小説「オルクセン王国史 3 第三部 すばらしき戦争」感想・ネタバレ

小説「オルクセン王国史 3 第三部 すばらしき戦争」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は「銃と魔法」が存在する異世界を舞台とする異種族混合の戦記ファンタジーである。魔種族を中心とした連合国家オルクセン王国と、美と魔法を誇るエルフの国家エルフィンド王国との長年の緊張の末、ついに全面戦争が勃発する――。第3巻では、オルクセン国王グスタフ・ファルケンハインが政略と軍略を駆使し、盟友であるダークエルフの氏族長ディネルース・アンダリエルとともに、エルフィンドに対する宣戦布告を決断。奇襲による開戦から戦乱が一気に激化し、種族の存亡を懸けた壮絶な戦いが幕を開ける。

主要キャラクター

  • グスタフ・ファルケンハイン:オルクセン王国の王。理知的かつ穏健な統治者として知られるが、国と臣民を守るためには過酷な決断も厭わぬ冷徹さを併せ持つ君主である。
  • ディネルース・アンダリエル:ダークエルフの氏族長。故国エルフィンドでの迫害を受けた過去を持ち、オルクセン側に身を寄せる。グスタフ王との関係を経て、オルクセンの軍事行動において重要な役割を果たす。

物語の特徴

本作の最大の魅力は、「オーク=野蛮」「エルフ=高潔」という既成概念をあえて逆手に取り、種族論理と歴史、そして“理性ある暴力”という側面を描き込んだ異世界“戦記”である点にある。魔法だけでなく「銃」や「軍略」「兵站」「国家運営」といった近代的要素を取り入れた設定により、異世界ファンタジーに政治・軍事ドラマの重厚さを付加している。

また、第3巻では開戦の「瞬間」を描き、奇襲と初動戦闘という戦争序盤の恐怖と混乱、そしてその先にある“種族間の全面衝突”を描写。単なる冒険譚ではなく“文明対衝突”“民族浄化”“抵抗”など、読者に重い問いと迫力を突きつける構成となっている。

書籍情報

オルクセン王国史野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~ 3
著者:樽見京一郎 氏
イラスト:THORES柴本  氏
出版社:一二三書房
レーベル:サーガフォレスト
発売日:2024年10月15日
ISBN:978-4824203168

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あらすじ・内容

ついにエルフたちとの戦争が始まる……
コミカライズも絶好調《銃と魔法》のファンタジー第3弾!

魔種族統一国家オルクセンの王グスタフは、オークらしからぬ穏やかで理知的な名君と名高い。それは彼が特殊な事情を抱えてこの世界に生まれてきたためであった。
グスタフ王は故郷を追われ臣民となったダークエルフの美女ディネルースと心を通わせ、ついにエルフたちの国エルフィンドに宣戦布告する。奇襲ともいえる神速の開戦により、戦いはオルクセン軍の圧倒的有利で進むかに思われたが……。
重厚にして胸アツ! 空前絶後の異世界軍事ファンタジー、待望の第3弾!

オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~ 3

感想

戦争の火蓋が切られた本巻は、「準備を極限まで整えても、たった一つの取り逃がしで情勢がここまで揺らぐのか」という怖さをまず感じさせる巻であった。グスタフが積み上げてきた軍備・教育・補給体制は、読み手から見てもほとんど隙がないように見える。それでも、エルフィンド海軍主力をベラファラス湾海戦で取り逃がしただけで戦局は不安定さを孕み続ける。そのギリギリの綱渡り感が、戦争ものとして非常に生々しく胸に残った。

開戦直後のベラファラス湾海戦は、とくに印象深い。宣戦布告の伝達遅延で弛緩しきったエルフィンド艦隊に対し、水雷艇による魚雷攻撃と、電光弾による上部構造物への焼夷砲撃が一気に突き刺さる流れは、読んでいてぞくりとする迫力があった。その一方で、そこでエルフィンド海軍主力を仕留め損ねたことが、その後の戦局全体に長く影を落としていく。「あれだけ用意周到だったのに、ここで詰め切れないのか」というもどかしさと、戦争における運の比重を改めて思い知らされる展開である。

海の戦いの中でも、屑鉄艦隊とエルフィンド海軍の対決は、本巻でもっとも熱量の高い場面の一つであった。旧式でボロボロの艦ばかりをかき集めた側が、知恵と根性と、どうしようもない運まで総動員して大国の主力艦に挑む構図は、「屑鉄艦隊」という呼び名込みで胸に刺さる。砲弾の破片がどこへ飛ぶか、魚雷がどの角度で命中するか、といった要素で生死と戦局が决まってしまう感覚が、ページ越しにじわじわ伝わってきた。

一方、陸上戦ではモーリア攻略からアンファングリア旅団の活躍にかけての流れが非常に強く印象に残った。橋頭堡確保を命じられた旅団が、周到な準備と支援を受けつつ驚くべき速度で前進していくさまは、教科書的な「模範作戦」のように見える。だがその途上で、レーラズの森における民族浄化の痕跡という、あまりにも凄惨な証拠に行き当たってしまう。この場面は、「白エルフ側が全面的な悪」といった単純な図式さえ生温く感じられるほど重く、ダークエルフたちの怒りと悲嘆、そしてその感情が追撃戦の残酷さにどう結び付いていくのかが、読んでいて辛いほどリアルであった。

そのうえで、グスタフがまだ戦争に勝ち切ってもいない段階から、戦後処理や占領統治、通貨支配にまで視野を伸ばして動いている描写は、恐ろしさと同時に「王としての覚悟」の深さも感じさせる。モーリアやファルマリアでの鉄道軌間改修、銀行支店開設、軍票流通といった施策は、軍事行動と経済支配が最初から一体の国家事業として設計されていることを示しており、単なる勝ち負け以上のスケールで戦争が描かれていると実感した。

全体を通して目立つのは、やはり兵站と教育へのこだわりである。補給線の設計、刻印魔術入りの衣服や温熱魔術板のような装備、空中偵察と弾着観測の連携、さらには各部隊への徹底した事前教育まで、用意した仕掛けが物語の中で一つひとつきちんと「効いて」いる。相手にはほとんど存在しないに等しい空中偵察能力を先に手にした側が、ここまで有利に動けるのかという点も印象的で、「こんな装備があれば普通に欲しい」と思う場面も多かった。こうした技術と兵站の積み重ねが、世界観の説得力を強く支えている。

しかし、どれだけ準備を整えても犠牲が完全にゼロになることはない、という当たり前の事実も、今巻では極めてはっきりと描かれている。作戦規律を守ろうとしながらも、仲間の死傷を前に感情を抑えきれない兵士たち。その感情を真正面から受け止めつつ、「王としての責務」を果たそうとするグスタフの姿は、とても熱かった。アンファングリア旅団の追撃戦をめぐる責任の所在についての対話などは、単なる軍略シミュレーションではなく、人間関係と責任の物語としても読ませる力を持っていると感じた。

個人的に強く心に残ったのは、グスタフとダークエルフのディネルースの関係である。故郷を奪われた側の彼女と、その彼女を臣下として迎えた王が、個人として心を通わせた先に「エルフィンドへの宣戦布告」が位置づけられている構図はとても重い。単なる侵略ではなく、虐げられてきた者たちの側に立つという動機が物語全体に通底しているため、どうしてもオーク側の戦いを応援したくなってしまう自分に、少し戸惑いすら覚えた。

エルフィンドという国家の描かれ方も興味深い。今のところは、過去の栄光にすがり、前時代的な軍制と差別政策のツケが一気に露呈した国、という印象が強い。国境兵力の自滅や指揮系統の崩壊、ファルマリア港での四人の少将の迷走など、敵失がオルクセンの快進撃を後押ししている面は確かにある。ただ、あとがきで示されているように、今後は相手国側の内情も少しずつ開示されていくという。オルクセンがこのまま一方的に押し切るのか、どこかで予想外の反撃や揺り戻しが来るのか、その両方への期待と不安が同時に残る終わり方であった。

巻全体としては、「開戦、そして海戦」という印象が強い一冊である。海で始まり、最後も海戦で締めくくられる構成は非常に分かりやすく、どこで誰が何をしているのかを地理ごとに追いやすい。陸ではオルクセン側が押せ押せの展開を続ける一方、海では一瞬の判断と運が生死を分ける。そのコントラストが、戦場の広がりと戦争の多面性をうまく伝えていた。疑問に思いそうな部分を物語の進行に合わせて先回りして説明してくれる語り口も相変わらず読みやすく、分量のわりに読み疲れしにくい。

読み終えた時点で強く残ったのは、「この戦争をどこで区切るのか」「どうやって終わらせるのか」という問いである。戦争は始めるより終わらせる方が難しいという感覚が作中にも濃く漂っており、グスタフが描いている「戦後像」がどこまで実現されるのかが気になって仕方がない。連戦連勝に見えるオルクセンが、このまま勝利に向かって突き進むのか、それともどこかで想定外の反撃や破綻に直面するのか。次巻を待つ時間そのものが楽しみになってしまう程度には、本巻は「続きを読みたい」という気持ちをしっかり煽ってくれた一冊であると感じた。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

グスタフ・ファルケンハイン

オルクセン王国の国王である。
長期的な戦略と国家運営を同時に考える統治者である。
部下の失策や戦争犯罪の影までも自分の責任として抱え込む在り方をとる。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国の国王である。
 総軍司令部の最終決裁権を持つ。

・物語内での具体的な行動や成果
 ベレリアント戦争の開戦と戦略方針を決定した。
 レーラズの森の虐殺遺構について、調査と再埋葬を国家事業として引き受けると宣言した。
 ファルマリア港や前線を自ら視察し、占領統治と兵站の状況を確認した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 軍事と経済の両面で戦後構想まで描き、「エルフィンド併合」を前提とした長期計画を示した。
 王でありながら野戦憲兵の職務権限を尊重し、自身の列車さえ停止させた下士官を賞揚した。
 アンファングリア旅団の行き過ぎた追撃についても、自ら最終責任者と名乗り出た。

ディネルース

ダークエルフ出身の将官であり、アンファングリア旅団の旅団長である。
冷静な作戦指揮と、故郷喪失への感情を内に抱えた統率者である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国軍アンファングリア旅団の旅団長である。
 ダークエルフ氏族の元族長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 シルヴァン川渡河作戦で旅団を先鋒として率い、国境前哨陣地を夜襲で制圧した。
 渡河後は三本の街道方向に進出し、多数の村落を短時間で占領した。
 ファルマリアからの敵軍撤退部隊を追撃し、壊走と殲滅をもたらした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 国境地帯での急速な橋頭堡拡大により、「旗立てアンファングリア」「怒涛のアンファングリア」と称された。
 故郷スコルを再占領した際には、白エルフ住民の存在に耐えられず、密かに慟哭する姿が描かれた。
 レーラズの森事件後、王との対話により、旅団として再度戦う覚悟を固めた。

エレンウェ・リンディール

アンファングリア山岳猟兵連隊を率いる女性将校である。
現場判断に優れ、巨狼族との連携も冷静に扱う指揮官である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン軍アンファングリア旅団所属の山岳猟兵連隊長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 前哨陣地急襲に参加し、巨狼族の報告を受けて部隊の配置を調整した。
 レーラズの森方面では支隊を率い、ダークエルフ遺骸の埋葬穴発見の契機を作った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 レーラズの森事件を目の当たりにし、旅団全体の衝撃と悲嘆を共有する立場となった。

アドヴィン

巨狼族の一頭であり、国王護衛役を務めていた存在である。
冷静な観察と残酷さを兼ね備えた戦闘的な性格である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国の巨狼族である。
 かつては国王グスタフの護衛を務めた。

・物語内での具体的な行動や成果
 シルヴァン川方面の白エルフ哨戒班を急襲し、短時間で全滅させた。
 国境前哨陣地夜襲に先行して侵入し、哨兵を噛み殺して陣地の警戒を崩した。
 戦闘後にアンファングリアの戦いぶりを評価し、兵としての成長を認めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 数百頭規模なら一国を滅ぼし得たと評される種族の代表として描かれている。
 戦場での行動を通じて、ダークエルフ兵たちを「獲物」から「祖の名を戴く兵」へと見なし直した。

グレーベン少将

オルクセン軍の参謀であり、第一軍団の作戦立案を担う人物である。
冷徹な計算と現実的な判断を重視する参謀である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国軍第一軍団の作戦参謀である。
 少将として総軍作戦計画にも関与する。

・物語内での具体的な行動や成果
 モーリア攻略作戦で砲兵集中と新市街側からの突入計画を立案した。
 ファルマリア要塞の地形と防禦を観察し、「地形間隙」を利用した迂回突入案を作った。
 ファルマリア降伏勧告の条件と意図を整え、「素晴らしき戦争」の実行方法を具体化した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 アンファングリア旅団の追撃戦の報告を受け、旅団の感情事情を踏まえて戦果処理を提案した。
 沿岸監視哨計画などで海の知識不足を露呈しつつも、戦域全体の構図を把握する役割を果たした。

シュヴェーリン上級大将

オルクセン軍の高級指揮官であり、占領地統治にも関わる人物である。
秩序と規律を重視し、占領統治を軍事行動と一体の事業として捉える。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国軍の上級大将である。
 モーリア占領地の軍事統治を指揮する立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 モーリア市内で護衛を最小限にして視察を行い、軍紀維持の姿勢を示した。
 略奪や暴力行為に対し、野戦憲兵隊による銃殺も含む厳罰方針を徹底させた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 市民に対し、規律ある占領を行うことで、軍と占領地の関係を安定させる役割を担った。

マクシミリアン・リスト

オルクセン王国の財務大臣である。
戦時財政と戦後経済構想の両方を設計する経済官僚である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国の財務大臣である。

・物語内での具体的な行動や成果
 九億ラング規模の戦費試算を行い、国内向け戦時国債と外債発行の方針を定めた。
 戦後の鉄道複線化や重工業拡大など、内需拡大型投資計画を構想した。
 エルフィンド公債暴落と自国公債の安定を踏まえ、国際金融上の優位を確認した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 戦争特需と戦後不況を見越した長期的経済循環を設計しようとしている。
 軍人中心の権力構造に対し、経済官僚としての影響力拡大も意識している。

アストン

人間族出身の外交官である。
魔種族の歴史を学びつつ、オルクセンと人間諸国の橋渡し役を目指す人物である。

・所属組織、地位や役職
 当初は人間諸国側の外務省に所属する外交官であった。

・物語内での具体的な行動や成果
 魔種族史の書物を読み込み、過去の迫害と戦争の経緯を再確認した。
 グスタフ王からの招聘を受け、戦地大本営の外交顧問として参加する決意を固めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 人間側の外務省を辞し、「人間の証人」として魔種族国家に加わる立場を選んだ。
 オルクセンが国際法を守り、人間諸国との共存を志向していることを示す象徴的存在となる。

ロイター大将

荒海艦隊を率いるオルクセン海軍の提督である。
慎重さと攻勢意欲の両面を持つ海軍指揮官である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国海軍荒海艦隊司令官の大将である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ベラファラス湾夜襲で装甲艦隊を率い、電光弾による砲撃で在泊エルフィンド艦隊を壊滅させた。
 のちに残存艦隊捜索のため出撃したが、悪天候と誤報に翻弄されて成果を上げられなかった。
 キーファー岬沖海戦では荒海艦隊主力を率いてリョースタ戦隊を捕捉し、対艦焼夷弾で大損害を与えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 スマラクト沈没事故に強い衝撃と自責を抱えつつも、艦隊指揮を継続している。

グリンデマン中佐

屑鉄戦隊を率いる砲艦隊司令官である。
陽気さと責任感を兼ね備えた指揮官であり、小艦隊での護衛任務に従事する。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン海軍第一一戦隊、通称屑鉄戦隊の司令官である。
 階級は中佐である。

・物語内での具体的な行動や成果
 輸送船団護衛任務で商船側と信号や物々交換を行い、強い連帯感を築いた。
 キーファー岬沖海戦で輸送船団を逃がすため、自隊三隻だけでリョースタ戦隊へ突撃した。
 旗艦メーヴェで魚雷と衝角による体当たりを行い、リョースタの舵機構に損害を与えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 最後は負傷しながらも部下の生存を優先し、信号長を海へ投げ出して生還の機会を与えた。
 その行動により屑鉄戦隊は「英雄」として語り継がれる存在となった。

バルク

ドワーフ族の士官であり、屑鉄戦隊に所属する砲雷長である。
直情的で仲間思いな性格であり、前線の状況に強く心を動かされる。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン海軍屑鉄戦隊所属の砲雷長である。
 ドワーフ族の士官である。

・物語内での具体的な行動や成果
 シルヴァン川でアンファングリア旅団の渡河を目撃し、故郷を撃たずに済んだ安堵を語った。
 キーファー岬沖海戦ではメーヴェの砲雷長として戦闘に参加し、艦上で戦死した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 故郷を失ったダークエルフと、自身の境遇との差に思いを巡らせる視点を提供する人物である。

ザイフェルト艦長

巡洋艦スマラクトの艦長である。
規律を重んじる指揮官であり、海難事故の中心人物となる。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン海軍甲帯巡洋艦スマラクトの艦長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 濃霧のなかでの衝突事故時に総員離艦を命じ、艦長として最後まで艦橋に残った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 スマラクト沈没は開戦以来最大の海難事故となり、艦長自身も艦と共に失われた。

ミリエル・カランシア

エルフィンド海軍の提督であり、リョースタ艦長から昇進した人物である。
限られた戦力と燃料で「一矢報いる」ことを目指す指揮官である。

・所属組織、地位や役職
 エルフィンド海軍の少将である。
 カランシア戦隊の司令官である。

・物語内での具体的な行動や成果
 リョースタ、ヴァナディース、アルスヴィズ、ヴァーナから成る戦隊を再編し、補給線攻撃を企図した。
 アルスヴィズによる沿岸砲撃と商船拿捕を許可し、オルクセン側に出血を強いた。
 キーファー岬沖海戦ではリョースタ上で重傷を負いながら指揮を続けた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 石炭不足のなか、「贅沢な戦」を避けつつも反撃の意欲を失わない姿で描かれている。

ハルファン少将

エルフィンド陸軍の少将であり、ファルマリア港の現地指揮官に任じられた人物である。
敗北の履歴を持ち、他の将官からの信任を得られなかった。

・所属組織、地位や役職
 エルフィンド陸軍の二等少将である。
 国境警備隊出身である。

・物語内での具体的な行動や成果
 アンファングリア旅団に敗北した部隊の指揮官であり、その兵が敗残兵としてファルマリアへ逃げ込んだ。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ファルマリア防衛の総指揮に任じられたが、同僚少将らにより暗殺された。
 その死が指揮系統の崩壊と大量逃亡の一因となった。

フランク・ザウム

オストゾンネ紙の記者であり、「スッポンのザウム」とあだ名される人物である。
粘り強く戦争初動の全体像を追い続ける取材姿勢を持つ。

・所属組織、地位や役職
 オストゾンネ紙の従軍記者である。

・物語内での具体的な行動や成果
 アンファングリア旅団のディネルースとイアヴァスリルを取材し、初動進撃の詳細を聞き出した。
 旅団の戦法に名称が無いことを確認し、「電撃戦」という語を提案した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 後世に広まる戦術用語の起点を作った人物として位置付けられる。

ツヴェティケン少将

オルクセン陸軍の後備擲弾兵旅団を率いる将官である。
中年の兵から成る部隊と共に前線入りを目指す指揮官である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン軍後備第一擲弾兵旅団の指揮官である。
 階級は少将である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ファルマリア港への増援として、貨客船四隻に兵と砲、軍馬を乗せて北上する船団を率いた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 屑鉄戦隊の護衛を受けて出航したが、キーファー岬沖海戦の渦中に巻き込まれていく立場となる。

ゼーベック総参謀長

オルクセン軍の総参謀長である。
戦域全体の配置と軍の北上方針を調整する立場にある。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国軍の総参謀長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 荒海艦隊と第一軍の役割分担を踏まえ、第一軍の北上と大本営の前線移動を進言した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 前線ファルマリアに総軍司令部を移す判断に関与し、王の前線視察の枠組みを整えた。

展開まとめ

すばらしき戦争

第一章 ベラファラス湾海戦

魚雷・水雷艇という新兵器の登場
近代的装甲艦には砲撃が効きにくくなった結果、水中から船底を狙う魚雷と、かつての円材水雷を発展させた水雷艇という器体系が生まれた。各国は小型高速艇に魚雷や水雷を搭載し、沿岸や母艦から発進させる運用を進め、オルクセンも荒れる北海に対応するため排水量一〇五トンのT○一型水雷艇を開発し、遠距離行動が可能な襲撃艦として整備していた。

第一水雷艇隊の奇襲突入と世界初の魚雷戦果
星暦八七六年一〇月二六日夜、T○一型六隻から成る第一水雷艇隊がペリエール中佐の指揮でベラファラス湾を横切り、ファルマリア港外港へ突入した。エルフィンド艦隊と背後砲台は宣戦布告の伝達遅延により弛緩し、舷窓の灯も消さず罐にも火が入っていなかったため、魔術探知に気付いた時には水雷艇が至近距離に達していた。各艇は三〇〇メートル以下、なかには四〇メートルまで接近して魚雷を発射し、十二本中二本のみが正常に走って砲艦一隻を撃沈、巡洋艦一隻を大破させた。この戦果は近代魚雷による世界初の水上艦撃沈として記録されることになった。

荒海艦隊の電光弾砲撃とエルフィンド艦隊壊滅
水雷艇隊の襲撃直後、装甲艦四隻と巡洋艦群から成るオルクセン荒海艦隊主力がロイター大将の指揮で単縦陣のまま外港に接近し、距離二〇〇〇メートルから左砲戦を開始した。狙いは船体ではなく艦橋・マスト・煙突など上部構造物であり、アルミニウム粉末と酸化鉄を詰めた新型焼夷弾「電光弾」が命中すると、白い閃光とともに猛烈な高熱が艦上に撒き散り、通風筒や煙突を経由して艦内に燃え広がった。放水も効果がなく、エルフィンド艦艇は松明のように炎上し、多数の乗員が火達磨のまま海へ飛び込む惨状となった。電光弾の強烈な光はオルクセン側砲員の視力も一時的に奪い、砲撃中断を余儀なくさせる欠点も露呈したが、在泊艦隊の過半はこの一連の砲撃で戦闘力を喪失した。

リョースタ型の不在と徹底殲滅戦への移行
戦後の戦果確認でエルフィンド主力たるリョースタ型装甲艦二隻のうち一隻が港内に存在しなかったことが判明し、出港監視の不備が懸念されたが、ロイターは諜報員の功績を認めつつ、まず目の前の敵艦を徹底破壊する方針を選択した。艦隊は湾内を夜明けまでに五周し、その都度ファルマリア外港の在泊艦を砲撃し、測深で接近距離を縮めながら抵抗力を失った艦上の生存者への狙撃さえ行った。その結果、一等装甲艦一・二等装甲艦二・巡洋艦六・砲艦三など多数が炎上・上部構造物破壊により行動不能となり、事前に出港していた一部戦力を除くエルフィンド艦隊主力は壊滅した。オルクセン側の損害は旗艦レーヴェの短艇破損など軽微にとどまった。

世界海軍史への衝撃と技術的波及
この戦闘はのちにベラファラス湾海戦と呼ばれ、黒焦げとなって浮かぶエルフィンド艦艇を視察した各国武官や記者は、オルクセン海軍の「悪魔の砲弾」に戦慄した。詳細が秘匿されたまま戦訓だけが伝わると、各国海軍は軍艦の鉄鋼化と帆装廃止、戦闘時の可燃物投棄を進め、グロワールのメリニットやキャメロットのリダイトなど、新たな燃焼性火薬の研究開発に乗り出した。この戦争は、装甲と砲撃の均衡を揺るがし、近代海戦の在り方を大きく変える起点となったのである。

第二章 モーリアの戦い

モーリアと橋梁群の戦略的価値

モーリア市は、旧ドワーフ領首都にしてエルフィンド南岸入植地の中心であり、人口六万を超える地方都市であった。シルヴァン川に架かる三本の橋梁群、なかでも鉄道橋は、オルクセン第三軍の北進に不可欠な兵站「大動脈」であり、第三軍は背後で鉄道中隊と工員を総動員して自国側からモーリアへの鉄道延伸を進めていた。このため、モーリア攻略は単なる都市占領ではなく、鉄道と橋梁を無傷で確保することが主目的であった。

第七軍団の編成と周到な準備

第三軍は四個軍団のうち最精強と評価される第七軍団にモーリア攻略を担当させた。軍団は、第七擲弾兵師団と第九猟兵師団を中核とし、直轄野戦重砲旅団を加えた総勢約四万の編成であった。侵攻前日には、全階梯で命令が細分化されて下達され、各大隊・中隊単位で「砂盤」を用いた立体的な事前打ち合わせが行われた。さらに斥候と大鷲軍団による夜間空中偵察で地形・敵情の補正が続けられ、行軍自体も夜目と体力に優れたオーク族の特性を活かした強行夜間戦備行軍として計画されていた。

大鷲軍団と温熱魔術板による空中支援

モーリア方面では、大鷲軍団ワシミミズク中隊が上空から第三軍を支援していた。極寒の高空で行動するコボルト兵には、温熱魔術板を仕込んだ飛行服が支給されており、これは温熱系刻印魔術の新技術の軍事運用例であった。大鷲とコボルトは、奇襲性維持のため原則沈黙を保ちつつも、敵の大規模な動きがあれば通報する役割を担い、その存在自体が夜間作戦の安全を高めていた。

準備砲撃とモーリア市への被害

侵攻開始と同時に、モーリア市には五七ミリ山砲・七五ミリ野山砲・八七ミリ重野砲・一二センチ加農砲・一二センチ榴弾砲ヴィッセルH/七五など計一七〇門による攻撃準備射撃が開始された。まず照明弾が打ち上げられて市街を白々と照らし、その下で榴霰弾や強力な檄爆榴弾が城壁内外に降り注いだ。国境警備隊司令部や兵舎、通信施設は破壊され、市長やアグラミア少将ら指揮中枢も砲撃で機能を喪失した。市民は夕食や団欒、就寝の最中に襲われ、多数の死傷者と甚大な物的被害が生じたが、遮蔽物にいた者は一定数生存しており、その後の混乱と指揮不在こそが、被害拡大の決定的要因となった。

空中弾着観測射撃の萌芽

この砲撃過程で、大鷲の背に乗ったコボルトが「着弾が近いか遠いか」を砲兵隊に魔術通信で伝えるやり取りが偶発的に始まり、砲兵側はそれをもとに射距離を修正した。これにより命中精度は大きく向上し、この即興的連携がのちに「空中弾着観測射撃」と呼ばれる間接射撃戦術の起点となった。参謀本部や砲兵科でさえ事前には想定していなかった技術であり、実戦下での現場判断が新戦術を生んだ事例であった。

第七擲弾兵師団の突入と鉄道橋確保

砲撃が旧市街に集中する一方で、第三軍は新市街と鉄道施設を誤射から守るため、その区域への砲撃を完全に控えた。城壁が撤去され大通りが整備されていた東側新市街は、第七擲弾兵師団の主攻正面とされ、鉄道駅を奪取したうえで旧市街へ突入する経路として利用された。オルクセン軍教令に従い、突入歩兵は装填を禁じられ、銃剣装着の白兵戦を前提として接近し、吶喊の喊声と体力を武器に圧力を加えた。エルフィンド側は砲撃と指揮中枢喪失により組織的抵抗をほぼ行えず、第七師団は比較的軽微な抵抗を排除しつつ市中央部へ進出した。第二五擲弾兵連隊は新市街北端から鉄道橋へ強行渡橋し、先頭を連隊長自らが務めて橋と対岸を確保し、軍が渇望していた鉄道橋を無傷で占領することに成功した。

第九猟兵師団・コーフ大隊の渡河戦と国境分屯地の撃破

同時に、第九猟兵師団はモーリア市南正面から西端にかけての城壁に対し陽動射撃を行い、敵の注意を引きつける「金床」として機能した。その一部であるコーフ少佐率いる第三四連隊第三大隊の選抜二個中隊は、モーリア西方で舟艇を用いて先行渡河し、橋梁パウルⅠの対岸側面から一帯を制圧する任務を与えられていた。彼らは対岸の国境警備隊分屯地を山砲と小銃火力で叩き、伏せず膝射に固執するエルフィンド兵の教練上の欠陥と、レバーアクション小銃の構造的制約を見抜きつつ撃ち勝った。鹵獲銃の構造解析は兵たちの教育にも活かされ、オルクセン軍が敵軍装備を事前研究し、現場でさらに補足教育する軍隊であることが示された。

角面堡の戦闘とアルテスグルック中尉の突撃

モーリア南側城門付近では、小型角面堡と城壁上の兵力による、エルフィンド軍最後の組織的抵抗が発生した。第九猟兵師団第七猟兵連隊の大隊はここで激しい射撃を受け、中隊長が狙撃されて戦線離脱した結果、予備役将校アルテスグルック中尉が臨時中隊長として指揮を引き継いだ。大隊長は五七ミリ山砲で角面堡自体を榴霰弾で砕き、アルテスグルックは元博徒の兵を先頭とする小隊を尖兵として、援護射撃の下、灌漑路から城壁に一気に躍進させた。彼らは角面堡へ突入して残存兵を白兵戦で排除し、そのまま城門を突破して城壁上へと駆け上がり、狙撃兵を掃討した。この突撃がモーリア市最後の組織的抵抗を崩壊させ、第九師団は「金床」としての役割を果たしつつ南側からの圧迫を完了した。

作戦の成功要因とエルフィンド側の弛緩

戦闘の結果、第七軍団はモーリア市とパウルⅠ・Ⅱ・Ⅲの三橋すべてをほぼ無傷で確保し、ベレリアント半島中央部への大きな突破口を開いた。使用した砲弾は各種合計二八五五発であり、砲一門あたり約一五発という砲兵感覚では「教本通り一戦闘分」に過ぎない消費量であった。第七軍団側の損害も軽微で、夜明けまでに北岸橋頭堡が整備され、輜重・衛生隊は昼までの温食提供を目指して動き始めた。

一方、エルフィンド側の防備は驚くほど脆弱であった。橋梁には爆破準備が一切施されておらず、国境警備隊の兵数も事前情報の二千には到底届いていなかった。ラング大将はその原因を「一年前のダークエルフ族虐殺による国境兵力の自滅」と断じ、ダークエルフを駆逐した結果、志願のみでは補充しきれず、自ら戦力基盤を削いだと評価した。また角面堡が本来はダークエルフ弾圧の通関施設であったことや、慌てて左右逆にブーツを履いたまま戦死した将校の姿などが、エルフィンド側の慢心と混乱を象徴していた。

モーリア戦の歴史的意味

モーリアの戦いは、オルクセン軍が長年にわたり整備してきた総力的軍事運用が、砲兵運用・夜間強行軍・空中偵察といった諸要素の連携として結実し、極めて低コストで大きな戦果を挙げた戦闘であった。同時に、エルフィンド軍の弛緩と人種政策のツケが国境防衛能力の著しい低下として露呈した事例でもあり、以後のベレリアント半島戦役全体の趨勢を決定づける転換点となったのである。

第三章 慟哭の顎

アンファングリア旅団の起用理由と「禊」論

アンファングリア旅団は編成から一年も経たぬ未熟な部隊であったが、ダークエルフ固有の戦闘力、脱出行での後衛戦闘の実績、現地地形への精通ゆえに、シルヴァン川渡河作戦の先鋒に任じられていた。教令には、先鋒部隊は退却を許されず敵の注意と火力を引きつけるべしと記されており、後世には「ダークエルフへの禊・踏み絵」であったとする説も生まれた。しかしその教令は全軍共通の戦術指針であり、先鋒への強力な砲兵・砲艦・空中偵察支援も付与されていたことから、参謀本部が意図的に旅団を捨て駒にしたと断ずるのは行き過ぎであると語られている。

エルフィンド外務省の失態と国境への不通達

一方エルフィンド側では、キャメロットより宣戦布告が夕刻に手交されたにもかかわらず、外務省が責任の押し付け合いと女王への報告忌避に終始し、その夜のうちに軍へ通達を出さなかった。自らの常備軍制と過去の勝利を根拠に「オルクセンの動員には一月かかる」と高をくくり、戦争の危機感を欠いた結果、国境警備隊前進陣地や哨戒班には一切情報が届かないまま通常任務が続行されることになった。

巨狼アドヴィンによる哨戒班殲滅

この夜、前進陣地から出た白エルフの哨戒班四名は、戦争の開幕を知らぬままシルヴァン川方面へ進出していた。彼女たちは軍務を卑しみつつ漫然と歩哨を続けるが、やがて風もないのに草むらが四方からざわめき、三頭の巨大な灰色の影が突進する。伍長と二名は首を刎ね飛ばされ、最後の一名も恐怖に腰を抜かしたところを、耳元で嗤う声とともにその「顎」に噛み砕かれた。襲撃者は国王護衛役たる巨狼アドヴィンとその同族であり、哨戒班は瞬時に全滅した。

巨狼族とアンファングリア連隊の協働

アドヴィンらはすぐさま後方のアンファングリア山岳猟兵連隊の縦列に合流し、連隊長エレンウェ・リンディールに「定時哨戒は片付けた」と報告する。巨狼族は本来憲兵隊所属であり戦闘部隊ではないが、旅団長ディネルースの強い要望で渡河奇襲に随行していた。エレンウェは、百頭規模が残っていればエルフィンド一国を滅ぼせたであろうその脅威を語り、巨狼が敵でないことに安堵しつつ、彼らの偵察と撹乱を踏まえて尖兵隊の強行軍準備を整える。

前哨陣地奇襲とダークエルフの「二本の牙」

アンファングリア山岳猟兵連隊は、一個大隊をもってエルフィンド国境警備隊前哨陣地を急襲した。まず少数隊が背後から電信線を切断し、巨狼が哨兵を噛み殺し、猟兵たちはダークエルフ特有の山刀で無言のまま急所を正確に斬り裂いていく。山刀は各自が氏族から贈られた私物であり、強靭なモリム鋼と優れた斬れ味を誇る近接戦闘の象徴であった。彼女たちは、近代的火力戦術とこの種族固有の肉薄戦闘能力という「二本の牙」を最大限に活かし、暗闇の中で電力を断った陣地へ一気に突入し、兵舎・望楼・指揮所を立て続けに制圧して国境警備隊を一人残らず黙殺した。

旧任地ゆえの徹底殲滅と巨狼の称賛

この前哨陣地は、かつてダークエルフの氏族が国境警備に就いていた頃の持ち場であり、アンファングリアの兵たちは塹壕や兵舎の配置を熟知していた。その地の利が、無警戒な白エルフ守備隊に対する静かな電撃戦を可能にしたのである。戦闘終了後、アドヴィンはかつての獲物たちを今や「祖の名を戴く兵」として高く評価し、この見事な夜襲を心から愉しんだと語られている。

橋頭堡拡大と「旗立てアンファングリア」

一〇月二七日、アンファングリア旅団は大型浮橋を経て全戦力の渡河を完了し、三本の街道方向へ急進を開始した。ディネルースは各連隊長に、村落を可能な限り無傷で制圧し、糧食を現地調達しつつ橋頭堡を守る「全軍の尖兵」となることを命じた。旅団は一日で約三〇キロ進出し、主要村一二、細かな集落を含め四〇以上を占領した結果、オルクセン本軍から進撃停止命令が出るほどの快進撃を示し、「旗立てアンファングリア」「怒涛のアンファングリア」と綽名されるに至った。

占領村落の恐怖とスコル村での対立

国境地帯の村々は、かつてダークエルフが追放された跡地に白エルフが入植した場所であり、住民はダークエルフの復讐を恐怖した。スコル村でも、逃亡兵匿匿の有無を問われた村長は恐怖と侮蔑をないまぜにし、ディネルースに対し「黒め」と差別語を吐き、さらに「オークに体を売ったのか」と侮辱した。参謀長イアヴァスリルが激昂して平手打ちする一幕もあったが、ディネルースは兵を制し、皮肉な威嚇を囁いて村長の心を折らせたのち、静かに司令部へ戻った。

失われた故郷と司令官の慟哭

スコルの建物には焼け跡と再建の痕が残り、街の構造や広場の名残はかつての面影を強く留めていた。そこが、かつてディネルースが氏族長として治め、多くの同胞を失った故郷であることが、彼女の上にのしかかった。見知らぬ白エルフが当然の顔で暮らす光景に耐えきれず、ディネルースは自室に籠もると、扉にもたれ崩れ落ちて声なきままに泣き続けた。この侵攻は彼女たちにとって武器であると同時に、過去の喪失を突きつける悲劇でもあった。

レーラズの森事件と民族浄化の露見

西側街道を進んでいたエラノール支隊は、レーラズの森付近で強烈な白銀樹の気配を感知し、掘削を行った結果、大量のダークエルフの遺骸と白銀樹の護符を発見した。後方の本格調査で一万超の遺骸が十数か所の穴から発掘され、エルフィンド側は事故埋葬と弁明したが、護符を祖樹に還さない埋葬はあり得ないとダークエルフは断じた。これは民族浄化とその隠蔽であるというオルクセン政府の公式見解へと繋がり、白エルフの「清廉なイメージ」を国際的に粉砕する結果となったが、当事者の旅団にとってはただ悲嘆と戦慄、慟哭しか残らなかった。

故郷を攻める者を見送る者たち

シルヴァン川の屑鉄戦隊の砲艦乗員たちは、浮橋を渡るアンファングリア旅団の姿を目撃していた。モーリア奪還の報に無邪気に歓喜したドワーフ士官バルクは、故郷を撃たずに済んだ自分と違い、生まれ故郷そのものを攻め落とす行軍に赴くダークエルフたちの顔に、無理に作った闘志と押し殺した感情を読み取ってしまう。彼が艦長グリンデマンに「故郷を攻める気分とは」と問うと、艦長はしばし沈黙した末、「問わず語らずの類だろう」とだけ答え、その重さを語らずに受け止めたのである。

第四章 ファルマリア港攻略戦

仮装巡洋艦ゼーアドラーの誕生

開戦の十二日前、北オルク汽船社所属の高速貨客船キルシュバオム号とプフラオメ号は、突如本国への帰投命令を受け、ネーベンシュトラントで密かに大改装を受けた。豪華な一等食堂は簡素な大室に変えられ、船首・船尾やスパーデッキには隠し砲座や管状装置が仕込まれ、石炭庫は舷側防御を兼ねる異様な配置となった。私服の海軍要員が乗り込み、各国商船旗とエルフィンド近海の最新海図を積み込んだ二隻は、開戦直前に出港し、北西海域で通商破壊戦に投入された。

海上通商破壊と「グスタフ王の海賊」

開戦四日目、キルシュバオム号はグロワール商船を装ってエルフィンド籍石炭船に接近し、至近距離でオルクセン海軍旗を掲げて武装を露わにし、「補助巡洋艦ゼーアドラー」と名乗って停船を命じた。丸腰の商船は拿捕され、以後二隻を含む七隻の補助巡洋艦はエルフィンド商船や同国向け軍需物資を積んだ他国船を次々拿捕・自沈させ、「グスタフ王の海賊」と恐れられた。この結果、銃砲・火薬・鋼材のみならずキャメロット産高品質石炭の供給まで断たれ、エルフィンドは装甲艦リョースタ用燃料すら十分に得られない窮状へ追い込まれつつあった。

第一軍団の進軍とインフラの弱さ

同時期、陸上では第一軍第一軍団がファルマリア港へ向けて前進していた。戦力は第一擲弾兵師団、第一七山岳猟兵師団、アンファングリア旅団、軍団直轄・軍直轄の両重砲旅団に加え、測量班と写真隊であった。アンファングリアが渡河翌日には三〇キロ前線まで突出していた一方、軍団全体の前進は平均一日二〇キロ前後に留まり、宿営のたびに道路と電信線の補修、治安維持、補給路整備に時間を費やしていた。大容量の輜重馬車が往復するにはエルフィンドの街道は狭く脆弱であり、馬車待避所の設置や憲兵配備でどうにか運用する有様で、糧食・馬糧の三割を現地調達に頼りつつも、重砲と砲弾輸送を優先する状況であった。

ファルマリアに逃げ込む住民とエルフィンド軍制の歪み

前進する第一軍団が占領した村々は無人であることが多く、本来斥候がいるはずの大村レスクヴァですら住民ごと空になっていた。多くの斥候と民間人がファルマリア港へ逃げ込んだと推測され、総軍作戦参謀グレーベンは「袋の鼠」と評した。彼はエルフィンド軍制についても、氏族単位の寄せ集めで中隊規模や指揮官人事が場当たり的であり、補給も現地調達と私物依存に傾いた前近代的構造だと見做した。近代軍制を理解しているのは、長年かけて海軍制度を改革した海軍首脳部のみという評価であった。

ファルマリア要塞の致命的欠陥

グレーベンは丘上からファルマリア港西方を観察し、「ファルマリア要塞」と称する防禦線の脆弱さに呆れた。稜線に沿って砲台と塹壕が一重に並ぶのみで、壕は断続的で相互支援に乏しく、砲は山砲中心、しかも前装式が多い。堡籃による防御は小銃弾片には有効であったが、オルクセンが研究するコンクリート要塞に比べれば児戯に等しかった。さらに決定的だったのは、港へ流れ込む河川沿いに街道と鉄道が通る地形で稜線が切れており、そこを抑える砲台さえ潰せば、要塞外殻を迂回して一挙に市街へ突入できる「地形間隙」が存在していたことである。

降伏勧告と「素晴らしき戦争」

グレーベンは第一三野戦重砲旅団の一二センチ榴弾砲で南側の要砲台を破壊し、この間隙から第一七山岳猟兵師団を突入させれば、殻を残したまま内部からファルマリアを崩壊させられると断じた。同時に港湾施設と市街地、そして在留キャメロット商人の保護を優先すべく、民間人脱出を認める条件付き降伏勧告を一日限りの期限で提示するよう命じた。これはグスタフ王の発案でもあり、敵側に「住民保護の責任」という球を投げ、拒否時にはあらゆる被害の責任を白エルフ側に帰属させる狙いがあった。グレーベンは、参謀とは国家と王と兵を守るために利用できるものは全て利用し、後世の批判すら黙って背負う存在であると語り、降伏勧告の審議時間すら重砲の陣地展開にあてるよう命じることで、「素晴らしき戦争」を開始しようとしていたのである。

四人の少将と指揮系統の崩壊

ファルマリア港には、同格である二等少将が四名集結していたが、軍上層部は国境警備隊出身のハルファン少将を現地指揮官に任命した。ハルファンはアンファングリア旅団に敗北した部隊の指揮官であり、その配下が敗残兵として港へ逃げ込んだことが将兵の動揺を誘った。他の三少将は「敗軍の将」を総指揮に据える人事に不満を抱き、更迭を求める電信を送ったが、その返答が届く前に電信線は遮断され、第一軍団と海軍主力の圧力が迫る状況となった。

暗殺・逃亡・分裂による指揮崩壊

オルクセンからの降伏勧告が届くと、動揺は極点に達した。徹底抗戦を唱えたハルファンは、二名の少将により部下を使って暗殺される。そのうち一名は口実を設けて側近のみを連れ夜陰に紛れて市外へ脱出し、その後消息不明となった。残る二名のうち、海兵連隊指揮官は要塞線での抗戦を選んだが、陸軍少将は約四千の配下を率いて北方街道から夜間撤退を開始し、途中で他部隊の兵も合流して五千規模の逃亡集団へ膨れ上がった。

アンファングリア旅団による追撃の開始

ファルマリア要塞北側を警戒していたアンファングリア旅団のエラノール支隊は、未明に魔術探知波でこの集団を捉えた。当初は小規模斥候と誤認し、騎兵第三連隊・山岳猟兵・山砲・グラックストン機関砲などの戦力で攻撃を開始し、先頭の一隊を壊乱させた。続いて後続の大部隊出現により状況の異常さが判明し、エラノールは包囲解囲の試みと判断して増援を要請した。迅速に到着したディネルース旅団長は敵の動きを観察し、「要塞と港を捨てて北へ逃走している」と看破した。

配兵の罠と火力格差による大壊走

ディネルースは第一軍団への至急報を発しつつ、北側のカリナリエン支隊に街道側面高地からの砲撃位置を与え、自身とエラノール隊は西側から徐々に兵力を絞って進路を「開く」ことで敵の北進を誘導した。逃亡集団はこの道を使って前進を開始するが、その背後を騎兵・山砲・グラックストン機関砲が執拗に襲撃し、後衛部隊を次々と切り崩した。敵隊列は縦列の間に間隙を生じさせるという行軍上の禁忌を犯しており、その隙を突かれて各個撃破されていった。さらにカリナリエン支隊が側面から砲撃・銃撃を加えたことで、前装式七ポンド山砲と後装式ヴィッセル砲との装填速度差、小銃戦における伏射可能なオルクセン側と膝射・立射に頼るエルフィンド側の戦術差が露わになり、エルフィンド軍は持久的な火力戦で圧倒された。

壊走・投棄・残敵掃討の凄惨さ

追撃を受けたエルフィンド兵は、まず砲を捨て、次いで負傷者を放置し、弾薬嚢や背嚢、外套、軍帽、靴、最終的には小銃までも投棄する半裸同然の壊走状態に陥った。魔術通信を通じて戦場の阿鼻叫喚が増幅され、精神的崩壊は連鎖した。六キロにわたる追撃ののち、アンファングリア旅団は「残敵掃討」を開始したが、その実態は抵抗能力を失った負傷兵への拳銃射殺・銃剣刺突・山刀による斬殺を含む虐殺に近い行為であり、とくにレーラズの森事件の衝撃を受けた騎兵第三連隊の行動は狂気じみていた。民間人が逃亡列に紛れていた可能性も語られたが、公式には否定され、公刊戦史も沈黙している。グレーベン少将は総参謀長への書簡で、この戦果をアンファングリア旅団の出自・感情事情を踏まえ「旅団の戦果として処理するほかなし」と報告した。エルフィンド軍は約三千の死傷者を出し、捕虜はほぼ皆無、旅団側の損害は戦死十一・負傷三十七にとどまった。

砲撃開始とファルマリア要塞の陥落

降伏勧告に対する正式返答が無いと判断した第一軍団は、一一月二日午前六時五〇分、野戦重砲二個旅団と各師団砲兵による集中砲撃を開始した。大鷲軍団による弾着観測射撃も導入され、要塞砲台に対して砲弾三五二六発、小銃弾約一八万発が撃ち込まれた。午後には第一七山岳猟兵師団が市街へ突入し、夕刻までに守備側の戦意は崩壊、ファルマリア海兵隊指揮官名で降伏受諾が通告された。翌朝、同指揮官は降伏文書への署名後、自ら護符を焼き、拳銃自決を選んだ。ホルツ大将はその最期と戦いぶりに敬意を表し、弔銃と軍葬をもって葬った。ファルマリア港は、実質一日の戦闘で陥落したのである。

王の知らぬまま進む戦争の深部

この時点で、グスタフ王の手元には、レーラズの森事件の詳細も、アンファングリア旅団による追撃戦の凄惨な実態もまだ届いていなかった。王が構想した「素晴らしき戦争」の戦略は順調に成果を挙げつつあったが、その陰で現地では、技術格差と指揮崩壊、そして憎悪と報復感情が絡み合った、別種の戦争が進行していたのである。

第五章 王であるということ

第三軍の進撃と鉄道軌間改修

星暦八七六年一一月、本格的な冬の到来と共に、オルクセン軍はファルマリア港を掌握し、第三軍はシルヴァン川北岸への橋頭堡拡大を進めつつアルトカレ平原方面への進撃準備を整えつつあった。第三軍はアルトリア要塞都市を目標に、分進合撃により四軍団を別々の街道で前進させ、一気に戦場へ集結させる戦法を採用する方針であった。しかし、奇襲効果は既に失われ、敵主力一六万から一八万との正面衝突が予想されるなか、鉄道を戦術・兵站両面の生命線とせねば戦えない現実が立ちはだかっていた。

ここで問題となったのが、オルクセンとエルフィンドの鉄道軌間差であった。参謀本部は戦前から研究を進めており、犬釘を抜いてレールを八九ミリずらすという原始的だが有効な改修法を採用した。枕木が木製で構造が単純な時代だからこそ可能な手法であり、橋梁強度確認や砕石調整は必要であったが、新線建設に比べればはるかに軽い負担であった。こうしてモーリアを中継拠点とした軌間改修が進み、第三軍は改修の進捗とともに末端兵站拠点駅を押し出し、そこから輜重輸送を伸ばすかたちで慎重に北上していく体制を整えていた。

占領統治と貨幣支配の開始

モーリアでは、占領からわずか三日で国有銀行支店が開設され、護衛付き列車で運び込まれた金銀貨により、エルフィンド貨とオルクセン貨の両替業務が始まった。軍契約を受けたファーレンス商会配下の行商が都市生活に必要な用品を売り込む一方、支払いはオルクセン貨か軍票に限定され、現地住民は瓦礫撤去や修復作業の雇用を通じて軍票を受け取る構図が形作られていった。

軍票はあくまで代用紙幣であり、正貨との両替には個人ごとに上限が設けられていた。大量の正貨供給は占領直後の物資不足と相まってインフレを招きかねないため、意図的に軍票中心の流通へ誘導していたのである。住民は侵略者の貨幣に不信感を抱きつつも、生活のために受け取り使用せざるを得ず、やがて市中の既存経済にもオルクセン貨が浸透し始めた。これは単なる軍事占領ではなく、通貨と商取引を通じた経済支配の端緒であり、行商人たちはその媒介役として機能していた。

同時に、野戦憲兵隊が多数配備され、略奪や暴力行為は銃殺を含む厳罰で臨む方針が徹底されていた。シュヴェーリン上級大将は護衛を最小限にとどめ、市街視察に出て自らの姿を晒すことで「秩序ある占領」を示そうとしており、軍事行動と統治行動が一体の国家事業として進められていた。

財務大臣リストと開戦景気

首都ヴィルトシュヴァインでは、財務大臣マクシミリアン・リストが上機嫌で財務省に姿を見せていた。外務大臣ビューローからもたらされた情報によれば、ベレリアント戦争に対する列商諸国の基本方針は中立であり、キャメロットなど一部は「好意的中立」としてオルクセンに有利な立ち位置を取っていた。各国は観戦武官や従軍記者の派遣を求めており、外交的孤立の懸念は払拭されていた。

戦争勃発と「エルフィンド外交書簡事件」が報じられると国内世論は沸騰し、「一〇〇万の兵、一〇〇万箱の食糧」という分かりやすい標語が全土に広がった。オーク、コボルト、ドワーフ、ダークエルフなど多種族が一二〇年前の屈辱を想起し、酒場や街頭で戦勝を先取りするかのような熱狂が続いた。株式市場も高騰し、戦勝報が続くにつれて中央市場は強気の値動きを見せ、同時にエルフィンド公債は暴落していった。内外の投機筋は、この戦争の帰趨を早々にオルクセン有利と見ていたのである。

戦費調達と国民経済の総動員

国軍と財務省の試算では、戦費は約九億ラングと見積もられていた。歳入一四億ラング、国外準備金約二億ラングを考えれば、国内からの戦費調達が不可欠である。リストはログレス市場に預託された正貨には極力手を付けず、戦時国債の国内募集を主軸とする構想を練っていた。労働従事者一八〇〇万が平均二三ラング程度を引き受ければ、一次募集四億ラングは十分に達成可能という計算であり、ファーレンス商会のような大口も見込めた。

国外向けには、一億ラング相当の外債を既存の国鉄・電力公社公債と同条件でログレス市場に流すにとどめ、火薬原料や飼料穀物など限られた輸入決済に充てる方針であった。エルフィンド公債の暴落と、オルクセン公債の安定は、国際金融の場における信認の差を如実に示していた。リストは、戦費調達そのものだけでなく、この機会に国民の貯蓄を国債というかたちで国家事業と結び付け、後の償還によって再び民間に還流させる長期的循環まで視野に入れていた。

戦後経済構想とエルフィンド併合の視野

リストとグスタフ王が見据えていたのは、戦中だけでなく戦後の経済であった。戦争特需と戦後投資の反動による不況を避けるため、両者は内需拡大型の投資計画を準備していた。具体的には、国土全土の鉄道複線化、重工業と化学工業の拡大、炭鉱増産といったインフラ・基盤投資を行い、その生産物を国内のみならず工業基盤の弱い諸外国へ輸出することで、景気の軟着陸を図ろうとしていた。

そして、その投資対象として最も有望と見なされていたのが、戦後に併合される予定のエルフィンドであった。王は早くからエルフィンドの滅亡と併合方針を明示しており、社会基盤も地下資源も未開発に近い「無垢の土地」として、新たな投資先と見る発想であった。軍が進軍と同時に鉄道補修や基盤整備を進めていること自体が、将来の内需投資の前払い的国家事業でもあった。

リスト個人としては、自らの経済理論を大規模に実証し、軍人中心の権力構造に経済官僚の影響力を食い込ませる野心も抱いていた。物価上昇への対策としては、国有食糧備蓄の放出や税制調整による物価抑制策が用意されており、戦後の国債償還時に国民が実質的な利益を得られるよう配慮されていた。こうして、王の長期構想とリストの経済設計は、「勝つ戦争」と「勝った後の国」を同時に成立させることを目指して動いていたのである。

第一軍北上と大本営の前線進出

ファルマリア港陥落後、グレーベンは荒海艦隊旗艦レーヴェでロイター大将と協議し、海軍が残存エルフィンド艦艇の捜索と輸送線護衛を担い、代わりに陸軍が沿岸要塞砲と監視哨の整備で協力する方針を決めた。北海沿岸には魔術通信の有効範囲を前提に監視哨網が計画され、必要人員も算定された。これを受けてゼーベック総参謀長は第一軍の北上を進言し、グスタフ王は裁可して総軍司令部兼第一軍司令部をファルマリアへ移動させた。行軍の途上、グスタフは浮橋群と絶え間なく往還する軍勢、空から護衛する大鷲隊を眺め、それを国家総力が一点に凝縮した巨大事業として捉えた。また、王の縦隊を規定通り制止した野戦憲兵下士官を自ら称賛し、昇進を命じることで、規律が王権より優先され得る軍隊のあり方を示した。

レーラズの森の視察とファルマリア港での鉄道準備

グスタフは旅程を迂回してレーラズの森を視察し、長時間無言でその惨状を見つめたのち、ヘイズルーン村で宿営し、兵站司令部への電信を起草した。翌日ファルマリア入りすると、市街の出迎えを受けつつも作戦指揮には深入りせず、視察と最終判断に専念する姿勢を貫いた。港湾では、帆無し蒸気貨物船がキャメロット規格の鉄道車両や起重機車を揚陸しており、第一軍戦区では軌間改修を行わず、輸出用車両を徴用して線路側に合わせる方針が取られていた。これは事前にファーレンス商会を通じて引き込み線の有無まで調査していた成果であり、鉄道中隊と国有鉄道社職員が補修と運行に当たる体制が整えられていた。

司令部列車メシャム号と港湾労働者への配慮

鹵獲したエルフィンド製一等寝台車や食堂車を視察したグスタフは、それらを編成した司令部専用列車を「メシャム号」と命名し、移動大本営として活用することにした。これはセンチュリースター号を本国に残置した穴を埋める措置であった。港では、ファーレンス商会が手配した港湾労働者組合の沖仲仕たちが宿舎と食糧の不備を巡って鉄道中隊側と口論していたが、グスタフは自ら「責任者」として前に出て謝罪し、彼らの労をねぎらい、握手を交わし、同じ粗末な食卓で昼食を取った。その後、彼らに優先的な栄養補給と医療、休養時の娯楽を与えるよう命じ、兵だけでなく補助労働力も戦力の一部として遇する姿勢を示した。

アンファングリア旅団への特配とディネルースとの対話

翌朝、アンファングリア旅団には特別配給が届き、兵站参謀リアは受領書式に、手持ち在庫と新規受領分を一体で記載させるオルクセン式兵站管理の合理性を改めて実感した。配給内容は、小麦入りライ麦パンと苔桃ジャム、チーズ、杏茸入りクリームスープ、牛肉の焼き物など、かつてディネルースが救われた時とほぼ同じ献立であり、王の明確な意図をにおわせるものであった。視察に来たグスタフは、整列した部隊を観閲した後、旅団長室でディネルースと対面し、長い沈黙ののち、レーラズの森での出来事について叱責ではなく「責任の所在」を語った。

「王である」という責任の引き受け方

グスタフは、アンファングリアの戦いぶりにグレーベンが違和感を覚え、魔術通信が機能しないなかで騎兵連隊の担当区にのみ問題があった可能性を指摘したうえで、ディネルースが沈黙によって部下を庇っていることを看破した。しかし彼は、「この戦争を起こし、強すぎる旅団を先鋒として雷同なくレーラズの森に投じたのは自分だ」と認め、森の徹底調査と遺体の再埋葬、護符の回収と戦後の「本来の場所への返還」を自らの責任として引き受けると宣言した。また、開戦初期に不祥事を認めることは国として不可能であり、今回は誰の責任も問わず、自分ひとりが最終責任者であると明言したうえで、「もしこの戦に敗れれば、自らの首を敵に差し出す」とまで言い切った。ディネルースは、その徹底した責任の引き受け方に戦慄し、彼を「恐ろしい王」と評したが、グスタフはそれをなぞらえて「魔王」と自嘲した。直後に運び込まれた特別献立を見たディネルースは、一年前と同じ味によって再び心を救われ、旅団として再起する覚悟を固めた。

アストンの内省と魔種族史観

一方、人間族の外交官アストンは、自宅で魔種族史の蔵書に没頭して心を癒やしながらも、グスタフがエルフィンド外交書簡の文意を意図的に捻じ曲げて戦争を引き起こした事実を既に理解していた。それでも彼は王を恨まず、魔種族の立場に身を置こうとした。アストンは、三百年前に聖星教の後ろ盾を得た人間諸国が魔種族を「異端」として狩り、エルフィンドのエルフのみを例外とした歴史を振り返る。生き残りが集まったオルクセンが、デュートネとの戦いを経てようやく安定した矢先に再び戦争に駆り出された経緯は、彼にとって人間側の加害の歴史を再確認させるものだった。

グスタフの招聘と共存を目指す意図の読み取り

そんな折、アストンはグスタフからの私信を受け取り、戦地大本営の外交顧問として招聘される。オルクセンには既に優秀な自国外交官や国際法学者がいるにもかかわらず、あえて人間族の彼を迎えたいという申し出は、「魔族の国であっても国際法を守り、人間諸国と共存する意思がある」ことを対外的に示すための象徴的行為だと彼は理解した。エルフィンド滅亡と併合によって魔種族統一国家が誕生すれば、次の潜在的敵は人間諸国となるはずであり、グスタフはその未来の戦争を回避しようとしているとアストンは推測した。彼は、この戦争が魔種族史の大転換点になると確信し、長年の友への信頼と歴史の証人となる渇望から外務省を辞し、妻を説得してグスタフのもとへ向かう決意を固めた。こうして「魔王」と呼ばれる王と、「人間の証人」である外交官が、同じ戦争とその先にある共存の未来を見据えて歩み寄っていく構図が形作られていた。

第六章 非情の海

観戦武官・従軍記者の殺到とオルクセン側への集中

一一月半ばになると、星欧各国から観戦武官と従軍記者がオルクセンに集まりはじめた。久々の大戦争であ り、彼らは新兵器や新戦術、さらには「魔術」「魔種族」が戦争に与える影響を見極めようとしていたのであ る。魔種族に対する人間側の理解は乏しく、「火を吐く」「空間転移できる」といった空想まじりの噂すら信 じられていた。オルクセン外務省は自国の正当性を宣伝する好機と捉え、仮想敵国を含む各国の代表を慇懃に 受け入れた。一方、エルフィンド政府は開戦直後から敗北と混乱に追われ、外務省幹部の失態が露見すると、 政権は彼女らを極秘裏に銃殺して責任を取らせたうえで氏族間のポスト争いに没頭し、観戦者への対応を行う 余裕を失っていた。その結果、観戦武官と従軍記者の関心はほぼ全てオルクセン側へ集中することになった。

アンファングリア旅団への取材と「電撃戦」の命名

ベレリアント半島への第一陣としては、オルクセン国内報道機関の従軍班が最初に前線へ入り、その後に外 国人記者が続いた。ファルマリア港の宿営地では、オストゾンネ紙記者フランク・ザウムがアンファングリア 旅団長ディネルースと参謀イアヴァスリルを訪ね、開戦初期の急速な橋頭堡拡大に強い関心を示した。ザウム は自らを「スッポンのザウム」と称する粘着質の記者であり、派手な戦果ではなく、初動の進撃全体を時系列 で追おうとしていた。彼はこの戦術に名称があるかと尋ねたが、ディネルースにとってそれは既存手段の組み 合わせに過ぎず、特別な名前は存在しなかった。そこでザウムは執務室に置かれた、稲妻と猪の意匠が描かれ た火酒の瓶に目を留め、「電撃戦」という呼称を提案した。この一言が、後世に残る戦術名として定着する出 発点となった。

荒海艦隊の出撃と不運な捜索行

一一月一三日、荒海艦隊は旗艦レーヴェ以下一〇隻でファルマリア港を出撃し、ベレリアント東岸全域にわ たる残存エルフィンド艦隊の捜索を開始した。各艦には良質な無煙炭と食糧、甘味が積み込まれ、出撃前夜に はカツレツやサラダ、牛乳まで供され、水兵たちの士気は高まっていた。しかし、海上作戦は徹底して運に恵 まれなかった。魔術通信探知は雷に誤反応し、遠雷をエルフィンド艦隊の通信と誤認しては、艦隊を無人海域 や低気圧帯へ導く虚報を連発した。その結果、通信員の報告は次第に信頼を失い、艦隊は広大な沿岸部を霧と 荒天の中でむなしく往復するばかりとなった。

スマラクト沈没という開戦以来最大の惨事

捜索七日目、濃霧のなかでロイター提督が反転を命じた直後、後尾付近を航行していた甲帯巡洋艦スマラク トは信号を見落とし、別の灯火を前方艦と誤認して針路を誤った。その進路上には装甲艦パンテルが存在し、 双方が霧中で接近した結果、パンテルの衝角がスマラクト左舷水線下に深く食い込むという最悪の形で衝突が 発生した。弱い防御しか持たない巡洋艦は巨大な破孔から急速に浸水し、パンテルが離脱したことで損傷はさ らに拡大した。防水部署では浸水区画を封鎖しようとしたが追いつかず、スマラクト艦長ザイフェルトは総員 離艦を命じ、自らは艦橋に残る決断を下した。だが、艦は大傾斜ののち一挙に横転し、短艇も多くが渦に巻き 込まれ、冬の北海の低水温と濃霧が救助を阻んだ。結果として死者一七四名、生存者一六名という開戦以来最 大の海難事故となり、ロイター以下艦隊司令部は深い衝撃と自責に沈んだ。しかも、後に、この反転地点から わずか六キロ先のフィヨルド奥にリョースタら敵艦隊が潜んでいたことが判明し、艦隊には一層苦い悔恨が残 された。

北海沿岸監視哨の混乱と素人防衛の危うさ

一方、オルクセン北海沿岸に急造された監視哨群は、陸軍参謀グレーベンらが立てた机上計画に対し、海と 艦の実態への理解が決定的に不足していた。地元警官や後備兵、国民義勇兵など海戦の素人が配置され、艦型 識別の教育も追いつかなかったため、漁船や輸送船、果ては海鳥の群れや雲影まで「リョースタ発見」「敵十 隻」などと誤報・虚報の山に変えていった。作曲家ラームストの別荘にも巡査が押しかけ、オペラグラスを持 ち出して海を監視すると意気込む姿が見られたが、それは国民的熱狂と素人防衛の危うさの象徴であった。海 軍司令部は錯綜する報告に翻弄され、「リョースタが何隻いるのか」と嘆くしかない状況に追い込まれていっ た。

エルフィンド海軍「カランシア戦隊」の再編と決意

エルフィンド政府は国内世論を引き締めるため、小さくとも「勝利」が必要だと判断した。陸軍は動員と兵 力配分に迷走しており、ここで白羽の矢が立ったのが残存海軍である。ベラファラス湾で多くの古参将校が戦 死した結果、海軍内部の派閥争いは一掃され、最高司令官はリョースタ艦長ミリエル・カランシアを少将に昇 進させ、ヴァナディース、アルスヴィズ、給炭船改造の仮装巡洋艦を合わせた四隻を「カランシア戦隊」とし て一括指揮させた。最高司令官は「損害には構わぬ、石炭は何とかする」と告げて戦隊運用の全裁量を委ね、 カランシアはその信任に応えようとした。ただし手持ちの石炭は少なく、「贅沢な戦」は出来ない。北西部の フィヨルドに潜みつつ、地元漁民から差し入れられたアカザエビを肴に将校たちを鼓舞したカランシアは、余 力を冷静に見極めながらも「何もしないのは面白くない」として、まずは巡洋艦アルスヴィズを使う陽動・襲 擊行動から戦局に一矢報いる決意を固めた。こうして、オルクセン海軍の不運な捜索と対照的に、エルフィン ド側海軍の小規模ながら鋭い反撃が幕を開けようとしていた。

アルスヴィズの夜襲と商船拿捕

一一月一五日早朝、残存エルフィンド艦隊の巡洋艦アルスヴィズが、潜伏先ヨトゥン・フィヨルドを出港し、 オルクセン北部沿岸へ向かった。地元漁民の自主的な哨戒協力もあり、その行動は荒海艦隊の探索網をすり抜 けた。アルスヴィズは夜間にアハトゥーレン港へ接近し、港内の貨物船、ホテル、市庁舎などに向けて一五・ 二センチ砲による砲撃を実施した。徹甲弾が多く不発も多かったが、市街は混乱し、市民は着の身着のまま市 外へ逃走した。その後、近傍の寒村の漁村を形ばかり砲撃し、翌一六日には石炭六千トンを積んだキャメロッ ト商船アラントン号を拿捕して帰還した。この商船はヨトゥン・フィヨルドへ回航され、エルフィンド側にと って望外の石炭資源となった。

赤子死亡がもたらした世論激震と海軍批判

アハトゥーレンでは約九十発の砲撃により六名が死亡、二四名が負傷し、商船一隻が大破した。犠牲者のなか に、長命種族社会では希少で尊い存在であるオーク族の新生児が含まれていたことが、国内に決定的な衝撃を 与えた。翌朝には「赤ん坊殺し」としてエルフィンド海軍が糾弾されると同時に、「これを防げなかったオル クセン海軍は何をしているのか」という怒りが噴出した。沿岸輸送は一時差し止められ、石炭価格は暴落する。 大手紙は「巡洋艦の捕捉は本来困難」と抑制的な論調を示したが、二流紙以下は煽情的な見出しで海軍批判を 拡大し、そこへスマラクト沈没の報が重なって、国民の不安と戦前のエルフィンド海軍への恐怖感情が再燃し た。実際には海軍予算も理解も充分とは言えなかったが、現場にとってはあまりに苛烈な非難となった。

屑鉄戦隊の補給・入浴支援と「海の仲間」意識

そのなかで第一一戦隊、通称「屑鉄戦隊」は、明るさを失わず任務を続行していた。ベラファラス湾で主力と 合流した彼らは、ヴィッセル社技師団を送り返しつつ補給を受け、狭い艦内容積に食料と石炭を詰め込む作業 に追われた。石炭の給炭は粉塵とピッチで全身真っ黒になる重労働であり、作業後には水雷艇母艦アルバトロ スに横付けして簡易風呂の支援を受けた。ハンモック収納箱を海水風呂に転用し、貴重な真水は髪や顔を流す 程度に限られるなか、全身毛むくじゃらのコボルトやドワーフたちは「水が足りない」と嘆き、麦酒との物々 交換まで始める有様であった。こうした環境でも彼らは冗談を飛ばし合い、海軍特有の陽気さを保っていた。

船団護衛の開始と屑鉄戦隊の「名物化」

屑鉄戦隊は、第一次輸送船団の復路護衛から本格的な船団護衛任務に就いた。ドラッヘクノッヘン港とファル マリア港を往復する国有汽船群を、第一水雷艇隊と交代しつつ守る形である。護衛方法はまだ理論化されてお らず、「陸軍輸送に海軍が協力する」という曖昧な枠組みのなかで現場が手探りで運用していた。そんななか、 屑鉄戦隊は「我、屑鉄戦隊。御用はなきなりや!」「またの御用命は屑鉄戦隊まで!」と軽妙な信号を掲げ、商 船側との距離を縮めていった。旗旒信号や魔術通信が使えない船には、グリンデマン中佐らが拡声器で直接呼 びかけるなど、泥臭い工夫で安全を確保した。停泊中には商船側から卵や野菜の差し入れを受け、代わりに艦 の菓子を渡すなど、物々交換や相互訪問を通じて強い仲間意識が生まれていった。

故障したファザーンの単独奮闘と帰還

四度目の往路護衛の際には、砲艦ファザーンが機関故障で遅れ、船団から離脱せざるを得なくなった。艦長は 「戦隊速力変更の要なし。我、適宜続航す」と信号を出し、単艦で修理を行いながら遅れを取り戻す道を選ん だ。六時間遅れでファルマリア港に入港したとき、在泊中の艦艇と輸送船全てが信号旗や船旗を揚げて迎え、 ファザーンの奮闘を称えた。この一件は、屑鉄戦隊と輸送船隊の連帯をさらに強める出来事となった。

擲弾兵旅団輸送という新任務と「英雄への航海」

一一月二九日、屑鉄戦隊はドラッヘクノッヘン港からの往路護衛として、大型貨客船四隻の護衛任務に就くこ とになった。これは北上する第一軍と交代してファルマリア港警備を担う陸軍後備第一擲弾兵旅団を輸送する 船団であり、年嵩の後備兵たちと砲、軍馬を満載していた。指揮官はツヴェティケン少将である。本来は水雷 巡洋艦の増強が予定されていたが機関整備のため外れ、護衛は屑鉄戦隊三隻のみとなった。出港時、兵士たち は小さな砲艦に手を振って歓声を上げ、「我、屑鉄戦隊。御用はなきなりや!」の信号に頼もしさを感じていた。 しかし彼らはまだ知らない。この航海で屑鉄戦隊が「英雄」と呼ばれる存在になることも、その前方に非情な 海戦が待ち構えていることも、何ひとつ知らなかったのである。

カランシア戦隊の出撃命令と補給線破壊の狙い

一方その前日、ヨトゥーレンに戻ったアルスヴィズからの戦果報告と、沿岸防備の脆弱さ、さらに拿捕商船か ら得た石炭により行動の自由度を得たカランシア少将は、麾下四隻の出撃を決断した。戦隊命令では作戦海域 をオルクセン北部沿岸とドラッヘクノッヘン〜ファルマリア間と定め、目的を「第一軍海上補給線の撃破・寸 断」と明記した。リョースタ、ヴァナディース、アルスヴィズ、仮装巡洋艦ヴァーナから成るカランシア戦隊 は、こうしてオルクセン軍の新たな生命線に牙をむくべく動き出したのである。

第七章 キーファー岬沖海戦

カランシア戦隊の陽動と沿岸襲撃

ミリエル・カランシア少将は、四隻の戦隊をアルスヴィズとヴァーナ、リョースタとヴァナディースの二隊に分け、前者を東部沿岸の通商路襲撃に投入したのである。アルスヴィズらはロヴァルナとの短距離貿易に従事する小型商船を次々と拿捕・爆破し、乗員を意図的に逃がすことで、オルクセン側に「エルフィンド艦隊出没」の確証を与えた。この結果、ドラッヘクノッヘン方面の哨戒巡洋艦四隻が東部へ引き剥がされ、オルクセン第一軍の主補給路が手薄になる状況が作り出された。

輸送船団の出港と危うい楽観

一一月三〇日未明、陸軍将兵を満載した四隻の貨客船と、それを護衛する砲艦三隻から成る船団がドラッヘクノッヘンを出港した。東部沿岸域での敵艦出没情報から出港延期を主張する声もあったが、「行程は短い」「沿岸要塞砲と監視哨の援護がある」といった楽観論が勝り、船団は北岸沿いの遠回りの航路をとって進んだ。将兵たちは新型青灰色軍服と新鋭小銃を支給され、珍しい冬季の快晴のもと、初めて見る海に見とれつつも、船酔いと不安を抱えながら甲板上に集まっていた。

リョースタ戦隊との遭遇と屑鉄戦隊の決断

護衛旗艦メーヴェの見張りは、船団右舷側に白い煙を発見し、それがリョースタ型装甲艦とヴァナディースから成るエルフィンド戦隊であると判別した。グリンデマン中佐は船団先頭船フリートリヒベルン号に対し、近傍の要塞砲射程圏への退避を命じ、自らは三隻の小砲艦を率いて敵に向かって反転・突撃する決断を下した。彼は「船団を逃がす時間を稼ぐための突撃」であることを隠さず、屑鉄戦隊の名にふさわしい「海軍の仕事」をしに行くと笑い飛ばしつつ、戦隊に一斉回頭と最大戦速を命じた。

衝角突撃と屑鉄戦隊の壊滅

劣速かつ軽武装のコルモラン型砲艦にとって、唯一の勝ち筋は衝角と艦首魚雷を用いた体当たりであった。三隻は煙幕を張りつつ横陣を組み、リョースタに接近しながら一二センチ砲火を集中した。エルフィンド側は主砲・副砲に加え水雷艇迎撃砲を総動員し、まず派手に艦旗を飾ったファザーンを旗艦と誤認して集中砲撃した結果、同艦は艦長戦死と大破で横陣から脱落した。続いてコルモランも主砲弾と対水雷砲弾により艦長以下幹部を失いながらも、辛うじて航海長指揮の下で射撃を継続し、リョースタの上部構造物に若干の損害を与えた。しかし圧倒的装甲と火力の前に、二隻は次々と沈黙に追い込まれていった。

メーヴェの刺突とグリンデマンの最期

最後に残ったメーヴェは機関室の限界を超えて石炭を焚き、距離一〇〇〇メートル以下まで接近したのち、至近距離から魚雷を発射しつつ衝角突撃を敢行した。魚雷はリョースタ艦尾付近の舵機構を破壊し、続く衝角が水線下の非装甲部に深く食い込んだことで、リョースタは舵が利かず左回頭しかできない状態に陥った。メーヴェは機関故障により離脱不能となり、両艦は至近距離で銃撃戦となる。バルク砲雷長や海兵隊員たちが次々と倒れるなか、重傷を負ったグリンデマンは、唯一無傷だったヴェーヌス信号長を温熱刻印板付きの胴衣ごと海中へ投げ出して生存の可能性を託し、自身は背後から銃弾を浴びて艦橋上で戦死した。直後にメーヴェは離脱後の砲撃を受けて轟沈し、屑鉄戦隊はヴェーヌス一名の生還を残してほぼ全滅したのである。

リョースタ損傷とキーファー岬の警報

メーヴェの犠牲的突撃により、リョースタは致命的ではないにせよ舵機能を喪失し、左旋回しかできない状態で火災と浸水に悩まされることになった。とはいえ装甲帯の厚さゆえに戦闘力自体は大部分が維持されていた。キーファー岬監視哨は砲声を感知して交戦を通報し、避難港に辿り着いた輸送船団からも要塞部隊経由で襲撃の事実が再確認された。これにより最高司令部は、ようやく事態が虚報ではないと認識し、ベラファラス湾の荒海艦隊主力に対し出撃を命じた。

荒海艦隊の出撃と観戦武官ロングフォード

ロイター提督率いる荒海艦隊は、給炭作業や損傷修理が完了していない不完全な状態のまま出撃を余儀なくされた。一部の艦では甲板上の無煙炭を投棄し、乗員を急ぎ入浴・着替えさせるなど、戦闘に耐える最低限の準備だけが整えられた。キャメロットからの観戦武官ロングフォード大尉は旗艦レーヴェ艦橋に立ち、オルクセン式焼夷弾の「燃える水柱」や、突出して敵に迫るレーヴェの果断な運動を目撃し、後に報告書と写真乾板にその様子を残すことになる。

リョースタの炎上とカランシア少将の重傷

午後、荒海艦隊主力は大鷲飛行隊の誘導でリョースタ戦隊を捕捉し、距離を詰めながら対艦焼夷弾を集中した。レーヴェ型装甲艦の二八センチ砲は優れた揚弾機構により高い発射速度を維持し、リョースタの上部構造物と兵装を次々と火の海に変えていった。焼夷弾は水柱の中でなお燃え続け、放水をも延焼に転じさせる化学反応を起こしたため、艦上の消火と兵員移動はほぼ不可能になった。カランシア少将は砲弾片で胸と頭部に重傷を負い、司令塔内に担ぎ込まれたまま指揮を続けたが、艦の上部は炎と煙に包まれ、主砲塔の運用も徐々に困難となっていった。

ヴァナディースの逃走と撃沈

一方、ヴァナディースはリョースタ曳航を試みるも索の破断と自艦の損耗により断念し、北方へ離脱を図った。しかし荒海艦隊第三戦隊の甲帯巡洋艦群に追尾され、一五時までに多数の焼夷弾命中を受けて艦橋・通信設備・炭庫に火災を生じさせた。砲弾不足と通信手段喪失により降伏信号への応答すら不可能な状態のまま砲撃は再開され、ついには艦内に閉じ込められた機関員や脱出準備中の水兵ごと致命的破壊を受けることになった。ザルディーネの魚雷は命中しなかったが、巡洋艦砲火だけでヴァナディースは事実上の戦闘能力を喪失し、沈没へと追い込まれた。

戦術的帰結と屑鉄戦隊の意味

キーファー岬沖海戦の結果、エルフィンド海軍の貴重な装甲艦戦力は壊滅的打撃を受け、リョースタも舵機能を喪失した損傷艦として戦線離脱を余儀なくされた。一方でオルクセン側も、屑鉄戦隊三隻を失い、多数の負傷者とティーゲル以下の損傷を被った。しかし屑鉄戦隊の突撃により輸送船団は要塞港へ逃げ切り、第一軍の補給は維持された。三隻の小砲艦と乗員たちは、自らを「屑鉄」と称しながらも、実際には戦略的要所と陸軍主力を救い、敵主力艦の「腱」を噛み切った存在として、後世に至るまで語り継がれることになったのである。

外伝 ある煙草屋

軍港都市と「向かいの煙草屋」の特別な立ち位置

語り手の老人は、首都から取材に来た若い女性記者に、軍港都市の店と海軍との関係を説明した。街には刺繍屋や仕立屋、飲み屋など「海軍御用達」の店が多く存在し、士官用・下士官用・兵用と自然に客層が住み分けていたと語られた。しかし向かいの煙草屋だけは例外であり、階級に関係なく誰もが集まる特別な場所であったため、その理由として昔話が語られることになったのである。

新兵水兵の日常と過酷な鍛錬

語り手はベレリアント戦争当時のオルクセン海軍の新米水兵の生活を回想した。海兵団を出て小型艦に配属された三等水兵たちは、艦の構造や配置に慣れるだけでも苦労し、早朝の甲板掃除から一日中訓練に追われ、夜はハンモックに倒れ込むように眠る日々を送っていた。古兵による理不尽じみた「教育」や、弾道学などの座学にも苦しめられ、さらには船酔いと荒れた海が新兵を徹底的に痛めつけていたが、その中で徐々に環境に慣れ、上官や古兵に目をかけられながら一人前の水兵へと成長していったのである。

水兵たちの享楽と面倒見のよい上官たち

土曜午後の上陸休暇は水兵たち最大の楽しみであり、流行のズボンの裾の形を競い合いながら、酒や賭博や夜の遊興に俸給を費やしていた。しかし羽目を外し過ぎれば身を持ち崩しかねないため、面倒見のよい下士官や先任水兵が、安く遊べる店や前借りのやり方を密かに教えたり、本人に悟らせない形で金を工面したりしていた。彼らは有望な若い水兵に目をつけると、スポーツチームへの勧誘を口実にしつつ、生活面でも陰ながら支えていたのである。

レオン・シェーファー一等水兵と煙草屋の女将

語り手は、そうした「見込みのある水兵」の一人としてレオン・シェーファー一等水兵の名を挙げた。オーク族の彼は砲艦メーヴェの一二センチ一番砲装填手として配属され、装填と根性に優れた有望株であった。戦時下の慌ただしいなかで式を挙げたばかりであったが、そのわずか三日後に従軍先で戦死したと語られた。語り手は海兵団の同期として、彼の水兵としての日常が自分とほとんど変わらなかったことを振り返った。

写真に刻まれた記憶と「向かいの煙草屋」の権威

シェーファーの姿は、今も向かいの煙草屋の奥に飾られた古びた写真立ての中で、はにかんだ表情のまま残されている。その煙草屋の女将こそがシェーファー未亡人であり、店が階級を問わず誰もが訪れる場になった理由でもあった。どれほど高位の参謀や提督が来ても、シェーファーの写真の前では皆が一介の下っ端に等しく、ただ女将だけが店で最も尊重される存在であったのである。語り手は記者に煙草を勧めつつ、せめて一度だけ彼の顔を見ていくよう静かに頼み、話を締めくくった。

同シリーズ

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その他フィクション

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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