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物語の概要
ジャンル:
ライトノベルである。現代ファンタジー風味を含むバトルアクション作品であり、社畜中年男性が裏の顔を持つ英雄(無双者)というギャップを軸に、配信・ダンジョン・モンスター要素を組み込んだストーリー。
内容紹介:
趣味であるダンジョン探索(バッティング感覚で敵を打ち倒す行為)を、同居する姪・光莉がこっそり配信してしまい、主人公・佐藤蛍太(41歳)は「新宿バット」として突如として注目を浴びる存在となる。彼の無自覚な強さが次第に世間に露見する中、冒険書房は変革され、《DOOMブックスレボリューションズ》としてホワイト企業化を果たす。しかし、平穏と思われた変化の裏に、レベル300を超える超越者級ボス「悲劇の雷帝」の出現と、それに伴う混乱が巻き起こり、蛍太と関係者たちは新たな試練へと立ち向かうこととなる。
主要キャラクター
- 佐藤 蛍太(さとう けいた):本作の主人公である中年サラリーマン。表向きは平凡な社畜だが、裏ではダンジョンでバッティング感覚で敵を打ち倒し、無自覚に高い実力を持つ“英雄”として振る舞う存在である。
- 光莉(ひかり):蛍太の姪である少女。叔父のダンジョン探索の様子をこっそり配信し、「新宿バット」としての蛍太の存在を世に知らしめた張本人である。
- スイレン:人気配信者であり、「悲劇の雷帝」の映像を目にして涙を流す人物。蛍太の過去と関係している可能性が示唆され、物語の鍵を握る存在となる。
物語の特徴
本作最大の魅力は、「普通の中年おじさん」が無自覚ながら“英雄的無双者”であるというギャップ設定である。読者は、蛍太の普段の佇まいと裏での強さとを行き来しながら物語を追う楽しみを得る。また、姪の配信という現代的な要素を取り入れている点や、ダンジョン探索と配信という二重の“発信”構造を持つ点が他作品との差別化をもたらしている。さらに、本巻では「悲劇の雷帝」という強敵の出現によって物語が大きな転換を迎え、平穏から混乱への潮目が如実に描かれる点も興味深く、次巻以降への期待を強く残す構成である。
書籍情報
地味なおじさん、実は英雄でした。 4
~自覚がないまま無双してたら、姪のダンジョン配信で晒されてたようです~
著者:三河 ごーすと 氏
イラスト: 瑞色 来夏 氏
出版社/レーベル 集英社/ダッシュエックス文庫DIGITAL
発売日 2025年9月25日
ISBN 978-4-08-631620-0
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あらすじ・内容
趣味であるダンジョンでのバッティングをこっそり姪に配信され、注目の配信者“新宿バット”になってしまった社畜サラリーマンの佐藤蛍太(41歳)。
無自覚に無双する彼の裏の活躍で、冒険書房は社長が退任し、新たに《DOOMブックスレボリューションズ》としてホワイト企業へと変貌を遂げていた。
綺麗なオフィスに、優しい新社長…歓迎すべきことのはずなのに、どこか釈然としない状態の蛍太だったが、そんな中、新宿ダンジョンに300レベルを超える超越者級ボスモンスター“悲劇の雷帝”が誕生し、冒険者たちを塵に変えていく。
その映像を見たトップ配信者のスイレンは「パパ……!!」と呟き涙を流し…。
それは18年前の迷宮災害で《はじまりの冒険者》たちを率いたリーダーの変わり果てた姿で…!?
感想
今作では、18年前に蛍太と共に戦った仲間が、まさかのモンスターとして復活するという衝撃的な展開が待ち受けていた。しかも、ただの復活ではなく、モンスターパレードを引き連れて地上を目指しているというから、事態は一刻を争う。
特に心に残ったのは、スイレンと復活したかつての仲間との間に存在する因縁だ。その因縁には、なんと蛍太も深く関わっているというから驚きを隠せない。過去の出来事が複雑に絡み合い、現在の危機へと繋がっている構成に、物語への没入感が一層深まる。
さらに、因縁の相手が一人ではなく、複数登場するという展開には、思わず「え?そんなに沢山いるの⁉︎」と声に出してしまった。次々と現れる強敵たちに、蛍太やスイレンがどのように立ち向かっていくのか、目が離せない展開だ。
戦いの描写は、手に汗握る迫力がありながらも、どこか切なさも感じさせる。かつての仲間との戦いは、単なる敵対関係ではなく、複雑な感情が入り混じったものになるだろう。
日常パートでは、DOOMブックスレボリューションズとして生まれ変わった会社の様子が描かれている。綺麗なオフィスや優しい新社長など、一見すると歓迎すべき変化だが、蛍太はどこか釈然としないものを感じているようだ。この違和感が、今後の物語にどのように影響していくのか、気になるところである。
全体を通して、過去の因縁と現在の危機が交錯する、スリリングな展開が魅力的な作品だ。蛍太やスイレンたちの活躍はもちろん、彼らが抱える葛藤や人間関係にも注目しながら、今後の展開を見守りたい。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
佐藤蛍太
地味な会社員でありながら、匿名で《新宿バット/おじさん仮面》として戦う二重生活者である。家族優先の姿勢を堅持し、前線では最小介入で他者を活かす指導を行う。
・所属組織、地位や役職
DOOMブックスレボリューションズ営業部・営業社員。
・物語内での具体的な行動や成果
住宅街の極小ダンジョンで女性職員を救出した。中層《亜人の巣》で《壬生浪士》二名を退け、《スクウェアヒロインズ》の道を開いた。雷撃と魔法の“打ち返し”で《悲劇の雷帝》の結界を破り、討伐の好機を作った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
《新宿バット》の正体と疑われつつも公表せず、配信外から戦局を動かす存在となった。伝説級武器の“腕時計化”を形見として継承した。
白玉水蓮(スイレン)
水魔法の適性が高い配信者であり、冷静な指揮と現実的判断を両立する。父の消息を追う個人的動機を抱え、最前線で責任を引き受ける立場に立つ。
・所属組織、地位や役職
DOOMプロ・トップ配信者。《スクウェアヒロインズ》実質リーダー。
・物語内での具体的な行動や成果
《死番鳥イツマデ》戦で《大波》《バブルバリア》などを要所で投入し、墜落条件を作った。《悲劇の雷帝》に対して告白と対話で動揺を誘発し、終盤の《大渦潮》で雷撃を封じた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
父が《はじまりの冒険者》の中核だった事実に向き合い、討伐の当事者として社会的注目を集めた。
忍道ヒカリ(光莉)
隠密と偵察に特化した新人配信者であり、冷静な観察と公開情報の扱いに長ける。家庭を支える目的意識が明確である。
・所属組織、地位や役職
個人配信者。《スクウェアヒロインズ》メンバー。
・物語内での具体的な行動や成果
新宿深層で至近鑑定に成功し、ボス耐性と環境データを公開した。《イツマデ》戦では音声遮断下の作戦整理を主導し、隠密連携の決定打を支えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
動画のバズで登録者が急伸し、偵察特化の立ち位置を確立した。
近藤イサリ(局長)
時代劇趣味の老練な剣客であり、戦時は策と統率で部隊を押し上げる。過去の《大侵攻》を生き延びた生還者である。
・所属組織、地位や役職
伝説プロ配信ユニット《壬生浪士》の局長。プロデューサー兼前線顧問。
・物語内での具体的な行動や成果
《廃棄病院》で墓参を行い、過去の実相を語った。《死報君恩》で三段階強化を付与し、城壁戦を突破した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
公的英雄像の裏側を知る立場として、情報と現場の橋渡しを担った。
影猫
高機動の近接アタッカーであり、透明化対策と致命部位の穿ちに秀でる。
・所属組織、地位や役職
DOOMプロ。《スクウェアヒロインズ》メンバー。
・物語内での具体的な行動や成果
《金剛石の大蛙》を一撃で仕留めた。《イツマデ》戦で頸部に多段の楔を刻み、撃墜の端緒を作った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
単独色から連携重視へ運用が変化した。
セナ
範囲制圧と必殺突撃を併せ持つ前衛であり、視覚制限下の固有スキル運用に課題と強みを併存させる。
・所属組織、地位や役職
DOOMプロ。《スクウェアヒロインズ》メンバー。
・物語内での具体的な行動や成果
《砕け散る翠璧》《破裂のガイ・ボルガ》で決定的ダメージを与えた。連携ドリルで誤射リスクを低減した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
単騎志向から隊列内の“確殺”要員へと機能が明確化した。
リンドウ
堅牢な守備盾であり、陣形維持と被弾吸収で隊の軸となる。
・所属組織、地位や役職
DOOMプロ。《スクウェアヒロインズ》メンバー。
・物語内での具体的な行動や成果
《イツマデ》の弾幕を大盾で受け切り、前線の崩壊を防いだ。《防人の盾》で《悲劇の雷帝》の物理圧を遮断した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
耐久運用の要として評価が定着した。
アマヅル
術と補助に特化する支援役であり、場の制御と回復資材の投入で勝率を底上げする。
・所属組織、地位や役職
DOOMプロ。《スクウェアヒロインズ》メンバー。
・物語内での具体的な行動や成果
《花吹雪》で透明敵を暴き、《ナリタ・アミュレット》で即死咆哮を遮断した。高価な回復薬を惜しみなく投じた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
サポート領域の競合を調整し、役割分担を明確化した。
天王洲ライム
元トップ配信者にして実業家であり、経営刷新を断行する変革者である。
・所属組織、地位や役職
DOOMブックスレボリューションズ・社長。
・物語内での具体的な行動や成果
サビ残廃止、増員、クラウド化などの働き方改革を短期実装した。現場に謝意を示し、人材投資を最優先とした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
旧来体制を是正し、出版と配信のハイブリッド経営を始動した。
土方シンヤ
剛剣を旨とする実戦派の副長格であり、正面突破の切っ先を担う。
・所属組織、地位や役職
伝説プロ《壬生浪士》・“鬼副長”。
・物語内での具体的な行動や成果
城壁戦で厚備を断ち進んだ。《鏡花水月》連携を展開したが、《おじさん仮面》に押し切られた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
敗北を糧に再起を誓い、防衛線の維持へ転じた。
沖田ソーリ
速度特化の剣士であり、死角生成と高回転の攻めに長ける。
・所属組織、地位や役職
伝説プロ《壬生浪士》・看板剣士。
・物語内での具体的な行動や成果
《鏡花水月》と《三段突き》で畳み掛けたが、《悪球二段打ち》により打ち上げられた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
表舞台での敗北により、戦術再考の契機を得た。
《悲劇の雷帝》(白玉喜納)
《リーダー》の魂が迷宮に喰われ、怪物として立ち上がった存在である。かつては警察官であり、家族と避難者を守った。
・所属組織、地位や役職
新宿歌舞伎町ダンジョン・徘徊型ユニークボス。
・物語内での具体的な行動や成果
《超電磁結界》と《悲嘆のムジョルニア》で都市圧を生んだ。最終局面で形見を遺し、灰となって消滅した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
人から怪物への転化が示され、迷宮の性質と代償を象徴した。
ハイラックQ
「軍装」芸を看板にする配信者であり、話題性重視の企画で視聴を集める。
・所属組織、地位や役職
個人配信者。スタッフ運用チームの主宰。
・物語内での具体的な行動や成果
深層で《悲劇の雷帝》に遭遇し、咆哮衝撃で壊滅した。記録映像は後続分析の素材となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
過剰演出と実戦の落差が露呈し、評価の再編を招いた。
唐獅子こむぎ
不老性の加護を持つ刑事であり、豪胆な物言いで核心に踏み込む。
・所属組織、地位や役職
警視庁迷宮犯罪対策課・強行係主任。
・物語内での具体的な行動や成果
佐藤にヘッドハンティングを持ちかけ、次局面の関与を促した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
《大侵攻》世代の生存者として、官の側から戦力集約を進める役を担う。
展開まとめ
プロローグ
世界変革とダンジョンの出現
二〇〇七年、世界同時に出現したダンジョンは人類に魔法やスキルをもたらし、地球の空間を拡張させた。宇宙よりもダンジョン攻略が現実的とされ、《大冒険時代》が幕を開けた。
住宅街に現れた怪物
東京都内の住宅街に極小ダンジョンが生じ、ゴブリンの亜種《占拠者》が潜伏していた。彼らは人間に擬態し都市で凶悪犯罪を繰り返す存在であり、駆除はスズメバチ退治のように扱われていた。
囚われた女性職員の危機
市役所に勤めたばかりの新卒女性は、立ち会い要請でゴミ屋敷に赴き、多数のゴブリンに囚われた。駆除に来た冒険者は殲滅され、彼女だけが弄ばれるために生かされていた。
黄金バットの介入
絶体絶命の中、黄金のバットを振るう中年男が出現し、モンスターを次々と撃破した。女性は彼を伝説的配信者《新宿バット》と認識したが、男はただ近所の住民だと否定した。
モンスターの全滅とダンジョン崩壊
男は圧倒的な一撃で群れを粉砕し、アイテムを残してダンジョンは崩壊した。女性は上着を与えられ救助され、建物は隔離と封印の対象となった。男は去り際に礼を辞し、女性は強烈に心惹かれてしまった。
佐藤蛍太の素顔
その正体は出版社《冒険書房》に勤める営業社員・佐藤蛍太であった。凡庸な日常を送りながら、溜め込んだ鬱屈を力に変えて最強の英雄として振る舞っていた。本人の知らぬ間にファンは増え続け、彼は上着を失ったことに悔やみつつも、再び日常へと戻っていったのである。
第一章 地味なおじさんと業務改革
①ささやかな家族との一幕
家族との帰宅風景
佐藤蛍太は上着を失くしたまま帰宅し、玄関で姪の光莉に鞄を預けながら落ち込んでいた。救助のために脱いで渡したことを説明し、新しいのに惜しいと嘆いた。光莉は安物だから買い替えればよいと気楽に返したが、佐藤は損をしたこと自体にショックを受けていた。
姉・甘原灯里の帰宅と夕食
居間では姉の灯里が帰宅しており、疲れた様子で愚痴をこぼしていた。彼女の用意した半額のタラの煮つけと発泡酒を囲み、三人は食卓を囲んだ。佐藤は料理を褒めつつも淡々と過ごし、ニュースでは冒険者オワリ社長の《淫魔宮》クリア記録更新が報じられていた。
記録談義と世代差
光莉が新記録に興奮する一方で、佐藤は興味を示さず、過去のゲームを引き合いに出して無関心を貫いた。灯里は勝負ごとの楽しさを強調し、昔の遊びを懐かしんだ。光莉は拗ねたが、佐藤にとってダンジョン攻略は遊びや競争ではなく、ストレス発散の場に過ぎなかった。
佐藤の平凡な自己認識
姉のスポーツ万能で豪快な性格と対照的に、佐藤は自分を地味で無個性なサラリーマンだと信じていた。テレビのチャンネルを変え、好きなアニメを観ながら家族との夕食と晩酌を楽しんだ。
迫り来る大事件
その頃、新宿歌舞伎町ダンジョンの深層では世界を揺るがす事態が進行していたが、佐藤は何も知らず、ささやかな幸福を味わっていた。
②ある配信者のアンチおじさん活動
新宿歌舞伎町ダンジョン深層 境界地带 自称本格ミリタリー系迷宮配信者”ハイラックQ”
境界地帯の活況と視聴者の空気
新宿歌舞伎町ダンジョンの深層と中層の境界地帯は、配信者と視聴者の注目によって人の往来が増え、菓子袋やポーション缶が散乱する賑わいを見せていた。コメント欄では《新宿バット》関連の検証が活発化し、バズに便乗した企画が求められていたのである。
《ハイラックQ》の登場と“軍装”芸
自称本格ミリタリー系迷宮配信者《ハイラックQ》は、軍装に見せかけた魔法杖内蔵の突撃銃もどきを掲げ、AI読み上げで視聴者コメントを拾いながら配信を進めていた。銃器所持の誤解やコスプレ性への指摘に反発しつつ、現代兵器無双という持ち味をアピールしていた。
《新宿バット》への疑義と“強化バット”企画
《新宿バット》が無改造のスポーツ用品を使っていると示唆した公式のQ&Aに対し、ハイラックQは装備カスタムの常識に反するとして強い不信を表明した。そのうえで、鉄条網や刃を施して魔法強化した金属バットで深層を無双し、虚偽を暴くと宣言する企画を打ち出した。
想定外の“悲劇の雷帝”出現
金剛石の大蛙でオチを付ける台本を念頭に巡回していたところ、撮影ドローンが未知の影に即時撃墜され、視界に二メートル超の巨漢が現れた。鑑定の結果はレベル300の超越者級ユニークモンスターであり、背負う武器は伝説級『悲嘆のムジョルニア』と判明した。スタッフは確定ドロップの誘惑に浮き立ったが、ハイラックQは即座に勝機なしと判断して撤退に移った。
圧の咆哮と壊滅
巨漢は言語を伴わない獣じみた咆哮を放ち、その余波だけで衝撃波が発生した。至近で受けたスタッフは耳と喉から出血して吹き飛び、撮影機材は破壊され、配信は音声のみが不完全に継続した。続く雷鳴と物理衝撃が一帯を薙ぎ払い、配信者側は塵と化して壊滅した。
③最大手も楽じゃない
同時刻 某ファミリーレストラン店内 “スイレンPT”
地鳴りと場面設定
同時刻、新宿のファミリーレストランで《スイレンPT》(白玉水蓮、リンドウ、アマヅル)は強い揺れを感じ、避難可否を検討していた。人気配信者《ハイラックQ》消失の直後であり、店内の動揺が広がっていた。
突然の大型コラボ通達
白玉水蓮はプロデューサーから緊急連絡を受け、影猫やセナを含む三人編成ユニット「トライアングルヒーローズ」結成を知らされた。スポンサー主導の緊急案件であり、事前説明のない事後承諾であった。
DOOMプロの不祥事と経営危機
勝鬨金矢の強要問題や影猫パーティ内の刑事事件により、DOOMプロは株価暴落と経営刷新の圧力に直面していた。佐藤蛍太の介入により重大事態は未然に防がれたが、上層部の責任追及は避けられず、株主対策として大型コラボが打ち出されたのである。
《大侵攻》再来の兆候
速報は新宿歌舞伎町ダンジョンでの異変を報じ、徘徊型ボスの出現とレベル300という規格外の数値が共有された。未踏深層の到達限界(140~150)を大きく超える脅威であり、レイド級の総力戦か、あるいは超越的個人による単騎討伐の可能性が示唆された。
現場と経営の乖離
プロデューサーは討伐達成による名誉回復とスポンサー効果を強調したが、水蓮は実務負担と危険度の高さから慎重姿勢を崩さず、先行データの提供を要求した。チームはファミレス店内で即時分析の体勢に入った。
伝説級武器の映像と水蓮の動揺
共有された《ハイラックQ》配信の切り抜きと鑑定情報には、ユニークモンスターと伝説級『悲嘆のムジョルニア』が映っていた。白玉水蓮は映像を見て取り落とし、父に結び付く武器情報とSNS上の考察に直面して動揺し、仲間に支えられながら震えていた。
④さよなら、冒険書房
翌日 冒険書房営業部オフィス 佐藤蛍太”
一夜明けの出社と違和感
新宿の徘徊型ボス出現と大型コラボ発表の翌日、佐藤蛍太は不眠のまま出社し、入り口や壁面が一新されたオフィスに強い違和感を覚えた。カードキーは通用したが、内装は白く光るほど清潔で、昭和の色を残した旧態は跡形もなかった。
営業部の刷新と動揺
営業フロアでは机と椅子、PCまで最新型に置き換わり、鵜飼は高性能コーヒーメーカーに歓喜していた。対照的に編集部はクラウド移行と強制片付けで阿鼻叫喚となり、積年の紙資料の山が一掃された事実に動揺していた。
新社長・天王洲ライムの就任
ハイヒールの足音と共に天王洲ライムが現れ、《冒険書房》を《DOOMブックスレボリューションズ》として再始動させると宣言した。元トップ配信者にして実業家の彼女は経営権取得を明かし、場を制する眼力と礼節で社員を掌握した。
初手の謝罪と人材投資方針
天王洲ライムは佐藤に頭を下げ、これまでの不始末を謝罪すると同時に功労への待遇と報酬を約束した。続けてサビ残廃止、定期昇給とボーナス拡充、増員による働き方改革を掲げ、人への投資を最優先とする方針を示した。
体制移行の実務と現場反応
データの全面クラウド化と紙資料の別室保管が告げられ、編集部の古参も握手と笑顔で受け入れた。部長は平静に業務再開を促し、佐藤は社長と握手して協力を表明したが、急転直下の変化に思考は凍りついていた。
佐藤の戸惑いと新章の気配
二十年近いサラリーマン生活で初めての激変に直面し、佐藤はブラックな常識しか知らない自分がホワイト運用に適応できるのか逡巡した。社名も職場も働き方も一夜で変わる中、彼は流れに抗えぬまま、新体制の現実を受け止めようとしていた。
第二章 カタカナ社名は言いづらい
①令和最新の職場とブラック企業帰還兵
DOOMブックスレボリューションズ 営業部オフィス “佐藤蛍太”
ライブ中継の“遠さ”と苛立ち
DOOMブックスレボリューションズの新オフィスで、佐藤蛍太は新宿ダンジョン防衛戦の公式配信を眺めつつも、匿名の罵声や冗長な映像にうんざりし、要点だけ知りたいと鵜飼に解説を求める。黄金級レイドの総攻撃も通じず、徘徊型ボスは属性・物理を悉く無効化、咆哮一撃で壊滅—正体は依然不明だった。
“好きだった仕事”の終わり方
雑誌《アドベスタンス》に憧れて入社した昔を思い返し、TRPGやラノベ編集の夢が、ダンジョンが日常となった現実に駆逐されたことを噛みしめる。生き残るための変化だと頭では理解しつつ、心はついていかない。
令和仕様の改革案
天王洲ライムが営業方針を説明。外回りは新人含むローテーション制へ、人員増強・業務近代化・経費は交通費から昼食まで会社負担。佐藤の“個人ツテ頼み”営業は是正され、組織としての取引に再設計される。
良いこと尽くしなのに“落ち着かない”
サビ残廃止・昇給・ボーナス・最新設備……労働者としては得しかない改革が並ぶ一方で、佐藤は言語化できないモヤモヤを抱える。ブラックを生き延びた身体のクセが抜けず、令和のホワイト運用に身が収まらない。
世代間の温度差
部長は「今は令和だ」と柔軟に受け止め、鵜飼も新環境に即順応。対照的に佐藤は、片づけられた紙の山も、無駄のないデスクも、過去の居場所を失った感覚にかられ、「……落ち着かんなあ」と独りごちるのだった。
DOOMブックスレボリューションズ 営業部オフィス “営業部長”
営業部長の評価と苛立ち
営業部長は、佐藤蛍太を「やればできるのに普段は輝かない厄介者」と見ている。修羅場では粘りと柔軟さ・計画性で必ず成果を出すが、平時は最低限で帰ろうとする煮え切らなさに歯がゆさを覚える。
“ブラック帰還兵”の比喩
鵜飼の「何もかも良くなったのに、なぜ佐藤は追い詰められているのか」という疑問に、営業部長は『ランボー』を引き合いに出す。佐藤はブラック企業帰還兵で、急にホワイト環境へ放り込まれて適応が追いつかない、と喝破する。
廊下の向こうで聞いていた佐藤
壁越しの会話を拾えるほど感覚が鋭い佐藤は、苦笑しながら業務用スマホの着信に出る。相手は白玉水蓮。雑踏と金属音から、新宿歌舞伎町ダンジョンのエントランス付近からのスピーカー通話だと察する。
《トライアングルヒーローズ》と無茶振り
白玉水蓮は大型コラボの件を切り出し、徘徊ボス討伐への協力を直訴。佐藤は「予算不足の穴埋め役なら荷物持ち程度」と受け流し、現場参戦は固辞する。水蓮は上からの無茶振り・準備期間ゼロ・連係未整備を認め、「今の戦力では無理」と言い切る。
佐藤の“絶対線”
佐藤は一般市民の立場と本業を理由に現地参戦を拒否。過去の《大侵攻》での地獄の三か月がトラウマとなっており、「命じられても泣かれても、これだけは譲れない」と心に線を引く。
予想外の依頼:コーチ就任要請
白玉水蓮は想定済みだったかのように路線変更。「じゃあ、コーチして」と依頼する。佐藤はあ然—現場には出ないが、最前線に挑むトップユニットの“指南役”として引っ張り出される局面が、静かに開いた。
②地味なおじさんのコーチング
新宿歌舞伎町ダンジョン中層《天下泰平通り》 “佐藤蛍太”
呼び出しと顔ぶれ
新宿歌舞伎町ダンジョン中層《天下泰平通り》に、白玉水蓮の要請で佐藤蛍太が合流。同行は影猫、セナ、リンドウ、アマヅルの“トップ3+サポート”という超豪華編成。佐藤は現場参戦は拒みつつ、コーチ役として条件付きで協力に転じる。
課題の特定(セナの固有スキル)
セナの《観目心眼》は俯瞰視点で反応と持久を爆上げする最強系だが、目を閉じる仕様ゆえ味方識別が粗く、範囲火力で誤射リスクが高い――集団戦では踏み込みが鈍るのが最大の弱点、と佐藤は即断。
即席ドリルの設計と“教材”投入
佐藤は廃墟の壁越しに浸透勁で“公式未発見”の隠しボス(中層に眠る深層級巨獣)を起こし、実戦教材化。自分は細身のサラリーマン姿のまま最小介入で指揮だけに徹する。
コーチングの要点(指針→任せる)
- セナ:まず攻撃自重。影猫・リンドウのモーションを“型”で覚え、敵味方の識別精度を上げる。
- 影猫×リンドウ:回避盾と守備盾のスイッチ運用を徹底、カバー入りのタイミングを体で合わせる。
「指針を示し、信じて任せる」—佐藤の管理術はシンプルかつ実務的。
連係の定着と討伐
影猫の《スカッドの光剣》で急所穿ち→リンドウが受け止めて隙を作る→アマヅルの《忍法・蜘蛛糸縛り》で粘着・足場化→セナの《破裂のガイ・ボルガ/砕け散る翠壁》で腹部を粉砕。隠しボスは消滅し、深層ボス級の大量ドロップが出現。
水蓮の懇願と佐藤の“一線”
白玉水蓮は徘徊ボス討伐への直接協力を再度懇願。しかし佐藤は「一般市民として表舞台に出ない」という信条と《大侵攻》のトラウマから固辞。代わりにコーチ/助言には応じる姿勢を示し、「指針と応援」を残して去る。
胸に残る過去と現在
十八年前、《大侵攻》で“リーダー”に助力を乞われながらも十分に応えられなかった悔いが疼く。それでも佐藤は“英雄ではない自分”を受け入れ、家族と職場を守るサラリーマンとしての線を守る。去り際、ホワイト化した職場への居心地の悪さと周囲の目から「転職」をふと考えるのだった。
③同時多発的世界の危機
新宿歌舞伎町ダンジョン エントランスホール “トライアングルヒーローズ”
エントランスの緊張と注目
エントランスに戻った《トライアングルヒーローズ》は周囲の冒険者から注目を浴びていた。徘徊ボス討伐の最有力とされ、警戒や妬みを受ける状況で、白玉水蓮は仲間に協力を改めて求めた。
突如発令された警戒警報
その時、全冒険者の端末が一斉に鳴動し「ダンジョン特別警戒警報」が発令された。十八年前の《大侵攻》以来一度も使われなかった恐怖のシグナルに場は騒然となった。大型ビジョンに映し出された政府発表は誤報でないことを告げ、対象地域は札幌・大阪・名古屋と示された。
札幌の惨状
札幌では地下街の床が破られ、蟻地獄に似た鈍色の蟲が溢れ出していた。冒険者が抵抗を試みたが、甲殻に刃が弾かれ避難は混乱を極めた。
大阪の地獄城出現
大阪では《裏大阪城》が崩落し、黄金に飾られた欲望の城が姿を現した。堀からは巨大蛸が人々を捕食し、悪魔系モンスターが無数に湧き出した。
名古屋の街中襲撃
名古屋では生活感ある商店街に三メートル級の大熊が出現。一般人が配信する映像が悲鳴とともに途切れ、現場の惨状を示していた。
混乱と覚悟
三都市同時発生により冒険者たちは恐慌状態に陥り、救援に向かう者や家族に連絡する者が錯綜した。白玉水蓮は顔を強張らせ、影猫は強がりで士気を繋ぎ、セナは覚悟を固めた。新宿を含む四か所で同時に牙を剥いた《大侵攻》に、現代の冒険者たちは直面することとなった。
第三章 地味なおじさんと忘れじの傷
①令和の営業とバズる姪っ子
都内某書店内 “佐藤蛍太”
営業先でのやり取り
佐藤蛍太は都内の大型書店を訪れ、長年の付き合いがある店長に営業を行っていた。冒険書房時代からの縁を頼りに枠を維持してきたが、現在はDOOMプロ所属として新人たちと共に営業を担当していた。新人三人はイケメンや美人揃いで、迷宮配信者関連の爆売れ確実な商品を扱うことから、書店員からも好意的に迎えられた。佐藤が培ってきた営業ノウハウは即座に共有・効率化され、自身の存在意義に疑問を抱いていた。
新人たちとの関係
新人社員たちは佐藤を尊敬し、過去に勝鬨金矢の不祥事を収めた功績をヒーロー的に語った。佐藤はそれを不祥事の隠蔽に近いと自覚しており、彼らの評価に居心地の悪さを感じていた。謙虚に振る舞うほど尊敬の念が強まり、佐藤は化けの皮が剥がれることを恐れていた。和やかな空気が流れる中でも、彼は一人地味で疲れた姿を晒していた。
誘いと帰路
新人からの食事の誘いを断り、佐藤は定時を過ぎて直帰した。営業管理アプリの扱いに苦労しつつ、ホワイトな労務管理に疑念を抱いていた。冒険書房時代の名刺の方がしっくりきたと感じ、DOOMプロの肩書きをまだ受け入れられないでいた。人影まばらな駅のホームで、自分が古い時代の人間だと自嘲していた。
光莉のバズり
その時、姪の光莉からメッセージが届いた。彼女の《忍道ヒカリch》が初めて大きくバズり、登録者数が急増していたのである。以前は一五〇〇人程度だった登録者が一万人を超え、最新動画は百万再生を突破していた。佐藤は通信料を気にして動画は見ず、光莉に直接電話をかけ、彼女の高揚した声を受け止めていた。
新宿歌舞伎町ダンジョンエントランスホール “忍道ヒカリ”
ヒカリの単独潜入と分析公開
忍道ヒカリは新宿歌舞伎町ダンジョンのエントランス外れで、佐藤蛍太に新ボスの偵察成果を報告した。隠密SSSを頼みにソロ潜入し、取り巻きと環境の鑑定結果を取得してWikiとSNSに公開したため、登録者数は急伸し、最新動画は百万再生を突破していた。従来のドローン偵察が結界妨害で無効化される中、至近距離鑑定を成功させた点が評価され、レジェプロ級配信者の公式アカウントも反応した。
ボス耐性の仮説と佐藤の反応
ヒカリの鑑定では電撃吸収、その他は通常耐性、旋風弱点という結果であった。全属性無効という噂は強力な防御スキルか装備由来と推定し、結界破壊などの対抗策が有効と示唆した。佐藤は不器用ゆえに直撃で殴る発想を口にしつつ、社会的意義を認めて労った。ヒカリは秘蔵の詳細画像と生データを佐藤に提供し、スクープ判断を委ねた。
ミヤの分析とチャンネル運営方針
小野都子は管理画面の推移を解析し、今回の伸長は大手拡散の後押しが大きいと結論づけた。その上で、佐藤頼みからの自立を促し、戦闘を避けるヒカリには偵察特化路線の継続を提案した。レジェプロの来日が近い兆候を踏まえ、参戦前の各都市での偵察遠征を構想した。
動機と資金の現実
ヒカリはシングルマザーの灯里を支えたい思いと素直な憧れを抱え、収益化と投げ銭で家計を助ける目標を固めていた。一方で手持ちは乏しく、遠征費用は佐藤か灯里からの借入も検討していた。
トッププロの苦戦と突発の接触
エントランスに戻ったスイレン、セナ、影猫の最強コラボは土埃と返り血にまみれ、調整難航の空気を纏っていた。周囲がざわめく中、スイレンは高感知でヒカリを特定し、その場で拉致同然に高級ラウンジへ同行させた。目撃者の撮影と憶測が一気に拡散し、忍道ヒカリ、スイレン、拉致、電撃スカウト等の刺激的語がトレンド入りして話題はさらに加速していた。
②地味なおじさんと再会
都内某駅ホーム “佐藤蛍太”
ボス画像の衝撃
佐藤蛍太は帰路の駅ホームで、忍道ヒカリから届いたワンダリングボスの近接画像を確認し、乗車も忘れて見入っていた。装備は寄せ集めの重装と巨大ハンマー、顔半分を覆うマスク、首にはロケット。武器は伝説級雷霆のムジョルニアと一致し、露出した目元に既視感を覚えた佐藤は、二度と会えないと思っていた人物の面影を見出して動揺していた。
大侵攻の記憶と自責
佐藤の脳裏には二〇〇七年の大侵攻が甦っていた。人心が荒廃する中で人間不信を拗らせた自分、闇医者の診療所に辿り着くまでの混乱、そして決死隊を率いた“リーダー”の存在である。最終局面では“リーダー”が身を挺して佐藤を庇い、薄氷の勝利を導いたが、本人は還らなかった。佐藤は当時、信じ切れなかった未熟さを悔い、いま目の前のボスに“リーダー”の痕跡を見る現実に言葉を失っていた。
古い手帳と再会の呼び水
佐藤は営業鞄に忍ばせてきた旧いシステム手帳から、十八年前に記した番号を引き出し、菊池に発信した。相手は即座に応じ、十八年待ったと告げると、新宿での合流を一方的に指定した。佐藤は短い通話を終え、位置情報を受け取り、再会の準備に移っていた。
社の誘いと辞退
同時刻、鵜飼から社長・天王洲ライム主催の若手勉強会兼会食の誘いが入った。佐藤は旧友の容体悪化を理由に丁重に辞退した。気遣わせた自覚に沈みつつも、いま優先すべきは過去と向き合うことであると判断して気持ちを切り替えていた。
新宿へ向かう決意
佐藤はホームを反転し、新宿行きに乗り込んだ。十八年を隔てて現れた傷と向き合うため、そしてボスの正体に“リーダー”の影を見る確かめを得るため、指定の裏通りへ向けて動き出していた。
新宿歌舞伎町ダンジョンエントランスホール内
会員制高級ラウンジ《回復の湯》 “忍道ヒカリ”
高級ラウンジでの交渉
忍道ヒカリは会員制高級ラウンジ《回復の湯》でスイレン、セナ、影猫に囲まれ、ワンダリングボスの追加情報提供を求められた。ヒカリは冗談半分に対価を示唆したが、スイレンが即金で支払う姿勢を見せたため、からかいを撤回し無償提供に応じた。スイレンは回復と打ち合わせを同時に進める必要から、この場を選んだと説明していた。
無償提供と即時共有
ヒカリは至近距離鑑定で得た数枚の詳細画像と隠しデータをその場で送信した。影猫とセナはヒカリの行動に半ば戦慄しつつも、スイレンは端末に釘付けとなり、時間の猶予がないため受領後すぐに訓練へ戻る意向を示していた。
画像が引き出した個人的記憶
スイレンは画像に写るちぐはぐな装備、分厚い首のペンダント、傷だらけのロケットの中身を確認し、家に同型のロケットがある事実を想起した。それは《大侵攻》の最中に母が肌身離さず持ち、現在は仏壇に納められているものであり、対になる片方には父の写真が収められていたと述懐した。
苦渋と共感の場の変化
スイレンは動揺を抑えきれず涙をこぼし、セナは被災経験者として寄り添い、詳細の共有を促した。影猫は状況の重さを理解し、当初の呆れから同情へと態度を変えていた。ヒカリは冗談が通じないほど切迫した空気を察し、以後は真剣に協力する姿勢を示していた。
父の正体の告白
スイレンは画像の人物が父であると確信し、ようやく見つけたがこの形での再会はあまりに酷いと吐露した。彼女は、現在モンスターの群れを率いて地上侵攻を続けるワンダリングボスの正体が、自身の父であるという結論に至り、悲嘆と決意を込めて事実を受け入れようとしていた。
新宿歌舞伎町
某裏路地 “佐藤蛍太”
裏路地での再会
佐藤蛍太は菊池から指定された新宿裏路地に到着した。ビルの狭間にある非常階段脇で待つと、黒装束の老人が階上から飛び降り、抜刀と同時に斬撃を繰り出した。佐藤は鋼の拳で受け止め、澄んだ剣戟音が響いた。姿を現したのは、新撰組副長の洋装を模した衣装を纏う男であり、菊池こと《局長》であった。
古強者同士の語らい
局長はかつて《大侵攻》を共に生き延びた仲間であり、佐藤のことを《ホームランダービー》と呼んだ。互いにあだ名を用いる習慣は、死と隣り合わせの極限状態で現実を忘れるために生まれ、後に冒険者の伝統となった。菓子パンマンや黒川ら、当時の仲間の記憶を語りながら、局長は過酷な生還者の絆を確認していた。
現在と過去の比較
渋みを増した局長に対し、佐藤は小市民然とした自分との差を痛感していた。局長は自己評価が低すぎると窘めつつも、佐藤の力量を認めていた。十八年の歳月を経てもなお局長の覇気は衰えず、佐藤はその姿に圧倒されていた。
墓参りの誘い
局長は物陰から野球のバットケースを取り出し、佐藤に差し出した。中身は新品の金属バットであり、佐藤の武器として用意されたものであった。局長は重い話を前に一戦を交える必要があると告げ、佐藤に「墓参りだ」と宣言した。
③地味なおじさんと英雄伝説
新宿歌舞伎町ダンジョン内 深層領域通路 “佐藤蛍太”
技より入門、スキルは後追いである
新宿歌舞伎町ダンジョン深層の境界地帯を進む途上、近藤イサリは面道具やチート能力に頼る風潮を戒め、汗を流して先達の技を学ぶ重要性を説いた。佐藤は武道研鑽の時間的コストを認めつつも、実利を優先する現代的感覚をにじませていた。二人は過度な緊張と無縁の自然体で警戒を維持していたのである。
金剛石の大蛙の奇襲と即応
透明化して群れで襲う《金剛石の大蛙》が包囲したが、近藤イサリは銘刀虎徹にサブスキル《斬鉄》を載せ、一刀で頸骨を断ち斬首した。佐藤は金属バットで極大ノックバックを与え、巨体の慣性で骨や臓器を潰して連鎖的に殲滅した。物理耐性や滑る皮膚を技量と打撃理論でねじ伏せた応戦であった。
価値観の応酬と推しの在り方
近藤イサリは若者のタイパ志向を嘆き、己は時代劇と新撰組を推し続けて古流免許皆伝に至ったと語った。佐藤は家族以外に強い「推し」を持たず、モンスターは交渉不能な脅威として割り切る姿勢を示した。両者の立場は異なれど、戦闘では阿吽の呼吸を保っていた。
避難所かラスボスか、佐藤の痛恨
会話は《大侵攻》時の記憶へ及んだ。佐藤は避難所防衛を理由に決死隊入りを渋り、遅れて参戦してボスを撃破した。しかし留守の避難所は内部から扉が開かれ侵入を許し壊滅した。二兎を追って両方を失ったと自責し、当時の生存者にも語れず抱え続けていた傷であると明かした。
近藤イサリの現在と人脈
近藤イサリは伝説プロ所属配信ユニット《壬生浪士》の局長として裏方とプロデュースを担い、育てた若手が前線を務めていると告げた。戦闘支援には名付けを施したドローン《源三郎》を用い、散在するドロップの自動回収など縁の下の力を発揮させていた。旧友の消息や同窓会の話題も交え、佐藤が個人的に墓参や見舞いを続けていた事実も言い当てていた。
《はじまりの冒険者》とプロパガンダ配信の裏側
近藤イサリは、戦闘時の録画データを基に恐怖緩和と冒険者増加を狙った再編集配信が行われた経緯を語った。その中で佐藤は名誉参加扱いとなり、ギルド公式の殿堂では《ホームランダービー》のTS美少女として造形されていた。佐藤は強い拒否感を示しつつも、十八年越しの不義理を茶化す近藤イサリの悪戯に苦々しく耐えていた。
墓参の目的地《廃棄病院》へ
転移門を抜けた先は《廃棄病院》であった。財宝に乏しく移動困難でギミックも厄介という過疎仕様の領域であるが、二人には墓参という明確な目的があった。黄昏色の空間に浮かぶ旧歌舞伎町の残骸を飛び石のように辿り、佐藤と近藤イサリは無言で先を急いでいた。
奈落を跨ぐ跳躍と神経の平静
佐藤と近藤イサリは、落下すれば終わりの浮遊瓦礫を連続跳躍しつつ、恐怖を紛らわせるため会話を続けた。奈落は「落ち続けながら死ぬ」最悪の体験であると近藤が述懐し、慎重に距離を詰めていったのである。
伝説級武器の報道と未公開写真の共有
話題は《悲嘆のムジョルニア》へ及び、佐藤は《忍道ヒカリ》が撮影した高精細なボス画像を近藤に送付した。既出の不鮮明画像と異なり装備や顔立ちまで判別可能な有力資料であり、近藤は高額での買取意思を示した。
報酬の扱いと制度的裏付け
佐藤は副業規程を忌避して現金預かりを依頼したが、近藤は迷宮関連所得の優遇を踏まえ「申告はせよ」と釘を刺した。冒険者を国防資源として厚遇する政策面の背景が語られた。
《廃棄病院》到着と保存された惨劇
最大の浮遊建造物に着地すると、腐臭と血痕、爆痕が残る「惨劇のタイムカプセル」が出迎えた。石化したドブネズミの残留が目に留まり、人間回収を優先した当時の限界が確認された。
発災初期の行動と出会い
迷宮化直後はゴブリン中心の小型群が溢出し、佐藤はバッセンでの初戦闘、近藤は研ぎ出し中の刀での実戦で切り抜けた。両者は被災者救助と物資確保を続け、途中で《局長》や《菓子パンマン》《ダークホライゾン黒川》らと接触した。
七日後の地獄:《大型モンスターの顕現》
一週間を境に事態は激変し、大蛇・大蜘蛛・オーガが各避難所を襲撃した。対処は可能だったが人的被害は拡大し、人間側の詐欺やだまし討ちも横行して統制が崩れた。
徘徊型ボス《狂乱のコカトリス》の脅威
雑居ビル級の巨体と石化ガスを備える徘徊型ボスが各コミュニティを順に壊滅。治療手段の乏しい当時は攻略不能に等しく、佐藤も近藤も単独討伐を断念して人的結集を模索した。
《リーダー》が変えた戦況
全滅の気配が濃くなる中、《リーダー》の登場が局面を転換した。十八年前、若き佐藤がそこで遭遇した出来事へと、二人の記憶は繋がっていったのである。
2007年 東京新宿某所闇医者の診療所 “佐藤蛍太”
闇医者の診療所での邂逅
2007年、新宿の雑居ビルにある闇医者の診療所。避難民がひしめく中で唯一の覚醒者として奔走していた佐藤蛍太は、食料や医薬品を調達し、モンスター退治で状況を支えていた。しかし半グレまがいの被災者も混ざり、常にトラブルが絶えなかった。疲弊し切った佐藤の前に現れたのは、二メートル近い巨体の男であった。
リーダーの登場と勧誘
プロレスラーのような体躯、口元を仮面で覆ったその男は、実は巻き込まれた警察官であった。妊娠中の妻と入院患者を守るため、そして大勢を救うために佐藤へ協力を要請した。佐藤は暑苦しいと辟易しつつも、その真っ直ぐな情熱に圧倒され、耳を傾けざるを得なかった。彼が掲げた目標は《狂乱のコカトリス》討伐であった。
英雄の理屈と佐藤の逡巡
石化ガスを撒き散らす怪獣じみたボスを前に、誰もが恐怖で戦うことを放棄していた。しかしリーダーだけは「倒す」と言い切り、仲間を募った。佐藤は避難所防衛を言い訳に動けず、失敗を恐れて逃げた過去を思い出しながら、勇気の差を痛感した。
仲間の集結
リーダーは局長(当時の菊池、後の近藤イサリ)に協力を求め、時代劇かぶれの剣士も仲間に加わった。さらに《菓子パンマン》と呼ばれる奔放な男、在野の覚醒者たちも次々と参じた。闇医者の娘を含む市井の人々も、死にたくない一心でその輪に加わった。
《はじまりの冒険者》の誕生
こうして寄せ集めの被災者から成った十数名の一行は、後に《はじまりの冒険者》と呼ばれる存在となる。彼らは絶望的とされた《狂乱のコカトリス》を討ち、さらにはラスボスをも撃破し、《大侵攻》を終結させたのである。本人たちすら予想しなかった歴史的な戦いの始まりであった。
新宿歌舞伎町ダンジョン内 深層《廃棄病院》 “佐藤蛍太”
廃病院を進む現在の二人
佐藤蛍太と近藤イサリは、深層《廃棄病院》の通路を警戒しつつ進み、不死系の《巨漢ゾンビ》《毒骸骨》《這い寄る臓器》を淡々と処理していた。配信映えせず旨味も薄い高難度域であったが、ドローン回収《源三郎》を使いながら、十八年の研鑽を積んだ実力で制圧を続けていたのである。
積み重ねの価値と自己評価の齟齬
近藤イサリは「当たり前を積む」困難を語り、佐藤蛍太の異常な適性(生体を“球”として捌く打撃戦術)を指摘した。対して佐藤蛍太は「普通のサラリーマン」であると固辞し、真の英雄はあくまでリーダーだと位置づけた。
《狂乱のコカトリス》攻略の再検証
当時の作戦は《ひっかけワイヤー作戦》であった。仲間が電線束で足を絡めて巨体を転倒させ、頭部が落ち込む瞬間に佐藤蛍太がフルスイングで“ホームラン”。直後、リーダーが《雷魔法SSS》による《超電磁・サイクロン》で腹部を貫通させ討伐に成功した。世界初の徘徊型ボス撃破は多大な戦利品を生んだが、本質的な目的は別にあった。
石化ガスの運用と“保護”という解
コカトリスの石化ガス原液を入手し、動かせない重症者・入院患者・妊婦らを一時的に石像化して地下に安置した。水・食料・空気を要さず病状進行も止まる“保護”により、覚醒者の防衛負担は軽減され、攻略戦力の集中が可能となった。解呪には二年を要したが、大勢が無事に帰還し、リーダーの妻子も救われた。
《はじまりの冒険者》という虚構
実際の参戦は二十名超で多くが戦死・療養・失踪に至った。公表上は六名(+名誉の七人目)へと縮約され、顔・名・スキルを差し替えた“偽装英雄像”が作られた。政府・自衛隊・警察が主導した体裁とし、プロパガンダ配信で物語化したのは、国家機能と社会秩序を守るための政治的判断であった。
佐藤蛍太が沈黙を選んだ理由
佐藤蛍太は名誉や注目を拒み、面倒と重責を避けて沈黙を保った。政府側も「そっとしておく」ことを暗黙の報酬とし、七人目の奇抜なキャラデザインを流布しても抗議しない姿勢で“告発の意思なし”を担保した。互いの利害が一致し、真相は伏せられたのである。
十八年越しの告白:ワンダリングボスの正体
新たな大侵攻の兆しと徘徊ボスの出現を受け、近藤イサリは結論を示した。それは「リーダーがモンスターとして《転生》した可能性」である。迷宮に喰われた魂は遅れて怪物として立ち上がる。英雄だった存在を敵として認識せねばならない現実は、二人にとって痛恨であり、ゆえに公的英雄化を避けた理由の核心でもあった。
国を守るという選択
被災当時、国家は封鎖で延焼抑止に徹し救出も討伐も果たせなかった。事実の全面開示は政権崩壊と機能不全を招き得るため、功績は公的機関に帰属させた。近藤イサリは「この国を守るため」と総括し、佐藤蛍太もそれを了解していた。だが今、リーダーの“帰還”が示唆される以上、十八年の沈黙は終わりに向かいつつあったのである。
④地味なおじさんと墓参り
新宿ダンジョン深層《廃棄病院》ボスエリア “佐藤蛍太”
死番鳥イツマデの討伐
新宿ダンジョン深層《廃棄病院》最深部にて、150LV領域守護者《死番鳥イツマデ》が《死の咆哮》と呪詛弾幕で襲来した。佐藤蛍太は正面から迎撃し、瞬間的な筋力解放で金属バットを鼻面にジャストミートさせ、一撃の極大ノックバックで建物へ叩き込み撃破した。脅威は熟練の域を超えた二人にとって脅威足りえず、ドロップは近藤イサリが回収する段取りとなった。
小さな塚と手向け
二人は財宝ではなく中庭の桜根元に築かれた小さな塚へ向かった。そこは近藤が往時に遺品を埋め、仲間を悼んだ場所である。墓標を清め、線香と燭を供え、静かに手を合わせた。墓所がボスエリア化した因果は不明で、怨嗟か未練かは判別不能であった。
最終決戦の“本当の最後”
近藤は十八年前のラスボス戦の結末を質し、佐藤は断片を語った。終末級の光線を前に打ち返しを試みたが力負けし、リーダーが身を挺して佐藤を庇った。佐藤は涙ながらに振り抜き、ラスボスは討たれたが、リーダーは還らず、魂は限界に達したと佐藤は感じていた。佐藤には返せぬ「命の借り」が残り、長く胸中の澱となっていた。
伝説プロの総動員と宣戦
近藤は「伝説プロダクションが動く」と告げ、ニュースには東京・札幌・大阪・名古屋の《大侵攻》同時討伐企画が並んだ。東京は《壬生浪士》率いる近藤が担当と公表された。佐藤は「誰が倒してもよい。弔ってくれるならそれでよい」と逡巡を見せるが、近藤は「やるなら競る覚悟を」と獣の笑みで宣し、「来るなら来い《ホームランダービー》」と挑戦を置いて去った。
明日への岐路
墓前にひとり残った佐藤は、十八年前との違いを示すべきか否かで揺れた。借りを返したい思いと、現代の英雄へ譲るべきという理がせめぎ合い、決断は翌日の決戦までに迫られていたのである。
第四章 成長する若者たち
①《スイレン》が生まれた理由
新宿歌舞伎町ダンジョン内 深層領域通路 “トライアングルヒーローズ(仮)』ライブ配信”
突発配信の開始と視聴者の集結
DOOMプロダクションの配信は厳格に管理されていたが、深夜に突発配信が始まり視聴者が殺到した。影猫やセナ、スイレンらトップ配信者に加え、忍道ヒカリの式神ドローンがカメラ担当を担っていた。コメント欄は熱狂的な反応で埋まり、深夜にもかかわらず多くのファンが集まったのである。
影猫の一撃と観客の驚愕
戦闘ではアマヅルが花吹雪の術で透明化した金剛石の大蛙を暴き、影猫が光剣で一撃した。かつて伝説プロのオワリ社長でも二撃を要した相手を一撃で倒したことに視聴者は驚愕した。コメント欄では武器性能や相性の違いが指摘され、影猫の腕前が際立っていた。
セナの大技と配信の盛り上がり
影猫が敵を囮として誘導した後、セナが伝説戦技《砕け散る翠璧》で群れを一掃した。華麗な攻撃は画面映えし、ファンの投げ銭が飛び交った。孤高とされたセナが仲間と連携する姿は視聴者に新鮮な印象を与え、好意的に受け止められた。
スイレンの挑戦の理由
配信の数分後、スイレンが仲間に語った自身の動機が明かされた。彼女は生まれる前に父・白玉喜納を失っており、母からは英雄だったとだけ聞かされていた。父は警察官として大侵攻に巻き込まれ、病院ごと閉じ込められた人々を救った人物であり、伝説の冒険者《リーダー》のモデルだった。スイレンはその父に会いたいという想いから配信を始めたのである。
新宿歌舞伎町ダンジョン内 深層領域通路 “トライアングルヒーローズ(仮)』ライブ配信”
少数の敵と進行有利の背景
新宿歌舞伎町ダンジョン深層の通路で、スイレン一行は想定より敵が少ないと気づいていた。彼女たちは知らなかったが、数時間前に佐藤と局長が同一ルートを制圧しており、再出現が間に合わない状況が攻略難度を下げる追い風となっていた。視聴者は連係の良さを称えつつも、防衛戦への実戦参加を望む声を上げていたのである。
ヒカリの式神ドローンと3Dマップの優位
忍道ヒカリは隠密を解いて姿を現し、式神ドローンを展開してサブカメラ視点を増やした。疑似モンスターとして動く子狐型ドローンは完全隠密で踏破し、地形の3Dマップと敵の位置・感知範囲を可視化した。パーティと視聴者に共有された精密マップは初見攻略の強力な優位となり、アマヅルはサポート領域の競合に焦りを覚え、リンドウは役割分担を促していた。
奈落越えと即席ジップライン
《廃棄病院》へ至るには、宙に浮く瓦礫を飛び石にして突破する必要があった。身軽な影猫やセナ、ヒカリ、アマヅルに対し、重装のリンドウや後衛のスイレンは跳躍に不安があった。ヒカリとアマヅルは杭とワイヤーで即席ジップラインを設置し、配信者たちは順次滑走して奈落を突破した。式神ドローンが追走して臨場感ある映像を届け、視聴者は絶叫マシンさながらの盛り上がりを見せていた。
《廃棄病院》到達とスイレンの告白
一行は映像としては初となる深層エリア《廃棄病院》に到達した。スイレンはカメラの前で、十八年前の大侵攻で母が病院ごと迷宮に閉じ込められ、父・白玉喜納が守って帰らなかった過去を語った。ボスに挑む前に、ここで戦った名もなき英雄たちへ参りたかったこと、自身が配信者を始めたのは写真でしか知らない父を探したかったからであると明かした。
新企画の宣言と反響
スイレンはセナ、影猫、忍道ヒカリと共に、新企画《STOP大侵攻! ラスボス倒すまで終われませんコラボSP》の開始を宣言した。私的な追悼と公的な決意を重ねた告白は視聴者の支持を集め、深夜にもかかわらずSNSのトレンドを席巻し、情報に疎いサラリーマンの耳にも届くほどの話題となっていた。
②頑張る若者たちと残されおじさん
都内某所 24時間営業立ち食いソバ屋 “佐藤蛍太”
深夜の着信と配信発覚
密会後に立ち食いソバ屋で時間を潰していた佐藤蛍太は、鵜飼からの連絡で《忍道ヒカリ》の突発配信を知った。配信先は《廃棄病院》であり、ヒカリは姿を出さず式神ドローンで撮影を担当していた。許可のない深夜潜行に佐藤は驚愕し、状況把握を急いだのである。
SNS確認と家族への連絡
佐藤はまとめ記事で要点を掴み、ヒカリがスイレンの電撃スカウトでコラボ参戦中と理解した。姉に連絡を取ったが出張中で不在だった。配信への書き込みを勧められたものの、公の場で目立つことを恐れ、ヒカリへ短いメッセージで安否確認を行った。
逡巡と支援の準備
撤退の要請を入力しかけた佐藤は、夢に踏み出した若者の足を引くことをためらい、見守る決断をした。ヒカリからは見ていてほしいという覚悟の返答が届き、佐藤は即応できる体勢づくりを優先することにしたのである。
新宿へ走る決意と観戦体制
配信を確実に視聴し、必要なら救援に向かうため、佐藤は超人的な速度で新宿の深夜営業カフェへ移動した。充電と通信環境を確保し、すぐ動ける位置で画面を凝視する体勢を整えた。保護者としてのダブルスタンダードを自覚しつつも、家族を守る覚悟を固めていた。
廃棄病院の戦闘と力量評価
画面の中では影猫が狭い廊下で苦戦する一方、スイレンが《バブルバリア》で前線を支え、リンドウが堅実な受けで壁となっていた。続いてスイレンが《破魔の慈雨(ホーリーレイン)》を展開し、アンデッドの群れを浄化して一掃した。佐藤は前衛の受けの熟練と、水魔法の味方への安全性を評価していた。
墓所への参りと意図の読み取り
配信者たちはボス前域に到達し、スイレンは十八年前の大侵攻で戦った人々へのリスペクトとして、非公開の小さな墓所に参る意図を明かした。経験値効率に乏しい場を選んだ背景に、被災者や生存者へ向けたメッセージ性があると佐藤は受け止めたのである。
父の正体の推測と届けたい言葉
スイレンの決意と魔法適性から、佐藤は《雷魔法SSS》に覚醒した戦友と娘の関係を重ね、彼女が《リーダー》の娘である可能性に思い至った。若者たちの覚悟に触れた佐藤は、画面の向こうへ言葉を届けたいと強く願いながら、配信を見守り続けていた。
(廃棄病院》ボスエリア前 “忍道ヒカリ”
音声遮断下の作戦整理
《廃棄病院》ボスエリア目前で、忍道ヒカリが配信音声を止めて作戦会議を主導した。スイレンはレジェンドプロから購入した攻略情報を共有し、当該エリアに墓所が存在する可能性を踏まえつつ、無用な注目を避ける意図が示されていたのである。
ボス情報と飛行型の利害
ボスはLv150《死番鳥イツマデ》であり、ガイコツ頭の鳥が常時飛行し、即死咆哮と誘導弾で遠隔攻撃する敵であった。飛行は本質的に優位である一方、装甲が薄く撃墜時の落下衝撃が致命打になる脆弱性を持つという、既知の戦訓が確認された。
撃墜条件と戦術の核
セナは伝説戦技を翼に命中させれば墜とせると分析し、《デスダイブ》はスキルの防護を伴う体当たりであるため、被弾と撃墜は別物であると整理した。ヒカリは発想を拡張し、スキル発動を止めた瞬間に急降下を墜落へ転化させる勝ち筋を見出したのである。
佐藤不在下の自助決意
弾幕を全反射しうる佐藤の不在が痛手であることを全員が認めつつ、スイレンは自分たちだけでやり切ると明言した。ヒカリ、セナ、影猫は互いに頷き、他力ではなく自力で突破する覚悟を固めていた。
ヒカリの動機と支援の引受
ヒカリはスイレンの事情を知り、損得や同接を超えて父に会わせたいという人間的動機を抱いた。冒険者が死を重ねて魂が穢れればモンスター化するという伝承に動揺しつつも、他人任せにせず支えることを選択し、持てる札をすべて切ると決めていた。
家族からの後押しと覚悟の固定
ヒカリには佐藤からの見守りの連絡に続き、母から不器用ながらも力強い激励が届いた。ヒカリは家族のために夢と収益を掴むと誓い、作戦の具体案を提示する段に至ったのである。
隠密SSSの本格始動
最終的に、ヒカリは《隠密SSS》を軸にヒトとダンジョンの最強格すら欺くプランで主導権を握る構えを見せた。配信はオフレコのまま、墓所への敬意と勝利条件の両立を掲げ、若者たちは決戦へと歩を進めていた。
③死番鳥VS配信者VSおじさんコメント
《廃棄病院》ボスエリア前 “トライアングルヒーローズ(仮)』ライブ配信”
ボスエリア侵入と即死対策
配信ユニットは《廃棄病院》ボス前の安全地帯を出て突入し、骸骨頭の《死番鳥イツマデ》と対峙した。アマヅルが即死耐性の《ナリタ・アミュレット》を展開し、咆哮の即死効果を一時的に遮断したが、死臭と恐怖は残り、緊張は高まっていたのである。
佐藤の初コメントと士気の上昇
配信画面には不器用なハンドルネーム【SATOU】の短文が流れ、応援の意思が示された。若者文化を苦手とする佐藤が障壁を越えて発した言葉は、スイレンに強い励みを与え、現場の士気を押し上げたのである。
弾幕耐久と前衛の粘り
死番鳥は死の羽根による誘導弾で弾幕を形成したが、リンドウが大盾と加護で受け切り、スイレンの《ヒールウォッシュ》が致死効果を洗い流した。お守りの張り直しと回復の循環により、前衛は痛みを抱えつつも陣形を崩さず、反撃機会を待っていたのである。
《デスダイブ》誘発と水障壁の減速
スイレンは弾幕での決着を捨て、突撃技《デスダイブ》を誘発させる判断を下した。急降下の直前、彼女は水魔法《大波》を発動し、巨体に強制減速をかけて速度を殺した。狙いは突撃を墜落へ転化させる一瞬の拮抗点であった。
隠密奇襲と頸部破断
ヒカリの《隠密SSS》が死番鳥の感覚を欺き、姿を消していた影猫とセナが減速の刹那に同時突入した。影猫は《流星群》で頸部に多段の楔を刻み、セナが《砕け散る翠璧》を重ねて頸骨を破断した。死のオーラを失ったボスは水塊に絡め取られて墜落し、衝撃がカウンターとなって消滅したのである。
勝利後の評価と信頼の確認
コメント欄では戦術の要点として、囮の耐久、隠密からの確定致命、突撃のカウンター化が評価された。配信側では、死の再出現に伴うリスク認識を共有した上で、それでも互いを信じて実行した点が勝利の核心であると確認された。
ユニット正式加入と背中を押す言葉
スイレンはヒカリに対し、ユニット名を《スクウェアヒロインズ》と改めて正式加入を打診した。逡巡するヒカリの耳に【SATOU】からの応援が届き、彼女は笑みを浮かべて手を取った。こうして国内最強配信者ユニットは四人編成として完成し、次段の決戦へ進む体制が整った。
新宿ダンジョン入り口付近 某喫茶店にて “佐藤蛍太”
配信後の動揺と達成感の交錯
午前二時、配信が待機画面に切り替わると、佐藤蛍太は自らのコメント行為に強い緊張と後悔を覚えていた。公共の場で発言する恐怖は大きかったが、姪の晴れ舞台を見届けたい気持ちが勝ち、震える手で応援を送っていたのである。
配信者への理解と敬意の芽生え
ヒカリの隠密活躍と、スイレン・セナ・影猫の華やかな戦闘を視聴したことで、佐藤は人気の理由を体感的に理解した。自身の戦いが暴力的で絵にならないと自嘲しつつも、若者たちの“カッコよさ”を素直に認めていた。
スイレンの素性への確信
スイレンの独白から、佐藤は彼女が十八年前の英雄《リーダー》の娘であると確信に至った。雷魔法SSSの父と水魔法SSSの娘という符合、当時の記憶と年齢の整合がその判断を後押ししていたのである。
借りを返すという決意
十八年前から抱えた負債を晴らす機会が来たと捉え、佐藤は躊躇を捨てる覚悟を固めた。見ているだけの苦しさを自覚しつつも、いざという時はリスクを負ってでも動く意思を明確にしていた。
情勢把握と“今日”への備え
《特殊機関ネルガル》の速報で、HIIKAKINや永愛エニシ、オワリ社長ら伝説級配信者が各地の《大侵攻》に向け動き出している事実を確認した。勝負の舞台が“今日”に迫ることを理解し、在野の冒険者や公的組織の動きも織り込んで情勢を掴んでいた。
新宿に留まる選択と微笑
即応のため新宿のネットカフェ宿泊を選び、翌日の早退や有休取得を視野に入れた。枯れかけていた闘志に火が点き、佐藤は久方ぶりに笑みを浮かべ、次の行動へと心を整えていた。
第五章 地味なおじさん、英雄になる
①地味なおじさんと攻略ガチ勢
DOOMブックスレボリューションズ 営業部オフィス “佐藤蛍太”
出社直後の騒ぎと佐藤蛍太の平静
朝9時、営業部に現れた佐藤蛍太は、鵜飼や部長から《忍道ヒカリ》急上昇の報を浴びるも冷静に応対。前夜は新宿近くのネカフェ泊まりで配信を見守っており、身内フィーバーにも浮かれず、保護者対応や注目リスクを現実的に見積もっていた。
トップ配信者たちの反攻状況を確認
鵜飼が配信を切り替え、各地の《大侵攻》に参戦する超一流をチェック。札幌の《HIIKAKIN》は炎特効で機械系の群れを制圧、大阪の《永愛エニシ》は正拳突き一撃で《裏大阪城》を薙ぎ払い、名古屋の《オワリ社長》は“屠龍の剣”でシャチホコ型ドラゴンに空中戦を挑む。佐藤は初見ながらも武技や装備思想を手際よく評価した。
新宿の警戒と社内方針
本社は新宿ダンジョン至近のため、社長命令で「接近時は業務停止→即避難」。部長は実務的に危機感を共有し、佐藤も“いざとなれば使う手”を胸中で再確認する。
《壬生浪士》参戦と若き武人たち
エントランスに《壬生浪士》登場。浅葱色の羽織を纏う“鬼副長”上方シンヤと“天剣士”沖田ソーリが、転移ルートで中層《亜人の巣》へ直行。佐藤は所作から上方シンヤの実戦力を見抜き、沖田ソーリの“売れる理由”も即座に理解する。
ワンダリングボスの位置把握と鵜飼の解析ツール
鵜飼はSNS自動収集+AI選別の自作ツールでワンダリングボスの動向をトラッキング。取り巻き増殖で精度は揺れるが、進軍経路の当たりは付く。地の利は海外拠点の彼らより佐藤に分がある、と彼は判断した。
中立を越える支援と社内の後押し
佐藤は集約データを《忍道ヒカリ》へ送る決心を固め、部長は「親会社支援は当然」と背中を押す。鵜飼も加勢し、路地やビル単位の実用情報をパッケージ化。数分後、攻略現場のヒカリへと支援データが届けられた。
新宿歌舞伎町ダンジョンエントランスホール内
会員制高級ラウンジレストラン “忍道ヒカリ”
叔父からの進路予測と即応判断
忍道ヒカリは佐藤蛍太から届いた“群れの規模ゆえ大通りに限定される”というロジック付きのワンダリングボス推定ルートを共有。リンドウも検証に賛同し、全員が「賭ける価値あり」と結論づけた。
休息の意義とスイレンの決意
昨夜の連戦後に仮眠・入浴・食事を優先したのは、勝率を1%でも上げるため。スイレンは「私がパパを倒すが、パパに私は殺させない」と動機を明確にし、焦りを抑えて冷静に作戦を選ぶ。
壬生浪士とのレースを“勝ち”に変える視点
《壬生浪士》は正面突破・討ち入り特化で、隠密運用は最小限。一方、現エリア《亜人の巣》は要塞化&モンスター密集で正面攻略が難しい。だからこそ、隠密・迂回・地の利を活かせる《スクウェアヒロインズ》に“出し抜く”だけでなく“勝ち切る”余地があるとスイレンは見抜く。
出撃
「おじさまの進路予想が当たるなら絶対間に合う」とスイレンが断言。ヒカリ、セナ、影猫、リンドウは即座に同調し、三分後、ラウンジを飛び出してダンジョンへ突入した。
同時刻 新宿歌舞伎町ダンジョン中層 《亜人の巣》 “壬生浪士”
要塞化した中層と強化された雑兵
高層ビル街はゴブリン部族により城壁化。屍晒しと赤黒い軍旗が並ぶ野戦陣地で、雑兵ながらボス傘下バフにより“深層級の雑魚”へ格上げされている。
二剣士の無双――土方シンヤと沖田ソーリ
土方シンヤは“力”と理に適った太刀筋で厚備を断ち、沖田ソーリは“速度”で死角を穿つ。AIモザイク必至の苛烈さで五十体を無傷で掃討する。
正面突破を阻む城壁と近藤イサリの指揮
大通りを塞ぐ瓦礫要塞に対し、近藤イサリはサブスキル《陣頭指揮》で忍者型監察ドローンを展開、周辺の精密マップを即時構築。抜け道はなく、正面突破が妥当と判断する。
スクウェアヒロインズ、復活地点へ転移→集団隠密
篝火(復活地点)を目印に《スクウェアヒロインズ》が転移で出現。忍道ヒカリは監察ドローンのA級隠密を看破し、《隠密SSS/天狗の隠れ蓑》でパーティごと姿と音を消す。これにより《壬生浪士》側へ「囮になるか、指をくわえて見るか」の二択を強いる。
局長、顔出し解禁と切り札《死報君恩》
挑発に応じ、近藤イサリが配信に復帰。詩を吟じて衣装を変える演出の後、サブスキル《死報君恩》を宣言。パーティ全能力“三段階”上昇(事実上2.5倍相当)の常時バフを付与する破格の切り札である。
一刀で城壁決壊、千両役者の開幕
「御用改めである」の一閃で城壁が斜めに崩落。ゴブリン部隊が雪崩れる中、黄金の剣気を纏った三剣士が横一線で突入し、数十単位で薙ぎ払いつつ前進する。
結末への道筋
《壬生浪士》は正面から有象無象を断ち進み、敵陣最奥――ワンダリングボスの首級へ一直線。裏で隠密侵攻する《スクウェアヒロインズ》との“同時到達”が射程に入る局面となった。
DOOMブックスレボリューションズ 営業部オフィス “佐藤蛍太”
三段階強化の衝撃と社内騒然
《壬生浪士》の切り札《死報君恩》が全能力“三段階”上昇を付与すると判明し、編集部を中心に大騒ぎ。非現実的な強化倍率にSNSも社内も沸き立った。
佐藤蛍太の静かな確信
十八年前に世話になった強化ゆえ、その破格の効能と同時にデメリットも知る佐藤蛍太は、「近藤イサリが本気なら遠慮無用」と腹を決める。心中で“鎖が外れた”感覚を得て、行動を選ぶ。
口実と出立
「歯医者に行く」とだけ告げてオフィスを離脱。部長は社内に観戦許可を出し、同僚たちは《スクウェアヒロインズ》の応援体勢へ。
一方、ビジネススーツのまま足取りを重く強くしていく佐藤蛍太は、行きつけのバッティングセンターを経て、地下迷宮の戦場へ向かう覚悟を固めた。
②地味なおじさん、参戦す
新宿歌舞伎町ダンジョン中層『亜人の巣”ボスエリア “スクウェアヒロインズ”
門番撃破と“足止め”の正体
《スクウェアヒロインズ》は中層《亜人の巣》で巨体の亜人王(ゴブリンキング)を撃破。だがこれは隠密突破を阻む“封鎖型ボス”で、ここを越えねば先へ進めない=ボス接近の証でもあった。
壬生浪士の逆転追い上げ
《壬生浪士》が到達。近藤イサリは「封鎖型を見張れば相手のルートが割れる」と読み、ドローン監視で《スクウェアヒロインズ》の進路を特定して追いつく。老練の一手で主導権を奪い返す。
“父と娘”の順番をめぐる直談判
スイレンが近藤イサリに「ボスは《はじまりの冒険者》=私のパパ」と小声で告げ、順番の譲渡を要求。近藤は「外道は年寄りにやらせろ」と頭を下げるも、スイレンは「家族の手で終わらせる」と拒否。土方・沖田は面子を理由に正面から譲らず、空気は一触即発へ。
一打で空気を変える音
膠着を破ったのは、亜人王の同型個体を“花火”に変える一発の快音。打球音のような金属音とともに巨躯が空へ弾け飛ぶ。全員がその“音”と“威力”に同じ人物を思い出す。
おじさん仮面、降臨
迷宮の外縁からバリアを跳び越えるように連続ジャンプで接近するスーツ姿の巨躯。紙袋マスク、肩に担いだ金属バット――「どうも、おじさん仮面です」。コメント欄は“筋肉認証”で《新宿バット》と特定。
若者たちと壬生の三剣が睨み合う只中、地味なおじさんはついに戦場へ。
新宿歌舞伎町ダンジョン中層『亜人の巣”ボスエリア “佐藤蛍太”
おじさん仮面の登場
佐藤蛍太は黒スーツに紙袋を被った姿で《おじさん仮面》として現れた。変装は即席で整えたものであったが、配信者達や視聴者の注目を浴びる中、スイレンら《スクウェアヒロインズ》を守る意思を示した。
壬生浪士との対峙
佐藤は「子供相手に暴力は炎上する」と牽制し、近藤イサリに代打を申し出た。近藤は居合で構え、弟子の土方と沖田も同時に斬撃を仕掛ける。佐藤は金属バットで迎え撃ち、二人の剣技を凌ぎ切った。
連携技《鏡花水月》と必殺剣
土方と沖田は高速連携による挟撃《鏡花水月》を展開し、さらに秘剣《三段突き》を放った。しかし佐藤はバットをバントのように構え、防御と同時に不可視の刃を弾き返す。守りを攻撃へ転じた《プッシュバント》で二人を吹き飛ばした。
反撃と決定打
再び立ち上がった壬生浪士の二人は銃を抜き放ち、スラッグ弾で佐藤を撃つ。しかし佐藤はバリアで防ぎ、勢いのまま回転して二段打ちを放つ。《悪球二段打ち》による衝撃波で沖田を打ち上げ、連携を崩壊させた。
勝負の帰結
連携を失った土方は刀を弾かれて無力化され、沖田も戦闘不能に追い込まれた。近藤は弟子の敗北を認め、スイレンたちにボス挑戦の優先権を譲る。佐藤は打席を降り、《スクウェアヒロインズ》の前進を見届ける立場へと退いた。
二段打ちの応酬
佐藤蛍太は《二段打ち》で死角をなくし、音速のスイングから衝撃波を生じさせた。土方は恐怖に足を竦ませつつも衝撃を受け流して生き延び、沖田も吹き飛ばされつつ致命傷を避けた。佐藤は「三振だ」と謙遜し、野球に喩えて勝負を和らげた。
壬生浪士の退場と近藤の決断
土方は自らの怯懦を悔いたが、近藤は「死ななきゃ安い」と諭す。沖田も同意し、《スクウェアヒロインズ》にボス戦を譲ることを決断した。ただし迫り来るモンスター軍勢への迎撃を買って出て、「ここは任せて先に行け」と背中で語った。
観戦者と視聴者の反応
壬生浪士に勝利した佐藤は自らを敗者と位置づけ、若手の実力を称賛した。だが配信のコメント欄は「バフ付き壬生浪士と互角」との分析や「化け物だ」との驚嘆で埋まり、世界規模の注目を浴びた。DOOMプロのトップ配信者すら未体験の爆発的バズを記録した。
スイレンとの同行
スイレンは「レに会いに行く」と佐藤に手を差し出し、佐藤は「そのために来ました」と応じた。視聴者は二人を運命のカップルのように見なし、コメント欄は嫉妬と羨望で騒然となった。影猫やセナも補填を要求しつつ後を追い、《スクウェアヒロインズ》は防衛線を突破し、ワンダリングボスの元へと走った。
③地味なおじさんと頼れる若者
新宿歌舞伎町ダンジョン中層『亜人の巣”某所 “佐藤蛍太”
ワンダリングボスとの遭遇
新宿歌舞伎町ダンジョン中層《亜人の巣》で、スイレンたちはついにボス「悲劇の雷帝」と対峙した。かつての人間《リーダー》がモンスター化した存在であり、その力は規格外であった。ボスは《超電磁結界》による全属性無効と伝説級武器《悲嘆のムジョルニア》を備え、冒険者たちを絶望に陥れた。
佐藤の奮闘と反射の戦術
佐藤はかつての戦いで知った経験をもとに、雷撃をバットで打ち返すことで結界を一時的に破壊できると看破した。伝説級の一撃は素手で弾き返し、魔法攻撃はバットで返すという非常識な戦術で仲間を守り抜いた。これによりわずか十五秒の攻撃猶予が生まれ、反撃の機会が開かれた。
仲間たちの連携
影猫は《流星群》で斬撃を浴びせ、セナは秘匿の伝説戦技《破裂のガイ・ボルガ》を放った。さらにリンドウは《防人の盾》で物理攻撃を防ぎ、アマヅルは高価な回復薬で佐藤を支援した。ヒカリは隠密で動きを隠しつつ鑑定と配信管理を担当し、戦場の情報を整理した。
スイレンの告白と覚醒
スイレンは父に想いをぶつけ、自らの出自と冒険者になった理由を告白した。彼女の声は魔人の動揺を誘い、攻撃の練り込みを鈍らせた。最後にSSS級水魔法を覚醒させ、《大渦潮》によって雷撃を封じることに成功した。
決着と勝利
仲間たちの連携と佐藤の守りにより、魔人の攻撃は封じられた。佐藤は伝説武器を奪い、即席のバットとして振り抜くことで「悲劇の雷帝」を粉砕した。十八年前に果たせなかった決着は、若者たちとの共闘によって遂に果たされ、戦いは勝利に終わったのである。
④地味なおじさん、英雄になる
新宿歌舞伎町ダンジョン中層『亜人の巣”某所 “.佐藤蛍太”
伝説級武器との遭遇
佐藤蛍太は財宝に埋もれた足を引き抜き、伝説級武器を手にした瞬間、命を削る雷撃を受けた。完全回復薬がなければ死んでいたほどの痛みだった。彼は若者を信じ切れなかった自分の狭量を省みつつ、盾役を務められたことを実感した。仲間が次は自力で勝つだろうと考え、十八年前の犠牲が実を結んでいたと悟った。
英雄との邂逅と別れ
戦いの最中、佐藤はかつて助けられた記憶を胸に感謝を告げた。英雄は覚えていないと応じつつも柔和な微笑を見せ、遺言を残して灰となり消えた。その亡骸は風に舞い、仲間たちの涙を誘った。
形見の継承
戦いの後、佐藤の腕には雷を纏う伝説級武器が腕時計の形で現れた。スイレンは父の形見としてそれを佐藤に持っていてほしいと告げ、感謝を伝えた。セナや仲間たちも笑顔で支え合い、冒険を続ける決意を示した。スイレンは冒険者を辞めず、父の遺志を継ぎ世界を護ると誓った。
別れの余韻
佐藤は所得税を気にするなど場違いな心配をしつつも、スイレンに慕われていることを感じ取った。彼女の真っ直ぐな想いに対し、戦友の娘として見守ることを選び、健やかな成長を喜んだ。だが感情を抑えきれず、涙を隠すためにその場を離れ、形見の時計を掲げて仲間への想いを語った。
過去からの解放
十八年前の大侵攻で抱えた後悔と惰性の迷宮通い。佐藤はスイレンという命の繋がりを通して、その意味が報われたことを悟った。彼は涙を流しながら、失われた犠牲は無駄ではなかったとリーダーに語りかけ、自らの停滞を終える決意を固めた。
新宿歌舞伎町ダンジョン中層亜人の巣”ボスエリア “スクウェアヒロインズ』ライブ配信”
パーティの反応
戦闘が終わり、佐藤蛍太――おじさん仮面が姿を消した戦場に残された《スクウェアヒロインズ》の声が響いた。仲間たちは打ち上げに誘えなかったことを残念がり、スイレンは断られたことにショックを受けていた。彼女たちは次に再会できるのかと口々に語り、余韻に包まれていた。
戦場の復元
戦闘で焦土と化した地形はすでに復元を始めていた。クレーターや建物は徐々に元に戻りつつあり、完全な復旧には時間を要すると見られていた。
社会的反響
ワンダリングボス撃破の報は速報で広まり、ネットやテレビ、ラジオで報道され、新聞の号外まで出された。第二次《大侵攻》を未然に防いだ功績は大きく、世間を熱狂させた。
ネット上の熱狂
SNSでは「おじさん仮面」の活躍が話題を独占した。視聴者は戦闘を異次元バトルと称え、護られたいと憧れる者や、《新宿バット》を使ったのではと推測する者まで現れた。スイレンがボスと会話していたことも注目され、説得や友情の演出だと語る者もいた。おじさん仮面の存在は現実とネットの双方で祭りのような熱狂を巻き起こし、社会現象となって加速していったのである。
エピローグ
翌日朝 東京都内某所 佐藤家リビング “佐藤蛍太”
佐藤家の朝
翌朝、佐藤蛍太はスーツにエプロン姿で朝食を用意し、いつも通り姪の光莉と食卓を囲んでいた。光莉はニュースやSNSが《スクウェアヒロインズ》一色になっていることに夢中で、叔父の変わらぬ態度に驚いていた。佐藤はただやるべきことをしただけだと語り、名声や利益には興味を示さなかった。
姪とのやり取り
光莉は母からの素っ気ない返信に不満を漏らしつつ、自らの活躍を誇らしげに語った。佐藤はその努力を認めたが、自身は配信活動に関わるつもりはないと明言した。姪の学業と活動の両立を求め、出勤へと向かった。
日常への回帰
佐藤はゴミ出しなど日常のルーティーンをこなし、昨日の非日常的な戦いを個人的な想いに過ぎないと受け止めていた。駅で学生たちが《スクウェアヒロインズ》を話題にしているのを耳にし、誇らしさと気恥ずかしさを感じながらも、自分が目立たないことに安堵した。
世間の熱狂
電車内ではDOOMプロの広告や配信の話題で盛り上がり、世間は新たなヒーローたちを熱狂的に讃えていた。佐藤自身は関わりを終えたつもりでいたが、その一方でネット上では《おじさん仮面》や《新宿バット》に関する動画や考察が爆発的に拡散し続けていたのである。
DOOMブックスレボリューションズ
営業部オフィス “佐藤蛍太”
金色の時計と職場の誤解
出勤直後、部長は佐藤蛍太の金色の腕時計を成金趣味だと揶揄し、クーリングオフを勧めた。佐藤は歯医者帰りに買ったわけではなく、急逝の知らせを受けて訪ねた知人の形見だと説明し、部長と鵜飼は謝意と弔意を示した。佐藤は十八年前からの心の棘が少し抜けたと述懐し、静かに業務へ戻った。
配信の余波と日常業務
社内では《スクウェアヒロインズ》のコラボ成功や忍道ヒカリの鮮烈デビューが話題となり、評判は上々だった。佐藤は情勢を確認したうえで、配信は水物であり自分は会社員として堅実に働く方針だと腹を固め、取材対応や社長からの労いを受けつつ平常業務を進めた。
未知の着信と旧友の声
定時前、佐藤の私用スマホに未登録番号からの着信があり、相手は十八年来の旧知だった。動画通話の準備を担当する巨漢の部下の後ろから現れたのは、昔と変わらぬテンションの黒ギャル・唐獅子こむぎであった。
唐獅子こむぎの現在と掛け合い
唐獅子こむぎは警視庁迷宮犯罪対策課・強行係の主任刑事として現役であり、かつて大侵攻時に《不滅の肉体》と《不死のネクタル》を得て不老不死となっていた。彼女は佐藤の最近の活躍を見たと告げ、殴り合いの冗談を交えつつも、配信で生きる気がないのかと探りを入れた。佐藤は一度限りの供養であり、配信者としての志はないと明言した。
単刀直入の勧誘
やり取りの末、唐獅子こむぎは今の年収の三倍から五倍を提示し、警察への転職を持ちかけた。公務員の安定を掲げる直球のヘッドハンティングに、佐藤は驚愕しつつ返答を保留した。こうして、世界的な注目を浴びた中年の力は望まぬまま新たな局面へ誘われつつあったのである。
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