小説「転生したらスライムだった件 番外編 ~とある休暇の過ごし方~」感想・ネタバレ

小説「転生したらスライムだった件 番外編 ~とある休暇の過ごし方~」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は異世界ファンタジー/ライトノベル作品である。前作での激戦と開国祭を終え、魔国連邦テンペストに一時の平穏が訪れた。その後、盟主であるリムル=テンペスト、暴風竜ヴェルドラ、および戦士のヒナタの三人は、“休暇”を兼ねて「魔塔」へ赴き、新しい魔法──“獣魔術”の研究と開発を試みる旅に出る。物語は、戦いや建国の喧騒から離れた「魔法の聖地」での日常的かつ実験的な冒険を描くものである。

主要キャラクター

  • リムル=テンペスト:魔国連邦テンペストの盟主であり、本作の主人公。魔法と能力の獲得により、種族を問わず国の統治と発展を牽引してきた人物。本番外編では新魔法開発の旗振り役となる。
  • ヴェルドラ:暴風竜。リムルと盟約を結び、テンペストを支える盟友にして戦力。獣魔術開発のアイデアを提案し、物語の発端となる役割を果たす。
  • ヒナタ:騎士。リムル・ヴェルドラとともに魔塔への旅に同行。休暇という名の魔法開発に関与することで、これまでとは異なる側面を見せる存在。

物語の特徴

本作の魅力は、これまでの“国家建設”“戦争”“異種族間の争い”といった重厚なテーマから一転し、「休暇」「研究」「魔法開発」という安息と創造をテーマとしたスピンオフである点にある。主人公たちが“英雄”“盟主”“竜”という肩書きを一旦脇に置き、気兼ねなく“旅”“実験”“発見”を楽しむ――という意味で、シリーズ本編とは異なる“ゆるくも知的な異世界ライフ”が味わえる。また、魔法体系の拡張という設定的ギミックは、シリーズ世界観の広がりを印象づけ、既存読者にも新鮮さを与える差別化要素となっている。

書籍情報

転生したらスライムだった件 番外編 ~とある休暇の過ごし方~
著者:伏瀬
イラスト:みっつばー
出版社マイクロマガジン社
レーベルGCノベルズ
発売日:2025年11月29日
ISBN:9784867168745

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あらすじ・内容

転スラ初の番外編、小説版ついに刊行!
リムル×ヒナタ×ヴェルドラが「魔法の聖地」へ
開国祭を無事に終え、魔国連邦には久々に穏やかな日常が戻ってきていた。
そんな中、ヴェルドラが「獣魔術を開発したい」と言い出した。獣魔術……かの有名な『3×3 EYES〈サザンアイズ〉』にて大魔術師ベナレスが生み出した、まさに男の浪漫とも言える魔術体系。
この世界で実現可能か訝しがるリムルだったが、ルミナスの後押しもあり「魔塔」に出向いて新魔法を開発することを決める。
かくしてリムルとヴェルドラ、そしてヒナタを加えた3人の魔法開発旅行――『有給休暇』が幕を開けるのだった!

コミカライズ作画担当の高田裕三と原作者伏瀬のスペシャル対談、さらに小説完結後の書き下ろしSSも収録!!

転生したらスライムだった件 番外編 ~とある休暇の過ごし方~

感想

開国祭後のひといきついた空気のなかで、リムルたちが「有給休暇」と称して魔法開発に出かけていく流れは、本編の緊張感から少し距離を置いた、ゆるくて楽しい時間であったと感じた。

とくに印象に残ったのは、『3×3EYES』への全力のオマージュである「獣魔術」のくだりである。光牙というワードも含めて、思いきり元ネタに寄せてくる開き直ったノリでありながら、それをきっちり物語の決定打として機能させているところに、かなりの度胸を見た気がする。この世界の魔法体系の中へ、別作品のロマンをそのまま突っ込んでしまう発想も大胆であるが、それを高田裕三氏に自分の作品として描かせるという構図が、いちばんの贅沢ポイントであると思えた。

戦いそのものは、本編のような国運を賭けた大規模決戦ではなく、あくまで「魔法開発旅行」の延長にある小競り合いである。しかし、その裏側で動いていた黒幕たちが、最終的に鉄道開発へと関わっていく展開には、「転スラ」らしい着地のさせ方がよく出ていると感じた。敵として出てきた存在が、完全に排除されるのではなく、インフラや産業の発展へ組み込まれていく流れは、本編で繰り返し描かれてきたテンペスト流の「利用と共存」の縮図のようである。バトルを終えたあとの社会的な余波まできちんと描くところに、この番外編が単なるお遊びで終わっていない重みがあった。

日常の側面で見ると、リムル・ヒナタ・ヴェルドラという、ふだんは立場も距離感もかなり違う三人が、ひとつの目的のために行動する「旅もの」として楽しめた。ヒナタのまじめさと、ヴェルドラのはしゃぎぶり、それを面倒くさがりながらもまとめてしまうリムルの距離感が、終始ゆるく笑える空気を作っていたと思う。世界の命運がかかっていない分、言動に遊びが多く、その軽さゆえに三人の関係性の親しみやすさがよく伝わってきた。

そして個人的にいちばん評価が高かったのは、「本編終了後のエピソード」が少しだけ添えられていた点である。本編完結直後の読者としては、どうしても「その先」が気になってしまうところであるが、この巻はその物足りなさをさりげなく埋めてくれる役割を持っていた。番外編としての遊びと、本編アフターとしてのサービスが同居しているため、読み終えたあとも、世界がまだ静かに動き続けている気配が残り、うれしい余韻となったのである。

全体として、本作は「転スラ」好きと「3×3EYES」好きの両方に向けた、著者たちの悪ノリと本気が混ざった一冊であると感じた。大事件の裏でこっそり進んでいた魔法開発と鉄道計画、そして本編のその後をちらりとのぞかせる構成により、シリーズ世界への愛着がもう一段階深まる読書体験であったと言える。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

リムル=テンペスト

魔国連邦テンペストの盟主であるスライムの魔王であり、今回は「有給休暇」と称しつつも、実質的には魔塔の調査と三賢人の制圧を担った存在である。

・所属組織、地位や役職
 魔国連邦テンペスト・盟主。魔王。西方聖教会と協調する勢力の中心人物である。

・物語内での具体的な行動や成果
 開国祭後に子ども達をテンペストで預かり、温泉施設での団欒や獣魔術談義を主導した。
 ヒナタやルミナスの意見を踏まえつつ、新たな魔法研究の構想をまとめ、魔塔訪問の計画を立てた。
 マルクシュア王国では身分を隠した旅人として行動し、教会や自由組合支部での諍いを調整しながら、ヴェルドラの冒険者登録を実現させた。
 王城の夜会で挑発を受けた際には、水晶球でやり取りを記録し、正当防衛を確保したうえでヴェルドラの戦闘を黙認し、結果として王城半壊という事態を乗り切った。
 魔塔内部では、ヒナタ負傷後に激怒し、プレリクスとアシュレイを黒炎や光術改造魔法で制圧し、無限回廊を解除してヴェルドラとピピンを引き戻した。
 賢人都市での魔力・生気吸収異常に対しては、野外病院と炊き出し拠点を展開し、ミルク煮による大規模な救助活動を指揮した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 マルクシュア王国から、魔塔支配からの解放と庇護を求められるほど信頼される存在となった。
 魔塔の三賢人を力で屈服させた後、海洋調査と巨大船建造を軸とする「大航海時代」構想を提示し、新たな国際プロジェクトの中心に立った。
 西方聖教会・マルクシュア王国・魔塔の三者を調停する立場を事実上獲得し、政治的影響力をさらに広げた。

ヴェルドラ

暴風竜と呼ばれる竜種であり、漫画的お約束に強く影響されつつも、各所で実力と存在感を見せた存在である。

・所属組織、地位や役職
 魔国連邦テンペストの守護的存在。暴風竜。リムルの同居人かつ友人の立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 温泉施設で獣魔術の再現を提案し、漫画的な戦術を実際の研究テーマへ押し上げるきっかけを作った。
 賢人都市では冒険者登録を希望し、本名でギルド証を得ることにこだわり、結果として試験免除のBランク認定を受けた。
 自由組合支部でサイラス一派と対面した際には、ヒナタとリムルの裁量に任せて観戦役に回り、後の関係悪化を防いだ。
 王城の夜会では「衝撃吸収領域」の内側で騎士達と魔法使いを圧倒し、火炎大魔嵐を覇竜絶影拳で破壊して会場を吹き飛ばした。
 魔塔ではピピンの無限回廊に閉じ込められたが、内部で冷静に解析を進め、ピピンにリムルの恐ろしさを語って心理的に追い詰めた。
 賢人都市救助では、配膳や雑務に動員されつつも、貴族層の横暴を抑える役としても機能した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 自由組合でBランク冒険者として公式登録され、表の世界でも名義を得た。
 王城崩壊事件で竜種の脅威を現実として示し、マルクシュア王国と魔塔双方に対して強烈な抑止力となった。
 無限回廊からの帰還とピピンの戦意喪失により、三賢人にとって「制御対象」ではなく「制御不能な存在」と再評価された。

ヒナタ・サカグチ

西方聖教会の聖騎士団長であり、冷静な判断力と苛烈な戦い方を併せ持つ指導者である。

・所属組織、地位や役職
 西方聖教会・聖騎士団団長。ルミナスの代行者であり、「聖人」と呼ばれる立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 温泉施設で獣魔術談義に加わり、光術や霊子崩壊の性質から獣魔術の非合理性を論じつつ、応用可能な魔法研究の方向性を示した。
 ルミナスと共に魔塔での研究案を出し、自らも新たな系統の魔法習得を目的に同行を決めた。
 マルクシュア教会ではニックス司祭に対し、リムルが恩人であり同郷の友人であることを明言し、態度を改めさせた。
 自由組合支部ではグレイブとの一騎打ちを引き受け、指を一本ずつ切り落とす戦法で再起不能寸前まで追い込み、その後ポーションで回復させて恩を売る形を整えた。
 王城の夜会では国王の無礼を指摘し、退出をほのめかして牽制しつつ、リムルと共に記録を取り正当防衛の枠組みを固めた。
 魔塔での星取り戦では第二戦に出場し、星幽束縛術と霊子崩壊でプレリクスを一度完全消滅させたが、絶対不死の権能と新月環境に阻まれ、重傷を負って戦線を離脱した。
 賢人都市救助では自ら鍋をかき混ぜ、教会側の救援派遣も約束し、現場レベルでの指揮と教義変更の説明を両立させた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 教義変更後の西方聖教会の顔として、魔物国家と人間国家の仲裁役を明確に担う立場になった。
 マルクシュア王国に対して、教会が魔塔との交渉窓口となる可能性を示し、信頼回復の糸口を作った。
 魔塔戦で負傷しながらも、リムルとの相互信頼を深める契機となり、以後の連携に影響を与えた。

ルミナス・バレンタイン

神聖連邦ルベリオスの最高指導者であり、吸血鬼族の支配者として君臨する存在である。

・所属組織、地位や役職
 神聖連邦ルベリオスの統治者。吸血鬼族の王。西方聖教会の信仰対象である。

・物語内での具体的な行動や成果
 温泉施設での談義に参加し、光術が軌道設定や追尾、分裂などを行えることを解説し、獣魔術風の技術応用の理論面を補強した。
 リムルの感知能力と思考加速についても言及し、反応限界の観点から戦術的な評価を行った。
 魔塔との関係では、三賢人と過去に対立し、神祖を討った側として因縁を持ち、その延長線上で魔塔への紹介状をリムルに渡した。
 紹介状の文面は、実質的に挑戦状に近い内容であり、結果としてリムル達を魔塔と三賢人の争いの現場へ誘導する形となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 教義変更により、意思疎通可能な魔物との共存を認める方針を定め、西方全体の対魔物政策を変化させた。
 魔塔側からは最大の宿敵として認識され続けており、その影響力が三賢人の計画や警戒心に強く作用している。
 リムルへの紹介状を通じて、直接動かずとも魔塔問題の解決を外部に委ねる形を作り出した。

クロエ

テンペストに滞在する子ども達の一人であり、封印技の発想を示した存在である。

・所属組織、地位や役職
 イングラシア王国学園に関わる子ども達の一員。リムル達の保護対象である。

・物語内での具体的な行動や成果
 温泉施設での談義の際、万能糸と結界を組み合わせた封印技の案を提示し、新しい獣魔術風技術の方向性を示した。
 リムルに対して土産の要求を行い、その笑顔によってリムルが各種土産の約束を受け入れるきっかけを作った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魔法研究と戦術発想において、子どもでありながら有用な意見を出す存在として描かれている。
 リムルの行動選択に心理的な影響を与える存在として位置付けられている。

シュナ

テンペストの巫女的立場にある女性であり、行政と家事、料理面で広く支える役目を持つ。

・所属組織、地位や役職
 魔国連邦テンペストの首脳陣の一人。内政と工房、料理面を担当する立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 リムルの外出を「有給休暇」の実践と位置付け、仕事整理の必要性を指摘した。
 魔塔行きの前には、ラミリスや他の幹部との留守番体制の調整に関わった。
 賢人都市での救助活動では、ミルク煮の調理を中心となって担い、重症者を含む多くの住民を短時間で回復に導いた。
 マルクシュア王国との交渉では、現地調整役としてニックス司祭やソウエイと共に、テンペスト側の代表を務めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 料理と生活面の支援を通じて、他国の住民にも直接的な恩恵を与える役割を担った。
 マルクシュア王国にとっては、魔王側の中でも特に親しみやすい調整役として認識されている。

ソウエイ

テンペストの隠密部隊を率いる忍びであり、情報収集と要人護衛に特化した存在である。

・所属組織、地位や役職
 魔国連邦テンペスト・影の首領格。隠密・諜報担当である。

・物語内での具体的な行動や成果
 リムルの有給準備期間に、防衛計画の見直し協議を行い、国内外の安全体制を整えた。
 賢人都市での救助活動では、空間移動で呼び寄せられ、重篤者の捜索と搬送に従事した。
 マルクシュア王国との今後の調整において、現地側との連絡役を務める形で配置された。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 表には出にくい役割でありながら、救助活動や外交調整で不可欠な存在として機能している。
 リムル不在時の安全保障面で、他国からの信頼を高める一因となっている。

マルクシュア王国関係者

サイラス王子

マルクシュア王国の第一王子であり、魔法の才能を持たない一方で、頭脳と人徳を備えた人物である。

・所属組織、地位や役職
 マルクシュア王国・第一王子。王族の一人でありながら冷遇されている立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 自由組合支部では、魔法が使えない仲間達と共に勢力を築き、平民を守るために活動していたが、新人への絡み方は横柄であった。
 ヒナタとの対立で一派が敗れた後、自分達が相手取ったのが魔王と暴風竜と聖人であった事実を知り、軽率さを反省した。
 魔塔による魔力・生気吸収が激化した際には、グレイブと共に市内の異常を確認し、これを魔塔の制裁と判断して王城へ向かった。
 国王からの許可を得て、魔王リムルへの「非公式な救助依頼」を提案し、賢人都市救助のきっかけを作った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 当初は落ちこぼれ扱いであったが、魔塔支配の真実を知り、国のために危険な交渉案を出す立場に至った。
 父王との対話を通じて、自分が愛されていなかったわけではないと理解し、兄弟間のわだかまりを一部解消した。

ヘリオス王太子

マルクシュア王国の第二王子にして王太子であり、優れた魔法の才能を持つ人物である。

・所属組織、地位や役職
 マルクシュア王国・第二王子。王太子。次期国王と見なされている。

・物語内での具体的な行動や成果
 魔法の才に恵まれたことで貴族から支持され、兄サイラスを冷遇する空気の中で権勢を強めていた。
 サイラスの失態報告を受けた際には、兄を貶める材料として楽しむ一面を見せ、詐欺師扱いしたリムル達を余興の相手としか見なさなかった。
 王城の夜会では、魔塔から授かった衝撃吸収領域と火炎大魔嵐の発動を指示し、結果として城を半壊させる事態を招いた。
 魔塔による過剰なエネルギー徴収の中で、王家の宿命を聞かされ、自分が魔塔からの解放を託されていたことを知り、重圧と絶望を味わった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 王城崩壊と魔塔制裁の結果、将来の王としての判断力不足が露呈した一方で、父王からは国を託される存在として改めて期待をかけられた。
 魔塔との従属関係を自覚したことで、単なる「魔法の優等生」から、重い選択を迫られる後継者へと立場が変化した。

マルクシュア国王

賢人都市マルクシュア王国を統べる王であり、魔塔との従属関係を長年抱えてきた人物である。

・所属組織、地位や役職
 マルクシュア王国・国王。王家の長であり、魔塔との密約を知る立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 ダンスホール崩壊後、ヴェルドラとリムル、ヒナタが本物であった事実を知り、ファルムス王国の前例を踏まえて自国滅亡の危険を理解した。
 アシュレイとの会談で、魔塔が結界と海上安全、経済基盤を握る支配者であることを再確認させられた。
 ヘリオスとサイラスに王家の宿命を語り、魔塔支配を外に漏らさないよう釘を刺したうえで、異常な魔力徴収への対処を模索した。
 リムルによる救助活動を目の当たりにし、自ら頭を下げて謝意を述べたうえで、テンペストの庇護を求める決断を下した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魔塔への従属を続けるだけの立場から、テンペストと西方聖教会を交えた新しい枠組みを模索する方向へ舵を切った。
 ヘリオスに王位継承を託す覚悟を固め、サイラスには「父」として初めて率直な言葉をかけることで、王家の関係性を変化させた。

グレイブ

サイラス王子に付き従う剣士であり、騎士としての忠誠心と実力を兼ね備えた人物である。

・所属組織、地位や役職
 マルクシュア王国所属の剣士。サイラス王子の側近として行動する立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 自由組合支部で、聖騎士団長を名乗るヒナタに勝負を挑み、正面からの一騎打ちを受けた。
 戦闘では、指を一本ずつ切り落とされる形で完敗し、剣士としての再起が困難な状態に追い込まれた。
 後にリムルから渡された高性能ポーションを飲み、指を含む傷を完全回復させたことで、魔王側の力と恩義を実感した。
 魔塔の制裁時には、闘気で魔力吸収を耐えつつサイラスと共に王城へ向かい、現状報告と対策協議に参加した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ヒナタの圧倒的な実力を目の当たりにし、自身と王国の戦力水準を冷静に認識するきっかけを得た。
 リムルからの恩義を受けたことで、今後は魔王側に対しても一定の敬意と警戒を払う立場となった。

ニックス

マルクシュアの西方聖教会支部に所属する若い司祭であり、ヒナタを強く敬愛する人物である。

・所属組織、地位や役職
 西方聖教会・マルクシュア支部の司祭。現地教会の代表的立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 ヒナタの来訪時に深い敬意と感謝を示し、彼女を聖騎士団長として崇拝する態度を見せた。
 当初は魔王リムルと暴風竜ヴェルドラに強い警戒と嫌悪を抱き、冷淡な対応を取った。
 ヒナタからリムルが恩人であり、同郷の友人であると告げられたことで考えを改め、神ルミナスの愛は魔王にも向けられると口にして謝罪した。
 後には、マルクシュア王国とテンペスト、西方聖教会との三者調整の窓口として、王都交渉に関わる役目を担った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魔王への態度を改めたことで、教会内部の変化を象徴する存在として描かれている。
 今後、マルクシュア王国における教会とテンペストの間の仲介役として重要性が増す立場にある。

ブラガ伯爵

マルクシュア王国の伯爵であり、ヘリオス王太子から使い走り同然の任務を命じられた貴族である。

・所属組織、地位や役職
 マルクシュア王国の伯爵。王太子派に属する貴族の一人である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ヘリオスから「サイラスを謀った詐欺師達の呼び出し役」を命じられ、屈辱を抱えながら教会へ向かった。
 当初は三人を素性不明の詐欺師と決めつけ、高圧的に接したが、豪華な特注馬車と転移を目の当たりにし、本物である可能性を悟った。
 王城到着後も、貴族達に対して三人が本物であると説明し続けたが信じてもらえず、そのことを三人に謝罪した。
 ダンスホール崩壊後は、攻撃側に加わらなかった貴族の一人としてリムルに保護され、後の証言を求められる立場となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 事件を通じて、王太子派の中でも情報の重要性と力量差を痛感し、魔王側への恐怖と敬意を持つようになった。
 リムルから証言を頼まれたことで、今後の評議会等で事実を伝える役割を担う可能性が示された。

魔塔・三賢人関係者

アシュレイ

マルクシュアでは子爵として振る舞っていたが、その正体は魔塔を支配する「最古参の三賢人」の一人である。

・所属組織、地位や役職
 表向きはマルクシュア王国・アシュレイ子爵。実際は魔塔の支配階層に属する三賢人の一角である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ヘリオスの腰巾着として振る舞いながら、王家に対して魔塔技術を与え、結界と経済構造で国を支配する仕組みを維持した。
 王城の密談では、国王に対して魔塔の技術が「型落ち」であると告げ、支援停止をちらつかせて恫喝し、従属関係を再確認させた。
 魔塔では本来の姿に戻り、プレリクスとピピンと共にリムル一行の排除計画を立て、ヴェルドラを無限回廊に封じる作戦を共有した。
 リムルとの最終戦では、炎身化したうえで十字閃炎嵐撃などの高位技を繰り出したが、黒炎と未来予測を併用するリムルに押し負けた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 敗北後は、世界支配ではなく海洋開発と巨大船建造プロジェクトへの協力をリムルから求められ、新たな役割を与えられた。
 マルクシュア王国に対しては、露骨な支配者から、結界維持と研究機関としての立場に軟化する方向へと立場を修正することになった。

プレリクス

真夜中の吸血鬼と呼ばれる存在であり、三賢人の一人として恐怖支配を理想とする古の魔人である。

・所属組織、地位や役職
 魔塔を裏から支配する三賢人の一人。吸血鬼系統の上位存在である。

・物語内での具体的な行動や成果
 人類を糧と奴隷としか見なさず、マルクシュアの住民から魔力と生気を吸い上げる運用を容認した。
 星取り戦の第二戦でヒナタと対峙し、一度は霊子崩壊で完全消滅したものの、絶対不死の権能と塔の環境により即座に再構成された。
 復活後はヒナタの血に酔い、勝利よりも嗜虐を優先して攻撃を重ね、彼女に重傷を負わせた。
 リムルの陽光を利用した「神之怒」改造攻撃を受け、新月の地下空間でありながら光牙のような高熱に晒され続け、事実上戦闘不能となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 絶対不死の条件を見破られたことで、無敵性を失い、リムルにとって攻略可能な対象に変わった。
 最終的には敗北を認め、三賢人全体の降伏に同意する形で、世界支配の野望を手放すことになった。

ピピン

演算特化型の存在であり、魔塔と同化することで膨大な演算能力と術式制御を行う三賢人の一人である。

・所属組織、地位や役職
 魔塔の三賢人の一角。神祖の高弟第十三位とされる演算特化型の存在である。

・物語内での具体的な行動や成果
 魔塔全体を「巨大な術式空間」として構築し、賢人都市から吸い上げた魔力・生気を利用して各種結界と罠を維持した。
 第一戦ではヴェルドラに対して無限回廊を発動し、自身ごと隔離空間へ移動することで塔内部への被害拡大を防いだ。
 無限回廊内ではヴェルドラと対話し、演算勝負を挑んだが、外部では智慧之王ラファエルによる解析が進み、術式そのものを解除されてしまった。
 塔へ戻された時には精神的に消耗し、「絶対に勝てない」と繰り返すほど戦意を喪失していた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 無限回廊がラファエルに完全解析されたことで、最大の切り札が封じられ、三賢人側の優位は失われた。
 敗北後は、巨大船建造などの技術分野での協力者として、リムルの構想に組み込まれる立場へと転じた。

神祖(創造主)

ルミナスや三賢人の主であった存在であり、過去に世界の根幹となる種族を創造したとされる。

・所属組織、地位や役職
 創造主的立場の存在。ルミナスや高弟達を生み出した元の支配者である。

・物語内での具体的な行動や成果
 火精人であるアシュレイや、真夜中の吸血鬼プレリクス、演算特化型のピピンなど、高弟と呼ばれる存在を創造した。
 高弟達を用いて人類や魔物に対する支配構造を築きかけたが、最終的にはルミナスによって討たれた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 既にこの物語の時点では死亡しているが、その創造物達が現在の魔塔とルベリオス、三賢人とルミナスの対立構造を生み出している。
 三賢人にとっては、研究成果を捧げることが叶わなかった対象であり、その不在が彼らの暴走と承認欲求の源となっている。

展開まとめ

第一話 有給休暇

温泉娯楽施設での団欒と獣魔術談義

開国祭の夜、リムルは子供達を学園に戻さず自国で預かり、温泉併設の娯楽施設で風呂とコーヒー牛乳、卓球を楽しんでいた。卓球でケンヤ達に容赦なく勝利して大人の厳しさだと主張するリムルの周囲で、子供達は各々ツッコミを入れつつも和やかに過ごしていた。その場でヴェルドラが漫画に登場する獣魔術を再現しようと言い出し、リムルも当初は非現実的だと諭しつつ、戦術としては面白いと興味を示した。

ヒナタ・ルミナスを交えた魔法研究の構想

風呂上がりのヒナタが会話に加わり、漫画の真似事に夢中なリムルとヴェルドラを痛烈に批判したうえで、光術や霊子崩壊の性質から獣魔術的な応用の非合理性を指摘した。そこにルミナスも合流し、光術は事前に軌道を設定すれば追尾や分裂が可能であると専門的な解説を行い、リムルの感知能力と思考加速による反応限界にも言及された。クロエが万能糸と結界を組み合わせた封印技の案を出し、ラファエルも有効だと認めたことで、漫画由来の発想から新魔法研究へと話題が発展した。その後、ヒナタの怒りを買ったヴェルドラがリムルの誘導で前に押し出され、悲鳴を上げる結果となった。

魔塔行きを含む本格的な研究計画

翌朝の朝食時、ヒナタは雷術系なら実戦的な新魔法を開発出来ると提案し、自らも協力すると申し出た。さらにルミナスが、古今東西の魔法が記録された魔塔にいる知己のもとで研究する案を提示した。ヒナタは新たな系統の魔法の習得を目的に同行を決め、リムルとヴェルドラも賛同して三人で魔塔へ向かう計画が固まった。

有給休暇取得に向けた雑務処理と留守番要員の調整

シュナは今回の外出をリムルの有給休暇の実践と位置付け、リムルは数日かけて仕事の整理に追われた。住民要望の確認、ベニマルとの組織改革協議、ソウエイとの防衛計画見直し、旧ユーラザニアでのゲルドとの都市計画打ち合わせ、飛空龍飼育施設視察、ハクロウとの剣術訓練などをこなし、自身の仕事量の多さと人間なら過労死しているであろう状況を自覚した。出発前には、迷宮運営の安定化のためラミリスには留守番と管理継続を頼み、甘い言葉で機嫌を取りつつ同行を断念させた。

シオン・子供達への配慮と旅立ち

シオンには、魔力を動力とするシステムキッチン付き専用調理室を用意する約束を餌に留守番を了承させ、過去に圧力鍋を誤解して試作品を破壊した失敗を教訓に、強度重視の試作品を別途用意する方針も確認された。ディアブロは部下探しの旅に出ており同行問題は生じなかった。子供達からは剣や人形、魔法の本など土産をねだられ、リムルは渋るふりをしつつもクロエの笑顔に完全に陥落して要望を受け入れる心境となった。こうして国内体制と留守番要員を整えたうえで、リムル達は魔塔を目指して出発したのである。

第二話 賢人都市

賢人都市マルクシュア王国の概要

マルクシュア王国は、西側諸国に属しつつ魔導王朝サリオンとも国境を接する南方の小国である。貧しいながらも港湾を有し、危険な海を相手に国内消費分の魚介類を細々と採捕していたため、民が飢えずに暮らせる程度の豊かさは保たれていた。また、この国には魔塔を目指す多くの魔法使いが滞在しており、彼らの持ち込む金銭が王侯貴族を潤し、そのおこぼれが庶民にも行き渡っていた。その結果、王都は魔塔と魔法使いの存在によって繁栄し、「賢人都市」と呼ばれるまでに発展していたのである。

魔塔への道と結界、正規入国の必要性

魔塔は王都近郊の岬からのみ向かえる構造であり、その入口となる魔塔を中心に、海上に極大結界が展開されていた。この結界は空や地下からの侵入すら防ぐ徹底ぶりであり、強行突破も不可能ではないものの、発覚すれば大問題になるのは明白であった。リムルは自分が魔王であり、同行者のヴェルドラが暴風竜、ヒナタが人類側の象徴とも言うべき聖騎士団長であることを踏まえ、密入国ではなく正規の手続きによる入国が最善と判断した。また、魔王としての正式訪問は国際的な騒ぎを招く可能性が高く、三人は身分を隠した一般の旅人として行動する方針で一致した。

ヴェルドラの身分証問題と賢人都市の構造

リムルは自由組合テンペスト支部で偽名によるギルド証を発行する案を出したが、ヴェルドラは「本名で登録したい」「新人に絡んでくる先輩冒険者とのイベントを体験したい」と駄々をこねた。漫画的なお約束に影響されたヴェルドラに押され気味になったところで、ヒナタが賢人都市の構造を説明した。王都は魔塔に直結する首都区画と、その外周に広がる一般区画に分かれており、一般区画は自由貿易区域で身分証も不要、西方聖教会の支部も存在し、そこを拠点に自由組合で正式なギルド証を取得すればよいと提案した。これにより、ヴェルドラは本名で冒険者登録を受ける計画が成立した。

教会での受け入れとニックスの態度改修

三人はマルクシュアに到着すると、西方聖教会マルクシュア支部を訪れ、若い司祭ニックスの出迎えを受けた。ニックスはヒナタには深い敬意と感謝を示し、聖騎士団長としての彼女を熱烈に崇拝していた一方で、ヴェルドラには邪竜として露骨な敵意を漏らし、リムルに対しても魔王であることを理由に冷淡な態度を取った。しかしヒナタは、リムルが自らの恩人であり、同郷の友人として軽んじることを許さないと明言し、ニックスを諭した。これによりニックスは態度を改め、神ルミナスの愛は魔王であっても平等に向けられるべきだと口にして、リムルに対して正式な謝罪と協力を約束した。ヴェルドラについては因縁の名残から敵視が残るものの、リムルは今後の態度次第で理解されると説き、怒らないよう釘を刺した。

装備準備と「普通の人」の荷物問題

教会を宿代わりに利用する段取りを整えた後、三人は各自の部屋に荷物を置き、食堂で集合することにした。リムルは危険察知と避難経路の確認を兼ねて部屋を一通り調べるなど、癖となった安全確認を済ませている。食堂に現れたヴェルドラは、カイジンが仕立てた装飾重視の派手な冒険者風衣装を自慢し、リムルもシュナ作の魔法使い風ローブを着用していた。実際には二人とも防具性能を『万能結界』などの能力で補っているため、見た目重視で問題ない状態であった。一方、ヒナタは聖騎士の制服から、革鎧や胸当て、手甲・足甲を備えた堅実な冒険者スタイルへと着替え、大きな荷物を背負って現れた。リムルが収納スキルで荷物を持たないことに慣れている感覚で「隠し持てば良いのでは」と提案すると、ヒナタは「普通の人間は常時収納魔法を維持する余裕はない」と指摘し、リムルにスキルに依存しない“不便な生活”を理解するよう促した。リムルは表向き前向きに検討すると答えたが、内心では便利さを手放す気が乏しく、ほどほどに付き合うつもりでいた。

自由組合支部でのトラブルとサイラス一派

準備を終えた三人は、ヴェルドラの冒険者登録のため賢人都市の自由組合支部へ向かった。建物内には、王子サイラスとその取り巻き、それに付き従う騎士グレイブ、さらに彼らと癒着しているギルド職員が居座っており、支部全体が一派の私的な溜まり場と化していた。ヴェルドラが新入り冒険者として名乗りを上げると、サイラス達はその自己紹介を嘲笑し、暴風竜の名を騙る頭の弱い新米扱いをしたうえで、ヒナタにいやらしい視線を向けるなど、あからさまな絡みを始めた。ギルド職員もサイラス側に気を遣い、リムル達に非協力的な姿勢を見せたことから、場の空気は完全に敵対的なものとなった。

グレイブとヒナタの一騎打ち

サイラスは「暴風竜や魔王を名乗る詐欺師」と決めつけて侮辱を続けたが、ギルド職員がリムルのランクとヒナタのAランク登録を口走ったことで、三人の名乗りが「ヒナタ・サカグチ」「リムル」と本物であるはずの名前と一致していることが露呈した。それでもサイラス達は信じず、挑発を重ねた結果、グレイブが聖騎士団長を名乗るヒナタとの勝負に前に出た。リムルとヴェルドラはその流れを止めず、むしろ軽食を用意して観戦体勢に入り、ヒナタも「自分の分は残しておきなさい」とだけ釘を刺して勝負を受けた。戦闘が始まると、ヒナタはグレイブの攻撃を冷静に捌きながら、細剣で相手の指を一本ずつ切り落としていくという、徹底的に再起を断つ戦い方で圧倒した。結果、グレイブは満足に剣を握れない状態に追い込まれ、一派はヒナタの圧倒的な実力と残酷さを前に恐慌状態となり、サイラスはヒナタを「絶対関わってはいけない相手」と認識して逃げ出した。

ヒナタの計算と恩売り戦略

戦いの一部始終を見ていたリムルは、指を切り落とすという過激なやり方に疑問を抱き、もっと穏便に済ませる余地があったのではないかと問うた。これに対しヒナタは、あえて相手の心と戦意を折るほどの差を見せつけたうえで、後からポーションで回復させて恩を売る意図があったと明かした。リムルが高品質の回復薬を大量に保有していることを前提にしており、圧倒的な実力と慈悲を同時に見せることで、相手を二度と逆らえない立場に追い込みつつ、最悪の場合は王子から高額の代価を得る算段でもあった。リムルはその冷静な計算に感心し、自身の甘さを痛感した。

ヴェルドラの冒険者登録とBランク認定

サイラス一派が撤退した後、震え上がったギルド職員は態度を一変させ、ヴェルドラの冒険者登録に全力で協力した。登録に必要とされたのは名前や出身地、特技など基本的な情報だけであり、ヴェルドラは特技欄に「ヴェルドラ流闘殺法」と書き込んで満足していた。さらに職員は、ヴェルドラが本物の暴風竜であると悟るや否や、試験を省略して即座に合格とし、自らの権限で付与可能な最高ランクであるBランクを与えることを決定した。こうして、ヴェルドラは当初望んでいた「本名での冒険者登録」を、ほとんど事件レベルの騒動込みで手に入れたのである。

第三話 夜会への招待

自由組合支部で明かされたサイラス一派の事情

ヴェルドラの登録処理を待つ間、リムル達は支部職員から事情を聞き出した。マルクシュアでは森が遠く採取や探索系の依頼が少なく、魔物討伐が中心で人材不足に陥っていた。その穴を埋めていたのがサイラス王子一派であり、支部は彼らに依存していたのである。サイラスは魔法の才能がないため王宮で冷遇され、魔法が使えない幼なじみ三人と、同じく非魔法系の剣士グレイブを伴い、「落ちこぼれ」同士の勢力として平民を守ろうとしていたことが明らかになった。

自由組合の構造的問題とリムル・ヒナタの線引き

リムルは、本来国家から独立しているはずの自由組合が王子に牛耳られている現状を問題視した。しかしヒナタは、ユウキと共に行った組織改革の経緯を踏まえ、国の関与を完全排除すれば猛烈な反発で組織そのものが瓦解しかねなかったと説明した。結果として素早い全国展開を優先したため、こうした癒着の芽はある程度予想しつつも残されていたのである。ヴェルドラは「辺境の魔物を自分が一掃する」と張り切ったが、ヒナタは本部の要請もない独断行動を却下し、リムルも「去った後まで責任を取れない以上、踏み込み過ぎない」と判断して、深入りを避ける方針を取った。

サイラスとグレイブの敗北後の心境と反省

一方サイラスは、治療中のグレイブを案じて医務室横の控室で苛立ち、酒を求めるほど荒れていた。グレイブは綺麗に切断されていた指を下位回復薬と縫合で繋いだものの、元の可動には自らの鍛錬が必要と語り、ヒナタの圧倒的な実力を素直に認めた。サイラス達がギルドで新人に絡んでいたのは、仲間を増やし勢力を広げるためであり、王位簒奪ではなく「平民を守る力」を得るための行動であったことも示される。しかし結果として、聖騎士団長・魔王・『暴風竜』という最悪の相手に喧嘩を売っていた事実を理解し、一同は「ついていなかった」と己の軽率さを反省した。

魔王からのポーションと三者への畏怖

そこへ城の使用人が、ギルド職員経由の小袋を届けた。中身はリムルからのメモと高性能ポーションであり、「ヒナタがやり過ぎたので怪我を治すために渡す」という意図が添えられていた。グレイブは、わざわざ芝居がかった罠を仕掛ける必要はないと判断し、一気に飲み干す。すると指を含めた傷は完全に消え失せ、全員がその効果に驚愕したのち、魔王リムルの力と、それを当然のように使わせるヒナタ、さらに『暴風竜』ヴェルドラの存在に対する畏怖を強めた。もしあの場でヴェルドラが暴れていれば、無事では済まなかったと理解し、彼らは「よく生きて帰れたものだ」と本気で恐れおののいたのである。

王太子ヘリオスの警戒と策謀

場面は王都へ移り、王太子ヘリオスが腹心からサイラスの失態報告を受けていた。マルクシュアでは魔法が権威の源であり、魔法が使えないサイラスは貴族から支持されず、既に現王と王妃からも見放されていた。一方、ヘリオスは優れた魔法使いとして順当に次期国王と目されていたが、サイラスの頭脳と人徳が「他国基準なら王として十分通用する」ことを理解しており、わずかな不安を捨て切れずにいた。そこでヘリオスは、今回兄の面目を潰したリムル達を「兄の鼻を折った面白い連中」と評しつつ、サイラスの評価をさらに貶める材料として利用し、自身の立場を盤石にする策を練り始めた。

王家からの夜会招待とヒナタの即断

滞在二日目、教会にマルクシュア王家からの夜会招待状が届いた。差出人は第二王子にして王太子のヘリオスであり、司祭ニックスは「怒らせると面倒」と本音丸出しで警告した。招待状の文面は明らかに上から目線であり、魔王リムルに対しても「話を聞いてやるから来い」とでも言いたげな内容であったが、ヒナタは「ヴェルドラの身分証も手に入ったし、これで賢人都市と王城へ正面から入れる」と判断し、むしろ機会として歓迎した。目的はあくまで魔塔での資料閲覧であり、国と正面衝突する意図はないため、リムルとヴェルドラも方針に従って夜会出席を決めた。

「行き当たりばったり」な作戦方針

作戦会議の結果、ヒナタの提示した方針は「相手の反応を見て臨機応変に対応する」という極めてシンプルなものだった。リムルとヴェルドラは「行き当たりばったりでは」と内心ツッコんだが、ヒナタの洞察力と実戦経験を考えれば、細かい事前プランより状況対応の方が合理的であると認めざるを得なかった。三人は、マルクシュア王国とは不必要に事を構えず、魔塔に到達するための最短ルートとして夜会を利用する、という共通認識を固めた。

使者の無礼と「本物」を悟らせる示威行動

夕刻、王城から迎えの馬車と使者が到着したが、その馬車は質素で、使者も「魔王リムル」「暴風竜」「聖人ヒナタ」に対して露骨に見下した物言いをした。リムルとヒナタが思念で意見交換した結果、彼らは自分達の正体を「偽物扱い」していると判断し、早急に誤解を解く必要性を悟った。そこでリムルは、自前の豪華な特注馬車を『胃袋』から取り出し、王家の馬車を横に退けてこちらに乗るよう提案した。ヴェルドラは御者を買って出て、ランガが馬の代わりに馬車を牽引する形となり、使者は内装の豪華さに圧倒されて態度を一変させた。リムル達は、この示威で「自分達が本物である」と王城側に察させる布石を打ったのである。

ヒナタのドレスと夜会への備え

馬車の中で、リムルはヒナタの服装についても確認した。ヒナタが着ているのは、以前テンペストで仕立てた最高級生地のドレスであり、デザインこそ時代を先取りしているものの品質は他国の王都にも引けを取らないと判断された。肩を大きく露出したスタイルでありながら、内部にはスリットや武器隠しも仕込まれており、「いざとなればそのまま戦えるドレス」として実用性も備えていた。リムルとヴェルドラはスーツ姿で揃え、三人はそれぞれ夜会仕様の装いを整えた上で、マルクシュア王城へ向かう覚悟を固めたのである。

第四話 夜会での顛末

ブラガ伯爵の屈辱的任務拝命

ブラガ伯爵は、ヘリオス王太子に呼び出されたことで、自身も次代王の派閥入りだと勘違いし、有頂天で登城したのである。だが命じられた内容は「兄サイラスを謀った詐欺師達の呼び出し役」という使い走りに過ぎず、高貴な伯爵である自分が素性不明の者の護送を任されたことに深い屈辱を覚えた。それでも、盤石な権勢を持つヘリオス派に逆らえば出世の道は絶たれると判断し、ここは忠誠を示すべきと割り切って任務を受け入れたのである。

教会での対面と「本物」への認識

ブラガは詐欺師一行が滞在する教会を訪れ、相手を低俗な平民と決めつけて観察もろくにせず、高圧的に「暴風竜」「魔王リムル」「聖人ヒナタ」を名乗る三人を嘲った。しかし実際に目にした三人は見目も装いも整っており、ヒナタのドレスも噂の魔国風であったため、ブラガは「詐欺師にしては洗練され過ぎている」と違和感を覚える。そこへリムルが、王家の馬車より格上の豪華な馬車への乗り換えを提案し、実際に目の前へ転移させてみせたことで、ブラガはこの三人が本物であると悟り、恐怖と緊張に支配されたまま王城へ戻る羽目になった。

待合室での歓待とヒナタを巡るやり取り

王城到着後、三人は待合室に案内され、ブラガは王側への報告のため走り去った。待合室には果物が並び、リムルとヴェルドラは待ち時間を楽しむように試食を始める。ヒナタはそれに呆れつつも、目付きの鋭さや口調のせいで周囲が必要以上に畏縮していることが判明し、自身が「小うるさいのか」と不安を口にする。リムルは無難な社交辞令で取り繕い、その場の空気を収めようと努めた。

夜会場への入場と貴族達の値踏み

ブラガは息も絶え絶えになりながら戻り、三人を夜会場へ案内した。衛兵の口上と共に「聖人ヒナタ・魔王リムル・暴風竜ヴェルドラ」が入場すると、貴族達は小声で彼らの容姿やドレスを評しつつも、本物とは信じ切れず「ブラガが話を盛っている」「平民にしては見事だ」と値踏みする態度を崩さなかった。ブラガは何度も本人達であると説明したが受け入れられず、そのことを詫びるしかなかった。

ヘリオス派と王の傲慢な余興計画

一方、少し前の時間軸では、ヘリオス王太子が兄サイラスとその腹心グレイブの失態に上機嫌となり、取り巻き達と共にサイラスを嘲笑していた。護衛騎士から「グレイブを倒した詐欺師もAランク級ではないか」という指摘が出たものの、魔塔で学んだ貴族達は「魔法障壁さえあれば剣士など恐るるに足らず」と都合良く解釈し、詐欺師一行を公開の場で打ち負かす余興として利用しようと企んだ。現実の脅威を知らない王と王太子は、魔王や竜種の危険性を軽視したまま、力を誇示する好機と勘違いしていたのである。

歓迎儀礼の欠如とヒナタによる牽制

夜会場で王とヘリオス、サイラスらを目にしたリムル達は、王が立ち上がりもせず座ったまま出迎える無礼な態度から、自分達が偽物扱いされていると判断した。ヒナタはブラガから報告が行き届いていることを確認すると、「それならばこの国は要人の出迎え方も知らぬ野蛮な国」と痛烈に皮肉り、リムルに「帰りましょうか」と示唆して退出を図る。王はこれを利用してヘリオスに「余興の開始」を命じ、扉は騎士達によって封鎖された。

リムルの警告と「衝撃吸収領域」の展開

リムルは記録用の水晶球を取り出し、その場の会話と行動を全て記録すると宣言して、自分達が正当防衛を主張できるよう布石を打った。しかしヘリオスはこれを「浅知恵の脅し」と笑い飛ばし、魔塔主から授かった大魔法「衝撃吸収領域(アンチショックエリア)」を発動させた。これは物理攻撃を無効化する結界で、魔法封じの結界との公平性を謳いながら、無手の相手を完全に封じたつもりになっていたのである。リムルとヒナタは、その魔法構造が高度である一方、竜種には意味をなさないと即座に見抜いた。

ヴェルドラの「ほどほど」の暴走と会場崩壊

ヘリオス配下の魔法使い達は連携して火炎球を放ち、騎士達は魔法剣と自己強化でヴェルドラに斬りかかったが、ヴェルドラはそれらを難なく無効化し、巧みな体術と奪った剣で四人の騎士を瞬時に制圧した。この時点でも貴族達は自分達の優位を信じ込み、切り札として極大魔法「火炎大魔嵐」を結界内に叩き込む準備を進める。リムルは王に「そろそろ止めさせた方がいい」と忠告したが、王はそれを命乞いと受け取り耳を貸さなかった。その結果、完成した火炎大魔嵐は、ヴェルドラの一撃「覇竜絶影拳」によって魔法障壁ごと叩き割られ、解放された炎の奔流が会場を吹き飛ばした。天井は崩落し柱は折れたが、衝撃吸収領域のおかげで死者は出ず、結果的には会場のみが大破する形となった。

竜種への無知とマルクシュア王国の愚かさ

リムルは、竜種ヴェルドラが魔素の塊であり、物理・魔法の区別を超越した存在であることを説明し、古い文献を読んでいれば誰でも知り得たはずの常識を王太子達が理解していないことに呆れた。ヒナタの情報によれば、魔王ルミナスでさえヴェルドラには勝てないと自認しており、真の脅威を知る者は決してこのような挑発を行わないはずであった。それでも王とヘリオスは、自らの傲慢と無知ゆえに余興を強行し、自国の王城を半壊させるという失態を演じたのである。

正当防衛の確保とリムル達の立ち位置

リムルとヒナタは、魔法準備の過程から極大魔法の発動、ヴェルドラの応戦、王や王太子の発言までを水晶球に記録し、自分達の正当性を証明できる材料を揃えた。ヒナタは、助言を無視して暴走したマルクシュア王国を見捨てる構えを示し、リムルも「先に仕掛けたのはそちらだ」と王に告げて責任の所在を明確にした。ヴェルドラは強敵不在に不満を漏らしたが、リムルとヒナタはこれを軽くいなしつつ、愚かな一国の「自業自得」を冷静に受け止めたのである。

第五話 舞台裏の事情

リムル一行の撤収と「腹が減った」問題

ダンスホール崩壊後、リムル達は既に用件は済んだと判断し、会場から退出しようとした。王も王太子も放心状態で、騎士達も立ち上がる気力を失っており、これ以上揉め事が起きる気配はなかった。リムルは空腹を自覚し、ヴェルドラやヒナタと共に「何を食べるか」という話題へ自然に意識を切り替えた。ラーメンや刺身の話で盛り上がり、ヒナタもヴェルドラに釣られて空腹を認めたことで、一行は漁港の酒場へ向かうことを決めたのである。

使者ブラガ達への配慮と証言の取り付け

退出しようとするリムル達に、使者ブラガを含む一部の貴族が感謝を述べた。彼らは攻撃に参加せず、むしろ事態を止めようとした側であり、リムルもそれを把握して保護していた。リムルは感謝は不要としつつ、評議会で問題となった際には「自分達は悪くなかった」と証言してほしいと頼み、貴族達もそれに快諾した。加えて、今回の愚行はマルクシュア王国全体の総意ではないと説明しようとする彼らに対し、リムルは戦争するつもりはなく、魔塔での調査が目的であると明言した。ヒナタも正式な紹介状を提示し、これ以上のトラブル回避を強く求めたことで、一行は安心して王城を後にした。

漁港の酒場での豪遊と料理批評

一行が向かった漁港は、魔塔を中心とした結界によって大海獣の脅威から守られており、安全に漁ができる地域であった。酒場に入った三人は、リムルの奢りを当然のように受け入れ、山盛りの料理を遠慮なく注文した。塩焼きの白身魚、小魚の南蛮漬け、鍋物、刺身など海産物は豊富であったが、リムルは醤油が存在しないことに物足りなさを覚えた。ヒナタも魚のさばき方に不満を示し、テンペストでのハクロウの調理技術と比較して評価した。リムルは料理研究用のサンプルとして魚を大量に仕入れ、シュナやハクロウに調理を依頼するつもりでいたが、ヒナタとヴェルドラが当然のように「味見役」として同行を宣言し、その圧に屈した結果、リムルの小遣いは大幅に削られることになった。

王城での国王の激昂と現実認識

その頃、王城の一室では国王がダンスホール崩壊の結果に激昂していた。三百人以上が踊れる自慢のホールは瓦礫の山と化し、修復には時間がかかる見込みであったが、幸いにも重傷者は出ていなかった。しかし問題は建物ではなく、相手が本物の暴風竜ヴェルドラと魔王リムル、聖人ヒナタであったという事実である。国王は、ファルムス王国がリムルの怒りによって滅んだ前例を踏まえ、自国も同様の危機に晒されかねないと理解し、ヘリオス王太子に激しい怒りをぶつけた。ヘリオスは「本物とは思っていなかった」と弁明したが、ブラガからの報告を聞いていた以上、その言い訳は通らず、国王の怒りは恐怖と自己保身の裏返しであった。

アシュレイ子爵の正体と魔塔の威圧

緊迫した空気の中、アシュレイ子爵が不遜な態度で現れ、王の怒りを「怒り過ぎ」と笑い飛ばした。普段はヘリオスの腰巾着として目立たなかった彼が、足をテーブルに投げ出して王に話しかける異常な光景に、ヘリオスと宰相は困惑する。しかし国王はアシュレイを「様」付けで呼び、へりくだった態度を取ったことで、立場の逆転が露わになった。アシュレイはこの国に与えていた技術を「型落ち」と評し、それを過信してヴェルドラに喧嘩を売った国王の判断を批判した上で、魔塔からの支援停止を匂わせる形で恫喝した。そして、自らが魔塔の「最古参の三賢人」の一人であると明かし、魔塔こそがこの国の支配者である現実を暴露した。

魔塔とマルクシュア王国の従属関係

宰相は事態を収拾するため、ヴェルドラ達の動向を把握しており、魔塔への来訪目的も推測済みであることを訴えた。アシュレイは、リムルが紹介状を所持している点に一瞬思考を巡らせつつも、その場では詳細な追及を避け、「後日ペナルティを通達する」とだけ告げて退出した。アシュレイの退室後、国王はもはや隠し立ては無意味と判断し、王太子と宰相に真相を語った。マルクシュア王国は魔塔の庇護下にあり、王都を覆う結界と海の安全、さらには魔法使いを呼び込む経済構造までもが魔塔に依存していることを明かしたのである。対価として、この国の魔法使い達は定期的に魔力を吸い上げられており、それが週に一度の強い疲労感という形で現れていたと宰相は合点した。

王家の宿命と魔塔からの解放の夢

宰相は評議会の存在を持ち出し、魔塔による一国支配は本来許されないはずだと主張したが、国王は結界と経済基盤を失うリスクを理由に、反抗は現実的でないと断じた。魔塔なしでは王都防衛も漁業も成り立たないため、実質的に逆らえない従属状態にあることを認めたのである。ヘリオスが「自分に魔塔への反逆を求めているのか」と感情的に問うと、国王は、もしヘリオスがヴェルドラを討てていれば、魔塔と交渉し支配を緩和する切り札になり得たと告げた。つまり、王は息子に「魔塔からの解放」という代々の王が抱く夢の実現を託していたが、それが失敗に終わったことも露呈した。

魔塔滅亡の仮説と「解放」が意味するもの

宰相は「もし魔王リムルが魔塔を滅ぼせば、自国は解放されるのではないか」と口にしたが、国王はそれを真っ向から否定した。魔塔の崩壊は、結界の消失と海上安全の喪失を意味し、国の安全保障と経済を同時に崩壊させる「民にとっての悪夢」であると説明したのである。魔塔の支配は王家にとっては重荷だが、民にとっては衣食と安全をもたらす存在でもあり、その矛盾を受け入れ続けることこそが王家の役割だと国王は認識していた。

王家の秘伝と父子の断絶

国王は、魔塔との関係が王家の極秘事項であり、本来なら次代の王に即位時にのみ伝えられる内容であると明かした。今回は非常事態のため例外的にヘリオスと宰相に共有したが、外部への漏洩は絶対に許されないと念押しする。退出間際、ヘリオスが「父は兄をこの宿命から逃がそうとしたのか」と問うと、王は「兄には魔力がなかったから巻き込む必要がなかった」と答えた。これは、王が魔塔の支配から少しでも誰かを遠ざけようとしたとも解釈できるが、ヘリオスには「自分は愛されていない」という感情として響き、父への絶望と自らの未来への恐怖を深める結果となった。こうして、王家と側近達はそれぞれの立場で苦悩を抱えたまま密会を終え、その一部始終を隣室で盗み聞きする第三者の存在には、誰も気付いていなかったのである。

第六話 策謀する黒幕

三賢人の正体と支配構造

アシュレイ子爵は王城から戻ると、『結界』を無視して魔塔の支配階層に転移し、そこにいるプレリクスとピピンの二人と合流したのである。三人はそれぞれ、真夜中の吸血鬼プレリクス、眼帯のハイ・ヒューマンであるピピン、火精人本来の姿に戻ったアシュレイであり、長命種として長い年月を生きてきた存在であった。この三名こそが魔塔を裏から支配する「最古参の三賢人」であり、人前では仮の姿を用いて活動していたのである。

竜種制御という命題と魔王勢力への敵意

三賢人は、自分達の命題として「竜種を従えること」を掲げており、世界中の魔法資料を集めて研究を進めていた。かつてヴェルドラをルミナスの城へ誘導して破壊させた過去もあったが、それ以降は機会に恵まれず、竜種の強大さに手を焼いていた。また、彼らは裏の世界の覇権を狙っており、人類・魔王・竜種の三勢力のうち、とりわけ魔王勢力を排除すべき敵と見なしていた。中でも西側諸国にルミナス教を広める魔王ルミナスは、聖都と結界を拠点に人類社会へ影響力を及ぼす最大の宿敵として認識されていたのである。

無限回廊の秘法とヴェルドラ捕獲計画

三賢人は、演算能力に特化したピピンの手によって、対象を閉じ込めてエネルギーを吸い上げる「無限回廊の秘法」を完成させていた。この術式は、敵が強ければ強いほど効果が増す封殺術であり、個人・軍団・竜種にまで応用可能な切り札であった。ヴェルドラを取り逃がしたという報告に激怒していたプレリクスは、王太子達が勝手に仕掛けたことを愚策と断じるが、アシュレイは「リムル一行が魔塔に向かっている」という情報を持ち帰っていた。それにより、明後日の夜に向けて、ヴェルドラを無限回廊に封じ、魔王リムルと聖人ヒナタは自分達で討ち取るという大規模な罠の構想が固められていった。

紹介状の出所とルミナス関与の疑念

アシュレイは、リムルが「魔塔への紹介状」を所持していると聞き、その出所に疑念を抱いた。各国王族ですら正式な紹介を受け付けない魔塔に紹介状を渡せる存在は限られており、三賢人は即座にルミナスを疑った。ルミナスと三賢人は千日手のような水面下の勢力争いを続けており、双方が強力な防衛結界を持つことで直接攻撃しづらい状況にあった。その中で、ヴェルドラ・魔王・聖人という過剰戦力をこちらに送り込んでくるのは、魔塔を滅ぼし得る一手として十分にあり得ると三賢人は判断したのである。

賢人都市からの魔力強制徴収と住民切り捨て

三賢人は、明後日の決戦に備えて賢人都市からのエネルギー回収量を増やすことを決定した。ピピンの提案に対し、プレリクスは「多少の犠牲は研究の常」として容認し、アシュレイもこれを了承した。賢人都市の住民からは、普段の「日常生活に支障のない程度」の魔力だけでなく、今回は強制的に生気を吸い上げる方針に切り替えられたのである。住民の混乱や体調悪化は織り込み済みであり、三賢人にとっては「罰」と「実験」の一部に過ぎなかった。こうして、リムル達が未知の「客人」として訪れる前段階で、恐るべき罠とエネルギー供給体制が整えられていった。

リムル一行の体感した異常と一時帰国の決定

一方その頃、リムルはヒナタとヴェルドラに豪遊させた結果、財布は軽くなりつつも、仲間と共に食事を楽しめたことで満足していた。翌朝、王都を散策していた三人は、魔力の流れがおかしいことに気付き、『万能感知』と解析によって、王都の結界が住民の生気をエネルギー源としている仕組みを把握した。もともと結界維持のための魔力吸収は合理的な仕組みであったが、この日は明らかに吸収率が過剰であり、ラファエルの報告からも通常運用を逸脱していることが判明したのである。ヒナタも不快感を覚えるほどで、体力の少ない者には深刻な負担になると三人は推察した。リムルは目立つ介入を避ける判断を下し、魔塔出現までまだ日があることから、一度テンペストに戻って体制と醤油を整えることを決めたのである。

賢人都市の危機とサイラスの動揺

王城での密会を盗み聞きしていたサイラスは、魔塔と王家の関係、そして自分が父に愛されていた事実を知り、喜びと戸惑いの入り混じった感情に苛まれていた。そこへ賢人都市内で魔力を吸い上げる異変が本格化し、門番や住民が次々に倒れていく。サイラスはグレイブと共に状況を確認し、魔塔の制裁であると察した。魔力の少ない子分達を外に残し、自身は魔法道具のペンダントで守られ、グレイブは闘気によって魔力吸収を防ぎながら王城へ急行したのである。

王城会議の混乱と魔塔依存の限界露呈

王城では、魔力吸収に耐えられる一部の騎士と王族、貴族だけが動ける状態となっていた。医療関係者も倒れ、賢人都市の魔法偏重社会の脆さが露呈する中、王・宰相・ヘリオスが中心となって魔塔との関係見直しを議論していた。王は魔塔を敵に回す選択肢を否定しつつも、今回の過剰徴収は看過できないとして方針転換の必要性を感じていた。一方、貴族達は家族の安否を理由に感情的になりながらも、結界からの脱出が不可能であることから有効な対策を提示できず、会議は紛糾した。サイラスの素朴な疑問は「避難先がない」という現実に跳ね返され、さらに国王から発言を制限されることで、彼は傍観者として会議の空虚さを痛感することになった。

サイラスの提案と魔王リムルへの「非公式依頼」

休憩時間、サイラスは庭でグレイブと相談し、「魔王リムルに助けを求める」という案を持ちかけた。無謀に見える提案であったが、リムルが自分達に高価な回復薬を送ったことから「利用価値がある相手として見られている」とサイラスは解釈し、交渉の余地があると踏んだのである。グレイブも、実際のリムルとヒナタの人柄が噂よりも遥かに温厚であったことを思い出し、完全には否定出来なかった。結界破壊も自力避難も不可能な状況で、他に手段がない以上、サイラス案は唯一の「動き」であった。

国王の覚悟と兄弟の初めての会話

サイラスの提案を聞いた国王は熟考の末、これを許可した。ただし、マルクシュア王国としては「公的には魔王と交渉していない」という体裁を取ることを条件とし、結果次第で責任の所在を使い分ける構えを示した。魔塔と完全に決別する覚悟までは固まっていないものの、魔塔が王国を「餌」として見ていることが明らかになった以上、このまま従属を続けることにも限界を感じていたのである。さらに王は、魔王側が敗北した場合は自らの首で魔塔の怒りを引き受けると語り、その際はヘリオスが王として国を継ぐ形になると暗に示した。サイラスには「交渉が失敗して魔王の怒りを買った場合は、お前が責任を取れ」と告げ、表向きの責任も割り振った。

この場で王は、ヘリオスに対しても「この国を託せるのはお前だけだ」と告げ、サイラスに対しては嫉妬や不満を抱き続けてきた過去を認めつつ、初めて兄弟らしい言葉をかけた。サイラスとヘリオスにとって、それは「王ではなく父」「競争相手ではなく兄」として向き合った最初の瞬間であり、賢人都市が崩壊の危機にある中でようやく結ばれた、遅すぎる家族の対話でもあった。

第七話 救助活動

賢人都市への再訪と結界異常の悪化

リムル一行は刺身と温泉で英気を養った後、新月の夜に合わせて再びマルクシュア王国を訪れた。ところが、前日よりも明らかに強い勢いで結界が住民の魔力を吸い上げており、その魔力は海の向こうの魔塔へ流れ込んでいると判明した。ヒナタとヴェルドラも「普通の魔法使いでは意識を保てない」と判断し、状況の異常さを共有したが、紹介状もある以上、理由なく撤退するのも癪だとして、予定通り魔塔攻略を続行する方針となった。

サイラスの嘆願と救助介入の決断

そこへサイラス王子と剣士グレイブが駆けつけ、賢人都市内部で住民が次々と魔力欠乏で倒れている現状を訴え、魔塔の結界からの解放を懇願した。リムルは本来無関係な他国の内政問題への介入をためらったが、「子供にも被害が出ている」と聞かされて黙殺を断念し、まずは被害者救助を優先する決断を下した。ヒナタも教会からの救援派遣を約束し、一行は本格的に救助活動に乗り出した。

野外病院と炊き出しによる魔力欠乏症対策

リムルは『空間支配』でソウエイらを呼び寄せて重篤者の捜索を任せ、自身はダンスホール跡地を『暴食之王』で更地にして野外病院兼炊き出し会場へと変えた。『解析鑑定』の結果、住民は魔力ではなく「生気」的なエネルギーを過剰に吸われた魔力欠乏症であると判明し、智慧之王の提案した栄養補給策を採用することになった。シュナらテンペストの料理人達が“魔黒米”と牛鹿のミルク、蜂蜜を用いたミルク煮(通称ミルク粥)を大量に作り、ヒナタも自ら大鍋をかき混ぜて調理に参加した。リムルは現場監督役として人員配置と動線を指揮し、ヴェルドラも兵士達と共に貴族層の我儘を押さえ込みながら配膳を円滑化した。

市民の回復と被害規模の把握

重症の子供や老人から優先的にミルク煮を与えることで、患者達は短時間で目に見えて回復し始めた。賢人都市の人口は一万未満であり、魔力の低い商人・漁師層が特に危険な状態だったが、幸い死者は出なかった。救助開始から約三時間で大多数の住民が回復し、翌朝の朝食もミルク煮で対応する方針が決定された。一部の貴族が順番に不満を漏らしたものの、全体としては魔王側への感謝が勝る結果となった。

王の価値観の崩壊とテンペスト傘下要請

王城からこの光景を見下ろした国王とヘリオス王太子は、「魔王自らが民の手当てに立つ」という姿に強い衝撃を受け、王族は頭を下げてはならないという従来の価値観が崩されていくのを自覚した。国王は、魔王リムルが自分達からどう見られるかを意に介していない絶対的存在であると認識し、従来のプライドに固執する無意味さを悟る。やがて国王はリムルらを応接室に招き、まず先日の非礼と今回の救助への深い謝意を表明した。その上で、自国をテンペストの傘下に加えてほしいと正式に要請し、魔塔支配からの離脱と国家存続のための庇護を求めた。

西方聖教会の教義変更と仲裁案の提示

リムルは一国の属国化を即答で認めることに抵抗を示し、評議会や西方聖教会への支援要請を提案するが、マルクシュア王国はこれまで教会活動を排斥してきた経緯があり、今更支援を求めるのは困難であると国王は説明した。ここでヒナタが前に出て、西方聖教会の教義が「意思疎通と信頼が成立する魔物との共存容認」へ変更されたことを説明し、魔物国家との国交を妨げないと明言する。加えて、教義を受け入れるなら教会が仲裁役となり、魔塔による過剰な魔力徴収の是正を含む新たな取り決めを模索する用意があると伝えた。リムルとヒナタは、魔塔と直接敵対するのではなく、ルミナスからの紹介状を用いて交渉の場を設け、結界問題の是正を図る方針で一致した。

魔塔への出発と王都側の体制構築

国王側との折衝は、王都に滞在していたニックス司祭と、呼び寄せられたシュナ・ソウエイに委ねられることとなった。彼らがマルクシュア王国と西方聖教会・テンペストの三者関係の調整役を担う一方で、リムル・ヴェルドラ・ヒナタの三名は新月の夜に現れる魔塔への突入担当となる。リムルは住民の回復状況と王都側の受け入れ体制が整ったことを確認し、後事を託して魔塔の天頂部に設けられた転送陣へ向かった。

魔塔内部でのアシュレイとの対面と誤解の発覚

魔塔上部の円形魔法陣に降り立った一行は、転送装置で内部の広間へ移送された。そこでは、空間魔法で構造を維持する螺旋階段に囲まれた大部屋の中央に、ローブ姿の人物の投影映像が待ち構えていた。その映像は途中で切り替わり、軽薄な雰囲気を纏う青年アシュレイとして自己紹介を行う。アシュレイは、ルミナスに恨みを持つ側としてリムル達の来訪を「ルミナスの差し向けた刺客」と解釈し、喧嘩を売りに来たのだろうと挑発的な態度を取った。ヒナタが仲裁の意図と紹介状の存在を説明しようとしたところで違和感に気付き、その場で紹介状を確認した結果、それが実質的な挑戦状であることが判明し、一行はルミナスに利用されていた事実を思い知らされた。

三賢人の野望と戦闘回避不能の認識

アシュレイの発言と、ルミナスからの書状内容の照合により、魔塔側の三賢人は「人類を自らの神格で支配する」という野望を抱き、既にマルクシュア王国の結界を通じて住民を“エサ”として扱っている勢力であると判明した。ヒナタは、共存を掲げる現行教義と決定的に相容れない思想であると判断し、いずれにせよどこかで武力衝突は避けられなかったと結論付ける。リムルは可能な限り殺さず制圧する方針を示し、ヒナタも「善処する」としつつ戦闘を受け入れた。ヴェルドラは当然のように武力解決に前向きであり、一行の間で対魔塔戦の方針は固まった。

罠を承知のうえでの交渉受諾と次の局面

智慧之王ラファエルは、魔塔に入った時点で既に不穏な術式展開を感知していたが、解析の結果、対処可能な範囲の罠であるとリムルに告げていた。敵地である魔塔側に地の利があることを承知しつつも、リムル達は心理的余裕を保ったままアシュレイの出方を窺う。アシュレイは、ルミナスに切り捨てられた形のリムル達に対し、「ルミナスと手を切って自分達の側につかないか」と勧誘を行い、いったん場所を変えて仲間を紹介すると提案した。リムル・ヒナタ・ヴェルドラは、全面戦闘を視野に入れつつも情報収集と時間稼ぎの意味も込めてこの提案に応じ、交渉という名の前哨戦へと歩みを進めるのであった。

第八話 交渉の行方

三賢人との対面と交渉の場

リムル、ヒナタ、ヴェルドラはアシュレイの案内で魔塔内部の広間に到達し、そこで「最古参の三賢人」ことアシュレイ、ピピン、プレリクスと対面したのである。三人はそれぞれ若者、少女、壮年紳士という外見であったが、全員がルミナスと同時代を生きる古の魔人であり、覚醒魔王級の力を持つ存在であった。交渉役を買って出たヒナタは、まず相手の主張を聞き出す方針を取り、リムルとヴェルドラは後方で状況観察と情報の整理に徹した。

三賢人の主張とルミナスとの決裂

話し合いの中で、三賢人の過去と思想が明らかになっていった。彼らは元々ルミナスと同じ「神祖の高弟」であり、人類支配を巡って路線が対立して袂を分かった存在である。真夜中の吸血鬼プレリクスは、人類を「糧と奴隷」と見なし、幸福など一切考慮しない恐怖支配を理想としていた。演算特化型のピピンは、人類を実験素材としか見ず、「文明の発展には犠牲が当然」と本気で語る狂気の研究者であった。アシュレイは弱肉強食と能力主義を絶対視し、「弱者は切り捨て、自己を高めた者だけを残す世界こそ正しい」と主張しており、三者とも人類を「資源」以上には扱わない思想で一致していた。

価値観の衝突とリムルの「悪あがき」論

ヒナタは人類との共存共栄を基盤とする西方聖教会側の立場から説得を試みたが、三賢人は全く耳を貸さず、交渉の余地はほぼ消滅した。アシュレイは逆にリムルの過去を突き、「真なる魔王への覚醒のためファルムス軍を皆殺しにした行為」と「毒に侵された二人のうち一人にしか薬を与えられない状況」の思考実験を持ち出し、リムルも結局は功利主義的判断をしているのではないかと問い詰めた。リムルは、自分なら知り合いや大切な相手を優先すると認めた上で、「薬を複製して全員を救う」と答え、ルールを捻じ曲げてでも誰も見捨てない「悪あがき」を続けるのが自分の在り方だと主張した。しかし三賢人にはその倫理が全く伝わらず、彼らは逆にリムルの「強さとワガママさ」を気に入り、「ルミナスを倒して自分達の仲間になれ」と勧誘する始末であった。価値観の土台が根本から異なるため、対話での歩み寄りは不可能と判断され、ヒナタも交渉断念を明言した。

創造神の高弟としての三賢人の正体

場面の合間には、三賢人の出自が整理される。アシュレイは造物主たる神祖の高弟第四位で、火精人系統の特化型として創造された護衛役であり、戦闘能力ではルミナス以上であると自負していた。プレリクスは高弟第八位で、ルミナスとは別系統の吸血鬼の始祖として夜を支配する存在だが、陽光を一切受け付けない欠陥から神祖に「失敗作」とされたことを恨み、ルミナスへの憎悪を募らせていた。ピピンは第十三位で、神祖の研究補助用に創られた演算特化型の「真なる人類」であり、生殖も戦闘能力も持たない代わりに、人間の脳を遠隔利用して演算能力を増幅する『特殊並列演算』を有していた。神祖がルミナスに討たれたことで研究成果を捧げる機会を失ったピピンは、ルミナスへの復讐と「神祖の偉大さの証明」として世界支配を目指し、アシュレイ達と利害一致して暗躍していたのである。

三賢人側の作戦とヴェルドラ封印の罠

一方、アシュレイとプレリクスは内心でリムル一行を分析し、既に勝算ありと確信していた。最大の脅威は竜種たるヴェルドラだが、魔塔全体はすでにピピンの能力で「巨大な術式空間」と化しており、入塔した時点でヴェルドラのエネルギーは結界を通じて吸い上げられ、三賢人側へ還元され続けていた。特に新月の夜はプレリクスの力が最大化する条件であり、そこに竜種のエネルギーが加わることで、彼は覚醒魔王さえ「赤子の手をひねる」感覚で屠れるとまで自信を深めていた。アシュレイ達は、第一戦でピピンがヴェルドラを能力で拘束し、その間に自分達の強化を完了させる段取りを共有し、星取り戦形式の三番勝負でリムル、ヒナタを順次叩き伏せる戦略を固めたのである。

ヴェルドラ対ピピンの第一戦と「無限回廊」

リムル側も智慧之王ラファエルから「ピピンが塔と同化した罠の術者」であると知らされており、罠が発動すれば対象を閉じ込めつつエネルギーを吸収するが、その維持には膨大な負荷がかかり、ピピン自身も行動不能になる「実質相討ちの技」であると分析していた。リムルとヒナタは、塔内部でヴェルドラに自由に暴れられる方がよほど危険だと判断し、「罠に嵌る役目」を彼に押し付ける形で第一戦を承諾した。星取り戦の初戦はヴェルドラ対ピピンに決まり、ヴェルドラは得意げに前に出たが、戦闘開始直後、ピピンが「無限回廊(エンドレスループ)」を展開し、ヴェルドラと自身をまとめて虚空へと飲み込んだ。こうしてヴェルドラは塔内から隔離され、ピピンもまた魔塔と一体化したまま姿を消した。結果はラファエルの予測通りであり、リムルとヒナタは「驚くほど予定通り」と顔を見合わせて頷き合った。ラファエルは、ピピンがラミリスの迷宮権能を模倣し、建造物と同化して空間を操作する非常に特異な能力を持つと解析し、「最古参の三賢人」が単なるイロモノではない、本物の強敵であることをリムルに再認識させる結果となったのである。

第九話 リムル、暴走

ヴェルドラ消失後の二戦目開始とヒナタの出撃

一戦目はヴェルドラとピピンが共に「無限回廊」に飲み込まれる形で引き分けとなったが、アシュレイ達は策略勝ちだと勘違いし、完全勝利を確信していた。ヒナタはこの慢心に怒りを覚えつつ、「月光の細剣」と“聖霊武装”を展開し、二戦目の前衛として名乗りを上げた。対するは真夜中の吸血鬼プレリクスであり、彼は降参すれば眷属として生かしてやると傲慢な条件を示しつつ、長剣と血魔爪を頼みにヒナタへと立ち向かった。

星幽束縛術と霊子崩壊による一撃・プレリクスの「絶対不死」

ヒナタは精密な剣技でプレリクスの衣服と皮膚を浅く裂き、その再生能力を確認した上で、呪符を用いて星幽体を縛る「星幽束縛術」を発動した。精神力のぶつかり合いで一瞬だけプレリクスの動きを止めることに成功したヒナタは、隙を逃さず最強クラスの神聖魔法「霊子崩壊」を直撃させ、プレリクスの肉体と霊子を完全に塵へと変換したかに見えた。ヒナタは鑑定結果から、プレリクスが多彩な防御能力を持つ格上の存在であると理解しており、初手から最大火力で仕留める以外に勝ち目はなかったと分析していた。

不意打ち復活とヒナタの重傷・血に酔うプレリクス

しかし、霊子レベルまで分解されたはずのプレリクスは、塔内に働く謎の力と自身の権能「絶対不死」によって即座に再構成され、背後からヒナタへ奇襲を仕掛けた。ヒナタは間一髪で急所を外したものの、脇腹を深くえぐられて重傷を負い、防御の要である“聖霊武装”も完全再生が追いつかない状態に陥った。プレリクスは血魔爪を伸縮・射出しながら、ヒナタの血の香りに酔いしれ、勝利よりも嗜虐と快楽を優先して何度も攻撃を繰り返した。彼の力は聖人の血を摂取する度に増し、対照的にヒナタの体力と再生力は目に見えて衰えていった。

ヒナタの時間稼ぎとリムルへの信頼の衝突

ヒナタはなおも戦線離脱を拒み、自分がプレリクスを引き付けることで、リムルとアシュレイの一騎打ちへの乱入を防ぐ時間稼ぎをしようとしていた。ラファエルの見立てでは、ピピンの「無限回廊」を完全解析・解除するには十分ほど必要であり、まだ半分程度しか経過していない状況であった。ヒナタは、自分が倒れればプレリクスとアシュレイの二人がかりでリムルが狙われる可能性を危惧し、あえて不利な状況でも退かない覚悟を示した。これに対し、リムルはヒナタの負担と傷に耐えられず、自分が出るべきだったと悔やみつつも、「自分を信じろ」「いや、君こそ私を信じろ」という形で互いの信頼をぶつけ合うことになった。

無限回廊内部の攻防とヴェルドラによるリムル評価

一方、「無限回廊」の内部では、ヴェルドラが上も下もない書架の空間で平然と構えつつ、自身の究極能力「究明之王」で脱出方法の解析を進めていた。ピピンは二対一ならリムルを倒せると主張していたが、ヴェルドラは「リムルは狡猾で恐ろしく、あらゆる想定を忘れない」と断じ、そもそもリムルを二人がかりで倒せると考えること自体が勘違いであると告げた。ヴェルドラの認識では、自身とリムルの戦いは千日手であり、互いに決定打を与えられないほど拮抗している一方、八星魔王でもリムルと正面から渡り合える者は限られていると評価していた。この言葉を受けたピピンは、自身の前提データの誤りに気付き始め、不安を覚え始めた。

ルール破棄とリムルの激怒・プレリクスへの制裁開始

戦場に戻り、ヒナタは満身創痍の末にリムルを信じて降参を宣言し、戦場を離脱しようとした。しかしプレリクスはルールを無視し、降参したヒナタを眷属化するために背後から再び襲いかかった。リムルはヒナタを抱きとめつつ、左腕の甲殻で血魔爪を無造作に弾き返し、顔面へ蹴りを叩き込んでプレリクスを吹き飛ばした。ヒナタは辛うじて意識を保ったままリムルを信じると言い残して失神し、リムルは「大切な仲間をここまで傷付けた覚悟は出来ているのか」とアシュレイ達に最終確認を投げかけた。アシュレイとプレリクスは、当然のようにルール破りと二対一での総攻撃を宣言し、これを聞いたリムルは満足げに笑い、プレリクスを容赦なく殴り飛ばして全面戦争への切り替えを決断した。

絶対不死の条件看破と「神之怒」改造・光牙による焼却拷問

ラファエルの解析により、プレリクスは霊子レベルまで分解された後、塔内に満ちる特殊な環境と自身の権能「絶対不死」によって即座に再構成されていることが判明した。リムルは、塔が閉じた空間で魂の拡散が起きにくい構造であること、新月で月光すらない闇夜であることから、「絶対不死」の発動条件が陽光の完全遮断であると推理した。そこでリムルは『空間支配』と『神之怒』を組み合わせ、成層圏の巨大レンズで集光した太陽光を湾曲空間経由で地下空間に直接照射するという荒技を実行し、新月の夜に疑似的な陽光を降らせたのである。プレリクスは凄まじい熱線を「超速再生」と「絶対不死」で耐えながらも苦悶し続け、この反応を見たリムルは、ヒナタがかつて口にした「光牙は光術」という言葉をヒントに、『神之怒』を疑似的な「光牙」と「鏡蠱」へと改造し、光の龍が乱舞する高熱円柱でプレリクスを延々と焼き続ける拷問に移行した。低コストで維持可能な「神之怒」による連続照射の前に、プレリクスは身動き一つ取れなくなり、すでに戦闘不能同然となった。

アシュレイとの最終戦・黒炎と未来予測による完封

プレリクスが光の牢獄に閉じ込められる中、アシュレイはようやくリムルの本当の脅威に気付き、内心で戦慄していた。彼は炎の上位精霊に似た「炎身化」した精神生命体の姿へと変じ、十字状の超高温斬撃「十字閃炎嵐撃」などでリムルを焼き尽くそうと試みた。しかしリムルは「万能結界」や「自然影響無効」によって熱ダメージを無効化し、直刀に纏わせた黒炎へ「暴食之王」の腐食と魂喰いを付与することで、鍔迫り合いそのものを相手のエネルギー吸収行為へと変えていた。さらにラファエルの「未来攻撃予測」により、アシュレイの高速機動と連撃は完全に読み切られ、技量では互角でも、情報量と対処精度の差で一方的に追い詰められていった。黒炎に蝕まれながらもアシュレイは必死に抵抗を続けたが、勝機は既に消えており、ただ緩慢に敗北へと滑り落ちていく状態であった。

無限回廊解除と三賢人の心折れ・完全敗北の自覚

追い詰められたアシュレイの精神的支えは、「ヴェルドラを封じた」という優越感だけであった。そこでリムルはラファエルに命じて「無限回廊」を解除し、ヴェルドラとピピンを戦場に呼び戻した。戻ってきたヴェルドラは平然としていたが、ピピンはラファエルとの演算勝負に完敗して精神をすり減らされており、「絶対に勝てない」とうわ言のように呟くほどに戦意を喪失していた。この光景を見たアシュレイは、自分達が勝利を確信していた戦いが、実際にはリムルに完全に掌握されていた事実を悟り、短刀を落として膝をつき、「僕達は負けた」と敗北を認めた。プレリクスもまた、光の柱から解放されたものの、精神的には既に折れており、「我等の負けだ」と呟くことで三賢人の完敗が確定した。こうして、リムルの怒りに触れた「最古参の三賢人」は、肉体的にも精神的にも叩きのめされる形で決着を迎えたのであった。

第十話 決着と新時代

戦闘後の決着とヴェルドラへの交渉
プレリクスとアシュレイを圧倒したことで、勝敗は明らかにリムル側の完全勝利となった。リムルが確認するとアシュレイも敗北を認めるが、星取り戦のルールを破ったのは向こう側であったため、リムルは「どう落とし前をつけるか」を思案した。ヴェルドラに三人まとめてぶつける「お仕置き案」を提示すると、ヴェルドラは乗り気になり、アシュレイ達は本気で怯えた。しかしそこへヒナタが目を覚まし、無事を確認したリムルの怒りは一気に沈静化した。リムルは弱い者いじめを嫌う態度に切り替え、ヴェルドラとはおやつと模型破損の件を巡る「裏交渉」で手を打ち、三賢人への実力行使は取りやめとなった。

三賢人の動機とリムルの新たな提案
リムルが処遇を決める前に、まず三賢人の動機を問い質すと、アシュレイとピピンは、ルミナスと比較され「生殖能力のない失敗作」と蔑まれてきた嫉妬と承認欲求が行動原理であったと明かした。ルミナスを超える偉業として「竜種を従え世界支配」を狙った結果が今回の暴走であったと判明する。リムルはそれに一定の同情を示しつつも、矛先と手段が間違っていると断じ、「どうせ長命の精神生命体なら、星の海や大海を目指すべきだ」と価値観をひっくり返す。そして、宇宙進出はひとまず夢として置きつつ、「大海獣にも対抗できる巨大船の設計・新造」を三賢人に依頼し、自身の海洋調査・海洋国家構想の協力者として取り込むことを決めた。

マルクシュア王国との会談と海洋国家構想
一夜明けてリムル一行はマルクシュア王に事態の収束を報告し、魔塔代表としてアシュレイとピピンを同席させたうえで緊急会談を開いた。国王・王太子・宰相・サイラス王子、西方聖教会からはニックス司祭が参加し、貴族・騎士団も控える中で、マルクシュア王国が長年魔塔の支配下にあった事実と、その関係を改める方針が共有される。リムルは、魔塔には結界維持と研究・教育機関として存続してもらい、マルクシュア王国には海に面した地の利を生かして「造船拠点」となってほしいと提案した。また、魔素を吸い過ぎていない小型の魚という希少資源に目を付け、少量の定期輸入を申し出ることで双方の経済的利益も提示した。さらに、巨大船のイメージ図を提示し、ピピンが技術的可能性を説明、リムルは迷宮とヴェルドラの力で大量の魔鋼を供給可能と明かし、魔鋼装甲の外洋船建造計画が現実味を帯びていく。これにより、魔塔・マルクシュア・魔国テンペストの三者協力による「海洋進出プロジェクト」が正式に動き出す流れとなった。

王位継承問題と新時代の開幕
会談の熱気が高まる中、マルクシュア王は自ら王位引退を宣言し、魔法使い至上主義からの脱却と「新時代」への転換を貴族達に迫った。宰相もこれを支持し、貴族達も弱者救済や知識人・職人の登用を重視する新方針を受け入れていく。ところが後継者と目されていた王太子ヘリオスが、自身は魔力の高さだけで選ばれた器であり、総合的資質では兄サイラスの方が王に相応しいと告白し、王太子返上を申し出る。サイラスは貴族からの支持の薄さを理由に及び腰になるが、リムルはサイラスの人望や自国との縁を挙げて後押しし、本人にも「俺に魔王が務まるなら、お前に国王も務まる」と鼓舞する。さらにリムルは冗談めかして「付け髭セット」を渡し場を和ませ、最終的にサイラスが次期国王として受け入れられる形で、新体制への移行が決定した。こうしてマルクシュア王国は、魔法支配から多様な才能を重んじる「海洋都市」へと舵を切る新時代の入口に立つことになった。

有給休暇の締めくくりとルミナスとのやり取り
マルクシュアでの一連の騒動を収束させたのち、リムルは有給休暇を終えてテンペストへ帰還した。ヒナタから「途中で空間支配で帰ってきてたくせに」とツッコミを受けつつも、リムルはそれを「短くも長い休暇」として締めくくる。帰国後は子ども達への土産配りなど日常へ滑らかに復帰するが、同時に魔塔を巡る件でルミナスに抗議する。リムルは「古い知り合い」として紹介されただけの魔塔が、実際にはルミナスと因縁ある勢力だったことを咎めるが、ルミナスは「嘘は言っておらぬ」と涼しい顔で受け流し、紹介状も資料の価値も偽りではなかったと示す。ヒナタはその抜け目なさを認め、リムルも「自分の甘さ」を自覚せざるを得なかった。また、ルミナスはヒナタが本気で死ぬほどの事態にはならないと楽観視していたと明かし、ヒナタは「次は勝つ」と闘志を見せる。最後に、リムルは自分が一度本気でキレていた事実をヒナタに隠しつつ、ヴェルドラと軽口を交わしながら、再び日常へ戻っていく。こうして、魔塔騒動は新たな海洋計画と国家体制の変革を生みつつ、リムル達のいつもの日々に回収されて物語は次巻へと続いていくのである。

伏瀬×高田裕三
「とある休暇の過ごし方」小説版刊行&コミカライズ版
完結記念 スペシャル対談

企画発足と「伝言ゲーム」状態の始まり
『転スラ』10周年企画として「ショートストーリーを書こう」という話が出たことが、スピンオフ「とある休暇の過ごし方」プロジェクトの起点であった。そこへコミック版担当編集から「高田裕三先生が『転スラ』を描いてもいいと言っている」という話が伏瀬に伝わり、伏瀬は即答で了承した。一方の高田サイドでは、『3×3 EYES 鬼籍の闇の契約者』終了前後のタイミングで「単行本1冊分くらいで『転スラ』を描かないか」というざっくりしたオファーが突然持ち込まれた。連載継続の約束も抱えていた高田は当初は難色を示したものの、担当編集が仕事場に居座る勢いで粘った結果、読み切り1本から話が動き始める。両者の間で情報が錯綜し、伏瀬は「多少長くなっても歓迎」と聞かされ、高田は「読み切り」と聞かされるという、典型的な伝言ゲーム状態からプロジェクトが進行したのである。

読み切りのはずが全4巻へ拡大するまで
伏瀬が執筆したショートストーリーは最終的に10話規模となり、コミカライズすれば単行本2冊分以上の分量になることは当初から予想されていた。しかし編集側は「長くなっても歓迎」と押し切り、高田は「読み切りだから大丈夫」と楽観していた。原作原稿を受け取った高田は、その文字量に「これは映画1本作る気持ちでやらないと無理」と認識を改める。結果として、準備期間込みで約2年半、連載としては約2年を費やし、当初の読み切り想定から大きく膨らんだ全4巻完結作となった。裏側では、高田が新作『3×3 EYES』再開を一旦遅らせ、『転スラ』コミカライズにリソースを振る必要が生じるなど、スケジュール面でも相当な調整が行われていた。

初対面の印象と共同作業のスタイル
二人が初めて顔を合わせたのは『月刊少年シリウス』の忘年会であり、伏瀬は小6時代から『3×3 EYES』を読み込んできた立場として極度に緊張していた。対して高田は、伏瀬を「明るく話しやすい人物」と受け止め、通常の「初対面のよそよそしさ」が薄く楽だったと振り返っている。その後も何度か対面の機会は持たれたが、高田が日々原稿に追われ仕事場から動けない状況が続き、直接会う機会は少なかった。制作面では、高田のネームは描き込みが非常に多く、その段階でほぼ完成原稿のような密度であり、伏瀬は「ネームだけで満足できるレベル」と驚嘆した。また、高田は異世界転生ものを描くのは初めてであり、世界観の異世界度合いや技術水準を掴むために既存の『転スラ』や他作品を読み込み、イタリア近辺の時代を参考に資料を集めた。しかしアシスタントにはその感覚がうまく伝わらず、板ガラスや手すりの描写などで「その経済力はこの小国にはない」といった調整を繰り返し、背景のリアリティラインをすり合わせていった。

「転スラ」の魅力と作風に対する分析
高田は『転スラ』の特徴として、「巨悪を倒して終わる破壊的な物語」ではなく、「最終的に話し合いや建設的な落としどころを探る物語」である点を挙げている。登場人物は天然な面を持ちながらも、自分の芯を崩さない「ブレないキャラクター」が多く、とりわけトリックスターとしてのヴェルドラは物語を動かし、重い空気を崩す存在として描きやすかったと評価した。伏瀬は、『転スラ』が支持された理由については「運が良かった」という半ば冗談の結論に落ち着きつつも、主人公への共感性と「やりすぎないバランス感覚」が重要と認識している。いわゆる「ざまぁ系」のように敵を徹底的に叩き潰す展開は書いていて気持ちよくとも、主人公まで「ド屑」に見えてしまう危険があるため、怒りの発散と読者の共感のバランスには人一倍気を遣っていると語った。

キャラクターの描きやすさと敵役の扱い
高田が特に描きやすかったキャラクターはヴェルドラとヒナタであり、前者は物語の潤滑油かつトリックスター、後者は感情表現がわかりやすくヒロイン的ポジションに置きやすい存在であった。コミカライズ版ではヒナタのヒロイン性が強調され、伏瀬は「番外編ではヒナタがヒロインで、リムルが八雲の立場だ」と自作と『3×3 EYES』を重ねて認識している。敵役については、アシュレイやボス格の敵の描写に加え、妖精メルババの扱いとアシュレイとの関係性が絶妙であったと伏瀬は高く評価した。サイラス王子の恋人像に関しては予想外の方向性であり、「美人とは異なるタイプのヒロイン」にした高田の解釈に伏瀬は驚きつつも、結果として作品の味になったと受け止めている。両者とも、敵キャラクターを完全な「ド屑」として描くことには慎重であり、後悔や背景を与えることで、安易な「溜飲を下げるための処刑劇」に物語を落としたくないというスタンスを共有していた。

『3×3 EYES』要素との線引きと獣魔要素の導入
企画当初、『3×3 EYES』側のキャラクターであるベナレスの登場案や、別時空で『転スラ』世界と接続させる案などが検討されていた。しかし高田は直接的なクロスオーバーには否定的であり、結果的に「キャラクター同士を直接邂逅させない」方向で落ち着いた。その代わりに、「獣魔術」という設定が開発され、『3×3 EYES』ファンがニヤリとできる要素として取り込まれた。獣魔の卵まで出す案もあったが、収拾がつかなくなる懸念から見送られ、最終局面での「光牙(コァンヤア)」登場が象徴的なクロスポイントとなった。伏瀬にとって光牙の登場は「これが見たかった」という念願のシーンであり、読者からも「原作者がやりたかったことが丸わかりだ」と看破されていたが、それを肯定的に「その通り」と受け止めている。

原作改変の度合いと連載完走の手応え
高田は毎回のネームで原作から少しずつ改変を行っており、そのたびに「怒られないか」と内心不安を抱いていたが、伏瀬からは「本筋に戻れるなら問題ない」「むしろこちらの方が良い」という反応が多かった。唯一、サイラスのふくよかな恋人像だけは伏瀬の趣味とズレていたが、それも管轄外と判断して直接口を出すことは避け、「面白ければそれでよい」という基準に従った。高田にとっては、原作付きかつ終点が決まっている作品であり、「これ以上膨らませてはいけない」という制約がある分、物語の全体設計は楽だったと感じている。ただし、毎回少しずつ脱線し、それを本筋に戻す作業は続いたため、ネーム提出時には常に緊張を強いられた。最終的に22話で完結させたことで、「大きな作品に対して悪目立ちせず、作品世界に沿った形で描き切れた」という安堵感を抱いている。

互いの総括と読者へのメッセージ
伏瀬は、「中学時代からの憧れの漫画家とのコラボが、自身の作品『転スラ』で実現した」という事実を、創作人生の中でも最大級に嬉しい出来事として位置付けている。『とある休暇の過ごし方』は、自身にとって「作者冥利に尽きる企画」であり、『3×3 EYES』ファンとしての夢と『転スラ』の作者としての夢が同時に叶った場であったと総括した。一方、高田は、「『転スラ』という巨大コンテンツの中で、とにかく悪目立ちせず、原作に寄り添った形で完走すること」を最優先に考えており、結果として作品に馴染むコミカライズを描き切れたことに満足している。読者には、「楽しんでもらえたなら何より」というシンプルなメッセージで締めくくり、対談は、両者の世代と立場を超えたリスペクトと遊び心が詰まったコラボの舞台裏として幕を閉じたのである。

特別編 大航海時代前夜

マルクシュア王国再訪と復興支援の文脈
リムルは久方ぶりにヴェルドラと共にマルクシュア王国を訪問していた。アシュレイ達との諍いから数年が経過し、その間に帝国侵攻、天魔大戦、ミリム暴走、邪神イヴァラージェ襲来など立て続けに大事件が起きたため、遊び半分の買い出しに出る余裕はなかったという事情である。しかしテンペストではマルクシュア産の鮮魚を安定的に輸入し続けており、ゲルド配下が種族共有の「胃袋」を用いて運搬することで、平時と変わらぬ食事を維持していた。その結果、迷宮避難民も食の不安なく過ごせており、「事前準備の重要性」がテンペストの軽微な被害として証明された形であった。ゆえに、被害甚大な各国への復興支援は当然の義務とされ、リムルは世界各地を巡る日々の中で、ようやく今回はマルクシュア王国の順番に至ったのである。

マルクシュア王国の被害状況とサイラス王の成長
マルクシュア王国では、魔塔の結界が機能したおかげで王都の被害は地震と大規模戦闘の影響による建物崩壊程度に留まっていた。周辺農地や山野はミリム暴走の余波で壊滅的被害を受けたが、アシュレイら魔塔の魔法使いが総出で復興を進め、小国ながら西側諸国に見劣りしない貢献を果たしていた。王城の応接室での歓談では、国王サイラスが自ら復興の経過を説明し、魔塔の協力がなければ冬を越せず餓死者が出ていたと率直に述べた。臣籍降下予定から急遽王となった青年は、結果として責任感ある良き王へ成長しており、リムルは「何とかなるさ」で割り切る自分より王としての自覚で負けているかもしれないと内心自戒するに至った。

「大魔王」呼びへの違和感と周囲の評価
一方、アシュレイ達は「大魔王リムル様」と仰々しく歓迎し、ギィに押し付けられルミナスに世界へ公表された「大魔王」という肩書を当然視していた。リムル本人は責任と対外関係の重さから大魔王職を「旨味のない役割」とみなし、ほとぼりが冷めたら引退するつもりだと語ったが、アシュレイやプレリクスは、神話級の戦いを共にした者としてその実力と功績から異論は出ないと断言した。テンペストがほぼ無傷で危機を乗り切りつつも、世界経済と安定のために積極的に資金と支援を投じている点も評価されており、リムルの本人感覚とは裏腹に、周囲は「責任を果たしている大魔王」として当然視していたのである。

プレリクスの陽光克服と「黒夜のマント」
会話はやがて吸血鬼プレリクスの話題へと移行した。彼は本来、月光すら毒となる「真夜中の吸血鬼」であり、太陽光克服は不可能とされていたが、ピピンとの共同研究により発想を転換した。種族的耐性獲得ではなく、魔法道具による「陽光回避」を目指し、各種遮光アイテムの収集・解析・改良を重ねた結果、「黒夜のマント」を完成させたのである。このマントはリムルの精霊術を参考に周囲空間の位相を操作し、プリズムのように陽光を分散・選別して有害成分のみを反射する仕組みであった。さらにピピン開発の新素材とプレリクスの魔力を融合させることで、破れても魔法構造が残る限り自己修復する生地とし、吸血鬼でも陽光下で活動可能な装備として実用化していた。

マルクシュア夢想開発造船所の完成と国家事業化
本題となるのは、リムルが以前から依頼していた造船所の視察結果であった。当初は「マルクシュア海軍工廠」として構想されていたが、サイラスの強い反対により、軍事専用ではなく国際貢献を志向した国家事業と位置付けられ、「マルクシュア夢想開発造船所」という名称で運営されることになった。魔塔との共同開発施設でありながら国名を冠することが認められ、魔塔側も異論は出さなかったという。邪神襲来に伴い工事は一時中断したが、魔塔総出の復興支援によって再開・竣工にこぎ着け、リムルの視察時には既に稼働可能な状態となっていた。施設は大規模船舶にも対応可能な堅牢さと内装を備えており、サイラスと弟ヘリオスは「兄弟初の共同事業」として胸を張って自慢し、国民総出で力を注いだと誇らしげに語っていた。

魔鋼資材の搬入と試作船・調査船の設計方針
造船所には、既にリムルによって「胃袋」経由で大量の魔鋼インゴットや魔木が納入されていた。魔鋼は一つ十キロ超の高純度インゴットであり、倉庫一面を埋め尽くす光景は壮観であったが、崩落を防ぐために魔法による重量軽減と箱単位での運搬前提で厳重に管理されていた。ピピンは工員も確保済みで、資材搬入が終わり次第いつでも建造開始可能と報告し、設計図として二種の船舶を提示した。一つ目は二十メートル級の近海用試作船であり、海上の隠れ家として快適な内装を重視した娯楽船兼データ収集用モデルであった。二つ目は百メートル級の新造調査船であり、大海獣の攻撃に耐えるため三層の魔鋼壁とメッシュ装甲、その間を満たす硬化ジェルによる多重防御構造と水密隔壁を備えた「沈みにくい船」として設計されていた。このジェルは魔塔の過去の発明品の再活用であり、海水と混ざることで硬化し浸水を防ぐ機構として活用されている。

大艦巨砲ロマンと実用性のせめぎ合い
設計打ち合わせでは、ヴェルドラが三連装主砲塔や四十六センチ砲級の大口径主砲を熱望し、「浪漫兵器」としての戦艦像にこだわりを見せた。しかしピピンとリムルは、弾道計算を魔法で補正できる世界において砲塔の数や大口径に固執する必要性は低く、試作段階から過重な兵装を積むのは非効率だと実用性を主張した。リムルはまず安定した試作船によるデータ収集と安全性の確認を優先し、ヴェルドラには「いずれ夢として目指せばよい」と宥めつつ、自身の要望である「海上の快適空間」「夜釣りや船上バーベキューを楽しめる内装」を組み込むことを承認させた。ヴェルドラは、完成した船に自分も乗れると知ると態度を軟化させ、最終的には快適性重視と将来の武装拡張を両立させる折衷案に落ち着いたのである。

安全設計と「沈まない船」へのこだわり
リムルは元世界の知識を基に船舶史資料を収集しており、とりわけ「沈まない船」と宣伝されながら悲劇的沈没を遂げたタイタニック号の例を引きつつ、慢心を戒めていた。魔鋼は低温脆性がなく極限環境にも耐える素材であるが、それでも最大の鍵は浸水対策だと位置付け、船底と外壁の多重構造、水密区画の細分化、防水隔壁の完全遮断などを詳細に指示していた。ピピンはこれら要望に応え、三層魔鋼とメッシュ・硬化ジェルによる衝撃吸収と自己修復を組み合わせた設計を完成させる。ヴェルドラは「自分のパンチなら穴が開けられる」と豪語したが、これは神話級存在特有の例外として笑い話に留まり、現実的な脅威への耐性を優先した堅牢設計が採用された。

大航海時代の幕開けへ
資材と設計、工員、施設の全てが揃い、アシュレイも「明日からでも着手可能」と請け負ったことで、残るはリムルの最終判断だけとなった。サイラス、ヘリオス、ピピンらは期待に満ちた眼差しで大魔王の言葉を待ち、リムルが「頼む」と建造開始を正式に許可した瞬間、造船所には歓声が響き渡った。こうしてマルクシュア王国における船舶建造計画は、計画立案という「一歩目」に続く「二歩目」として具体的な建造段階へ移行したのである。この日を起点として、後に人々が「大航海時代」と呼ぶことになる新たな歴史の幕開けが静かに始まったのであった。

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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