物語の概要
■ 作品概要
本作は、不慮の事故で命を落とした日本人・佐藤が、異世界の「黒猫族」の少年・ニャンゴとして転生することから始まる異世界ファンタジーである。 この世界において黒猫族は、身体能力が低く魔力も乏しいため「外れ種族」と蔑まれる存在であった。しかし、ニャンゴは成人の儀で、極めて希少な「空(くう)」属性の魔法を授かる。周囲からは「何もできない無能な属性」と誤解されるが、前世の知識と自由な発想を駆使し、空間を操る強力な魔法へと昇華させていく。物語は、種族のハンデを跳ね除け、一人前の冒険者として自由気ままな生活を目指すニャンゴの成長と旅路を描いている。
■ 主要キャラクター
ニャンゴ: 本作の主人公。前世は日本人で、現在は黒猫族の少年として生きている。外見は二足歩行の愛らしい子猫そのものだが、中身は冷静な大人の精神を持つ。希少な「空」属性の魔法を操り、空間を固定して足場を作ったり、目に見えない斬撃を放ったりするなど、独自の戦闘スタイルを確立していく。猫としての本能に抗えない可愛らしい一面も持つ。
■ 物語の特徴
本作の最大の特徴は、主人公が「猫」であるという点にある。その愛くるしい外見と、前世の知能を活かしたシビアな冒険者活動とのギャップが読者の興味を惹きつける。 また、能力面での差別化も明確である。一般的な「火」や「水」といった攻撃魔法ではなく、「空間」という概念を操る「空属性」をいかに応用して困難を突破するかという、パズル的な攻略要素が魅力となっている。過度な復讐劇や国家間の政争に重きを置くのではなく、あくまで「気ままな冒険者」として一歩ずつ世界を広げていく、地に足の着いた成長譚としての側面が強い。
書籍情報
黒猫ニャンゴの冒険 レア属性を引き当てたので、気ままな冒険者を目指します
著者:篠浦 知螺 氏
イラスト:四志丸 氏
出版社:KADOKAWA(カドカワBOOKS)
発売日:2021年7月5日
ISBN:9784040741642
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あらすじ・内容
猫になって、異世界。 かわいいだけじゃない冒険が始まる!
異世界に転生した少年は冒険者を志すが、体は最弱種族の猫人で、手にした魔法は”空っぽ”とバカにされる空属性だった。
しかし少年は大きなハンデをものともせず、創意工夫で空魔法を武器や防具を生み出せて、空も歩ける魔法へと変えていく。
周囲の優しさに支えられ成長し、そして空属性の真価に気付いた時、最強の猫人冒険者としての旅が始まる!
感想
本作は、最弱とされる猫獣人の少年に転生した主人公が、知恵と執念を武器に冒険者への道を切り拓いていく物語である 。
何より印象的なのは、主人公ニャンゴが置かれた過酷な立ち位置だ。転生先は「二足歩行の猫」そのものの外見で、周囲の獣人と比べても体格や魔力で大きく劣っている 。さらに『巣立ちの儀』で授かった属性は、周囲から「空っぽ」と揶揄される空属性であった 。この絶望的な状況から、空気を固めて足場を作る「エアウォーク」や防御壁、果ては目潰しといった独自の戦法を生み出していく創意工夫が、本作の大きな醍醐味となっている 。
村での人間関係も物語に深みを与えている。村長の孫・ミゲルによる執拗ないじめや、稼ぎを横取りしようとする傲慢さは不快だが、それを魔法の応用でいなす場面には確かなカタルシスがある 。一方で、厳しくも温かく指導してくれる師匠ゼオルや、薬草摘みの仕事を通じてニャンゴを支えてくれた狐人のカリサ婆ちゃんの存在が、泥臭い修行の日々を温かく彩っている 。
成長の過程で支払う代償の重さも、本作を単なる無双ものとは一線を画す内容にしている。ミゲルたちを救うために炭焼き小屋でコボルトの群れと戦い、左目を失う展開は衝撃的であった 。順調だった歩みが一度挫かれ、距離感の喪失というハンデを負いながらも、なお夢を諦めないニャンゴの姿には心を打たれる 。また、魔力を高めるために魔物の心臓を食らい、死の淵を彷徨う「禁忌」への挑戦からは、彼が抱える冒険者への凄まじい執念が伝わってくる 。
後半のブロンズウルフ戦では、実力主義の冒険者社会の光と影が鮮明に描かれていた。卑怯な手段で手柄を横取りしようとしたテオドロが仲間から見捨てられる一方で、実力を認めてくれたパーティー「チャリオット」との共同戦線は熱い 。最後に放たれた「フレイムランス」の威力は、空属性の真価を証明するに十分なものであった 。
第一巻の結びとして描かれる旅立ちのシーンは、本作の中で最も感情が揺さぶられる場面である。実の両親以上に慕い、生活を共にしたカリサ婆ちゃんとの別れ。彼女が涙ながらにニャンゴの名を呼び続ける描写は、少年の自立と故郷への決別を象徴する、美しくも切ない名シーンであった 。
差別や身体的不利を跳ね除け、痛みを伴いながらも一歩ずつ前へ進むニャンゴ。彼がこれから広い世界でどのような「気ままな冒険」を繰り広げるのか、続きが楽しみでならない。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
ニャンゴ
ニャンゴは本作の主人公である。前世は日本の男子高校生であった。現在はアツーカ村に住む猫人の少年である。性格は冷静で思慮深い。彼は魔法を独学で磨く努力家でもある。
・所属組織、地位や役職
アツーカ村の住民。初級冒険者。
・物語内での具体的な行動や成果
空属性魔法を応用して空中歩行や防御壁を独自に開発した。炭焼き小屋にてコボルトの群れからミゲルらを救い出す。禁忌とされる魔物の心臓を食すことで魔力量を大幅に増大させた。空属性で魔法陣を形成し、他属性の魔法を再現する技術を編み出す。上位の魔物であるブロンズウルフの討伐において決定的な役割を果たした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
コボルトとの戦闘で左目を失った。村長や周囲の住民から実力ある猟師として認められる。銀級パーティーから仲間に誘われるほどの影響力を持った。さらなる成長を求めてイブーロの街へと旅立った。
ゼオル
ゼオルは虎人の男性である。アツーカ村に隠居している。かつては金級の腕前を誇った元冒険者である。ニャンゴの才能を見抜き、師匠として彼を導く。
・所属組織、地位や役職
アツーカ村の用心棒。元金級冒険者。
・物語内での具体的な行動や成果
ニャンゴに身体強化魔法と棒術の基礎を授けた。アツーカ村を襲うオークやブロンズウルフの迎撃を指揮する。危機に陥ったニャンゴを幾度も救い出した。ニャンゴが魔物の心臓を食べて暴走した際には適切な処置を施す。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
村長からの信頼が非常に厚い。ニャンゴの実力を正当に評価し、村の外へ出ることを勧めた。彼自身の戦闘能力は依然として高く、村の防衛の要となっている。
ミゲル
ミゲルは狼人の少年である。アツーカ村の村長の孫という立場にある。自分より序列が低いとされる猫人のニャンゴを見下している。
・所属組織、地位や役職
アツーカ村の住民。イブーロにある学校の生徒。
・物語内での具体的な行動や成果
ニャンゴに対して度々嫌がらせや差別的な言動を繰り返した。自身の不注意でコボルトの群れに追われ、炭焼き小屋に追い詰められる。ゼオルのもとで修行を始めるが、すぐに飽きて逃げ出した。ブロンズウルフの討伐現場には参加していない。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ニャンゴに返り討ちにされたことで、村の子供たちの間での権威を失う。イブーロの学校の編入試験に合格した。物語が進むにつれてニャンゴとの実力差が明確になった。
カリサ
カリサは狐人の老婆である。アツーカ村で薬屋を営んでいる。ニャンゴに薬草の知識を教えた人物である。ニャンゴのことを孫のように慈しんでいる。
・所属組織、地位や役職
アツーカ村の薬屋店主。
・物語内での具体的な行動や成果
ニャンゴが採取した薬草を継続的に買い取った。負傷したニャンゴの治療や看護を行う。ニャンゴの身を案じて無茶な行動を厳しく戒めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
村の中でニャンゴを最も理解し、支えてきた一人である。ニャンゴが旅立つ際には涙を流して彼を送り出した。
ライオス
ライオスは蜥蜴人の男性である。銀級冒険者パーティー「チャリオット」のリーダーを務める。実力主義でありながら、公平な判断力を持つ。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド所属。銀級パーティー「チャリオット」のリーダー。
・物語内での具体的な行動や成果
ギルドで絡まれていたニャンゴを助け出した。ブロンズウルフ討伐の案内役としてニャンゴを雇う。ブロンズウルフとの決戦では前衛として果敢に戦った。テオドロによる手柄の横取りを断固として阻止する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
金級に近い実力者としてギルド内で一目置かれている。ニャンゴの能力を高く評価し、自身のパーティーへ熱心に勧誘した。
オラシオ
オラシオは牛人の少年である。ニャンゴの幼馴染である。気弱な性格だが、真面目で努力家な一面を持つ。ニャンゴとは互いに励まし合う関係である。
・所属組織、地位や役職
シュレンドル王国騎士団の訓練生。
・物語内での具体的な行動や成果
儀式で高い魔力値を示し、騎士団にスカウトされる。ニャンゴから贈られた火の魔道具を大切に扱っている。王都での厳しい訓練に耐えながら、騎士を目指して奮闘する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
村の期待を背負って王都へと旅立った。ニャンゴが冒険者を目指す大きな動機の一つとなっている。
オリビエ
オリビエは熊人の少女である。キダイ村の村長の孫である。快活な性格をしており、ニャンゴの能力を素直に称賛する。
・所属組織、地位や役職
キダイ村の住民。イブーロにある学校の生徒。
・物語内での具体的な行動や成果
学校の試験に向かう途中でニャンゴと知り合う。ニャンゴが作った空気の防寒着を気に入り、彼に親しく接した。ミゲルの身勝手な振る舞いを厳しく批判する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
イブーロの学校に合格し、寮生活を始める。ミゲルから好意を寄せられているが、彼女自身はニャンゴに興味を抱いている。
テオドロ
テオドロはヒョウ人の男性である。冒険者パーティー「レイジング」のリーダーを務める。功名心が強く、目的のためには手段を選ばない卑劣な性格である。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド所属。パーティー「レイジング」のリーダー。
・物語内での具体的な行動や成果
ブロンズウルフ討伐において、戦果を独占しようと画策した。戦いの最中に自身の仲間を盾にするという暴挙に出る。ニャンゴがブロンズウルフを倒した直後に、自分が倒したと虚偽の主張を行う。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
仲間たちから見放され、パーティーは崩壊した。卑劣な行いがギルドへ報告され、要注意人物として記録されることになった。
展開まとめ
第一話 巣立ちの儀
巣立ちの儀と子供たちの選別
シュレンドル王国北部のラガート子爵領イブーロでは、春分の日の教会前広場で『巣立ちの儀』が行われていた。この儀式は、十三歳になる子供たちに掛けられていた魔法封印を解き、女神ファティマに与えられた属性と才能を示させるものであった。教会にとっては加護の力を示す場であり、同時に王国騎士団や領主家にとっては有望な人材を見極める場でもあった。
アツーカ村からはミゲル、オラシオ、イネス、ニャンゴの四人が参加していた。ミゲルは火属性を示して火の玉を生み出したが、期待されたほどの力ではなく、騎士団から声は掛からなかった。続くオラシオは風属性を示し、広場に強い風を巻き起こして大きなどよめきを呼び、騎士団に見込まれて採用者の列へ案内された。イネスは水属性で魔力が弱く、見物人たちは早くも興味を失い始めた。
ニャンゴの空属性と前世の記憶
最後に呼ばれたニャンゴは、猫人であることから最初から期待されていなかった。神官の詠唱によって封印が解かれると、ニャンゴは水ではなく空属性であると告げられた。ニャンゴが空を固める魔法を使うと、実際には文庫本一冊分ほどの空気が固まっていたものの、周囲の者たちには何も起こっていないようにしか見えず、広場は嘲笑に包まれた。空属性は使い道のない空っぽの属性と見なされていたのである。
しかしニャンゴは、その結果に落胆するよりも、魔法を手に入れたことに強い高揚を覚えていた。ニャンゴは前世で日本に暮らしていた男子高校生であり、いじめの末に事故死し、この世界へ転生していた。前世で異世界作品に救われていたニャンゴは、この世界で自ら冒険を体現しようと決めており、『巣立ちの儀』をその第一歩と考えていた。そのため、予想外の属性であっても、空属性の魔法そのものには大きな可能性を感じていた。
空属性の研究とオラシオとの合流
儀式の後、ミゲルは冒険者ギルドへ向かい、イネスもそれに従った。一方、ニャンゴは騎士団の説明を受けているオラシオを待ちながら、教会のシスターから必要な情報を聞き出し、空属性の性質を試し始めた。空気を固める範囲は狭く、強度も低かったが、目に見えないまま位置を把握でき、さらに動かせることも分かった。ニャンゴはこの属性が訓練次第で伸びると考えた。
説明を終えたオラシオは、騎士団に選ばれた喜びを抱えつつ戻ってきた。ニャンゴはオラシオを連れて祭りの屋台を回ろうと誘い、そのための資金を自分で作ると言い出した。オラシオは戸惑ったが、ニャンゴに引かれるまま行動を共にした。
プローネ茸の売却と軍資金の確保
ニャンゴは教会で教わったレストランを訪れ、持参していた希少なプローネ茸二つを買い取ってもらった。村では安く扱われる品だったが、街では高値が付き、大銀貨四枚という破格の代金を得た。ニャンゴはその大半を隠して仕舞い、表向きの手持ちだけを残して資金を確保した。
この成功によって、ニャンゴは魔法だけでなく行動力と知恵でも道を切り開けることを示した。オラシオはその金額に驚いたが、ニャンゴは村に知られないよう口止めし、祭りを楽しむ余裕と今後への足場を手にした。
異世界の祭りとオラシオへの餞別
軍資金を得たニャンゴは、オラシオとともにイブーロの屋台を巡った。アイスクリームや串焼きなど村では味わえない食べ物を楽しみ、異世界の街の発展ぶりにも目を向けた。道路は舗装され、魔道具による生活の便利さも広がりつつあり、ニャンゴはこの世界の広がりに胸を躍らせた。
吹き矢の屋台では、騎士団に選ばれたオラシオに火の魔道具を取らせようとした。景品は本来簡単には落ちないように置かれていたが、ニャンゴは空属性の魔法を使って密かに景品を押し倒し、オラシオに獲得させた。ニャンゴはそれを餞別として譲り、騎士として生きるオラシオへの励ましとした。さらに靴が傷んでいたオラシオに新しい靴まで買い与え、村代表として王都へ向かう友の体裁を整えた。
冒険者ギルド登録と初めての実戦
屋台巡りの後、ニャンゴは念願だった冒険者ギルドへ向かった。登録には『巣立ちの儀』を終えていることが必要で、血液と魔力の登録が行われた。ニャンゴの属性は空、魔力値は三十二と判定され、成人男性平均の四分の一程度しかなかった。対してオラシオは四百六十五という圧倒的な数値を示し、騎士団に選ばれた理由を周囲に納得させた。比較されたニャンゴは自分の非力さを痛感したが、それでも初級冒険者として正式に登録を果たした。
登録直後、ヘラ鹿人の冒険者に猫人であることと力のなさを侮られ、ギルドカードを取り上げられた。ニャンゴは口先だけで屈せず、空気を固めた小さな塊で相手の目を潰し、その隙に体を駆け上がってカードを奪い返した。空属性は笑われる魔法であっても、使い方次第で十分に実戦向きであることを、この時ニャンゴ自身が確認したのであった。
猫人としての現実と薬屋での暮らし
物語はその後、ニャンゴが置かれた猫人の社会的立場へと視線を移した。この世界では体格、魔力、知力、見た目の人間への近さなどによって種族間の序列が意識されており、猫人は小柄で体毛も多いため低く見られていた。法では差別が禁じられていても現実には差別が残っており、教育や暮らしの水準も低かった。ニャンゴの家も貧しく、兄姉の多くは十分な教育を受けられていなかった。
そんな中でニャンゴは、幼い頃から狐人のカリサ婆ちゃんの薬屋に出入りし、薬草の知識を学びながら小銭を稼いでいた。最初は小汚い格好を嫌われたが、身なりを整えて通い続けたことで信頼を得て、薬草摘みを任されるようになった。カリサ婆ちゃんとの関係は、ニャンゴが村の中で知識と実利を得る重要な支えとなっていた。
モリネズミ狩りと魔法鍛錬の日々
ニャンゴはさらに、畑を荒らす害獣モリネズミを空属性の魔法で狩っていた。空気を籠のように固めるケージで獣を閉じ込め、圧縮した空気の刃で仕留める方法を試し、強度不足に苦しみながらも六匹を捕獲した。この過程でニャンゴは、魔法を使い続けることで魔力と魔脈を鍛えられることを実感していた。空属性の応用として、血の臭いを遮るケースも作り出し、自分なりに効率を高めていた。
捕えたモリネズミは何でも屋に売り、尻尾は報奨金目当てで村長宅へ持ち込み、残りは食料や塩へ換えた。こうした地道な稼ぎと訓練の積み重ねが、ニャンゴにとっては将来の冒険者生活に直結する現実的な修練であった。
オラシオの旅立ちとニャンゴの決意
やがてアツーカ村では、騎士団に採用されたオラシオの出発準備と壮行会が進められた。火の魔道具を首に掛け、新しい靴を履いたオラシオは、不安を抱えながらも王都へ向かって旅立っていった。ニャンゴはそんなオラシオを見送りながら、いつか自分も必ず王都へ行くと心に誓った。
猫人であるニャンゴにとって、その道は険しかった。だが、笑われた空属性の魔法、地道に稼いできた知恵と経験、そして自分の力で未来を切り開こうとする意志が、ニャンゴの中では確かな武器になり始めていた。第一話は、差別と貧困の現実を抱えたニャンゴが、それでも冒険者として世界へ踏み出そうとする出発点を描いていた。
村に残る猫人への差別
アツーカ村では、カリサ婆ちゃんのように親切に接してくれる者もいる一方で、猫人に対する差別や嫌がらせも存在していた。小さな村では協力しなければ生活が成り立たないため、大きな街に比べれば差別は少ないとされていたが、それでも完全に無いわけではなかった。ニャンゴは、近所の牛人に威圧されて父親が面倒事を押し付けられている場面を幼い頃から何度も見てきた。家では威張っている父親が外では怯える姿を見せることに、ニャンゴは複雑な感情を抱いていた。
同年代でも差別意識は存在していた。村長の孫であるミゲルは取り巻きを連れて冒険者ごっこを行い、ニャンゴに魔物役を押し付けていた。体格では敵わないものの、俊敏さでは負けないニャンゴは逃げ回りながらミゲルを挑発していた。さらに気弱な性格のオラシオもオーク役として虐められていたため、ニャンゴはあえてミゲルを挑発し、自分に注意を向けさせてオラシオを庇っていた。二人はいつか騎士か冒険者になってミゲルを見返すと語り合っていたが、オラシオが本当に騎士団にスカウトされるとは思っていなかった。
ミゲルとの再衝突
『巣立ちの儀』を終えればミゲルも多少は改まるかと思われたが、相変わらず取り巻きと遊び続けていた。ある日、ニャンゴが山で採ってきた薬草を川原で洗って仕分けしていると、ミゲルが馬人のダレスと熊人のキンブルを連れて現れた。ミゲルは自分たちの「栄光のミゲル団」に入れてやると持ち掛け、稼ぎは山分けだと一方的に告げた。ニャンゴはそれを馬鹿にし、稼ぎもない連中の仲間になる理由はないと突っぱねた。
怒ったミゲルは取り巻きに命じ、ニャンゴを捕まえて川へ突き落とそうとした。大柄な二人に挟まれる形となったニャンゴは、籠を背負ったままでは逃げ切れないと判断し、空属性魔法で水面に足場を作って川へ踏み出した。固めた空気の足場により、ニャンゴは水の上を歩く形で川の中央へと進んでいった。
魔法を使った攻撃と防御
驚いたダレスとキンブルの隙を突いて距離を取ったニャンゴだったが、ミゲルはダレスに風魔法を使わせて攻撃を始めた。強い気流が川面を渡って襲いかかったが、ニャンゴは足場を維持して踏ん張り、進み続けた。続いてミゲル自身が火属性魔法を放ち、火の玉がニャンゴへ飛来した。ニャンゴは足場を作り直して左右に移動し、火の玉を回避した。
渡り切る直前、キンブルが投げた石がニャンゴの肩に当たり、集中が乱れて足場が崩れた。しかし浅瀬に到達していたため、大きな被害にはならなかった。ニャンゴは即座に空気を固めた塊でキンブルの目を突き、視界を奪った。この目潰しは、冒険者ギルドで試して以来練習を重ねてきた技であった。
空属性魔法の応用
ミゲルは怒りに任せて再び火の玉を放ったが、ニャンゴは空気を広げて固めた壁を作り出した。薄く伸ばした空気の壁は二メートル四方ほどの広さとなり、強度はベニヤ板程度であったが、火の玉は壁にぶつかると広がって消滅した。火の塊には固体ほどの衝撃力がなく、空気の壁で防げることがこの時判明した。
予想外の結果にミゲルは呆然としたが、その隙にニャンゴはミゲルとダレスにも目潰しを食らわせた。視界を奪われた三人を残し、ニャンゴはその場を離れて土手を上がり、帰路についた。
村の将来への不安
一連の出来事を終えたニャンゴは、やがてミゲルが村長になる可能性を思い浮かべ、村の将来を不安に感じていた。差別や力任せの振る舞いが当たり前のように続く環境の中で、ニャンゴは自分の力で道を切り開くしかないと改めて思い知らされていたのである。
第二話 冒険者という生き方
魔物への警戒と逃走手段の準備
ニャンゴは、魔物と普通の生き物の違いを、体内に魔石を持ち魔素を蓄えて身体強化を行える点にあると捉えていた。魔物は人間の領域である村や街道には不用意に踏み込まないが、森や山では人間を襲うため、山に入ること自体が常に危険を伴っていた。そのためニャンゴは、薬草採取の際にはニガリヨモギの粉で匂いを消し、常に周囲を警戒しながら行動していた。
さらにニャンゴは、万一魔物に追われた時の逃走経路も事前にいくつも用意していた。北の山の屏風岩や東の山のイバラツツジのトンネル、西の山の炭焼き小屋など、猫人の体格を生かして逃げ込める場所を把握しており、生き延びるための備えを積み重ねていた。
ゴブリンに襲われた過去と冒険者との出会い
ニャンゴは、今から四年ほど前に死にかけた経験を思い返していた。八歳の頃から一人で薬草を摘みに山へ入るようになっていたが、その翌年、帰り道で三頭のゴブリンに遭遇した。街道まで逃げれば安全だと思っていたものの、空腹で興奮していたゴブリンたちは止まらず、そのまま追撃してきたため、ニャンゴは追い詰められた。
その危機を救ったのは、隣国エストーレから来たユキヒョウ人の冒険者であった。ニャンゴが伏せた直後、水の槍が頭上をかすめ、ゴブリンたちはまとめて吹き飛ばされた。冒険者は薬草を拾い集めてニャンゴに返し、街道であっても飢えた魔物は人間の領域に踏み込むことがあると教えた上で、村まで送り届けてくれた。
冒険者への憧れを支えた言葉
村までの道中で、ニャンゴは猫人でも冒険者になれるのかを尋ねた。するとユキヒョウ人の冒険者は、もちろん可能だと即答し、力も大切だが、それ以上に頭の使い方が重要だと教えた。どれほど力が強くても戦略を誤れば死に至る一方で、力が弱くても工夫次第で強敵を出し抜けるという言葉は、ニャンゴの心に深く刻まれた。
この出会い以来、ニャンゴは猫人であっても冒険者として生きられるという希望を持ち続けていた。四年を経て体も少し成長し、空属性魔法も使えるようになったものの、なおゴブリンを一人で倒す自信はなかった。そのため、まずは安全に逃げる技術を磨くべきだと考えるようになっていた。
エアウォークの改良と逃走能力の向上
ニャンゴが取り組んでいたのは、ステップの改良であった。最初はただの板状だった足場に、滑りにくさとクッション性、反発力を加え、さらに足に密着する靴状へと形を変えていった。固定と解除を繰り返しながら履いたまま動かせるようにすることで、空中を歩く技術へ発展させようとしていた。
最初は解除のタイミングを誤って転倒を繰り返したが、練習を重ねた結果、エアウォークとして常時発動で歩ける段階にまで到達した。すでにジョギング程度の速度なら走れるようになっており、地上十メートルほどまで上がれば、魔物に追われても簡単には捕まらないと考えていた。ユキヒョウ人の言葉を支えに、ニャンゴは少しずつ着実に力を伸ばしていた。
夏をしのぐ生活と沢での修練
『巣立ちの儀』から四ヶ月が過ぎ、季節は汗ばむ頃になっていた。毛皮をまとった猫人にとって夏は厳しく、ニャンゴは暑さをしのぐ生活の工夫を始めていた。朝方にモリネズミ捕りを済ませ、暑い時間帯は沢沿いの岩場で過ごすようにしていた。深い谷間は直射日光が遮られ、川の流れが空気を冷やすため、天然の涼場となっていた。
空腹になると、ニャンゴは沢の淵に潜む魚を空属性魔法で作った銛で突いて食料を確保していた。見えにくい銛は魚に気付かれにくく、材質や形状も工夫されていた。捕った魚は内臓を出して塩と香草を振り、空属性魔法のケースに入れて保管し、さらに水の入った容器をレンズ代わりにして火を起こし、丁寧に焼き上げて食べていた。食事の後は崖から突き出した木に吊ったハンモックで昼寝をし、安全と快適さを両立させていた。
採取と移動を兼ねた日常訓練
昼寝から目覚めた後、ニャンゴは薬草採取に向かった。移動にはエアウォークを使い、地上から五メートルほどの高さを移動していた。これにより見通しが良くなり、匂いも残さず、仮にゴブリンなどに狙われてもさらに高く逃げれば済む状態を作っていた。薬草を見つけた時だけ地上に降り、採取後は再び空中移動に戻る形で行動していた。
この方法によって、逃走技術に関しては十分な水準に達したとニャンゴは感じていた。そのため、次の課題として防御手段の習得に取り組み始めていた。
防御魔法への挑戦
冒険者として活動する以上、いずれはゴブリン程度の相手と戦えなければならない。しかし空属性魔法には火属性や雷属性のような分かりやすい攻撃力がなく、敵を倒すには自作の槍などで近接戦闘を行う必要があった。だが、それは同時に敵の攻撃範囲にも入ることを意味していた。体の小さい猫人であるニャンゴには、正面から殴られて耐えるような戦い方は不可能であった。
そこでニャンゴは、防御用として小型のシールドを作る練習を始めた。エアウォークを維持したまま使える魔力には限りがあり、作れる盾は文庫本二冊分ほどの大きさしかなく、強度も厚手のベニヤ板程度に留まっていた。それでも目に見えないという特性があり、敵の顔の前に展開すれば接近の妨害には使えると考えていた。移動と防御を同時に行う訓練は魔力消耗が激しかったが、ニャンゴはそれを鍛錬の一環として受け入れていた。
カリサ婆ちゃんとのやり取りと村の冒険者
薬草採取と魚捕りを終えたニャンゴは、カリサ婆ちゃんの薬屋を訪れて薬草を買い取ってもらい、魚をおまけとして渡した。カリサ婆ちゃんは、ニャンゴが森の奥まで入っていることを察して心配したが、ニャンゴは村の近くに現れた魔物を虎人のゼオルたちが追い払ったことや、その日ゴブリンすら見かけなかったことを話した。
ゼオルは村長に雇われている年配の冒険者であり、かつては王都周辺で活動し、金級にも手が届くほどの腕を持っていたという。貴族との付き合いを嫌って第一線を退き、今はアツーカ村にいる存在であった。カリサ婆ちゃんは、ニャンゴがいなくなれば家族も自分も困ると口にしつつ、無茶をしないよう強く気に掛けていた。かつて弟子入りした者たちは長続きしなかったが、ニャンゴは薬草採取を通じて独自の信頼関係を築いていた。
雨の中の帰路
薬屋を出たニャンゴは、山から下りる途中に聞こえていた遠雷の通り、雨に降られた。やがて土砂降りになると、ニャンゴは空属性魔法で頭上から足元まで覆うドーム状のアンブレラを作り、エアウォークで地面から少し浮いて歩いた。これにより雨にも泥跳ねにも悩まされずに済んだ。
水墨画のように煙る景色の中を、村人たちが頭を覆いながら走っていく様子を見ながら、ニャンゴは雨の中の帰路を進んでいった。第二話は、ニャンゴが冒険者という生き方に憧れ続け、その夢を現実にするために、逃走、防御、生活の知恵を一歩ずつ積み上げていく過程を描いていた。
モリネズミ捕獲の効率向上
『巣立ちの儀』から半年ほどが過ぎ、アツーカ村にも秋風が吹き始めると、ニャンゴは昼間を村の近くで過ごす時間を増やしていた。夏の間は朝夕しか姿を見せなかったモリネズミが、冬ごもりに備えて昼間も活発に動き回り、畑を荒らすようになったからである。ニャンゴはそれを見つけては片端から捕まえ、稼ぎへと変えていた。
空属性魔法の練習を重ねた結果、以前は頭上からそっと被せていたケージを、今では一瞬でモリネズミの周囲に展開できるようになっていた。これはシールドの瞬間展開を応用した成果であり、空気を固められる範囲も広がっていた。魔法の連続使用による疲労も減少し、一日中使い続けても問題ないほどになっていた。その結果、以前は一日に五匹程度だった捕獲数が三倍の十五匹にまで増えていた。
報奨金を巡るミゲルたちとの対立
収入が増えたことで、ニャンゴを快く思わない者たちが現れた。十五匹分の報奨金を受け取って村長の屋敷を出ようとしたところ、『栄光のミゲル団』の面々が待ち構えていた。ミゲルは、ニャンゴが一日に十五匹もモリネズミを捕まえられるはずがないとして、不正をしていると決めつけた。
しかしニャンゴは、他人に迷惑を掛けず村の利益になるなら、捕獲方法に正当も不正もないと正論で切り返した。さらに、報奨金は村から出ているのであって村長個人の金ではないと指摘し、将来村長になるならその程度は理解しておくべきだと返した。この言葉にミゲルは顔を真っ赤にして震え出した。
魔法による牽制とゼオルの介入
逆上したミゲルは火魔法を使おうとしたが、ニャンゴが避ければ屋敷に被害が及ぶと告げたため、発動を中途半端に止めてしまい、自分の頭に火の粉を浴びる結果となった。そこへキンブルが石を投げつけたが、ニャンゴはシールドで防ぎ、石は空中で勢いを失って落ちた。シールドは壊れたものの、防御には成功した。
ニャンゴが怒鳴り返すと、前回の目潰しを思い出したのかキンブルは怯み、石を構えていたダレスも動きを止めた。その時、村長宅の窓からゼオルが声を掛け、そこで騒ぎは止められた。ミゲルたちはゼオルの存在に気付くと、すぐに逃げ去っていった。
ゼオルの離れでの対話
ゼオルは逃げずに待っていたニャンゴを離れへ連れて行った。そこは炊事場や風呂も付いた綺麗な部屋であったが、各所に無造作に本が置かれており、旅の記録なども含まれていた。ゼオルはかつて、現役冒険者だった頃は自分や信頼できる仲間の経験以外を信用していなかったが、今は本の知識にも価値を見出していると語った。
その後、ゼオルは慣れない手つきでハーブティーを淹れたが、出来上がった茶は見た目も味も薬湯のようで、ニャンゴはカリサ婆ちゃんに相談してみるよう勧めた。ゼオルはその助言を素直に受け入れ、早速訪ねてみるつもりだと述べた。
空属性魔法の実演と評価
ゼオルがニャンゴを呼んだ本題は、ニャンゴが常に少し宙に浮いて歩いていることと、投石を防いだ見えない盾について確認するためであった。ニャンゴはエアウォークとシールドが空属性魔法によるものであると説明し、実際に目の前でシールドを展開して見せた。
ゼオルは目に見えない塊が確かに存在することに驚きつつ、自ら拳で殴って強度を確かめた。盾はあっさり砕けたものの、ゼオルはまだ強度不足ではあるが悪くないと評価した。そして、一般には空属性は固まっても脆く役に立たないとされていると語った。ニャンゴは、自分が高圧プレスのような圧縮のイメージを使って強度を上げていることまでは口にしなかったが、空属性が役立たず扱いされる理由に思い当たるものを感じていた。
冒険者としての適性の確認
ニャンゴが自分は冒険者になれるかと尋ねると、ゼオルは即座に否定せず、薬草を採り、モリネズミを捕まえ、報酬や報奨金を得ている時点で、すでにやっていることは冒険者そのものだと断言した。そして、一日にモリネズミを十五匹も捕まえられるなら、いずれゴブリンやオークすら倒せるようになると見込んだ。
ニャンゴが自分は猫人だから体は大きくならず、身体強化魔法も使えないと不安を口にすると、ゼオルはそれが何だと切り返した。オークは自分よりさらに大きいのだから、体格差を理由に諦める必要はないという考えであった。
身体強化魔法と棒術の指導開始
ゼオルは、身体強化魔法を覚えたら何に使うかとニャンゴに尋ねた。ニャンゴが迷わず逃げ脚を速くすると答えると、ゼオルはそれを大いに気に入り、冒険者は生き残ってこその商売である以上、その発想は正解だと褒めた。こうしてゼオルは、ニャンゴに身体強化魔法と棒術を教えることを決めた。
その理由は、毎日モリネズミを捕まえて来る姿を見ていたことと、ミゲルに食って掛かる様子を面白いと感じていたからであった。アツーカ村は良い村ではあるが、皆が仕来りに従って黙々と暮らしており、変化に乏しく退屈だとゼオルは感じていた。その退屈しのぎでもあると笑いながら、ニャンゴの指導を始めた。
身体強化魔法の仕組み
身体強化魔法の訓練は、向かい合って手を重ねるところから始まった。ゼオルは目を閉じて魔力の流れを感じるよう指示し、ニャンゴの体内に何かが入り込んでくるような感覚を体験させた。ニャンゴは強い異物感に全身の毛を逆立てながらも、それを受け入れさせられた。訓練を終えた後には全身が汗で濡れ、気力が抜けるほど消耗していた。
ゼオルの説明によれば、魔法には属性魔法、刻印魔法、身体強化魔法の三種類があるという。属性魔法は『女神の魔法』、刻印魔法は『学者の魔法』、身体強化魔法は『人の魔法』と呼ばれていた。属性魔法は魔脈に魔素を巡らせて使うのに対し、身体強化魔法は血管に魔素を流して使う。その感覚は教わらなければ掴めないものであり、ゼオルは外側から操作しながら、ニャンゴの中で魔素が引っ掛かりなく流れる状態を目指していた。
棒術の基礎訓練
翌朝からは棒術の訓練も始まった。ゼオルは、棒は打つ、薙ぐ、払う、突くといった多様な動きができ、握る位置によって剣にも槍にもなるため、自在に扱えれば他の武器にも応用が利くと教えた。ニャンゴに渡されたのは鉄棒ではなく木の棒であり、今は土台のさらに土台を作る段階だと説明された。
ニャンゴは打つ、薙ぐ、払う、突くといった基本動作や、前後左右の足運びを教え込まれ、その後はひたすら素振りを繰り返した。ゼオルは頭の位置、背中の軸、踏み込みと腕の振りの連動を細かく指摘し、基礎を徹底させた。三日に一度の上達確認で許しが出なければ次の段階へ進めないため、ニャンゴは日々の自主練習に励むことになった。
訓練漬けの日々と併用への課題
この日からニャンゴの生活には、棒術と身体強化魔法の訓練が加わった。朝は家の近くで棒術の練習を行い、薬草採取やモリネズミ捕獲を終えた夕方からは身体強化魔法の指導を受けた。棒術の素振りはエアウォークとシールドを使いながら行われ、攻撃と防御の両方を同時に鍛える形になっていた。
また、ゼオルは魔法の知識についても教えた。属性魔法と身体強化魔法は流す経路も消費量も異なるため、同時併用は難しく、上位の冒険者でも多くは素早い切り替えで対処しているという。だがニャンゴは、体格差を補うためにもエアウォークと身体強化魔法を併用したいと考えていた。ゼオルは、若いうちから工夫して練習すれば可能性はあると認め、ニャンゴに自分なりの訓練を続けさせた。
ミゲルの挫折
ニャンゴがゼオルに弟子入りしたと知ると、ミゲルも自分に教えろと言い出した。ゼオルは意外にも門前払いせず、まず棒術だけを教えることを承諾した。そして身体強化魔法を教えるかどうかは、棒術への取り組み方を見て決めるとした。
しかしミゲルは、二回目の素振り指導で早くも飽き始め、三回目には姿を見せなかった。ニャンゴは、ゼオルが実際にやらせることで、ミゲルに自分から諦めさせたのだと理解した。こうしてニャンゴだけが、着実に冒険者への道を進み続けることになった。
鉄棒による素振りと盾の強化
素振りを始めて二十一日が経つと、ニャンゴはついに鉄の棒を手渡された。木の棒とは比べものにならない重みを感じつつ、ゼオルの指示に従って、重さに振り回されないよう腰を据えて振り続けた。鉄棒での素振りは振るための筋肉を鍛えるだけでなく、空属性魔法で作ったシールドを容易く砕くため、防御魔法の強化訓練にもなっていた。ニャンゴは鉄棒に耐えられる盾を作ろうとし、同時にその盾を砕けるほど鋭く鉄棒を振ろうとすることで、攻防の両面を楽しみながら鍛えていた。
身体強化魔法の自力操作
身体強化魔法の訓練も次の段階へ進み、これまでゼオルが外側から動かしていた魔素を、今度はニャンゴ自身が動かすことになった。ゼオルと手を繋ぎ、監視を受けながら、取り込んだ魔素を血管へ流して循環させようとしたが、属性魔法のようには滑らかにいかなかった。前世の知識を持ち込んで毛細血管まで意識すると、かえって流れは悪化してしまった。
それでもニャンゴは諦めず、右手から始めて全身の細い血管まで魔素が巡るように集中した。太い血管に押し込んだ魔素が細い血管へ拡散し、浸透し、循環していくイメージを固めることで、流れは徐々に滑らかになっていった。速さよりも、ゆっくりでも均一に全身へ巡る流れを作ることを優先したのである。
暴走の危険と強化方針の確認
訓練の途中で、ニャンゴは魔素の流れが暴走した場合の危険性を尋ねた。ゼオルは、血脈が裂けて出血したり、心臓が破裂して死ぬことすらあると平然と答えた。それでもニャンゴは訓練をやめるつもりはなく、自分のように体格で劣る者が他者に対抗するには、身体強化魔法を磨くしかないと考えていた。
さらに身体強化魔法でどの程度まで能力を高められるのかを尋ねると、普通は三割増し、上手い者で五割増し、倍まで強化できる者はごく一握りだと教えられた。その話を聞いたニャンゴは、単純な力勝負では大柄な冒険者に勝てないと悟り、身体強化魔法はやはり速度向上に使うべきだと考えを固めた。
自主練習の許可と身体強化の実践
広葉樹が葉を落とし始める季節になる頃、身体強化魔法の手ほどきを受けてから約一ヶ月が経ち、ニャンゴはついに自主練習の許可を得た。それは、ニャンゴが一人で身体強化魔法を使ってもよいという意味でもあった。ゼオルは、最初はゆっくり動くこと、いきなり全力で動けば筋肉や関節を痛めると忠告した。
また、ニャンゴは強化の度合いを魔素の量で細かく調整するのではなく、強化するかしないかの切り替えだけであり、速さや力の加減は筋力で調整するものだと教えられた。属性魔法との併用まで考えるなら、その単純さの方が都合が良いという説明に、ニャンゴも納得した。
身体強化による圧倒的な加速
ゼオルの指示で、まず身体強化なしで走った後、今度は強化を使って走ることになった。最初は二割程度の力で試すよう言われ、ニャンゴは深呼吸して血管に魔素を満たし、軽くジョギングするつもりで走り出した。だが実際には、わずか数歩で止まらざるを得ないほどの凄まじい加速が生じた。
軽く動いたつもりで、これまでの全力疾走に匹敵する速度が出たため、ニャンゴは冷や汗を流した。ゼオルは、ニャンゴの魔素の流し方が普通とは大きく異なり、非常に濃密であるため、想像以上の強化効果が出ているのだと見抜いた。毛細血管まで意識して魔素を巡らせた結果、他者より大幅に身体能力が底上げされていたのである。
高すぎる強化率と新たな課題
ニャンゴは、この結果から、自分は二割の力で通常の全力に相当し、四割で二倍、六割で三倍、全力なら五倍程度まで強化される可能性があると推測した。しかし同時に、それほどの強化では筋肉や靭帯が耐えられない危険も感じていた。ゼオルも、地道な基礎訓練を積み重ねた成果ではあるが、この力に振り回されれば体を壊すだけだと釘を刺した。
その後の試走では、三割程度の力でも素の全力疾走を超える速度が出せ、筋肉疲労も軽かった。一方で魔力の消耗は感じられたため、使用時間には限界があると分かった。さらに五割程度の力で走った時には腿の裏に痛みが走り、全力で使えば確実に体が壊れると悟った。ニャンゴは、自分の限界を慎重に探る必要があると理解した。
回復力の強化と鍛錬の考察
足を痛めかけたニャンゴに対し、ゼオルは夜寝る前に魔素を流す基礎訓練を続けるよう勧めた。身体強化魔法を使っている間は回復力も高まるため、治りも早くなるというのである。これはニャンゴにとって大きな朗報であった。高価な治療用ポーションを買えない自分にとって、身体強化による回復促進が代替手段になる可能性があったからである。
その上でニャンゴは、普段から身体強化を使っていれば肉体自体も鍛えられるのではないかと考えたが、ゼオルはそれは難しいと答えた。ニャンゴほど強化率が高い者は、強化状態では全力で動けず、結果として肉体そのものは鍛えにくいからである。結局、身体強化を使わない状態で地道に鍛えるしかないと分かり、ニャンゴは今後も基礎鍛錬を続ける決意を固めた。
空属性魔法との併用への挑戦
自主練習が許可された翌日から、ニャンゴは身体強化魔法と空属性魔法の併用に挑戦し始めた。最初に組み合わせる対象として選んだのは、最も使用頻度の高いエアウォークであった。素振りの時にも常に使っているため、エアウォーク自体はほとんど無意識でも発動できる段階に達していた。
そこでニャンゴは、宙に浮いた状態で身体強化魔法の発動を試みた。すると予想に反して、発動そのものはあっさり成功した。ただし、身体強化をかけた状態では体の動きが通常より格段に速くなるため、エアウォークの足場を切り替えるタイミングが狂えば転倒する危険があった。ニャンゴは、まずはゆっくりした速度から始めて体を慣らしていこうと考えた。
秋の山狩りへの同行
秋になると、アツーカ村では冬を前にして山狩りが行われた。冬場に食糧に窮したゴブリンやコボルトが村まで下りて来るのを防ぐためであり、過去には村外れの家が襲われて一家全員が犠牲になったこともあった。そうした惨事を避けるため、村人たちは冬前に巣を叩いていた。
ゼオルはニャンゴにも同行を命じたが、その役目は戦闘ではなく伝令役であった。山歩きに慣れ、足も速いニャンゴは、万一の際に村へ連絡を走る要員として見込まれていた。同行に不安を示す大人もいたが、身体強化魔法を使った走りを見せることで、その起用は納得された。一方でミゲルは自分も連れて行けと駄々をこねたが、ゼオルは危険な山狩りに遊び半分の人間を加えるつもりはなく、同行を認めなかった。
ゴブリン討伐の実地見学
山へ向かった一行は、洞窟の一つを目指した。村人たちの装備は革胴や手甲、脚甲に加え、武器は槍と鉈であった。槍で近付かせず、万一接近された場合には使い慣れた鉈で仕留めるという実戦的な構えであった。ニャンゴは空属性魔法で胸と腹を守るプロテクターを作っていたが、表向きには手ぶらにしか見えなかった。
洞窟に近づくと、外には五頭ほどのゴブリンがいた。ゼオルは槍を二本連続で投げて二頭を仕留め、そのまま飛び出して残る子供のゴブリンも斬り捨てた。続いて村人たちが洞窟を半円形に囲み、飛び出してくるゴブリンを連携して次々に討ち取った。さらに藁束を燃やして風魔法で煙を送り込み、洞窟内のゴブリンを燻し出して殲滅した。討伐数は二十頭を超え、村人たちの連携は思っていた以上に洗練されていた。
解体作業と現実の重み
討伐後、村人たちは警戒を続けながらゴブリンの解体を始めた。目的は心臓の脇にある魔石の回収であり、ニャンゴもダレスの父親に教わりながら作業に加わった。空属性魔法で見えないナイフを作り、防護服まで展開して汚れを防ぎながら解体を行い、魔石を取り出した。魔石は深緑色で、魔物ごとに色が異なることもここで知った。
解体を終えた死骸は、穴の中で倒木とともに焼かれ、ニガリヨモギ入りの土で埋められた上、土属性魔法で表面を固められた。これは他の魔物を寄せ付けないための処置であった。こうして一連の山狩りは終わったが、ニャンゴは自分が実際に役立ったのは解体だけであり、前世の知識だけでは経験に裏打ちされた村人たちの実戦の前ではほとんど意味を成さないと痛感した。また、体格差の大きさも思い知らされ、今後は空属性魔法を併用して隙を作り、急所を突く工夫が必要だと考えるようになった。
次の討伐への備え
翌日、ニャンゴは薬草採取の帰りにカリサ婆ちゃんの薬屋へ立ち寄ると、そこでゼオルと顔を合わせた。ゼオルは最近、お茶の淹れ方を習いに通っているらしく、厳つい外見とは裏腹に穏やかに茶を飲んでいた。ニャンゴが前日の討伐について話すと、ゼオルは来週もまた討伐に行く予定だと告げた。
帰り道、ニャンゴはゼオルから、ゴブリンもコボルトも基本的な討伐法は同じだが、コボルトの方が動きが速いため注意が必要だと教えられた。また、討伐は村人たちの本業の合間に行っているため、一週間に一度の頻度が限界であることも知った。ニャンゴはその一週間を、自分なりの工夫を積み重ねる猶予として捉えたが、ゼオルからは焦って活躍しようとするなと釘を刺された。今年の討伐では見て覚えることに徹し、まずはゴブリン程度を楽に倒せる力をつけるべきだと諭されたのである。
ミゲルたちの失踪
ゼオルと別れかけたところで、村長の家の前に大人たちが集まり騒いでいるのが目に入った。事情を聞くと、ミゲル、ダレス、キンブルの三人が帰って来ず、村長の家の蔵から剣を持ち出していたことまで判明していた。村内を探しても見つからず、山へ入った可能性が高まっていた。日暮れが迫っており、夜の山に入る危険性は誰もが理解していたが、今からの捜索は困難であるとゼオルは判断していた。
その中で、西の山へ向かう三人を見たという証言がもたらされた。ニャンゴは、その瞬間に西の山の炭焼き小屋を思い出した。もしゴブリンやコボルトに追われても、そこへ逃げ込めれば助かるかもしれないと考えたニャンゴは、ゼオルの制止を振り切って単独で西の山へ向かった。ミゲルたちは嫌いな連中ではあったが、魔物に食われてしまえとまでは思えなかったのである。
炭焼き小屋での救出戦
森の中を進んだニャンゴは、炭焼き小屋の方角から多数の獣の吠え声を聞いた。近づいてみると、そこには十頭以上のコボルトが集まり、小屋の扉を爪で掻き毟っていた。小屋の中からは、助けを求める三人の声が響いていた。どうやらコボルトの子供に手を出したことで群れに追われ、小屋へ逃げ込んだらしかった。だがコボルトたちは交代しながら扉を削っており、このままでは小屋も持たない状況であった。
ニャンゴは、身体強化魔法とエアウォークを併用して木の上から駆け下り、コボルトの背後を突いていった。見えない槍で二頭、三頭と刺し、すぐに上空へ逃げることで翻弄した。さらに小屋の裏手に回った群れも攻撃し、屋根の上を走り抜けながら注意を引きつけた。ニャンゴはコボルトたちを小屋から引き離し、ゼオルたちが到着するまでの時間を稼ごうとしたのである。
負傷と限界
しかし、すべてのコボルトを小屋から引き離すことはできなかった。何頭かは扉への攻撃を続け、ニャンゴはそれを止めるために再び突撃した。その最中、左前方から迫ったコボルトの攻撃を受け、左目に激痛が走った。エアウォークが消え、地面を転がったニャンゴは全身を打ち付けられ、左目も開かなくなった。
それでもニャンゴは、飛びかかってきたコボルトを槍で迎撃し、シールドで扉を守りながら再び上空へ逃れた。だが身体強化を併用する余裕はもうなく、残る魔力も少なかった。目潰しやシールドで小屋への攻撃を鈍らせようとしたが、コボルトの爪や投石によって次々に破壊され、自身も死角からの石や木片を食らって追い詰められていった。ついには高い木の枝へ移動しようとしたところで魔力が尽き、ニャンゴは落下した。
ゼオルの救援
落下した先では、待ち構えていたコボルトたちが牙を剥いていた。ニャンゴは、自分はここで終わるのかもしれないと覚悟しつつ、せめてミゲルたちだけでも助かってほしいと願った。だが、その瞬間にコボルトたちは悲鳴を上げて吹き飛んだ。村の大人たちより先に駆けつけたゼオルが、幅広の長剣でコボルトを薙ぎ払い、落下するニャンゴを受け止めたのである。
ゼオルはニャンゴを左肩に担いだまま、右腕一本で剣を振るい、コボルトを紙屑のように次々と斬り捨てていった。怒りに満ちた大音声と圧倒的な剣技を前に、コボルトたちはまるで相手にならなかった。ニャンゴは、ゼオルの強さを目の当たりにしながら五頭目まで数えたところで、ついに意識を手放した。
左目の喪失と諦めない決意
ニャンゴが目を覚ますと、そこは自宅ではなく村長の家の一室であり、ゼオルから無茶をしたと厳しく叱られた。ミゲルたちは無事に助かった一方で、ニャンゴの左目は失われていた。顔の半分を覆う包帯と激しい痛みから半ば覚悟していたものの、実際に告げられるとその衝撃は大きかった。左目を失ったことで死角が広がり、距離感も掴みにくくなり、冒険者として生きていけるのかという不安が強くなった。
ニャンゴが自分は冒険者になれるのかと尋ねると、ゼオルは片目の冒険者もいるが正直かなり厳しいと現実を告げた。しかし同時に、ニャンゴがそんな簡単に夢を諦められるはずがないとも見抜いていた。諦められないならまた一からやり直せばいいと背中を押し、今はまず休んで体を治すべきだと諭した。その言葉に、ニャンゴは涙を流しながらも、夢を捨てない決意を改めて固めた。
家族と村人たちの反応
次に目を覚ました時、母親は大泣きしながらニャンゴの無事を喜んだ。普段は愛情が薄いように見えていたが、実際には感情表現が苦手なだけであったことが、この時はっきりした。さらに村長も礼を述べ、ゼオルからニャンゴが戦っていなければ炭焼き小屋の扉が破られ、ミゲルたちは助からなかったと聞かされていた。村長は償いとして、自分の家でゼオルの手伝いをする仕事を勧めた。
しかしニャンゴは、その申し出をすぐには受けなかった。村長の家で働けばミゲルと日常的に顔を合わせることになり、それは望まなかったからである。結局、村長からは小麦粉、ダレスの両親からは芋、キンブルの両親からは蜂蜜を大量にもらう形で話は収まった。父親はなぜ雇ってもらわなかったのかと不満を漏らしたが、ニャンゴが今後はモリネズミも魚も捕ってこないと言い返すと黙り込んだ。
カリサ婆ちゃんの怒りと悲しみ
傷がある程度塞がり、包帯が外れた後に薬屋を訪れると、カリサ婆ちゃんは烈火のごとく怒った。あれほど無茶をするなと言っていたのに何をしているのかと叱りつけ、ミゲルたちなど見捨ててしまえば良かったとまで言い放った。しかし、その怒りはすぐ悲しみに変わり、潰れた左目を見たカリサ婆ちゃんは涙を流した。自分が代わってやれればとまで言いながら、ニャンゴを抱きしめて頭を撫で続けた。
ニャンゴは、ミゲルたちが死ねば家族が悲しむと思ったから助けたのだと伝えた。するとカリサ婆ちゃんは、ニャンゴが傷付いても悲しむ者がたくさんいるのだと諭し、もう無茶をするなと優しく言い聞かせた。このやり取りによって、ニャンゴは自分の行動が多くの人に影響を与えていることを、より強く意識するようになった。
片目での生活への適応
元の生活に戻ったニャンゴは、カリサ婆ちゃんの作ってくれた眼帯を着けて過ごすようになった。見た目は少し気取っているようにも感じられたが、片目が見えない不便さは現実的であった。遠近感が掴めず、以前なら難なくできたモリネズミ捕獲にも失敗するようになった。山に入る時も、コボルトに襲われた記憶が蘇って体が強張り、より慎重に行動せざるを得なかった。
それでもエアウォークは足に密着する形で使い慣れていたため、ほとんど支障はなかった。一方でシールドの展開位置はやや甘くなっており、片目の感覚に慣れることと同時に、考えるより先に反射的に出せるよう鍛え直す必要があった。ニャンゴは、狭くなった視界を補うため、空属性魔法を利用した探知系の技術を新たに身につけようと考え始めた。
探知魔法という新たな構想
ニャンゴは、空属性魔法で作った物体とは感覚的に繋がっており、触れているような感触が伝わる特性を思い出していた。その特性を応用すれば、見えない場所の状況を探る探知系の魔法が作れるのではないかと考えた。たとえば粒状の小さな物体を狭い間隔で並べて動かし、接触した感覚で形を探る方法や、薄い膜にして振動から音を探知する方法などを構想していた。
最終的には、左目の死角を埋めるように映像的な把握ができる形にし、さらに音の探知も併用して敵の状況を捉えられるようになることを目標としていた。ただし、そのためには武器、防具、機動、防御に加えて探知まで同時に扱えるだけの魔力が必要であり、魔力量をさらに高めることが前提となっていた。このため、ミゲルたちの騒動以後に行われた三回の魔物討伐には参加せず、片目に慣れることと鍛錬を優先した。
冬支度と新たな修練環境
冬が近づくと、アツーカ村は雪に覆われることも増えた。農作業は休みに入り、その間の食糧は秋までに備えておく必要があったが、ニャンゴの家はコボルト騒動の際に大量の小麦粉や芋をもらっていたため、主食には困らなかった。副食材も、秋までに捕った魚やモリネズミを燻製にして蓄えてあり、以前ほどの貧しさではなかった。さらに冬には渡り鳥が飛来するため、空属性魔法を使えば新たな食料源も確保できる見込みがあった。
こうして冬の食糧面に不安が減ると、ニャンゴは棒術と魔法の訓練に集中できるようになった。猫人は毛皮を持つため、暑い夏よりも寒い冬の方が体を動かしやすく、訓練にも向いていた。
棒術の次段階と圧倒的な実力差
素振りを始めて約二ヶ月が経つと、ゼオルから次の段階へ進む許可が出た。今後の課題は立ち合いであり、ゼオルの体のどこでもよいから一撃入れられれば合格とされた。足場の魔法は使用してよいが、宙に浮くのは禁止という条件であった。ニャンゴは鉄棒をかなり鋭く振れるようになっていたため、わずかながら自信を抱いていた。
しかし実際に手合わせが始まると、その実力差は絶望的であった。ニャンゴが全力で動き回り、打ち、薙ぎ、突きを繰り出しても、ゼオルにはかすりもしなかった。ゼオルは元の位置からほとんど動かず、巨大な虎が周囲を飛び回る小虫を軽くあしらうように対応していた。その後も三日に一度の立ち合いが続き、ニャンゴは合間の日に鉄棒で素振りを重ねて作戦を練ったが、成果を感じられないまま焦りだけが募っていった。
ミゲルたちとの集団戦
三度目の立ち合いを終えた夕暮れ時、疲労と焦りを抱えながら帰宅していたニャンゴは、茂みに潜んでいたミゲルに背後から棒で殴られた。さらにミゲルの取り巻き六人が現れ、ニャンゴを取り囲んだ。コボルト騒動以来、ミゲルたちは姿を見せていなかったため油断していたが、ニャンゴは倒れている間に身体強化魔法を発動し、すぐ動けるよう備えていた。
六人が一斉に棒を振り上げた瞬間、ニャンゴは立ち上がって二人の腹に突きを入れ、脛を払って包囲を崩し、そのまま鉄棒を構えた。数で勝る相手に囲まれるのは不利であったが、ニャンゴは先手を取って一人ずつ無力化していった。キンブルへのフェイントからルーゴへ突きを入れ、ダレスを脇腹の一撃で転がし、ハウゼンの攻撃はシールドで止めて鳩尾に突きを叩き込んだ。さらにエアウォークを使って鼻面を蹴り飛ばし、残る相手にも間を与えず動き回った。
ミゲルの敗北とニャンゴの現実認識
最後に残ったミゲルは、鉄棒を使うのは汚いと叫んで怯えたため、ニャンゴは倒れた者の木の棒を拾って構え直した。そうしてもなおミゲルは声を震わせながら後退りし、棒術の試合だから魔法は禁止だと言い張った。ニャンゴはそれに答えず踏み込み、ミゲルの振るった棒を弾いた上で鳩尾に突きを打ち込み、完全に叩きのめした。周囲の者たちもなお反撃しようとしたが、ニャンゴが次は手加減しないと怒鳴りつけると、それ以上は逆らえなくなった。
表面上は余裕を見せて立ち去ったものの、実際には七人相手に辛うじて勝ったに過ぎず、一歩間違えば袋叩きにされていたことも理解していた。相手がゴブリンやコボルトなら、自分は確実に殺されていただろうと痛感したのである。
魔力不足への焦燥と禁忌への誘惑
ニャンゴは、空属性魔法の工夫とゼオルの指導によって確かに強くなってきたが、左目を失ってからは歯車が狂い始めていると感じていた。モリネズミには逃げられ、ゼオルには片手であしらわれ、探知魔法を考えれば武器や防具に回す魔力が足りなくなる。普通の武器や防具を使おうにも、猫人の体格に合う物は村にも街にもほとんど存在しなかった。地道な鍛錬で伸ばせる魔力量には限界があり、体格的にも大きな魔物に正面から勝てる未来を思い描けなかった。
そこでニャンゴの脳裏に浮かんだのが、四年前にユキヒョウ人の冒険者から聞いた裏技であった。それは魔物の心臓を生で食べることで飛躍的に魔力を高めるという方法であった。魔石の近くにある心臓には大量の魔素が含まれているらしいが、ファティマ教では魔物の肉の生食は禁忌とされていた。迷信めいた話であり、本当に効果があるかも分からない上、試すには魔物を自分で倒さなければならない。それでも、魔力を得て状況を変えたいという思いから、ニャンゴの中でその禁忌の方法への誘惑は強まり続けていた。
第三話 成長を求めて
ゴブリンとの遭遇と禁忌への決断
ミゲルたちを打ち負かしてから二週間後、ニャンゴは薬草を摘みに山へ入っていたが、季節は晩秋から初冬へ移り、薬草も茸もほとんど見つからなくなっていた。沢の魚も深場へ移り、モリネズミも冬ごもりに入っていたため、その日は空の籠を背負って戻るしかないと思っていた。そんな時、単独で行動しているゴブリンを発見した。群れではなく一頭だけでいる機会は滅多にないと判断したニャンゴは、冒険者になるためにも魔力を手に入れる必要があると考え、この機会にゴブリンを倒し、かつてユキヒョウ人の冒険者から聞いた裏技を試す決意を固めた。
空属性魔法を用いた単独討伐
ニャンゴは籠と鉄棒を木に預け、木陰を使ってゴブリンに接近した。わざと音を立てて注意を引きつけた後、背を向けて走り出し、追ってきたゴブリンの進路上に見えないダガーナイフを固定した。ゴブリンは自らその凶器に突っ込み腹を貫かれた。さらにニャンゴはエアウォークで接近し、槍で止めを刺そうとしたが、槍は砕け、飛びかかってきたゴブリンの爪が耳をかすめた。それでも上空へ退避して距離を取り、今度は笹穂槍を作って再び正面から迎え撃った。ゴブリンが最後の力で突進してきた瞬間、ニャンゴは全力で踏み込み、首筋を深く斬り裂いて仕留めた。こうしてニャンゴは、初めて自力でゴブリンを討伐することに成功した。
魔物の心臓を食べる禁忌の実行
討伐後、ニャンゴは急いで解体し、魔石と心臓を取り出した。別の魔物や獣が寄って来る危険を避けるため、屏風岩近くの安全な場所まで下り、そこで心臓を薄切りにした。魔力を高めるには生で食べる必要があると聞いていたため、寄生虫への不安や生肉への抵抗を抱えつつも、これはレバ刺しだと自分に言い聞かせて口にした。鮮度のためか強い生臭さはなく、数切れ食べたところで胃の中に異変が起こった。大量の魔素が取り込まれ、血管や魔脈を暴走するように巡り始めたのである。身体強化魔法の訓練で魔素制御を学んでいたため辛うじて保てたが、これ以上食べれば危険であることも理解していた。それでもニャンゴは、ここで止まれば何も変わらないと考え、さらに食べ進めた。
暴走寸前の高揚と魔素切れの反動
心臓を食べたニャンゴの体内には魔素が満ちあふれ、エアウォーク、身体強化、シールド、プロテクター、槍を同時に維持してもなお余るほどになった。衝動的に体を動かせば危険だと理性では分かっていたが、その高揚感を抑え切れず、空属性魔法で滑り台とボードを作って斜面を滑走した。摩擦抵抗をほぼゼロにしたその遊びは尋常ではない速度を生み、身体強化と組み合わせて何度も斜面を往復するうちに、ついには魔素が尽きた。途端に激しい疲労に襲われ、ニャンゴは這うように家へ帰り、夕食も取らず泥のように眠り込んだ。
魔力増加の実感と新たな課題
翌朝、ニャンゴは強い頭痛、倦怠感、筋肉痛に襲われたが、身体強化魔法を試すと、それまでとは感覚が明らかに変わっていた。以前は体の隅々まで魔素を押し込むような感覚だったのに対し、この時はスルッと滑らかに魔素が流れるようになっていた。ゴブリンの心臓を食べたことで、体内に保持できる魔素量が増したのは間違いなかった。実際にエアウォーク、身体強化、シールド、槍を併用しても余裕があり、一度に使える魔力量は確実に増えていた。ただし、継続して使える時間は伸びておらず、使い続けると強い倦怠感が襲ってきた。そのため、ニャンゴは消耗と休息を繰り返すことで、今後はスタミナも鍛えていく必要があると判断した。
雪の季節と訓練への集中
新年を前にして雪が降り始めると、アツーカ村は白一色に染まった。家族は暖炉のそばでぬくぬくと過ごしていたが、ニャンゴは寒さを空属性魔法の防寒着と毛皮でしのぎながら、近くの川原で鉄棒の素振りを続けた。足元にはエアウォークを使っていたため、雪に埋もれることもなかった。重い鉄棒は、かつては振り回されるだけだったが、この頃には自分が支配して振っている感覚が強くなっていた。ミゲルたちは以前の返り討ち以来、絡んで来なくなっていたが、ニャンゴは再び何か仕掛けてきても返り討ちにするだけだと考えていた。
探知魔法の試行錯誤
外での訓練を切り上げた後、ニャンゴは家の中でも空属性魔法の新たな可能性を探っていた。一つは粒子状にした空気を放射状に広げ、触れた位置から物体の形を感知する探知魔法であった。まだ曖昧ながらも物の形を感じ取れる段階に来ており、速度を上げて常時展開できれば、失った左目の視界を補えるかもしれないと考えていた。
もう一つは、薄い膜で空気の振動を捉えて音を拾う集音の試みであった。こちらも試行錯誤の末に音そのものは感じられるようになったが、膜はまだ大きく、音質も悪かった。映像の再現については依然として見通しが立たなかったため、当面は粒子による探知と集音の精度向上に集中することを決めた。これらが完成すれば、左目の死角を埋めるだけでなく、戦闘そのものを有利に運べると考えていた。
雪中でのコボルト討伐
翌日、さらに雪が積もった川原で素振りを始めようとした時、上流から二頭のコボルトが接近してくるのに気付いた。雪によって山との境界が曖昧になり、食糧不足で飢えたコボルトが村の近くまで入り込んできたらしかった。ニャンゴは一度はエアウォークで五メートル上空に退避したが、このまま放置すれば他の村人が襲われる可能性があると考え、自分がここで倒さなければならないと覚悟を決めた。
まず一頭に鋭いサミングを食らわせて視力を奪い、もう一頭が突進してきたところをシールドで真正面から受け止めた。強化されたシールドはコボルトの突進にも耐え、その隙に鉄棒の先へ笹穂槍を作って、視力を奪った一頭の首筋を貫いた。続く一頭には空中に固定したダガーナイフを腹へ突き立て、そのまま正面から笹穂槍で喉を貫いて止めを刺した。二頭を危なげなく仕留めた後、ニャンゴは魔石を回収し、死体を川へ捨てた。
成長の実感と冒険者への希望
今回の勝利は、コボルトが飢えと雪で本来の動きができていなかったという条件にも助けられていたため、ニャンゴはこの程度で慢心してはまた痛い目を見ると自戒した。それでも、シールドでコボルトの突進を完全に止められたことは、小柄な猫人である自分にとって大きな意味を持っていた。空属性魔法の工夫、身体強化魔法の習得、棒術の鍛錬、そして禁忌の手段による魔力増強を経て、ニャンゴはまだ不十分ながらも確実に強くなっていると実感した。そしてその実感は、冒険者としてやっていけるかもしれないという新たな希望へと繋がっていた。
ゼオルとの立ち合いで見えた進歩
年が明けても、ニャンゴはゼオルとの訓練を続けていた。立ち合いを始めて一ヶ月が経っても、一撃を入れるどころか一歩も動かせていなかったが、その日、アカメガモを手土産に離れを訪ねると、ゼオルは雪の中でも通ってきた褒美として、今回は宙に浮くことを許可した。普段は禁止されていたエアウォークを解禁されたことで、ニャンゴは立体機動を交えた攻撃を仕掛けた。
最初の突きはいつも通り弾かれたものの、その反動を利用して空中へ跳び、さらに宙を蹴って打ち込んだことで、ついにゼオルの左足を引かせることに成功した。わずか半歩ではあったが、ゼオルを初めて動かしたのである。これによりゼオルは本格的に棒を構え、以後は足捌きも使い始めたため、ニャンゴの立体機動は通用しなかった。それでも、一撃を入れられず泥だらけになりながらも、構えさせたという事実は大きな進歩であった。
片目への適応と空属性魔法の活路
泥を落として離れに戻ると、ゼオルは立ち合いの最中にニャンゴが左側からの攻撃にも自然に反応していたことを指摘した。ニャンゴ自身は気付いていなかったが、訓練を重ねるうちに、顔を少し左へ振って死角を補う動きが身に付いていたのである。ゼオルは、一対一ならこのまま訓練を続ければほぼ問題ないだろうと見ていた。
一方で、多数の敵を相手にする場合は別であり、その際には魔法で死角を補えるかが課題となった。ニャンゴは強度の増したシールドで死角を防ぐつもりだと答えた。ゼオルは、両目があっても死角は完全には無くならないため、多人数戦では本来仲間同士で補うものだと説明した上で、空属性魔法で死角を補えるニャンゴは一般の冒険者より大きな強みを持つことになると示した。
ゼオルとの食事と穏やかな時間
立ち合いの後、ゼオルはアカメガモを捌いてスープを作り始めた。ニャンゴが持ってきたアカメガモは、この時期に脂が乗っていて美味であり、普通なら捕まえるのが難しい獲物だったが、ニャンゴは空属性魔法のケージで容易く仕留めていた。二人は香りの良い生姜入りの茶を飲みながら言葉を交わし、その後はゼオルの打った麺とアカメガモの肉、野菜を使った、ほうとうのような熱い料理を囲んだ。
味は申し分なかったが、虎人のゼオルも猫人のニャンゴも揃って猫舌であったため、二人は熱さに苦戦しながら食事を進めた。戦いの訓練だけでなく、こうした穏やかな時間もまた、ニャンゴにとって大切な日常になっていた。
兄の旅立ちと街行きの誘い
二番目の兄が家を出たのは、二月も終わりに近づいた頃であった。本来ならもっと早く街へ働き口を探しに出るはずだったが、その年は雪が多く、乗り合い馬車の運行が滞っていたため出発が遅れていた。すでに街では仕事の枠が埋まり始めていると考えられ、兄の表情は冴えなかった。
その五日後、ゼオルはニャンゴに、明後日イブーロの街へ一緒に来るよう告げた。村長が『巣立ちの儀』に関する用事で教会へ向かうため、その道中の護衛を務めるというのである。ニャンゴは正面から戦う力には自信がなかったが、高所から状況を把握できるという自分の特性が、人混みでの騒動に対して有利に働くと説明され、同行を受け入れた。
街道の旅とミゲル、オリビエとの同乗
出発当日、ニャンゴは久しぶりの街行きに胸を躍らせていたが、馬車にはめかしこんだミゲルの姿もあり、一気に気分を害した。村長はミゲルを押し込むようにして馬車へ乗せ、ニャンゴとゼオルは御者台に座った。ニャンゴは空属性魔法で空気の層を防寒着やクッションとして利用しており、寒さにも揺れにも十分に耐えられた。
途中のキダイ村では、そこの村長と、今年『巣立ちの儀』を受けるという熊人の少女オリビエが同乗した。ミゲルは以前から顔見知りらしいオリビエに気取った口調で話しかけていたが、下心は明らかであった。一方でオリビエは、ニャンゴがミゲルたちを救った勇敢な人物だと聞いており、ミゲルがニャンゴの傷をあげつらうと、軽率な行動で友人まで危険に晒したのはお前だと切り返した。さらに、キダイ村を出た後も、オリビエはミゲルの言い訳を一つずつ封じていった。ミゲルは、オリビエと一緒に過ごしたい一心から、翌日にイブーロの学校の編入試験を受けるつもりでいることも明らかになった。
雨の中で披露した空属性魔法の応用
イブーロまで残り一時間ほどというところで雨が降り始めた。やがて本降りになると見たニャンゴは、空属性魔法で御者台の上に屋根を作り、さらに馬の上まで覆ってみせた。これにより、自分たちだけでなく馬まで濡れずに済み、ゼオルもその便利さに感心した。街に入る頃には雨脚が強くなっていたが、馬車も宿の入口までも空属性魔法の屋根で覆ったため、村長たちは濡れずに宿へ入れた。
村長やオリビエはその魔法の使い方に驚き、村長はミゲルにニャンゴは役に立っていると改めて示した。ミゲルだけは、こんなものは雨の日しか役に立たないと負け惜しみを口にしたが、空属性魔法に対する周囲の見方は確実に変わっていた。
冒険者ギルドの酒場での洗礼
宿に着いた後、ゼオルは村長たちの夕食の誘いを断り、情報収集のためギルドの酒場へ向かった。ニャンゴも同行し、アンブレラで雨を防ぎながら街を進んだ。ギルドの中は濡れた革と汗の臭いが籠もり、依頼掲示板にはゴブリン、コボルト、オークなどの討伐依頼や、商人や旅人の護衛依頼が並んでいた。魔物討伐の依頼料そのものは高くないが、素材や魔石の売却で収入が増えること、護衛は長距離ほど割が良いが盗賊との戦いもあり危険だということを、ゼオルは教えた。
その後に入った酒場では、最初にミルクを注文したニャンゴが冒険者たちにからかわれた。犬人の冒険者ローダスは、頭上からエールを浴びせて挑発したが、ニャンゴは空属性魔法でそれを逆にローダスの股間へ返した。さらに、掴みかかろうとしたローダスにはシールドをぶつけ、壊れやすい棘状の空気の塊で動きを乱し、最後は強めの目潰しを食らわせて蹲らせた。ゼオルは立ち上がってローダスの鳩尾を蹴り、襟首を掴んで酒場の外へ放り出した。これにより、その場での勝敗は決し、周囲の冒険者たちはニャンゴを実力ある者として認め始めた。
酒場の不文律と冒険者社会の一端
ゼオルは、酒場で叩きのめされた者を外へ放り出すのは、勝敗を明確にすると同時に、負けた側が尻尾を巻いて帰りやすくするためだと教えた。冒険者の世界では、実力がすべてであり、それがこの酒場にもそのまま反映されていたのである。
その直後、左の死角から獅子人の酒場の女が近づき、ニャンゴに声を掛けてきた。ニャンゴは不意を突かれて大いに狼狽し、将来有望だと囁かれて動揺したが、ゼオルが依頼の最中だからと割って入り、女は残念そうに去っていった。ゼオルは、酒場の女に手を出せば骨までしゃぶられると警告し、ニャンゴは大人の階段はまだ早いと痛感した。
その後もニャンゴはゼオルと共に酒場の話へ聞き耳を立てながら、さまざまな冒険者の話を教えられた。第三話のこの場面では、ニャンゴが戦いだけでなく、街と冒険者社会の空気にも本格的に触れ始めたことが描かれていた。
学校での護衛任務
翌朝、ニャンゴはゼオルと共に村長一行を護衛してイブーロの学校へ向かった。学校はアツーカ村の寺子屋とは比べものにならない荘厳な石造りであり、オリビエの入学試験は予定されていたが、ミゲルの編入試験は急な申し出だったため準備に時間が必要とされていた。村長たちは教会へ『巣立ちの儀』に関する話し合いへ向かい、その間ニャンゴは試験を受ける二人の護衛を任された。ゼオルからは、襲われた場合には無理に倒そうとせず、身の安全を確保して逃げに徹するよう念を押された。
ミゲルとの待機と価値観の違い
試験中は教室に入れないため、ニャンゴはミゲルと廊下の長椅子の両端に座って待機した。ミゲルは相変わらずニャンゴを見下し、オリビエに手を出すなと牽制したが、ニャンゴは興味がないと冷たく返した。このやり取りの中で、ニャンゴは異種族間の恋愛や結婚が普通に行われるこの世界の価値観に、なお馴染み切れていない自分を自覚していた。そうした考えに耽っているうちに、寒さに耐えられなくなったミゲルは廊下をうろつき始めた。ニャンゴは空属性魔法の防寒着で寒さを凌いでいたが、外套を置いてきたミゲルにはそれができなかった。
オリビエとの防寒とミゲルの反発
先に試験を終えたオリビエは、長椅子の中央ではなくニャンゴの隣に座った。そして、ニャンゴの着ている空属性魔法の防寒着に気付き、自分にも同じようなものを作れないかと頼んだ。ニャンゴは自分専用の防寒着とは別に、大きなシート状の空気の布団を作り、その中に二人で包まる形で寒さを防いだ。するとオリビエは、温かさに喜んでニャンゴへ抱きつき、頬ずりまで始めた。体が温まると、オリビエはそのままニャンゴにもたれかかって居眠りを始めた。
そこへ試験を終えたミゲルが現れ、二人の様子を見て騒ぎ立てた。ニャンゴは自分から何かをしたのではなく、一方的にされていただけだと返したが、ミゲルはなおもノミが移るだのと見当違いな文句を並べた。オリビエも目を覚ましたが、村長たちが戻るまで学校内にはいられないため、三人は教師に勧められた校門前のカフェへ移動することになった。
カフェで見せた生活力の差
校門前のカフェは大きな板ガラスを備えた洒落た店で、校門も見渡せるため迎えを待つには都合が良かった。しかし、オリビエもミゲルも金を持たされておらず、店に入ること自体をためらっていた。ニャンゴは自分が払うと告げて二人を席に座らせ、店員に一番人気の菓子と飲みやすい茶を三人分注文した。金を持ち、自分で注文できるというだけで、ニャンゴは子供であり猫人であっても一人の客として店に扱われた。
ミゲルは、ニャンゴが落ち着いて振る舞っていることに不満を覚えつつも、自分では何もできなかった。ニャンゴは、毎日働いて金を持っているからこそ店で対等に振る舞えるのだと答えた。さらに、悔しいなら学校で勉強して、将来どうすれば村の暮らしが楽になるのか考えろとミゲルに言い渡した。ポテュエという菓子は濃厚で、三人とも美味しく食べたが、オリビエは素直に喜び、ミゲルだけは最後までひねくれた態度を崩さなかった。
オラシオから届いた手紙
イブーロから戻って数日後、オラシオから両親宛ての手紙に同封する形で、ニャンゴ宛ての手紙が届いた。そこには、王都の大きさや訓練所の厳しさ、何度も泣いたこと、それでもニャンゴからもらった火の魔道具に火を灯すたびに村や祭りの日を思い出し、励まされていることが綴られていた。そして、必ず騎士になるから王都に遊びに来てほしいと結ばれていた。
ニャンゴは、泣きながらも訓練を続けるオラシオの姿を想像し、不安も覚えたが、その決意を信じようとした。そして、自分も約束を守って、王都まで旅できる冒険者にならなければならないと改めて思い定めた。
探知魔法と棒術の併用への模索
翌日の立ち合いでは、オラシオの手紙に気持ちが引っ張られて空回りし、ニャンゴはゼオルに一方的に叩きのめされた。稽古後、井戸で体を洗い、お茶を飲みながら、ニャンゴは探知魔法と棒術を併用できないかとゼオルに相談した。冬の間に練習してきた粒子状の空気で接触を探る魔法を、本格的に死角の補助へ使いたかったのである。
ゼオルは、多人数を相手にするなら死角の敵を捉えるために有効だが、一対一ではまず相手を視野から逃さず戦うべきだと答えた。今のニャンゴには、ゼオル相手に他へ気を配る余裕などないという現実を突きつけられた形であった。ニャンゴもそれを理解しつつ、それでも将来を見据えて、少なくとも後方の一部だけには探知魔法を使う訓練を密かに続けようと考えた。
魔道具の仕組みへの関心
話題はやがて魔道具へ移った。ニャンゴは、今後魔物や獣を討伐するなら、水や火の魔道具が必要になると考え、その仕組みを知りたがった。ゼオルは、自分の持っている水、火、明かり、風の四種類の魔道具を見せてくれた。どれも石材の板のような形で、魔法陣と導線が刻まれており、魔石か自身の魔力を流し込むことで発動する構造になっていた。
ニャンゴが実際に水の魔道具を使ってみると、身体強化魔法のように多くの魔素を押し込んでも出力は一定以上増えなかった。ゼオルの説明では、魔法陣の大きさや魔素を通しやすい材質が威力を左右し、模様は魔法の種類ごとに異なるらしかった。ニャンゴはこの複雑な魔法陣の形を、慎重に紙へ描き写して持ち帰った。
空属性魔法による魔法陣の再現
翌日、ニャンゴは川原で写してきた火の魔法陣を土に描いてみたが、それだけでは発動しなかった。そこで、今度は魔法陣の形そのものを空属性魔法で三センチほどの厚みを持たせて固めたところ、火が噴き上がった。思いつきだったが、予想以上にうまくいき、火だけでなく水、明かり、風の魔法陣も同様に発動した。つまり、空属性魔法を使って魔法陣を作れば、刻印魔法を実質的に再現できると分かったのである。
ただし、世界で一人だけ複数属性を使える存在のように見えてしまうため、目立ちすぎれば妬みや警戒を買う危険もあるとニャンゴは考えた。そのため、練習も使用も、当面は人目のない場所に限るべきだと判断した。
魔法陣の習得と新たな攻撃手段の発見
問題は、魔法陣があまりにも複雑で、少しでも形が狂うと発動しなかったり不安定になったりすることであった。何度描いても覚えられず、フリーハンドでは戦闘で使うには遅すぎた。そこでニャンゴは、描いて覚えるのではなく、ひたすら発動させて、発動時に赤熱して浮かび上がる形そのものを記憶する方法に切り替えた。何度も何度も発動を繰り返すことで、ようやく再現できるようになっていった。
さらに検証を重ねると、魔法陣を形作る空気の厚みで持続時間が、圧縮率で出力が変わることも分かった。加えて、空属性魔法で作った魔法陣は模様以外が中空であるため、別の魔法陣と重ね合わせることができた。火と風の魔法陣を重ねると、炎が大きく噴き上がり、まるでバーナーのような効果を生んだ。まだ武器としては未熟であったが、今後もっと素早く、自由自在に魔法陣を展開できれば、空属性魔法の攻撃力不足を補う強力な手段になるとニャンゴは確信した。
充実した日々と未来への誓い
薬草採取、モリネズミ捕獲、棒術の素振り、魔法陣の練習と、ニャンゴの毎日はやるべきことで溢れていた。しかし、それは同時に日々が充実している証でもあった。努力と工夫を積み重ねて力を伸ばし、いつか王都でオラシオと再会した時には、胸を張れる冒険者になってやる。ニャンゴはそう強く心に誓っていた。
第四話 強敵との戦い
雨季の稽古と棒術の進歩
六月に入り雨の日が増えると、アツーカ村は雨季に入った。ジメジメとした季節は猫人であるニャンゴにとって鬱陶しかったが、ゼオルとの稽古は天候に関係なく続いていた。実戦では雨の中で戦う場合もあるため、濡れた足元や視界の悪さに慣れる必要があるからであった。エアウォークやアンブレラを使えば雨を避けることもできたが、ニャンゴは経験を積むため、あえて濡れながら立ち合いをしていた。
その中で、棒術は少しずつ上達していた。以前のように弾かれた棒が手から離れそうになることはなくなり、何度も弾かれてきた経験によって、受け流す感覚が体に染み込んでいた。ある日の立ち合いでは、ゼオルがわざと見せた隙に反応して脛を払いにいったが、それは誘いであり、逆に顎の下へ棒を突きつけられてしまった。それでも、これまで見抜けなかった隙に明確に反応できたこと自体は進歩であり、ニャンゴも自分が確実に前へ進んでいることを実感していた。
オーク出没の報せ
稽古後、井戸で水浴びをしてから、ゼオルが購入した冷蔵庫で冷やしたハーブティーを飲んでいると、村長宅の使用人が飛び込んできた。キダイ村からアツーカ村へ向かう途中の街道で、三頭のオークが現れ、乗り合い馬車が襲われたというのである。すでに馬一頭と御者一人が犠牲となり、怪我人も出ていた。ゼオルは即座に十五人を集め、翌朝には討伐に出ると決めた。
今回の相手は若いオスのオークで、群れから追い出され、まだ縄張りを持たない個体だとゼオルは推測した。若い分だけ経験が浅く、人を恐れずに街道や村へ踏み込んでくる危険が高いと説明し、早めの対処が必要だと語った。討伐では、三頭のうち一頭をゼオルとニャンゴが受け持ち、残る二頭は十五人の村人で対処する方針となった。
囮馬車による討伐作戦
討伐の手順として、十五人を幌馬車に乗せてキダイ村方面へ向かい、馬車を囮にしてオークを引き寄せる作戦が立てられた。もし相手が三頭ではなく五頭や十頭いた場合は、そのまま応戦しつつキダイ村方面へ誘導し、ニャンゴが先行してキダイ村へ知らせる手筈であった。これはアツーカ村だけでなくキダイ村にとっても他人事ではなく、両村が連携して対処すべき問題だったからである。
ニャンゴはゼオルと同じ御者台に乗り、雨除けの屋根係も兼ねることになった。前回イブーロへ向かう馬車で作った空属性魔法の屋根が、ゼオルにはよほど気に入っていたらしい。翌朝も天気は雨模様で、討伐に参加する村人たちは革鎧と雨合羽に身を包み、蒸し暑さの中で出発した。
雨中の警戒行と不穏な気配
ニャンゴは御者台で身体強化魔法も使いながら周囲を警戒したが、雨で景色は霞み、森も草地も不気味に見えた。探知魔法も試したが、立木や灌木が邪魔をして思うように機能しなかった。ゼオルは、オークが森だけでなく草地の窪みに伏せて待ち構える可能性もあると忠告し、見破れなかった場合にどう対処するかを考えておけと教えた。
出発から二時間ほど経ってもオークは現れなかったが、ゼオルはまだ見えていないだけで近いと告げ、村人たちに水を飲んで準備するよう命じた。その勘が現実となるまで、五分も掛からなかった。
馬車襲撃と奇襲への反応
突然、馬車の前に丸太が落とされ、馬は驚いて暴れた。ゼオルの叫びとともに、左の森から三頭のオークが姿を現した。若い個体とはいえ、ニャンゴから見ればなお巨大であった。さらに、村人たちが迎撃態勢を整えた直後、探知魔法によって背後から迫る別のオークを察知したニャンゴは、咄嗟に馬車の中へ飛び込んだ。直後、御者台はオークの棍棒で粉砕され、暴れた馬がブレーキを外して馬車は暴走を始めた。
ニャンゴは馬車の後ろから飛び出したが、別のオークと鉢合わせになった。二重に展開したシールドで棍棒を防ごうとしたものの、一枚目は砕け、二枚目ごと体を吹き飛ばされた。草地に叩きつけられながらも、追ってくる二頭のオークを見て、ここで止めなければ村人たちへ被害が及ぶと覚悟を決めた。
二頭のオークとの死闘
ニャンゴはまず、突進してきたオークの顔前にシールドを出して足止めし、その隙に別の一頭の腹へ槍を突き入れた。しかし、コボルトの時のような深手にはならず、分厚い脂肪と筋肉に阻まれていた。そこで上空へ逃れて包囲を抜け出し、新たに首へ刃付きの輪を嵌めるデスチョーカーを試したが、それも握り潰されてしまった。
二頭に挟み込まれそうになる中、ニャンゴは足元へシールドを展開してオークを躓かせ、さらに倒れ込む先へもう一枚のシールドを置いて鼻面を強打させた。続けて別のオークにも同じように足元へシールドを出し、倒れ込む勢いを利用して胸の前に立てた槍へ突っ込ませることで、今度は自分で突いた時より深く刺し込ませることに成功した。ここでニャンゴは、相手の体重と勢いを利用すれば、自分の非力さを補えると気付いた。
さらに、もう一頭のオークにも同様の発想で刃付きのシールドを立て、倒れ込む首筋を深く斬り裂いた。こちらは致命傷に近い深手となり、鮮血が噴き出した。
致命傷と救援
一頭に致命傷を負わせたことで、ニャンゴはほんの一瞬だけ気が緩んでしまった。その隙を突き、もう一頭のオークは起き上がると同時に棍棒を投げつけてきた。ニャンゴはシールドを展開したが砕かれ、直撃を受けて吹き飛ばされた。背中で受けた衝撃で息が詰まり、体は動かず、魔法も上手く発動できなくなった。
迫って来るオークの動きがスローモーションのように見える中、覆いかぶさろうとしたその巨体を、ゼオルがショルダータックルで弾き飛ばした。さらに銀色の光芒のような長剣の一撃でオークの首筋を深々と斬り裂き、とどめを刺した。ゼオルの顔を見た瞬間、ニャンゴは張りつめていた緊張が切れ、そのまま意識を失った。
帰還と戦果の確認
意識を取り戻したのは、アツーカ村へ戻る馬車の中であった。毛布に包まれ、ゼオルに抱えられていたニャンゴは、ゆっくりと身体強化魔法で体に魔素を巡らせながら状況を把握した。ゼオルによれば、ニャンゴが二頭を引きつけてくれたおかげで、他の村人たちは大きな怪我もなく残りのオークを討伐できたという。
ニャンゴが一頭を倒した方法を説明すると、ゼオルはそれを今後の大きな武器になる戦術だと認めた。体の小さいニャンゴにとって、相手の力や体重を利用することが重要だと改めて評価したのである。
討伐後の代償と報酬
村へ戻った後、参加した大人たちはオークを解体して宴会を開いたが、ニャンゴは精神的にも肉体的にも限界に達しており、水浴びを済ませてすぐ眠り込んだ。翌朝、目は覚めたものの全身が激しく痛み、身動きもまともに取れなかった。身体強化魔法で回復を促進しても、まともに動けるようになるまでにはさらに一日を要した。
その後ゼオルの離れを訪れると、ゼオルは革袋に入れたオークの魔石をニャンゴへ渡した。討伐の成果を頭割りにする場合もあるが、今回は一頭を確実に倒したのがニャンゴであり、さらに二頭を引き受けて他の村人を守った功績が大きいと認められたからであった。ギルドに持ち込めば大銀貨七枚ほどになる高価な魔石であり、ニャンゴにとっては大きな資産となった。
新たな課題と更なる工夫
ゼオルとの話の中で、ニャンゴはイブーロへ拠点を移すなら、今の手持ちだけでは三ヶ月ほどが限界であり、安定した収入の手段も必要だと改めて感じていた。魔物討伐で稼ぐとしても、仕留めたオークの肉や素材を持ち帰れなければ収益を十分に得られない。パーティーを組む方法もあるが、猫人であることが大きな不利となり、仲間を得るのは難しいとゼオルは率直に告げた。
そのためニャンゴは、自分一人でもオークを運べる方法を考える必要があると認識した。また、シールドや武器の強度もなお不安があり、もっと魔力を増やしたいという思いも強かった。そこで新たな打開策として、以前から取り組んでいた火と風の魔法陣を重ねたバーナーの実用化に本格的に取り組み始めた。まずは一メートルほどの炎を安定して噴き上げる基本形を作り、それを思った位置に瞬時に発動し、瞬時に消す練習を重ねていった。まだ角度の調整や複数同時発動には至らなかったが、牽制として使うには十分な可能性を感じていた。
この戦いによって、ニャンゴは自分でもオークを倒せると知った一方で、なお多くの課題も抱えていることを思い知らされた。だがそれは、冒険者への道が確かに開けつつある証でもあった。
オーガの心臓を求めた無謀な挑戦
オーク討伐から一ヶ月ほどが過ぎ、ニャンゴは本格的な夏を迎えた村で、薬草採取、沢での素振り、探知魔法の併用、魚を焼いての昼食、昼寝、魔法の練習という生活を続けていた。だが、大きな獲物を一人で運ぶ方法は依然として見つからず、魔力不足を補うために、今度はオークよりもさらに強力なオーガの心臓を食べようと考えるようになっていた。
その機会は、沢で過ごす予定だった日に訪れた。薬草を摘みながら北の山へ向かう途中、ニャンゴは北の奥山から下ってきたと思われるオーガと遭遇した。オーガがこのまま炭焼き小屋や村へ向かえば危険だと判断したニャンゴは、上から攻撃している限り捕まらないと考え、木の上から牽制を始めた。
空属性魔法を駆使したオーガ戦
最初に使ったのは、火と風の魔法陣を組み合わせたバーナーであった。目の前に噴き上がる炎にオーガは驚き、続けて股間を焼かれて狼狽した。だが、その笑い声でニャンゴの存在に気づいたオーガは、木を体当たりで折る勢いで襲いかかってきた。
ニャンゴは刃付きのシールドで肩口を切り裂き、さらに顔面へのバーナーで視界を乱した後、改良したデスチョーカー・タイプRを首に仕掛けた。これは輪ではなく、内側へ向いた八本の刃で構成された拘束具であり、オーガが逃れようと動くほど首筋へ深く食い込む仕組みであった。結果としてオーガの首筋には大きな傷が生まれ、大量の出血を強いた。
咆哮による逆転と切り返し
追い詰められたオーガは、突如として大きく息を吸い込み、魔力を帯びた咆哮を放った。ニャンゴは二重のシールドで受けたものの、一枚は砕かれ、二枚目も辛うじて耐えた程度であった。周囲の空気ごと揺さぶられた影響で、ニャンゴの体は痺れ、エアウォークも消えて木の枝にしがみつくのが精一杯となった。
しかし、咆哮の瞬間に首の傷から大量の血を噴き出したため、オーガ自身も大きく消耗していた。ニャンゴは魔素を落ち着かせて回復を試み、再び息を吸い込もうとしたオーガの顔へ水の魔法陣を浴びせて妨害した。オーガが咳き込んだ隙に背後へ回り込み、笹穂槍で首筋を突き、さらに顎下へバーナーを浴びせたことで、傷は両側から広がり、オーガの出血は決定的なものとなった。
最後の悪あがきと辛勝
それでもオーガはなお倒れず、座り込んだまま最後の抵抗を続けた。ニャンゴは再びデスチョーカーを使おうとしたが打ち払われたため、今度は喉元へ大きなダガーを構え、尻側からバーナーを当てて前方へ突っ込ませる形で深手を負わせた。ついにオーガは座り込み、瞳から光が失われて土下座するように倒れ込んだ。
だが、ニャンゴが五メートルほどまで近づいた時、オーガは最後の力を振り絞って顔を上げ、再び咆哮を放った。最初ほどの威力ではなかったものの、ニャンゴはまともに食らって痺れ、膝から崩れ落ちた。オーガは血泡を吹きながら立ち上がり、勝利を確信したかのように拳を振り上げたが、そのまま仰向けに倒れ込み、今度こそ完全に息絶えた。ニャンゴは三重のシールドを展開しながら接近し、槍で突いて死を確認した。
解体とオーガの心臓の生食
オーガを倒した後、ニャンゴは他の魔物を寄せつけないため、落ち葉を炙って煙を流しながら解体を始めた。オーガの肉体はゴブリンより遥かに硬く、通常のナイフでは歯が立たなかったため、笹穂槍を両手で使って切り進め、潜り込むようにして心臓と魔石を取り出した。持ち帰ったのは心臓の一部と魔石だけであり、角は切り落とせないため諦めた。
沢まで移動したニャンゴは、手袋、エプロン、まな板、包丁を空属性魔法で作り、オーガの心臓を薄くスライスした。寄生虫のようなものは見当たらず、期待と緊張を抱えたまま口へ運んだ。オーガの心臓はゴブリンよりも濃厚でまろやかな味だったが、調子に乗って食べ進めた結果、猛烈な勢いで魔素が体内へ溢れ出し、魔脈と血管を押し広げながら全身を侵し始めた。
魔素暴走と死の淵
オーガの心臓による反応は、ゴブリンの時とは比較にならなかった。胃を中心として体が内側から押し広げられるような激痛に襲われ、ゼオルから聞かされていた血管の破裂や心臓の破裂が現実になりかねない状態に陥った。ニャンゴは死を避けるため、とにかく膨大な魔素を消費しようと考え、宇宙まで届く塔、天空を覆う屋根、ダイヤモンドを超える盾、音速を超える矢といった、実現するかどうかも分からない巨大な空属性魔法を次々とイメージし、発動を試み続けた。
どれほどの時間が経ったのか分からないまま、どうにか命だけは取り留めたが、体は完全に壊れたような状態になっていた。全身は酷い筋肉痛に似た痛みに襲われ、立ち上がるだけで五分ほど掛かるほどであった。まともに使えそうな魔法はエアウォーク程度で、それすら気を抜けば消えそうな不安定さであった。
村への帰還と恐怖の行軍
ニャンゴは、このまま山中で眠れば朝には冷たくなっているかもしれないと判断し、とにかく村へ戻ることを決めた。だが、沢沿いの岩場を下りるだけでも一苦労であり、拾った枝を杖代わりにして、普段なら飛ぶように下る道を地面の上からノタノタと進むしかなかった。魔物や獣に遭遇すれば終わりだという恐怖が絶えず付きまとい、風や鳥の羽音にさえ体を震わせながら歩き続けた。
結果として魔物にも獣にも遭遇せずに村まで辿り着けたのは幸運であった。オーガの死体が囮になった可能性も考えられたが、村へ入って人影を見た瞬間、緊張の糸が切れてニャンゴは道に倒れ込んだ。
ゼオルの叱責と生還の意味
目を覚ますと、ニャンゴはゼオルの離れのベッドに寝かされていた。ゼオルは、腹に巻かれた魔石とニャンゴの状態から、オーガの心臓を食べたことをすべて見抜いていた。ニャンゴが正直に認めると、ゼオルは、その危険性を身をもって理解したはずだと告げた。さらに、オーガの心臓は騎士団にスカウトされるほどの人間でも暴走して再起不能になったり命を落としたりする代物であり、ニャンゴが生き残ったのは奇跡に近いと説明した。
ニャンゴが、暴走直後に規模の大きな属性魔法を連発して魔素を消費したことを話すと、ゼオルはそれをやっていなければ間違いなく死んでいたと断言した。その上で、知らずにやったのだから仕方ないが、二度とやるなと厳命した。ニャンゴは三日三晩も眠り続けていたらしく、その間の連絡や身の回りの世話までゼオルがしてくれていたことを知り、頭が上がらない思いを抱いた。
体調不良と魔法制御の崩壊
自宅へ戻った後、ニャンゴは母親とカリサ婆ちゃんから厳しく叱られ、体調が戻るまで山へ入ることを禁じられた。床払いから散歩、ジョギング、素振りと段階を踏んで体を慣らしていった結果、筋肉自体には大きな異常はないように見えたが、魔法の状態は完全に狂っていた。
空属性魔法は、五センチほどに固めるつもりで五十センチ以上の塊ができたり、柔らかく作るつもりが異様に硬くなったりと、範囲も強度も制御できなくなっていた。さらに魔力が有り余るため、少し使うだけで過剰に放出してしまい、その反動で急激な魔力切れの倦怠感に襲われるという悪循環に陥っていた。
身体強化魔法はさらに危険で、気を抜くと勝手に強化が発動し、その強化率も以前より大きく跳ね上がっていた。そのため下手に動けば自分の体を壊しかねず、過ぎたるは及ばざるがごとしを地で行く状態となっていた。
新たな身体への適応決意
ニャンゴは、これが元に戻るのか、それともこのまま慣れていくしかないのかと不安を抱えた。しかし、前世で聞いたレーシングカーの話を思い出し、今の自分は市販車から過敏すぎる高性能車に乗り換えたようなものだと考えた。扱いは難しくても、意のままに操れれば大きな力になるはずだと開き直り、自分の体なのだから必ず乗りこなして強くなってやると決意した。
こうして第四話の終盤では、ニャンゴが力を求めて命懸けの禁忌に手を出した代償として、強大な魔力と危うい制御不能の状態を同時に抱えることになった過程が描かれていた。そして、その危険な変化すら受け入れ、自分のものにしようとする覚悟が示されていた。
第五話 増えた魔力の活用法
運搬魔法の実験開始
増えた魔力の扱いには依然として戸惑いがあったが、大きな獲物の運搬方法にはようやく目途が立ち始めていた。これまではオークほどの大きさの獲物を載せる板すら作れなかったが、空気を固められる範囲と強度が飛躍的に上がったことで、路面やボードを形成できるようになったからである。
オーガの心臓を食べてから二週間ほどが経ち、体調が戻ると、ニャンゴは山の浅い場所で運搬用魔法の練習を始めた。路面を二枚つなぎながら先へ伸ばし、その上にボードとコロを設置して運ぶ構想であった。道に穴があろうと川があろうと、自前で路面を作れば関係なく進めるという発想である。
倒木運搬による試行錯誤
最初の試験では、倒木を山中から運び出そうとした。身体強化魔法を使って、自分の何倍もある倒木をボードへ押し上げ、コロの上で動かしたところ、予想以上に軽い力で進み始めた。魔法陣の練習を積んできたことで、路面もボードもコロも滑らかに作れていたのである。
しかし、次のコロの設置が遅れるとボードが落ち、逆にコロに気を取られると倒木が転げ落ちた。何度も最初からやり直した末に、ボードの形を変え、コロの設置タイミングにも気をつけることで、ようやく安定して進められるようになった。この段階で、オーク程度なら一人でも運べそうだという手応えを得た。
山の傾斜を利用した改良
平地での運搬に成功した後、ニャンゴは山の傾斜を利用する方法を試した。自重で進ませれば押す必要もなく、傾斜とコロの管理だけで済むはずだと考えたのである。だが実際には速度が上がりすぎ、コロや路面の設置が追いつかず、倒木は斜面を転がり落ちて若木を薙ぎ倒してしまった。
この失敗を受けて、ニャンゴはコロを都度置いていく方法をやめ、台車を作る方向へ切り替えた。土台、シャフト、ローラーだけの単純な構造であったが、これによりコロ設置の手間が不要となった。さらにカーブにはバンクを付け、路面を工夫することで、山から村まで安全に運べるようになった。以後、沢から村へ戻る時には、自分も台車に乗って滑り下りるようになり、それ自体が魔法の練習にもなっていた。
沢での生活と新たな狩りの準備
体調が回復すると、ニャンゴは再び昼間を沢で過ごす生活に戻った。薬草を採り終えた後は、沢の上でエアウォークを使いながら棒術の素振りを行い、探知魔法も併用した。魚を突いて火の魔法陣で焼いて昼食とし、枝に吊したハンモックで昼寝を楽しみ、起きてからは魔法の練習と水浴びをこなしてから夕方に村へ下りた。
この生活をゼオルに話すと、ゼオルは村から離れられない身の上だけに大いに羨ましがった。その腹いせのように立ち合いは厳しくなったが、ニャンゴにとってはむしろ望むところであった。また、オラシオに返事は出したものの、それ以後手紙は来ておらず、厳しい訓練で余裕がないのだろうと考えていた。
大物運搬の課題と現実
オーク級の大きな獲物の運搬方法はなお完全には解決していなかった。滑り台方式も、コロを使う方法も、オークほどの大きさと重さには十分対応しきれなかった。結局のところ、魔力をさらに増やさなければ一人で運ぶのは難しいという現実があった。
体の大きな人種なら仲間と協力して運搬できるのに、自分は猫人であるため一人での運搬を前提に考えねばならない。この理不尽さを理解しつつも、それが現実である以上、工夫で打開するしかないとニャンゴは受け止めていた。
若い牡鹿での実戦訓練
本格的な狩りに備えてニャンゴが準備したのは丈夫なロープだけで、他の道具は空属性魔法で補うつもりでいた。最初の実戦相手として選ばれたのは若い牡鹿であった。沢近くの林で素振りをしていた時に遠くを移動する姿を見つけ、鉄棒を籠へ戻し、ロープだけを持って後を追った。
鹿が沢へ下りて水を飲み始めたところで、ニャンゴは三十メートルほどの距離からデスチョーカー・タイプRを発動した。鹿は首に刺さる見えない刃から逃れようとするたび、別の刃にさらに深く突っ込み、膝を折ってそのまま息絶えた。ニャンゴはまず焚火で魔物や獣を遠ざけ、後ろ脚をロープで縛って吊り下げ、血抜きを行った。枝が適当な位置に無かったため、空属性魔法でコロを設置してロープを回し、身体強化魔法で引き上げる形を取った点に工夫があった。
冷却と解体への準備
血抜きを終えた鹿は台車へ載せられ、沢沿いを下って流れの緩やかな淵まで運ばれた。そこで鹿はロープで岩へ結び付けられ、水中へ沈められた。死んだ直後の獣は体温が下がるまで川で冷やすと肉が美味くなると聞いていたためである。
翌朝、ニャンゴは鹿を回収する前にゼオルへ声をかけた。運搬方法は確立できたが、解体はまだ一人では難しかったからである。肉を分けることを条件に解体を手伝ってもらうことになり、ゼオルはついでに村長へ話を通して、鹿の肉で宴会になればいくらかの金も出るよう交渉してくれることになった。
空中運搬の成功
淵から鹿を引き上げて台車に載せると、ニャンゴは沢の上や畑の上にノンストップで路面を敷き、村長の家の庭まで鹿とともに滑るように運んだ。日本のような高い建物も電柱もない村だからこそできる大胆な経路であった。
鹿と一緒に空中を進む姿を見た村人たちは、驚いて上を見上げていた。村長の家へ着くと、ゼオルも空を飛んで来るとは思わなかったと大笑いした。ニャンゴは飛ぶのではなく転がって来たのだと説明したが、仕組みを聞いたゼオルは興味を示し、自分も乗せろと言い出した。第五話のこの場面では、ニャンゴが増えた魔力を工夫によって実用へつなげ、ついに運搬という課題を現実的な形で解決し始めたことが描かれていた。
猟師としての評価の変化
ニャンゴが猟の真似事を始めてから、村人たちから感謝されることが増えていた。理由は単純で、鹿やイノシシを仕留めることで、これまでよりも村全体で肉を口にできる機会が増えたからである。最初の鹿は村の宴会に回されたが、ゼオルの提案で二頭目以降は、村人たちが少しずつ金を出し合って肉を買う形になった。皮も別口で売れたため、一頭あたり大銀貨三枚ほどの収入にもなった。
その結果、以前はミゲルに従ってニャンゴを敵視していた者たちも、今では顔を合わせれば愛想笑いを浮かべるようになった。美味い肉の供給源であることに加え、体は小さくても一人で鹿やイノシシを仕留める実力があり、喧嘩でも勝てないと理解したからであった。
イネスとの会話と棒術の深化
ゼオルのもとへ向かう途中、ニャンゴはイネスに呼び止められた。イネスは猟に行く予定を気にしており、話題は相変わらず肉のことばかりであった。ニャンゴは明日か明後日には猟に行くつもりだと答え、別れた後にゼオルの離れへ向かった。
棒術の立ち合いでは、いまだゼオルに一撃も入れられていなかったが、隙に見せかけた罠への対応は徐々に上達していた。そもそもゼオルが本当に隙を見せるはずがないため、隙イコール罠であると理解した上で、その返し技にさらにカウンターを返す意識が身に付き始めていた。打ち合いの中の駆け引きは、ニャンゴにとって大きな楽しみとなっていた。
イブーロ行きと新たな着想
稽古の後、ゼオルから明後日にイブーロへ向かうので同行するよう告げられた。目的は、秋分の休みに入る学校からミゲルを迎えに行くことであった。キダイ村の村長の孫であるオリビエも一緒に連れ帰るため、以前と同じように替え馬を借りる予定だという。
その流れでゼオルは、これまで貯め込んでいる魔石をイブーロの冒険者ギルドで換金し、口座へ預けるよう勧めた。預金の話から、ニャンゴはアツーカ村とイブーロの往復手段について考え始めた。台車の発展形としてキックボードのようなものを思いついたが、六十キロ近い距離を人力で移動するのは現実的ではないと判断した。より速く遠くへ行くには、やはり動力が必要だという課題が浮かび上がった。
幌布による日除けの工夫
イブーロ行きの準備として、ニャンゴは馬車の日除けを作るための大きな布を探した。空属性魔法の屋根は雨は防げるが日差しは遮れないため、その上に幌布を被せて日除けにするつもりだったのである。ゼオルは倉庫にある古い幌馬車用の幌布を使えばよいと教え、多少穴が空いていても問題ないと判断した。
翌日、ニャンゴはプローネ茸を採りに山へ入った。以前売ったレストランへ再び持ち込んで小遣い稼ぎをするつもりだった。今回も売り物になる大きな茸を四つ採取し、籠に丁寧に詰めて山を下りたが、その途中で六頭ほどのゴブリンの群れを見つけた。
ゴブリンの巣の発見
ニャンゴはエアウォークを使い、気づかれないようにゴブリンたちの後を追った。ゴブリンは木の実を集めて岩の割れ目へと運び込んでおり、その先に巣を構えていることが判明した。さらに上から偵察すると、煙が抜ける隙間や別の出入り口も存在していた。
これは通常の洞窟とは異なり、燻しても逃げ道がある厄介な巣であると分かったため、ニャンゴは一人で手を出さず、地形と巣の構造を記憶してゼオルに相談することにした。翌朝、イブーロへ向かう馬車の御者台でこの件を伝えると、ゼオルはニャンゴの空属性魔法なら上側の出口や割れ目を塞げるのだから、大きな問題ではないと判断し、秋の討伐対象に加えることを決めた。さらに、今後は巣の発見ごとに村長へ報酬を出させるよう交渉すると約束した。
暑さ対策と新たな魔法の披露
夏の名残が強い中、ニャンゴは幌布を魔法で支え、御者台だけでなく馬まで覆う日陰を作った。これは人間だけでなく馬の消耗も防ぐ工夫であり、ゼオルもその効果を高く評価した。さらに昼前を過ぎて暑さが厳しくなると、ニャンゴは水の魔法陣を応用したシャワーを披露した。馬の前方に細かな水流を撒き、空気を冷やして涼しさを作り出したのである。
これを見たゼオルは、空属性魔法で魔法陣そのものを形作り、刻印魔法を発動させていると知って大いに驚いた。ニャンゴは火、水、風、明かりなどの魔法陣を練習しており、二つの魔法陣を組み合わせることもできると説明した。こうして馬と人を暑さから守りながら、一行は無事にイブーロへ到着した。
プローネ茸の売却と市場での寄り道
イブーロ到着後、ニャンゴは鮮度が落ちる前にプローネ茸を売るため、以前と同じレストランへ向かった。店長はニャンゴのことを覚えており、今回持ち込んだ四つの茸を見て大いに喜び、四つで金貨一枚という高値を提示した。ゼオルもこの額には驚き、小遣い稼ぎどころではないと感心した。
その後、ゼオルに連れられて市場へ向かうと、そこには食材や道具、香辛料の店が並んでいた。ゼオルが茶葉を買いに行く間、ニャンゴは隣の店でコーヒー豆に似た香りを見つけ、思わず足を止めた。店の狸人の女主人から、それがカルフェという豆で、王都ではすでに普通に飲まれていることを聞き、酸味の少ない種類を購入した。こうして、ニャンゴは転生後初めてコーヒーに近い飲み物を手に入れた。
ギルドでの換金と馬人との騒動
次に向かった冒険者ギルドでは、ニャンゴはオーガ、オーク、コボルトの魔石を換金しに行った。だが買い取りカウンターへ並んでいた際、後ろにいた十代後半の馬人の冒険者に襟首を掴まれ、フロアの隅まで投げ飛ばされた。そこへ三十代前半ほどの蜥蜴人の冒険者が手を貸してくれたが、ニャンゴは相手を止めて、自分にしか威張れない可哀想な人間なのだと皮肉を返した。
この言葉に周囲の冒険者たちは大笑いし、馬人は逆上して食って掛かってきたが、蜥蜴人の冒険者が間に入った。どうやらこの蜥蜴人はライオスという金級間近の実力者であり、その名を聞いた馬人は急に勢いを失って立ち去った。周囲の冒険者たちもニャンゴを面白がりつつ、買い取りの順番を譲ってくれた。
買い取りカウンターでは、ニャンゴはこれらの魔石を全て村の討伐で得た分け前だと説明し、合計金貨二枚と大銀貨二枚を得た。さらに手持ちの金貨一枚も合わせて、ギルドの口座へ預け入れた。
路地裏での返り討ち
ギルドを出た後、ゼオルが路地裏の店へ向かおうとしたところ、先ほどの馬人が待ち伏せしていた。路地に入った時点で探知魔法を展開していたニャンゴにはその行動が見えており、不意打ちの回し蹴りはあらかじめ置いていたシールドに阻まれた。さらに隙だらけになったところを空属性魔法で作った棒で鳩尾と喉に突きを入れ、相手を塀際へ転がして昏倒させた。
ゼオルはそれを仕事が早いと笑い飛ばし、ニャンゴもこんな面倒事は仕事ではないと返した。こうして馬人を置き去りにし、二人はゼオルおすすめの店へ向かった。
串焼き屋での大人の空気
ゼオルが案内したのは、場末の居酒屋のような雰囲気を持つ串焼き屋であった。値段も手頃で量も多く、味も申し分なかった。中でも、祭りの屋台で食べた黒オークの串焼きの正体が骨髄であることを知り、ニャンゴは驚いた。冒険者や労働者たちの雑多な会話に囲まれながら食事をする時間は、ニャンゴに少しだけ大人になったような気分を味わわせた。
ただし、今回は馬車にただで乗せてもらっている身であり、勝手に長居はできなかったため、遊ぶのはまたの機会とした。
学校での迎えとオリビエとの再会
翌朝、宿で朝食と精算を済ませた後、一行は学校へ向かった。今日から学校は秋の休暇に入り、生徒たちは寄宿舎で迎えを待っていた。ゼオルは馬車番として残り、ニャンゴがミゲルとオリビエを迎えに行くことになった。
女子寮では、鹿人の寮監に身分証を見せて事情を説明し、ロビーにいるオリビエのもとへ向かった。オリビエはニャンゴが迎えに来たことを喜んだが、荷物が多いことを気にしていた。そこでニャンゴは、獲物運搬用の台車を応用したカートを空属性魔法で作り、トランク三つを浮かせるようにして運び始めた。女子生徒たちや寮監はその様子に驚き、オリビエも改めてニャンゴの凄さを実感した。
男子寮でのミゲルとの応酬
続いて男子寮へ向かうと、ロビーで待っていたミゲルは、迎えに来たニャンゴへ相変わらず高圧的な態度を取った。だがニャンゴは、自分は村長に雇われているわけではなく、迎えの馬車が来たと知らせに来ただけだと突き放した。周囲の男子生徒たちはそのやり取りを見て笑い、ミゲルはさらに苛立った。
ミゲルの荷物は大きなトランク二つで、最初は自分で持てと突き放されたが、寮監の犬人に窘められた末、ニャンゴが一つを運ぶことにした。オリビエの前で恥をかきたくないのか、ミゲルもトランクを両手で抱えてついて来たが、結局は途中で投げ出してニャンゴに任せるしかなかった。
帰路への出発
荷物を全てカートに載せ、オリビエとミゲルを馬車へ案内した。オリビエはニャンゴにも馬車の中へ乗って一緒に話してほしそうにしていたが、ニャンゴは見張り役があるからと断った。そして、自分の代わりにミゲルの相手をしてやってくれと頼むと、オリビエは少し不満そうながらも頷いた。
こうして二人が客室に乗り込み、ニャンゴは再び御者台へ戻った。ゼオルと軽口を交わしつつも、ミゲルへの教育が身につくとは思えないと確認し合いながら、馬車は学校を後にした。空は曇っていたが、まだ雨は降っておらず、一行はイブーロを発ってアツーカ村への帰路についたのである。
猟による立場の変化
ニャンゴが鹿やイノシシを仕留めるようになると、村人たちから感謝される機会が増えた。モリネズミでは村全体に行き渡るほどの肉は確保できなかったが、大きな獲物を一頭仕留めれば、多くの者が少しずつでも肉を口にできたからである。最初の鹿は村の宴会で振る舞われたが、二頭目以降はゼオルの提案によって、村人たちが金を出し合って買い取る形に変わった。皮も別に売れたため、一頭ごとに大銀貨三枚ほどの収入になり、ニャンゴの稼ぎは確かなものになっていた。
その結果、かつてミゲルに付き従ってニャンゴを敵視していた連中も態度を変えた。美味い肉をもたらす存在であるだけでなく、一人で獲物を仕留める実力があり、喧嘩をしても敵わないと理解したからである。
イネスとのやり取りと棒術の進展
ゼオルのもとへ向かう途中、ニャンゴはイネスに呼び止められた。イネスは猟の予定を尋ねてきたが、その関心は結局のところ次にいつ美味い肉が食べられるかという一点に集約されていた。ニャンゴは猟には近いうちに行くつもりだと答え、ゼオルの離れへ向かった。
棒術の立ち合いでは、依然としてゼオルに一撃を入れられなかったものの、隙に見せかけた罠への対処は着実に上達していた。そもそもゼオルが本当の隙を見せるはずがないと理解した上で、ニャンゴは罠だと分かっている誘いに乗り、その返し技にさらに備えるという駆け引きを楽しむようになっていた。打ち合いの中の知恵比べは、単なる鍛錬以上の面白さを持ち始めていた。
再びイブーロへ向かう話
稽古を終えた後、ゼオルは明後日にイブーロへ向かうので一緒に来るようニャンゴへ告げた。目的は、秋分の休みに入る学校からミゲルを迎えに行くことであった。キダイ村のオリビエも同時に連れて帰るため、以前と同じように替え馬の融通も受ける予定であった。
その話の流れで、ニャンゴはギルドに預けた金や、自分の移動手段について考え始めた。台車やキックボードのような方法を応用することも考えたが、アツーカ村とイブーロの距離は長く、高低差もあるため、人力だけでは限界があると感じていた。より速く、より遠くまで移動するには、新たな動力が必要であった。
日除けの工夫とプローネ茸の確保
ニャンゴは、以前の馬車旅で役立った空属性魔法の屋根に加え、今度は幌布を重ねて日除けを作る案を考えていた。空気の屋根だけでは日差しを遮れないため、布を併用する必要があったのである。ゼオルは古い幌布を使えばよいと教え、それが馬車全体を覆えるほどの大きさであることも分かった。
翌日、ニャンゴは小遣い稼ぎのためにプローネ茸を採りに山へ入った。沢筋の岩場の奥にある秘密の穴場で、今回も売り物になる大きな茸を四つ確保した。帰路では村人に後をつけられていないか注意しつつ下山したが、その途中で六頭ほどのゴブリンの群れを発見した。
ゴブリンの巣の発見
ニャンゴは気づかれないようにゴブリンたちを追跡し、彼らが木の実を運び込む岩の割れ目を見つけた。さらに上空から偵察すると、その巣は単なる洞窟ではなく、煙が抜ける隙間と別の出入口を備えていた。これは普通の燻し出しだけでは対処しにくい厄介な構造であった。
一人で中途半端に手を出して警戒されるのは得策ではないと判断したニャンゴは、地形と巣の位置を記憶して撤退した。翌朝、イブーロへ向かう馬車の御者台でその件をゼオルに相談すると、ゼオルは上側の出口や割れ目を空属性魔法で塞げばよいと判断し、秋の討伐対象に加えることを決めた。さらに、今後は巣を発見するごとに村長へ報酬を出させるよう交渉するつもりだと語った。
暑さ対策としての魔法の応用
イブーロへの道中は残暑が厳しく、馬も人も消耗しやすい状況であった。ニャンゴは幌布を空属性魔法で支え、日除けを作って馬ごと覆った。さらに、暑さがひどくなると、水の魔法陣を応用したシャワーを空中に発生させ、馬の前方へ細かな水流を撒くことで周囲の熱気を和らげた。
ゼオルはこの発想に驚き、空属性魔法で刻印魔法まで再現しているニャンゴの工夫を面白がった。水浴び用に改良していた魔法が、馬車旅の暑さ対策にも転用できたのである。こうして一行は、馬に無理をさせずに快適な状態を保ったままイブーロへと到着した。
プローネ茸の売却と市場での発見
イブーロへ着くと、ニャンゴは鮮度が落ちる前にプローネ茸を売るため、以前のレストランへ向かった。店長はニャンゴを覚えており、今回の茸にも高い評価を与えた。そして四つで金貨一枚という、前回以上に大きな額で買い取った。ゼオルはこれを見て、小遣い稼ぎというには大きすぎる稼ぎだと呆れながらも感心した。
その後、二人は市場へ向かった。ゼオルは茶葉を仕入れに行き、ニャンゴは隣の店から漂う懐かしい香りに引き寄せられた。そこにあったのはカルフェという豆で、王都ではすでに広まっている飲み物の原料であった。ニャンゴは酸味の少ない種類を選んで購入し、転生後初めてコーヒーに近い存在を手に入れた。
ギルドでの換金と騒動
次に向かった冒険者ギルドでは、ニャンゴはコボルト、オーク、オーガの魔石を換金するために買い取り窓口へ並んだ。だが、その列で十代後半ほどの馬人の冒険者に襟首を掴まれ、フロアの隅まで投げ飛ばされた。そこへ、ライオスという蜥蜴人の冒険者が手を差し伸べた。
ライオスが間に入ろうとすると、ニャンゴは相手を止め、自分にしか威張れない可哀想な男なのだと皮肉を返した。その言葉に周囲の冒険者たちは笑い、馬人の冒険者は逆上したものの、ライオスが金級間近の実力者だと分かると、勢いを失って立ち去った。買い取りの列も周囲の冒険者によって空けられ、ニャンゴは無事に手続きを済ませた。
魔石の換金額は、コボルト二個で大銀貨三枚、オーク一個で大銀貨七枚、オーガ一個で金貨一枚と大銀貨二枚であった。さらに手持ちの金貨一枚も加え、ニャンゴは合計金貨三枚と大銀貨二枚をギルドの口座へ預けた。
路地裏での再戦とゼオルの評価
ギルドを出た後、ゼオルに連れられて路地へ入ったところで、先ほどの馬人の冒険者が待ち伏せしていた。不意打ちで回し蹴りを放ってきたが、ニャンゴは探知魔法で察知しており、あらかじめ展開していたシールドに蹴りを受けさせて逆に相手を痛めつけた。その隙に棒で鳩尾と喉を突き、路地に転がして昏倒させた。
ゼオルはその早業に感心し、次はギルドの中でも自力で叩きのめせと笑った。ニャンゴも、自分が少しずつ冒険者として認められてきていることを感じ始めていた。
串焼き屋での夜と大人の空気
夕食にゼオルが案内したのは串焼き屋であった。値段も量も味も申し分なく、以前祭りの屋台で食べた黒オークの串焼きの正体が骨髄であることもここで知った。店内には冒険者だけでなく若い労働者も多く、魔物討伐、工事現場、商売、女、博打など様々な話題が飛び交っていた。
そうした雑多な会話の中に身を置くことで、ニャンゴは少しだけ大人に近づいたような気分を味わった。だが、今回は馬車に乗せてもらっている立場であり、街で遊び歩くわけにもいかなかったため、より深く楽しむのは次の機会に持ち越すことになった。
学校での迎えとオリビエの反応
翌朝、一行は学校へ向かい、ゼオルは馬車番として残り、ニャンゴがミゲルとオリビエを迎えに行く役目を担った。まず女子寮でオリビエを迎えると、オリビエはニャンゴが迎えに来たことを素直に喜んだ。しかし問題は荷物であり、彼女の大きなトランクは三つもあった。
そこでニャンゴは、獲物運搬用の台車を応用したカートを空属性魔法で作り、トランクを浮かせるように載せて運び始めた。女子生徒たちも寮監もその光景に驚き、オリビエも改めてニャンゴの魔法と力に感心した。
男子寮でのミゲルとの応酬
続いて男子寮では、ミゲルが相変わらず尊大な態度で迎えを要求したが、ニャンゴは自分は村長に雇われているわけではなく、馬車が来たことを知らせに来ただけだと冷たく返した。そのやり取りに周囲の男子生徒たちは笑い、ミゲルはますます苛立った。
ミゲルの荷物も大きなトランク二つであったが、ニャンゴは最初、自分で運べと突き放した。寮監に窘められた後でようやく一つだけ持つことにし、もう一つはミゲル自身に持たせた。だがミゲルは途中で投げ出し、結局カートへ積み込まれることになった。オリビエの前で良いところを見せたかったはずのミゲルは、逆に無様さをさらす結果となった。
帰路への出発
荷物を全て積み終えると、ニャンゴはオリビエとミゲルを馬車へ案内した。オリビエはニャンゴにも一緒に中へ乗ってほしそうにしていたが、ニャンゴは見張り役があると断り、その代わりミゲルの相手をしてやってくれと頼んだ。オリビエは少し不満げではあったが了承した。
こうして二人がキャビンに収まり、ニャンゴは再び御者台へ戻った。ゼオルと軽口を交わしつつも、ミゲルへの教育は身につきそうにないと二人で苦笑しながら、馬車はイブーロの学校を後にした。曇り空ではあったが、まだ雨は降っておらず、一行はアツーカ村への帰路についたのである。
第六話 現れた脅威
多忙な日々とゴブリン追跡
学校の秋休みでミゲルが村へ戻って来ていたが、ニャンゴはほとんど顔を合わせる暇もないほど忙しく過ごしていた。薬草採取、モリネズミの捕獲、棒術、属性魔法と魔法陣の練習に加え、鹿やイノシシ猟への期待もあり、さらにバイクの試作まで進めていたからである。
その日も本来は鹿かイノシシを仕留めるつもりで南側の山へ入ったが、途中で予定を変えた。冬に向けた魔物討伐に備え、ゴブリンの巣の位置を確かめるため、四頭のゴブリンをエアウォークで高所から追跡し始めたのである。ゼオルの交渉によって、ゴブリンやコボルトの巣を一つ見つけるごとに銀貨一枚の報奨金が出ることになっており、巣の位置や規模が分かれば秋の討伐を効率的に進められるからであった。
仲間割れするゴブリンと不穏な気配
追跡中、ゴブリンたちはウサギを見つけて追い回したが、巣穴へ逃げ込まれた上に別の穴から逃げられてしまった。怒ったゴブリンたちは仲間割れを始め、二対二になったり三対一になったりしながら喚き散らしつつ移動していった。
その進行方向の灌木の陰に、ニャンゴは大きな生き物が伏せているのを見つけた。狼のような姿をしていたが、その体は青銅色に光り、牡牛よりも大きく見えた。風上にいるにもかかわらず、ゴブリンたちは仲間割れに夢中で異変に気づかなかった。ニャンゴは危険を察し、距離を詰めずに木の陰から成り行きを見守った。
ブロンズウルフの出現
ゴブリンがようやく異変に気づいた瞬間、灌木の陰から青銅色の巨狼が飛び出した。巨狼は一頭を食い千切り、別の一頭を前脚の爪で引き裂き、さらに棒立ちになっていた一頭を踏み潰した。最後の一頭だけが転げるように逃げ出したが、巨狼はそれを追わず、その視線を木の陰のニャンゴへ向けた。
その数秒の睨み合いは、ニャンゴには永遠のように感じられた。シールドやバーナーで足止めし、その隙に上空へ逃げるつもりではいたが、逃げ切れる確信は持てなかった。やがて巨狼は興味を失ったように視線を外し、仕留めたゴブリンを骨ごと噛み砕きながら食べ始めた。ニャンゴはその隙に巨狼の死角を通って離脱し、身体強化魔法も併用して一気に村へ駆け下った。
ゼオルへの報告と危機の共有
村へ戻ったニャンゴは、真っ先にゼオルの離れへ飛び込み、南東の山中に現れた巨大な青銅色の狼の存在を伝えた。最初は慌てた説明がうまくまとまらなかったが、青銅色で鉱物のような光沢を持つ巨狼と聞いたゼオルは、それがハイランクの危険な魔物ブロンズウルフだと断言した。
ゼオルの説明によれば、ブロンズウルフは毛並みが鉱物のように硬く、通常の刃ではまともに通らない。巨体でありながら素早く、牙や爪の威力も高く、村の大人たちが槍を持って立ち向かっても太刀打ちできない相手であった。ゼオル自身でさえ単独では荷が重いと認め、ただちに村長へ救援要請と討伐依頼を出すべきだと判断した。
村長への進言と応援要請
ニャンゴとゼオルはそのまま村長のもとへ向かい、ブロンズウルフ出現の事実を報告した。村長はただちにラガート子爵への救援要請と冒険者ギルドへの討伐依頼を出すことを決めた。成功報酬については最低でも大金貨三枚が必要とされ、その理由はブロンズウルフの素材価値だけでは危険に見合わず、命の危険と釣り合うだけの報酬が必要だからであった。
さらに、ゼオルはビスレウス砦に詰める騎士団へ応援を求めるべきだと提案し、村長はその場で砦とギルド宛ての手紙を書き上げた。ゼオル自身は村を離れられないため、翌朝ニャンゴがその手紙を持って砦へ向かい、応援の騎士と共に戻る役目を担うことになった。
オフロードバイクで砦へ急行
翌朝まだ薄暗いうちに、ニャンゴは村を出て村外れで空属性魔法のオフロードバイクを形作った。試作と改良を重ねてきたこの乗り物は、風の魔法陣を動力にし、最高時速約七十五キロを出せるようになっていた。減速時には魔道具の向きを変えて逆噴射させる仕組みまで組み込まれており、この世界では破格の速度を誇った。
夜明け前の山道を、甲高い風の魔法陣の音を響かせながら駆け抜け、コーナーでは逆噴射で減速しつつ、再加速を繰り返して国境のビスレウス砦へと向かった。普段なら半日かかる道のりを、朝日が昇りきる頃には砦手前までたどり着いていた。
ビスレウス砦での応援決定
砦へ着いたニャンゴは、衛士に事情を伝え、ラガート騎士団七番隊隊長ウォーレンのもとへ案内された。ウォーレンは獅子人の騎士であり、ニャンゴからブロンズウルフがゴブリンを一瞬で喰い殺した状況を聞くと、目撃情報に間違いはないと判断した。さらに、遭遇地点がキダイ村との境に近いことから、キダイ村にも危険が及ぶ可能性が高いと見て、そちらへの応援派遣も検討することになった。
ウォーレンは七番隊と八番隊の合同出動を決断し、総勢百名ほどの騎士と兵士が準備を始めた。ニャンゴは兵士たちと同じ幌馬車に乗せられ、砦からアツーカ村へ向かう隊列に加わった。移動中、兵士たちから騎士団の役割や、なぜ急ぎすぎず戦闘に備えたペースで進軍するのかを教えられた。騎士団はアツーカ村のような小村の救援も担うが、基本的にはラガート子爵家の兵と騎士が中心となって動き、王国騎士団はその穴を埋める形で砦を守る仕組みであった。
騎士団到着と再出発
昼前には騎士団がアツーカ村へ到着し、村長や村人たちは大いに安堵した。だがゼオルは、ニャンゴがもう戻ってきたことに驚きつつも、すぐにイブーロへ向かう必要があると告げた。騎士団の応援が到着した今度は、冒険者ギルドへ討伐依頼を出して、より多くの戦力を集める必要があるからであった。
しかしイブーロへは馬車ではなく乗馬で急行すると決まり、乗馬経験のないニャンゴはゼオルと同乗することになった。バイクの方が速いが、まだゼオルには披露していないため使えなかった。ゼオルは長柄の槍を背負い、軽快なペースで馬を走らせ、虫や砂埃を防ぐためにニャンゴは二人の前に空属性魔法の風防を作った。キダイ村で替え馬を済ませると、村長を待たずにそのままイブーロへ向かった。
討伐依頼の広報作戦
イブーロへ着いたゼオルは、ギルドへ入るなり大声で、アツーカ村近くの山にブロンズウルフが現れたこと、討伐報酬が大金貨三枚であることを宣言した。受付では正式に依頼を出し、ギルドの手数料として報酬の五パーセントを支払った。依頼書が掲示板に貼り出されるのを確認すると、二人は宿に入って馬の手入れと汗を流した後、この前も訪れた串焼き屋へ向かった。
串焼き屋では、ゼオルが意図的に周囲に聞こえるような声で、ブロンズウルフがどれほど危険か、それでも討伐できれば金と名誉が手に入ることを語った。店内の冒険者や行商人たちは自然とその話に耳を傾け、次々と質問を投げかけた。ゼオルはそれに一つずつ答え、ニャンゴも自分が目撃した時の様子を説明した。ただし、すでに騎士団が到着している事実だけは伏せた。そうすることで、明日には冒険者や行商人が大挙してアツーカ村へ向かうよう仕向けるためであった。
その後、別の酒場でも同じようにブロンズウルフ討伐の話を広め、口コミによる宣伝を徹底した。
翌朝の北門と検問の事情
翌朝、二人が宿を出ると、普段は混雑しないイブーロの北門に長い行列ができていた。行商人と冒険者が押し寄せ、ブロンズウルフの討伐に便乗してアツーカ村方面へ向かおうとしていたのである。行商人たちの荷物検査には時間がかかっていたが、ゼオルによれば、このような混雑時こそ禁制品や犯罪者を取り締まる絶好の機会らしい。特に冒険者相手の商売では、麻薬のような禁止薬物が流通しやすく、門の検査官たちはそうした危険物の取り締まりにも当たっているのだという。
ブロンズウルフ討伐への姿勢
街を出た後、ニャンゴは自分もブロンズウルフ討伐に参加してみたいかと問われたが、毛並みの硬さを考えると自分の攻撃は通りにくいと判断していた。ゼオルも、ブロンズウルフ相手には盾役が最も重要であり、前に出て攻撃を受け止めるだけの膂力と胆力がなければ務まらないと説明した。ニャンゴは、討伐の様子は見てみたいが、自分が参加するとしても後方支援が現実的だと考えた。
ゼオルは、勝てない相手に策もなく突っ込むのは蛮勇でしかなく、逃げ帰って危険を知らせたニャンゴの判断は恥じるべきものではないと諭した。ニャンゴの報告があったからこそ、騎士団の派遣もギルドへの依頼も、ここまで素早く整ったのである。
キダイ村と街道での緊張
昼前にキダイ村へ着くと、すでに騎士団の応援が到着しており、村人たちには大きな動揺は広がっていなかった。村長とオリビエが迎えに現れ、ゼオルの手配の早さに感謝した。オリビエも、ニャンゴが危険を知らせ、砦まで応援要請に行ったことを聞いて興奮し、その小さな体で大人顔負けの働きをしたと称賛した。
しかし、村へ戻るため峠を越えてアツーカ村側へ下り始めた時、街道脇の林を青銅色の大きな影が横切った。前を歩いていた三人組の冒険者のうち一人が、一瞬にして姿を消した。少し遅れて林の中から悲鳴が響き、残る二人はさらわれた仲間を追って林へ飛び込んでいった。
迫る脅威と次の局面
その光景を見たニャンゴが不安げにゼオルを見ると、ゼオルは自分たちはまず報告を優先すると即断した。自分たちを含めても四人ではブロンズウルフには太刀打ちできず、それよりも騎士団へ知らせて街道へ出てきた場合に備えさせる方が重要だからであった。
ゼオルは馬の腹を蹴り、アツーカ村へ向けて一気に速度を上げた。こうして第六話の終盤では、ブロンズウルフがついに人を襲い始めたことで、脅威が推測の段階から現実の被害へと変わり、討伐戦が避けられない局面へ突入したことが描かれていた。
第七話 旅立ち
救援されない冒険者と騎士団の方針
アツーカ村へ戻ったニャンゴとゼオルは、街道で冒険者がブロンズウルフに襲われた件を騎士団へ報告した。しかし騎士団は救援には向かわなかった。冒険者の活動はあくまで自己責任であり、騎士団の役目は村人の暮らしを守ることにあるからである。百名ほどの騎士と兵士がいても、村全体を守りながら攻勢に出るほどの余裕は無いと判断されていた。
その一方で、騎士団は偵察は出していると説明した。ブロンズウルフの位置を把握しなければ守備も組み立てられないためである。ゼオルは、その種の偵察役は冒険者でいうシーカーに近い役割であり、猫人にも適性を持つ者が少なくないと語った。ニャンゴはイブーロのギルドでそうした者を見かけなかったことに疑問を抱いたが、シーカーの活躍の場は牧場周辺の魔物討伐ではなく、主にダンジョン探索だと教えられた。
旧王都とシーカーの存在
ゼオルは、シュレンドル王国には現在の王都とは別に旧王都があり、大規模ダンジョンの近くにあるその街こそが、シーカーたちの主な活動拠点だと説明した。旧王都は先史文明の遺跡とされる危険な地下迷宮に隣接しており、レアなマジックアイテムが見つかる一方で、深層ほど危険な魔物が巣くっていた。
かつて王族も旧王都に住んでいたが、ダンジョンからの魔物氾濫や治安悪化により、王族は現在の王都へ移り住んだという。旧王都は王家の傍流にあたる大公が治めているものの、ゼオルの口ぶりから察するに、相当に荒っぽく危険な街のようであった。ニャンゴはシーカーという職種には強く興味を持ったが、ゼオルからはそれが独特の感性を要する役目であり、自分には教えられることが少ないと言われた。
山へ入りたい思いとゼオルの制止
ニャンゴは、ブロンズウルフの居場所が分かれば守りにも攻めにも有利になると考え、自分も山へ入って役に立ちたいと口にした。しかしゼオルは、前日に冒険者が襲われた様子を見ただろうと厳しく制した。ブロンズウルフは巨体でありながら恐ろしく速く、木の幹を足場にして高所まで飛び上がることもあるため、エアウォークで上にいれば安全とは言い切れないからである。
どうしても山へ入りたいなら、信用できる冒険者と同行するか、騎士団の偵察に同行するかのどちらかにしろと諭されたが、今のニャンゴでは足手まといにしか見えないだろうとも理解していた。ゼオルは、ギルドや酒場の熱気に触れて気持ちが逸るのは分かるが、今のニャンゴはまだ力不足だと明言した。ニャンゴもそれを受け入れ、ブロンズウルフが討伐されるまでは村の中で大人しくしていると答えた。
冒険者と行商人で変わる村の空気
ブロンズウルフ討伐の依頼が出されたことで、アツーカ村には多くの冒険者と行商人が集まり始めた。村には彼ら全員を受け入れる宿が無いため、冒険者たちは村長の屋敷の隣にある広場へ天幕を張って滞在することとなった。広場には井戸、厩、トイレ、薪まで用意され、村としては騎士団の近くに冒険者を集めることで、住民とのトラブルを未然に防ぐ意図もあったようだ。
裕福な冒険者パーティーは自前の幌馬車を拠点とし、行商人たちはスープやパン、酒だけでなく、薬品や装備、生活雑貨まで売り始めた。危険な魔物が出没しているにもかかわらず、村の空気にはどこか祭りのような高揚感が漂っていた。娯楽の少ない山村にとって、これだけの人と物が集まること自体が異例の出来事だったのである。
方針転換と塩焼きの商売
偵察役として活躍したい気持ちはあったものの、ニャンゴは方針を変え、村長の許可を得てモリネズミの塩焼きを販売することにした。朝から昼までモリネズミを捕まえ、午後には川原で捌いて下拵えをし、夕方になると冒険者が野営する広場の端で焼きながら売った。火は空属性魔法で作った火の魔道具を用い、香り付けにはカリサ婆ちゃん直伝の香草塩を使った。
焼き始めると匂いに釣られた冒険者たちが次々に集まり、モリネズミは飛ぶように売れた。串焼きだけでなく、心臓や肝臓、腎臓までも塩焼きにして売り、一日で用意した二十匹はすべて完売した。翌日は魚も塩焼きにして売り、一日の売り上げは大銀貨三枚を軽く超えた。これは普段の三十倍近い稼ぎであり、村人たちもそれを見て芋の田楽や蒸しパンなどを売り始めた。
ミゲルの敵意と広場のざわめき
商売が軌道に乗った三日目、ミゲルが取り巻きを連れてニャンゴのもとを睨みつけていた。何か文句を言いに来ようとしている様子だったが、その直前に広場全体が騒がしくなった。東の山にブロンズウルフが現れ、ゴブリンのコロニーを襲ったらしいという情報が持ち込まれたのである。
冒険者たちはその話題に一斉に食いつき、ミゲルたちもそちらへ引き寄せられていったため、ニャンゴは面倒な衝突を避けられた。今のニャンゴにとってはブロンズウルフの情報も気になるものの、まずは焼いているモリネズミを売り切ることの方が重要であった。
ライオスとの再会
そのとき、イブーロのギルドで馬人の冒険者に絡まれた際に助けてくれた蜥蜴人の冒険者ライオスが現れた。ライオスは、火属性のように見える器用な火の扱いに感心しつつ、ブロンズウルフの討伐には興味がないのかと尋ねた。ニャンゴは、実際にブロンズウルフを目撃し、さらにイブーロからの帰り道で冒険者が襲われるのも見たため、正直かなり怖気づいていると認めた。
ライオスはそれを聞いて、二度も目撃しているのなら詳しい話を聞かせてほしいと求めた。ニャンゴは商売をしながらでも良ければと答え、モリネズミ三匹を売りつけながら応じた。ライオスはそれを面白がりつつも、ニャンゴの話に関心を示していた。
旅立ち前夜の位置づけ
この第七話では、ブロンズウルフの脅威が村そのものを覆う中で、ニャンゴが前線で無理に戦うのではなく、自分にできる形で役割を果たしていく姿が描かれていた。騎士団の守り、冒険者の集結、行商人の流入によって、アツーカ村は一時的に戦場の前線基地のような様相を呈していた。その中でニャンゴは、自身の力不足を認めながらも、商売という形で村と冒険者たちを支え、同時に有力な冒険者ライオスとの接点も得ていた。
題名の「旅立ち」は、直接的な出発というよりも、ニャンゴが自分の立ち位置と今後進むべき方向を見定め始める転換点としての意味を持っていた。無茶に前へ出るのではなく、実力を見極め、できることを積み重ねながら、本当の意味での旅立ちに備える段階へと進んだ一話であった。
ライオスの依頼と案内役としての同行
野営地で再会した翌日、ニャンゴはライオス率いる銀級冒険者パーティー「チャリオット」の案内役を務めることになった。ブロンズウルフの情報を話す中で、ニャンゴが村周辺の山に詳しいと知ったライオスが頼んだのである。ニャンゴは偵察役も兼ねたいと考え、木の上を移動しながら先行して周囲を確認する形を取った。ライオスたちには、枝から枝へ軽やかに渡っているように見えていたが、実際にはエアウォークを補助的に使っていた。
チャリオットは、蜥蜴人の剣士ライオス、サイ人の盾役ガド、馬人の弓使いセルージョから成る三人組で、全員が銀級冒険者であった。ガドは巨大な盾を軽々と扱う屈強な体格を持ち、セルージョは長身で洗練された雰囲気を漂わせていた。セルージョは当初、ニャンゴを偵察にしか使えない猫人の子供と見ていたが、ニャンゴは少しでも働きを見せて認められたいと考えていた。
ブロンズウルフの気配が漂う山
ゴブリンの巣へ向かう道中、ニャンゴは周囲の異常を感じ取っていた。普段なら見かけるはずの鹿や猪の姿が見えず、山全体が静まり返っていたのである。ライオスは、その静けさはすでにブロンズウルフの縄張りに入っている兆候かもしれないと判断した。また、野営地を出た時から四人組の若い冒険者たちが一定の距離を置いて後をつけてきていた。彼らは有力なパーティーの後ろについて戦果のおこぼれに与ろうとしているようだったが、ニャンゴには危ういやり方に見えた。
沢沿いを登り、崖下の開けた場所に出ると、そこは以前ゴブリンの巣があった場所であり、あたりには血の匂いと肉片が散らばっていた。ブロンズウルフがすでにこの場所を襲ったことは明らかであった。ライオスたちはここからさらに上へ向かって痕跡を追おうとしたが、後ろをつけていた四人組は残された死骸の痕跡を調べていた。
不意打ちによる惨劇と迎撃
その直後、ブロンズウルフがゴブリンの巣穴から突然飛び出し、四人組の一人を一瞬で噛み砕いた。さらに別の一人を爪で薙ぎ払い、残る者たちが状況を理解する前に次の獲物へと迫った。ニャンゴは咄嗟にシールドを展開して突進を止めたが、爪の一撃までは防ぎきれず、被害は広がった。
そこへセルージョの矢が飛んだが、ブロンズウルフは危険を察して回避した。ライオスはすぐに突撃して目の前まで迫り、ガドも巨大な盾で前に出た。ニャンゴは守るだけでは駄目だと判断し、磨いてきたバーナーを四つ同時に発動して、ブロンズウルフの顔面を炎で包んだ。ブロンズウルフは悲鳴を上げて転げ回り、その隙にセルージョの矢が左目に突き刺さりかけた。ライオスも続けて斬り込んだが、毛並みの硬さに阻まれて致命傷には至らなかった。
ガドはブロンズウルフの前脚を正面から受け止め、盾役としての力を見せた。ニャンゴはさらに胴体を囲むようにバーナーを展開し、股間を狙う火攻めまで加えた。痛烈な攻撃を受けたブロンズウルフは怒り狂いながらも撤退に転じ、ニャンゴたちは辛うじて追い払うことに成功した。
死者の弔いと冒険者の現実
戦闘後、襲われた四人組のうち一人はかろうじて息があったが、すでに致命傷であり、仲間に抱えられたまま息を引き取った。生き残った犬人の冒険者カートランドは、仲間を失った悲しみの中で泣き崩れた。ライオスは、冒険者ならば泣くだけでなく仲間の遺品を集め、せめて弔う支度をしろと促した。ガドは土属性魔法で深い穴を三つ掘り、遺体を埋葬する準備を整えた。
そこへ別の冒険者パーティー「ボードメン」が到着し、リーダーの熊人ジルが、犠牲となった者たちが顔見知りであったことを知って衝撃を受けた。イブーロを拠点とする冒険者たちは互いに競争相手でありながら、同じ危険を生きる仲間でもあった。彼らは遺品を集め、三人をその場に埋葬して祈りを捧げた。ニャンゴはその光景を前に、牛人のオラシオを思い出し、騎士を目指す友の未来にまで思いを巡らせてしまった。
痕跡追跡と違和感の発見
埋葬を終えた後、ライオスたちは再びブロンズウルフの痕跡を追うことを決めた。ジルの率いるボードメンも加わり、カートランドも後方支援として同行した。ニャンゴは再び樹上から案内と偵察を務めた。ブロンズウルフの青銅色の毛並みは、日の下では目立つが、木々の中では意外なほど溶け込んで見つけにくかった。しかしニャンゴは、日頃から山中を歩き回ってきた経験から、折れた枝や潰れた茂みの違和感を敏感に察知した。
ブロンズウルフはかなり大雑把に移動していたらしく、痕跡は各所に残っていた。ニャンゴの指摘にライオスも驚き、ニャンゴは臨時のシーカーのような役割を果たしていった。やがて痕跡は村の西側を回るように進み、北の沢筋に出たところでぷつりと消えた。沢を上ったのか、村側へ下ったのかも判別できなくなったため、ライオスは無理な追跡を打ち切って村へ戻る判断を下した。
騎士団への報告と本番の予感
村へ戻った一行は、ライオスとニャンゴが代表して騎士団へ報告に向かった。応対したのはラガート騎士団の隊長ウォーレンであり、ビスレウス砦へ応援を頼みに来た猫人の少年としてニャンゴを覚えていた。ライオスが、ブロンズウルフとの交戦でニャンゴが火属性魔法を駆使して活躍したことを話すと、ウォーレンはニャンゴを見る目を変えた。
報告内容とこれまでの目撃地点を地図に落とし込むと、ブロンズウルフが村の周囲をぐるりと回るように移動していることが明らかになった。ウォーレンは、ブロンズウルフが村を襲う際には周囲を一周して様子を窺い、守りの薄い箇所を探ることが多いと説明した。すでに一周の終わりが近づいており、本格的な侵入はこれからだという見立てであった。騎士団は即座に配置変更に動き出し、村を守る本番が近いことが強く示唆された。
共同戦線と作戦会議
報告後、ライオスはニャンゴを翌日の打ち合わせへ誘った。チャリオットは自前の馬車を拠点にしており、そこにはボードメン、さらに別パーティーの「レイジング」の面々、そしてカートランドも集まっていた。チャリオットだけではブロンズウルフ討伐は厳しいため、複数のパーティーで共同戦線を張る方針が取られていたのである。
作戦会議では、ニャンゴが西の山の地形について説明した。西側は炭焼きが行われているため比較的整備されており、見通しが利き、斜面も他より緩やかであること、西風が多いため麓から登ると風下に回れることなどが共有された。これを受けて、翌日は三チームに分かれて西の山へ入り、中央をチャリオットとニャンゴ、右をボードメン、左をレイジングが担当することとなった。
盾役たちは、ブロンズウルフの最初の突進を止める最重要役として位置付けられた。ガドをはじめとする盾役は土属性魔法を用いて大地に足を固定し、圧倒的な衝撃を真正面から受け止める役目を担うのである。攻撃役は、その隙に毛並みに逆らう角度から刃を差し込み、ダメージを蓄積させる方針であった。ニャンゴは、死んだ獲物を餌におびき寄せられないかと提案したが、ブロンズウルフは生きた獲物しか狙わないため使えないと説明された。
冒険者としての評価と夕食のひととき
会議後、ライオスはニャンゴに翌日もここへ集合するよう伝えた。すると話題は一転し、ライオスがニャンゴを案内役に引っ張ったせいで、いつものモリネズミの塩焼きが食べられないと嘆き始めた。それをきっかけに場が和み、ニャンゴはそのまま三パーティー合同の夕食に誘われた。
夕食は、大鍋二つで作った塩味とトマト味のごった煮に、分厚い黒パンを添えた豪快なものであった。ニャンゴはトマト味の鍋を美味そうに食べ、セルージョからさらにチーズや芋まで勧められた。セルージョは、ニャンゴがまだ経験不足ではあるが、腕の良い冒険者になれる素質を持っていると評価していた。とくにブロンズウルフの股間を火炙りにした判断が印象に残っていたようで、咄嗟に弱点を見抜いて攻撃できたことを高く買っていた。
その言葉に周囲の冒険者たちもニャンゴへ関心を向け、レイジングのリーダーであるヒョウ人のテオドロは早くも勧誘めいた言葉を投げかけた。セルージョはそれを牽制しつつ、テオドロたちはやり方が強引で敵も多いから気をつけろと忠告した。ニャンゴは、冒険者の世界の実力主義や人間関係の複雑さを肌で感じつつ、明日からの共同作戦に不安と期待の両方を抱くことになった。
天候悪化の中での討伐続行
翌朝、アツーカ村では朝から強い東風が吹いていた。ニャンゴは、この風向きと空模様から昼頃には雨になると見ていたが、討伐に参加する冒険者たちは予定通り西の山へ向かうかどうかで判断を迫られた。西の山へ潜む可能性が高いブロンズウルフに対し、風上から接近する形になることは不利であったが、レイジングのリーダーであるテオドロは、住民に被害が出る前に討伐すべきだと強く主張した。慎重なジルに対し、テオドロは途中で状況が悪化したら引き返せば良いと押し、最終的にライオスは北側から回り込んで西へ向かい、危険なら途中で撤退する方針を決めた。
西の山への進軍と不穏な空気
一行は三つのグループに分かれ、右にボードメン、中央にチャリオット、左にレイジングを配置して進軍した。ニャンゴは樹上から案内と偵察を続けたが、強風で枝が激しく揺れ、見通しも音の聞き取りも悪かった。やがて雨が降り始め、状況の悪化を受けてライオスは撤退を決めたが、テオドロは西の山の見通しの良い場所まで行ってから戻るべきだと食い下がった。ライオスはニャンゴに確認を取り、尾根の先まで進んでから引き返すことにした。
ブロンズウルフの襲撃と冒険者の犠牲
その直後、右手のボードメン側から悲鳴が響いた。セルージョとニャンゴが急行すると、ブロンズウルフはすでに冒険者二人を襲っており、一人は下半身だけとなり、もう一人も前脚に押さえ込まれていた。さらに左目がすでに再生していることが確認され、ブロンズウルフの厄介さが改めて浮き彫りとなった。盾役たちが包囲に動き、弓使いたちも矢を浴びせたが、ブロンズウルフは顔を振るだけで矢を払い落とし、追い詰められた冒険者を食い千切った。
拘束作戦とニャンゴの支援
ライオスたちは、盾役が前に立ち、縄で首を拘束しながら前衛が攻撃する形で包囲を進めた。ニャンゴはまず、弾力を持たせた分厚いラバーシールドを作って突進を止め、その隙に冒険者たちが投げ縄を掛けた。縄で拘束されたブロンズウルフに冒険者たちが斜め後方から攻撃を仕掛けたが、ブロンズウルフは飛び退りながら後脚を振り上げ、剣士や盾役を撥ね飛ばして大きな被害を与えた。それでもニャンゴは、腹の下からバーナーで炙って動きを鈍らせ、セルージョの矢や冒険者たちの追撃を通しやすくしていった。
レイジングの消極姿勢と長引く消耗戦
戦闘が激化する中、レイジングのメンバーは前に出ず、テオドロが仲間を制して後方に留めているように見えた。ライオスたちが必死に前線を支える一方で、レイジングは被害を抑えたまま手柄だけを狙っているような動きを見せた。ブロンズウルフは雨によって火属性魔法の威力が削がれる中でも激しく抵抗し、土を蹴り上げて石を飛ばし、盾役や前衛を消耗させていった。ニャンゴはラバーリングやランスを組み合わせてブロンズウルフの跳躍や沈み込みを封じ、少しずつライオスやジルの攻撃が通り始める状況を作り出した。
テオドロの裏切りと奥の手の発動
ブロンズウルフが弱り始めると、今まで後方に控えていたレイジングが前進し始めた。彼らは危険な局面を避け、最後だけを奪おうとしているように見えた。やがてブロンズウルフは最後の力で大きく跳躍し、縄を引き千切って包囲の外へ飛び出した。着地地点にはレイジングの面々がいたが、テオドロは咄嗟に仲間のニコラウスを引き寄せ、自分の盾にしようとした。ニャンゴはこの瞬間、ラバーリングを三重に巻き、さらに上下左右にランスを配置してブロンズウルフの動きを完全に止めた。
その拘束により、ライオスは左脇腹を深く抉り、ジルは後脚の膝裏に大剣を叩き込み、セルージョは首筋へと矢を撃ち込み続けた。ブロンズウルフはついに限界に近づいたが、テオドロは好機と見て喉元への一撃で手柄を奪おうとした。ニャンゴはそれを見て、取っておきの奥の手であるフレイムランスを発動した。高圧の青い炎の槍はブロンズウルフの顎下から頭蓋を貫き、土砂降りの中で頭部を焼き尽くした。ブロンズウルフは声もなく動きを止め、ついに討伐が成し遂げられた。
勝利直後の混乱とテオドロの破綻
ブロンズウルフを倒した直後、セルージョはニャンゴを抱え上げて称賛したが、その場でテオドロは、自分たちレイジングが討伐したのだと勝手に叫び始めた。さらに、仲間を盾にされかけたニコラウスを討伐者に仕立て上げようとしたが、その場にいた全員がその虚言を受け入れなかった。レイジングの仲間たちもついに反発し、ニコラウスを含む全員がテオドロから離脱を宣言した。自分の支配が崩れ去ったことを悟ったテオドロは、捨て台詞を残してその場を立ち去った。
犠牲者の埋葬とニャンゴの功績
しかし勝利の代償は大きかった。カートランドを含む多くの冒険者が命を落とし、重傷者も多数出た。カートランドは、昨日の生き残りでありながら、今回の戦いで深刻な内臓損傷を負い、ジルに看取られながら息を引き取った。最終的に今回の討伐で六人の冒険者が死亡し、複数の重傷者が出た。彼らの遺体の一部はブロンズウルフの内臓とともに埋葬され、弔いが行われた。
ブロンズウルフから取り出した魔石は、ライオスがニャンゴに討伐者として渡そうとしたが、ニャンゴは山に入れたのも皆のおかげだとして山分けを望んだ。ただし、ライオスは止めを刺した者としてニャンゴの名は報告すると約束した。ブロンズウルフの死体は討伐の証拠として村へ持ち帰られることになり、雨の中を皆で引きずってアツーカ村へ戻った。兵士たちも村人たちもその勝利を喜び、ニャンゴたちは冷たい秋雨の中で凱旋することとなった。
討伐報告と空属性魔法の正体
ブロンズウルフ討伐の翌日、ニャンゴはライオスやジルとともに村長のもとへ報告に赴いた。そこでライオスが、ブロンズウルフに止めを刺したのはニャンゴの火属性魔法だと説明すると、同席していたミゲルは、空属性しか使えないはずのニャンゴにそんな真似ができるはずがないと激しく反発した。これに対してニャンゴは、自らの属性はあくまで空属性であり、空属性魔法で魔法陣を形作ることで火や風の刻印魔法を発動させていたのだと明かした。さらに実演としてフレイムランスを庭先で見せると、その威力に場は騒然となり、ミゲルは悔しさを隠せぬまま部屋を飛び出していった。
討伐証明とテオドロへの処分
村長は、ライオスとジルによる報告を正式なものとして受け入れ、討伐証明書に署名した。これにより、ブロンズウルフ討伐の功績は正式に認められ、テオドロが後から手柄を主張しても通る余地はなくなった。また、討伐の現場で戦闘にほとんど参加しなかったレイジングの面々は、功績の主張を行わない方針となり、テオドロの仲間を盾にしようとした行為もギルドへ報告されることが決まった。処罰までは不明であったが、少なくともギルド内の要注意人物として記録される見通しとなった。
チャリオットからの勧誘
報告を終えた後、ライオスはニャンゴをチャリオットの馬車へ誘い、正式に仲間へ加わらないかと打診した。ライオスは、ニャンゴには現時点で銀級相当の実力があり、将来的には金級以上も狙える素質があると評価していた。ただし、それは戦闘能力に限った話であり、経験が圧倒的に足りないことも指摘した。アツーカ村に留まっていては、その経験はいつまでも積めないと諭され、住む場所も含めて環境は用意できると伝えられた。ニャンゴは、その申し出に大きな魅力を感じながらも、すぐには答えを出せず、少し考える時間が欲しいと返した。
ゼオルの後押し
その後ニャンゴはゼオルのもとを訪ねた。ゼオルは、チャリオットから勧誘されたことも、ニャンゴが迷っている理由もすでに察していた。ニャンゴは、まだ棒術でゼオルに一撃も入れられていないことを理由に迷いを口にしたが、ゼオルは棒術だけなら自分が上でも、総合力ではすでにニャンゴの方が上だと断言した。そして、ニャンゴに足りないのは経験であり、それはアツーカ村ではどうしても得られないとも言い切った。さらに、村の薬屋であるカリサ婆ちゃんのことを気に掛けるニャンゴに対しては、薬草が不足するなら村全体で何とかすべきであり、若者が将来のために一歩踏み出す時に背中を押すのが大人の役目だと諭した。必要なら自分がカリサ婆ちゃんを背負って山に連れていくとまで言い、ニャンゴを安心させた。
カリサ婆ちゃんとの別れの約束
ゼオルに背中を押されたニャンゴは、モリネズミを手土産にカリサ婆ちゃんのもとを訪ねた。しかし、いざ本人を前にすると、村を出ると言い出せず、言葉に詰まってしまった。それでもカリサ婆ちゃんは、ニャンゴの様子からすべてを察し、村を出る決意をしたのだと見抜いた。ニャンゴは、これまで薬草の知識も採り方も一から教えてもらいながら、十分な恩返しができていないことを悔やんだが、カリサ婆ちゃんはむしろ、自分の方が孫のように慕ってくれたニャンゴに救われてきたのだと語った。そして、何も心配せず自分の進みたい道を歩けと送り出しつつも、たまには顔を見せに帰ってきてほしいと涙ながらに告げた。ニャンゴもまた涙をこらえきれず、イブーロへ行く決意を改めて口にした。
家族との温度差
両親には比較的あっさりとイブーロ行きを伝えられたが、父親はニャンゴ自身の将来よりも、これから誰がモリネズミや魚を捕ってくるのかということばかりを気にしていた。ニャンゴは呆れながらも、野営地で稼いだ金を家に置いていくと告げ、これ以上実家にいても面倒が増えるだけだと判断して、出発までゼオルのもとに居候することにした。
旅立ち前の準備
イブーロへ発つ前に、ニャンゴはゼオルの助言もあって、薬草採取とゴブリンの巣の確認、それに獲物の確保をこなすことにした。イブーロに行けば冒険者としての生活は始まるが、まずはこの村でやるべきことを片付ける必要があった。幸い、これまで確認していたゴブリンの巣はブロンズウルフによって壊滅しており、差し迫った脅威は消えていた。ニャンゴは山奥の薬草を摘み、鹿やイノシシも仕留め、慌ただしく過ごすうちに出発の日を迎えた。
村人たちの見送り
出発当日、村長の家には想像以上に多くの村人が集まっていた。家族、幼なじみのイネス、モリネズミを買い取っていたビクトール、一緒に討伐へ向かった村人たち、元ミゲルの取り巻き、そしてもちろんカリサ婆ちゃんもいた。ニャンゴは、自分は気ままに生きてきたつもりであったが、気づかぬうちに多くの人との繋がりを築いていたのだと実感した。前世では、こんなふうに見送られる人生ではなかったはずだと思い、自分の積み重ねてきた日々を静かに噛みしめた。
カリサ婆ちゃんの涙と故郷への誓い
出発の直前、カリサ婆ちゃんは熱冷ましと腹痛の薬を餞別として渡し、体に気を付けて、立派な冒険者になれと語りかけた。ニャンゴもまた、元気でいてほしいと返し、何とか泣かずに済ませようとしていた。だが、馬車が動き出して見送りの列が遠ざかり始めた時、カリサ婆ちゃんはこらえきれずに馬車を追いかけ始めた。ニャンゴは聴力を強化してその声を聞き取ったが、カリサ婆ちゃんは決して行くなとは言わず、ただひたすらニャンゴの名を呼び続けた。ゼオルも、その様子を静かに見守りながら、落ち着いたらまた顔を見せに来いと語った。ニャンゴは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらも、いつか胸を張って帰って来られる冒険者になることを誓い、故郷アツーカ村を後にした。
黒猫ニャンゴの冒険

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