小説「フルメタル・パニック! Family3」感想・ネタバレ

小説「フルメタル・パニック! Family3」感想・ネタバレ

物語の概要

本作はSFミリタリー・ライトノベルに分類される作品である。旧シリーズ『フルメタル・パニック!』の物語から約20年後、主人公の相良宗介が家庭を持ち、「普通の家族としての日常」を築こうとする一方で、依然として軍事的任務やスパイ的戦闘に巻き込まれてゆく展開が描かれている。第3巻では、宗介・妻の千鳥かなめ・高校生の娘・相良夏美・小学生の息子・相良安斗という“相良家”の日常に、かつての上司であるテレサ・テスタロッサが依頼を携えて再登場し、家族と任務が融合したドタバタと緊張のミッションが始まった。

主要キャラクター

  • 相良宗介:元エリート傭兵であり、現在は家族と平穏な生活を望む父親。だが、戦闘技能・駆動兵器操縦の腕前は健在である。
  • 相良(千鳥)かなめ:宗介の妻であり、かつての戦場を共有したパートナー。現在は家庭を支えつつ、夫の“普通ではない”日常を知る者でもある。
  • 相良夏美:宗介とかなめの娘。高校生ながら父親ゆずりの戦闘素質と鋭い観察力を持つ。家族の中で“普通”ではない環境に育っている。
  • 相良安斗:宗介とかなめの息子。小学生ながら高いIT能力・ハッカー的才能を有し、家族の戦いに巻き込まれる才児である。
  • テレサ・テスタロッサ:宗介のかつての上官であり、本巻にて相良家の日常に“任務”を持ち込む刺客・協力者として登場する。宗介・かなめ・子どもたちを巻き込む鍵人物である。

物語の特徴

本作の魅力は、「戦場の傭兵」という過去を持つ主人公が、“家族”というテーマのもとで日常と非日常を行き来する点にある。戦闘・兵器・スパイ活動というミリタリー要素と、妻・子ども・家庭という家族ドラマ要素が融合しており、旧シリーズとはまた異なる“戦う父親・夫としての宗介”の姿が描かれている。
さらに本巻では、かつての上官テレサの登場という“過去の因縁”が提示され、家族としての絆と任務としてのチームワークが交錯する展開が読者の興味を引く。加えて、子どもたちの成長や家庭内のドラマも意識されており、単純な軍事アクションに留まらない物語構成が差別化要素となっている。

書籍情報

フルメタル・パニック! Family
著者:賀東 招二 氏
イラスト:四季童子  氏
出版社:KADOKAWA
レーベル:ファンタジア文庫
発売日:2025年11月20日
ISBN:9784040758879

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あらすじ・内容

テレサ・テスタロッサが『Family』シリーズに登場!

宗介とテッサ、まさかの夫婦(役)に!?
衝撃づくしの「フルメタ」新シリーズ、待望の第三弾!!

「今日は皆さんに頼みたいことがあって来ました」
家族そろってドタバタな生活を続ける宗介たちの前に現れたのは……宗介の元上官にして、かなめの恋の好敵手でもあったテレサ・テスタロッサ。そんな彼女(テッサ)が持ち込んだ依頼とは――
「あら。ずいぶん他人行儀ですね。わたしたち夫婦ですよ?」
――テッサが“宗介の妻”を演じ、偽物の四人家族としてギャングたちのパーティに潜入すること!? ※かなめは蚊帳の外!
宗介とテッサ、約20年ぶりの急接近。さらに、偽装家族として二人に同行する夏美と安斗にもトラブルが襲い掛かり……?
エーゲ海のリゾート島を舞台に、仮初の相良家が暴れ回る!!

フルメタル・パニック! Family3

KADOKAWAanime

感想

テスタロッサが「Family」シリーズに本格参戦し、宗介とまさかの“夫婦役”を演じるところから始まる一冊である。エーゲ海のリゾート島を舞台にした潜入作戦と、その後の日常パートがゆるくも濃くつながっていき、戦い・家族・人間関係というシリーズの持ち味がぎゅっと詰まっていた。

物語はまず、真夏の日比谷の牛丼屋での再会から動き出す。宗介たちがいつものように庶民的な食事を楽しんでいるところへ、テッサが現れて「頼み事がある」と切り出す。食欲がないと言いながら水ばかり飲み、タブレットの操作を誤って牛皿だけでなく鮭や卵焼き、豚汁まで頼んでしまうポンコツぶりが相変わらずで、その場違いな淑女感とのギャップも含めて、序盤から笑わされる。食後、車内で明かされる依頼の内容が、「ギャングのボス・ダディッチのパーティーに“偽装家族”として潜入し、顧客リストを奪う」というものだと分かった瞬間、読んでいて一気にワクワクが高まった。

そこから舞台はエーゲ海の超高級リゾート島へ移る。百万円クラスのヴィラが並ぶ風景に、宗介が「作り物めいて見える」と違和感を覚えるくだりは、ゲリラ時代の記憶を持つ彼ならではの視点で印象的である。サヴィル・ロウ仕立てのスーツに身を包み、オードトワレをまとって身支度を整えていく宗介の姿には、「昔の宗介とは少し違う大人の男になったのだな」という感慨もあった。

パーティー会場に到着してからの流れも、時系列で追うと非常に滑らかだ。入口で安斗・夏美と合流し、テッサが宗介のネクタイを直しながら自然に腕を組み、夫婦らしく振る舞う。その一方で、海上の漁船からかなめが通信で口出しを続け、テッサと宗介の距離が近づくたびに「必要以上にいちゃつくな」と釘を刺す構図が楽しい。かなめが直接参加できない事情と、それでも「本妻」として遠隔から監視し続ける立ち位置が、シリーズらしい三角関係の妙をうまく活かしていると感じた。

社交パートでは、テッサの外交力とかなめの情報支援で、宗介がしぶしぶながらも「PMC経営者」としてそれなりに場をこなしていく流れがきちんと描かれている。リンゼイ夫妻との会話など、宗介は内心では「今すぐ首を折れる」とか物騒なことを考えているのに、表面上は真面目に話を合わせているギャップが面白い。そして、ダディッチ本人と初対面し、あくまで冗談交じりに挨拶を交わしつつも、頭の中では何通りもの制圧プランをシミュレートしているあたりに、「宗介はやっぱり宗介だ」と再確認させられた。

一方で、夏美と安斗の“子ども組”の動きも、時間の流れに沿って丁寧に描かれている。まず安斗が、高級フィンガーフードに飽きて「バーガーキングがいい」とぼやきつつ、バゲットだけを食べ続ける。そこに、同じようにバゲットをかじる少女――のちにダディッチの娘イリーナだと判明する――が現れ、「そっちも子供だろ」と返して怒らせる一連のやり取りは、最悪の初対面としてありありと頭に残った。続く夏美サイドでは、ドラゴが差し出すデザートを何度も丁寧に断り、ついにはつま先を踏んで押し返してしまう展開があり、兄妹そろってボスの息子・娘を怒らせてしまうあたりが非常にこの作品らしい。

ヴィラに戻ってからの「夫婦同室問題」も、実際の時系列に沿って振り返ると緊張と笑いが絶妙に交差している。ダディッチ側の車両が赤外線カメラで寝室の人数まで監視している可能性が浮上し、「別々の部屋で寝ると不自然になる」という現実的な事情が発生する。かなめは作戦中止を主張し、テッサは「一緒に寝るだけ」と応じ、チャットでの感情のぶつかり合いが続く。かなめの露骨な嫉妬と不安、それを「かわいい」と面白がるテッサ、そしてその間に挟まれ戸惑う宗介という構図が、三人の関係性をよく表していた。

さらに、安斗の独断行動として、マーク9ドローンによる偵察と電柱へのテルミット弾設置が入り、そこからの停電発生、書斎への全員集合、USBメモリによるデータ奪取と露見、そして一気に武力制圧へなだれ込む流れは、時系列で追うと非常にスムーズで読み応えがある。中でも、女装させられた安斗が登場し、女性陣が容赦なくスマホで撮影大会を始める場面は、表紙の宗介の女装と合わせて、思わず笑ってしまった。こうした「絵として強い」シーンを惜しみなく入れてくるところが、本作のサービス精神の旺盛さだと思う。

停電を利用したデータ奪取が成功した直後、隠しカメラの映像からテッサと夏美の動きが暴かれ、宗介がため息一つで一気に警備を制圧するくだりも、時系列上のクライマックスとして非常に気持ち良い。ダディッチ一家をも巻き込んだ脱出戦、ハマー・リムジンでの強行突破、ドローンとAS〈アズール・レイヴン〉を駆使した追撃戦の制圧まで、一連のアクションが連続して描かれており、「潜入もの」と「メカアクション」が見事に融合していた。

このギリシャ編の合間や終盤で印象的だったのは、テッサが自分の恋心を一度きちんと整理し、「相良夫妻は大切な友人だ」と言葉にしていく過程である。夏美とのジョギング中に語る、宗介へのかつての想いと、かなめへの敗北宣言をさらりと笑いながら話す姿は、大人になったテッサの一面として心に残った。

物語の後半では、舞台を日本に戻し、二話目の中心人物としてかつての用務員・大貫善治が登場する。まず、吉祥寺の焼き鳥屋での同級生との飲み会から、陣代高校の近況とともに「大貫さんは十年前に突然辞めた」という情報がもたらされる。ここまでは静かなノスタルジーなのだが、その直後、神保町の駐車場で高級車から降りてきた初老の紳士が、あの大貫さん本人であり、しかも人気作家「久遠アキト」だったと判明する流れが、非常にドラマチックで印象的だった。

夏美が久遠アキトの熱心なファンになっていることも相まって、サイン会のシーンは時系列的にも感情的にも大きな山場になっている。緊張で固まりそうになる夏美が、宗介から教わった「銃撃戦前の対処法」で呼吸を整えるくだりは、戦闘技術が日常の場面にも活かされているのが面白く、同時に父の教えが彼女の支えになっていることが伝わってきて、ほほえましかった。

そこから久遠邸訪問へと話が進み、大貫さんの「売れっ子作家」としての現在と、「創作の意味を見失いつつある」本音が語られる。そして、バハルニスタン情報部の急襲、原稿タブレットを破壊されたことでのブチ切れ、歯で弾丸を止めるという人間離れした覚醒ぶりが描かれるわけだが、この落差が強烈で、思わず唖然とさせられた。用務員時代の穏やかな姿を知っている読者であればあるほど、この変貌は衝撃的であり、だからこそ印象に残る。

また、この大貫エピソードの中で挟まれる、宗介の「過去のやらかし」エピソード――「一番高い服で来い」と言われて、ポンタくんの着ぐるみアーマーを着てきてしまう話――も、時系列的には高校時代の回想として自然に差し込まれている。確かに価格的には高いから間違ってはいないのだが、「それは服ではなく着ぐるみだろ!」とツッコミを入れずにはいられない発想で、宗介らしいズレたセンスがよく出ていて笑ってしまった。

結果的に、大貫さんは自作原稿を一度失いながらも、記憶を頼りに書き直し、以前よりも良い出来だと評されるまでに復活する。その背後には、七日間かけて身の回りの世話をし続ける夏美の献身もあり、彼女の「クリエイターへの憧れ」が時系列を追う中で徐々に高まり、少し危うい方向に振れていく様子も、読者としてはヒヤヒヤしながら見守ることになった。

このように時系列に沿って振り返ると、『Family3』は、ギリシャ編の潜入作戦から日本の日常パート、そして用務員だった大貫さんの覚醒エピソードまでが、ひとつながりの流れとして丁寧に積み上げられていることがよく分かる。冒頭の「テッサが宗介の妻を演じる」という衝撃的なシチュエーションから始まり、宗介の天然ボケぶり、テッサとかなめの複雑な感情、大貫さんの「歯で弾丸を止める」狂戦士ぶりに至るまで、どの場面もその前後の流れがしっかりしているからこそ、印象が強く残ったように感じる。

総じて、『フルメタル・パニック! Family3』は、エーゲ海のリゾート島で暴れ回る仮初の相良家と、日本に戻ってからの「平凡ではない日常」の積み重ねを通して、このシリーズらしい笑いとスリル、そして人間関係の厚みを堪能できる一冊だった。テッサの成長と整理された恋心、大貫さんの“覚醒”と創作への再起、そして相変わらずズレた宗介の言動。それらが時系列の流れに沿って積み上がることで、読後には「ちゃんと一巻の物語を読み終えた」という満足感が強く残った。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

相良宗介

家族とともに危険な任務に関わり続ける元戦闘要員である。
現在は定職を持たず、兵器リポートや戦術分析などの在宅仕事を請け負っている。
家族に対しては保護と自立支援の両方を意識し、かなめとの関係では配慮と遠慮が入り混じった態度を取っている。

・所属組織、地位や役職
 元ミスリル関係者であり、現在はフリーの軍事コンサルタント的な立場である。
 かなめの系列会社のオフィスビルを仮住まいとしている。

・物語内での具体的な行動や成果
 エーゲ海マコニシ島ではPMC経営者「ジョウスケ・サガワ」として潜入し、社交界で人脈を広げてダディッチへの接近に成功した。
 顧客データ奪取が露見した際には、警備隊長と護衛を瞬時に制圧し、ダディッチを人質として屋敷から脱出する戦術を選択した。
 防弾ハマーでの突破では運転と指揮を兼ね、追撃と銃撃の中で家族とダディッチ家を無傷で港まで運んだ。
 東京ではバハルニスタン関係車両の尾行を受けたが、バルダーヌと連携して追跡を振り切り、地下鉄移動で安全確認を徹底した。
 久遠アキトとの再会では、高校時代の縁を尊重しつつも、娘の危うい憧れに強い不安を抱く姿を見せた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 名目上は無職に近い立場であるが、家族と周囲の戦闘・防衛行動の中心として実質的な指揮役となっている。
 ダディッチ一家からは命の恩人として見られ、その後の保護方針にも関わる位置に立っている。
 夏美からは「無敵の父」として見られながらも、「弱さを抱えつつ踏ん張る人」としての側面も理解され始めている。

千鳥かなめ

高い情報処理能力と指揮能力を持つ相良家の実質的な司令塔である。
家族への愛情が強く、とくに子どもを危険から遠ざけることを最優先に考える。
テッサに対しては、友人としての信頼と、宗介をめぐる嫉妬や独占欲が複雑に入り交じっている。

・所属組織、地位や役職
 複数の企業を束ねる経営者的立場にあり、「タイドリー・カヌム」として実業界でも知られている。
 エンタメ企業のオフィスフロアを家族の仮住まいとして管理している。

・物語内での具体的な行動や成果
 マコニシ島作戦では沖合の漁船から映像・音声を一括監視し、相手のプロフィールや行動を即時にフィードバックして社交を支援した。
 ダディッチ邸の書斎侵入では、暗証番号の取得とネットワーク状況の把握を行い、停電時のUSB侵入のタイミングを指示した。
 作戦途中の情報から、ダディッチ家が組織内で粛清対象になる可能性を読み取り、家族同伴での脱出案を受け入れた。
 バハルニスタン関係者の動きについては、各国情報機関の典型的な行動として分析し、自陣の対応方針を指示した。
 久遠アキトとの再会では、用務員時代の生活を踏まえて会話を組み立て、二十年ぶりとは思えない距離感で交流を再開した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 軍事作戦と民間事業の両面で相良家を支える中枢として機能しており、国内外の組織から注目を集めている。
 宗介との関係では、テッサとの「夫婦ごっこ」に対し強い独占欲と不安を表明しつつも、自らの感情を言語化して共有する段階に達している。
 ダディッチ一家の長期保護を自ら申し出るなど、危険を引き受ける決断力も示している。

相良夏美

相良家の長女であり、戦闘と機械操作の両方に高い適性を持つ高校生である。
父を理想視しつつも、親の弱さや限界も理解し始める年頃にあり、家族の中で思想面の変化が最も大きい存在である。
作家やアーティストへの憧れを強く抱き、久遠アキトに対しては読者以上の献身を示している。

・所属組織、地位や役職
 学生であり、同時にAS〈アズール・レイヴン〉の実質的な操縦者である。
 家族の作戦では戦闘要員と偵察要員を兼ねる立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 マコニシ島では「マミ」として潜入し、ダディッチ邸の書斎に入り込んでPCへのUSB挿入を実行した。
 停電発生後にはダディッチ家と警備隊が集まる中で状況を取り繕い、その後の制圧戦では背後から護衛を絞め落とすなど近接戦闘もこなした。
 港では〈アズール・レイヴン〉に戦闘搭乗し、非殺傷兵装で港周辺の武装勢力を迅速に制圧した。
 アラスカではヘラジカとヒグマを相手に単独で行動し、「確信が持てないなら撃たない」という判断と、最終的な仕留めの結果を自ら受け止めた。
 久遠アキト邸では、原稿の価値を強く肯定し、再執筆期間中の家事全般を一手に引き受けた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 〈アズール・レイヴン〉の操縦においては、父よりも新世代機への適性が高いと評価されている。
 父を「無敵」と見る子どもの視点から、「弱さを抱えつつなんとかする人」と見る理解へと意識が変化している。
 久遠アキトへの感情は、家族から「恋に近い」と受け取られるほど強くなっており、今後の人間関係に影響を与えつつある。

相良安斗

相良家の長男であり、直接戦闘を好まないが、高度なドローン運用と状況分析に優れた少年である。
冷静な判断を好み、家族の中では一歩引いた視点から戦況を見ようとする傾向がある。
イリーナとの関係では、反発と連帯の両方が混ざった複雑な立場に置かれている。

・所属組織、地位や役職
 学生であり、相良家のドローン運用担当である。
 マーク9やマーク10といったドローン群の実戦運用者である。

・物語内での具体的な行動や成果
 マコニシ島ではマーク9を無断離陸させ、ダディッチ邸の偵察と電柱へのテルミット弾設置を行い、後の停電の前提条件を整えた。
 ダディッチ兄妹の盗撮用ドローンをサンダルで撃墜し、その録画から相手の監視意図を読み取った。
 屋敷脱出時にはマーク9で屋上・外周の敵位置をマーキングし、ハマーの進路選定と追撃牽制を支援した。
 女装させられた際には精神的なダメージを受けつつも、場の空気を崩さない形でやり過ごした。
 市ヶ谷のバーガーキングでは、マーク10で両親の襲撃状況を確認し、戦力評価から自分たちの避難不要と判断した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ドローン運用能力により、家族の作戦に欠かせない技術支援役となっている。
 テッサからは「完璧すぎて少し心配」と評されるほど落ち着いた行動を見せている。
 イリーナとの関係は、ゲームとやりとりを通じて続いており、国境を越えた個人的なつながりになりつつある。

テレサ・テスタロッサ

宗介とかなめにとって旧知の少女であり、現在は情報・作戦立案を担う側に立つ女性である。
仕事では合理的で冷静な判断を行う一方、かなめに対しては強い敬意と親愛を向けている。
宗介への感情は過去の恋慕を経て整理されており、今は夫婦への複雑な憧れとして残っている。

・所属組織、地位や役職
 国際的な軍事・情報組織に関わる立場にあり、多忙な任務を指揮する位置にいる。
 ダディッチ案件では作戦全体の依頼者兼コーディネーターである。

・物語内での具体的な行動や成果
 牛丼屋で宗介一家に作戦を持ちかけ、マコニシ島の通信事情とダディッチの顧客データ構造を説明した。
 マコニシ島パーティでは「マーサ=テッサ」として宗介の妻役を務め、社交界での会話と人脈形成を主導した。
 リンゼイ夫妻や他の参加者との会話では、かなめからの情報支援を受けつつ自然な社交を展開し、宗介のぎこちなさを補った。
 停電後の書斎ではUSBコピー完了を確認し、自らメモリを回収したうえで、その直後の露見にも即応した。
 脱出後はダディッチ一家の護送計画を整え、自らはヘリで離脱しつつ、部下を残して保護体制を継続させた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 作戦全体を評価し、一〇〇点中七〇点という自己評価を下すなど、結果を冷静に測る立場になっている。
 かなめとの関係では、嫉妬や泣き言を「かわいい」と受け止める側に回っており、感情の立ち位置が過去と変化している。
 宗介との「夫婦ごっこ」を終えた後も、三人との距離を適切に保とうとする姿勢が描かれている。

イゴール・ダディッチ

セルビア系実業家を名乗るが、実態は麻薬や武器密売、資金洗浄などを行う犯罪組織のボスである。
家族への情を持ちながらも、組織運営では冷酷な判断を行う人物である。
豪奢な生活に慣れているが、その生活が家族にとって負担になっていることには鈍い面がある。

・所属組織、地位や役職
 麻薬・武器密売・資金洗浄を収益源とするギャング組織の長である。
 表向きはセルビア系の「実業家」として振る舞っている。

・物語内での具体的な行動や成果
 マコニシ島の高級リゾートで休暇を取りつつ、パーティを主催して各国の富裕層と交流していた。
 パーティでは宗介と軽い冗談を交わし、PMCへの警戒と興味を同時に示した。
 停電と顧客データ奪取の露見後には、組織内の報復を恐れて家族同伴での避難を懇願した。
 屋敷脱出時には、自身が盾となることで部下の発砲を抑える場面もあった。
 港への逃走中には、部下の裏切りぶりに言及しつつも、防弾ハマーの性能だけは率直に認めていた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 顧客データを押さえられたことで、組織内での立場は大きく揺らぎ、命と引き換えに情報提供者となる道を選んでいる。
 その後は相良家とテッサに保護され、日本の住宅街に家族で移り住む生活へと移行している。
 田中一郎の隣人となり、「困った時はイチローを頼れ」という形で新たな縁を持つ存在となっている。

ヴァレリア・ダディッチ

ダディッチの妻であり、家族の生活に不満と疲労を抱える女性である。
過去の庶民的な時間を大切な思い出としており、現在の豪華な生活を必ずしも望んでいない。
子どもたちに対しては、危険な環境から遠ざけたいという思いを持っている。

・所属組織、地位や役職
 ダディッチ家の妻として、組織ボスの家庭を支える立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 マコニシ島では夫との口論で「昔の海水浴場の方が良かった」と語り、今の生活への違和感を露わにした。
 高速ボートや車の配置など、屋敷の設備情報を宗介たちに伝え、脱出戦術の決定に協力した。
 停電後の混乱では、子どもたちを守りつつ、ハマー・リムジンに同乗して脱出に応じた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 夫が情報提供者となった結果、自身も犯罪組織の標的となり、家族そろって相良家の保護対象となっている。
 夫婦関係は不満と依存が混ざった状態にあり、逃走中の車内でもその歪みが会話として表面化している。
 日本での新生活では、以前よりも静かな生活への転換が期待されている立場である。

ドラゴ・ダディッチ

ダディッチ家の長男であり、父の影響を強く受けた少年である。
プライドが高く、自分の立場や権勢を誇示しようとする傾向がある。
夏美に対しては、最初の衝突から対抗心と興味を抱く関係になっている。

・所属組織、地位や役職
 ダディッチ家の息子であり、将来的な後継候補と見なされている。

・物語内での具体的な行動や成果
 パーティ会場で夏美にデザートを差し出し、自分の立場を示す発言をしたが、繰り返し断られて気分を害した。
 ダディッチ邸では夏美を娯楽室に案内し、ビリヤードやダーツで勝負を挑んだが、技量差で完敗した。
 四階書斎に夏美を通した際、目の前で暗証番号を入力したことで、結果的に侵入作戦に協力する形になった。
 夏美から二度投げ飛ばされて失神し、その後も不用意な接触で再度失神するなど、身体能力の差を見せつけられた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 組織内での形式的な地位は高いが、実務や戦闘面では未熟さが目立っている。
 USB侵入と停電騒ぎを通じて、家族と共に組織から切り離され、相良家に保護される立場となった。
 夏美に対する感情は敗北感と興味が混ざった状態であり、今後の関係に含みを残している。

イリーナ・ダディッチ

ダディッチ家の長女であり、甘やかされた環境で育った少女である。
安斗に対しては、最初の口論から強い反発と関心を抱くようになった。
自分のプライドを守るため、相手の弱みを握ろうとする行動を取ることがある。

・所属組織、地位や役職
 ダディッチ家の娘であり、父の権勢のもとで生活している。

・物語内での具体的な行動や成果
 パーティ会場で安斗に話しかけたが、ぶっきらぼうな対応をされ、怒ってその場を去った。
 兄とともにドローンを使って相良家のヴィラを盗撮し、「弱み」を探そうとしていた。
 自分の部屋のバルコニーに着陸したマーク9を発見し、それを材料に安斗の立場を握ろうとした。
 安斗をクローゼットに連れ込み、服を脱ぐよう命じることで主導権を取ろうとした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 父の失脚と共に自身も保護対象となり、相良家の庇護のもとで生活することになっている。
 その後も暗号化チャットや画像送信を通じて安斗との連絡を続けており、国境を越えた個人的関係を維持している。
 甘やかされてきた生活からの転換が今後の課題となる立場である。

田中一郎

古書店でアルバイトをする高校生であり、一見すると平凡な生活を送っている青年である。
しかし、相良家やダディッチ家との縁を通じて、日常の外側にある世界へ徐々に引き込まれている。
状況への理解と受け止め方には、ある程度の順応力が見られる。

・所属組織、地位や役職
 高校生であり、古書店のアルバイト店員である。

・物語内での具体的な行動や成果
 夏休み終盤に帰宅した際、隣家の取り壊しと新築住宅への引っ越しを目撃した。
 新しく越してきたダディッチ一家から挨拶を受け、翻訳アプリ越しの会話で彼らの正体を察した。
 「困った時はイチローを頼れ」と言われる状況を、自分なりに理解して返答した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 表向きは平凡な学生だが、危険な過去を持つ一家の隣人という立場になっている。
 相手の冗談めいた脅しを受け流せる程度には、特殊な状況への耐性を身につけつつある。
 本人の自覚とは裏腹に、「平凡ではない日常」の入り口に立っている存在である。

バルダーヌ

相良家の護衛として活動する戦闘要員である。
任務外では派手な服装を楽しむ一面があり、夏美からのお下がりの服を着る場面もある。
地形や都市構造への理解が深く、運転技術と相まって追跡回避で高い能力を発揮している。

・所属組織、地位や役職
 相良家の護衛チームの一員であり、運転と警護を担当する。

・物語内での具体的な行動や成果
 吉祥寺からの帰路では黒いSUVを運転し、首都高上での尾行にいち早く気づいた。
 外苑で高速を降りた後、四谷周辺の地形や暗渠、小公園を利用したルート取りで追跡車を撒いた。
 ドローンによる追尾にも対処し、車載妨害装置で敵ドローンを制圧した。
 久遠邸周辺に所属不明の分隊が展開した際には、即座に宗介へ連絡して警戒を促した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 相良家の都市部での移動と安全確保において、不可欠なドライバー兼護衛として位置づけられている。
 護衛としての職務を果たしながらも、私生活では家族からの私服を楽しむ柔らかい側面も持つ。
 今後も市街戦・追跡回避の場面で重要な役割を担うと見込まれる。

大貫善治/久遠アキト

陣代高校の元用務員であり、現在は人気恋愛小説家「久遠アキト」として活動する人物である。
表向きは温厚で控えめな中年男性だが、内面には創作への強い執念と、理性から外れた戦闘性を抱えている。
宗介とかなめにとっては、高校時代からの恩人に近い存在である。

・所属組織、地位や役職
 かつては陣代高校の用務員であり、現在はベストセラーを持つ小説家である。
 市ヶ谷・砂土原に自宅兼仕事場を構えている。

・物語内での具体的な行動や成果
 用務員時代から新人賞に応募し続け、退職後に作家として成功して邸宅を構えるまでになった。
 久遠アキト名義でサイン会を行い、夏美にとって「一生の宝物」となるツーショット写真を残した。
 バハルニスタン情報部隊の急襲では、当初は恐怖で縮こまっていたが、原稿を破壊されたことで狂戦士として覚醒した。
 九ミリ弾を前歯で受け止める異常な耐久と膂力で敵兵を次々と戦闘不能にし、宗介が制止しなければ多数が死亡していた状態を作り出した。
 翌朝には狂戦士化の記憶を失っていたが、原稿喪失だけを知ると、七日間かけてより良い形で書き直しに成功した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 用務員から人気作家への転身により、生活と社会的地位は大きく変化している。
 創作への虚無感に悩んでいたが、原稿喪失と再執筆を通じて停滞を突破し、創作意欲を取り戻している。
 夏美からは作品と人格の両面で強く慕われる存在となり、相良家にとっても新たな重要人物として位置づけられている。

ヤスール・ザクメット

バハルニスタン軍情報部の大尉であり、相良家とかなめを狙う工作員である。
職務に忠実だが、相手の実力差を正しく測れない一面がある。
任務遂行のためには一般住宅への急襲もいとわない姿勢を見せている。

・所属組織、地位や役職
 バハルニスタン軍情報部の大尉であり、実動部隊の指揮官である。

・物語内での具体的な行動や成果
 サイン会のSNS投稿から宗介と夏美の写真をAI監視で拾い、居場所を特定した。
 工事業者を装った分隊を率いて久遠邸を急襲し、大貫を人質に取って宗介たちの武装解除を迫った。
 庭の盆栽を蹴り倒し、執筆中の原稿データを保管したタブレットを破壊したことで、大貫の逆鱗に触れた。
 狂戦士化した大貫により部隊が壊滅し、自身も銃弾を撃ち尽くした後に泣き叫ぶほど追い詰められた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 今回の作戦は失敗に終わり、自身と部隊の無力さを露呈する結果になっている。
 宗介の介入がなければ即死していた可能性が高く、敵でありながら命を救われた立場となっている。
 バハルニスタン側の動きが、今後も相良家を取り巻く脅威として続くことを示す役割を担っている。

小野寺孝太郎

宗介の高校時代の同級生であり、現在は都立高校の教師をしている男性である。
仕事と飲み会文化に疲れを感じつつも、教師としての責任を果たそうとしている。
宗介や風間との再会で、学生時代からの縁を改めて意識する立場となっている。

・所属組織、地位や役職
 都立高校の教員であり、学年主任を務めている。

・物語内での具体的な行動や成果
 吉祥寺の焼き鳥屋で宗介と風間と再会し、陣代高校の現状や教育現場の変化を語った。
 大貫善治が十年ほど前に突然退職し、ひっそりと学校を去ったことを宗介に伝えた。
 坪井元校長が八王子市議として三期目を務めていることなど、母校の人事の近況を共有した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 教師として学年主任を任される立場になっており、学校運営の一部を担っている。
 短期ローテーション制などの制度により、学校への愛着を持つ教員が減っている現状に直面している。
 宗介にとっては、過去と現在をつなぐ情報源となる貴重な存在である。

風間信二

宗介の高校時代の同級生であり、会社員とVTuber活動を両立している男性である。
インターネット文化に精通し、副業としての配信活動を続けている。
同年代の中では、新しい働き方を実践する側に立っている。

・所属組織、地位や役職
 会社員であり、個人VTuberとしても活動している。

・物語内での具体的な行動や成果
 吉祥寺の飲み会で宗介と孝太郎に近況を語り、VTuberとして登録者一万一千人目前であることを報告した。
 仕事と配信活動の両立状況を共有し、新しい働き方の一例として二人に印象を与えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 VTuberとして一定の登録者を持ち、発信力を持つ立場になっている。
 宗介との再会を通じて、学生時代からの人間関係を維持し続けている。
 今後、ネット上での影響力が増す可能性を持つ人物である。

展開まとめ

第七話 ギリシャ エーゲ海 ドデカネス諸島の超高級ヴィラ

超高級リゾートと宗介の違和感

宗介はエーゲ海を望む超高級ヴィラに滞在していた。寝室やバスルームがいくつもある別荘が一泊百万円級で並ぶ光景を前にしつつ、手入れが行き届き過ぎた景色を作り物めいていると感じていた。ゲリラ時代に見たアフガニスタンやビルマでの自然の光景と比べ、このリゾートに白々しさを覚えていた。

パーティへの支度と変化した自分

安斗から会場到着の連絡を受けた宗介はバスルームで身支度を整えた。サヴィル・ロウ仕立ての高級スーツにオードトワレをまとい、鏡の前で糸屑を取りながら、大人の男としての所作を身に付けた自分の変化を自覚した。一方で、自家用ジェットや高級リゾートを当然のように受け入れつつあることに、自身の「庶民」意識との乖離と欺瞞を感じていた。

シーザーホール到着と家族との合流

無人電動カートでシーザーホールへ向かった宗介は、重武装の警備が配置された荘厳な会場に到着した。入口近くでは、ネイビージャケット姿の安斗と、水色のイブニングドレスを着た夏美、そして妻役を務めるテッサが待っていた。宗介は夏美の大人びた装いを褒め、テッサからも素敵だと評されるが、彼女には敬語が抜けず、どこか他人行儀な距離が残っていた。

テッサとの偽装夫婦とかなめの監視

テッサは宗介のネクタイを直し、自然に腕を取りながら夫婦らしく振る舞った。その様子を夏美と安斗が撮影し、母であるかなめに見せると言い出す。宗介が慌てる中、左耳のイヤホン越しに、沖合の漁船からかなめの声が届き、芝居としての夫婦役は認めつつも、必要以上にいちゃつくなと釘を刺した。かなめは護衛チームとともに質素な服装で待機しつつ、夏美のドレスや安斗の飲食内容にまで細かく指示を出し、テッサに子どもたちの写真を撮るよう頼んでいた。

牛丼屋での依頼の回想

宗介は、四人が会場に入っていく流れの中で、事の発端を思い出していた。真夏の日比谷の牛丼屋でテッサが現れ、皆に頼み事があると切り出した際、かなめはろくでもない用件だと即座に拒否した。家族が牛丼を食べ始める中、テッサは食欲がないと言いながら水ばかり飲み、最低限の牛皿と漬物だけを頼もうとしてタブレット操作を誤り、鮭や卵焼き、豚汁まで追加してしまった。場違いな淑女らしい外見と、どこか抜けた失敗ぶりを見せる彼女に、宗介は苦笑しながらフォローしていた。

牛丼屋から移動し、テッサの本題へ

食事を終えた一行はテッサの依頼を聞くために車へ移動した。テッサが誤注文した料理は、ほとんど夏美が平らげてしまった。皇居を回る広い車内で、テッサは家族に飲み物を勧めつつ、ついに本題を切り出した。

ギャングのボス「ダディッチ」の情報

テッサが示したのは、セルビア系実業家を装うギャングのボス、イゴール・ダディッチの情報であった。麻薬、武器密売、資金洗浄などを主な収益源とする犯罪組織の長であり、裏社会では名の知れた人物である。かなめは顔を見た瞬間に不機嫌になり、過去の社交の場で会ったことがあると指摘した。

狙いは顧客データの奪取

テッサの目的は、ダディッチが持ち歩くオフラインPCに保存された顧客リストの奪取であった。島の通信事情が不安定で高速回線が使えない状況に陥れば、デバイスの遠隔認証手順が省略され、その一瞬が侵入の好機となると説明した。

マコニシ島の特殊事情と侵入難度

ダディッチが休暇を過ごすマコニシ島はセレブ用リゾートだが、政治的事情や領有問題のため光ファイバーが未整備で、通信が脆弱な環境にあった。テッサは島の地形と施設の写真を見せ、この島でのみ侵入のチャンスがあると語った。

家族の構成が“武器”になるという理屈

ダディッチは家族と部下を大切にする気質があり、家族連れの客には警戒を緩める習性があった。さらに、彼の家族構成と宗介一家のそれが偶然にも似通っている点をテッサは指摘した。強力な戦闘能力と電子戦技術、ドローン運用に長けた家族など、他に存在しない、と断言した。

かなめの強い拒否と家族の説得

かなめは、自分たちが常に命を狙われている現状を踏まえ、子供を危険に晒す作戦など論外だと強硬に拒んだ。しかし宗介、夏美、安斗の三人は悪党を放置するわけにもいかないと一応の理解を示し、かなめだけが激しく難色を示した。

かなめが“使えない”理由

問題の本質は、かなめの顔がダディッチに割れている点だった。過去に社交の場で接触があり、彼女が現れた時点で計画は破綻する可能性が高かった。つまり、かなめ本人が同行すること自体が不可能だった。

代案として浮上した“母親役の差し替え”

安斗と夏美が、かなめの代わりにテッサが「母親役」を務めれば良いのではないかと提案した。その瞬間、テッサは深く思案し始め、かなめは即座に全力で拒否した。宗介だけが状況を把握できず、ぽかんとしたまま残される形となった。

PMC経営者ジョウスケ・サガワとしての偽装

宗介はアメリカ人PMC経営者「ジョウスケ・サガワ」としてパーティに参加していた。子供は前妻との間のマミとアスト、後妻は大学で音響学を教えるマーサ=テッサという設定であり、前妻死亡設定はかなめの病気を連想させるため離婚に修正されていた。会場は劇場を改装した大ホールで、家族はそれぞれアクセサリー型カメラを装着し、沖合の漁船にいるかなめが映像と音声を監視していた。

リンゼイ夫妻との社交と宗介のぎこちなさ

テッサはかなめの無線による情報支援を受けつつ、食品大手リンゼイグループのオーナー夫妻に接触した。ガーデニングやテニスの話題で老婦人の興味を引き、さらに宗介を「軍出身のPMC経営者」と紹介することで会話を広げた。宗介はPMCへの偏見を持つ元海軍パイロットの夫に対し、悪質業者の実態を例に出して誠実さを示し、短時間で「ジョー」「スタン」と呼び合う仲になった。テッサとかなめのフォローにより、宗介は苦手な社交をどうにかこなしていった。

ネットワーク拡大と主催者ダディッチとの初対面

リンゼイ夫妻の紹介を通じて、宗介とテッサは造船大手、中国人実業家、言語学者など国際的な参加者たちと次々に縁を結んでいった。かなめが通信で相手のプロフィールを要点だけ伝えることで会話は弾み、宗介は庶民感覚からすれば理不尽なほど簡単に巨大なビジネスチャンスが転がり込む社交界の現実を実感した。その最中、主催者であるギャングのボス、イゴール・ダディッチが現れ、宗介は軽い冗談を交えつつ応対したが、内心では今すぐ首を折る戦闘プランばかり思い描いていた。その危険な衝動はテッサとかなめに見抜かれ、無線でたしなめられた後、宗介は細君ヴァレリアを含む簡単な挨拶を済ませてダディッチと別れた。

「夫婦」演技とかなめ・テッサの複雑な感情

ダディッチの部下が遠目から観察している状況を受け、テッサは宗介に密着して熱い抱擁を演じ、角度によっては接吻しているように見える距離まで顔を寄せた。宗介は指示どおり演技に徹したが、その様子はカメラ越しにかなめにも伝わり、「本当にキスしたら泣く」と嫉妬混じりに釘を刺される。テッサはかなめの反応を「かわいい」と評し、いじめて楽しむような口ぶりを見せ、かなめは半泣きで罵倒しつつも応酬した。宗介は二人の感情の交錯と高度な関係性に戸惑い、ただ芝居を続けるしかなかった。

高級料理に馴染めない安斗とダディッチの娘との遭遇

一方、会場の片隅では安斗が高級フィンガーフードに辟易し、トマトソースをつけたバゲットだけをつまみながら「バーガーキングのワッパーが食べたい」と嘆いていた。夏美は鹿肉料理を気に入って豪快に食べていたが、安斗には野生肉は「硬くてまずい」としか感じられなかった。そのとき、赤いドレスを着た同年代の少女が隣に現れ、同じようにバゲットを食べながら話しかけてきた。安斗はぶっきらぼうに「そっちも子供だろ」「あっち行け」と返し、少女を激怒させたが、その姿から彼女がダディッチの娘イリーナであると気づく。しかし謝罪を求められても「知るか、バカ」と言い放って立ち去り、重要人物との初対面を最悪の形で終えてしまったのである。

夏美とドラゴの衝突

夏美は安斗の口に合うデザートを探して会場を歩き回ったが、高級志向の菓子ばかりで成果を得られなかった。自分とクララ・マオの社長令嬢としての立場を思い出しつつ、チョコレートにもアルコールが強く効いていることにうんざりしていたところ、ダディッチの息子ドラゴがプディングやケーキを差し出してきた。しかし夏美は味が好みでないこともあり、繰り返し「結構です」と退けた。プライドを傷つけられたドラゴが 名乗りと影響力をほのめかすように引き止めると、夏美はそれを脅しと受け取り、「他を当たって」と言い放ち、つま先を踏んで胸を軽く押してバランスを崩させ、その場を離脱した。その後、イリーナと口論していた安斗と合流し、互いに「やらかした」と認め合った。

帰路の違和感とドローンを巡る父子のやりとり

四人は自動カートでヴィラへ戻ったが、夏美も安斗も浮かない表情で、好物のカップ麺にも乗ってこなかった。宗介は人混みと慣れない環境に疲れたのだと推測しつつ、テッサと夜風の中で会話した。安斗は警備確認のためドローン「マーク9」の使用を提案したが、宗介はギャングの縄張りでは通信妨害や各種センサーによる対ドローン防御が常態化していること、マーク9のECSが電力を大量消費して飛行時間が短いことを理由に却下した。

赤外線監視と「夫婦同室」問題

ヴィラでトランプとカップ麺の時間を過ごした後、かなめから「問題発生」の報が入った。ダディッチ側のバンがヴィラ近くに停車し、清掃車両を偽装した車体から赤外線カメラらしきセンサーが突き出ているというのである。これにより寝室の人数配置まで監視される可能性が浮上し、「夫婦」が別々の部屋で寝ていれば不自然さを招く状況になった。宗介とテッサが同じ寝室・同じベッドを使わざるを得ないという結論に達し、三人だけのチャットで協議が始まった。

かなめの嫉妬とテッサの「上級者」的感情

かなめは「作戦中止」と即断し、テッサは「一緒に寝るだけ」と反論した。かなめは「ソースケはあたしのなの」とストレートな独占欲と不安を連投し、宗介はその文字越しの涙ぐんだ様子を想像して強く胸を締め付けられた。一方テッサは、かなめの嫉妬と泣き言を「かわいい」と受け取り、泣き顔写真を要求するなど、からかいと憧憬が入り混じった反応を見せた。宗介は、テッサの根底には自分への好意だけでなく、かなめへの深い敬愛や憧れが渦巻いているのではないかと推測し、その高次元な感情の在り方に困惑した。三人のチャットは「作戦中止」を巡って平行線のまま続き、夜の帳の下で小さな文字の応酬だけが延々と続いていったのである。

安斗の独断偵察と停電トラップ

安斗は、宗介とテッサが主寝室でチャットを続け、夏美が自室で本を読んでいる隙に、マーク9ドローンをこっそり飛ばすことにした。荒事を好まない安斗は、銃撃戦に発展する前に偵察と準備を終えておきたいと考え、スーツケースからマーク9を離陸させ、ECSを切り替えながらダディッチ邸へ接近した。屋上の衛星アンテナや警備配置を確認したうえで、二本の電柱の電線に遠隔テルミット弾を設置し、いざとなれば屋敷の電力を遮断して高速回線を止められる状態を整えたのである。

ダディッチ一家の実情と双方向のドローン監視

偵察中、安斗は主寝室でのダディッチ夫妻の口論を目撃した。ダディッチは豪奢な生活で家族を満たしているつもりだったが、妻ヴァレリアは「もうたくさんだ」と倦み、庶民的な海水浴場での思い出に戻りたいと訴えていた。続いてドラゴとイリーナの部屋を覗くと、兄妹がドローン操作アプリでどこかのヴィラを監視しており、それが相良家の滞在するヴィラであると安斗は察した。ドラゴは夏美(マミ)への仕返しのため「弱み」を探そうとし、イリーナも安斗(アスト)への怒りを口にしながら、兄妹で子ども部屋を盗撮していた。

マーク9喪失とギリギリの処置

ドローンの指向性マイクが兄妹の会話を拾う中、安斗は自室バルコニーに出て、接近してきたダディッチ側のドローンにサンダルを投げつけて撃退した。その様子に兄妹は慌て、盗み見が父に知られれば大目玉だと怯える。録画は確保できたものの、マーク9側のバッテリー残量が尽きかけ、安斗は海上に落とす余裕もなく、咄嗟にイリーナの部屋のバルコニーにある室外機上へ着陸させたまま通信を途絶させてしまった。植木と鎧戸の陰に隠れて即座には見つからないものの、いずれメイドか庭師に発見される危険な「置き土産」となった。

偽装夫婦喧嘩と別寝室作戦

一方、宗介とテッサは、赤外線カメラによる寝室監視への対処として、わざと夫婦喧嘩を演じることにした。事前に子どもたちにはメッセージで芝居の旨を通知し、主寝室ではテッサがヴァレリアへの嫉妬を理由に日本語で大声を上げ、宗介が拙い甘言でなだめる「痴話げんか」を展開した。そのうえで「気分が悪いから隣で寝る」とテッサが隣室に移り、夫婦別寝室に見えても不自然にならない理由付けを作った。宗介はかなめに一対一のチャットで報告し、かなめは気遣いに礼を述べつつも、自分の感情の揺れを打ち明けた。

かなめの本音と「お返し」の画像

チャットの中でかなめは、「嫌だけれど完全に嫌でもない」「自分がその場にいれば受け入れられそうだ」といった、共振能力に絡む含みのある本音をほのめかしたが、宗介には真意が理解できなかった。その後、かなめは「恋しい」と言葉を添えつつ、自撮り画像を送って宗介を悶えさせた。ささやかな露出を含むきわどい写真は、離れた場所からの「お返し」として宗介の理性を揺さぶり、さらに「これで本当におしまい」ともう一枚を追加して、夜のチャットは甘くもじれた余韻を残して終わったのである。

テッサとのジョギングと過去の恋心の整理

翌朝、夏美はテッサとジョギングに出かけた。テッサは運動不足を自嘲しつつも、実際にはちゃんと走れる体力を見せた。休憩中、テッサは「友達の少ない自分にとって相良夫妻は貴重な友人である」と語り、かつて宗介に好意を抱き、かなめと「取り合っていた」と噂される件を「子供のじゃれ合い」と軽く流した。しかし同時に、宗介を「強くて優しい」と評した自分より、宗介を「弱いけど、なんとかする奴」と見抜いたかなめの方が本質を理解していたと認め、自分の完敗だったと笑って振り返った。

夏美の父母への認識の変化

テッサの語りから、夏美は父が「無敵の伝説的傭兵」であるだけでなく、「弱さを抱えつつも踏ん張る人間」として母に支えられてきたことを理解し始めた。父と母の間には、娘でも踏み込めない深い絆があると痛感し、自分には「父の弱さ」を口にすることなど到底できないと感じる。それでもテッサは「娘が父を無敵だと信じられるのは幸せなことだ」と肯定し、夏美はこれまでの認識が守られてきたことに安堵しつつ、同時にいつまでもそれに甘えてはいけないという自覚も芽生えた。

作戦の意義とダディッチ邸訪問の決断

一方で、ダディッチのPCにある顧客データの重要性が改めて整理された。ダディッチ本人よりも、その背後で彼を神輿として担ぐ犯罪ネットワーク全体の資金と人の流れを把握・制御することこそが目的であり、そのデータを密かに押さえれば、派手な武力行使なしに組織を長期的に弱体化させ、多くの人命を危険から遠ざけられると判断されていた。そのリスクとメリットを天秤にかけたうえで、夏美と安斗を伴ってダディッチ邸に赴く方針が維持された。

ダディッチ家との対面と男同士の愚痴大会

夕方、宗介たちはラフな私服でダディッチ邸を訪問した。古い海辺の邸宅を改築した館で、ダディッチ夫妻と息子ドラゴ、娘イリーナが改めて紹介される。子供同士は前夜のいざこざのせいでぎこちなく、ダディッチはそれに気づかぬまま「年の近い子同士で遊べ」と子供部屋へ送り出した。テッサとヴァレリアは屋上テラスへ向かい、宗介とダディッチは玄関脇のミニバーで二人きりになる。宗介は前夜の「嫉妬深い妻」との痴話げんか芝居を踏まえ、自分も家庭の不満を抱える夫として話を合わせることで距離を縮めようとするが、ダディッチは酒をあおりながら「浮気もせず働いているのに、妻は疑ってばかりだ」と延々と愚痴をこぼし続け、ビジネスの本題にはなかなか入らなかった。

イリーナのゲームと安斗の内心

その頃、二階では安斗がイリーナの部屋でTVゲームの相手をさせられていた。夏美はドラゴに呼ばれて別室へ移動し、安斗はイリーナと二人きりになる。用意されたのは、出来が微妙で既に流行遅れの対戦格闘ゲームであり、イリーナはガチャ押しで時々技を出しては得意げに「どう?」と見せつけるが、実力は低かった。恐らく周囲の大人たちが「ボスの娘」に気を遣って接待プレイしかしてこなかった結果であり、安斗はその甘やかされた環境を見抜きつつも、面倒さと居心地の悪さを噛みしめることになった。

イリーナによる弱み握りとドローン回収

安斗はイリーナの部屋で旧作格闘ゲームに付き合いながら、バルコニー上のドローン「マーク9」の回収機会をうかがっていた。イリーナを化粧直しに向かわせた隙に、植木鉢を足場にして室外機上の機体を回収しリュックに収納したが、その様子をイリーナに目撃された。イリーナはそれを「自分を覗いていた」と勝手に解釈し、父に告げない代わりに「言う通りにする」よう安斗をクローゼットに連れ込み、服を脱ぐよう命じて主導権を握った。

夏美とドラゴの勝負と「任務」意識

一方、夏美はドラゴに娯楽室へ案内され、ビリヤードとダーツで連勝したうえ、果物ナイフをダーツ盤の中心に投げ刺して戦闘訓練の一端を示した。ドラゴの対抗心を感じつつも、機嫌を取って協力を得るより、放置されて屋敷内探索を優先する方が作戦上有利であると判断した。

書斎の発見と暗証番号の取得

夏美は母かなめと通信しながらイリーナの部屋を確認し、その後、ドラゴの案内で誰も寄りつかない四階の「書斎」に入った。ドラゴが目の前で入力した暗証番号「七二一三」を隠しカメラ越しにかなめが記録し、室内の書棚と共に机上のノートPCを確認した。夏美は本棚の趣味に感嘆しつつも、背後から肩に手を置かれた瞬間に護身反応でドラゴを投げ飛ばし、失神させてしまった。

衛星回線問題と一時撤収の判断

かなめとテッサは、衛星回線全停止のタイミングが二十時以降になることを把握し、今は高速回線を完全には遮断できないと判明した。夏美は失神したドラゴをソファに寝かせて待機したが、目覚めたドラゴが再び夏美の胸を掴んだため、反射的にもう一度投げて再失神させてしまう。状況の収拾が難しいと判断したかなめは、夕食会をキャンセルして一度ヴィラへ戻り、夜間に宗介が単独潜入する案へ切り替える決定を下した。

停電とUSB侵入によるデータ窃取開始

宗介の潜入リスクを懸念して代案を模索していた矢先、屋敷が突然停電し、テッサはルーター停止の好機と判断した。かなめの指示で夏美は書斎のノートPCに専用USBメモリを挿入し、外部高速回線が使えない状態を利用して内部ネットワークへの侵入を開始した。インジケーターの黄色点滅を合図に、大容量の暗号化顧客データの吸い上げが始まり、約十分間の転送完了を待つ段階へと作戦は移行したのである。

停電の発生と書斎への集結

宗介は停電を安斗によるテルミット爆弾使用と推測し、作戦上は有効だが警備強化という悪影響も自覚していた。警備隊は安全確保のため家族と客全員を四階書斎に集め、書斎ではドラゴが気絶しており、夏美は「本を見ていたら急に倒れた」と説明してその場を取り繕っていた。

安斗の女装騒動と時間稼ぎ

イリーナの部屋から連れ出された安斗は、彼女のコーディネイトによる完璧な女装姿で現れ、テッサとヴァレリアが思わず撮影会を始めるなど場は一時和やかな混乱に包まれた。安斗本人は宗介にしがみついて視線を避け、宗介は「どんな格好でもお前はお前だ」と励ました。宗介と夏美は、その間にダディッチを本棚側に誘導し、USBメモリ挿入中のノートPCから視線を逸らすよう時間を稼いだ。

隠しカメラによる露見と即時武力行使

USBのコピーが完了しテッサがメモリを回収した直後、警備隊長は隠しカメラ映像を提示し、夏美のUSB挿入とテッサの回収行為を指摘して追及した。形式的な言い逃れが通用しないと判断した宗介は、ため息をついた直後に警備隊長と護衛二人を電光石火で制圧し、夏美も背後から一人を絞め落として書斎内の武装勢力を無力化した。その上でダディッチに銃を向け、人質としての同行と脱出への協力を強要した。

ダディッチ一家同伴脱出という方針転換

ダディッチは、顧客データを奪われた時点で組織内の敵対派により家族が報復対象になると即座に読み、家族も含めた避難を懇願した。宗介も、彼だけを連れ去れば妻子が処分・蹂躙される危険を認識し、テッサと目配せのうえ「大所帯で脱出する」方針へ転換した。夏美にはサブマシンガンを持たせて殿を任せ、かなめは通信越しに葛藤しつつも状況を了承した。安斗はドローン「マーク9」の無断運用を白状したが、宗介は叱責よりも偵察支援を優先し、屋敷内外の敵配置把握に活用した。

屋敷内制圧と脱出経路の選定

宗介は五階から降りてきた敵二名を階段上で制圧し武装を回収、さらに二階の敵もダディッチを盾にすることで発砲を躊躇させつつ、格闘で無力化して一階へ到達した。テッサの盗聴とドローン映像から、敵残存戦力は約二十名、一階・二階・屋上・外周に分散していると判明した。また地下の船着場には高速ボートがあるものの整備中で使用不能であり、さらに地形的にかなめの漁船を近づけると入江両岸から一方的に狙撃されるリスクが高いと判明したため、屋敷正面から車で港へ向かう案に収束した。

防弾ハマー・リムジンによる強行突破

ヴァレリアの情報により、車寄せに防弾仕様のハマー・リムジンがあることが判明し、一行はこれを脱出手段とした。宗介はダディッチを前面に立てて一階ホールの敵三名を威圧し武装解除させ、武器は夏美が分解して封じたのち、全員をハマー後部に乗せた。外周の部下たちは上層部から発砲許可を得てサガラ一家ごとダディッチを排除しようと銃撃したが、ハマーは重装甲で小銃弾をまったく通さず、宗介はその車体と出力を活かして妨害車両やフェラーリを押し退けながら街路へ突入した。

追撃戦とドローン運用・逃走ルートの確保

狭い起伏の多い街路でハマーはバス並みの取り回しの悪さに苦しんだが、テッサが敵通信と地形を踏まえて進路を指示し、安斗のマーク9が上空から敵車両や重火器持ちの位置をマーキングして安全ルートを捻出した。走行中、一度サンルーフからドローンを回収してイリーナと協力して素早くバッテリー交換を行い、再び上空偵察と電撃兵装で追撃勢力を牽制した。車内ではダディッチ夫妻が部下の裏切りぶりに口論しつつも、ハマーの防弾性能だけは認めるなど、夫婦関係と組織のひずみも露呈した。

港到達前の状況と夏美の単独行動

一行は銃撃を浴びながらも港近くまで到達したが、リゾート港は人通りと船の出入りが多く、開けた地形ゆえに銃撃戦を続ければ民間人への被害とこちらの防御困難が避けられない状況に直面した。宗介が逡巡する中、夏美は「自分の出番」として防弾サンルーフを開けて車外に躍り出て、宗介の制止を振り切った。その直後、アークジェット特有の噴射音とともにAS〈アズール・レイヴン〉が姿を現し、夏美を車上から回収する形で次の行動へ移行しようとしていた。

港上空での〈アズール・レイヴン〉戦闘搭乗と制圧戦

夏美は無人状態の〈アズール・レイヴン〉に車の屋根から空中回収され、そのままコクピットへ滑り込み、クララと共同研究してきた「戦闘搭乗」システムの実証に成功した。AIに戦闘モードを指示すると、機体は非殺傷設定で港上空二百メートルから敵の位置情報を共有し、腕部内蔵の40ミリグレネードによるトリモチ弾で港周辺の武装勢力を次々と拘束していった。発泡ウレタンで固まった敵が桟橋から海に落ちた際には救助してヨット甲板に投げ上げ、防弾車や小屋に籠もった敵も車両ごと・屋根ごと制圧したうえ、水着女性を人質にした相手は安斗のドローン「マーク9」の電気銃支援で無力化した。

ASへの適性と夏美の感覚

夏美は〈アズール・レイヴン〉のアジャイル・スラスタを「自分の手足」のように扱い、空を飛ぶ感覚をバイクやパラグライダーに近い娯楽として楽しんでいた。一方、宗介は第三世代ASの経験は豊富ながらスラスタ機には直感的に馴染めず、自ら操縦ランクを落ちたと評する実直さを見せていた。テディの「桁が一つ違う」というツッコミも含め、父の実力と世代差が描かれ、その対比の上に、いまは夏美が〈アズール・レイヴン〉の実質的な操縦者となっている構図が示された。

港での合流と家族・テッサ・ダディッチ家の再会

港周辺の敵勢力が掃討されると、宗介たちとダディッチ一家はハマーを降りて桟橋を走り、そこへかなめの漁船が接岸した。かなめは安斗を抱きしめて無事を確認し、女装姿も「可愛いから平気」と受け入れた。ダディッチはかなめの正体を「タイドリー・カヌム」と見抜き、実業界での名と現在の立場の距離に驚愕するが、かなめは悪党への嫌悪をあらわにしつつ宗介の「本当の奥様」であることを宣言した。夏美は上空から母とテッサが並ぶ光景を見下ろし、明るく振る舞う二人の笑顔の陰に微かな遠慮や複雑さを感じ取り、「大好きだがどこか遠く小さく見える母」という感覚を抱いた。

作戦結果の整理と豪華ヨットでの脱出

結果的に作戦は派手な銃撃戦・カーチェイス・AS投入を伴い、「秘密裏のデータ窃取」という本来の目的からは外れたものの、ダディッチが身の安全と引き換えに組織情報の提供を約束したことで、テッサは一〇〇点満点中七〇点程度の成果と評価した。一行は汚れた漁船を嫌がるダディッチの要望を容れ、彼所有の派手な豪華ヨットでマコニシ島から退去し、〈アズール・レイヴン〉搭載コンテナ船とテディたちの漁船を伴ってエーゲ海をクルーズする形になった。途中、ギリシャ沿岸警備隊に臨検を受けるも、テッサが事前の「鼻薬」と無線交渉で難なく回避した。

テッサの離脱とナポリへの護送計画

洋上での小休止ののち、テッサは自分の多忙さを理由にヘリで離脱することを告げ、部下二人を残してダディッチ一家をナポリの「隠れ家」まで護送するようかなめたちに依頼した。かなめとテッサの別れは、普段のオンライン連絡を反映したようなそっけないやり取りにとどまり、最後にテッサはホイストで引き上げられる直前、宗介に「夫婦ごっこ、どきどきしました」と耳打ちして去っていった。

洋上の夜と宗介・かなめの関係の描写

ヘリが去り静けさが戻ると、宗介は甲板最上段でかなめを抱きしめ、任務と「夫婦ごっこ」の余韻と後ろめたさを紛らわせるように、短時間だけの逢瀬を求めた。人目の少ないデッキでの行為は結局三分では済まず、十分以上に及んでバルダーヌに気づかれかけ、キャビンへ降りた後も軽い悪ふざけでかなめの声を引き出してしまい、眠っていた夏美と安斗が一瞬目を覚ます場面もあった。最終的にはそのことで我に返り、その夜はそれ以上の行為を控えたことで、夫婦の親密さと家族への配慮が同時に描かれた。

隠れ家での新たな問題発生

ダディッチ一家をナポリの隠れ家へ移送した直後、隣室で火災が発生していたことが判明した。火はすでに消し止められていたが、偶然か故意か判断できず、追手の関与も否定しきれなかった。南仏マルセイユの別隠れ家へ向かおうとしたが、そちらはテロ疑惑で便が欠航となり、利用が不可能となった。さらに別案として提示されたブダペストの隠れ家もセルビア勢力圏に近く、ダディッチの組織と接触する危険が高いと判断され、選択肢から外された。

ヨーロッパ脱出判断とかなめによる保護申し出

オンラインで状況を共有していたテッサに対し、かなめは「ヨーロッパは危険が多い」と経験を踏まえて警告した。ミスリル時代の失敗も思い返され、欧州圏を避けたい意向が強まった。テッサは北米案を提示したものの複雑な背景が懸念されたため、最終的にかなめが「自分の管理下で預かる方が安全」と判断し、保護を引き受けることになった。

平凡な高校生・田中一郎の平凡でない帰宅

夏休みが終わりに近づいたころ、田中一郎は古書店でのアルバイトを終えて帰宅した。自宅には外壁に弾痕が二つ残っていたが本人以外は気づかず、隣家は例の「変な一家」退去後に取り壊され、新築の2×4住宅が完成していた。夏休み中は空き家だったが、夕方に引っ越しトラックが到着し、一郎は新住民を確認した。

ダディッチ一家の引っ越しと再会

引っ越してきたのは見知らぬ外国人一家で、濃い顔にアロハの父、胸元の派手な母、美男子の息子、美少女の娘という派手な面々だった。彼らは翻訳アプリ越しに一郎へ挨拶し、自分たちが「ダディッチ」であると名乗った。さらに「困った時はイチローサンを頼れと誰かに言われた」と説明し、名前の出所を問われると「言うと殺さなければならない」と冗談とも本気ともつかぬ返答をした。

平凡から離れていく一郎の日常

一郎はその言い回しから事情を察し、「お元気そうで」と返す余裕を見せた。こうした対応を自然に行える時点で、彼の生活がもはや“平凡”ではなくなりつつある事実に、本人だけが気づいていなかった。

第八話 東京都千代田区富士見町のオフィスビル15階

高校同期との再会と近況報告

九月の宵、吉祥寺の焼き鳥屋で小野寺孝太郎と風間信二、宗介の三人が久々に再会し、酒と食事を楽しんでいた。孝太郎は都立高校の教師として学年主任も務め、旧来型の飲み会文化や仕事の疲れがにじむ近況を語った。信二は会社勤めをしつつVTuber活動を継続しており、登録者が一万一千人に迫る状況を報告した。宗介は定職はなく、兵器リポートや戦術分析などの在宅仕事を引き受けていると説明した。

陣代高校の変化と懐旧

話題は母校・陣代高校に移り、新校舎への建て替えや都の方針による教員の短期ローテーション制によって、学校への愛着を持つ教師が減りビジネスライクな職場になった現状が語られた。美術の神楽坂先生(現・水星先生)が結婚していたことや、元校長の坪井が八王子市議になり三期目を務めていることも判明し、二人は驚きを示した。宗介は、わずか一年に満たない在学期間であっても、知った顔が校内から消えていく寂しさを覚えた。

用務員・大貫善治の消息と宗介の感慨

宗介はかつて世話になった用務員・大貫善治の消息を気にかけ、現在も勤務しているかを問いただした。しかし孝太郎の話では、大貫は十年ほど前に突然退職し、見送りもごく少人数でひっそりと学校を去っていたことが判明した。行き先は不明だが、年齢を考えれば田舎に引っ込み静かに暮らしているだろうという推測にとどまり、宗介は安堵と物寂しさの入り混じった感情を抱いた。

護衛車での帰路とバルダーヌとの会話

飲み会がお開きとなり、宗介が吉祥寺駅北口から出ると、護衛の黒いSUVが迎えに現れた。運転役のバルダーヌは、夏美のお下がりという露出度の高い私服を着ており、宗介はその派手さに驚きつつ、夏美が肌の露出を好む理由を、鋭敏な感覚器としての肌を隠したがらない性質と結びつけて理解した。家族はかなめの系列会社オフィスを仮住まいとしており、宗介はそこへの帰路についた。

首都高での尾行とバハルニスタン勢力の特定

首都高速に乗った直後、バルダーヌは尾行車三台の接近を察知した。クラウン、メルセデス、レクサスの防弾セダンであり、友好的でない勢力の追跡と判断された。宗介は車載カメラの映像をラストベルトたちに送信し、同時にかなめと連絡を取り、オフィスビルで食事中の家族の警護レベルを引き上げさせた。分析の結果、一台目助手席の男がバハルニスタン大使館駐在武官と特定され、追跡車両は同国関係者である可能性が高いと結論づけられた。

市街地での追跡回避とバルダーヌの地理感覚

都心部で銃撃戦を避けたい宗介の意図に沿い、バルダーヌは外苑出口で首都高を降り、四谷周辺の住宅地に車を進めた。休日の散歩で地形を研究していた経験と、暗渠やすり鉢地形に詳しい趣味を活かし、一方通行の逆走寸前のすり抜けや小公園のショートカットを駆使することで追跡車を翻弄した。目立たないコインパーキングに車を入れると、追跡車はそのまま通過し、さらに敵ドローンも車載の妨害装置で制圧され、追跡は完全に断ち切られた。

宗介の単独離脱と帰還

追跡を振り切った後、宗介はバルダーヌに車を北へ走らせるよう指示し、自身は曙橋駅から単独で地下鉄に乗り込んだ。新宿方面行きに一度乗った後、丸ノ内線への乗り換えで四ツ谷に戻り、さらにJRで飯田橋へ向かう迂回ルートを取ることで、尾行の有無を慎重に確認した。かなめの配下のAIシステムと自らの経験・勘の双方が「追跡なし」と判断し、宗介はオフィスビルの仮住まいへ安全に帰還できる見通しを得たのである。

オフィスビルでの仮住まいと家族のキャンプ生活
宗介は飯田橋近くのオフィスビル最上階に戻り、かなめが所有するエンタメ企業フロアを一家の仮住まいとして使っていた。大会議室にはテントとタープが張られ、狙撃対策とプライバシー確保を兼ねた簡易キャンプ空間が形成されていた。虫のいない室内キャンプに安斗は上機嫌であり、家族もこの生活を楽しんでいた。

バハルニスタンの動きと相良家の対応
宗介はかなめやラストベルトと合流し、先ほど追跡してきた車列が中央アジアの独裁国家バハルニスタン関係者であるとの報告を受けた。かなめの能力を独占しようとする各国情報機関の典型的な動きと判断し、宗介は隣国情報部の旧知に照会を依頼する一方、ラストベルトには通常手順による牽制と対処を任せた。

大貫善治の消息をめぐる会話
旧友との再会の話題から、宗介は高校時代に世話になった陣代高校用務員・大貫善治の所在を尋ねた。かなめは辞職の事実を初めて知り、興信所で探す案を口にしたが、宗介は「ひとの人生だ」として干渉を控えるべきだと諭し、二人は複雑な寂しさを抱えつつ話を終えた。

夏美のサイン会準備と親子の機微
翌日、夏美は神保町で行われる久遠アキトのサイン会に備え、スパで身支度を整え、テント前でかなめに化粧を教わりながら入念におしゃれをしていた。安斗は茶化しつつも距離を取り、宗介は「きれいだ」と声をかけるが、夏美は父からの言葉を素直に受け取れず、かなめの評価には微笑みを見せた。かなめは夏美の作品談義に楽しげに相槌を打ち、母娘の親密な時間が流れた。

神保町への本の受け渡しと駐車場トラブル
サイン会会場で並ぶ夏美から、デビュー作『愛と情熱の生えぎわ』初版本を持ってきてほしいと連絡が入り、宗介は単独でSUVを駆って神保町へ向かった。周辺のパーキングは満車続きで時間を浪費し、ようやく空いた区画に入ろうとした瞬間、アストンマーティンが横入りしてスペースを奪い、宗介は思わず抗議に出た。

大貫善治=久遠アキトという再会
高級スーツ姿で現れた初老の男は、かつての用務員・大貫善治本人であった。二十年ぶりの再会に互いに驚く中、編集者らしき男が駆け寄り、大貫を「久遠アキト先生」と呼び、サイン会場へ急がせた。宗介は、大貫が人気作家となっていた事実と、偶然が重なって生まれた再会の奇跡に言葉を失いながら、その背中を見送った。

夏美の極度の緊張と父の支援
宗介は駐車を片付けて急ぎサイン会会場へ向かい、六階イベントスペース前の階段に並ぶ夏美を見つけて初版本を手渡した。夏美は憧れの作家を目前にして極度に緊張し、呼吸もままならない様子であったが、宗介に教わった「銃撃戦前のトンネルビジョン対策」の深呼吸と動作を実行し、どうにか心を落ち着けて列に残った。

大貫=久遠アキトの正体と両親の驚き
宗介は一階でかなめと合流し、駐車場で出会った大貫善治が実は恋愛小説家・久遠アキトであり、売れっ子作家としてサイン会に臨んでいると説明した。かなめは、大貫の住み込み部屋に古い文庫本が山積みであったことや、鯉の名前を映画女優から取っていた過去を思い出しつつも、その変貌ぶりに驚愕した。二人は、夏美が若い作家像を想像していることを承知しつつ、あえて事前には告げず、現実を自分の目で受け止めさせることにした。

サイン会後の法悦状態とツーショット写真
やがてサイン会を終えた夏美が降りてくると、頬を上気させ瞳を潤ませた、これまで見たことのない表情で「思ったより年上だったが素敵だった」と語った。夏美は久遠に撮ってもらったツーショット写真を「一生の宝物」として両親に見せ、肩を抱かれダブルピースをする自分の姿に恍惚としていた。その光景に、宗介とかなめは「大貫さんが素敵」という評価自体と、写真から漂う妙な危うさに動揺した。

喫茶店での再会と世代を超えた敬愛
宗介は編集者にショートメールを送り、サイン会終了後に面会を依頼したところ、久遠側からも会いたいとの返事を得た。一家は神保町の書店街を巡って時間を潰し、再び裏手の喫茶店で大貫と再会した。かなめと大貫は二十年ぶりとは思えぬ気安さで、高校当時から続く掛け合いを再開し、大貫は用務員時代から新人賞に応募していたことを打ち明けた。対照的に夏美は、母の軽口をたしなめつつ、久遠の作品を真剣に礼賛し、写真を宝物と宣言し、作品への質問をこれからも直接聞けることに感激していた。

娘の恋するような眼差しと招待の成就
大貫は市ヶ谷・砂土原に構えた自宅への訪問を提案し、一同をお茶に招いた。夏美は一人でも行くと強く主張し、宗介は娘を単独で行かせることを断固拒否した上で、自分たちも同行する方向に持っていった。その間、宗介とかなめはショートメールで密かに意見を交わし、夏美が五〇歳以上年上の老人に対して、かなめが昂ぶっている時と酷似した「恋する女の顔」を向けていることに宗介は激しく戸惑い、早々に頭を冷やさせるべきだと危機感を募らせていた。

久遠邸の訪問と宗介の動揺
一行は神楽坂近くの坂の途中にある久遠アキトこと大貫の邸宅を訪ねた。外堀を望む古いが造りの良い家で、中庭には手入れされた松や盆栽が並んでいた。用務員時代との落差に宗介は「人生大逆転だ」と感じる一方、自身の妥協や停滞を意識させられ、林水との再会時と同様の居心地の悪さを覚えていた。

作家としての成功と虚無感の告白
リビングで大貫は、図書室付きの高校と住み込み用務員の生活も充実していたと振り返りつつ、今は締切に追われる日々で、盆栽も業者任せになっていると語った。読者の顔色や「分かりやすさ」、キャラクターへのヘイト管理に縛られ、「いま書いている原稿もくだらない」と零し、創作の意味を見失いつつある内心を打ち明けていた。

夏美の熱烈な擁護と過剰な献身宣言
書庫を見学していた夏美は階下に戻ると、大貫の新作を「ドライブ感と切なさが炸裂した傑作」と熱弁し、転生でもない学園ものの奇抜な構成や人物描写を絶賛したうえで、作品を卑下しないよう懇願した。さらに「住み込みで身の回りの世話をしてもよい」「先生のためなら抱かれてもいい」とまで言い出し、宗介は娘を五十歳以上年上の作家に差し出すような言葉に目の前が真っ暗になるほどの衝撃を受けた。かなめは「アーティストへの憧れは彼氏とは別腹」と軽く受け止めたが、宗介は未知の感情に翻弄されていた。

バハルニスタン情報部の急襲と人質化
その最中、護衛のバルダーヌから家周辺に所属不明の一個分隊が展開しているとの緊急連絡が入り、直後に工事業者風の武装集団が窓や出入口を破って突入した。宗介と夏美は即座に二人を制圧したものの、大貫が一人に捕まって人質となり、武器を捨てて時間稼ぎに移行した。指揮官はバハルニスタン軍情報部大尉ヤスール・ザクメットであり、二人を写した「銃構えポーズ」のサイン会客のSNS投稿をAI監視で拾い、尾行と急襲に至った経緯が明かされた。

盆栽破壊への落胆と原稿喪失による覚醒
ザクメット一派は庭の盆栽を蹴り倒しており、大貫は一度は「なにもできない」と縮こまって許しを請い、往年の狂気を失ったように見えた。ところがザクメットが執筆中の長編原稿を保存したタブレットを尻で壊し、さらに銃弾を撃ち込んで完全破壊すると、大貫は態度を一変させた。四百字詰め六百枚弱の「傑作になるはずだった唯一の原稿」を踏みにじられたと語り、償いを問い詰めながら一歩前に出ると、至近距離から撃たれた九ミリ弾を前歯で受け止め、舌の上で弄んで見せた。常識外れの光景にザクメット隊は恐怖し、大貫は「八つ裂きで眠れ」と呟き、狂戦士としての本性を解放しようとしていた。

狂戦士化した大貫の暴走と宗介の制止
大貫が狂戦士化した結果、ザクメット一味は壊滅寸前となり、多くが骨折や打撲で戦闘不能となった。宗介が必死に動きを制限しなければ、彼らは即死していたほどであった。ザクメット自身も銃弾を撃ち尽くして泣き叫び、最後は宗介に庇われて真っ二つにされる寸前で助かった。護衛チームとの誤戦闘も危険なところだったが、どうにか回避された。やがて大貫は宗介を敵と誤認し、宗介は二十年前の強敵相手に本気で死を覚悟したが、夏美が両手を広げて割って入り、説得するように声をかけると、大貫は大怪獣のように二階へ戻り眠りについた。

邸宅の被害と翌朝の大貫の反応
大貫邸のガラスや盆栽、ドアなどは破壊され、宗介たちは弁償と謝罪を行った。翌朝、大貫は狂戦士化の記憶を全く失っており、唯一原稿が消失した事実だけを知ると、必死の形相で古いノートPCを開き、思い出を頼りに書き直しを開始した。彼は「記憶があるうちに」と叫びながら七日間にわたり集中執筆を続け、皮肉にも原稿の停滞が打開され、以前より良い仕上がりになったと後に語られた。

夏美の献身と宗介の困惑
大貫の再執筆期間中、夏美は食事・洗濯・掃除まで一切を引き受け、身の回りを甲斐甲斐しく世話した。宗介は行きがかりから止めることができず、この献身を黙認するほかなかった。六日目の夕食時、安斗が「姉ちゃん、最近急に色っぽくなった」と言い出すと、宗介は動揺して声を荒らげてしまった。夏美が狂戦士化した大貫を見つめて「お父さんより強いなんて」と呟いたことが頭をよぎり、宗介は複雑な心境に陥った。そんな夫を見ながら、かなめはおかしそうに笑っていた。

appendix

テッサの予想外の来訪
母と姉、父が外出して留守番中の安斗のもとへ、テッサが警戒網をすり抜けて突然現れた。護衛のサンダーは彼女を知らず驚愕する。テッサは東京(実際には大宮)でのダディッチ関連業務を終え、帰国前に挨拶に来たが、部屋には安斗しかおらず落胆した。

イリーナとの連絡と安斗の愚痴
話題はイリーナの近況に移り、安斗は彼女から大量の画像や動画が送られてくる状況を嘆く。監視を避けるためゲーム内アカウントで暗号化チャットしていることを明かし、テッサはその抜け道に驚く。また、安斗は家庭の“ファストフード禁止”への不満を漏らし、昼食を求めて二人は外へ出る。

二人の外出と揺れるテッサの感情
近くのバーガーキングで食事を取り、安斗は日本での生活や友人関係を語る。テッサは冗談めかしつつも安斗への好意をにじませ、年齢差を理由に恋愛対象にはできないと告げるが、親密な言動を交える。安斗は照れながらも距離を取りつつ応じた。

市ヶ谷で発生した襲撃と安斗の判断
そこへサンダーが駆け込み、市ヶ谷で宗介・かなめ・夏美が襲撃を受けていると報告。防弾SUVが店前に到着する。避難を促されるが、安斗はマーク10ドローンで状況を把握し、敵戦力が一個分隊規模であり両親が対処可能と判断する。さらに店の環境を分析し、避難は不要と結論づけた。サンダーも従い、テッサは安斗の冷静さに複雑な感情を抱く。

安斗の平然とした態度とテッサの不安
安斗はワッパーに戻り、サンダーとのやりとりを気にかけるテッサに笑顔を見せる。テッサは「完璧すぎて少し心配」と呟きつつ、彼の平然とした態度を見守っていた。

第0・五話 アラスカ州ユーコン川流域の丸太小屋

ヘラジカ狩りの逡巡
相良夏美はアラスカの雪原で、一二〇メートル先のヘラジカを狙っていた。角度も枝も悪く、急所に確実に命中する自信がない。父に教わった「確信が持てないなら撃つな」という教えが頭をよぎり、衝動を抑え続けた。五時間以上追跡した末に理想的な射角が訪れたものの、身体が固まり撃てず、獲物は稜線の彼方へ去った。夏美は徒労感と空腹を抱えながら帰途についた。

丸太小屋での孤独な生活
父が遠方へ買い出しに出ている間、夏美は無人の丸太小屋でひとり過ごしていた。暖炉を焚き、家族から届いたメッセージに返信し、裸族めいた気晴らしをしながら食事と読書を楽しむ。誰もいない環境に恐怖はなく、むしろ静寂を満喫していた。

発電機の燃料補給と異変の兆し
眠る前に発電機の点検を思い出し、裸にダウンジャケットだけを羽織って外に出た。補給を終えたところで隣の倉庫から不自然な物音が響く。扉は閉まっているのに、壁の合板が強引に破られ、大人が通れる裂け目ができていた。夏美はデリンジャーピストルを構え、音の主を確認しようとした。

ヒグマとの遭遇と死の危機
裂け目から現れたのは巨大なヒグマだった。熊よけスプレーを忘れたことを悔やむ暇もなく、夏美は反射的にコンテナの扉で身を守り、内部へ吹き飛ばされた。ヒグマは異常な力で食料を荒らし、容赦なく迫る。夏美は二発の弾を至近で撃ち込んだが致命傷には至らず、弾切れとなり絶体絶命となる。

不可解な生還
ヒグマは夏美を襲いかけたものの、直前で動きを乱し、壁にぶつかりながら外へ走り去った。理由は不明であった。恐怖と痛みに震えながら、夏美は腰が抜けて立ち上がれず、下半身を曝け出したまま冷たいコンテナの床にしばらく座り込んでいた。

武装と状況整理
倉庫での襲撃から生還した夏美は、いったん家へ戻り戸締まりを行った上で衣類を整え、三〇八口径ライフルと三五七マグナムのリボルバー、手斧とナイフを準備した。父の武器には手を触れず、装填を終えると精神が落ち着きはじめた。ヒグマは倉庫を自分の領分と認識し、再来襲の可能性が高いと判断した。

父への報告を拒んだ理由
宗介から「異常はないか」とメッセージが届き、夏美はヒグマについて書こうとしたが、途中で止めた。これは自分とヒグマとの問題であり、助けを求めれば自分が証明したいものが台無しになると感じたためである。最終的に「異常なし」と返信し、単身でヒグマを追う決意を固めた。

ヒグマの追跡開始
倉庫周辺の痕跡を確認し、足跡が西へ向かっていることを掴む。雪に残った血痕から、デリンジャーの二発目がヒグマにダメージを与えていると判断した。林に続く足跡を慎重に追い、月明かりだけを頼りに深い闇へ踏み込んでいく。ここで引き返す選択肢は夏美にはなく、相手を確実に仕留める意志しかなかった。

闇の中の対峙と死骸の発見
林の奥で足跡は不自然なほど明瞭になり、夏美はヒグマが“止め足”を使って追跡を欺こうとしていたことを悟る。濃厚な獣臭が漂い、至近距離に生体反応を感じつつ後退したとき、暗がりから巨大な影が現れた。しかし影は襲わず、呼吸の気配すらない。近づくとヒグマはすでに死亡しており、左目から後頭部にかけて潰れていた。デリンジャーの一撃が致命傷となったのだ。夏美はとどめを撃たず、「ごめんなさい」と涙をこぼしながら帰路についた。

隠蔽と父の帰宅
夜明けまで倉庫の片付けと足跡消しに追われ、わずかに眠った後も周囲の整理を続けた。夕暮れ前、宗介が大量の物資を積んで帰宅する。夏美は倉庫の被害を「クズリの仕業」と偽り、襲撃を黙って通した。宗介は北方でヒグマが目撃されたと聞いたことをのんきに伝えるのみで、事態には気づかない。コーヒーを淹れる夏美を見て、宗介は「大きくなったか」と呟き、夏美は黙ってそのカップを差し出した。

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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