小説【ドラマ化】「イクサガミ 人(3)」感想・ネタバレ

小説【ドラマ化】「イクサガミ 人(3)」感想・ネタバレ

物語の概要

ジャンル
歴史時代小説かつデスゲーム型バトルロワイヤルである。明治11年の東海道を舞台に、賞金を巡る剣客たちの“蠱毒(こどく)”という殺し合いが描かれる緊迫の物語第3弾である。

内容紹介
生存者がついに23名に絞られた“蠱毒”。島田宿に集った剣客たちの死闘はさらに熾烈を極める。血飛沫舞う戦場に、「台湾の伝説」と称され神の如き存在が現れ、乱戦をさらに加速させる。嵯峨愁二郎と香月双葉は東京到達目前だが、待ち受ける運命は容赦なく、読者を畏怖の境地へと誘う。

書籍情報

イクサガミ 人
著者:今村 翔吾 氏
レーベル:講談社文庫
発売日:2024年11月15日
ISBN:9784065311639

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あらすじ・内容

東海道を舞台にした「蠱毒」も、残り23人。
人外の強さを誇る侍たちが島田宿で一堂に会した。
血飛沫の舞う戦場に神と崇められる「台湾の伝説」が現れ、乱戦はさらに加速する――!

数多の強敵を薙ぎ倒し、ついに東京へ辿り着いた愁二郎と双葉を待ち受ける運命とは。
〈文庫書下ろし〉

イクサガミ 人

感想

読み終えて、まず心を掴まれたのは、生き残りが二十人を切ったという緊迫感である。東海道を舞台に繰り広げられる「蠱毒」の儀式は、容赦なく命を奪い、物語は一層の深みへと誘われる。

特に印象的だったのは、甚六の行動だ。横浜で幻刀斎を軍隊に始末させようと誘導する彼の策略には、驚きを禁じ得なかった。しかし、幻刀斎の圧倒的な強さは、そんな策略さえも無意味にしてしまう。彼の剣技は、まさに人外の域に達していると言えるだろう。

そして、甚六が愁二郎に討たれる場面は、胸に迫るものがあった。彼の最期には、複雑な感情が入り混じり、思わず涙がこぼれてしまった。

物語は、愁二郎と双葉が東京へ辿り着くところで終わる。彼らを待ち受ける運命は、一体どのようなものなのだろうか。想像力を掻き立てられ、今後の展開が非常に楽しみである。

『イクサガミ 人』は、血飛沫が舞う戦場の描写だけでなく、登場人物たちの人間ドラマも魅力的な作品である。それぞれの思惑が交錯し、複雑に絡み合う人間関係は、物語に深みを与えている。また、神と崇められる「台湾の伝説」の登場は、物語にさらなる混沌をもたらし、読者を飽きさせない。

この作品は、戦いの激しさ、日常の温かさ、そして人間関係の複雑さを、巧みに織り交ぜている。読後には、深い感動と、物語の続きへの期待感が残る。ぜひ、多くの人に手に取って読んでほしい作品である。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

蠱毒の参加者

一番 軸丸鈴介

居合を得意とする剣士である。冷静な立ち回りを見せるが、眠との戦いで命を落とした。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の参加者。居合の使い手。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿にて眠と交戦したが返り討ちに遭い、札を奪われた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 眠の実力を示す犠牲者となった。

七番 化野四蔵

愁二郎や甚六の兄であり、京八流の複数奥義を継承した存在。
・所属組織、地位や役職
 京八流継承者。元広島鎮台の兵。
・物語内での具体的な行動や成果
 大久保利通の暗殺現場に居合わせ、奮戦するも中村半次郎に阻まれた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 京八流の継承が一子相伝ではないことを示す存在であった。

十一番 伊刈武虎

博徒の首領であり、狡猾さを持つ武人である。
・所属組織、地位や役職
 博徒の親分。蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿で気絶したふりをして陸乾を襲ったが、狙撃によって退けられた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 策略を得意としたが、蠱毒の激戦の中で命を落とした。

二十四番 中桐傭馬

鎖鎌を得物とする剣士で、愁二郎の旧知。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の参加者。元武士。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿で楓と共闘し陸乾と交戦。後に愁二郎と再会し、戊辰戦争以来の縁を語った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 労咳を患いながらも家族のために戦い続けた。

四十八番 宝蔵院袁験

薙刀術で名高い宝蔵院流に属する剣士。
・所属組織、地位や役職
 宝蔵院流の門人。蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 詳細な戦闘描写は少ないが、乱戦の中で名を連ねた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 強者としての技を示し、蠱毒に加わった一人である。

六十六番 貫地谷無骨

狂剣と呼ばれる残忍な剣士。戦場で無差別に人を斬り伏せた。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の参加者。剣士。
・物語内での具体的な行動や成果
 横浜市街で兵や民を斬り、汽車の屋根で愁二郎と最終決戦を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 最期に愁二郎に討たれ、刀「村雨」を託して果てた。

八十四番 郷間玄治

剛力無双の豪傑。常人を超える肉体の硬さを持つ。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の参加者。剣士。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿の乱戦で愁二郎と再戦し、右腕を斬られ敗北した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 死の直前に「過去に戻りたかった」と語り、札十四点を愁二郎に託した。

九十二番 ギルバート・カペル・コールマン

西洋出身の剣士であり、斧を武器とする。
・所属組織、地位や役職
 異国の武人。蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 茶屋で剣士を討ち、横浜では無骨の攻撃から双葉を庇い彩八と共闘した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 札不足を承知で戦い、双葉を守る姿勢を示した。

九十九番 柘植響陣

伊賀出身の忍びであり、後に新聞記者となった。
・所属組織、地位や役職
 元伊賀忍び。東京日日新聞記者。
・物語内での具体的な行動や成果
 森で多数の忍びを退け、洋館で安田家の関与を突き止めた。横浜では彩八や双葉と行動を共にした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 陽奈を救うため戦い続け、蠱毒に臨んだ。

百八番 嵯峨愁二郎

物語の中心に位置する剣士であり、仲間を導く立場にある。
・所属組織、地位や役職
 京八流の継承者。蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 掛川宿で回復し、島田宿や横浜で数々の強敵を討った。汽車上で無骨を倒し東京入りを果たした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 甚六から食狼を託され、武曲と併せて二つの奥義を体得した。

百十一番 秋津楓

会津藩士の娘で、薙刀を得物とする女性剣士。
・所属組織、地位や役職
 会津藩士の家の出。蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 父の仇である阿久根国光を討ち果たした。島田宿や箱根で戦い、最後は若い剣士との戦いで命を落とした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 復讐を遂げた後も戦いを続け、最期は誇りを抱いて果てた。

百二十番 香月双葉

愁二郎たちと行動を共にする少女であり、精神的な支えとなった。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿で監視役と接触。横浜では彩八と進次郎に守られつつ脱出を果たした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 仲間の心を支え、結束の中心となった。

百三十九番 陸乾

清国の天才武人であり、最強を求めて日本に渡った。
・所属組織、地位や役職
 清国出身の武官。蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 眠や天明刀弥と死闘を演じた。腕を失いながらも歓喜し、戦い続けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 「陸家の龍」と呼ばれ、異国の強者として存在感を示した。

百四十二番 岡部幻刀斎

老練の剣士であり、甚六や愁二郎の宿敵。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の参加者。剣士。
・物語内での具体的な行動や成果
 横浜で甚六と戦い、弁天橋で愁二郎や彩八と斬り結んだ。汽車でも無骨と衝突した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 老境にありながら圧倒的な力を誇り、恐怖を与える存在であった。

百六十番 轟重左衛門

幕府伝習隊に属した剣士で、聴覚を失ったことで異様な剣速を得た。
・所属組織、地位や役職
 元幕府伝習隊剣士。蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿で彩八と死闘を繰り広げたが、奥義により敗北。最期に札を託した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 聴覚を失ったことが逆に剣速を増した特異な存在であった。

百六十八番 衣笠彩八

愁二郎の兄弟であり、仲間の護衛と導きを担った。
・所属組織、地位や役職
 京八流の使い手。蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 轟重左衛門を討ち、双葉や進次郎を守りながら横浜へ導いた。停車場では合言葉を伝えて汽車に乗り込んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 甚六の消息を追い、兄弟としての絆を貫いた。

百八十六番 石井音三郎二

二刀を扱う剣士。詳細は限られるが、島田宿の乱戦に参加した。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の参加者。二刀流の剣士。
・物語内での具体的な行動や成果
 宿場で他の達人たちと膠着状態を作った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 島田宿における強者の一人として名を連ねた。

百十五番 眠

台湾に伝わる女神とされる存在。毒と超速の動きを操る。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の参加者。伝説の女神の化身。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿で多くの強者を退けた。最期は愁二郎らの連携により討たれ、「次の眠がまた来る」と言い残した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 真実は不明のまま、神話と人間の境界を曖昧にした存在であった。

二百二十二番 天明刀弥

若き剣士であり、常人離れした速さと痛覚の鈍さを持つ。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の参加者。出自不明。
・物語内での具体的な行動や成果
 陸乾との激戦で彼の腕を斬り落とす。限界を超えた斬撃を放ち続けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 「天明」の名を持ち、異能の存在として恐れられた。

二百五十一番 自見隼人

銃を使いこなす射手であり、早撃ちを得意とする。
・所属組織、地位や役職
 元久留里藩士。蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿で狙撃を行い、進次郎と銃撃戦を展開。札不足により監視役に処断された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 狙撃手として恐怖を与えたが、掟に従い退場となった。

二百六十九番 狭山進次郎

銃を用いる若者であり、恐怖を抱えながらも仲間を守る覚悟を持った。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 自見隼人との銃撃戦に勝利し札を得た。双葉を守るため命を賭した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 未熟さを乗り越え、愁二郎や彩八からも認められる存在となった。

二百七十七番 カムイコチャ

アイヌの弓の達人であり、「神の子」と呼ばれる。
・所属組織、地位や役職
 アイヌの戦士。蠱毒の参加者。
・物語内での具体的な行動や成果
 眠との戦いで矢を放ち仲間を援護。島田宿後に仲間に札を譲り離脱した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 仲間への義を重んじ、東京での再戦を予感させる存在となった。

二百九十二番 蹴上甚六

愁二郎の兄であり、食狼の継承者。
・所属組織、地位や役職
 京八流の使い手。元東北鎮台兵。
・物語内での具体的な行動や成果
 横浜で幻刀斎と死闘を繰り広げ、愁二郎に食狼を託した。最期まで戦い抜いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 京八流の継承戦が虚構であることを明らかにし、兄弟に未来を託した。

監視役と財閥関係者

蠱毒の監視役の一人であり、冷静に掟を執行する立場である。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の監視者「やまなし社」。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿で進次郎と自見隼人の交戦後に現れ、札を確認し進次郎の生存を認めた。出口でも愁二郎らの札を確認し、関門突破を許可した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 参加者の生死を裁定する役割を担い、監視役の中でも公正な態度を示した。

監視役の一人であり、裁定と処断を担う剣士である。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の監視者。
・物語内での具体的な行動や成果
 札を持たない自見隼人をその場で処断した。島田宿出口では愁二郎らを監視し、秩序を維持した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 掟違反を許さぬ姿勢を貫き、監視者としての威圧感を放った。

監視役の一人であり、社や梔と共に行動した。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の監視者。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿で進次郎の札確認に立ち会い、監視役として任務を遂行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 他の監視役と連携し、掟の遵守を徹底した。

監視役の一人であり、情報を与える役割を担った。
・所属組織、地位や役職
 蠱毒の監視者。
・物語内での具体的な行動や成果
 島田宿で双葉と接触し、監視者に人員的余裕が生じたことを告げた。箱根でも愁二郎らに黒札の所在や幻刀斎の接近を示唆した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 時に参加者へ甘さを見せ、情報提供を行うなど中立を超えた行動を取った。

財閥側の人間であり、蠱毒の計画を統制する立場にある。
・所属組織、地位や役職
 財閥関係者。蠱毒の統制役。
・物語内での具体的な行動や成果
 森で響陣と譲二の戦闘を止め、蠱毒の掟違反ではないと判断して響陣を通した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 戦闘の裁定権を握り、参加者に従順を条件とするなど強い統制力を示した。

平岸

財閥側で進捗を管理する立場にある。
・所属組織、地位や役職
 財閥関係者。蠱毒の進捗管理役。
・物語内での具体的な行動や成果
 洋館で生存者名簿を読み上げ、愁二郎や彩八ら二十三名の生存を確認した。眠の噂もこの時に共有された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 蠱毒の実態を把握し、財閥の計画に深く関与していた。

政府関係者と軍勢

大久保利通

明治政府の中枢を担う政治家であり、愁二郎らに影響を与える存在である。
・所属組織、地位や役職
 内務卿。明治政府の指導者。
・物語内での具体的な行動や成果
 愁二郎に愛刀「丹波守吉道」を託した。横浜港に集まる英国要人の警備に陸軍を動員し、双葉と進次郎を保護する策を用意した。しかし最終的に暗殺者の手に倒れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 暗殺によって明治政府は動揺し、物語全体の進行に大きな影響を与えた。

前島密

駅逓局を統括し、通信・輸送を掌握する立場である。
・所属組織、地位や役職
 駅逓局長。明治政府の高官。
・物語内での具体的な行動や成果
 愁二郎に双葉と進次郎を国外へ逃がす計画を示した。英国要人の来日に合わせて横浜港から船に乗せる脱出策を用意した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 軍を動かせない状況下で、局の権限を用いた策を提示した。

中村半次郎(桐野利秋)

西南戦争で死んだとされていたが、実際には生存していた剣客である。
・所属組織、地位や役職
 元薩摩藩士。西郷隆盛の側近。
・物語内での具体的な行動や成果
 大久保利通の暗殺に加担した。蠱毒を運営する勢力と結びつき、東京の混乱に影響を及ぼした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 死を偽って生き延び、物語における黒幕の一端を担った。

帝国陸軍

国家を守る軍勢であり、蠱毒の舞台に影響を与える存在である。
・所属組織、地位や役職
 明治政府の正規軍。
・物語内での具体的な行動や成果
 英国要人警備のために神奈川県一帯に展開し、小田原宿や横浜市街を厳戒態勢にした。市街では甚六や愁二郎、幻刀斎らの戦闘に介入し銃撃を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 蠱毒の進行を妨げる外的要因として作用し、参加者たちの戦いを一層過酷なものとした。

展開まとめ

壱ノ章 蠱毒蒸煮

愁二郎の覚醒と掛川宿での回復
愁二郎は激痛と共に目を覚まし、自らが意識を失っていたことを知った。双葉や進次郎、彩八がその傍らにおり、掛川宿に辿り着いた経緯が語られた。進次郎が愁二郎を支え、ほぼ意識のないまま掛川まで運び込んだのである。愁二郎は出血と流派の奥義を酷使したことで倒れたが、掛川宿で深い眠りを得て体力を回復した。さらに自ら縫合を行ったことで致命傷を避けていた。

島田宿通過の条件と札不足
一行は次の島田宿に向かうにあたり、通過に必要な札が不足している問題に直面した。四人で二十一点が足りず、黒札の扱い次第ではさらに二十五点必要となる計算であった。このため、短い区間で三人以上から札を奪わねばならない状況が生じた。参加者の残存数を計算すると既に三十人を割り、遭遇の可能性が大幅に下がっていることも判明した。これにより、島田宿に到着した際には札不足の参加者が集中し、大規模な乱戦が避けられないと推測された。

愁二郎の単独行動の決断
愁二郎は島田宿での乱戦を避けるため、あえて単独でゆっくり進み、彩八に双葉と進次郎を託す決断を下した。午後四時までに島田宿で合流出来なければ死んだものと見做すと告げ、仲間と別れた。彩八もこれを最良の策として受け入れた。

尊の過去と失墜
場面は変わり、上米良尊の過去が語られた。かつて藩校で神童と称されたが、小村寿太郎に学問で追い抜かれ、次第に劣等感に苛まれていった。剣術では優れていたものの時代に恵まれず、人妻との醜聞で家を追われ、用心棒に身を落とした。一方で寿太郎は東京大学を経て米国留学に至り、明暗が鮮明となった。尊は失意の中で豊国新聞の告知に希望を見出し、仲間と徒党を組んで蠱毒に参加したが、開始直後に圧倒的な剣士により仲間もろとも討ち果たされ、無力のまま最期を迎えた。

財閥の陰謀と残存者の確認
同時期、財閥の後継者たちは洋館で蠱毒の進捗を確認していた。蠱毒の真の狙いは達人を排除することではなく、最後に残る強者を選別することであった。平岸が名簿を読み上げ、愁二郎、彩八、双葉、進次郎を含む二十三名が生存していることが明らかになった。その中には無骨、幻刀斎、響陣、外国人ギルバート、アイヌのカムイコチャ、そして「眠」と呼ばれる謎の存在も含まれていた。特に眠が女性であり、触れずに相手を殺したという噂が参加者を震撼させた。

迫る脅威と洋館への侵入者
会議の最中、警戒線を突破して洋館に迫る者があるとの報告が入った。多数の軍勢ではなく、わずか一人で進軍しているという情報が伝えられ、財閥関係者たちは動揺した。直後、外から悲鳴が響き渡り、異常な脅威の接近が確実となった。

弍ノ章 忍びの響き

伊賀者と響陣の天賦
伊賀者は幕府の百人組に属し、表向きは大手門の警備を担っていたが、一部は隠密として暗躍していた。柘植家に生まれた響陣は幼少より手裏剣の才を示し、当代随一の忍び音羽源八に見出され弟子となった。響陣は数々の技を習得し、非凡な才能を示した。

沢村家の失墜と陽奈の引き取り
黒船来航時に陽忍の沢村甚三郎が任務に失敗し、陰忍と陽忍の対立を招いた。甚三郎は失踪し、娘の陽奈が音羽家に引き取られた。響陣は彼女を庇い続け、やがて互いに心を通わせるようになった。陽奈は上方訛りを恥じていたが、響陣との交流を通じて心を開いていった。

源八の最期と響陣の独立
慶応元年、源八は禁術「天之常立神」を絶やす決断を下し、響陣に全ての技を伝えた後、危険な任務に赴き戻らなかった。以降、響陣は幕命を受け京や江戸で諜報と暗殺を重ねた。源八の遺した手紙は陽奈を託す内容であり、二人は将来を共にすることを意識するようになった。

陽奈の失踪と沢村甚三郎との再会
幕末の動乱の中、陽奈は姿を消し、響陣は血眼で捜索した。やがて上野戦争で甚三郎と再会し、陽奈が売られたと知らされた。甚三郎は陽忍たちが武器を得られず、家族を売って資金を作ったと語り、娘までも犠牲にした。響陣はその言葉に激しい怒りを覚えたが、直後に甚三郎は戦場で銃弾に倒れた。

明治の変革と響陣の新聞記者生活
幕府崩壊後、響陣は柘植家の蓄えを使い果たしながら陽奈を探し続けた。やがて東京日日新聞の記者となり、取材の傍ら彼女の行方を追った。九年後、ついに吉原で陽奈と再会する。だが陽奈は父の扇動で売られ、他の陽忍の家族の借財まで背負っており、自由の身ではなかった。響陣は彼女を救うために一万円の大金を工面しようとするが、到底不可能であった。

豊国新聞の報せと新たな希望
陽奈を救う術を模索する中、同志の幾次郎が「十万円」という懸賞の噂を伝えた。それは虚報の可能性が高いものの、響陣は僅かな望みに賭ける決意を固めた。

森の攻防と忍びの襲撃
富士山南麓の鬱蒼とした森を駆け抜ける響陣は、監視者の忍びたちから次々と襲撃を受けた。樹上や岩陰から飛び出す敵を的確に仕留め、走りながら戦いを続ける。敵の中には伊賀・甲賀・根来の元忍びが混じっており、明治になって警察官や武士に転じた者も含まれていた。やがて現れた実力者、柵は甲賀組の者であり、誇り高き腕前を示した。響陣は短刀や苦無を駆使し、次々と相手を退けつつ奥へと進んだ。

旧友中瀬重蔵との再会と死闘
進む中で、響陣は伊賀時代に面識のある中瀬重蔵と遭遇した。鎖分銅で拘束され絶体絶命に陥るが、口に仕込んだ針手裏剣で目を撃ち抜き脱出し、中瀬を斬り捨てた。続いて現れた柵との激闘では、甲賀組与力の天才、多羅尾譲二と名乗る男が姿を現した。少年期から神童と称された譲二と響陣は互いに伯仲し、熾烈な攻防を繰り広げた。

槐の介入と戦闘の中止
決着の付かぬまま森を突破したところ、洋館の屋根に槐が現れ、戦いを止めるよう命じた。譲二は槐の指示に従って退き、響陣は不審を抱きつつも戦闘を免れた。槐は蠱毒の掟違反には当たらないと告げ、今後も従順であることを条件に響陣を通した。

洋館での手掛かりと安田家の影
響陣が踏み込んだ洋館にはすでに人影は無く、書類も処分されていた。しかし、豪奢な部屋には人の温もりが残り、慌ただしい退避の痕跡があった。絨毯の上には洋服のボタンが落ちており、そこには「五つ輪違い」の家紋が刻まれていた。これは財閥安田家の紋であり、蠱毒計画に財閥が深く関わっている証左であった。響陣はさらなる探索の必要を感じつつ、東京へと歩を進めた。

参ノ章 札を求む者

愁二郎と小泉屋の茶屋
浜松郵便局の騒動により警戒が強まる中、愁二郎は峠の茶屋「小泉屋」で足を止めた。茶屋の主人は怯えつつも、近くで起こった出来事を語った。金髪の西洋人ギルバートが日本刀を持つ男を斧で打ち倒したこと。そして二日前には、愁二郎の旧知・蹴上甚六が襲撃を受けるも逆に相手を捕縛し、札を奪って去ったこと。その証言から、甚六が十一点を得たと判明した。愁二郎は茶屋の名物「子育飴」を懐に収め、再び仲間を追う。

大井川と舟を操る兄弟
一方、大井川を前にしたのは平本嘉一郎・男次郎の兄弟。辛本家の出であり、水芸を極めた二人は「双魚の如し」と讃えられた達人であった。だが明治に入り水芸は衰退し、彼らは蠱毒の賞金に望みを託す。舟を仕入れ、川越人足に成りすまし、参加者を舟で襲う策を立てていた。

舟の罠と怪物じみた剣
やがて標的となったのは、端麗な顔立ちの若者。舟に乗せた途端、兄弟は川に引きずり落とす計略を仕掛ける。しかし若者は人ならぬ速さと力で応戦。舟底を刀で貫き、潜んでいた男次郎を串刺しにするかのように動きを封じ、さらに嘉一郎を一撃で叩き伏せた。

札を奪う刹那の逆転
若者は兄弟から十九点の札を奪い取る。だがその瞬間、何者かの矢が飛び、札を収めた巾着袋を川へと落とした。嘉一郎は最後の力でそれを水に託し、札は濁流に呑まれていった。舟は沈み、兄弟は水と共に最期を迎える。

大井川の流れは、蠱毒の無慈悲さと、兄弟の誇りを一瞬にして呑み込み去ったのだった。

旅籠での合流と情報共有
愁二郎は島田宿の旅籠「花房」で仲間と合流し、茶屋で得た甚六の動向を伝えた。甚六は十一点を獲得し、既に先行したと推測された。双葉と進次郎はここまで誰とも遭遇しておらず、参加者が減少している実情が浮き彫りとなった。愁二郎は川越の状況を確認し、東からの渡しが早くに止まるため、宿場が旅人で溢れる仕組みになっていることを説明した。

監視役の割り当てと主催者の余裕
双葉は島田宿で監視役の「際」と接触し、蠱毒の監視に長けた者が存在すること、脱落者が増えたことで主催者に人員的余裕が生じていることを知った。標が敢えて答えなくてもよい問いに返答したことから、双葉への一定の甘さも示唆された。さらに進次郎は十九点を獲得済みであり、札の形を工夫して今後のやり取りに備えていた。

島田宿に潜む参加者の数
算盤を弾いた進次郎は、残る札の総数から参加者が十人前後であると推測した。彩八は「緑存」の力で宿場内に九人を感知し、戦闘はまだ始まっていないと断言した。島田宿は家数千五百軒、人口七千人を抱える大宿場で、警察署も近いため、参加者は白昼の戦闘を避けて夜に動くと見立てられた。天龍寺の戦いの再現が予期され、しかも生き残っているのは達人ばかりであることから、危険は一層増していた。

夜襲への備えと役割分担
愁二郎と彩八は、双葉と進次郎を守る者と札を奪いに出る者に役割を分ける必要を確認した。進次郎は参戦を申し出たが、銃の使用は宿場では致命的に目立つため、護衛に回るよう彩八に諭された。結論として、まず愁二郎が外に出て札を得ることとし、状況に応じて彩八と交代する方針が決まった。

札の分配と夜への備え

愁二郎の提案で札は分配され、双葉に十五点、進次郎に十一点、彩八に十二点を持たせ、攻めに出る愁二郎は一点のみを保持した。分散によってリスクを減らす策であった。その後、一行は交代で警戒に当たりつつ休息を取り、夜の乱戦に備えた。残存者は二十三人となり、島田宿は嵐の前の静けさに包まれていた。

肆ノ章 羅刹の宿り場

眠り毒に覆われた島田宿
深夜の島田宿。愁二郎たちは宿場全体に仕掛けられた眠り毒に気付き、進次郎と双葉を残して彩八と共に術者を討つべく動き出した。屋根の上から見渡すと、多くの参加者が同じように毒の源を探し動いており、やがて乱戦の気配が漂い始める。

銃剣の男との遭遇
路地から現れた若い男は銃剣を得物とし、彩八と愁二郎を相手取った。巧妙に逃げる振りをして銃撃を放つも、愁二郎が咄嗟に彩八を引き戻し、命を救った。

集結する強者たち
宿場西で彼らが目にしたのは、既に膠着状態にある六人の武人たちだった。二刀の石井、居合の軸丸鈴介、薙刀の秋津楓、鎖鎌の中桐傭馬、そして異国訛りを持つ清国人・陸乾。さらに屋根の上には毒を操る女の影。そこへ愁二郎と彩八も加わり、場には旧知や因縁を持つ者たちが集い始める。

乱戦の幕開け
そこへ突如、巨漢・郷間玄治が乱入。続いて博徒の首領・伊刈武虎、幕府伝習隊の剣士・轟重左衛門までも現れ、一瞬にして膠着は崩壊した。各々が己の武を尽くし、月明かりの宿場で死闘が繰り広げられる。

愁二郎と郷間玄治
愁二郎は旧戦場で斬り結んだ豪傑・郷間と再戦。常人離れした肉体の硬さに苦戦しつつも、隙を突いて右腕を斬り落とし勝利を収める。玄治は己の生を「過去に戻りたかった」と語り、愁二郎に札十四点を託して息絶えた。

彩八と轟重左衛門
一方、彩八は聴覚を失ったことで異様な剣速を得た轟重左衛門と対峙。数十合を斬り結び、奥義「文曲」で刃筋を僅かに曲げ、逆に敵の剣を利用して脇腹を貫いた。重左衛門は札と袱紗を託し、「孫のように生き残れ」と言い残して静かに息を引き取った。

乱戦の続きへ
札を得た愁二郎と彩八はなおも続く乱戦の渦へと足を踏み入れていく。毒の源は未だ屋根の上に在り、島田宿の夜は血と宿命に彩られていった。

陸乾と傭馬・楓との攻防
楓と傭馬は陸乾を相手に奮闘したが、陸乾は槍のみならず鎖鎌も奪い取り、武器を自在に操って圧倒した。拳法に加えて多様な武器術を兼ね備えたその技量に、楓は驚愕した。だが陸乾は無益な戦闘を避けようと語り、屋根に佇む毒を操る女の危険性を指摘した。

伊刈武虎の奇襲と狙撃の影
気絶したふりをしていた大博徒・伊刈武虎が突如陸乾を絞め上げた。そこに銃声が響き、狙撃の矛先は伊刈に向けられた。射手は北側の屋根に伏せた自見隼人であり、直心影流と武衛流砲術を修めた元久留里藩士であった。彼は早撃ちに特化したスナイドル式銃を用い、苛烈な連射で場を支配した。

愁二郎と傭馬の再会
愁二郎は危機に陥った傭馬を救い、共に路地へと逃れた。旧知の二人は戊辰以来の縁を確かめ合い、また蜻蛉の千太や無骨の消息にも触れた。傭馬は労咳を患い、家族のために蠱毒に臨んだ事情を語り、死力を尽くす覚悟を示した。

毒の深化と作戦
女が新たに散布した毒は眠気ではなく身体の麻痺を伴う濃度の高いものとなり、時間との戦いとなった。愁二郎と彩八、さらに陸乾は三方から女を挟撃する策を立てた。楓は地上に残り、逃走に備える役を担った。

異形の速さを持つ女「眠」
いざ屋根へ挑むと、女は尋常ならざる速さで駆け抜け、愁二郎や彩八の斬撃すら躱した。その動きは薬で強化されたと陸乾は見立てた。呼びかけに女は応じ、清国語で「眠」と名乗った。

台湾の伝説と女の正体
陸乾は驚愕し、彼女が台湾に伝わる伝説の存在であると語った。十六の部族のうち十以上が同じ願いを祈った時にのみ顕現するという女神。小柄な体、褐色の肌、瑠璃色の瞳を持ち、人に勝る強さを誇る存在――その名が「眠」であった。月光を受け疾駆するその姿は、神話そのもののように美しく、畏怖を抱かせるものであった。

伍ノ章 南北の神

幼き日の記憶――女神との邂逅
十歳の排湾族の少女アビュは、柴を集める道すがら三度にわたって「女神」と出会った。小柄で褐色の肌、青みを帯びた瞳、布を纏う姿は伝説そのものだった。村人たちには嘘つき呼ばわりされ叱責されるも、女神は「それでよい」と微笑み、困窮の時にのみ現れると告げた。その姿にアビュだけは確信を抱いていた。

日本軍の襲来と部族の苦境
三年前、漂着した琉球人を処刑したことで、日本軍が大挙して島へ侵攻。鉄の船と銃を携えた軍勢に部族連合は壊滅、アビュの兄も戦死した。清国に援助を乞うも突き放され、部族たちは絶望する。残されたのは伝説の女神に縋る道だけだった。

満月の祭祀と女神の誓い
百歩地の原で各部族が集い祭祀を行うと、月光の下に女神が降臨した。長たちの願いに応え「日本の長を眠らせよう。次の長も、さらにその次も」と約し、島を守る力を示した。群衆が一斉に祈る中、女神は幼きアビュにだけ「心配ない」と微笑みを向けた。

島田宿――眠との死闘
場面は再び島田宿。愁二郎たちは台湾の伝説に語られた女神――眠と対峙する。人外の速さで自見隼人の銃撃すら振り切り、さらに居合の名手・軸丸鈴介を返り討ちにし札を奪った。眠は毒を操り、粉末を撒いて楓を倒すなど執拗に翻弄。愁二郎たちは一瞬も気を抜けぬまま追走する。

神の子カムイコチャの参戦
アイヌの弓の達人カムイコチャが姿を現し、矢で眠の動きを鈍らせる。矢の軌道を自在に操る技は「神の子」の名に恥じぬもので、愁二郎も陸乾も息を呑んだ。眠もその腕前に驚愕の表情を見せる。

風上を奪う眠の策
眠はあえて進路を反転し、再び風上に立って毒を撒く構えを見せる。愁二郎はその狙いを悟り、島田宿を毒で覆い尽くす前に決着を付けねばならぬと覚悟する。

迫る決戦
楓は毒に倒れながらも耐え、路地に退避。残った愁二郎、彩八、陸乾、そしてカムイコチャは眠を追う。陸乾が「四方から攻めても二の舞」と呟く中、愁二郎は策を練り直し、「重要なのはカムイコチャ、そして彩八」と告げた。

眠――台湾の女神と伝えられた存在との、決戦の幕が上がろうとしていた。

最後の結束と眠の孤高
愁二郎、彩八、陸乾、カムイコチャの四人は西へ進み、これが最後の結束であると覚悟した。一方の眠は誰とも交わらず孤高を貫き、その正体も真実も知れぬまま猛威を振るい続けていた。戦とは正体不明の者を討つ営みであり、彼らもまた命を懸けるしかなかった。

煙の罠と包囲の布陣
屋根に現れた眠は香炉を三つ並べ、風に乗せて煙を放った。毒の効能は不明であり、風下からの攻めは自殺行為であった。愁二郎は西から、陸乾は屋根に、カムイコチャは矢で縛り付け、退路を塞ぐ構図を作り出した。さらに彩八が忍び寄り、北の道を封じて四方から追い詰める体勢が整った。

彩八の失墜と仮死の策
だが矢は彩八を射抜いた。驚愕した愁二郎は激昂したが、これは策であった。血で印をつけた箇所を狙わせ、彩八が死を偽装する計略である。眠は空いた北へ逃れようとしたが、そこで蘇った彩八に二刀を浴びせられ、脇腹を裂かれた。

眠の最期と遺言
南へ逃げようとする眠は、愁二郎を振り切るも黄金の光を背にしたカムイコチャの矢に貫かれ、大地に倒れた。臨終間際、眠は「仲間割れで死んだように見せろ」と囁き、さらに「次の眠がまた来る」と言い残して絶命した。彼女が真に台湾の女神であったかは不明のまま、ただ異国の女が勇敢に戦い果てた事実だけが残った。

札の分配と各々の思惑
眠の外套からは二十八点もの札が見つかった。カムイコチャは山分けを提案したが、愁二郎と陸乾は辞退した。既に必要点数を満たしており、無駄な争いを避けるためである。陸乾も他の戦果で十分とし、最終的に札はカムイコチャの手に渡った。彼もまた必要点を超えており、東京での再戦を互いに予感させた。

次なる戦いの予兆
陸乾は、東京では個人戦ではなく集団戦の可能性があると推測し、この旅は味方を見つけるための試練でもあると語った。やがて宿場に銃声が響き、愁二郎は進次郎の危機を察して駆け出した。彩八、カムイコチャも後を追い、戦いは次の局面へと移ろうとしていた。

陸ノ章 月下の飛弾

進次郎の覚悟と迎撃
狭山進次郎は双葉を守るため、宿の二階で銃を構えながら恐怖と迷いに揺れていた。敵が階段を忍び足で上がって来る。刃物を想定していたが、襖を開けたのはスナイドル銃を携えた自見隼人だった。銃声が轟き、進次郎は咄嗟に身を滑らせて掠り傷を負うも、即座に反撃。命中はしなかったが、自見の腕を掠め、互いに傷を負った。

逃走と双葉への託し
圧倒的な力量差を前に、進次郎は双葉を窓から逃がし、自らは囮となって自見を引き付ける覚悟を決める。屋根から路地へ、必死の逃走劇。銃弾の残数は二発。わざと弾倉を一つ空け、弾切れと誤認させる策を仕込んでいた。

命を賭した駆け引き
進次郎は狭い路地を駆け抜け、時に撃つと見せかけ、時に撃たぬことで自見を翻弄する。やがて自見の腿を撃ち抜き、銃を奪取。だが止めは刺さず、「俺は双葉ほど優しくない」と呟き、彼を生かしたままにした。

やまなし社の介入と掟
そこへ蠱毒の監視役「やまなし社」の三人――社、梔、橡が現れる。進次郎は事前に社へ札の確認を求め、十五点を持つことを証明していた。一方、自見は札が足りず、宿場を越えた時点で失格。梔の刀によって処断された。

残された札と再出発
自見が持っていた十二点は社の手で進次郎へ渡された。血に濡れた札を懐に収め、進次郎は「恩を返す時は今」と胸に誓い、西へ、双葉のもとへ駆け出していった。

陸ノ章 月下の飛弾

双葉との合流と進次郎の帰還
愁二郎と彩八は双葉と合流し、東に向かって急いだ。先頭はカムイコチャが弓を携え、背後からの追撃に備えて彩八が走った。双葉の力を借りて仲間は心を取り戻しつつあり、その存在が支えとなっていた。やがて前方に人影が現れ、双葉が呼び掛けると進次郎の声が返った。彼は肩に弾痕を負いながらも生還し、十二点の札を手にしていた。自見隼人を討ち果たした経緯を語る進次郎に、愁二郎らは驚きと成長を感じ取った。

仲間の再結束と進路の確認
進次郎の健闘を喜ぶ双葉は涙を浮かべ、愁二郎は「皆で行こう」と呼び掛けた。彩八も渋々ながら同意し、仲間の絆は強まった。しかし楓と傭馬の姿は既に無く、再会は次に託された。彩八の耳来による探索は見送られ、体力温存が優先された。

カムイコチャの別れと矢の行方
双葉はカムイコチャに同行を願ったが、彼は「寄りたい所がある」として辞退した。伊豆の稲取に住むアイトゥレという矢作りの名人に会うためであった。彼は仲間を守るため、八点の札を双葉へ譲り、己には不要と断言した。愁二郎は礼として横浜の警備情報を伝え、カムイコチャは無事を祈って去った。

迫る脅威と新たな情報
カムイコチャは以前、禍々しい殺気を放つ強敵を二度目撃しており、いずれ宿場に現れると警告した。その者は一瞬で三人を屠るほどの実力者であり、仲間を守りながらでは勝てぬ相手であった。愁二郎は急ぎ出立を決断した。

宿場出口での監視者との対話
島田宿の出口では監視役の社や梔らが待ち構えていた。彼らは掟違反を罰するためではなく、単に余剰人員が出たから配置されたと告げた。確認の末、愁二郎らは札を提示して通過を許された。さらに、到達者と残存者の数を告げられる。すでに東京に辿り着いたのは化野四蔵であり、残る参加者は十五人と判明した。

未来への歩みと残された不安
愁二郎らは喜びと安堵を覚えつつ、再び東へと歩みを進めた。しかし残る十五人の中で未だ正体の掴めぬ一人が存在し、それがカムイコチャの言う強敵である可能性が濃厚であった。夜明けの空を仰ぎながら、一行はさらなる試練を覚悟して進んだ。

漆ノ章 陸の龍

陸乾の生い立ちと天賦の才
清国の江蘇省に生まれた陸乾は、幼少期から武芸に突出した才を示した。五歳で修練を始め、六歳で兄に、七歳で父に、九歳で武芸師範すらも凌ぎ、「陸家の龍」と呼ばれるようになった。十歳で武官登用試験「武経」に挑み、首席で合格。史上最年少で武官に取り立てられた。

京八旗での日々と林豹との邂逅
首都で精兵が集う親衛隊「京八旗」に配属され、陸乾はさらなる強者を求めて修練を重ねた。憧れの存在は武経を首席で突破し、武芸師範にまで上り詰めた林豹。陸乾は彼との手合わせを熱望し、圧倒されながらも歓喜を覚えた。だが十八歳で林豹を下すと、京八旗に己を超える者はおらず、歓びは涙に変わった。十九歳で武芸師範となるも、強者不在に心は乾ききっていた。

台湾派遣と日本への憧憬
二十二歳で清国中枢より密命を受け台湾へ渡る。日本軍との交戦で武士階級の遺風を持つ者と刃を交え、かすかな希望を抱く。「日本には、まだ強者がいる」と。やがて自ら志願して日本へ渡り、神戸を拠点に各地を巡った。そして天龍寺で蠱毒に遭遇し、幻刀斎や愁二郎らを見て歓喜する。以降の旅路でも数々の強敵を斃し、最強を求めて歩み続けた。

島田宿での出会い
札が不足した陸乾は、秋津楓と出会うも戦うことを選ばず、真に強き相手を待ち望む。そして靄の中から現れた若き剣士、天明刀弥と対峙する。

天明刀弥との激闘
刀弥は常人離れした痛覚の鈍さと天性の身体感覚を持ち、陸乾の打撃を悉く無効化する。急所を貫いても立ち上がり、斬撃は加速を続けた。陸乾は己の最強の発勁「龍動」を放ち、勝利を確信するも、その刹那に腕を斬り落とされる。痛みよりも歓喜が勝り、陸乾は「最高だ」と笑う。

名乗りと最終局面
刀弥は「もっと速く」と呟き、限界を超えた速さを発揮。名を問う陸乾に「天明刀弥」と答えた時、陸乾は「天より授かった力」と直感し、この邂逅に歓喜した。腕を失いながらも拳と脚で挑み続け、血潮の中で「天明!」と名を叫び、笑いながら戦いを楽しみ尽くした。

丸子宿での休息
愁二郎らは昼過ぎに丸子宿へ入り、旅籠で休息を取った。名物のとろろ汁を食し、進次郎と双葉は疲労のあまりすぐに眠りに就いた。愁二郎と彩八は今後の策を話し合い、双葉と進次郎を川崎で陸軍に保護させる方針を定めた。横浜に英国要人が訪れる件を利用すれば、大久保利通が陸軍を動かす大義名分を得られると見込んだのである。

電報と響陣からの報せ
翌朝、静岡郵便局を訪れた愁二郎らは、響陣からの電報を受け取った。蠱毒の本拠は既に空で、旧幕臣の忍びが関わっていること、さらに安田財閥が裏で支援している可能性が記されていた。響陣は忍具補充のため静岡に寄ると述べ、十九日に横浜での合流を約した。愁二郎は響陣への返信として、札の状況や合流の承諾を書留で送った。

大久保への上申電報
愁二郎はさらに大久保宛に電報を打ち、双葉と進次郎の川崎での保護を願い出た。返答は沼津で受け取るよう手配し、郵便局員に監視への配慮を伝えた。

彩八の提案と甚六追跡
郵便局を出た後、彩八は甚六を追う意志を表明した。川崎や品川で再び大乱戦となれば、双葉たちを守るには甚六の協力が不可欠と考えたからである。愁二郎は危険を承知で了承し、合流地点を箱根、もしくは戸塚と定めた。彩八は箱根を越える二十点の札を持ち、一人で追跡に向かった。

兄弟への思い
残された愁二郎は双葉に甚六の特質を語った。攻撃を防ぐ鉄壁の守り、そして誰よりも兄弟を想う心。その姿を思い浮かべながら、愁二郎は東へと歩みを進め、残り十三人となった蠱毒の行方を見据えた。

捌ノ章 箱根の坂

由比宿での滞在
彩八と別れた愁二郎たちは由比宿に宿泊した。進次郎は銃弾を補充し、愁二郎は大久保から託された愛刀「丹波守吉道」を磨き直しながら、過去を思い返した。

号外による衝撃
翌朝、蒲原宿にて「内務卿・大久保利通、凶刃に倒れる」という号外を目にする。一行は驚愕し、双葉は四蔵の安否を案じ、愁二郎も守れなかった事実に動揺を隠せなかった。

標からの情報
道中で蠱毒の監視役・標と遭遇する。標は「黒札は無骨が持つ」「幻刀斎が半日後ろに迫っている」「残りは十三人」と示唆する。愁二郎は幻刀斎の脅威を察し、仲間に心構えを促した。

駅逓局からの返書
沼津宿に到着した愁二郎は駅逓局からの返書を受け取る。

  • 大久保暗殺は真実。
  • 四蔵は生存し、大久保を護ろうと戦ったが、強敵「中村半次郎(桐野利秋)」に阻まれた。
  • 半次郎は西南戦争で死んだはずが、実は生き延び、蠱毒を運営する勢力に加担している。

脱出計画の提示
前島密は軍を動かせない代わりに、駅逓局の管船課を通じて双葉と進次郎を脱出させる策を用意していた。英国要人の来訪に合わせて横浜港の船に乗せ、国外に保護する手筈であった。

横浜への決断
愁二郎は「十九日に横浜で響陣と合流し、その後港へ向かう」と告げる。双葉と進次郎は複雑ながらも、ついに脱出の希望を抱いた。

箱根越えと第六関門
十七日早朝、愁二郎らは沼津を発ち、三島を経て箱根峠へ向かう。険しい道のりであったが敵に遭遇することなく箱根宿へ到着した。そこで標と社が現れ、愁二郎・双葉・進次郎が二十点ずつで関門突破を確認する。標は「残り十三人」であること、さらに「失格者は出ていない」ことを示し、点数が偏らず分散していると推測された。

彩八の帰還と甚六の消息
峠道を進む途中、彩八が駆け付け、藤沢で甚六と再会したと報告する。甚六は無骨・カムイコチャと交戦し、辛くも逃れたものの、幻刀斎を討つために横浜で待ち構える決意を固めていた。甚六は軍が英国要人警備のために横浜へ集結することを利用し、銃火によって幻刀斎を討ち、自らも命を落とす覚悟を示していた。彩八は涙ながらに「止めてほしい」と兄弟に訴え、愁二郎は必ず力を貸すと応じた。

小田原宿での一泊
一行は夕暮れに小田原宿へ到着。翌十八日は戸塚まで進み、十九日に横浜入りして響陣と合流する計画を立てた。双葉は「十九日に船で離脱する」と決意を口にし、「だから何も気にせず甚六さんを助けて」と告げた。

小田原の異変と軍の出現
翌朝、小田原宿に多数の帝国陸軍兵が現れる。これは大久保暗殺後の情勢不安から、外国要人来訪に備え、第一・第三連隊が神奈川県全域を警備するための措置だった。小田原にも中隊約二百人が駐屯し、宿場全体が厳戒態勢に包まれた。

進行の困難
愁二郎たちは廃刀令違反を避けるため、刀や脇差を袋に隠し、進次郎の拳銃は「修理品」として所持許可証で誤魔化す算段を立てる。しかし出立直後から兵に呼び止められ、度重なる訊問で大幅な遅延は避けられない状況に陥る。愁二郎は「十九日の横浜入りに間に合うか」と胸中で焦燥を募らせながら、必死に笑顔で応対するのだった。

箱根宿への途上と過去の記憶
秋津楓は箱根宿を目前にした場所で足を止め、芦ノ湖を望みながら己の半生を思い返した。楓は安政三年に会津藩士の家に生まれたが、九歳の頃に父を暗殺で失い、母もやがて病に倒れた。母と姉は会津戦争で命を落とし、仇討ちの宿命を引き継いだ楓は剣の修行に励み続けた。やがて父の仇が薩摩藩の密偵・篠塚峰蔵、すなわち阿久根国光であることを知り、復讐の道を歩む決意を固めた。

阿久根国光との邂逅と復讐の達成
明治に入り、阿久根は鹿児島県の役人から海軍事務官へ転じ、やがて博打に溺れて零落していた。楓は情報を買い集め、掛川宿近くで遂に阿久根と対峙した。父を弄ぶように斬殺したと嘲る阿久根に憤怒し、激闘の末に討ち果たす。楓は父母姉の無念を晴らしたが、なお蠱毒に身を置き続けたのは、双葉のような少女の姿にかつての自分を重ねたからであった。

最後の戦いの決意
楓は既に消耗し、箱根を越えても生き残るのは困難と悟っていた。それでも次に現れる者と戦う覚悟を定め、山道で待ち構えた。そこに若い男が現れる。楓は薙刀を繰り出すが、男は人外の速さで受け止め、明らかに格上の力を示した。

若き剣士との激突と最期
楓は母の教えを胸に必死で応戦し、一撃をかすめて男を傷つけた。だが力の差は歴然であった。男は手加減していないにもかかわらず、互角に渡り合えていることを「不思議だ」と告げる。その言葉に楓は、女だからと侮られていないと知り、涙を流しつつも嬉しさを覚えた。最後の力を振り絞った一撃の後、男の刀が楓の胸を貫いた。湖面の光を目に焼き付けながら、楓は静かに果てた。

残り十二人
楓の死によって蠱毒の参加者は十二人となり、箱根の関門を巡る戦いはさらに苛烈さを増していくのであった。

玖ノ章 狼の詩

兄弟と継承戦の衝撃
甚六は山で育ち、五人の兄と一人の弟、妹に囲まれて暮らしていた。仲の良い兄弟との生活を当然のものと考えていたが、師から「継承戦」の存在を知らされ、いずれ兄弟が互いに殺し合い一人だけが残るという宿命に絶望した。兄弟を守るため、甚六は心に決意を固めた。

愁二郎の脱走と兄弟の決断
継承戦当日、愁二郎が姿を消した。師は激昂し、歴史上初の逃亡に狼狽えたが、甚六は内心で喝采を送った。愁二郎は逃亡によって運命に抗ったのである。残された七人は進退を巡って激論を交わし、甚六の「皆に生きていて欲しい」という言葉に心を動かされ、山を降りる決断を下した。甚六は最後に彩八を見送り、自らも山を去った。

師との対峙と真実への仮説
帰還した師に残留を咎められた甚六は、己が「食狼持ち」であることを告げ、師の弱点を見抜いていた。師が最後に倒した相手の奥義が劣化するという仮説を立て、師が元は「巨門持ち」であったと看破した。もはや食狼で師を凌駕した甚六は山を降り、放浪の旅に出た。

放浪と成長
甚六は諸国を巡り、剣と食狼を磨き続けた。漁師や旅籠の女将、住職など多くの人々と出会い、恋も知った。こうして己の選択は間違いではなかったと確信しつつ、いつか幻刀斎を討つために力を蓄えた。やがて食狼の技が成長を続けることに気付き、継承戦の奥義には「伸び代」が存在するという新たな疑問を抱いた。

義経の謎と京八流の秘密
佐用の住職との会話で、京八流と源義経の関わりに疑問を持った。義経は食狼や巨門を使えた形跡がなく、実際には「候補者」のまま死んだと推測した。そこから京八流の継承には秘密があると確信を深めた。

軍への参加と幻刀斎との遭遇
明治期、甚六は東北鎮台に入隊した。そこで二度にわたり幻刀斎と遭遇し、死闘を繰り広げた。食狼によって対抗できたが倒すには至らなかった。鎮台を避ける幻刀斎の姿に、甚六は「人ならば殺せる」と希望を見出した。

四蔵との再会と仮説の深化
広島鎮台の兄・四蔵と再会し、風五郎と七弥の死を知らされた。四蔵が複数の奥義を継承していたことから、奥義には「相性」があると推測を強めた。最終的に京八流の継承は必然ではなく、仕組みによるものだとほぼ確信するに至った。

蠱毒への参加
やがて京で蠱毒が開催されると知り、甚六は休職願を出して参加を決意した。三百近い参加者の中で札番二百九十二番を得、幻刀斎や兄弟の存在を察しながら戦いに臨んだ。背後には監視役の女・椒が付き、会話を交わすうちに彼女にも事情があると感じ、感謝を抱いた。奇襲を受ける気配に備えつつ、甚六は横浜への道を進み続けた。

横浜の舞台と幻刀斎との決戦
明治に入り異国情緒あふれる横浜に、甚六は五月十七日に到着する。大久保利通暗殺の影響で町は厳戒態勢、兵が溢れ軍艦も入港していた。甚六は宿命の相手・幻刀斎を誘い出すため伝言板を利用し、二十日ついに人混みの中で対峙する。雑踏の只中で刀を交える二人に人々は恐慌、軍も介入して銃撃が始まる。甚六は「食狼」を極限まで磨き上げ、ついに銃弾さえ弾き返してみせる。老いた幻刀斎は恐怖に顔を歪めつつ逃走、甚六は子供を庇い銃弾を受けて傷を負うもなお追い続けた。

愁二郎との再会
逃走劇の最中、甚六の前に十三年ぶりに愁二郎が現れる。鞍馬山で別れて以来の再会だった。甚六は瀕死の状態で子供を守り抜き、愁二郎に兄弟たちを託す。二人は「武曲」と「食狼」を同時に放ち、幾星霜を経ても息の合う連携を見せる。路地裏に逃げ込み、軍兵の包囲から束の間の猶予を得る。

京八流の真実と甚六の覚悟
傷を抱えた甚六は愁二郎に、自らが長年抱いてきた仮説を語る。

  • 奥義には相性があり、北辰から文曲まで八つの順番に並んでいる。
  • 本来京八流は八人で受け継ぎ、力を合わせて敵に臨むためのものだった。
  • 継承戦は誰かが奥義を独占するためにでっち上げた虚構である。

甚六は自らの命が長くないことを悟り、食狼を愁二郎に継承する決意を固める。奥義は「奪う」ものではなく「託す」ものだと示し、兄弟に最後の言葉を残す。

最後の戦いと託された未来
甚六は大量の軍兵に斬り込み、愁二郎に突破口を開く。食狼と武曲は驚くほどの相性を発揮し、愁二郎は弾幕をかいくぐり港へ向かう。甚六の声と姿は次第に遠ざかり、兄弟の想いを背負った愁二郎は涙を堪えつつ走り抜ける。

残り、十一人

拾ノ章 鉄の路(くろがねのみち)

彩八・双葉・進次郎の横浜脱出

甚六と愁二郎は戻らず、彩八は双葉と進次郎を伴い、港を目指して横浜の市中を進んだ。彩八は必ず抜けられると信じて行動を先導した。進次郎と双葉はそれぞれ所持していた札を差し出し、全員で百点に到達したことで東京に入れる目途が立った。しかし、響陣の所在はいまだ不明のままであった。

無骨の襲来

その最中、市街には銃声が響き、半鐘が乱打されて人々は恐怖に駆られて逃げ惑った。混乱の只中に現れたのは狂剣・貫地谷無骨であった。無骨は兵卒を容赦なく斬り捨て、さらに死体を盾として用い、逃げ惑う民をも巻き込んで地獄絵図を作り出した。彩八は立ち向かったが、無骨は双葉を標的とし、彩八を翻弄しながら追い詰めていった。

ギルバートの乱入

絶体絶命の刹那、異人剣士ギルバートが現れ、双葉を庇うようにして無骨を吹き飛ばした。ギルバートは双葉を守ることを最優先に掲げ、彩八と共に無骨へと立ち向かった。彼は札が足りないことを知りながらも迷わず介入したのである。

彩八の決断と別れ

戦いは苛烈を極め、ギルバートは果敢に無骨へ挑み、彩八と双葉に逃走の機会を与えた。彩八は後ろ髪を引かれつつも双葉と進次郎を連れ、横浜からの脱出を選んだ。血と炎に包まれる街を背にしながらも、彩八は必ず兄弟と再会し、生き延びることを胸に誓ったのである。

愁二郎の脱出計画

愁二郎は大岡川沿いを港へ向けて走り、なおも軍兵に追われ続けていた。個人としては振り切れても、軍という集団に執拗に捕捉されている状況であった。彼の計画は港で彩八や響陣と合流し、船で横浜を脱出した後に山手を抜け、東海道へ復帰するというものであった。

弁天橋での再会

川沿いを走る愁二郎は、彩八・響陣・双葉と再会した。進次郎は既に船に乗ったと双葉から告げられ、愁二郎はそれを受け止めた。彩八の手引きにより、一行は東京までの最速手段である蒸気機関車の利用を決断する。甚六の死についても愁二郎は彩八に告げ、その最期の言葉を伝えた。彩八は涙を堪え、胸に哀しみを抱いた。

幻刀斎の出現

その時、愁二郎は北辰を通して異様な気配を察知した。川を下る小舟の上に佇むのは岡部幻刀斎であった。彼は船から飛び出し、弁天橋に先回りして進路を塞いだ。彩八は激昂して二刀を抜き、愁二郎と共に立ち向かった。橋上で三本の刃が交錯し、周囲は騒然となった。響陣と双葉はその隙に橋を渡り切った。

時間稼ぎの決断

幻刀斎は圧倒的な技量で攻め立て、彩八も必死に抗したが、時間が足りなかった。軍勢も背後から迫る中で、愁二郎は殿を務めて時を稼ぐと決断した。彩八に双葉を託し、停車場へと急がせた。幻刀斎が追おうとすると、愁二郎が立ちはだかり、真っ向から戦いを受けた。

愁二郎と幻刀斎の死闘

幻刀斎は島田で戦った鎖鎌の男の言葉を持ち出し、愁二郎を挑発した。激しい刃の応酬の中、愁二郎は兄から受け継いだ「貪狼」の技を放ち、なおも心魂を燃やし続けた。横浜の街を背に、愁二郎と幻刀斎の死闘が幕を開けたのである。
残り、十人。

拾壱ノ章 旅の果て

特別命令と停車場の混乱

午後四時十一分、横浜停車場に工部省からの「特別命令」が下る。内容は「合言葉を持つ者を東京まで蒸気機関車で運べ」という前代未聞の指示であった。駅員や火夫たちは困惑するが、合言葉「串団子より願う」を告げた双葉と彩八、響陣が到着。さらに愁二郎が追いつき、軍に追われる中で臨時便「23号」が出発することとなった。

臨時便の出発

火夫の平野平左衛門ら三人は、自らの責任で機関車を動かす決意を固める。軍人が追いすがり、下等車両に乗り込んでくる中、愁二郎は辛うじて屋根に飛び乗り、双葉たちと合流する。横浜を後にした汽車は、特別便として新橋まで直行することになった。

車上の乱戦

軍兵が次々と車両に侵入し、屋根に群がる。彩八と響陣は車内で奮戦し、愁二郎は屋根を駆けながら軍兵を薙ぎ払って進む。その中で現れたのは、宿敵・貫地谷無骨。愁二郎との死闘を求め、軍兵を蹴散らしながら迫ってきた。

幻刀斎と無骨

弁天橋で斬り結んだ幻刀斎も汽車にしがみついていたが、そこへ無骨が乱入。二人は鍔迫り合いとなり、ついに幻刀斎は振り払われ、愁二郎と無骨の一騎討ちへと移っていった。

愁二郎と無骨、最終決戦

疾走する汽車の屋根上で、二人の刃が激突する。無骨は乱斬りの豪剣を浴びせ、愁二郎は食狼・武曲を駆使して応戦。ついに折れた丹波守吉道の切先を蹴り込む「武曲」で無骨を貫いた。無骨は最期に「楽しかった」と満足げに笑い、己の刀「村雨」を愁二郎に託して果てた。

東京への到達

無骨を斃し、愁二郎は落ちた札を掴み取る。汽車は品川停車場に突入し、双葉・彩八・響陣に続いて、愁二郎は五番目に東京入りを果たした。京からの四百九十三キロ、十五日間の死闘の旅路がここで幕を閉じる。

残り、九人。
物語は次巻「天ノ巻」へと続く。

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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