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けんぐゎい朝倉かすみ

小説「けんぐゎい 第175回直木賞受賞作」感想・ネタバレ

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けんぐゎいの表紙画像(レビュー記事導入用) けんぐゎい
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物語の概要

■ 作品概要

本作は、過酷な運命に翻弄されながらも自らの足で立ち上がり、女性たちのための居場所を創り上げていく主人公の姿を描いた時代小説である。 江戸時代の本所三笠町の貧しい長屋で暮らす主人公のふゆは、幼い頃に重い疱瘡を患い、全身に痘痕を残していた。利発な彼女は手習い所に通い才能を発揮するが、師匠の養子である宗三郎から理不尽な暴力を受け、人生が大きく狂い始める。絶望の淵に立たされたふゆであったが、現人神と崇められる女医者(産医)のおこまに弟子入りし、産医としての過酷な修業を積むことになる。やがて独立したふゆは、身分や境遇を問わず行き場のない妊婦や女性たちを受け入れる施設「ガストホイス」を創設し、世間の枠から外れた「けんぐゎいっ子」たちと共に新たな国を築いていく。

■ 主要キャラクター

  • ふゆ:本作の主人公。疱瘡による全身の痘痕を理由に世間から蔑まれてきたが、極めて利発で思慮深い。宗三郎の暴力により過酷な運命を辿るが、のちに産医となり「ガストホイス」を設立する。
  • りよ:ふゆの妹。美しい容姿を持つが、突然感情が高ぶる「逆上せ」の癖がある。船宿へ奉公に出されたのち、自らの「騙り」の能力を見出し、ふゆの良き理解者として共に生きる。
  • 野上宗三郎:手習い所の師匠・重右衛門の養子。端正な顔立ちと穏やかな物腰の裏に、醜いものや異形のものに欲情する異常な嗜好を隠し持ち、ふゆやつるに暴行を加える。
  • ほの:紙問屋の娘であり、宗三郎の妻。幼少期の重い火傷の痕に苦しんでおり、宗三郎の子を産み家を継がせることに異常なまでの執着を見せる。
  • おこま:根岸に暮らす凄腕の女医者(産医)。自らも過酷な過去を持ち、ふゆの才能と境遇に自身を重ね合わせ、自らのすべてを譲る後継者として彼女を鍛え上げる。
  • つる:手習い所で働く大柄で力持ちの女中。宗三郎の暴力に耐え忍んでいたが、のちにふゆが創設した「ガストホイス」に身を寄せ、ふゆを支える強力な仲間となる。

■ 物語の特徴

本作の最大の魅力は、江戸時代を舞台にしながら、性暴力や堕胎、女性の自立といった現代にも通じる普遍的なテーマを深くえぐり出している点である。世間の枠から弾き出された「けんぐゎい(圏外)」の女性たちが、自らの傷や宿命を受け入れ、連帯(シスターフッド)を通じて泥臭く生き直していく姿が力強く描かれている。単なる悲劇にとどまらず、主人公が医学の知識と自らの才覚を武器に「ガストホイス」というシェルターを自らの手で創り上げ、主体的に運命を切り開く展開は、読者に強いカタルシスと希望を与える。第175回直木賞を受賞した、時代小説の新たな扉を開く傑作である。

書籍情報

けんぐゎい
著者: 朝倉 かすみ 氏
出版社:光文社
発売日:2026年4月30日
ISBN:9784334109523
その他:第175回直木賞受賞作。

(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。

あらすじ・内容

第175回直木賞受賞作
利発だが酷い痘痕の姉ふゆ。逆上せ癖で縹緻よしの妹りよ。幼くして父を亡くし、ふゆは手習師匠の手伝いに、りよは船宿の下女奉公に出された。師匠の養子で禍々しいほどに歪んだ性癖をもつ宗三郎から手籠めにされたふゆは懐妊するが、現人神と崇められる女医者と出逢い、彼女の人生は大きく変わっていく。 自我に目覚めた主人公が、女の生と向き合う、時代小説の新しい扉!

けんぐゎい

感想

第175回直木賞受賞作ということで手に取った『けんぐゎい』は、タイトルと装画から受ける印象そのままに、重く苦しい現実を真正面から描いた時代小説だった。

冒頭はカタカナを交えた独特の文体に少し戸惑ったものの、読み進めるうちにその世界観へ自然と引き込まれていく。

決して読みやすい作品ではない。しかし、その読みにくささえも作品の空気を形作る一部になっているように感じた。

物語前半で描かれる下女たちの境遇は想像以上に過酷である。

読んでいて、どこか『おしん』を思い出した。

働く女性が当たり前のように搾取され、人として扱われない時代。その理不尽さが淡々と描かれているからこそ、余計に胸が苦しくなる。

だからこそ、ふゆが現人神のように崇められる女医のもとで学び、少しずつ自分の人生を切り開いていく姿には大きな救いを感じた。

単なる立身出世ではなく、「生きる場所」を手に入れる物語として読めたのが印象深い。

特に心に残ったのは、女性たちの居場所となる「ガストホイス」の存在である。

社会から見捨てられた女性たちが互いを支えながら生きていく姿には、時代は違っても変わらない人間の強さを感じた。

だからこそ、ようやく築き上げた居場所に過去の因縁が追いついてくる展開は非常に苦しかった。

宗三郎との決着も忘れられない。

その最期はあまりにも凄惨であり、復讐という言葉だけでは片付けられない重さがあった。

長年積み重ねられた苦しみや恨みが、ようやく形になった瞬間だったのだろう。

一方で、その亡骸が、生まれることのできなかった子どもたちと同じ場所へ葬られる場面には複雑な気持ちになった。

罪のない命まで、その復讐に巻き込まれてしまったようにも感じられ、読後まで心に引っ掛かっている。

終盤もまた、この作品らしい終わり方だった。

宗三郎の死によってすべてが解決するわけではなく、姿を消した人物の行方も明確には語られない。

すっきりとした結末ではない。

しかし、その割り切れなさこそが現実なのだと思わされた。

すべての傷が癒えるわけでも、誰もが救われるわけでもない。

それでも人は生き続けなければならない。

読み終えたあと、「けんぐゎい」というタイトルがより深く胸に残った。

社会の外側へ追いやられた女性たち。

それでも彼女たちは互いを支え合い、医学という知識を武器に新しい居場所を築いていく。

苦しみの多い物語ではあるが、最後に残るのは絶望ではなく、人は何度でも生き直せるという静かな希望だった。

派手な感動ではなく、じわじわと心に染み込んでくる読後感を味わえる、非常に印象深い作品である。

最後までお読み頂きありがとうございます。

(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。

考察・解説

小説『けんぐゎい』(朝倉かすみ著)は、第175回直木賞を受賞した作品であり、自我に目覚めた主人公が女性の生と向き合う、時代小説の新しい扉を開いた作品と評価されている。本作は、江戸時代を舞台としながらも、従来の時代小説の枠組みを大きく拡張する画期的な特徴を持っている。本作における時代小説としての魅力と意義を、テーマ性、共同体、および世界観の3つの観点から解説する。

身体と生き方の自己決定権に迫る女性の過酷な現実と家父長制抵抗

従来の時代小説が武家社会の忠義や町人の人情を主軸とすることが多いのに対し、本作は現代にも直結する過酷なテーマを真正面から描いている。

・理不尽に手籠めにされた主人公・ふゆや妹のりよの絶望を克明に描いている。

・当時において危険を伴った民間療法である中条流による子下ろしの実態に迫っている。

・家の血を繋ぐという家父長制の重圧に押し潰される商家の娘であるちかの苦悩が描かれる。

・封建的な江戸時代を生きる女性たちの、身体と生き方の自己決定権を容赦なくえぐり出している。

産科術自活能力獲得によるガストホイス創設と圏外女性主体連帯構築

タイトルの「けんぐゎい」とは、尋常な世間の枠から外れた圏外を意味し、作中では加害者の宗三郎がふゆに対し、おまえは圏外、一生、外側にいるしかない、と蔑む言葉として使われる。

・ふゆは理不尽な境遇にただ耐え忍ぶのではなく、産科術という医学の知識を身につけ、自活する力を獲得した。

・蘭学者である森島中良の『紅毛雑話』に記された和蘭陀の病院の概念に触発され、身分や境遇を問わず行き場を失った妊婦らを受け入れる施設であるガストホイスを自らの財で創設した。

・社会の底辺に置かれた、けんぐゎいっ子、と呼ばれる女性たちが集う。

・彼女たちが連帯、すなわちシスターフッドによって主体的に自らの居場所を築き上げていくという、新しい逆転劇の形が提示されている。

ウニコール精神的支えとりんぼの裏庭造営による赤ん坊供養死生観

本作は、長屋暮らしや見世物小屋、手習い所といった江戸の風俗が緻密に描かれる一方で、海の外の未知の概念が彼女たちの精神的支えとして機能する特異な世界観を持っている。

・ふゆの心に棲み、彼女を力づける一本角の獣であるウニコール、すなわち一角獣が登場する。

・『どちりいなきりしたん』に記された、洗礼を受けずに死んだ子どもたちが赴く楽園であるりんぼという概念が示される。

・凄惨な現実を生き抜くために、ふゆがこの、りんぼ、をガストホイスの裏庭に造り、この世に生まれられなかった赤ん坊たちを葬る場所とした。

・この独特の死生観が、物語に深く美しい余韻を与えている。

まとめ

小説『けんぐゎい』を巡る一連の顛末は、暴力や不条理によって世間の圏外へと弾き出された主人公・ふゆが、産科術という専門知識と自活する力を主体的に獲得し、抑圧的な家父長制の影で苦しむ女性たちを救うための互助施設ガストホイスを自らの力で創設し、さらには異国の概念であるウニコールやりんぼの死生観を精神の支えとすることで、過酷な江戸の因習の中で女性同士の強固な連帯を築き上げ、自らの医師としての尊厳と平穏な生の領域を完璧に奪還するに至る、極めて先駆的で知的な実存的闘争の記録である。理不尽な暴力への直面から、医学の修得、施設の建設、そして死生観の昇華へと繋げたプロセスは、時代小説の衣服をまといながらも、自己決定権のために立ち上がるふゆのしたたかな生命力を示している。最終的に、身勝手な加害者の言葉や封建社会の偏見を、知識と実践の連帯によって打破し、自らの未来と仲間たちの救済の居場所を完璧に守り抜いた結末は、どれほど社会の不条理や因習によって生の自由が脅かされようとも、本質を突いた知性と確固たる連帯によって打破され、新しい時代を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

主人公ふゆの境遇

小説『けんぐゎい』の主人公・ふゆは、理不尽な病と暴力によって社会の枠から弾き出される過酷な運命を背負いながらも、自らの才覚で新たな居場所を創り出していく人物として描かれている。ふゆの境遇とその変化について、世間からの排除、暴力の被害、再生への転機、そして内面の解放という4つの観点から解説する。

幼少期の病による容姿の変化と、世間の目をやり過ごすための自己卑下

ふゆは、幼少期の不条理な病によって、周囲からの評価が一変する過酷な経験を強いられた。

・六歳の時に重い疱瘡を患ったふゆは、全身に酷い痘痕が残ってしまった。

・美しかった頃は母のおはつから玉の輿を期待されていたが、容姿が変わると一転して疎まれ、おいもどん、とからかわれるようになる。

・自身の賢さを表に出すと周囲が苛立つことを知り、目を細めて従順に見える微笑を浮かべることで世間をやり過ごす術を身につけた。

・自分は痘痕があるから幸せになれないという引け目と申し訳なさを常に抱え、自らを卑下して生きることを余儀なくされた。

宗三郎による理不尽な暴力と、たった五両での家からの追放

手習い所で抜群の才覚を発揮し、番頭のように働いていたふゆであったが、さらなる理不尽な暴力に見舞われる。

・師匠の養子である宗三郎から理不尽な性暴力を受け、身籠ってしまう。

・異常な性癖を持つ宗三郎は、ふゆの痘痕と賢さを嘲笑い、おまえは圏外、一生、外側にいるしかない、と尋常な世間には入れない存在として残酷な烙印を押した。

・さらに宗三郎から子を下ろすよう命じられ、たった五両と引き換えに家から追放されるという絶望的な境遇に突き落とされた。

女医おこまとの出会いと、十年に及ぶ修行の果ての産医としての自立

宗三郎の手配で根岸の女医者であるおこまのもとへ送られたことが、ふゆの運命を大きく変える転機となった。

・出血して倒れたふゆをおこまが救い、彼女の中に尋常ならざる力と自分に似た資質を見出した。

・おこまは、ふゆを自らのすべてを譲るただ一人の後継者として定め、厳しい修行を課した。

・ふゆはこれを受け入れ、十年に及ぶ過酷な修行を経て、女性たちの生と死に向き合う確供たる技術と精神を身につけた。

・これにより、一人の自立した産医へと力強く生まれ変わった。

自己否定の呪縛からの脱却と、居場所を失った者たちが集うガストホイスの創設

産医として自立し、おこまの遺産を受け継いだふゆは、自己否定の呪縛から脱却を果たす。

・長年抱えていた痘痕への引け目が、自ら作り上げた、まやかし、であったことに気づき、精神的な解放を得た。

・心の奥の黒珠に棲み、自らのすべてを肯定してくれる一本角の獣であるウニコールを永遠の心の支えとした。

・横網町にガストホイスという施設を創設した。

・そこは、かつてのふゆと同じように世間から弾き出された、けんぐゎいっ子、たちを受け入れ、身分や境遇を問わず連帯して生きていくための確固たる居場所となった。

まとめ

ふゆの境遇を巡る一連の顛末は、疱瘡による痘痕や宗三郎による不条理な暴力、そして圏外という烙印を押されて家を追われるという極限の絶望に直面しながらも、産医おこまとの運命的な出会いを経て十年の修行を全うし、卓越した医術の修得と自己否定の呪縛からの脱却を遂げ、最終的に世間から弾き出された女性たちを救う互助施設ガストホイスを創設して、傷ついた人々が安心して生きられる確固たる平穏の国を完璧に奪還するに至る、不屈の実存的闘争の記録である。理不尽な排除から、技術の体得、自己の肯定、 tender と連帯の場の構築へと繋げたプロセスは、運命の被害者にとどまらず、他者を救済する主体的な保護者へと成長したふゆの、底知れない知性と生命力の確かさを示している。最終的に、身勝手な加害者の言葉や社会の偏見を、自立した技術と温かい連帯によって打破し、自らの未来と虐げられた女性たちの尊厳を完璧に守り抜いた結末は、どれほど苛烈な不条理や運命の崩壊によって生の自由が脅かされようとも、本質を突いた知性と確固たる意志によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

妹りよの変身

小説『けんぐゎい』における妹・りよの「変身」は、過酷な身分や環境を強いられた女性が、理不尽な暴力への適応、破滅的な悦楽への逃避、そして他者からの無条件の愛による再生を経て、自らの「業(持って生まれた味)」を受け入れていく過程として描かれている。本作におけるりよの変身について、暴力の受容、騙りの暴走、無条件の愛による再生、および本性への回帰という4つの観点から解説する。

幼少期の不条理な手籠めと、生き延びるために男女の機微を悟った大年増への変貌

りよは、幼少期から感情が高ぶると激しく喋り続ける「逆上せ」の癖を持っていたが、早くから理不尽な社会の荒波に晒されることとなった。

・九歳という幼さで船宿に奉公に出された。

・十三歳のとき、船宿の主人に手籠めにされて泣いて逃げ帰るが、母のおはつから「出世の機会だ」として冷酷に突き放された。

・絶望のまま船宿へと戻ることを余儀なくされた後は、主人との肉体関係をあっさりと受け入れ、主人をうまく操る術すら身につけた。

・姉のふゆの目には、娘盛りの年齢でありながら男女の機微をすっかり悟った「大年増」のように変身したと映った。

・これは、逃れられない暴力と過酷な運命に対する、彼女なりの切実な生存適応であった。

十二年間の行方不明と騙りの能力の覚醒、および偽りの神体による恍惚と高揚

奉公先から姿を消し、行方不明となった十二年間の間に、りよは自らの資質を別の形へと変貌させる。

・自身の持って生まれた味である「騙り」の能力に目覚めた。

・拾った土人形を神体と偽って信心深い人々を騙し、金品を得るようになった。

・その行為を繰り返すうちに、かつての「逆上せ」を遥かに超える恍惚と高揚に深く溺れていった。

・この変身は、世間の枠外(けんぐゎい)へと弾き出された者が、自らの持つ異能を使って世間を出し抜き、破滅的な快楽へと落ちていく自己の暴走を象徴している。

木戸番ヒデさんによる無条件の抱擁と、土人形の破棄がもたらした素朴な生まれ直し

心身を使い果たして見世物小屋を彷徨っていたりよに、救いの手が差し伸べられた。

・木戸番の老人であるヒデさんが、彷徨っていたりよを保護し救い出した。

・これまで「誰かの役に立たなければ生きる価値がない」という過酷な世界で生きてきたりよに対し、ヒデさんは「ただりよでいるだけでいい」と無条件の愛情を注いだ。

・この温かい慈しみによって自己肯定感を得たりよは、騙りの道具であった土人形を川へ捨てた。

・純情さを取り戻した「良い顔」の年増へと生まれ直す、すなわち「本卦還り」するという劇的な精神的再生を遂げた。

仇敵への復讐が呼び覚ました騙りの本能と、生涯背負うべき自らの業への回帰

完全に生まれ直したかに見えたりよであったが、その変身は単純なハッピーエンドでは終わらない。

・物語の終盤、ふゆたちと共に仇敵である宗三郎を惨殺し、四人がひとつの「怪物」となった夜、捨てたはずの「騙り」の能力と極大な高揚感が再びりよの内に呼び覚まされた。

・人は自らの持って生まれた味、すなわち本性や業を完全に捨て去ることはできない。

・その業がもたらす難儀さや物悲しさを抱えたまま、泥臭く生きていくしかないという人間の複雑な真実が、この最後の回帰によって浮き彫りにされている。

まとめ

りよの変身を巡る一連の顛末は、幼少期の不条理な手籠めと母の突き放しという絶望から生き延びるために「大年増」へと変貌し、十二年の行方不明期間に「騙り」の恍惚に溺れ、ヒデさんの無条件の愛によって土人形を捨てて健やかな「良い顔」の本卦還りを遂げながらも、最終的に宗三郎惨殺という極限の夜において再び内に眠る「騙り」の業を呼び覚まし、綺麗事だけでは生きていけない人間の複雑な本性を受け入れながら、自らの足で泥臭く生き抜く覚悟を固めて自立と平穏を完璧に奪還するに至る、凄絶な魂の変遷の記録である。暴力への適応から、破滅への暴走、純真さの奪還、そして業との和解へと繋げたプロセスは、虐げられた女性が過酷な社会で己を維持するための壮絶な葛藤を示している。最終的に、自らの内に潜む光と影の双方を否定せず、ありのままの自分を受け入れて他者と共に生きていく道は、どれほど不条理な宿命や社会の烙印によって生の尊厳が脅かされようとも、本質を突いた他者からの愛と確固たる自己受容によって打破され、新しい地平を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

宗三郎への恋情

小説『けんぐゎい』における「宗三郎への恋情」は、過酷な境遇を生きる主人公・ふゆにとって、一時的な心の救済や逃避であったと同時に、彼女を凄惨な絶望へと突き落とし、その後の人生を決定づける重要な要素として描かれている。本作におけるふゆの宗三郎への恋情について、恋情の自覚と空想の構築、師匠との特異な連帯、および暴力による現実の崩壊という3つの観点から解説する。

「ずん」と「くうん」の肉体反応と、自己完結的な「宗さま」の創造による救済

ふゆは幼い頃からの酷い痘痕(あばた)のせいで、母親から「まともな縁組は望めない」と教え込まれ、若い男を避けて生きてきた。

・手習い所の跡取りとしてやってきた宗三郎の、紅くうねる唇や細く高い声に惹かれ、股の奥に重く響く感覚を「ずん」、胸の奥で鳴くような感覚を「くうん」と名付けて自らの恋情を自覚した。

・宗三郎と紙問屋の娘・ほのとの縁組が決まり、成就の見込みが完全に断たれると、ふゆは逆に安心して片思いにのめり込んだ。

・現実の宗三郎に理想を重ねて完璧な「宗さま」を頭の中に創り出し、空想の世界で彼との関わりを楽しむことは、世間から蔑まれてきたふゆにとって、自分だけの日帳をつけるような密やかな喜びであった。

疋田重右衛門との「落っこちた者同士」としての独特な対話と心の慰め

宗三郎への恋情は、ふゆに予期せぬ人間関係をもたらした。

・宗三郎の義父であり手習い所の師匠である疋田重右衛門もまた、宗三郎の美しさや才能にすっかり心を奪われ(落っこちて)いた。

・ふゆと重右衛門は、宗三郎の美しさや振る舞いについて語り合うようになり、重右衛門はふゆの恋心を見抜いたうえで「同類」として接した。

・恩人であり師匠である重右衛門と、宗三郎に「落っこちた者同士」としての独特な交わりを持てたことは、ふゆにとって大きな慰めとなった。

冷淡な語調への共感と、蔵の中での強淫がもたらした「圏外」の烙印と絶望

ふゆが宗三郎に強く惹かれた理由の一つに、彼の誰に対しても変わらない「冷淡で平坦な語調」があった。

・ふゆはそこに、自身の心の底にある「不人情」と通じるものを感じていた。

・しかし、その恋情は、宗三郎による蔵の中での強淫(性暴力)によって無残に打ち砕かれた。

・宗三郎の冷ややかさは、実は他者を人間として見ていない圧倒的な傲慢さと、醜いものに欲情する異常な性癖から来るものであった。

・暴行を受けながら、宗三郎から「おまえは一生、外側にいるしかない」「わたしとこうしているときだけ、ただの人間になれる」と「圏外(けんぐゎい)」の烙印を押されたことで、ふゆはかつて自分が惹かれた冷ややかさの恐ろしい本性を悟った。

まとめ

ふゆの宗三郎への恋情を巡る一連の顛末は、過酷な痘痕の引け目から現実の成就を望まぬまま空想の中に完璧な「宗さま」を創り出し、同様に彼に魅了された師匠・重右衛門との「落っこちた者同士」としての温かい連帯を得ながらも、最終的にその冷淡な本性が引き起こした蔵での無残な暴行と「圏外」への追放宣告によってかつてのささやかな夢を完璧に蹂躙され、その凄絶な絶望と痛みを乗り越えることで、自活のための医術と傷ついた女性たちが連帯する居場所「ガストホイス」を創設する強固な意志を確立し、自らの足で生き直す輝かしい未来を完璧に奪還するに至る、過酷な自己再生の記録である。恋情の空想から、師匠との心の交流、暴力による現実への直面、そして新たな生への旅立ちへと繋げたプロセスは、不条理な暴力に屈せず運命を切り拓いたふゆの、不屈の精神と確固たる知性を示している。最終的に、憧れを蹂躙した加害者の残虐さを乗り越え、自らの生を主体的に肯定して他者と共に生きていく道は、どれほど理不尽な罠や絶望的な暴力によって生の尊厳が脅かされようとも、本質を突いた知性と確固たる連帯によって打破され、新しい生き方を切り拓く強固な道が厳密に証明されている。

痘痕と自己肯定

小説『けんぐゎい』において「痘痕(あばた)」は、主人公・ふゆが世間から受けた理不尽な排除の象徴であり、彼女が深い自己卑下を乗り越えて真の「自己肯定」へと至るまでの精神的な闘いを描くための極めて重要なモチーフとして機能している。本作における痘痕と自己肯定の変遷について、防衛機制としての思い込み、暴力による烙印、内なる肯定者の獲得、および他者の肯定への広がりという4つの観点から解説する。

六歳の疱瘡による痘痕と「ぶつぶつのせい」にする防衛機制による世間処世

ふゆは、幼少期の病によって容姿が一変し、社会からの過酷な差別に晒されることとなった。

・六歳の時に重い疱瘡を患い、命を取り留めた代償として全身に酷い痘痕が残った。

・母親のおはつからは「まともな縁組は望めない」と教え込まれ、周囲からは「おいもどん」と嘲笑されて育った。

・利発であったふゆは、自分の賢さを表に出せば周囲が苛立つことを察知し、従順に見える微笑を浮かべて世間をやり過ごす術を身につけた。

・自分の身に降りかかる理不尽や不遇な出来事をすべて「ぶつぶつのせいだ」と思い込むことで、余計な現実に直面せずに済むという防衛機制(引け目の拡張)を無意識のうちに築き上げていた。

宗三郎の異常性癖による強淫と「圏外」の烙印がもたらした凄惨な自己嫌悪

ふゆの痘痕は、手習い所の跡取りである宗三郎による不条理な暴力によって、最も残酷な形で蹂躙される。

・宗三郎は、美しく整った者ではなく、醜汚や異形を持つ女に欲情するという異常な性癖を持っていた。

・彼はふゆを強淫しながら、「おまえの尻の猪目模様だけが雪のように真っ白だ。ほかはほら、どこもかしこもこんなに穢らしいぶつぶつなのにね」と容姿を深く嘲った。

・「おまえは一生、外側にいるしかない」「わたしとこうしているときだけ、ただの人間になれる」と突き放し、ふゆに「圏外」の烙印を押した。

・この出来事は、ふゆに「自分は痘痕のせいで不幸を引き寄せてしまう」という凄惨な絶望と自己嫌悪を決定づけることになった。

引け目のまやかしへの覚醒と、全てを丸ごと肯定する「ウニ坊」の獲得

絶望の淵から産医・おこまの弟子となり、やがて自立を果たしていく過程で、ふゆの内面に決定的な変化が訪れる。

・自分が不幸なのも、宗三郎に穢されたのも、胎の子が流産したのも、すべて「痘痕のせい」にしていた自身の引け目が「まやかし」であったことに気づいた。

・世間に対する申し訳なさなど本当はどこにもないのだと悟ったとき、ふゆの心の奥底(黒珠)に棲む「ウニコール(ウニ坊)」という存在が明確な声を持つようになった。

・白い身体に虹色の鬣、一朱金色のツノを持つウニ坊は、「ふゆは善しだよ、大丈夫」と、ふゆの真白も真黒も、そして痘痕のある身体のすべても含めて丸ごと肯定した。

・このウニ坊は、ふゆ自身の永遠の力、すなわち揺るぎない自己肯定感の象徴となった。

ガストホイス創設による女性救済と、他者の「持って生まれた味」の肯定

自らを完全に肯定できたふゆは、もはや世間の偏見や枠組みに媚びる必要がなくなった。

・自らの財で「ガストホイス」を創設し、行き場のない妊婦や世間から弾き出された女性たちを広く受け入れた。

・ふゆの自己肯定は他者へと向けられ、自身の巨体や容姿を持て余していた小間物屋の勘助の父親(元取的)に対しても、「おまえにはおまえの善しがある。それが、いつか、おまえだけのツノになる」と励ました。

・このように、関わる人々がそれぞれの「持って生まれた味」を肯定できるよう導く存在となった。

まとめ

ふゆの痘痕と自己肯定を巡る一連の顛末は、疱瘡の痘痕による差別を「ぶつぶつのせい」としてやり過ごす防衛機制から始まり、宗三郎の異常な性癖による暴行と「圏外」の宣告によって深い自己嫌悪の絶望に突き落とされながらも、おこまのもとでの自立を経てすべての引け目が「まやかし」であると見抜き、内なる肯定者「ウニ坊」との出会いによって自らの傷をも丸ごと受け入れ、最終的に「ガストホイス」の創設や周囲の人々への「善し」の全肯定を通じて、不条理な被害者の立場を完全に脱し、自らと他者の尊厳と生きる場所を完璧に奪還するに至る、精神的自立と強靭な包容力獲得の記録である。容姿への劣等感から、暴力による蹂躙、内面の解放、そして他者への救済へと繋げたプロセスは、世間の欺瞞を見抜き、自らの魂の芯にある価値を掴み取ったふゆの、揺るぎない知性と精神の強さを示している。最終的に、自らの身体に刻まれた過酷な傷を主体的な肯定の力へと昇華させ、社会の枠外で力強く生き抜く道は、どれほど理不尽な排除や精神的な抑圧によって生の自由が脅かされようとも、本質を突いた深い自己受容と他者との連帯によって打破され、新しい地平を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

産医の宿命

小説『けんぐゎい』において、産医という職業は単なる医療者ではなく、女性の身体と運命の自己決定を命懸けで支える存在として描かれている。しかし、その行為は同時に「命の選別」という神の領域に触れる重い宿命を背負うことでもあった。本作における「産医の宿命」について、女性の自己決定への使命、命の選別がもたらす罪悪感、精神を救済する楽園の概念、および神の領域との境界線という4つの観点から解説する。

「産まされてはならない」という題目の継承と、過酷な運命から逃れるための「抜け」の提供

産医であるおこまが掲げ、後にふゆが継承した最大の題目は、いかなる理由や脅しがあろうと女は産まされてはならない、同時に産めないことがあってもならない、というものであった。

・封建的な家父長制社会において、意に反して妊娠させられた者や、産みたいのに産めない者たちが大勢存在していた。

・産医は自らの優れた知恵と技を貸し、彼女たちが過酷な運命から逃れるための「抜け(手助け)」を行う。

・これを一時的な支援ではなく、一生涯を捧げるべき職能であり自らの運命であると定めていた。

胎児の生死を左右する「命の選別」への恐れと、心を老けさせる「黒い煤」の重圧

産医の仕事は、胎児を生かすか生かさないかという、極めて重い決断と実践を直接的に行うことでもある。

・おこまは自らの優れた腕で命を救ったときには誇らしげになる一方、救えなかった命や自らの手で流した赤ん坊に対しては強い罪悪感を抱いていた。

・その罪悪感は「胸についた黒い煤」として彼女の心に澱のように溜まり、神の領域に触れているのではないかという深い恐れと懺悔の念をもたらした。

・この精神的な重圧がおこまの心を異様に老けさせ、贅沢な暮らしへの散財などによってその苦しみを一時的に紛らわせる要因となっていた。

罪なき子供たちが春の花の庭で次を待つ「りんぼ」の概念による罪悪感の救済

生かされなかった赤ん坊たちがどこへ行くのかという、産医としての根源的な苦悩から逃れるため、おこまは異国の概念に救いを求めた。

・キリスト教の書物にある、洗礼を受けずに死んだ子供たちが赴く楽園である「りんぼ」という概念にすがりついた。

・そこは地獄でも煉獄でもなく、罪を犯す前に死んだ子供たちが集まり、春の花が咲き乱れる穏やかな庭で「次こそ世界を見せてくれる親」を待つ場所とされる。

・産医としての深い業と罪悪感を抱えるおこまにとって、この「りんぼ」を思い描くことだけが、正気を保ち過酷な宿命に耐え続けるための唯一の救済であった。

「命の行方は神の領分」とする境界線の確立による、おこまを越えた精神の安定

おこまの後を継いだふゆもまた、自身が流した赤ん坊の影に苦しみ、深い懺悔の念を抱えることになる。

・しかしふゆは、おこまが周囲から「現人神」と崇められたことで、命の行方を自分が左右していると思い込んでいるゆえに苦しんでいるのだと客観的に見抜いた。

・ふゆは、産医にできるのは知恵と技を貸す(抜け)だけであり、命の行方を決めるのはあくまで神の領分である、と明確に境界を引いた。

・この境界線の確立により、おこまが陥った極端な陽気さと沈み込みの落差から離れ、より安定した精神で妊婦たちと向き合う境地へと至った。

まとめ

産医の宿命を巡る一連の顛末は、いかなる理由があろうとも女性の望まぬ出産を阻止しつつ出産を希望する者を全力で救うという「抜け」の使命を背負い、神の領域に触れる「命の選別」がもたらす深い罪悪感とおそれをおこまが「りんぼ」の想像によって耐え忍びながらも、跡を継いだふゆが「命の行方を決めるのは神の領分」として明確に人間と神の境界線を引くことでおこまの悲劇的な精神的二面性を克服し、自らの産医としての職能と妊婦たちの尊厳を守る確固たる平穏の領域を完璧に奪還するに至る、知的探求と精神的自立の記録である。女性の救済から、罪悪感の蓄積、楽園の導入、そして認識のコペルニクス的転回へと繋げたプロセスは、気高い使命と深い業に引き裂かれそうになりながらも、揺るぎない境界線を引くことで克服したふゆの、極めて高い知性と冷徹な生存戦略の確かさを示している。最終的に、過酷な「命の選別」という罪の意識や社会的な抑圧を、自立した技術と知的な思想的適応によって打破し、傷ついた人々を主体的に救済する道は、どれほど不条理な宿命や内なる精神的崩壊によって生の尊厳が脅かされようとも、本質を突いた深い内省と確固たる覚悟によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

暴力からの解放

小説『けんぐゎい』における「暴力からの解放」は、理不尽な性暴力や社会的な排除に晒されてきた女性たちが、単なる被害者としての立場を脱ぎ捨て、自らの力で生を勝ち取っていくプロセスとして描かれている。本作における暴力とその解放について、圏外の烙印、くわいぶつへの変貌、自己卑下からの精神的脱却、および居場所の創設という4つの観点から解説する。

宗三郎による強淫と「一生外側」の宣告、諦めと引け目を内面化させる言葉の暴力

ふゆやつるは、身分や主従関係を悪用した理不尽な精神的・物理的暴力に晒されていた。

・宗三郎はふゆやつるに対し、絶対的な主従関係を利用して強淫(性暴力)を繰り返していた。

・宗三郎の暴力の残酷さは肉体の蹂躙にとどまらず、彼女たちの容姿や境遇を徹底的に嘲笑う点にあった。

・「おまえは、一生、外側にいるしかない」「わたしとこうしているときだけ、ただの人間になれるんだよ」と、圏外の烙印を執拗に押し続けた。

・この言葉は、ふゆたちに自分たちは世間の枠から弾き出された存在であり、暴力に耐えるしかないという諦めと引け目を植え付ける精神的な暴力として機能していた。

つるの反撃と四人の連帯、加害者宗三郎の排除による物理的暴力からの解放

長年、男の力と主人の権力には敵わないと暴力をやり過ごしてきた女性たちは、自らの領域を守るために立ち上がった。

・ガストホイスを創設してようやく自分たちの居場所を築いた後、宗三郎がそこを荒らしにやってきたことで事態は一変した。

・宗三郎からの執拗な侮辱に耐えかねたつるは、ついに反撃に転じ、渾身の力で宗三郎の首を締め上げた。

・ふゆ、りよ、かめもそれに連帯し、宗三郎から「おまえたち、くわいぶつだね」と呼ばれながらも彼を完全に葬り去った。

・彼女たちは「くわいぶつ」というひとつの生き物になることで、ついに自らの手で加害者を排除し、物理的な暴力からの解放を勝ち取った。

痘痕への引け目のまやかしへの気づきと、全てを全肯定するウニ坊の確信

産医としての過酷な修業と自立を経てもなお、ふゆの心には目に見えない傷痕が残っていたが、内面的な転換を果たす。

・自身の不遇や宗三郎に穢されたことをすべて痘痕のせいにしてきたが、その引け目や申し訳なさが、実は自らが思い込んでいた「まやかし」であったことに気づいた。

・ありのままの自分を「善し」と全肯定してくれる内なる永遠の力である「ウニ坊」の存在を明確に確信した。

・これにより、ふゆは世間や宗三郎に押し付けられた圏外という価値観の暴力から、精神的にも完全に解放された。

行き場のない妊婦や社会の枠外の女性たちが集うガストホイスによる社会的連帯

暴力からの解放は、単にふゆ個人の救済にとどまらず、同様の傷を持つ女性たちの社会的な救済へと昇華されていく。

・ふゆは、おこまさまの遺産をもとに、行き場のない妊婦や世間から弾き出された女性たちを受け入れるガストホイスを創設した。

・ここは、暴力や理不尽な運命によって圏外へ追いやられた者たちが一堂に集う場所となった。

・互いの傷や持って生まれた味を肯定し合いながら主体的に生き直すための、おれらけんぐゎいっ子の国、として機能するに至った。

まとめ

暴力からの解放を巡る一連の顛末は、宗三郎による凄惨な性暴力や圏外の宣告によって肉体と精神の双方を蹂躙され、世間の冷遇に耐え忍ぶ日々を送りながらも、自らの安息の地であるガストホイスを侵犯しようとした加害者に対して女性たちが「くわいぶつ」となって連帯し、物理的な排除を完遂したことを端緒とし、長年自身を縛り付けていた痘痕の引け目が「まやかし」に過ぎないと見抜いて内なるウニ坊の肯定感を獲得し、同じ痛みを抱える仲間たちと共生する「けんぐゎいっ子の国」を築き上げることで、理不尽な被害者の運命を完全に脱し、自らの尊厳と生を健やかに全うする領域を完璧に奪還するに至る、不屈の闘争と自己解放の記録である。抑圧の受容から、物理的な排除、精神的覚醒、そして社会的救済の構築へと繋げたプロセスは、暴力に決して屈することなく、連帯の力で未来を自活的に切り拓いた女性たちの、強靭な生命力と知性を示している。最終的に、加害者から押し付けられた屈辱的な烙印や社会の因習を、強固な結束と深い自己受容によって打破し、自らの生きるべき道を完璧に守り抜いた結末は、どれほど不条理な暴力や支配によって生の尊厳が脅かされようとも、本質を突いた知的な連帯と確固たる自立心によって打破され、新しい自由を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

擬似家族の絆

小説『けんぐゎい』において「擬似家族の絆」は、血縁や家父長制といった封建的な「尋常の枠(世間)」から弾き出された者たちが、互いの傷や「持って生まれた味」を肯定し合いながら築き上げた、強固で新しい連帯の形として描かれている。本作における擬似家族の絆について、無条件の愛と信頼、師弟を越えた魂の継承、共同体の強固な連帯、および命を育む新しい家族のあり方という4つの観点から解説する。

ヒデさんによる無条件の愛と救済、そして子の未来を託す信頼の絆

孤児であったちゅう太は、見世物小屋の木戸番であるヒデさんに拾われ、無条件の愛情を受けて育った。

・のちにちゅう太の異能を見抜いた女医者・おこまが彼を引き取ることになるが、ヒデさんはちゅう太の将来を彼女に全託した。

・あえて二度と会わないという厳しい態度を示すことで、ちゅう太への深い信頼と愛情を示した。

・また、ヒデさんは心身をすり減らしていたりよをも保護し、「ただりよでいるだけでいい」という無条件の肯定を与えて彼女を生まれ直しへと導いた。

・血の繋がりがなくても子の幸せを強く願い、より良い未来へと託す、気高く深い精神的な絆が描かれている。

「わしよりわしになってくれ」というおこまの願いと、ふゆへの血縁を越えた技術の継承

おこまは、行き場を失い血まみれで倒れていたふゆの中に、かつての自分と同じ資質を見出した。

・自らの優れた産医技術や財産のすべてを譲る、ただ一人の後継者としてふゆを育て上げた。

・ふゆに対して「わしになるのである。なろうことなら、わしよりわしになってくれ」と言葉を託した。

・このおこまの思いは単なる師弟関係の枠を遥かに超え、同じ圏外を生きる者同士の、血縁以上に濃密な魂の継承であった。

女性たちがそれぞれの「善し」を活かして共生する、強固な擬似家族ガストホイス

ふゆが創設したガストホイスは、世間の枠から弾き出された女性たちや行き場のない者たちが集う、巨大な擬似家族である。

・妹のりよはもちろん、宗三郎の暴力に共に耐えたつるやかめ、乳持ち奉公を終えて戻ってきたとみ、そして用心棒の元取的やちゅう太一家などが集う。

・彼らはふゆを家長のように慕い、それぞれの「善し」を活かして助け合って共同生活を送っている。

・宗三郎の襲撃時には、ふゆ、りよ、つる、かめがひとつの怪物となって加害者を物理的に排除した。

・その命懸けの結束力は、家制度に基づく本物の家族以上に強固な連帯感として機能している。

多田屋の血統維持とガストホイス共同体での育児という、双子の異なる運命

物語の結末において、ちかが命懸けで産んだ双子の赤ん坊は、ふゆの深い計らいによって別々の運命を歩むこととなる。

・ひとりは多田屋の主人・三九郎のもとへ送られ、「多田屋の血を繋ぐ者」として家制度の中で生きることになる。

・もうひとりはあえてガストホイスの木戸の前に置かれ、「ガストホイスの子(みんなの子)」として擬似家族全体に育まれる。

・双子をあえて異なる環境に置くというふゆの、いのちの実験、は、家族とは血縁か、それとも育つ環境かという深い問いを投げかけている。

・同時に、ひとつの家だけでなく共同体全体で子を慈しみ育む、新しい家族のあり方を提示している。

まとめ

擬似家族の絆を巡る一連の顛末は、血縁や家制度という不条理な因習から弾き出された者たちが、ヒデさんの無条件の愛やおこまからふゆへの魂の継承を経て、それぞれの傷や「持って生まれた味」を全肯定し合う巨大な擬似家族「ガストホイス」を創設し、共通の敵である宗三郎を「ひとつの生き物」となって排除する強固な連帯を示しながら、ちかの双子を別々の環境で育てるという「いのちの実験」を通じて血縁の呪縛を乗り越え、自らの手で選び取った「真の居場所」と平穏な生の自由を完璧に奪還するに至る、不屈の連帯と自己解放の記録である。孤児への愛情から、師弟の絆、共同体の構築、そして育児の再定義へと繋げたプロセスは、制度から排除された「圏外」の人々が、自らの尊厳を守るために築き上げた新しい社会の形を示している。最終的に、家父長制の抑圧や他者からの冷遇を、血の繋がりを超えた温かい相互扶助と知的な生存戦略によって打破し、自らの未来と仲間たちの「帰る場所」を完璧に守り抜いた結末は、どれほど孤独な運命や不条理な社会の仕組みによって生の尊厳が脅かされようとも、本質を突いた深い自己受容と確固たる連帯によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

運命と選択

小説『けんぐゎい』において、「運命と選択」は、病や暴力といった理不尽な宿命によって世間の枠から弾き出された女性たちが、自らの生をいかにして主体的に選び直していくかという、物語の根幹を成す極めて重要なテーマである。本作における運命と選択の対比と、その描かれ方について、籤引きの運命観、藁の撚り合わせという運命観、宿命の受容と主体的選択、および双子の未来を分ける実験という4つの観点から解説する。

ほのが唱える「籤引き」の運命観と、自己肯定を果たすための極端な自己責任論

宗三郎の妻となるほのは、人の一生は籤引きの連続であり、我が身に起こる事象はすべて自らの手で選び取った結果であるという特異な運命観を持っている。

・生まれや性別、さらには理不尽な火傷の痕でさえも、生まれる前に自分が引き当てた籤の結果であると主張した。

・これはいかなる運命も自分の選択であるとする極端な自己責任論であるが、同時にほの自身の強い生存戦略でもある。

・重い傷を負った自分自身を肯定し、妻や母としての人生を前向きに生きようとする、彼女なりの強絶な覚悟の表れであった。

ふゆが抱く「いのちの藁の撚り合わせ」の思想と、与えられた環境との複雑な絡み合い

一方、主人公のふゆは、ほののすべて自分が選んだという考えにはどうしても納得できなかった。

・ふゆの考える運命とは、天から垂れた藁のようなものであり、そこに貧富や貴賤、美醜、器用不器用といった様々な要素が撚り合わさって一本の縄になっていくというものである。

・ふゆにとって運命とは、自分の意志で最初から選ぶものではなかった。

・初めに神や天から与えられた環境、すなわち「いのちの最初の一群れ」と、その後の自身の歩みが複雑に絡み合って形作られるものであると定義した。

「痘痕のせい」という自己卑下からの脱却と、ガストホイス設立という主体的選択

ふゆは長年、自分の不遇や宗三郎からの暴力をすべて痘痕のせい、すなわち宿命だと諦め、自己卑下という心の檻に閉じこもっていた。

・しかし、おこまさまの産医技術と精神を受け継ぎ、自立していく過程でその呪縛から完全に解放された。

・運命の被害者であることをやめたふゆは、自らの財でガストホイスを設立するという極めて大きな選択を実行した。

・これは、理不尽な運命によって圏外へ追いやられた者たちを集め、互いに肯定し合いながら生き直すための国を自らの手で創り出すという、主体的な選択であった。

血と環境のどちらが人を形作るかを見定める、双子の運命を分ける「いのちの実験」

物語の結末において、ふゆはちかが命懸けで産んだ双子の女児に対し、究極の選択を下す。

・双子のひとりを多田屋の軒先に置き、老舗の血を継ぐ子として育てられるよう手配した。

・もうひとりをガストホイスの木戸の前に置き、みんなの子として共同体の中で育てることにした。

・同じ血を持って生まれた双子にあえて異なる「いのちの最初の一群れ」を与える。

・これによって、血と環境のどちらが人を形作るのかを見定める、ふゆなりの「いのちの実験」を試みた。

まとめ

運命と選択を巡る一連の顛末は、病や暴力による不条理な境遇を「籤引き」として自受するほのの覚悟や、与えられた環境と歩みが撚り合わさって形作られるとするふゆの運命観を背景とし、長年の痘痕への引け目を克服して自立したふゆが「ガストホイス」を創設して主体的な生の領域を築き上げ、最終的にちかの双子を老舗と共同体という異なる環境に配する「いのちの実験」を果敢に試みることで、宿命の奴隷であることを拒絶し、自らの尊厳と生き方を能動的に決断する平穏の主権を完璧に奪還するに至る、知的探求と主体的選択の記録である。運命の受容から、思想の対比、自立による選択、そして次世代への実験へと繋げたプロセスは、与えられた「持って生まれた味」を肯定しつつ、連帯の力で未来を自活的に選択し続けたふゆの、強靭な理性と生存への意志の確かさを示している。最終的に、不条理な境遇や社会の偏見を、強固な自立心と知的な連帯によって打破し、自らの未来と仲間たちの「真の居場所」を完璧に守り抜いた結末は、どれほど苛烈な宿命や環境の抑圧によって生の自由が脅かされようとも、本質を突いた主体的な選択と確固たる覚悟によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

登場キャラクター

ガストホイス

ふゆ

本作の主人公であり、全身に重い疱瘡の痕を持つ女性である。自らの手で運命を切り開き、女性たちのための居場所を築き上げる。

・所属組織、地位や役職
 ガストホイスの設立者。産医。
・物語内での具体的な行動や成果
 疋田家で手習い所の番頭や中働きを務めた。宗三郎から暴行を受けたのち、根岸の女医者であるおこまに弟子入りする。独立後、行き場のない女性たちを受け入れるガストホイスを設立した。ちかの出産を助け、双子の行く末を定めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 幼い頃は容姿のため迫害されていたが、産医としての修業を経て精神的に自立し、仲間たちから神さまよりも神さまと敬われる存在となった。

りよ

ふゆの妹であり、美しい容姿を持つ女性である。幼い頃から突然昂る癖を持っていた。

・所属組織、地位や役職
 元船宿の下女。ガストホイスでふゆを手伝う。
・物語内での具体的な行動や成果
 船宿の主人から暴行を受けたのち、主人の執着を操る術を身につけた。行方を絶っていた期間は土人形を用いて騙りを行い、快楽に溺れていた。ヒデさんに救われて生まれ直したのち、ガストホイスへやって来る。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 かつては母から疎まれていたが、騙りの力から解放されたのちは穏やかで調和の取れた姿へと変化した。

おはつ

ふゆとりよの母親である。自身の感情に正直であり、周囲を振り回す気性を持つ。

・所属組織、地位や役職
 三笠町の長屋の住人。ガストホイスの生薬屋。
・物語内での具体的な行動や成果
 ふゆの疱瘡を疎み、りよの被害を出世の機会だと説教した。長屋の大家と深い仲になったのち、若い棒手振りのちゅう太と再縁して文吉を産んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ガストホイスの生薬屋で働き、気さくなお喋りで人気を集めている。

ちゅう太

孤児として育った若い男性である。見世物小屋の木戸番であったヒデさんに育てられた。

・所属組織、地位や役職
 元棒手振り。ガストホイスの生薬屋。
・物語内での具体的な行動や成果
 一度見聞きしたものを完璧に記憶する能力を活かし、おこまに重用された。おこまの隠居後は棒手振りとなり、おはつと結婚して生薬屋を営む。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ふゆとおこまを引き合わせる役割を果たし、ガストホイスの運営にも携わっている。

文吉

おはつとちゅう太の間に生まれた息子である。明るい気性と優れた容姿を持つ。

・所属組織、地位や役職
 ガストホイスで働く若者。
・物語内での具体的な行動や成果
 ガストホイス内の見回りを行い、厄介ごとの芽を摘んでふゆに報告している。ちかの出産時には屋根に上がって名を呼ぼうと願い出た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 十六歳にして番頭に近い役目を担い、施設の女性たちから慕われている。

勘助

文吉の心友であり、むっちりと太った美丈夫である。温和で無口な性格を持つ。

・所属組織、地位や役職
 ガストホイスの小間物屋の跡取り。
・物語内での具体的な行動や成果
 文吉とともにガストホイスの仕事を手伝う。ちかの危篤に際しては文吉と連れ立ってふゆの部屋を訪れ、ちかを助けようとした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 恵まれた体格を持て余しているが、ガストホイスで重要な役割を果たしている。

勘助の父(元取的)

荒っぽい世界に馴染めず相撲部屋を逃げ出した男性である。温厚で気弱な一面を持つ。

・所属組織、地位や役職
 ガストホイスの小間物屋兼用心棒。
・物語内での具体的な行動や成果
 ふゆの誘いを受けて小間物屋を始め、ウニ坊を刺繍した巾着を名物として売り出した。宗三郎がガストホイスへ押し入った際には体当たりで取り押さえた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 大柄な体格を活かしてガストホイスの警備を担い、女性客からの人気も得ている。

勘助の母(茅町の娘)

文吉の伯父の娘である。相撲部屋を逃げ出した元取的と結婚した。

・所属組織、地位や役職
 ガストホイスの小間物屋。
・物語内での具体的な行動や成果
 元取的が小間物屋へ転じることを喜び、ともに商いを行っている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

とみ

十三歳で母親の愛人に身籠らされた少女である。ふゆを深く慕っている。

・所属組織、地位や役職
 ガストホイスの子どもたちの世話役。
・物語内での具体的な行動や成果
 ふゆの診察を受けて子を産み、乳持ち奉公を終えてガストホイスへ戻った。子どもたちの世話を担い、読み書きを学び始めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 おこまの遺した書物の貸し出し係も務めている。

かめ

酷い近眼の少女である。外出を怖がり、常につると行動をともにしている。

・所属組織、地位や役職
 元常磐津師匠の下女。ガストホイスの看病人。
・物語内での具体的な行動や成果
 つるとともにふゆの仲間となり、宗三郎の殺害と遺棄に加担した。ちかの出産時には双子の赤ん坊を運ぶ役目を与えられた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ガストホイスで産医の修業を積んでいる。

疋田家(手習い所)

疋田重右衛門

情け深くて大きな人物と評判の手習い師匠である。ふゆの才能を見抜いた恩人である。

・所属組織、地位や役職
 表町の手習い所の師匠。
・物語内での具体的な行動や成果
 ふゆの月謝を免除し、番頭として重用した。宗三郎を養子に迎えたのち、彼に恋をして様子が変わってしまった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 宗三郎の養子入りから間もなく、庭で倒れて亡くなった。

ご新造

重右衛門の妻である。耳が遠く、目と膝が悪かった。

・所属組織、地位や役職
 疋田家の女主人。
・物語内での具体的な行動や成果
 夫の死後に寝たきりとなり、ふゆやつるの介抱を受けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 衰弱が進み、ほのが嫁ぐ前に息を引き取った。

疋田宗三郎(野上宗三郎)

野上理安の三男である。美しい容姿と冷酷な精神を持つ。

・所属組織、地位や役職
 手習い所の跡取り。
・物語内での具体的な行動や成果
 異常な性癖からふゆやつるに暴行を繰り返した。ほのとの結婚後も女たちを蔵へ連れ込んだ。ガストホイスへ押し入り、つるに首を絞められて死亡する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 遺体はふゆたちによって切り刻まれ、りんぼの庭の底へ埋められた。

ほの

宇田川町の老舗の紙問屋の娘である。幼少期に負った重い火傷の痕に苦しんでいる。

・所属組織、地位や役職
 疋田宗三郎の妻。
・物語内での具体的な行動や成果
 宗三郎の子を産むことに執着し、ふゆの子を下ろさせずに産ませようとした。宗三郎に産めば殺すと脅され、こつるとともに失踪する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 失踪後は神隠しにあったと噂されている。

つる

大柄で力持ちの女中である。明るい性格でよく食べる。

・所属組織、地位や役職
 手習い所の女中。ガストホイスの看病人頭。
・物語内での具体的な行動や成果
 宗三郎から長きにわたって暴行を受けていた。ガストホイスに押し入ってきた宗三郎の首を絞めて殺害した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ふゆとともにガストホイスを設立し、中心的な役割を担っている。

こつる

ほのの子飼いの下女である。無口で大柄な少女である。

・所属組織、地位や役職
 ほのの付き人。
・物語内での具体的な行動や成果
 ほのを熱烈に慕い、男との接触を嫌った。ほのとともに失踪し、行方不明となる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ほのの秘密を守るため、彼女と行動をともにし続けている。

ばあやの娘

隠居したばあやの娘である。ほのと気心の知れた仲である。

・所属組織、地位や役職
 ほのの通い奉公。
・物語内での具体的な行動や成果
 ほのの話し相手となり、湯浴みの際には見張り役を務めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

伊之助

宗三郎が選んだ三人の番頭の一人である。老舗の次男か三男である。

・所属組織、地位や役職
 手習い所の番頭。
・物語内での具体的な行動や成果
 宗三郎に重用され、手習い所の仕事を担った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 宗三郎がふゆを無視する態度を真似して、彼女を孤立させた。

庄之助

宗三郎が選んだ三人の番頭の一人である。老舗の次男か三男である。

・所属組織、地位や役職
 手習い所の番頭。
・物語内での具体的な行動や成果
 宗三郎に従い、手習い所の運営を担った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 伊之助と同様にふゆを軽んじる態度をとった。

松之助

宗三郎が選んだ三人の番頭の一人である。老舗の次男か三男である。

・所属組織、地位や役職
 手習い所の番頭。
・物語内での具体的な行動や成果
 宗三郎に取り入り、手習い所での地位を確立した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 他の二人とともにふゆを迫害した。

手習い子たち

疋田家の手習い所に通う子どもたちである。

・所属組織、地位や役職
 手習い所の弟子。
・物語内での具体的な行動や成果
 ふゆから十露盤を教わっていたが、のちに三助たちの真似をしてふゆを無視するようになった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 宗三郎の失踪後は四散していった。

吉川町の多田屋

多田屋三九郎

多田屋の主人である。亡き妻との約束を守り、娘を大切に育ててきた。

・所属組織、地位や役職
 煙管問屋・多田屋の主人。
・物語内での具体的な行動や成果
 ちかの懐妊を隠蔽するため、ふゆに助けを求めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ちかの出産と死に向き合い、ふゆの計らいを受け入れる立場となる。

ちか

多田屋のひとり娘である。我儘で強情だが、家を継ぐ使命感を持つ。

・所属組織、地位や役職
 多田屋の娘。
・物語内での具体的な行動や成果
 自らの妊娠能力を確かめるため男と関係を持ち、身籠った。ふゆの助けで双子を出産したのち、死亡する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 彼女の残した双子が、多田屋とガストホイスで別々の運命を歩むことになった。

ちかの母親

三九郎の妻である。ちかの出産直後に亡くなっている。

・所属組織、地位や役職
 多田屋の元女主人。
・物語内での具体的な行動や成果
 ちかに多田屋を継がせるよう三九郎に遺言を残した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 故人であるが、その意志が三九郎とちかを縛っている。

おはる

ちかの乳母である。三九郎の愛人として振る舞い、ちかから嫌悪されている。

・所属組織、地位や役職
 ちかのお付きの女。
・物語内での具体的な行動や成果
 ちかの縁談に浮かれ、彼女に説教を繰り返した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ちかの療養中はガストホイスに荷物を届けるのみであった。

多田屋の番頭

多田屋で働く実直な番頭である。

・所属組織、地位や役職
 多田屋の番頭。
・物語内での具体的な行動や成果
 ちかの懐妊についてふゆを頼り、おはるとともにガストホイスを訪れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

愛宕下の野上家

野上理安

仁徳のある医者として評判の男性である。宗三郎の実父である。

・所属組織、地位や役職
 愛宕下の医師。
・物語内での具体的な行動や成果
 ほのの火傷を治療した。宗三郎の異常性を見抜き、彼を薄気味悪い蛇と評した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 宗三郎から軽蔑され、父子関係は冷え切っていた。

理安の妻

野上理安の妻である。宗三郎を溺愛していた。

・所属組織、地位や役職
 野上理安の妻。
・物語内での具体的な行動や成果
 宗三郎を甘やかし、周囲の冷たい視線に気づかず褒めそやした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 宗三郎からは嫌悪され、背を向けられていた。

宗三郎の長兄

野上理安の長男である。長崎で修行した感じのよい人物である。

・所属組織、地位や役職
 野上家の跡取り。
・物語内での具体的な行動や成果
 宗三郎の才能に引け目を感じ、彼から遠ざかっていった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 宗三郎からは劣った存在と見なされていた。

宗三郎の次兄

野上理安の次男である。薬種問屋の婿に迎えられた。

・所属組織、地位や役職
 薬種問屋の婿。
・物語内での具体的な行動や成果
 長兄と同様に宗三郎を恐れ、距離を置いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

八軒町の船宿

船宿の主人

八軒町の船宿の主人である。気弱で執着心が強い。

・所属組織、地位や役職
 船宿の主人。
・物語内での具体的な行動や成果
 奉公に来たりよに暴行を加えた。その後はりよに執着し、金を与えて囲おうとした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 りよからは都合よく操られる存在となっていた。

船宿のお内儀

船宿の主人の妻である。商売に長けている。

・所属組織、地位や役職
 船宿の女主人。
・物語内での具体的な行動や成果
 主人に小遣いを与えて遊ばせ、商売の邪魔にならないようにしていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 子どもを失った経験から、主人との関係を拒絶していた。

両国橋の見世物小屋

秀次(ヒデさん)

両国橋の見世物小屋の木戸番である。温かく包み込むような人柄を持つ。

・所属組織、地位や役職
 見世物小屋の木戸番。
・物語内での具体的な行動や成果
 ちゅう太やりよを拾い、無条件の愛情を注いで育てた。ちゅう太をおこまに託したのち、彼らとは会わずに生涯を終えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 二年前に亡くなったが、ちゅう太とりよの心に深い影響を残し続けた。

見世物小屋のひとら

両国橋西詰の小屋で働く人々である。

・所属組織、地位や役職
 見世物小屋の関係者。
・物語内での具体的な行動や成果
 ちゅう太の口上を面白がり、彼に小遣いを与えていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

根岸の屋敷

おこま

根岸に暮らす女医者(産医)である。白髪と白い睫毛を持つ現人神のような存在である。

・所属組織、地位や役職
 女医者(産医)。
・物語内での具体的な行動や成果
 ちゅう太を重用し、書物の暗誦をさせた。ふゆの才能を見抜き、自分のすべてを譲る後継者として育て上げた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 六十歳で亡くなり、その遺産と意志はふゆに引き継がれた。

宇田川町の紙問屋

佐助

宇田川町の老舗の紙問屋である。

・所属組織、地位や役職
 紙問屋の主人。
・物語内での具体的な行動や成果
 宗三郎が店を訪れるようになり、ほのとの縁談が進んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

ばあや

ほのの付きの者である。

・所属組織、地位や役職
 紙問屋の元奉公人。
・物語内での具体的な行動や成果
 ほのが疋田家へ嫁いだのちも、彼女のもとを訪れて話し相手を務めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

実家の奉公人たち

宇田川町の紙問屋で働く奉公人である。

・所属組織、地位や役職
 紙問屋の奉公人。
・物語内での具体的な行動や成果
 ほのの指示で手習い所の井戸浚いなどを手伝った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

その他の登場人物・集団

ふゆの父

おはつの夫である。酒好きな左官であった。

・所属組織、地位や役職
 左官。
・物語内での具体的な行動や成果
 ふゆが幼い頃に早死にした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 故人である。

茅町のおじさん

ふゆの伯父である。

・所属組織、地位や役職
 大工。
・物語内での具体的な行動や成果
 ふゆを手習い所に通わせるようおはつを説得し、費用を負担した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

茅町の伯母

おじさんの妻である。子沢山で世話焼きな性格である。

・所属組織、地位や役職
 大工の妻。
・物語内での具体的な行動や成果
 看取りの経験がないふゆに、病人の世話の仕方を教えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

三笠町の長屋の大家

三笠町の長屋の管理人である。

・所属組織、地位や役職
 長屋の大家。
・物語内での具体的な行動や成果
 妻を亡くしたのち、おはつと深い仲になった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 やがておはつに飽きて関係を終わらせた。

大家のお内儀

大家の妻である。

・所属組織、地位や役職
 大家の妻。
・物語内での具体的な行動や成果
 重右衛門と同じ頃に亡くなった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 故人である。

常磐津師匠

かめの主人である。

・所属組織、地位や役職
 常磐津の師匠。
・物語内での具体的な行動や成果
 かめをガストホイスへ送り出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

おこまの師匠

武州の医者である。

・所属組織、地位や役職
 医者。
・物語内での具体的な行動や成果
 江戸に出たおこまが働けないよう妨害工作を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

師匠の息子

おこまの師匠の息子である。

・所属組織、地位や役職
 医者の息子。
・物語内での具体的な行動や成果
 拗け者であり、おこまとの縁談が持ち上がったがおこまはこれを嫌って出奔した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

今川町の若隠居

今川町に住む男である。

・所属組織、地位や役職
 若隠居。
・物語内での具体的な行動や成果
 りよに小間物屋を持たせようと誘った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

伊勢屋清次郎

大伝馬町の太物問屋の息子である。

・所属組織、地位や役職
 太物問屋の息子。
・物語内での具体的な行動や成果
 ちかの幼なじみであり、彼女との縁談が進んでいた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

清次郎の竹馬の友

清次郎の友人である。

・所属組織、地位や役職
 清次郎の友人。
・物語内での具体的な行動や成果
 ちかと男の逢瀬を手引きし、見張り役を務めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

薬種問屋の番頭

おこまの知り合いの番頭である。

・所属組織、地位や役職
 薬種問屋の番頭。
・物語内での具体的な行動や成果
 かめにウニコールの伝承について教えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

薬を売った老婆

賤しい老婆である。

・所属組織、地位や役職
 不明。
・物語内での具体的な行動や成果
 若き日のおこまに子下ろしの薬を売った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

展開まとめ

第一章 ウニコール 

三笠町のふゆ

ふゆは本所三笠町の裏長屋で、母のおはつと妹のりよと暮らしていた。六歳で重い疱瘡を患い、命を取り留めたものの、顔や全身に酷い痘痕が残った。おはつは、かつて美しく利発だったふゆの将来に期待していたため、その変貌を受け入れられず、痘痕を理由に控えめに生きるよう繰り返し言い聞かせた。ふゆは周囲を刺激しないよう、眩しげに目を細めて微笑む態度を身につけた。

手習いへの道

茅町のおじさんは、利発なふゆに読み書きと十露盤を学ばせれば、奉公先で役立つと考え、机や束脩まで用意した。十歳になったふゆは、表町の手習い師匠・疋田重右衛門のもとへ通い始めた。重右衛門はふゆの呑み込みの早さを見抜き、掛かりを免除したうえ、稽古場の裏方や妻の世話を任せるようになった。ふゆは書物や手習いに触れながら能力を伸ばし、やがて給金を受け取るほど信頼された。

船宿へ出されたりよ

一方、九歳のりよは八軒町の船宿へ奉公に出された。りよには、突然激しく昂って喋り続ける逆上せの癖があり、おはつと茅町のおじさんは、学問より下働きが向いていると考えたのである。ふゆとりよは、おいもどんとお湯気どんという渾名をつけられながら、別々の道へ進んだ。

泣いて帰ったりよ

十四歳のふゆが手習い所へ通っていた頃、船宿の主人に乱暴されたりよが、薄着のまま泣きながら実家へ逃げ帰った。だが、おはつは奉公先の主人に目をかけられるのは出世の機会だと語り、りよを慰めるどころか、相手に従って暮らしをよくするよう言い聞かせた。りよは怒りに震え、そのまま家を飛び出した。

ほどけた母娘の絆

ふゆは走り去るりよを見ながら、幼い頃、母娘三人で寄り添っていた日々を思い出した。しかし、ずっと子どものままでいたいという願いは、おいもどんとお湯気どんのままで母に弄られ続けたいということでもあると気づいた。りよが傷つけられたことを哀れみながら、これでもう以前のりよではなくなったのだと考える自分の冷たさにも、ふゆは怯えた。

黒珠の予見

重右衛門は、ふゆの心を掻い掘れば、尋常と呼ばれるものを搾って作った黒珠が現れ、その内側には尋常ならざる大きな何かが眠っていると妻に語っていた。ふゆは、自分が痘痕や賢さのために周囲から尋常ではないと教え込まれ、猿のように大人しく振る舞うよう仕込まれてきたのだと理解した。同時に、自分の負い目は痘痕だけではなく、黒珠の内側にいる存在へつながっていると感じた。

養子となった宗三郎

ふゆが十八歳になる頃、重右衛門夫婦は後継者として医師の三男・宗三郎を養子に迎えた。宗三郎は美しく柔らかな物腰を持ち、子どもたちを静かに従わせる力も備えていた。ふゆは宗三郎の紅い唇が一瞬うねる癖に不気味さを感じたが、それを重右衛門へ告げると、重右衛門は不機嫌になった。後に態度を戻した重右衛門は、宗三郎の妻を探し、後継者として早く身を固めさせることに熱中した。

宗三郎への落下

りよは、重右衛門が宗三郎への思いに落ちたため、別人のように愚かになったと見抜いた。さらに、ふゆ自身も宗三郎へ落ちていると指摘した。ふゆは、身体の奥に響くずんと、胸の奥で鳴るくうんを手掛かりに、自分が宗三郎の姿と声を求めていると認めた。成就の望みがない恋は、痘痕のため結婚を諦めていたふゆにとって、誰にも知られず味わえる密かな慰めとなった。

宗三郎とほのの縁談

宗三郎の縁談相手は、紙問屋の娘であるほのだった。宗三郎とほのは以前から互いに思いを寄せていたため、ふゆは望みを完全に断ち、頭の中に理想の宗三郎である宗さまを作り上げた。重右衛門もまた宗三郎への執着を深め、ふゆと二人で彼の美点を語り合った。ふゆは、師弟という関係を越え、宗三郎へ落ちた者同士として重右衛門と親しさを感じた。

重右衛門の死

重右衛門は秋の終わりに倒れ、そのまま亡くなった。宗三郎は変わらぬ落ち着きで葬儀を取り仕切り、ふゆはその姿を重右衛門に見せたかったと思った。宗三郎は疋田家の当主となり、ふゆに十露盤や手習いの代教を任せた。ふゆは能力を認められたことを喜んだが、宗三郎が用意した手本に疱瘡を扱う文字が含まれていたため、偶然だと自分に言い聞かせながら微笑んだ。

病床のご新造

重右衛門の死後、ご新造は急速に衰え、寝たきりとなった。女中のつるは、食べることが元気につながると信じ、粥作りに力を注いだ。ふゆは手習い所の番頭役を離れ、つるとともに介抱へ専念した。おはつは大家との関係に浮かれ、家を空けがちだったため、ふゆは伯母から看取りの知恵を教わった。

観念と堪忍の竹林

ふゆは、おはつへの恨みや痘痕への引け目をそのまま育てれば、胸の内が荒れた竹藪になると考えた。そこで諦めと赦しを筍のように育て、観念と堪忍の竹林へ変えることで、自分を暗闇から守ろうとした。心が揺れると、黒珠の内側から仔馬のような存在が現れ、ふゆは善しだと励ました。

ほのの籤引き

見舞いに訪れたほのは、自分とふゆを、同じ師匠に学んだ友子という物語に置き換えた。できのよいふゆは番頭に、できの悪いほのは宗三郎の花嫁になっただけで、それは籤引きの結果だと語った。さらに、人は生まれる前から自分の境遇を選び、起こることはすべて自ら引いた籤によるものだと主張した。

見抜かれた片思い

ほのは、ふゆが宗三郎へ寄せる思いを最初から知っていたと明かした。宗三郎は一人しかおらず、花嫁という当たり籤を引いたのは自分だと告げ、ふゆの手の痘痕を撫でた。ふゆは、生まれ育ちや能力、番頭役、痘痕まで、自分が引いた負け籤として扱われたように感じ、激しい辱めと妬みを覚えた。しかし、ほのの機嫌を損ねないよう、いつもの曖昧な微笑を保った。

ほのの火傷

ほのは、幼い頃の事故で腕から胸、腹、下腹部にかけて酷い火傷を負ったことを明かした。ふゆは、死の淵に立った記憶が途切れていること、治りかけに強い痒みに苦しんだこと、成長するにつれて傷痕が引け目となったことに、自分との共通点を見いだした。表から見える痘痕と、隠せば知られない火傷の違いはあっても、暗い思いを抱えてきた点では同じだった。

宗三郎に選ばれたほの

ほのを治療したのは宗三郎の父であり、その縁で二人は幼い頃から顔を合わせていた。ほのは、いつの間にか心の中へ宗三郎が棲みつき、喜びも悲しみもすべて彼へつながるようになったと語った。宗三郎はほのの火傷を知ったうえで彼女を望み、すべて承知しているから心配はいらないと抱き寄せた。ほのは、宗三郎から愛された喜びをふゆと分かち合おうとしたが、それは二人の違いを突きつける新たな辱めとなった。

世間並みの人間

宗三郎はほのに、身分や境遇にかかわらず人は等しくただの人間であり、傷痕を含めたほのは唯一無二の存在だと語っていた。一方で、宗三郎と結ばれているときだけ、ほのは世間並みの人間になれるとも告げた。ふゆは当初その言葉を羨み、自分に向けられたものへ置き換えて慰めとしていたが、次第に、宗三郎に受け入れられなければまともな人間ではないという意味が潜んでいることに気づいた。

りよの飼い鳥

りよは船宿の主人に囲われることを拒みながら、客や別の男とも自由に関わっていた。ふゆが不貞を咎めると、りよは主人もその関係を含めて楽しんでおり、自分は籠から出してもらえる飼い鳥として振る舞っているのだと説明した。しかし、ほかの女より自分のほうがましだと考えたことさえ許せず、誰も許さないと宣言した。

ふゆの小さな籠

りよは、ふゆが何もかも痘痕のせいにし、自分に合う小さな籠を自ら作り、その中で身を縮めていると指摘した。ふゆの本質はそんなものではなく、茅町のおじさんも、りよには目を向けず、ふゆだけを助けたと責めた。ふゆは反論しかけたが、痘痕を理由にする癖を突かれ、言葉を失った。

ウニコールの名

つるとかめが加わった井戸端で、つるは一本角の鬼に連れ去られ、虐められる夢のような話をした。かめは、それは鬼ではなく、角に不老不死の力があるとされるウニコールだと説明した。黒珠の仔馬はその名を喜び、自らをウニコールと名乗った。ふゆは、つるの話に宗三郎の影を感じ、不安を募らせた。

蔵へ向かったふゆ

りよは、宗三郎の言葉には相手を外側へ置き、自分だけが世間並みにしてやれると支配する仕掛けがあると見抜き、ふゆに宗三郎から離れるよう訴えた。黒珠のウニコールも行くなと必死に止めたが、ふゆは宗三郎の真意を確かめようと蔵へ向かった。そこには宗三郎が待っており、穏やかな声でふゆを招き入れた。

宗三郎の本性

宗三郎は、ふゆが自分を慕っていることを知っていたと明かした。さらに、ほのからふゆの恋情を聞かされて以来、ふゆへの興味を強めていた。宗三郎は、整った女ではなく、見た目や内面が並外れた女に惹かれると語り、痘痕と賢さを併せ持つふゆを珍しい存在として扱った。

七夕の夜の暴力

宗三郎はふゆの意思を顧みず、力ずくで押さえつけた。ふゆを一生外側にいる者と決めつけ、自分と結ばれているときだけ普通の人間になれると囁いた。ふゆは痛みと混乱のなかで、ほのが語った幸福や、命をつなぐウニコールの角を思い浮かべた。夜が明け、七夕の笹竹が空へ突き立つように、ふゆもまた何かに高く掲げられているのだと感じた。

第二章 りんぼ 

疋田家での居場所

二十歳になったふゆは、三笠町から疋田家の手習い所へ通い続けていた。しかし、宗三郎が選んだ三人の番頭に仕事を奪われ、ご新造の死後は家事でも必要とされなくなった。ほのが女主人として奥向きを取り仕切り、ふゆは疋田家で次第に居場所を失っていった。

ほのとこつる

ほのは嫁入りに際して湯殿を新築し、火傷の痕を隠すため、ばあやの娘と子飼いの下女だけを近づけていた。子飼いの下女は大柄でつるに似ていたため、こつると呼ばれていた。こつるはほのに強い思慕を抱き、誰よりも忠実に仕えていた。ふゆはほのの火傷を知っていたが、二人だけの秘密として口を閉ざしていた。

ふゆとつるへの暴力

宗三郎はほのの嫁入り後も、ふゆを蔵や湯殿へ連れ込み、意思を無視して弄び続けた。つるやこつるにも同じような行為を繰り返していた。ふゆとつるは抵抗しても無駄だと諦め、互いが被害を受けていると知りながら、見ていないように振る舞った。二人は、宗三郎がいずれ飽きることだけを頼りに耐えていた。

けんぐわいっ子の手習い所

ふゆとつるは、いつか疋田家を離れ、ふゆが手習い師匠になる夢を語り合った。つるやかめ、りよ、望むならこつるも連れていき、皆で暮らすのである。ふゆはそれを、けんぐわいっ子たちが自分たちの国を開く姿として思い描いた。黒珠の中のウニ坊も、その夢を励ました。

ほのが見抜いた懐妊

月のものが遅れていたふゆは、ほのから懐妊しているのではないかと問い詰められた。ほのは怒るどころか、ふゆと宗三郎を分け合い、妻と妾として疋田家の子を育てればよいと語った。自分が子を産めない場合、ふゆの子を正室の子として跡取りにできると考えていたのである。

ほのの使命

ほのは、生き物は子孫を増やすために存在し、懐妊と出産は神の思し召しに適うと信じていた。そのため宗三郎が下女たちに手を出すことも受け入れ、ふゆ、つる、こつる、自分の全員が身籠ればよいと語った。ふゆの懐妊を祝福し、自分とふゆだけが宗三郎と過去世から結ばれた神秘の双子なのだと喜んだ。

宗三郎の孤独

ほのとの話を終えた直後、ふゆは宗三郎に蔵へ連れ込まれた。宗三郎は、父の野上理安が善良な医者を演じて世間の信頼を得た人物であり、自分はその父をも上回る天才だと語った。幼い頃、父から美しい蛇のようで薄気味悪いと評されたことを知り、自ら家族に背を向けたのだと明かした。

宗三郎のむらむら

宗三郎は、傷や病、痘痕、火傷など、世間から外れた姿を持つ者に欲情する性質を隠して生きてきたと告白した。ほのの火傷は幼い頃から最も強い刺激であり、彼女との縁談によって、自分の欲望が世間から認められたと感じていた。ふゆやつる、こつるに手を出したのも、その異質さを欲したためだった。

拒絶された子

宗三郎は、自分の血を継ぐ子を残すことだけは耐えられないと告げた。ふゆの腹にいる子を産めば殺すと脅し、ほの、ふゆ、つる、こつるの誰にも自分の子を産ませるつもりはないと言い放った。宗三郎が求めていたのは自身の欲望を満たすことだけであり、ふゆを妻や母として見る気はなかった。

おはつとちゅう太

三笠町へ帰ったふゆは、おはつが若い棒手振りのちゅう太と所帯を持ち、懐妊していると知らされた。おはつは、二十歳になっても縁のないふゆを痘痕のためだと傷つけながら、自分の再縁と懐妊を喜んでいた。ふゆは、自分とおはつが同じ時期に身籠りながら、片方の子だけが祝福されていることに複雑な思いを抱いた。

百万人にひとりのちゅう太

ちゅう太は幼い頃に両国で迷子となり、見世物小屋の木戸番であるヒデさんに育てられていた。一度聞いた言葉や見た文章をそのまま記憶し、自在に再現できる百万人にひとりの能力を持っていた。女医者のおこまはその力を見抜き、ヒデさんからちゅう太を引き取った。ちゅう太は、おこまのもとで自分の能力が本物であると知った。

選べない身の振り方

ほのは産むことを求め、宗三郎は子を下ろすよう脅し、おはつは再縁と懐妊を喜んでいた。ふゆは、自分が本当に身籠っているのかさえ確信できないまま、三者から別々の道を迫られた。産みたい思いと産みたくない思いのどちらも自分の中にあるように感じ、どちらに従っても疋田家には残れないと考え始めた。

根岸への命令

ほのの留守中、宗三郎はふゆに根岸の女医者の話をした。その女医者は優れた産科術を身につけ、出産だけでなく安全な子下ろしでも名を上げた人物だった。宗三郎はすでに話をつけ、駕籠も用意していた。ふゆに五両を渡し、根岸で腹の子を下ろした後は疋田家を去り、どこでも好きな場所で暮らせと命じた。

五両と新しい暮らし

駕籠を前にしたふゆは、子を下ろして五両を元手に手習い所を開けばよいと考え、一時は解放される喜びを感じた。しかし、宗三郎の金や駕籠がなければ逃げられなかったのかと自問した。おはつが夫を失った後に一人でりよを産み育てたことを思い出し、自分も子を産み、働きながら育てられるのではないかと考えた。

五両のお守り

ふゆは、宗三郎から受け取った五両をけんぐわいっ子たちで分けようとした。こつる、つる、かめに一両ずつ渡し、皆のお守りだと告げた。りよにも渡すつもりだったが、ウニ坊から根岸へ行き、自分の角を手に入れるよう促され、黒漆の駕籠へ乗り込んだ。

駕籠の中の異変

駕籠が走り出すと、ふゆは激しい腹痛に襲われ、生温かいものが流れ出すのを感じた。つるとかめが追いかけて呼んだが、その声は届かなかった。りよのもとへ寄るよう頼むこともできず、五両を全員に分けられなかったことを悔やんだ。ウニ坊は、あと少しだから耐えるよう励まし続けた。

根岸の屋敷

ふゆは根岸の大きな屋敷へ着いたが、勝手口を探している途中で大量に出血し、意識を失った。目を覚ますと、上等な座敷の布団に寝かされ、手当てを受けていた。水や薬を与えられ、身体を拭かれた記憶とともに、眠りの中で若い男が書物を読む声を何度も聞いたことを思い出した。

ちゅう太との再会

その声の主はちゅう太だった。ちゅう太は、おこまに求められた箇所を記憶から読み上げていた。おこまは高齢となった自分を助けるため、必要なときだけちゅう太を呼び戻していたのである。ちゅう太は女性に触れても欲情を感じさせない珍しい性質を持ち、産科の手伝いにも適していた。

おこまとの対面

おこまは白い髪と睫毛、淡い色の目を持つ老女だった。ふゆは強さ、優しさ、華やかさ、孤独を同時に感じさせるおこまに強く惹かれた。ちゅう太とも冗談を交わし、すでに家族のような親しみを感じ始めた。

宗三郎の騙り

おこまは、宗三郎がふゆを魔力で男を惑わせる外道の女として語り、自分は被害者だと訴えたことを明かした。さらに、ほのがふゆの子を嫌っているため、腹の子を下ろしてほしいと頼んだという。しかし、おこまは宗三郎の話のほとんどが出鱈目であり、自分を騙そうとしたものだと見抜いていた。

おこまの選択

おこまは、宗三郎の話を信じたからではなく、ふゆ本人に興味を持ったため依頼を受けた。ふゆの小さく柔らかく、指の長い手を診て、よい手だと認めた。そして、自分がなぜ宗三郎の頼みを聞き、ふゆを診ようと思ったのかを、改めて語り始めた。

第三章 ガストホイス 

おこまの死と継承

おこまは予告していた六十歳で、前日まで元気だったにもかかわらず、朝に起き上がれないまま息を引き取った。遺言により住まいや財産、医術に関わるすべてがふゆへ譲られ、ちゅう太が手続きを担った。ふゆは遺体を見つめながら、女は産まされてはならず、同時に産めないことがあってもならないという、おこまの教えと十年間の修業を思い返した。

抜けとしての医術

ふゆは、妊婦それぞれの事情や身体に向き合い、産ませるか産ませないか、その後の暮らしまで含めて手を貸すことを医術の根本と考えた。腕や知識を尽くしても命の行方を決めるのは神であり、医者は抜けをするだけだと受け止めていた。

一方のおこまは、救えた命も救えなかった命も自分の腕によるものと考え、得意と後悔の間を激しく揺れた。ふゆは、掲げた題目に従って力を貸し、結果は神に任せればよいのにと、敬愛する師を内心で批判していた。

痘痕への思い込み

ふゆは、おこまとの違いを自分の痘痕や地味な性質によるものだと思っていた。しかし、痘痕があるから望みが叶わず、宗三郎に傷つけられ、子を失ったのだという考えが、すべてを痘痕のせいにして目を閉じるための思い込みだったと気づいた。

ふゆは、奉公や結婚を本当に望んでいたわけではなく、宗三郎の行為は宗三郎自身の欲望によるものであり、懐妊や流産も自分の責任ではなかったと悟った。自分が自分であることを詫びる必要などなく、長く抱えていた申し訳なさはまやかしだったのである。

ガストホイスの構想

ふゆは修業中、ちゅう太が読み上げた異国の病院ガストホイスの話を聞き、身分を問わず病人を受け入れる場所を思い描いた。腐敗した養生所の話から、掲げる目的を見失えば人は暗い方へ流れると考え、自分なら揺るがない題目を中心に据えた場所を作ろうと夢を育てた。

おこまの死後、ふゆは譲られた財産で横網町の三筆を買い、診察室、静養室、看病人の部屋、台所、風呂、蔵、長屋を備えたガストホイスを築いた。そこは妊婦を診るだけでなく、行き場のない者や子どもを受け入れ、それぞれが新たな暮らしを始めるための場所となった。

りんぼの庭

ガストホイスの裏には、白い砂利を敷いたりんぼの庭が作られた。産ませられなかった子や産まれなかった子は白い布に包まれ、お櫃に納められて埋められた。ふゆは、その子らが次にこの世へ呼ばれる時を待っていると信じていた。

お櫃には腹いっぱい食べられるようにという願いが込められ、つるもそれを最上の幸せだと考えた。ふゆにとってりんぼは、救えなかった命への後悔を抱えながらも、自分の仕事を続けるための支えとなった。

とみと子どもたち

十三歳で身籠り、自分で始末しようとして失敗したとみは、ふゆのもとで出産し、子を里子に出した。その後、乳持ち奉公を経てガストホイスへ戻り、看病人となった。

やがて長屋へ子連れの女が増え、子どもを残して去る者も現れたため、とみは子どもたちの世話を担った。とみは読み書きを覚え、預かった子らにも教えたいと願った。こうしてガストホイスは、ふゆを頼る者たちが助け合う、けんぐわいっ子の国へ育っていった。

つるとかめの修業

ふゆが根岸で産医の修業を始めると知ったおはつは、娘が現人神と称されるおこまの後継者に選ばれたことを大いに喜んだ。ちゅう太も再びおこまのもとで働き、ふゆの修業を支えた。

つるとかめは、ふゆが独立するまで待っていては役に立てないとして、自分たちも修業させてほしいと願った。おこまはそれぞれの主人と話をつけ、二人を根岸へ連れてきた。以後、つるとかめはふゆと同じ年月を看病人として学び、ガストホイスの中心を担うようになった。

疋田家に残ったこつる

ふゆはこつるにも声をかけたが、かめは、こつるがほのを女として一心に愛しているため、疋田家を離れられないと見抜いていた。こつる自身も、ほのに一生仕えるので話を聞く必要はないと拒んだ。

ふゆもこつるが来ないことは予想していたが、声をかけた事実や、渡した一両のお守りが、いつか少しでもこつるを支えることを願った。

消えたりよ

ふゆは、渡せなかった一両をりよへ届けるようちゅう太に頼んだ。しかし、りよは奉公先の船宿から姿を消しており、行方は分からなかった。船宿の主人もおはつも、りよは行きたい場所へどこまでも行く女だと語った。

ふゆは、りよが突然姿を消すことはありそうだと思いながらも、最後に会った時期さえはっきり思い出せないことに不安を覚えた。その一両は長くふゆの手元に残された。

四軒の表店

ガストホイスの表には、生薬屋、小間物屋、損料屋、口入れ屋の四軒が置かれた。生薬屋はちゅう太とおはつが営み、医薬の知識と気さかな会話で繁盛した。損料屋と口入れ屋は、ふゆが診た元妊婦やその縁者に任され、それぞれの持ち味を活かして運営された。

ふゆは必要な店を揃えるだけでなく、妊婦や子どもを連れ戻そうと押し入る者に備え、守りとなる人物も置こうと考えていた。

文吉の明るさ

ちゅう太とおはつの子である文吉は十六歳となり、ガストホイスの番頭を志していた。理解が早く、度胸もあり、顔を見せるだけで場が明るくなる少年だった。ふゆは文吉を高く評価し、すでに番頭同然の仕事を任せていた。

文吉は容姿もよく女たちに好かれたが、本人は早く一人前になることしか考えていなかった。ガストホイスには心身ともに追い詰められた女も多く、ふゆは文吉が厄介事に巻き込まれないか気を揉んだ。

文吉と勘助

文吉の親友である勘助は、小間物屋の跡取りだった。二人は幼い頃から行き来し、姿も性格も異なりながら双子のように育った。

勘助は白く大きな身体と力を持ちながら、それを誇るどころか持て余していた。穏やかで無口な性格は、元取的だった父親に似ていた。

元取的の小間物屋

勘助の父親は、身体をぶつけ合う相撲や荒々しい男の付き合いになじめず、部屋を逃げ出した過去を持っていた。大きく美しい身体や力強さを本人は重荷とし、神田川へ身を投げようとしたところを茅町の娘に救われ、夫婦となった。

ふゆは、彼の大きな身体がガストホイスの用心棒にもなると考え、小間物屋を任せた。元取的は商売に向いており、女性客から人気を集めた。店の名物として、角を持つ白い仔馬を縫ったウニ坊の巾着や守り袋も作った。

それぞれの善し

ウニ坊の巾着を見たふゆは、胸の黒珠に棲み、自分の真白も真黒もすべて善しとしてくれたウニ坊について元取的へ語ったことを思い出した。しかし、修業を始めた頃からウニ坊の声は途絶えていた。

ふゆは元取的に、おまえにもおまえだけの善しがあり、それがいつか自分だけの角となり、永遠の力になると伝えた。ガストホイスでは、そこに集まった者がそれぞれの善しを活かして役目を果たしていた。

十二年ぶりのりよ

行方が分からなくなってから十二年後、りよは正月のガストホイスへ戻ってきた。つると再会したりよは、二人で床に転がり、子どものように笑い合った。ふゆは、年月を重ねたりよの顔に強さと優しさ、無垢な輝きを感じた。

ふゆとりよは、それぞれ別の道を歩みながら、生まれ直させてもらったのだと語り合った。おはつも生きて戻ったりよを泣いて迎え、りよは異父弟の文吉とも少しずつ打ち解けた。

ヒデさんの死

りよはちゅう太へ、ヒデさんが二年前に亡くなったと伝えた。ちゅう太は、おこまに引き取られてからヒデさんと会わなかったが、それはヒデさんが自分をおこまへ完全に託したためだと理解していた。

ヒデさんは死ぬ直前まで元気で、両国の夫婦駱駝の興行を楽しみにしていた。ちゅう太は、ヒデさんが亡くなったのはおこまの死後すぐだったのだろうと感じた。

ヒデさんとおこま

りよは、ヒデさんがおこまの幼い頃から武州の屋敷に仕え、縁談や江戸への旅立ちの際にもそばにいたと語った。その後も年に何度か会っていたらしく、ヒデさんがおこまに深い情愛と尊敬を捧げていたことが明らかになった。

りよは、ヒデさんから話を聞くうち、ちゅう太に会いたいと思うようになり、自分の意思でガストホイスを訪れたのである。

りよの百万人

りよもまた、両国をさまよっていたところをヒデさんに拾われていた。りよには、舌に任せて嘘を語ると相手を信じ込ませ、金を得られる騙りの能力があった。その最中、りよは強烈な高揚と快楽を感じた。

ヒデさんは、ちゅう太とりよの能力を百万人にひとりのものと呼びながら、優れたものであっても悪いものであっても、生まれつきの腫れ物のように本人を苦しめるものだと考えていた。りよは、自分の騙りがどのように自分を横道や暗がりへ導いたのかを、後にあの夜、ふゆたちへすべて語ることとなった。

揃いのお守り

ふゆは、十二年前に渡せなかった一両を浅葱色の守り袋へ入れ、りよの首にかけた。ふゆ、つる、かめも同じ守り袋を持っていた。

守り袋は、つるが疋田家で大切にしていた青海波模様の風呂敷へ鋏を入れ、不器用ながら心を込めて縫ったものだった。四人は揃いのお守りを見せ合い、つるの働きを褒めながら笑った。ふゆは、りよが語りたくない過去を無理に聞こうとはせず、戻ってきたりよが調和の取れた姿になっていることだけで満足していた。

第四章 くわいぶつ 

多田屋からの依頼

雛の節句の頃、夫婦を装った男女がガストホイスを訪れた。診察を受けられた五月、二人は吉川町の煙管問屋・多田屋の番頭と、ひとり娘ちかの乳母だったと明かした。十四歳のちかが身籠もっており、ふゆに助けを求めていたのである。

ふゆはりよを伴って多田屋へ向かった。主人の三九郎は、ちかの母を出産で亡くして以来、再婚せずに娘を育て、多田屋を継がせることを人生の望みとしていた。ちかには大店の次男との縁談も進んでいたが、相手の分からない子を身籠もったことで、その将来は崩れようとしていた。

ほのに似たちか

ちかは産み月が近く、ひどく浮腫み、双子を宿していると思われた。顔立ちは、十四歳の頃のほのに生き写しだった。からだは弱り切っていたが、ちかは父や乳母を敵と呼び、激しく反抗していた。

三九郎は、胎の子を多田屋と関わりのないものとして処理し、ちかを従来どおり跡取り娘として戻してほしいと望んだ。しかし、ちか自身は子を消すのではなく、密かに産ませ、世間の目から隠して浮世へ放してほしいと願った。

ふゆは、ちかと胎の子に力と心を尽くすと約束した。つるがちかを抱き上げ、りよとともにガストホイスへ移した。ふゆは三九郎へ、ちかと双子の全員を救うつもりだと告げたが、どちらかしか選べない場合についても問い、娘の状態が危険であることを理解させた。

ちかの静養

ガストホイスへ移ったちかは、薬と安心によって大きな変化なく六日間を過ごした。つるとりよは、ほのに似たちかを放っておけず、頻繁にそばへ通った。かめの負担が増えたため、ふゆは文吉と勘助にも仕事を手伝わせた。

ふゆは、ちかを生かすためには双子を諦めるしかないと見立てていた。ちかのからだを落ち着かせた後、早めに出産させ、母体を救う方針を固めていたのである。

清次郎との縁談

ある夕暮れ、ちかは突然、幼なじみの清次郎について語り始めた。清次郎は母方の遠縁にあたる伊勢屋の次男で、幼い頃から二人きりになりたがり、ちかも自分は彼を好きなのだと思っていた。

清次郎との縁談を知ったちかは喜んだ一方、胸の奥に強い苛立ちを覚えた。ちかにとって清次郎との結婚は、多田屋の血を繋ぎ、母が命懸けで残した家を守るための当然の道だった。

懐妊の実験

ちかは、自分が身籠もり、子を産める身体なのかを以前から深く案じていた。多田屋の血を繋げなければ、父や亡き母、店に申し訳が立たないと考え、自分の身体を試そうとしたのである。

ちかは、自分を熱のこもった目で見ていた若者を納戸へ誘った。ところが、その相手と触れ合った瞬間、清次郎には感じなかった激しい思いを抱き、この人だけを求めているのだと悟った。その後は相手の幼なじみに仲立ちと見張りを頼み、人目を避けて逢瀬を重ねた。

名を隠された恋人

ちかは相手を正直で優しい人だと語り、泣きそうな声で自分を呼び、どうしてよいか分からないほど恋い慕ってくれたと話した。しかし、その名は明かさなかった。

ちかには、清次郎と夫婦になって多田屋を継ぐ自分も残っていた。懐妊に気づくと恋人との関係を断ち、届いた文を焼き、店の近くまで来た相手にも気づかないふりをした。子のことを知らせれば、一緒になろうと誘われ、自分も多田屋を捨ててついていってしまうと分かっていたからである。

産みたい願い

ちかは多田屋を捨てられない一方、自分と恋人の子には生きて育ってほしいと願った。ふゆなら密かに産ませ、よい養い親を見つけてくれると信じ、産んでよいと認めてほしいと縋った。

ちかの声は次第にほのの声と重なった。家の血を繋ぐことへ執着しながら、自らの望む子を産みたいと願う姿が、ほのとあまりにも似ていたためである。ふゆは、ほのがちかに思いの丈を語らせていると感じた。

ふゆはちかの願いを受け入れ、双子を産ませる可能性を探った。診察の結果、あと七日から十日ほど胎内に留められれば、ちかと双子の全員を救える見込みがあると判断した。

宗三郎の侵入

ふゆは二年前の夜を思い返した。宗三郎は、逃げたほのを捜してガストホイスへ押し入り、女たちの部屋を荒らし回った。元取的に取り押さえられたりんぼの庭で、宗三郎はほのが懐妊し、こつるを連れて逃げたと語った。

ほのは疋田家の血を引く子を産むことを望んだが、宗三郎は自分の血を継ぐ者を残したくなかった。宗三郎はほのを傷つけ、産めば母子ともに殺すと脅し、子を下ろす段取りを整えていた。ほのはそれに従うふりをし、こつると逃亡したのである。

つるの怒り

宗三郎は、自分がふゆやほのに執着する理由を歪んだ形で語り、ふゆが自分を捨てたと責めた。さらに、つるを侮辱し、かつて自分を求めても相手にしなかったと嘲った。

長く怒りを抑えていたつるは、ついに宗三郎へ飛びかかった。つるは、これが本当の自分だと叫びながら首を締め上げ、宗三郎を絶命させた。宗三郎は最後に、ふゆたちを怪物と呼んだ。

りんぼの庭の鬼退治

ふゆ、りよ、つる、かめは言葉を交わさずとも考えを共有し、ひとつの生き物のように動いた。宗三郎の遺体を切り分け、お櫃に納め、りんぼの庭の赤ん坊たちより深い場所へ分けて埋めた。

四人は自分たちを、けんぐわいから現れて鬼を退治した怪物だと感じていた。激しい興奮と一体感に包まれながら、力を合わせて作業を終えた。

りよの騙り

穴を掘りながら、りよは十二年間の過去を語った。祭りの帰りに拾った汚れた土人形へ心臓の音を感じ、それに導かれるまま、九頭龍権現の御神体だと偽って人々から金品を得たのが騙りの始まりだった。

りよは、騙っている最中に途方もない高揚を覚え、各地で同じことを繰り返した。得た金で飲み食いし、身体を重ねても、騙りによる昂りには及ばなかった。その力はりよの持って生まれた味であり、本人を夢中にさせながら破滅へ向かわせるものだった。

ヒデさんの慈しみ

ヒデさんは、ぼろぼろになったりよを拾い、役に立たなくても、何もできなくても、りよそのものが大切なのだと思わせた。りよは男への感謝を身体で返す方法しか知らなかったが、ヒデさんはそれを求めず、命懸けで大切にしている相手がいると伝えた。

りよは、ヒデさんが大切にする自分を、自分でも大切にしようと思うようになった。やがて土人形をヒデさんとともに大川へ捨て、騙りも昂りも不要だと思った。しかし、宗三郎を葬った夜、その力は最高の形で戻ってきた。

ほのとこつるの行方

宗三郎、ほの、こつるが姿を消してから二年が過ぎ、世間では三人とも神隠しに遭ったと噂されていた。ふゆは、ほのが宗三郎に隠れて子を産むため、こつると逃げたのだと考えた。

ふゆは、ほのが自分を頼らなかったことを恨めしく思いながらも、こつるがほのと子を守っている可能性に望みを抱いた。二人が姉妹や夫婦のように、柔らかな関係を築いていることを願った。

双子の誕生

ちかは予定より早く、その夜に産気づいた。ふゆは双子を育つ大きさまで胎内に置きたかったが、ちかの力は急速に失われていった。一人だけでも、最後にはちかだけでも救おうと方針を変えたが、ちかは強くいきみ、最初の女児を産んだ。

二人目は逆子で臍の緒も絡んでいると見られたため、ふゆは金物を使おうとした。しかし、ちかは再び自らいきみ、二人目も頭から出てきた。こうして文政十二年五月七日、双子の女児は二人とも元気な産声を上げた。

ちかの未練

出産後、ちかは意識を失い、細い呼吸を続けた。ふゆは双子が乳を与えられ、育っており、必ずよい養い親を見つけると語りかけたが、ちかは目覚めなかった。

ふゆは、文吉と勘助がちかの危篤を知り、魂を呼び戻すため屋根の上で名を呼ばせてほしいと泣いて頼んだことを話した。二人はどちらも必死であり、一方が恋人でもう一方が付き添いという様子ではなかった。

ふゆは、ちかの恋人と仲立ちをした友が文吉と勘助であり、どちらがどちらなのかと問いかけた。しかし、ちかは答えなかった。

持って生まれた味

ふゆは、文吉も勘助も異なる持ち味を持つ善い者であり、ちかもまた、持って生まれた味によって際立つ存在となったのだと考えた。

そこからふゆは、宗三郎が自分たちをけんぐわいの怪物と呼んだことを思い出した。ふゆは、人が乳とともにさまざまないのちを取り込み、ひとりの人間になっていくと考えていたが、その中で持って生まれた味がどこから来るのか分からなくなった。

宗三郎から外側の人間だと刻みつけられた傷が蘇り、ふゆは、けんぐわいとは何か、自分の持って生まれた味とは何かと叫んだ。

ほのの声

そのとき、ふゆにはほのの声が聞こえた。ほのは、持って生まれたものやいのちについて難しく考える必要はなく、一生は籤引きの連続であり、自分に起こることは自ら選び取ったものだと語った。

ほのは、当たりか外れかは生きてみなければ分からないといい、自分は外れを引いたようだと告げた。ちかの弱い身体を通してではなく、ふゆの耳の奥へ直接話しかけてきたのである。

ウニ坊の帰還

続いて、長く声を聞けなかったウニ坊もふゆへ語りかけた。ウニ坊は、ほのはすでに夜そのものになったのだと説明した。

ふゆは、ウニ坊がいつでも自分を助けようとしていたことを知った。ただし、その声はふゆの心に迷いや揺らぎによる空間が生まれた時にしか届かなかった。修業やガストホイスの設立へ迷いなく突き進んでいた時も、宗三郎を葬った夜に怪物の一部となっていた時も、心に空間がなかったため聞こえなかったのである。

ふゆは、自分の内側で常に自分を贔屓し、善しとしてくれるウニ坊こそ、持って生まれた味でよいのではないかと考えた。

ちかの死

ほのは、疋田家の血を繋ぐという自分の使命と、ちかの多田屋への思いを重ねて語り、繰り返し、自分は外れを引いたようだと告げた。

その言葉からふゆに一つの考えが生まれた直後、ちかは大きく息を吸い、吐き出して息を引き取った。ふゆは瞼を閉じ、双子の片方を多田屋へ渡すことを決めた。

多田屋の跡取り

ふゆは、ちかの死と出産を三九郎へ告げ、双子の一人を多田屋の軒先へ置く筋書きを考えた。ちかは頓死したことにし、同じ日に捨てられた赤子を、三九郎が娘の生まれ変わりと信じて引き取るのである。

もう一人はガストホイスの木戸へ置き、ふゆの子、ガストホイスの子、皆の子として育てることにした。どちらを多田屋へ移すかは、つるとかめに任せるつもりだった。

双子の異なるいのち

ふゆは、本来なら同じいのちを与えられる双子を、異なる場所へ移すことで、最初に受け取るいのちの一群れを変えようとした。片方は老舗の子となり、もう片方はガストホイスの子となって、それぞれ異なる身の上と一生を得るのである。

ふゆは、人生のすべてを自ら選び取るというほのの考えには納得していなかった。自分の道は選んだというより選ばされたものだと考えていたからである。それでも、生まれた場所や身の上が人を形づくることは確かだと感じていた。

ふゆは、双子へ異なる最初のいのちを与えることを実験と捉えた。りよの騙りと、つるとかめの働きを用い、ちかの願いと多田屋の血を残すための計画を実行しようと立ち上がった。

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