物語の概要
ジャンルおよび内容
本作は、異世界転生系ファンタジーにおいて、令嬢という身分を活かしながら「商人」としての才覚を発揮し、経済的な手腕で活躍するライトノベルである。前世で商社マンだった令嬢サラが、現世では貴族令嬢として転生し、「お金」という武器を用いて領地再建や交易、商戦といった“富を操る戦い”に挑んでいく。第4巻では、彼女が新たに交易路を確立し、債務危機に瀕した領地を救うために商才と交渉力を尽くす展開が描かれている。
主要キャラクター
- サラ:本作の主人公。令嬢として生まれながら実務的な商才を持ち、異世界ではその能力を活かして“商人令嬢”としての道を歩む。第4巻では交易の準備と交渉に身を投じる。
物語の特徴
本作の魅力は、「魔法や剣」ではなく「お金=武器・手段」であるという異色の設定にある。多くの異世界ファンタジーが能力者や魔法使いを主人公とするなか、本作では商才と交渉力、資本運用という“経済戦”が主戦場となっており、読者にとって新鮮な切り口を提供している。第4巻では、交易路確立・債務救済・国家間の交渉といったリアルなビジネス的要素が盛り込まれており、「令嬢」「異世界」「商人」という三重の要素が組み合わされている点で他作品と差別化されている。また、主人公が前世の知識を用いる点、令嬢としての特権と商人としての実務を両立させるギャップも読者を引きつける。さらに、巻末には書き下ろしエピソードが収録されており、ファンへのサービスも手厚い。
書籍情報
商人令嬢はお金の力で無双する 4
著者:西崎ありす 氏
イラスト:フルーツパンチ 氏
出版社:TOブックス
発売日:2025年2月20日
ISBN:9784867944684
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あらすじ・内容
領の特産品となるエルマブランデーがいよいよ完成。新商品を売るための商会開店を急ぐべく準備を進めるサラが直面したのは、深刻な人手不足。そこで目を付けたのは――ドロップアウトした女性や不当に他商会に買い叩かれる職人たちだった! 優秀な即戦力のためには、能力を発揮できる環境作りなど安いもの。女性にはのびのび働けるよう託児施設を用意し、職人本来の技術をフルに活かせる環境整備も進めまくる。ビジネスパートナーだった乙女たちも本来の力【ポテンシャル】を開花させ、魅力的な新商品が次々と爆誕していき――?
「あなたたち、人材【たから】の活かし方がなってなくてよ?」
「商人令嬢」の面目躍如。人材確保で金儲けまっしぐら! やり手少女の荒稼ぎファンタジー第四弾!
感想
帳簿整理から祝宴へ――“お金の力”の序章
執務棟で帳簿整理が完了し、ここでサラは単なる支出ではなく、投資としての資金配分を示し、エルマ酒・エルマブランデーという“種”に資源を集中させる姿勢を明確にした。
特産品戦略と職能の再編――ブランドと供給網の設計
エルマブランデーの試飲と命名で、サラは“希少性×品質管理”というブランド設計を打ち出す。同時に、ガラス瓶・木箱・蒸留釜・樽といった周辺産業まで視野に入れ、原材料(珪砂や魔石)と職人ネットワークの再編に踏み込む。ここでの資金投入は、将来の複利を生む“設備投資+人材投資”として描かれ、浪費と一線を画した。
使用人・職人・農の保護へ――ギルド構想と法改正
職人が買い叩かれる構造、女性労働者の脆弱性、小作や雇用農の立場――サラは労働市場の歪みを“制度”で矯正しようとする。ギルド構想の提示、加害行為への厳罰化など、金と法の両輪でボトムを引き上げる点が印象的だ。ここで「お金の力」の本質が、弱者を支えるための“仕組み作り”にあると示された。
女性の教育と雇用――眠れる才能の可視化
コーデリアとの連携、女子実務教育の私塾構想、乙女の塔での雇用創出、サシェや化粧品の内職化――“学ぶ→稼ぐ→生活が安定する”の循環を設計する流れが丁寧だ。元貴族女性や子持ちの女性が能力を発揮できる場が整備され、新商品が次々と生まれる展開は、タイトルどおり“お金の力で無双”を人材面で体現していた。
ソフィアの正体開示と護衛任官――信頼資本の形成
商業ギルド加入、護衛ダニエルの誓い、治癒による戦力回復は、“信用”の獲得と維持を資本に変えるプロセスとして描かれる。ここでサラ(ソフィア)は、美貌や武力ではなく、実務能力・規律・安全の提供で市場の信頼を掴む。
商会開店準備と防衛インフラ――現金主義と可視的抑止
現金決済で流通を一気に回し、音の出る箱を看板に据えた店舗設計、さらに学習型ゴーレムによる治安・防犯まで、オペレーションの“目に見える品質”を徹底。資金の見せ方とセキュリティ投資で、取引先・顧客・街全体の安心を同時に買っている。
シードル着手と技術の段階公開――品質と再現性の両立
狩猟大会に間に合わせるための例外運用(妖精加速)をしつつ、トニアへ製法を段階的に移管する方針は、短期の“話題性”と中長期の“持続性”を両立させる巧手。ここでも“投資対効果”と“技術継承”がセットで語られる。
教育コンテンツと出版投資――識字と会計の社会実装
読み書き・計算・複式簿記の教科書化は、労働市場の基礎体力を底上げするインフラ投資である。印刷・活字・装丁への適正価格発注は、供給側の健全性を守るメッセージとしても強い。
家族・因縁の和解――“血縁”を制度で越える
従兄弟との和解は、力ではなく策で“関係コスト”を下げる政治的合意形成として機能する。侯爵家の男性がやや頼りない分、女性陣が“設計と実行”で家を動かす構図が鮮やかだ。
総括――“浪費”ではなく“資本化”としての金
この巻のサラは、金を「設備・人材・制度・信頼」に変換する。投下資本の回収経路(特産品・ブランド・教育・法整備・治安)を複線化し、負の外部性(買い叩き・暴力・情報漏洩)を制度と技術で抑え込む。だからこそ、王族相手でも“お金の力”で正面から勝てる説得力がある。次巻の狩猟大会とゴーレム開発は、その成果を“場”で検証する実地試験になるだろう。サラの恋模様も含め、資本と人心を同時に動かす物語の続きが楽しみである。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
サラ(ソフィア)
領政改革、特産品開発、教育制度構築、商会運営など複数分野の中心となり、領内改革の原動力となった人物である。
・所属組織、地位や役職
グランチェスター侯爵家三男長女/ソフィア商会主導者。
・具体的行動
酒造計画、女子教育構想、教科書編纂、ゴーレム運用などの改革を実行した。
・地位・影響力
領政、産業、教育、治安に広く影響する中核的存在となった。
レベッカ
光属性治癒魔法に長じ、女子教育計画や教科書編纂に関わりつつ婚礼準備も進めた人物である。
・所属組織、地位や役職
グランチェスター侯爵家の婚約者。
・物語内での具体的な行動や成果
女子教育機関構想を支援し、教育環境整備に寄与した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
教育改革の象徴として公的立場の強化が進んだ。
ロバート
領政の実務を担う文官であり、財政再建や産業支援を通じて領内の改革を推進した人物である。
・所属組織、地位や役職
グランチェスター侯爵家次男/文官。
・物語内での具体的な行動や成果
帳簿整理の成果活用、特産品支援、人事・賞与判断などを行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
領政の中心人物として位置付けられた。
グランチェスター侯爵
領法改正と産業支援を決断した領主であり、改革を政治面で承認した人物である。
・所属組織、地位や役職
グランチェスター領主。
・物語内での具体的な行動や成果
暴力・性的加害に対する厳罰化、蒸留所整備支援などを行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
改革を実行する政治責任者としての立場が強化された。
ジェフリー
騎士として教育と護衛体制整備を担い、商会の安全保障面を支えた人物である。
・所属組織、地位や役職
騎士団高位者。
・物語内での具体的な行動や成果
ダニエルへの指導、護衛体制の見直しなどに関与した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
商会と軍事面の橋渡し役として重要性が増した。
イライザ
忍びの家系に属し、情報管理と助言を通じてサラの行動を支えた人物である。
・所属組織、地位や役職
グランチェスター家付きメイド。
・物語内での具体的な行動や成果
秘密保持と観察、情報整理の助言を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
サラの行動支援における重要性が高まった。
ポルックス・ジェームズ・ベンジャミン
領政実務を支える文官であり、特産品計画や教育制度整備の実務を担った三名である。
・所属組織、地位や役職
グランチェスター領文官。
・物語内での具体的な行動や成果
酒造計画、即戦力採用、教科書編纂を担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
改革の実務層として影響力が拡大した。
トニア
酒造家として特産品製造の中心を担い、製造工程を主導した人物である。
・所属組織、地位や役職
ハーラン農園当主。
・物語内での具体的な行動や成果
エルマ酒・ブランデー・シードルの生産工程を担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
領の酒産業の核心人物として評価された。
フラン
蒸留釜の製作に関わり、酒造設備整備に重要な役割を果たした職人である。
・所属組織、地位や役職
鍛冶職人。
・物語内での具体的な行動や成果
蒸留所の設備構築に参加した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
産業基盤の技術担当として位置付けられた。
シンディ
ガラス瓶のデザインを担い、特産品ブランド構築に関わった職人である。
・所属組織、地位や役職
ガラス職人。
・物語内での具体的な行動や成果
高級瓶デザインの候補として選出された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ブランド形成の重要人物となった。
コーデリア
私塾の主宰者として教育制度の中心に関わった人物である。
・所属組織、地位や役職
私塾主宰。
・物語内での具体的な行動や成果
教科書編集や学習支援を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
初等教育の基盤形成に重要な役割を果たした。
トマス
複式簿記や教育教本の編集に関わり、教育制度整備を支えた人物である。
・所属組織、地位や役職
家庭教師/文書担当。
・物語内での具体的な行動や成果
簿記・計算教科書の原稿作成を担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
教育技術者として位置付けられた。
アリシア
魔石再生とマギ開発に携わり、技術分野で成果を挙げた錬金術師である。
・所属組織、地位や役職
錬金術師。
・物語内での具体的な行動や成果
魔石再生・マギユニット開発を共同で行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔石技術の核となる立場を得た。
ダニエル
専属護衛となり、戦力として復帰した人物である。
・所属組織、地位や役職
ソフィア専属護衛。
・物語内での具体的な行動や成果
誓約と護衛任務を遂行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
武的側近として重視された。
セドリック
従者として商会や関係者の支援を行った人物である。
・所属組織、地位や役職
従者。
・具体的行動
案内、雑務、護衛補助を担当した。
・地位・影響力
商会の基礎業務を支える立場となった。
リック
従者として物流や補助業務を担い、日常運用を支えた人物である。
・所属組織、地位や役職
従者。
・具体的行動
運搬補助、雑務、護衛補助を行った。
・地位・影響力
実務支援の要員として扱われた。
ミケ
酒造や熟成を支える妖精であり、特産品開発に不可欠な存在として描かれた人物である。
・所属組織、地位や役職
妖精。
・具体的行動
エルマ酒やブランデーの熟成を加速する役割を担った。
・地位・影響力
小侯爵家(エドワード・エリザベス・アダム・クロエ)
長男エドワードを中心とした一家で、浪費と財政難を通じて領政問題の象徴となった家系である。
・所属組織、地位や役職
小侯爵家。
・具体的行動
狩猟大会参加、馬車事故、浪費の露見が描かれた。
・地位・影響力
領内不安要素としての位置付けが強まった。
展開まとめ
プロローグ
執務棟への帰還と宿題の話題
サラとレベッカは夕刻に執務棟へ到着していた。学友たちとは塔を出た段階で解散したが、トマスとレベッカからそれぞれ宿題を課されていた。サラは数学が前世と同じ記号体系であることから片手間で終えられると考えていたが、この世界にグラフ文化が根付かなかった理由までは深く考えなかった。
帳簿整理完了の歓喜
サラが執務室を訪れると、文官とメイドたちが帳簿整理完了を祝って喜び合っていた。ロバートはサラとレベッカを称え、ジェームズやベンジャミンも達成感から涙ぐんでいた。サラは自分は方法を示しただけで、実務をこなしたのは皆だと述べ、労をねぎらった。
収支確認と貴族社会の税の扱い
収支結果として五百ダラスの過納が判明したが、ロバートは貴族の慣例として返還は求めず寄付として上乗せすると説明した。サラはこれを学びつつ、修正申告の外聞にも触れながら理解を深めていた。
家族・使用人への労いと特別賞与の決定
侯爵とジェフリーも加わり帳簿整理の成功を褒め称えた。サラは本邸使用人の貢献も伝え、侯爵は私財から全員へ特別賞与を与えると宣言した。
サラの呼びかけとロバートの号泣
レベッカの助言を受け、サラがロバートにお父様と呼びかけると、ロバートは感極まって号泣した。レベッカから贈られた名入りハンカチの意味をめぐる貴族社会の慣習説明も挿入され、ロバートは宝物にすると主張したため、サラが自身のハンカチを渡して涙を拭かせた。
領内から届けられた祝いの酒と宴の開始
エルマ酒とエルマブランデーが届けられ、フランの母からの祝いの品であることが伝えられた。侯爵はその場で仕事の終了を宣言し、遊戯室で酒宴を開くよう命じ、執務室は歓声に包まれた。
遊戯室でドキドキワクワク
遊戯室の雰囲気の変化とロバートの著作
サラは文官やメイドたちと遊戯室へ移動し、カーテンや小物の配置が変わったことで、時代がかった趣を残しつつも柔らかい雰囲気になっていることに気付いていた。飲酒できないサラはエルマの搾り汁を飲みながら室内を見回し、新設された書棚にミステリーやロマンス小説とともにロバートの著作が並んでいるのを見つけた。イライザから、ロバートの本がロマンス小説としてメイドに人気であり、一部では嫁入り前の闇教育の教科書案まで出たと聞かされ、サラは咽せつつもその内容に納得していた。
イライザの忠告とシノビ一族の告白
イライザは、自分の家系が代々グランチェスター家に仕える家令ジョセフの一族であると明かし、サラが「普通のお嬢様」ではないことを使用人側は既に察していると告げた。使用人は多くの目と耳を持つため、情報共有を制限しなければ王都の邸や他家の密偵に筒抜けになると忠告し、絶対に隠すべき事柄は徹底的に隠す必要があると諭した。サラが防音魔法で二人だけを包むと、イライザはサラの防音魔法、ソフィアへの変身練習、他家で妖精と友人になった件まで把握していることを示し、しかしソフィアとサラが同一人物とは誰にも知られていないと伝えた。さらにイライザは、自分たちの先祖がグランチェスター家の始祖カズヤに「シノビ」と呼ばれた一族であり、ゼンセノキオクを持つ者を真の主として待っていたと告白し、以後は侯爵に仕えつつも忠誠はサラに向け、命令が矛盾すればサラを優先すると誓った。サラはその重さと中二的な設定に内心ツッコミを入れつつも、狩猟大会中は迂闊に自分の情報を晒さぬよう注意を受け入れた。
ロバートのロマンス小説暴露と出版構想
侯爵に呼ばれて輪に戻ったサラは、遊戯室にロバートの本が並んでいることを話題にし、イライザがそれを大人向けのロマンス小説と説明したことで、ロバートは慌てふためいていた。サラはベンジャミンもファンであると容赦なく暴露し、レベッカから自分にはまだ読ませないと言われていることも含めてあっさり語った。侯爵は娘に教育上よろしくない本を書いたと茶化し、サラはメイドたちに人気であることを理由に、過激な描写を編集した全年齢版を用意したうえで正式出版し、商会から販売する案を提示した。侯爵とジェフリーは大笑いし、ロバートは父親の威厳を崩されて涙目になったが、サラは話題を切り替えることで一応フォローした。
エルマブランデーの試飲と特産品戦略
サラはエルマブランデーをまだ飲んでいない皆に試飲させることにし、文官・執務メイドを含めて一人一杯ずつ配らせた。侯爵とロバートにも渋々振る舞ったうえで、これを新しい領の特産品としたい意向を説明した。ポルックスは、エルマ酒とはまったく別の酒でありながらエルマの風味が凝縮された素晴らしい酒だと絶賛し、ジェームズやベンジャミンも特産品として十分通用すると評価した。サラは一樽のエルマブランデーを造るのに五〜十樽のエルマ酒が必要であり、そのエルマ酒自体が評判のハーラン農園産であることから、極めて贅沢な酒になると説明した。ポルックスは自分が愛飲している酒が原料だと知って固まり、ジェームズは王室献上や贈答品需要を見越してエルマ農園や醸造所の拡張を検討すべきだと促した。
トニアからの手紙とハーラン家の事情
マリアがフランの母トニアからの書状をサラに渡し、そこには大量購入とブランデー試飲への感謝、新たな特産品づくりに関われる喜び、今後の樽需要への相談の申し出、そしてロバートとオルソン子爵令嬢の婚約およびサラの養子縁組への祝意と、祝いとしてのエルマ酒進呈が記されていた。ポルックスはハーラン農園がグランチェスター一のエルマ酒を造る名門であり、農園主トニアが潰れかけた農園を買い取り立て直した伝説的な女傑であること、夫は農具を作る鍛冶師で農園経営に関わっていないことを説明した。さらにフランの家系は、父が農具、祖父が建具や錠前、曾祖父が蒸留釜や食器と、それぞれ得意分野が違う変わり者揃いで、皆が親ではなく別の師に弟子入りした経緯も明かした。サラはフランが本来武器を作りたかったことを知り、蒸留釜を頼んだことに一瞬逡巡しつつも、家系の多様性を理解した。
エルマブランデー事業の具体計画とブランデー一般の話
サラはエルマブランデーを本格的な特産品にするため、エルマ栽培の拡大、醸造所と蒸留所の新設、人材育成、熟成蔵の確保が必要だと述べた。ポルックスやジェームズ、ベンジャミンはすぐに仕事モードに戻り、村ごとの共同蒸留所案や、樽ごとの味を把握してブレンドする専門家育成の必要性などを議論した。サラは「エルマブランデー」と名付けた理由として、ブランデーが本来「焼いたワイン」を意味する言葉であり、ワインを蒸留して造る酒一般を指すことを説明し、遠い国ではブランデーに適したクセの強いワインをわざわざ造っていると語った。この情報に文官たちは衝撃を受けつつ、アヴァロンには存在しない酒であると確認した。
音の出る箱と化粧箱・ガラス瓶の企画
カストルが打ち上げなのに皆が仕事顔をしていると苦言を呈したところ、サラは今後は商会の流通や職人手配で彼も関わることになると告げた。さらに、ジェームズの婚約者シンディが遊戯室に招かれ、サラは彼女にエルマブランデーを試飲させたうえで、王室献上品となる酒瓶のデザインを依頼した。シンディは自分の腕前を王室献上品に使うことに怯み、父や兄の作品を推したが、侯爵が領内のガラス職人全員に瓶づくりを呼び掛けコンテスト形式で選ぶ案を出したことで、シンディも参加を受け入れた。サラはガラス瓶コンテストに加え、木製化粧箱の必要性にも言及し、レベッカが持ってこさせた「音の出る箱」を披露した。箱を開けると魔石に記録された音楽が流れる仕組みに、皆は大きな驚きを示し、これをエルマブランデー用化粧箱兼単体商品として商会が販売する計画を共有した。
資源管理とガラス職人の構造問題
サラは音の出る箱に魔石が必須であり、一定以上の質の魔石が必要なため、安定供給の仕組みづくりが急務であると指摘した。さらに、ガラス瓶需要の急増で珪砂や金属材料が不足することを予見し、珪砂を含む鉱物資源が領の所有物である以上、無断採取は窃盗に当たり管理を強化すべきだと述べた。これを聞いたシンディは、今までの珪砂使用が黙認されていた事実を思い出して狼狽し、カストルが過去の行為は不問にするが今後は有料での利用になると説明した。サラはガラス職人がギルドを持たず、多くが商家のお抱えとして専属契約を結び、値下げ要求に抗えない構造にあることを聞き出し、「競争原理」が働かず職人が買い叩かれている現状を問題視した。
ギルド構想と労働者保護の提言
サラは、商家が優位な立場を利用して職人を不利な条件に追い込めば、技術継承が途絶し、商家自身も高品質な商品を失うと説明し、同業者が団結するギルドの必要性を説いた。ガラス職人のギルドや、人数の少ない職種を束ねる総合職人ギルド、さらに商家偏重の商業ギルドとは別に、労働者側を守る仕組みを設けるべきだと主張した。そして、これは職人に限らずすべての労働者に起こり得る問題であり、不当な報酬、理不尽な解雇、嫌がらせや暴力・性的強要など、権力による理不尽が存在することを指摘した。サラは「嫌なら辞めろ」「嫌なら他から買う」といった言葉がいかに労働者を追い詰めるかを述べ、権力が暴走しないよう対抗手段としてギルドや制度が必要だと強調した。
シンディの涙と領主・文官への問題提起
シンディは、祖父が商家の横暴に耐えかねて独立したものの、長く買い叩かれ続けてきた過去を思い出し、領主一族の中に自分たちの立場を理解してくれる者がいることへの感激から涙を流した。ジェームズは婚約者を慰めつつ、長年文官たちを苦しめてきた案件が解決し、ようやく結婚式を挙げられると語り、侯爵はジェームズの滅私奉公に謝意を示した。サラはここから話を広げ、労働によって対価を得て家族を養うのが人の営みであり、労働者の権利が不当に侵害されれば、心身の不調や犯罪にまで繋がると説いた。文官たちは、自分たちがアカデミー出身のエリートであり職場を選べた特権階級である一方、多くの労働者はそうでない現実に気付かされ、衝撃を受けた。
農業とギルド、領政改革への線引き
サラは、ガラス職人だけでなく小作農や雇用農民も守られるべき労働者であることを指摘し、農業系ギルドの不在をポルックスに質したうえで、農協のような組織の必要性をほのめかした。ただし、あまり踏み込み過ぎれば領政改革そのものになるため、最終的な制度設計は領主・次期領主・文官と領民の声で決めるべきであり、自分のように商会側に近い人間が口を出し過ぎると公平性が損なわれると一歩引いてみせた。侯爵は、領民を守ることが領を富ませることだというサラの主張を認め、労働者保護とギルド設立を含む今後の領政を真剣に考えねばならないと悟っていた。サラは、自身の役割は特産品の開発と商会の商品企画であり、制度面は領主側の責務だと線引きしたうえで、仕事量の増加に応じた自らの報酬を侯爵の私財から支払わせることにも抜かりなく合意させていた。
結婚は人生のゴールではない
ロバート夫妻とジェームズの結婚式計画
遊戯室での議論が一段落した頃、ロバートとレベッカがこそこそ話している様子にサラが気付き、声を掛けた結果、ジェームズが案件解決まで結婚式を延期していた話が自分たちにも刺さっていたと判明した。さらに、シンディから「やっとご婚約されたのですね」と言われたことで、ロバートの長年の優柔不断ぶりが一般領民にまで知られていることが露呈し、場は笑いに包まれた。ロバートとレベッカは、自分たちの結婚式のために城内の古いホールを改装する計画を語り、その会場をジェームズとシンディにも使ってほしいと提案した。シンディは「花嫁が城に負けそう」と恐縮したが、レベッカはガーデンパーティ形式を提案し、気軽に使える場として案内したいと申し出た。
ステンドグラスと父親たちの娘への執着
ホールの話題から、シンディは父がステンドグラスを得意としていると明かし、改装するホールにステンドグラスを入れてはどうかと提案した。サラは自分の将来の結婚にも言及しようとしたが、ロバートは「サラは嫁に行かないよね!」と過剰に反応し、娘を手放したくない父親としての未練を露わにした。レベッカは、十年以上待たされた側としてロバートを軽くいなし、シンディも「うちの父も同じ」と、職人として名を上げつつある娘を手放したくない父の様子を語った。ジェームズは、初めて挨拶に行った際、ハンマーを持って待ち構えていた義父に対し、「職人としてのシンディを愛しているので、結婚しても家事はさせず、メイドを雇う」と宣言したことを明かし、周囲を驚かせた。
サラの気付き──結婚はゴールではない
ジェームズの「家事はさせない」という言葉をきっかけに、サラはこの世界の家事・子育ての負担構造を思い起こした。便利な家電も保育施設も無く、家事は女性の仕事と見なされ、一日の大半を費やしている現状を整理し、結婚や出産が女性の社会参加を大きく制限していると分析した。寡婦や年配女性の就労機会は限られ、子を預ける行為に対する偏見も強いことから、女性が自立しにくい構造が続いていると理解したサラは、「結婚は人生のゴールではない。その先に長い現実が続く」という認識を心に刻み、女性の雇用創出と家事負担の軽減が人手不足解消にもつながると結論づけた。ただし、これはすぐに解決できる問題ではなく、後にじっくり取り組むべき課題として記憶することにした。
人手不足と技術の秘匿・公開を巡る議論
話題は再びエルマブランデーに戻り、サラは文官・職人・農夫・大工・鉱夫など、多方面で人手不足が深刻化していることを指摘した。エルマブランデーの増産には蒸留釜を作る鍛冶師、樽職人、木工職人、ガラス職人、鉱夫、エルマ農園主などの技能が不可欠であり、製造工程をどこまで公開するかが問題となった。サラは、技術を秘匿すれば領の独占利益は大きくなる一方、粗悪な模倣品が出回れば「エルマブランデー」全体の評判が損なわれると懸念した。侯爵は小麦の等級管理を例に出し、信頼とブランド価値の重要性を語り、高品質生産者の育成と評判維持の難しさを共有した。文官不足については、新卒だけでなく退職文官など経験者の中途採用も検討すべきだというサラの提案が受け入れられ、「即戦力」という概念が持ち込まれた結果、八歳の令嬢やガヴァネスに執務を押し付ける現状を自虐的に反省する流れとなった。
職人街周辺の女性たちの実態
シンディは、領都外れの工房周辺に、寡婦や一人暮らしの貧しい女性が多く住んでいる実情を語った。そこはアクラ川支流に近く、多様な工房が集中するため、炊事や洗濯などの下働きで生計を立てる女性が集まっている一方、職場の過酷さから身体を壊して解雇される者も多いと説明した。さらに、職場で暴力や性的な被害を受ける女性も存在し、怪我や心の傷で働けなくなりながらも、子供を養うために訴え出ることさえ躊躇せざるを得ない状況を明かした。サラはこれを聞いて激昂し、グランチェスター領の法が本当に彼女たちを守っているのかを侯爵に問い質した。
既存法の問題点とサラの糾弾
侯爵は、暴力行為に対して賠償金と加害者への苦役を定めた領法の存在を説明し、領の巡回兵による調査と処罰の仕組みを示した。しかし賠償額が「被害世帯の年収と同額」であると聞いたサラは、貧しい女性世帯の再出発にはあまりにも少額であり、法が貴族や富裕層だけを想定しているのではないかと指摘した。シンディも、あの程度の賠償では生活再建に足りず、被害を受けながらも訴え出ない女性が多いと証言した。これを受けてサラは涙を流しつつも、知ってしまった以上、領主として善処しなければならないと訴え、侯爵も自らの不十分さを認めた。
領法改正と性的暴力への厳罰化
その後、この年の領法改正により、暴力に対する損害賠償金には下限額が設けられ、特に性的暴力への罰則が大幅に強化された。加害者の氏名と職業は公表され、額・頬・首筋などの目立つ部位に、性的暴力の加害者であることを示す焼き印が押されることとなった。焼き印は火属性魔法で刻まれ、治癒魔法で消そうとすると即座に領へ通知される仕組みが施された。サラは異世界らしい容赦のない制裁に恐怖を覚えつつも、被害者の尊厳を踏みにじった加害者に同情することはなく、弱者を守るための現実的な措置として受け止めた。こうして、結婚や家族の物語から出発した遊戯室の談笑は、労働と暴力、法と権利というより重いテーマへとつながり、「結婚は人生のゴールではなく、その後の生活と労働環境こそが守られるべき」というサラの認識を確かなものにした。
レベッカの野望
元貴族女性たちと就労の厳しさ
シンディの説明により、サラは工房周辺に、夫を亡くしたり離縁されたり、実家没落などで頼るべき家族を失った元貴族女性やメイド経験者が多数暮らしている実態を知った。彼女たちは下働きとして働く者もいれば、病気や怪我、暴力被害で仕事を失い困窮している者もいた。シンディに読み書きを教えた元男爵令嬢も、離縁と実家からの追放で一人になり、内職と子どもの教育で生計を立てているが、その教え子からはアカデミー進学者も出ていた。
サラの発想とレベッカの「教育機関」案
サラは、元男爵令嬢の教え子たちを「執務メイドのように働ける人材」として育成し、自商会や関連部署で雇用する構想を示した。読み書きと計算ができる女性に簿記や執務補助を教え、適性に応じて配属する案である。これに対しレベッカは、サラの主張を肯定しつつ、女子教育を中心とした小規模な教育機関、すなわち執務メイドや事務職の育成を目的とする「学校」を作る構想を明かした。自身が学べなかった経験と、十年前に得た賠償金を資金として投入する意向も示し、それを「夢」として語った。
公立か私立か、女子教育の位置付け
侯爵とロバートは、領の公立学校として整備する案を示したが、サラとレベッカは反対した。公立とする場合、男子中心の高等教育機関になる可能性が高く、女子教育に対する社会的抵抗も大きいと判断したためである。そのため、まずは商会が運営する私塾的な小規模校として試行し、女子を中心に実務教育を行う形が現実的と結論づけた。新しい簿記教育や執務メイドの育成に文官たちも強い関心を示したが、サラは「卒業生の就職先は本人の選択に委ねるべき」と釘を刺し、需要過多な状況が女性たちの待遇改善につながると指摘した。
執務メイドの法的扱いと待遇改善
議論の中で、執務メイドが「グランチェスター家の使用人」であり、文官は「領が雇用する公的職員」であるという所属の違いが改めて確認された。文官が当然のように執務メイドの労働力を当てにしている現状は、本来、領主家の私的財産を無断使用しているのと同義であるとサラは指摘した。これを受け、執務メイドを「領の下級文官」として位置付け直し、グランチェスター家から領への出向扱いとし、その対価として「給与負担金」を支払う案が採用されることになった。この仕組みにより執務メイドの待遇は文官クラスへ引き上げられ、連動して他の使用人の待遇見直しも行われた結果、他領からもグランチェスター領で働きたい人材が増えていく土台が整えられた。
乙女の塔と女性人材の新たな受け皿
サラは、乙女の塔が既に自分個人の所有物であることから、これまで城のメイドに頼っていた清掃・管理を、今後は専属使用人として自ら雇用すべきと判断した。シンディの恩師を初等教育の教師として迎え、その集落から希望者を塔や商会で雇う構想を示し、レベッカには現地訪問と面談への同行を依頼した。また、女性だけで訪問する方が安心されやすいことから、ソフィアを中心とした女性陣による聞き取りを計画した。
女性の新しい道を開く「同志」たち
最終的に、サラは女性の就労・教育の拡充と、公正な待遇・法的保護の強化を長期的な課題として明確に意識した。レベッカは女子教育の「夢」を現実の計画へと進め、シンディは職人としての立場から協力を約束した。三人は身分や年齢の違いを超え、女性が男性に依存せず生きていける道を模索する同志として結びつくことになった。動揺と緊張の続いた一日を経て、シンディは心からの笑顔を見せ、その笑みが新しい時代の予兆であるかのように場を明るくしていた。
明日を夢見て今日は寝る
就寝前の安堵とマリアの決意
宴席から自室へ戻ったサラは一人になって安堵し、湯浴み後にベッドへ飛び込んだ。付き添うマリアは、自分は執務メイドよりもサラの侍女になりたいと告げた。グランチェスター家では能力本位で平民出身でも侍女教育を受けられるが、王都の小侯爵一家では身分重視へ傾き、この伝統が失われつつあることに触れ、人材育成の難しさをサラは思案していた。
王都小侯爵家の浪費と貴族社会の価値観
忍びの通路から現れたセドリックと妖精リックは、小侯爵家で狩猟大会用に高級馬車七百ダラスと宝飾品五百ダラスが新たに購入されていた事実を報告した。王都の多くの貴族は「働いて稼ぐ」行為を卑しみ、領地経営や事業に積極的でなく、商売での収入も表向きは隠す体面重視の価値観を持つと説明される。政治や金の話を公にできない貴族女性として、サラは自分が社交界に不向きだと自嘲した。
狩猟大会の準備とサラの現実逃避
レベッカは光属性の治癒魔法を使える「聖女」として社交界で知られ、ロバートとの婚約公表と狩猟大会によって、その娘であるサラも強い注目を集めると知らされる。既にサラの社交界プレデビュー用の衣装が大量に仕立てられ、従姉妹クロエも並び立つために散財していると聞かされ、サラは自らも浪費の一因であると頭を抱えた。最後に彼女は「明日は素敵な人と会える」と自分に言い聞かせ、現実からそっと目をそらして眠りにつく。
ソフィアの正体と領都の外れの集落への招待
ソフィアの正体の開示と「社会勉強」の提案
翌朝サラは、女性たちの集落訪問の段取りをシンディと取り付けたうえで、ジェフリー邸で今後の予定を協議した。狩猟大会・商会手続き・教育施設構想に時間を割くため授業時間を減らすと告げると、トマスはそれを社会勉強と位置付け、スコットとブレイズの同行を提案した。ジェフリーも息子たちに「騎士にこだわらず自分の道を探せ」と促し、同行を願い出たことで、サラはソフィアの正体を明かす決意に至った。
変身したサラとブレイズの受容
人払いの後、サラは衝立の陰でミケの能力を使い、成長した姿の「ソフィア」へと変身した状態で皆の前に現れた。サラとソフィアが同一人物であると知り、スコットとトマスは驚きつつも事情を理解する。一方、命の恩人と慕ってきたソフィアがサラ本人だと知ったブレイズは沈黙したが、やがて自分は無意識に二人を重ねていたと明かし、感謝と敬愛を述べてサラの手に口づけした。これにより、彼が今後の最強の恋愛ライバルになると周囲は悟った。
女性たちの集落訪問とフランの決意
昼食後、成長姿のソフィアとレベッカは、女性が多く暮らす集落へ馬で向かった。女性中心の場に突然男手を入れるのを避けるため、男性陣は今回は待機とされた。集落奥のコーデリア宅を訪ねると、警戒役としてフランが対応し、客がレベッカであることを確認してから師を呼びに行く段取りを説明した。フランは、以前の武器工房を離れた経緯と、天才鍛冶師テレサへの想いを語り、結婚後も彼女の才能を活かすため家事は集落の女性たちに有償で依頼するつもりだと述べた。この姿勢は、女性の就労と家事外注を結び付けようとするサラの発想とも響き合い、ソフィアとしての初訪問は上々の手応えとなった。
コーデリアへの提案
コーデリアとの初対面と人材確保の事情説明
ソフィアとレベッカは、集落で子どもたちに読み書きを教えるコーデリアと対面し、貴婦人としての品格を備えた人物であることを確認した。ソフィアは自らが新たな商会を立ち上げたこと、その商会の雑務や将来の実務を担う人材として、既存の商家に紐づかない教え子を紹介してほしいと依頼した。横領問題に絡み他商会との癒着を避けたい事情を率直に示し、読み書きと計算を備えた若い女性を商会側で職業訓練する方針を伝えたのである。
女子教育機関構想と学費・給食制度の提案
続いてレベッカは、女子にも高等教育を開く私塾的な学校を設立したいという長年の願いを語り、新帳簿の付け方やグランチェスター式書類作成、執務メイド相当の技能やマナーを教える教育機関構想を説明した。学費負担を懸念するコーデリアに対し、ソフィアは初等教育は無料、高等教育は成績優秀者に授業料免除を与える仕組みを提案し、さらに昼食を無料提供することで貧しい家庭にも通学の動機を与える案を示した。レベッカはこれに料理人見習い育成を組み合わせる案を重ね、給食と職業訓練を両立させる構想へと発展させた。
教師としての招聘とコーデリアの条件
ソフィアはコーデリアに、初等教育の主担当教師として新設校で教鞭を執ってほしいと正式に依頼した。コーデリアは、ここで育てている教え子たちもまとめて入学させ、引き続き面倒を見られることを条件として提示し、特にアカデミー進学を目指せるほど優秀な子どもについて、高等教育と新帳簿の知識を学ばせたいと望んだ。ソフィアは、その知識は将来グランチェスター領の文官を目指す者に有用であると保証し、コーデリアもその意義に強く納得した。これにより、商会の人材確保と女子教育機関の中核として、コーデリアが協力する道筋が固まったのである。
集落の女性たち
集落の女性への内職依頼と教育構想の共有
ソフィアはコーデリアに対し、狩猟大会向けのサシェや巾着を大量に内職として依頼したいと申し出た。貴婦人向け商品としてレースや刺繍を施した華やかなデザインを想定し、美容用ハーブティや精油なども合わせて展開する方針を示したのである。コーデリアは「打てば響く」理解力を見せ、女性たちを直接集めて話を聞かせる場を設けることにした。
横領事件で取り残された女性たちと雇用・託児の議論
集められた女性の中には、レベッカの元専属メイドであり、横領事件で夫に捨てられたキャサリンらがいた。彼女の証言から、同様に夫や父に置き去りにされた女性・子供が多数存在する実態が明らかになる。ソフィアはサシェ内職の継続発注に加え、乙女の塔で働く掃除・洗濯・料理要員の募集を提案し、男性が怖い女性や子持ちの女性についても、無理をさせず配慮しながら雇う方針を示した。ただし研究施設の危険性から、子連れ就労や託児の在り方については慎重に検討する必要があると結論づけている。
職人情報の収集と公正な取引先選定
ヘレンたちとの対話を通じて、近隣に織物・染色・木工・金属加工など多様な工房が集まっていること、評判の良い職人や逆に女性に酷い扱いをした職人の情報が共有された。ソフィアは女性職人姉妹の布を優先的に仕入れる意向を示し、デザインに優れた子ども(少年)に試作品と指導を任せる可能性も検討する。ただし「徹夜禁止」「健康最優先」を条件に掲げ、質を保った持続的な生産体制を志向している。
ガラス工房との連携強化とシンディの職人継続問題
その後ソフィアとレベッカは、シンディの家族が営むティム工房を訪問し、エルマブランデー用の分厚い酒瓶と王家献上用の飾り瓶のデザイン・価格・納期を詰めた。珪砂を有料化せざるを得ない事情から、商家との価格交渉や専属契約の見直し、さらには職人ギルドの必要性にも思いを巡らせる。一方で、会計官として出世したジェームズの妻となるシンディは、職人を続けるべきか悩んでいた。父マットはシンディのガラス工芸の才能を高く評価し、文官の妻になるために才能を捨てることに反対の立場である。レベッカとソフィアも「ジェームズは職人シンディを望んでいるはず」と説き、本人にきちんと話し合うよう促しつつ、ソフィアは商会の戦力としても彼女に職人を続けてほしいと願っていた。
商業ギルド
ソフィア商会本店の確認
ソフィアとレベッカは領都中心部に到着し、侯爵が用意した「ソフィア商会」の本店を視察した。建物は大商会級の石造りで内装も整い、一階は富裕層向けの格式高い店舗、二階は執務室や空き部屋という構成であった。既に建物管理用の使用人も雇われており、ソフィアは運営開始を急ぐ必要性と、アメリアの商品用に庶民にも入りやすい別店舗を用意すべきだと考えた。
商業ギルドへの単独訪問
本店視察後、ソフィアはレベッカと別れ、馬車で商業ギルドへ向かった。グランチェスター家色を薄めるためレベッカは同行せず、ソフィアは男装からドレス姿に着替え、化粧も整えて「油断させる」外見で臨んだ。商会長が徒歩や騎乗で現れるのは威厳に欠けるという侯爵の意向もあり、護衛付きの馬車で堂々と乗り付けたが、その美貌ゆえ受付ホールで強烈に目立ち、多くの者の視線を集めてしまった。
ギルド長との面談と加入承認
応接室ではギルド長コジモとその部下二名が待ち受けていた。申請書類自体に不備はなく、ギルド側はソフィアと商会の実態を直接確認したかったと説明した。ソフィアは、ハーブティやエルマ酒、サシェなどを主力商品とする方針を淡々と語り、王都からグランチェスター領に移った理由を「恩義ある知人を頼ったため」とだけ明かした。コジモたちは、領主一族が何らかの形で関わると察しつつも、その容姿から「愛人や庶子」といった安易な推測に傾き、深追いは避けた結果、ソフィア商会のギルド加入は問題なく承認された。
言い知れない不安ーSIDE コジモー
コジモの違和感と警戒
商業ギルド長コジモは、豪奢な応接室と服装でソフィアを迎え、背後にいる貴族の素性を探ろうとした。ロバート卿や侯爵家の妾・庶子説まで思考を巡らせるが、ソフィアの清廉な雰囲気は既存の妾像と一致せず判断に迷う結果となった。深入りすれば後ろ盾の貴族の機嫌を損ねかねないと悟り、加入申請に署名する。しかし微笑むソフィアから猫科の猛獣を思わせる気配を感じ取り、己の直感に言い知れぬ不安を覚えるに至った。
護衛は視た―SIDE ダニエルー
ダニエルの驚愕と就職
元騎士団員ダニエルは護衛対象のソフィアの美貌と気品に圧倒されつつ、商業ギルド内で向けられる好奇と不埒な視線を強面で牽制し続けた。ギルド長の無礼な物言いに殺気を漏らしかけたことも、ソフィアには魔力の揺らぎとして見抜かれており、その洞察力に舌を巻く結果となった。帰路では猪を無詠唱魔法で仕留める戦闘力と、淑女らしからぬ実務能力を目の当たりにし、護衛の必要性に疑問すら抱く。一方でジェフリー家の温かな受け入れにより、ダニエルはソフィア専属護衛として長期雇用が決まり、胸の高鳴りと共に自らの心臓の持久力を密かに案じることになった。
騎士の在り様
騎士の誓いと「在り様」
ソフィアとしてジェフリー邸に戻ったサラは、商業ギルドからの帰還報告と共に護衛ダニエルの働きを称えた。ダニエルは、猪を無詠唱魔法で先に仕留めたソフィアを見て「本当に護衛が必要なのか」と戸惑いを示したが、ジェフリーは「騎士とは肩書ではなく心の在り様だ」と諭し、主君への忠誠・弱き者への慈愛・武勇は誰かを守るためにこそあると説いた。その上で、ソフィアには「ただの護衛ではなく、忠誠を誓う騎士が要る」と宣言し、ダニエルに主従の誓いを促した。ダニエルは自ら膝をつき、剣を肩に受けてソフィアへの生涯の忠誠を誓い、ソフィアもそれを正式に受け入れた。
ジェフリー親子の葛藤とダニエルの本心
突発的な主従の誓いに対し、スコットとブレイズは「人となりも知らぬ相手に誓わせるのはおかしい」「ソフィアは護衛が要るほど弱くない」と反発したが、ジェフリーは「騎士の誇りを傷つける戯言」と一喝し、二人にダニエルへの謝罪を命じた。応接室に移動した後、サラは正体を明かし、ソフィアとサラが同一人物であることをダニエルに示す。ダニエルは驚愕しつつも、「姿形がどうであれ忠誠は変わらない」と再確認した。さらに彼は、ソフィアへの一目惚れに近い恋慕を認めつつも、それ以上に「騎士として仕えたい」という願いが強いことを告白する。領主と対立し得る立場であるソフィアの意思を守りたいという動機から、退団後に改めて「誰を主君と仰ぐべきか」を自問し、その結論として主従の誓いを選んだことも明かした。
治癒魔法による再生と実戦での確認
ソフィアは正式雇用を見据え、ダニエルの負傷の内容を確認する。彼はサーベルベアの爪で肺を損傷し、長時間戦闘が難しいため騎士団を退団した経緯を説明した。サラは「護衛に支障がない」と強調するダニエルに対し、光属性を帯びた高度な治癒魔法を施し、肺だけでなく大腿部や腕の古傷まで含めて修復する。体内外に無数の光が流れ込んだ結果、ダニエルは長年続いた息苦しさから解放され、完全な健康を取り戻したことを自覚した。ジェフリーは「そんな技があるなら先に言え」と嘆きつつも、既にダニエルが新たな主君を得たことを認めるしかなかった。
稽古とそれぞれの決意
サラはソフィアの姿に戻り、双剣を手にダニエルと模擬戦を行う。勝利こそ逃したものの、元一流騎士を驚かせるほどの立ち回りを見せ、その実力を証明した。この様子を見ていたスコットとブレイズは、自分たちでは勝てない可能性を認め、勉強・剣術・魔法のすべてで鍛錬を積む必要性を痛感する。日暮れまで稽古に付き合ったサラは、夕食中に舟をこぎ始めるほど疲労し、その夜に訪れたセドリックの報告にも気付かず熟睡した。セドリックは「明日まとめて報告しよう」と告げて退室し、こうしてサラのもとには「文のトマスと武のダニエル」と評される二人目の側近が正式に加わることとなった。
商会の開店準備
人員確保と本店一階のコンセプト
サラは開店準備の二週間のあいだに、商業ギルド経由で十名の従業員を雇い入れた。採用に際してはセドリックの調査を用い、他商会や商業ギルド幹部と露骨に紐付いた志望者を排除し、全員に魔法による機密保持契約を結ばせていた。本店一階は、半分をハーブティやエルマ酒の試飲ができるカフェスペース、もう半分を商品展示スペースとし、常に「音のなる箱」から音楽が流れる店づくりが進められた。この箱は受注生産品として販売され、装飾や詰め合わせにも対応する計画であった。
エルマブランデー製造体制の構築
エルマブランデーのために、侯爵は没落商家の煉瓦倉庫を私財で買い取り、ソフィア商会名義の新蒸留所としてサラに譲渡した。フランは仲間の鍛冶職人と共に、乙女の塔と同仕様の蒸留釜を二基、短期間で製作・設置していた。一部の素材はサラの土属性魔法で補われ、テレサとアリシアもその実証に関心を示していた。塔から移設した蒸留釜とテオフラストス門下の錬金術師により、フラン兄嫁のエルマ酒を原料とした蒸留が行われ、品質がトニア製と遜色ないと判明すると、サラは兄嫁のエルマ酒を全量買い上げた。狩猟大会向けには小振りのオーク樽で早期熟成を図りつつ、本来の酒造りへの敬意と「ミケによる即席熟成」への後ろめたさを胸の内に抱えていた。
ハーブティ・サシェ・化粧品と女性たちの雇用
ハーブティ販売用の茶箱は木工職人を抱える商家経由で大量発注され、小振りでプレゼントにも適した杉板+ブリキ仕様とされた。底には商会の焼き印が押され、女性たちの集落で作られた巾着に入れて、レベッカ主催の女性限定お茶会で爵位に関係なく一律配布する方針が決められていた。一方で、秘密の花園由来の精油・アロマキャンドル・ハンドクリームなどは、公爵家・侯爵家に重点提供し、他には試供のみとする在庫配分が採られていた。サシェや巾着は女性たちの横のつながりによる内職網で量産され、そのデザインは十歳の少年が担当し、高品質な仕上がりからデザイナー契約が打診されていた。アロマキャンドルは薬師ギルド経由で技術を伝え、女性たちの集落や修道院の子供、老人や負傷者を積極的に雇用する形で生産が行われた。ハンドクリームはアメリアが品質最優先で手作業製造し、城のメイドたちから絶賛を受けていた。
養蜂・蜜蝋・蜂蜜と将来構想
秘密の花園で採れる蜜蝋は品質が高く、化粧品用に限定使用され、アロマキャンドルには他商会から購入した蜜蝋が使われた。蜂蜜は現時点では勉強の合間のおやつとして温存され、特にブレイズの喜ぶ顔が優先されていた。ハーラン農園も養蜂に関心を示しており、将来的にはエルマの花の蜂蜜生産も視野に入れられていた。妖精を介して蜜蜂に直接依頼できる可能性もあり、来年以降の展開として期待されていた。
書籍部と印刷・製本工房への投資
本店二階には貴族向け応接室のほかに「書籍部」が設けられ、ハーブティのカタログや楽譜、教科書、小麦収穫予測の論文、ロバートの恋愛小説など、多様な書籍が並ぶ構想が進んでいた。過激描写を含むロバート作品は奥の続き部屋に隔離され、長編三シリーズと多数の短編集に加え、未刊原稿もソフィア商会が押さえていた。印刷工房は、黒い噂のある商会と不本意な専属契約を結ばされていたが、サラはソフィアとして介入し、契約問題を解決すると同時に活字・紙・装丁資材に大規模投資を行い、職人たちに納得できる報酬と環境を与えた。装丁を担う工房主の妻にも、要求通りの多様な素材を支給して自由に腕を振るわせた。
廉価版教科書と活字工房の選別
サラは「初版にはコストを掛けるが、二刷以降は廉価版化する」という方針を示し、書籍の大衆化と識字率向上を目標に据えていた。最初に廉価版として出版されたのは「読み書き」「計算」および「複式簿記の基礎」の教科書であり、乙女の塔の蔵書をベースにトマスが編集・加筆を行い、難易度別に分冊された。ロバート紹介の印刷工房では処理しきれない原稿量となったため、師匠ほどこだわりの強くない弟子の工房に教科書印刷を任せた。また、活字工房には倍額報酬を提示したにもかかわらず門前払いされたため、その工房が不当な低賃金で発注しようとしていた別工房に直接、適正価格で依頼することで職人保護を優先した。楽譜用活字と組版に対応できる稀少職人も教科書工房側に確保し、出版体制を整えていた。
ソフィア商会の噂と資金力の示威
革・紙・インク・活字の大量購入や印刷ラッシュにより、商業ギルドを通じてソフィアの背後を探る動きが活発になったが、ジェフリー邸への出入り以外の手がかりは得られず、ついには「ジェフリーの婚約者ではないか」という噂まで広がった。決済面では手形を受けない商家もあったが、サラは護衛を引き連れ商業ギルドの会議室で現金を積み上げ、また本店に手形を持ち込んだ先にも即時現金払いを行うことで、「ソフィア商会本店には莫大な現金がある」という印象を与えた。その結果、夜間には盗賊や破落戸が相次いで本店を狙うようになったが、サラは現金と重要書類を空間収納に保管しており、実害は皆無であった。
護衛ゴーレムと抑止効果
本店防衛のためにサラは身長二メートルほどの人型ゴーレムを五体配置し、「商会人員として登録されない者=客」と認識させるプログラムを施した。営業時間中は立ち入り禁止区域に踏み込んだ者を正面玄関へ案内し、営業時間外は録音機能付き音声で退去を促し、それでも従わぬ場合は優しく屋外へ運び出す挙動になっていた。攻撃を受けた際には一度だけ警告を発し、その後も攻撃を続ける者には電撃付き警棒で戦闘不能にし、致命傷を避けて捕縛する仕様であった。さらに、窃盗犯を捕らえたゴーレムは、埴輪型ゴーレム時代の名残からか、捕縛者の周りを回りながらドジョウ掬い風の踊りを延々と披露し、心理的ダメージを与える副次効果まで生んでいた。盗難被害はゼロで、懸賞金付き指名手配犯まで捕らえた実績から、ゴーレム販売を求められたがサラは断固として拒否していた。
スパイ排除とコジモの戦慄
商業ギルド長コジモはソフィア商会へのスパイ送り込みを試みたが、自分の関係者がことごとく不採用となったことから、自身の工作が完全に看破されていると悟り、戦慄していた。夜間に工作員を侵入させる案も、ゴーレムに捕らえられた盗賊たちの末路を見て撤回せざるを得なかった。このようにして、ソフィア商会は周囲の警戒と興味を一身に集めつつも、順調に開店準備を整えていったのである。
シードルの泡
シードル製造計画とトニアへの開示
サラはソフィア商会の主力商品の一つとして、エルマ酒を用いたシードル造りに着手することにした。最初の百本だけはミケの力で即席生産する方針であったが、その製造工程はフランの母トニアに開示し、将来的にハーラン農園側で人力による製造と技術継承が行える体制を整える意図があった。そのためトニアには機密保持契約を課さず、自由に他者に製法を教えてよいと伝えていた。サラとトニアは共に騎士爵の娘として育ち、親亡き後に自力で立つ道を選んだという共通点を持ち、初対面ながらすぐに通じ合う関係となった。
酒蔵の規模と瓶内二次発酵の仕込み
ハーラン農園の酒蔵は煉瓦造りの大きな建屋が三棟並ぶ本格的な規模であり、内部には芳醇な香りが満ちていた。その一角に、シードル用の作業スペースとピュピートルと呼ばれる動瓶用ラックが設置されていた。サラはミケに任せる前提で工程を説明しつつ、トニアに樽ごとの味の違いを踏まえたエルマ酒の選定とブレンドを委ねた。煮沸消毒した瓶にエルマ酒を注ぎ、酵母と蔗糖を混ぜた液を加えて栓をすることで、瓶内二次発酵の仕込みが進められた。この物理作業はフラン、トニア、護衛のダニエルが担当し、とりわけダニエルが栓打ちの腕前を発揮した。
妖精ミケによる発酵・熟成加速とサラの魔力消耗
本来なら一年半から三年を要する発酵・熟成工程について、今回は狩猟大会に間に合わせるため、サラはミケに妖精魔法で時間を進めさせた。ミケが瓶の上を飛び回りながら発酵と熟成を進める光景は、トニアやフランにとって極めて衝撃的であり、言葉を失うほどのインパクトを持っていた。一方でサラは、自身の魔力が勢いよく吸い上げられていく感覚を覚え、肩の重さや献血後のような脱力感に襲われていった。百本分の工程を終える頃には顔色が悪化し、トニアやダニエルに心配されるほど魔力を消耗していたが、サラ自身は魔力枯渇には至っておらず、休息すれば回復可能と判断して作業を継続した。
ルミアージュとトニア親子の属性魔法
続いて瓶内の澱を瓶口側に集めるためのルミアージュ工程に移ると、サラはピュピートルを用いて、八日かけて一回転するペースで瓶を回転させ、徐々に瓶を下向きにしていく手順を説明した。この作業はフラン、トニア、ダニエルが分担し、ミケは引き続き魔力供給を受けながら補助した結果、サラの消耗はさらに進んだ。澱引きの段階でサラは、瓶口を凍結させて澱を抜く方法を提案しつつ、魔法負担に悩んだが、トニアが水属性の魔法を使えると判明し、凍結工程を引き受けた。さらにフランも火属性持ちであることが明かされ、ハーラン家が貴族ではないものの、生活に根差した魔法運用に長けた家系であることが示された。サラは瓶内の圧力や澱飛び出しの危険性、減った分の補填と量の調整、仮栓の必要性など、実務的な注意点を細かく指示し、トニアが凍結、三人が澱引きと再栓を進める体制が整えられた。
初めてのシードル試飲とその評価
一連の工程を終えたのち、サラは自分自身は未成年のためシードルを飲めないとしながら、一本を魔法で冷やしてフラン、トニア、ダニエルに手渡した。トニアはサラ向けにエルマジュースを同じグラスで用意し、四人とミケで「初めてのシードル」に乾杯した。シードルを口に含んだ三人と妖精は、立ち上る炭酸の刺激に一斉に咳き込み、サラは味の問題ではないかと慌てたが、彼らはすぐに「シュワシュワした感覚に驚いただけ」であると説明した。甘味を想像していたフランとトニアは、意外に引き締まった味わいに感心し、ミケは大いに気に入って絶賛した。ダニエルも、仕事後の身体に染みる酒として高く評価し、クセになりそうな美味しさであると述べた。
シードル事業の将来性と当面の方針
サラが商会の商品ラインナップとしての販売可能性を問うと、トニアは「売れるとは思うが、手間がかかり過ぎて安酒にはなり得ない」と分析した。サラはエルマブランデー同様、シードルも高価格帯商品として扱う意向を示し、トニアは熟成やブレンド、工程の安定化には時間が必要であり、人力のみでの製造法が確立するまで製造方法の一般公開は控えるべきだと進言した。サラも今回の工程は狩猟大会に合わせた特例であり、本来なら冬場に少しずつ澱引きを行うべき作業と理解し、トニアに無理のないペースで知見と体制を整えるよう任せることにした。ただし、このシードルが後の狩猟大会で大人気となり、関係者が悲鳴を上げながら増産に追われる未来については、サラはまだ知る由もなかった。
第一回教科書策定会議
レベッカの結婚準備と新居の用意
サラが商会の開店準備に追われていた裏で、レベッカも婚約関連の事務に巻き込まれていた。グランチェスター家とオルソン家は驚くほど手際よく動き、レベッカ本人は提示された案から好みのものを選ぶだけで済む状況になっていた。ウェディングドレスも、母と姉が事前に用意したデザインが完璧であったため、ほとんど口を挟めなかった。新居には、かつて王太子妃となった先々代侯爵令嬢のために建てられた別邸が充てられ、夏頃から既に修繕や庭の手入れが進められていた。内装や家具はレベッカの趣味が強く反映された仕上がりであり、周囲が以前から結婚を既定路線として準備していたことがうかがえた。一方で、夫婦の寝室やロバートの執務室など一部は未完成であり、「夫婦で決めろ」という意図が見て取れた。
乙女の塔での再会と少年たちの成長
別邸の確認を終えたレベッカは、乙女の塔を訪れてトマスの授業の様子を見に行った。休憩時間中のスコットとブレイズは、蜂蜜たっぷりのパンケーキを楽しんでおり、ブレイズはかつての飢えた風貌から一変して健康的な美少年へ成長していた。スコットも背が伸びてレベッカの身長を超え、近く変声期を迎えそうな年頃になっていた。トマスは、スコットが翌年のアカデミー入学試験に十分合格可能なレベルに達していること、ブレイズも数学に関しては高等教育レベルに到達していることを説明した。一方で、ブレイズの読み書きについては、アカデミー入学にはなお基礎固めが必要であると分析した。
コーデリアの言語教育論とブレイズの背景
そこに合流したコーデリアは、乙女の塔の図書館と秘密の花園に感嘆しつつ、ブレイズの発話からアヴァロン語以外の単語やイントネーションを聞き取り、彼がロイセンとアヴァロンの国境付近で育ったと推測した。ロイセン語とアヴァロン語は近いが別言語であり、子供が両方を耳で覚えると文法が曖昧になり、読み書き習得が遅れるケースがあると指摘した上で、文語と口語の差異を含めた文法の基礎学習を勧めた。また、頭の良い子ほどいきなり文章を書けてしまうため、周囲が基礎の穴に気付きにくいという教育上の落とし穴も説明し、トマスに対して「基礎の再確認」の重要性を説いた。
レベッカの劣等感とコーデリアの励まし
レベッカは、コーデリアの見識と経験の広さを前に、自身がアカデミー教育を受けていないことを内心で引け目として意識した。これまで自分の能力不足を「女性だから学ぶ機会がなかった」という理由で正当化してきたことに気付き、王妃直々のお妃教育を受けたという自負も、どこか思い上がりだったのではないかと省みた。そうした心の揺れを見抜いたコーデリアは、レベッカの表情の変化を指摘しつつ、二十年以上子供を教えてきた自らの経験から、「一人で全ての分野を担う必要はなく、不足を感じる部分は他者の力を借りれば良い」と諭した。そして、王妃が自ら教育した淑女としてのレベッカの能力を高く評価し、自信を持って教え子を導くよう励ました。
サラへの評価と年齢による衝撃
会話が進む中で、乙女たちはソフィア商会と教育施設構想の中心人物としてサラを挙げ、乙女の塔の所有者であり、乙女たちのパトロンであることをコーデリアに説明した。ハーブティ商品の指示から剣技と魔法の腕前に至るまで、サラへの絶賛が相次ぎ、コーデリアはその万能ぶりに驚愕した。さらに、狩猟大会後には新しい帳簿の講義をサラ自身が担当する予定であると聞かされ、当然「講義を受ける側」だと思い込んでいた彼女は混乱した。サラが八歳であるという事実を全員が当然のように肯定すると、コーデリアは完全に固まり、レベッカはソフィアの正体が周囲に知られるのも時間の問題であると悟った。
計算教科書原稿のボリュームと分冊案
本題の教科書会議では、トマスが編纂中の計算教科書原稿を提示した。元のアカデミー用の教本に、スコット向けに自作した初歩的解説を加えた結果、内容は初等レベルからアカデミー卒業相当までを網羅する巨大な原稿となっていた。トマスは家庭教師の合間に作業を進めたと語ったが、コーデリアはまず「睡眠不足は良い仕事の敵」というソフィアの持論を引用し、無理な働き方を戒めた。その上で、この教科書は難易度に応じて分冊し、初等教育用と高等教育用を分けるべきだと提案した。アリシアとアメリアも、一冊では価格も重量も過大になり、子供には扱いづらいと指摘し、分冊化の方針に賛同した。
図版導入の是非と印刷コストの問題
分冊化を前提に議論が進む中、アリシアは初級編に絵を取り入れる案を出した。エルマの絵を用いて「五つ買って二つ食べたら残りはいくつか」といった問題を示せば、数字に不慣れな子供にも直感的に理解させやすいと主張した。一方でアメリアは、植物図鑑の経験から、図版は紙面と印刷コストを大きく押し上げると懸念を示した。しかし、錬金術初級教本が図版の多用によって学習者層を厚くしたというアリシアの実例は説得力があり、最終的に「初級編のみ絵を多めに入れ、後半は文字中心とする」方向性が有力な案として浮上した。
アリシア=アリスト師の伝説と女子教育の広がり
トマスが冗談めかしてアリシアを「アリスト師」と呼ぶと、コーデリアはその異名に心当たりを示した。自分の教え子から、男装してアカデミーに入学したグランチェスター家の娘の話を聞いており、その人物こそアリシアだと確認したのである。コーデリアの私塾には女の子が多く通っており、女性が学べる場として特別な位置付けにあった。その教え子たちの間で、アリシアは「アカデミーで論戦を繰り広げた憧れの先輩」として語られており、今後乙女の塔で働きたいと願う少女たちが増えていくことが示唆された。アリシア本人はその評価に照れ続けるが、周囲は面白がって討論会の逸話を広めてしまうため、「アリスト師」の伝説化が進んでいく土壌が整いつつあった。
アメリアの教育機会への渇望と無償教育構想
一方でアメリアは、トマスの原稿を前に、自身の基礎教育の不足を痛感していた。貧しい家に育ち、子供時代の多くを薬草採りに費やした彼女は、薬師としての実力には自負を持ちながらも、体系的な学習を受けられなかったことへの未練を吐露した。トマスはそれを受けて、アメリアに授業への参加を勧め、その代わり自然科学分野での講義やテキスト作成を手伝ってほしいと提案した。レベッカが教育機関の設立目的として「多くの子供に学ぶ機会を与えること」を挙げると、アメリアは自らの経験から、貧しい子供たちにも門戸を開いてほしいと強く願い出る。コーデリアはこれに応え、既にソフィアから「初等教育の読み書きは無料」「優秀な子には高等教育の授業料免除」といった制度案が示されていることを明かし、自身の私塾の子供たちをそのまま受け皿に送り出すつもりであると語った。また、レベッカは昼食無料提供を計画しており、グランチェスター城の料理人見習いの育成と併せて、貧困層の子供を実質的に支援する仕組みとして位置付けていた。
会議の整理と今後の作業方針
会議の締めくくりとして、書記役のコーデリアが議論内容を整理した。主な論点は、計算教科書を難易度ごとに四〜五冊程度に分冊する案、初級編への図版導入案、そしてアカデミー範囲の内容は別書籍として扱う案の三点である。これらは全員が合理的と認めたが、印刷コストや販売価格に関わる事項であるため、最終判断はソフィアとの協議に委ねられることになった。レベッカはソフィアへの連絡役を引き受け、承認の見込みは高いものの、分冊数や具体的な内容範囲については意見を仰ぐ方針を示した。トマスは引き続き読み書き教科書の編纂を進めており、三日後には初稿を提示できると宣言した。こうして第一回教科書策定会議は、次回会合の日程と作業分担を確認した上で終了し、教育事業の具体化に向けた第一歩が踏み出されたのである。
教科書編纂とトマスの事情
複式簿記との出会いとトマスの衝撃
教科書策定会議の後、トマスはレベッカからサラ執筆の「複式簿記」教本原稿を受け取り、興味本位で読み始めた結果、その画期性に戦慄したのである。読み書きと基礎計算さえあれば、誰でも領や国の資産・損益を把握できる仕組みだと理解し、会計官という専門職の在り方さえ変えうると判断した。自らが、その複式簿記を使いこなす人材育成のための教科書を編纂できることに、トマスは強い高揚感を覚えたのである。
元・国税監査官としての経歴と失意の過去
トマスは元々、王都で国税監査を担う会計官として働いていた経歴を持つ人物であった。幼少期からの神童ぶりにより十歳でアカデミー入学、十三歳で卒業資格を得て経済学を研究し、十五歳で王宮文官となったが、その端正な容姿のせいで複数の令嬢から一方的な恋慕を受け、婚約破棄騒動と社交界の噂の渦中に巻き込まれた。結果として職場では腫れ物扱いとなり、重要案件から外され専門外部署への異動が決まり、将来を悲観して辞職に至ったのである。その事情を知る上司が責任を感じ、アカデミー時代の友人ジェフリーに託したことで、トマスはグランチェスター領へと流れ着いた。
乙女の塔での再生と教科書編纂の進展
グランチェスター領での生活はトマスにとって居心地が良く、何よりサラという「女神」のような少女と出会ったことが、女性不信だった彼の価値観を大きく変えた。サラを評価し、彼女に認められたい一心もあって教科書編纂に打ち込み、複式簿記教本を読み込んだ上で、国・領・貴族家・商家という用途ごとの勘定科目や監査項目について詳細な提案書を作成した。並行して計算と読み書きの教科書も再構成し、スコットには計算書の筆写、ブレイズには読み書き教本の筆写を手伝わせることで、子供たち自身の理解も深めていった。
スコットとブレイズの成長と「文字の競争」
メイドの「サラの字は驚くほど美しい」という一言がきっかけで、スコットとブレイズは毎晩の書き取りを日課とし、大人顔負けの達筆へと成長した。計算書を写したスコットは、公式や法則の背景を改めて理解することで、これまで苦手意識を持っていた数学への認識を一新した。読み書き教本を写したブレイズも、曖昧だった文法や表記の基礎が整い、自身の成長を実感しながら集中して作業に没頭したのである。
トマスの秘めた恋文とサラの勘違い
複式簿記への実務的提案書をまとめ終えたトマスは、同封する形で自らの想いを綴った私信をしたためた。そこには、自身の経歴を提供し著者名義として利用してもよいと申し出る一方、「どうか遠くへ飛び立たないでほしい」「いつか隣で翼を休めてほしい」と、婉曲ながら明確な求愛が記されていた。赤と茶の二重リボンと専用封蝋を用いたその手紙は、この世界の作法では本気の恋文を意味していたが、十八歳の精神を持つとはいえ八歳のサラは、そうした象徴的意味を教わっておらず、文面も「貴族的表現の忠告」としか受け取らなかった。サラはそれを、複式簿記の危険性と自身の身の振り方を案じた忠告書と解釈し、内容をラブレターと認識しないまま木箱に仕舞い、提案書だけを材料としてトマスと議論を重ねていく。こうして複式簿記教本は、サラとトマス、さらに元商家の嫁であるコーデリアの知見も加わって磨き上げられ、正式な教科書として世に出される準備が整えられていったのである。
二人はニアとリア
親友ニアとリアの再会と教育施設の話
トニアはコーデリアの元を訪れ、新しい教育施設と教科書作りの話を聞き、彼女の長年の夢が叶いつつあることを喜んだのである。二人はレベッカとロバートの婚約話や、幼少期にグランチェスター家の子供たちがエルマを盗み食いしていた思い出を語り合い、侯爵夫人が平等に子供のお尻を叩く厳しさと懐の深さを振り返った。トニアはコーデリアの私塾が新しい教育施設へ発展していくことを心から応援しており、商会運営の形で始めるというサラの現実的な判断にも感心していたのである。
トニアの過去とエルマ農園経営への道
トニアは男爵家出身の父と騎士爵の家系を持つ母から生まれ、比較的裕福な家庭で育った女性であった。やがて伯爵家三男との婚約が決まるが、社交界で「騎士爵の娘」は曖昧な立場であり、正式なデビュタントにもなれず、舞踏会でも誰からも注目されない存在として扱われた。さらに婚約の条件として、父が婚約者の社交費を負担していた事実を知り、相手が自分ではなく財産を目当てにしていると悟るに至った。コーデリアの冷静な指摘もあり、トニアはこの婚約を解消し、その直後に父を病で失ったのである。
父の遺産整理の中で、トニアはグランチェスター領のエルマ農園への投資に気付き、かつて父と旅をした際に食べたエルマの味を思い出した。これを機にトニアはグランチェスター領へ移住し、自ら農園経営を始める決断をした。最初は「美人ではない自分には財産目当ての男しか来ない」と考え独身を覚悟していたが、後に誠実な鍛冶職人から何度も花束と共に求婚を受け、財産を受け取らないという誓約書と帳簿まで示されたことで彼の真心を受け入れ、やがて夫婦となり二男一女を授かったのである。
コーデリアの過去と「教えること」への目覚め
コーデリアは領地を持たない男爵家の長女として生まれ、当初はそれなりの暮らしをしていたが、父の投資失敗により家計が急激に悪化した。節約のためガヴァネスが解雇され、兄と弟の家庭教師だけが残された結果、弟は「理解に少し時間がかかる子」と誤解されていた。コーデリアは弟のために授業ノートを取り、授業後に丁寧に教え直すことで弟の理解を助け、弟は勉強の面白さに目覚めて成績を伸ばしたのである。この成功体験が、コーデリアの「教えること」への志向を強める契機となった。
しかし兄がアカデミー入学に失敗したことで家庭教師は解雇され、家の経済事情もあってコーデリアは大きな商家に嫁ぐことになった。政略結婚であったが、義父母は親切で、コーデリアは商家の嫁として有能さを発揮し、有力貴族との繋がりや事業の段取りを支えた。ところが、仕事を先回りして整える能力の高さが夫の自尊心を逆撫でし、やがて夫は外に愛人を作って仕事もコーデリアを通さずに進めるようになった。赤字の事業を陰で補填してきたにもかかわらず、最終的に夫は愛人の妊娠を理由に離婚を迫り、コーデリアは慰謝料と引き換えに婚家を去ることになったのである。
女性たちの集落と私塾の誕生
両親を失い、兄からも冷遇されたコーデリアは、貧しい弟に頼り切ることを避けるべく、かつての親友トニアに助力を求めた。グランチェスター領のエルマ農園を経営していたトニアは、帳簿整理や交渉役として彼女を迎え入れつつも、まずはゆっくり休むよう勧めた。コーデリアがトニアの子供たちに絵本を読み聞かせるようになると、子供たちは文字に興味を示し、文字を覚えたがるようになっていった。
やがてコーデリアは、川近くの工房群と、そこに付属する女性たちの集落に足を運ぶようになる。そこでは、老いた木工職人が女性たちや子供たちに格安で住まいを貸し、木切れで玩具を作って子供を見守っていた。老人は雨を理由に離れを勉強部屋として提供し、コーデリアは室内で絵本の読み聞かせを続けた。多くの子供が目を輝かせて話に聞き入り、質問を投げかける姿を見た瞬間、コーデリアは「子供たちに読み書きと学び方を教えること」を自分の使命だと悟ったのである。
こうしてコーデリアは老人の離れを借り、女性たちの子供を中心に読み書きや初等教育を教える私塾を始めた。授業料は原則有料としつつも、貧しい家庭には物々交換や掃除などの労働で支払いを認めた。集落には元名家の令嬢や貴族の婚外子などもおり、礼儀作法や話術などを教える臨時講師として協力してくれたため、私塾の内容は自然と多様になっていった。
私塾の成長と老人の遺志
コーデリアの私塾からは、大きな商家のメイドとして就職する子供も現れ、さらに教え子ジェームズがアカデミーに合格したことで評判が高まり、集落外からも子供が集まるようになった。教え子の増加により離れが手狭になったころ、木工職人の老人は自らの余命を悟り、娘夫婦を呼んで木工工房と離れをコーデリアに譲ると宣言した。娘夫婦の子供たちもコーデリアの教え子であり、彼らもこの決定に賛同したのである。
老人の死後、遺言通り土地と建物を相続したコーデリアは、片付けの最中に大きな木箱を見つけた。中には子供向けの積み木や知育玩具がぎっしりと詰まっており、それが老人の子供たちへの想いの結晶であると理解した瞬間、コーデリアは両親を亡くしたとき以上の悲しみと感謝に包まれ、一晩中声を上げて泣き続けたのである。この経験は、彼女が生涯を通じて「教育」に身を捧げる決意を、決定的なものにしたと言える。
ゴーレムと東方の三博士
ゴーレムによる盗賊捕縛と街の人気者
ソフィア商会には夜ごと盗賊が侵入し、学習型ゴーレムたちが自動で拘束して中央広場へ運び、首から札を下げて晒す仕組みになっていた。騎士団もこの流れに慣れ、街ではゴーレムが力仕事もこなす便利な存在として受け入れられていた。子供たちの間ではゴーレムダンスや関連菓子が流行し、結果的に商会とゴーレムは領都の名物となっていた。
魔石の再生と秘匿すべき危険な技術
人手不足を補うため、サラと錬金術師アリシアは「使い捨て」であった魔石の欠点を解決しようとした。パラケルススの資料を読み解き、魔石から魔力を完全に抜き取り液状化する魔法陣を完成させると、空になった魔石に無属性化した魔力を流し込み、任意属性の高純度魔石へ作り替えることに成功した。この技術は天然魔石産業と各国の軍事バランスを崩しかねないため、妖精たちと協議の上、当面は極秘扱いとされた。
マギと東方の三博士ユニット
魔石再生技術を前提に、二人はパラケルススの未完設計を補完し、「人語を理解して学習する」ゴーレム用中枢システムをソフィア商会地下に構築した。膨大な魔石群で組んだ三基の大型ユニットに「マギ」という総称と、「メルキオール」「バルタザール」「カスパール」という名を与え、各ゴーレムの魔石コアと連結したのである。これにより五体の次世代ゴーレムは、街中で人や物を識別し、表情や鼓動から感情や嘘の可能性を推定し、スリや盗賊の行動を先読みして制圧する高度な治安維持装置へと進化していった。
錬金術師という生き物
技術公開戦略の検討
サラは、魔石再生技術を完全秘匿するのは困難であり、音の出る箱を足掛かりに「小出し」で世に出す方針を考えた。アリシアがそもそも魔石研究を始めた動機は、サラの演奏が記録された箱を使い捨てにしたくないという理由であり、コピーを重ねるごとの音質劣化も悩みの種であった。そこでサラは、純度の高い魔石のみを使用し、魔力がゼロになる前に自動で再生不能とするリミッターを仕込み、さらに「魔石から魔石へ魔力を移す道具」で商会が有償補充を行う運用を提案した。その結果、「魔力を補充可能な魔石」という概念自体は不可避に世間へ露見するため、その扱い方と説明の仕方が問題となった。
アリシアへの発表要請と逡巡
サラは、技術が王室やギルドから詮索される前に、アリシアに「錬金術師アリスト」として先んじて理論を発表させることを提案した。その内容は「魔石には微量の異属性魔力が混じるため魔力補充が難しい」「極めて純度の高い単一属性魔石に限り、同属性魔力で補充が可能」という、パラケルススの基礎研究をなぞった範囲に留めるというものであった。純粋魔石の製法や人工生成技術はソフィア商会の秘匿技術とし、論文の出典を「パラケルススのメモ」としておくことで過度な追及を避ける目論見である。しかしアカデミー卒でもギルド登録者でもない自分が注目されることをアリシアは恐れ、駄々をこねた。サラは、別の錬金術師に功績を譲るという「脅し」をかけ、最終的にアリシアはアカデミーへの論文投稿だけを承諾し、父テオフラストスのいる錬金術師ギルドへの提出は見送ることにした。
テオフラストス親子と錬金術師気質
二人の予想に反し、アリシアの論文は錬金術師たちの間で瞬く間に評判となり、テオフラストスも即座に娘の成果を嗅ぎつけた。以後、彼は連日乙女の塔へ押しかけるが、アリシアの依頼で配備されたゴーレムにお姫様抱っこで運び出されるという光景が繰り返されることになった。ただしテオフラストスもただでは引き下がらず、追い出されながらもゴーレムの関節や動作、会話パターンを執拗に観察してご満悦であった。この一連の騒動は、危険でも面白い研究には飛びつき、執念深く観察をやめない「錬金術師という生き物」の業の深さを端的に示す出来事となった。
もふもふとフラグ
小侯爵一家来訪準備と形式的な和解
狩猟大会十日前、小侯爵夫妻一行が入城する前夜に、セドリックは人間サイズでサラの部屋を訪れ、東翼に小侯爵一家、西翼にサラたちが住む配置や視察日程を報告した。晩餐では顔を合わせるものの、大会期間中は子供同士の同席も減る見込みであった。また池落下事件について、従兄姉から形式的な謝罪の場が設けられると知らされるが、サラは事故そのものよりも「助けずに逃げ、隠蔽しようとした」という点を決して許せないと語った。
貧困時代の記憶ともふもふの慰め
サラは、父の死後に母と二人で飢えと寒さに耐えた日々を回想し、母の最期には「共に眠り続けたい」とまで思っていたことを打ち明けた。セドリックは黒豹の姿になってベッドに上がり、仔豹となった眷属たちと共にサラに寄り添って温もりを与えた。サラはもふもふの毛並みに癒やされつつ、前世の記憶を取り戻したことで「自分の人生は自分のためにある」と気付き、家族や妖精、乙女たち、学友など多くの大切な存在に囲まれている今を幸福だと実感した。
ロイセン王家の血筋と王位継承の惨事
ロイセン王宮に潜入していたセドが報告したところによれば、第三王子は国王の実子ではなく、近衛騎士との間に生まれた子であり、その騎士は既に殉職していた。王家のお家騒動は、第二王子が第三王子妃を凌辱したことに端を発し、激昂した第三王子が第一・第二王子を殺害、第三王子妃と侍女が自死するという悲劇へと発展した。国王はこれを機に第二王子派貴族と側室を一斉粛清し、「国賊を討った」という名目で反対派を排除した結果、国内産業は大きく傷つき、十年を経た今も国力は完全には回復していないと判明した。
ロイセンとアヴァロンの同盟と花嫁候補たち
新たな王太子ゲルハルトは、第二王子の暴走を謝罪しアヴァロンとの関係正常化を図るとともに、沿岸連合の一国サルディナから姫を迎えて同盟を結んだが、その王太子妃は十五歳前に死亡していた。ゲルハルトには未だ世継ぎがおらず、麦の収穫量に乏しいロイセンにとってアヴァロンとの同盟は食糧面でも重要である。そのため王太子は、農地視察を兼ねてグランチェスター領を訪れ、有力貴族令嬢を王室養女として迎え入れる前提で新たな正妃候補を狩猟大会に集めることになっている。
小侯爵家の借金とシルト商会への不信
一方、リックの報告により、小侯爵が自らの炭鉱を抵当に入れてシルト商会から一万ダラスを借り入れている事実が判明した。理由は、夫人と子供たちが切った手形を現金化する資金不足であり、現時点でも二千ダラス強が足りていないという。侯爵には相談しておらず、家長として妻子の浪費を止められない姿勢にサラは領主としての資質を疑った。さらに、長女クロエが「父が早く侯爵になれば予算が増える」と発言し、夫人もこれを諌めなかったことから、サラはシルト商会が小侯爵一家の手形を買い集めている可能性を懸念し、詳細調査をリックに命じた。
来訪する王族と立ったフラグ
王宮潜伏中の別の眷属・ドリーからは、ロイセン王太子だけでなく、その長男アンドリュー王子(十七歳)も狩猟大会に参加するとの報告が入った。サラは、王族の応対は侯爵家当主や小侯爵一家が担い、自分の母の開くお茶会に王子や隣国の王太子が来るはずはないと考えて気楽に受け流した。しかし、この楽観的な認識こそが後の出来事に繋がる「フラグ」であったと示唆される。こうしてサラは、もふもふの眷属たちに包まれながら、不穏な火種を抱えたまま眠りについたのである。
小侯爵夫妻の到着
小侯爵一家の到着と第一印象
小侯爵一家は、新調した馬車の車輪が道中で外れたため予定より遅れ、正午近くに城へ到着した。侯爵とロバートは出迎えたが、サラとレベッカは後方で控え、形式的な顔合わせに留まった。ロバートは東翼の部屋とテラスでの昼食を提案したが、エドワードは疲労を理由に部屋での食事を希望し、一家は早々に引き上げた。サラは内心、甥アダムの成績ではアカデミー合格は絶望的であり、形式的な「留学コース」すら身にならないだろうと冷静に評価していた。
新車の馬車と小侯爵一家の疲労
アダムが王都で購入した七百ダラスの新車は、舗装路での見映えと乗り心地を追求した造りであり、未舗装路を長距離走行するには不向きであった。衣装とアクセサリーを過積載した結果、ぬかるみで立ち往生し、見栄え重視の車輪は破損した。従来の馬車使用を勧めた家令の進言をアダムが無視したことも災いし、付け替えた車輪も移動中に何度か外れる始末である。こうして疲労困憊となった小侯爵一家は初日の予定を全てキャンセルし、部屋で不機嫌なまま過ごし、ランチには文句をつけ、入浴後はマッサージを要求し、茶菓子を「田舎臭い」と貶すなど、使用人に理不尽な負担を強いた。
クロエの観察眼と小侯爵家の子供たちの問題
もっとも負担が重いのはクロエ付きの侍女であった。クロエの髪はサラの呪いによって傷み切っており、痛まないように慎重にブラシを入れねばならず、少しでも引っ掛かればブラシで殴られることすらある。クロエ自身は容姿に恵まれ、貴族的な所作や会話術を熱心に学ぶ向上心も持っており、兄弟の中で最も勉強熱心であった。王都邸時代にはサラを「美しいが取るに足らない平民」と見なしていたが、城の玄関で見た現在のサラは、レベッカ仕込みの洗練された立ち居振る舞いと、モスリンを重ねた着心地の良いドレスにより、印象は一変した。クロエはメイドを呼び、サラのドレスの仕立て先や、オルソン令嬢が手配する領都のドレスメーカー、さらにはソフィア商会からの贈答品の出所まで調べさせ、自分にも同様の恩恵が及ぶことを期待した。一方で、内心では「馬鹿アダム」や自分で思考しない弟を冷ややかに評価しつつも、三人とも甘やかされ過ぎて情操教育に難があるという構図からは逃れていなかった。
エリザベスの嫉妬と被害妄想
小侯爵夫人エリザベスは、十年前と変わらぬ若さを保つレベッカに強い嫉妬心を抱き、高級ドレスや宝飾で身を飾っても三十路を超えた肌の衰えを隠しきれないことに焦燥していた。アデリア譲りの美貌とグランチェスター家の血筋が合わさったサラの容姿や、磨かれた淑女としての所作も彼女の神経を逆撫でした。「美しい母娘」という社交界での看板を、サラに奪われる未来が容易に想像できたのである。そのためエリザベスは、サラを自らの養女とし、従えて歩くことで見映えを補強し、いずれ子爵家に嫁がせることで義父に恩を売るという打算的な案まで思い描いた。
財政引き締めと情報格差
侯爵が数年前の横領発覚時には手当を維持していたにもかかわらず、最近になって小侯爵一家への手当を減らしたことについて、エリザベスは理由を理解できずにいた。実際には、領内の帳簿整理により財政が可視化され、侯爵が支出全体を絞っただけである。しかし「お金の話から切り離されるべき」とされてきた貴族女性として、エリザベスは資産状況を知らされず、理不尽な不安に苛まれた結果、「自分たちを社交界から遠ざけ、ロバートを小侯爵に据える算段ではないか」と被害妄想を深めていた。こうした小侯爵一家の内情は、妖精たちによって逐一サラ側に報告されており、情報戦における優位がどちらにあるかは既に明白であった。
波乱の晩餐会
小侯爵一家の到着と道中トラブル
小侯爵一家の到着は予定より大きく遅れ、正午近くになっていた。原因は、アダムが王都用に購入した新型の馬車が未舗装路に適さず、泥濘にはまり、車輪が壊れたことである。積みきれなかった衣装やアクセサリーまで載せていたため負荷が増し、付け替えた車輪も何度も外れ、結果として一行は疲労困憊の状態でグランチェスター城に辿り着いた。出迎えた侯爵とエドワードに続き、ロバートは笑顔で兄夫婦と甥姪を迎えたが、サラとレベッカはあえて前に出ず、侯爵の背後で静かに成り行きを見守っていた。
王都仕様の「見掛け倒し」馬車と小侯爵一家のストレス
アダムが選んだ馬車は、王都の石畳を短距離移動することを前提に設計された「見た目重視・乗り心地重視」の一台であり、耐久性や悪路走破性は考慮されていなかった。家令は従来の馬車の使用を勧めたが、アダムは忠告を無視して強行し、結果として七百ダラスの新車は泥濘と未舗装路に敗北した。道中のトラブルにより初日の予定はすべてキャンセルとなり、一家は東翼の部屋で入浴やマッサージを要求し、ランチや茶菓子を「田舎臭い」と貶すなど、鬱憤を使用人にぶつけた。疲労と不機嫌さが、そのまま彼らの振る舞いに表出していた。
クロエの視点から見たサラの変化と服飾への関心
最も負担を強いられていたのはクロエ付きの侍女であった。クロエの髪はサラの呪いによりキューティクルが傷み、以前の金褐色の艶は失われ、慎重なブラッシングを怠るとクロエの機嫌を損ねて暴力すら招きかねない状況である。クロエ自身は容姿と淑女教育に熱心で、勉強への姿勢も兄弟の中では比較的ましな方であった。かつて王都邸にいた頃、クロエは「見た目は美しいが所作も言葉遣いも野暮ったいサラ」を軽んじていたが、本邸で再会したサラは、オルソン令嬢の指導により立ち居振る舞いが洗練され、ドレスも機能性とデザインを両立させた新しいスタイルを身に纏っていた。クロエはすぐにメイドを呼び、サラのドレスの仕立て先や、ソフィア商会からの贈答品のルートを調べさせ、自身のドレス手配にも活かそうとする。表向きはライバル視しつつも、サラのセンスと新しい商会の動きを冷静に取り込み、社交上の武器にしようとする貴族令嬢としての姿勢が示されている。
小侯爵一家の教育・情操面の欠落とエリザベスの焦燥
クロエは兄たちを「甘やかされて厳しく叱責されない愚か者」と見ており、自身にも同様の甘やかしがあると理解しながらも、「淑女としての完成」を目標に自己研鑽だけは怠っていない。一方で、三人とも情操教育に大きな問題を抱えていることが暗示される。子供たちを導くべきエリザベスは、十年前から容姿の衰えを知らぬレベッカへの嫉妬と、アデリアの面影を色濃く残すサラへの警戒心に囚われていた。サラの登場によって「美しい母娘」の座を奪われることを恐れ、侯爵が支給する手当の減額を「自分たち一家を社交界から遠ざけ、ロバートを小侯爵に据える布石ではないか」と歪んだ形で解釈する。財政引き締めという現実を知らされないまま不安だけを膨らませ、侯爵の心証回復のために「サラを自分の養女にして貴族に嫁がせる」という打算を巡らせるが、その思惑もまた妖精経由でサラ側に筒抜けになっている。ここまでで、小侯爵一家の歪な家庭環境と教育の欠落、そしてグランチェスター本家との情報格差が丁寧に描かれている。
婚約発表と「養女」提案をめぐる応酬
晩餐会は、侯爵がロバートとレベッカの婚約を高らかに宣言するところから始まった。小侯爵夫妻は事前に知らされておらず、一瞬表情を固くするが、すぐに表向きの祝辞を述べる。ロバートとレベッカは、ささやかな挙式を城内で親しい者のみ招いて行う意向を語り、サラとブレイズをベール係として参加させる案を楽しげに出し合う。サラも「ここに来て良かった」と本心から語り、ロバート夫妻との良好な関係を匂わせる。一方でエリザベスは、サラを自分たちの養女にして貴族家へ縁付かせる案を持ち出し、侯爵の歓心を買おうとするが、既にサラはロバートの養女となる手続きが済んでおり、サラ本人も「平民の生まれは変わらない」として侯爵令嬢になることに明確な拒否を示した。
エドワードの暴言とサラの「制裁」
エドワードは、侯爵養女の打診を断ったサラを「恩情を踏みにじった不遜な平民」と断じ、さらに故アーサーとアデリア、挙句にはレベッカにまで侮辱を向ける。これに対し、サラの堪忍袋の緒が切れ、氷の矢と風魔法を用いてエドワードの目の前の皿に氷を突き立て、頬を切るという形で「言葉の暴力」への対価を身体的恐怖として突きつける。同時に土属性魔法で小侯爵一家を椅子ごと拘束し、「平民だから何をしても構わない」という価値観を言語化して突きつけながら、自分へのイジメがもたらした傷と、大人たちの貴族至上主義が子供たちの倫理観を歪めたことを論理的に指摘する。ここでサラは、単に感情的に暴れるのではなく、「家族としての在り方」「子育てと情操教育」「貴族としての責務」というテーマに議論を引き上げている。
親子三代への総批判と領主教育の不備の露呈
サラはエリザベスの「物を与えることで愛情を示す育児」を「育児放棄=虐待」と断じ、アダムらが「大人に言われたから謝る」以上の内省を持たないことを示して、彼らの行動原理が「親に嫌われたくない」という自己保身に過ぎないと暴く。続いて侯爵に矛先を向け、「孫たちを抱き上げた記憶があるか」「何を楽しい・悔しい・悲しいと感じてきたかを聞いたことがあるか」と問い直し、祖父としても領主としても「感情面のケア」と「継承者教育」の双方を怠ってきた事実を突きつける。ロバートの代官としての努力は評価しつつも、「領主と次期領主が互いに本音を語らず、役割を押し付け合ってきた結果」が今の歪みであると整理し、責任の根源を「家長としての侯爵」に帰結させた。
財政危機とシルト商会の影を暴くサラの情報戦
さらにサラは、グランチェスター領の特産や資源、王族の来訪予定、アカデミー教授団の同行情報など、代官として集めた情報網と妖精による諜報を組み合わせて、エドワードがいかに領内事情に疎く、王都社交に偏重しているかを浮き彫りにする。そして、横領事件後の財政引き締め、侯爵からの手当減額、小侯爵家の予算削減にもかかわらず、宝飾やドレス、アダムの馬車に浪費し続けたエリザベスの行動を、手形の金額まで具体的に読み上げて暴露する。極めつけとして、鉱山を担保に一万ダラスの融資をシルト商会から受け、同商会がグランチェスター関連の手形一万八千ダラス分を買い集めている事実を指摘し、ロンバル出身の第三王子妃とシルト商会、先の暴動の動きが一本の線で繋がる可能性を仄めかす。グランチェスター家が外部勢力の経済的攻勢の標的になりつつあることを示し、晩餐の場をそのまま「緊急経営会議」に転化していく。
魔石と魔道具による「救済」とゼンセノキオクの権威
サラは、自ら作り出した高純度の光属性魔石を提示し、その一部を大胆に砕いて見せたうえで、小さな魔石と治癒用の魔法陣を使った「誰でも治癒魔法が使える仕組み」を実演させることで、その価値を大人たちに体感させる。砕いた魔石の欠片だけで数万ダラス規模の資金調達が可能であり、実際に後日八万ダラスで売却し、その一部を三万ダラスとしてグランチェスター家に融資する構想を示すことで、「債務超過状態の家を救う現実的手段」として自らの力を位置づける。ここで侯爵とグランチェスター男子は、始祖カズヤの英知「ゼンセノキオク」を扱える者に跪くという一族の教えに従い、サラの前に膝をついて謝罪と忠誠を示す。サラ自身は崇拝を望まず、むしろ「秘密保持」と「協力関係」を求めるが、この儀式的行為により、家中の力学が「小侯爵家が上」から「サラを中心とする新たな軸」へと大きく書き換わった。
エリザベス・クロエの「陥落」とソフィア商会の戦略
サラは最後に、ソフィア商会の高性能化粧品や音楽魔道具、カット済みの高純度魔石をエサに、エリザベスとクロエを広告塔兼協力者として取り込む。ハリと艶を取り戻すフェイスケア、音楽再生魔道具、宝石級の輝きを持つ魔石アクセサリーという「社交界での武器」を独占提供すると約束する一方で、秘密保持と宣伝協力を条件に突きつけ、守れなければ供給停止という「飴と鞭」を明言する。クロエには小さな光属性魔石と治癒用魔法陣を与え、「家族を癒す役割」を担わせることで、サラへの感情を単なる嫉妬から憧れと利害の混ざった複雑なものへ変化させた。こうして波乱の晩餐会は、家族の感情の爆発と和解、領主教育のやり直し宣言、財政再建の道筋の提示、そしてソフィア商会による主導権確立という多層的な決着を見たのである。
宣伝会議と永遠の少年たち
ハーブティ戦略と小侯爵夫人の取り込み
晩餐会後、サラは疲れた空気を無視して一同をリビングに集め、狩猟大会向けの「宣伝会議」を始めた。ソフィア商会製ハーブティを振る舞い、疲労回復・美肌・集中力向上・子作り補助など、効能別にラインナップを説明し、エリザベスとクロエに「ゲストに最適なブレンドを選ぶ役目」を与えたのである。お茶会で「ソフィア商会のハーブティ」であることを繰り返し宣伝するよう依頼し、彼女たちを広告塔として組み込む体制を整えていった。
新酒シードルとエルマブランデーの売り出し計画
続いてサラは、新たな特産品エルマ酒ベースの発泡酒「シードル」と長期熟成酒「エルマブランデー」をエドワードらに試飲させた。強い発泡と芳醇な香りにエドワードと侯爵はすっかり魅了され、グラスを手放そうとしなかった。サラはこれらを王家献上品かつ「幻の酒」として位置付け、狩猟大会で味を知らしめたうえで、少量をオークションに出し、希少性と貴族のプライドを利用してブランド価値を高める販促戦略を提示した。エドワードには「欲しければサラの言い値で買う側」である立場を自覚させ、同時に狩猟大会後の人脈拡大の餌としてこの酒を使わせる算段も示している。
ゴーレムチェスと「永遠の少年」たち
サラは小侯爵家の兄弟を広告塔としても働かせるため、魔石入りの小型ゴーレム駒が自動で動くチェスセットを試作し、アダムとクリストファーに遊ばせた。駒は命令に従って移動し、取ると戦闘アクションを見せる趣向で、兄弟は夢中になって魔力を流し続け、あっさり魔力枯渇でダウンした。これを見たロバートやエドワード、侯爵までがゴーレムバトル版の玩具に大はしゃぎし、床に腹ばいになって遊び込む姿をさらしたため、サラは「貴族邸には持ち込めない行儀の悪さ」と、「男は年齢に関係なく大きな子供である」という事実を痛感した。最終的に直系男子全員が魔力枯渇で運ばれる事態となり、サラは安全装置の必要性と、魔力強化教材としての応用可能性を同時に認識した。
クロエの和解と美容ニーズの掘り起こし
男性陣が戦線離脱するなか、クロエは自らの傷んだ髪の悩みを打ち明け、美容関連商品の有無をサラに問いかけた。サラは以前かけた水属性の「キューティクル荒らし」をこっそり解除したうえで、光属性治癒と水分補給の魔法を施し、クロエの髪を元以上の艶やかさに回復させた。鏡を見たクロエは感激してサラに抱きつき、いじめていたことを謝罪し、池落下時に感じた恐怖と安堵を涙ながらに打ち明けた。サラはその感情を忘れないよう求めつつ、王都での過去を完全に赦したわけではないという距離感も内心では維持しており、美容ニーズと感情面の和解を同時に押さえる結果となった。
女性陣主導の実務会議とサラの結論
その後はエリザベスとレベッカを中心に、王子たちの部屋の準備、花の選定、騎士団増員に伴う厩舎と放牧場の拡張など、狩猟大会運営の実務的打ち合わせが淡々と進められた。ユリ花粉によるアンドリュー王子のくしゃみ問題など細かな情報も共有され、土・木属性魔法を用いた仮設厩舎の増設まで既に手配済みであることが確認された。魔石ビジネスについては短期拡大は避け、慎重に検討する方針で一致し、この日の会議は終了した。サラは、魔力枯渇で倒れた男性陣に代わって女性陣だけで話が滑らかに進んだ状況を振り返り、「男性陣がいない方が打ち合わせは捗る」という冷静な結論に至っていた。
エピローグ ターニングポイント
ゴーレム玩具と軍事利用への不安
打合せ後、サラはゴーレム玩具を片付けながら、魔力補給方法や安全装置について思案していた。玩具としてのゴーレムが王族の目に触れれば、ソフィア商会本店の警備ゴーレムにも関心が向き、やがて軍事利用を望まれる危険性に気付いたのである。王命として同等品の献上を求められた場合に断れない自分の立場を自覚し、不安を抱いたまま就寝の支度に入った。
妖精たちの「祝福」とサラの悩み
就寝時、ミケ・ポチ・セドリックら妖精たちが集まり、シードル増産や花の準備など実務的な相談を受けつつ、サラの心配を聞き出した。サラは、魔石付与技術やゴーレムが権力者に利用される未来を恐れていることを打ち明けた。妖精たちはサラに金色の「祝福」を施し、運や安眠、着想力を少しだけ高めようと祈ったのである。
「利用される技術」とグランチェスターへの執着
サラは、痛みも空腹も感じない兵士としてのゴーレムを欲する権力者が必ず現れると見通していた。売らなければよい相手もいるが、国王の勅命には逆らえないと理解している。同時に、アヴァロンを出て行く選択肢はあっても、グランチェスター領に大切な存在が増えすぎて簡単には捨てられなくなったと自覚し、自らの執着に気付いたのである。
「守る側」への転換とターニングポイント
セドリックは、圧力を恐れるより先に、グランチェスターごと守れるだけの力を持てばよいと提案した。サラはそれを大袈裟と感じつつも、ドラゴン級の魔力と全属性魔法、妖精との友愛という自分の異常さを突き付けられる。国を焦土にしかねない存在として見なされる一方、だからこそ王室に軽々しく干渉させない抑止力にもなり得ると示された時、サラは「守られる子供」から「領地を守る側」へ意識を切り替える段階に来ていると悟った。やがて眠りに落ちるまでのこの夜が、サラにとって一つの転換点となったのである。
職人のこだわりと 商人の矜持
ワトプ専属契約と職人のジレンマ
ソフィアはソフィア商会の本の印刷を依頼するため、ワトプ商会専属の印刷工房を訪ねたが、工房主ラエルは契約を理由に依頼を拒絶した。ワトプ商会は製造原価削減を名目に印刷品質を落としており、職人側も不本意ながら従わされている状況であった。専属契約は「ワトプ以外の商会からの受注禁止」「違反した場合、図画印刷魔法の使用と継承不可」という魔法的制約付きであり、さらに契約破棄を申し出た側が高額な違約金を支払う条項まで盛り込まれていた。
乗っ取り計画の暴露とソフィアの打開策
ソフィアは調査結果として、ラエルの妻とワトプ商会から派遣された魔力職人が元恋人同士であり、いずれ子を作って工房を乗っ取る計画があることを指摘したうえで、技術継承の道を提示した。兄リード夫婦も交えた協議の場で、子供時代から意図的に魔力枯渇を繰り返させて魔力量を増やす方法と、図画印刷魔法を魔道具に落とし込む構想を示し、職人側に「技術を絶やさないための複線」を用意しようとしたのである。
魔力補助魔道具と契約ロジックの逆転
ソフィアは、魔力が足りない者でも魔法を行使できる魔力補助魔道具を提示し、ラエルとリードに図画印刷魔法を実演させた。これにより、魔力持ち職人の独占状態を崩しうる現実を目の前で示したうえで、魔道具の月額使用料を「職人一人分の賃金相当」とするサブスクリプション契約を提案した。さらに契約書を精査し、「違反」ではなく「破棄」にのみ違約金が発生する条文構造を指摘し、ワトプ商会が自らの罰則条件によって逆に縛られている事実を明らかにした。
ニーナの職人魂と新たな出版ネットワーク
装丁職人ニーナは、自らの技術に誇りを持つ頑固な職人であり、魔法よりも紙・革・布・金具といった素材と手仕事こそが価値だと主張した。ソフィアはその矜持を尊重し、魔獣素材や小型魔石、さらにはドラゴン素材まで含めた多様な材料の供給を約束し、特別装丁本から廉価版まで幅広い受注を提案した。ニーナは特別本に秘匿用魔法陣を組み込むなど、こだわりの装丁構想を膨らませていく。
契約違反の実行とワトプ商会の失脚
その後ラエルは、妻と派遣職人の不貞現場を押さえて離縁しつつ、ワトプとの契約はあえて破棄せず、ソフィアからの依頼で教科書印刷を敢行した。これにより契約魔法が発動し、ワトプ側の職人だけが図画印刷魔法を喪失する結果となる。怒鳴り込んだワトプ商会長に対し、ラエルは「こちらは契約破棄を望んでいない」と契約書を突き付け、違約金支払い義務がないことを示して退けたのである。
理想追求のメッセージと教科書事業
ソフィアは金の力と商人としての交渉力でニーナの要求する素材をすべて揃え、彼女の手による特製本は旧ワトプ商会の豪華本を上回る評価を得て、貴族家の資産目録に記されるほどの芸術品となった。その利益の一部は、ニーナの意向で初等教育向け教科書の印刷費へと回される。そしてその教科書の奥付には、職人と商人双方の矜持を象徴する一文が刻まれることになった。「常に理想を追い求めよ」という言葉である。
商会の就職面接会場にて
大量応募とギルバート採用の背景
商業ギルドに人材紹介を依頼した結果、ソフィア商会には紹介状を手にした志望者が殺到していた。最初の面接相手ギルバートは、大商会カイリン商会で二十年以上在庫管理に従事していた人物である。守秘契約の制約で詳細は語れなかったが、人気商品の追加仕入れを進言したにもかかわらず上司が慎重策を取り、結果として発売当日に完売・追加仕入れ不能となった際、その責任を押し付けられて退職した事情があった。上司ジュードは次期商会長でありながら市場予測能力に欠け、失敗を部下に転嫁する人物であるとソフィアは事前調査で把握していた。ソフィアはギルバートの成長意欲と被害者としての立場を評価し、前職と同水準の報酬で採用しつつ、今後のカイリン商会との取引は慎重にすべきだと内心で判断していた。
没落貴族アニエスの誠実さと採用理由
次に面接に現れたアニエス・トラムは、取り潰された男爵家の娘であり、かつては公爵家で祐筆的な侍女として書類作成に従事していた女性である。父トラム男爵は酒席で伯爵家子息を殴打して傷害事件となり、爵位剥奪と財産没収を経て病没していたため、アニエスも困窮した生活を送っていた。ソフィアは試験として、自身が書き留めたスープのレシピメモの清書を依頼する。アニエスは流麗で貴族的な筆致ですらすらと書き上げるだけでなく、レシピの内容が極めて高価値な料理技術であり、本来なら守秘契約が必要な情報だと指摘した。この姿勢から、アニエスが秘匿すべき情報を安易に売らない誠実な人物であると判断される。ソフィアは彼女の忠告に感謝しつつ、レシピを守る意思と職務倫理を評価して採用を決めた。
紐付き志望者の殺到と採用戦略の転換
面接二日目以降、状況は一変した。商業ギルド長コジモの紐付きと見なされる少年マリウスが見習い志望として現れ、接客や雑用に加えて肉体強化魔法による荷運びも可能だとアピールした。だが、事前の調査によりマリウスは暗器の訓練歴を持つ一方で戦闘能力は低く、主に「情報提供」を目的としたギルド側の駒であることが明らかとなっていた。ソフィアは、情報網の存在を悟らせないため採用する案も検討したが、最終的に「見習いを抱える余裕がない」「即戦力を優先する」という理由で不採用とする。その後も商業ギルドや他商会の紐付き人材が続々送り込まれ、資材管理など優秀な経歴を持つ者も多かったが、紐付きであるため採用を見送らざるを得なかった。この対応は、商会の資産は人材であると考えるソフィアにとって大きな葛藤となり、同時にギルド側の露骨な牽制として認識されていく。
監視付き採用とマリウスの「逆利用」
紐付き人材を全面的に拒絶した結果、商業ギルドや他商会の警戒は高まり、本店へ侵入を試みてゴーレムに捕縛される賊が増え、従業員がギルドで不当に足止めされる事態も生じた。ソフィアは戦略を修正し、監視可能な部署に限定して紐付きも採用する方針へ転換する。その過程で、見習い志望のマリウスも従業員として再び受け入れられた。ソフィアは、マリウスが頻繁にコジモへ情報を流していることを逆手に取り、シノビ一族のメイドを配置して彼と親しくさせ、意図した範囲の情報だけを渡す仕組みを構築する。マリウスは当たり障りのない内容しか報告できず、コジモから「使えない」と評価を下されるが、ソフィアにとっては情報統制に従順な「扱いやすい駒」として機能していた。こうした一連の経験は、ソフィアにとって人材採用と配置を考える上での反面教師となり、紐付きか否かに左右されず、自らの手で人を見極めて活かすという商会運営方針を固める契機となっていた。
同シリーズ





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