- 物語の概要
- 書籍情報
- あらすじ・内容
- 感想
- 考察・解説
- 登場キャラクター
- 展開まとめ
- 一 先付 店の名は CAPTER.1
- 二 御凌ぎ 遊馬が来た CAPTER.2
- 三 椀物 声、再び CAPTER.3
- 四 向付 雨の日に来たパプ CAPTER.4
- 五 八寸 太田惑いなき夜 CAPTER.5
- 六 焼き物 VS CAPTER.6
- 七 煮物 都市から来た女と男 CAPTER.7
- 八 揚げ物 泉野明参上 CAPTER.8
- 九 蒸し物 営口の〆サバ改 CAPTER.9
- 十 止肴 香貫花も来た CAPTER.10
- 十一 寿司 地下物件 CAPTER.11
- 十二 寿司おかわり 沿岸警備作戦 CAPTER.12
- 十三 止椀 再会 CAPTER.13
- 十四 水菓子 二人のヘルシンキ CAPTER.14
- 【特典(特別版) 掌編】 パプの場合
物語の概要
■ 作品概要
本作は『機動警察パトレイバー』の30年後を描いた正統なる続編小説である。ジャンルはエンタメ・ミステリに分類される。かつて警視庁警備部特車二課第二小隊の初代隊長であった後藤喜一は、現在、熱海の路地裏で小さな寿司屋を営んでいる。過去を隠し、ひっそりと生活したい後藤の思いとは裏腹に、店には個性豊かな常連客がたむろする。さらに、篠原遊馬や泉野明、太田功など旧・特車二課の面々も次々と店を訪れた。三十年の時を経て変化した登場人物たちの日常と、不器用ながらも温かい交流を描いた後日譚となっている。
■ 主要キャラクター
- 後藤喜一:熱海の路地裏で「寿司屋の後藤」を営む店主であり、元・特車二課第二小隊の初代隊長である。
- 莉子:九州から熱海にやってきた芸妓見習いで、店の常連客。動物看護師の資格を持つ。
- 文夫(ブンさん):店の常連客でマッサージ師兼鍼灸師として働く。店のムードメーカー的な存在である。
- 善ちゃん:後藤と同世代の元証券マンであり、現在は農家。空気を読まない無遠慮な発言が多い。
- 宇佐見岬(ウサミミさん):自称「橋の修復人」の女性である。店で起きる不思議な現象を次元の理論などで独自に解釈する。
- パプ:後藤に拾われた黒猫。胸元に月の輪熊のような白い模様がある。
- 篠原遊馬:元第二小隊隊員であり、現在は進士とともにベンチャー企業を経営している。
- 泉野明:元第二小隊隊員であり、現在は東京で北海道の地酒を扱う通販事業と保護観察官をしている。
- 太田功:元第二小隊隊員であり、現在は民間でレイバー運転の教習教官を務める。
- 香貫花・クランシー:元第二小隊隊員であり、早期退職して現在はハワイのオアフ島に住んでいる。
- 進士幹泰:元第二小隊隊員であり、遊馬とともに企業を経営する。過去の過酷な任務に強いトラウマを抱えている。
- 山崎ひろみ:元第二小隊隊員であり、現在は妻の実家がある会津で農業を行っている。
- 南雲しのぶ:元第一小隊隊長である。依願退職後に海外で支援活動に従事し、現在は日本に帰国している。
■ 物語の特徴
物語の特徴 本作の最大の魅力は、かつての仲間たちが三十年の時を経て、結婚や死別、転職などそれぞれ全く異なる人生を歩んでいる姿をリアルに描いている点である。激しい戦いやレイバーの記憶と、熱海の古民家カフェのような寿司屋で営まれる現在の穏やかな日常とが対比され、独特のノスタルジーを生み出している。また、常連客の悩み相談や店内で起こる少し不思議な現象などを通じて、様々な人間模様が交錯する点も興味深い。過去の方舟崩壊事件やトーキョー・ウォーといった特車二課時代の重い記憶やトラウマに対し、後藤や元部下たちが正面から向き合う姿は、読者の胸を強く打つだろう。
書籍情報
『機動警察パトレイバー』 寿司屋の後藤
著者:伊藤和典 氏
イラスト:ゆうきまさみ 氏
出版社:文藝春秋(文春e-Books)
発売日:2026年6月25日
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
あらすじ・内容
後藤隊長が寿司屋に――!? 「機動警察パトレイバー」正統(?)続編
後藤隊長が寿司屋に!?
あの日から30年、元・特車二課第二小隊隊長・後藤喜一は、寿司屋になっていた!?
後藤が、熱海で営む小さな寿司屋。
店にたむろする愛すべき常連たちと、そこを訪れる旧・特車二課の面々。
遊馬、野明、太田、進士、山崎、香貫花……そしてあの人も――
彼らは何を語るのか――?
感想
アニメ版、映画版『機動警察パトレイバー』の正統な後日譚として、三十年の歳月を経た登場人物たちの現在を描いた作品である。懐かしいキャラクターたちとの再会を楽しめるだけでなく、年齢を重ねた彼らだからこそ紡げる人間ドラマが丁寧に描かれており、シリーズのファンにとっては特別な一冊だった。
まず驚かされたのは、後藤喜一と南雲しのぶが定年まで警察に勤め上げたわけではなかったという事実である。
過去のテロ事件の責任を負う形で、それぞれ依願退職や左遷という道を歩んでいたことが明かされ、漫画版とは異なる歴史を辿った世界であることが分かる。この設定は現在展開されている新作アニメ『EZY』とも繋がっており、シリーズを長く追い続けてきた読者ほど興味深く感じられる内容だった。
そして、歳を重ねた後藤の姿も非常に印象深い。
若い頃の飄々とした雰囲気はそのままに、人生経験を重ねた衰えが加わり、表紙を眺めているだけでも感慨深い気持ちになる。
物語の舞台となるのは、熱海の路地裏で後藤が営む小さな寿司屋である。
派手な事件が起きるわけではなく、店には寿司を目当てに様々な常連客が集まり、何気ない会話が交わされる。
しかし、その穏やかな空間だからこそ、篠原遊馬や泉野明、太田功をはじめ、かつて特車二課第二小隊で共に戦った仲間たちが一人、また一人と訪れる展開には胸が熱くなった。
昔を懐かしむだけではなく、それぞれが歩んできた三十年という時間が自然に語られていく構成が非常に心地良い。
本作では、遊馬、野明、太田、香貫花、進士、ひろみ、そして南雲など、多くの懐かしい人物たちの近況も描かれる。
結婚した者。
転職した者。
大切な人と死別した者。
それぞれが違う人生を歩み、それでも前を向いて生き続けている姿には、長い年月の重みが感じられた。
かつてレイバーと共に命懸けで戦っていた彼らの日々と、現在の穏やかな暮らしが対比されることで、物語全体に静かな説得力が生まれている。
寿司屋では、常連客の人生相談や少し不思議な出来事、昔話などがゆったりと描かれていく。
事件解決よりも、人と人との繋がりを味わう作品になっており、この落ち着いた空気感は大人になった『パトレイバー』だからこその魅力だと感じた。
中でも最も印象深かったのは、後藤と南雲しのぶの再会である。
長い年月を経た二人は、若い頃のように感情をぶつけ合うことはない。
しかし、その静かな会話の中には、これまで積み重ねてきた時間や、お互いへの理解が自然と滲み出ていた。
過去に囚われ続けるのではなく、適度な距離を保ちながら新しい関係を築いていく二人の姿は、とても大人らしく、美しい場面だった。
歳を重ねることの意味や、人との繋がり、そして人生は終わるまで続いていくということを静かに描いた物語だった。
激しいレイバーアクションこそないものの、その分、一人ひとりの人生にじっくり向き合える作品になっている。
『機動警察パトレイバー』を長年愛してきた者だからこそ味わえる、優しくも温かな余韻が残る一冊だった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察・解説
元隊長の後藤大将
元特車二課第二小隊隊長・後藤喜一は、現在、熱海の路地裏で小さな寿司屋「寿司屋の後藤」を営む店主(大将)として生活している。
かつての昼行灯やカミソリと呼ばれた二面性を残しつつ、過去の隠蔽と大将へのカモフラージュ、そして穏やかな日常を過ごす後藤喜一の全容は以下の通りである。
過去の隠蔽と元部下に対する隊長呼びの禁止
後藤は、かつての自分が率いた第二小隊が数々の超法規的行動をとり、悪目立ちしていた過去を知られることを非常に面倒に思っている。
・まっさらになって人生の最終章を謳歌している、として、自分の過去を常連客に隠している。
・店を訪ねてきた元部下たちに対して、隊長呼び、や、二課の話、を固く禁じている。
隊長から大将への巧妙な言い換えとユーモラスなやり取り
元部下たちが店を訪れた際、この隊長という呼び名が大将へと巧妙に言い換えられる場面が描かれている。
・篠原遊馬が元気よく来店して思わず、隊…、と言いかけた際、後藤は即座に大声で遮り、彼を店外に連れ出した。
・常連客たちは後藤が傭兵上がりではないかなどと好き勝手な推測をするが、勘のいい常連のブンさんは、遊馬が隊長と言いかけて寿司屋の大将と誤魔化そうとしていたことに後で気づく。
・泉野明が酔っ払って、たいちょう!、と呼んだ際にも、大将でしょ、と受け流されるなど、隊長という響きが寿司屋の大将という立場にカモフラージュされるユーモラスなやり取りが展開されている。
飄々とした性格の健在と人間味あふれる穏やかな日常
かつて昼行灯やカミソリと評された、とらえどころのない飄々とした性格は現在も健在である。
・常連客との会話の中でも、核心を突くような発言をしたり、自分の本当の意図をはぐらかしたりする姿を見せる。
・その一方で、雨の日に拾った保護猫のパプを溺愛して話しかけている。
・父親直伝の家庭料理をアレンジした独自の〆サバにこだわりを見せたりと、不器用ながらも人間味あふれる大将としての穏やかな日常を過ごしている。
まとめ
元特車二課第二小隊隊長の後藤喜一は、過去の派手な経歴を完全に隠蔽し、熱海の寿司屋の大将として第二の人生を歩んでいる。元部下たちとの間で繰り広げられる隊長と大将をかけたスリリングかつコミカルな言い換えの攻防は、彼の相変わらずの抜け目のなさとカミソリのごとき機転を証明している。かつてのキレ者としての鋭さを覗かせつつも、愛猫を溺愛し、こだわりの〆サバを仕込む姿は、過去の重責から解放されて人間味あふれる穏やかな余生を謳歌する彼の魅力的な現在地を示している。
個性的な常連客
「寿司屋の後藤」に集う常連客は、それぞれが個性的で訳ありな背景を持ちながらも、後藤や元・特車二課の面々と絶妙な距離感を保つ魅力的なキャラクターたちである。
過去を隠したがる後藤の素性をそれとなく察しつつも深くは踏み込まず、互いに心地よい関係を築いている主な常連客の解説は以下の通りである。
ブンさん(本名:文夫)
地元育ちのマッサージ師兼鍼灸師で、50代であるが童顔のため若々しく見える人物である。
・店のムードメーカーであり、一見客に対しても優しく接するホスピタリティの高さを備えている。
・非常に勘が鋭く、篠原重工の名前や遊馬の言いかけた言葉から、後藤が警視庁警備部特車二課第二小隊の初代隊長であることに自ら気づいた。
・しかし、その過去を深く詮索することはせず、今までどおり楽しく飲めればいい、と現状を受け入れる度量の広さを持っている。
莉子(りこ)
九州から上京してきた20代半ばの芸妓見習いである。
・半玉に憧れて熱海に来たものの、年齢制限(20歳まで)に引っかかり、見習いとして厳しい修業を続けていることに葛藤を抱えている。
・普段はジャージ姿でカウンターの奥に座り、店が混むと自ら給仕を手伝うなど、マネージャーのような役割も果たしている。
・動物看護師の資格を持っており、初めて猫(パプ)を飼うことになった後藤に爪切りのコツや接し方を教えるなど、頼りになる一面も持ち合わせている。
善ちゃん
後藤と同世代の元証券マンで、バブル期には横浜で羽振りが良かったものの、現在は実家に戻り農業を手伝っている。
・空気を読まない無遠慮な発言が特徴で、しばしばトラブルの火種を作る。
・太田功に対して実機レイバーの爆破のリアリティについて無邪気に語って激昂させた。
・進士と山崎の前で、方舟を破壊したのは初代第二小隊だ、という噂を語り出したりと、元部下たちのトラウマを悪気なく刺激してしまう厄介な存在でもある。
ウサミミさん(宇佐見岬)
年齢不詳の可愛らしい女性であるが、実はブンさんの中学校の先輩にあたる。
・自らを、橋の修復人、と称し、心を病んだ人の話を一切否定せずに聞くことで相手を癒やす、独自の哲学を持っている。
・霊能者ではなく、わかる人、だと自負しており、店内で起きる不思議なラップ音や現象をオカルトではなく、超ひも理論(十一次元)、や、次元の膜、といった物理学的な仮説を用いて論理的に解釈する独特の世界観の持ち主である。
ヒヨちゃん(鴨さん)
一見するとうだつの上がらない地方公務員のように見えるが、実は国際線のパイロットである。
・離陸時の、V1(離陸決定速度)、の決断など、乗客の命を預かる極限の重圧の中でフライトをこなしつつも、飛ぶのが好き、と語るプロフェッショナルである。
・亡き親友、ツルヤくん、への強い思いを胸に秘めており、幻の地下モノレール駅にまつわる都市伝説を聞いて、30年前に戻れるのではないか、と思いを巡らすなど、ノスタルジックで繊細な内面を持っている。
まとめ
「寿司屋の後藤」に集う常連客たちは、それぞれが独自の人生と機微を抱え、後藤の過去にそれとなく気づきながらも、その領域に無遠慮に踏み込まない優しさと粋な計らいを持っている。彼らの存在が、この寿司屋を単なる飲食店ではなく、かつての仲間たちが集う高校の部室のような温かく懐かしい居場所に変えている。訳ありの大人たちが織りなす絶妙な距離感と心地よい人間模様こそが、後藤喜一の第二の人生を豊かに彩る重要な舞台装置となっている。
過去の特車二課
『寿司屋の後藤』において、かつての特車二課(特に後藤が率いた第二小隊)の過去は、単なる武勇伝としてではなく、登場人物たちが抱える重い記憶やトラウマ、そして消し去れない絆として描かれている。
レイバー犯罪に対処するために創設された背景から、数々の超法規的行動がもたらした過酷な体験、組織からの事実上の追放、そして今なお指揮官としての後悔を抱える後藤の謝罪にいたる全容は以下の通りである。
レイバー犯罪の急増に伴う特車二課創設の背景
特車二課は、東京湾大堤防工事バビロン・プロジェクトに伴うレイバーの急増と、それに比例して増加したレイバー犯罪に対処するため、警視庁警備部に創設された。
・創設当初は何もかもが手探りの状態であった。
・そのなかで初代第二小隊の面々は、数多くの無茶や武勇伝を残すこととなった。
方舟崩壊事件における超法規的行動と部下たちのトラウマ
後藤率いる第二小隊は、警察官の規範から外れるような超法規的行動をたびたび取ってきた。
・その最たるものが、レイバーメンテナンス洋上プラットホーム方舟の崩壊事件である。
・表向きは台風によるものとされているが、実際には第二小隊が人為的に破壊したものであり、一部の漁業関係者が協力したという噂も残っている。
・この事件は部下たちにとって極めて過酷な体験であった。
・フロアがパージされて激しく揺れ、巨大な部材が落下してくるなかで、進士や山崎ひろみは、死んだと思った、と振り返るほどのトラウマを抱えている。
海底トンネルでの死闘と九死に一生を得た水没の恐怖
方舟以外にも、16号埋立地に繋がる海底トンネルでの過酷な任務が語られている。
・有線操縦方式の無人ロボットイクストルとの戦闘において、イクストルがトンネルの天井をぶち抜いた結果、大量の海水が流れ込んだ。
・進士や山崎は凍えながら水没の恐怖と水圧で動かないエレベーターのシャッターに絶望し、死を覚悟した。
・しかし、泉野明がイングラムでシャッターをこじ開けた機転によって、全員が九死に一生を得ることとなった。
トーキョー・ウォーがもたらした特車二課の崩壊と追放の結末
東京を戦争状態に陥れたテロ事件(トーキョー・ウォー)も、彼らの運命を決定づけた。
・主犯格である柘植行人に心情的に寄り添っていた第一小隊隊長の南雲しのぶと、彼女を止めるために動いた後藤は、警視庁上層部の意向を無視して独断で事態を収拾した。
・この一件で柘植は確保されたものの、命令違反の代償として南雲は依願退職となった。
・後藤は伊豆大島へと左遷(降格)され、彼らは警察組織から事実上追放される結果となった。
消えない過去への向き合い方と指揮官としての後藤の謝罪
後藤は、第二小隊が悪目立ちしていた過去を知られることを面倒に思い、寿司屋の常連には過去を隠し、元部下たちにも二課の話は禁止と命じている。
・また、太田にとっても二課時代は人に踏み込まれたくない記憶となっている。
・酔った進士から方舟や海底トンネルでの過酷な任務について、あなたはひどい人だ、と責められた際、後藤は言い訳をしなかった。
・方舟の時はともかく、あとのやつは何も守れなかった、すべてはおれが蒔いたタネだ、と元部下たちに深く頭を下げて謝罪した。
・この姿から、過去の無茶な任務の裏で、指揮官としての後悔や苦い思いをずっと抱え続けていたことが明かされている。
まとめ
特車二課第二小隊が駆け抜けた過去の軌跡は、栄光の影に潜む凄絶な死闘と、組織の論理に翻弄された崩壊の歴史である。方舟の破壊や海底トンネルでの水没の危機は、元部下たちの心に消えないトラウマを刻み込み、命令違反による事実上の追放は彼らの警察官人生を大きく変えた。熱海の寿司屋で過去を隠し、二課の話題を禁じながらも、元部下の非難を正面から受け止めて深く頭を下げた後藤の謝罪は、彼が今なお指揮官としての重い責任と後悔を背負い続けていることを示しており、それゆえに彼らの絆が何年経っても色褪せない本物であることを証明している。
特車二課メンバーとの再会
「寿司屋の後藤」を舞台とした特車二課メンバーとの再会は、かつての部下たちがそれぞれに歩んできた30年の人生と、彼らが抱える過去への向き合い方を浮き彫りにする重要なエピソード群として描かれている。
熱海の小さな寿司屋で交錯するそれぞれの現在地、過去のトラウマへの対峙と後藤の謝罪、そして長い呪縛から解放された南雲しのぶとの新たな歩みにいたる全容は以下の通りである。
篠原遊馬と泉野明が築く変わらぬ絆と新たな距離感
最初に店を訪れたのは篠原遊馬である。彼は入店早々、隊(長)、と言いかけ、過去を知られたくない後藤に店外へ連れ出され、隊長呼び&二課の話、を禁じられた。遊馬は現在、元同僚の進士とともにベンチャー企業を経営している。
・一方の泉野明は、苫小牧の実家の酒店を継いで結婚したものの、夫を交通事故で亡くすという悲しい過去を経験した。
・引きこもっていた彼女を救ったのは遊馬であり、彼と進士が立ち上げた北海道限定地酒の通販サイトをきっかけに立ち直った。
・現在、野明は東京に戻り、保護観察官の仕事をしながら通販事業を行っている。
・野明と遊馬は月に何度か食事をする関係であるが、婚姻という制度にはこだわらず、自分らしく生きるために心地よい距離でつながっていたい、という独自の絆を築いている。
太田功の新たな人生と香貫花クランシーが見守る目
民間でレイバーの教習教官を務める太田功は、熱海への小型レイバー配属の仕事の傍ら、後藤に結婚の報告をするために訪れた。
・相手は教習所で出会った模型好きの国語教師桃菜で、太田は彼女の指導方針に説教されたことをきっかけに交際を始めた。
・太田は、過去の二課時代を、人に踏み込まれたくない記憶、としており、無茶をしていた過去の話を嫌がるが、後藤は彼が幸せになったことを心から喜ぶ。
・その後、早期退職してオアフ島に住む香貫花も、後藤の生存確認に訪れる。
・彼女は太田からハワイでの新婚旅行の相談を受けて同行したエピソードを語り、太田が妻に上手くコントロールされている様子を伝えた。
・そして帰り際、香貫花は後藤に、南雲しのぶが日本に戻ってきているらしい、という噂を告げた。
進士幹泰と山崎ひろみが呼び覚ます過去のトラウマと後藤の謝罪
進士と山崎(ひろみちゃん)が来店した夜、常連客の善ちゃんが特車二課の関わった方舟崩壊事件や東京でのテロ事件について無遠慮に探りを入れたことで、事態は急変した。
・プレッシャーから酔い潰れて暴発した進士は、方舟や海底トンネルでの過酷な任務を振り返り、死の恐怖を味わわされたことに対して、後藤さんはひどい人だ、と責め立てた。
・ひろみも、海水が流れ込むトンネルでの絶望を語り、野明の機転がなければ全員死んでいたと明かす。
・これに対し後藤は、言い訳をせずに、何も守れなかった、すべてはおれが蒔いたタネだ、と深く頭を下げ、部下たちに謝罪した。
南雲しのぶの登場と過去のしがらみからの解放
進士とひろみがいる店内に、かつての第一小隊隊長・南雲しのぶが姿を現した。
・彼女は過去のテロ事件で主犯格の柘植行人に心情的に寄り添った結果、依願退職となり、その後JICA海外協力隊としてバングラデシュへ渡り、NGO活動に従事していた。
・さらにデンマークへ移住し、親友のエラと旅行したヘルシンキで、偶然寿司を握っていた後藤と再会し、日本で寿司屋をやったら行く、という約束を交わしていた。
・南雲は、かつての柘植への想いが愛ではなく、閉塞感からの逃避であったことに気づき、長い呪縛から解放されていた。
・現在は辻堂に住んでおり、熱海にいる後藤とは、適度な距離感、を保っている。
・二人は多くを語らずとも静かに時間を共有し、過去の戦友として、 shadow、そして互いを理解し合う大人の関係として新たな歩みを始めている。
まとめ
「寿司屋の後藤」で繰り広げられる元特車二課の再会は、30年の歳月を経てそれぞれの人生を確立した大人たちの、ほろ苦くも温かい人間ドラマである。遊馬と野明の制度に縛られない独自の絆や、太田の掴んだ家庭の幸福は時の流れの妙を感じさせる。一方で、進士やひろみの口から語られた死線の記憶は今なお生々しく、それに対して一切の弁明をせず深く頭を下げた後藤の誠実さは、かつての指揮官としての矜持を漂わせる。長い放浪を経てしがらみを脱した南雲しのぶとの静かな再会は、過去の戦友という枠を超え、互いを深く理解し合う大人の新たな関係の始まりを告げている。
飼い猫パプ
『寿司屋の後藤』において、後藤喜一の現在の穏やかな日常を象徴する重要な存在が、飼い猫のパプである。
雨の日の出会いから、初めての猫飼育における手探りの日々、猫特有の距離感から学んだ絆、そして猫の視点から描かれた二人の関係にいたる全容は以下の通りである。
雨の日の出会いとフィンランド語に由来する名前
パプは、晩秋の冷たい雨が降る日、後藤がブンさんのマッサージから帰る途中の駐車場で出会った黒猫の仔猫である。
・胸元に月の輪熊のような白い模様があるのが特徴である。
・出会った際の仔猫のくしゃみが、パプ、と聞こえたことから、フィンランド語で豆を意味する、パプ、と名付けられた。
・近くの廃屋に兄弟と共に捨てられていた可能性があり、一匹だけで足元にすり寄ってきたパプを放っておけず、後藤は連れ帰ることを決意した。
初めての猫飼育における手探りの日々と言い訳混じりの溺愛
自らを犬派だと考えていた後藤にとって、猫と暮らすのは初めての経験であった。
・最初はキャリーケースの代わりに発泡スチロールの魚箱に入れて動物病院へ連れて行くなど、手探りの飼育が始まった。
・特にトイレのしつけには頭を悩ませており、時折掛け布団や炬燵敷きに粗相をされてしまうため、後藤は冬でも大好きな炬燵を出せない状態になっている。
・莉子からケージに入れることを提案されても、閉じ込めるようで嫌だ、と拒否した。
・面倒くさいオンナだ、と文句を言いつつも、深く溺愛している。
猫特有の距離感から学んだありのままを受け入れる絆
後藤はパプとの暮らしを通して、相手に中心を合わせようとする犬とは違う、自分の中心を持ち、重なった部分だけで折り合いをつける、という猫特有の距離感を学んでいる。
・相手を完全に制御するのではなく、ありのままを受け入れる覚悟を決めた後藤とパプは、ゆっくりとした、またたき、で大好きというサインを伝え合う相思相愛の関係を築いている。
パプの視点から描かれた後藤の認識と静かで幸せな夜
特典の掌編、パプの場合、では、パプの視点から二人の関係が描かれている。
・パプは後藤のことを人間だとは理解しておらず、体毛が少なく動きが鈍くて言葉も下手だが、自分に食事を与え育ててくれた、母親のような同族、だと認識している。
・後藤が外出している間は、自分たちのテリトリーである2階を守るのが自分の役割だと考えている。
・閉店後、1階の店舗の安全をパトロールして確認したパプが後藤の膝に乗り、後藤からの、幸せか?、という問いかけに小さく鳴いて答えるという、二人の静かで幸せな夜の時間である。
まとめ
飼い猫であるパプとの共同生活は、かつて数々の難事件を解決し、警察組織の荒波を生き抜いてきた後藤喜一の、現在の穏やかで人間味あふれる余生を象徴している。慣れないしつけや粗相に翻弄されながらもケージを拒み、面倒くさいオンナと言いながら溺愛する姿は、かつての鋭いカミソリの面影を残しつつも完全に脱力した彼の現在地を示している。犬のように従順さを求めるのではなく、猫特有の独自の中心を持つ距離感を受け入れ、膝の上での問いかけに静かに寄り添い合う夜の描写は、後藤が熱海の地で手に入れた真の平穏と幸福の形を雄弁に物語っている。
登場キャラクター
「寿司屋の後藤」関係者・常連客
後藤喜一
熱海の路地裏で「寿司屋の後藤」を営む店主である。かつては警視庁警備部特車二課第二小隊の初代隊長を務めていた。過去を隠して静かな生活を望んでいる。
・所属組織、地位や役職
「寿司屋の後藤」店主。元警視庁警備部特殊車輛二課第二小隊隊長。
・物語内での具体的な行動や成果
店を訪れる常連客や元部下たちに寿司や料理を振る舞う。元部下たちには「隊長」と呼ぶことや二課の話を禁じている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
かつての事件の責任を取り、伊豆大島へ降格のうえ左遷された。その後警察を辞め、海外での生活を経て寿司屋を開店した。
莉子
九州から熱海にやってきた芸妓見習いである。寿司屋の後藤の常連客としてカウンターの奥に座る。店が混むと注文取りなどを手伝う。
・所属組織、地位や役職
置屋の芸妓見習い。動物看護師の資格を持つ。
・物語内での具体的な行動や成果
客として来店した森川の事情を見抜く。後藤が飼い始めた猫のパプの爪切りや接し方を教える。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
半玉に憧れて上京したが年齢制限により見習いとなった。芸妓を辞めるか迷ったが、常連客たちとの対話を経て芸妓を続ける決意を固めた。
文夫
寿司屋の後藤の常連客である。本名は文夫で、通称ブンさんと呼ばれる。店のムードメーカー的な存在として周囲を和ませる。
・所属組織、地位や役職
マッサージ師兼鍼灸師。
・物語内での具体的な行動や成果
遊馬の言葉から後藤が特車二課第二小隊の初代隊長であることに気づく。ヒヨちゃんや森川など他の客に対して優しく接する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
地元生まれの地元育ちである。童顔を気にして不定期に髭を伸ばしたり剃ったりしている。
善ちゃん
寿司屋の後藤の常連客である。後藤と同世代で、空気を読まない発言が多い。
・所属組織、地位や役職
農家。元証券マン。
・物語内での具体的な行動や成果
太田に対してレイバー爆破の話題を振り、激怒させる。進士や山崎の前で方舟崩壊事件の噂を持ち出す。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
バブル期は横浜で証券マンをしていたが、現在は地元に戻り農業を手伝っている。後藤が作る営口式改の〆サバを好む。
宇佐見岬
年齢不詳の女性で、通称ウサミミさんと呼ばれる。自らを「橋の修復人」と称する。ブンさんの中学校の先輩にあたる。
・所属組織、地位や役職
自称「橋の修復人」。
・物語内での具体的な行動や成果
寿司屋で起きる不思議な現象を、次元の膜が薄いという物理学的な理論で解釈する。芸妓見習いを辞めようとする莉子の話を肯定せずに聞き入れる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
霊能者ではなく、わかる人だと自負している。高校卒業後は東京にいたが、数年前に地元へ戻ってきた。
パプ
後藤が飼っている黒猫である。胸元に月の輪熊のような白い模様がある。
・所属組織、地位や役職
後藤の飼い猫。
・物語内での具体的な行動や成果
雨の日に駐車場で後藤と出会い、足にすり寄って連れ帰られる。後藤の掛け布団や炬燵敷きに粗相をする。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
生後2カ月弱の雌である。フィンランド語で豆を意味する名前を与えられた。
鴨さん
寿司屋の後藤の常連客である。通称ヒヨちゃんと呼ばれる。埼玉から移住してきた。
・所属組織、地位や役職
国際線のパイロット。
・物語内での具体的な行動や成果
店内で松崎夫妻の自己紹介に対し、自分の職業を答える。小学生時代の友人であるオゼキくんと再会し、ツルヤくんの死を知らされる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
地下通路が別の世界につながっているのではないかと考える。幻のモノレール駅に関する都市伝説に強い関心を示す。
旧・警視庁警備部特車二課
篠原遊馬
篠原重工の御曹司である。かつては特車二課第二小隊の隊員であった。現在は進士とともにベンチャー企業を経営している。
・所属組織、地位や役職
ベンチャー企業経営者。元特車二課第二小隊隊員。
・物語内での具体的な行動や成果
寿司屋を訪れ、後藤から隊長呼びと二課の話を禁じられる。夫を亡くした泉野明を訪ねて励まし、通販サイトを立ち上げるきっかけを作る。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
野明とは月に何度か食事をする関係を維持している。結婚という制度にはこだわらない距離感を保つ。
太田功
特車二課旧第二小隊の元隊員である。かつては無茶な行動が多かった。
・所属組織、地位や役職
民間のレイバー運転教習教官。元特車二課第二小隊隊員。
・物語内での具体的な行動や成果
後藤に結婚の報告をするため寿司屋を訪れる。善ちゃんのレイバー爆破に関する発言に対し、安全性の観点から激しく反論する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
教習所で出会った国語教師の桃菜と結婚した。ハワイの新婚旅行ではミズーリ記念館で主砲のトリガーを引く模擬体験を行う。
泉野明
特車二課旧第二小隊の元隊員である。夫を亡くした後、北海道の地酒を扱う通販事業を立ち上げた。
・所属組織、地位や役職
泉酒店の後継者。保護観察官。元特車二課第二小隊隊員。
・物語内での具体的な行動や成果
苫小牧限定の純米酒を持参して寿司屋を訪れる。酔っ払って店のトイレの壁に油性マジックで落書きをする。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
苫小牧の実家へ戻って結婚したが、夫と死別した。その後東京へ戻り、遊馬とは付かず離れずの関係を築いている。
香貫花・クランシー
特車二課旧第二小隊の元隊員である。美しい所作と威圧感を持つ年齢不詳の女性として描かれる。
・所属組織、地位や役職
元特車二課第二小隊隊員。
・物語内での具体的な行動や成果
後藤の生存確認のために寿司屋を訪れる。太田と桃菜のハワイでの新婚旅行に同行し、その様子を後藤たちに語る。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
早期退職して現在はオアフ島に住んでいる。帰り際に南雲しのぶが日本に戻っているという噂を後藤に伝えた。
進士幹泰
特車二課旧第二小隊の元隊員である。現在は遊馬とともにベンチャー企業を運営している。
・所属組織、地位や役職
ベンチャー企業経営者。元特車二課第二小隊隊員。
・物語内での具体的な行動や成果
山崎とともに寿司屋を訪れる。善ちゃんの発言をきっかけに酔い潰れ、かつての過酷な任務について後藤を責め立てる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
方舟崩壊や海底トンネルでの任務に強いトラウマを抱えている。限界を超えると感情が暴走する傾向を示す。
山崎ひろみ
特車二課旧第二小隊の元隊員である。巨体の持ち主である。
・所属組織、地位や役職
農家。元特車二課第二小隊隊員。
・物語内での具体的な行動や成果
進士とともに寿司屋を訪れる。海底トンネルでの任務の際、海水が流れ込む中で死を覚悟した体験を語る。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
現在は妻の実家がある会津で農業を行っている。
南雲しのぶ
特車二課初代第一小隊の隊長であった。上品な雰囲気を持つ女性である。
・所属組織、地位や役職
元特車二課第一小隊隊長。元JICA海外協力隊員。
・物語内での具体的な行動や成果
進士や山崎がいる寿司屋に姿を現す。ヘルシンキのザリガニパーティで後藤と再会し、日本で寿司屋を開いたら行くという約束を交わしていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
テロ事件の処分で依願退職となった。その後バングラデシュやデンマークで活動し、現在は日本へ戻り辻堂に住んでいる。
その他の登場人物
森川
東京から来たスーツ姿の客である。会社のプレゼンを前に仕事から逃げてきた。
・所属組織、地位や役職
会社員。
・物語内での具体的な行動や成果
寿司屋でヤマトカマスの握りを食べ、故郷の和歌山を懐かしむ。上司への不満や仕事の不安を莉子やブンさんに打ち明ける。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
常連客との会話を通じて逃げ損の意味に気づき、前向きな気持ちを取り戻して帰路につく。
桃菜
太田功の妻である。ロボットアニメや模型が好きである。
・所属組織、地位や役職
中学校の国語教師。
・物語内での具体的な行動や成果
レイバーの運転免許を取るために教習所へ通い、太田と出会う。太田の指導方針に説教をしたことをきっかけに交際を始める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
新婚旅行のハワイでは、サバゲーの経験を活かして実弾射撃で太田を超える命中率を見せた。
松崎
港区から熱海の駅裏に移住してきた男性である。高級店向きの服装をしている。
・所属組織、地位や役職
化粧品メーカーの日本代表。
・物語内での具体的な行動や成果
寿司屋のテーブル席で特上寿司や伊勢エビを求める。カウンターの常連客たちに自分の職業を自慢する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
自己顕示欲が強く、マウントを取ろうとするが常連客たちに受け流される。
後藤真帆子
松崎の妻である。後藤喜一の姪にあたる。
・所属組織、地位や役職
松崎の妻。
・物語内での具体的な行動や成果
客として手伝わされる莉子に柔らかく声をかける。携帯電話をわざと店内に置き忘れ、後藤と二人で話す機会を作る。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
松崎から三度のプロポーズを受けて結婚した。夫の性格を受け入れ、御しやすい相手として扱っている。
オゼキ
ヒヨちゃんの小学校時代の友人である。品川駅で再会を果たす。
・所属組織、地位や役職
記載なし。
・物語内での具体的な行動や成果
品川駅でヒヨちゃんに声をかけ、居酒屋で話をする。ツルヤくんが亡くなったことをヒヨちゃんに伝える。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ツルヤくんがヒヨちゃんのパイロットとしての成功を喜んでいたことを明かす。
ツルヤ
ヒヨちゃんとオゼキくんの小学校時代の友人である。宇宙の近くを飛ぶためにパイロットを夢見ていた。
・所属組織、地位や役職
記載なし。
・物語内での具体的な行動や成果
パイロットになりたいという夢を友人たちに語っていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
約30年前に劇症肝炎のため他界した。
柘植行人
トーキョー・ウォーと呼ばれるテロ事件の首謀者である。南雲しのぶと不適切な関係にあった。
・所属組織、地位や役職
テロ事件の主犯格。元国連派遣軍の指揮官。
・物語内での具体的な行動や成果
決起前夜に南雲を密かに呼び出すが、直前で逃亡する。その後、南雲と後藤によって確保される。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
社会を破壊しようとする考えを持っており、テロ事件を引き起こした。
エラ
南雲しのぶがバングラデシュで知り合った友人である。テール・デ・オムのメンバーとして活動している。
・所属組織、地位や役職
テール・デ・オムのメンバー。
・物語内での具体的な行動や成果
南雲をデンマークのテール・デ・オムでの仕事に誘う。南雲をヘルシンキのザリガニパーティに連れ出し、後藤と再会させる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
デンマークのヘルスホルムからジュネーブ国際事務局へ異動になった。
組織等
勝原プロ
実機レイバーを使用した派手な爆破で知られる映像制作会社である。ホンモノ志向の時代劇を撮影している。
・所属組織、地位や役職
映像制作会社。
・物語内での具体的な行動や成果
作り物の外装を被せた実機レイバーを怪物に仕立て、城を破壊する時代劇を撮影している。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
過去に太田が操縦する怪物レイバーを用いた撮影を行い、太田を死にかける目に遭わせた。
泉酒店
北海道苫小牧にある泉野明の実家の酒屋である。現在はオンライン販売に注力している。
・所属組織、地位や役職
酒類販売店。
・物語内での具体的な行動や成果
北海道の地酒に特化した通販サイトを運営している。道内の酒蔵とコラボレーションして販路を拡大する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
野明の夫の死後、遊馬と進士が立ち上げたプログラムを基に通販事業へ舵を切り、事業を軌道に乗せた。
CLAT相模灘支部
相模灘に出現する怪獣を誘導し、殲滅することを任務とする組織である。ブンさんの夢の中に登場した。
・所属組織、地位や役職
防衛隊のような組織の支部。
・物語内での具体的な行動や成果
タワーマンションやホテルが変形した巨大砲台を用いて怪獣を迎撃する。怪獣誘導戦闘機アウルを発進させる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
寿司屋の後藤が司令室となっており、後藤や常連客たちが制服を着て隊員として活動している。
JICA海外協力隊
開発途上国を支援するための派遣組織である。南雲しのぶが警察退職後に参加した。
・所属組織、地位や役職
国際協力組織。
・物語内での具体的な行動や成果
南雲をバングラデシュへ派遣し、剣道を通じた青少年活動や数学教師としての支援を行わせる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
派遣期間は2年であり、南雲は長野県駒ヶ根での合宿訓練を経て参加した。
テール・デ・オム
ヨーロッパに本部を置く子ども支援のためのネットワーク組織である。スイスに国際事務局を置く。
・所属組織、地位や役職
国際NGOネットワーク。
・物語内での具体的な行動や成果
子どもたちを極度の貧困や暴力から守るため、多数のプロジェクトに取り組んでいる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
エラの誘いを受けた南雲が参加し、デンマークのヘルスホルムに移住するきっかけとなった。
展開まとめ
一 先付 店の名は CAPTER.1
寿司屋の後藤
路地裏の寿司屋
東京から来たスーツ姿の客は、熱海駅近くの路地裏にある寿司屋に入り、マグロやサーモンを求めた。店主は、この店では地のものしか扱わないため、どちらもないと淡々と説明した。客は戸惑いながらも興味を抱き、おまかせを注文した。
太刀魚のため息
店内は寿司屋らしからぬ古民家風で、客はカウンターに座る莉子と店主だけがいる空間に身を置いた。店主が出した太刀魚の握りを食べた客は、味への感嘆とは違う重いため息を漏らした。芸妓見習いの莉子はその様子を不審に思い、客へ苛立ちを向けた。
ヤマトカマスの記憶
店主はヤマトカマスの握りを出し、客が和歌山出身であることを言い当てた。客は故郷の姿寿司を思い出し、懐かしむように寿司を味わったが、またため息をついた。店主は莉子に悩みを聞くよう促し、莉子は客の服装や靴、日焼けから、仕事から逃げてきたことを見抜いた。
逃げてきた森川
客は森川と名乗り、会社の大きなプレゼンを前に、失敗して転落する夢を見たことを話した。直属の上司への強い不満を抱えながらも出社しようとしたが、通勤途中で心が折れ、電車に乗ったまま熱海まで来てしまったのだった。店主は森川の妻が心配していると察し、自分の携帯を貸して電話を促した。
常連のブンさん
森川が電話に出ている間、常連のブンさんが店にやって来た。戻ってきた森川は、妻から今日は熱海に泊まって休むよう言われたと告げた。莉子やブンさんは森川を自然に受け入れ、店は常連たちによって温かい空気を保っていた。
仕事の夢と上司への不満
莉子はブンさんに仕事で失敗する夢について尋ねた。ブンさんは、仕事への自信のなさが不安となって夢に出ることがあると語った。莉子はさらに、ひどい上司への不満が積もれば夢に出るのではないかと問い、森川は自分の上司への恐怖や、自分まで駄目になっていくような感覚を打ち明けた。
逃げ損の意味
ブンさんは、逃げたこと自体は悪くないが、何から逃げたかったのかを見誤ると逃げ損になると話した。森川は、プレゼンは表面的な出来事にすぎず、本当の原因は上司や職場環境にあるのだと気づいた。店主が出したカメノテのみそ汁を飲みながら、森川は原因に対処しなければ同じことが繰り返されると理解した。
帰る決意
森川は、我慢することが癖になっていたが、前向きに考えると語った。莉子はため息が止まり、壊れる前に気づけてよかったと微笑んだ。森川は会計を済ませ、今度は妻と一緒に来ると言い残して店を出た。
高校の部室のような店
森川が去ったあと、莉子は彼がまた来るかを気にしたが、ブンさんは来ないだろうと言った。店主は、何年かしてひょっこり来てくれればうれしいと薄く笑った。「寿司屋の後藤」は、店主の仕事と趣味の境目が曖昧な店でありながら、常連に高校の部室のようだと言われる、居心地よく懐かしい場所だった。
二 御凌ぎ 遊馬が来た CAPTER.2
隊長禁止
篠原遊馬の来店
篠原遊馬が元気に暖簾をくぐると、後藤は即座に帰れと叫んだ。遊馬が隊長と言いかけたため、後藤は言葉を遮り、店外へ連れ出した。残された莉子、ブンさん、善ちゃんは、二人の関係を勝手に推測し、後藤が傭兵上がりではないかと盛り上がった。
過去を隠したい後藤
店外で後藤は遊馬に、今は昔の自分ではなく、この町で新しい人生を送っていると説明した。特殊車輛二課第二小隊の初代隊長だった過去が知られれば面倒な噂になるため、隊長呼びと二課の話を禁じた。遊馬は後藤の意図を理解し、店内に戻った。
元上司と元部下
店内に戻ると、善ちゃんが二人の関係を尋ねた。遊馬は冗談で隠し子だと答え、莉子を吹き出させたが、後藤は元上司と元部下の一般的な職場関係だと説明した。常連たちは後藤の過去に興味を示し、遊馬は地方公務員時代の先輩後輩のような関係だとぼかした。
傭兵の噂
遊馬は、野明から後藤が傭兵をしていたと聞いた話を持ち出した。後藤はミャンマーで二年やっていたと言えばどうするかと冗談めかしたが、実際には否定した。遊馬は、後藤は人を殺さず、殺しにも加担しない人だと語り、傭兵の噂は香貫花の話を野明が真に受けただけだと見なした。
第二小隊の記憶
遊馬は、第二小隊が過去に超法規的な行動を取り、表に出しにくい任務をこなしてきたことを思い返した。後藤は警察官の規範から外れながらも、その場その場で最適な行動を選んできた人物だった。だからこそ、後藤が隊長呼びや二課の話を禁じた理由を、遊馬は納得した。
野明との関係
後藤は遊馬に、泉野明とはどういう関係なのかと尋ねた。遊馬は普通の元同僚だと答えたが、かつて野明と家族のように近い関係にありながら、関係を壊すことを恐れて踏み込めなかった過去を思い返した。野明は苫小牧へ戻って結婚し、その後夫を事故で亡くして東京へ戻り、遊馬とは再び付かず離れずの関係になっていた。
海外生活の噂
常連たちは、後藤がヘルシンキ、ウラジオストック、営口にいたという噂を持ち寄った。莉子はそれを寿司修業の足取りだと推理し、善ちゃんやブンさんも勝手な解釈を重ねた。後藤はそれらがすべて本当だと認めたが、詳しい経緯は語らず、寒い地域を選んだ理由は会社を辞めて水虫が治り、再発を避けたかったからだと明かした。
寿司屋になった理由
遊馬は後藤に、なぜ寿司屋になったのかと尋ねた。後藤は、蕎麦屋は嫌だったからだと答え、真意をはぐらかした。善ちゃんはそれを韜晦だと説明し、莉子たちは後藤にそういうところがあると納得した。
常連の安心
善ちゃんが帰ったあと、遊馬はブンさんに、この店はいつもこんな感じなのかと尋ねた。ブンさんは、後藤にはただ者ではない気配が時々にじみ、常連として少し不安になることがあると話した。遊馬は、昼行灯ともカミソリとも言われた後藤を、とらえどころのない人として受け入れればいいと伝えた。
ブンさんの気づき
遊馬はまた来ると言って店を出たが、後藤は来るな、他の連中にも教えるなと悪態をついた。閉店後、ブンさんは篠原重工の名前や遊馬の言いかけた隊長呼びから、後藤が警視庁警備部特車二課第二小隊の初代隊長だと気づいていた。後藤は寿司を食えとつぶやき、ブンさんは今までどおり楽しく飲めればそれでいいと言って帰っていった。
三 椀物 声、再び CAPTER.3
寿司屋らしくない寿司屋
古民家カフェのような店内
「寿司屋の後藤」は、地元客、移住者、一見客が入り混じる店だったが、初めて訪れる者は一様に寿司屋らしくない店内に戸惑った。バンカーズランプや統一感のない家具、コウモリランの置かれた空間は、寿司屋というより古民家カフェのようだった。後藤自身も寿司屋を営みたいというより、自分の握った寿司を人に出せる場所が欲しかっただけだった。
定休日のある趣味の店
後藤は当初、開けたい日だけ営業するつもりだった。しかし、店を開いて数カ月で常連がつき、不規則な休みが不便だと言われたため、不本意ながら日曜と月曜を定休日にした。ある混雑した日には、莉子が冷酒一合を目当てに注文取りや料理出しを手伝っていた。
誰も頼まないビール
莉子はテーブル席からビールという男の声を聞き、瓶ビールを開けた。しかし、注文した客は誰も名乗り出なかった。莉子、ブンさん、善ちゃんは声を聞いていたが、善ちゃんは怖がって聞こえなかったことにしようとした。結局、開けたビールはブンさんが飲むことになった。
二階の黒猫
閉店後、莉子はビールの声について後藤に尋ねた。その時、二階で何かが走る音がし、後藤は最近拾った黒猫のパプだと説明した。ずぶ濡れの子猫にすり寄られて放っておけなくなった後藤は、犬のほうが好きだと言いながらも猫を連れ帰っていた。
店に残る気配
莉子は猫と霊感の話から、ビールの声について改めて尋ねた。後藤は、この建物では玄関の引き戸の音や屋根を転がるような音、本が落ちる出来事などがあると話した。莉子はそれを怪奇現象だと怖がったが、後藤は嫌な感じがしないため放っておいていると説明した。
廃ビルの記憶
莉子とブンさんに促され、後藤はかつて取り壊し前の廃ビルで奇妙なものを見たことを話した。そこでは攻撃的な気配に遭遇し、日本刀で斬りつけられたという。後藤はその経験と比べ、この店にある気配には害意がないと感じていた。
建物の来歴
数日後、莉子は店にまつわる話を調べて後藤に伝えた。この建物は終戦後まもなく東京の金持ちの別宅として建てられ、その後は歯医者、マッサージ師の待機所、空き家、レンタルスペースとして使われてきた場所だった。後藤はレンタルスペース時代の内装をそのまま引き継いでいた。
橋の修復人
莉子は原因がわからないため、宇佐見岬ことウサミミさんを呼んだ。宇佐見さんは自称「橋の修復人」で、心を病んでこちら側に戻れなくなった人の話を聞き、壊れた橋を修復するように相手を癒やす人物だった。彼女は霊能者ではなく、見える人ではなくわかる人だと語った。
薄い膜
宇佐見さんは店内を見て、玄関から奥へ向かって何かが薄くなっていると説明した。後藤と宇佐見さんは次元の話を交わし、彼女は隠された高次元から何かが三次元世界に染み出すことがあるのではないかと語った。ビールの声の正体は不明だが、この場所では次元を隔てる膜のようなものが薄いのだとした。
特別な場所
宇佐見さんは、この店は特別な場所であり、できるだけこのままにしておくよう後藤に告げた。彼女が去った後、莉子は霊の通り道と言われたほうが納得できると不満を漏らしたが、後藤は宇佐見さんの考え方に興味を持った。
注文されたビール
閉店後、後藤は薄暗い店内のテーブルにグラスと瓶ビールを置いた。害意のないこの世ならざる存在に敬意を払うつもりで、ご注文のビールを出したのだった。するとビールの表面に小さな波紋が立ち、近くで鈴の音が鳴ったため、後藤は店の改装をあきらめた。
四 向付 雨の日に来たパプ CAPTER.4
パプとの暮らし
猫の爪切り
莉子は休業日の店で、後藤にパプの抱き方を教えながら爪を切っていた。後藤は老眼のため爪を切る位置を見極めるのに苦労しており、パプが暴れるせいでさらに手間取っていた。猫の扱いに慣れた莉子は、動物看護師の資格を持っていると明かした。
雨の日の出会い
後藤は冷たい雨の降る晩秋、ブンさんの施術帰りに駐車場で小さな黒猫を見つけた。仔猫はずぶ濡れのまま後藤に近づき、脚にすり寄った。後藤は仔猫のくしゃみがパプと聞こえたため、フィンランド語で豆を意味する名前をつけ、放っておけずに連れ帰った。
初めての猫
後藤はパプを乾かし、店を臨時休業にして猫の飼い方を調べた。何を食べさせればよいかもわからず、発泡スチロールの魚箱にパプを入れて動物病院へ向かった。診察では猫エイズと猫白血病は陰性で、生後二カ月弱の雌だとわかった。
捨てられた兄弟
看護師は、パプが兄弟と一緒に捨てられていた可能性を指摘した。後藤は、見つけた駐車場の近くにある廃屋を思い出し、パプだけが道路の反対側にいた理由を考えたくない気持ちになった。看護師から大事にするよう言われた後藤は、パプの温もりを初めて愛おしいと思った。
猫との生活準備
後藤は病院でフードや水の与え方を教わり、帰宅後に試供品のフードをパプに与えた。パプが鳴きながら食べる姿を見て、後藤は自然に猫へ話しかける自分に驚いた。その後、必要なものを買いに出たが、その間にパプは座布団の上で粗相をしていた。
布団への粗相
後藤は翌朝、パプが掛け布団の上でそわそわしているのを見て猫トイレに入れた。パプは砂を嫌がらず、トイレを覚えたように見えたが、その後も後藤が仕事をしている間に布団へ粗相することがあった。トイレの汚れや砂、設置場所、病気などを調べても原因はわからず、炬燵も出せない状態になっていた。
面倒くさいオンナ
莉子は、目が届かない時にケージへ入れる方法を提案したが、後藤は室内飼いの猫をさらに閉じ込めるようで嫌だと答えた。後藤はパプを初心者には難しい猫だと言い、面倒くさいオンナだと軽口を叩いた。莉子は後藤がそういう相手を嫌いではないと見抜き、後藤はかつての同僚である南雲しのぶを思い出した。
猫から学んだ距離感
後藤は、犬は相手に中心を合わせようとするが、猫は自分の中心を持ち、重なった部分だけで折り合いをつけるのだと考えた。パプの行動を完全に制御することはできず、そういうものとして受け入れるしかないのだった。後藤は、受け入れる覚悟の問題なのだとひとりごちた。
またたきの合図
莉子がパプに声をかけても反応しなかったが、後藤が呼ぶとパプは振り向いてゆっくりまたたきをした。莉子は、それが大好きという猫のサインだと教え、後藤にも返すよう促した。ぎこちなくまたたいた後藤に、パプは駆け寄って手に額をこすりつけ、莉子は二人が相思相愛だから大丈夫だと笑った。
五 八寸 太田惑いなき夜 CAPTER.5
太田功の来店
開店前の太田
後藤が開店準備をしようと木戸を開けると、特車二課旧第二小隊の元隊員である太田功が待っていた。太田は現在、民間でレイバー運転の教習教官をしており、熱海に配属される小型レイバーの搭乗員教育のために来ていた。後藤は突然の来訪をいぶかしんだ。
小型レイバーの配属
太田は、熱海にも篠原重工のAV2式m、通称パックが配属されると説明した。バビロン・プロジェクト後、都市部ではレイバーが減った一方、地方へは広がりつつあり、警察用の小型レイバーは存在感や安心感を担うものになっていた。常連たちもその話に加わり、自然と特車二課やバビロン・プロジェクトの話題になった。
触れられたくない過去
善ちゃんやブンさんは特車二課の話を続けたが、太田は過去に触れられることを避けるように顔をこわばらせた。太田にとって旧第二小隊の日々は、無茶や武勇伝もあったが、人に踏み込まれたくない記憶でもあった。後藤は、太田の不器用さが変わっていないと見ていた。
勝原プロの話題
善ちゃんは、勝原プロが実機レイバーを怪物に見立てて城を壊す時代劇を撮っている話を持ち出した。善ちゃんはCGより本物の爆破にこそリアリティがあると語ったが、その瞬間、太田は怒りを抑えるように立ち上がった。後藤が落ち着かせると、太田は本物の迫力と安全を天秤にかけてもなお本物を選べるのかと問いかけた。
本物の危険
太田は、CGがあれば危険な撮影で命を落とす人もいなかったはずだと語った。さらに、勝原プロの怪物レイバーを操縦して死にかけたのは自分だったと明かした。善ちゃんたちは言葉を失い、太田は熱くなりすぎたことを謝ったうえで、昔はよかったという話が苦手で、技術の選択肢が増えることはよいことだと説明した。
口直しの蕎麦
重くなった空気を変えるように、後藤はサービスとして小ぶりのザル蕎麦を出した。乾麺だがうまいと言い、わさびではなく七味を添えるのが後藤の流儀だった。善ちゃんが余計な一言を漏らすと、莉子にたしなめられた。
太田の結婚
後藤は太田に、性格が丸くなったのは結婚したせいかと尋ねた。太田はうろたえたが、先ほど妻の話をしていたため、莉子たちにも結婚を知られることになった。莉子は結婚指輪を外していることをからかい、太田は昔のままの調子で反応した。
結婚報告の目的
太田は、今日この店に来た本当の理由は後藤へ結婚を報告するためだったと明かした。式に呼ぼうとしたが、後藤の居場所がわからなかったのだった。妻は中学校の国語教師で、模型好きでもあり、教習所でレイバー免許を取ろうとして太田と出会っていた。
教官と国語教師
太田は、妻がロボットアニメや模型が好きで、実際に大きなメカを動かしたいと思って教習所に来たのだと語った。太田は指導に熱が入りすぎ、彼女から教え方がなっていないと説教されたことをきっかけに交際へ進んだ。莉子やブンさんはその話に食いつき、店の空気は和らいだ。
祝いの刺し盛り
善ちゃんは、先ほどの詫びと仲直りのしるしとして太田に一杯おごった。後藤はさらに祝いとして刺し盛りを出し、皆で食べるように言った。太田が礼を述べて刺身をつまむ姿を見て、後藤はしみじみと、太田が幸せになったことを喜んだ。
六 焼き物 VS CAPTER.6
莉子の迷い
酔った莉子
莉子は冷酒を重ね、呂律も怪しくなるほど酔っていた。後藤は止めようとしたが、ブンさんは気にせず、善ちゃんも話しかけた。しかし莉子は善ちゃんにきつく当たり、場の空気は冷えた。帰ろうとした善ちゃんも、莉子に引き止められた。
静かな金曜日
その日は開店早々から善ちゃんが来て、パチンコで負けた気分を変えるために上握りを頼んでいた。そこへ不機嫌な莉子が現れ、さらにウサミミさん、ブンさんも早めに来店した。ウサミミさんは店の膜の状態を見に来ており、以前と変わらないことに驚いていた。
カゴカキダイの寿司
ウサミミさんは上握りに入っていたカゴカキダイを味わい、その旨さに驚いた。後藤は、カゴカキダイは市場には出にくく、雑魚や外道扱いされる魚だと説明した。ブンさんも刺し身で食べ、地元にこんな旨い魚がいることに感心したが、莉子は鯛談義には加わらなかった。
聞くための席
ウサミミさんは莉子の隣へ席を移し、聞くことならできると伝えた。莉子は沈黙したが、ウサミミさんは急かさず、何も言わずに待った。後藤やブンさんたちは気を遣いながらも、善ちゃんの場違いな一言をきっかけに酒を続ける形になった。
芸妓見習いへの迷い
莉子は、芸妓見習いを辞めようかと思っていると打ち明けた。後藤たちは驚いたが、ウサミミさんは口出しを禁じ、莉子の話だけを聞いた。莉子は半玉に憧れてこの町に来たが、年齢制限で半玉にはなれず、見習いとして仕込みから始めたことを語った。
仕込みの日々
莉子は、炊事や洗濯、先輩芸妓の世話をしながら、作法や着付け、日本舞踊、三味線などを学んできた。給料もなく厳しい期間だったが、思ったより続けることができ、女将から向いていると言われた時にはうれしかった。莉子は自分に得意なものがないと思っていたため、その言葉に救われていた。
半玉への憧れと現実
莉子は見習いになり、宴席にも出るようになったが、半玉との違いを感じていた。半玉は華やかで宴席でももてはやされる一方、見習いの自分には艶も芸もないと感じていた。金曜の夜にも呼ばれず、芸妓としてやっていけるのかという不安を抱えていた。
それぞれの仕事の将来
ウサミミさんは、芸妓ではなく寿司屋の将来性を後藤に尋ねた。後藤、ブンさん、善ちゃんは、それぞれ寿司屋、マッサージ師、農業について、形は変わっても残るものはあると話した。ウサミミさんはその流れを受け、莉子は本当は芸妓ではなく半玉になりたくてこの町に来たのだと指摘した。
稽古へ戻る莉子
莉子は携帯のアラームで、翌朝の稽古を思い出した。急いで帰ることにし、勘定をツケにしてほしいと後藤に頼んだ。善ちゃんへタクシー代を渡そうとしたが、善ちゃんは受け取らず、莉子は礼を言って店を出た。
辞めないという返事
莉子が帰った後、後藤たちは半玉の年齢制限や莉子の事情について話しかけたが、後藤は詮索を止めた。客も来そうにないため、後藤は店を閉め、残った常連たちだけで飲むことにした。その後、莉子から後藤に辞めないというメッセージが届き、後藤は安堵した。
七 煮物 都市から来た女と男 CAPTER.7
特上のない寿司屋
場違いな夫婦
テーブル席の松崎夫妻は特上寿司を求めたが、後藤は地のものだけを扱うため特上にできるほどネタに差がないと説明した。松崎は伊勢エビなどを期待して未練を見せたが、季節外れであるため断られた。高級店向きの服装をした二人は、ジャージ姿の莉子や普段着の常連たちの中で浮いていた。
駅裏の移住者
松崎は刺し身の盛り合わせと冷酒を注文し、ブンさんに話しかけた。彼は港区から駅裏へ移住してきたと語り、莉子はその言い方に自慢めいたものを感じた。後藤は莉子に酒を運ばせようとし、莉子は不満を抱きながらも松崎夫妻の席へ向かった。
手酌推奨委員会
松崎が莉子に酒を注がせようとすると、莉子は架空の手酌推奨委員会を理由に断った。去り際に肩の糸くずを払うふりをして、ジャケットの生地が上等だと見抜いた。莉子、ブンさん、ヒヨちゃんは、松崎が金持ちで自慢したがる人物だとひそかに見立てた。
お近づきの一杯
松崎は自分と妻を紹介し、常連たちへ一杯ずつおごると言った。ブンさんとヒヨちゃんは礼を述べたが、莉子は松崎の態度に反感を隠せなかった。松崎は昭和レトロな店内を見回して寿司屋らしさを疑ったが、莉子はこれも寿司屋だと返した。
松崎夫人の笑顔
莉子が刺し盛りを運ぶと、松崎夫人は客なのに手伝わされて大変だと柔らかく声をかけた。その笑顔は無邪気で憎めないもので、莉子は一瞬心を動かされた。松崎はアジの刺し身を味わいながら、常連たちの仕事を尋ねた。
松崎の自己紹介
ブンさんとヒヨちゃんは簡単に職業を話し、莉子は証券会社のディーラーだと嘘をついた。松崎はその流れを受けて、自分が海外に本社を持つ化粧品メーカーの日本代表だと名乗った。莉子は、結局それを言いたかっただけだと感じ、自慢しぃだとつぶやいた。
商売っ気への疑問
松崎は、魚や店の雰囲気、路地裏の立地が魅力的なのに、後藤に商売っ気がないのはなぜかと尋ねた。後藤はヒヨちゃんに、なぜパイロットをしているのかと話を振った。ヒヨちゃんは飛ぶのが好きだからだと答え、乗客を安全に目的地へ届けた時の達成感こそが好きな理由だと語った。
仕事の理由
ブンさんは、施術した客に楽になったと言われるのがうれしいからマッサージ師を続けていると話した。莉子も、客が楽しんでいれば自分も楽しいと本音を漏らした。後藤は松崎に、人は誰もが成功や勝ち負けだけを考えているわけではないと伝えた。
受け流される松崎
松崎はその後も会話に加わり、何かとマウントを取ろうとした。しかし、ブンさんたちはすべて受け流し、話は広がらなかった。松崎は夫人にたしなめられ、しかられた仔犬のようにおとなしくなった。
真帆子の忘れ物
松崎夫妻が帰った後、夫人の携帯が椅子に残されていることにヒヨちゃんが気づいた。莉子が渡そうとしたが、後藤が代わって外へ持っていった。後藤は、忘れ物は真帆子が後藤と二人で話すためにわざと置いたものだと見抜いた。
後藤の姪
松崎夫人は旧姓を後藤真帆子といい、後藤の姉の娘だった。後藤は真帆子がなぜ松崎と結婚したのか気にしたが、真帆子は三度のプロポーズを受け、面倒になったのだと語った。彼女は松崎を変えようとはせず、そういう人だと受け入れ、御しやすい相手として扱っていた。
立ち聞きの莉子
真帆子は、松崎を後藤の店には近づけないようにすると言い残して戻っていった。後藤が店に戻ろうとすると、玄関口には口元を歪めた莉子が立っていた。後藤は、何かを立ち聞きされたと察し、ため息を漏らした。
八 揚げ物 泉野明参上 CAPTER.8
泉野明の来店
苫小牧の土産酒
泉野明は一升瓶を土産に、勢いよく「寿司屋の後藤」を訪れた。後藤は彼女を元部下として紹介し、野明は苫小牧限定の純米酒を皆に振る舞うと言った。後藤は地のものしか出さない方針だと渋ったが、野明は自分のおごりにすればよいと笑い、昔とは違って商売人になった姿を見せた。
泉酒店の現在
野明は苫小牧の泉酒店を継いでいたが、現在は東京に住み、北海道の地酒を扱う通販を主力にしていた。夫を亡くした後、野明はしばらく心を閉ざしていたが、訪ねてきた遊馬の言葉と存在によって初めて泣くことができた。その後、遊馬と進士が通販サイトを準備していたことをきっかけに、泉酒店は北海道限定地酒の通販へ舵を切った。
東京へ戻った野明
通販事業は最初こそ認知されなかったが、道内の酒蔵との協力で少しずつ広がった。事業が軌道に乗ると、野明の母は彼女に好きなことをするよう促した。野明は時間をかけて東京へ戻り、現在は空いた時間に保護観察官の仕事もしていた。
昔話と恋バナ
莉子は酔いながら、野明に後藤と働いていた頃の話を聞きたがったが、後藤は機密事項だと遮った。そこで莉子は恋バナを求めた。野明は、自分は人より犬や猫や機械に気持ちを向けることが多く、恋という感覚がよくわからないと語った。
遊馬との距離感
野明は、遊馬とは月に何度か食事や酒をともにし、互いの家を行き来する関係だと話した。しかし、それを結婚へ向かう交際とは感じていなかった。野明は、婚姻という制度に収まるより、自分らしく生きるために心地よい距離でつながっていたいのだと考えていた。
つながっている二人
ウサミミさんは、野明と遊馬がきちんとつながっているかを尋ねた。野明は慎重に考えたうえで、遊馬とは間違いなくいい感じでつながっていると答えた。ウサミミさんは、それは縁なのだと語り、出会いも再会も縁と運でできているとした。
後藤の結婚観
ウサミミさんは後藤にも、なぜ結婚しないのかと尋ねた。後藤は、自分は結婚に向いていないとそっけなく答えた。その後、ウサミミさんとブンさんが帰ると、野明と莉子は意気投合し、他の客がいない店で大声で笑いながら飲み続けた。
泉野明参上
酔った野明と莉子は後藤にさらに酒を求め、最後には後藤に店から追い出された。翌日、野明は後半の記憶がないまま、何かやらかしていないかと後藤に電話した。後藤は意地悪く詳細を伏せたが、実際には野明がトイレの壁に、泉野明参上と油性マジックで落書きしていただけだった。
九 蒸し物 営口の〆サバ改 CAPTER.9
〆サバの迷い
仕込まれない〆サバ
善ちゃんは〆サバを頼んだが、後藤は仕込んでいなかった。莉子が理由を尋ねると、後藤は自分の味がブレているからだと答えた。後藤は料理に正解はなく、自分の好みの味を提供するしかないと考えており、その好みが揺らぐと仕事にならないのだった。
父親直伝の味
後藤の〆サバは、海釣りを趣味にしていた父親から自然に受け継いだものだった。後藤は子どもの頃から父に連れられて釣りを覚え、自分で釣った魚は自分で捌くという暗黙のルールの中で魚の扱いを学んだ。後に居酒屋の〆サバを見た後藤は、身が白くなるほど〆たものを一般的な〆サバとして受け入れている人々に驚いた。
浅く〆たサバ
後藤は常連たちに、自分の店の〆サバは浅めだがどう思うかと尋ねた。莉子と善ちゃんは、血合いの色がきれいに残るところが気に入っていると答えた。話はサバの種類や脂の違い、目利き、サバにまつわる話題へ広がり、その日はサバ談義で終わった。
多すぎる選択肢
後藤が迷っていた理由は、〆サバの作り方が多すぎることにあった。父親から受け継いだ家庭料理としての味に加え、ロシアや中国で学んだ仕込み方があり、どれを選ぶべきか定まらなくなっていた。選択肢が多すぎるほど迷いが生まれるという考えに近い状態だった。
二種類の〆サバ
後藤は、営口式を自分なりに変えたものと、父親直伝の方法を改良したものの二種類を用意した。莉子、ブンさん、ウサミミさんは食べ比べをし、三人とも飾り包丁の入ったほうを好みとして選んだ。それは父親直伝の家庭料理を改良した〆サバだった。
好みの一致
莉子は、選ばなかったほうは塩が少し強く、醤油なしでも食べられるが、選んだほうは醤油の香りと合っていると感じた。ウサミミさんとブンさんも、締まり具合や厚みがちょうどよいと評価した。ブンさんは、選ばなかったほうが以前店で出していた〆サバだと見抜いた。
〆サバの作り方
ウサミミさんは、後藤に〆サバの作り方を教えてほしいと頼んだ。後藤は、内臓を出して洗い、三枚におろした後、腹骨を残したままベタ塩にし、余分な水分と臭みを抜くと説明した。その後、塩を流して水気を取り、酢に浸してから冷凍し、解凍後に腹骨と薄皮を取って切り分けるのだった。
父親への抵抗
ブンさんは、後藤の好みは自分たちと同じ父親直伝のほうだと見抜いたが、それならなぜ好みではないほうを店で出していたのか疑問に思った。閉店後、後藤はブンさんに、自分は父親が大嫌いだったとだけ告げた。父親のレシピで作った料理を店で出すことに抵抗があったのだった。
ハゼ釣りの記憶
店を閉めた後、後藤は父から初めて教わったハゼ釣りを思い出した。後藤は、かつて自分の釣った魚を肴に父と酒を酌み交わす日を思い描いていたはずだった。最初から父を嫌っていたわけではないという記憶は、二階で鳴くパプの声によって中断された。
善ちゃんの好み
後日、善ちゃんはリクエストしていた〆サバを食べ、味を変えたのかとすぐに気づいた。常連の多くは後藤家の〆サバを好んだが、善ちゃんだけは以前の営口式を改良した〆サバのほうが好みだった。
十 止肴 香貫花も来た CAPTER.10
香貫花の来店
圧倒された莉子
莉子が店に入ると、いつもの席には香貫花が座っていた。香貫花は美しい所作と透徹した目を持つ年齢不詳の女性で、莉子は踊りの師匠のような威圧感を覚えた。ブンさんと香貫花は銃の話で盛り上がっており、莉子は香貫花がただの銃好きではないと直感した。
生存確認
香貫花は後藤の昔の知人で、後藤の生存確認に立ち寄ったのだと話した。後藤は香貫花に、なぜ今になって店へ来たのかを尋ねた。香貫花は、太田から一度は顔を出せと言われたためだと答え、今は早期退職してオアフにいることも明かした。
太田との再接続
香貫花は、太田とは長らく連絡を取っていなかったが、去年の秋に突然ハワイについて相談されたと語った。それは太田の新婚旅行の相談だったが、太田は最初それを明かさず、香貫花は話が噛み合わず苦労した。太田は妻の好みを把握しておらず、香貫花は問い詰めながら旅行の助言をすることになった。
桃菜という相手
太田の妻は桃菜といい、定番の観光地よりもアロハスタジアムのスワップミートに興味を持つ人物だった。香貫花は、桃菜がアラモアナセンターではなく雑多な市場を好むことから、事前に太田から聞いていた情報がほとんど役に立たなかったと話した。後藤たちは、太田と桃菜が似た者同士だから結婚したのかもしれないと受け取った。
射撃場の桃菜
太田はハワイで真っ先に射撃場へ行きたがり、香貫花も心配して同行した。しかし心配は杞憂に終わり、むしろ桃菜のほうがサバゲー経験をもとに実弾射撃へ前向きだった。桃菜は撃つうちに命中率を上げ、ついには太田を超えたため、香貫花は太田が桃菜に完全に操縦されているように感じた。
戦艦ミズーリ記念館
香貫花は、桃菜が予定に入れていた戦艦ミズーリ記念館にも同行した。太田は巨大な艦や特攻跡、主砲を前に感情を激しく揺さぶられていた。桃菜は機関長ツアーを予約しており、太田は艦長ツアーを望みながらも彼女に押し切られて参加した。
主砲のトリガー
機関長ツアーの射撃管制室には、主砲の発射を模擬体験できる装置があった。太田は歴史的な戦艦の主砲を撃つことに極度に緊張しながらも、桃菜に促されてトリガーを引いた。その直後、興奮のあまり意識を失い、戻ってからもミズーリの主砲を撃ってしまったとうわごとのようにつぶやいていた。
桃菜の手のひら
香貫花は、桃菜が太田を彼のまま受け入れながら、巧みに手のひらで転がしていると語った。後藤は、香貫花が太田を通じて桃菜と親しくなり、その縁があったからこそ今日この店に来たのだろうと推測した。香貫花は何か言いたげだったが、莉子やブンさんの前では口をつぐんだ。
南雲しのぶの噂
帰り際、後藤は香貫花を木戸の外まで見送った。香貫花は迷った末に、南雲しのぶから連絡があったかと尋ねた。後藤がないと答えると、香貫花は南雲が日本に戻ってきているらしいという噂を告げた。その言葉を聞いた後藤は、胸の奥に小さなさざ波が大きなうねりへ変わっていくような感覚を覚えた。
十一 寿司 地下物件 CAPTER.11
地下通路の噂
駅前の心霊スポット
ヒヨちゃんは、駅と駅前ビルをつなぐ地下通路が心霊スポットなのかと尋ねた。莉子は、終電後に発車ベルや電車の音が聞こえる噂を知っていた。ブンさんはただの都市伝説だと考え、その地下には計画中止になった幻のモノレール駅があるため、噂が生まれたのだろうと話した。
戻った膜
ウサミミさんが来店し、店の中を見て、以前の状態に戻っているようだとつぶやいた。ヒヨちゃんは、ウサミミさんが語る膜の薄い場所について説明を受け、駅前地下通路の噂と結びつけて考えた。ウサミミさんは、薄い場所が移動するのではなく、場所ごとに薄くなったり戻ったりすると説明した。
危ない気持ち
ヒヨちゃんは、地下通路が別の世界につながっているのではないかと口にした。ウサミミさんは、膜の薄い場所は人の気持ちに共鳴するため、そのような状態で近づくのは危険だと警告した。薄い場所が人と共鳴すると、向こう側に行ったまま戻れるかわからないと語った。
神隠しと磐座
莉子は、知り合いの子どもが神隠しのように大岩の上で見つかった話をした。後藤は磐座ではないかとつぶやき、ウサミミさんは磐座が神域と現世の境界にあるものだと説明した。ウサミミさんは、子どもや精神状態が不安定な人は境界に持っていかれやすいと話した。
戻れない過去
ブンさんは、三十年前に戻りたいことがあるのかとヒヨちゃんに尋ねた。ヒヨちゃんは言葉を濁したが、ブンさんは戻れたとしても同じ未来になるとは限らないため、自分は今が楽しいと答えた。ウサミミさんも、やり直せば今とは違う未来が待っていると話した。
UFOの記憶
莉子は話題を変えようとして、国際線パイロットのヒヨちゃんにUFOを見たことがないかと尋ねた。ヒヨちゃんは明言を避けたが、ブンさんは子どもの頃に月のような黄色いものを見た体験を語った。ウサミミさんは、記憶は上書きされることもあり、未確認であること自体は確かだと受け止めた。
怪異談の夜
店では山や海の怪異、UMAや古代文明の話が広がった。ウサミミさんはそのたびに古い怪異譚の話を交え、場を現実へ引き戻した。夜は、不思議な話と常連たちの会話の中で更けていった。
オゼキくんとの再会
帰り道、ヒヨちゃんは噂の地下通路に一人で立った。数日前、品川駅で小学校時代の友人オゼキくんに声をかけられ、三十年近く前にツルヤくんが亡くなっていたことを知らされたのだった。ヒヨちゃんは、小学生時代にツルヤくんとオゼキくんが大事な友だちだったことを思い出した。
ツルヤくんの夢
ツルヤくんは、宇宙飛行士になれなくても、できるだけ宇宙の近くを飛ぶためにパイロットになりたいと話していた。ヒヨちゃんは地元を離れ、友人たちとのつながりを失ったままパイロットになっていた。オゼキくんは、ツルヤくんがヒヨちゃんの成功を喜んでいたと伝えた。
冷たい壁
ヒヨちゃんは、膜の向こうに別の世界があるなら、そこでツルヤくんがどうしているのかを考えた。三十年前の世界に戻れたなら何を話すのかも思った。しかし地下通路の壁は壁のままで、発車ベルも電車の音も聞こえず、ただタイルの冷たさだけが伝わってきた。
十二 寿司おかわり 沿岸警備作戦 CAPTER.12
CLAT相模灘支部
怪獣出現の警報
ブンさんは警報音で目を覚まし、「寿司屋の後藤」に似た場所で、後藤たちが防衛隊のような制服を着ている状況に混乱した。後藤は相模湾にタイプWの怪獣が出現したため対処すると説明した。店内は司令室のように変化しており、ウサミミさん、莉子、ヒヨちゃんも同じ制服姿で出動準備をしていた。
相模灘支部の任務
後藤は、ここがCLAT相模灘支部であり、相模灘に現れる怪獣を誘導、殲滅するのが任務だと語った。莉子とヒヨちゃんはトイレ風の空間から怪獣誘導戦闘機アウルへ向かい、ウサミミさんは制御卓を展開した。ブンさんは状況を理解できないまま、膜の薄さによる向こう側からの干渉だと説明された。
怪獣誘導戦闘機アウル
アウルは、幻のモノレール駅を改修した地下施設から発進する怪獣誘導戦闘機だった。ヒヨちゃんが操縦し、莉子が操縦以外の全般を担当していた。莉子は怪獣にGPSを撃ち込み、アウレトという小型機を放出して映像を送った。
クトゥルー型怪獣
映像には、クジラのようでありながら異様な形状をしたクトゥルー型の怪獣が映った。背中の無数のブツブツが開くと、その下には善ちゃんの顔が並んでいた。さらに顔は莉子の顔へ変化し、ブンさんはこれは夢ではないかと考えたが、夢を自分で制御することはできなかった。
巨大砲台の起動
場面は変わり、ブンさんはウサミミさんとともにタワーマンションの地下制御室にいた。海岸近くのホテルや銅像、タワーマンションが変形し、五つの巨大砲台になった。ウサミミさんの指示でブンさんが発射レバーを操作したが、自動追尾を入れていなかったため砲撃は怪獣を外した。
ビーチへの上陸
砲撃を逃れた怪獣は灯台を越えてビーチへ上陸した。観光客たちは逃げ惑い、怪獣の背中では善ちゃんと莉子の顔が入り乱れていた。後藤はビーチに近すぎるため攻撃を許可できず、状況は悪化した。
巨大化したパプ
その時、熱海城が崩れ、中から巨大化した後藤の飼い猫パプが現れた。パプは断崖を駆け下り、怪獣に食らいついて海へ引きずり込んだ。やがて怪獣の死体だけが浮かび、パプの姿は消えたため、後藤は作戦終了を告げた。
帰ってきたパプ
その夜、司令室では宴会が開かれたが、パプの行方を思って一同は口数少なかった。だが後藤が言いかけたところで、玄関からパプの鳴き声が聞こえ、パプは無事に帰ってきた。場は一気に盛り上がり、後藤も酒をふるまった。
夢の中の膜
ブンさんは、これは後藤の夢ではないかと思いながら眠気に沈んでいった。人と人を隔てる膜も薄くなり、夢が混ざり合うことがあるのではないかと考えた。最後には、ウサミミさんの顔をした熱気球が増えていく奇妙な光景が浮かび、目覚めてもこの世界のままだったらどうするのかと不安を抱いた。
十三 止椀 再会 CAPTER.13
南雲しのぶの来店
元部下たちの夜
その夜、「寿司屋の後藤」には進士幹泰と山崎ひろみが来ていた。二人は公務員時代の後藤の元部下であり、善ちゃんは彼らの言葉から後藤が特車二課第二小隊の初代隊長だったことに食いついた。莉子は事情を知らず戸惑い、後藤や進士たちは微妙な沈黙に包まれた。
方舟の崩壊
善ちゃんは、かつて方舟が一夜にして崩壊した事件について、初代第二小隊が関与したのではないかと問いかけた。ひろみちゃんは答えに窮し、後藤は厨房に姿を消した。やがて後藤は、自分が第二小隊隊長だったことは認めたうえで、元部下たちは店の客であり、困らせる話はよくないと善ちゃんを制した。
隠しきれない興味
善ちゃんは謝りながらも、方舟や東京で起きたテロ収束に初代第二小隊が関わったのではないかと話題を戻そうとした。莉子は、移住者には過去を深掘りされたくない人もいるため、相手を見て話すべきだとたしなめた。それでも善ちゃんは隙を見て過去の話題を振り、進士はその圧から逃れるように酒を飲み続けた。
酔った進士
善ちゃんが帰ったあと、進士は四合瓶を空けて酔いつぶれかけていた。後藤は、善ちゃんと進士がぶつかれば面白いと思って酒を置いたと明かし、ひろみちゃんに嫌な顔をされた。進士は一度沈んだ後に再び起き上がり、後藤はいつも曖昧にごまかすひどい人だと酔った勢いで責めた。
方舟と海底トンネルの恐怖
進士は、方舟で遊馬とともに死にかけたことを語った。さらに、海底トンネルでは視界の悪い一本道に突入させられたことを非難し、莉子は善ちゃんの言っていたテロ収束の話が本当だったのだと知った。ひろみちゃんも、海水が流れ込むトンネルで凍えながら死を覚悟した体験を語り、泉野明の機転がなければ全員死んでいたと明かした。
後藤の謝罪
ひろみちゃんの話で店内は静まり返った。後藤はティッシュを差し出したあと、深く頭を下げて謝罪した。莉子とブンさんは、後藤が仕事だから仕方ないと突き放すと思っていたため驚いたが、後藤は方舟以外の件では何も守れず、遅すぎたのだと苦い表情を見せた。
南雲しのぶの登場
そこへ玄関の引き戸が開き、南雲しのぶが店に入ってきた。進士とひろみちゃんは酔いも吹き飛ぶように直立し、後藤も動揺した。南雲は約束どおり来たと笑い、後藤は彼女をしのぶさんと呼んだ。
トーキョー・ウォーの記憶
南雲はかつて、東京を戦争状態に陥れたテロ事件で柘植行人に心情的に寄り添っていた。決起前夜、彼女は柘植に呼び出されて会いに行ったが、柘植は現れず、代わりに後藤が動いていた。その後、南雲と後藤は警視庁上層部の意向を無視して独断で事態を収拾し、柘植は確保されたが、南雲は依願退職となり、後藤は降格のうえ伊豆大島へ飛ばされた。
静かな共有
後藤は南雲に地魚の握りを出し、彼女はおいしかったと答えた。南雲は日本酒のソーダ割りを頼み、後藤はつまみとしてソフトさきいかを無塩バターで炒め、七味を振って出した。南雲はそれをおいしいと感じ、二人は多くを語らず、ただ同じ時間を共有した。
東京を離れた南雲
南雲は処分を機に家を出た。過干渉な母親と合わなかったことに加え、テロで破壊された東京にいたくなかったのだった。
十四 水菓子 二人のヘルシンキ CAPTER.14
南雲しのぶとの再会
夜更けの店
進士と山崎は早々に帰り、ブンさんは気配を察して莉子を連れ出した。店には後藤と南雲だけが残り、柱時計の音や救急車のサイレンが大きく響くような沈黙が続いた。南雲は店を閉めたのなら隣に来ればいいと言い、後藤は店主であることを言い訳にしながらも、彼女との距離を測っていた。
バングラデシュの日々
南雲は警察を離れた後、JICA海外協力隊としてバングラデシュに派遣された。剣道を通じた青少年活動や数学教師として過ごし、任期終了後も帰国せず、ロヒンギャ難民支援のNGO活動に加わった。生活用水、衛生、識字、女性や子どもの保護、人身売買の防止など、多岐にわたる支援に関わっていた。
母の死と帰国
南雲は母の訃報を受けて帰国した。厳しく過干渉だった母とは確執があり、父に恥じないよう生きろという言葉に縛られて警察官になった過去があった。母の遺骨を納骨堂に収めた南雲は実家を売却し、日本に長く留まる気にはなれなかった。
デンマークへの道
南雲はバングラデシュで知り合ったエラから、デンマークのテール・デ・オムで働かないかと誘われた。エラは、南雲がまだ日本にいづらいのではないかと察していた。南雲はその言葉に胸を突かれ、ほぼその時点でデンマークへ行くことを決めていた。
ヘルスホルムの暮らし
南雲はデンマークのヘルスホルムに移り住み、広い空と高層ビルのない街に開放感を覚えた。人との距離を保ちながらも必要な時には親切なデンマーク人の気質にも親しみを持った。エラとはいつの間にか、何でも話せる親友になっていた。
ヘルシンキの再会
ある夏、南雲はエラに誘われてヘルシンキへ旅行した。ザリガニパーティに参加すると、そこには寿司を握る後藤がいた。南雲は驚き、逃げ出したい気持ちになりながらも、後藤が少し痩せたことまで見ていた。後藤は久しぶりとは思えない調子で声をかけ、ザリガニの握りを出した。
ザリガニ寿司
後藤は茹でたザリガニの握りと、ハサミの身をほぐした軍艦巻きを南雲に食べさせた。南雲はエビのようでありながら違う味や、カニに似たハサミの身を楽しんだ。後藤とのやりとりは、かつて特車二課で交わしていた日常を思い出させ、南雲はいるべき場所に帰ってきたような感覚を覚えた。
寿司屋の約束
帰り際、後藤は南雲に、自分の寿司をもっと食べてほしかったと言った。南雲が日本に帰る機会があればと返すと、後藤は日本で寿司屋をやれば来られるだろうと口にした。南雲はその時は行くと応じ、二人の間に約束が生まれた。
柘植行人との過去
南雲はタクシーの中で、柘植行人との関係を振り返った。あれは恋でも愛でもなく、閉塞感や不満を晴らすための過ちだったと整理した。柘植の社会を破壊しようとする考えに一点だけ共感し、自分を共犯者のように感じていたが、日本を離れたのはけじめではなく逃避だったと気づいた。
呪縛からの解放
南雲は、自分が柘植に依存していたわけではなく、むしろ依存していたのは柘植のほうだったと考えた。その夜、南雲は長い呪縛から解放されたように感じた。後藤の口癖を思い出して苦笑し、明るく何でもないとエラに答えた。
熱海という距離
現在の南雲は、後藤から店のことを誰に聞いたのか尋ねられ、泉野明から不破環生へ伝わった縁を明かした。後藤は熱海を選んだ理由について、温泉、魚、気候、海と山、そして東京との適度な距離感だと語った。南雲はその距離感に納得し、自分は辻堂にいると告げた。
また来る予感
後藤は南雲に、今度遊びに行ってもいいかと尋ねた。南雲は考えておくと答え、改札を通った。振り返ると後藤が手を振っており、南雲も小さく手を振り返した。南雲は、後藤が辻堂に来る前に、自分のほうがまた後藤の寿司を食べに来るだろうと思った。
【特典(特別版) 掌編】 パプの場合
パプの夜
後藤を待つパプ
夕方、熱海市の時報が流れると、後藤は開店前に駅前温泉浴場へ出かけていた。パプは後藤の正体を理解していなかったが、自分に食事を与え、世話をして育ててくれた存在であるため、同族のようなものだと考えていた。後藤がいない間、パプは寿司屋の二階を守ることを自分の役割としていた。
二階の見張り
夜型のパプは、階下の賑わいや静けさを気配で感じながら過ごしていた。敵意や違和感がなければ反応せず、タンスの上から外を眺めたり、ごはんを食べたりしていた。聞き慣れない音に緊張することもあったが、それが続かない限り、場所を脅かすものではないと判断していた。
階段の足音
後藤が階段を上がってくる音を聞くと、パプはすぐに一階と二階を分けるドアの前へ向かった。ドアが開くと、パプは足元をすり抜けて一階の店舗へ駆け下りた。パプはその日の店に残った痕跡を確認して回り、異常がないことを確かめていた。
寝酒の時間
後藤は簡単なつまみと酒を用意し、客席側に座った。確認を終えたパプは後藤の膝に乗り、後藤は抜け毛を避けるため頭だけをなでながら酒を飲んだ。パプは額を後藤の手に押しつけ、喉を鳴らして甘えていた。
幸せの返事
後藤はパプを見て、幸せかと問いかけた。パプは小さく鳴いて答えた。二人は言葉を完全には共有していなかったが、静かな夜の中で互いの存在を確かめ合っていた。
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