物語の概要
ジャンル:
時間遡行ファンタジーである。かつて魔王を討伐した英雄カイルは、瀕死の瀕狂の末、魔王が守っていた深紅の宝石「神竜の心臓」に触れたことで、自らの記憶と意識を携えたまま、悲劇の始まる世界に戻された。過去の経験を武器に、人類滅亡を阻止すべく再び立ち上がる「二周目攻略型」英雄譚である。
内容紹介:
第4巻では、カイルのパーティーが鉱山都市カランに潜入し、都市長が秘密裏に催していた禁呪儀式を阻止せんと地下坑道へ向かう。そこで待ち構えていた魔族との激突を経て、圧倒的な敵の力の壁に直面する。さらに同巻では、最強幻獣ドラゴンとの同盟を試みる一方、闇で蠢く邪教組織メーラ教が暗躍し、物語は大混戦へと突入する。
主要キャラクター
- カイル:魔法剣士にして本作の主人公。前世の知識を活かし、過酷な未来を回避しようと邁進する英雄である。
- シルドニア:カイルの近しい仲間にして秘力を秘める魔導士。カイルの計画遂行を支える鍵でもある。
- ミナギ:都市調査を担い、秘密組織メーラ教の存在を察知する調査役。危機察知に長ける探索者である。
物語の特徴
本巻は「二周目だからこそできる歴史改変」と「英雄の成長と戦略」が最大の魅力である。カラン潜入やドラゴンとの会談、禁呪儀式阻止など、ステージごとに戦術とキャラクターの意志が交差する展開は読者を飽きさせない。さらに、ドラゴンとの同盟やメーラ教の策略といった複数の勢力が絡む構造により、単なるバトル譚ではなく、世界観の広がりと政治的駆け引きの要素が見どころである。前世での経験の裏打ちによって、主人公の選択や展開に説得力と緊張感が息づく点が本作ならではの魅力である。
また、アニメ化も決定しており、2025年7月からテレビ放映されることで、小説・漫画という原作から映像メディアへと展開が拡大している。
書籍情報
強くてニューサーガ 4
著者:阿部正行 氏
イラスト:布施龍太 氏
出版社:アルファポリス
発売日:2014年10月08日
ISBN:978‑4434226489
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あらすじ・内容
“強くてニューゲーム”ファンタジー、怒涛の第四章!
累計7万部突破! “強くてニューゲーム”ファンタジー、怒涛の第四章! 神秘と冒険者の国エッドスを訪れ、森の奥深くにある『竜の巣』を目指すカイル一行。その目的は、前世では敵として立ちはだかった最強幻獣ドラゴンと同盟を結んで戦力を拡大するという、運命逆転への大博打! しかしそこにはすでに魔族の影が忍び寄っており、事態は予想外の急展開を迎えてしまう。一方、闇に潜む邪悪な組織・メーラ教の手がかりを得るため別行動をしていたミナギは、エッドスでメーラ教徒が暗躍していることを察知する。果たしてその狙いとは……未来の英雄、魔族、邪教が入り乱れ、ドラゴンを巡る大混戦が始まる!
感想
読み終えて、まず感じたのは、物語がますます大きく動き出しているということである。カイルたちの運命を逆転させるための戦いは、決して平坦な道ではないと改めて思い知らされた。
今回の物語では、カイルたちが未来で敵対することになる竜たちを味方につける、あるいは少なくとも中立の立場に置くために、竜の住む森へと足を踏み入れる。そこで待ち受けていたのは、ダークエルフとの予期せぬ遭遇だった。しかし、武力ではなく交渉によって道を切り開くカイルの姿は、彼の成長を感じさせるものであり、頼もしかった。
竜との会談は成功するものの、事態は思わぬ方向へと進んでいく。一番若い竜が、人族至上主義の宗教集団に洗脳され、ダークエルフの郷を襲おうとするのだ。この展開には、強い衝撃を受けた。未来を変えるためには、過去の因縁だけでなく、新たな脅威にも立ち向かわなければならない。カイルたちの戦いは、まだまだ終わらないのだと痛感した。
特に印象に残ったのは、カイルが洗脳された竜を止めようとする場面である。力ずくではなく、言葉によって竜の心を解き放とうとする彼の姿は、まさに未来の英雄そのものだった。困難な状況でも諦めずに、相手を理解しようと努める姿勢に、心を打たれた。
また、ミナギが闇の組織・メーラ教の手がかりを追う中で、エッドスで暗躍するメーラ教徒の存在を察知する場面も、物語に深みを与えている。未来の敵である魔族だけでなく、邪教の影も忍び寄る中で、カイルたちの戦いはますます複雑さを増していく。
『強くてニューサーガ 4』は、戦い、交渉、そして人間関係が複雑に絡み合った、読み応えのある一冊だった。未来を変えるための戦いは、まだまだ始まったばかりだ。カイルたちがこれからどのような困難に立ち向かい、どのように成長していくのか、次巻を手に取る。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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展開まとめ
1
神秘と冒険者の国エッドスの特性
エッドスは人族領の中央に位置し、国土の七割以上を森林が占める国であった。多数の魔獣が生息し、伝説上の幻獣すら存在することから「神秘の国」と称されていた。また、冒険者が多く活動することから「冒険者の国」とも呼ばれていた。地脈の魔力を利用した古代魔法王国の遺跡や実験場が数多く存在し、貴重な素材をもたらす魔獣も多いため、冒険者が集まる理由となっていた。
カイル一行の目的と成果の乏しさ
カイル一行はガルガン帝国での武術祭から三か月後、エッドスの首都リネコルに滞在していた。滞在の目的は二つあり、一つはメーラ教の動向を調査するためであった。暗号解読により、エッドスでの活動が示唆されていたが、調査の結果、有力な手がかりは得られなかった。情報の断片を第三皇子マイザーを通じて帝国に報告したものの、メーラ教の実態は依然として不明であり、行動を起こすには至らなかった。
仲間たちの疑念とカイルの決意
カイルはメーラ教から執拗に狙われている理由を自覚できず、仲間のセランやリーゼもその点に疑問を持っていた。さらに、ミナギという密偵の信頼性に対してリーゼとウルザは懐疑的であり、カイルは自らの責任でミナギの起用を支持する姿勢を見せた。ミナギが裏社会の人物であることも二人にとっては不安材料となっていたが、カイルは信頼を寄せ続ける構えを見せていた。
リネコルの賑わいと冒険者文化
リネコルの街は活気に満ちており、多くの冒険者が行き交っていた。統一された装備はなく、個性的な武装をした者が多く見られたが、都市全体に違和感はなかった。リネコルは規模こそ小さいものの、建物の豪華さにおいて他国と比肩し、冒険者の経済力がその発展を支えていた。冒険者が富を落とし、それが都市の豊かさへと直結する構造が出来上がっていた。
もう一つの目的への行動開始
メーラ教に関する調査に成果が乏しかったため、カイルはもう一つの目的のために動き出す決意を固めた。彼は「暁の火竜亭」と呼ばれる冒険者の酒場を発見し、仲間と共に足を踏み入れた。そこは依頼の持ち込み、仲間の募集、情報交換が行われる冒険者の拠点であり、建物の上には迫力あるドラゴン像が掲げられていた。その光景を前に、カイルはこの国を「神秘」「冒険者」そして「ドラゴンの国」と表現する象徴を思い出していた。
2
冒険者の酒場『暁の火竜亭』の様子
カイル達が訪れた『暁の火竜亭』は、一見すると普通の大きな酒場に見えたが、壁には冒険者向けの依頼書が多数貼られており、依頼の内容も魔獣の素材採取や遺跡探索といった過酷なものが多かった。客層も異なり、全員が高い戦闘能力を備えた冒険者で構成されていた。カイルは、腕利きが集まるという評判が本当であると実感した。
異例の依頼と『竜の巣』への案内
カイルは店主に対して、依頼を受けるのではなく依頼する側として訪れたと告げた。依頼内容は「竜の巣」への案内役の雇用であった。その名を聞いた途端、店内には緊張が走った。「竜の巣」とは実在が確認されているドラゴンの棲息地であり、極めて危険な場所である。カイルは破格の十万ガドルという報酬を提示し、さらに前金として一万ガドル分の金貨を差し出した。店主は戸惑いながらも依頼を受け入れることとなった。
カイルの名と冒険者達の反感
カイルが自らの名を「カイル・レナード」と名乗ると、周囲の冒険者達から一層強い視線が注がれた。その視線には不快感や敵意すら含まれていた。これはカイルがこの三か月間、地方の村々で魔獣退治や盗賊討伐といった活動を無償で行い、さらに施しまでしていたためである。吟遊詩人を雇ってこの活動を誇張して広めた結果、名声は急速に高まったが、一方で冒険者達の仕事を奪う形となり、商売敵として反感を買っていた。
反発を受けながらも依頼を完了
店主は不快感を隠しきれなかったが、既に報酬の一部を受け取っていたため依頼を拒否できなかった。カイルは視線をものともせず酒場を後にしたが、リーゼやウルザは依頼が成立するか不安を覚えていた。カイルは案内役がいなくても構わないと語り、ウルザの精霊使いとしての能力を頼りにしていた。ウルザ自身も森の扱いには自信を見せつつ、目的がドラゴンとの対面であることに驚きを隠せなかった。
ドラゴンとの交渉という目的
カイルの真の目的は、ドラゴンとの交渉によって取引を行うことであった。シルドニアはかつての竜王ゼウルスを知ると語り、千三百年経った今も生存しているだろうと自信を見せた。カイル達は、交渉という未知の試みに向けて動き出そうとしていた。
3
依頼取り下げとゲツガの忠告
カイルは翌日、単独で『暁の火竜亭』を再訪した。店内の冒険者たちは彼に冷たい視線を送り、依頼書も目立たぬ場所に貼られていた。店主も好意的ではなく、依頼を請けようとする者はいなかった。カイルは落胆を装って依頼を取り下げようとするが、そこへ大柄な戦士ゲツガが忠告の声をかけた。彼はダークエルフの自治領への立ち入りが密猟によって厳しくなり、ユニコーンの共存やドラゴンの活動活発化により、森に入ること自体が危険な状況だと説明した。また、カイル自身への反感も原因の一つであると告げられた。カイルは忠告に感謝し、依頼を取り下げた。
噂の拡散と真の目的
店を出たカイルは、フードを被ったミナギと合流し、計画が予定通り進んでいることを確認した。今回の依頼は、本来案内人を募る目的ではなく、『竜の巣』へ向かうという情報を街中に広めるための布石であった。ミナギはそれに尾ひれをつけて噂を拡散しており、カイルの意図通り世間の注目を集めていた。
ドラゴンとの交渉計画
カイルの目的は、英雄として目立つ行動をとることであった。その一環として、彼はドラゴンとの交渉を計画していた。前世で起きた「大侵攻」の際、ドラゴンは魔族に加担し人族を攻撃したが、その協力は強制的であった可能性が高かった。カイルはドラゴンに中立を保たせるか、可能であれば人族側につかせることを目指していた。過去にドラゴンと交流のあった時代を踏まえ、無条件で敵対されることはないと見込んでいた。
行動開始の直前
ミナギとの会話の中で、ドラゴンとの交渉が無謀ではなく、成功の見込みがあることを強調したカイルは、その直後、背後から何者かに呼び止められる。切迫した声が響き、新たな展開を予感させて場面は締めくくられた。
4
エリナの登場と懇願
カイルの背後から現れたのは、若いレンジャー姿の少女エリナであった。彼女は『竜の巣』への案内人として雇ってほしいと必死に頼み込んだ。すでに依頼は取り下げた後だったが、エリナは噂を聞いて急いで駆けつけたと説明する。彼女は冒険者としての信用を犠牲にしてでも報酬を得たいという覚悟を見せた。カイルは最初、雇う気はなかったものの、ダークエルフの居住地を避けるための知識と地図を持っているというエリナの言葉に心を動かされ、成功報酬のみという条件で彼女を雇うことを決めた。
仲間たちとの合流と懸念の共有
カイルはエリナとの別れ際に奇妙な感覚を覚えつつ、街の中心にある広場で仲間たちと合流した。リーゼ、ウルザ、シルドニアはいずれも準備を終えており、買い物や食事を楽しんでいた。カイルは案内人を雇ったことを報告し、事情が変わった経緯を説明した。ダークエルフについてはウルザから、精霊魔法に不向きな一方で弓術や錬金術に優れ、森では非常に危険な存在であることが語られた。
エリナへの警戒と仲間の反応
仲間たちはエリナを即決で雇ったことに警戒を示し、ウルザとリーゼはカイルの判断の甘さを指摘した。シルドニアも、情にほだされたのではないかと疑いの目を向ける。セランは遅れて合流し、エリナの可愛さが決め手だったのではと冗談交じりに指摘し、リーゼとウルザも同調した。カイルは反論しきれず、自らの判断が本当に正しかったのかを省みることになった。
5
出発とエリナの緊張
早朝、カイルたちは東門でエリナと合流した。緊張しながら挨拶するエリナに対し、カイルは彼女の目に覚えのない既視感を抱くが、正体は掴めなかった。仲間たちも自己紹介を交わし、ウルザはエリナの持つ手製の地図を高く評価した。エリナが個人で活動していることには一瞬驚かれたが、問題ないと判断され、一同に迎え入れられた。
ドラゴンに関する噂と出発
東門付近には他の冒険者も多く集まっていたが、エリナによると奥地に向かう者は減っていた。話題はやはり活発化するドラゴンであり、その近くに人影を見たという噂もあった。シルドニアは冗談のように「直接聞けばいい」と言い、やがて開門の鐘が鳴ると一行は森へと出発した。
エッドスの森と冷気マント
森は高温多湿で体力の消耗が激しく、危険な魔獣が多数棲息する過酷な環境であった。しかし、カイルたちは冷気魔法を付与したマントを全員分用意し、快適に進行していた。そのような高価な装備を予備まで揃えていたことから、エリナは彼らの準備の徹底ぶりに驚かされる。
ワイルドボアとの遭遇とカイルの実力
突如現れた巨大魔獣ワイルドボアを、カイルは冷静に一撃で仕留めた。その技術と身体能力は圧倒的であり、これまでの常識を覆されたエリナは言葉を失った。だが、カイルはエリナの事前情報のおかげだと礼を述べ、彼女を気遣った。
エリナの警戒と魔道具の活用
ワイルドボアの血の匂いが他の魔獣を呼ぶ恐れを指摘したエリナに対し、カイルは消臭魔道具と魔獣避けの結界の用意があると応じた。キャンプの準備が整った矢先、エリナは近づく羽音からキラービーの接近を察知し、素早く警告した。彼女の聴覚はウルザをも上回るほど鋭敏であり、仲間からも感心された。
キラービーの蜜を巡る女性陣の暴走
キラービーの接近からその巣が近いことが判明すると、シルドニアはその蜜の希少性と美味を熱弁した。美容効果に反応したリーゼとウルザは、カイルとセランに採取を命じる。女性陣の勢いに逆らえず、カイルとセランは渋々ながらもキラービーの群れへ向かった。
順調な探索とエリナの感嘆
エリナは、カイルたちの準備と能力があまりにも徹底されていることに圧倒されながらも、同行者としての安心感を覚えた。彼らとの探索は予想外に快適かつ安全であり、今のところ順調に進んでいた。
6
豪華な野営の夕食
日が沈んだ後、カイルたちは焚火を囲みながら夕食を楽しんでいた。通常の野営食とは異なり、今夜は保存魔法によって新鮮さを保った食材が使用され、ワイルドボアの肉を使った鍋や森で採れた果実、生野菜のサラダ、生魚料理まで並ぶ豪華な食事であった。特にキラービーの希少なハチミツは女性陣に好評で、ウルザは恍惚とした表情を浮かべるほどであった。森とは思えない快適さと賑わいがこの場には満ちていた。
魔法樹と地脈の説明
食後、セランが巨木の存在に感心すると、シルドニアはそれを「魔法樹」と呼び、地脈によって育つ特別な木であると説明した。エッドスの地は地脈が濃く、魔法植物や魔獣、幻獣が多く生息する理由もそこにあると語る。かつてこの地には魔法王国ザーレスが魔法実験施設を築いていたことも明かされ、シルドニアは栄枯盛衰を思い感慨に浸った。
進路の検討とエリナの提案
翌日の目的地までの距離に関し、エリナは地図を使って説明を行い、最短で三日で到達可能だが、ダークエルフの領域を通る危険があると警告した。現状では警戒が強まっており、潜り抜けるのは困難と判断されるため、エリナは迂回を勧めた。カイルは状況を踏まえ、最短ルートに近い迂回路を選択することを決めた。
見張り中の夜の会話
深夜、見張り番のカイルとリーゼは焚火を囲んで会話を交わした。リーゼはエリナの金銭的事情を気にするが、カイルはあえて踏み込まず、雇用関係に徹する方針を示す。その背後には、エリナに対する曖昧な感情や、リーゼへの後ろめたさがあった。旅を共にする仲間たちへの感謝の念も語られ、特にリーゼに対しては支えになってくれていることへの素直な感謝が滲み出た。
リーゼの想いと静かな慰め
カイルの心の迷いを感じ取ったリーゼは、無言で隣に座り、彼の肩に身体を預けた。そして何があっても側にいると静かに語りかけた。リーゼの想いはカイルの心に深く染み入り、彼は言葉ではなく、彼女の髪を優しく撫でることでその気持ちに応えた。
翌朝の余韻とからかい
見張りの交代で起きたセランに一連のやり取りを見られてしまい、カイルはからかわれる羽目になった。翌朝には、機嫌の良いリーゼと不機嫌なカイル、そして負傷しながらも笑顔のセランという不思議な空気が漂い、ウルザはその様子に首をかしげていた。
7
湖畔での休息とダークエルフの接近
カイルたちはエリナの案内で、密林の中を進みながら小休止に適した湖を目指していた。湖畔に到着すると、美しい景色と風の心地よさに癒やされながら昼食をとり、今後の行程について打ち合わせを始める。道中で発見した遺跡についてエリナが確認するが、シルドニアは興味を示さず、エリナに一任した。やがて、対岸に動く影を発見したエリナは即座にダークエルフの接近を警告し、一同は伏せて隠れる。しかしウルザの不用意な大声により気付かれてしまい、ダークエルフとユニコーンが水面を走って接近してくる。
水上の遭遇と対峙する緊張
ユニコーンの異常な速度と美しさに目を奪われつつ、カイルたちは緊張を強いられる。ダークエルフの女性は鋭い声で威圧しつつ矢を放ち、警告の意図を示す。その様子から、戦闘技術と気迫の高さがうかがえた。カイルは交戦を避けるために冷静に対応を模索するが、そこに思いがけない展開が訪れる。
ユニコーン・ロアスの登場と混乱
突如、ユニコーンが流暢な言葉で語り始め、カイルたちのもとに駆け寄ってくる。彼の名はロアス。乙女に対しては非常に好意的で、リーゼやウルザに愛想を振りまき、完全に男たちを無視する態度を見せる。その振る舞いはセランと同等、いやそれ以上に軽薄であり、ユニコーンの幻想が崩れていく様子に一同は呆れ果てる。
エリナの正体への疑念
ロアスはエリナの名を呼び、以前からの知り合いであることを明かす。そして、ダークエルフの女性パセラネもまた彼女に言及し、エリナの帰還に対して複雑な感情を抱えている様子を見せた。ウルザはそのやり取りから、エリナがダークエルフと人間のハーフであることを見抜くに至る。初対面時から抱いていた違和感の正体を、ようやく確信したのである。
8
エリナの正体とダークエルフの追放
ウルザの指摘に応じて、エリナは頭を覆っていた布を取ると、ダークエルフ特有の銀髪と長い耳が露わになった。肌には顔料を塗り隠していたが、胸元を見せることでダークエルフの血を引く証を示す。彼女は一年前までダークエルフの集落に住んでいたが、父の死を機に追放されていた。パセラネはその事実を改めて突きつけ、なぜ領域に近づいたのかと非難した。ロアスは苛立つパセラネをなだめつつ、領域内での密猟被害と仲間の死を告げ、現状の深刻さを語った。
竜の巣を目指す目的とルクテラの病
エリナは、カイルたちの目的が「竜の巣」への到達であることを明かす。その理由は、母ルクテラの病を治すために高額な報酬を得たいというものだった。ロアスとパセラネもルクテラを知っており、ロアスは癒しの力がダークエルフにしか使えないことを告げて別れを告げた。一行はその後、エリナがなぜ追放され、今の生活に至ったのかを聞き出す。彼女は両親との幸せな生活を語るが、父の死後、母と共に人間の街に移り住み、生活のために冒険者をしていたと語る。
ルクテラへの思いとエリナの覚悟
エリナの母は重い病を患っており、完治にはユニコーンの角か高価な魔法薬が必要だという。リーゼはエリナの事情に心を寄せ、カイルに助ける意思を問いかける。カイルはこれまでの経緯を理解し、エリナの雇用に何の問題もないことを伝えるとともに、母の病についても支援を約束した。実はルクテラはカイルの前世の仲間であり、魔族との戦いで命を救ってくれた恩人だった。しかし彼女が孤立した際、カイルは戦略的判断から救援を断念していたという苦い過去があった。
恩返しと協力の提案
その負い目から、カイルは今度こそルクテラを助けたいと決意し、魔法薬の手配についてもシルドニアを頼る意志を見せる。エリナは感極まって涙を流し、何でも協力すると力強く応じた。カイルには恩返しと打算の両面があったが、それでもエリナとルクテラを救いたい気持ちは本物であった。だが、ルクテラが重病という現状には違和感もあり、前世における記憶との齟齬がカイルの胸に引っかかりを残した。そうした思いを胸に、一行は再び「竜の巣」へ向けて歩を進めた。
9
ミナギの工作と情報収集
カイルたちが「竜の巣」に近づいていた頃、ミナギは街に残り、巡礼者の装いで噂の拡散とメーラ教の情報収集にあたっていた。高級カフェで大通りを眺めつつ、信仰と富を装いながら各地でカイルの活躍に関する話題を巧みに広めていた。事実七割、誇張三割の構成により、カイルの名声は自然に浸透していたが、メーラ教に関する情報はほとんど得られず、成果は乏しかった。かつて任務失敗で窮地に陥っていたところをカイルに救われたミナギは、複雑な思いを抱きつつも、彼への感謝と信頼を深めていた。
不審な男の出現と尾行の開始
そんな中、ミナギは雑踏の中で石工を装った不自然な動きをする男を目撃する。歩き方や視線、装備に潜む違和感から、訓練を受けた密偵と直感。自分でも説明できない不穏な感覚を覚えたミナギは、迷わずその男の尾行を開始する。
『竜の巣』への到達と異変の予兆
一方のカイルたちは、密林を抜け、いよいよ『竜の巣』の領域へと足を踏み入れた。周囲の景色は平原へと変わり、魔獣の姿が見えなくなったことで、この地が支配者たる存在に畏れられていることが窺えた。やがて遠くに、雲に届くほどの巨大な一本の木「世界」が姿を現す。その木は創世の時代から存在するとされ、ドラゴンたちの巣になっていた。
世界の樹とドラゴンの棲み処
「世界」の枝や空洞は、ドラゴンが暮らせるほどの規模と構造を持ち、シルドニアによれば、その中心には千年以上変わらぬ支配者「竜王ゼウルス」がいるとされた。彼の統率下であれば、問答無用の攻撃を受ける可能性は低いと判断された。緊張しつつもカイルたちは歩みを進める。
エリナの同行と決意
案内人としての役目を終えたエリナに帰還の選択肢が与えられるも、彼女は仲間としての同行を申し出た。既に顔料を落とし、素の姿で微笑む彼女には、隠すものはなかった。皆に溶け込み、自分も誰かの力になりたいという強い意志が感じられた。
ドラゴンの降臨と対話の開始
やがて空から、赤い鱗と圧倒的な威容を持つドラゴンが舞い降りた。その存在は見るだけで魂を震わせるほどの威圧感を放ち、人族との格差を明示していた。だが、そのドラゴンは敵意なく人族の言葉で問いかけてくる。静かだが理性的なその声からは、意外にも対話の可能性が感じられた。こうして、カイルたちとドラゴンとの交渉の幕が上がった。
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シルドニアとドラゴンの交渉開始
ドラゴンはカイルたちに対してほとんど警戒を見せず、聖域から立ち去るよう一方的に警告した。これは掟による形式的な対応であり、真意は立ち去らなければすぐに排除するという意思であった。しかし、シルドニアはドラゴンを「下っ端」呼ばわりし、ゼウルスへの面会を要求する。盟約を持ち出した強気の態度に、ドラゴンは不承不承ながら確認のため飛び去った。
ゼウルスの許可と竜の巣への案内
しばらくしてドラゴンが戻り、ゼウルスの命によりカイルたちを正式に迎え入れると告げた。世界樹の根元まで案内された一行は、その壮大な構造と規模に圧倒されつつ、内部の質素な環境を目にする。装飾も調度品もなく、飾るという概念自体が存在しないドラゴンたちの生態が明かされ、食事にも執着を持たないことが説明された。ドラゴンが人間の文化とはかけ離れた存在であることが再確認される。
ゼウルスとの再会と対話の場の設定
最奥にて、巨大なドラゴンの姿で静かに横たわっていたのは「竜王」ゼウルスであった。シルドニアが不敵な笑みを浮かべて語りかけると、ゼウルスは彼女を「魔法王」と認識し、懐かしげな反応を見せた。互いに昔の盟約を重んじ、交渉の場が整えられる。見張り役のイルメラは警戒心を解けずにいたが、ゼウルスはシルドニアの意図を理解して彼女を下がらせた。
交渉の本番へと進行
シルドニアは「魔法王」そのものではなく、記憶と人格を宿した魔法生命体であると明かしつつも、盟約の継続を主張する。ゼウルスもその立場を尊重し、個別にカイルとシルドニアのみの密談を許可する。カイルが剣の使い手であることにも反応し、その剣と自らの関わりを示唆した。
ゼウルスの人型化と対話の準備
ゼウルスは人族との対話のため、魔力を用いて人間の姿へと変身する。白髪白髭の威厳ある老人の姿となったゼウルスは、カイルとシルドニアを伴って話し合いの場へと向かう。だが、慣れぬ衣服に違和感を訴えるゼウルスと、それに容赦ない突っ込みを入れるシルドニアのやり取りに、カイルは一抹の不安を覚えつつも、これからの重要な交渉に向けて覚悟を決めるのだった。
11
交渉の開始と過去の盟約
ゼウルスに案内された部屋には、シンプルなテーブルと椅子が置かれており、他の場所とは異なり人工的な作りを備えていた。この部屋は、かつてシルドニアの訪問を想定して設けられたものであった。交渉が始まると、シルドニアは即座に本題に入り、近い将来起こる魔族との大戦争に備えて、ドラゴン族に人族側としての協力を求めた。しかしゼウルスは、過去の盟約で義理は果たしたとして即座に拒否する。
ドラゴンの恩と拒否の理由
シルドニアは、かつて繁殖危機に陥ったドラゴン族を救った過去を明かす。当時、子供が生まれないという異常を解決し、盟約を結ぶことで人族の実験施設の建設や神竜の遺物の保有を認めさせた経緯が語られる。しかしゼウルスは、自らの役目は果たしたとして、さらなる介入は拒否。争いに巻き込むつもりはないと頑なだった。
未来から来たカイルの真実
続いて、カイルが自らの正体を明かし、魔族による「大侵攻」や、自身が時を遡ってきた経緯を詳細に説明する。魂の融合による魔力の異常や未来の記憶といった証拠も提示され、ゼウルスもカイルの魂に異常があることを認める。さらに、かつてドラゴンが魔族に味方したことも語られ、カイルはその行動に積極性がなかったことから、何らかの理由で協力を強いられていたと推測していた。
神竜の心臓と切り札の提示
ゼウルスが協力を拒み続ける中、カイルは切り札として「神竜の心臓」を提示する。これは全ドラゴンの祖・神竜ヴァルゼードの遺物であり、莫大な魔力を秘めた至宝であった。ゼウルスはかつてこの遺物に強く執着していたが、いざ目の前に現れると動揺を見せつつも、最終的にはそれを取引材料にすることを拒否した。若きドラゴンたちには神竜は歴史上の存在に過ぎず、自分の感傷で全種を戦争に巻き込みたくないという思いからだった。
ゼウルスと剣の意外な繋がり
カイルの持つ剣に関心を示していたゼウルスは、その剣の素材に自らの牙が使われていると明かす。これはシルドニアがかつて作成した伝説の武器であり、ゼウルスもその製作に関わっていた。だが、シルドニア自身は剣をなぜ作ったのか、その目的の記憶を受け継いでおらず、明確な理由を知らなかった。
衝撃の真実と笑う竜王
この記憶の欠如に驚いたゼウルスは、ついに剣の真の由来を語る。かつて「魔法王」シルドニアが想い人への贈り物として作ったものだという。思いも寄らぬ告白に、シルドニアは間の抜けた声しか出せず、カイルの目の前で、伝説の二者による交渉は思わぬ形で熱を帯びていった。
12
魔法王の恋と剣の真実
ゼウルスは、シルドニアが過去に恋をしていた事実を語る。古代魔法王国ザーレスの魔法王であり、神のように崇められていたシルドニアは、魔法の才能を持たない下層の若者に惹かれていた。しかし身分の差と状況から想いを告げられず、恋は実らなかった。ゼウルスは、当時恋愛相談まで受けていたことを暴露し、その結果、贈り物として作られたのがカイルの持つ伝説の剣であると明かした。羞恥に耐えかねたシルドニアはやさぐれるが、カイルの誠実な言葉で立ち直る。
中立の堅持と不穏な痕跡
交渉は核心に入り、ゼウルスはあくまでドラゴン族は中立を守ると断言する。魔族に加担する気はないとしつつも、カイルは一つの矛盾点を指摘する。ゼウルスが「人族と話すのは数百年ぶり」と言いながらも、交渉室の使用状況にはそれに反する痕跡が残っていたのだ。カイルはその点を突き、「魔族と会っていたのではないか」と問いかける。ゼウルスは鋭い視線を受け、無言になる。
緊張高まる来訪者
その頃、別室で待機していたリーゼたちは、エリナの緊張を和らげるためにお茶と菓子で雑談をしていた。しかしそこへイルメラが現れ、新たな来訪者を連れてきた。その人物は、額に角を持つ魔族の女・ユーリガであり、かつて鉱山都市でリーゼとウルザが死闘を繰り広げた相手であった。予期せぬ再会にセラン達は即座に警戒し、戦闘態勢に入る。
イルメラの制止と対立の抑制
魔族と人族の間に再び緊張が走るが、イルメラが一喝することで衝突は回避された。ドラゴンの聖域での争いは断じて許されないとし、敵対すれば全てのドラゴンを敵に回すと宣言したためである。渋々ながらも剣を収めた両陣営は、激しい警戒心を残したまま、重苦しい沈黙に包まれるのだった。
13
ゼウルスと魔族の接触の真相
カイルの問いに、ゼウルスは魔族と「通じている」ことは否定しなかった。正確には、礼儀を持って訪れる使者に対し応対していただけであり、深い協力関係があったわけではないという。三百年前、現在の魔王が即位してから使者が訪れるようになり、攻撃的な意図も見えなかったため、対話は続いていた。信義の問題もあって具体的な内容は明かせないとするゼウルスに対し、シルドニアは苛立ちながらもそれ以上は追及できなかった。
カイルとゼウルスの対峙、そして魔族の影
カイルはゼウルスに対し、人族滅亡に関わる件であるとして真摯に問い続ける。その真剣さに、ゼウルスは不機嫌そうにしながらも応対を止めることはなかった。魔族との比較として、シルドニアは過去の魔王「ネグラ」の名を挙げ、力で支配する典型的な魔王だったと振り返る。その頃と比べ、現在の魔族の姿は様変わりしているのだ。
イルメラからの報せとカイルの焦燥
そこへ、ゼウルスにドラゴンの通信が入り、魔族が訪問し、既に仲間たちと接触していることが判明する。これを聞いたカイルは即座に行動を開始するが、ゼウルスはドラゴンの中立性を守るため、いかなる争いも認めないと警告を発する。カイルはそれを受け入れつつも、急ぎ仲間たちのもとへ向かう。
呑気な仲間たちとカイルの警戒心
戻ったカイルが目にしたのは、変わらぬ日常のような光景だった。仲間たちはお茶と菓子を囲み談笑しており、魔族のユーリガでさえリーゼの菓子を手にしていた。怒るカイルに対し、リーゼは気まずそうに笑って誤魔化すが、カイルは魔族に対する危機意識の欠如に頭を抱える。
ユーリガの姿勢と静かな緊張
ユーリガは敵意を見せることなく、魔王の命により人族との戦闘は控えるよう命じられていると語る。一方、セランは警戒を解かず、常に観察を続けていた。ユーリガ自身もカイル達には干渉しないと告げるが、内心では何かを抱えている様子だった。
再来訪の魔族と発覚する不審な訪問者
その後、ゼウルスとシルドニアが合流し、ユーリガは丁寧に挨拶を交わす。魔王からの書状を届けに来たというユーリガに対し、ゼウルスは「五日前にも魔族が来た」と話すが、ユーリガはそれを否定する。直近で魔王が派遣したのは自分一人であり、他にはいないというのだ。この食い違いにより、五日前に訪れた「魔族の使者」は正体不明の者だったことが発覚し、ゼウルスはその相手にグルードの情報を漏らしたかもしれないと嘆いた。緊張感が一気に高まり、不穏な影が物語の核心へと迫っていた。
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孫・グルードの存在とその素性
カイルがゼウルスに問いかけた「グルード」とは何者かという疑問に、ゼウルスは渋々答える。それは自分の孫にあたる若きドラゴンであり、唯一の血縁であった娘メアルの遺児であった。メアルはかつて命を落としていたが、死の間際に一つの卵を残していた。それが長い年月を経て孵化したのがグルードである。グルードはゼウルスが厳格に教え込んできたドラゴンの次代の担い手であったが、半年前に突如姿を消していた。実質的には家出であり、ゼウルスの苦悩の種となっていた。
魔族「ターグ」の謀略とゼウルスの失態
先日ゼウルスを訪れた「魔族の使者」は、実際には魔王の正式な使いではなく、自らを「ターグ」と名乗る異端の魔族であった。ゼウルスは過去の信頼と相手の巧みな話術に惑わされ、うっかりグルードの情報を洩らしてしまっていた。これは魔族にとっても予期せぬ出来事であり、ユーリガも表情を硬くして事態の重さを認識する。
グルード探索のための同盟提案
グルードはドラゴンの掟により、勝手に出ていった以上、ゼウルスが連れ戻すことはできなかった。だが人族であれば干渉が可能であるとして、シルドニアはカイル達が捜索を引き受けることを提案。ゼウルスもそれに同意するが、「条件付き」としてユーリガとの同行を命じる。理由は、グルードを巡って魔族との接触がある可能性が高く、その仲介役としてユーリガの存在が必要だというものであった。
カイルの葛藤と同行の決断
魔族に深い恨みを抱くカイルは、この決定に激しく葛藤する。だが仲間たちの声と信頼によって理性を取り戻し、「命令も服従もしない同行者」としての立場を条件に、ユーリガとの協力を受け入れることにした。ユーリガも魔王の命に背くターグの存在を見逃せず、これに応じた。
イルメラの監視任務と出発の準備
ゼウルスはイルメラに対して監視役としてカイル達に同行するよう命じる。ただし掟により、グルードとの直接接触は禁じられているため、行動の制限はあった。イルメラ自身は人族を見下していたが、ゼウルスは彼女に「何かを学んでこい」と期待を込める。
エリナの情報と捜索方針の決定
出発に際し、エリナがドラゴンの目撃情報を記した地図を提示する。出没場所は不規則であり推測は困難だったが、エリナはダークエルフの協力を提案する。森に精通しているダークエルフならば痕跡を掴んでいる可能性があるからだ。カイルはこれに同意し、ダークエルフとの接触を最初の目標に定める。
ドラゴンに乗っての空路移動
移動手段として空を飛べれば時間短縮になることを、全員が同じタイミングでそれとなくイルメラに視線を送る。半ば無言の圧力に屈し、イルメラはしぶしぶながらも騎乗を許可する。これにより、人族・魔族・ドラゴンという創世以来対立してきた三種族が、歴史上初めて一つの目的のもとに協力し、旅立つこととなった。
小さな目的と大きな意味
旅の目的は「家出した未成年ドラゴンを連れ戻す」という些細にも見えるものであるが、その裏には種族の在り方や信念、未来の均衡がかかっていた。シルドニアの皮肉めいた発言にも、カイルは静かに応じながら、新たな冒険へと歩を進めた。
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空の旅とイルメラの苦労
カイル達はイルメラの背に乗って空を飛び、地上では決して得られない壮大な景色を堪能していた。リーゼやウルザは感動に浸っていたが、セランやシルドニアのふざけた行動により、イルメラは怒り心頭となる。彼女にとって人間を乗せての飛行は初めての経験であり、ただでさえ神経を使っていたのに、背中で騒がれるのは迷惑以外の何物でもなかった。
パセラネとの再会を目指して
イルメラの背により短時間で湖岸に到着した一行は、以前出会ったダークエルフのパセラネとの接触を試みる。エリナによれば、ここに踏み入った以上は向こうから必ず接触があるとのことだった。交渉の材料として考えられるのは、パセラネが執念を燃やしていた密猟者退治であり、これを条件とすることで協力を引き出せる可能性があると見ていた。
グルードの性格と謎の人影
グルードに関して、イルメラは「直情的で浅慮」と評し、挑発に弱い傾向を明かす。また、ドラゴンの近くに人影があったという目撃情報については、「考えられない」と強く否定する。しかし、グルードが世界から姿を消した時期と、ドラゴンの目撃が活発化した時期との間に一ヶ月のズレがあることにカイルが気づく。
瀕死のロアスとパセラネの行方
その時、カイルは血の匂いに気づき、仲間達とともに走り出す。そして彼らが目にしたのは、瀕死のユニコーン、ロアスの姿だった。ロアスは重傷を負いながらも命を保っており、エリナやリーゼの治療により一命を取り留める。ロアスによれば、密猟者達の拠点を発見したものの、逆に罠に嵌められてパセラネが捕えられてしまったという。
密猟者の罠と異常な連携
密猟者達は極めて巧妙に痕跡を消し、視覚・嗅覚・聴覚の全てを欺くような手法で伏兵を配置していた。これは単なる狩人ではなく、明らかに組織だった高い能力を持つ者達の仕業だった。ロアスは自ら逃げるのが精いっぱいで、パセラネを助けられなかった自責の念に苦しんでいたが、カイルは「人質にされている可能性が高い」と見て、行動を急ぐ。
密猟者とドラゴンの奇妙な関係
ロアスが持っていた地図と、エリナの地図を照合した結果、密猟者の動きとドラゴンの出没情報が不自然なほど一致していることが判明する。これは密猟者達がドラゴンを隠れ蓑にして行動している可能性を示唆していた。仮にグルードが利用されているとすれば、意思を持って協力しているか、あるいは操られている可能性もある。
イルメラの怒りとシルドニアの諭し
弟のように想うグルードが利用されている可能性に、イルメラは激怒する。だがシルドニアは、過去に世界征服を目論んだ邪竜ビキオルの例を出し、ドラゴン全体を責めることが不当であるように、人族全体を侮蔑するのも誤りだと諭す。その言葉にイルメラもようやく落ち着きを取り戻す。
パセラネ救出へ動き出す
ロアスはカイルに助けを乞い、カイルは快く引き受ける。そこに打算も含まれているとはいえ、パセラネ救出は全員にとって重要な任務であることは間違いなかった。こうして一行は密猟者の拠点へ向けて行動を開始することになる。
次なる焦点:グルードと密猟者の接点
事態は、単なる家出ドラゴンの説得から、密猟者による操縦、あるいは共謀という大きな陰謀の解明へと発展しつつあった。カイル達は、世界の均衡を守るため、そして仲間を救うため、新たな戦いへと踏み出す。
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捕らわれのパセラネと密猟者の目的
意識を取り戻したパセラネは、自らが重傷を負い、縄で縛られて囚われていることを理解した。彼女が拘束されていた場所は、ドラゴンの目撃が頻繁だったためダークエルフの捜索から除外された区域であり、密猟者達の拠点となっていた。密猟者のリーダー格の男は感情のない目で彼女を見下ろし、蹴りを入れ侮辱する。密猟者達はロアスが戻ってくることを予期しており、行動を急ぐつもりであった。彼らはドラゴンを「操って」行動しており、その計画は既に終盤に差し掛かっていた。
襲撃とパセラネの救出
空気の異変に気付いた密猟者達の元に現れたのは、低空飛行で現れたイルメラであった。彼女の咆哮によって密猟者達は恐怖で硬直し、その隙を突いてカイル達が襲撃を開始する。風の精霊シルフィードの矢による奇襲から始まり、カイル、セラン、リーゼが連携して敵を制圧していく。ロアスも参戦し、パセラネを人質にしようとしたリーダー格の男を一突きで討ち倒す。こうして密猟者の大半は五十秒以内に戦闘不能となった。
密猟者の異常な行動とセランの処断
残党のうち一組はリーゼを狙って自爆同然の戦法を試みるが、ユーリガがそれを阻止する。直接的に戦ってはいないイルメラは「監視役としての一線は守っている」と不満を漏らすが、ドラゴンを利用した連中への意趣返しとしては充分であった。回復の力を使ったロアスとエリナの努力により、パセラネの命も助かる。
一方、密猟者達の死体を調査していたカイルは、死んだリーダー格の男の懐からメーラ教徒の聖印を発見する。仲間や自分の命を平然と捨てるその姿勢に、宗教的狂信を感じ取ったカイル達は警戒を強める。
その後、生き残った三人の猟師を尋問し、密猟者達がドラゴンを操っていたこと、そして明後日にはダークエルフの集落を襲撃させる計画を知る。尋問後、カイルは約束通り三人を解放するが、それはセランが後を追って抹殺する前提だった。情けをかけたように見せかけた策は、冷酷な現実で幕を閉じる。
パセラネの決意とダークエルフの協力
カイルは密猟者の壊滅後、操られているドラゴン・グルードの捜索と制止を目的とした協力をパセラネに要請する。はじめは疑念を抱いていたパセラネだったが、ドラゴンによる襲撃計画が現実であることと、自らの命を救ってくれたカイル達の行動を見て協力を決意する。ロアスの後押しもあり、彼女は仲間達を説得すると約束した。
苛立つイルメラとカイルの配慮
グルードを操る人間の存在により、イルメラは直接関わることができない葛藤と苛立ちを抱えていた。掟によってドラゴンは直接干渉できず、ただ見守るしかない立場が、彼女の誇りを傷つけていた。カイルはその事情を理解し、あえて言及せず、「後ろにいてくれるだけでいい」と伝える。こうして一行はダークエルフの集落を守るために、残された時間の中でグルードの居場所を突き止めるべく動き出す。
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ダークエルフの協力と集落の防衛準備
カイル達がダークエルフの集落に到着した際、イルメラの登場とドラゴン襲撃の予告により大混乱が巻き起こったが、パセラネの必死の説得とイルメラの存在によって信頼を得ることに成功した。結果、ドラゴンの捜索および迎撃について、ダークエルフとの協力体制が整えられた。野営地は集落から離れた場所に設けられ、閉鎖的なダークエルフの意向に配慮する形となる。
エリナの過去とパセラネの記憶
カイルはエリナに気を使い、村に留まるよう勧めたが、彼女は既に村を出た身であり、今さら受け入れられることはないと淡々と語る。父を亡くした後、村を出るよう勧めてくれたパセラネへの感謝の気持ちを語る中で、パセラネが現れ、現在の探索・迎撃体制が報告される。
ウルザとパセラネの対話:異種族の恋と覚悟
ウルザは集落の構造を把握するため視察していたが、帰路にパセラネと遭遇し、彼女からカイルとの関係を問われる。問いに答えきれず戸惑うウルザだったが、話題はエリナの父とパセラネの初恋へと移る。人間との恋に生きたエリナの父を尊敬しながらも理解しきれなかったパセラネは、ウルザの言葉でその想いに一区切りをつけることができた。
リーゼとユーリガの交流
夜、リーゼは密かにユーリガに食事を届ける。過去に助けてもらった礼を伝えるとともに、人族への敵意がないことを見抜いた上での交流だった。ユーリガはその素直な態度に困惑しつつも、敵意を向けないリーゼの態度に少しずつ心を開く様子を見せた。
ドラゴンの異常な動きとエリナへの配慮
翌日、ドラゴンと人間の集団がリネコルへ向かっているという情報を受け、カイル達は急ぎ現地へ向かう準備を整える。エリナには村に残るよう命じたが、これは戦力的な判断だけでなく、彼女の身を案じた上での判断であった。頭を撫でられたエリナは、父との記憶を重ね微笑むが、その様子にパセラネは密かに胸を痛める。
リネコルへ向かう道中と赤い異変
イルメラの背に乗り空を飛ぶ一行は、空中からリネコル近辺に異様な「赤い点」を視認する。それは密林の中にぽつんと存在する、不自然な赤い大地だった。グルードの気配を感じないことにイルメラは首を傾げるが、カイルはその違和感に強く警戒心を抱き、即座に近くに降りるよう指示を出す。
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血塗られた現場での遭遇
カイル一行が到着した現場には、数十人規模の惨殺死体が転がる血の海が広がっていた。その中心には、魔族ターグが立っていた。彼は礼儀正しく振る舞いながらも、自身が人族を殺したことを正当防衛と主張し、ドラゴン・グルードを助けるために来たのだと語った。目的が一致しているとして共同戦線を提案するが、カイルは彼の胡散臭さを理由に断固として拒否した。
ターグの奇襲とセランたちの対応
突然姿を消したターグは、転移能力でユーリガを襲撃するが、セランの直感によって未遂に終わる。シルドニアの指示で全員が分散し、ターグの能力に備える体勢を取る。カイルはグルードの対処を優先し、セランたちにこの場を託して現場を離れた。ターグは戦闘を望まないと主張するが、セランたちは彼を信用せず、戦闘態勢を維持する。
メーラ教徒との戦闘とミナギの介入
一方、リーゼとウルザの元にはメーラ教徒の集団が現れ、死を恐れぬ戦法で襲いかかる。毒煙まで使った自殺的な戦法に二人は追い詰められるが、爆薬による爆発が状況を一変させる。現れたのは忍者装束の女性・ミナギであり、彼女の手際の良い戦闘指導と攻撃により形勢は逆転する。三人は連携してメーラ教徒の殲滅に動いた。
ターグとの一進一退の戦い
セランとユーリガはターグの転移能力に苦しめられながらも攻撃を繰り返し、防戦に徹するターグに傷を負わせようと奮戦する。ターグは転移を回避中心に使用しており、その頻度や距離に制限があることが判明する。セランは重傷を負いながらも、奇策として自らの左腕を斬り落とし、それを帯で固定して聖剣の間合いを伸ばす方法を実行した。その結果、ターグに致命傷を与えることに成功する。
戦闘の決着とターグの正体の一端
重傷を負ったターグは敗北を認め、撤退を宣言する。彼は自身がどの好戦派にも属していないと述べ、聖剣ランドに関する警告を残した上で転移によって姿を消した。戦いを終えたセランとユーリガは、ターグの実力と態度に警戒を深めつつ、彼の目的や出自の不明さに戸惑いを残したまま、再び仲間たちとの合流を目指すこととなった。
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グルードとの対面と戦闘への決意
カイルとシルドニアは、イルメラの協力でリネコルの城壁から見えない距離に降り立ち、暴走するドラゴン・グルードとの対峙に向かった。イルメラは掟により戦闘に関与できず、苦々しくもカイルにすべてを託した。途中、かつて出会った冒険者ゲツガからグルードの襲撃被害の証言を受けたことで、カイルの決意はさらに固まった。
操られたドラゴンとその主の正体
密林を抜けた先にいたグルードは、生気を失った目と単調な動作で操られていた。その傍には初老のメーラ教徒・ロクファールが立っており、自らの目的を「カイルを英雄にするため」と語る。ロクファールは善意と狂信が混ざり合った態度で、ドラゴンの暴走も、ダークエルフ襲撃も、全ては「カイル様のため」と歪んだ理屈で正当化した。
精神支配を解く荒療治
カイルは、シルドニアの提案による“頭部への衝撃で意識を呼び戻す”という手段に賭けた。殺さずに倒すため、剣の柄でグルードの頭を打ち据える。何度も繰り返される攻撃の末、グルードはようやく言葉を発し、意識を取り戻しつつあったが、その感情は怒りに支配されていた。理性を失ったまま攻撃してくるグルードに対し、カイルは致命傷覚悟で反撃を重ねていく。
命を削る決死の戦い
カイルはついに興奮剤「ブラッドアイ」を使用し、痛覚を鈍らせてグルードの猛攻に耐える。頭部への不意打ちや体当たりのような強打を続け、戦況を優位に持ち込むが、疲弊と火傷で満身創痍となる。最終的に一度は倒れたふりをして油断を誘い、渾身の一撃でグルードを昏倒させることに成功した。
戦闘後の余波とターグの暗躍
グルードの気絶によって戦いは終わりを迎えるが、直後にメーラ教徒ロクファールが姿を現す。勝利を喜ぶ彼を、魔族ターグが転移で現れて処刑する。ターグは表向きには「ドラゴンの名誉のため」と言うが、裏ではグルードを利用した首謀者を始末する意図があった。カイルはこの一件の背後に「黒翼で角無しの魔族」がいると確信し、それが未来に魔王となる者だと予感する。
次の目標と小さな問題
ターグが去った後、カイルとシルドニアはドラゴン・グルードを連れ帰る方法に頭を悩ませる。結局「意識がないから掟には触れない」とごまかしてイルメラに運搬を依頼するという、強引ながらも平和的な解決に至ったのだった。
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ユーリガとの別れ
全てが終わり、魔族領への帰還を控えたユーリガのもとに、リーゼが挨拶に訪れた。リーゼは共に行動した仲間として別れの言葉を告げるが、ユーリガは「次会えば殺し合いになる」と厳しい現実を告げ、深入りを避けるように促した。そこへセランが登場し、気軽な調子で「またな」と言って去るよう勧めたことで、ユーリガの態度も少し軟化する。別れ際にユーリガは初めて笑顔を見せ、リーゼの名を呼びつつ「食事は悪くなかった」と言い残して去っていった。
グルードの処遇と竜王からの褒美
一連の騒動後、ゼウルス・シルドニア・カイルの三人は報告と確認の場を設けた。暴走していたグルードは無事意識を取り戻し、不機嫌ながらも回復していた。カイルが望んだ「大侵攻」への協力は断られたものの、ゼウルス個人の礼として、自身の脱皮殻を与えることを約束する。それは希少かつ極めて強力な素材であり、カイルにとっては大いなる恩恵であった。
ゼウルスの夢と魔王への信頼
別れ際、シルドニアはゼウルスに「何故人族・魔族・ドラゴンを共に行動させたのか」と問う。ゼウルスは「世界の調和」を夢見た結果だと語り、それが実現できるかもしれない存在として、現在の魔王に希望を抱いていることを明かす。その姿勢にシルドニアも一定の共感を抱くのだった。
パセラネの後悔と決意
カイル達を見送る場面では、パセラネがエリナに「村に戻る気はないか」と問いかけるが、エリナは母ルクテラのことを理由に断る。その裏には、かつてエリナを追い出すような形で送り出した自身の後悔と罪悪感があり、「今度こそ姉のようになりたかった」と自らの弱さをロアスに吐露した。ロアスはそれを肯定し、エリナがパセラネを慕っている気持ちは本物であると励ました。
イルメラの変化と掟の再解釈
ドラゴンの巣に戻ったイルメラは、ゼウルスに報告する中で、人族と行動を共にしたことで「掟とはドラゴンのためにある」というカイルの言葉に心を動かされたことを明かす。それまで掟に従うことが絶対であったイルメラにとって、この学びは新たな価値観の芽生えであり、ゼウルスも変化を受け止めつつ静かに見守る姿勢を示した。
メーラ教の暗躍と聖下の影
カイルとミナギはリネコルに戻り、情報整理を進めていた。カイルの名声は「竜殺し」として急速に広まり、民衆からも冒険者からも称賛されていた。しかしその背景には、メーラ教が意図的に噂を操作し、カイルを「英雄」として祭り上げる工作があった。さらに、ルクテラの病も毒によるもので、隣人や医者がメーラ教徒であったことが判明する。
事件の真相と聖下の異質性
全ての経緯が「聖下の指示」に基づいていたこと、そしてそれが予知でもしたかのように的確だったことに、カイルは違和感を抱く。未来を知るかのような言動から、聖下がただ者ではないと確信するに至る。また、魔族ターグの存在も今後の「大侵攻」に深く関わると見ており、カイルはついに「魔族領へ行くべき」と結論を下す。
ミナギの問いとカイルの答え
カイルの異常な行動に対し、ミナギは「あなたは何を求めているのか」と問いかける。その問いに対し、カイルは真顔で「幸せな老後」と答えた。ミナギはそれに対して容赦なく頭を叩くのだった。
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