物語の概要
ジャンル:
モキュメンタリー系ホラー・ドキュメンタリー風フィクションである。雑誌編集者「小澤雄也」が行方不明のライター「瀬野千尋」を探す過程で、近畿地方にまつわる数々の怪異や未解決事件に迫っていく非日常とリアルを交錯させた物語である。
内容紹介:
文庫版では、掲載形式としてオカルト誌記事、インタビュー、掲示板投稿、読者の手紙など多様な断片を組み合わせて構成されており、すべて「近畿地方のある場所」にまつわる怪異と失踪事件の記録である。語り手や登場人物が単行本版と変更されており、語り口や構成の順序にも違いが大きく見られる。その結果、同じ怪談素材からは異なる読後感、恐怖ではなく悲しみと無力感を軸とした新たな物語に仕立てられている 。
主要キャラクター
- 小澤 雄也:出版社の編集者。「瀬野千尋」の行方を追う「私」の語り手に相当する人物である。編集者視点で情報をまとめ、読者に連絡を呼びかける中心人物である。
- 瀬野 千尋:女性ライターでありオカルト記事を得意とする記者。近畿地方のある場所について取材を続けた末に失踪する。作品の鍵を握る消失人物である。
物語の特徴
本作は“フェイクドキュメンタリー”形式を採用し、フィクションと現実を曖昧にする構成技術に優れている。雑誌記事風記述や匿名掲示板投稿、手紙などの断片的な情報を通じて、「現実味」ある恐怖と不可視な悲しみを読者に喚起する点が最大の魅力である。他作品と異なる最大の差別化要素は、単行本とは異なる登場人物や語り手によって、同じ事件が異なる文脈と感情で再構築されている点にある。文庫版では恐怖よりも「誰も救えなかった無力感」や「哀しみ」が前面に出ており、後味の余韻を残す構成こそ、本作の新たな魅力である 。
書籍情報
文庫版 近畿地方のある場所について
著者:背筋 氏
出版社: KADOKAWA 角川文庫
発売日 2025年7月25日
ISBN 978‑4041026557
特記事項 単行本版とは登場人物および物語の構成が異なる旨が明記されている
関連メディア展開 映画化決定、2025年8月8日公開予定。
主演:菅野美穂、赤楚衛二、監督:白石晃士
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あらすじ・内容
“新しい”情報をお持ちの方はご連絡ください。私、小澤雄也は本書の編集を手掛けた人間だ。
収録されているテキストは、様々な媒体から抜粋したものであり、
その全てが「近畿地方のある場所」に関連している。
なぜこのようなものを発表するに至ったのか。
その背景には、私の極私的な事情が絡んでいる。
それをどうかあなたに語らせてほしい。
私はある人物を探している。
その人物についての情報をお持ちの方はご連絡をいただけないだろうか。
感想
読んで読了後、ずっしりとした重たいものが心に残った。
これは、怪奇ミステリーという言葉がぴったりな作品である。
読み進めるうちに、じわじわと、そして確実に恐怖が忍び寄ってくるような感覚に囚われた。
特に印象的だったのは、挿絵や巻末に掲載されている写真、イラストの数々だ。
どれもが不気味で、物語の雰囲気をより一層際立たせている。
これらの視覚的な要素が、読者の想像力を掻き立て、得体の知れない恐怖を増幅させているのだろう。
物語の中心にいるのは、「白い男」と呼ばれる存在だ。
様々な角度から語られる彼の姿は、読めば読むほど謎めいていく。
そして、その本尊(石)を守る女性たちの存在もまた、物語に深みを与えている。
彼女たちの壮絶な人生は、読む者の心を強く揺さぶるだろう。
それぞれの女性が抱える過去や苦悩が、丁寧に描かれているからこそ、その痛みがひしひしと伝わってくるのだ。
しかし、この物語は決して心地よいものではない。
登場人物たちは誰一人として幸せにならず、読後感は決して良いとは言えない。
むしろ、暗く、重苦しい感情が残る。
それでも、不思議なことに、続きが出たらきっと読んでしまうだろうという予感がする。
それは、この作品が持つ独特な魅力、言い換えれば、忘れがたい後味の悪さによるものかもしれない。
全体を通して、この作品は、人間の心の闇や、救いのない運命を描いているように感じた。
決して明るい物語ではないけれど、人間の業のようなものを深く考えさせられる、そんな作品だった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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展開まとめ
『おかしな書き込み』(別冊Q 2017年7月号 掲載)
アダルトサイトのコメント欄に奇妙な書き込みが繰り返され、返信した会社員Aは住所らしき文字列を受け取る。それは近畿地方の山中の神社を指し、恐怖を感じたAはサイトを避けるも、再び指示的な書き込みを目にする。
『実録!奈良県行方不明少女に新事実か?』(月刊Q 1989年3月号 掲載)
1984年、小学2年生の少女Kが帰宅途中に失踪。霊能者はKが「存在していない」と評し、近畿地方の山間部を示唆。トラック運転手Iは深夜の国道でKに似た少女を目撃し、「お嫁さんになった」と語ったという。Kの失踪後、父方の叔父Mが自殺。Mはダム管理会社の技術者で、少女の目撃情報が多いダムに派遣されていた。
『近畿地方のある場所について』 1
本書は小澤雄也が過去の雑誌記事から抜粋し、「近畿地方にある、複数地域にまたがる一帯」に関する情報をまとめたもの。場所名は伏字。目的は、元同僚のライター瀬野千尋の手がかりを得ること。瀬野はオカルト専門誌「月刊Q」のライターで、小澤とは数年にわたり信頼関係を築いていたが、現在は消息不明。
『林間学校集団ヒステリー事件の真相』(Q 2006年4月号 掲載)
2002年、林間学校で生徒たちが林から聞こえる声と巨大な裸足の足を目撃。騒動後、林に向かって呼びかけた学級委員長の少女が精神的に不安定になり、数か月後に自殺。学校側は事件を「集団ヒステリー」として処理。
『まっしろさん』(月刊Q 1993年8月号 掲載)
ニュータウンのマンションで、子どもたちが「まっしろさん」という秘密の遊びに興じる。それは鬼ごっこのような形式で、選ばれた「まっしろさん」は女の子を追いかけ、「身代わり」の提供を要求する。転居してきたAさんの娘Bちゃんも遊びに参加し、飼い猫を「身代わり」として差し出した。
ネット収集情報 I
ダムで発見された女性の遺体、不審者による「山へ行こう」発言、心霊スポット探索配信者の異常行動など、「山」に関連する事件や証言が複数存在する。共通するのは「山へ誘う」という文言と、ダムなどの地理的要素。
読者からの手紙 1
大学生女性が心霊スポットで出会った男に付きまとわれる。男は夢にも現れ、山へと誘導。編集部に助けを求める手紙を送るも、連絡先不明のため調査は保留。『近畿地方のある場所について』 2
小澤は瀬野千尋に別冊Qの復活を依頼。瀬野は過去の記事から「林間学校集団ヒステリー事件」「奈良県行方不明少女」「おかしな書き込み」に“●●●●●の山”という一帯に収束する共通点を見出す。さらにネット情報から、心霊スポットが“山”を中心に東西に分布していることを発見。小澤は「●●●●●の山を取り巻く怪異」をテーマに特集を組むことを決定。
月刊Q2009年8月号掲載読者投稿欄
「ジャンプ女」と呼ばれる怪異が出没。2階の窓やベランダ越しに中を覗き込むという。
短編『賃貸物件』:画像から始まる怪異との接触
東京から地方へ移住を決意したデザイナーAが、画像検索で出会った不気味な画像をきっかけに怪異に巻き込まれる。出力された画像には「見つけてくださってありがとうございます」と手書きの文字が添えられており、Aの実家の子供部屋が写っていた。
ネット収集情報 2
バイクブログの全記事が削除され、パスワード付きの記事が残される。解除すると、山中の風景や崩壊した神社、女児型人形が詰まった祠の写真が現れる。最後の写真には祠に向かって頭を下げる男性の背中が写っていた。
インタビューのテープ起こし1
Q編集部員は、大学生Aが「恐怖感情を他者に伝える際の身体表現」をテーマに行った実験について語る。実験中、被験者のうち二人が部屋の隅から音が聞こえたと証言。卒業論文の佳境に入ったある日、Aは警察から自室のベランダに女性が立ってジャンプを繰り返していたという通報があったと連絡を受ける。Aが使用した「呪いの動画」には、心霊スポット「●●●●●の幽霊マンション」が映っていた。
「待っている」別冊Q 2014年3月号掲載短編
Aさんの母が引っ越したマンションは、自殺志願者が集まる場所だった。母は窓の外ばかりを見つめ、「待ってるの」とだけ答える。ある夜、窓の下に飛び降り自殺した人影があり、母は笑顔でその光景を見つめていた。
「謎のシール、その正体に迫る!」月刊Q 2008年7月号掲載
全国各地で目撃されている「謎のシール」は、鳥居と異様に手足の長い人物像を描いた不気味な図柄。貼られたビルでは警備員が剥がしても翌日には再び貼られ、新聞記者は一家失踪事件の被害者宅でシールと酷似した絵が大量に描かれた紙束を見たという。シールに熱中した女性が自殺し、夫も失踪。
『近畿地方のある場所について』 3
瀬野が入手した「ジャンプする女」に関する怪談や「賃貸物件」といった山の東側の話題は、香川の語った「呪いの動画」や「幽霊マンション」とも一致していた。小澤は、これらが山とは直接関係のない都市伝説的な性質を帯びていると指摘。瀬野は「待っている」が山の存在と密接に関わっていると主張。怪異を「山へ誘うモノ」「赤い女」「呪いのシール」の三種に分類。
インタビューのテープ起こし2
大学生Aは、お祓いを依頼した寺で「神に近い存在」が憑いていると告げられ、「生き物を飼うこと」を助言される。メダカとミナミヌマエビを飼い始めたところ、少年のような霊の存在が視界に現れるようになる。ペットが死ぬたびに異変が生じ、霊の少年が走り寄ってくるという恐怖体験をする。引っ越しを重ねるたびに異なる動物を飼い続けてきたが、いずれも異常な死を遂げている。
「新種UMA ホワイトマンを発見!」月刊Q1998年5月号掲載
H氏一家がキャンプ中に不可解な現象に遭遇。夜間、テントの外では微かな「おーい」という声が聞こえ、翌日、展望台で巨大な白い裸の人型存在「ホワイトマン」を目撃。その手が「おいでおいで」と動いていたかと思えば、H氏を指差していた。
ネット収集情報 3
ネット掲示板で「関西軍曹」が「●●●●●のお札屋敷」へ単独凸実況を行う。廃屋で近隣住民から過去を聞き込み、内部を探索するも「お札」は確認されず。床下から「注連縄(しめなわ)」の巻かれた大きな石が現れた後、関西軍曹は書き込みを停止。約5時間後、再登場し、画像と共に何らかの「お札のようなもの」を投稿するも、以降の書き込みはなかった。
短編「心霊写真」月刊Q2010年5月号掲載
カメラマンBが撮影する53番目の写真は必ず真っ暗になるという。過去にダムでフランス人形を撮影したカットが「IMG10053」であり、帰路で画像を確認したところ、それは“真っ黒なものが写っていた”という。編集者Aが画像の明度を調整すると、そこには人間の口内のような画像が現れた。それ以降、Aは山の中で巨大な口を開けた男に追われる悪夢を見るようになる。
ネット収集情報 4
50代女性が「文字が浮かび上がって見える」「文章が自分に語りかけてくるように感じる」という異変を自覚。大学生の息子が旅行中、廃墟のホテルで古びた“思い出ノート”を発見。その最終ページに「意味の分からないお願いのような文章」が書かれていたという。11月21日、相談者は「自分の記憶にない手紙」を隣人に届けたと指摘される。
短編「浮気」別冊Q2018年7月号掲載
Aさんの彼氏が飲み会で「ましろさま」という儀式を実行し、SNSに投稿した直後、謎のアカウントから「いいね」がつく。その後、彼氏のSNSには必ず即座にそのアカウントから「いいね」がつくようになり、深夜に何者かに謝罪する様子を盗み聞きする。スマホを盗み見ると、一方的に「ごめんなさい」と繰り返す彼氏のメッセージが大量に並んでいた。彼はAさんの髪を切り落とし、ぬいぐるみに巻きつけ、「これで大丈夫」「人形をお前にするから」とつぶやき、失踪。
短編『近畿地方のある場所について』4
深夜、瀬野と電話する語り手は、山へ誘うモノは女性に執着しており、男性を媒介に女性を山へ誘い込むと考察。目的は「嫁」にすることで、それは魂を奪う儀式のようなものであると語られる。人形を用いた身代わりによって「嫁」となる運命から逃れられる可能性が示唆される。赤い女は生前、スピリチュアル的思想に傾倒し、死後も何らかの理念のもとで男の子の存在や思想を拡散しようとしていた可能性がある。語り手は窓の外に人影を見てしまう。
インタビューのテープ起こし5
ホラー作家は、怪談とは「恐怖の正体が不明であるがゆえに共通認識として作られるもの」と語る。●●●●●小学校での取材では、「下校のチャイム」「あきおくん」といった怪談が語られ、それらは小学生・瀬野あきら君の自殺と、その母親の精神的崩壊と自殺に由来すると推測される。「ジャンプ女」の怪談は、事件当日の母親の姿が変容したもの。「ましろさん」は、「牛の首」と類似するパターンで、知った者が死ぬという構造が共通していた。作家は、事実を怪談として扱うことの倫理的な難しさを語り、取材を進めようとする小澤に対して「それ以上関わらないほうがいい」と忠告する。
読者からの手紙 2
瀬野と名乗る女性から編集者に宛てた手紙が4通発見される。記者に対して過去の報道を非難し、「あの子(息子)」を救い出したと主張。語り手は“瀬野”が過去に集めた情報と、その探し方に違和感を覚え始める。赤い女と男の子に対する執着、関連情報の正確さ、そして偶然とは思えないタイミングで入手された資料の数々。瀬野千尋が“赤い女”の娘であり、男の子“瀬野了”の姉であることが暗示される。“赤い女”はスピリチュアルな思想に傾倒し、息子を「高みに導く」名目で死へと至らしめた。語り手は、「男の子」は見えなかったと語る。
インタビューのテープ起こし 6
瀬野千尋が語った「赤い女」とは、彼女の母親であり、「あの子」すなわち“了”と呼ばれていたのは彼女の弟・了である。千尋の家庭はもともと平穏であったが、父の病により生活は一変し、父の死後、母は精神的な崩壊をきっかけにカルト宗教に傾倒し、息子・了を引き連れてその信仰にのめり込む。大学進学後、千尋は弟・了の自殺を知らされる。石と宗教の核心は、山に棲む「家族を求める哀れな男の霊」──すなわち“ましろさま”と呼ばれる存在に端を発していた。千尋は母や弟を“幽霊”として語り続けることで、彼らをこの世に「存在させ続ける」ことを選んだ。
『近畿地方のある場所について』8
語り手は怪異の正体や地名そのものを伝えることを目的としていたのではなく、「あの子」──了の姿を探し続けていたにすぎない。怪異は、死の向こう側に確かに存在する「何か」を示唆し、死という概念に希望や意味をもたらすものとなる。語り手は、瀬野千尋の行動に深く共鳴していた。語り手自身は、千尋のように「了の姿」を見ることはできなかった。物語の最後、語り手は読者に対し「了を見たか」と問いかけ、情報提供を呼びかけている。
千尋へ
再び家族になるために──語り手の懺悔と願い
語り手は、自分がかつて千尋と向き合うことから逃げ、彼女の内面を理解しようとしなかった過去を悔いていた。彼女を救えなかった悔恨と、それでももう一度家族になりたいという切実な願いが綴られている。
匿名投稿:失われた隣人への記憶
もう一つの語りは、ネット掲示板に投稿された匿名の文章であり、過去に引きこもりだった男性が「向かいに住んでいた家族」との交流を綴っている。夫を亡くした妻、そして後に子どもも失ったその女性は、やがて心を壊していき、宗教に傾倒し、呪文を唱え、そして命を絶った。投稿者は再訪した空き家で、亡くなったはずの女性と、彼女に寄り添う男の子の姿を見た。
幽霊とは、怪異の姿を借りて私たちの心に問いを投げかける存在である──誰かの哀しみは、見ないふりをしても、夜の街角や空き家の影に、確かに佇んでいる。語り継がれることでしか救われない記憶。それこそがこの物語の本質である。
その他フィクション

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