物語の概要
ジャンル:
中華系の後宮・入れ替わり・ファンタジーである。本シリーズは、身分・陰謀・道術を絡めた入れ替わりと復讐劇を主軸に、令嬢たちの駆け引きと成長を描く物語である。
内容紹介:
第11巻では、これまで伏線として示されてきた国の危機や入れ替わりの謎が一層前面に出ると予想される。三雛女が妓楼に潜入するとの予告が示され、国の政変や立場変化の動きが加速する可能性を秘める。存命の脅威・秘匿された過去・入れ替えの核心が露呈し、玲琳と慧月はさらに困難な選択を迫られるであろう。主要キャラクター
- 黄 玲琳(こう れいりん):かつて虚弱体質の雛女であったが、慧月との入れ替わりを経て体質・立場ともに変化を経験。鋼のメンタルと、自らの正義感を頼りに、真実を追う主人公である。
- 朱 慧月(しゅ けいげつ):序盤では“悪女”とみなされた存在であったが、内面には複雑な感情と才能を秘める。玲琳との入れ替わりを通じて互いを理解する関係となりつつある。
物語の特徴
本作の魅力は、「入れ替わり」「後宮」「道術」「陰謀」の絡み合いによって、単なる復讐劇を超えた複層的構造を持つ点である。令嬢たちの身分・運命・信念が交錯する舞台設定は緊張感を常に生み、主人公玲琳が“見せかけ”と“実像”を往復しながら自らの道を切り開く姿が読者に強い印象を残す。また、アニメ化決定の背景もあり、ヴィジュアル表現やキャラ設定が注目される要素も強い。
書籍情報
ふつつかな悪女ではございますが 11 ~雛宮蝶鼠とりかえ伝 ~
著者:中村颯希 氏
イラスト:ゆき哉 氏
出版社:一迅社
発売日:2025年9月30
ISBN:9784758097581
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あらすじ・内容
三雛女、妓楼に潜入捜査!?
大逆転後宮とりかえ伝、第六幕「絢爛豪華! 金領」後編!
西琉巴王国の第一王子・ナディールの歓待に成功した黄 玲琳と朱 慧月、そして金 清佳。
さらに夜市で起きた麻薬騒動も、玲琳と慧月の入れ替わりで危機を脱した……のも束の間。
「わたくしたち、妓楼に潜入するのが手っ取り早いと思いますの」
このまま黙っていられない三人は、黒幕の拠点『天香閣』に乗り込むことに!
気合十分で臨んだ玲琳たちは潜入して早々、妓楼の頂点に君臨する妓女『天花』に近づくのだが……
「今度の新入りは、いったいどんなじゃじゃ馬だい」
美しきその人は、清佳のかつての幼なじみの琴瑶で!?
排他的な妓女たち、証拠が見つからないまま迫る期限、そして次第に浮かび上がってきた衝撃の真実とは――。誓いと涙の第11巻。
感想
今回の物語は、雛姫である玲琳、慧月、清佳の三人が、麻薬調査のために妓楼に潜入するという、今までとは少し趣向の異なる展開であった。
彼女たちがそこで巻き起こす騒動は、読んでいてとても痛快だった。
特に印象的だったのは、玲琳が慧月の身体で下働きとして働く場面だ。
彼女は持ち前の頭の良さと行動力で、周囲を驚かせるほどにテキパキと仕事をこなしていく。
彼女を教育していた者が舌を巻くほどによく働く姿は、まさに無双状態と言えるだろう。
そうして、彼女は着実に周囲の信用を獲得し、ついには妓楼の女主人である琴瑶にも気に入られるようになる。
玲琳の能力の高さと、どんな状況でも諦めない精神には、心から感服した。
特に客の数が番頭のミスで増えてしまい、下働きの食事でなんとかせよと命じられた際の機転はなかなかの痛快だった。
しかし、物語は単なる潜入捜査で終わらない。琴瑶と清佳の関係が複雑に絡み合い、事態は思わぬ方向へと進んでいく。
二人の過去には一体何があったのか、そして、今回の事件とどのように繋がっていくのか、目が離せなかった。
そして、今回の物語を読んで、一番強く感じたのは、黄家の人たちに対する複雑な思いである。
彼女たちの行動には、良い意味でも悪い意味でも、読者を惹きつける何かがある。
彼女たちの過去や背景を知ることで、より深く物語を理解できると同時に、彼女たちの未来がどうなるのか、ますます気になってくる。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
黄玲琳
洞察が鋭い雛女である。危地でも冷静さを保ち、段取りを重んじた。慧月との入れ替わり事実を抱えた。
・所属組織、地位や役職
雛宮・雛女。
・物語内での具体的な行動や成果
下働きとして潜入し、厨房と瑶池の実態を洗い出した。黒い茸による贅瑠製造を突き止めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
病を自認し、帰京後の申告と離任の覚悟を示した。作戦中継と交渉で要を担った。
朱慧月
気骨があり、行動は迅速である。入れ替わりによる健康回復に揺れたが、友を守る選択を優先した。
・所属組織、地位や役職
雛宮・雛女。
・物語内での具体的な行動や成果
支度部屋の乱を収め、用心棒の無力化を補助した。炎術で楼火を海へ転移させて延焼を止めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
入れ替わり継続の誘惑を退けられず、期限延長を示唆した。護送下での監督対象となった。
金清佳
金家の雛女である。幼なじみの琴瑶を案じて潜入を選んだ。実直で、言動に一貫がある。
・所属組織、地位や役職
金家・雛女。
・物語内での具体的な行動や成果
妓楼で舞台登壇を果たし、二刀の剣舞で場を掌握した。宰相への足止めを実行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
断髪の屈辱を受けたが、誓いを反転して行動力に変えた。琴瑶の尊厳を弔いで守った。
琴瑶
天香閣の最上級妓女である天花に就いた。強い裁量を持ち、弱者を守ろうとする一面を見せた。金清佳とは幼い頃からの縁である。
・所属組織、地位や役職
天香閣・天花。
・物語内での具体的な行動や成果
酒・香・湯の統制を担い、新入り査定を主導した。広間で鈴舞を披露し、宰相の寵を得た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
贅瑠依存の症状に苦しみつつ、健常者への混入を抑える統制を示した。終盤に倒れ、清佳へ感謝を残して逝去した。
ナディール
西琉巴王国の第一王子である。美と極端を好み、豪胆な判断を下した。
・所属組織、地位や役職
西琉巴王国・第一王子。
・物語内での具体的な行動や成果
麻薬捜査の主導を担い、客として潜入した。宰相を制圧し、逃走の封鎖を支援した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
金力と発言力で場を買い、作戦の舵を切った。清佳への評価を公言した。
黄景彰
用心深い統御者である。場の空気を読み、最適点で介入した。
・所属組織、地位や役職
黄家・実務統括。
・物語内での具体的な行動や成果
客として侵入し、会場の動線と戦力を即時把握した。忠元を制圧し、避難を主導した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
炎術管制の受け手となり、三雛女の行動を補佐した。
辰宇
実務に強い護衛である。冷静で、現場対応が速い。
・所属組織、地位や役職
黄家・鷲官長。
・物語内での具体的な行動や成果
用心棒を無音で無力化し、瑶池の証人確保を行った。港側の追撃準備を整えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
現行犯拘束の段取りを担い、封鎖網の一角を受け持った。
冬雪
支援に回る随員である。命令順守を優先した。
・所属組織、地位や役職
雛宮・近侍。
・物語内での具体的な行動や成果
作戦前会合で制止と助言を行った。避難誘導の補助に就いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
皇太子命に基づく常時帯同の体制に入った。
莉莉
判断が速い実務担当である。現場の観察を怠らない。
・所属組織、地位や役職
雛宮・侍女。
・物語内での具体的な行動や成果
天香閣での直接証言を提示し、贅瑠の関係者名を明かした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
情報の信頼度を高め、作戦の根拠を補強した。
尭明
王家の中枢である。強い力で事態を収束させた。
・所属組織、地位や役職
詠国・皇太子。
・物語内での具体的な行動や成果
雷光で港一帯を照らし、逃走船の位置を示した。情報操作で雛女の関与を公から外した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
厳罰と被害者救済の方針を示し、帰京後の監督を命じた。
景行
行動力のある補佐である。即応性が高い。
・所属組織、地位や役職
王家側近。
・物語内での具体的な行動や成果
航路からの先回りに同行し、現場連携を支援した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
雷光照射の補助に回り、封鎖線の完成に寄与した。
ザイン(ザイン)
海運系の宰相である。金と女を資源として扱った。
・所属組織、地位や役職
西国系政権・宰相。
・物語内での具体的な行動や成果
天香閣を買収し、贅瑠の資金回収を主導した。火薬で証拠焼却を図り、逃走を試みた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
現行犯で拘束され、他国へ移送された。厳罰が見込まれる立場となった。
忠元
天香閣の番頭である。粗暴で、支配を好む。
・所属組織、地位や役職
天香閣・楼主代理。
・物語内での具体的な行動や成果
贅瑠を宝酒に混ぜ、客と妓女を依存させた。新入りを群宴に投入しようと画策した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
宴席で制圧され、宰相とともに移送対象となった。
金成和
飛州の知事である。私利を優先し、黒い繋がりを持った。
・所属組織、地位や役職
飛州・地方長官。
・物語内での具体的な行動や成果
天香閣と癒着し、贅瑠の拡散に関与した。雛女への不当行為が噂となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
布告で不正が露見し、政治的立場は不安定となった。
展開まとめ
プロローグ
天香閣の位置づけと施設
天香閣は貿易の要衝である金領の崖上に建ち、詠国有数の高級妓楼として知られていた。宮殿風の瑠璃瓦と宝石を散らした瓦当、灯台より眩しいという四連提灯を備え、西国式の浴室や調度も取り入れていた。詠国の貞淑像と西国の豪奢趣味が交差し、金を積めば芸妓も枕を交わせる実質的娼妓制度を採用しつつ、近年は瘡毒患者を出さない運営を続けていたのである。
天花・琴瑶の権限と序列
楼内は厳格な序列で運営され、妓女は上中下に分かれた。その頂点に立つ最上級妓女「天花」が酒蔵・香・浴室の統制を一任され、琴瑶が天花として女たちの生殺与奪を握っていた。西国豪商が楼主となった後、従順な番頭が楼主代理に据えられ、寵愛の妓女が天花に就いた経緯が、琴瑶の絶対的な裁量を裏付けていた。
支度部屋の緊張と対立
夜宴前の支度部屋で、見習いの蕾たちは序列に従い琴瑶の食事開始を待っていた。上級妓女七人は琴瑶派と反琴瑶派に割れ、西側の四人は称賛と貢ぎ物で取り入ろうとし、東側の三人は芸妓出自や楼主の寵愛による成り上がりをあげつらって反発していた。稼ぎが地位を決める楼内において、琴瑶派の高い実績が反対派を圧していたのである。
覇香宴の予告と火種
反対派は二日後の覇香宴で新入りの素人娘が楼主に見初められ、天花の座が揺らぐと挑発した。番頭が半月で十人以上を集め、明日も数人が来るという噂が広がり、若く美しい新顔の投入が琴瑶失脚の切り札として語られていた。
規律の強要と威圧の演出
琴瑶は許可なき飲酒を咎め、紅を投げて制止し、酒や香、湯の使用は天花の許可に従う掟だと冷然と告げた。従わぬ者は他楼へ回すと通告し、素人娘も言うことを聞けねば裏通りに追い出すと暗に示した。半月で新入りの半数近くを追い出し、残りを取り巻きに組み込んだ実績が、その威圧に現実味を与えていた。
牡丹への激昂
差し入れの牡丹を勧められると、琴瑶は突如として蕾を突き飛ばし、花や西国風の花瓶を蹴散らして激昂した。温室育ちの花が嫌いだと呟き、取り巻きも戸惑う中で頭痛と目眩を押して部屋に籠る選択をした。先刻から続いていた眉間の痛みが、この異様な反応の一端であった。
密室での苦痛と誘惑
天花専用の一人部屋に入るや、琴瑶は崩れ落ち、足が動かないほどの激痛と脂汗に苛まれていた。棚の薄青い液体の小瓶に手が伸びるが、快楽と引き換えに意識や芯を奪う代物であると自覚し、寸前で思いとどまったのである。
自己暗示による沈静
領巾の鈴の音をきっかけに、美しくあれと自らに言い聞かせ、強く美しいと繰り返す自己暗示で痛みを和らげた。やがて苦痛はわずかに引き、琴瑶は床に仰向けになって一時の安堵を得て、宴に備える静かな時間へと身を沈めていた。
私室での覚醒と異変
琴瑶は扉前で仰向けになったはずが寝台で目を覚まし、頭痛も脚の痛みも消えていた。全身は湯に浸るような心地よさに包まれ、視界は薄紗越しのように朧であった。
荒らされた室内と小瓶
整っていたはずの室内は調度が床に散乱し、花はむしられ、蝋燭だけが夥しく燃えていた。卓上には蓋の開いた小瓶があり、内容量が減っていた。口内に甘い味が残り、琴瑶は自らが小瓶の薬を口にした(させられた)可能性に直面した。
宴の最中の拒絶
扉外から蕾が舞の出座を請うたが、琴瑶は「宴には出ない」と拒絶し、小瓶を扉へ投げつけて追い払った。弱者を労わる自負と、近頃制御できない感情の荒れとの齟齬が胸に痛みを走らせたが、その痛みもすぐに曖昧に溶けた。
薬効後の倦怠と自己認識
歩行時の痛みは皆無だが、酩酊のふわつきで姿勢が保てず、薬を含むたびに正気へ戻るまでの時間が延びていることを自覚した。次に服用すれば「戻れない」かもしれないという危惧が脳裏をよぎった。
領巾と呪句の反転
足元の領巾が鈴を鳴らし、琴瑶はそれを拾い上げた。薄布に残る淡い桃色の染みを指でなぞり、「美しくあれ」と小さく唱えたのち、領巾を握り潰して顔をうずめ、「さもなくば」と続けた。その先の言葉は布だけが知り、琴瑶の内奥に巣くう脆さと苛烈さが静かに示されたのである。
1.玲琳、打ち合わせる
一同の集結と方針協議
飛州の金家邸にて、玲琳(慧月と入れ替わり)が目覚め直後ながら事情聴取を主導した。冬雪・莉莉・辰宇・景彰・清佳らが制止や助言を行ったが、玲琳は「話を聞くだけ」として応じ、場は麻薬事件の共有へと移行したのである。
ナディールの身分開示と捜査経緯
侍従に扮していたナディールが西琉巴王国第一王子であると明かし、金領に蔓延する麻薬「贅瑠(ゼヒール)」の捜査目的を説明した。発生源は花街、とりわけ妓楼「天香閣」であるとの見立てを示し、異国豪商でもある宰相ザインの関与を示唆した。
ザイン—天香閣—贅瑠の連関
ザインは海運で財を成した宰相で、二年前に天香閣を買収して以降、賄賂原資が急増した。人身売買や高級品密輸の疑いは検問で否定される一方、彼の来訪ごとに中毒者が増える事実から、天香閣を介した麻薬流通(製造または集配)に結論が至ったのである。
直接証言の提示
莉莉は、慧月に贅瑠を盛った男が「主人は飛州の富豪」「天香閣で天花になれる」と勧誘し、奥の席のシェルバ人を「ザイン様」と呼んでいたと証言した。従者の名は「チュウゲン」であり、現場の実名情報が連関を補強した。
摘発の制約と狙うべき機会
ザインは太守とも通じており、裁判を動かすには現行犯か決定的証拠が不可欠であった。三日後に楼主歓迎の「覇香宴」が予定され、ここで贅瑠の頒布・資金回収が行われる可能性が高いとして、当夜の現行犯確保が作戦の核心と定まった。
潜入要請と任務の骨子
ナディールは三雛女に対し、摘発前に天香閣内部の間取り・裏口・貯蔵箇所の特定など“補助偵察”を依頼した。危険を抑えた任務と強調したが、玲琳は当事者意識から製造・流通の実態解明まで踏み込み、等価の報復に資する情報収集を志向した。
反対意見と合意形成
辰宇は「未来の国母を妓女に扮させるなど論外」と強硬に反対したが、清佳は「金領の問題は金領で担う」として参加を明言した。景彰は体面上の不利を指摘しつつも、黄家の報復倫理を引き合いに“寄り添い監視”の立場へ軟化した。決定打は慧月の賛同であり、「被害のままでは終わらせない」との意志表明により、潜入は三雛女の合意事項となった。
配役・偽装と実務準備
潜入は妓女増員中の天香閣を利用し、偽装身分での自然な入楼を狙う方針となった。玲琳は酒色に釣られた客筋の延長、慧月は“人攫い経由の元良家女/後宮罷免女官”など、清佳は所作の整合性を重視した役割設定を検討した。武器は西国風の宝飾短刀なら所持が黙認されやすいとナディールが進言し、化粧・衣装・宝飾・舞道具なども準備項目に挙げられた。
男手の投入可否と代替策
景彰は用心棒枠での同行を申し出たが、男衆は紹介制で審査が厳格なため困難と判明した。女装という冗談めいた代替案は体格面で却下され、男手は外周警護・報告連絡に回し、摘発当夜の包囲と連携で支援する体制へと整理された。
結語:作戦始動前夜
覇香宴まで猶予は三日。女官たちと辰宇は安全面の再考を求めたが、三雛女とナディール、景彰の多数派が主導して準備が動き出した。玲琳は偽装潜入を通じ、天香閣の構造・流通経路・関与者階梯を洗い出し、覇香宴当夜に現行犯で鎖を断つ方針で固めたのである。
深夜の気配と追跡
慧月は微かな物音で目を覚まし、隣の寝台にいるはずの黄玲琳が不在であることに気付いた。廊下に出ると、燭台を手に歩く玲琳の背を認め、体調回復途上での外出に怒りと不安を抱きつつ呼び止めた。
玲琳の目的の吐露
玲琳は当初ごまかしたが、最終的に「金清佳へ妓楼潜入の再考を促す」意図を明かした。清佳は清廉に育ち武器にも不慣れで、花街は最も縁遠い場所であるため危険と判断したからである。
清佳の登場と応酬
やり取りを聞いていた金清佳が現れ、三人は室内で対座した。玲琳が「潜入の辞退」を直球で求める一方、清佳は「金領の問題として自ら赴く」と即答し、譲らなかった。慧月は双方をなだめつつ、潜入そのものの必然性を問い直した。
幼なじみ・琴瑶の存在
議論の焦点は清佳の真意へ移り、清佳は幼なじみの琴瑶の安否確認を動機として告白した。十歳で出会った琴瑶は、傍系の出自ながら圧倒的な舞で清佳の価値観を転覆し、出自よりも美と才能を信奉する姿勢を清佳に刻みつけたのである。
布誓と訣別の手紙
清佳は山査子酒で領巾に誓句を書き合う「布誓」の思い出を示し、「美しくあれ、さもなくば死ね」を琴瑶と共有した過去を語った。だが二年前、「牡丹は殿に栄え、菊は野風に揺れる」というそっけない文を最後に連絡は途絶えた。清佳はそれを訣別と受け止めつつ確かめられずにいた。
清佳の動機の明確化
今回、玲琳と慧月が贅瑠で瀕死に至った現実を目の当たりにし、清佳は花街にいるかもしれない琴瑶が麻薬に蝕まれる光景を具体的に想像するようになったと述懐した。人違いか否かを確かめ、本人であれば危険な場所から連れ戻すと決意したのである。
方針転換と再合意
清佳の率直な感情に触れ、玲琳は撤回して参加を全面支持した。慧月は呆れつつも、私情と公儀が同じ方向にある点を認め、三雛女が一致して潜入決行の意思を固めた。準備として身分偽装と所作、最低限の護身具の携行、目的の明確化(構造把握・贅瑠の製造/流通実態・関与者階梯の特定)を再確認した。
決起の儀式
最後に玲琳が山査子酒を三人に注ぎ、寝室で小さく盃を合わせて士気を鼓舞した。三雛女は友情と義憤を動力に、覇香宴までの短い猶予で天香閣潜入の段取りを進める段へ移行したのである。
2.玲琳、潜入する
天香閣への潜入と想定外の配属
夜明けの天香閣は宮殿めいた壮麗さと淫靡な余韻に満ちていた。潜入した三人のうち、黄玲琳(中身)は面接で番頭・忠元に見下され、妓女ではなく下働きに回される。清佳と朱慧月(中身)は妓女側へ。忠元は慧月へ贅瑠を盛った張本人だが、当人の顔すら覚えていないほど女を駒扱いしている。
忠元と覇香宴の空気感
覇香宴前で新規採用が日常化し、読み書き確認だけで即配属される緩さ。一方、忠元は常に用心棒を側に置く。彼の外出中も手足となる近侍(用心棒)経由で管理が回ると見て、玲琳は“番頭室/用心棒の特定/保管場所”の三点を優先課題に据える。
下働き同僚・春桃からの現地情報
案内役の春桃は元・下級妓女。稼ぎが落ちた途端に忠元に下働きへ落とされた経緯を語り、忠元の女蔑視と暴力性を吐露する。一方で天花への敬慕は厚く、天花は権限も面倒見も抜群、と評価する。
出入り制限のある要所が判明:本棟の大浴室/酒蔵、宿泊棟の香堂、高楼最上階(大宴会場)。湯・酒・香・最上階の使用許可はすべて天花の裁可次第。
捜索方針の具体化
贅瑠の「原液(青黒)」を酒で割って“宝酒”化していると推測。完成品の保管だけでなく、原液を偽装できる黒っぽい液体(調味料・香水等)にも注目し、酒蔵・厨房・妓女部屋・宿泊棟を広く当たる計画へ。三人は炎術で随時連絡予定(玲琳は消灯で未使用)。
衛生の謎と評判
玲琳は“隔離部屋(瘡毒患者用)”の有無を探るが、春桃は「近年、瘡毒患者ゼロ」と断言。理由は「立派な浴室」と「天花のご加護」とされる(信仰混じり)。衛生管理の徹底か、別のからくりか――捜査対象としてメモ。
現場での立ち回り
玲琳は重曹持参で床を鏡面仕上げにする働きぶりを見せ、探索の自由度を稼ごうとする。春桃からは「客目線と天花目線の場所を最優先で磨け」「返事は『あい』」と作法も叩き込まれる。天花は近ごろ苛立ち気味で、塵ひとつで怒るとの噂――天花周辺は情報も危険も濃いと踏み、玲琳は身を固めて次の捜索へ向かった。
行き詰まりと方針転換(厨房へ)
下働きとして宿泊棟/本棟の廊下/高楼下層/厠/門扉/水路/蔵を三刻かけて洗いながら偵察した黄玲琳(中身)は、決定的な“贅瑠”の痕跡を掴めず、午前は厨房捜索に切り替えることに。
厨房の序列と“新人いびり”
下働き長の大姐と取り巻きは威圧的。出自で上下を決める価値観の中、頬を平手打ちされるが、玲琳は芋の即時仕分け→米の計量と選別→鍋の重曹洗い→竈石の再構築→大甕の水汲み…と仕事を瞬殺で片付け、実力で黙らせる。
“瑶池番”の女と春桃
医女然と薬を配る“瑶池番”が登場。名物浴室「瑶池」の番を担い、体調不良の春桃を庇護。下働きの掌握力が高い一方で、「お嬢様臭」は嫌悪すると玲琳に釘を刺す。
忠元の乱入と理不尽
番頭・忠元が予約人数の“50→30”誤読を春桃のせいにして激昂、暴力。玲琳が春桃を庇い、瑶池番が論で圧すも、忠元は「五十人分を今すぐ用意」とだけ命じて去る。下働きの食糧は恒常的に削られており、鬱憤は弱者へ連鎖。
窮地の打開策(飯の“底上げ”)
菜は花で誤魔化せるが飯は誤魔化せない…という声に、玲琳が竈の焼き石を温め、朴葉を挟んで飯を被せる“温石盛り”を提案。量は半分以下でも湯気でご馳走感を演出し、酒主体の客にはむしろ満足度が上がると説得。まずは現場を救い、後に忠元の搾取と暴力をまとめて摘発する腹づもりだ。
偵察メモ
- 厨房は“火と水”が揃う調合適地。ただし人目多し。
- 名物浴室「瑶池」:瑶池番の裁量大。病み上がりの者を“こっそり”休ませる実績。衛生管理の鍵。
- 下働きの食糧削減は常態化。帳尻は現場に押し付け。
- 忠元は暴力的かつ杜撰。だが用心棒常駐で護衛は厚い。
- 贅瑠の気配は未発見。次は酒蔵・香堂・大浴室(許可必須領域)を優先ターゲットに。
厨房の修羅場→即興テコ入れ
米が足りない窮地で、玲琳は竈の焼き石+朴葉で椀底を“温石盛り”にする策を提示。湯気でご馳走感を出しつつ実米は半量以下に抑え、結果的に下働きの取り分を増やせると示して場を掌握。瑶池番から「あこぎ」と苦笑混じりの賛辞まで引き出す。
“瑶池番”の正体
薬を配り、湯・香・酒・厨房まで半ば掌握する気だるげな若い女=天香閣の天花・琴瑶だった。
・気に入れば庇護、気に入らなければ「権限総動員で裏通りへ」。
・玲琳を「琳琳」として側仕えに取り立て、「瑶池はいつでもおいで」と誘う。
玲琳は皇后格の相手に無自覚でタメ口寸前、内心ガチガチ。
危険信号:新入りいびり宣言
琴瑶は「夕支度で支度部屋に集め、まず取り巻きに新入りをいびらせる」と明言。妓女側の“新入り”=慧月/清佳だと察した玲琳は即止めたいが、宴準備で足止めされ、直訴の機会を逃す。
即時行動プラン
・炎術で慧月/清佳に至急連絡(“天花=琴瑶”“支度部屋でのいびり予告”を共有)。
・そのために火の近くを占有したくて、火熾し/薪管理/竈見張り/煤取りを「一人で」志願。
・同時に厨房での信用を積み、瑶池(浴室)動線へアクセス確保――琴瑶の懐に入りつつ内情を探る。
収穫
・温石盛りで厨房の窮地を解消→下働きの信頼獲得。
・琴瑶=天花、湯・香・酒・最上階まで裁可権。新入り査定は“支度部屋”で実施、まず取り巻きに圧を掛ける運用。
・清佳の“幼なじみ=琴瑶”確度ほぼ確。協力を取り付ければ捜査は一気に進むが、現状は敵対ルールで始まる恐れ。
当面の目的
- 火の前を死守して炎術連絡。
- 支度部屋の時間・導線を把握して先回り。
- 琴瑶のご機嫌取りは最小限、核心は“瑶池・香堂・酒蔵”のアクセス権取得。
――昼宴の鐘が鳴る。ここからは、段取りと一瞬の火花(炎術)勝負だ。
3.慧月、潜入する
妓楼の夜支度と装いへの違和感
夕刻、天香閣の高楼へ向かった慧月は、新入り妓女の露出が多く解きやすい衣装に羞恥と嫌悪を覚えつつも潜入を続けた。派手さのみを追っていた過去の自分を省みた彼女は、男の劣情を誘うことに特化した衣の意図を理解し、黄玲琳の容姿で下働きになれなかったことを内心で恨めしく思っていたのである。
支度部屋での再会と情報交換
支度部屋で清佳と合流した慧月は、炎術で連絡できなかった事情を詫び、互いの聞き取り結果を共有した。清佳は東側の中級妓女の同室者に中毒者や怪しい客の気配はなく、むしろ天花への不満が渦巻いていると報告した。これに対し慧月は、西側の中級妓女は指名で夜通し出払っており、帰還時に暴力の痕を負いながらも酔ったように笑い、桂皮を思わせる甘香を漂わせていたと述べ、贅瑠の影響を示唆したのである。
天花派の構図と手口の仮説
西側の妓女たちは天花を賛美し、指示に従う手足であり、食事や土産の差配は天花が一括管理していると判明した。清佳は客の独占に汚い手が使われているとし、その核心が贅瑠にあるとの慧月の見立てに同意した。黒幕へ迫るには、顔合わせで天花に接触し、贅瑠の仕込み方法を探る必要があると二人は結論づけた。
琴瑶探索の空振りと清佳の安堵
清佳は厠探索を装って名札を確認したが、東側には琴瑶の名がなく、娼妓のみが居ると把握した。慧月も西側の名札を確認して琴瑶不在を断言し、清佳は娼妓堕ちの可能性が否定されたことで安堵したのである。
入れ替わりの効用と自己喪失への恐怖
慧月は玲琳の死期の近さを思い、入れ替わりで健康が回復してきた過去の経緯を反芻した。入れ替わり直後の不調がすぐ収まる事実から救命の可能性を感じつつも、黄玲琳として生き続けることは朱慧月としての人間関係・責務・自我の喪失を意味するため、誰にも打ち明けられず逡巡した。今の自分を好きになってしまったという自覚が、その決断をいっそう困難にしていたのである。
上級妓女の入室と座次
上級妓女七名が入室し、東三名・西四名に分かれて着座した。最奥の一人掛けは天花の席として空けられ、新入りの慧月と清佳は入り口側の下座に位置づけられた。西側の四名はわざと裾を踏み卓を蹴るなど敵意を隠さず、贅瑠による陶然とした気配も見せた。
挑発から暴力へ
西側の上級妓女は清佳をお高く留まった子と嘲弄し、妓楼になじめず痩せて死ぬと嗤った。清佳は天香閣で天下を取るのは容易と切り返し、二名が激昂して清佳の頬を打った。仲裁に入った慧月も平手打ちを受け、座に残る二名は紅の小壺を投げつけて清佳の衣を汚し、柳煙と呼ばれた女が紅を塗りたくって顔を台無しにすると宣言したのである。
紅壺の脅威と過去の既視感
囃し立てる同僚と傍観する東側上級妓女、息を呑む見習いたちという構図のなか、柳煙が紅壺を振りかぶる光景は、後宮でも見た陰惨な場面の再演であった。慧月はこの暴力の連鎖を直視し、次の瞬間に迫る破壊を悟ったところで場面は緊張を極めたのである。
炎術不通と配膳名目の突入
玲琳は炎術での連絡が終日繋がらず、支度直前に配膳役を買って支度部屋へ急行した。途中で上階から新入りいびりの怒号を聞き、饅頭盆を抱えたまま扉を押し開けて介入しようとしたのである。
支度部屋の乱闘と逆転
支度部屋では上級妓女が紅壺を振りかぶり、清佳と慧月に暴行が及ぶ寸前であった。慧月は平手打ちの倍返しで柳煙を制し、後宮仕込みの威圧で場をひっくり返した。清佳も簪の切っ先で玉児を牽制し、軽率な私刑を嘲りつつ怯ませたのである。
天花=琴瑶の登場と再会の決裂
天花が入室すると、清佳は幼なじみの再会に一瞬安堵したが、琴瑶は問い質す間も与えず男衆を呼び、新入り摘み出しを命じた。番頭の意向との板挟みで用心棒は逡巡したが、琴瑶は自ら清佳へ簪を振り下ろそうとした。
玲琳の機転と場の凍結
玲琳は饅頭の皿を差し出し、簪の一撃を饅頭で受けて衝撃を和らげた。さらに自らを清佳の「後宮縁の下働き」と偽装して場を繕い、即時の激突を回避しようとしたが、琴瑶は介入を許さず排除の意志を崩さなかった。
断髪という最大侮辱
琴瑶は用心棒の腰から剣を抜き、清佳の長髪を一挙に切り落とした。貴族女性に対する社会的死に等しい断髪であり、清佳は茫然自失となった。琴瑶は「覇香宴」の権勢と楼主ザインの寵愛を盾に、新入り二人の追放と取り巻きの慰撫を同時に指示したのである。
症候と疑念—贅瑠への確信
琴瑶は激昂と頭痛、脱力を示し、桂皮様の甘香も漂わせた。玲琳は自身の体験と照合し、琴瑶が贅瑠に蝕まれていると確信した。天花として供宴や土産の差配権を握る彼女が、流通・投与の要である可能性が高いと結論づけた。
即応の役割分担
用心棒に拘束される中、慧月は玲琳の合図で抵抗を止め、清佳の意識をつなぎ留める側に回った。玲琳は天花への「詫び」を口実に単独追尾を決意し、琴瑶の真意と贅瑠の手口を引き出すべく階下へ走ったのである。
4.玲琳、聞き出す
蔵への拘束と異常事態の露見
慧月と清佳は天香閣から即時追放されず、厨房裏の蔵へ一時的に押し込められた。裏門で贅瑠を求める中毒者が短刀を振り回して乱入し、用心棒により即座に斬り伏せられたためである。用心棒は「掃除」と称して死体処理と石畳清掃、さらに覇香宴および楼主ザインの警護準備に追われ、番頭・忠元の意向との板挟みから、新入り二人の扱いを保留したのである。
暗がりの蔵での動揺と検証
蔵内で慧月は古縄に小火を灯し、上級妓女から抜き取った髪に甘い桂皮臭を確認した。柳煙・玉児ら西側の上級妓女は贅瑠の影響下にあると断じ、差配権を握る天花が供宴・土産で贅瑠を仕込む中枢であるとの仮説を補強した。玲琳が天花の後を追い、実地の事情聴取に向かったはずだと見立てた。
清佳の崩落と関係観の破綻
清佳は琴瑶(天花)からの断髪という最大級の侮辱を受け、茫然自失に陥った。長髪は貴族女性の美の基盤であり、断髪は社会的死に等しい。幼なじみとの絆や誓いが独りよがりだったのではないかという自己否定に傾き、「無様になれ」という嘲笑をかつての誓いへ反転投影した。慧月は苛立ちながらも、憎悪と決めつける前に関わり・伝達を重ねた自らの経験(黄家との和解)を引き、対話の可能性を説いた。
自害衝動の制止と役割反転
短刀に手を伸ばした清佳を慧月が制止。捜査継続と関係確認を優先すべきと叱咤し、「刺す度胸があるなら交渉へ向けよ」と価値転用を迫った。清佳は感情の臨界から一転し、玲琳への過剰な言及を指摘して慧月の内心(玲琳への強い好意と信頼)を炙り出したことで、両者の感情線は露わとなったが、応酬は清佳の自死衝動を棚上げする効果をもたらした。
天花の症候と作戦の転換
琴瑶の激昂・頭痛・脱力、そして甘香は、玲琳と慧月が経験した贅瑠症状と一致する。天花はザインの寵愛と覇香宴の花形として権勢を得つつも、中毒の深化が行動制御を歪めている可能性が高い。したがって「対話の糸口」は天花本人の発言から抽出するのが最速と判断された。
極小炎術の試行—遠隔同調の賭け
慧月は蔵内で炎を蝋燭大に絞り、玲琳の気の流れだけに同調する極小炎術を構築。外部に感知されない密やかな視聴路を開くことで、玲琳が天花から引き出す核心情報(贅瑠の製造・投与ルート、価格操作、取り巻き被支配構造、琴瑶の真意)を同時受信し、即応の判断材料に転換する作戦へ移行したのである。
天花の部屋へ—“治療”を口実に接触
玲琳は回廊を抜け、本棟一階・浴室隣の天花専用室で琴瑶に追いつく。頭痛の手当てと称して入室を許され、燭台の炎越しに極小の炎術で慧月・清佳へ中継を開始。按摩を装い観察すると、髪に甘い桂皮香—贅瑠の残り香—、耳下に気になる痕。琴瑶は煙管(頭痛用の薬草)をくゆらせつつ、まず一言「あたしと同じ匂い」。玲琳の過去の中毒を見抜き、自身も贅瑠依存を認める。
刺すような言葉と、露わになる動機
琴瑶は玲琳に「摘発の手先か、清佳の足抜け支援か」と核心を突き、玲琳は後者(友情)を軸に説得を開始。だが琴瑶は「お雛女様の余計なお節介」と一蹴し、清佳への侮蔑を口にする。炎の向こうで清佳が耐える中、話は思わぬ方向へ――金家傍系が仕組んだ“姉妹弟子”と“友情”の舞台裏が明かされる。
それでも琴瑶は告げる。「事情抜きに、清佳という人間を好きになっていた」。出自を越えて芸を讃える清佳の“まっすぐさ”に心を動かされ、傍系の妨害を内側から反転させ、清佳の雛女内定を陰で助けた過去まで語る。
転落の起点—売り飛ばされた先は天香閣
清佳上京の直後、後見の傍系により「楽坊の口利き」と偽られ天香閣へ売却。楽坊や師も金家の顔色で手を引き、「直系のお嬢様のご機嫌取りの道具」に過ぎなかった現実を突きつけられる。慰み者として踏みにじられ、やがて番頭の勧めに抗えず贅瑠に手を出した——と。
“追放”の真意を射抜く—守るための拒絶
琴瑶は「おきれいな連中を見上げるしかない」と吐き捨て、玲琳を突き飛ばす。だが床に落ちた鈴領巾(清佳と対の品)を見た玲琳は、言葉を返す。
「同じ地獄を味わわせるつもりなら、清佳にも贅瑠を飲ませればよかった。あなたはそれをせず、まず『酒に釣られたのか』と確認し、まだ飲んでいないと知るや、顔を傷つけてでも宴から遠ざけ、髪を切ってでも“外へ逃がそうとした”」
——大切だからこそ、寄せ付けない。己の惨憺を見せず遠ざける、保護としての拒絶だと指摘する。琴瑶の瞳が揺れる。
捜査線への勧誘と、決別
玲琳は立場を切り替え、王都の摘発を予告し協力を提案。「協力すれば極刑は避けられる。贅瑠は断てる、わたくしが抜けた」と手を差し出す。だが琴瑶は「手遅れだよ。無様になりすぎた」と背を向け、「酒蔵も帳簿も無駄」と言い切るや否や、用心棒を呼び玲琳の追放を命じる。
炎、吹き消される
引きずられながら玲琳は炎に詫びを入れる。次の瞬間、用心棒が燭台に息を吹きかけ、小さな炎術の窓は闇に沈んだ。
蔵へ再収容と状況共有
玲琳が天花の室から追い出され、用心棒の都合で三人は再び蔵に閉じ込められる。裏門では贅瑠中毒者が乱入し用心棒に“処理”されていたことが語られ、天香閣が重症中毒者を秘かに始末している現実と、贅瑠の深刻さを三人で再確認する。
炎術の中継断ち—それでも続く会話の余熱
玲琳は交渉決裂を詫び、慧月は蔵で見た中毒や処理の実態を補足。未確認の捜索先(酒蔵/浴室/香堂/高楼最上階)が天花の裁量下にあり、要所は常に用心棒が張るため、覇香宴当日の“薄い瞬間”を狙うしかないと整理する。
清佳、断髪と反転
清佳は短刀を自らの髪へ向けて左右を切り揃え、貴族女の象徴を断ち切る。涙は悔恨と怒りに変わり、「美しくあれ、さもなくば死ね」を“自害”ではなく“敵を斃すための誓い”に反転。「無様になったのは自分、だが死ぬべきはそう仕向けた連中」と言い切り、琴瑶を処刑から救い出す決意を示す。
作戦立案—陽動と足止め
三人は覇香宴の最中に楼主ザインを宴会場へ釘付けにして警備を一極集中させ、その隙に未確認区域を下見→摘発隊の突入を通しやすくする方針で一致。
清佳は「舞でザインを足止めする」案を自ら提案。蔵留保の理由(番頭・忠元の期待)を逆手に取り、短髪でも強引に出演交渉して宴席へ上がると宣言する。
役割分担と連絡
玲琳は炎術で景彰・辰宇へ連絡し、①楼内動線・構造、②贅瑠の保管/調合の未特定、③天花と取り巻きの関与、④天花自身の中毒と核心情報を握る可能性を報告する方針に。物証確保の最優先ターゲットは酒蔵・浴室・香堂・最上階宴会場と定め、覇香宴までの短時間での離脱・潜入の段取りに入る。
5.幕間
砂漠への憧憬と価値観
シェルバ王国第一王子ナディールは、美を考えるとき母の故郷である砂漠を思い浮かべていた。極端で中庸を持たぬ在り方に敬意を抱き、料理や服、人間においても強い主張を好んでいた。勝ち気な女を理想とし、対等に渡り合える相手こそ人生を愉快にすると考えていた。
金清佳への興味
金清佳は予想に反して強かであり、宴席で男を足蹴にし、妓楼潜入に挑んだ。ナディールは膝蹴りを受けた頃から彼女に惹かれ、その行動を期待するようになった。護身用に短刀を授けるほどであり、彼女の大胆さに胸を躍らせていた。
詠国の男たちとの対比
辰宇は雛女を危険に晒せぬと詰め寄り、景彰は自主性を尊重しつつも注意を重ねた。彼らが過保護に振る舞うのを見て、ナディールは滑稽と感じた。自分は落ち着いて開心果を食べながら窓外を見やり、女たちからの連絡を待っていた。
潜入からの沈黙
妓楼潜入から丸一日が過ぎても清佳たちからの文は届かず、子飼いの報告でも進展はなかった。ナディールは心配ではないと自分に言い聞かせつつ、苛立ちから殻を割る手を早めた。
募る疑念と焦燥
子飼いが清佳が客を取らされた可能性を口にすると、ナディールは強く否定しつつも、彼女が男を蹴り飛ばす姿を想像してしまった。連絡の遅れを不敬と感じ、見回りを強化させたが、依然として音沙汰はなかった。
詠国の男たちへの訴え
やがて不審を確信したナディールは隣室に駆け込み、景彰と辰宇に清佳が危機にあるかもしれないと告げた。景彰は意外にも生暖かい笑みを浮かべ、事態を静かに受け止めたのであった。
炎術の開示を巡る議論
景彰と辰宇は、慧月の炎術をナディールに明かすべきかを議論していた。景彰は作戦効率化のために賛成し、辰宇は異国人への道術開示は不用心と反対した。二人は連絡手段として炎術か投げ文を待つ方針を確認していた。
ナディールの焦燥と文化差
そこへナディールが飛び込み、潜入から丸一日半連絡が無いと青ざめた。詠国側は平静だったが、ナディールは日常的な頻繁連絡を前提とするシェルバの慣習を引き合いに出し、沈黙を異常と断じて巡回頻度を上げると主張した。
“伝書鳩”という偽装と炎術の予兆
景彰は場をいなし、伝書鳩という虚の話で王子の詮索を受け流した。その直後、燭台の炎が膨らみ、炎術接続の予兆が現れた。観察眼を利かせた景彰が応じ、通信が開始された。
三雛女の負傷露見と虚偽の否定
玲琳が天香閣の状況を順調と報告する一方、景彰と辰宇は映像から慧月の頬の腫れと清佳の不自然な装いを看破した。追及により、清佳が髪を切られ、慧月と共に蔵に閉じ込められ、玲琳も交渉決裂で同所に追いやられた経緯が露見した。背景には天花の琴瑶と清佳の個人的因縁があった。
続行の嘆願と安全優先の衝突
三雛女は覇香宴で琴瑶と対峙し、ザインを足止めしつつ楼内を探る計画の続行を嘆願した。辰宇は安全最優先で回収を主張し、景彰は炎を吹き消せば殴り込みと警告したが、最終的に摘発当日に合わせて動く方針へ一旦譲歩した。
“静観せず先回り”の決断
術を切った後、景彰は待機にとどまらず、楼客として前日から正面侵入する準備に転じた。愛情は深いが行動を信用しきらないという黄家流の用心深さから、自ら先回りして現場に立つ決意であった。
王子の参戦と資金力による主導
再び現れたナディールは子飼いが用心棒に見咎められた可能性を報告し、資金回収に動くザインを逃さぬため今夜の介入を宣言した。王子は金塊入りの麻袋を示して豪奢な装いと贈答を伴う“正しい楼客”像を提示し、自身も変装して潜り込むと主導権を握った。
役割割当とアイデンティティの抵抗
計画は、景彰が詠国商家の息子、ナディールが取引先のシェルバ豪商、辰宇が小姓という偽装での同伴入楼であった。辰宇は詠国人としての自認から異国装いを拒んだが、王子は外見的条件を理由に起用を強く推した。
摘発前倒しの方針確定
人員の多くを港と街道の封鎖に回すため一斉制圧は翌日に残しつつ、この夜は重要人物の拘束に目標を切替える方針が固まった。詠国側の“先乗り潜入”と王子の“楼客参戦”が一致し、三雛女救出と内偵の両立を図る即時行動へ舵が切られたのである。
6.慧月、怯える
忠元の成り上がりと贅瑠の支配
忠元は金領の木材問屋の末息子として放蕩の末に勘当され、天香閣の下働きに落ち着いていた。西国語ができたため通訳として重宝されたが、権力を握れず悔しさを抱えていた。二年前、宰相ザインが天香閣を買収して詠国式の旧体制を排除すると、忠元は楼主代行に抜擢され、花街を見下ろす地位を得た。以後、忠元は贅瑠を宝酒に混ぜて客と妓女を依存させ、二年連続の最高売上を実現した。依存性と廃人化の危険を承知しつつも、短命な遊興の補助と割り切っていた。
琴瑶への反感と金成和との癒着
忠元は養い親の傍系から売られ、ザインに見初められて天花に上がった琴瑶を疎んでいた。琴瑶は贅瑠を人倫に反すると非難し続けたが、忠元は支配の道具として彼女の依存も計算に入れていた。天香閣は飛州知事・金成和と呢懇で、相見会の「余り」を受け入れ、禁じられた貧農売春も黙認されていた。忠元は見返りに贅瑠を融通し、さらに王子接待の切り札として贅瑠提供を求められていた。しかし最近、成和が雛女の金清佳に手を掛け拘束されたとの布告が出ており、忠元は真偽を子飼いに探らせていた。
新入りへの暴行と忠元の打算
群宴のさなか、用心棒が贅瑠中毒の乱入者を斬った件と、琴瑶が新入りの佳佳の髪を切り、慧慧を殴って二人の追放を命じた件を報告した。忠元は激怒したが、二人が蔵に匿われていると知ると安堵し、髪結いや花飾りで体裁を整え、今夜から慣らしとして群宴に投入するよう命じた。両名は天花の器と見込んだ上玉であり、翌日の覇香宴でザインの歓心を得る切り札と位置づけていた。
ザインの急襲と帳簿回収
そこへザインが予定を早めて来楼し、深夜の帰国を告げて覇香宴の中止を命じたうえ、半刻で贅瑠の売上と店の金を帳簿にまとめ箱詰めにせよと要求した。忠元は指輪の下賜と妓女への差し入れを受け取りつつも、帳簿締めの前倒しに内心焦り、せめて宴で時間を稼ごうと上席を勧めた。ザインは金と女に好む気配を見せたが、基本は回収が目的であり、琴瑶のみを寝所に呼べば十分だと告げた。
覇香宴の前倒し工作と忠元の指示
忠元は粘って新入り二人の存在を強調し、一刻だけの逗留を引き出した。差し入れは小姓十人が各室へ運ぶ量で、忠元は気前の良さに忠誠を新たにしつつも、直ちに上級妓女総動員、警備強化、料理の豪勢化、貧客の排除を決め、上納額を最大化して帳簿の額面を整える算段を立てた。最後に新入りの支度を急がせるよう全員に号令し、自らは裏帳簿の整理に取り掛かっていた。
琴瑶の鈴舞とザインの寵
忠元が帳簿を締めて広間へ戻ると、舞台では琴瑶が鈴舞を披露し、客席を沸かせていた。離脱症状を押して舞い切る胆力により、特別席のザインは満足げに賞賛し、金の首飾りを投げ入れて天花の座と望みの成就を約した。忠元は権限拡大を狙う琴瑶の台頭に危機感を募らせたが、帳簿回収を優先するザインに遮られた。
権限の奪取宣言
琴瑶は「妓女の待遇決定権」を求め、ザインは即答で容認した。琴瑶はその場で天香閣の差配権を宣言し、妓女衆は称賛と反発で揺れた。忠元は反論の機会を失い、覇香宴は終幕へ向かう気配となった。
灯の演出と新入りの登壇
広間の灯が一斉に消え、舞台袖の燭台だけが灯る演出ののち、舞台中央が再点灯した。美貌の二人――金清佳と慧月――が現れ、清佳が流麗な口上と西国語での願い出により、「天花を競う舞」を所望した。慧月は露出の大きな衣装に落ち着かず、炎術で黄景彰へ連絡できない焦りを募らせつつ、ザインが過去に贅瑠を飲ませた張本人であると確信し、復讐の意志を固めた。
忠元の遮断と足止めの失敗
忠元は「天花は既に琴瑶」として新入りの出番を封じ、ザインと琴瑶を本棟へ誘導。慧月と清佳の足止め策は頓挫し、摘発のため宴会場に宰相を留める計画が瓦解しかけた。
豪奢な“おひねり”と正体の露見
退場しかけた空気を、客席からの豪勢な投げ物が切り裂いた。宝剣や金帯、反物が次々と舞台へ投げ込まれ、「先の妓女を超える舞を見たい」との快活な声が響く。続いて、品がありながら意地悪さを含む聞き覚えのある声とともに、生花の束が投げ入れられた。正体は仮装した黄景彰であり、隣で高級品を投げ込むのはナディールであった。予定一日繰り上げにもかかわらず、二人は客として潜入済みで、清佳・慧月の舞を“最高の余興”として買い上げ、場を再び舞台へ引き戻した。
場面の帰趨
琴瑶の既得権宣言で終幕しつつあった覇香宴は、清佳の堂々たる登壇と潜入者の厚い心付けにより、ふたたび競演の場へ転じた。慧月は景彰とナディールの到着に驚愕しつつ、宰相を舞台へ再度釘付けにする好機を得たのである。
潜入と戦力把握
景彰は商家の息子に扮し、ナディールと辰宇を伴って群宴の席へ潜入した。正方形の宴会場と半上階の上席配置、下級妓女・下働き・用心棒の人数と練度を即座に観察し、有事の想定を整えたのである。
琴瑶の鈴舞と宰相到来
ザインが予定前倒しで入場し上席へ。琴瑶は鈴舞で見事に寵を得、褒賞箱の搬入と「望みを叶える」約を引き出した。景彰は麻薬拡散の中枢たる琴瑶・忠元・ザインの三名同時拘束を最終目標に据え、物証探索を辰宇に任せる方針を固めた。
暗転の演出と新入りの宣言
場内の灯が一斉に消え、舞台袖の炎だけが灯る演出ののち、清佳と慧月が登壇。清佳は詠国語とシェルバ語で天花争いへの挑戦を宣言した。慧月は炎術で景彰に連絡できず焦燥しつつも、ザインがかつて自分に贅瑠を飲ませた張本人であると確信し、復讐の意志を新たにした。
忠元の遮断と“おひねり”合戦
忠元は「天花は既に琴瑶」として新入りの舞を封じ、ザインを本棟へ誘導しようとする。これに対し、ナディールと景彰が宝剣や花束を舞台へ投げ入れて場を買い、客席も追随して豪奢な投げ物が続出。清佳は「ザインにのみ舞う」と強硬に迫り、宰相は舞台袖近くに腰を下ろし観覧を承諾した。琴瑶も隣席に同座し、三名(ザイン・忠元・琴瑶)が扉際に集結する好機が生まれた。
慧月の別動と兄妹口論、そして制圧の火蓋
慧月は酌係に回り、水甕へ眠り薬を投入して用心棒の戦力低下を狙う。一方で景彰は薄衣の慧月を咎め、羽織を掛けて露出を減らそうとするが、口論に。接近してきた用心棒は景彰の一撃で即座に伸され、薬による間接無力化と直制圧の併用へ舵が切られた。
剣舞の開幕――清佳の変身
清佳の舞が始まるや、薄布の下から顕れたのは短く切られた髪と二刀を操る姿であった。舞台の宝剣を抜き、帯の短刀と合わせて円環を描く剣舞へ転じる。端正な「典雅」から一転、力強く妖艶な戦女神の気配をまとった舞は観客の呼吸を奪い、ナディールすら息を呑むほどであった。
局面の要点
清佳の剣舞によりザインの視線は舞台へ釘付け、忠元と琴瑶も扉際に留まった。慧月は水系統で用心棒を削ぎ、景彰は必要時に即応制圧可能な位置を確保。三名同時拘束のための「視線固定・戦力分断・近接配置」の三条件が、舞台上で整い始めたのである。
7.玲琳、突き止める
潜入継続と違和感
宴が一日前倒しとなり、玲琳は下働き姿で再潜入。用心棒や妓女が準備で手一杯の隙を突き、本棟一階の蒸し風呂「瑶池」へ狙いを絞る。館内に満ちる異様な湿気を不審視し、「ここが最重要拠点」と見立てる。
警備突破の機転
浴室前には帯剣の用心棒が二人、うち一人は招集の鉦持ち。正面制圧は増援を呼ばれ危険と判断し、玲琳は遠側の廊下で「石入り桶の落下音」罠を仕掛けて一人を誘導、戦力を半減させる。
辰宇と合流、二人連携の無力化
背後に迫った白ローブの西国客風の男が辰宇(鷲官長)と判明。追って戻ってきた用心棒に対し、玲琳は“下働きに絡む客と揉み合い”を演じて警戒心の矛先をずらし、利き手を抱え込んで拘束。辰宇が無音の急所打ちと蹴りで二人を瞬時に昏倒させ、鉦を鳴らされる前に制圧する。
瑶池突入直前の応酬
玲琳は「浴室には裸の女がいるかも」と遠慮を示すが、辰宇は「容疑者の羞恥で摘発をためらわぬ」と一蹴。任務優先を徹底しつつ、最後に「身頃を戻せ」とだけ注意する。守りの消えた瑶池に、二人は踏み込もうとしていた。
瑶池の構造と蒸気
玲琳は下働きに扮して本棟の瑶池を進み、脱衣所と温息堂を抜けて湯霧室の扉に至った。扉の隙から甘い香りを含む蒸気が漏れていると察し、炭を布で包んだ面紗を拵え、辰宇とともに窓ガラスを割って蒸気を外へ逃がした。女たちの声から入浴中であることを把握し、制圧ではなく聞き取りを優先すると定めたのである。
黒い茸の正体
蒸気が薄れると、壁面の陶瓦が剥がされた箇所に黒い茸が密生しているのが露わになった。柳煙と玉児は、茸をへらでこそいで小壺に集め、隣室の炉室で煮出して贅瑠を得る手順を語った。原料は夜光花ではなく湿った木材に根を張る菌であり、妓楼そのものが巨大な菌床であった。湿度と火水に富む浴室は製造隠しに最適で、木材の搬入も建材名目で疑われにくいという帰結であった。
春桃の症状と“治療”認識
炉室から現れた春桃は高熱と発疹に悩まされていたが、贅瑠の蒸気を浴びることを治療と認識していた。柳煙と玉児も発疹が引くと信じ、ぶり返せば再び瑶池に来ると語った。玲琳は春桃の腕の発疹を確かめ、妓女たちが痛みと病の恐怖から蒸気吸入に依存させられてきた可能性に至った。
推理と急報
依存は快楽ではなく症状緩和の循環で固定化され、離れれば反動で悪化する構図であったと玲琳は判断した。三人の身柄確保と証言を辰宇に託し、拘束が始まる前に琴瑶の事情を伝えるべく高楼へ急行した。
清佳の剣舞と要請
同刻、舞台では清佳が二刀の剣舞で観衆とザインの目を釘付けにし、褒賞として琴瑶の追放を求めた。これは琴瑶に宰相を捨てて手を取るよう促す意図であり、清佳は自ら髪や装飾を捨てて守り手となる決意を示した。
現行犯の露見と拘束
気を良くしたザインが忠元に贅瑠の原液を取り出させたことで、決定的証拠が人前に晒された。ナディールは剣でザインを、景彰は短刀で忠元を制圧し、贅瑠売買の現行犯として拘束に踏み切った。清佳は琴瑶に贅瑠断絶と証言を促し、守ると誓った一方、ナディールはシェルバ法の厳罰を主張し対立が生じた。
琴瑶の「手遅れ」
琴瑶は汗に震えながら手遅れであると述べて座り込んだ。そこへ玲琳が小壺とへらを携え駆け込み、瑶池で得た事実をもって事情の全体像を明らかにしようとしていた。
菌床の発見と製造手口の提示
玲琳は広間に戻るや、小壺を掲げて瑶池で採取した黒い茸を示し、贅瑠は夜光花ではなく「木材に菌糸を仕込み、蒸し風呂で培養・採取・煮出しする」方式で製造されていたと断じたのである。原料搬入が痕跡を残さなかった理由は、建材に偽装した菌床化であったと明かしたのである。
瘡毒と偽りの“治療”
玲琳は春桃の発疹と高熱、柳煙・玉児の証言、琴瑶の首元の腫瘤から、贅瑠が高熱を介して瘡毒の進行を一時的に鈍らせる性質を持つと推理したのである。ゆえに断薬すれば症状がぶり返し、服用を続ければ中毒が深まるという二重の罠で、妓女たちは快楽ではなく病と恐怖に付け込まれて依存に追い込まれたと結論したのである。
琴瑶の動機と秘かな統制
玲琳は琴瑶に対し、贅瑠の使用を瘡毒に苦しむ者に限るよう統制し、健常な妓女への混入を防いできたのではないかと問い質したのである。琴瑶は義侠心と男たちへの復讐心の相克、そして自身が番頭に過酷な客を宛がわれて瘡毒に罹り、ついに贅瑠に手を伸ばした過去を吐露したのである。
宰相ザインの逆襲と証拠隠滅
拘束直前、ザインは指輪笛で合図し、番頭室や上席に仕込ませていた火薬を次々起爆させ、楼全体を焼却して物証を消そうとしたのである。混乱の一瞬に清佳を人質に取り、舞台側面の隠し扉から海路へ脱出を図ったが、扉は内側から封じられ追撃は難航したのである。
辰宇の報告と追撃分担
辰宇は浴室の爆発と各所の火薬箱を報告し、避難を急ぐよう進言したのである。ナディールは海路封鎖と追走に専念する決断を下し、辰宇も合流のうえ港側へ移動して追撃体制を整えたのである。
景彰の危機統御と避難開始
混乱する広間で景彰は忠元を制圧して威嚇を示し、布で口鼻を覆い身を屈めて移動する避難要領を示しながら隊列を分割して扉側へ誘導したのである。秩序を乱す客を金子で制止し、「まず妓女、次に客」という優先順で一階へ退避を進め、場の主導権を完全に掌握したのである。
炎勢拡大と外縁からの鎮火策
火薬と油で増勢する炎に対し、慧月は室内では火流の制御が困難と判断し、玲琳とともに窓外の縁へ退避したのである。高所を恐れつつも慧月は「やる」と明言し、玲琳は入れ替わった身で支え役を引き受け、風向と火勢を俯瞰しながら外側からの鎮火を試みる体勢を整えたのである。
離脱症状と救出の逡巡
清佳は群衆にもまれて倒れた琴瑶に駆け寄り、贅瑠の離脱症状で立てないと判断して避難を促したのである。床に落ちていた小瓶を見つけると、一滴だけでも飲ませて逃げようとしたが、琴瑶は美しくありたいという矜持から服用を拒み、たとえ死に至ろうとも自分自身でいたいと語ったのである。清佳は涙ながらに説得したが、琴瑶は誇りと覚悟を示して小瓶を叩き落としたのであった。
落下する梁と清佳の行動
炎が天井に回り巨大な梁が燃え落ちようとする中、琴瑶は清佳を突き飛ばして危機を知らせたのである。清佳は本能のままに床を蹴って琴瑶の身体を抱え、落下の軌道から外すことに成功した。梁はすぐ傍に落下したが直撃は免れたのである。
炎の転移という策
外では景彰が避難誘導に当たり、室内では慧月が炎を抑え込もうとしたが火勢が強く難航していた。そこで玲琳が炎を消すのではなく行き先をずらす発想を示し、慧月は妓楼の炎を海上の標的へ移す方針に転じたのである。辰宇への炎術連絡により追走の状況を把握したが、港の灯に紛れてザインの船の特定は困難であった。
尭明の雷光と標的の特定
そのとき海上に不意の雷と強風が走り、玲琳は尭明への炎術接続を求めた。尭明は王都から航路で先回りしており、景行とともに船上にいたのである。尭明は怒りを込めて港一帯を雷光で照らし、西国旗を掲げた商船と接舷中の小舟の位置を一瞬にして示したのであった。
炎の彗星と妓楼の鎮火
標的が定まるや、慧月は天香閣の炎すべての矛先を変え、罪人ザインの乗る船を燃やせと命じた。炎は巨大な火柱となって夜空を裂き港へと奔り、妓楼の内部からは火がふっと消え、落下した梁周辺にも火花は散らなかったのである。
感謝の言葉と静かな別れ
暗闇の中で清佳は琴瑶の生存を確かめようと身体をさぐり、かすかな声で名を呼ばれたことで一度は安堵した。琴瑶は最後にありがと、清佳と告げ、母の腕に抱かれた子のように小さく息を漏らして静かに力を失ったのである。清佳は守れなかった現実に打ちのめされ、煤に汚れた顔で涙をこぼしながら琴瑶の名を叫び続けた。琴瑶が清佳を牡丹と呼び、これまで幾度も庇ってきた記憶が胸に刺さり、守られる気分だったのかと最期に呟いた言葉だけが温かく残ったのである。
エピローグ
情勢の錯綜と情報操作
飛州港の落雷と火災は瞬時に金領へ広がり、尭明来訪、西国の麻薬拡散、金成和の関与、雛女暗殺未遂の噂が交錯したのである。尭明は混乱に乗じ、伝聞士を掌握して「真相」から雛女の関与を抹消し、皇太子と雛女が正義に従って動いたという筋書きを流布したのである。
公的筋書きの確定
物語上は、西国王子ナディールの極秘捜査を尭明が承認し、雛女は帆車交を長引かせて協力したとされた。麻薬は宰相ザインが天香閣で製造し、飛州知事金成和が拡散に関与したと断じ、金成和は雛女暗殺を企図するも失敗とされたのである。
捕縛と移送の結末
尭明は龍気で二日で飛州へ到達し、ナディールが陸路、尭明が航路から逃走経路を封鎖した。雷光はザインの装身具を伝って痺れさせ、船は発火し乗員は海へ退避した。辰宇が雷雨をかいくぐってザインを拘束し、忠元とともにシェルバへ移送された。以後、厳罰を想定した尋問が待つと発表されたのである。
処遇と評価の整理
公的記録からは朱慧月の倒伏、黄玲琳の潜入、金清佳の断髪は削除された。代わりに「天の加護を受けた皇太子」と「これに従う雛女」という都合のよい物語が歓迎された。尭明は犯人の厳罰と、妓女を共犯ではなく被害者として遇する方針を決し、雛女の労はそれで報われたのである。
別離の段取り
三日後、移送を終えた尭明は王都へ帰還の途に就き、国際会議は仕切り直しとなった。ナディールは友好を再確認して一度帰国し、ザインらの裁きを誓った。黄玲琳と朱慧月は証言と後始末ののち尭明と同船予定、金清佳は半月の残務で金領に残留することとなった。
望楼での弔いと形見
清佳は白衣で望楼に立ち、丘の中腹に自ら埋葬した琴瑶を悼んだ。遺髪と焼け焦げた鈴舞の領巾を形見とし、柵無き風の通う場所で眠らせたのは、拘束から解き放つ願いゆえであった。
ナディールとの邂逅と対話
正装のナディールが現れ、化粧や簪を差し出して涙に滲まぬ支度を示す一方、清佳の短髪を敢えて飾る提案をした。彼はまた、清佳の奔走が埋葬許可に繋がったと告げ、「美と尊厳」を守ったのだと断言した。清佳は守れなかった悔恨を吐露したが、ナディールは「恐怖から守り、美しい顔で死なせた」と琴瑶の最期の気品を指摘したのである。
妓女たちの参集と和解
丘の中腹には天香閣の妓女らが離脱症状の身で墓前に集い、反琴瑶派までもが跪いて礼を述べた。それは琴瑶に守られていた自覚と贖いの所作であり、彼女が残した爪痕が確かに世界に刻まれた証左であった。
誓いの回想と再確認
清佳は二年前の「布誓――『美しくあれ、さもなくば死ね』」を思い出し、琴瑶の志と自らの到らなさを噛みしめた。願いに応え、ナディールは琴瑶の舞、姿勢、声、芯の強さを次々に褒め称え、清佳は涙のままそれを受け止めた。こうして清佳は、琴瑶の「美と尊厳」を守るという形で誓いを継承し、別れの海風の中で静かに前へ踏み出す覚悟を固めたのである。
望楼の二人と出遅れた来訪
慧月と玲琳は望楼の清佳とナディールの穏やかな対話を目にし、弔意の切り替えを促すべく訪れたのである。二人は説教と警備手配に追われ出遅れたが、清佳の心の立て直しを最優先と定めていたのである。
叱責と過剰な護衛
尭明と景彰は一行の無茶を厳しく咎め、帰京後の半月軟禁と常時帯同を命じた。冬雪・莉莉・辰宇らは「皇太子命」を盾に密着護衛を宣言し、もはや町歩きは不可能な情勢となったのである。
玲琳の決断と別離の予告
玲琳は病の事実を殿下・兄たち・皇后に自ら告白する決心を示し、雛宮から退けられる可能性にも言及した。慧月は「後任の雛女」という言葉に衝撃を受け、心中に強い動揺を抱いたのである。
入れ替わり継続という誘惑
慧月は「入れ替わっている間は双方健康である」経験則から、永続的な入れ替わり案を衝動的に提示した。玲琳はこれを柔らかくも明確に拒み、「自分のまま生きる」選択を琴瑶の最期になぞらえて語ったのである。
身体への帰属と節制の倫理
玲琳は「十六年を積んだ自分の身体」を尊び、甘美な快楽に似た健体への依存を自制すると宣言した。入れ替わりの健康は偶然かもしれないという理を示し、永続策を慎むべきだと諭したのである。
慧月の反撥と小さな嘘
慧月は「この女を生かしたい」という欲求を自覚し、気の枯渇を理由に身体の返還を先延ばしにする嘘をついた。これは検証のための時間稼ぎであり、同時に玲琳を手放さぬ意志の表明でもあったのである。
護送の段取りと決意
玲琳は慧月を気遣い船へ急がせ、周囲は駕籠の手配に奔走した。慧月は天を睨み返し、「正しさ」と「宿命」への反逆を胸に、悪女としての矜持で願いを貫くと決めて歩み出したのである。
望楼の二人と出遅れた来訪
慧月と玲琳は望楼の清佳とナディールの穏やかな対話を目にし、弔意の切り替えを促すべく訪れたのである。二人は説教と警備手配に追われ出遅れたが、清佳の心の立て直しを最優先と定めていたのである。
叱責と過剰な護衛
尭明と景彰は一行の無茶を厳しく咎め、帰京後の半月軟禁と常時帯同を命じた。冬雪・莉莉・辰宇らは「皇太子命」を盾に密着護衛を宣言し、もはや町歩きは不可能な情勢となったのである。
玲琳の決断と別離の予告
玲琳は病の事実を殿下・兄たち・皇后に自ら告白する決心を示し、雛宮から退けられる可能性にも言及した。慧月は「後任の雛女」という言葉に衝撃を受け、心中に強い動揺を抱いたのである。
入れ替わり継続という誘惑
慧月は「入れ替わっている間は双方健康である」経験則から、永続的な入れ替わり案を衝動的に提示した。玲琳はこれを柔らかくも明確に拒み、「自分のまま生きる」選択を琴瑶の最期になぞらえて語ったのである。
身体への帰属と節制の倫理
玲琳は「十六年を積んだ自分の身体」を尊び、甘美な快楽に似た健体への依存を自制すると宣言した。入れ替わりの健康は偶然かもしれないという理を示し、永続策を慎むべきだと諭したのである。
慧月の反撥と小さな嘘
慧月は「この女を生かしたい」という欲求を自覚し、気の枯渇を理由に身体の返還を先延ばしにする嘘をついた。これは検証のための時間稼ぎであり、同時に玲琳を手放さぬ意志の表明でもあったのである。
護送の段取りと決意
玲琳は慧月を気遣い船へ急がせ、周囲は駕籠の手配に奔走した。慧月は天を睨み返し、「正しさ」と「宿命」への反逆を胸に、悪女としての矜持で願いを貫くと決めて歩み出したのである。
特典SS『ぎょっとした!』
型破りの王子と想定外の女
ナディールは自分が周囲を驚かせる側であり、驚く経験が少ないと自認していたのである。侍従入れ替わりの露見も愉しむつもりでいたが、金清佳から「引き裂いてやる」と凄まれ、想定外の反応に面食らったのである。
潜入方針と清佳の参加意思
麻薬捜査で妓楼潜入が決まると、被害者側の朱慧月が主導するのは理解した一方、品行方正に見えた清佳まで同意したことにナディールは興味を覚えたのである。清佳は「金領の問題」を理由に、他家任せを拒んだのである。
短剣返却と挑発への即答
清佳は派手な短剣を「扱いにくく目立つ」と返却し、武器経験の乏しさを指摘された。ナディールが意地悪く「他家だけ潜入させれば優位」と挑発すると、清佳は艶笑とともに位置を誘導し、卓へ右手を置かせたのである。
簪一閃と脅しの美学
清佳は髪から簪を抜き、ナディールの指の間すれすれに突き立て「醜い音を立てる虫は刺し殺す」と囁いた。簪は歪んだが、彼女は平然と短剣の貸与を取り付けて去ったのである。ナディールはその背を見送り「ぎょっとした」と独白し、簪を光にかざして彼女の美しさと逞しさを噛みしめたのである。
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