物語の概要
ジャンル:
異世界ファンタジー・素材採取冒険譚である。平凡な青年が“素材採取家”として異世界で生き抜き、素材・料理・探査を通して世界を旅する物語である。
内容紹介:
主人公タケルは、神と称される古代狼との対決に挑むことになる。素材採取や仲間との協力を経て、古代狼が秘めた“神格的”存在としての危険性と関わりを持つ。彼は素材を駆使し、策略と成長で困難に立ち向かうことで、自身と仲間の未来を切り開こうとする。
主要キャラクター
- 神城 タケル:本作の主人公である。異世界に転生した青年で、素材採取を生業としながらも次第に強者との戦いに巻き込まれていく。
物語の特徴
本巻の魅力は、「素材採取」という比較的穏やかな要素と、「神格的モンスターとの対峙」というスケールの大きな要素とが交錯する点である。序盤の地味な素材探査が、狼との戦いによってするどく引き締まる展開へと変化する。さらに、タケルの策略・準備力・仲間の連携が試される構成となっており、読者は“素材をどう使うか”という思考型の楽しさも味わえるだろう。
書籍情報
素材採取家の異世界旅行記9
著者:木乃子増緒 氏
イラスト:海島千本 氏
レーベル/出版社:AlphaPolis(アルファポリス)
発売日:2020年2月29日
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あらすじ・内容
大ヒット! シリーズ累計48万部突破! ほのぼの素材採取ファンタジー第9弾! 異世界に転生し、素材採取家という地味な冒険者として生きていくことになった青年、タケル。神の一柱である古代狼に挑み、オゼリフ半島を豪雪から解放した彼だったが、その直後、何者かに連れ去られてしまう。そうしてタケルがやって来たのは、謎の大地――魔界。何故か魔法が使えないことに戸惑いつつも、彼はたった一人で探索していく。そして、その地に住まう魔族や柴犬獣人との交流を経て、魔界が抱えるとんでもない闇に立ち向かっていくのだった。
感想
今巻は、主人公のタケルが突然拉致されるという衝撃的な展開から幕を開ける。前巻のラストで不穏な空気を感じていたのだが、まさかこんな形で物語が動くとは予想だにしていなかった。拉致された上に放置されるという、ある意味で理不尽な状況に、読者もタケルと一緒になって「なんの悪意だ」とツッコミを入れたくなるだろう。
魔法が使えない魔界で、タケルは文字通り丸腰の状態からサバイバルを始めることになる。得意の料理スキルを駆使して、現地の食材でごぼうサラダを作ったり、水の確保に奔走したりする姿は、まさに彼の真骨頂だ。どこにいても、その場にいる人々を「たらしこむ」才能は、もはや天性のものと言えるだろう。新たな相棒となる可愛い子の登場も、今後の展開を予感させてくれて、とても楽しみだ。
一方、タケルを失った蒼黒団の面々も黙ってはいない。料理人がいなくなったことで大騒ぎになりつつも、タケルのカバンを有効活用して救出に向かう姿は、彼らの絆の強さを感じさせてくれる。ぷにさん馬車での旅は、きっと笑いあり、涙ありのドタバタ劇になるのだろう。分断されていても、蒼黒団の胃袋は健在で、食べられる食材(敵)に対しては無敵無双というのも、彼ららしいユーモアに溢れている。
物語中盤で登場する「ドレスローザのような王様至上の胸糞悪くなるような国」は、まさに異世界ならではの闇を描いている。もしタケルが途中で落とされずにこの国に辿り着いていたら、間違いなく叩き潰して終わっていたかもしれない。そう考えると、ある意味で不幸中の幸いだったと言えるだろう。
ラストでは、タケルの悪い笑顔(悪巧み)が垣間見え、次巻への期待が高まる。イモムシに「食材採取家」と言われる主人公が、これからどんな活躍を見せてくれるのか、目が離せない。蒼黒団の仲間たちとの合流や、魔界の大掃除など、気になる要素が盛り沢山で、次巻が待ち遠しい気持ちでいっぱいだ。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
タケル
素材採取家としてマデウスで活動し、仲間と旅をしながら生活基盤を高めた存在である。平穏を望むが、事件に巻きこまれても行動を止めない性分である。
・所属組織、地位や役職
蒼黒の団・採取担当。ギルド「エウロパ」では特別待遇のFBランクである。
・物語内での具体的な行動や成果
古代狼オーゼリフの鎮静に関与し、北方大陸でユグルの集落を支援した。王宮地下でコポルタ族の治療と救出を実施した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
料理と生活魔法で周囲の生活水準を底上げした。結界石や転移門などの運用で遠征体制を強化した。
ヘスタス・ベイルーユ
鋼鉄のイモムシとして顕現し、タケルの髪中から合流した守り手である。弱者を虐げる理不尽に強く反発する。
・所属組織、地位や役職
蒼黒の団と行動を共にする。自称「鋼鉄の守護精霊」である。
・物語内での具体的な行動や成果
魔素欠乏地での探索を補助し、狩りや搬送で実働した。王宮地下の救出行では先導と威圧で敵を無力化した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
核のみの状態から魔力供給で可動を回復した。言動が抑止力として機能した。
クレイストン
蒼黒の団の長であり、判断と実行を担う戦闘者である。仲間の不在に責任を感じつつも迅速に遠征を組み立てた。
・所属組織、地位や役職
蒼黒の団・指揮役である。
・物語内での具体的な行動や成果
馬車リベルアリナ号を再稼働し、夜間航行と空中戦で飛竜を撃墜した。救出遠征の装備配分を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
結界石の配布で隊の生存性を高めた。遠征の中心として求心力を示した。
ブロライト
ハイエルフとして理知的に状況を分析する支柱である。冷静な助言で行動を整える。
・所属組織、地位や役職
蒼黒の団・精霊術使いである。
・物語内での具体的な行動や成果
風の精霊術で竜の咆哮を制し、空戦で止めを担った。市場での補給行を支えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
母が王女である背景を持つ。分析と実務で隊の安定に寄与した。
ビー
小さな黒い竜であり、タケルへの依存が強い幼体である。感情表現が率直である。
・所属組織、地位や役職
蒼黒の団・同行個体である。
・物語内での具体的な行動や成果
鞄の非常時モード発動を示唆し、装備回収のきっかけを作った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
不在の主を慕い続け、行動原理を明確に示した。
プニ
供物を受ける神的存在であり、食に関する要求が多い。
・所属組織、地位や役職
明示の組織は不明である。タケルから供物を受ける立場である。
・物語内での具体的な行動や成果
供物の受領者として登場した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
態度が周囲の不満の火種となった。
ホーヴヴァルプニル
古代の馬神であり、白い天馬としての移動力を持つ。供物と規律を重んじる。
・所属組織、地位や役職
神格存在である。遠征の牽引役である。
・物語内での具体的な行動や成果
夜間の海上航行で馬車を牽引し、空路の安全を確保した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
目立つ行動を自制し、方針に適応した。
オーゼリフ
古代狼の神であり、暴走後に子犬の姿となった。
・所属組織、地位や役職
神格存在である。
・物語内での具体的な行動や成果
邂逅時に暴走し、鎮静後は合同村で保護された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
巨大な狼から小型化した。魔力枯渇で長く眠った。
リベルアリナ
緑の精霊王であり、タケルに加護を与える守護存在である。
・所属組織、地位や役職
精霊王である。
・物語内での具体的な行動や成果
北方の枯渇地で幼形で顕現し、情報収集と助言を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
環境要因で縮小顕現となり、魔力供給を受けて活動した。
フィカス・ゼングム
ユグルの民であり、ハヴェルマ側の指導的立場にある。穏やかな保護者としてタケルを庇護した。
・所属組織、地位や役職
ハヴェルマの指導者である。エルディバイド公爵の身位である。
・物語内での具体的な行動や成果
洞窟集落で水と術の作法を授けた。巡察で外情を報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ルキウス殿下の婚約者であることが明かされた。
ルキウス・エルドフォルデ・プルシクム
ゾルダヌ王族であり、現実的な統治を志向する。非礼を率直に詫びる態度を持つ。
・所属組織、地位や役職
ゾルダヌ王宮・王子である。
・物語内での具体的な行動や成果
暴走する側近を制止し、タケルへ謝罪と保護を示した。王宮地下の実情を開示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
婚約者ゼングムの生存を知り、方針転換の素地を作った。
アルテ
王宮侍女であり、ゼングムの実妹である。職務に忠実である。
・所属組織、地位や役職
ゾルダヌ王宮・侍女である。
・物語内での具体的な行動や成果
胸部の魔石移植の実情を明かし、王宮の依存体質を証言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
家族関係が明らかになり、和解の端緒となった。
リコリステラ(リコリス)
第一王女であり、転移の秘術を主導した当事者である。
・所属組織、地位や役職
ゾルダヌ王宮・王女である。
・物語内での具体的な行動や成果
王命の下で転移を断行し、タケルを回収した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
独断専行が問題視され、宮中の亀裂を生んだ。
アコニ
王宮侍女であり、他種族への偏見を露わにした従者である。
・所属組織、地位や役職
ゾルダヌ王宮・侍女である。
・物語内での具体的な行動や成果
客間で大規模魔法の発動寸前まで行い、主の制止を受けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
処分対象となり、統制問題の象徴となった。
コタロ・シャンシャンワオン
コポルタ族の王子であり、素直な性格で人の情に厚い。
・所属組織、地位や役職
コポルタ族・第二十八王子である。
・物語内での具体的な行動や成果
タケルの雑炊粥で信頼を寄せ、情報の橋渡しとなった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
採掘被害の当事者として王宮の実態を伝えた。
スッス
小人族の情報屋であり、需要の薄い情報を蓄える収集家である。
・所属組織、地位や役職
エウロパ・職員である。遠征同行者である。
・物語内での具体的な行動や成果
北方大陸に関する資料を提供し、補給や交渉で実務を担った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
結界石の効果を実証し、遠征の士気を高めた。
リンデ
ドラゴニュートの英雄であり、戦闘で協力した援軍である。
・所属組織、地位や役職
明示の所属は不詳である。
・物語内での具体的な行動や成果
オーゼリフ鎮静の局面で支援した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆の変化は記述されていない。
レザル
協力者として戦闘に参加した有力者である。
・所属組織、地位や役職
明示の所属は不詳である。
・物語内での具体的な行動や成果
オーゼリフ鎮静に加わった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆の変化は記述されていない。
リピ
墓守として古き役目を担う人物である。
・所属組織、地位や役職
墓守である。
・物語内での具体的な行動や成果
オーゼリフ鎮静の場で役割を果たした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆の変化は記述されていない。
展開まとめ
異世界での穏やかな生活と願望
タケルは異世界マデウスで素材採取家として活動しており、日々を不自由なく過ごしていた。彼の望みは老舗温泉宿で上げ膳据え膳の生活を送り、贅沢な蟹懐石を味わうことであった。仕事に対して不満はなく、素材採取や仲間との旅を楽しんでいたが、平穏な生活の中にも面倒事は尽きなかった。
採取技術の向上と社畜的性分
タケルは探査や調査の助力を借りず、回復薬に使えるエプララの葉や希少素材の月夜草などを独力で採取できるようになっていた。ギルドから特別待遇のFBランクを得ており、その立場に応えるため依頼をこなす努力を続けていた。内心では怠惰を望みつつも、社畜気質から行動を止められず、常に動き回る日々を送っていた。
仲間との日常と不満
仲間たちは常に空腹であり、タケルは休む暇もなく料理を作らされていた。外食を望んでも、仲間が自分の料理を褒めて頼ってくるため逃げ場がなかった。彼は神であるプニにも手伝いを求めるが、供物を当然のように受け取る態度に不満を漏らしていた。
オゼリフ半島での任務と古代神との遭遇
タケルたち「蒼黒の団」は、ギルド「エウロパ」からの依頼でオゼリフ半島へ派遣され、小人族スッスの安否を確認する任務に就いた。そこで彼らは暴走する古代狼の神オーゼリフと遭遇する。墓守リピとドラゴニュートの英雄リンデ、レザルの協力により、オーゼリフを鎮めることに成功した。
新たな試練と誘拐事件の予兆
巨大な狼だったオーゼリフは小型の犬へと姿を変えたが、事件はそれで終わらなかった。タケルの前には新たな試練が待ち受けており、誰も予想し得なかった誘拐事件が発生することとなった。こうして、彼の運命を揺るがす新たな物語が始まったのである。
1 枯れた地と、乾燥肌に魔素不足
古代馬神の感知と襲撃の発端
ホーヴヴァルプニルは乾いた風を救いを求める兆しとして捉え、人の姿で伴っていたブロライトとクレイストン、タケルへの愛着を新たにしていた。そこへ漆黒の存在が空間の歪みから現れ、強制力の高い睡眠魔法を行使したため、一同は次々と昏倒した。ホーヴヴァルプニルと二人の人の子のみが苦痛に耐えつつ抗ったが、眠るタケルは襟首を掴まれ、尊き神への供物として失われし安寧を取り戻すと語る漆黒の存在に連れ去られた。その力は古代竜を想起させ、馬の神は無力のまま見送るしかなかったのである。
上位存在の独白と不干渉の決定
事態の背後では、はるか昔に蒔かれた種が芽吹いただけだという含意と、あの地だけは行けないという禁忌意識が交錯していた。加護があっても介入は叶わず、見守るしかないという結論に収斂していったのである。
荒涼地への転移と孤立の自覚
タケルは暗闇で窒息しかけて覚醒し、仲間の不在と見知らぬ荒地を認識した。緑はなく、ごつごつした赤茶の大地と乾いた風、灰色雲の稲光のみが広がっていた。腹部と膝の鈍痛は、マデウスに来て以来の違和感として彼に身体の脆さを自覚させた。呼びかけにもビー、クレイストン、ブロライト、プニ、スッスらは応答せず、タケルは魔素濃度の象徴である湿気が欠落していることに気づき、この場の魔素が極端に薄いと推断したのである。
装備欠落と初期対応の失敗
常用の鞄とローブを欠いたタケルは、手持ちの採取道具と琥珀の召喚媒体のみを確認した。緑の精霊王は反応せず、周囲の乾きが召喚の妨げになっている可能性を考察した。状況把握のため岩に調査を試みたが、魔素が一気に吸い出され、膝をつくほどの消耗に見舞われた。識別結果はトロブセラ溶岩石であり、魔族にとって有難い代物と知れただけで、位置情報の確定には至らなかった。
鋼鉄イモムシの顕現と魔族の気配
タケルの髪中から鋼鉄のイモムシが現れ、ヘスタス・ベイルーユの核であると判明した。彼は地下墳墓の転移門が開いた刹那に核のまま外へ飛び出し、ここに至った経緯を述べた。周辺では魔族特有の気配とともに大規模な魔素吸引が発生しており、ヘスタス自身も動けないほど魔素を抜かれていたが、タケルが先ほど消費した魔力を取り込んで可動状態を回復したという。魔族とは魔力操作に長けた一族であり、彼らの介入が現在の魔素欠乏に関与している可能性が示唆されたのである。
地理手掛かりの収束と北方大陸の特定
タケルは火山雲と雷光を観察しつつ、識別名にあったトロブセラの所在をヘスタスに問うた。ヘスタスは神が棲むと伝承される山を想起し、それが北の大陸パゴニ・サマクにあると断じた。大陸横断は不可能とされてきた過去事情を踏まえれば、タケルとヘスタスはグラン・リオから遠く離れた未知の地に転移させられたことになる。
生存優先の判断と行動開始
タケルは魔素の薄い環境でも緩やかに回復する身体感覚を確認し、まず水を探すという基本方針を定めた。鞄の魔道機能が作動しない状況でも、生きている限り打開できるとの自己確信を維持し、溶岩石など未知の素材を資源化して仲間や故地の利益へ転化する展望も描いた。こうしてタケルはヘスタスを伴い、手掛かりたる山へ向けて歩を進め始めたのである。
2 その頃、蒼黒の団は1
合同村の動揺とビーの慟哭
東大陸グラン・リオのオゼリフ半島「王様の森」にある合同村では、タケルが突如連れ去られた事実に皆が震撼していた。小さな黒い竜ビーは泣き叫び、白銀髪のホーヴヴァルプニルは鬱陶しいと叱責しつつも、魔族による勾引であると断じて場を静めようとしていたのである。
古代狼と古代馬の限界
暴走後に小犬となった古代狼は、強大な魔力に抗えず昏々と眠り続けていた。無理に抗えば魂をすり減らし消滅の危機だと、古代馬ホーヴヴァルプニルは評していた。自身も魔素の圧に抗えず、事態を見送るしかなかったのである。
クレイストンの自責とブロライトの分析
蒼黒の団の長クレイストンは地を割る勢いで拳を叩きつけ、傍らにいながら守れなかった失態を悔いた。これをハイエルフのブロライトが制し、空間術の行使と、ハイエルフ王女である母ですら抗えぬほどの魔力であったと分析した。タケルの膨大な魔力を別格と見なしていた二人にとっても、今回の強制力は常識外であったのである。
魔族の断定と鞄の違和
ホーヴヴァルプニルは気配から相手を魔力操作に長けた一族、すなわち魔族と断定した。小人族スッスは北方の恐るべき種族だと震え、クレイストンは遭遇経験の無さを認めた。ビーはタケルの鞄を叩いて訴えたが、タケルの異能「私物確保」によるはずの鞄が現場に残っている不整合が、一同の不安をいっそう募らせたのである。
食と供物をめぐる口論が示す欠落
ビーとホーヴヴァルプニルの口論は、やがてタケル不在では美味なる供物も食も失われるという現実に収斂した。干し肉と酸い葡萄酒の生活へ逆戻りすることへの嫌悪は、料理人としてのタケルの不可欠性を改めて浮き彫りにしたのである。
救出方針の一致と北方行きの決断
ホーヴヴァルプニルは供物をもたらす者を捜せと命じ、ビーは同意の鳴き声を上げた。クレイストンは魔族の住処を求めて北の大陸へ赴く方針を即断し、ブロライトも旅支度を宣言した。こうして蒼黒の団は、タケル追跡と救出のため北方行きを決定したのである。
3 原住民は、白いもじゃもじゃ
乾いた大地の行軍と水の確保方針
タケルはヘスタスとともに乾き切った荒地を進み、体力低下と目の痛みに苦しみながらも、勘を頼りにトロブセラ火山の麓を目指した。湖の存在可能性や清潔の魔法による浄化を想定し、まず飲料水を確保するという生存最優先の方針を固めていた。
魔族像の摺合せと種族間の水事情
ヘスタスは魔族が生活の多くを魔力に依存し簡素な暮らしを好むと語り、タケルは各種族の水分摂取事情を想起して環境適応を比較した。魔素の薄い土地での魔族の生存様式に疑問を抱きつつ、まずは自らの生存を優先する判断に傾いたのである。
黒い木の森の観察と消耗の自覚
火山裾野には黒い樹木群があり、枯死ではなく元来黒い木肌であると判別した。調査魔法は魔素を大きく喪失させるため自制し、昆虫などの食料候補を退けつつ、魔力不足で著しく落ちた自分の身体能力を自覚していた。
上空の影と接近、白い“もじゃもじゃ”の正体
上空に旋回する影を鳥か飛竜と見なしたが、接近したそれは白い藁状の外套をまとい蝙蝠の翼で飛ぶ存在であった。相手は地上に降り立ち、呼吸を楽にするとして頭部を覆う白い外套の一部を差し出した。外套の効果で呼吸は容易になり、タケルは相手が白い肌と赤い目を持つ美貌の者であることを認めた。
“ヴルカ”の効果とゼングムの名乗り
外套はヴルカと呼ばれ、魔力を帯びているらしく、ヘスタスは魔素を感じ取った。相手は自らをハヴェルマのゼングムと名乗り、集落から離れた理由を質した。タケルは最低限の調査でゼングムの素性を掴み、魔族の末裔でユグルと称することを好む点を得た。
既知情報との結び付けとタケルの失神
タケルはゼングムの名を過去の伝聞と結び付け、ドワーフの国に絡む一件を思い出して興奮した。やがてヴルカが黒ずむほど魔力が失われているとの指摘があり、消耗が限界に達したタケルは頭痛に襲われてその場で意識を喪失した。ヘスタスは慌てて呼び掛け、場は緊迫したのである。
4 あいの風、渇きを潤す、魔法かな
情報環境と魔力制約の自覚
タケルはマデウスにおける情報伝達の遅滞を想起しつつ、頼みの探査・調査魔法が魔力依存である以上、この土地の魔素希薄環境では乱用できないと認識した。空腹と脱水が進行し、体力と魔力の双方が維持困難であると理解したのである。
目覚めと洞窟集落の景観
ゼングムに運ばれたタケルは、柱状節理と鍾乳石が連なる巨大洞窟で覚醒した。洞窟の半分は翡翠色の泉で満たされ、天井の開口部から曇天がのぞく光景であった。
神水と“水球”の施し
泉の水は神水であり口に合わぬとゼングムは説明し、彼は無詠唱とは異なる厳かな言辞で“水球”を創出してカップに注いだ。タケルは数杯を一気に飲み、頭痛や倦怠が引いて生気を取り戻した。
住人の実情と応対
周囲には白・青紫・灰色の肌を持つ魔族が集い、痩せ細った体つきと破れた衣服が窮状を示していた。洞窟内には藁編みの粗末な家と囲炉裏が点在し、長ポトスが来訪の稀少さを語った。住人は敵意ではなく好奇と親切で接し、ゼングムは終始保護的に振る舞った。
“守護精霊”という誤解と場当たりの設定
ゼングムはタケルの頭上にいるヘスタスを“守護精霊”と看做し、ヘスタスはこれを肯定して場を収めた。魔素の乏しい場で自在に動く存在として、一同はヘスタスを高位の精霊と推測した。
天窓の霧雨と共同術式
天井の開口から霧雨が降り注ぐと、ポトスの合図で住人は「清き恵みよ、塊となりて我を潤したまえ」と同一詠唱を唱和し、雨を数百個の水塊へと変換して各鍋へ収めた。タケルはこの集団生活魔法に驚嘆した。
模倣詠唱の暴走と濁流
ゼングムはタケルに協力を求め、タケルは不慣れな詠唱を拙く模倣した。その結果、洞窟天井一杯へ膨張する巨大水塊が形成され、次いで破裂して濁流となった。ゼングムは即座にポトスを抱えて飛翔し、タケルは事態の元凶を自覚して深く謝罪するほかなかった。以上の経緯により、魔素希薄地での術式適用には厳格な手順と制御が要ることが明確となったのである。
5 その頃、蒼黒の団は2
足を奪われた救出隊と移動手段の再構築
タケルが拉致された直後、蒼黒の団は北の大陸行きを急ぐも、馬車はタケルの鞄内、転移門も不使用で初手から頓挫した。白い天馬への変化を提案するホーヴヴァルプニルは「目立つな」というタケルの戒めを思い出して自重。最短は船と判断しダヌシェ港行きの定期便を検討するが時期不明で、焦燥が募る。
非常時仕様の“私物確保”と馬車の回収
ビーの示唆で鞄を開くと、非常事態モードが発動し一時的な使用者解放が表示された。対象はクレイストンとブロライト、但しホーヴヴァルプニルのみ“食べ物の持ち出し禁止(魔素水は可)”というタケル流の厳格ルール付き。クレイストンは暗黒空間から馬車リベルアリナ号を引き出し、水・食材・金貨・消耗品が潤沢に積み込まれていることを確認した。過剰なまでの備えは、タケルの用心深さの結晶であった。
夜間強行の方針と未知海域の脅威
「夜に海上を飛べば目立たぬ」とホーヴヴァルプニル。海の魔獣は自ら蹴散らすと請け負うが、北の大陸周辺には大型海獣が出没し往来が絶えて久しい。王都のギルドにも有効情報は乏しいはずで、慎重派のクレイストンとブロライトは情報収集の必要性を再確認する。
“需要のない情報”という灯
そこで小人族の情報屋スッスが一歩前へ。ギルド職員にして“誰にも要られない情報”を集める異色の情報屋は、北の大陸パゴニ・サマクについて手持ちがあると宣言。クレイストンとブロライトは希望を見いだし、蒼黒の団はスッスの情報を軸に、夜間航行と空路の併用でタケル救出へ動き出す。
6 下学上達、偽りは皆無
土下座謝罪と“巨大水球”の後始末
ゼングムの詠唱を真似たタケルの暴発で集落は水浸しに。住居は半壊したが、久々に浴びる水と十分な飲み水に住民はむしろ歓喜し、苦味ある“神水まじり”も受け入れた。ポトスは一時「ゾルダヌの間者」疑惑を向けるが、住民総出の擁護で疑いは後退する。
タケル流“直感魔法”の披露
タケルは師なく独学で、イメージを言葉に乗せて具現化するスタイルを説明。乾燥風→着火の連携で薪を最小煙で焚き付け、生活魔法の実演に成功する。一方でゼングムの小光(灯り)を模倣すると爆光に化け、全員が目潰し状態に。制御不能さと魔力量の異常さが改めて露呈した。
“守護精霊”設定は継続
ヘスタスは自らを「鋼鉄の守護精霊」と名乗り、魔素乏地でも機動できる存在として一目置かれる。タケルの魔法は生活用途に限定して披露する方針で、戦闘級の力は秘す。
南北対立の輪郭と禁忌術
タケルは拉致経緯を説明(オゼリフ→睡眠→転移門で北大陸へ)。ポトスは「転移門は失われた禁忌の術」と激昂するが、ゼングムは現実味を認め「我らの神も奴らに奪われた」と示唆。ハヴェルマ(南)とゾルダヌ(北)の敵対が明確化し、タケル拉致はゾルダヌの思惑に関わるとパキラは見る。
ヘスタスの決意
過去の虐殺と迫害の記憶を語ったヘスタスは、弱者を踏みにじる理屈と暴に強い拒絶を表明。「もしゼングムたちが虐げられているのなら、俺は許さない」と、介入の意思を固める。
7 暗中模索、見つけたすごいの
北の大陸と孤絶の事情
パゴニ・サマクは巨大海獣の出没で海路が断たれ、飛竜も連続飛行は最大約五時間のため空路も現実的でない。こうして数百年の間に大陸は閉ざされ、魔素も痩せたとゼングムは語る。
白い枝=生きる糧「エラエルム」
タケルはハヴェルマの採取班に同行。大陸の八割にある巨木エラエルム・ランドの落枝は魔素を満たすと純白化し、吸われると黒くなる。白枝(魔素枝)を毎日吸って魔力へ変換するのが彼らの生命線で、白い被り物ヴルカもこの枝の繊維で織られる。外では頭部だけでもヴルカ必須。
琥珀石の逡巡と“呼ばない”判断
精霊王リベルアリナの召喚石を携えるも、いまの魔力残量では危険と判断し保留。最終手段に回す。
黒枝=“ごぼう”認定からの食革命
黒くなった魔素枝を試食したタケルは味と繊維でごぼうだと看破。泉の水で下処理→茹で→自作マヨ(油・卵・塩・蜜+酸味は果実)で和える「ごぼうサラダ」を創作。見た目は呪われ気味だが味は抜群で、集落が歓声。
さらに「揚げる/蒸す」を提案し、藁と竹状植物で簡易わっぱ蒸し器を製作。黒枝天ぷら、揚げごぼう、肉団子混ぜ込み等を次々実演。狩りではヘスタス(鋼鉄イモムシ)を“弾丸”として投擲→モンスター討伐、年長者が手際よく解体。料理の煙が各所に上がり、子どもたちの笑顔が戻る。
食文化の再起動と感謝
「素材はある、あとは工夫」とタケルは東大陸の知恵を惜しみなく共有。ゼングムは深く感謝するも、相変わらずタケルを“巨人族”扱いして訂正されるのはお約束。
次の課題=体系的な術
行き当たりばったりの“直感魔法”に限界を悟ったタケルは、ゼングムに正式な魔法の扱い方を教えてほしいと依頼。生存のための料理改革から、魔力枯渇地での術式習得へと、学びの矛先を定めた。
8 簞食瓢飲、為せば成る
ユグルの民の真実
ゼングムは、自らの出自であるユグルの民の実情を語った。ユグルとは古代カルフェ語で「英知」を意味し、かつて北の大陸を統べた高い知性と魔力を誇る種族であった。しかし文明の繁栄は魔法への過度な依存によって成り立っており、魔力の弱い子供は生きる価値を否定され、捨てられる運命にあった。ゼングム自身もその一人であり、魔力の欠如を理由に幼くして親に見放されたのだという。
タケルはそれを「異常」と断じ、親が子を捨てる理不尽に怒りを覚えるが、ゼングムにとってはそれが“常識”だった。正義を振りかざせば他者の価値観を押し潰すことにもなると、タケルは内心でその矛盾を悟った。
ヘスタスの暴走とタケルの抑制
沈痛な空気の中、ヘスタスは「ゾルダヌを滅ぼせ」と声を上げた。差別を行う支配者階級を憎む彼は、即座に暴力による報復を主張する。しかしタケルはそれを制し、「破壊は救済ではない」と諭した。かつての仲間たち――クレイやブロライト、プニ、ビー――が抱く理想を思い出し、子供の笑顔を奪う国を許さぬ一方で、平和的解決こそが正しいと考える。
種族の在り方そのものを否定することは容易いが、それは歴史の積み重ねを踏みにじることでもある。タケルは、彼らを救うためには「力」ではなく「理解」が必要だと決意した。
魔法修練の始まり
ゼングムはタケルに魔法の基礎から学ぶよう勧め、三人の師を紹介した。長老ポトス、老女、そして料理好きの女性パキラである。彼らはタケルに「魔力を練る」という技術を伝授した。
指導は独特であり、婆様の口から発せられる方言混じりの言葉――「そいそいとなあ」――が印象的であった。その教えは、外気の魔素を取り込み、腹の奥で小さな光の球として丸めること。そしてその球に“思い”を込めることで、魔法の形を決めるというものだった。
初めての成功と歓喜
タケルは教えを忠実に再現し、婆様の導きに合わせて唱える。
「儚きともしび、熱き焚ける炎となれ」
手の中に小さな炎が灯り、宙に浮かんだ瞬間、洞窟内は驚きと歓声に包まれた。タケルは感動に震え、自らの力が正しく制御されたことを実感した。
続けて水の魔法も試み、「われのぞむ、渇きを潤す命の輝き」と詠唱。両掌の中に清らかな水球が生まれ、魔力の安定と調整が成功した。これまで暴発気味だった魔法が、初めて“正確に放てた”のである。
新たなる理解と展望
ゼングムは「お前の魔法は淀みがなく、白く輝く」と賞賛し、パキラは子供のように跳ねて喜んだ。ポトスは悔しげに唇を結びながらも、弟子の成長を誇らしく見つめる。
タケルは学んだ――魔法とは力の誇示ではなく、心と理の調和によって完成する技術であると。彼の中で“素材採取家”としての探究が、“魔法使い”としての修行へと変化していく。
やがて彼は確信した。飢えを癒やす料理と、光を灯す魔法。そのどちらも、人を救う手段であると。
9 その頃、蒼黒の団は3
出立準備と補給活動
蒼黒の団は、眠り続ける仔犬姿の古代狼オーゼリフを合同村に預け、拉致されたタケルの行方を追うための遠征準備に入った。馬車リベルアリナ号を起動させ、北の大陸パゴニ・サマクへの渡航を見据え、まずはダヌシェでの物資補給を優先とした。クレイストンの指示のもと、スッスが物資調達の中心を担い、鮮魚、干物、穀物、調味料、日用品などを露店で買い集めた。彼は巧みな交渉術を発揮し、傷みかけた食材を値切っては良品と抱き合わせで購入し、予算内で大量の物資を確保したのである。
市場での交渉と戦利品
ブロライトはスッスの巧みな値切り交渉を傍らで見守り、その見事な手際に子供のようにはしゃいだ。魚の鮮度を見分けられないブロライトに対し、スッスは「黒ずんだ背は古い証拠っす」と即座に指摘し、代金を大幅に下げさせた。こうして買い集めた魚介類や穀物は、タケル不在の今後の遠征を支える重要な糧となった。スッスの有能さを認めたクレイストンは、ギルド職員である彼を正式に遠征同行者として迎え入れることを決定した。
タケルの不在が残す空白
準備の最中、クレイストンは改めてタケルの魔法の恩恵を痛感していた。彼の転移門や結界、清潔の魔法がいかに生活を豊かにしていたかを、失って初めて思い知ったのである。とりわけトルミ村で味わった温泉の快適さは忘れ難く、今やクレイストン自身も入浴を日課とするほどに習慣化されていた。タケルの生活水準はマデウスでも異常なほど高く、蒼黒の団にとってそれはもはや“文明”そのものであった。
アシュス村の発展と神の加護
ホーヴヴァルプニルはアシュス村を訪れ、神として祀られる自身への供物とリダズの実を回収して戻った。袋には村人からの感謝の印が詰められ、作物や民芸品、衣類までもが供えられていた。彼女の加護によりアシュス村は豊作続きとなり、商人たちが各地からリダズの実を買い付けに訪れる繁栄を見せていた。村人はタケルへの感謝も忘れず、彼の来訪に備えて常に供物を蓄えているという。クレイストンはこれを聞き、タケルの存在がいかに民に幸福をもたらしていたかを実感した。
北方航路の危険と準備の整備
北の大陸パゴニ・サマクへ向かう航路は極めて危険であった。スッスが持参した古文書によれば、海には巨大な海獣が、空には高ランクの飛行モンスターが棲息し、陸に上がっても安全は保証されないという。筆者はAランク冒険者であったと伝わるが、その帰還経路は記されていなかった。ブロライトとクレイストンは慎重に読み解きながらも、結局は夜間の上空飛行という強行策を選択した。ホーヴヴァルプニルが牽引する浮遊馬車で目立たぬよう移動し、空中で交代の見張りを立てる計画である。
結界石の支給と旅立ち
出発前、クレイストンはタケルの鞄から結界石を取り出し、全員に配布した。それは虹色に輝く希少な魔鉱石製で、発動の合言葉「すたーと」により個人防御膜が展開する仕組みであった。スッスが試しに唱えると透明な結界が身体を包み、彼は歓喜と驚愕に声を上げた。ブロライトがその価値を問うと、クレイストンは「五十万レイブでは足りぬ」と答え、ホーヴヴァルプニルも「ミスリル魔鉱石の気配がある」と断言した。途方もない価値を知ったスッスは目を見開き、やがて安堵の笑みを浮かべてそのまま気絶した。
遠征隊の再出発
こうして、蒼黒の団は再びひとつとなった。タケルの残した魔法と意志を携え、北の大陸パゴニ・サマクを目指して夜空へと飛び立つ。結界石が淡く光を放つなか、ホーヴヴァルプニルの嘶きが響き、リベルアリナ号は静かに宙へ浮かび上がった。彼らの胸には、タケルを必ず取り戻すという揺るぎなき決意があった。
10 鮮やかに晴天、拉致られ日和
ユグル族の集落での六日間と日課の定着
タケルはユグル族ハヴェルマの民に保護されて六日を過ごし、省エネ魔法の指南を受けつつ魔素枝採取と夜のごぼう料理指導を続けていた。集落全員が使用済み魔素枝であるごぼう料理を好み、応用も進んでいたが、タケルは東方大陸グラン・リオへの帰還を意識し、仲間たちへの体裁として努力の痕跡を示す必要を自覚していた。傍らにはヘスタスが寄り添い、タケルはビーやクレイ、ブロライト、プニの不在に寂しさを募らせていたのである。
転移門による避難構想と信仰の山の問題
タケルは地下墳墓と合同村を結んだ前例から転移門の活用を思いつき、迫害されるゼングムたちをトルミ村へ一時避難させ、アルツェリオ王国とグランツ卿へ相談する方策を描いた。しかしヘスタスは、トロブセラ山が神の坐す特別な地である以上、彼らが山から離れて生きられるのかが問題だと指摘した。タケルは生活改善の利点を認めつつ、信仰という拠り所を無視しない姿勢へと思考を修正したのである。
灼熱の晴天と採取作業、ヘスタスの緩衝役
翌朝は火山雲が切れ、北大陸で初の強烈な日差しが照り付けた。タケルは木陰で休みつつ魔素枝採取班として作業を進め、ヘスタスは無邪気な振る舞いで沈みがちな民に笑いを戻していた。タケルは古代ドラゴニュートの伝承や飛行の現実的な困難を語ってヘスタスの夢想に水を差しつつも、作業を粛々と進めていたのである。
ゼングムの巡察帰還と過去の遠征――ヴォズラオでの誤解
上空巡察から戻ったゼングムは、往時は魔素が濃く長距離飛行が可能だったこと、魔素希薄化への対策を模索してドワーフの魔道具を求めた経緯を明かした。彼はゾルダヌの監視を潜って港から船に乗り、グラン・リオの鋼鉄都市ヴォズラオへ渡ったが、外見を理由に悪魔と断じられ警戒されて追われたと述懐した。タケルとヘスタスは、恐怖の誇張が轟雷王ゼングムの噂を肥大化させた可能性を推し量り、いずれ事情を説明して魔道具を得る未来を望んだのである。
黒衣の来襲者の出現と暴風、タケルの失神
希望的な展望を語る最中、上空に黒いローブの人物が出現した。相手は我が尊き神より贄を奪いし所業は万死に値すると宣し、強烈な風で一帯を襲った。タケルは反射的に無詠唱の結界を展開したが、省エネ魔法に慣れず魔力を急速に消耗して強い眠気に陥った。ゼングムは相手をリコリスと呼び、やめてくれと懇願したが、黒衣は脆弱な種族は消え去れば良いと切り捨て、タケルの意識は奪われた。場は混乱のまま、再度の拉致の事態へと傾いたのである。
11 絢爛豪華な下種と、天高い矜持
まどろみの中の対話と決意
タケルは意識の縁で「青年」の声を聞き、過剰な期待と放任への苛立ちを自覚していた。黒ローブによる拉致を断じて許さぬと心中で固め、覚醒へと向かったのである。
豪奢な寝所での覚醒と状況把握
タケルは甘い匂いの満ちる王宮然とした部屋で目を覚まし、ヘスタスの体当たりで強制的に起床した。即時の回復魔法を用いたが頭痛や倦怠は出現せず、周囲には十分な魔素があると推定した。探査魔法により扉前・窓外・天井裏に非モンスターの反応を感知し、監視下にあることを把握したのである。
侍女アコニの無礼と応酬
侍女アコニが現れ、タケルを「我が尊き神を慈しむ清浄なる魔力の贄」と呼んで名前を否定し、清めを強要した。タケルは挑発を受け流しつつも内心の怒りを抑え切れず、言葉の応酬は緊張を高めた。アコニは赤い宝石を媒介に業火の大魔法を発動しかけたが、部屋の被害を厭わぬ姿勢が露呈したのである。
ルキウス殿下の制止と権威の顕示
冷徹な一声で詠唱は即時に霧散し、背後にいたルキウス・エルドフォルデ・プルシクム殿下が姿を現した。殿下は命令系統をただちに問い質し、アコニと上司筋のプルプレア・ジギダ、さらに背後のルキウス派の責任を峻厳に断じた。放たれた魔力の圧は周囲を圧倒し、土下座の従者らを沈黙させた。殿下は「リコリスの独断で一族の面目は地に落ちた」と公言し、矜持よりも事態の収拾を優先する現実主義を示したのである。
謝罪と対話の開始
殿下はタケルに対し自ら頭を下げ、監禁の非を率直に詫びた。タケルは名乗り、アコニへの過剰な処罰回避を求めて温情を示した。殿下はそれを受けつつも統治上の責任は免れぬと応答し、処分は王族側で行う旨を明言した。双方は敵対を緩め、説明と事情聴取の場へ移行する端緒を得たのである。
魔石装飾と力の系譜への示唆
アコニと殿下が胸元に宝石を佩用していた事実から、タケルはそれを魔石ないし伝統的な魔具と推測した。殿下の魔力には甘い香気のような特性があり、ヘスタスはそれを「甘ったるい」と評した。宝石と魔力の性質、そしてリコリスの所属勢力が、タケル拉致の背景と宗教的権威(“尊き神”)に直結している可能性が示唆されたのである。
12 緑の精霊王、降臨す
ゾルダヌ像の転換と謝罪の連鎖
タケルはルキウスの誠実な応対により、ゾルダヌが魔力至上の傲慢種族という先入観を見直したのである。ルキウスは終始頭を下げ、拉致の首謀が第一王女リコリステラ(リコリス)であることを明かしたが、理由は機密として後日に回した。侍女アコニは他種族蔑視を当然とする教育を受けており、意図的に“筒抜けで暗殺向き”の客間へ通していた事実が判明した。ルキウスは威圧的な兵らを黙らせ、より厳重な私室へタケルを移したのである。
枯れた王宮庭園と神の離反
中庭は草木が枯れ、噴水も止まり、王宮の“憩い”は失われていた。ルキウスは幼少期の繁りを回想しつつ、ゾルダヌ(ユグル)が「偉大なる神」を怒らせた結果、加護が絶たれ聖なる山へ退かれたと述懐した。タケルはハヴェルマの信仰対象トロブセラ山との接続を確かめ、炎神リウドデイルスへの祈りを見届けた。大陸の魔素枯渇と種族間断交の背景に、宗教的失策と加護喪失が横たわることが示唆されたのである。
避難小屋での保護と聴取の先送り
王宮最奥の東屋は、ルキウスが幼時に用いた堅牢な避難小屋であった。魔具封印の壁と指輪認証で守られ、主寝室・侍従室・客間を備える。ルキウスは明朝の再訪を約して退出し、タケルは省エネ魔法で周囲を探査して警戒を確認、ヘスタスと情勢をすり合わせたのである。
琥珀石の点滅と精霊王召喚の逡巡
ヘスタスが取り出した琥珀石が激しく点滅し、タケルは緑の精霊王リベルアリナの召喚を決断した。魔素の薄い北大陸での呼び出しに不安を抱きつつ、腹で光を練る省エネ詠唱を用い、慎重に顕現を試みたのである。
“幼形”での顕現とヘスタスとの応酬
眩光とともに現れたリベルアリナは、濃密な緑と魔素を欠く環境ゆえに幼児大の実体で現れ、宝飾を失った襤褸姿で狼狽した。ヘスタスとは口論から一転して旧戦記(ヴォロガ・ヴァーシア)を共有し、ヘスタスの武勲とクレイの敬意を持ち出して和解した。リベルアリナはオーゼリフ半島での事態も把握しており、緑領域を媒介にした広域の情報把握が健在であることが示されたのである。
加護の再接続と“充電”の請願
リベルアリナは魔素希薄と緑絶無を“異常”と断じ、帰還に足る力を欠く現状を認めた。そこでタケルに限定的な魔力供給を求め、「ヘスタス分までは吸わない」と釘を刺しつつ親指へ身を寄せた。タケルは供給に応じ、精霊王の回復とこの地の枯渇理由の解明に踏み出したのである。
13 転んでも、ただでは起きぬ雑炊粥
魔素の枯渇現象の仮説整理
タケルはリベルアリナから「魔素の流れが見えない」北大陸の異常を聞き取り、清浄な魔素と植物の相互関係を再確認したのである。ヘスタスは古伝承として「大災害の後、大岩が洞窟を塞ぎ魔素の流れが止まった帝国(バリエント)」の逸話を提示した。これを受け、タケルはエルフの郷ヴィリオ・ラ・イでの「キエトの洞」の例になぞらえ、この大陸にも魔素流路を妨げる“原因物”が存在する可能性を強く示唆した。
精霊王の制約と当面の方針
リベルアリナは環境魔素の薄さと緑絶無により幼形で顕現し、大規模干渉(大樹誘導や広域の再緑化)は不可能と明言した。タケルは秘匿を優先し、当座はリベルアリナとヘスタスの存在を外部に悟らせず、翌朝の再面談でルキウスから国家側の事情と“原因情報”を引き出す方針を固めたのである。
空腹の処置――即席の乳粥雑炊
行動力を維持するため、タケルは王宮東屋の台所にあった濃いミルク・干し肉・硬パン・菜葉・卵を用い、肉出汁ミルクを基にパンを煮崩した雑炊粥を調理した。塩胡椒で整え、卵でとじた一椀は滋味に富み、タケルの体力回復とリベルアリナへの魔力供給継続の基盤となった。
忍び寄る腹の音と“屋根の来客”
食事の香りに誘われ、東屋の屋根上から強烈な空腹音が接近。タケルが呼びかけると、窓辺に現れたのは犬型の獣人であった。疑心と食欲の板挟みになりつつも、タケルの勧めに揺らぎを見せる。
コポルタ族の王子、来訪
名乗りを交わした結果、来客はコポルタ族の第二十八王子コタロ・シャンシャンワオンであることが判明した。タケルは敵意が薄いと見て歓待に切り替え、雑炊粥の提供を約して関係構築の糸口を掴んだ。情報収集の新たな窓口となり得る存在との邂逅は、魔素枯渇の真因究明と北大陸での立ち回りに資する兆しであった。
14 胃袋を、掴んでみせましょこの腕で
雑炊粥で繋がる信頼
タケルが即興で作った乳と干し肉の雑炊粥は、コポルタ族の第二十八王子コタロ・シャンシャンワオンの心を一瞬で掴んだ。皿に顔を突っ込みながら夢中で食べる姿は、警戒心よりも空腹が勝る素直さを物語っていた。タケルはその様子から、腹を満たすことが最良の交渉手段であると直感し、信頼獲得の糸口を見出したのである。
コポルタ族の由来と現状
ヘスタスとリベルアリナは、コタロの出自について補足した。コポルタ族は犬獣人の原種であり、両手足の鋭い爪は岩すら砕く採掘の民であったという。現在では王宮地下の鉱山で魔石を採掘し、ゾルダヌの庇護を受ける立場にあるが、魔素の減少により落盤事故が多発していた。コタロの兄弟たちはその犠牲となり、彼自身も耳を負傷して採掘に加われなくなったため、ルキウスの傍付きとして仕える身となっていた。
魔素枯渇と魔石依存の実情
タケルは会話の中で、ゾルダヌの王族や兵士が胸に魔石を佩用している理由を察した。それは装飾ではなく、魔法を行使するための補助具であった。魔素の薄い大地で魔石の力を借りるしかなくなったゾルダヌたちは、次第に自然魔素を扱えなくなりつつある。王族すらも例外ではなく、国家全体が魔法文明の衰退期にあることが明らかになったのである。
ルキウスの来訪と質素な朝食
翌朝、約束通りルキウス殿下が侍女アルテを伴って東屋を訪れた。眠るコタロはアルテに抱かれ寝室へ運ばれ、殿下はタケルに朝餉を勧めた。しかし卓上に並んだのは、硬化したパンと干し肉、そしてミルクのみ。王宮の食事とは思えぬ粗末な内容であり、魔素枯渇の影響が食卓にまで及んでいることを示していた。
料理による信頼の橋
歯が立たないほど硬いパンに苦戦しながら、タケルは静かに提案した。「この食材で料理をしてもよろしいでしょうか」と。殿下の許可を得た上で、タケルは再び腕を振るい、胃袋を通して真実へ近づこうとしていた。食を媒介に心を開かせるその姿勢こそ、彼が異郷で生き抜くための最も確かな武器であった。
15 真実は時に驚きをもたらす
雑炊粥が開く扉
タケルが昨夜と同じ“乳×干し肉×硬パン”の雑炊粥を拵えると、ルキウス、アルテ、コタロは三杯おかわりの大絶賛。ルキウスは「皆にも振る舞ってほしい」と懇願するが、タケルは自分が拉致被害者である事実をまず確認させる。
ゾルダヌの過去と現在
ルキウスは、長年の魔素減衰→緑の消失→トロブセラ活発化という推移、そして他種族を退け依存先を失った末にコポルタ族を“利用”して魔石採掘に走った経緯を明かす。無理な王命で王宮地下掘削が進み、大規模落盤でコポルタの半数が死亡。王は変貌し、諫言は退けられた。
禁忌の代償:魔石移植
アルテは胸元の魔石を露わにし、「邪法」により魔石を体内に埋めて魔力を直接供給している実態を告白。タケルは(王都で読んだ秘術の記述を踏まえ)危険性と不可逆性を指摘。ルキウスは「魔法なく生きる術を知らぬ我々の愚かさ」を認めつつ、現状打破のため“魔石に代わる力”を求めたと語る。
拉致の理由
王命を受けたリコリステラが、王宮で発見された特大アダマンタイト魔鉱石を核に転移の秘術を決行。「膨大な魔力の塊」を捜索した結果、ギフト〈魔力極限〉を持つタケルに白羽の矢。初回転移でリコリステラは力尽き、再挑戦でタケルを回収——その強引さにタケルは激怒する。
ゼングムの名がもたらす涙
タケルが救援を受けた相手としてフィカス・ゼングムの名を出すと、ルキウスは歓喜して涙する。ゼングムは“エルディバイド公爵”であり、ルキウスの婚約者。ゼングムが「今も生き、空を飛んでいる」と知り、アルテも衝撃を受ける。
16 トンデモ内情、だからどうした
ヘスタスの怒りと理不尽への反発
ヘスタスはゾルダヌ王の愚行に激怒していた。魔石を身体に埋める行為を「愚かの極み」と断じ、自然と向き合う努力を放棄した彼らを激しく非難した。タケルは彼の怒りを静かに受け止め、外部者である自分には判断する資格がないと自戒した。だが、ヘスタスの怒りがタケルの中に残っていた苛立ちを代弁し、彼の心を整理させた。
ゼングムとルキウスの意外な関係
殿下とゼングムが婚約者同士だった事実が明かされ、さらに侍女アルテがゼングムの実妹であることも判明した。アルテは魔力の高さゆえに公爵家に残されたが、兄は魔力の減少により追放されていた。彼女は今でも兄を正統な公爵として信じており、ルキウスと共に兄の生存を喜んだ。
ゼングムの病と謎の発症
ゼングムが幼少期に高熱を出し、その後魔力を失ったという証言が出る。ヘスタスもタケルもそのような病を知らず、何か異常な要因があると推察した。生まれつきではなく、後天的に魔力を奪われた可能性が浮上する。タケルはその不自然さに強い疑念を抱いた。
タケルの決意と反撃の兆し
自らを部外者と認めながらも、タケルはコポルタ族とルキウスを救いたいと心に決めた。自分の力でできる限りのことを成し遂げようと覚悟し、蒼黒の団の一員として「腹黒担当」を自称する。翌朝、王の使いを名乗る衛兵が現れ、王との謁見を告げるが、タケルはその使者を疑いながらも応じた。
王との謁見の前兆
王宮へと連行される途中、タケルは胸に魔石を埋め込んだ衛兵や侍女たちの姿を観察し、ゾルダヌの依存体質を再確認する。やがて到着した謁見の間は外観こそ豪華だが、実際は粗末な金メッキや塗装で飾られた虚飾の宮殿であった。タケルはその欺瞞を見抜きつつ、迫りくる王との対面を前に静かに息を整えた。
17 横溢する憎悪、覚える怒り
城外の陽動と地下への侵入
タケルは殿下の執務室の窓から飛び出し、隣の窓から室内に侵入して城の外壁を剛炎の魔法で破壊する陽動を行った。レアラルが探査と隠匿魔法で先導し、ソルシュが隠し扉を見破って残存の衛兵を睡眠魔法で無力化したため、タケルらは地下坑道へと進入した。坑道の入り口付近で鋼鉄の格子に阻まれたが、狭い通路を抜けて小規模なホールへ到達した。
坑道の状況とコポルタ族の発見
タケルらが投じた光に照らされて、コポルタ族は震えながら身を寄せ合っていた。痩せ細り怪我を負った者、手足を欠損した者、幼い仔犬のような子まで混在しており、ヘスタスは激しい怒りを滾らせていた。状況を確認したタケルはこれが強制労働の結果と判断し、まずは彼らを落ち着かせるために笑顔で自己紹介して接触した。執政官レオポルンは代表として礼を尽くした。
治癒魔法の行使とその制約
タケルは手にした後天魔石と自身の魔力を用いて治癒を施した。完全治癒を念じ、リディフリアスや省エネ魔法を併用して重傷者と欠損の回復を優先的に行ったが、既に亡くなっていた者を蘇生することはできなかった。そのため死者がいる事実は変えられず、哀惜の声が上がったものの生存者の傷は次第に癒え、警戒心は歓喜に変化した。
意志の尊重と移住の提案
タケルはコポルタ族の同意を重視しつつ、坑道での生活は種族にふさわしくないと説いた。グラン・リオの鉱山やドワーフの鉱夫、冒険者がいる環境、温泉や農村での暮らしなど、より良い生活の選択肢を例示して誘導したところ、囁きから賛同が広がり、特に幼い仔犬がコタロ殿下に似た匂いを頼りに信頼を示した。執政官レオポルンはタケルに感謝し、コポルタ族は当面タケルの話に従う姿勢を示した。
18 その頃、蒼黒の団は4
不穏の予感と夜間行軍
クレイストンはタケルの“とんでもない所業”を直感し、悪寒を覚えたのである。ブロライトは達観して気に留めず、一行はグラン・リオの港町ダヌシェを出立し、ホーヴヴァルプニルに牽かれ海上を疾走していた。夜半の航行中、海上には大型海獣が吠え、北方に進むほどモンスターが増えたのである。
ビーの眠気とスッスの介助
ビーはホーヴヴァルプニルと口論の末に「休憩以外は起きている」と意地を張ったが、睡魔に敗れた。スッスは抱きかかえて客室へ運び、介抱した。クレイストンはビーの嘆きの深さに共感できずにいたが、スッスの指摘でビーがタケルを親のように慕っている事実を理解したのである。
魔導馬車リベルアリナ号の内部事情
エルフ製の特注馬車は内部が広大で、個室や清潔・装備維持の魔道具、七色ウールの寝具まで備えた豪奢な造りであった。靴を脱ぐ作法や清潔魔法の床など、細部まで整えられており、ブロライトには日常でも、クレイストンにはいささか落ち着かない環境であった。
異常な空模様と野良竜の接近
月が雲に隠れ、風が乱れ、漆黒の闇の中で凄烈な咆哮が響いた。スッスが夜目で正体を見抜き、野生化した飛竜(ワイバーン)の奇襲を告げた。足場は御者台と幌上のみで危険極まりなかったが、ホーヴヴァルプニルの判断で一気に雲上へと上昇した。
結界石の起動と空中戦の布陣
ブロライトはタケル特製の結界石を起動して凍結を防ぎ、クレイストンも同調した。ホーヴヴァルプニルが「野良竜の肉はうまい」と告げるや、二人の士気は一気に上がり、北北西の噴煙を上げる山方面へ誘導して決戦の場を定めたのである。
咆哮の制圧と撃墜
ブロライトは風の精霊術で竜の咆哮による嵐を押し返し、クレイストンは太陽の槍を投擲した。飛竜は辛くも回避したが、槍は軌道を変えて腹部を穿ち、続けて「炎舞爆破槍」によって内側から大爆裂を引き起こした。ブロライトは跳躍して背へ取りつき、ジャンビーヤで頸部を切断し、致命傷を与えたのである。
戦利品の確保と鞄への収納
クレイストンは落下する飛竜の尾を掴み、スッスにタケルの鞄を開かせた。スッスは昏倒しかけながらも手を離さず、巨大な死骸は鞄へと吸い込まれた。ホーヴヴァルプニルは「少し焦げたがそれもよし」と満足げであり、初の高高度空戦は上々の成果で終わったのである。
余韻と次戦への意欲
ブロライトは精霊術でしばらく空に舞える見込みを語り、クレイストンはさらなる空中戦に向けて策を練ると宣言した。北の大陸へ至るまでに何体の野良竜を討てるかという話題で士気は高まり、ホーヴヴァルプニルこそ空の覇者であると示す意志を共有した。
総括:蒼黒の団の“非常識”
スッスは学んだ。非常識なのはタケルだけではない。クレイストン、ブロライト、ホーヴヴァルプニルもまた常識の先で行動する者であり、黄金竜の称号にふさわしい胆力と食欲(素材志向)を兼ね備えた集団であると確認されたのである。
19 番外編とある村民の手記
日の出と“時の石”
トルミ村の少女エメラは、物見塔に据えられた“時の石”が奏でる高音で起床していた。これはタケルが設置した装置であり、村人は自然に目覚めつつ二度寝も選べる利便性を享受していたのである。
朝の家事とラトト鳥
エメラは井戸汲みと卵採りを日課としてこなしていた。卵はフェンド家と協同で飼育するラトト鳥由来で、当初二十羽が百羽超へと増え、エリュンドの捕獲支援により更なる増殖が見込まれていた。
新設の学校と識字・計算
クレイストンの進言により学校が創設され、エメラは識字と二桁計算を習得した。教師はドワーフのリドニークで、午前は教育、午後は鍛治に従事していた。魔法素養が乏しいエメラも清潔の魔石を扱える程度の魔力を確認していた。
共同の給食制度
タケルの提案で昼は学校給食が実施され、家庭の負担軽減と子どもの栄養安定が図られていた。エメラは味の良さを密かに喜んでいた。
畑仕事とレインボーシープ飼育
午後は畑の除草と飼育小屋の清掃に従事した。家はレインボーシープの飼育係を任ぜられ、好む草を選択的に育てることで良質な毛を得ていた。番は四組で雌は全頭が懐妊中とされ、春の出産が期待されていた。
夕刻の合図と村の賑わい
日没時の“時の石”が終業を告げると、酒好きのグルサス親方らドワーフが新設の酒場へ向かい、村は活気を見せた。子どもの入店は禁止され、エメラは成人までの辛抱を語っていた。
公衆温泉と清潔な暮らし
タケルが整えた公衆温泉により、村人は日々の入浴が可能となった。王都貴族でも毎日風呂は稀とされる中、トルミは清潔と疲労回復を日常化していた。
村の掟と治安維持
村には“掟を守れる者のみが入村できる”仕組みが働き、意地悪な来訪者は結界的な何かにより弾かれていた。無礼な貴族には“緑の神の天罰”が落ちると信じられ、境界の大樹が硬い実を投じる伝承が語られていた。
守護と加護の構図
守護神は緑の精霊王リベルアリナであり、実働の防衛は自律する防壁、在住のエルフやドワーフ、そして蒼黒の団の支援によって担保されていた。飢餓と寒暑の困難は解消し、生活基盤は飛躍的に向上していた。
蒼黒の団への感謝と日常の回帰
蒼黒の団の拠点がなぜ辺境のトルミに置かれたかは不明ながら、恩恵は村全体に及んだ。タケルが突然帰還して「ただいま! 風呂! 温泉!」と叫ぶ光景は日常の一幕となっていた。就寝前、エメラは創世神とリベルアリナ、そして蒼黒の団へ感謝を捧げ、明日の開墾でエリュンドの魔法を見る期待を胸に眠りについたのである。
◎電子版SS 優しさの裏側
冒険者ギルド「エウロパ」の朝
アルツェリオ王国北端、辺境領ルセウヴァッハの都市ベルカイム。冒険者ギルド「エウロパ」は、今朝も依頼を求める人々で賑わっていた。外仕事と市内仕事の受付が赤い紐で分けられ、冒険者たちは整然と列を成していた。
素材採取家の護衛依頼
犬獣人ミシュアは、列に並ぶ友人ロッカ(リザードマン)と再会し、互いの依頼を語り合った。ロッカは「トバイロンの森」で“ネブラリの花”を採取する素材採取家の護衛を引き受けるという。ミシュアは驚く。ネブラリの花は王侯貴族に愛される南方原産の希少植物であり、北端ではほとんど採れぬはずだからである。
タケルの“善意”の情報共有
ロッカによると、蒼黒の団のタケルがその生息地を採取家たち全員に教えたという。黄金竜の称号を得て以来、タケルへの指名依頼が殺到したため、彼は緊急以外の依頼を受けず、嗜好品の類は他の採取家に任せることにしたのだという。その結果、彼はエウロパ全体に「ネブラリの花の採取地」を公開したのだった。
“神への配慮”という条件
ただし、採取には条件があった。「精霊王リベルアリナを怒らせないこと」。タケルはそう念を押したという。ミシュアは「神に感謝すれば問題ないだろう」と軽く受け止め、二人は「タケルは優しい」「懐が広い」と微笑み合った。
優しさの裏側
だが、彼らは知らない。タケルが本心では“自分が楽をするために”仕事を他の採取家へ回しただけであることを。
そして、さらに知らない。
ネブラリの花を摘むたびに、精霊王リベルアリナが“お気に入りの採取家”の身体にまとわりつき、魔力を吸収していることを。
タケルの“優しさ”の裏には――計算された怠惰と、恐るべき精霊の思惑が潜んでいたのである。
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