用している就学隊員のことである。彼らは中等・高等教育を受けながら、現場での実践訓練を積んでいた。そのため、一定の経験を積んだ彼らは、一般の兵士と遜色ない動きを見せるようになっていた。
格納庫管理と整備長の指示
ユージとコージの指揮の下、整備が進み、二機の艦載機が速やかに発進準備を整えた。トーマスはすぐに艦橋へ報告を入れ、カリン艦長の指示を待った。その後、艦橋からの発進命令が下り、一番機、二番機ともに問題なく離艦した。
カリンは初の訓練としては上出来だと評価し、さらに数回の離発着訓練を行うことを決定した。訓練は順調に進み、ナオもその様子を見守りながら「迫力がある」と感想を漏らした。
艦載機の増強計画
訓練終了後、ナオはカリンと訓練結果を振り返りながら、今後の艦載機運用について話し合った。現在の艦載機数では不十分であり、特にカリンはさらなる増強を求めていた。しかし、問題はパイロットの確保であった。
コーストガードも宇宙軍も、エース級のパイロットを出向させる余裕はなく、特に宇宙軍はナオたちに対して強い警戒心を抱いていた。その背景には、第二艦隊事件の影響や、軍上層部の腐敗問題が絡んでいた。軍内では海賊との癒着を暴かれ、多くの高官が辞職を余儀なくされた経緯があり、それ以上の介入を防ぐためにナオたちに人員を提供することを拒んでいた。
パイロット研修生の確保
ナオは軍のパイロット採用制度に目を向け、不正採用の可能性についてカリンに問いかけた。カリンは貴族の口利きによる採用が実際に存在すると認め、特に商人の依頼によるパイロット枠が問題視されていると説明した。その影響で、本来適性のある兵士が不採用となるケースが多いという。
この情報を基に、ナオは軍の不採用者の中から有能な人材を引き抜く計画を立てた。マキ本部長を通じて軍の人事データを確認し、パイロット適性のある者をリストアップすることとなった。その結果、十名が候補として挙がり、最終的に五名を研修生として採用することが決まった。
訓練航海と警察官の移送
新たなパイロット研修生が確保されるまでの間、ナオたちは訓練航海を続けていた。この航海では、警察官を海賊拠点へ案内し、臨検や治安維持活動を実施することが目的であった。前回の訓練航海は三日間だったが、今回は五日間を要した。しかし、大きな事件は起こらず、無事にニホニウムへ帰還した。
帰還後、マキからパイロット研修生の確保が完了したとの報告が届いた。研修生たちは来月到着予定であり、ナオたちは彼らの訓練計画を策定することになった。
新たな研修生の歓迎と適性評価
一ヶ月後、パイロット研修生五名がニホニウムに到着した。彼らは軍の選考から漏れた者たちであったが、ナオの目には十分な適性を持つ人材に映った。カリンは彼らに対して訓辞を述べ、その後、無礼講の歓迎会が開かれた。
しかし、ナオにとってこの会は楽しめるものではなかった。戦隊の仲間たちは彼を上官として扱い、誰も砕けた態度を取ろうとしなかった。唯一、マリアやケイトたちは変わらぬ態度で接してくれたが、イレーヌが「司令としての立場を考えてほしい」と注意を促したため、ナオは距離を取らざるを得なかった。
その後、ナオはクローや主計官のキャリー、サツキと共に静かな場所で飲むことにした。以前ジャイーンが働いていたホテルのバーを訪れ、気心の知れた仲間たちと落ち着いた時間を過ごした。
不審船の臨検
三ヶ月が経過し、その間にパイロット研修生は着実に成長していった。就学隊員たちは単独での飛行が可能になり、研修生たちもタンデムで宇宙空間に出る訓練を始めた。しかし、戦闘任務に就くにはまだ時間が必要だった。
その間、海賊との遭遇は減ったが、不審船との遭遇が増えていた。ナオたちは正式に臨検権限を持っているため、航行中に怪しい船を見つけると積極的に検査を行っていた。
ある日、艦橋にいたナオはメーリカから「見込み客を発見した」と報告を受けた。航路管理局に照会中ではあったが、接触する前に遭遇する可能性が高かったため、ナオは「営業活動」と称して臨検の準備を進めた。
艦載機の運用と新たな訓練計画
ナオはメーリカと共に、艦載機の運用について話し合っていた。これまで通り警戒は熟練の二名に任せるが、成長した研修生たちにも実際の現場を経験させる機会を作ることにした。カリン艦長とも相談し、就学隊員を後部座席に乗せ、研修生たちを警戒業務に配置する形で訓練を実施することが決まった。
航路管理室からの返答を待たずに臨検の距離まで近づき、無線で警告を発した後、臨検作業を開始した。現在、『シュンミン』と『バクミン』には捜査員十名、機動隊員十名、保安員が配置されており、彼らが臨検チームを編成し、任務にあたる体制が整っている。その結果、かつて臨検を主導していたナオたちの出番は激減し、実務は専任の捜査チームに任せる形になっていた。
今回の臨検も三時間後には決着し、不審船の乗員は現行犯逮捕された。メーリカは、逮捕者と押収品を五時間先の警察本部に引き渡す手配を済ませ、予定通りに曳航を開始した。これまでの経験を踏まえ、臨検作業はすでに日常業務の一部となっていた。
トムソンの訪問
ある日、トムソンがナオを訪ねてニホニウムを訪れた。彼は近頃、警察官のアテンド業務から離れ、もっぱら本部で捜査を指揮していた。その結果、広域刑事警察機構の中でも最も多忙な立場にあるといえた。各地の警察と連携し、海賊や貴族絡みの犯罪情報を集める役割を担っていたため、彼のもとには膨大な情報が集まり、その精査に追われる日々を送っていた。
そんな彼が忙しい合間を縫ってナオを訪れたということは、ただの世間話ではないとナオは察した。
違和感のある海賊討伐情報
トムソンは、これまでの不審船の取り締まりや宇宙軍による海賊討伐のデータを分析した結果、特定の地点での活動に偏りがあることに気づいた。彼が広げた王国全図には、これまで逮捕された不審船や撃沈された海賊船の位置が記されていたが、一部のエリアだけ異常に記録が少なかった。
ナオも地図を確認し、主要航路沿いでありながら取り締まり記録がない地点がいくつか存在することに気がついた。さらにトムソンの調査によれば、そうしたエリアでは宇宙船の消息不明率が保険会社の統計と一致していた。事故の可能性も考えられるが、それにしても残された痕跡が極端に少ないという。
「普通、事故があれば何かしらの痕跡が残るはずなのに、ここではそうした報告がほとんどない」とトムソンは指摘した。
ナオはこれを単なる事故とは考えにくいと判断し、トムソンの勘を信じて調査を進めることにした。
新たな調査計画の策定
トムソンとナオは、疑わしいエリアに仮の名称をつけ、それぞれの地点について管理することにした。ただし、この調査にかかりきりになるわけにはいかないため、警察官のアテンド業務の合間に調査を進める方針を決めた。
トムソンは多忙であったが、調査計画の策定には協力すると申し出た。ナオは秘書官のイレーヌを呼び、カリンとメーリカの両艦長を招集させた。暗黒星域内での航行訓練も計画に含める必要があり、艦長たちの意見を聞くことが不可欠だった。
二人の艦長が到着するまでの間、ナオとトムソンは雑談を交わした。トムソンはナオの結婚について話題を振り、「家族は素晴らしいものだ」と語ったが、彼の家庭生活は三日に一度しか帰宅できない状態であり、ナオにはその感覚が理解できなかった。しかし、トムソンはそれでも「恵まれている」と言い切った。
暗黒星域航行の問題点
カリンとメーリカが到着すると、ナオは調査計画について説明し、暗黒星域内での訓練について意見を求めた。副長のバッカス少尉は、暗黒星域内での艦隊行動に対する懸念を示し、訓練の必要性を訴えた。暗黒星域ではレーダーや無線が使用できないため、艦隊行動に支障が出る可能性があった。
バッカスは、「可能であれば暗黒星域での航行を避けるのが最善策だが、そうもいかない場合は訓練を積むべきだ」と主張し、ナオもそれに同意した。宇宙軍では暗黒星域での作戦を想定しておらず、戦闘は暗黒星域外で行う前提になっているという。そのため、彼らの状況とは異なり、独自に訓練を積む必要があると結論づけた。
また、コーストガードでも暗黒星域での航行訓練は行われておらず、過去の作戦では敵を暗黒星域外に誘導する戦術が取られていた。しかし、その際に民間船が利用されていたことが問題視されていた。ナオはその詳細については明かせないとしつつ、当時の作戦が極めて危険なものであったことを示唆した。
新たな訓練方針の決定
カリンとメーリカは、暗黒星域での訓練を取り入れる方針に賛同し、可能な範囲で実施することになった。ただし、当面は暗黒星域での調査を控え、リスクを最小限に抑える形で計画を進めることとした。
こうして、広域刑事警察機構軍は第三の軍としての役割を固めつつあり、新たな任務と訓練計画が動き出した。
番外編 無免許のお医者様
大病院から船医への転身
彼は長年勤めていた大病院を辞し、宇宙船の船医として新たな道を歩むことになった。病院内での競争に敗れ、信頼していた助手に地位を奪われたことが転機となった。さらに、長年の恋人だった事務主任の女性もその助手のもとへと去り、彼の人生は大きく揺らいだ。
貴族の端くれとはいえ裕福な家庭で育った彼は、幼い頃から苦労を知らず、何も考えずに医学の道を選んだ。救急外来の実習で目の前で人が死んでいく現実を目の当たりにし、それが彼の医師としての方向性を決定づけた。第一国立大学の医学コースを卒業し、国の機関からの誘いを断って大病院の救急外来に進んだ彼は、最年少で主任に抜擢され、医療技術の面では高い評価を得ていた。
しかし、病院内の権力争いに巻き込まれ、最終的に依願退職という形で病院を去ることになった。表向きは名誉ある退職だったが、実際には新体制にとって邪魔な存在とされ、追放されたに等しかった。
豪華客船での新生活
彼の再就職先はすぐに決まり、星系外周遊の最高級豪華客船『プリンセス・ダイヤモンド』の船医長に就任した。この船は国の威信を示す存在であり、医療設備も病院と遜色ないほど充実していた。しかし、彼の仕事は平穏そのもので、救急外来での日々とはまるで異なった。訪れる患者のほとんどは軽傷や軽い病気ばかりであり、彼自身が治療にあたる機会は少なかった。
最初はその穏やかさに戸惑ったが、次第にこの新しい生活にも馴染みつつあった。だが、その静かな日常は突如として破られることになる。
海賊の襲撃と捕縛
宇宙船は、首都星系を出た直後のメイン航路上で待ち伏せされ、海賊に襲撃された。彼はこの事実を信じられなかった。辺境では日常茶飯事だと聞いていたが、国の威信を背負ったこの船が狙われるとは想像もしていなかった。
船は戦闘の末に制圧され、彼を含む医療室のスタッフ全員が海賊に捕らえられた。直接暴力を受けることはなかったが、武器で脅され、医師として最も忌むべき行為に手を染めざるを得なかった。
臓器摘出の強要
彼らが連れてこられた海賊の基地は、驚くほど医療設備が整っていた。だが、その目的はおぞましく、彼は子供たちの臓器を摘出する役割を強制された。彼は必死に抵抗したが、最終的には部下たちを守るため、また自分の命を守るために屈した。
彼は言い訳を重ねながらも、自分の罪を自覚していた。どれだけ丁寧に処置を施しても、心臓を摘出された子供が生き延びられるはずがない。彼は絶望の中で、自己弁護を繰り返していた。
王女の救出と遅すぎた解放
そんな彼らに転機が訪れた。第三王女が率いる部隊が海賊基地を制圧し、彼らを解放したのだ。しかし、彼にとっては遅すぎた救出だった。
基地内で一人の士官が、必死で子供の行方を探していた。彼は直感的に、それが数時間前に自らが摘出手術を施した子供のことだと悟った。彼は士官を術後診察室へと案内し、そこに横たわる子供たちのカルテを示した。
士官は絶望の中で涙を流しながら、「子供たちを助けてくれ」と懇願した。しかし、彼にはどうすることもできなかった。ただ、首を横に振ることしかできなかった。
その時、士官は信じがたい行動に出た。彼は一人ずつ、子供たちを生かしていた機械を停止し、苦しんでいる子供には睡眠薬を投与して最期を迎えさせたのだ。彼は泣きながら「責任は俺にある」と何度も叫んでいた。
彼は思った。もし自分にこの士官のような勇気があったなら、こんな悲劇に手を染めることはなかったのではないか。彼女に捨てられたのも、結局は自分にその勇気がなかったからなのではないかと。
ニホニウムでの保護観察
解放された彼らは、王女の計らいによりニホニウムで保護観察下に置かれることになった。海賊基地での行為が明るみに出たことで、彼の勲章は剥奪され、医師資格もはく奪された。
それでも、彼は現在、海賊基地から救出された子供たちの健康管理に従事していた。しかし、それは資格を必要としない単純な仕事であり、かつての名誉とは程遠いものだった。
給料は僅かで、研修医程度の額だったが、それでも酒を飲むには十分だった。彼は酒に逃げるようになり、お気に入りのバーで、自らの罪を思い返しながら飲む日々を送っていた。
再会
ある日、バーのあるホテルに向かうと、ラウンジで若い女性たちが楽しげに談笑しているのが目に入った。彼には、その光景がまぶしすぎた。まるで自分が過去に取り残されたような感覚に襲われ、逃げるようにバーへと足を運んだ。
酒を飲みながら、いつものように沈黙に浸っていると、一人の男が声をかけてきた。
「お久しぶりです、ドクター」
彼はその声を聞き、驚きとともに顔を上げた。




その他フィクション

Share this content:
コメントを残す