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池井戸潤陸王

小説「陸王」ランニングシューズ誕生秘話 感想・ネタバレ

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陸王の表紙画像(レビュー記事導入用) 池井戸潤
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  1. 物語の概要
    1. ■ 作品概要
    2. ■ 主要キャラクター
    3. ■ 物語の特徴
  2. 書籍情報
  3. あらすじ・内容
  4. 感想
  5. 考察・解説
    1. 老舗足袋屋の危機
    2. 新規事業の立案
    3. 理想の走法追求
    4. ランニングシューズ開発
    5. 地元の銀行交渉
    6. 新規事業の開発
    7. 最新素材の活用
    8. 企業間競争
  6. 登場キャラクター
    1. こはぜ屋
      1. 宮沢紘一
      2. 宮沢大地
      3. 富島玄三
      4. 安田利充
      5. 正岡あけみ
      6. 西井冨久子
      7. 仲下美咲
      8. 水原米子
      9. 橋井美子
      10. 村井正一
      11. 宮沢紘作
      12. こはぜ屋応援団
    2. 宮沢家
      1. 宮沢美枝子
      2. 宮沢茜
    3. 埼玉中央銀行
      1. 坂本太郎
      2. 大橋浩
      3. 家長亨
    4. ダイワ食品(陸上競技部)
      1. 城戸明宏
      2. 茂木裕人
      3. 立原隼斗
      4. 平瀬孝夫
      5. 内藤久雄
      6. オリユク
      7. 川井
      8. 水木
      9. 野坂敦
      10. 牧村
      11. 斉藤昌治
      12. 端井
      13. マサエ
    5. アトランティス
      1. 小原賢治
      2. 村野尊彦
      3. 佐山淳司
      4. 中畑
    6. アジア工業(陸上競技部)
      1. 毛塚直之
      2. 清崎徳治郎
    7. 芝浦自動車(陸上競技部)
      1. 徳原誠
      2. 彦田知治
      3. 滝井
    8. ジャパニクス
      1. 田中
      2. 望月
    9. フェリックス
      1. 御園丈治
      2. ジャニス
    10. 東和エレキ工業
      1. 内山
      2. 川田
      3. 南原
      4. 桐山
    11. 光誠学園
      1. 井田夏央
      2. 保護者と教員
    12. 町村学園
      1. 栗山
    13. シルクール / 飯山家
      1. 飯山晴之
      2. 飯山素子
    14. 大徳百貨店
      1. 矢口
      2. 中岡伸也
    15. タチバナラッセル
      1. 橘健介
    16. タテヤマ織物
      1. 檜山和人
    17. 関東レーヨン
      1. 大野
    18. 菱屋足袋
      1. 菊池
    19. 月刊アスリート
      1. 島遥香
    20. 椋鳩通運
      1. 江幡
    21. その他・関係者
      1. 有村融
      2. 広樹
      3. 山辺博
      4. 橋田
      5. 友部
      6. 尾村
      7. 桂田
      8. 松木
      9. 花畑
      10. 金栗四三
      11. ワンジャラ
      12. 山崎雅弘
      13. 若い店員
      14. 闇金融業者
  7. 展開まとめ
    1. プロローグ 
    2. 第一章 百年ののれん 
    3. 第二章 タラウマラ族の教え 
    4. 第三章 後発ランナー 
    5. 第四章 決別の夏 
    6. 第五章 ソールを巡る旅 
    7. 第六章 敗者の事情 
    8. 第七章 シルクレイ 
    9. 第八章 試行錯誤 
    10. 第九章 ニュー「陸王」 
    11. 第十章 コペルニクス的展開 
    12. 第十一章 ピンチヒッター大地 
    13. 第十二章 公式戦デビュー 
    14. 第十三章 ニューイヤー決戦 
    15. 第十四章 アトランティスの一撃 
    16. 第十五章 こはぜ屋の危機 
    17. 第十六章 ハリケーンの名は 
    18. 第十七章 こはぜ屋会議 
    19. 最終章 ロードレースの熱狂 
  8. その他フィクション

物語の概要

■ 作品概要

ジャンル:企業小説、人間ドラマ 埼玉県行田市にある創業100年を超える老舗足袋業者「こはぜ屋」の四代目社長・宮沢紘一が、資金繰りの悪化や足袋の需要低下による倒産の危機を脱するため、伝統の足袋製造技術を生かしたランニングシューズ「陸王」の開発という新規事業に挑む物語である。資金不足や素材探し、世界的スポーツブランド「アトランティス」との熾烈な競争など、次々と立ちはだかる困難を、従業員たちとの結束や社外の協力者との絆を武器に乗り越え、従業員20名の地方零細企業が一世一代の勝負に打って出る姿を描く。

■ 主要キャラクター

宮沢紘一:こはぜ屋の四代目社長。足袋の需要低下に伴う経営危機を打破するため、ランニングシューズ「陸王」の開発を決意する。義理人情に厚く、社員や協力者を大切にする。
宮沢大地:紘一の長男。大学卒業後、就職活動に失敗して家業を手伝う。当初は新規事業に反発するが、ソール素材の製造を通じて仕事への誇りを見出し成長していく。
富島玄三:こはぜ屋の経理担当常務。通称「ゲンさん」。堅実な性格で、過去のトラウマから当初は新規事業に猛反対するが、のれんを守るため共に闘う覚悟を決める。
飯山晴之:倒産した企業「シルクール」の元社長。「陸王」のソールに不可欠な特許素材「シルクレイ」の開発者であり、こはぜ屋の技術顧問として開発に尽力する。
村野尊彦:アトランティスを退職したカリスマシューフィッター。利益至上主義の会社に反発して辞め、こはぜ屋のアドバイザーとして選手のサポートとシューズ開発に協力する。
茂木裕人:ダイワ食品陸上競技部の選手。マラソンでの故障を機に走法改造に取り組み、「陸王」と出会う。アトランティスから支援を絶たれた経験から、真に自分を支えてくれるこはぜ屋のシューズで復活を目指す。
坂本太郎:埼玉中央銀行の元融資担当者。宮沢に新規事業を提案し、親身に支援する。後に銀行の姿勢に限界を感じて投資会社へ転職するが、引き続き宮沢を応援する。
毛塚直之:アジア工業陸上競技部のエース選手。茂木の大学時代からのライバルで、アトランティスの最新シューズを履いて活躍するエリートランナーである。

■ 物語の特徴

資金力もブランド力も持たない地方零細企業が、圧倒的な資本力を持つグローバル企業に戦いを挑む「象とアリ」の構図が最大の魅力である。ランニングにおける「ミッドフット着地」などの理論や、特許素材「シルクレイ」、経編技術「ダブルラッセル」といったモノづくりの細部がリアルに描かれている。また、単なる企業間競争にとどまらず、怪我で挫折したランナーの復活劇や、一度会社を潰した男の再起、就職活動に悩む青年の成長など、登場人物たちの「人生の再起」がシューズ開発という一つの目標に向かって重なり合う、熱い人間ドラマとなっている。

書籍情報

陸王
著者:池井戸 潤 氏

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あらすじ・内容

埼玉県行田市にある老舗足袋業者「こはぜ屋」。日々、資金繰りに頭を抱える四代目社長の宮沢紘一は、会社存続のためにある新規事業を思い立つ。それは、伝統の技術を駆使したランニングシューズの開発だった。世界的スポーツブランドとの熾烈な競争、素材探し、開発力不足……数々の難問が立ちはだかるなか、従業員20名の地方零細企業が、一世一代の勝負に打って出る。

陸王

感想

本作はテレビドラマ化もされた有名な作品である。しかし、私が本書を手に取った理由は、陸上競技やマラソンへの興味というより、「足袋」という履き物そのものへの関心だった。

足袋が、かつて運動会やマラソンで使われていたことは知っていた。

日本人が昔から履いてきたものを、現代のランニングシューズとして復活させる。

言葉だけなら、伝統と最新技術を組み合わせた夢のある企画に見える。

しかし実際の足袋を知っていると、それほど簡単な話ではないとも感じる。

足袋は柔らかく、足裏へ地面の感触が直接伝わる。地下足袋であれば踏ん張りやすさもあるが、現代の靴に慣れた足には負担が大きい。

長時間履けば疲れやすく、生地や底の耐久性にも不安がある。

履く時に留める金具である「こはぜ」が、アキレス腱の付近へ当たって痛くなることもあった。

私自身は、仕事で履くなら足袋よりも安全靴の方が安心できる。足を守るという意味でも、脱ぎ履きのしやすさという意味でも、現代の靴の方が圧倒的に便利だと感じている。

そのような足袋を、何十キロも走れるランニングシューズへ作り変える。

改めて考えると、こはぜ屋が挑んだのは、見た目以上に無謀な開発だった。

昔の道具をそのまま復活させる物語ではない

本作の舞台となる「こはぜ屋」は、埼玉県行田市で百年以上続く老舗の足袋業者である。

しかし、長く続いているから経営が安定しているわけではない。

洋装が当たり前となり、日常生活で足袋を履く人は少なくなった。

地下足袋も安全靴へ置き換えられ、主要な百貨店では和装売り場の縮小が進んでいる。

取引先が減り、売上げも落ち続ける。

長年使ってきたミシンは製造会社がすでに存在せず、故障すれば倒産した同業者の機械から部品を取り出すしかない。

物語の冒頭で、宮沢社長が倒産した足袋屋から古いミシンを識り受ける場面からも、業界全体が静かに消えかけていることが伝わってくる。

百年の伝統は誇りである。

一方で、その伝統だけでは会社を維持できない。

守るべきものがあるからこそ、変わらなければならない。

『陸王』は、昔の足袋を懐かしみ、そのまま復活させる物語ではなかった。

足袋の技術を残すために、足袋の形そのものを捨てる決断まで迫られる物語である。

最初に作られた試作品は、足先が二股に分かれた地下足袋に近いものだった。

しかし実際に走ってみると、親指と他の指の間が擦れて痛くなる。

靴底も薄すぎて、道路からの衝撃が直接足へ伝わってしまう。

地面を掴む感覚はあっても、長距離を快適に走れる履き物にはなっていない。

そこで宮沢たちは、足袋屋でありながら、足袋らしい二股の形を捨てる。

伝統を守ることと、伝統の形へ執着することは違う。

この考え方が、本作全体を貫いていたように感じた。

日本の履き物文化と走ることの相性

昔の日本では、草履や草鞋のような履き物が広く使われていた。

足袋も、基本的には草履などと組み合わせるものである。

現在の感覚で考えると、足の指が自由に動き、地面の状態を感じながら歩く文化だったのだと思う。

そう考えれば、サンダルに近い履き物こそ、日本の身体感覚に合っていたのかもしれない。

もちろん、サンダルで舗装道路を長距離走るのは厳しい。

足を守る機能も、現代のスポーツシューズには及ばない。

本作でも、薄く平らな靴底には、裸足に近い感覚や自然な着地を促す利点がある一方、衝撃や耐久性という大きな問題がある。

地面の感触を伝えるためには、靴底を薄くしたい。

しかし、足を守り長く使えるようにするには、ある程度の厚さと強度が必要になる。

厚くすれば重くなり、足袋が持つ軽さが失われる。

軽さ、耐久性、柔軟性、衝撃吸収。

どれか一つを良くすれば、別の部分に問題が出る。

普段何気なく履いている靴が、多くの相反する条件を調整して作られていることを、本作を通して改めて実感した。

私自身、五本指ソックスは愛用している。

一本ずつ指を動かせる感覚や、指の間が蒸れにくい快適さを知ると、普通の靴下へ戻りにくくなる。

そのため、足袋が持つ「足の指を自由に使う」という発想そのものには、十分な魅力があると思う。

ただし、日常用の靴下として快適であることと、競技用のシューズとして優れていることは別問題だ。

こはぜ屋は、その間にある大きな壁を越えようとしていた。

宮沢を動かしたのは会社の強みを問う言葉

宮沢がランニングシューズの開発を始めるきっかけを作ったのは、銀行員の坂本だった。

こはぜ屋は、日々の運転資金にも苦労している。

翌月の支払いを乗り切るため、二千万円の融資を銀行へ依頼しなければならない。

その場で坂本から問われたのが、こはぜ屋の将来と、百年続いてきた会社の強みである。

足袋の需要は減っている。

このまま同じ商品を作り続けて、十年後も会社を維持できるのか。

新規事業を考えるとして、こはぜ屋にしかない技術は何なのか。

宮沢は、すぐに答えられない。

百年続いてきた会社でありながら、自分たちの強みを言葉にしたことがなかったからである。

これは、長く同じ仕事を続けている人ほど考えさせられる問いだと思う。

毎日当たり前にやっている作業は、自分にとって特別な技術には見えにくい。

他社より優れている点があっても、それが日常になりすぎて価値に気づけない。

こはぜ屋には、熟練した縫製技術がある。

足の形へぴったり合わせる技術もある。

百年前の機械を修理しながら使い続けられる職人もいる。

しかし、社内にいる人間にとっては、それが普通だった。

坂本の言葉によって、宮沢は初めて、自分たちが積み上げてきたものを別の市場で使えないかと考え始める。

百年続いた理由は、ただしぶとかったからだけではない。

時代に合わせながら、技術をつないできた人たちがいたからである。

その価値を別の形へ変換したものが、陸王だった。

銀行は夢ではなく返済可能性を見る

新規事業を始めようとすると、必ず資金の問題が立ちはだかる。

『陸王』を読んでいて特に現実的だと感じたのは、この融資を巡る描写だった。

商品を開発するには、材料費が必要になる。

試作品を何度も作り、テストを繰り返さなければならない。

専用の設備や技術者も必要になる。

完成しても、すぐに売れる保証はない。

売上げが発生するより先に、資金だけが出ていく。

体力のない小さな会社にとって、新規事業は成功する前に会社そのものを潰しかねない。

銀行が慎重になるのも当然だと思う。

宮沢たちには情熱がある。

しかし銀行が見るのは、情熱の強さではない。

返済できるのか。

担保はあるのか。

売れるという根拠はあるのか。

競合企業へ勝てるのか。

事業として数字が成立しているのか。

それが融資する側の判断基準になる。

現代の銀行であれば、足袋会社が大手スポーツメーカーへ挑む計画に、簡単に資金を出すとは思えない。

技術的な実績もない。

販売網もない。

広告費もない。

有名選手との契約もない。

専用ソールさえ完成していない。

冷静に見れば、危険な計画である。

それでも宮沢は、自分の定期預金を取り崩して開発を続ける。

経営者として大胆であると同時に、一歩間違えれば社員の生活まで巻き込む決断でもある。

夢を追う姿だけを見れば格好いい。

しかし、失敗すれば会社が倒産し、長年働いてきた社員たちも仕事を失う。

本作が単純な成功物語に見えないのは、その危うさを隠していないからだと思う。

富島が反対する理由も間違いではない

新規事業に反対し続ける経理担当の富島は、一見すると保守的で、宮沢の足を引っ張る存在に見える。

しかし物語を読み進めると、彼の反対にも理由があることが分かる。

こはぜ屋は過去にも「陸王」というマラソン足袋を作り、失敗していた。

宮沢の父も新事業へ資金を投じ、本業の信用まで失いかけた。

その後始末をし、会社を倒産寸前から立て直したのが富島だった。

同じ名前の商品へ、再び会社の資金が注ぎ込まれていく。

富島から見れば、過去の失敗が繰り返されようとしているように感じたはずである。

新しいことを始めようとする人の情熱は、物語の中では魅力的に映る。

一方で、会社の資金を守り、最悪の事態を考える人間も必要である。

全員が宮沢と同じように夢へ突き進めば、会社は簡単に倒れてしまう。

富島は、挑戦そのものを嫌っていたわけではない。

失敗した時に、会社と社員を誰が守るのかを考えていた。

宮沢と富島の対立は、挑戦する者と邪魔をする者の争いではない。

会社を未来へ進めたい人間と、会社を倒産から守りたい人間の対立だった。

どちらも、こはぜ屋を大切に思っている。

立場が違うから、正しいと思う道も違う。

こうした簡単に善悪へ分けられない人間関係が、池井戸潤作品らしい魅力だと感じた。

大企業が持つ圧倒的な資本力

こはぜ屋の前に立ちはだかるのが、大手スポーツ用品メーカーのアトランティスである。

研究費、宣伝費、販売網、選手への支援。

すべての規模が違う。

こはぜ屋が試作品一足を作るために知恵を絞っている一方で、アトランティスは専門部署と長年蓄積したデータを持っている。

有名選手へ製品を提供し、大会で履いてもらうことで宣伝もできる。

学校への営業でも、実績や科学的データを示せる。

こはぜ屋が同じ方法で正面から勝負しても、勝てるはずがない。

光誠学園への売り込みで陸王が不採用となる場面は、その現実を突きつけていた。

陸王には実績がない。

科学的な裏付けも不十分である。

生徒を実験台にするのではないかと保護者が不安になる。

一方、アトランティスには、新素材や耐久性のデータがある。

値段が高くても、安心して選べる理由がある。

宮沢の情熱だけでは、その差を埋められない。

商品を購入する側からすれば、無名の零細企業より、実績のある大手企業を選ぶのは自然である。

ここで陸王が選ばれなかったのは、大企業が卑怯な手を使ったからではない。

単純に商品として負けていた。

宮沢自身も、価格ではなく製品の実力で敗れたことを認める。

この敗北があるからこそ、その後の開発に説得力が生まれていた。

優れた技術があるだけでは勝てない

小さな会社が画期的な技術を生み出しても、そのまま成功できるとは限らない。

製造資金がなければ量産できない。

特許を守る費用も必要になる。

市場へ知らせる宣伝力がなければ、存在すら気づいてもらえない。

大企業に似た商品を作られれば、価格や販売力で負ける可能性もある。

本作でも、こはぜ屋は優れた縫製技術を持っているが、それだけではランニングシューズにならない。

最大の問題はソールだった。

既存の生ゴムでは、軽さと耐久性を両立できない。

そこで登場するのが、飯山晴之が開発した新素材「シルクレイ」である。

繭を原料とし、軽さ、強度、柔軟性を備えた素材だった。

ただし、優れた発明をした飯山の会社は、研究費によってすでに倒産している。

技術を完成させる能力と、会社を経営する能力は別である。

良いものを作れば、いつか必ず認められる。

現実は、それほど単純ではない。

資金が尽きれば、完成前に終わる。

完成しても売れなければ、借金だけが残る。

飯山は自分の技術へ執着し、最初は法外とも思える金額を要求する。

その態度だけを見れば、扱いにくい人物に見える。

しかし彼もまた、夢を追ってすべてを失った人間だった。

技術を安く渡せば、また誰かに利用されるかもしれない。

再起するには、特許だけが頼りである。

他人を信じられなくなっている飯山の姿からは、失敗した人間がもう一度挑戦する難しさを感じた。

職人の技術は人を見なければ生かせない

本作には、優れた技術を持つ職人が何人も登場する。

足袋の縫製を担うあけみや冨久子。

新素材を開発した飯山。

選手の足型と走りを長年見続けてきたシューフィッターの村野。

それぞれの技術は違うが、共通しているのは、数字や設計図だけを見ていないことである。

特に印象に残ったのが、村野の仕事への姿勢だった。

一流選手用のシューズを作るには、足の大きさを測るだけでは足りない。

走り方の癖。

過去の故障。

性格。

目標。

現在抱えている不安。

その選手がどのようなレースをしたいのか。

そこまで理解しなければ、本当に合うシューズは作れない。

村野は、作り手も選手と一緒に走る覚悟が必要だと語る。

これは靴作りだけでなく、現場の仕事全般に通じる考え方だと思った。

仕様書どおりに作れば終わりではない。

使う人がどこで困るのか。

どのような環境で使うのか。

何を実現したいのか。

そこまで想像しなければ、本当に役立つものにはならない。

アトランティスの小原は、宣伝価値のある選手だけを支援しようとする。

故障して走れない茂木は、商品を宣伝できないため価値がないと判断される。

一方、村野は故障した時こそ、選手を支える必要があると考える。

会社にとって合理的なのは、小原の考え方かもしれない。

しかし、選手から信頼されるのは村野である。

利益を生み出す対象として人を見るのか。

一人の競技者として見るのか。

二人の違いが、企業の規模では測れない仕事の価値を表していた。

茂木と陸王は同じ敗者から始まる

陸王を履くことになる茂木裕人も、物語の最初から順調な選手ではない。

大学時代のライバルである毛塚直之と競い合ってきたが、実業団のレースで故障する。

走法を変えなければ、再び同じ怪我をする可能性がある。

しかし走り方を変えれば、以前の速さを取り戻せる保証はない。

所属する会社からは、復帰できなければ一般業務へ異動させると迫られる。

スポンサーであるアトランティスからも、宣伝価値がないとして支援を打ち切られる。

走れない選手は、選手として扱われない。

茂木は、その厳しい現実へ追い込まれていく。

こはぜ屋も同じだった。

足袋業界では生き残れない。

ランニングシューズ業界では実績がない。

銀行から信用されず、大手メーカーからは相手にもされない。

陸王も茂木も、勝者として出会ったわけではない。

どちらも一度価値を失ったと判断された側である。

だからこそ、茂木が陸王を履く展開には意味があった。

有名選手が無名の商品を宣伝して成功させるだけの関係ではない。

もう一度走りたい選手と、もう一度会社を成長させたい足袋屋が、互いに必要として出会う。

茂木の走りから得た感覚を、こはぜ屋が陸王へ反映する。

改良された陸王が、茂木の復活を支える。

一方的に助けるのではなく、共に成長していく関係が熱かった。

息子の大地も自分の居場所を探している

宮沢の息子である大地の存在も、本作の重要な部分だった。

大地は就職活動に失敗し、仕方なくこはぜ屋で働いている。

仕事へ身が入らず、検品ミスを起こしても周囲へ責任を転嫁する。

陸王の開発にも、最初は足袋屋が大手メーカーに勝てるはずがないと反対する。

読んでいて苛立つ場面も多かった。

しかし大地も、自分の価値を見失っている。

五十社以上を受けても採用されない。

面接では、これまで何を頑張ってきたのかと問われる。

工学部を出ても、専門職では大学院卒の補助にしかなれないと言われる。

自分には何の価値もないのではないかと苦しんでいる。

その一方で、父親からは斜陽産業だから家業を継ぐなと言われている。

本当はこはぜ屋に関心があっても、必要とされていないように感じていたのかもしれない。

そんな大地が、シルクレイの開発へ加わる。

工学部で学んだ知識を使い、飯山と衝突しながら試行錯誤を続ける。

予定していた面接よりも、目の前の開発を優先する。

深夜まで機械へ向かい、失敗したデータを検証する。

その過程で大地は、新しいものを作る仕事が、華やかな発想だけでは成立しないことを知る。

何度失敗しても原因を探し、また試す。

泥臭い積み重ねの先にしか、結果はない。

就職活動では評価されなかった大地の知識が、こはぜ屋では必要とされる。

自分の居場所は、外から与えられる肩書きだけで決まるものではない。

目の前の仕事へ本気で関わる中で、自分の役割が見つかることもある。

大地の変化には、陸王の完成とは別の意味で胸を動かされた。

伝統を守るとは、同じものを作り続けることではない

『陸王』を読んでいて何度も考えたのは、伝統を守るとはどういうことなのかという点である。

昔と同じ足袋を作り続けることが、伝統を守ることなのか。

需要がなくなり、会社ごと消えてしまっても、形を変えなかったことを誇るべきなのか。

宮沢は、足袋作りの技術をランニングシューズへ応用する。

その過程で、二股のつま先を捨てる。

こはぜも使わない。

新素材を導入する。

専門家の知識を借り、従来の足袋とは別の製品へ変えていく。

完成した陸王は、見た目だけなら足袋とは呼びにくい。

それでも、足へ吸い付くような縫製技術や、軽さ、柔軟性には、こはぜ屋が百年積み重ねてきたものが残っている。

さらに、陸王のために開発したシルクレイを、今度は地下足袋へ逆輸入する。

新しい技術によって、従来商品である地下足袋まで進化させる。

伝統から新商品が生まれ、新商品から得た技術が伝統商品を救う。

この循環が興味深かった。

変わらないためには、変わり続けなければならない。

形を変えても、根にある技術や姿勢が残っていれば、伝統は途切れない。

むしろ、形だけを守って会社が消えてしまえば、技術も職人も失われる。

『陸王』は、伝統を美しく保存する話ではない。

伝統を次の世代へ残すため、壊して作り直す物語だった。

現代のものづくりへの悲観

本作で描かれるこはぜ屋の挑戦には、現代では成立しにくい理想も含まれているように感じた。

小さな会社が独自技術を開発する。

銀行員や専門家が、その可能性を信じて個人的に協力する。

技術者が会社の規模ではなく、仕事への情熱を見て参加する。

有名選手が、無名企業の試作品を履く。

そして製品の良さが、人から人へ伝わっていく。

物語としては非常に熱い。

しかし現実では、資金や知名度の差がさらに大きな壁になるのではないかと思う。

優れた技術が生まれても、開発費を回収する前に資金が尽きる。

大企業へ技術を売るしかなくなる。

似た商品を先に市場へ出される。

特許を取っても、守るための費用がかかる。

製品そのものより、広告や契約関係によって市場が決まることもある。

こはぜ屋が直面したアトランティスとの戦いは、単なる悪役企業との対決ではない。

資本力が違う企業同士が競争する時に生まれる、構造的な不公平さでもある。

大企業には、大規模な研究や安全性の検証ができる強みがある。

安定した品質を保ち、大量に供給する能力もある。

その点では、資本力があること自体が悪いわけではない。

問題は、その力によって現場の人間や小さな挑戦を簡単に切り捨てられることである。

小原が故障した茂木を見放す場面や、村野の職人としての判断を軽視する姿からは、数字に表れない価値が企業の都合で消されていく怖さを感じた。

スポーツ用品は選手のために作られているのか

本作では、選手の故障を防ぎ、能力を引き出すためにシューズが開発される。

宮沢たちは、茂木を広告塔として利用したい気持ちを持ちながらも、最終的には彼がもう一度走れることを願って製品を作る。

村野も、成績が出ない時こそ選手を支えるべきだと考える。

そこには、道具を使う人間が中心にいる。

しかしスポーツの世界では、道具が記録や勝敗を大きく左右する。

画期的なシューズや水着が登場すれば、それを使える選手と使えない選手の間に差が生まれる。

メーカーとの契約や競技団体の規定も関わってくる。

純粋に選手の努力だけで競える世界ではない。

だからこそ、『陸王』で描かれる「選手のために良い靴を作りたい」という思いが、まぶしく感じられた。

現実のスポーツには、主催者、スポンサー、放映権、広告、国同士の事情など、競技以外の力が複雑に絡む。

情報が広く伝わるようになったことで、以前は見えなかった不公平や不正が目につきやすくなっただけなのかもしれない。

昔が本当に純粋だったとは限らない。

それでも、目の前の選手が再び走れるように、職人が一足のシューズへ魂を込める姿には心を動かされる。

誰のために作るのか。

何を守るために働くのか。

利益が必要な企業活動の中でも、その問いを忘れないことが、本作でいう「誇り」なのだと思う。

成功よりも失敗の積み重ねが印象に残る

『陸王』は、最終的には大きな成功へ向かっていく物語である。

しかし読んでいて印象に残るのは、成功した瞬間よりも、それまでの失敗だった。

最初の試作品は、指の間が擦れて走れない。

生ゴムのソールは、軽くても耐久性がない。

学校への営業では大手企業に負ける。

茂木には相手にされない。

銀行から融資を断られる。

シルクレイの硬さは安定しない。

開発担当者同士も衝突する。

熟練工が倒れ、生産計画も崩れる。

何か一つ解決すれば、次の問題が現れる。

製品開発は、優れたアイデアを思いついた瞬間に成功するものではない。

使ってみて、失敗する。

原因を考える。

直して、また試す。

その繰り返しである。

宮沢の情熱だけで陸王が完成したわけではない。

安田の現場感覚。

あけみたちの縫製技術。

江幡の試走。

有村の走法理論。

飯山の素材開発。

大地のデータ検証。

村野の選手を見る目。

坂本の人をつなぐ力。

多くの人間の技術と経験が重なり、ようやく一足の靴になる。

誰か一人の天才が世界を変えるのではない。

異なる立場の人間が衝突しながら、少しずつ不足を埋めていく。

その泥臭さが、『陸王』のものづくりを魅力的にしていた。

働くことへの誇り

本作で描かれる「誇り」は、会社の歴史が長いことだけではない。

有名な商品を作ることでもない。

自分の仕事を、誰かに見られていなくても丁寧に続けることだと思う。

あけみたちは、古いミシンを使い、一足ずつ縫い上げる。

冨久子が倒れた後は、若い仲下が難しい工程を引き継ぐ。

失敗するかもしれないと恐れながらも、先輩から教わった技術をつなぐためにミシンへ向かう。

飯山は、会社を倒産させても技術を捨てられない。

大地と衝突しながら、深夜まで実験を続ける。

村野は、大企業での安定した立場を捨てても、選手を商品として扱う仕事を拒む。

宮沢は、社員の生活を背負いながら、それでも会社の未来を作ろうとする。

誰も完全ではない。

宮沢の決断は危うく、飯山は頑固で、大地は未熟である。

それでも、自分が大切だと思う仕事から逃げずに向き合う。

その姿に心を動かされた。

長く働いていると、仕事は生活費を得るための作業になりやすい。

会社の都合や人間関係に疲れ、何のためにやっているのか分からなくなることもある。

『陸王』が見せる仕事は、現実よりも少し理想的かもしれない。

それでも、自分が作ったものが誰かの役に立つ。

積み重ねた技術が、別の形で未来へ残る。

その実感があれば、仕事は単なる労働ではなくなるのかもしれない。

足袋に興味がなくても読める企業小説

『陸王』は、足袋やマラソンに詳しくなくても楽しめる作品である。

物語の中心にあるのは、特殊な履き物の知識ではない。

衰退する会社をどう残すのか。

新しいことへ挑む時、誰が責任を負うのか。

資金のない会社が、大企業とどう戦うのか。

失敗した人間が、もう一度立ち上がれるのか。

親から子へ、仕事や技術をどう渡すのか。

そうした普遍的な問題である。

個人的には、陸王を読んだから足袋で走ってみたいとは思わなかった。

やはり普段履くなら一般的な靴がよい。

現場で使うなら、足を守ってくれる安全靴を選びたい。

こはぜが足へ当たる感覚も、今でも苦手である。

しかし、足袋の技術を現代へ残すために、従来の足袋を壊して新しい靴を作るという挑戦には強く惹かれた。

自分には合わない道具でも、それを必要とする人がいる。

五本指ソックスのように、使って初めて分かる快適さもある。

作り手が一方的に良さを押しつけるのではなく、使う人の声を聞いて変えていく。

その姿勢こそが、伝統を生かす方法なのだと思う。

絶望的な現実の中で挑戦する意味

こはぜ屋の挑戦は、冷静に考えれば無謀である。

資金がない。

人手もない。

専用設備もない。

販売実績もない。

銀行からも信用されない。

相手は世界規模のスポーツメーカーである。

普通なら、挑戦しない方が安全だろう。

富島の判断の方が、経営として正しい可能性もある。

しかし、何もしなければ、こはぜ屋は足袋の需要とともに静かに消えていく。

失敗する危険を避けても、衰退する未来からは逃げられない。

挑戦すれば成功するとは限らない。

努力しても報われないことはある。

良い商品を作っても、大企業に負けることもある。

『陸王』は、誰でも諦めなければ夢を実現できるという単純な話ではない。

何度も人に助けられ、偶然の出会いにも恵まれ、ようやく道がつながっていく。

それでも、最初に宮沢が動かなければ、何も始まらなかった。

銀行で会社の強みを問われる。

売り場で五本指のシューズを見る。

昔は足袋で走っていたことを思い出す。

そこから、自分たちにもできるかもしれないと考える。

大きな変化の始まりは、その程度の小さな思いつきだった。

重要なのは、思いついたことではない。

実際に試作品を作り、走り、失敗し、また作り直したことである。

考えるだけなら、多くの人ができる。

失敗を引き受けながら形にするところまで進める人は少ない。

その一歩を踏み出すことが、本作における挑戦なのだと思う。

読後の感想

『陸王』は、足袋という伝統文化と最新のランニング技術を融合させた企業小説である。

しかし本当の面白さは、奇抜な商品開発そのものより、その裏側にある資金繰りや人間関係にあった。

情熱だけでは会社を経営できない。

技術だけでも商品は売れない。

銀行の信用、販売実績、素材、職人、選手、宣伝、量産体制。

どれか一つが欠けても事業は成立しない。

その現実を描きながらも、本作は人が働く理由を忘れていない。

宮沢たちは、ただ儲けるためだけに陸王を作ったわけではない。

会社を残したい。

職人の技術をつなぎたい。

故障した選手をもう一度走らせたい。

自分たちの仕事に誇りを持ちたい。

それぞれの思いが、一足のシューズへ重なっていく。

巨大資本や資金難という絶望的な現実を前にしても、こはぜ屋の人々は何度も立ち上がる。

その姿には、現在の社会では失われつつあるように見える、ものづくりへの純粋な情熱があった。

実際の足袋は履きづらい。

安全靴や現代のシューズの方が、機能的で便利である。

それでも、古いものには何の価値もないと切り捨てるのではなく、そこに残る技術を別の形へ変えようとする。

その考え方には強く共感した。

伝統を守るとは、過去と同じことを続けることではない。

過去から受け取ったものを、次の時代で使える形へ作り直すことである。

『陸王』は、ものづくりの熱さだけでなく、働くこと、会社を残すこと、失敗した人間が再び挑むことについて考えさせられる作品だった。

読み終えた後には、陸王というシューズの成功以上に、こはぜ屋の人々が自分たちの仕事へ誇りを取り戻していく姿が心に残った。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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考察・解説

老舗足袋屋の危機

こはぜ屋の存続危機と新規事業への挑戦の全貌

池井戸潤の小説『陸王』において、主人公の宮沢紘一が社長を務める老舗足袋屋「こはぜ屋」が直面する存続の危機と新規事業への挑戦について、時代の変化による需要の減少、資金繰りの悪化と銀行からの厳しい評価、取引先の売り場縮小と設備の老朽化、および危機からの脱却と新規事業への挑戦の各点から解説する。

時代の変化による需要の減少

埼玉県行田市に本社を構えるこはぜ屋は、1913年の創業から100年以上、足袋を作り続けてきた老舗の足袋製造業者である。

・人々の服装が和装から洋装へと変化し、収益の柱であった地下足袋も安全靴に取って代わられたことで、足袋の需要はジリ貧となっていった。

・足袋の町として栄えた行田でも同業者の淘汰が進んでおり、物語の冒頭では創業120年を超える同業の老舗である菱屋足袋が不渡りを出して倒産する現実が描かれた。

資金繰りの悪化と銀行からの厳しい評価

従業員20名強の地方零細企業であるこはぜ屋は、日々の資金繰りに頭を悩ませていた。

・物語序盤において月末までに2000万円の資金が不足することが判明した。

・取引先である埼玉中央銀行の担当者坂本から、努力は認められつつも足袋産業の将来性を絶滅危惧種と表現された。

・このままではいずれ融資ができなくなるかもしれないと厳しい宣告を受けることとなった。

取引先の売り場縮小と設備の老朽化

こはぜ屋の主要取引先のひとつである大徳百貨店で和装売り場が3割縮小されることになり、業績にさらなる打撃を与えた。

・従業員の平均年齢は57歳と高く、使用しているミシンも100年以上前のドイツ製のものであるため部品の調達すら困難な状況であった。

・四代目社長の宮沢は、衰退していく事業を長男の大地には継がせられないと考えていた。

危機からの脱却と新規事業への挑戦

危機的な状況を打破するため、銀行員の坂本から今の技術を生かした新規事業を考えるよう助言を受けた宮沢は、娘の靴を買いに行ったスポーツ用品店で五本指のランニングシューズを目にした。

・足袋の裸足感覚で地面を掴むという特性や長年培った技術を応用したランニングシューズの開発を思い立った。

・これが会社の存続をかけた一世一代の勝負となる新規事業「陸王」誕生のきっかけとなった。

まとめ

こはぜ屋の存続危機と新規事業への挑戦を巡る一連の全貌は、和装需要の減退と同業他社の倒産から始まり、資金不足と銀行からの厳しい評価、設備老朽化と主要取引先の縮小、そして裸足感覚を活かしたランニングシューズ陸王の開発発案に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
時代の変化や経営難という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、伝統技術の継承と果敢な事業転換の記録である。
足袋需要の衰退から、経営危機の深刻化、新規構想の閃き、そして陸王開発による起死回生への踏み出しへと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

新規事業の立案

陸王開発の立案と初期プロセスの全貌

池井戸潤の小説『陸王』において、老舗足袋屋「こはぜ屋」が直面する危機を脱するために四代目社長の宮沢紘一が立案した新規事業について、銀行員の助言と五本指シューズとの出会い、専門家による理論的裏付け、社内の反発と陸王チームの発足、および試作品の完成と浮き彫りになる新たな壁の各点から解説する。

銀行員の助言と五本指シューズとの出会い

新規事業のきっかけを作ったのは、埼玉中央銀行の融資担当者である坂本太郎であった。

・坂本は足袋産業の将来性に危機感を抱いており、宮沢に今の技術を生かした新規事業を検討するよう強く提案した。

・何を作るべきか悩んでいた宮沢は、娘のスニーカーを買いに行ったスポーツ用品店で五本指のランニングシューズを目にした。

・そのシューズが裸足感覚で地面を掴むという地下足袋と同じ特性を持っていることに気づき、足袋の技術を応用したランニングシューズの開発を閃いた。

専門家による理論的裏付け

思いつきを確かなものにするため、宮沢は坂本の紹介でランニングインストラクターの有村融と面会した。

・有村は、現在の厚底シューズが引き起こしやすいヒール着地がランナーの膝の故障の原因になっていると指摘した。

・人間本来の走り方であるミッドフット着地の重要性を説いた。

・靴底が薄く平らな足袋の形状はミッドフット着地を自然に促すため、ランニングシューズとして非常に理にかなっているとお墨付きを与えた。

社内の反発と「陸王」チームの発足

宮沢の構想に対し、社内の反応は必ずしも好意的なものではなかった。

・経理担当の富島は、過去に作っていたマラソン足袋が運動靴に敗れて廃番になった過去を挙げ、新事業に消極的な姿勢を見せた。

・就職活動に失敗して家業を手伝っていた息子の大地も、足袋屋がランニングシューズを作っても売れないと反発した。

・宮沢は諦めず、若手まとめ役の安田、縫製課リーダーの正岡あけみ、そして大地をメンバーに加え開発チームを発足させた。

・新製品の名前は、かつてのマラソン足袋の名前を受け継ぎ陸王と命名された。

試作品の完成と浮き彫りになる新たな壁

縫製課の最年長である冨久子のデザインをもとに、地下足袋用の生ゴムを靴底に用いた試作品第一号が完成した。

・素足に吸い付くようなフィット感は素晴らしかったものの、試走した結果、薄い生ゴムでは衝撃がダイレクトすぎることや指の股が擦れて痛むといった課題が見つかった。

・つま先を一般的なシューズのように丸く改良して再び有村に見せたところ、デザインや縫製は高く評価された。

・しかし、生ゴムの靴底では耐久性が足りず本格的なランニングシューズとしては戦えないと厳しい指摘を受けた。

まとめ

陸王開発の立案と初期プロセスを巡る一連の全貌は、銀行員の発案と五本指シューズからの閃きから始まり、ランニングインストラクターによる理論的裏付け、社内の反発を乗り越えた開発チーム結成、そして試作品完成とソール耐久性という技術的課題の発覚に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
業界の衰退や技術的限界という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、伝統の技術を未来へと繋ぐ挑戦の記録である。閃きから、専門家の承認、チームの結成、試作の試行錯誤、そして次なる技術課題への対峙へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

理想の走法追求

理想の走法追求と陸王のコンセプトの全貌

池井戸潤の小説『陸王』における理想の走法追求について、現代のシューズが引き起こすヒール着地の弊害、人間本来の走り方であるミッドフット着地、陸王の開発コンセプトへの昇華、および茂木裕人の走法改造との合致の各点から解説する。

現代のシューズが引き起こす「ヒール着地」の弊害

こはぜ屋社長の宮沢にランニングの理論を教えたインストラクターの有村融は、現在の多くのランニングシューズが抱える問題を指摘した。

・現代のシューズは踵部分に分厚いクッションが入っているため、自然と踵から着地するヒール着地を促してしまう。

・有村によれば、この走り方こそが初心者のみならず多くのランナーを苦しめるランナー膝などの故障を引き起こす大きな原因となっていた。

人間本来の走り方「ミッドフット着地」

有村は、ケニアの長距離選手や日本のオリンピック選手など超一流のアスリートたちは、足の中央付近で着地するミッドフット着地や足の先で着地するフォアフット着地で走っていると説明した。

・メキシコのタラウマラ族が廃タイヤで作った薄いサンダルを履いてウルトラマラソンを完走できるのも、この走法を実践しているためであった。

・有村は、これこそが人類が狩猟をして生き残る過程で身につけた人間本来の走り方であり、故障が少なく速く走れる理想の走法であると説いた。

・この走法を身につけるためには、踵が厚い靴ではなく、足袋のように靴底が薄くて平らな靴を選ぶべきだと助言した。

「陸王」の開発コンセプトへの昇華

この有村の理論は、宮沢たちに大きな確信を与えた。

・陸王の開発コンセプトは、単なる足袋風の靴ではなく、怪我や故障をしにくいミッドフット着地を実現するシューズに定まった。

・靴底が薄く、素足感覚で地面を掴める足袋の特性を最大限に生かすことで、ランナーを怪我から守り理想の走法へと導く機能的なフットギアを目指すこととなった。

茂木裕人の「走法改造」との合致

理想の走法への追求は、ダイワ食品の陸上選手である茂木裕人のドラマと重なり合った。

・茂木はレース中の足の故障で戦線離脱を余儀なくされ、再起をかけてこれまでの走り方を捨てる走法改造に取り組んでいた。

・彼が身につけようと苦心していたのもまたミッドフット着地であった。

・茂木は当初こはぜ屋からの売り込みを相手にしていなかったが、シューフィッターの村野尊彦からソールを薄くフラットに近づけるよう提案されたことで、ミッドフット着地を謳う陸王の思想が理にかなっていることに気づいた。

まとめ

理想の走法追求と陸王のコンセプトを巡る一連の全貌は、現代シューズのヒール着地が引き起こす故障への着目から始まり、人類本来の走行力であるミッドフット着地の理論的整理、怪我を防ぐランニングシューズ陸王のコンセプト確立、そして選手・茂木裕人の走法改造との合致に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
足の故障や他社との厳しい競争という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、人間の身体的理に叶ったモノづくりとアスリートの再起の記録である。走法の見直しから、製品思想の確立、選手の意識改革、そして両者の共鳴による奇跡の再起へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

ランニングシューズ開発

ランニングシューズ陸王の開発プロセスと試練の全貌

池井戸潤の小説『陸王』におけるランニングシューズ「陸王」の開発プロセスについて、開発のスタートと足袋からの脱却、最大の壁となったソール(靴底)の問題、奇跡の新素材シルクレイと飯山晴之の合流、カリスマシューフィッターとアッパー素材との出会い、および結集する技術とニュー陸王の完成の各点から解説する。

開発のスタートと「足袋」からの脱却

こはぜ屋の開発チームは、怪我をしにくいミッドフット着地を実現するというコンセプトのもと、足袋特有の素足感覚やフィット感を生かしたシューズ作りをスタートさせた。

・最高齢の工員・冨久子による和風のデザインをもとに、靴底に地下足袋用の生ゴムを貼った試作第一号が完成した。

・実際に走ってみると、指の股が擦れて痛い、薄い生ゴムでは衝撃がダイレクトすぎるという課題が浮き彫りとなった。

・足袋特有の二股を一般的なシューズのように丸くするなど、形状の改良を進めることとなった。

最大の壁となった「ソール(靴底)」の問題

改良した試作品はインストラクターの有村から履き心地を高く評価されたものの、生ゴムの靴底では耐久性が足りず300キロももたないという致命的な欠点を指摘された。

・大手シューズメーカーが巨額の開発費を投じて軽くて衝撃吸収性に優れた特殊なスポンジ材を駆使していた。

・資金力のないこはぜ屋は、他社には真似できない軽くて丈夫な独自のソール素材を見つけなければ勝負にならないという大きな壁にぶつかった。

奇跡の新素材「シルクレイ」と飯山晴之の合流

窮地に立たされた宮沢に、銀行員の坂本がもたらしたのが前橋の倒産企業シルクールが特許を持つシルクレイという素材であった。

・くず繭を特殊加工したこの素材は、環境に優しいだけでなく、驚くほど軽く強靭で適度な弾力を備えていた。

・宮沢たちは倒産して身を隠していたシルクールの元社長・飯山晴之を探し出し、難航した交渉の末に彼を技術顧問として迎え入れた。

・飯山と息子の大地が昼夜を問わず開発室にこもり、失敗を繰り返しながらも煮繭の温度という盲点に気づき、シルクレイの硬度を自在にコントロールする技術を確立させた。

カリスマシューフィッターとアッパー素材との出会い

ソールの開発と並行して、アトランティスを退職した業界随一のカリスマシューフィッター・村野尊彦がアドバイザーとしてこはぜ屋に加わった。

・村野の豊富な知識により、茂木裕人の足型や走りの癖に合わせた緻密なソール設計が行われた。

・茂木からアッパーの素材が薄くて安定性や通気性に欠けるという要望を受け、新たな布地を探した。

・銀行の大橋の紹介で、独自の編み方の特許を持つベンチャー企業タチバナラッセルの橘社長と出会い、軽くてしなやかな最高のアッパー素材を確保した。

結集する技術とニュー「陸王」の完成

飯山と大地の技術で作られたシルクレイのソール、タチバナラッセルの高品質なアッパー素材、村野のプロフェッショナルな設計、そしてこはぜ屋の熟練工たちの卓越した縫製技術が揃った。

・すべての力と情熱が結集し、大手メーカーのシューズにも引けを取らない圧倒的な軽さと耐久性を誇るニュー陸王が完成した。

・この一足が、故障からの復活をかける茂木裕人の激走を支えていくこととなった。

まとめ

ランニングシューズ陸王の開発プロセスと試練を巡る一連の全貌は、足袋の形状改良から始まり、ソール耐久性という重大な障壁、新素材シルクレイと飯山晴之の参画による技術突破、カリスマシューフィッター村野やタチバナラッセルとの連携、そしてニュー陸王の完成に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
資金難や大手企業の妨害という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、職人たちの熱意と人々の絆が生んだモノづくり劇の記録である。試行錯誤の連続から、技術革新、最高の素材獲得、プロの知恵の統合、そして完成品による復活支援へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

地元の銀行交渉

地元の銀行との交渉と経営の現実の全貌

池井戸潤の小説『陸王』において、地元銀行との交渉について、坂本太郎の伴走と別れ、後任の大橋と冷徹な家長支店長、経理担当・富島の苦悩と過去のトラウマ、および実績か将来性かの各点から解説する。

坂本太郎の伴走と別れ

こはぜ屋にランニングシューズ開発という新規事業のきっかけを与えたのは、融資担当者の坂本太郎であった。

・坂本は単なる銀行員の枠を超え、インストラクターの有村を紹介するなど親身になって伴走した。

・中小企業を見下す家長支店長と融資方針を巡って対立し、業績不振の前橋支店へ左遷されることとなった。

・将来性を評価しない銀行の古い体質に見切りをつけ、ベンチャーキャピタルへと転職した。

・転職後も引き続き宮沢の良き相談相手としてこはぜ屋を支援し続けた。

後任・大橋と冷徹な家長支店長

坂本の後任として赴任した大橋浩は、実績と担保を重視し、感情を交えない典型的な銀行員であった。

・大橋の上司である家長支店長もまた、こはぜ屋を見下すような態度をとり続けた。

・シルクレイの量産のために一億円の設備投資資金が必要になった際、家長は貸すも親切、貸さぬも親切という言葉を盾に、身の丈に合わない無謀な投資だとして融資を完全に拒絶した。

・宮沢が運転資金のために個人の定期預金を解約したことにも小言を言い、宮沢の激しい怒りを買った。

経理担当・富島の苦悩と過去のトラウマ

こはぜ屋の番頭である経理担当の富島玄三は、銀行の意向を過剰なまでに気にし、宮沢の新規事業に猛反対し続けた。

・宮沢の父である先代社長がかつてマラソン足袋事業で失敗して倒産寸前になった際、現在の埼玉中央銀行の前身に救われた過去が存在した。

・その時の資金繰りの地獄を知る富島は、銀行との関係悪化や借金拡大を極度に恐れていた。

「実績」か「将来性」か

銀行との交渉を通じて作中で繰り返し語られるのは、銀行は過去の実績と担保しか評価せず将来性には融資しないという厳しい現実であった。

・こはぜ屋がどんなに素晴らしい素材であるシルクレイを見つけ、有名選手にシューズを履いてもらおうと、銀行から見れば実績のない無謀な挑戦に過ぎなかった。

・この銀行の冷酷な評価基準が、こはぜ屋をフェリックス社による買収提案という究極の選択へと追い込んでいくこととなった。

まとめ

地元の銀行との交渉と経営の現実を巡る一連の全貌は、志ある銀行員坂本の左遷と転職から始まり、冷酷な支店長家長による融資拒絶、番頭富島が抱く過去のトラウマと借金への恐怖、そして実績のみを偏重する銀行組織の壁に至るまで、その歩みを明瞭に示している。資金難や冷徹な金融機関の評価という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、地方中小企業の苦闘と経営の厳しさを物語る記録である。
銀行員との対立から、資金調達の破綻、買収提案の浮上、そして独自の打開策の模索へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

新規事業の開発

新規事業の開発と試練の克服の全貌

池井戸潤の小説『陸王』における「新規事業の開発」について、資金の壁と究極の選択(フェリックス社からの買収提案)、実績の壁と地道な販路開拓、チームの結束と大地の成長の各点から解説する。

資金の壁と究極の選択(フェリックス社からの買収提案)

陸王の核となるシルクレイ製造機が故障し、量産化に向けては1億円規模の設備投資が必要となった。

・頼みの地元銀行からは身の丈に合わない投資でリスクが高すぎると融資を完全に拒絶された。

・絶望的な状況の中、世界的アパレル企業フェリックスからこはぜ屋買収の提案が舞い込んだ。

・宮沢は百年ののれんと社員を守り自らのアイデンティティを見失わないために買収を拒否した。

・粘り強い交渉の末、フェリックスから3億円の低利融資と3年間の発注保証という業務提携を引き出すことに成功した。

実績の壁と地道な販路開拓

完成したニュー陸王を主要取引先である大徳百貨店に売り込んだが、ブランド力がなく初心者には売りにくいと門前払いを食らった。

・実績がないという壁に直面した宮沢たちは教育現場へアプローチし、安全性を訴えることで町村学園での採用を勝ち取った。

・シルクレイの技術を既存事業に応用した新しい地下足袋「足軽大将」を開発した。

・従来の生ゴムより圧倒的に軽く耐久性にも優れた足軽大将は瞬く間に完売し、数千足の追加注文が入る大ヒットとなった。

・これが資金繰りを助けるとともに、新素材の価値を世に証明する起爆剤となった。

チームの結束と大地の成長

新規事業は、当初はバラバラだった社内を一つにまとめていった。

・経理の富島は先代社長時代のトラウマから猛反対していたが、宮沢の熱意や縫製課の社員たちの姿に心を動かされ、覚悟を決めて資金繰りに奔走するようになった。

・就職活動に失敗し家業を腰掛けと考えていた息子の大地は、飯山とのシルクレイ開発や営業活動を通じてモノづくりの真の面白さと誇りに目覚めた。

・最終的には大手企業の内定を断りこはぜ屋で働き続けたいと申し出るほどに成長した。

まとめ

新規事業の開発と試練の克服を巡る一連の全貌は、設備投資資金の壁と買収提案に対する拒絶および有利な業務提携の獲得から始まり、教育現場へのアプローチやヒット商品足軽大将による実績作りの達成、そして社員たちの意識改革と後継者大地の確かな成長に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
資金難や実績不足という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、妥協なき理念と全員の情熱が結実した事業成功の記録である。買収の危機から、提携の獲得、販路の開拓、組織の結束、そしてニューイヤー駅伝での茂木の躍進へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

最新素材の活用

最新素材の活用とシューズ完成への技術革新の全貌

池井戸潤の小説『陸王』において、「最新素材の活用」は、資金力や開発力で劣る地方の零細企業「こはぜ屋」が、世界的シューズメーカーに対抗し、ランナーの理想を叶える本格的なシューズを作り上げるための最大の鍵として描かれている。物語における最新素材の活用について、ソール素材シルクレイの圧倒的なポテンシャル、単一素材による硬度コントロールの実現、アッパー素材の課題とタチバナラッセルの経編技術の各点から解説する。

ソール素材「シルクレイ」の圧倒的なポテンシャル

当初、陸王のソールには地下足袋用の生ゴムが使われていたが、耐久性と重さに大きな課題が存在した。

・大手メーカーが特殊なスポンジ材を使っているのに対し、こはぜ屋は前橋の倒産企業シルクールの元社長・飯山晴之が特許を持つシルクレイという新素材に着目した。

・くず繭を特殊加工したこの素材は、既存のゴム素材よりも遥かに軽く、強靭で適度な弾力を備えていた。

・天然素材であるため環境にも優しいという画期的なハイテク素材であった。

単一素材による硬度コントロールの実現

アトランティスなどの大手メーカーは、アウトソールに硬めのスポンジラバー、ミッドソールに軽いスポンジ材といった異質な材質を組み合わせることで、着地の衝撃吸収や耐久性のバランスをとっていた。

・飯山と宮沢大地は、シルクレイという単一素材のまま、製造工程における煮繭の温度を調整することで、ソールの硬さを自在にコントロールする技術を確立した。

・これにより、単一の素材でありながら、トップアスリートの過酷な使用にも耐えうる独自のソールを作り出すことに成功した。

アッパー素材の課題と「タチバナラッセル」の経編技術

ソールの改良が進む一方で、茂木裕人からアッパーのナイロン素材が薄くて走行中の安定性や存在感に欠けるという新たな課題が突きつけられた。

・軽さに加え、保温性、通気性、耐久性を併せ持つ素材を求めて大手繊維メーカーに取引を申し込んだが、小ロットを理由に門前払いを食らった。

・銀行員の大橋から紹介された設立3年目のベンチャー企業タチバナラッセルが、この難題を解決した。

・同社が持つダブルラッセルという独自の経編技術によって作られたメッシュ素材は、軽くしなやかで通気性にも優れており、こはぜ屋と村野の厳しい要求を満たす最高のアッパー素材となった。

まとめ

最新素材の活用とシューズ完成への技術革新を巡る一連の全貌は、伝統的な足袋技術と繭から生まれたシルクレイの融合から始まり、煮繭温度の管理による単一素材の硬度制御、大手メーカーに断られた末のタチバナラッセルとの連携、そして最高のハイテクアッパー素材の導入に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
開発力の乏しさや大企業の参入障壁という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、先端技術の発見と職人魂が組み合わさったモノづくり革新の記録である。試作の限界から、シルクレイの発見、硬度技術の確立、異素材の調達、そして最高峰ランニングシューズの完成へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

企業間競争

アトランティスとこはぜ屋の企業間競争の全貌

池井戸潤の小説『陸王』における企業間競争について、圧倒的な資本力の差と象とアリの戦い、茂木裕人をめぐる囲い込みと揺さぶり、圧倒的な発注量を武器にした兵糧攻め、および工業製品と魂の戦いの結末の各点から解説する。

圧倒的な資本力の差と「象とアリ」の戦い

アトランティスは全世界に一万人もの社員を抱え、巨額の開発費や宣伝費を投じてトップアスリートを囲い込む巨大企業である。

・同社の日本支社営業部長・小原や部下の佐山は、従業員20名強のこはぜ屋を吹けば飛ぶような足袋業者と見下していた。

・両者の競争は企業規模のみならず、最新のクッション材を駆使するアトランティスと、人間本来の走り方を追求して独自の薄底ソールであるシルクレイを開発するこはぜ屋という製品コンセプトの戦いでもあった。

茂木裕人をめぐる囲い込みと揺さぶり

アトランティスは当初、足の故障で戦線離脱したダイワ食品の茂木裕人を終わった選手と見限り、サポートを一方的に打ち切った。

・茂木がこはぜ屋の陸王を履いて部内トライアルで好走を見せると、手のひらを返して自社の最新シューズRIIを履くよう迫った。

・佐山はこはぜ屋の厳しい財務状況が記載された信用情報を茂木に渡し、いつ倒産してもおかしくない会社と付き合うのはマイナスだと不安を煽る揺さぶりをかけた。

圧倒的な発注量を武器にした兵糧攻め

アトランティスの妨害工作は、こはぜ屋のサプライチェーンにも及んだ。

・こはぜ屋が陸王のアッパー素材として頼りにしていたベンチャー企業タチバナラッセルの技術力に目をつける。

・自社の主力新製品への大規模な採用を餌に、こはぜ屋への素材供給を打ち切らせる専属契約を突きつけた。

・タチバナラッセルの橘社長は苦渋の決断の末にアトランティスを選び、こはぜ屋は素材供給を絶たれる危機に直面することとなった。

「工業製品」と「魂」の戦いの結末

アトランティスの小原や佐山にとって、選手は自社製品の宣伝道具であり、シューズは利益を生み出すための工業製品に過ぎなかった。

・対するこはぜ屋は、採算度外視でランナーの怪我を防ぐために心血を注ぎ、シューズに作り手の魂を込めていた。

・両者の戦いが決着したのが元日のニューイヤー駅伝であった。

・茂木は苦しい時に見捨てたアトランティスのRIIではなく、最後まで自分を信じて支えてくれたこはぜ屋の陸王を履くことを選んだ。

・強風吹き荒れる大舞台で、アトランティスを履く最大のライバル毛塚を見事に抜き去り区間賞を獲得した。

・この瞬間、資金もブランド力もない地方の零細企業が世界的巨大企業に一矢を報い、本格的なシューズメーカーとしての第一歩を踏み出すこととなった。

まとめ

アトランティスとこはぜ屋の企業間競争を巡る一連の全貌は、圧倒的な資金力差による象とアリの対立から始まり、選手への手のひら返しと揺さぶり、圧倒的発注量を傘に着た素材調達の遮断、そしてニューイヤー駅伝での勝利による逆転劇に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
巨大企業の圧力や妨害工作という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、モノづくりへの情熱と信頼関係がもたらした勝利の記録である。
冷酷な切り捨てから、素材供給の妨害、試練の克服、選手の決意、そして大舞台での歓喜へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

登場キャラクター

こはぜ屋

宮沢紘一

老舗足袋業者こはぜ屋の四代目社長である。資金繰りの悪化や足袋の需要低下に直面している。現状を打破するため、ランニングシューズ「陸王」の開発を決意する。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・四代目社長。

・物語内での具体的な行動や成果
 銀行員の助言を機に、新規事業として足袋の技術を生かしたランニングシューズの開発を始めた。資金繰りに奔走しながら、新たなソール素材シルクレイの特許を持つ飯山晴之を顧問に迎えた。シューフィッターの村野尊彦をアドバイザーとして雇い入れ、ダイワ食品の茂木裕人に「陸王」を提供した。フェリックスからの買収提案を拒否し、業務提携を引き出した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 足袋製造業者からランニングシューズメーカーへと事業を拡大させた。

宮沢大地

宮沢紘一の長男である。大学の工学部を卒業後、就職活動に失敗して家業を手伝っている。当初は新規事業に反発する姿勢を見せた。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・従業員。

・物語内での具体的な行動や成果
 製品の検針や品質管理を担当した。飯山晴之の助手としてシルクレイの開発に加わり、ソールの硬度を調整する技術を確立した。アッパー素材を探すため、タテヤマ織物との交渉にあたった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 メトロ電業の最終面接まで進んだ。就職活動を通じてこはぜ屋での仕事に意義を見出し、家業への貢献を決意した。

富島玄三

こはぜ屋の経理担当常務である。通称は「ゲンさん」と呼ばれている。堅実で保守的な性格である。会社の財務を第一に考え、新規事業には否定的な立場をとる。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・経理担当常務。

・物語内での具体的な行動や成果
 資金繰り表を作成し、宮沢に会社の財務状況を報告した。過去に先代社長がマラソン足袋事業で失敗したトラウマから、当初は「陸王」の開発に猛反対した。「足軽大将」がヒットした後は、シルクレイ量産のための資金調達を引き受けた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 長年こはぜ屋の経理を支え、宮沢に対しても意見を述べる影響力を持つ。

安田利充

こはぜ屋の係長である。気安い性格で面倒見が良い。若手工員たちのまとめ役を担っている。宮沢の新規事業に協力的である。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・係長。

・物語内での具体的な行動や成果
 宮沢とともに菱屋足袋からミシンを譲り受けた。「陸王」の開発チームに加わり、生産計画の立案や労務管理を担当した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 現場の要として、製造管理の面で宮沢を補佐している。

正岡あけみ

縫製課のリーダーである。男勝りで明るい性格である。新しい商品作りに意欲を見せる。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・縫製課リーダー。

・物語内での具体的な行動や成果
 「陸王」の開発チームに参加し、試作品の縫製を担当した。冨久子が倒れた際には、自ら代役を志願した。フェリックスの傘下に入る条件が提示された全体会議では、のれんを守るために新規事業へ賛成するよう従業員たちを説得した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 平均年齢の高い縫製課をまとめる中心的な存在である。

西井冨久子

こはぜ屋の最高齢工員である。縫製技術が高く、足袋のデザイナーとしての顔も持つ。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・縫製課従業員。

・物語内での具体的な行動や成果
 「陸王」の試作品にトンボの意匠を取り入れた和風のデザインを考案した。「陸王」の量産初日に無理をして心不全で倒れた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 療養を経て職場へ復帰し、従業員たちから温かく迎えられた。

仲下美咲

縫製課で最も若い従業員である。冨久子の指導を受けてきた愛弟子である。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・縫製課従業員。

・物語内での具体的な行動や成果
 冨久子が倒れた後、複雑なステッチを要する工程の代役に指名された。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 周囲の励ましを受け、代役を務め上げた。

水原米子

縫製課のナンバー2である。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・縫製課従業員。

・物語内での具体的な行動や成果
 冨久子が倒れて自責の念に駆られるあけみを慰めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

橋井美子

縫製課のベテラン工員である。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・縫製課従業員。

・物語内での具体的な行動や成果
 大地の検品ミスによる責任転嫁発言を富島に報告した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

村井正一

こはぜ屋の工員である。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・従業員。

・物語内での具体的な行動や成果
 「陸王」の量産時に裁断機を操作して足型を抜いた。ミシンの部品が壊れた際には保管庫から代替品を探した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

宮沢紘作

宮沢紘一の父親であり、こはぜ屋の先代社長である。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・先代社長。

・物語内での具体的な行動や成果
 過去に「陸王」という名のマラソン足袋事業に資金を投じて失敗した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 故人である。

こはぜ屋応援団

茂木裕人を応援するため、こはぜ屋の従業員たちで結成された集団である。

・所属組織、地位や役職
 こはぜ屋・従業員。

・物語内での具体的な行動や成果
 横断幕を作成し、京浜国際マラソンなどで茂木裕人に声援を送った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

宮沢家

宮沢美枝子

宮沢紘一の妻である。

・所属組織、地位や役職
 宮沢紘一の妻。

・物語内での具体的な行動や成果
 大地がこはぜ屋を好きな気持ちを紘一に伝えた。紘一が事業で悩んだ際には、挑戦を続けるよう励ました。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

宮沢茜

宮沢紘一の娘である。高校生である。

・所属組織、地位や役職
 宮沢紘一の娘。

・物語内での具体的な行動や成果
 紘一にスニーカーを買ってくるよう頼んだ。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

埼玉中央銀行

坂本太郎

埼玉中央銀行の融資担当者である。こはぜ屋の新規事業を親身になって支援する。

・所属組織、地位や役職
 埼玉中央銀行行田支店・融資担当。のちに東京キャピタル・営業部へ転職。

・物語内での具体的な行動や成果
 足袋産業の衰退を指摘し、宮沢に新規事業の検討を提案した。ランニングインストラクターの有村や、シルクレイの特許を持つ飯山を紹介した。家長支店長と対立して前橋支店へ転勤したのち、銀行を退職して投資会社へ移った。フェリックスによるこはぜ屋の買収話を持ち込んだ。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 銀行員という立場を超えて宮沢を支え、フェリックスとの交渉を仲介した。

大橋浩

坂本の後任として赴任した銀行員である。実績と担保を重視する冷徹な性格である。

・所属組織、地位や役職
 埼玉中央銀行行田支店・融資担当。

・物語内での具体的な行動や成果
 「陸王」の事業計画に対して否定的な態度をとった。タチバナラッセルをこはぜ屋に紹介した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

家長亨

埼玉中央銀行行田支店の支店長である。中小企業を見下すような態度をとる。

・所属組織、地位や役職
 埼玉中央銀行行田支店・支店長。

・物語内での具体的な行動や成果
 シルクレイの設備投資に対する一億円の融資を拒否した。宮沢が個人の定期預金を解約する際にも難色を示した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

ダイワ食品(陸上競技部)

城戸明宏

ダイワ食品陸上競技部の監督である。選手に対して厳しい態度をとるが、深い愛情も持っている。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品陸上競技部・監督。

・物語内での具体的な行動や成果
 宮沢からの「陸王」の売り込みを当初は拒絶した。茂木に日本選手権の出場を懸けた部内トライアルへの参加を命じた。茂木がアトランティスの佐山からシューズの選択を迫られた際には、佐山を追い払った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

茂木裕人

ダイワ食品陸上競技部の選手である。箱根駅伝で活躍した経歴を持つ。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品・総務部労務課勤務。ダイワ食品陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 京浜国際マラソンで足を痛め、走法改造に取り組んだ。アトランティスから支援を打ち切られた後、「陸王」と出会った。ニューイヤー駅伝の六区で毛塚直之を破り、区間賞を獲得した。京浜国際マラソンで日本人トップでゴールした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 怪我による挫折から復活を遂げ、トップランナーとしての地位を取り戻した。

立原隼斗

ダイワ食品陸上競技部のエース選手である。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 部内トライアルの一万メートルでトップとなった。ニューイヤー駅伝の四区を走ったが、途中で異常を起こし順位を落とした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

平瀬孝夫

ダイワ食品陸上競技部の選手である。茂木の先輩であり、良き相談相手である。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 股関節の故障に苦しみ、引退を決意した。ニューイヤー駅伝の七区を任され、二位でゴールして競技生活を終えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 引退後、後進に夢を託した。

内藤久雄

ダイワ食品陸上競技部のベテラン選手である。安定した走りに定評がある。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 ニューイヤー駅伝の一区を走った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

オリユク

ダイワ食品陸上競技部の外国人選手である。世界陸上での入賞歴を持つ。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 ニューイヤー駅伝の二区を走った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

川井

ダイワ食品陸上競技部のベテラン選手である。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 ニューイヤー駅伝の三区を走った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

水木

ダイワ食品陸上競技部の選手である。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 ニューイヤー駅伝の五区を走った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

野坂敦

ダイワ食品総務部労務課の係長である。陸上競技部の管理を任されている。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品総務部労務課・係長。

・物語内での具体的な行動や成果
 茂木に走法改造の進捗と復帰時期を問い質した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

牧村

ダイワ食品の社員である。野坂と同じ労務課に勤務している。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品総務部労務課・社員。

・物語内での具体的な行動や成果
 平瀬に野坂と茂木の面談について情報を伝えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

斉藤昌治

ダイワ食品陸上競技部のチームドクターである。簡潔な物言いをする。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品陸上競技部・チームドクター。

・物語内での具体的な行動や成果
 茂木を半腱様筋腱の部分損傷と診断した。茂木の回復を確認し、通常練習への復帰を許可した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

端井

ダイワ食品陸上競技部の選手である。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 ニューイヤー駅伝で茂木の付き添いをした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

マサエ

ダイワ食品陸上競技部が生活する寮の寮母である。

・所属組織、地位や役職
 ダイワ食品陸上競技部寮・寮母。

・物語内での具体的な行動や成果
 用具室にあった「陸王」を茂木に届けた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

アトランティス

小原賢治

世界的スポーツ用品メーカー・アトランティスの日本支社営業部長である。利益と宣伝効果を最優先する。

・所属組織、地位や役職
 アトランティス日本支社・営業部長。

・物語内での具体的な行動や成果
 茂木の怪我を理由にサポートを打ち切った。茂木が回復してくると再び自社製品を使わせようとした。タチバナラッセルに専属契約を持ちかけ、こはぜ屋への素材供給を断たせた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 村野と対立し、彼を退職へ追いやった。

村野尊彦

アトランティスのカリスマシューフィッターである。選手に寄り添うことを第一に考える。

・所属組織、地位や役職
 アトランティス・シニアシューズマイスター。のちにこはぜ屋・アドバイザー。

・物語内での具体的な行動や成果
 茂木を見捨てる小原の会社方針に反発してアトランティスを退職した。宮沢の誘いを受け、こはぜ屋のアドバイザーに就任した。茂木の足型に合わせた「陸王」のソールを設計した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 日本陸上界の多くの選手から信頼を集めている。

佐山淳司

アトランティスの営業担当者である。小原の部下であり、上司の意向に従う。

・所属組織、地位や役職
 アトランティス日本支社・営業担当。

・物語内での具体的な行動や成果
 村野の退職後、茂木の担当を引き継いだ。こはぜ屋の信用情報を見せて茂木の不安を煽った。タチバナラッセルとの専属契約を主導した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

中畑

アトランティスの調達担当者である。

・所属組織、地位や役職
 アトランティス・調達担当。

・物語内での具体的な行動や成果
 タチバナラッセルとの交渉に同席し、専属契約を求めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

アジア工業(陸上競技部)

毛塚直之

アジア工業陸上競技部のエース選手である。茂木の大学時代からのライバルである。

・所属組織、地位や役職
 アジア工業陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 富士五湖マラソンで日本人上位でゴールし、茂木からの握手を無視した。日本選手権の一万メートルで二位となった。ニューイヤー駅伝の六区で茂木と競り合い、敗れた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 日本陸上界を背負うスター選手として注目されている。

清崎徳治郎

アジア工業陸上競技部の監督である。勝つためには手段を選ばない采配で知られる。

・所属組織、地位や役職
 アジア工業陸上競技部・監督。

・物語内での具体的な行動や成果
 ニューイヤー駅伝で直前に走者を変更し、毛塚を六区にエントリーした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

芝浦自動車(陸上競技部)

徳原誠

芝浦自動車陸上競技部の監督である。営業部から転じた変わり種である。

・所属組織、地位や役職
 芝浦自動車陸上競技部・監督。

・物語内での具体的な行動や成果
 佐山からのサポート契約の提案に対して適当に返事をした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

彦田知治

芝浦自動車陸上競技部の選手である。日本を代表するマラソンランナーである。

・所属組織、地位や役職
 芝浦自動車陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 村野の勧めで「陸王」を練習で使用し、高く評価した。自社製品を押し付ける佐山を批判した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

滝井

芝浦自動車陸上競技部の選手である。

・所属組織、地位や役職
 芝浦自動車陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 ニューイヤー駅伝の七区を走り、平瀬に抜かれた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

ジャパニクス

田中

ジャパニクス陸上競技部の選手である。マラソン日本記録保持者である。

・所属組織、地位や役職
 ジャパニクス陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 京浜国際マラソンに出場し、レースを牽引した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

望月

ジャパニクス陸上競技部の選手である。国内屈指のランナーである。

・所属組織、地位や役職
 ジャパニクス陸上競技部・選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 ニューイヤー駅伝の七区を走り、トップでゴールテープを切った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

フェリックス

御園丈治

世界的アパレルメーカー・フェリックスの社長である。優れた経営手腕を持つ。

・所属組織、地位や役職
 フェリックス・社長。

・物語内での具体的な行動や成果
 シルクレイの技術に目をつけ、こはぜ屋に買収を提案した。買収を断られた後、三億円の融資と発注保証による業務提携を提案した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 妻を亡くし会社を失った過去を持ち、ハリケーンの名を社名に冠している。

ジャニス

御園丈治の亡き妻である。デザイナーであった。

・所属組織、地位や役職
 元ジャニス・デザイナー。

・物語内での具体的な行動や成果
 御園とともにバッグ製造会社を立ち上げた。ハリケーンの被害に遭い命を落とした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 故人である。

東和エレキ工業

内山

東和エレキ工業の人事部部長代理である。

・所属組織、地位や役職
 東和エレキ工業人事部・部長代理。

・物語内での具体的な行動や成果
 大地の面接を担当し、「陸王」の開発経験を高く評価した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 大地の最終面接にも同席した。

川田

東和エレキ工業の取締役人事部長である。

・所属組織、地位や役職
 東和エレキ工業・取締役人事部長。

・物語内での具体的な行動や成果
 大地の最終面接を担当し、本当にこはぜ屋の仕事を続けたいのではないかと問うた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

南原

東和エレキ工業の製造部長である。

・所属組織、地位や役職
 東和エレキ工業・製造部長。

・物語内での具体的な行動や成果
 大地の最終面接を担当し、シルクレイの特許技術について質問した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

桐山

東和エレキ工業の企画部長である。

・所属組織、地位や役職
 東和エレキ工業・企画部長。

・物語内での具体的な行動や成果
 大地の最終面接を担当した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

光誠学園

井田夏央

光誠学園の主任教諭である。数学教師である。

・所属組織、地位や役職
 光誠学園・主任教諭。

・物語内での具体的な行動や成果
 宮沢を保護者連絡会に招いたが、結果的に「陸王」を不採用とした。町村学園の栗山にこはぜ屋を紹介した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

保護者と教員

光誠学園の保護者および教員である。

・所属組織、地位や役職
 光誠学園・関係者。

・物語内での具体的な行動や成果
 宮沢のプレゼンを聞き、アトランティス製品の採用を決定した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

町村学園

栗山

町村学園の教員である。

・所属組織、地位や役職
 町村学園・教員。

・物語内での具体的な行動や成果
 光誠学園の井田からの紹介でこはぜ屋に問い合わせ、「陸王」を体育の授業用に採用した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

シルクール / 飯山家

飯山晴之

倒産した企業シルクールの元社長である。シルクレイの特許を持つ。

・所属組織、地位や役職
 元シルクール・社長。のちにこはぜ屋・顧問。

・物語内での具体的な行動や成果
 特許をフェリックスに売らず、こはぜ屋の技術顧問となった。大地とともにシルクレイの量産技術を確立した。違法金融業者に襲われて入院したが、抜け出して機械の修理を指導した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 倒産による挫折から立ち直り、こはぜ屋の新規事業に不可欠な存在となった。

飯山素子

飯山晴之の妻である。苦労しながらも夫を支える。

・所属組織、地位や役職
 清掃会社・アルバイト従業員。

・物語内での具体的な行動や成果
 倒産後、清掃や倉庫作業で家計を支えた。特許に執着する夫に地道な仕事を促した。夫が入院した際には、こはぜ屋へ設計図を届けた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

大徳百貨店

矢口

大徳百貨店の購買担当者である。宮沢の百貨店勤務時代の元同僚である。

・所属組織、地位や役職
 大徳百貨店・購買担当。

・物語内での具体的な行動や成果
 こはぜ屋の検針漏れを受け入れつつ、和装売り場の縮小を宮沢に伝えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

中岡伸也

大徳百貨店のバイヤーである。

・所属組織、地位や役職
 大徳百貨店・バイヤー。

・物語内での具体的な行動や成果
 ブランド力がないことを理由に「陸王」の取り扱いを断った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

タチバナラッセル

橘健介

タチバナラッセルの社長である。技術力に自信を持つ。

・所属組織、地位や役職
 タチバナラッセル・社長。

・物語内での具体的な行動や成果
 独自の経編技術による素材をこはぜ屋に提供した。のちにアトランティスと専属契約を結び、こはぜ屋への供給を打ち切った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

タテヤマ織物

檜山和人

タテヤマ織物の資材営業部長である。創業家の一族とみられる。

・所属組織、地位や役職
 タテヤマ織物・資材営業部長。

・物語内での具体的な行動や成果
 大地の説明を聞き、「陸王」のアッパー素材供給を前向きに検討した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

関東レーヨン

大野

関東レーヨン大宮支社の主任である。

・所属組織、地位や役職
 関東レーヨン・主任。

・物語内での具体的な行動や成果
 小ロットであることを理由にこはぜ屋との取引を断った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

菱屋足袋

菊池

菱屋足袋の社長である。

・所属組織、地位や役職
 菱屋足袋・社長。

・物語内での具体的な行動や成果
 不渡りを出して会社を畳み、こはぜ屋にミシンを譲り渡した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

月刊アスリート

島遥香

『月刊アスリート』のライターである。

・所属組織、地位や役職
 月刊アスリート・ライター。

・物語内での具体的な行動や成果
 茂木にインタビューしたが、都合よく編集した記事を掲載した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

椋鳩通運

江幡

椋鳩通運のセールスドライバーである。元長距離ランナーである。

・所属組織、地位や役職
 椋鳩通運・セールスドライバー。

・物語内での具体的な行動や成果
 「陸王」の試作品を試走し、改善点を指摘した。市民駅伝への参加を提案した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

その他・関係者

有村融

ランニングインストラクターである。スポーツ用品店を経営している。

・所属組織、地位や役職
 スポーツ用品店経営・ランニングインストラクター。

・物語内での具体的な行動や成果
 宮沢にミッドフット着地の重要性を教え、茂木裕人の存在を提示した。村野を宮沢に紹介した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

広樹

大地の友人である。メーカーの開発部で働いている。

・所属組織、地位や役職
 メーカー開発部・社員。

・物語内での具体的な行動や成果
 大地の就職活動に対する姿勢を厳しく指摘した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

山辺博

飯山の義弟である。養蚕農家のリーダー格である。

・所属組織、地位や役職
 養蚕農家。

・物語内での具体的な行動や成果
 シルクレイの製造機械を倉庫で保管していた。こはぜ屋に原料の繭を供給した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

橋田

飯山の同級生である。土木工事を受注する業者である。

・所属組織、地位や役職
 土木会社・経営。

・物語内での具体的な行動や成果
 倒産した飯山に社員寮の一室を格安で貸し与えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

友部

前橋にある電装部品会社の社長である。飯山の古い知り合いである。

・所属組織、地位や役職
 電装部品会社・社長。

・物語内での具体的な行動や成果
 東京第一商事に飯山の特許を売り込んだ。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

尾村

新横浜にある企業の営業マンである。

・所属組織、地位や役職
 企業・営業担当。

・物語内での具体的な行動や成果
 タチバナラッセルの契約打ち切りを怪しみ、こはぜ屋との取引を断った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

桂田

茂木の高校時代の陸上競技部監督である。

・所属組織、地位や役職
 高校陸上競技部・監督。

・物語内での具体的な行動や成果
 茂木の所属する陸上部を全国レベルに育て上げた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

松木

行田通商の経営者である。

・所属組織、地位や役職
 行田通商・経営者。

・物語内での具体的な行動や成果
 倒産歴があり、再び倒産して夜逃げした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 富島に語られた過去の人物である。

花畑

さきたま履物店の経営者である。

・所属組織、地位や役職
 さきたま履物店・経営者。

・物語内での具体的な行動や成果
 松木と同様に倒産歴があり、再び倒産して夜逃げした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 富島に語られた過去の人物である。

金栗四三

過去のオリンピックに出場したマラソン選手である。

・所属組織、地位や役職
 マラソン選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 ストックホルム・オリンピックで足袋を履いて走った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 歴史上の人物として言及された。

ワンジャラ

ケニアの長距離選手である。

・所属組織、地位や役職
 長距離選手。

・物語内での具体的な行動や成果
 富士五湖マラソンで毛塚と接戦を繰り広げた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

山崎雅弘

日本記録を持つマラソンランナーである。

・所属組織、地位や役職
 マラソンランナー。

・物語内での具体的な行動や成果
 日本選手権の一万メートルで毛塚を抜き去り優勝した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

若い店員

スポーツ用品店の店員である。

・所属組織、地位や役職
 スポーツ用品店・店員。

・物語内での具体的な行動や成果
 宮沢にビブラム社のファイブフィンガーズを紹介した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

闇金融業者

システム金融と呼ばれる違法金融業者である。

・所属組織、地位や役職
 違法金融業者。

・物語内での具体的な行動や成果
 飯山に金を貸し付け、のちにこはぜ屋の前で飯山を襲撃した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき事項はない。

展開まとめ

プロローグ 

菱屋足袋への道

六月とは思えない暑さの中、こはぜ屋社長の宮沢と工員の安田利充は、埼玉県行田市から宇都宮市へ向かっていた。二人の目的は、倒産した老舗足袋業者・菱屋足袋から、ドイツ式八方つま縫いミシンを譲り受けることであった。部品の供給が途絶えている貴重な機械だけに、宮沢は債権者に持ち去られていないかと不安を募らせていた。

残された十台のミシン

菱屋足袋の工場に到着すると、内部には黒光りするミシンが残されていた。ほどなく社長の菊池も現れ、取引先の倒産による不渡りを機に、創業百二十年を超える会社を畳むと明かした。足袋業界の衰退を時代の流れとして受け入れた菊池は、稼働可能な五台と部品取り用の五台を譲ることにした。

部品確保の安堵

宮沢たちは十台のミシンをトラックへ積み込み、謝礼として二十万円を渡した。菊池は今後の生活を決めかねていたが、宮沢は落ち着いたら酒を飲もうと声をかけて別れた。安田からミシンの状態が良いと聞いた宮沢は、当面の部品を確保できたことに安堵した。

蓮の季節

行田へ戻った二人は、馴染みの大衆食堂で遅い昼食を取った。店を出た宮沢は、水路に咲くピンク色の花を見つけ、蓮の季節が近いことを感じた。その後、二人を乗せたトラックは、こはぜ屋へ向かって走り出した。

第一章 百年ののれん 

衰退するこはぜ屋

行田市で百年以上足袋を作り続けてきたこはぜ屋は、洋装化や安全靴の普及によって売上げを減らしていた。足袋の町として栄えた行田でも同業者は次々と姿を消し、宮沢は倒産した菱屋足袋の境遇を他人事とは思えなかった。

大地の検針漏れ

菱屋から持ち帰ったミシンを確認していた宮沢は、長男の大地が担当する検針を終えないまま商品が出荷され、返品されたことを知った。宮沢は仕事への責任を求めて大地を叱ったが、大地は反発した。富島は就職活動に失敗して家業に入った大地をかばい、こはぜ屋を継いでほしいと漏らしたが、宮沢は衰退する足袋製造業を息子に継がせるつもりはなかった。

二千万円の資金不足

富島が示した資金繰り表によって、こはぜ屋は翌月末までに二千万円を借りなければ資金が不足すると判明した。宮沢は埼玉中央銀行へ融資を申し込み、担当者の坂本から、足袋だけでは将来の成長が望めず、いずれ融資が難しくなる可能性を告げられた。坂本は、こはぜ屋の技術や強みを生かした新規事業を考えるよう助言した。

百年続いた会社の強み

宮沢は、こはぜ屋の強みを問われても答えられなかった。富島も新規事業には消極的で、会社の強みはしぶとさだと冗談めかした。宮沢も足袋一筋で会社を守ることが安全だと考えてきたが、坂本の言葉が心に残った。

大地との口論

東京へ営業に向かう前夜、宮沢は面接のため会社を休むと突然告げた大地を叱った。工学部を出ながら営業職を志望することにも疑問を呈すると、大地は足袋会社で働くよりましだと言い返した。宮沢は自分も若い頃に百貨店で修業した経験を思い出し、自身の人生には挑戦がなかったと振り返った。

和装売り場の縮小

大徳百貨店で検針漏れを謝罪した宮沢は、旧知の矢口から和装売り場が三割縮小される可能性を知らされた。こはぜ屋の主要取引先である大徳百貨店の売り場縮小は、大幅な売上げ減少につながる問題であった。その後も各地の得意先を回ったが、目立った成果は得られなかった。

五本指のランニングシューズ

娘の茜に頼まれたスニーカーを買うため売り場を訪れた宮沢は、五本指に分かれたランニングシューズを見つけた。その靴は裸足のように地面を掴めることが特徴で、地下足袋とよく似た発想の商品であった。活気あるシューズ売り場を見た宮沢は、同じ履き物でも足袋業界との勢いの違いを痛感した。

大地の面接

大地は電機メーカーの面接で、大学の成績やサッカー経験を問われたが、面接官の関心を引けなかった。工学部卒で営業職を志望した理由として、技術を理解した営業を強みにしたいと答えたものの、反応は薄かった。家業を斜陽産業と説明した大地は、不採用を確信し、五十社以上受けても仕事が決まらない自分に価値がないのかと思い詰めた。

地下足袋と走り

帰路についた宮沢は、五本指シューズが地下足袋のランニング版に近いことに気づいた。かつて運動会で足袋を履いて走っていた記憶から、足袋と走ることは無関係ではないと考えたのである。伝統にとらわれず、地下足袋の技術を使ったランニングシューズを作れば、新しい市場へ参入できるかもしれないという発想が生まれた。

こはぜ屋を継ぎたい大地

帰宅した宮沢は、面接がうまくいかなかった大地について妻の美枝子と話した。美枝子は、大地が本当はこはぜ屋を好きで、跡を継ぎたいと考えていたのではないかと語った。しかし宮沢は、将来のない会社を継がせることは大地のためにならないと反論した。それでも現状のままでは会社を残せないため、宮沢はランニングシューズの新規事業を本気で考え始めた。

第二章 タラウマラ族の教え 

マラソン足袋の再発見

宮沢が地下足袋を応用したランニングシューズの構想を富島に話すと、富島は、かつてこはぜ屋にもマラソン足袋があり、金栗四三も足袋でオリンピックを走ったと語った。しかし富島は、マラソン足袋が運動靴に敗れて廃番になった過去から、新事業には懐疑的であった。宮沢は費用を抑えながら、昔の製品を探して検討を進めることにした。

坂本の助言

来社した坂本は、宮沢の構想を新規事業として歓迎した。さらに、競合商品の研究だけでなく、走る仕組みそのものを理解する必要があると指摘し、知人のランニングインストラクターを紹介すると申し出た。

有村融との出会い

宮沢は坂本とともに横浜のショップを訪れ、ランニング理論を研究してきた有村融と面会した。有村は、足袋は底が薄く平らであるため、ランニングに適する可能性があると評価した。厚い踵を持つ一般的なシューズはヒール着地を促し、膝などの故障につながる場合がある一方、足の中央や前方で着地する走り方は、人間本来の走法に近いと説明した。

人間本来の走り

有村は、粗末なサンダルで長距離を走るタラウマラ族や、人類が獲物を長時間追い続けて生き残った歴史を紹介した。人間は自由に呼吸しながら長距離を走る能力を持ち、その際にはミッドフットやフォアフットで着地していたと考えられていた。宮沢は走りの奥深さに感動し、自らも走ってみたいと申し出たが、有村から、まずは無理をせず散歩から始めるよう勧められた。

京浜国際マラソン

新事業への決断を先延ばしにしている間に半年が過ぎ、大徳百貨店の売り場縮小によってこはぜ屋の売上げはさらに落ち込んだ。宮沢は大地を連れて京浜国際マラソンを訪れ、二万人もの参加者と高まるランニング人気を目の当たりにした。

茂木裕人の棄権

レースでは、ダイワ食品の茂木裕人が、大学時代のライバルである毛塚直之を追う途中で膝を痛め、路上にうずくまった。茂木を応援していた大地は、故障さえなければ茂木のほうが優れていると悔しがった。宮沢はその様子から、大地が走ることに強い関心を持っていると知った。

開発チームの発足

翌日、宮沢は富島にマラソン足袋の開発チームを作ると宣言した。安田、縫製課の正岡あけみ、大地をメンバーとし、坂本にも協力を求める構想であった。富島が倉庫から見つけた昔のマラソン足袋には陸王という商品名が刻まれており、宮沢は新製品にもその名を使うことにした。

大地の反発

宮沢が開発チームへの参加を求めると、大地は足袋屋が現在のランニングシューズに対抗できるはずがなく、時間の無駄だと拒絶した。宮沢は、試してもいない段階で決めつける大地の態度に腹を立て、親子の溝はさらに深まった。

陸王の設計

四月、宮沢は安田、あけみ、坂本と開発チームの初会合を開いた。大手メーカーのシューズ開発には数千万円規模の費用が必要と判明したが、宮沢はまず試作品を作り、実際に走って問題点を探す方針を決めた。陸王は、ミッドフット着地を促し、裸足感覚、軽さ、足袋特有のフィット感を生かす製品とされた。冨久子がトンボをあしらった和風のデザインを仕上げ、地下足袋用の生ゴムを靴底に使うことになった。

試作品第一号

二週間後、宮沢用の試作品が完成した。陸王は足に吸い付くように密着し、生ゴムの底が床を掴む感覚もあった。元長距離選手である椋鳩通運の江幡も試走に協力することになり、宮沢は周囲へ協力の輪が広がることに期待した。

試走で判明した欠点

宮沢が夜道を走ると、薄い靴底から伝わる衝撃が強く、親指と他の指の間が擦れて痛み始めた。江幡も同じ問題を指摘し、踵の形状や衝撃の強さにも改善を求めた。一方で、足を入れた際のフィット感は高く評価した。

足袋からシューズへ

宮沢と安田は、道路を走るだけなら足先を二股にする必要はないと考え、つま先を一般的なシューズのように丸くすることにした。靴底を厚くすれば衝撃を抑えられるが、重量が増して足袋の軽さを失うため、安田は生ゴムではなく特殊な布を使う案を出した。しかし適した素材が見つからず、まずは可能な範囲で改良を続けることになった。

大地の勤務態度

富島は、就職活動が難航する大地の仕事ぶりが投げやりになり、検品ミスを縫製課の責任にしたことを宮沢へ報告した。宮沢は大地に、腰掛けのつもりでも他の社員は真剣に働いており、責任を持てないなら辞めるよう告げた。大地は大企業の面接にも失敗していたが、宮沢は進路を自分の力で切り開かせるしかないと考えた。

改良された陸王

二か月の改良を経て、陸王は丸いつま先を持つ和風のシューズへ生まれ変わった。江幡と仲間たちの試走でも一定の評価を得たため、宮沢は坂本とともに有村を訪ねた。有村は縫製やデザイン、履き心地を高く評価したものの、生ゴムの靴底では耐久性が不足し、本格的なランニングシューズとしての販売は難しいと指摘した。

矯正用シューズの可能性

有村は、陸王をミッドフット着地を身につける矯正用や初心者用のシューズとして売り出す道を示した。商品化には、故障経験があり走法に悩む有名ランナーに使ってもらい、実績と改良を重ねる必要があった。有村が候補として挙げたのは、京浜国際マラソンで膝を痛めて棄権したダイワ食品の茂木裕人であった。宮沢はあまりに大きな名前を前に、言葉を失った。

第三章 後発ランナー 

ダイワ食品への売り込み

六月半ば、宮沢はダイワ食品陸上競技部を訪れ、監督の城戸明宏に陸王を売り込んだ。宮沢はミッドフット着地によって故障を防ぐ特徴を説明し、茂木裕人に試してほしいと頼んだ。しかし城戸は、実績のない製品を一流選手に使わせることはできないと拒絶した。宮沢は茂木のサイズに合わせて用意した四足を預けたものの、ほとんど相手にされないまま退席した。

アトランティスの圧力

城戸は、アトランティス日本支社の営業部長・小原賢治とシューフィッターの村野尊彦に陸王を見せた。小原は無名の足袋業者を見下し、ダイワ食品にはアトランティス製品だけを使わせるよう念を押した。一方、城戸は茂木の半腱様筋腱損傷と走法改造に不安を抱えていた。小原は、茂木が以前の成績を取り戻せなければ支援を続ける価値がないと考えていた。

坂本の転勤

売り込みに失敗した宮沢を坂本は励ましたが、その直後、前橋支店への転勤を告げた。坂本は最後の仕事として、こはぜ屋への融資を支店長に承認させていた。宮沢たちは感謝を伝えたが、富島は、坂本が家長支店長と対立したため業績不振の前橋支店へ飛ばされた可能性を語った。宮沢は理解者を失う不安を抱えながらも、陸王を成功させると坂本と約束した。

茂木に届いた陸王

城戸に放置されていた陸王は、寮母によって偶然茂木へ届けられた。茂木は故障後の走法改造に苦しみ、大学時代から競い続けてきた毛塚直之との差が広がることに焦りを感じていた。陸王の軽さやデザインには目を留めたものの、無名の足袋業者による売り込みだと知ると、世界的メーカーの製品には及ばないと決めつけ、押し入れへ放り込んだ。

新担当者の大橋

坂本は後任の大橋浩を伴って最後の挨拶に訪れた。大橋は伝統産業を扱いにくいと率直に語る冷淡な人物であり、宮沢は坂本との違いを痛感した。二人を見送った後、宮沢は陸王の見通しが立たない中で、頼れる後ろ盾を失ったような喪失感に襲われた。

光誠学園からの依頼

有村は、体育で指導している私立の光誠学園が後期から使用するシューズを見直していると宮沢に知らせた。宮沢は担当教諭の井田夏央を訪ね、陸王の特徴を説明した。井田は興味を示し、保護者連絡会で直接説明し、見積もりを提出するよう求めた。中高合わせて千八百人の名門校への採用は、大きな実績となる可能性があった。

保護者連絡会の手応え

宮沢は保護者と教員約三十人を前に、こはぜ屋が陸王を開発した理由や、故障を防ぐ走法について説明した。参加者の反応は良く、宮沢は十分な手応えを得た。退出時には競合相手であるアトランティスの営業担当者とすれ違い、こはぜ屋との二社による選考だと知った。宮沢は大手企業を相手にしても勝機があると感じ、意気揚々と会社へ戻った。

陸王チームの前祝い

宮沢は安田、あけみ、江幡、転勤後の坂本と居酒屋に集まり、プレゼンの成功を祝った。彼らは陸王が子供たちの故障を防ぎ、正しい走り方を身につけさせる商品になると期待した。競合がアトランティスだと知ると不安が広がったが、坂本は、商品に魅力がなければ選考に呼ばれないとして宮沢たちを励ました。

光誠学園の不採用

週明け、井田から陸王を採用しないとの連絡が入った。理由は実績と科学的な裏付けがなく、生徒を実験台にするのではないかという懸念であった。さらに、生ゴムのソールは耐久性に不安があり、価格が倍以上でも新開発のソールを持つアトランティス製品のほうが得だと判断されていた。宮沢は値段ではなく製品の実力で敗れたことを悟り、深く落胆した。

富島との対立

富島は、可能性がなければ陸王を打ち切って本業へ戻るべきだと忠告した。宮沢は新規事業に取り組みながらも足袋の営業を怠っていないと反発し、富島の保守的な姿勢を邪魔だと感じた。一方、安田は敗北を知らされても、またやり直せばよいと宮沢を励まし、開発を続ける意思を示した。

復帰を迫られる茂木

茂木は会社の係長・野坂敦から、走法改造の進み具合と復帰時期を問われた。新しい走り方と体作りには一年以上かかる可能性があったが、ダイワ食品には走れない選手を長く陸上競技部へ残す余裕はなかった。復帰できなければ一般業務へ配置され、競技生活を終える可能性があった。早急な完成を求められた茂木は、遠ざかる毛塚の背を思い、悔しさと焦りを募らせた。

第四章 決別の夏 

有村の厳しい助言

光誠学園で不採用となった宮沢は、有村に今後の方針を相談した。有村は、実績や優れたソールは短期間では得られず、資金がなければ工夫によってアトランティスを上回るしかないと厳しく告げた。宮沢は安田と話し合い、生ゴムを貼る限り大手シューズメーカーと同じ土俵に立つことになり、資金も技術もないこはぜ屋には決定的なソールが欠けていると痛感した。

茂木と村野の調整

走法改造に苦しむ茂木に、村野はソールを薄く平らに調整すればミッドフット着地を助けられると提案した。その説明から、茂木は陸王の思想が的外れではないと認識した。しかし小原は、復帰時期の見えない茂木への支援を無駄と決めつけ、村野にシューズ開発を中止させた。

村野の反発

村野は、故障した選手も引退まで支え続けることを信条としていた。三十年にわたり選手との信頼を築いてきたが、小原は利益と宣伝効果だけを優先し、現場の判断を認めなかった。村野は、茂木を見捨てる方針には従えないと反発し、現場を外すならそうすればよいと言い切った。

町村学園との商談

光誠学園の井田から紹介を受けた町村学園が、体育で使う足袋についてこはぜ屋へ問い合わせた。宮沢は足袋の説明に訪れたが、保護者から安全性を心配する声があると知り、靴底を備えた陸王を提案した。栗山は陸王に強い関心を示し、見積もりとサンプルの提出を求めた。

陸王の初受注

宮沢は赤字にならない価格で見積もりを提出したため、受注の可能性は低いと考えていた。しかし三日後、町村学園は陸王の採用を決定した。光誠学園での敗北をきっかけに生まれた縁から、陸王は初めて販売実績を得た。

茂木への支援打ち切り

小原は茂木に、走法が完成してレースへ復帰するまで新しいシューズを渡さないと告げた。茂木は事実上、アトランティスの支援対象から外されたと理解した。村野は約束を守ろうとしたが、茂木はビジネスだから仕方がないと突き放し、アトランティス製シューズを捨てた。

小原との決裂

会社へ戻った村野は、選手との信頼を壊した小原を激しく非難した。小原は有望な選手だけを支援するのが会社方針だと主張し、従えなければ現場を外すと告げた。村野は、人を見ずに利益だけを追う方針には賛成できないと宣言し、自らの居場所を見失い始めた。

初受注の祝賀会

陸王の受注を祝う席で、宮沢たちは学校を足掛かりに実績を広げる方針を語った。一方で、宮沢は依然として茂木に履いてもらうことを望んでいた。江幡から村野が選手に厚く信頼される特別なシューフィッターだと聞き、茂木への接近が難しいことを知った。さらに、一流選手に通用し、他社が真似できないソールの必要性が改めて浮き彫りとなった。

毛塚との隔たり

富士五湖マラソンを補助員として訪れた茂木は、ライバルの毛塚が世界の有力選手と競い、日本人上位でゴールする姿を見た。茂木は健闘を称えようと手を差し出したが、毛塚は無視して通り過ぎた。茂木は、自分がもはや過去の選手となり、走れない者は選手として扱われない現実を突きつけられた。

陸王の量産開始

町村学園向け陸王の製造初日、材料の到着が遅れて生産計画が乱れた。それでも縫製課の工員たちは残業を申し出て、予定数を仕上げようとした。宮沢は社員たちの熱意に応え、陸王を成功させなければならないと決意したが、大地が面接後に戻らず直帰したことには失望した。

大地の苦悩

深夜に酔って帰宅した大地は、面接が続けて失敗する理由がわからず、自分には価値がないのかと漏らした。宮沢は焦らず自分に合う会社を探せと励ましたが、大地には気休めとして受け取られた。それでも大地は会社へ戻らなかったことを謝り、自室へ引き揚げた。

冨久子の入院

量産開始から三日後、冨久子が心不全で救急搬送された。宮沢とあけみは残業をさせた責任を感じたが、安田は誰かを責めるより生産を続ける方法を考えるべきだと促した。冨久子の代役には、彼女から長年指導を受けてきた若手の仲下美咲が選ばれた。

仲下美咲の挑戦

仲下は技術不足を恐れて尻込みしたが、あけみたちは、真面目に働いてきた仲下なら失敗しても責めないと励ました。仲下は冨久子への恩返しとして難しい工程を引き受け、慎重ながら確実に最初の縫製を成功させた。

遅れる生産計画

量産開始から五日目、完成数は約九百足に達したものの、仲下が不慣れな工程を担当したため生産は予定より遅れていた。残業を増やせば人件費が膨らみ、本業にも影響する状況であった。冨久子の復帰にも時間が必要と判明し、宮沢は社員たちが踏みとどまってくれることを願った。

第五章 ソールを巡る旅 

繭から生まれた新素材

秋を迎えた頃、坂本は宮沢に、陸王のソールへ使える可能性を持つ素材を紹介した。前橋の倒産企業シルクールが特許を持つその素材は、繭を特殊加工したものであり、軽さと強度、わずかな弾力を備えていた。くず繭でも量産できるため、安価で独自性の高いソールを作れる可能性があった。

倒産したシルクール

シルクールの社長・飯山晴之は、父から継いだインテリア会社を経営しながら繭の加工技術を開発したが、研究資金で経営を圧迫し、二年前に倒産していた。特許は実用化されないまま飯山の手元に残ったものの、本人は債権者を恐れて行方を隠していた。宮沢は、夢を追って倒産した飯山に自分を重ね、その技術を陸王へ生かしたいと考えた。

坂本の退職

坂本はシルクールの調査を続ける一方、埼玉中央銀行を退職すると宮沢たちに告げた。過去の実績や担保だけを評価し、将来性のある会社へ十分な支援をできない銀行の体質に限界を感じたためであった。坂本は成長企業へ投資する東京キャピタルへの転職を決めており、宮沢たちは新たな挑戦を祝福した。

飯山との面会

坂本の働きかけによって飯山と連絡がつき、宮沢たちは高崎市内のホテルで面会した。飯山は倒産後の苦労から強い猜疑心を抱き、秘密保持契約にも応じなかった。宮沢が陸王を見せて繭素材によるソール開発を頼むと、飯山は技術的な問題ではなく、採算が合わないとして難色を示した。

五千万円の特許使用料

飯山は、特許を独占的に使う条件として年間五千万円を要求した。坂本は販売数に応じたロイヤリティを提案したが、飯山は陸王が売れなければ利益を得られないとして拒絶した。宮沢は法外な要求の裏に、特許を足掛かりに再起しようとする飯山の執着を感じ、条件を持ち帰ることにした。

飯山への不信

面会後、宮沢と坂本は、飯山が五千万円を元手に事業を再興しようとしているのではないかと考えた。使用契約を結んでも将来さらに条件を引き上げられる危険があり、可能なら特許そのものを買い取る必要があった。しかし、信用を失った飯山にとって頼れるものは現金だけであり、交渉は容易に進まないと予想された。

冨久子の助言

入院中の冨久子を見舞った宮沢は、飯山との交渉について相談した。冨久子は、飯山も最初から欲深い人間ではなく、誰も考えなかった技術を生み出すために努力した人物だったはずだと語った。そして、特許を諦めないのであれば、飯山にこはぜ屋を訪ねてもらい、会社と足袋作りを直接見せるよう勧めた。

拒まれた工場見学

宮沢は飯山に連絡し、ビジネスパートナーとしてこはぜ屋を見てほしいと頼んだ。しかし飯山は、特許を使えるかどうかは五千万円を払えるかだけの問題であり、会社を見る必要はないと拒絶した。宮沢は交渉がまとまらない可能性を感じ、ひとり社長室で悔しさを噛み締めた。

第六章 敗者の事情 

素子が支える生活

シルクール倒産後、飯山は働かず、妻の素子が清掃と倉庫作業を掛け持ちして生活を支えていた。飯山は特許による再起に執着し、地道に働くよう勧める素子の言葉にも耳を貸さなかった。

東京第一商事の大型案件

飯山は、東京第一商事を通じて自分の特許が海外製ヨットの床や内装に採用される可能性を知り、年間数千万円の収入を期待した。成功後に事業を再興し、迷惑をかけた相手へ借金を返す夢を語った一方、こはぜ屋の提案は小さすぎるとして軽視した。

消えない債権者への恐怖

飯山夫婦の住居を不審な男が監視しているような出来事が起きた。飯山は、法的に借金が消えても闇金融業者の恨みは残ると恐れ、大型案件が成功すれば彼らの手が届かない場所へ逃れられると考えていた。

大型案件の破談

東京第一商事との商談は、シルクールの経営状況を理由に破談となった。飯山は相手に必死に食い下がったものの受け入れられず、素子とともに涙を流した。直後に宮沢から再び工場見学を求める電話が入り、素子に地道に進むよう説得された飯山は、こはぜ屋を訪れることを了承した。

こはぜ屋の工場見学

宮沢に連れられてこはぜ屋を訪れた飯山は、百年続く会社の規模や経営状況を探りながら、足袋の材料と十三の製造工程を見学した。熟練工たちが古いミシンを操る音と技術に触れるうち、かつて繊維会社で働いていた頃を思い出し、こはぜ屋の仕事を認め始めた。

古いミシンの修理

見学中にミシンの部品が故障すると、飯山は保管されていた別のミシンを手際よく分解し、必要な部品を取り出した。機械いじりを得意とする技術者としての一面を見せ、宮沢たちを驚かせた。

陸王への情熱

展示室で陸王を見た飯山は、宮沢からランナーの故障を減らし、人間本来の走りを支えるシューズを作りたいという構想を聞いた。宮沢と安田は繭の特許をソールに使わせてほしいと改めて頭を下げたが、飯山はその場では返事をせず、条件を考えるとだけ告げた。

飯山の決断

工場見学後も宮沢と安田は交渉の進展を期待できず、別の素材を探すことも考えた。しかしその夜、飯山から宮沢へ連絡が入り、特許を陸王に使わせる意思が伝えられた。飯山は使用料とは別に、自分を陸王の開発プロジェクトへ参加させることを条件として提示した。

第七章 シルクレイ 

坂本の新たな職場

宮沢は、東京キャピタルへ転職した坂本からの挨拶状を読み、新天地での成功を願った。坂本は銀行を離れた後も陸王の開発に関わり、こはぜ屋を支え続けていた。

チームこはぜ屋の駅伝

江幡の提案により、宮沢、江幡、安田、大地、坂本は陸王を履いて市民駅伝に参加した。宮沢は周囲のペースに惑わされて苦戦したが、社員たちの声援を受けてタスキをつないだ。会場では陸王の宣伝ブースを設け、三十人のモニターを確保し、七足を販売した。

シルクレイの契約条件

宮沢は飯山と再び会い、特許使用料を一足ごとに支払う方式を提示した。飯山は素材をシルクレイと名付け、安売りを避けて適正価格で販売するよう求めた。競合他社への提供を禁じる独占契約は三年間とされ、飯山は技術顧問として開発に参加することになった。

残されていた製造機械

飯山は宮沢を義弟の山辺博が営む農家へ案内した。倉庫には倒産前に完成させたシルクレイの製造機械が保管され、現在も使用可能な状態にあった。養蚕農家である山辺から原料の繭も調達できるため、新たな設備を一から作るより安く製造を始められる見通しが立った。

富島の反対

富島は、倒産歴のある飯山を信用できず、実績のない新規事業へ追加資金を投じることにも反対した。宮沢は、売上げが下がり続けるこはぜ屋には、まだ体力が残るうちに新たな収益源を作る必要があると主張した。両者の意見は対立したが、宮沢は飯山とシルクレイに賭けると決断した。

銀行との決裂

宮沢はシルクレイ開発のため、埼玉中央銀行に二千万円の融資を申し込んだ。しかし担当の大橋と支店長の家長は、陸王の将来性やアトランティスに対抗する構想を軽視し、融資を拒んだ。宮沢が個人の定期預金を取り崩すと告げると、銀行側は預金を担保に入れるよう求めたため、宮沢は取引先を侮辱していると激怒し、自らの資金を使うことにした。

茂木の回復

茂木は医師の斉藤から、怪我が回復し、新しい走法も身についてきたと認められた。通常練習への復帰を許されたが、再び故障すれば競技復帰は難しいため、無理をしないよう厳しく忠告された。

村野の退職

茂木の回復を知らなかった小原は、支援打ち切りの判断が誤っていた責任を村野へ押しつけた。村野は、自らの過ちを認めず現場を軽視する小原と、肩書きばかりを重んじるアトランティスに見切りをつけた。責任を取れと迫られた村野は退職を宣言し、長年勤めた会社を去ることを決めた。

大地の偽りの志望動機

大地は東和エレキ工業の面接で、父に跡を継ぐよう期待されてこはぜ屋へ入ったが、電気関係の仕事を望んで転職すると説明した。しかしそれは面接のために作った話であり、本当の自分との矛盾に苦しんだ。面接官から、継ぐ気のない会社へ入ったことは親子双方にとって不幸だったのではないかと問われ、その言葉が胸に残った。

大地への新たな役割

宮沢は個人預金を使ってシルクレイ開発を進め、飯山を技術顧問として迎える準備を始めた。飯山から技術を受け継ぐ担当者が必要となり、安田は工学部卒で若い大地を推薦した。宮沢は勤務態度や転職活動を理由に渋ったが、専門知識を生かせる仕事なら大地のためにもなると説得され、本人に話すことにした。

行田への移住

こはぜ屋との顧問契約を正式に結んだ飯山は、生活の安定と再挑戦への期待を抱いた。帰宅途中、闇金融業者らしい男たちが住居を見張っていることに気づき、素子と裏口から部屋へ戻った。飯山は一週間後に行田へ引っ越すと伝え、長く苦労を重ねた素子とビールを分け合いながら、もう一度人生をやり直そうと決意した。

第八章 試行錯誤 

シルクレイ開発の始動

飯山夫妻が行田へ移り、こはぜ屋では繭と製造機械を搬入して開発室を整えた。飯山は世界一のシューズを作ると宣言し、大地を助手としてシルクレイの硬さを調整する試作に取り組んだ。しかし、機械の再調整と素材の制御は難航し、完成の目処は立たなかった。

飯山への疑念

飯山は連日遅くまで作業を続けたが、狙った硬度のサンプルを安定して作れなかった。大地は、偶然できた試作品しかなく、飯山自身も解決策を把握していないのではないかと疑い始めた。宮沢も不安を抱いたが、飯山に賭けた自分の判断を信じようとした。

村野との出会い

宮沢はソールの助言を求めて有村の店を訪れ、アトランティスを退職した村野尊彦と出会った。大企業を離れ、選手と自由に向き合える仕事を望む村野に、宮沢は思わず協力を申し出た。村野はシルクレイの軽さと強度に強い関心を示し、こはぜ屋でシューズ革命を起こしたいと協力を引き受けた。

茂木への夢

宮沢と村野は互いの経歴や考えを率直に語り合い、信頼を深めた。宮沢が完成した陸王を茂木裕人に履いてもらいたいと話すと、村野はその夢に加わると約束した。

飯山と大地の衝突

シルクレイ開発が一か月を過ぎても成果が出ず、飯山と大地は疲労と焦りから激しく言い争った。大地は、硬度を制御できない設備と飯山の指導力を批判し、飯山から帰れと命じられて開発室を後にした。

大地の面接辞退

大地には東和エレキ工業から二次面接の連絡が来ていたが、開発作業を抜けられず、当日になって日時変更を申し出た。採用の可能性を自ら失ったと感じた大地は、開発の失敗と重なって飯山への苛立ちを強めていた。

深夜の開発室

宮沢と大地が夜食を持って会社へ戻ると、飯山はひとりで機械に向き合い続けていた。大地は口論を詫び、再び試作データの検証に加わった。飯山の諦めない姿から、大地は新しいものを作るには泥臭く困難と戦い続ける必要があると理解した。

茂木への拒絶

茂木は専門誌から毛塚との対談を依頼されたが、毛塚側の希望によって企画から外された。富士五湖マラソンで無視された記憶と重なり、茂木は自分が毛塚のライバルとして認められていない現実に悔しさを募らせた。

煮繭温度の発見

飯山は硬さを圧縮だけで調整する前提を疑い、初期工程である煮繭の温度に着目した。大地と試行錯誤を重ねた結果、シルクレイの硬度を安定して制御する方法に辿り着いた。飯山と大地は成功を確信し、涙を流しながら握手を交わした。

シルクレイ完成の祝宴

こはぜ屋の仲間たちは、飯山と大地の成果を祝った。宮沢は、完成した素材を削り、陸王に最適な硬さと形状のソールを選ぶ次の段階へ進むと説明した。足袋作りの延長ではなく、本格的なシューズメーカーになるためには、専門的な知識が必要であった。

村野の加入

祝宴の席に村野が現れ、宮沢はソールと足型の専門家としてアドバイザリー契約を結んだと紹介した。江幡は村野の参加に感激し、村野も飯山と同じく世界一のシューズを作ろうと宣言した。宮沢は、暗中模索だった陸王開発に進むべき道が見え始めたと感じた。

第九章 ニュー「陸王」 

融資を巡る対立

春を迎えた頃、宮沢は埼玉中央銀行へ定期的な運転資金の融資を申し込んだ。しかし大橋は、個人定期預金を解約したことを問題視し、融資を確約しなかった。富島は審査を通すために積立預金の増額を提案したが、宮沢は資金を必要とする会社に預金を求める銀行の姿勢へ怒りを募らせた。

富島の変わらぬ警戒

宮沢は富島に、陸王や飯山を今も信用していないのかと問いただした。富島は、長年の経験から考え方を急には変えられず、人の本性も簡単には判断できないと答えた。一方で、飯山の働きについては、よくやったと認めていた。

村野のソール設計

村野は開発室を訪れ、初心者向けからトップ選手向けまでのソールを示し、陸王が狙うべき位置を説明した。一流選手向けのシューズでは、足型だけでなく、走りの癖や性格、目標まで理解する必要があり、作り手は選手とともに走る覚悟を持つべきだと大地に語った。

陸王の市場戦略

村野は、陸王をトップアスリート向けに開発しながら、実際の購入層は上位を目指す一般ランナーになると説明した。憧れられる選手が有名大会で結果を残せば、それが実績となり、幅広い層へ商品を売る力になるためであった。

茂木裕人モデル

村野が用意した五枚の設計図のうち、四枚は足幅の異なる長距離走用であり、残る一枚は茂木裕人専用であった。村野は他の製品より先に茂木モデルを試作し、硬さを変えた複数のソールを作るよう飯山たちへ求めた。

茂木の復帰戦

毛塚が一万メートルで世界大会に迫る好記録を出す一方、ダイワ食品の選手たちは低迷していた。陸上競技部の存続に危機感を抱いた城戸は、部内トライアルを実施し、基準を下回った者を日本選手権へ出さないと宣言した。怪我から復帰した茂木も、一万メートルに出場することになった。

新しい陸王の完成

飯山と大地は、村野の設計に基づいて硬さを変えたシルクレイ製ソールを五十個試作した。村野が選別した約三十個を使い、縫製課は茂木の足型に合わせた三十足の陸王を完成させた。新しい陸王は驚くほど軽く、宮沢たちは本格的なシューズ誕生に感動した。

茂木への提供

宮沢と村野はダイワ食品の練習場を訪れた。城戸は村野の提案を受け、茂木に陸王を試させることをすぐに承諾した。茂木は軽さと履き心地を気に入り、三十足から十足を選んだ。宮沢は、憧れていた茂木が陸王を履く姿を見て、自らの夢が一つ実現したと感じた。

部内トライアル

一万メートルの部内トライアルには、アトランティスの小原と後任の佐山も視察に訪れた。小原は茂木を価値のない選手と見下し、無名の陸王を嘲った。レースでは立原や加瀬が先行し、茂木は後方から機会をうかがった。

茂木の再びの棄権

残り千メートルを切ると、茂木は陸王で急激に追い上げた。しかし途中で足に異変が起き、コースを外れて座り込んだ。大きな故障ではなかったものの、茂木は目標の記録に届かなかったことを激しく悔しがった。その走りを見た小原は態度を変え、佐山に茂木のサポートを取り戻すよう命じた。

改良への道のり

村野は、陸王を履いた茂木から得た感触を一つずつ製品へ反映する必要があり、完成まではまだ遠いと説明した。最先端のソールは、着地位置や衝撃、耐久性に合わせて硬さの異なる素材を組み合わせており、シルクレイでも一つの素材の中に異なる性質を持たせることが今後の課題となった。

動きの中の裸足感覚

村野は、静止した足に合うだけでは本当の裸足感覚とはいえず、走る、蹴る、踏むといった動きの中でフィットする必要があると宮沢に説いた。商品を世に出せば評価は確定するため、茂木とともに改良を重ねる時間が必要であり、ここからが本当のシューズ開発だと告げた。

富島の過去

開発費を巡って再び宮沢と対立した富島は、亡き紘作も若い頃に陸王というマラソン足袋事業へ会社の資金を投じ、大失敗した過去を明かした。本業の取引先と銀行の信用を失い、こはぜ屋は倒産寸前まで追い込まれた。その後始末に奔走した富島は、失敗を止めることこそ経理担当者の役目だと考え、宮沢の新規事業にも反対していた。

父と同じ挑戦

宮沢は、父も同じ名の陸王で靴製造へ進もうとしていた事実を知った。富島が埼玉中央銀行を重んじる理由も、過去に同行の前身から救われた経験にあると理解した。しかし、過去の失敗が再び起こるとは限らず、宮沢は挑戦を止めることはできないと考えた。

足袋への逆転発想

美枝子から、挑戦が失敗しても得られるものはあると励まされた宮沢は、村野の言葉と結びつく新たな発想を得た。これまで足袋の技術を陸王へ生かそうとしていたが、シルクレイやシューズ開発で得た技術を、逆に本業の足袋へ取り入れられるのではないかと考え始めた。

第十章 コペルニクス的展開 

足軽大将の提案

月例の経営会議で、宮沢はシルクレイを使った新しい地下足袋の開発を提案した。生ゴムより軽く丈夫なソールを採用し、価格を高めに設定して既存客の買い替えと競合他社の顧客獲得を狙う計画であった。あけみ、安田、富島も賛成し、飯山を中心に開発が始まった。

日本選手権の毛塚

日本選手権の一万メートルで、毛塚は優勝候補の山崎を追い、最後の一周で先頭へ出た。しかし山崎のラストスパートにかわされ、二位となった。観戦していた茂木は、自分がレースに立てない現実を悔しがり、京浜国際マラソンで再び毛塚のライバルになると決意した。

アトランティスの宣伝効果

小原は、毛塚がアトランティスの新型シューズを履いて好走したことに満足した。優勝には届かなかったものの、注目選手が目立つシューズで山崎と競り合ったため、大きな宣伝効果が得られたと考えた。

足軽大将の完売

シルクレイを使った地下足袋は足軽大将と名付けられ、試作品三百足が都内の店で販売された。従来品の倍近い価格だったが、軽さや柔軟性、耐久性が評価され、二日間で完売した。購入者の口コミも広がり、約二千足の追加注文が入った。

五千足の増産

宮沢は足袋の製造計画を変更し、足軽大将を五千足増産すると決めた。安田は人員と工程を組み直し、飯山はシルクレイの量産に取りかかった。これまで新規事業に慎重だった富島も、資金面を引き受けると申し出た。

富島の変化

足軽大将の成功を目の当たりにした富島は、苦境の中でもあがくことに意味があったと認めた。宮沢は、それこそが会社や人が生き続けることなのだと受け止めた。

茂木からの改善要望

日本選手権後、村野と宮沢は茂木から陸王の使用感を聞いた。茂木はソールだけでなく、ナイロン製のアッパーが薄く、走行中の安定性や存在感に欠けると指摘した。軽さに加え、保温性、通気性、耐久性を備えた素材が必要となった。

関東レーヨンへの相談

村野は、アッパー素材の相談先として関東レーヨンを紹介した。宮沢は大宮支社を訪れたが、担当の大野は小口取引を相手にせず、大量発注できないこはぜ屋を門前払いした。試作品に対応できる業者の紹介も得られなかった。

量産と資金繰り

こはぜ屋では足軽大将の増産が進み、シルクレイ製造機械と縫製課は限界に近い稼働を続けた。試作用の機械で大量生産するため、故障や人員不足の危険があり、材料費や残業代による資金負担も増していた。

三千万円の融資相談

宮沢と富島は、足軽大将の増産と陸王開発のため、埼玉中央銀行に三千万円の融資を申し込んだ。大橋は足軽大将の軽さや販売実績には関心を示したものの、陸王の開発状況には冷淡であった。宮沢がアッパー素材を扱う取引先の紹介を頼んでも、大橋は親身に対応せず、宮沢は坂本との違いを痛感した。

第十一章 ピンチヒッター大地 

飯山への襲撃

足軽大将の増産を終えた夜、退社した飯山はこはぜ屋の前で二人組に襲われた。大地が発見して救急車を呼び、飯山は全身打撲と骨折で三週間ほど入院することになった。襲撃者は、倒産前に借金をした違法金融業者の関係者であった。

大地の代役

飯山の入院でシルクレイの生産停止が危惧されたが、大地は自分が製造を引き継ぐと申し出た。これまで飯山の仕事をそばで見て技術を学んできたため、宮沢は不安を抱きながらも生産を任せた。大地は材料投入量や工程を管理し、ひとりで製造設備を動かし始めた。

富島の慎重策

足軽大将の増産に合わせた設備投資について、富島は現在の機械で対応できる限り使い続けるべきだと提案した。需要を取りこぼしても損失とは限らず、現実の生産能力を超えてから新設備を検討すればよいという考えであった。宮沢は、経験に基づく富島の慎重な判断を受け入れた。

三千万円の融資

埼玉中央銀行は、足軽大将の売上増加に伴う仕入れ資金として三千万円の融資を承認した。将来性を評価した融資ではなかったものの、宮沢は当面の資金繰りが安定したことに安堵した。

タチバナラッセルの紹介

大橋は、陸王のアッパー素材を探していた宮沢に、独自の編み技術を持つタチバナラッセルを紹介した。村野は持ち込まれた軽く柔軟なメッシュ素材に可能性を感じ、宮沢たちは大橋とともに同社を訪問した。

橘との共同開発

タチバナラッセルの橘は、小口の試作にも対応すると快諾した。宮沢と村野の要望を聞き、軽さ、通気性、柔軟性、耐久性を備えた三種類の素材を提供した。宮沢は、理解ある協力者が技術と情熱を持ち寄ることで製品が生まれるのだと実感した。

平瀬の引退

平瀬は茂木に、競技生活を終える決意を伝えた。怪我を克服しても毛塚のような走りには届かないと悟り、自らの限界を受け入れたためであった。平瀬はもっと強くなりたかったと涙を流し、自分の夢を茂木に託した。

飯山の設計図

入院中の飯山は、機械の不具合に苦しむ大地へ、シルクレイ製造設備の設計図を託した。大地はそこに蓄積された膨大な知識と情熱に触れ、飯山への敬意を深めた。図面を読み解いた結果、容器を支える構造と回転軸周辺の部品に異常があると突き止めた。

飯山の自主退院

大地が深夜まで修理を続けていると、飯山が病院を抜け出して開発室へ現れた。重傷の体を引きずりながら大地の分析を確認し、よくやったと評価した。二人は保管庫から代替部品を探し、機械の復旧に取りかかった。

仕事への誇り

部品を探す中で、飯山は代わりのないものは機械や技術ではなく人だと語った。さらに、会社の規模や肩書きではなく、自分の仕事に責任と価値を見いだすことが本当の誇りだと大地に教えた。就職先を探し続けていた大地は、自分がすでに誇りを持てる仕事に取り組んでいる可能性に気づいた。

飯山の再搬送

飯山は痛みと発熱に耐えながら作業を続けたが、保管庫で倒れ、再び救急搬送された。宮沢は飯山の執念と責任感が本物であると認め、素子に感謝を伝えた。

大地の成長

大地は飯山と見つけた部品で機械を修理し、生産を再開した。宮沢は、倒産や失敗を人生の終点と決める必要はなく、全力で取り組む者はいつか勝てると語った。大地は会社や仕事を選ぶことも一つの賭けであり、自分が何に誇りを持つかを考え始めた。

第十二章 公式戦デビュー 

陸王の公式デビュー

九月半ばの東京体育大学記録会で、茂木は改良された陸王を履いて一万メートルに出場した。序盤は抑え、二十分過ぎから予定通りにペースを上げて独走し、二十七分四十七秒でゴールした。陸王は公式戦で好結果を残し、茂木からも最高のシューズだと評価された。

量産への準備

村野は茂木やテスターの意見を基に細部の改良点を整理し、陸王を量産できる段階が近づいたと認めた。宮沢たちは在庫と生産体制を整え、大徳百貨店への販売を目指したが、売れる保証はなく、品質だけでは商売にならない現実も理解していた。

大徳百貨店の拒絶

大徳百貨店の中岡は、こはぜ屋にブランド力がなく、薄いソールは上級者にも初心者にも売りにくいとして取り扱いを断った。宮沢は、人間本来の走りを実現する陸王の考えを訴えたが受け入れられず、実績を積んでから来るよう突き放された。

陸王の思想

宮沢は、シューズの違いは機能や価格だけでなく、走りに対する思想の違いだと考えた。陸王が追求する人間本来の走りを広く伝え、時間をかけてブランドへの理解を積み上げる必要があると決意した。

彦田と佐山の対立

芝浦自動車の彦田は、村野から勧められた陸王を練習で試し、その品質を高く評価した。アトランティスの佐山が自社製品を押しつけると、彦田は選手より会社の都合を優先する姿勢を批判し、選手は宣伝ではなく自分の人生のために走っていると突き放した。

十五足からの出発

陸王の販売開始から一か月で、四店舗のプロショップから売れたのは十五足だった。大地は情報をインターネットへ掲載する必要を訴え、村野は対面販売と教育現場での実績を地道に積み上げるべきだと助言した。さらに、彦田から高い評価を得たことが伝えられ、トップ選手の支持が広がる兆しが生まれた。

佐山の揺さぶり

佐山は茂木にアトランティスのRIIを渡し、こはぜ屋の信用情報を示して経営基盤の弱さを強調した。小さな会社では継続的な支援ができず、茂木とこはぜ屋は釣り合わないと説き、アトランティスへ戻るよう迫った。

村野の信念

不安を抱いた茂木が相談すると、村野はこはぜ屋の経営が安泰ではないことを認めた。その上で、こはぜ屋は利益よりもランナーを見据え、少しでも良いシューズを作ろうとしていると説明した。村野は、魂のない工業製品ではなく、作り手の情熱が込められた仕事をしたいから協力していると語り、最終的には茂木自身が最良と思うシューズを選ぶべきだと告げた。

RIIの試用

茂木がRIIで練習する姿を見た宮沢は、陸王を捨てられたと思い込み、強い敗北感を味わった。しかし茂木はアトランティスへ戻ったわけではなく、陸王と比較して自分に最適なシューズを見極めようとしていた。佐山は再契約が決まったと早合点し、ニューイヤー駅伝でRIIを履くよう迫った。

ニューイヤー駅伝の選出

ニューイヤー駅伝の区間走者として、茂木は六区に選ばれた。引退を決めていた平瀬も七区を任され、仲間への感謝を語りながら最後のレースに臨むことになった。茂木は、限られた競技人生で後悔しないため、感情や会社の規模ではなく、性能と相性でシューズを選ぶ必要があると考えた。

こはぜ屋からの応援

宮沢と村野は茂木を食事に招き、ニューイヤー駅伝出場を祝った。宮沢は社員全員の応援メッセージと、必勝祈願を受けた特製の靴紐を渡した。そして、茂木が陸王を選ばなくても応援する気持ちは変わらないと伝えた。茂木は、損得を超えて支えてくれる人々の絆を受け止め、悔いのない走りをすると誓った。

第十三章 ニューイヤー決戦 

茂木と毛塚の再戦

ニューイヤー駅伝当日、アジア工業は六区の走者を毛塚へ変更し、茂木との直接対決を実現させた。アトランティスの小原と佐山は、茂木もRIIを履くと信じ、箱根のライバル対決を宣伝に利用しようと期待した。

陸王を選んだ茂木

六区の中継所に現れた茂木は、当初RIIを履いていたため、こはぜ屋の面々を落胆させた。しかし茂木はレース直前にRIIを脱ぎ、陸王へ履き替えた。佐山が約束を破ったと責めると、茂木は自分に合うシューズを履くと伝えており、陸王がその答えであると言い切った。

村野とアトランティスの対立

村野はレース前の茂木を責める佐山を制し、シューズは金儲けではなく選手を支えるためにあると主張した。小原は村野とこはぜ屋を弱小と侮辱したが、村野は会社の規模ではなく品質で勝負していると応じた。あけみさんも小原へ反論し、社員たちが作った横断幕を掲げて茂木を応援した。

六区への出走

ダイワ食品は四区の立原が故障で順位を落とし、茂木は八位、首位から二分三十秒差でタスキを受けた。茂木は復帰できた喜びと仲間への感謝を胸に、平瀬へ少しでも良い順位でタスキを渡すため、陸王で強風のコースへ飛び出した。

強風の中の追走

茂木は冷静に状況を読み、次々と先行走者を抜いて順位を上げた。村野は、風で難しくなるほど、状況を分析して走りを調整できる茂木の強さが発揮されると見抜いた。全国中継に映る陸王を見ながら、宮沢たちは自分たちの技術と夢が茂木の走りを支えていることに胸を熱くした。

毛塚との駆け引き

茂木は毛塚に追いついたものの、すぐには前へ出ず、強い向かい風を避けるため背後について体力を温存した。終盤になると一気にスパートし、毛塚を引き離した。さらに前の選手も抜き、三位まで順位を上げてアンカーの平瀬へタスキをつないだ。

陸王のメジャーデビュー

走り終えた茂木は倒れ込んだが、陸王はニューイヤー駅伝という大舞台で役割を果たした。宮沢たちは、長い開発の成果が茂木の激走を支えたことに感動し、こはぜ屋がシューズメーカーとして新たな一歩を踏み出したと実感した。

小原の敵意

茂木が陸王で毛塚を破ったため、小原は激怒した。無名のこはぜ屋が注目されることを恐れた小原は、佐山にこはぜ屋を潰すよう命じた。佐山も陸王を敵視し、妨害を企て始めた。

平瀬のラストラン

アンカーの平瀬は芝浦自動車を抜き、首位のジャパニクスを追った。逆転には届かなかったが、引退を決めた平瀬は最後まで全力で走り抜き、二位でゴールした。城戸や茂木たちは涙を流して迎え、平瀬は走ってきた道へ深く頭を下げ、陸上競技人生への感謝を示した。

橘への提案

陸王の活躍を見届けるため会場を訪れていた橘は、宮沢たちへタチバナラッセルの素材が役立ったことを喜んだ。しかし橘には、以前からアトランティスの佐山が取引を持ちかけていた。レース後、佐山は再び好条件を示して返事を迫り、橘は曖昧な返答を残してその場を去った。

第十四章 アトランティスの一撃 

駅伝報道への不満

仕事始めを迎えたこはぜ屋では、冨久子の復帰を縫製課の全員が喜び、安田はニューイヤー駅伝を機に陸王の注文が増えると期待した。しかし新聞は茂木の勝利ではなく、毛塚が体調不良で敗れたと報じた。村野はスターである毛塚が優先されるのは仕方がないと受け止め、飯山は世間に認めさせるには自分たちがスターになるしかないと宮沢へ告げた。

アトランティスの専属契約

アトランティスの中畑と佐山は、タチバナラッセルの素材を新製品へ採用する代わりに、競合他社へ供給しない専属契約を橘へ提示した。橘はこはぜ屋との信頼関係や、アトランティスの厳しい取引条件を懸念したが、大量発注と一年間の取引保証、将来の成長を示されて迷った。佐山は、タチバナラッセルとの契約によってこはぜ屋の調達先を断つ狙いを小原へ報告し、小原も計画を後押しした。

大橋からの警告

大橋は宮沢を訪ね、タチバナラッセルからの素材供給が止まる可能性を伝えた。取引先がアトランティスだと知った宮沢は、こはぜ屋との関係を知った上で妨害しているのではないかと憤った。関東レーヨンへ仕入れ先を明かしたことが情報流出の原因だと気づき、宮沢たちは橘と直接話し合うことにした。

橘との訣別

橘は、業績不振の会社を存続させるため、三月でこはぜ屋への供給を終了し、アトランティスとの契約を選ぶと告げた。宮沢は共に成長する道を求めたが、橘は大口取引が会社の収益の柱になる可能性に賭けると決断していた。アトランティスがこはぜ屋への供給停止を条件にしていると知った宮沢は、三月以降は二度と取引しないと厳しく言い渡した。

新たな調達先

緊急会議では、飯山がアトランティスの行為も競争戦略であり、より良い条件を提示できなかったこはぜ屋の敗北だと認めた。富島も恨み言では何も生まれないと述べ、行動を促した。宮沢は三月までに代替企業を探すため、編み物会社の一覧を作成した。素材は夏頃まで確保できる見込みだったが、それまでに新たな供給元が見つからなければ陸王の生産は止まる状況であった。

大地の立候補

安田は調達先探しを手伝おうとしたが、製造現場を離れられなかった。そこで大地が、自分も候補企業を回ると申し出た。宮沢は経験不足を理由に反対したが、富島は開発と製造に携わった大地の技術知識が交渉の武器になると評価した。宮沢は、見込みのある会社を見つけた段階で自分へ引き継ぐことを条件に、大地へ任せた。

揺れる進路

大地は友人の広樹から、家業を手伝いながら就職活動を続ける姿勢が中途半端に見えると指摘された。一方で、大地は大手企業メトロ電業の書類選考を通過していた。陸王の開発や新たな調達業務について語る大地を見た広樹は、その変化を認め、面接でも経験を生かせると励ました。

仕事への迷い

大地は安定した大企業への就職を望みながらも、陸王の開発や調達に関わる仕事へ面白さを感じ始めていた。広樹も勤め先への悩みを抱えている様子を見せ、大地は会社の規模だけでは仕事の価値を測れないと考え始めた。

第十五章 こはぜ屋の危機 

茂木の決意

『月刊アスリート』の取材を受けた茂木は、ニューイヤー駅伝で毛塚を破った経験と、次の目標である京浜国際マラソンについて語った。故障前の走法や過去の実績へ戻るのではなく、新しい走法と陸王で生まれ変わった自分の答えを確かめるために走ると述べ、このレースに陸上競技人生を懸けていた。

大地の門前払い

新たなアッパー素材の供給元を探す大地は、新横浜の企業を訪ねて陸王と実績を説明した。しかし担当者の尾村は、タチバナラッセルとの取引終了にこはぜ屋側の問題があると疑い、小ロットと信用力の低さを理由に、その場で取引を断った。現金払いの提案も受け入れられず、大地は冷たく追い返された。

シルクレイ製造装置の焼損

素材探しが難航し、陸王への注目も期待ほど高まらない中、シルクレイ製造装置から出火した。飯山たちは深夜まで復旧を試みたが、心臓部と制御装置が焼損しており、修理は不可能であった。量産用の新設備には一億円近くかかり、完成まで最低三か月を要する一方、足軽大将と陸王のソール在庫はわずかしか残っていなかった。

富島の撤退案

富島は、一億円を借りればこはぜ屋の財務は立ちゆかなくなると判断し、シルクレイ事業から撤退するほうが安全だと宮沢へ告げた。宮沢はこれまで投じた資金と時間を惜しんだが、富島は損失が現状で済んだと考えるべきだと譲らなかった。

銀行の融資拒否

宮沢は埼玉中央銀行へ設備資金の融資を求めたが、家長支店長は身の丈に合わない借金が会社を滅ぼすとして即座に拒否した。足軽大将の実績や茂木への供給を訴えても、事業計画は無謀であり、貸さないことがこはぜ屋を守る親切だと断言された。

面接での手応え

メトロ電業の面接で、大地は陸王の開発とシルクレイ製造、さらに調達業務について語った。二人だけで素材開発に取り組み、多くの協力者を巻き込みながら事業を形にした経験は面接官の内山に高く評価された。大地は、これまでの面接では得られなかった確かな手応えを感じた。

村野との対立

宮沢が設備投資に踏み切れずにいると、村野は茂木への供給を打ち切る覚悟なのかと厳しく問いただした。宮沢は社員と家族を守る責任を理由に即答できず、村野は選手と向き合うには同じように人生を懸ける覚悟が必要だと迫った。事業継続が難しいと受け取った村野は、茂木へ自ら事情を説明すると告げて会社を去った。

飯山の忠告

飯山は宮沢の苦境を理解し、経営者には何かを諦めなければ生き残れない場合があると村野を諭した。一方で宮沢には、自分で終わりを決めればすべてが終わるため、諦めることは逃げだと告げた。宮沢はチームが崩れた現実と、打開策のない状況に苦悩した。

歪められた記事

掲載された取材記事では、茂木の言葉が都合よく編集され、毛塚の敗因を体調不良と認め、再びライバルと見なされるために走る人物として扱われていた。抗議しようとした茂木に、城戸は世間に出れば言葉を歪められることもあり、不満なら走りで覆すしかないと叱咤した。茂木は怒りと雑念を消すため、そのまま走りに出た。

陸王供給停止の告知

練習後の茂木を待っていた村野は、タチバナラッセルの離脱と製造装置の焼損を伝えた。設備の再建には約一億円が必要であり、こはぜ屋は事業継続か撤退かを迫られていた。茂木は、こはぜ屋の経営不安を指摘した佐山の言葉が現実になったと動揺し、村野から京浜国際マラソンで履くシューズを考え直すよう告げられた。

坂本の問い

酒席で宮沢の苦悩を聞いた坂本は、融資の可否よりも陸王を続けたいのかどうかが重要だと指摘した。倒産の危険を避けたいなら開発を諦めればよいが、足袋事業にも将来の保証はなく、可能性を求めて新規事業へ踏み出した原点を忘れていると迫った。宮沢が自分の迷いに気づいたところで、坂本は会社を売るという思いがけない提案を示した。

第十六章 ハリケーンの名は 

会社売却の提案

坂本は、こはぜ屋が大手企業の傘下に入れば、宮沢が社長を続けながら従業員の雇用を守り、シルクレイへの投資も継続できると説明した。宮沢は雇われ社長になることに抵抗を示したが、相手企業の話だけは聞くことにした。

フェリックスの買収意向

秘密保持契約を結んだ宮沢は、こはぜ屋の買収を望んでいる企業が、アメリカのアパレルメーカーであるフェリックスだと知らされた。同社は陸王とシルクレイに価値を見いだしていたが、宮沢はこはぜ屋の名が失われ、会社が呑み込まれることを恐れた。

社員との見えない壁

買収の話を誰にも明かせない宮沢は、富島や社員たちとの間に壁ができたような息苦しさを覚えた。安田から京浜国際マラソンで茂木を応援してよいか尋ねられると、陸王を履かない可能性を伝えた上で、社員たちの応援を認めた。

経営者としての迷い

安田が設備投資の必要性を訴えると、宮沢は陸王が売れなかった場合に会社を倒産させる恐怖を打ち明けた。自分には経営の才能がなく、御園に任せたほうが社員と会社を守れるのではないかと考え、社長としての自信を失っていった。

御園丈治との会食

宮沢は新宿の和食店でフェリックス社長の御園丈治と対面した。御園は高級ブランド企業やスーパーマーケットで経験を積んだ後、妻とバッグ会社を創業した過去を語った。

ジャニスの破綻

御園は、妻ジャニスの新しいデザインを採用したことで顧客を失い、会社が行き詰まったと明かした。さらにジャニスがハリケーンで亡くなり、会社も財産も失ったが、投資家の支援を得て再起し、フェリックスを創業していた。

フェリックスの原点

フェリックスという社名は、妻の命を奪ったハリケーンの名であった。御園は忘れてはならない敗北の象徴を社名に掲げ、運命に打ち勝とうとする怒りを経営の原動力にしていた。宮沢は、その凄まじい覚悟に圧倒された。

シルクレイへの評価

御園は、フェリックスが求める軽さ、耐久性、環境性能をシルクレイが備えていると説明した。自社で同等の素材を開発するには長い年月と巨額の費用が必要であるため、技術と製造実績を持つこはぜ屋を買収し、開発時間を短縮しようとしていた。

世界展開の構想

御園は、こはぜ屋の足袋製造と宮沢の社長続投を認めた上で、大規模な生産設備を整え、シルクレイをフェリックスの世界的な素材ブランドへ育てる構想を示した。アトランティスとも対等以上に戦えるという提案に、断るつもりだった宮沢の決意は揺らいだ。

製造ノウハウの価値

宮沢は、シルクレイの特許が飯山の所有物であるため、御園が直接交渉すればよいと指摘した。しかし御園は、必要なのは特許だけでなく、実際に量産してきたこはぜ屋の製造ノウハウだと答えた。宮沢は釈然としないものを感じながらも、買収案を検討すると返事をした。

大地の新たな取引先

大地は、技術力に定評のあるタテヤマ織物を訪ね、設備停止を含むこはぜ屋の現状を正直に説明した。営業部長の檜山は陸王を革新的な製品と評価し、シルクレイの再生産後にはアッパー素材の供給を前向きに検討すると約束した。

大地の最終面接

大地はメトロ電業の面接でも手応えを得て、最終面接へ進むことになった。宮沢は息子の成長と新たな取引先の可能性を喜びながらも、こはぜ屋をフェリックスへ売るべきか、自力で陸王を立て直すべきか、答えを出せずに苦悩し続けた。

第十七章 こはぜ屋会議 

赤字と契約見直し

シルクレイの製造停止により、こはぜ屋は前月に数百万円の赤字を出し、今月はさらに悪化する見通しとなった。富島は新規事業を断念するなら、飯山と村野との契約を打ち切って経費を減らすべきだと進言した。宮沢は銀行から一億円を調達する可能性を探ったが、富島は会社の規模と財務内容では不可能だと断言した。

買収受諾への傾斜

銀行融資の道を断たれた宮沢は、陸王を継続する唯一の手段としてフェリックスの買収提案を受け入れようと決めた。しかし坂本から、御園が先に飯山へシルクレイの特許売却を持ちかけ、飯山がこはぜ屋への恩義を理由に断っていた事実を知らされた。

飯山の悪あがき

宮沢は飯山を食事に誘い、フェリックスの買収に応じて事業を継続する考えを伝えた。飯山は、百年ののれんを簡単に売ろうとする宮沢を叱り、フェリックスが求めているのは、こはぜ屋だけに与えられたシルクレイの製造権だと指摘した。買収以外にも、その権利を交渉材料にする道があると示したのである。

大地の最終面接

大地はメトロ電業の最終面接で、陸王の開発や茂木への供給、素材調達、機械故障までの経緯を語った。役員たちはその経験を高く評価したが、本当はこはぜ屋の仕事を続けたいのではないかと問われた。大地は入社を望むと答えたものの、面接後もその問いが胸に残り、こはぜ屋で知った仕事の面白さを思い返した。

業務提携への転換

宮沢は富島に、買収ではなく、フェリックス向けのシルクレイを独占製造する業務提携と設備投資支援を求める考えを明かした。富島は判断を宮沢に委ねたが、支援が得られなければ買収も受け入れるという方針には失望を滲ませた。

御園との決裂

宮沢は御園に、買収ではなく業務提携によって設備投資を支援してほしいと提案した。御園は供給停止の危険を避けるには買収が合理的だと主張し、百年ののれんにこだわる宮沢を批判した。宮沢は、利益率だけでは測れない足袋作りの価値を訴え、経営観の違いから買収を拒否した。交渉は決裂したが、宮沢はフェリックス以外にもシルクレイを必要とする相手がいるはずだと覚悟を固めた。

三億円の新提案

一週間後、御園は新たな案を提示した。フェリックスが三億円を低利で五年間融資し、三年間の発注を保証する一方、返済不能となった場合は残金を資本金へ振り替え、こはぜ屋を子会社化するという内容だった。宮沢は意図的な発注減の危険を承知しながらも御園を信じ、飯山から三年間のライセンス契約への同意を得た。

富島の反対

宮沢が新提案を受け入れる意向を伝えると、富島は失敗すればフェリックスに吸収され、こはぜ屋ののれんや足袋作りが失われると反対した。宮沢は成功すれば自立を守れると主張したが、富島は社員たち自身に説明し、その気持ちを聞くよう求めた。

全社員への説明

宮沢は全社員を集め、三億円の支援と五年以内に返済できなければ子会社になる条件を説明した。社員たちは雇用や宮沢の進退、百年ののれんが失われる可能性に動揺した。宮沢は、足袋だけでは事業が縮小し続けるため、新規事業を将来の柱に育てたいと訴え、反対が多ければ考えを改めると明言した。

こはぜ屋の決意

あけみは、のれんを失うのは嫌だが、仕事が減り続ける現状から逃げても会社は守れないと主張した。借金は全員で働いて返し、新規事業に挑戦しようと呼びかけると、縫製課の仲間たちも賛同した。富島も社員たちの覚悟を受け入れ、宮沢は全員でこはぜ屋ののれんを守ることを固く誓った。

最終章 ロードレースの熱狂 

京浜国際マラソンの朝

強風の中、宮沢たちは京浜国際マラソンの会場に集まり、十四人の応援団で茂木を待った。佐山はタチバナラッセルとの取引を奪ったことを誇示したが、宮沢は茂木がどのシューズを選んでも応援すると決めていた。村野も、シューズを売ることではなく、選手と夢を追うことこそ自分たちの目的だと語った。

茂木の選択

茂木は控え室でアトランティスのRIIではなく、陸王を履いた。佐山と小原が詰め寄ると、茂木は苦しい時期に離れていったアトランティスとは違い、こはぜ屋は自分を支えてくれたと返した。いま苦境にあるこはぜ屋を見捨てれば、自分もかつて背を向けた者たちと同じになるため、信じた陸王を履き続けると宣言した。城戸はレース前の茂木を妨げる二人を追い払い、その光景を見ていた宮沢は、茂木の信頼に必ず応えると誓った。

序盤の高速展開

レースは外国人選手の猛烈な飛び出しで始まり、茂木は第二集団の後方へ下がった。序盤のペースは速すぎたが、茂木は無理に追わず、自分の走りを守った。村野は、茂木が展開を読みながらレースを組み立て直していると説明し、応援団はその冷静な判断を信じて見守った。

毛塚との距離

十五キロ付近で田中と毛塚が集団から飛び出したが、茂木は追走を抑え、向かい風を避けながら体力を温存した。序盤のオーバーペースによって前方集団が失速し始めると、茂木は毛塚との距離を見極めながら徐々に速度を上げた。

三十キロからの勝負

三十キロを越え、疲労が全身を蝕む中、茂木は復帰戦として無難に終える道では何も変わらないと考えた。陸王が地面を蹴る音に、宮沢やこはぜ屋の人々の声援を感じ、自分はひとりではないと確信した。茂木は勝つために走ると決意し、風向きの変化を捉えてスパートを開始した。

陸王の激走

三十五キロ付近で茂木は毛塚と立原に追いつき、二人を抜いて日本人トップへ立った。こはぜ屋の応援団は濃紺の陸王が目の前を駆け抜ける姿に歓声を上げた。茂木はさらに差を広げ、陸王は全国中継の画面で鮮やかに躍動した。

鮮烈な復帰戦

茂木は日本人トップとしてゴールし、京浜国際マラソンで鮮烈な復活を遂げた。宮沢たちは互いに抱き合って喜び、陸王が大舞台で再び役割を果たしたことに胸を震わせた。宮沢は、このゴールがこはぜ屋にとって新たな出発点であり、経営という終わりのない戦いへの再出発になると悟った。

大地の決意

大地はメトロ電業への入社を断り、こはぜ屋で陸王の仕事を続けたいと宮沢に告げた。就職活動を通じて、自分が本当に望んでいるのは、大企業の仕事ではなく、陸王を開発して新しい市場へ挑む仕事だと気づいたのである。

宮沢の送り出し

宮沢は大地の申し出を喜びながらも、メトロ電業へ行くよう勧めた。こはぜ屋に足りないものを知るため、優良企業で経験と知識を得て、広い世界を見てくるべきだと考えたからである。大地は戻ることを前提にせず全力で働くと決め、これまで世話になった礼を述べた。宮沢も成長した息子に感謝し、それぞれの場所で勝利を信じて戦おうと送り出した。

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