物語の概要
ジャンル:異世界転生ファンタジーである。辺境の貧しい貴族令嬢として転生した主人公が、自立を誓い、探索者(シーカー)としてダンジョンに挑み、数々の魔物を従えて自身の居場所を築こうとする冒険譚である。
内容紹介:
貴族の令嬢として転生したメルセデスは、生まれながら側室の子として冷遇された境遇にあり、いつ見捨てられるかを恐れていた。その危機感から彼女は「探索者」という職に身を投じ、モンスターを腕力で従えてダンジョンに潜る。やがて、ダンジョン制覇の先にある真実や、自らの生きる価値を探し求める強い意志が物語を牽引する 。
主要キャラクター
- メルセデス・グリューネヴァルト:吸血鬼に転生した貴族の令嬢。母とともに貧しい屋敷に住み、いつ捨てられてもおかしくない立場から、自力で生き抜くために探索者としてダンジョン制覇を目指す主人公である 。
- ベルンハルト:メルセデスが相談を持ちかける存在であり、貴族社会での影響力を持つ人物。王位に関する陰謀やダンジョンの秘密を語り、物語に深みを与える重要な登場人物である。
物語の特徴
本作の魅力は、無感情に近かった転生者が、「捨てられそう」という極限の危機感から自らの力で世界に抗い、生きる意味を獲得しようとする成長譚にある。ダンジョン探索により魔物を従えていく戦略性や、探索者としての達成感、さらに“ダンジョン制覇”にまつわる世界観の掘り下げが、他の異世界転生作品にはない独自性をもたらしている 。また、シリーズ累計15万部を突破し、アニメ化企画も進行中であることから、メディア展開においても注目されている。
書籍情報
欠けた月のメルセデス ~吸血鬼の貴族に転生したけど捨てられそうなのでダンジョンを制覇する~
著者:炎頭 氏
イラスト:KeG 氏
発売日:2021年5月10日
ISBN:9784866992167
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
あらすじ・内容
吸血鬼大国『オルクス』の貴族の娘・メルセデスには、何の目的もなく、
ただ生きるためだけに生き、つまらなく死んだ前世の記憶があった。
今生は貴族なれど、側室のひとりである母共々ボロ屋敷暮らし。
いつ捨てられて路頭に迷うかしれない貧乏生活からの脱却と二度目の生涯における生きがいを求め、
彼女は年齢性別不問の探索者【シーカー】になることを決意。
単身ダンジョンへ乗り込むも、ソロ探索は困難の連続で――。
ものは試しと襲ってきた巨人や黒狼を腕力でねじ伏せ、付き従えることに!?
次々とお供を増やしつつ、目指すはダンジョン全制覇!
「さあ、行くぞ。この先に何があろうと、私はもう引き返す気はない。地獄の底までついてこい」
月への誓いを胸に全力で駆け抜ける吸血鬼少女の攻略冒険譚、開幕!
書き下ろし短編2本&キャラクター設定集&描き下ろしおまけ漫画収録!
感想
アニメ化と聞き、興味を持ったのがきっかけで、本作を手に取った。普段なら、発行間隔が空いている作品は敬遠してしまうのだが、Kindle Unlimitedで読めたのが幸いだった。
物語は、吸血鬼大国に転生した主人公メルセデスが、前世の記憶を抱えながら、今度こそ充実した人生を送ろうと決意するところから始まる。貧乏な境遇から抜け出すため、そして生きがいを見つけるため、彼女は探索者【シーカー】としてダンジョンに挑む。魔物を力でねじ伏せ、仲間にしていく展開は、異世界転生チート系のお約束とも言えるだろう。
しかし、本作の世界観は、単なる中世ファンタジーとは一線を画している。どこかSF的な未来を感じさせる要素が、物語に独特の彩りを添えているのだ。主人公メルセデスの、シビアな視点からのツッコミも、物語のアクセントになっている。
メルセデスは、恩義は理解できるものの、愛や情といった感情には疎い。ストイックで冷静冷徹な彼女は、目標達成のためには努力を惜しまない。その規格外な能力は、ある意味チートと言えるかもしれないが、感情移入しづらいと感じる読者もいるかもしれない。
物語は、ダンジョン攻略を主軸に進んでいく。仲間となるモンスターたちとの出会いや、ダンジョンでの様々な試練が描かれる。世界観はまだチラ見せ程度で、次巻からは学園編が始まるのだろうか、と想像を掻き立てられる。
全体として、本作はまだ序章といった印象を受ける。しかし、主人公メルセデスの生き方や、彼女を取り巻く世界観には、今後の展開に期待させる魅力がある。
最後までお読み頂きありがとうございます。
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
登場キャラクター
展開まとめ
第一話 その月は分けていた
月と目的のない人生への思索
語り手は満月の前夜に月を見上げながら、自身の人生を振り返っていた。世間の多くの人間は明確な目的を持たずに生きており、自分もその一人であると自覚していた。子供時代は夢を語るが、大人になると現実に押し潰され、目的を失うと考えていた。そして自らの物語も劇的な終わりを迎えることなく、歩道橋での事故によって意識を失った。
メルセデスとしての転生と環境
語り手は気付けば二度目の人生を生きており、吸血鬼の少女メルセデス・グリューネヴァルトとして生まれていた。父は広大な土地を治めるベルンハルト卿で、母は地位の低い側室である。貧しい屋敷に母と一人の召使と共に暮らし、父とは生まれてから一度も会っていなかった。最低限の仕送りで生活できているが、正式な跡継ぎが決まれば母子は捨てられる可能性が高いと理解していた。
吸血鬼としての特性と自己認識
メルセデスは吸血鬼として高い身体能力と長寿、魔法の力を持ち、容姿にも恵まれていた。前世の記憶は他人の知識のように感じており、その物語は退屈だったと評価していた。しかしその知識のおかげで幼くして自我を確立し、自身の立場を冷静に分析できていた。
生存のための決意と行動
将来の追放に備え、メルセデスは生き延びる術を探し、本を読み漁った。その結果、この世界に存在する高死亡率の職業「探索者」という道を知る。吸血鬼でも生まれつきの力だけでは死ぬ危険があるため、彼女は鍛錬によって強くなることを選んだ。日々外に出て体を鍛えながら、蒼い月「エデン」に手を伸ばし、この二度目の人生を全力で生き、悔いなく笑って死ぬことを誓った。
第二話 下積み
師なき鍛錬の開始
メルセデスには戦闘を教える存在はおらず、母や召使の老婆は戦う者ではなかったため、鍛錬は秘密裏に近くの山で行われた。前世でも戦闘経験は皆無であったが、この世界は殺しが日常の世界であり、力の使い方を知らぬことは致命的と理解していた。彼女は前世の膨大な物語から得た架空の修行法を現実で試すことにし、夜間に重りや岩を用いた走り込み、素人体術による打撃練習、落ち葉を打ち落とす訓練などを繰り返した。屋敷では言語や歴史、文化、魔法などの書物を読み、基礎知識を積み重ねた。
魔法体系の理解と属性探し
魔法は火・水・地・風の四基本属性と光・氷・鉄・雷の四派生属性から成り、誰でも四属性まで習得可能であると知った。己の属性を知るため、山で泉や大地、風に触れつつ瞑想を始めたが、一年続けても成果はなかった。
再生力への着目と過激な訓練
六歳となった頃、傷の治癒速度が以前より早まっていることに気付き、再生力向上を狙って自傷するという過激な鍛錬を開始した。吸血鬼の痛覚は鈍く、怪我は苦にならず、結果として治癒速度は飛躍的に向上し、多くの傷は一秒以内に完治するまでになった。
地属性の覚醒と新魔法創造
三年目の終わり、瞑想によって大地の力を感じ取れるようになり、己の属性が地であると判明した。地属性は支援向きとされるが、彼女は重力操作の可能性を見出し、独自の魔法研究を開始した。星の力を感じながら重力を強めるイメージを続け、一年後には限定的な重力場を発生させることに成功し、これを「圧力」と名付けた。
重力魔法の実戦応用と物語の始動
完成した重力魔法を自らにかける修行を日課とし、身体能力は岩を粉砕し、大木を飛び越えるほどに向上した。十歳となったこの年、メルセデス・グリューネヴァルトの本格的な物語が始まろうとしていた。
第三話 我が子にはせめて自由に
リューディアの過去と境遇
リューディア・グリューネヴァルトはブルートの都に暮らしていた平民の娘で、特別な能力を持たない平凡な吸血鬼であった。ある日、領主ベルンハルト卿に目を付けられ、一度の夜伽で子を身籠もり、側室となった。与えられた屋敷は粗末で、世話役は一人のみという冷遇であった。
娘メルセデスの成長と才能
娘メルセデスは幼少期は可愛らしいだけであったが、五歳頃から聡明さと鍛錬への執念を見せ始めた。日々本を読み、山での修行を重ね、十歳になる頃には強者の気配を纏うまでになっていた。リューディアはその才能を嗅ぎ取り、娘の行動を止めなかった。
シーカー志望への許可
メルセデスがシーカーになると宣言した際、リューディアは即座に許可を与え、無茶を避ければ自由に生きるよう諭した。自身は巡り合わせの悪さで自由を奪われたが、娘には籠から出て羽ばたいてほしいと願っていた。
初めての都への飛行と観察
メルセデスは装備や資金を得るため、小規模な仕事から始める決意を固めた。重力を軽くする創作魔法「ベフライエン」で飛行し、初めて都へ赴く。都は中世風でありながら清潔で整然としており、現代的な整備がなされたような違和感を覚えたが、受け入れることにした。必要な施設の位置を把握した後、彼女はシーカーギルドへ向かった。
第四話 常夜の街
シーカーギルドの概要と役割
シーカーギルドはR・P暦百十二年に設立され、未踏領域やダンジョン攻略を担うシーカーを支援・管理する組織である。ダンジョンは突如出現し、最奥に到達するまで消えず、魔物を生み出す危険源であるため、討伐と攻略を行う専門職が必要とされた。ギルドは装備貸与や情報共有、地図作製などで活動を支援し、死亡率の低減を図ってきた。都のギルドは巨大建築で、内部は吸血鬼でも活動できる薄暗い照明環境を備えていた。
登録手続きと偽名の使用
メルセデスはカウンターで登録を行い、領主家の姓を避けて母方の旧姓カルヴァートを記入した。また年齢欄は十歳と書きつつ、数字を崩して二十に見えるように偽装した。世界でアラビア数字が使用されている事に違和感を覚えつつも、深く追及はしなかった。
適性検査と高評価の結果
血液を使った適性検査の結果、腕力・脚力・耐久・瞬発がレベル5、体力レベル4、再生レベル6と、一般シーカーの基準を大きく上回る数値を示した。受付からもAランク相当の依頼でも通用すると評され、五年間の鍛錬が高く評価された。
初仕事の選定と準備
Fランク依頼掲示板から、シュタルクダンジョンを舞台としたマッピング、泉の調査、ヴァラヴォルフ・ブラウ捕獲の三件を同時受注した。武具は資金不足のため借りず、地図や記録用具のみを受け取った。依頼の一つであるペットショップを下見するため、街を歩きながら吸血鬼社会特有の光景—翼を持つ猫や狼男をペットとして連れる婦人、血液の瓶を売る露店—を目にしつつ目的地へ向かった。
第五話 最初の仕事
ペットショップでの下見
メルセデスは半月堂ペットショップを訪れ、清潔な店内で様々な魔物の赤子を目にした。ヘルハウンドやケルベロス、オルトロス、クー・シーなど神話由来の種も、幼体であれば可愛らしい姿をしていた。探索者の中にはこうした魔物を相棒にする者も多く、彼女も余裕があれば入手を考えることにした。
ダンジョンへの高速移動
目的のシュタルクダンジョンは都から36km離れており、通常は徒歩や馬車で数時間を要する距離だった。しかしメルセデスは自身の最高速度時速1150kmで移動し、わずか2分で到着した。周囲には中継地点らしき集落があったが、休憩の必要はなく、そのまま入口へ向かった。
暗闇への対応と風属性の発想
ダンジョン内部は石造りで光源がなく、枝を摩擦熱で燃やして即席の松明を作ったものの、作業効率が悪くすぐに燃え尽きた。光源不足の中、ギルド登録で得た自身の第二属性「風」を思い出し、風の力で音波を操る方法を考案。音の反響を利用して周囲の構造を把握し、地図作成の効率を大幅に高めた。
初めての戦闘と葛藤
探索中、二足歩行の巨大モグラ型魔物と遭遇。格闘技術はないが圧倒的な身体能力で攻撃を封じ、牙も皮膚を貫けない防御力を見せつけた。最後は膝蹴りと拳打で壁ごと吹き飛ばし、敵を戦闘不能にした。命を奪った可能性に動揺しつつも、まだ自分に人間らしさが残っていることに安堵した。
先へ進む決意
殺生への感情がやがて薄れていくことを自覚しながらも、自ら選んだ道を引き返す気はなかった。マッピングを終えたメルセデスは、迷いなく二階へと降りていった。
第六話 下積み・二
経験豊富なシーカーたちとの遭遇
二階のマッピング中、メルセデスは十三人編成の吸血鬼シーカー集団と遭遇した。彼らは距離を保ちつつ進む熟練者で、幼い彼女を侮蔑的に諭し、装備や基礎知識の不足を指摘して去っていった。忠告は正論であり、実力差を理解したメルセデスは作業に戻った。
初依頼の完遂と報酬
午前十一時、メルセデスはヴァラヴォルフ・ブラウを捕獲し、地図と泉の水と共にギルドへ提出した。迅速な達成に受付は驚き、地図の出来栄えを理由に報酬を上乗せして渡した。
探索装備の購入
翌夜、彼女は大型雑貨店で探索用具を揃えた。長時間使用可能なキャンドルランタンと替え蝋燭、耐久性の高い竜皮靴、竜皮ベストと防寒コート、保存食を購入しようとしたが、目当てのチョコレートや缶詰は存在しなかった。吸血鬼社会では血液の瓶詰が主食として流通していたが、彼女は好んで摂取せず、代替を探した。
カカオ豆との出会いと活用計画
食品売場で見つけたカカオ豆は価値を認識されず安価に売られており、メルセデスは大量購入を決意。砂糖、バニラ、調理器具、氷魔石、製氷皿、密閉箱も併せて入手し、チョコレート製造の準備を整えた。
ミルクの入手と予想外の光景
牛乳を求めて訪れた飼育小屋では、二足歩行のミノタウロスから搾乳する様子を目の当たりにした。動揺を押し隠しつつミルクを購入し帰宅。予定を変更し、今後の探索を有利にするための新たな作業に取りかかる決意を固めた。
第七話 迷走
チョコレート作りの試行錯誤
メルセデスは大量購入したカカオ豆でチョコレート作りを開始した。焙煎から皮むき、粉砕、精練まで前世の知識を頼りに独自の道具と魔法で再現を試みたが、完成品は粗雑で市販品に遠く及ばず、精練を省いたものとの差もなかった。最終的に保存性を優先してミルクを使わず、砕いたパンと混ぜてチョコクランチ風に加工し、持ち運び可能な形にした。
ダンジョン探索の新たな目的
再びシュタルクダンジョンのマッピング依頼を受けたが、今回は稼ぎよりも探索の相棒となる魔物の捕獲を主目的とした。荷物運びや作業補助を想定し、知能と器用さを備えた種を求めて潜入する。
遭遇した魔物と武器入手
二階で蛇や二足歩行の巨大鼠を退け、さらに剣と盾を装備した骸骨を撃破。盾は不要と判断して捨て、片手で扱える大剣を新たに装備した。武器入手により探索効率は向上したが、地図作成の不便さから荷物持ちの必要性を再確認した。
三階での惨状とオーガとの対峙
三階で以前出会ったベテランシーカーの一団が全滅している現場に遭遇。唯一生存していた商人風の男を、身長2.5m超・六本腕のオーガ(アシュラ種)による攻撃から救出する。会話可能な知能を持つ相手だったが、交戦は避けられず、剣を奪いながら武器数を減らし優位に立つ。
圧倒的勝利と降伏
二刀流同士の攻防でメルセデスが主導権を握り、素手での攻撃も封じながら次々と武器を奪取。最後は首元に刃を突きつけ、オーガに敗北を認めさせた。
第八話 最初の仲間
オーガの降伏と忠誠の誓い
メルセデスとの戦闘に敗れたオーガは、抵抗せず跪いて首を差し出し、主への忠誠を示す臣下のような態度を見せた。彼はオーガ族の掟として「強者に敗れた場合は勝者に敬意と忠誠を尽くす」と説明し、命を含めて好きにする権利を委ねた。メルセデスは文献で得た知識を思い出し、一対一で打ち倒したオーガは生涯裏切らないとされることから、彼の忠誠心を試す価値があると判断し従者として受け入れた。
ベンケイの命名と初任務
オーガには名前がなく、メルセデスは多くの武器を持つ姿から武蔵坊弁慶を連想し「ベンケイ」と命名。彼に全滅したシーカー達の遺体を地上まで運ばせることにした。これは遺体が散乱するのを避けるためであった。
商人トライヌとの遭遇
生存者は商人トライヌのみで、彼は大都市ブルートを拠点とする大商会「トライヌ商会」の長だった。近年業績が低迷し、ダンジョン制覇による富を求めBランクシーカー三チーム十二人を雇って挑戦したが、十階層以降の魔物の強化と最下層での消耗により全滅。逃走中に食料を捨て、飢えと戦いながらここまで辿り着いたところを最下層から追ってきたオーガに襲われたと語った。
非常食の提供と商談の予兆
立てないほど衰弱したトライヌに、メルセデスは自作のチョコクランチもどきを与えた。外見は悪かったが味は好評で、トライヌは作り方の伝授を申し出て利益分配を提案。メルセデスは商談を保留し、安全な地上への帰還を優先することとした。
第九話 取引
トライヌ商会での再会と提案
トライヌを救出した翌日、メルセデスはトライヌ商会本部に招かれた。礼を述べるトライヌに対し、彼女は市場に存在しない高栄養・高カロリーの保存食、具体的には缶詰の製造を共同で行う提案を持ちかけた。売上の一割を受け取ること、発案者の名を外に出さないことを条件とし、併せてチョコレート製造法も同条件で提供すると提示した。
血の契約と商談成立
メルセデスは条件違反時の権利譲渡や再製造禁止を明記した契約書を示し、血判による契約を求めた。血の契約は吸血鬼社会で重い誓約とされ、法的拘束力も持つ。トライヌは内容を確認し、血判を交わして契約が成立した。
製造法の開示と交渉の長期化
メルセデスはチョコレートと缶詰の製造工程、必要器具の構造や素材まで惜しみなく説明した。品質向上と恩を売る意図もあり、情報を出し惜しみしなかった。二人は一日を費やして詳細を詰めた。
Eランク昇格と新たな依頼
日没後、メルセデスはシーカーギルドでEランク昇格を告げられた。報酬の高い依頼を受けられるようになり、「ワルイ・ゼリー採取」と「ゲリッペ・フェッターの剣強奪」の二件を選択した。
移動方法の工夫と探索開始
今回は荷物持ちのベンケイが同行するため、メルセデスは彼を魔法で飛ばし、自らも追いついて背に乗る方法で移動した。到着後は今後の活動拠点としてシュタルクダンジョンを利用し、味方にする魔物候補としてベンケイの提案した大型狼シュヴァルツ・ヴォルファングに狙いを定めた。
予期せぬ遭遇
狼の捕獲計画を考える中、虎並みの大きさの猫と遭遇した。興味を引くために枝を投げると、猫は追いかけて去り、戦闘や捕獲には至らなかった。
第十話 第二の仲間
浅階層での進撃と装備の工夫
メルセデスとベンケイは浅階層で次々と魔物を撃破し、戦闘はほぼベンケイ一人で完結していた。ゲリッペ・フェッターを一撃で両断した後、メルセデスは六本の腕を持つベンケイに盾や槍など多様な武器の装備を提案。ベンケイは剣の一本を捨てて盾に持ち替え、メルセデスもより質の高い剣へと装備を更新した。
灰色のゼリーの討伐と依頼達成
十一階層で依頼対象の灰色のゼリーを発見。メルセデスは即座にコアを破壊し討伐、再生を封じた。依頼は達成したが、十二階層へ進みシュヴァルツ・ヴォルファング捕獲を目指すことにした。
ヴァラヴォルフ・ロートとの遭遇と黒狼の登場
十二階層で炎を吐く狼男ヴァラヴォルフ・ロートと遭遇するも、突如現れた黒い巨大狼により上半身を食い千切られた。これが目的のシュヴァルツ・ヴォルファングであり、メルセデスは直接対峙を選んだ。
黒狼との主従関係構築
黒狼の高速攻撃を防ぎながら動きに慣れたメルセデスは、マズルコントロールを用いて上下関係を示し、恐怖ではなく信頼を重視して従わせた。黒狼はやがて害意を失い、従順な態度を見せた。
クロの命名と受け入れ
黒狼は「クロ」と命名され、ベンケイと共に自宅へ迎え入れられた。母や婆やも特に警戒せず、食事を振る舞うほどであった。
商会の成功と将来の構想
トライヌ商会はチョコレートと缶詰を販売開始。特にチョコレートは甘味として大人気となり、缶詰も徐々に注目を集めていた。利益によって豪邸購入や母・婆やの都市外移住を計画し、第一目標である「底辺からの脱出」に近づくと考えた。
将来への決意と不穏な予兆
メルセデスは過去と同じ道を歩まないと決意し、母と婆やを救った後は新たな目標探しに着手するつもりであった。しかし、翌日には同じ境遇の兄弟達が接触してくるという予期せぬ事態が訪れた。
第十一話 兄弟達
兄弟との邂逅
出発準備を整えたメルセデスは、自宅前で見知らぬ四人と遭遇した。彼らは全員グリューネヴァルト一族の側室の子であり、十代前半から幼少の年齢層で構成されていた。年長のボリスを筆頭に、長身のゴットフリート、気位の高いモニカ、おどおどしたマルギットが名乗りを上げた。
誕生祭への誘いと真意
ボリスは、本妻の子フェリックスの十五歳の誕生祭に招かれた経緯を説明した。催しでは兄弟同士の力量比べが行われ、フェリックスは公の場で他の兄弟を打ち負かすことで後継者としての地位を固めようとしていた。ボリスはこれを逆手に取り、フェリックスを倒して自らが後継者になる計画を語った。
不正計画の提示
ボリスの作戦は、先にゴットフリートを戦わせてフェリックスを疲弊させ、その隙に自らが勝つというものであった。さらにマルギットに吹き矢を使わせるため、メルセデスに壁役を依頼した。見返りとして生活の改善を約束したが、メルセデスは彼を「小物」と見なし、協力を即座に拒否した。
対立と力の誇示
拒否に激昂したボリスは威圧を試みたが、メルセデスは逆に彼を巨木へ叩きつけ、根元からへし折って力の差を見せつけた。兄弟達は青ざめ、モニカだけが頬を赤らめた。
マルギットの引き取り
立ち去ろうとしたメルセデスは、怯えるマルギットの姿を見て同行を命じた。彼女がこのまま利用されることを避けるためであり、有無を言わせず連れ出してその場を後にした。
第十二話 歪な文化
マルギットへの忠告と境遇の比較
メルセデスは都を歩きながら、連れ出したマルギットに兄弟達との縁を切るよう勧め、特にボリスを「失敗するタイプ」と断じた。二人は腹違いの姉妹だが、容姿や雰囲気は対照的で、メルセデスは落ち着いた野良猫のような鋭さを持ち、マルギットは疑いを知らない子猫のようであった。どちらも母は側室の中で低い地位にあり、生活は貧しく、食事も粗末であった。
貧しさと食事事情
マルギットが生活改善への期待を口にすると、メルセデスは自身の家でも黒パンとジャガイモ、具なしスープと魔物の血が常食であると語った。彼女は前世の記憶を活かし、自力で食材を調達して生活を改善してきたが、マルギットにはその手段がないことを理解していた。
チョコレートの贈与と市場での高級化
空腹を訴えるマルギットに、メルセデスは携帯食のチョコレートを与えた。マルギットは以前モニカから少量をもらった経験があり、それが「富裕層しか買えない高級菓子」と聞かされていた。メルセデスは、自分が安価で栄養価の高い非常食として考案した品が、高値で売られている現状に内心で不満を覚えた。
マルギットの特技と活用の発想
メルセデスはマルギットの自立を促すため特技を尋ね、彼女が絵を描くのが得意であると知る。試しに羊皮紙とペンを渡すと、マルギットはメルセデスの特徴を正確に描き上げた。これにより、メルセデスは依頼書や魔物図鑑に挿絵を付ける発想を得た。
挿絵文化の欠如と固定観念
ギルド受付に確認すると、本に絵を載せる習慣はなく、文字は高貴な者が読むもので絵は不要という固定観念が理由だと判明した。法律や宗教的な禁忌はなく、単なる文化的な分業であるため、新たな試みの障害にはならないと分かった。
違和感と結論
絵は古代から意思疎通の手段として用いられてきたにもかかわらず、この世界で挿絵文化が発展していないことにメルセデスは疑問を抱いた。しかし、歴史には非合理な停滞もあると割り切り、マルギットの稼ぎ口として挿絵付き魔物図鑑の可能性を見据えることで考えをまとめた。
第十三話 同じ魔物
浅階層への方針転換
メルセデスは当初の最下層攻略を変更し、マルギットを抱えた状態では安全性を優先して浅階層を中心に行動する方針を決めた。前方はメルセデス、後方はベンケイ、護衛としてクロにマルギットを乗せ、魔物の出現時にはマルギットに挿絵用の記録を取らせる形を採用した。
巨大モグラとの遭遇と疑念
一階層で巨大モグラを討伐した際、メルセデスは以前倒した個体と全く同じ左目の傷を持つことに気付き、魔物が同一個体として再出現している可能性を疑った。この疑問から、魔物の供給源や生態系の維持に不自然さを感じ取った。
ベンケイの証言と扉の存在
ベンケイは自身が最下層の扉を守っていた経験を語り、その扉から定期的に魔物が補充されていたと明かした。扉は二重構造で、ベンケイ自身も奥の構造は不明であったが、そこから現れる魔物には誕生時の記憶がないと推測された。
魔物のコピー現象の確認
十二階層のクロやベンケイと同じ存在が再び扉前にいると推定され、十一階層で遭遇した灰色ゼリーからも記憶の欠如が確認された。完全な同一存在ではなく、記憶のないコピーとして再生している可能性が強まった。
図鑑作成とギルド販売
マルギットが描いた魔物の絵にメルセデスとベンケイの解説を加え、魔物図鑑の形にしてギルドに持ち込んだ。受付はこれを高く評価し、特にシュタルクダンジョンが高難度であることを理由に情報の価値を認めた。
難易度認識の誤りと昇格
シュタルクダンジョンは当初Fランク依頼対象とされていたが、実際はBランクチームが全滅するほど危険であり、難易度はCランク以上に修正されていた。結果としてメルセデスは損をした形となったが、特例でCランク昇格が決定した。
予想外の収益と戦力評価の変化
図鑑の買取額は八十万エルカに達し、メルセデスは自身の仲間であるベンケイとクロが想定以上に強力な魔物であったことを改めて認識した。
第十四話 戦力強化
マルギットへの報酬分配と将来設計
ギルドを出たメルセデスは報酬の半額である四十万エルカをマルギットに渡した。この額は命懸けでない仕事なら四か月分に相当し、当面の生活は保障されたが、長期的には再び困窮する恐れがあった。そのためメルセデスはこれを「当面を凌ぐ金」と位置付け、まず食材を購入して母に美味しい物を食べさせることを勧めた。さらに識字能力習得のため、『さるでもわかるかんたんなもじのよみかたかきかた』を買わせ、将来的に安定収入が見込める代書人の職を目指させた。代書人は識字率の低い社会で高い需要を持ち、仲介を通すことで安全も確保できると考えた。
巨額収入と資金計画
トライヌ商会からチョコレートと缶詰の売上の一割が届き、その総額は数億エルカに達した。ブルートの人口十万人規模でこの売上は異例であり、特に貴族層の買い占めが影響していたと推測された。缶詰は主にシーカーや商人に売れており、転売目的の買い付けも見込まれた。この資金により、最下層攻略のための装備を惜しみなく新調する計画が整った。
装備の刷新
メルセデスは全ての旧武器を売却し、自身用に赤いハルバード『ハルバード・ウルツァイト』を購入した。これはリーチと破壊力を兼ね備え、戦闘スタイルと重力魔法に適合する武器であった。防具は耐性の高い黒コートに更新し、動きやすさを維持した。ベンケイには黒い鎧と六本腕用のガントレット、フルフェイス兜を与え、武器も複数種揃えて依頼に応じた装備変更を可能にした。クロは鎧を装着すると機動力が落ちるため装備を見送り、代わりに大型バックパックを持たせた。
消耗品と魔石の補充
即効性はないが回復魔法を封入した魔石を二十個購入し、さらに凍結・炎・水など自分では使えない魔法を込めた魔石も多数揃えた。これにより戦術の幅を拡大させた。
荷物持ち戦力の必要性
ベンケイの進言で、戦闘参加せず荷物運搬に専念する新たなメンバーの必要性を認識したメルセデスは、捕獲ではなく購入で補充する方針を採用した。一行はペットショップへ向かい、歩く鎧と化したベンケイが注目を集めながら次の戦力補強へと動いた。
第十五話 二択
荷物持ち選びとクライリアの購入
荷物運搬役として最初に馬を思い浮かべたメルセデスは、馬やロバなどの駄獣がダンジョンに不向きであると判断した。店主に相談した結果、閉所での活動に適し持久力のある魔物「クライリア」を紹介され、三十万エルカで即決購入した。クライリアは小型のトリケラトプスのような外見で、穏やかかつ飼い慣らしやすく、荷物運びに最適であった。
最下層への突入準備
購入後は数日かけてクライリアを躾けつつ、自らの新武器ハルバードの扱いに慣れる訓練を行い、ベンケイやクロとの模擬戦で戦力を底上げした。準備が整ったメルセデスは、最下層攻略のみを目的にシュタルクダンジョンへ突入し、最短ルートで進行した。
ベンケイと過去の自分との対決
進軍五日目、最下層前でベンケイの過去の姿であるアシュラオーガと遭遇した。外見・装備・技量いずれも進化した現在のベンケイが圧倒し、首を斬り落として勝利した。メルセデスは仲間の成長と自らの戦力を確信し、自信を持って先へ進む決意を固めた。
二つの扉と選択
巨大な門を越えた先には黄金の扉と黒の扉があり、声の主から説明を受けた。黄金の扉は無条件で宝と栄光を得られる代わりに黒の扉への道を永久に失う。一方、黒の扉は命を懸けた試練を乗り越えれば世界の真実に触れられるが、敗北すれば全てを失うという。多くの探索者は黄金の扉を選ぶと推測されたが、メルセデスは仲間の覚悟を確認したうえで、黒の扉を選び試練に挑む決意を示した。
第十六話 試練
黒の扉の先への突入
メルセデスは黒の扉を選び、ベンケイとクロを伴って中へ進んだ。内部は薄暗く、足音が響く静寂の空間であった。やがて声の主が再び現れ、これから行う試練の内容が告げられた。それは特定の条件下での戦闘を通じ、実力を証明するものであり、試練の成否が真実への到達を決めるとされた。
試練場の構造と環境
扉の先は広大な闘技場のような空間で、天井は高く、足元には硬質な石床が広がっていた。周囲は結界に覆われ、外界との接触は不可能であった。光源は天井からの淡い光のみで、場内の全容はぼんやりとしか見えなかった。
試練の対戦相手の出現
結界内に試練の相手が召喚され、その姿は人型の鎧をまとった巨体の戦士であった。鎧は黒鉄色に輝き、両手に巨大な武器を構えている。声の主は、この存在が試練の第一関門であり、突破しなければ次に進めないことを告げた。
戦闘開始の合図と構え
メルセデスはハルバードを構え、ベンケイとクロも戦闘態勢に入った。敵は無言のままゆっくりと歩み寄り、その一歩ごとに床が震えるほどの重圧を放った。緊張感が極限まで高まる中、試練の戦闘が始まろうとしていた。
第十七話 ダンジョンの真実
新たな扉と奇妙な広間
シュバルツ・ヒストリエを倒した後、メルセデス達は質素な鉄の扉を発見した。中に入ると木々が生えた大広間が広がり、その幹には水槽が組み込まれ、中にはモグラ型魔物、狼男、アシュラオーガ、シュヴァルツ・ヴォルファングなどがいた。魔物や武器が複製され、虚ろな魔物は自動的に外へ歩き出していた。
ツヴェルフとの邂逅と真実の告白
女性の声が応じ、自らを「製造ナンバー十二、識別コード“ツヴェルフ”」と名乗り、このダンジョンそのものだと明かした。姿は神を模した人間の立体映像で、神々が創造した存在であると説明した。魔物や道具はエネルギー(マナ)を使って複製可能であり、これは時間経過で大気中のナノマシンが回収するという。
マスターキーの授与と機能
ツヴェルフは、神の火にも耐えるマスターキーを授与。待機モードと鍵モードを持ち、鍵モードは武器として使用可能であるため、メルセデスは愛用のハルバード形状を選択した。この鍵でダンジョンを圧縮し持ち運び、再展開することが可能となった。
ダンジョンの消失と逃走
試しに圧縮を行うと、ダンジョン全体が吸い込まれるように消え、草原だけが残った。この異常事態に近くの集落が騒ぎ、メルセデス達は姿を見られる前に急いで逃走した。
莫大な財宝と拡張機能の発見
一週間後、都市は攻略者不明のダンジョン消失で騒然となった。メルセデスは黄金の扉の先の財宝を全て手に入れ、体育館三つ分の金銀財宝を所持することとなった。さらに鍵を通じてダンジョン内部を映像化し、デザインや階層構造を自由に改変できる拡張機能も確認した。
ダンジョン増加の真相と疑問
ツヴェルフの説明で、金の扉を選ぶとダンジョンは消え、再構成され別の場所に出現するため、実際は同じダンジョンが使い回されていると判明。攻略率は公称より遥かに低く、一割にも満たないと推測された。
強さへの認識不足
メルセデスは自分が試練を越えられたことに疑問を抱くが、ツヴェルフは彼女が自分を過小評価していると指摘。彼女が従える魔物はランクAのシーカー数人がかりでも危険な存在であり、試練の魔物は軍と戦える程だと告げられるが、比較対象の不在により彼女は未だ自分の異常な強さを正しく理解していなかった。
第十八話 嬉しくない招待状
新しい装備と洒落た服装
ダンジョン攻略の戦利品として、メルセデスは防御性能に優れた貴族然とした服を着用することにした。白シャツと赤のウェストコート、灰色のズボン、黒いブーツ、黒いチェスターコート、首元のアスコットタイというクラシカルな装いである。防弾・耐熱・耐衝撃・耐久性能に優れ、サイズ調整機能も備わっており、神々のテクノロジーの産物とされる。ダンジョンキーは花形のブローチに加工し、鎖でベルトと繋いで盗難防止を施し、普段はポケットに入れていた。
永続魔石の利用
宝物庫で発見した永続効果を持つ魔石に重力魔法を込め、腕輪として常に装着し負荷をかけることで身体鍛錬に活用した。永続魔石は市場にほとんど出回らない貴重品であり、メルセデスも売却せず自己利用を選択した。
マルギットへの読み書き指導
マルギットの自宅を訪問し、読み書きを教えることになった。家は貧しく、母親は病弱で臥せっていた。前世での教える経験不足を反省し、やる気を持続させるため褒めと褒美を活用する方針を立てた。マルギットが自主学習で進歩していたため、褒美として高価なチョコレートを与え、授業は順調に進んだ。
屋敷前の騒動
帰宅すると、見知らぬ紋章の馬車とベンケイ・クロが対峙しており、数人の兵士が倒れていた。事情を聞くと、訪問者が理由も告げず屋敷への通行を要求し、兵士が剣を抜いたため敵と判断して制圧したとのことだった。
招待状の受領と警告
訪問者はグリューネヴァルト家からの使者で、本妻の子フェリックスの誕生会の招待状を届けに来たと判明した。メルセデスは母の評判を考え出席を承諾するが、最初に剣を抜いた兵士を厳しく問い質し、「二度と近づけるな」と警告した。
執事の不安
使者の執事は、この誕生会が側室の子を踏み台にする茶番であると理解していたが、メルセデスの実力と冷徹な眼差しに恐怖を覚える。彼女の目は父ベルンハルト卿と同じ、冷たく底知れぬものだった。
第十九話 フェリックス・グリューネヴァルト
吸血鬼の国の情報伝達と馬車の旅
吸血鬼の国では識字率が低く、新聞は貴族や商人向けの希少な読み物であった。そのため街角では新聞朗読者が毎夜情報を伝えており、人々はこれに集まって耳を傾けた。そんな活気ある夜道を、メルセデスは母リューディアとお付きの老婆と共に馬車で進み、招待されたフェリックスの誕生会に向かっていた。ベンケイとクロはハルバード「ブルートアイゼン」に収められ同行していた。メルセデスはこの催しを茶番と捉え、適当に負けて手切れ金を得られれば満足という構えであった。
グリューネヴァルト邸の豪華さと会場の様子
数刻後、到着した本邸は壮麗で、ホールには多くの貴族が集まり談笑していた。メルセデスは放置され、対照的にトライヌは時の人として注目を浴びていた。側室の子やマルギットは端で目立たぬようにしており、中央の広間は今夜の対決の場と見られた。料理はビール、ソーセージ、ジャガイモ、白パンなど質素で、この国の痩せた土地や吸血鬼特有の食文化の貧弱さが反映されていた。吸血鬼が好むブラッドソーセージは、飲血を好まぬメルセデスにも受け入れられた。
父ベルンハルトとの初対面と催しの発表
やがて金髪の青年フェリックスと、その隣に父ベルンハルトが姿を現した。初めて目を合わせた父娘は互いに冷たい視線を交わし、すぐに逸らした。フェリックスは挨拶の後、兄弟姉妹との力比べを催しとして発表し、参加者は茶番と理解しつつ囃し立てた。メルセデスは面倒と感じつつも堂々と前に出て、他の兄弟姉妹も続いた。
妹たちの挑戦とメルセデスの一撃
フェリックスは妹三人には反撃しないと宣言し、まずマルギットのパンチ、次にモニカのドロップキックを受け止めて抱き上げ、紳士的態度を示した。三番手となったメルセデスは力加減を迷い、二割程度の力で拳を放った。その衝撃はフェリックスの腹部に内臓を潰すような痛みを与えたが、彼は虚勢を張って立ち続けた。周囲は気付かなかったが、フェリックスは本気ではなかったと悟り、もし全力なら命を落としていたと冷や汗を流した。
降参とその余韻
メルセデスは「やはり後継者は貴方だ」と降参を宣言し場を去った。フェリックスは彼女の背を見送りながら、その底知れぬ力に戦慄を覚えていた。
第二十話 暴走
兄弟対決と吸血鬼社会の価値観
ホールでは貴族達が見守る中、フェリックスと兄弟達の戦いが続いていた。今回はボリスとゴットフリートの二人が同時に挑んでいたが、メルセデスから受けたダメージが残るフェリックスでさえ優勢を保っていた。吸血鬼社会では血の強さが力の源であり、強さは生まれや地位以上に価値を持つ。フェリックスは兄弟間の優劣を明確にすることで地位を固めようとしていた。
モニカの態度の変化
戦況を見守るメルセデスのもとに、腹違いの妹モニカが接近し、以前とは異なり敬意を示す態度を取った。彼女はメルセデスの力と風格に魅せられたと語り、勝てた戦いでわざと負けたことを見抜いていた。メルセデスは狙いの読めない態度変化を警戒した。
フェリックスの勝利とボリスの屈辱
戦いはフェリックスの圧勝で終わり、観衆は後継者としての地位を讃えた。しかし、踏み台として利用されたボリスは屈辱に耐えられず、暴走に至る。彼は懐から紫色の輝く石を取り出し、床に叩きつけた。
封石と魔物召喚
その石は「封石」と呼ばれる、ダンジョンの技術を応用した使い捨てアイテムであり、物質を封じ持ち運ぶことができた。ボリスはこれを使い、天井に届くほどの巨体を持つ魔物ベーゼデーモンを召喚した。この魔物は最下層に配置されることが多く、アシュラオーガと互角に戦える強さを誇った。
混乱と戦闘開始
ホールは騒然となり、兵士達が応戦するも魔物に蹴散らされる。フェリックスは後継者として逃げることは許されず、また父ベルンハルトも逃亡を認めるはずがない状況で、意を決して魔物へ挑みかかった。その一部始終をベルンハルトは冷ややかな視線で見守っていた。
第二十一話 ベーゼデーモン
ベーゼデーモンの圧倒的優勢
フェリックスと警備兵達はベーゼデーモンに挑んだが、攻撃はほとんど効果を与えられず、受けた傷もすぐに再生されてしまった。逆にベーゼデーモンの一撃は鎧ごと粉砕し、ほとんどの者が四肢を折られるか失う重傷を負った。フェリックスも片腕が動かず、肩を深く切り裂かれる重傷を負ったが、その奮闘によって貴族達の避難は完了した。
戦況を観察するメルセデス
戦場に残ったのはフェリックス、五名の兵士、倒れた兵士七名、ボリス、倒れているゴットフリート、メルセデスと母リューディア、妹のマルギットとモニカ、そしてその母達、さらにトライヌとベルンハルトであった。メルセデスはベーゼデーモンを初期のベンケイと同程度と仮定し、フェリックスの戦いを通じて他の吸血鬼の実力を測ろうとしていた。ベルンハルトは終始冷たい視線で状況を見守り、助けに入る気配を見せなかった。
ボリスの暴走とフェリックスの母の登場
優勢に戦うベーゼデーモンへ、ボリスは勝ち誇って命令するが、魔物は激昂し、彼を掴み上げて壁に投げつけ気絶させた。その後、出口から桃色の髪の女性が現れ、フェリックスを助けるようベルンハルトに訴える。フェリックスの呼びかけから彼女が本妻であることが判明し、メルセデスはその髪色とフェリックスの金髪の関係に一瞬疑問を抱くも、すぐに思考を打ち消した。
マルギットの願いと決断
マルギットが無垢な願いでフェリックスの救助を懇願し、メルセデスはその純粋さに心を動かされた。普段なら他者の失敗に介入しない彼女も、この時ばかりは行動を決意し、ポケットに手を入れたままベーゼデーモンに接近した。
一撃の力と周囲の反応
メルセデスが戦闘に介入すると、ベーゼデーモンは女性達に手を出すつもりはないと語るが、彼女は拒否し挑発。振り下ろされた豪腕を片手で受け止め、そのまま握力で肉を貫き投げ飛ばした。この圧倒的な光景にフェリックスや周囲は驚愕し、マルギットは姉の強さを再認識し、モニカは顔を赤らめた。ベルンハルトは小声で賞賛を漏らした。
自動防御と必殺の一撃
倒れたベーゼデーモンが再び立ち上がり拳を放つと、メルセデスは引力魔法を利用して自動的に攻撃を受け止める防御を試し、次に引力で相手の顔面を捕捉して拳を加速させる自動攻撃を繰り出した。威力は絶大で、名も無き居合の拳は一撃でベーゼデーモンを沈め、戦いは終結した。
第二十二話 歪な親子
魔法発動の新たな認識
メルセデスは修練中、自らに重力をかけている際に、魔法は手などで指向性を与えなくても発動可能であると気付いた。従来は前世でのフィクションの影響から手から発するものと誤認していたが、実際には視線や意識だけで発動できる。威力向上には手を介した方が有利だが、発動自体には不要である。この応用として、微弱な引力で自動防御と自動攻撃を成立させ、さらに斥力で拳を加速させる未完成の技を用いベーゼデーモンを撃破した。
ベーゼデーモンの連行と父の接近
倒れたベーゼデーモンは殺さず連行することにし、情報収集を狙った。フェリックスの呼び止めを無視して進む中、母リューディアの言葉で父ベルンハルトの接近を知る。メルセデスは意図的に他人行儀な態度を取り、実の父に壁を作った。
父の異常な評価
ベルンハルトはフェリックスを無視し、メルセデスを「望んだ我が子」と称賛。フェリックスや他の子を「血が薄い」と切り捨て、全てを無能と断じた。彼は生まれた子が自身に似ていなければ我が子と認めず、本妻すら情を持たない異様な価値観を露わにした。
愛情の欠如と同類認識
ベルンハルトはメルセデスに「情を持たぬ強者」としての共通点を指摘し、彼女もまた自らに愛情の欠落を自覚していた。前世から他者への愛や情を抱けず、利を優先して行動してきた自分と父が同類であることを認めざるを得なかった。
利を優先した決断
ベルンハルトは後継者として共に暮らすことを提案。メルセデスは当初反発を示すが、最終的には「利」を優先し、父を利用する方が有利と判断。グリューネヴァルトの名と資源を得ることで自身の研鑽と母や妹の待遇改善を図ることを選び、堂々と父を利用すると宣言した。ベルンハルトはそれを喜び、二人は愛なき同調で手を取り合った。フェリックスはその異様さに戦慄した。
第二十三話 騒動終わって
本邸への移住と目的
ベルンハルトとの和解後、メルセデスは今までの家を離れ、本邸で専用の部屋を与えられて暮らすこととなった。彼女の目的は、独学では限界があった魔法・武術などの基礎を学び、自らの不足を補うことであった。さらに、母リューディアや妹マルギットら家族の安全と待遇改善を狙い、あえてベルンハルトの庇護下に入ることで譲歩を引き出す策を選んだ。二人は互いに利用し合う関係であり、最終的には決裂を前提とした一時的な和睦であった。
条件交渉と家族の変化
メルセデスは本邸移住の条件として、母を含む他の側室への待遇改善と兄弟が自立するまでの支援を要求し、ベルンハルトはこれに応じた。結果、マルギットの生活は向上し、母の健康も回復しつつあった。その背景には、配下となったベーゼデーモンの存在があった。彼は護衛としてマルギット宅に置かれ、料理の腕で母の体調改善に寄与した。リューディアも本邸に移り、隣室で生活を始めた。一方、ボリスは行方不明となっていた。
本邸の規模と施設
本邸は広大で、庭や離れ、書庫、大浴場まで備え、総面積は東京ドーム一個分を超える規模であった。特に大浴場はメルセデスにとって重要で、混浴かつ雑多な娯楽の場と化した市民用の風呂を避けていた彼女にとって、清潔で快適な入浴環境が得られたことは大きな利点であった。書庫も膨大な蔵書を有し、魔法や武術を学べる教育機関への入学も決定した。
見聞の拡大と国の実情
本邸での生活により、メルセデスは外の情勢を知る機会を得た。オルクスと呼ばれるこの国は吸血鬼の大国で、西方最大の都市ブルートをグリューネヴァルト家が統治していた。しかし、大陸には他にも吸血鬼の国が存在し、統一されず戦争が絶えない状況であった。ブルートは平和に見えたが、国全体は戦時下にあった。
吸血鬼社会の階層と評価の変化
ブルートは裕福な都市であるが、領土の大半は貧困な村や街で構成され、そこに住む力のない吸血鬼は「薄血」と呼ばれていた。彼らは飢えや病で死ぬこともあり、不死身とは程遠い存在であった。過去の母の生活は冷遇であったが、一般基準から見れば最低限は保障されていたことを知り、メルセデスはベルンハルトを最低限の義務を果たす男として見直した。その上で、彼の利用価値は依然として高いと再認識した。
孤独な少女は家族の絵を描く
貧しい生活と母の病
マルギット・グリューネヴァルトは大貴族ベルンハルトの側室の娘として生まれたが、母の身分が低く正室ではないため、本邸から離れた屋敷で貧しい生活を送っていた。屋敷は老朽化し、食事は硬いパンや芋、薄いスープ程度であった。母は病弱で働けず、生活は改善されずに悪循環が続いた。
家族への憧れと兄との邂逅
会ったことのない兄姉の存在を心の支えにしていたマルギットは、毎日のように想像の家族を地面に描いていた。ある日、赤髪の男ボリスと金髪縦ロールの少女モニカ、巨漢の男が現れ、ボリスが自分もグリューネヴァルト家の血筋だと名乗った。しかし彼の目的は、正室の子フェリックスを誕生会で蹴落とすため、吹き矢による奇襲をマルギットに命じることであった。暴力と母への生活改善の餌で従わせたボリスは、彼女の描いた絵を踏みつけて去った。
モニカの忠告と激励
残ったモニカは、弱者は吸血鬼社会で踏みつけられると警告し、強くなるよう諭した。泣き出すマルギットに対し、バツの悪そうな様子を見せながら高級菓子チョコレートを分け与え、下卑た者に利用されないほど強くなれと激励した。
メルセデスとの出会いと教え
翌日、ボリスに連れられたマルギットは、同じく貧しい立場の姉メルセデスと出会う。彼女は堂々とした態度と強力なツガイを従え、ボリスを相手にせず、マルギットに自立の必要性や絵の仕事としての価値、読み書きの重要性を教えた。その後、共にダンジョン探索や勉学に励み、誕生会ではメルセデスが力を示し本邸での生活権を得て、マルギットたちも住むことができた。
家族の絵と未来への想い
マルギットはメルセデスを尊敬し、その背中を見続けようと決意した。今では羊皮紙に本物の家族を描き、中央にメルセデスを据えた絵を満足げに眺める。ただし、絵の中にボリスの姿はなく、彼は恐怖だけを残した存在として記憶から外されていた。
公爵令嬢社交界デビュー事件
縁談の増加と貴族社会の現実
メルセデスはグリューネヴァルト家に迎えられて以降、数多くの縁談を受ける立場となった。貴族間の婚姻は政治的道具であり、爵位や血筋の価値から彼女には多くの申し込みが舞い込む。ベルンハルトは一部の縁談を敢えて受け入れ、娘に貴族社会の人間観察の機会を与えていた。彼女は無礼な成り上がりであるオーピッツ子爵の手紙を読み、その家の権力拡大の手口や貴族間の蔑視の構図を知った。
礼儀作法の習得とドレス購入
貴族の義務として礼儀作法や舞踏の習得が課せられ、メルセデスは高級服店でドレスを選ぶこととなった。妹のモニカとマルギットと共に試着していたが、華美な衣装に違和感を覚えていた。店主は社交界での宣伝効果を見込み、値引きして販売を決定した。
誘拐事件の発生
試着中に店内で騒ぎが起こり、マルギットと店主が負傷、モニカが誘拐された。メルセデスは魔物クロを召喚し、匂いを辿って追跡。貴族用馬車に乗せられたモニカを発見し、短時間で犯人を制圧した。尋問により、犯人がオーピッツ領で活動する傭兵団であり、依頼主の名は血の契約により秘匿されていることが判明した。
黒幕の特定と潜入
モニカは推測からオーピッツ子爵の誕生日パーティーに向かい、依頼主が現れると踏んだ。現地でエッボ・オーピッツ子爵本人が黒幕であると自ら明かし、血の契約書を渡したことで証拠が揃った。
会場での戦闘と捕縛
メルセデスは契約書を提示してオーピッツ子爵を告発し、手下二十名との戦闘を制して子爵を撃破。昏倒させた後、ブルートへ連行することとした。戦闘の様子は社交界に広まり、彼女の存在は広く知られることとなった。
事件後の影響
ベルンハルトは小物の排除が済んだことを喜び、事件が社交界デビューとして機能したと評した。結果としてメルセデス宛の縁談は急増し、彼女は縁談と舞踏に辟易することとなった。
商人の嗅覚
旅商人時代の経験と商才の形成
トライヌは旅商人の両親のもとで育ち、複数組で移動する小規模な旅商人集団の中で多様な商売の手法を学んだ。その中で情報の価値に着目し、各地の情勢や人々の需要を知ることで金の流れを読む嗅覚を身に付けた。この経験を活かし独立後に急成長し、大商会の主となった。
ライバル商会の台頭と賭けの決断
近年、新興商会の急成長により地位が揺らぎ、吸収合併の危機が迫った。巻き返しを狙い、ブルート近郊に出現した新ダンジョンの攻略に挑むことを決断した。Bランクシーカー三チーム十二名を雇い、最高の装備と物資を準備して挑戦した。
攻略開始と予想外の強敵
攻略は当初順調だったが、狭い通路による人数制限や物理攻撃が効きにくい魔物の出現など予想外の事態に直面した。ダンジョンは出現間もないため正確な難易度が不明であり、進むごとに魔物は強化されていった。炎を操る狼男との戦闘で三名が重傷を負い、全員が疲弊しながらも撤退を見送った。
最下層での惨敗
物資が半減した時点でさらに探索を続行し、最下層でAランク級のアシュラオーガと遭遇した。装備や治療薬が尽きた状態では太刀打ちできず、Bランクシーカー達は次々と死亡した。食料と血液瓶は戦闘や逃走中に失われ、トライヌも衰弱して動けなくなった。
救援と新たな商機
絶体絶命の中、シーカーのメルセデスが現れ、アシュラオーガを討伐・配下化して救出した。彼女が差し出した保存食と缶詰に商機を見出し、後にこれらを商品化して巨万の富を築いた。トライヌはメルセデスの存在が将来的に世界を動かす可能性を確信した。
同シリーズ



その他フィクション

Share this content:
コメントを残す