小説【映画化】「国宝 下 花道篇」感想・ネタバレ

小説【映画化】「国宝 下 花道篇」感想・ネタバレ

物語の概要

ジャンル
芸道小説である。任侠の息子と歌舞伎名門に生まれた青年が、それぞれの血と才能を背負いながら歌舞伎という舞台で青春を賭ける、吉田修一氏による大河的群像劇である。

内容紹介
1964年元旦、長崎の料亭「花丸」で生まれた立花喜久雄は、その非凡な才能ゆえに歌舞伎界へ導かれる。舞台は長崎から大阪、そしてオリンピック後の東京へと広がり、日本の変貌とともに技を磨き道を究めようと奮闘するさまが描かれている。血族の絆と軋み、スキャンダルと栄光、信頼と裏切り、そして命を賭してなお追い求める夢の軌跡が濃密に編まれた物語である。

主要キャラクター

  • 立花 喜久雄:任侠の一門に生まれながら歌舞伎の道へ進む青年。美貌と覚悟を武器に、舞台での栄光と青春を全身で賭ける存在である。
  • 俊介:歌舞伎の名門に生まれた青年。喜久雄と芸の道で出会い、友情や競争を通じて互いに影響を与え合う重要な相手である。

物語の特徴

本作最大の魅力は、歌舞伎という日本文化の奥深さを背景に、青年たちの血と志、栄光と挫折を重厚に描いた点にある。吉田修一による重層的な文体は、読者を“幕の中”へと誘い、一瞬一瞬が観るに値する緊張感と感動を湛えている。他作品との違いとして、時代の劇場と観客文化の変遷が人物の生き様に織り込まれている点、および命を賭した「夢の追求」が芸術小説としての深みを際立たせている。

書籍情報

国宝 下 花道篇
著者:吉田 修一  氏
出版社:朝日新聞出版
発売日:2021年9月7日
ISBN:9784022650092
小説は2018年に単行本(上下巻体制)として刊行され、その後映画化も実現。

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あらすじ・内容

鳴りやまぬ拍手と眩しいほどの光、人生の境地がここにある――。

芝居だけに生きてきた男たち。その命を賭してなお、見果てぬ夢を追い求めていく。

芸術選奨文部科学大臣賞、中央公論文芸賞をW受賞、
『悪人』『怒り』につづくエンターテイメント超大作!



1964年元旦、長崎は老舗料亭「花丸」――侠客たちの怒号と悲鳴が飛び交うなかで、この国の宝となる役者は生まれた。男の名は、立花喜久雄。任侠の一門に生まれながらも、この世ならざる美貌は人々を巻き込み、喜久雄の人生を思わぬ域にまで連れ出していく。舞台は長崎から大阪、そしてオリンピック後の東京へ。日本の成長と歩を合わせるように、技をみがき、道を究めようともがく男たち。血族との深い絆と軋み、スキャンダルと栄光、幾重もの信頼と裏切り。舞台、映画、テレビと芸能界の転換期を駆け抜け、数多の歓喜と絶望を享受しながら、その頂点に登りつめた先に、何が見えるのか? 朝日新聞連載時から大きな反響を呼んだ、著者渾身の大作。

国宝 下 花道篇

感想

下巻では、一度は舞台から姿を消した俊介が復帰し、喜久雄との関係性が大きく変化していく。大衆受けを狙ったマスコミは、喜久雄を悪役として仕立て上げようとする。その結果、喜久雄の評判は地に落ち、これまで彼を支えてきた人々までもが、まるで砂をかけるように追い出されてしまう。長年努力を重ねてきた喜久雄が、不当な扱いを受ける姿は見ていて辛かった。

しかし、喜久雄は決して潰れない。それは、彼自身の才能と、何よりも強い精神力によるものだろう。本人同士は仲が良いからこそ、事態はさらに複雑さを増していく。そんな彼らに、容赦なく様々な不幸が襲いかかる。まさか俊介が、あんな結末を迎えるとは想像もしていなかった。あれほどまでに舞台に情熱を燃やし、努力を重ねてきた彼にとって、最後はあまりにも残酷だ。

物語は、喜久雄が国宝となる場面で幕を閉じる。華々しい成功の裏には、想像を絶する苦労と犠牲があったのだろう。彼の人生は、まさに激動の一言に尽きる。華やかな舞台の裏側で繰り広げられる人間模様、そして、時代の変化に翻弄されながらも、ひたすらに芸を追求する姿は、読者の心を強く揺さぶる。

読み終えた後、静かに手を合わせたくなった。それは、物語の登場人物たちへの鎮魂歌であり、同時に、彼らの生き様に対する敬意の表れでもある。作者の渾身の筆致によって、一人の男の人生が鮮やかに描き出された、まさに圧巻の一作だった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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展開まとめ

第十一章悪の華

幸田たちの屋敷占拠と春江の対応

大阪の花井家屋敷では、幸子が心酔する西方信数の説法のもと、幸田ら信者が稽古場に籠っていた。春江は一豊を伴い稽古場に踏み込み、幸子を外へ連れ出して公園へ行かせ、険悪な空気を和らげた。春江は幸田から挑発や非難を受けつつも一歩も引かず、最終的に信者たちを追い返した。お勢と春江は家事を共にし、過去の俊介の姿や独立の決意を回想した。

幸子の東京進出決意と春江の承諾

風呂上がりの幸子は屋敷を畳み東京へ移る提案をし、俊介の舞台復帰を支える意志を示した。春江もこれに賛同し、喜久雄への手紙作成を命じられた。翌日、身の回りの品を整え東京・代々木の借家に移り、新生丹波屋が始動した。俊介は稽古に専念し、春江と幸子が屋敷の処理や関係者への挨拶を行った。

竹野の戦略と世間の構図

竹野は俊介復活の世間的価値が低いことに気づき、喜久雄を悪役に据える方針へ転換した。喜久雄の隠し子を週刊誌にスクープさせ、世間の同情を俊介に集める構図を形成した。NHKのトーク番組出演では俊介・春江・一豊が揃い、丹波屋の歴史映像を交えて俊介を善人、喜久雄を悪人とする印象が広まった。

明治座初日と喜久雄の動揺

明治座初日、俊介は小野川万菊との『二人道成寺』で圧倒的な舞台を見せ、観客を緊張感で包んだ。舞台裏からこれを目撃した喜久雄は衝撃を受け、劇場を去る途中で記者から大阪屋敷売却疑惑を追及された。この様子がテレビで報道され、世間は丹波屋分裂の可能性を面白がった。

劇評と家庭の来訪者

劇評家藤川が俊介を高く評価する記事を寄稿し、幸子と春江は喜びを分かち合った。そこへ竹野が家庭用ビデオデッキを持参し、続いて「野田」と名乗る老人が訪問。春江は動揺を隠しつつ応対し、幸子が裏口から様子を窺った。

彰子と喜久雄の密会計画

富士見屋の娘・彰子は喜久雄と通話し、早期行動を促した。喜久雄は歌舞伎界の後ろ盾を得るため彰子を利用する覚悟を固め、富士見屋の千五郎に結婚を直談判した。しかし千五郎は激昂し、喜久雄を罵倒・暴行しつつ拒絶した。彰子は両親の反対を押し切り、喜久雄と共に家を出る決意を示した。

第十二章 反魂香

楽屋での支度と八重垣姫の競演計画

中日を迎えた舞台で一豊は源吉に支度を手伝われ、俊介と春江も楽屋で合流した。源吉から、十一月に歌舞伎座で俊介、新橋演舞場で喜久雄が同じ『本朝廿四孝』八重垣姫を演じる計画を聞かされる。これは竹野が仕掛けた企画で、観客の比較を狙ったものであった。

喜久雄の新派移籍と復活

喜久雄は吾妻千五郎の怒りにより歌舞伎復帰が絶望的となったが、新派の曽根松子に救われ、『遊女夕霧』で評価を得た。舞台に立つ中で本来のカリスマ性が蘇り、観客の熱狂を集めた。慣例に反し「花井半二郎」の名を改めず移籍を果たし、新派と歌舞伎の対立構図の中で「半半族」と呼ばれるファン層が形成された。

万菊による稽古と春江の旧友との再会

竹野の企画を知った万菊は、俊介と喜久雄双方に人形振りの稽古を付けると宣言。俊介は首の据わりに難を指摘され、喜久雄の適性を示唆される。一方春江はテレビ局で旧友の弁天と再会し、俊介との放浪時代を思い出す。

俊介と春江の放浪と名古屋での生活

二人は温泉地を転々とし名古屋に落ち着く。俊介は日雇い仕事に挫折し、春江が飲食業で生計を支えた。やがて古書店勤務を得て芸能書を読み漁り、歌舞伎理解を深める。春江が妊娠し、長男豊生が誕生する。

半二郎との再会と試練

俊介は豊生を連れ半二郎と再会し、復帰を願い出る。半二郎は人形振りの試験を課し、俊介の未熟さを見抜いた上で一年間の猶予を与え、それでも駄目なら名跡を喜久雄に継がせると告げた。

豊生の死と俊介の荒廃

名古屋での慎ましい生活の中、豊生が突然の病で急逝する。俊介は深夜の雨中に必死で病院へ運ぶも救えず、失意と自己否定に沈んだ。この経験は後年の俊介の芸に影響を与えることとなる。

芸術選奨受賞と宿敵宣言

年月が経ち、俊介は『本朝廿四孝』八重垣姫で芸術選奨を受賞。同時に喜久雄も新派で同役を演じ同賞を受け、俊介は直接電話で祝意を交わす。喜久雄は「宿敵同士」としての関係を強調し、互いに舞台で生き抜く覚悟を示した。

第十三章 Sagi Musume

俊介の「鷺娘」と喜久雄の挑戦

俊介は芸術選奨受賞直後に国立劇場で古典的かつ厳格な「鷺娘」を上演し、鷺の化身の美しさと獣性を表現して高い評価を得た。これを機に竹野が彰子に依頼し、喜久雄に斬新な「鷺娘」を演じさせる企画が始動した。彰子は世界的ソプラノ歌手リリアーナ・トッチとの共演を実現し、東京公演は大成功を収めた。その結果、パリ・オペラ座から再演依頼が届き、喜久雄とリリアーナの共演舞台は現地でも大評判となった。

辻村からの依頼と徳次の懸念

公演後、九州の辻村から喜久雄に、辻村興産二十周年パーティーで「鷺娘」を踊ってほしいとの依頼があった。徳次は、この場で大規模な逮捕劇が行われるとの噂を理由に反対したが、喜久雄は過去の恩義から依頼を受諾した。

綾乃の失踪と救出

同時期、徳次は市駒から娘・綾乃の非行と失踪について相談を受け、暴走族の仲間内にいた綾乃を救出した。病院入院中には暴走族やその背後の南組組員が接触してきたが、徳次は南組事務所で直談判し、組長の承諾を得て綾乃を引き離した。

辻村興産二十周年パーティーと逮捕劇

福岡のホテルで開かれた祝賀会で喜久雄が「鷺娘」を演じている最中、警察が突入し辻村らが逮捕された。この事件により喜久雄と暴力団との関係が大きく報じられ、出自や過去の経歴も露呈した。スポンサーや劇場は喜久雄との関係を断ち、新派は喜久雄を謹慎処分とした。

綾乃の再非行と春江への預け入れ

綾乃は退院後再び家出し薬物に関与しかけ補導された。喜久雄は東京に連れ帰ったが関係は冷え切り、春江の提案で彼女に預けることとなった。春江のもとで綾乃は生活習慣を改善し、明るさを取り戻し始めた。

喜久雄の復帰模索と千五郎の介入

喜久雄は小規模公演での活動を模索する中、彰子の父・千五郎から新派復帰の打診を受けた。千五郎は三友幹部を説得し、喜久雄に記者会見で暴力団との絶縁を宣言させる条件で復帰を実現させた。

『源氏物語』での俊介との共演

復帰から一年後、竹野の企画により喜久雄と俊介が日替わりで光源氏役と女形役を入れ替える前代未聞の『源氏物語』が発表された。

第十四章泡の場

『源氏物語』の共演と舞台裏の情景

歌舞伎座の舞台裏で、喜久雄と俊介が16年ぶりに『源氏物語』で共演し、光源氏と空蝉の場面を熱演した。劇評家藤川は、両者の光源氏像の対比と興行的成功を高く評価した。公演後、二人は久しぶりに酒を酌み交わし、今後は古典『仮名手本忠臣蔵』九段目での共演を望む意志を確認し合った。

全国巡業とバブル期の活躍

『源氏物語』は全国で50万人を動員し、その後『仮名手本忠臣蔵』九段目での共演が続いた。喜久雄は千五郎劇団で女形としての地位を確立し、俊介も万菊のもとで研鑽を積んだ。バブル期の華やかな歌舞伎界で、両者は舞台中心の活動を守りつつも豪快な生活を送り、喜久雄は母のためにハワイのコンドミニアムを購入し、娘綾乃と短い旅行も行った。俊介は先代に縁のある土地を購入するため、妻春江の支援を受けた。

『春興鏡獅子』での二人舞

1990年、新帝祝賀の舞台『春興鏡獅子』を喜久雄と俊介が二人で演じ、花道と仮花道を同時に駆け抜ける鏡写しの演出が観客を熱狂させた。女小姓から獅子の精への変化や豪快な毛振りが見どころで、歌舞伎では珍しいスタンディングオベーションを受けた。

銀座での交流と鶴若の転落

公演後、喜久雄・徳次・弁天は銀座のクラブで歓談し、弁天から鶴若の借金苦とテレビ出演の話を聞く。鶴若は若手芸人のコント番組で屈辱的な役を演じており、喜久雄は複雑な心情を抱いた。弁天は番組制作側に配慮を促す意向を示したが、芸人と歌舞伎役者の世界の隔たりについても語った。

俊介の新作と襲名の兆し

俊介は新作『土蜘蛛』を女形に改変して挑み、成功すれば息子一豊との二代同時襲名を検討していた。春江や幸子は準備に動き、西嶋ら後援者への根回しも進めたが、幸子は過去の襲名時の苦労を思い出し、不安を抱いていた。

舞台での源吉の倒れ込みと俊介の決意

『土蜘蛛』公演中、大立ち回りの後見を務めていた古参の源吉が舞台袖で倒れた。俊介は公演後、次の襲名で源吉を幹部役者に昇進させると決意し、三友に強く働きかける意思を示した。幸子も同意し、春江からは源吉の命に別状はないと連絡があった。俊介は襲名披露の口上で源吉が誇らしく挨拶する姿を思い描いた。

弟十五章 韃靼の夢

京之助との出会いと宴席

冬の雨の中、喜久雄は料亭「新喜楽」に向かい、途中で伊藤京之助と合流した。京之助は江戸歌舞伎の人気立役で、喜久雄とは共演が少ないが親しい間柄であった。料亭では竹野、矢口建設の若社長夫妻らが集まり、歌舞伎談義や座敷遊びで盛り上がった。この宴の目的は、最新技術で現代歌舞伎を映像化する計画の打ち合わせであり、第一作として『国性爺合戦』を京之助と半二郎で上演する案が決まった。

春江の日常と家族の正月

俊介と一豊の二代同時襲名披露に向けた密着番組が進行し、春江は多忙な舞台裏を駆け回った。大晦日には高校の体育館で応援し、元旦は丹波屋一門の年始行事を仕切った。正月の新居には多くの来客が訪れ、春江は台所で采配を振るった。そこへ春江の義父同然の野田が現れ、春江は過去の虐待経験から拒絶したが、俊介は招き入れた。春江は野田への複雑な感情を抱き続けていた。

徳次の決意

喜久雄は稽古場で『国性爺合戦』の映像を見ていたが、徳次から大陸に渡り商売を始める決意を告げられた。喜久雄は引き留めたが、徳次は根無し草の性分として覚悟を固めており、次の舞台まで勤め上げると約束した。舞台本番直前、徳次は喜久雄に芸の道を極めるよう託し、長江を白く染めるという冗談交じりの約束を交わした。舞台は成功し、徳次は翌日姿を消した。

一豊の進路と家族の会話

一豊は大学進学を決意し、俊介は賛同したが、成績の低迷を克服するため塾通いを始めることになった。家族の会話は徳次の思い出や綾乃の就職活動に及び、綾乃は老舗出版社に自力で内定を得た。一豊は先輩役者たちと遊びに行くなど成長を見せていた。

荒風親子との再会

喜久雄は相撲観戦で旧知の荒風の息子を見つけ、荒風と再び交流した。後日、荒風の息子や兄弟子たちと焼き肉を共にし、綾乃も同席して和やかな時間を過ごした。

襲名披露の準備と口上

俊介と一豊の襲名披露は京都南座で行われ、宣伝活動や挨拶回りが続いた。初日は盛大なお練りで始まり、昼の部の『曽根崎心中』、夜の部の演目に加え、口上が行われた。俊介は口上で、自らの過去の逃避と長男豊生を失った悔恨を涙ながらに告白し、この日だけは三人の息子と共に舞台に立つと述べ、客席は感動に包まれた。

第十六章 巨星墜つ

万菊の最期と通夜

六代目小野川万菊の通夜が護国寺で営まれた。生前の希望で密葬が望まれていたが、ドヤ街の安宿で亡くなった経緯から中規模の葬儀となった。晩年は孤立し、高級マンションから姿を消し、生活保護水準の旅館で暮らしていた。周囲の証言によれば、本人はその質素さを好み、穏やかに余生を送っていたという。亡くなった際は化粧を施し、眠るような姿で発見された。

稽古場での厳しさと綾乃の交際発覚

喜久雄は稽古で若手に厳しい指導を行い、場の空気を張り詰めさせた。稽古後、娘の綾乃から食事の誘いを受け、日本橋のすき焼き屋で大関・大雷関を紹介される。交際は3年前に遡り、結婚と妊娠が告げられた。綾乃は父に披露宴での同席を依頼し、喜久雄は複雑ながら了承した。

「阿古屋」の成功と俊介の新境地

喜久雄主演の「阿古屋」は高評価を得て連日満員となり、喜久雄は私生活でも祝い事続きであった。一方、俊介は「女蝮」を題材にしたテレビ時代劇で主演し、人気が急上昇。地方巡業と撮影を並行する多忙な日々を送っていた。

俊介の転落事故と右足切断

熊本公演中、俊介は花道で転倒し観客席に落下。右足に激痛を覚え、診察の結果壊死と判明、膝下切断を決断した。手術は成功したが幻肢痛に苦しみ、義足での生活を開始した。俊介は喜久雄に一豊の後見を託し、復帰を誓った。

綾乃の披露宴と初孫誕生

披露宴は豪華かつ和やかに行われ、弁天の機転で綾乃の出生に関する事情も和らげられた。俊介は義足で初めて公の場に立ち、復帰への期待を抱かせた。数か月後、綾乃は女児を出産し、同日に大雷関の横綱昇進が決定。孫娘は「喜重」と命名された。

俊介の復帰舞台と厳しい助言

俊介は義足で「与話情浮名横櫛」に復帰し、好評を博したが、喜久雄は芝居中の動作に不満を指摘。俊介は助言を受け動作を改善するも、踊りの制限を自覚し始めていた。

左足壊死の告知と絶望

深夜、春江からの連絡で駆けつけた喜久雄は、俊介が左足も壊死し切断を宣告されたことを知る。俊介は「ここまで」と弱音を吐くが、喜久雄は先代白虎の舞台への執念を思い出し、その事実を伝えて役者の意地を促した。

第十七章 五代目花井白虎

舞台裏での交流と三國屋武士への助言

喜久雄は豪華な衣装で舞台を務めた後、楽屋で弟子の蝶吉や三國屋の武士について語り合った。武士の首筋に漂う潔さを感じ取り、女形としての適性を見抜き、自らの指導を提案した。これは一豊との相性や将来を見据えた配慮でもあった。

俊介の復帰への願いと『隅田川』挑戦

義足生活となった俊介が楽屋を訪れ、舞台復帰の希望を語り、『隅田川』の班女の前役をやりたいと打ち明けた。喜久雄は舟人役での共演を快諾し、稽古を重ねる中で俊介は歌舞伎版より能版の解釈に共感し、役柄に自らの姿を重ねることで違和感を払拭した。

復帰公演と舞台での異変

公演は新解釈として評価されたが、俊介の体力は限界に近く、千秋楽3日前の舞台では花道で立てず這って舞台へ向かった。喜久雄は段取りを変えて支え、観客から大きな拍手を受けた。俊介は千秋楽まで勤め上げたが、翌朝に体調を崩し緊急入院となった。

療養と芸術院賞受賞

長期療養中、俊介は鎌倉で静養し、気力を取り戻す中で日本芸術院賞受賞の知らせを受けた。先代白虎の受賞にも重なり、喜びはひとしおであった。受賞式後、母の幸子は一豊の将来を喜久雄に託し、逗子の老人ホームに入所した。

俊介の病状と喜久雄の舞台

俊介の病状悪化が報じられる中、喜久雄は『京鹿子娘道成寺』に出演。楽屋で俊介の訃報を受け、感情を抑えて舞台へ立ち、観客に最高の女形を見せた。舞台上で過去の俊介との思い出が蘇り、二人の息の合った動きを心に感じながら演じ切った。

終幕の舞と過去の記憶

鐘によじ登る場面で鬼気迫る見得を切る中、若き日の稽古や旅の記憶が蘇った。舞台を終えた喜久雄は、俊介との歩みを胸に刻みつつ、舞台人としての責務を全うしたのである。

第十八章 孤城落日

新春花形歌舞伎と一豊の座頭公演

浅草公会堂で催される新春花形歌舞伎において、一豊が「三吉三部作」の兄貴分・吉三を務めた。春江は楽屋に向かい他の役者にも挨拶しつつ息子を訪ねるが、一豊は二日酔いであった。春江は父の七回忌と祖父の三十三回忌を合同で行い、喜久雄が音頭を取る追悼公演「白虎祭」を企画していることを伝えた。

深夜の泣き声と事故告白

春江は深夜に裏庭から聞こえるすすり泣きに気付き、一豊が人を撥ねたと告白する場面に遭遇した。一豊は信号青で運転中、飛び出した人物を撥ねてしまい恐怖から現場を離れたと語った。春江は現場確認を試みるが、一豊は動揺し制止した。春江は野田を訪ねて協力を求めたが、野田は自らが運転していたと主張した。春江は現場へ向かい、救急搬送される被害者と警察に囲まれる一豊を目撃した。

事件発覚と記者会見準備

早朝、喜久雄と彰子に一豊の轢き逃げの知らせが届く。被害者は大学生で命に別状はなかったが骨折を負った。三友本社では竹野らが対応策を協議し、午前中に記者会見を行う方針を決定。会見で喜久雄は被害者への謝罪と無期限謹慎を表明し、復帰は被害者の同意を条件とすることを発表した。

淀の方初役と好評

時が経ち、被害者の快復を受け一豊は執行猶予付き判決となった。喜久雄は「香手鳥孤城落月」で淀の方を初役で演じ、過去の大女形の演出に独自の工夫を加え高い評価を得た。舞台は淀の方の孤立を喜久雄自身の立場に重ねて見る者も多く、好評を博した。

綾乃との再会と近況

彰子は綾乃を訪ね、喜久雄の舞台評判や家庭の話を交わした。綾乃は子育てや相撲部屋の生活を語り、彰子は夫の孤独を感じさせる夜の出来事を話した。

弁天の訪問と芸能界の苦悩

弁天は週刊誌の記事で喜久雄の成功と不幸を関連付けた内容を読み、丹波屋を訪問。春江と弁天は芸能界の現状や正解ばかりを求められる苦しさを語り合い、互いに率直な会話を交わした。

新車購入と『藤娘』の異変

喜久雄は一豊の事件中にも関わらず高級車を購入し、彰子の反対を押し切った。その後の歌舞伎座公演『藤娘』で、五列目の男性客が舞台に乱入する事件が発生した。男の行動で舞台と客席を隔てる境界が破られた感覚を喜久雄は覚え、動揺して舞台上で孤立した。

第十九章 錦鯉

『女殺油地獄』の上演と喜久雄の変化

国立劇場での『女殺油地獄』で、喜久雄は油屋の女房役を熱演し、凄惨な場面で観客を圧倒した。京之助は舞台上の喜久雄が、同じ場面を見ているはずなのに異なる景色を見ているように感じ、暗闇を真の暗闇として認識するなど現実を超えた感覚を持っていることに気づいた。これは病気ではなく、舞台上でより豊かな世界を見ている兆しであった。

『藤娘』再演の依頼と喜久雄の探し物

京之助は追善公演での『藤娘』再演を依頼し、喜久雄は承諾した。喜久雄は舞台で再現したい美しい景色を探し続けていると語るが、その詳細は自分でも分からないと述べた。

人間国宝選考と火事の報

喜久雄の人間国宝認定が審議される中、舞台直前に孫の喜重が火事で負傷した知らせが届く。喜久雄は動揺を抑え芝居をやり遂げ、終演後すぐに病院へ向かった。病院で綾乃は、喜久雄の成功の度に家族が不幸になると責め、距離を置くよう叫んだ。喜重は命に別状なく、時間をかけて傷も回復可能と告げられた。

綾乃の手紙と『藤娘』の至芸

後日、綾乃から病院での言動を詫びる手紙が届き、喜久雄は娘を責める気持ちはなく、むしろ申し訳なさを感じた。喜重の傷も順調に回復していた。追善公演で六年ぶりに踊った『藤娘』は完璧を超えた芸として神々しさを帯び、観客との距離が逆に広がる危うさも孕んでいた。

丹波屋の現状と雪姫の舞台

一豊は三年の謹慎を経て舞台復帰し、美緒と結婚。芸は向上したが役には恵まれず、春江と美緒が支えていた。喜久雄は『祇園祭礼信仰記』で雪姫を演じ、初日の舞台で一瞬不思議な間を見せ、客席の竹野にも胸騒ぎを与えた。

竹野と一豊の会話、明かされる事実

竹野は楽屋で一豊から、喜久雄が時折異様な状態になるのは『藤娘』乱入事件以降であると聞かされる。彰子や春江も承知しており、歌舞伎界全体がそれを黙認していた。一豊は喜久雄が舞台上で望んでいた美しい世界に留まり続けていることを「幸せ」と表現し、竹野はその姿を小さな水槽の中で理想の川を思い描く錦鯉になぞらえた。

第二十章 国宝

跡取り誕生の報せと家中の変化

年の瀬、丹波屋の自宅で春江は一豊と美緒から子の誕生予定を告げられた。流産経験から安定期まで秘密にしていた美緒を春江は労い、辛子にも報告した。この知らせは一門の雰囲気を一変させ、俊介との同時襲名を重ねる声も上がった。翌日、春江は俊介の墓参りで竹野と会い、人間国宝認定の是非について語り合った。

喜久雄と辻村の再会

喜久雄は辻村の娘から病状悪化を知らされ、武蔵野の病院を訪ねた。辻村は喜久雄の父を殺したと告白し、喜久雄は過去を受け入れ感謝を伝えた。別れ際、喜久雄は一豊に舞台への強い意志を示した。

春江の覚悟と弁天への依頼

春江は弁天宅を訪れ、バラエティ番組出演を依頼した。丹波屋のために恥を承知で挑む覚悟を正子が後押しし、弁天もその決意を受け入れた。

人間国宝認定と舞台開幕

文化庁から喜久雄の重要無形文化財保持者認定通知が竹野に届き、喜久雄は歌舞伎座で『阿古屋』の支度を整えた。彰子と舞台への恐れや願望を語り、出番に臨んだ。

観客席の春江と綾乃、徳次の影

春江はロビーで嫌味を受けながらも応対し、綾乃が徳次からのチケットを手に現れた。徳次の行方は依然不明であったが、綾乃は舞台を見守った。

『阿古屋』の演技と観客の反応

喜久雄の演技は観客を圧倒し、琴・三味線・胡弓の音色に深い情感を込めた。春江は故俊介を思い涙し、舞台は無罪放免の場面へ進むが、終幕直前に喜久雄は舞台を降り、観客席を通って外へ向かった。

舞台外への歩みと銀座の光景

喜久雄は春江や美緒の前を通り、銀座の夜へ出て行った。通行人や報道が集まる中、満ち足りた表情で街を進み、やがてスクランブル交差点へ踏み出した。

役者としての在り方

喜久雄は観客がいる限り舞台に立ち続ける覚悟を胸に、不器用ながらも役者の道を全うし、日本一の女形として今そこに立っていた。

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国宝 下 花道篇

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e9ca32232aa7c4eb96b8bd1ff309e79e 小説【映画化】「国宝 下 花道篇」感想・ネタバレ
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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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