物語の概要
本作は異世界ファンタジー兼架空戦記作品である。魔王を討ち果たしたことで終戦ムードに包まれた世界において、伯爵令嬢ロメリアが婚約破棄という扱いを受けながらも、依然として人類を脅かす残存勢力の脅威を見据え、自ら軍隊を組織して再起を図る物語である。既存の英雄譚の“その後”を描き、終戦後の内政・軍事・再建といったテーマを軸に展開している。
主要キャラクター
- ロメリア・アル・レイ:本作の主人公であり伯爵令嬢。魔王討伐を果たしたが婚約破棄され、見捨てられた立場から人類の再興を目指し軍隊を組織する。
物語の特徴
本作の魅力は、いわゆる「魔王を倒した次」の物語、つまり“勝利後の不安”を描いている点である。英雄譚の結末が安穏で終わらず、むしろそこから新たな戦記が始まるという構図が新鮮である。また、主人公が令嬢という立場ながら軍隊を率いて戦略・兵站・政治といった重厚なテーマに飛び込んでいく点も他作品と差別化されており、読者にとって興味深い。さらに、婚約破棄という個人的な屈辱を背負いながらも復権を図るというヒロインの立ち位置も魅力的である。加えて、2026年にテレビアニメ化が決定しており、メディア展開面でも注目を集めている。
書籍情報
ロメリア戦記 外伝 ~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~
著者:有山リョウ 氏
イラスト:上戸亮 氏
出版社:小学館
レーベル:ガガガブックス
発売日:2023年7月19日
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
あらすじ・内容
ギリエ峡谷の魔物を駆逐したロメリア達は、自らの地盤を固めるべく港の建設に着手していた。
しかし港を運営するための知識と技術を、ロメリア達は保有していない。
ロメリアは仲間達と共に、メビュウム内海にあるメルカ島に協力を求めるべく船出する。
だが、行く手にはロメリア達の海洋進出をよく思わない他国の勢力が立ちはだかっていた。
隣国ハメイル王国とその手先であるヴァール諸島。そして最近出没すると言われる覆面の海賊達。様々な勢力の思惑と策謀が交錯する。
一巻と二巻の間、本編で語られることのなかったロメリア達の海洋での戦いが明かされる。
感想
本編一巻と二巻の間を繋ぐ外伝であり、ギリエ峡谷の魔物を退けたロメリアが、次の一手として領内の入江に港を築き上げていく過程が描かれる物語である。カシュー地方の港建設現場を歩きながら、道路整備や炊き出し、移住者の受け入れ、読み書きのできる事務要員の確保まで、インフラ整備と人材集めを同時並行で進めていく様子が丁寧に描写されており、「戦場の勇者」がそのまま「領地経営者」として動き始める転換点として非常に興味深い。
しかしライオネル王国には海運のノウハウがなく、港を運営する知識も人材も足りない。そこでロメリアは、内海交易の要衝だったメルカ島へ自ら協力を求めに向かう。護衛船「怠け者号」での航海では、風の魔道具を活かした独特の推進方式や、レイの風魔法の開眼、船酔いで倒れる仲間たちの姿など、海という新たなフィールドでの冒険が描かれ、世界の広がりと技術面の面白さが一気に膨らむ。同時に、メルカ島側が十年前の戦争と「陸の国」による搾取で深く傷つき、戦災孤児や失業者であふれた寂れた港になっている現状も浮き彫りにされる。
メルカ島到着後は、島主ラディック家との交渉や島民集会を通じて、単なる「雇う側/雇われる側」の関係を超えていく過程が描かれる。ロメリアは、最低賃金や治療費補助を明文化した出稼ぎ契約を結び、港で働く男手・女手・家族連れをまとめて受け入れる体制を整えていく。一方で、戦災孤児たちを率いるメアリーや、顔に火傷を負った少女アンのように、「陸の国」を一切信用しない層もおり、炊き出しや誠意ある条件だけでは埋めきれない心の断絶が強く印象に残る。
物語の後半では、その断絶が一気に噴き出す。メアリーが「陸の連中」を信じきれず、ヴァール諸島とハメイル王国の甘言に乗せられてロメリアを拉致する展開から、銀翼号と怠け者号、さらにヴァールの炎獅子号を巻き込んだ海戦へと発展していく。戦場では、戦災孤児を相手には本気で斬れないロメ隊と、憎悪に突き動かされて剣を振るう子供たちとの間で葛藤が生まれ、ジニが自分だけ傷を負い続けながら誰も死なせない戦い方を貫く場面は、読み手の胸に強く刺さる。その一方で、アルとレイが巨大な凧を使って空から炎獅子号へ突入する大胆な救出劇や、炎上する海賊船からの決死の脱出など、冒険譚としての高揚感も存分に盛り込まれている。
最終的にロメリアは、ハメイル王国が裏で誘拐を指示していた書状を押さえることで、ヴァール諸島に「ライオネル王国の船を襲わない」という条件を呑ませ、メルカ島とは正式な協力関係を結ぶに至る。内海の海賊たちを、力ずくではなく交渉と実力の両面で自軍の側に引き寄せ、港湾局と海軍の礎を築いていくロメリアの手腕は見事というほかなく、「よくぞここまで先を見て動いている」と感嘆させられる。単に内海を舞台にした番外編ではなく、「港」と「海軍」という形で、後の魔族大陸への進出や魔導船再現への布石を着々と打っていることが伝わってくる構成である。
同時に、この外伝は戦いや政治だけの物語ではない。ガットとポーラの不器用な恋模様、ゼゼとジニの関係性、ロメ隊の面々がそれぞれ成長していく姿、メアリーと戦災孤児たちの抱える痛みなど、人間関係や日常の機微がしっかりと描かれていることで、物語全体に厚みが生まれている。炊き出しの鍋を囲む子供たち、詩を覚えないロメリアにぼやくヴェッリ、貴族作法に頭を抱えるロメ隊といった細部も、戦記物としての重さを和らげつつ、登場人物たちを身近に感じさせてくれる。
『ロメリア戦記』の世界観が好きな読者にとって、本編の空白期間を埋めるだけでなく、ロメリアが「陸の戦場の英雄」から「海をも視野に収める統治者・戦略家へ」と変わっていく過程を味わえる一冊である。本編では描ききれなかった港造りと海洋進出の裏側、戦災孤児と島民との向き合い方、内海勢力との微妙な駆け引きなど、どれもシリーズ全体を見渡したとき重要なピースになっていると感じられる。シリーズ読者にはぜひ読んでほしい外伝である。
最後までお読み頂きありがとうございます。
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
登場キャラクター
ロメリア
カシュー地方の港建設と海洋進出を主導する伯爵令嬢であり、戦場で培った指揮力を領地経営に転用している人物である。内海交易と港湾局・海軍の基盤づくりを通じて、ライオネル王国の将来像を組み立てている。
・ライオネル王国グラハム伯爵家の娘である。カシュー地方の港建設と街道整備を統括する立場である。
・港建設現場の視察、資材と労働者の受け入れ、炊き出しや衛生管理の確認など、現場実務を自ら歩いて把握している。メルカ島へ出向き出稼ぎ契約を結び、銀翼号で拉致されたのち、内通者カイルの働きも利用して炎獅子号との戦闘を逆転させた。
・ギリエ渓谷の鉱山資材を正式転用させる手続きや、ヴァール諸島とハメイル王国の密約文書を外交カードとして押さえたことで、港湾局と将来の海軍構想において大きな影響力を得つつある。
アル
ロメ隊の前線戦力であり、剣技と火の魔法を併せ持つ若者である。感情表現が率直で、戦場では先頭に立つことが多い。
・ロメ隊に所属する兵士である。カシュー地方守備隊の一員でもある。
・メルカ島の男衆への勧誘で演説役を務め、港づくりへの参加を呼びかけた。銀翼号甲板では子供兵の武器を折る形で無力化に努め、炎獅子号との戦闘では火球からロメリアを守った。
・一度はメアリーの風魔法で海へ吹き飛ばされたが、レイと共に巨大な凧を用いて炎獅子号へ強襲し、海上戦の流れを変える役割を果たした。
レイ
風魔法を得意とするロメ隊員であり、冷静な判断と吸収力の高い魔法技能を持つ人物である。
・ロメ隊に所属する魔法使いである。
・怠け者号でモーリスの助言を受け、風魔道具と連携して周囲の風を読み、船の推進力を高める技術を身につけた。メルカ島では女衆への勧誘に参加し、海戦では巨大な凧と風魔法を組み合わせて炎獅子号への突入を成功させた。
・魔法適性の高さをモーリスに評価され、船乗りとして誘われたが、ロメリアの下で働き続ける選択をしている。今後の海軍構想においても重要な人材と見なされている。
ゼゼ
ロメ隊の中核であり、冷静さと面倒見の良さを兼ね備えた若者である。子供たちに対して弱さを見せる一面も持つ。
・ロメ隊の副隊長を務めていた兵士である。炊き出し事件の処分により一時的に一兵卒となった。
・メルカ港前の広場で独断で炊き出しを行い、飢えた子供たちに食事を配った。銀翼号では戦災孤児アンと交戦し、彼女の正体に気づいた後も斬ることを避けようとした。
・幼少期に父から虐待を受け妹を失った過去を持ち、痩せた子供を見ると動揺する弱点がある。アンに刺された後も彼女をかばう姿勢を貫き、仲間から信頼される人物像が強まっている。
ジニ
ゼゼの幼なじみであり、鋭い剣技と観察力を持つロメ隊員である。自己犠牲的な戦い方を選ぶ傾向がある。
・ロメ隊に所属する剣士である。戦場ではゼゼと並ぶ実力者である。
・銀翼号でアンの攻撃を受ける場面では、自らが何度も斬られながら一歩ずつ前に出て首元に剣を突きつける戦い方を取り、誰も致命傷を負わない形で戦闘を終わらせようとした。
・ゼゼの家庭環境と妹の死を知りながら助けられなかった過去を告白し、アンに対しても同じ過ちを繰り返さないと誓ったことで、戦災孤児たちの心情を揺り動かす存在になっている。
ボレル
読み書きができる数少ないロメ隊員であり、事務作業も現場作業もこなす実務派の兵士である。
・ロメ隊所属の兵士である。多人数家族の出身である。
・ギリエ渓谷からの労働者受け入れの際には名簿照合と資材確認を担当し、港建設現場の管理に貢献した。銀翼号と炎獅子号の戦闘にも前線兵として参加し、斬り込み役を志願した。
・大家族の移住により、港に定住する一族の核となりつつあり、港町の活気づくりにも関与する立場になっている。
ガット
力仕事を得意とするロメ隊員であり、読み書きの劣等感を抱えつつ成長を目指す若者である。
・ロメ隊に所属する兵士である。港建設現場でも肉体労働に従事している。
・港での労働者受け入れ時には名簿確認に不安を示したが、メルカ島行きの航海中にロメリアから読み書きの手ほどきを受け、高い集中力で習得を進めた。銀翼号と炎獅子号の戦闘では前線防御陣形の一角を担った。
・炎獅子号の炎上時にはハメイル王国の書状を守るために錨にしがみつき、濡らさずに持ち帰ることに成功した。これにより外交上の決定的な証拠を確保した人物となっている。
ポーラ
ボレルの一族に属する若い女性であり、読み書きと計算に長けた事務要員候補である。ガットの成長を促す役割も担っている。
・ボレルの母ポリセラの娘である。かつて村の役場で記入係補助を務めていた。
・港の事務仕事を志願し、ロメリアの雑務補助として採用された。カシューの執務室での書類整理に加え、メルカ島への出張にも同行し、人手不足の事務作業を支えた。
・ガットに対して好意を抱きつつも、彼が現状に満足せず成長することを望み、あえて焦らす態度を取っている。ガットが読み書きを学ぶ大きな動機となっている。
モーリス・ラディック
怠け者号の船長であり、実際にはメルカ島の島主でもある人物である。穏やかな口調の裏に熟練の操船技術と現実的な判断力を持つ。
・メルカ島ラディック家の当主である。怠け者号の船長としても活動している。
・風の魔道具を利用した航行技術に長け、怠け者号でメルカ島までの航路を短期間で走破した。メルカ島での出稼ぎ契約締結や、銀翼号制圧後の連携攻撃などでも要所で判断を下した。
・当初は身分を隠しバーボを表向きの島主として立てていたが、ロメリアの行動と炊き出しの光景を見て正式に協力を決断し、ライオネル王国との同盟関係を結んでいる。
メアリー
モーリスの娘であり、銀翼号を率いる若い指揮官である。戦災孤児たちを束ねる立場にあり、陸の国を強く警戒している。
・メルカ島出身である。銀翼号の船長として海賊行為に近い活動を行っている。
・ハメイル王国とヴァール諸島の甘言を受けてロメリアの拉致を実行し、巨大な凧と風魔法を用いた海戦で怠け者号を追い詰めた。戦災孤児たちを乗組員として保護し、彼らの行き場を確保している。
・ロメリアとの対話とジニの自己犠牲的な戦い、アンの涙を受けて停戦を命じた。最終的にはヴァール諸島に利用されかけていた事実を認識し、ロメリアと共闘する方向へ考えを改めている。
アン
顔に大きな火傷痕を持つ少女であり、戦災孤児たちの中でも特に深い憎悪を抱く存在である。
・メルカ島出身の戦災孤児である。銀翼号の一員として戦闘に参加している。
・炊き出しの場ではゼゼの差し出した料理を叩き落とし、「陸の連中」を強く拒絶した。銀翼号では覆面姿でロメ隊と戦い、ゼゼの腹を刺して重傷を負わせた。
・ジニの懺悔と自傷を伴う戦いに直面し、メアリーの制止とゼゼの笑顔の中で号泣して武器を捨てた。これにより他の子供兵も戦意を失い、戦闘終結のきっかけとなっている。
カイル
ロメリア麾下の工作員であり、潜入と情報収集を得意とする人物である。
・ロメ隊と連携する諜報役である。偽装や潜入を任務とする立場である。
・ロメリアより先行してメルカ島へ潜入し、その後は覆面の子供として銀翼号に紛れ込んでいた。ロメリアの合図を受けてメアリーの剣を弾き、銀翼号制圧の合図を送った。
・炎獅子号への斬り込みにも参加し、ハメイル王国の関与を示す書状の奪取要求をボーンに突きつけたことで、外交カード確保の一端を担っている。
ボーン
ヴァール諸島の炎獅子号を率いる海賊船長であり、ハメイル王国の庇護を受けて活動する男である。
・ヴァール諸島の有力な船長である。炎獅子号を指揮する立場である。
・ハメイル王国からの書状を根拠にロメリア拉致を画策し、メアリーと密談して誘拐計画を進めた。炎獅子号から火球や矢で銀翼号を攻撃し、撤退時には自らの船に火を放って逃走した。
・ハメイル王国の密書をロメリアに握られたことで、ライオネル王国の船を襲わない条件を飲まざるを得なくなり、今後の行動を大きく制限される立場となっている。
周辺キャラクター
セリュレ
内海交易を担う商人であり、ロメリアの海洋進出計画を実務面で支える人物である。
・メビュウム内海を行き来する交易商である。自前の交易船を運用している。
・ベリア産の高級絹を相場の半額で仕入れるなど、商才を発揮している。怠け者号を護衛船として雇い、ロメリアとモーリスを引き合わせる役目も担った。
・ヴァール諸島寄港時の歓迎されない空気から、内海勢力がライオネル王国の進出を警戒していることを察知し、その情報をロメリアに伝えた。
ヴェッリ
ロメリアの家庭教師兼軍師であり、歴史と戦略の両面から彼女を導く人物である。
・グラハム伯爵家に仕える軍師である。ロメリアの教育係でもある。
・大蒜配給停止が反乱につながった歴史などを教え、ロメリアの食料政策や炊き出しの考え方に影響を与えた。ギリエ渓谷からの資材と労働者の到着確認にも赴き、現場の実務にも関わった。
・ロメリア不在時には王国内での対応を一手に引き受ける予定とされており、今後の海軍構想や外交交渉でも重要な役割を担うことが示唆されている。
クインズ
港湾運営の事務面を支える実務官であり、海運関連の手続き構築を担当する人物である。
・ロメリアの配下として港の事務を統括する役職にある。
・セリュレの交易船の入港手続き、関税や使用料の設定、人員手配などを試行錯誤で進め、港湾局の原型となる業務フローを作り始めている。
・港湾運営の中核事務官として、今後正式な港湾局設置時には重要なポストに就く可能性が高い立場である。
ベン
ロメ隊の料理係であり、大人数への食事提供と食料管理を任される人物である。
・ロメ隊所属の兵士である。調理係を務める立場である。
・港建設現場の広場で大鍋料理を作り、作業員や兵士の食事を用意した。大蒜を多く使った料理を通じて、労働者の体力維持に貢献した。
・食料は横領が発覚しにくい分野と認識されている中で、ロメリアから信頼されて任用されており、現場の規律維持にも関わる存在である。
ガンゼ親方
港の石造工事を指揮する職人親方であり、現場監督として工事を支える人物である。
・カシュー地方の石工を束ねる親方である。港の岸壁と基礎工事の責任者である。
・爆裂魔石で砕いた岩を利用し、堤防や岸壁を築く作業を進めた。ロメリアに工事の進捗を説明し、現場の判断を随時共有した。
・成り上がりの出自ゆえに家格にこだわらず、娘エリーヌとロメ隊員オットーの仲を容認する姿勢を見せ、港に根づく新たな人間関係の土台を作っている。
エリーヌ
ガンゼ親方の娘であり、現場で働く職人や兵士の世話を焼く若い女性である。
・ガンゼ親方の家族である。港建設現場に出入りしている。
・怪力のロメ隊員オットーの身の回りを気遣い、水分補給や作業の様子を見守っている。
・親方から交際を咎められず、将来的にオットーと家族を築く可能性が示唆されており、港に定住する新しい家の一つとなる存在である。
ミア
癒やしの力を持つ治療役であり、港の医療体制を担う人物である。
・港に設けられた病院に勤務する癒し手である。
・負傷者や体調不良者の診療を担当し、ロメリアからの疫病発生の有無の確認に対して「現在はいない」と回答した。
・兵士ミーチャとの関係を通じて、港での人間関係の一つの軸となっており、今後も医療と生活面の両方で港に根づく存在になっている。
ミーチャ
港で働く若い兵士であり、ミアに好意を寄せる人物である。
・ロメ隊に所属する兵士である。
・かつてミアに治療を受けたことをきっかけに、病院に水汲みの手伝いとして現れるようになった。
・ロメリアからは勤務への影響を抑える条件付きで手伝いが許可されており、港でのささやかな恋愛模様の一端を担っている。
ブライ
道路工事を指揮するロメ隊員であり、古代帝国の技術を実務へ落とし込む役割を持つ人物である。
・ロメ隊所属の兵士である。工事現場では指揮役を務める。
・港への出入口となる道路で、石と砂利を層状に敷き詰める古代ライツベルク帝国式の石畳工法を兵士たちと共に実践した。
・千年先まで残る道路づくりを目標に掲げるロメリアの方針を現場に反映させる存在であり、インフラ整備の要となっている。
バーボ・ラディック
メルカ島で表向き島主として振る舞う青年であり、実務能力に優れた後継候補である。
・メルカ島ラディック家の養子である。島主代理として島民を取りまとめる立場にある。
・ロメリアと出稼ぎ契約を交渉し、男性・女性・子連れ出稼ぎ希望者の人数を整理した。最低賃金や治療費補助などの条件調整でも粘り強い交渉を行った。
・今後モーリスの後継として島を担う器量を見せており、ライオネル王国との同盟後も島の実務を支える中心人物になると見込まれている。
レベッカ
ラディック家の使用人であり、家中の実務を取り仕切る女性である。
・メルカ島ラディック家に仕える使用人である。執事的な役割を担っている。
・ロメリア一行の急な来訪にも落ち着いて応対し、客間の準備や茶の提供、女性出稼ぎ希望者の取りまとめなどを行った。
・モーリスやバーボを叱咤する立場でもあり、島の内政を実質的に動かす影響力を持っている。
グラハム伯爵
ロメリアの父であり、王都との関係調整と書類上の工作を担う貴族である。
・ライオネル王国グラハム伯爵家の当主である。
・不振に終わった金鉱山の資材を港建設に正式転用する案を出し、書類を遡って整えることで爆裂魔石横流し問題を処理した。
・直接現場には登場しないが、王家との関係や書類上の調整を通じて、ロメリアの港建設を裏側から支える存在となっている。
展開まとめ
第一章
~地盤固めのために、港造りを開始した~
港建設現場の視察とロメ隊の面々
ライオネル王国カシュー地方の入江で港建設が進む中、ロメリアは現場を巡回し、警備に当たるゼゼとジニと合流した。二人に昼食後の会議への出席と仲間への伝達を命じつつ、セリュレから贈られた赤い服をからかわれつつも、ゼゼのかっこいいという言葉には素直に喜んでいた。
入江発見の経緯と港建設の意義
工事責任者ガンゼ親方とともに入江を見渡し、ロメリアはかつてアンリ王子との魔王討伐の旅の途中、難破してこの入江に流れ着いた経緯を思い返していた。恩寵の力により命拾いした場所を港に選びつつ、美しい砂浜を埋め立てねば大型船が利用できないことを確認し、この港が王国の通行税負担を解消し物流を一変させるとの認識を共有した。
爆裂魔石の横流し問題の解消
岸壁は爆裂魔石で破砕されており、その多くはギリエ渓谷の金鉱山から横流しされていた。ロメリアは金鉱山が不振に終わり王家の関心が薄れたことを利用し、父グラハム伯爵の提案で鉱山用資材を正式に港建設に転用させたうえで書類を遡って改竄し、横領の痕跡を消して工事を安定させた。
オットーとエリーヌ、現場を支える人々
現場では怪力のロメ隊員オットーが大岩を運び、ガンゼ親方の娘エリーヌに世話を焼かれていた。ガンゼ親方は自らの成り上がりの出自から家格を気にせず、二人が好き合うなら構わないと考えていた。ロメリアはその様子に二人の将来の幸福を感じ取った。
病院での疫病確認とミーチャの恋
港には負傷者や兵士用に病院が設けられ、癒し手のミアが治療に当たっていた。ロメリアは疫病発生の有無を確認し、現時点で体調不良者がいないことを聞いて安堵した。そこへかつてミアに治療されたミーチャが水汲みを手伝いに現れ、露骨に好意を示したため、ロメリアは勤務に支障が出ないことを条件に非番時の手伝いのみを許可した。
道路工事と古代帝国の技術
港入口の道路ではロメ隊のブライが兵士達と協力し、石や砂利を層状に敷き詰めた石畳づくりを指揮していた。ロメリアは古のライツベルク帝国の街道が千年を経ても草木に埋もれなかった構造を説明し、この工法を踏襲することで自分たちの造る道路も千年後まで残ると語った。
炊き出しと大蒜の話、師ヴェッリとのやり取り
広場では料理上手なロメ隊員ベンが作業員用の大鍋料理を作っており、ロメリアは大蒜を多く仕入れた理由として、古代の砂漠の国で奴隷への大蒜配給停止が反乱のきっかけとなったという歴史を語った。そこへ家庭教師で軍師のヴェッリが現れ、十年前に自分が教えた話をよく覚えていると感心しつつ、詩を覚えないロメリアにぼやいた。ロメリアは詩が苦手であることから話題を料理の方へそらしつつ、港造りの最前線を歩き続けていた。
食料管理とベンを任用した理由
昼食の準備場を後にしたロメリアは、料理係ベンについてヴェッリと語り合い、突貫工事で金が大きく動く中でも、彼なら味見はしても食材や経費の横領はしないと人柄への信頼を再確認していた。食料は不正が発覚しにくい分野であり、だからこそ信頼できる者に任せる必要があると認識していた。
交易船対応と港湾運営体制の課題
港の工事と並行して、セリュレが先走って手配した交易船への対応をクインズが一手に担い、関税や使用料、人員手配など海洋交易の仕組み作りに手探りで取り組んでいた。ロメリアは、この先本格運用のためには港湾局のような専門部署と経験ある人材の確保が不可欠だと考えており、遠方に派遣していたカイルの「ある任務」が順調との報告を朗報として受け止めていた。
ギリエ渓谷からの資材・労働者の到着
ギリエ渓谷から資材と労働者を乗せた馬車隊が到着し、ヴェッリが確認に向かった。ロメリアはボレルとガットに名簿照合や資材確認を任せるが、読み書きに不安を抱えるガットは渋い顔をし、勉強を怠ったことをボレルに咎められていた。金鉱山で借金を抱えた労働者たちは暗い表情をしていたが、ロメリアは彼らがここで働き借金を返せるよう期待していた。
ボレルの大家族の移住と港への定住促進
一風変わった二台の馬車からは、妊婦ポリセラを中心とする大所帯の一族が降り立ち、無料の家を目当てに移住に来たことが判明した。ポリセラがボレルの母であると分かり、ボレルは突然の一家総出の移住に驚きつつも再会を喜んだ。子どもたちに群がられる様子から、この一族が活力ある移住者として港の活性化に寄与するであろうことが示されていた。
ポーラの就職志願とガットの出世条件
一族の中には、かつて村の役場で記入係補助を務め、読み書きと計算ができるポーラもいた。彼女は港での事務仕事を強く希望し、ロメリアはその意欲を評価して自分の雑務補助に就かせ、働きぶり次第で正式な記入係採用も検討すると約束した。一方、告白の機会を逃し続けるガットは、ポーラに「自分のほうが出世する」と宣言され、ボレルやロメリアからも出世には読み書きが不可欠だと諭される。ガットは意気消沈しつつも、勉強に励む決意を固めつつあった。
書簡作成と事務作業の逼迫
ロメリアはグラハム伯爵家の紋章入りの封蝋で書簡を仕上げ、家の権威を背負う重要な仕事を自ら行っていた。その一方で執務室は決裁済み・未処理の書類で溢れ返っており、整理の時間すら取れないほど事務作業が逼迫していた。港建設現場同様、裏方の事務要員も不足しており、ポーラの採用に大きな期待を寄せていた。
ロメ隊幹部の招集とカシューの魔物討伐
ロメリアはアルとレイ、さらにゼゼ、ジニ、ボレル、ガットを呼び出し、まずグランとラグンからの魔物討伐報告書を確認した。双子らは兵士たちと共に三十二体の魔物を討伐し、死者なし・重傷者なしという成果を上げ、カシュー全域から魔物をほぼ駆逐することに成功していた。これはかつてロメリアが「故郷を守るために戦え」と焚きつけた結果でもあり、今やロメ隊にとって誇りとなっていたが、ロメリアの真の目的は将来の商業発展を見据えた街道の安全確保にあった。
経済活性化の条件と港に必要な人材像
応接室に移動したロメリアは、経済を活性化させるには「金・物・人」の流れが必要であると確認し、この港は交易によって「物」と「金」を集める拠点になると説明した。そのうえで、船荷を扱う労働者、宿や料理屋、酒場、さらには娯楽や一部の夜の職業まで含め、多様な働き手とサービスが港には欠かせないと示した。ギリエ渓谷から来た鉱山労働者は一時的な出稼ぎであり、長期的な港運営の担い手にはなりにくいことから、定住して働く人材を別途確保する必要があると認識していた。
メルカ島行きの方針と「海賊」との協力構想
移住者の集まりが悪い現状を踏まえ、ロメリアは自ら労働者募集に出向く方針を示し、メビュウム内海中央のメルカ島を目的地として指し示した。メビュウム内海の島々では、住民が縄張りを持つ「海賊」として船を襲う一方、通行料を払えば護衛・中継も担う存在であることを説明し、港の運営知識や航海技術を持つ彼らを雇い入れ、味方として取り込む必要性を強調した。ライオネル王国には海運・港湾のノウハウがないため、島民との協力が港の成功の鍵と位置づけていた。
セリュレの交易船の帰還とヴァール諸島の不穏な気配
そこへクインズが、セリュレの交易船が沖に到着したと報告。ロメリアはロメ隊を伴い入江へ向かい、桟橋でセリュレと再会した。セリュレはベリア産の最高級絹を相場の半値で仕入れるなど大成功を報告し、今後も継続的な航路開設に意欲を示していた。一方で、途中寄港したヴァール諸島では歓迎されず、商人としての勘から「良くない感触」を覚えたことを打ち明け、内海既存勢力がライオネル王国の海洋進出を警戒している可能性が示唆された。
モーリス船長との合流とメルカ島への出港準備
セリュレは護衛船の船長モーリスをロメリアに紹介した。赤毛と赤髭を蓄え熊のような風貌ながら、礼儀正しく柔和な笑みを見せる一方で、眼差しには鋭い警戒心を宿した海の男であった。モーリスは自分たちがメルカ島出身で島主ラディックへの取次ぎも可能だと約束し、セリュレ船からの荷下ろしを終えた翌朝に出港できると告げた。通常四日はかかる航路を二日で走破できるという自慢げな説明を受け、ロメリアは港の将来を託す交渉の旅路をこの船に託すことを決めた。
第二章
~協力を得るために、・・・ メルカ島に船出した〜
メルカ島へ向かう出航と「怠け者号」
ロメリア一行は護衛船「怠け者号」に乗り込み、メルカ島へ向けて出航した。甲板では三十人ほどの船員達が帆や錨を手際よく扱い、モーリス船長の号令のもと、鍛え上げられた熟練の動きを見せていた。ロメリア、アル、レイ、ゼゼ、ジニ、ボレル、ガット、ポーラらは船首に集まり、海のないライオネル王国育ちゆえに初めての本格的な船旅に目を輝かせていた。ポーラはクインズから「ロメリアの身の回りの世話」を命じられた補助役として同行しており、執務室の書類整理要員としてのみならず、現地出張にも付き従う形になっていた。
護衛船としての特徴と三角帆への疑問
ロメリアは「怠け者号」が交易船より小型の護衛船であり、俊敏な戦闘対応を主目的とした構造であると説明したうえで、自身が魔王討伐の旅で見てきた他国の船との違いに着目した。この船は一本マストに大きな横帆が二枚あるのみで、船首や船尾に三角帆が存在しなかったのである。ロメリアは本来、三角帆を使えば向かい風でも風を切り上がって進めることを知っており、内海経由で最新技術が流入しているはずの地域で、あえて古風な横帆単独構成が採用されていることに疑問を抱いたが、その理由はすぐには分からなかった。
魔道具による推進と「怠け者号」の真価
航行が始まってしばらくすると、船は常識外れの速度で急加速し、ロメリアとポーラは思わずよろめいた。ポーラは転びそうになったところをガットに支えられ、二人の間にはぎこちないが微笑ましい空気が生じた。ロメリアが船尾に立つモーリス船長を確認すると、操舵輪の台座に緑色に輝く宝玉が取り付けられているのを見つけ、それが風の魔道具であると看破した。この魔道具は新たな風を生み出すのではなく、既に吹いている風を読み取り操舵することで、帆に効率的にぶつけて推進力へ変換する仕組みであった。そのため三角帆や複数マストを必要とせず、一本マストでも通常の船の倍近い速度で航行でき、四日かかるはずのメルカ島への道程を二日で走破し得る「怠け者」とは名ばかりの高性能船であることが明らかとなった。
レイの風魔法の開眼とモーリスの指導
レイは風魔法の使い手として、船の推進を助けようと自力で強風を生み出したが、船速は変化しなかった。モーリス船長は彼に対し「風を生み出すのではなく、既存の風を読み操る」ことが肝要だと教示し、魔法を何かにぶつけた時の感触から遠方の風の位置と強さを探る方法を示した。レイはこの助言を即座に理解し、周囲の風を弱めつつ帆に集めるように制御し、実際に船をさらに加速させた。その適応力はモーリスに強い印象を与え、「自分の船で働かないか」と誘われるほどであったが、レイはロメリアの下で働き続ける意思を示してこれを丁重に断った。
人間関係の揺れ動きと甲板の高揚感
レイの才能に感嘆したモーリスは、風の流れの読み方をさらに伝授し、レイは一度の指導で遠方の風を捉えて船を加速させるまでに成長した。これを見たポーラは「魔法が使えるなんて素敵」と目を輝かせ、ガットにレイの私生活を尋ねたのち、本人のもとに駆け寄って質問攻めにし始めた。一方でガットは肩を落として取り残され、さきほどの小さな交流から一気に立場が逆転する形となった。アルは帆柱の縄梯子をよじ登って風を全身で受け、ロメリアに叱られながらも甲板上の冒険気分を満喫しており、ゼゼやジニ、ボレルもこれに続いて船上での遊びに興じた。こうして一行は、それぞれの期待と少しの恋模様、そして新たな技術との出会いを抱えながら、メルカ島へ向けて順調に航海を続けていった。
船室での書類仕事と短い休憩
ロメリアは出港から半日が過ぎた昼、怠け者号の船室で持参した書類仕事を進めていた。用意された船室は簡素ながら清潔で、寝台と机が揃い、潮風が差し込む環境であった。彼女は積み上がる書類の数字を照合し、不正の有無を最終確認しつつ、残る大量の書類を前にして区切りをつけ、気分転換のため甲板へ向かった。
甲板で広がる船酔いの地獄絵図
甲板ではゼゼ、ジニ、ボレル、ガット、そして普段元気なアルまでもが船酔いで倒れ込んでいた。ゼゼは声をかけられた直後に船縁へ駆け出し、海へ嘔吐するなど、一行の大半が動けない状態となっていた。唯一まともに立っていたレイも、魔法使用による魔力枯渇でふらつき、アルと小競り合いを始めるほどであった。
船乗りの余裕とロメリアの船慣れの理由
モーリス船長は船酔いで苦しむロメ隊を大笑いしながら眺め、気合では克服できないと断言した。一方ロメリアが平然としている理由を問われると、魔王ゼルギス討伐の際に魔導船で大海原を渡った経験を語った。彼女は魔王軍の巨大魔導船に密航した過去を回想し、その規格外の大きさと外輪による推進構造を説明した。風に頼らず進む異様な船に、モーリスは驚嘆した。
ロメリアの壮大な目標と魔導船への執念
ロメリアは魔導船をいつか再現したいという野望を語った。魔大陸に囚われている人々を救うためには魔導船が必要であり、未知の技術であっても造り上げてみせるという強い決意を胸に秘めていた。これは冗談めいた口調でかわしたものの、アルとレイはその真剣さを察し、黙ってロメリアを見つめていた。
ガット、焦りから読み書きを志願する
その空気の中、船酔いから起き上がったガットがロメリアに読み書きを教えてほしいと懇願した。レイが魔法の才能を発揮し、ポーラがレイに関心を寄せ始めたことに焦りを覚えたガットは、青い顔のまま学習意欲を示した。ロメリアは事情を察し、仕事を控えているにもかかわらず、彼の申し出を受け入れた。
ガットの勉強とポーラの真意
怠け者号の食堂では、ロメリアがガットに読み書きを教えていた。ガットは船酔いに苦しみながらも小さな黒板に文字を練習し、高い集中力で着実に上達していた。授業を切り上げて食堂を出たロメリアは、外で待っていたポーラから深々と礼を受ける。ロメリアがポーラにガットへの想いを問うと、ポーラは村にいた頃からずっと好きだと明言する一方で、わざと焦らすような態度を取る理由を語った。ガットには「ここで満足して止まってほしくない」という願いがあり、兵士として危険な道を選んだ彼を案じつつも、その成長と将来の可能性を信じて、より高みを目指してほしいと考えていたことが明かされた。
航海二日目の成長とそれぞれの動き
出港から一日が過ぎ、快晴のメビュウム内海を怠け者号は順調に進んでいた。船尾ではレイが風魔法の習熟をさらに進め、船の速度は前日よりも増していた。帆柱上の見張り台では、船酔いを一日で克服したアルが積極的に縄の結び方や見張りの仕事を学び、将来の海上運用を見据えた行動を取っていた。一方、ゼゼやジニ、ボレルはまだ船酔いに苦しみつつも回復傾向にあり、ゼゼは救命用の浮き輪や小舟の仕組みに好奇心を向けて船員に質問して回っていた。ガットは前日の無理が祟って船室で寝込み、ポーラが付きっきりで看病しているとボレルから伝えられ、ロメリアは二人の様子を微笑ましく受け止めた。
ヴァール諸島船との遭遇準備
やがて見張りから右前方に船影が報告され、ロメリアたちは船尾のモーリス船長のもとへ集結した。望遠鏡で確認した結果、その船はメルカ島ではなくヴァール諸島の船であり、ハメイル王国の後ろ盾を背景に縄張りを無視した海賊行為で悪名を馳せる勢力であることが示された。船長は船首に立つ男をヴァール諸島のボーンと断定し、ロメリアに「ここは任せてほしい」と告げる。ロメリアは船上では船長の判断を優先することを了承し、ロメ隊には相手から攻撃してこない限り武器を抜かないこと、半数を甲板配置、半数を船内待機とする戦闘準備を命じた。船員たちも格子扉の下の船倉に武装して潜むなど、即応態勢を整えた。ガットはロメリアを守るため前線に残ることを選び、ポーラも危険を承知でロメリアの側を離れない決意を示し、ロメ隊六人がロメリアとポーラを囲む防御陣形を取った。
ボーンとの駆け引きと今後への火種
接近してきた炎獅子号は三本マストに三角帆を備えたやや大型の船で、その船首には火を吐く獣の船首像が据えられていた。船長ボーンは三角帽と青い長外套を身にまとい、炎の魔法で葉巻に火を点けるなど余裕を見せつつ、モーリスと笑顔を交えた軽口を交わした。両者は互いを景気や積荷で揶揄しながらも、内心では武装した船員を船内に潜ませたまま緊張を解かず、いつでも戦える構えを崩さなかった。ボーンはやがてロメリアに視線を向け、モーリスの紹介を受けると「美女という最高の宝だ」と口説き文句を投げかけ、自船への「ご招待」を申し出た。ロメリアは微笑みを保ちながらも誘いをきっぱり断り、ライオネル王国が港を建設しメビュウム内海へ進出する計画を告げて、自国の港への招待に言い換えた。ボーンは「仲間が増える」と表向き歓迎の姿勢を取りつつ退去を宣言し、互いの船は帆を張って離れていった。表面上は友好的な邂逅で終わったものの、ロメリアはボーンの来訪を自軍の力量と目的を見定めるための品定めと判断し、近い将来ヴァール諸島勢力が何らかの行動を起こしてくることを確信して、対策を講じる必要性を強く自覚した。
メルカ島への接近と到着
怠け者号は列島群海域の難所を抜け、中央に山を戴く大島メルカ島に到着した。モーリス船長の操船とレイの風魔法により予定より早く港へ着岸し、一行は桟橋に上陸した。アルやゼゼたちは陸酔いに戸惑いながらも、千年の歴史を持つ立派な港の景観に感心していた。
寂れた港と諸島連合の顛末
しかし港には船が少なく、倉庫は使われず、酒場には失業者と痩せた子供が目立ち、かつての繁栄は失われていた。モーリスは十年前の魔王軍侵攻に対抗するため諸島連合を結成した経緯と、沿岸諸国の援助と引き換えに他島が軍駐留を受け入れ属国化したこと、その結果メルカ島が縄張りを荒らされて衰退した事情を語り、ロメリアは沿岸諸国と島々の短慮を内心で批判した。
ラディック邸訪問と古代帝国様式の屋敷
一行は島主ラディックの屋敷を訪ね、使用人レベッカの応対で急な来訪を詫びたうえで、返答を待つ形で屋敷へ通された。ラディック邸は庭を内部に抱くライツベルク帝国様式で、海神像と愛の女神像など高度な石像彫刻が飾られ、メルカ島が古代文化を継承していることが示されていた。
客間の異国趣味とお茶の作法
客間には東方や中東、南方など各地から交易でもたらされた壺・皿・短剣・絨毯・黄金の盃が並び、かつてメルカ島が世界交易の要衝であった証であった。レベッカはグラハム伯爵家製の陶器と上質なカモル産茶葉で一行をもてなし、ロメリアはその心遣いに満足したが、アルたち農民出身の無作法な飲み方に眉をひそめた。ロメリアは将来のロメ隊の武勲と身分上昇を見据え、貴族としての作法教育を行う決意を新たにするとともに、メルカ島の協力を得て自国の港も同様に栄えさせることを心に誓った。
ラディックとの面会と港湾局副局長の打診
ロメリア一行はラディック邸で島主バーボ・ラディックと対面し、ライオネル王国が建設中の新港について説明したうえで、港湾局の整備に協力を求めた。特に海運に精通した人材としてメルカ島側から副局長候補を出してほしいと打診し、事実上「副局長の椅子」を提示したが、バーボは責任と重圧に怯え、即答を避けて動揺していた。
島民集会の提案とアル・レイの役割分担
バーボが及び腰なのを見たモーリス船長は、判断を島民に委ねるべきと提案し、中庭で男衆、港前の酒場で女衆にそれぞれ話を聞かせる段取りを整えた。アルは男衆への演説役を買って出て「一緒に港を作ろう」と意気込み、レイも女衆側でより多くの賛同を得ると宣言し、二人は半ば勝負のような形で勧誘に臨むことになった。
ゼゼの変調と過去のトラウマ
ロメリアは、メルカ島上陸以降ゼゼの様子が沈んでいることに気付き、ジニから理由を聞き出した。ゼゼは虐待的な父と、幼くして亡くなった妹を持ち、痩せた子供や負傷した子供を見ると、その記憶が疼くと説明された。港で見たやせ細った子供達が、ゼゼの心の傷を刺激しているとロメリアは理解した。
男衆への勧誘失敗と島民の深い不信
中庭でのアルの演説は熱意と条件面では申し分なかったが、戦傷を負った元戦士たちはほとんど反応を示さず、無精髭の男を皮切りに次々と立ち去った。彼らは魔王軍との死闘の後、沿岸諸国に利用され裏切られた経験から「陸の国」が再び搾取するのではと疑っており、ロメリアの申し出も信用していなかった。ロメリアは不足しているのは報酬ではなく、自分たちへの信頼であると悟った。
メアリーと戦災孤児たちが象徴する断絶
ポーラが必死にロメリアの人柄を訴えたが、男たちの足は止まらなかった。そこへモーリスの娘メアリーが現れ、「陸の連中は信じられない」と一刀両断し、戦死や過酷な出稼ぎで親を失った子供達を引き連れて去っていった。その中には顔に大きな火傷痕を持ち、憎悪の眼差しを向ける少女もおり、ロメリアはメルカ島の人々が負った深い傷と断絶の大きさを痛感した。一旦は勧誘を仕切り直すべく、ロメリアはレイ達と合流することを決めた。
酒場での女性勧誘の失敗
ロメリアはアル達と共に港の広場の酒場を訪れ、レイの勧誘の様子を確認した。店内には娼婦と思しき女たちが集められていたが、レイはからかわれて萎縮し、ボレルやガットも成果を上げられていなかった。レベッカが集めた顔ぶれからも、メルカ側の本気度の低さと警戒心がうかがえた。
ゼゼの炊き出しと厳罰を伴う支援命令
一方ゼゼは港前の広場で鍋料理を作り、怠け者号の食糧を使って飢えた子供たちに炊き出しを行っていた。勝手な食糧持ち出しは軍律違反であり、ロメリアは五十人隊副隊長であるゼゼを一兵卒に降格する厳しい処分を下したうえで、「今日一日ここで炊き出しを続け、求める者全員に食事を振る舞うこと」と奉仕活動を命じた。さらにアルやレイ、ジニ、ボレル、ガット、ポーラらも自ら「つまみ食い」の罪を名乗り出て同じ奉仕に加わり、一行総出の炊き出しとなった。
モーリス船長の正体とメルカ島との正式な同盟
ロメリアは炊き出しの様子を見守るモーリス船長に改めて協力を求めると、彼こそが島主モーリス・ラディック本人であり、バーボは養子の「影武者」であると指摘した。ロメリアは事前に密偵で情報を掴んでおり、モーリス側も身分を隠してロメリアたちの「本音」を試していたことを認める。メルカ島が置かれた危険と利得を秤にかけ、レベッカに促されたモーリスは、飢えた子供たちを見てついに決心し、ロメリアと手を取り合ってライオネル王国との提携を受け入れる意思を示した。
アンの拒絶と戦争孤児が抱える深い憎悪
その瞬間、顔に火傷を負った男装の少女アンが、ゼゼの振る舞った料理を叩き落として「こんなことで許されるものか」と怒りを爆発させた。アンは魔王軍との戦いで父を失い、他島での奉公先で酷い虐待と火傷を負って帰郷したが、その前に母と妹も病死していた過去を持つ。アンは「陸の連中」を激しく憎み、施しを受けるなと他の子供たちに叫んで走り去る。モーリスは彼女の経緯をロメリアに語り、メルカ島には同様の傷を抱えた子供たちが多数いることを明かした。
ロメリアが突きつけられた新たな課題
ロメリアは、炊き出しや港湾事業の提案だけでは癒せない戦争被害者たちの心の傷の深さを痛感する。メルカ島の人々と真に和解し、彼らの生活と尊厳を回復させるために、自分たちに何が出来るのかを考えざるを得ない状況に追い込まれていた。
第三章
〜交渉をまとめて、協力関係を構築した〜
朝の目覚めとメルカ島での滞在
ロメリアはメルカ島・ラディック邸での滞在五日目の朝を迎え、自室で身支度を整えつつ、海を望む静かな時間を過ごしていた。化粧台で髪を梳く中で、顔に火傷を負った少女アンの荒れた髪を思い出し、その境遇に思いを巡らせていた。短針と長針が六時を指すのを確認すると、散歩に出ることを決め、一人で屋敷を出る。
アルとの合流と「人を斬る」覚悟の確認
屋敷前で秘密の合図「順調」と記された紙片を受け取った後、坂を駆け上がってきたアルと合流する。アルは最近「妙な視線」を感じており、護衛なしの外出に注意を促す。二人で山頂の訓練場へ向かう途中、ロメリアはアルに対し、人間との実戦経験や「人を斬れるか」という覚悟を問いただす。アル自身は敵であれば斬れると答える一方で、ロメ隊やカシュー守備隊の兵士の中には、人間相手には戸惑う者も出ると認めさせ、今後の対人戦の可能性に備えて兵の心理と指揮の難しさを意識する。
ロメ隊の戦力分析と魔法教育の課題
山頂ではゼゼとジニが木剣で打ち合い、レイが腕立て伏せをしていた。レイは屋敷周辺に「手練れ」の気配を感じたと報告し、監視が子供の領域を越えつつある可能性を示唆する。ロメリアはレイの肉体的成長と魔法の才覚を評価しつつ、アルの火の魔法・レイの風の魔法がいずれも「独学の第二段階」に留まり、真の魔法使いの第三段階に至るには高度な師の指導が不可欠である点を自覚する。また、個人技としてはジニの「見切り」やゼゼの「部隊の士気を高める資質」を高く評価し、戦争では武勇だけでなく戦術理解と指揮能力、雰囲気づくりが重要であると整理する。
出稼ぎ契約の締結とバーボの手腕
朝食後、ロメリアはラディック邸の一室でバーボと会談し、メルカ島からの出稼ぎ条件を最終確認する。出稼ぎ希望者は男性129名・女性88名に加え、レベッカの取りまとめで子連れを含む女性3名が追加されることとなった。提示条件には最低賃金の保証と、怪我・病気時の治療費の一部補填が盛り込まれており、ロメリアの署名によって契約が成立する。バーボは島民の家族構成や経済状況を詳細に把握し、島側の損失を出さないよう粘り強く交渉した実務能力を示し、将来モーリスの後継として島を担う器量を見せた。
ラディック家の力関係とメアリー・戦災孤児の問題
モーリスとレベッカが合流し、家中の力関係としては、島を実務的に動かすモーリスとバーボを、レベッカがさらに上から叱り飛ばす構図が描かれる。一方で娘のメアリーは銀翼号に寝泊まりし、ロメリアに反発して戦災孤児たちを率い、監視や「追い出し工作」を続けていることが明らかになる。ゼゼの炊き出しには多くの島民と子供が集まり始めているが、アンをはじめ一部の孤児たちは頑なに参加を拒み、ロメリアは特に火傷を負ったアンの荒んだ目と憎悪を気にかけつつも、今は心を癒やす術を持たないことを痛感していた。
ロメリア帰還準備とメアリーの出港という新たな火種
ロメリアは翌日ライオネル王国へ帰還し、モーリスには大量の食糧を積んでメルカ島に戻った後、出稼ぎ労働者を港へ送り出す段取りを確認する。今後は王国内で受け入れ態勢を整える必要があり、多忙になることを見込む。しかし話し合いの最中、若い船員が飛び込んで来て、メアリーが銀翼号で無断出港したと報告する。ラディック邸から見下ろす港では、銀翼号がすでに海へ出ており、行き先は不明であった。ロメリアは、メアリーのこれまでの行動と反発心を踏まえ、彼女の出航が今後の情勢に新たな火種をもたらす可能性を予感しながら、起こり得る事態を静かに予測し始めていた。
炎獅子号での密談とメアリーの裏切り決意
満月の夜、海上で停泊する炎獅子号の船長室において、船長ボーンはハメイル王国の公印入り書状を示し、「ロメリアを生け捕りにして引き渡せば、メルカ島をハメイルの庇護下に置く」との条件を告げた。メアリーはその内容を確認し、自信満々にロメリア捕縛を引き受けた。
メルカ島からの出航と今後の港運営への決意
翌日、怠け者号はメルカ島を後にし、多くの島民と子供達に見送られながら出航した。ゼゼは炊き出しで親しくなった子供達との別れを惜しみ、ロメリアは出稼ぎ労働者確保の成功を確認しつつ、今後メルカ島の人々が港運営に不可欠となる体制を築き、利権争いから彼らを守る必要性を強く意識していた。航行中、レイは風魔法で船を加速させ、列島群海域ではモーリス船長が経験と魔道具で複雑な風と潮に対応したが、多くの仲間は船酔いに苦しんだ。
銀翼号の接近と「島の意思」を問う対立
列島群海域でアルが島陰から現れる船を発見し、それが銀翼号であることが判明した。甲板には覆面の武装船員が並び、船尾には赤い外套と三角帽のメアリーが立っていた。ロメリアは彼女らが最近噂の海賊であると直感し、モーリス船長も娘の無謀な行動に動揺する。ロメリアはこの状況をメルカ島の内紛と捉え、船員達が自分を「売る」のか「守る」のかを見極めるため、「自分はメルカ島と共に進む」と宣言し、妨害の理由をメアリーに問い質した。しかしメアリーは陸の者の甘言を信じないと主張し、ロメリアに向けて矢を放つ。アルが剣で矢を弾き落としたことで、ついにモーリス船長は決断し、娘を「馬鹿娘」と罵りつつ「総員戦闘準備、あの娘を捕えろ」と命じ、ロメリア側につく意思を明確にした。
風と巨大凧を巡る海戦の不利な展開
両船は大きく舵を切りつつ並走し、互いに矢を撃ち合う消耗戦に入った。レイは本来であれば風魔法で味方の矢を伸ばし敵の矢を逸らせたが、ここで風を弄れば舵取り中のモーリス船長の操船を妨げるため使用を控えた。一方、メアリーは魔道具に頼るのではなく、自身の風魔法で巧みに逆風を操り、怠け者号の前進を阻んだ。さらに銀翼号は船首から巨大な凧を揚げ、両端の綱で船体を引くことで船を持ち上げるように加速させ、怠け者号の周囲を高速で旋回しながら矢を雨のように浴びせ続けた。モーリス船長も同型の凧を積んでいたが、この複雑な海域では扱えないと判断し使用を断念する。結果として怠け者号の船員は次々と矢傷を負い、銀翼号の矢が尽きるまで一方的な攻撃を受ける不利な状況に追い込まれていった。
白兵戦への移行とロメリアの前線残留
銀翼号の矢が止むと、モーリス船長は銀翼号が接舷して白兵戦に移ると即座に判断し、怠け者号側も剣を抜いて衝突に備えた。メアリーは自船を傷つけぬ巧みな操船で軽く接触させ、覆面の船員たちを次々と乗り込ませた。アルはロメリアに船内退避を促したが、ロメリアはこれはメルカ島の内紛であり、最後まで戦場を共にせねば信頼を失うとして前線に留まる決意を示し、ゼゼたち四人に護衛を命じた。
戦災孤児部隊の正体と「子供を斬れない」葛藤
甲板では、矢傷を負った怠け者号の熟練船員三十名と、メアリー配下の小柄な覆面船員五十名が交戦した。やがてゼゼが斬り結ぶ相手の覆面が裂け、顔に火傷の跡を持つ少女アンの正体が露わになり、銀翼号の船員が戦災孤児たちであることが判明した。ゼゼやボレルたちロメ隊、さらにモーリス船長の部下も、かつて共に戦った仲間の子供を相手に本気で斬れず動きが鈍る。ロメリア自身も「斬れ」と命じきれず、指揮官としての覚悟の欠如に苦悩した。
アルとレイの奮戦とメアリーの優位
膠着しつつある中、アルが「武器を持って向かってくる以上、ガキでも容赦しない」と気炎を上げて剣を振るい、複数の子供兵の武器を叩き折って圧倒する。レイもデッキブラシを槍のように操り、静かな動きで相手を次々無力化した。二人の実力を見たメアリーはその場で勧誘を試みるが、アルとレイはロメリアへの忠誠を理由に拒絶する。やがてメアリーとの一騎打ちになり、アルとレイは連携して彼女を船縁まで追い詰めたが、メアリーは風魔法で跳躍と軌道変更を行い、逆に二人の背後を取り、強烈な突風で二人を海へと吹き飛ばした。
怠け者号の降伏とロメリア一行の捕縛
ロメリアは浮き輪を投げてアルとレイの溺死を防いだものの、甲板ではメアリーがモーリス船長の剣を封じて首に刃を突きつけ、怠け者号の船員も次々と制圧されていた。残る戦力はロメリアの周囲の四人のみであり、これ以上の抵抗は船長と船員の命を危険にさらす状況であった。ロメリアは「降伏すれば捕虜を斬らない」というメアリーの言質を取った上で投降を決断し、ボレルたちに武器を捨てるよう命じた。ポーラは危険を承知でロメリアへの同行を選び、ロメリア、ポーラ、ゼゼ、ジニ、ボレル、ガット、そしてモーリス船長と約二十名の船員が銀翼号に連行される。一部の船員は怠け者号に残され、メアリーが人質奪取をメルカ島とライオネル王国へ伝えさせる手筈を整えた。
銀翼号の出航とアル・レイへの離脱命令
銀翼号が出航すると、海面では浮き輪に掴まったアルとレイが必死に船を追って泳いだ。ロメリアは二人に向かって「ライオネル王国へ戻り、ヴェッリの指示に従え」と命じ、後の事態収拾を託そうとする。しかし二人は命令に反発しつつ泳ぎ続け、やがて船との距離は開いていく。ロメリアのもとには、アルとレイの声だけが海原に響き渡る状況が残された。
怒りと不甲斐なさに震えるアル
海から引き上げられたアルは怠け者号の甲板で膝をつき、息を荒げながら怒りに震えていた。メアリーに敗れて海へ落とされたことよりも、ロメリアを連れ去られた事実が彼の胸を焼いていた。自らの不甲斐なさに拳を叩きつけ、痛みを与えても怒りは収まらず、「取り戻す」以外にこの感情を鎮める術はないと悟る。
怠け者号の戦力不足とアルの焦燥
銀翼号はすでに水平線の向こうへ遠ざかっており、アルは「船を動かせ」と船員たちに命じた。だが残ったのは十名ほどで、操船だけで精一杯の人数であるため追跡は不可能だと告げられる。それでも諦められないアルは食い下がり、怒りに任せて船員を従わせようとした。
レイの呼びかけと“無謀な手段”の発見
そのとき、レイの声が甲板に響く。船首で床下の収納扉を開けたレイは、内部から布を張った大きな枠組みを引き出していた。アルが駆け寄ると、レイは「これを使えば追える」と主張する。アルはそれが何を意味するのか悟り、思わず絶句する。レイの案は常識では自殺行為に等しい危険な方法だったからである。
ロメリア救出へ向けた二人の決意
しかしレイの瞳には揺るぎない覚悟が宿っていた。アルはその決意に応えて強く頷き、二人は銀翼号を追うため、危険を承知の上でその無謀な手段を選び取る。ロメリアを救うためなら命も惜しまないという二人の意思が一致し、新たな追撃行動が始まろうとしていた。
第四章
~ロメリアの翼達~
客室に囚われたロメリアと不安に震えるポーラ
ロメリアはポーラと共に銀翼号の窓もない客室に監禁されていた。行き先も現在地も不明な中、ポーラは兄やガットの安否を案じて震えていた。ロメリアは「人質の命は保証する」というメアリーの言葉を盾に彼女を宥めつつも、実際には戦場の口約束に信頼は置けないと内心で判断し、状況把握こそが生存の鍵であると冷静に考えていた。その最中、船の揺れが収まり錨を下ろす音が響き、銀翼号がどこかに停船したことを察した。
アンの迎えと船内の子供たちの実情
やがて顔に火傷を持つ少女アンが現れ、「お頭がお呼びだ」とロメリアだけを連行する。船内には覆面の子供たちが多く、彼女を見ると慌てて顔を隠す姿が目立っていた。ロメリアは彼らが戦災孤児であり、この船が行き場のない子供たちの受け皿になっていると再確認したが、服は薄汚れ、髪もボサボサで、身の回りの世話は十分とは言えない状態であると観察した。
アンの憎悪とロメリアの「知っている」という申し出
道中ロメリアはアンの母アーレントと妹アナベルの名を挙げ、ハンナという隣人から事情を聞いていることを告げた。これにアンは激しく反発し、「貴族に自分たちの何が分かる」と憎悪をあらわにした。ロメリアは旅の経験やメルカ島の人々との対話を踏まえ、生活の苦しさや孤児たちの背景を「分かろうとしている」と伝えたが、アンは「近所の者のせいで家族は死んだ」と世界を憎悪で塗りつぶしており、話はそこで途切れた。
メアリーへの勧誘と海軍構想の提示
船長室ではメアリーがロメリアを迎え、ロメリアはその操船技術を称えたうえで「ライオネル王国が港完成後に海軍を創設せざるを得ない」ことを説明した。自国には船も造船技術も操船ノウハウもなく、魔王軍との戦いを生き延びた熟練の船乗りが教師として必要であるとし、「共に手を組まないか」と改めて勧誘した。しかしメアリーは「戦災孤児を使い捨てた陸の連中を信じない」と拒絶し、「親を失わせた側が何を言う」と怒りをぶつけた。
「命だけでなく心を救う」ことへの問い質し
ロメリアは話題を子供たちの身だしなみに移し、アンの髪が長く梳かれず止まっていることを指摘した。母親と別れた時から心の時間が進んでいない子供たちに対し、メアリーが飯と寝床だけを与え、心のケアや日常の世話をしていない現状を「命は救っても心は救っていない」と断じた。メアリーは「今まで何もしなかったくせに」と反発したが、ロメリアは逆に「このままでは誘拐が新たな戦災孤児を生む」と、行動の先にある結果を突きつけた。
ヴァール諸島とハメイル王国の思惑を暴くロメリア
さらにロメリアは、メアリーの背後にヴァール諸島とハメイル王国がいると看破する。ハメイル王国は同盟関係の陰でライオネルの海洋進出を妨害したく、直接手を出せないため属国のヴァール諸島に動かせていると推理した。ヴァールはさらに矢面に立たぬため、メルカ島とメアリーを利用しているに過ぎないと論じる。メアリーが「紋章付きの書状がある」と主張すると、ロメリアは信用のない海賊が契約書を振りかざしても誰も信じず、偽造の可能性すらあると切り捨てたうえで、そもそも書状の実物はまだ受け取っていないという危険な状況を暴いた。
ロメリアの冷静な情勢分析と「答え合わせ」の予告
議論が進む中でメアリーは感情的になり、衣装掛けから剣を抜いてロメリアの胸元に突きつける。しかしロメリアは動じず、「自分はむしろ確実に殺される」と冷静に述べ、ヴァール諸島の最適解を提示した。すなわち、メアリーにロメリアを殺させたあとにメルカ島も切り捨てて滅ぼし、そのうえでヴァールの海賊がライオネルの船を襲う、という筋書きである。ちょうどそのとき、アンが「ヴァール諸島のボーンの船が来た」と告げに来て、ロメリアは「答え合わせの時間」と笑い、メアリーに「甲板に武装した船員を集めておくべきだ」と忠告した。迷いながらもメアリーは命令を出し、これからの対峙に備える決断を下したのである。
炎獅子号ボーン来訪と身代金計画の崩壊
ロメリアとポーラはメアリーに伴われて銀翼号の甲板に出た。銀翼号は武装した子供の船員たちを配置し警戒を強める中、ヴァール諸島の炎獅子号が接近し、船長ボーンが単身で銀翼号に乗り込んだ。メアリーが戦果としてロメリアを差し出すと、ボーンはロメリアがライオネル王国の王家と不仲であり身代金は望めないと告げ、むしろ国に一泡吹かせて陸を荒らそうと海賊としての野望を煽った。ロメリアは逆にボーンを自陣営へ勧誘しつつ、メアリーに報酬の書簡を確認するよう促し、メアリーはハメイル王国の支援を証明する手紙の提示をボーンに要求した。
ロメリアの合図と怠け者号の奇襲
ロメリアは自分が優位にあると告げると、上着のポケットから白いハンカチを取り出し甲板に落とした。その瞬間、船倉口が開き、モーリス船長と怠け者号の船員たちが長い木材を手に飛び出した。ゼゼ、ジニ、ボレル、ガットらも子供の船員たちの武器を叩き落として海に投げ落とし、海上に用意した小舟に退避させる形で銀翼号の制圧に乗り出した。前回と異なり海が穏やかなため、ロメ隊は子供たちを殺さずに制圧できる状況であった。
潜入していたカイルの正体と外交カードの獲得狙い
ロメリアを人質に取ろうとしたメアリーの剣は、右腕に赤布を巻いた覆面船員の一撃で弾かれた。その船員は覆面を外し、ロメリアの部下カイルであると名乗った。カイルは二十日前から別船でメルカ島に潜入し、銀翼号にも覆面の子供として紛れ込んで、ロメリア護衛とモーリスらの脱出準備、奇襲合図の伝達を担っていたと明かした。ロメリアは、ハメイル王国が関与した誘拐指示の書簡を外交カードとして入手するため、自ら囚われの立場を利用しこの状況を仕組んでいたことを説明し、カイルはボーンに手紙の引き渡しを要求した。ボーンは責任転嫁しつつ炎獅子号へ泳いで退避し、回収に向かう船員たちとともに逃走を図った。
アンの暴走とゼゼの負傷
銀翼号側の形勢は決し、ロメリアはメアリーに降伏を勧告したが、顔に火傷を持つ少女アンがポーラに剣を向けて抵抗を続けた。カイルが跳躍してポーラを守り、メアリーはアンの背後に下がり、ボーンはその隙に海へ飛び込んだ。なおも戦おうとするアンに対し、ゼゼは木材を捨て無手で歩み寄り説得を試みるが、アンの突き出した剣で腹を刺されて倒れ、ロメリアは自らが早期に武力制圧を命じなかった甘さが部下の負傷を招いたと痛感した。
ジニの自己犠牲的な剣技とアンの疲弊
ゼゼがアンを殺さないでほしいと懇願する中、ジニは敵が落とした剣を拾い、「誰も死なせない」と宣言して前に出た。ジニはあえて構えを低くし、アンの全力の斬撃を半歩の後退で致命傷を避けつつ受け、浅い傷を何度も負いながら一歩前に出て首元に剣を突きつける動作を繰り返した。実戦での空振りを連発させられたアンは、傷一つ負っていなくとも体力を著しく消耗し、息を切らしながらジニの意図を問うた。ジニは血まみれのまま「お前を斬りたくも、斬らせたくもないからこうするしかない」と答え、自身の出血と引き換えにアンの戦意と体力を削ぎ落とすことで、誰も死なせず戦闘を終わらせようとしていた。
ジニの懺悔とアン・メアリーの変化
ジニは自ら何度も斬られながらアンの攻撃を空振りさせ、体力を奪う戦い方を続けた上で、ゼゼの父による虐待と妹の死を知りながら助けられなかった過去を告白し、勇気のなさを悔いた。血まみれの説得にアンは動揺し、背後のメアリーに助けを求める。ロメリアはメアリーに「命じるなら自分もアンを斬らせる」と迫り、メアリーはついに「もうやめろ」と停戦を命令した。アンは崩れ落ちて号泣し、ゼゼが笑みを向けて許すことで他の子供たちも武器を捨てて泣き出す。メアリーはアンを母のように抱き寄せ、ロメリアは彼女の変化を認め始めた。
炎獅子号の奇襲と空飛ぶ凧による援軍
戦闘終結の刹那、炎獅子号上のボーンが火球で銀翼号の帆を焼き払い、矢と火球で一方的な攻撃を開始する。メアリーとモーリスは消火と回避で応戦するが戦力は疲弊しており、カイル・ボレル・ガットが炎獅子号への斬り込みを志願するも戦力的に苦しい状況であった。その時、空から巨大な凧に乗ったアルとレイが出現し、ロメリアの指示で炎獅子号の帆柱へ急降下する。二人は帆を斬り裂いて減速しつつ甲板に着地し、そこへカイルらも飛び移って合流、炎獅子号甲板上の戦闘の主導権を奪った。モーリスとメアリーは銀翼号を炎獅子号へ体当たりさせ、両船を密着させて総攻撃に移った。
炎獅子号炎上とガットの生還、証拠の奪取
劣勢に陥ったボーンはロメリアを狙って巨大な火球を放つが、アルが身を挺して受け、自身の火魔法で炎を吹き飛ばして無傷で立ち上がる。追い詰められたボーンは炎獅子号船尾や船内各所に次々と火を放ち、自ら船を焼き払った上で部下に退避を命じて海へ飛び込み逃走した。ロメリアは炎獅子号からの退避を指示し、怠け者号・銀翼号は全員を海から救助するが、ガットの姿だけが見当たらず、炎の中に取り残されたと誰もが覚悟しかける。だがガットは手紙を濡らさぬよう銀翼号の錨にしがみついており、無事に引き上げられる。ガットが差し出した封書にはハメイル王国の紋章が押されており、ロメリアはこれが誘拐指示の証拠であると確認した。
外交カードとしての手紙とボーンへの条件付き赦免
ロメリアは証拠の手紙をボーンの眼前で示し、これが公表されればハメイル王国はヴァール諸島との関係を切り捨てるだろうと説明する。後ろ盾を失えばヴァール諸島は一気に没落すると指摘され、ボーンは苦渋の表情を浮かべる。ロメリアは手紙を公表しない代償として「ライオネル王国の船は襲わないこと」を条件に出し、ボーンは渋々それを受け入れた。こうしてロメリアはメルカ島との合意に加え、ヴァール諸島の弱みを握り、ライオネル王国の海上交易を守るための強力な外交カードを手にして帰路についたのである。
ロメリア戦記 シリーズ






Share this content:

コメントを残す