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小説「ようこそ実力至上主義の教室へ 3年生編 3」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は学園バトル/青春サスペンスものライトノベルである。政府設立のエリート学校である“高度育成高等学校”を舞台に、生徒たちがクラスごとに厳しい競争と試験を通じて「真の実力」を争う学園制度を描いている。3年生編も後半に差し掛かり、第3巻では夏の“特別試験”として、クラス対抗による無人島でのサバイバルゲームが実施される。生き残りを懸けたサバイバルと心理戦、仲間との裏切りや信頼、そしてクラスのプライドと未来が交錯する展開である。

主要キャラクター

  • 綾小路清隆:本シリーズの中心人物。冷静沈着で高い分析力と身体能力をもち、周囲には“普通の生徒”を装って行動するが、常に裏で状況をコントロールする策士である。3年生編では別クラスに移籍し、自らの信念と過去を巡る思惑を抱える。
  • 椎名ひより:3年生編3巻の表紙にも登場するヒロインの一人。感情と信念に揺れ動きながら、自らの誇りとクラスの勝利のため葛藤を抱える人物である。無人島試験において重要な決断を迫られる。

物語の特徴

本作の魅力は、「学園≠安全地帯」という前提の下で繰り広げられるサバイバルと心理戦の緊張感にある。仲間・クラス・階級といった人間関係の階層構造が“実力至上主義”という制度によって研ぎ澄まされ、裏切り・計略・駆け引きが常に張り巡らされる。今回の無人島試験という極限状況によって、生徒たちの“素の部分”や本性、隠された動機が次々と露わになる。そのうえで、ただの頭脳戦・駆け引きにとどまらず、友情・裏切り・挫折・覚悟といった人間ドラマが複雑に絡み合う点も、他の学園モノとの差別化ポイントである。さらに、シリーズを通じて「強さ」「運」「策」「人間性」が総合的に問われる構造により、読者を簡単に飽きさせない奥深さとリアリズムが備わっている。

書籍情報

ようこそ実力至上主義の教室へ 3年生編3
著者 衣笠彰梧 氏
イラスト トモセ シュンサク 氏
出版社 KADOKAWAMF文庫J
発売日 2025年11月25日
ISBN 9784046854407

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あらすじ・内容

今年の無人島特別試験は、クラス対抗のサバイバルゲーム!
3年生、最後の夏、今年の無人島試験はペイント銃を用いたクラス対抗のサバイバルゲーム。15×15マスに分けられたエリアを移動、出現する食料や銃弾を取得しながら、他クラスの生徒を倒し競い合う。最初に全滅したクラスは退学者選定のぺナルティが発生するため、攻守の戦略が重要となる。司令官の役職の生徒は5分毎にクラス別の色で表示された全生徒のGPSが確認できるため集団での行動が必須。
「頭はこっちが押さえてるが……どう動く、綾小路」「そうね……一歩リードしたはずなのに、それでもやっぱり怖いわね」「綾小路くんは負けない。ううん、私が負けさせない」
3泊4日の無人島特別試験、その決着は――!?

ようこそ実力至上主義の教室へ 3年生編3

感想

読み終えてまず浮かんだのは、物語冒頭の椎名ひよりの独白が放つ不穏さである。潮風の中で綾小路との夕焼けの記憶を反芻し、「好きだ」と告げないまま距離を取る選択をした彼女の迷いと覚悟が、今回の特別試験へとそのまま接続していく。敵同士として綾小路を倒そうと決意しながら、同時に自分の敗北も予感しているひよりの姿は、静かだが重い予告編のように物語全体のトーンを決めていた。

そこから舞台は、全学年が再び訪れた無人島での特別試験へと移る。ペイント銃を使ったサバイバルゲーム形式という大胆なルールを最初に知った時、「本当にこのシリーズでサバゲーをやるのか」と戸惑い、思わず表紙を確認したほどである。しかし、エリア制限や物資争奪、退学ペナルティといったシステムが細かく積み上がっていくにつれ、この形式は単なるお遊びではなく、綾小路をはじめ各クラスの思惑を可視化する装置として機能しているのだと分かっていった。

試験が進むにつれて印象に残るのは、「予想外の展開」が続くのに、読み返してみればほとんどすべてが綾小路の想定の範囲内に収束していく構図である。開幕早々の龍園クラスの奇襲による半壊、Aクラスへの時間切れを利用したカウンター、終盤の四クラス入り乱れる決戦まで、表面上は綱渡りと混乱の連続でありながら、その裏には綿密な計画と冷静な判断が通底している。他者を駒として切り捨てるのではなく、感情の揺れや信頼関係まで含めて「戦力」として読み切る姿勢に、綾小路という人物の異常なまでの特異性が改めて浮かび上がった。

その一方で、綾小路の計算の外側から殴り込んでくる存在として描かれるのが龍園である。暴力性と大胆さだけでなく、「優位に立った人間は語りたくなり、その瞬間に隙が生まれる」という人間の弱さを理解したうえで利用するしたたかさがあり、口数の多さすら戦力に変えているのが興味深い。試験序盤の奇襲から最終局面での綾小路との直接対決まで、龍園は綾小路とはまったく異なるベクトルの恐ろしさと魅力を発揮し続けた。綾小路にとって「唯一読み切れないノイズ」としての龍園の位置付けは、本巻でも健在であると強く感じた。

終盤、フィールドが極端に狭まり、各クラスのVIPが一点に集約されていく中で、綾小路は戦局を「調整」する存在として動き続ける。AクラスのVIP情報を意図的に流して戦場をかき回し、C・D同盟を組ませたうえで、自らは単身でAクラス陣営へ突入し、時間切れルールを逆手に取って敵を大量アウトに追い込む。結果だけを見れば目まぐるしい撃ち合いの応酬だが、その裏側にあるのは「自分は退学を引き受ける」と宣言したうえで盤面全体を見続ける視点であり、その冷徹さと自己犠牲のバランスが印象に残った。

そんな激しい試験の決着が見えたところで、「サバイバルゲーム特別試験の終了」と「本当の無人島特別試験の開始」が告げられる構成も巧みである。無人島編が終わったと思わせてから、信頼と裏切りをテーマにしたさらに厳しい試験が続くという宣言は、読者の緊張をほどくどころか、むしろ次巻への不安と期待を強く掻き立てた。3年生編の夏が総まとめのようでありながら、まだこの先に大きな山場が控えているのだと知らされた気分である。

刊行ペースが今後やや落ちるという告知については、これまでの異常なスピードを思えば、ようやく「安心して待てる」段階に入ったというのが正直なところだ。今回の無人島編だけでも情報量とドラマの密度は十分であり、このレベルのクオリティを維持するために時間をかけてくれるなら、読者としてはむしろ歓迎したい。

試験の緊張感、仲間同士の関係性の変化、敵対する者たちとの読み合い。そのすべてが詰め込まれた一冊であり、無人島の暑さ以上に物語そのものの熱が強く残る巻であった。次の「本当の」特別試験がどのような決着へ向かうのか、今度は焦りではなく静かな期待を持って待てる一冊だったと感じている。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

綾小路清隆

Cクラスに所属する男子生徒である。冷静な思考と観察力で状況を整理し、特別試験の戦略構築と最終調整を担う立場にいた。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の生徒である。無人島サバイバルゲーム特別試験では護衛として前線にも立ち、同時にクラス全体の実質的な指揮役を務めた。

・物語内での具体的な行動や成果
 退学ペナルティを自ら引き受けると宣言してクラスの不安を抑えた。Cクラス奇襲を受けた後も撤退と再編を指示し、Dクラスとの同盟構築を主導した。Aクラスキャンプへの時間切れ寸前の突入で、時間外発砲を誘発して複数名をアウトにし、最終日には単身でBクラス陣営に揺さぶりをかけた。終盤では龍園や伊吹と交戦し、龍園との相打ちに持ち込んだ。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Cクラスは半壊したが、同盟形成や戦局調整により最終的に二位確保の流れを作った。クラス内外から戦略面で大きな影響力を持つ存在として見られていることが示された。

椎名ひより

Bクラスに所属する女子生徒である。穏やかな性格であり、龍園に協力しつつも物語の構造や結末について冷静な視点を持つ立場であった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Bクラス所属の生徒である。龍園の陣営に属し、クラス内で情報や助言を行う立場にいた。

・物語内での具体的な行動や成果
 夕焼けの記憶として綾小路への想いを抱きながらも、試験では彼を倒す覚悟を固めた。龍園に対して、物語の始まりと結末に関する比喩を用いて今後の展開を語り、良い方向にも悪い方向にも転ぶ可能性を指摘した。龍園がどのような選択をしてもそれに従う姿勢を言葉で示した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 龍園に対して強い信頼と忠誠に近い態度を見せたことが描かれた。Bクラスにおいて、龍園の思考や決断に影響を与える発言役として位置付けられていることが示された。

龍園翔

Bクラスを率いる男子生徒である。攻撃的な思考と統率力を持ち、綾小路を最大の脅威と見なして早期に叩く方針を取る立場であった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Bクラス所属であり、クラスのリーダーである。無人島特別試験ではBクラスの作戦立案と指揮を担当した。

・物語内での具体的な行動や成果
 開幕直後から全体GPS停止戦術と奇襲を組み合わせ、Cクラスを半壊に追い込んだ。Bクラスの本隊を本部周辺に配置し、物資イベントを押さえることで他クラスに物資差をつけた。終盤ではAクラスやCD同盟との三つ巴の戦場で指揮を執り、生存戦を意識した行動を続けた。最後は伊吹と共に綾小路と交戦し、砂浜でペイント弾の相打ちとなった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 奇襲成功により一時は大きな優位を得たが、高円寺との戦闘で護衛を多数失い、C・D同盟の形成も招いた。最終的にクラス順位は三位となり、綾小路への読みの甘さを認める場面が描かれた。

堀北鈴音

Aクラスを率いる女子生徒である。理知的な判断を行いながらも、綾小路に対する感情や信頼の揺れを抱えた立場にあった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Aクラス所属であり、クラスのリーダーである。無人島特別試験では陣地選択と戦闘方針の最終判断を担った。

・物語内での具体的な行動や成果
 北エリアへの脱出や物資回収の優先順位を決め、早期損耗を避けるディフェンシブな戦略を採用した。Bクラスとの決戦地点を選び、挟撃の危険を踏まえつつE9方面への前進を決断した。綾小路の単独奇襲に対しては、時間切れ後の発砲がルール違反となることを見抜き、自陣のアウト処理を受け入れた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Aクラスは最終的に最下位となり、VIP三名全員を失った。堀北は綾小路に対する信頼と疑念が入り混じる状態となり、彼との関係や感情が今後の課題として残された。

一之瀬帆波

Dクラスを率いる女子生徒である。温和な人柄でありながら全体の戦局を俯瞰し、Cクラスとの同盟構想を早期から考えていた。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Dクラス所属であり、クラスのリーダーである。無人島特別試験では全体方針の策定と最終判断を担当した。

・物語内での具体的な行動や成果
 序盤からCクラスとの接触時には先に撃たないよう仲間に伝え、同盟の可能性を残した。龍園クラスのGPS停止戦術にいち早く気付き、Cクラスへの奇襲を予測したが、ルール上直接警告できずに試験を見守った。Cクラスと合流した後は、指揮権を綾小路に一任する方針を神崎に伝え、CD連合の形成を後押しした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Dクラスは最終的に一位となり、同盟構想と慎重な戦術の有効性が結果として示された。Cクラスから見ても、信頼できる協力相手として位置付けられている。

神崎

Dクラスの男子生徒である。落ち着いた性格で、Cクラスとの交渉窓口および連合側リーダー格として行動した。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Dクラス所属の生徒である。CD連合では現場の指揮と情報共有の中心を担った。

・物語内での具体的な行動や成果
 外周マスの使用禁止情報から、最終的に中央へ押し込まれる構図を読み取った。綾小路や橋本と対面した際には、最初は警戒を崩さなかったが、一之瀬の意図を踏まえて銃を下ろし、話し合いに応じた。連合形成後は、体調不良者への早期リタイア提案など、戦力温存の判断を任されていた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 CD連合において綾小路と並ぶ意思決定役となり、Dクラス側の信頼と発言権を保持した。試験結果により、連合の中心人物として評価される立場になった。

島崎

Cクラスの男子生徒である。思考に集中することを得意とし、司令官役としてGPS情報と戦術コマンドを扱った。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の生徒である。無人島特別試験では司令官役を務めた。

・物語内での具体的な行動や成果
 三年生特別試験のルール説明を受けた後、自ら司令官に立候補した。タブレット機能を使い、各クラスの位置の記録や、高円寺の位置へのタグ付けなどを行った。全体GPS停止中の不自然な静止に気付けず、Cクラスが龍園の奇襲を受ける一因となったが、その後も報告役として動き続け、綾小路の指示に従って戦況把握を行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 司令官としての経験を通じて、情報処理と戦術理解の面で課題と成長の余地が示された。クラスからは、綾小路の補佐役として認識されている。

白石

Cクラスの女子生徒である。観察力と報告能力に優れ、司令官と現場をつなぐ情報係として機能した。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の生徒である。無人島特別試験では、VIPと司令官をつなぐ連絡役として動いた。

・物語内での具体的な行動や成果
 腕時計やタブレットの仕様把握に関わり、戦術使用中はGPS情報が消えることを綾小路に伝えた。奇襲後も島崎との通信窓口となり、各クラスの位置やイベント状況を継続して報告した。夜には綾小路から指揮への不安点を問われ、迷いのない信頼を言葉にしたことで、彼に違和感と警戒を抱かせるきっかけにもなった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 その言動から、過去の経緯や他クラスとのつながりを含む、未知の背景を持つ可能性が示唆された。Cクラス内では、情報伝達と司令官補佐の重要な役割を担っている。

橋本

Cクラスの男子生徒である。前線のまとめ役として振る舞い、綾小路の意図をクラスメイトに伝える役割を担った。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の生徒である。護衛として戦闘にも参加し、場面ごとに指揮代行を務めた。

・物語内での具体的な行動や成果
 奇襲時には殿役の鬼頭と連携して撤退を支え、その後の隊列再編でも前列中心の配置を担当した。再編後はCD連合の説明役を引き受け、同盟の必要性をクラスに伝えて合意を取り付けた。終盤では平田と一騎打ちの撃ち合いを行い、わずかな差でアウトとなったが、心理戦を交えた戦闘を演じた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 クラス内での信頼が厚く、綾小路の方針を言葉にして周囲へ広げる橋渡し役であることが強調された。

鬼頭

Cクラスの男子生徒である。射撃技術に優れた護衛として描かれ、奇襲からの撤退を支える役割を担った。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の護衛である。前線での撃ち合いに積極的に参加した。

・物語内での具体的な行動や成果
 龍園クラスによる奇襲を受けた際、大木の陰から反撃を行い、多数の敵をアウトにして追撃を一時的に止めた。撤退戦の殿を務め、クラスメイトの離脱に時間を稼いだ末にアウトとなった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 早期に戦線離脱したが、その奮戦がCクラスの生存者を増やす結果につながった。護衛としての実行力が示された人物である。

高円寺六助

Aクラス所属の男子生徒である。強い身体能力と独自の行動方針を持ち、単独で戦場を動き回る立場であった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Aクラス所属の生徒である。無人島特別試験では、司令官とも連絡を取らず単独で行動した。

・物語内での具体的な行動や成果
 Bクラスの物資回収隊と遭遇し、姿を見せない射撃で護衛九名を次々にアウトにした。諸藤がVIPであることを把握したうえで、あえて撃たず物資を持ち帰るよう促し、自身の楽しみを優先して戦場を離れた。船に戻る意志を示し、今後邪魔をしないようBクラスへ警告を行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 単独行動と圧倒的な戦闘力により、A・B両クラスの戦力バランスに大きな影響を与えた。Bクラス側からは、予測困難な存在として警戒されている。

佐藤麻耶

Aクラス所属の女子生徒である。VIP候補の一人として挙げられ、終盤の標的として集中攻撃を受ける立場にあった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Aクラス所属の生徒である。無人島特別試験ではVIPの一人を務めた。

・物語内での具体的な行動や成果
 綾小路がAクラスキャンプを奇襲した際、護衛の動きからVIP候補として特定された三名のうちの一人であった。最終盤の乱戦では、三クラスから銃口を向けられる標的となり、須藤に抱えられて集中砲火から退避させられた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Aクラスで唯一生き残ったVIPとして扱われ、複数クラスの戦術が彼女の位置を軸に動いた。VIPシステムの中核として重要視された存在である。

平田洋介

Aクラスの男子生徒である。穏やかな性格で、クラス内の調整役として機能しつつ、前線指揮も担った。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Aクラス所属の生徒である。無人島特別試験では護衛として戦場に立ち、方針決定にも関わった。

・物語内での具体的な行動や成果
 物資回収と戦闘のバランスを考え、早期の損耗を避ける方針を堀北と共に確認した。最終盤ではCD同盟側の橋本と一騎打ちとなり、残弾の少ない状態から読み合いの末に先に命中弾を与えて勝利した。戦闘後にはトリガーを引き続けることを避け、橋本に背を向けて戦場支援へ向かった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Aクラス内での信頼は維持されており、戦闘面でも落ち着いた判断を見せた。今後もクラスのまとめ役として機能することが示唆されている。

須藤

Aクラスの男子生徒である。高い身体能力を持つ前衛として、近距離戦で大きな役割を果たした。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Aクラス所属の生徒である。無人島特別試験では護衛として主に前線で戦った。

・物語内での具体的な行動や成果
 最終盤の乱戦で、集中砲火の対象となった佐藤を抱き寄せて守り、弾痕の位置から敵が事前にVIP情報を得ていると察した。その後、自ら敵陣へ飛び込み、佐藤を逃がすための時間を稼ぐ戦いを行った。綾小路の奇襲の危険性も理解し、自身も一歩間違えばアウトであったことを後に振り返った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Aクラスの主力戦力として位置付けられ、VIP防衛の象徴的存在となった。クラス内での信頼は強固であることが描かれている。

伊吹澪

Bクラスの女子生徒である。高い戦闘能力と負けず嫌いな気質を持ち、個人勝負にこだわる姿勢が描かれた。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Bクラス所属の護衛である。龍園陣営の主力戦力の一人である。

・物語内での具体的な行動や成果
 最終決戦の場で、龍園と山下と共に綾小路の前に現れ、自ら勝負を申し出た。素早い動きとサブマシンガンで攻め続けたが、綾小路の射線管理により脚を撃たれてアウトとなった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 決戦で敗れたものの、個人戦力としての高さが再確認された。龍園陣営における重要な前衛であることに変化はない。

葛城康平

Bクラスの男子生徒である。理性的な参謀役として龍園の判断を補い、リスク管理を担当した。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Bクラス所属の生徒である。クラスの戦術面で助言を行う立場にいる。

・物語内での具体的な行動や成果
 Cクラス半壊後の追撃について、綾小路を仕留め損ねた状態での深追いは危険であると指摘し、龍園に追撃中止を進言した。高円寺との戦闘で護衛九名を失った事実を整理し、諸藤が生還した点のみを最小限の収穫として挙げた。CD同盟成立後には、人数差と戦力差の分析を行い、Aクラスとの同盟案が非現実的であることを論じた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 龍園の感情的な選択を抑える役割を果たし、Bクラスの現実的な状況把握に貢献した。クラスの参謀格としての位置付けが明確である。

真嶋

教師であり、三年生特別試験の運営と監督を担当した人物である。生徒たちにルールとペナルティを伝える役割を担った。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校の教員である。三年生サバイバルゲーム特別試験の担当教諭である。

・物語内での具体的な行動や成果
 無人島特別試験の概要や役職、退学ペナルティ、重大違反の内容を生徒たちに説明した。綾小路が退学枠を引き受けると申し出た際、現時点では公式に確定できないとしつつ、その考えを教師として受け止めた。試験終了時にはサバイバルゲーム特別試験の終わりと、新たな無人島特別試験の開始を宣言した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 試験全体の進行役として機能し、生徒たちに対する警告とルール管理を一貫して行った。教師側の緊張感や次の試験への布石を示す存在である。

竹本

Cクラスの男子生徒である。VIP役を務め、一部行動では少人数隊を率いる場面もあった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の生徒である。無人島特別試験ではVIPを担当した。

・物語内での具体的な行動や成果
 イベント物資回収では、橋本や護衛四名を伴ってDM方面へ向かう隊の中心となった。終盤にはH10周辺の拠点移動や物資回収に関わり、綾小路から司令官への指示伝達役を任される場面もあった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 VIPとして最後まで残り、Cクラスの生存条件を維持する役割を果たした。司令官との連携と現場行動の両面で重要な位置にいたことが描かれた。

展開まとめ

椎名ひよりの独白

夕焼けの記憶と踏み出せなかった想い
椎名ひよりは潮風に当たりながら、綾小路と校舎前で過ごした夕焼けの情景を思い返していた。それは彼女にとってかけがえのない記憶であったが、好きですという言葉だけは伝えられないまま終わった。ひよりは、それが正しい選択であったと理解していた。二人はクラスの違う敵同士であり、関係が深まれば試験の勝敗に影響をもたらす可能性があったためである。

特別試験への覚悟と苦悩
ひよりは今回の特別試験を前に、大きな覚悟をもって綾小路を倒すと心に決めていた。綾小路に負けをつけさせるという決断は、彼女にとって活路と死路の両方を孕む選択であった。そのために自分が何をし、何ができるのかを必死に考えていたが、その胸には自然と切なさが込み上げていた。

敗北の予感と別れの想い
ひよりは自分がクラスの役に立てず、最後の勝負にも敗れるだろうと悟っていた。そして龍園と綾小路の両方に対し、情けない自分を赦してほしいと心の中で詫びていた。それでも綾小路への想いが変わることはないと確信し、遠く離れても気持ちは揺らがないと静かに誓った。

汽笛が響くまで続いた孤独な決意
広い海を前に一人立ち尽くし、ひよりは終わりを告げる汽笛が鳴る瞬間まで誰もいない世界を見つめ続けた。そこには、別れを受け入れながらも綾小路への想いを抱き続ける、彼女の静かな孤独があった。

開幕・サバイバルゲーム特別試験

無人島到着と三年生の状況
6月下旬早朝、全学年を乗せた客船が昨年と同じ無人島へ到着しつつあり、三年生は三年連続の無人島試験を前にした。語り手と橋本は船内カフェで眠気や受験への影響を愚痴りつつ、三年生だけに新型体操服への着替えと私物放棄が義務付けられている状況を受け止めていた。上陸後、整備が進んだ浜辺に集められた三年生は、段ボールの山と担任たちを前に、三年のみで試験が開始されることを察した。

特別試験の概要と役職ルール
配布されたルールブックにより、最大三泊四日で行われるペイント銃を用いた無人島サバイバルゲームであることが説明された。各クラスは司令官、VIP、護衛、分析官、偵察官に生徒を割り当て、VIPと護衛の生存数に応じた得点で競う形式であった。司令官はタブレットで味方の位置把握や戦術行使を行い、VIPは倒されればクラス敗北に直結する存在として位置付けられていた。

イベントとエリア制限の仕組み
試験時間は毎日9時から18時までと定められ、一定時刻ごとに物資箱が出現するイベントや、二日目以降に使用禁止エリアが順次追加される仕組みが設けられていた。禁止エリアに留まり続ければ強制アウトとなるうえ、夜間はGPS更新が停止し前日の滞在エリアから再開する必要があり、最終局面に向けた位置取りが重要になると語り手は理解した。

退学リスクとクラス側の選択肢
最初に全滅したクラスは退学者を一人選定しなければならず、プロテクトポイント保有者を選べば退学回避が可能であることも明示された。これにより、各クラスには犠牲を最小限に抑える逃げ道が用意されている一方、消極策ばかり取れば引き分けからのサドンデスという運任せに陥るため、どこかで交戦を避けられないと語り手は分析した。

ペイント銃・腕時計の仕様と禁止事項
真嶋や企業担当の岸波から、試作ペイント銃とセンサー付き体操服・腕時計の仕様が説明された。銃種ごとの射程や装弾数、弾数制限と物資箱での補充、環境負荷のない塗料が示され、誤作動時の救済措置も用意されていた。一方で、腕時計の取り外しやルール外の暴力行為、アウト判定後の攻撃継続、試験時間外の交戦などは重いペナルティや退学の対象とされ、不正行為は断固として処罰される方針が強調された。

初期位置抽選とCクラスの方針
腕時計の機能説明と体調不良時のリタイア手順が示された後、各クラス代表が無人島四か所から初期位置を決めるくじを引くことになり、Cクラスでは真田が代表として選ばれた。語り手と橋本は、互いに漁夫の利を狙いたくなるルールであるがゆえに、まずは他クラスと距離を取り様子見をしつつ戦況をうかがう必要があると判断していた。

スタート位置決定と初期物資の確認
くじ引きの結果、CクラスはE12からのスタートが決定した。端のエリアを取れなかったことを真田が謝罪したが、綾小路は不可避の結果として気にしないよう伝えた。続いてクラスごとの初期物資の説明が行われ、段ボールを開けると、人数分×2個のブロック栄養食と水だけという極端に少ない食料が確認された。これにより、イベント物資に頼らない限り食料が持たないことが判明し、イベント参加が半ば強制される構造であると悟られた。

食料不足がもたらす戦略議論
白石は、戦わなければペイント弾は減らない一方で、食料問題だけは逃れられないと指摘した。これを受けて杉尾は、開始直後にAクラスを避けて山越えし、北東エリアのイベントを独占する案を提案した。しかし島崎は、他クラスも同様の発想をする可能性や、イベント出現位置の不確実性を挙げて反対した。山越えに伴う体力消耗や遭遇リスクも含め、どの選択にも大きな不確定要素があるため、綾小路は現時点で明確な正解を出すことは不可能と判断し、いったん議論を保留してリーダーである自分の判断に委ねる流れとした。

生活物資・テント・武器配分の方針
次の段ボールからは地図や筆記具、歯ブラシや生理用品といった小物が見つかり、これらは回収を条件に無制限に持ち出し可能と説明された。さらにテントがサイズ別に多数用意されており、綾小路は快適さと機動力の両立を考え、多人数用と少人数用を組み合わせて持ち出すべきだと判断した。戦闘用物資としてはアサルトライフル二十丁、サブマシンガン十丁、ショットガン十丁、ハンドガン二丁が用意されており、護衛の人数分は行き渡る構成であった。森下から分析官をゼロにして武器を多く持ち出す案も出たが、後の役職変更時の管理負担や余剰武器の扱いを考慮し、綾小路は「荷物は増やさない」として余計な武器を持たず、必要なものはイベントで補う方針を取った。

退学ペナルティと綾小路の自己犠牲宣言
物資の担当を振り分けた後、綾小路はクラスメイトを集め、全滅時に発生する退学ペナルティについて事前に決めておきたいと切り出した。Cクラスにはプロテクトポイント保持者がいないため、全滅すれば誰かが必ず退学になるという事実が確認され、的場や真田は、事前確定は重すぎる判断ではないかと懸念を示した。森下と橋本のやり取りの中で冗談めかして橋本を犠牲にする案も出たが、綾小路は最終的に、自分が退学枠を引き受けると宣言した。新参者であり、クラスを勝たせるために編入した自分が敗北の責任を取るのが筋であると説明し、クラスの不安を抑える意図を明かした。真嶋はルール上、現時点で公式に確定させることはできないとしつつも、その考えを教師として受け止める姿勢を見せた。

役職決定の開始と司令官の重要性
真嶋が説明を締めくくり、生徒だけで30分以内に各役職を決めるよう告げた。時間内に決まらなければ学校側がランダムに割り当てるとされ、判断は生徒に委ねられた。森下は、全体把握と戦術行使を担う司令官が極めて重要であり、最初に決めるべきだと指摘した。田宮はリーダーである綾小路を司令官に推したが、橋本は綾小路の戦闘力を評価し、前線で戦う護衛にすべきだと強く主張した。

綾小路の役職方針と司令官候補の不在
綾小路は、VIP・分析官・偵察官は候補から外し、司令官か護衛のいずれかに就く方針を内心で固めていた。司令官は全生徒の位置把握と戦術行使が可能で魅力的であったが、Cクラスには身体能力に優れた生徒が少なく、指示だけでは勝てないと判断した。そのため自らは護衛を希望し、司令官には別の適任者が必要と考えた。候補として森下を思い浮かべたものの、森下は護衛として参加したいとし、司令官就任を明確に拒否した。

島崎の立候補と役職割り当て完了
司令官候補に悩む綾小路の前に、島崎が自ら司令官に立候補した。島崎は無人島を動き回るより思考に集中する方が戦力になれると述べ、綾小路も頭脳面を評価して申し出を受け入れた。その際、司令官の結果責任は一任した自分が負うと明言し、島崎の重圧を和らげた。その後、VIPには竹本・白石・西川が立候補して就任し、分析官には真田と中島、偵察官には塚地が選ばれ、残りは護衛として配置された。

司令官への情報伝達方針と出発準備
役職決定後、綾小路は出発前に島崎へ、他クラス司令官の表情の変化やGPSの違和感など、些細な異変も報告するよう求めた。島崎は情報過多による混乱を懸念したが、綾小路は報告窓口を白石1人に限定することでノイズを抑える方針を示し、島崎も最終的に同意した。その上で、本部到着後に確認してほしい事項も伝えた。最後に生徒たちは安全確保のためゴーグルを装着し、ジャージ着用でもセンサー判定は有効であることなど、装備と安全面のルールを再確認して試験開始に備えた。

奇襲

北上方針と司令官からの報告

綾小路は、退学を引き受ける覚悟を示したことでクラスの信頼を得ており、開幕と同時に北上してG8を最初に越える方針を示した。CクラスはE12から北を目指し、龍園クラスと堀北クラスに挟まれた状況から抜け出そうとした。移動開始直後、島崎からVIP西川を通じて各クラスの司令官が松下、金田、一之瀬であると伝えられた。その後のGPS更新で、AクラスとBクラスはいずれも北へ直進し、Dクラスは東へ距離を取る方針を選んだことが判明した。

交戦リスクと一時待機への転換

AクラスとBクラスが即時交戦を避けていると分かったものの、G8付近での先行争いは三つ巴の戦闘を招きかねないと判断された。橋本はペースアップを提案したが、綾小路は移動速度を上げれば相手にも察知され、競争と交戦リスクが高まると退けた。さらに吉田が銃の扱いを知らないまま戦闘に入る危険性を指摘し、森下も同調したため、綾小路は自らも同じ考えだったと明かし、この場で一度足を止めて武器訓練を優先する方針へ修正した。

高円寺の単独行動と戦術の試用

待機中のGPS更新により、Aクラスから一つの反応が外れH9へ単独で向かっていることが判明した。綾小路は高円寺の過去の無人島試験での行動を踏まえ、高円寺が自由を得た状態である可能性を説明しつつも、確証を得るため人物特定の戦術を使うよう白石経由で島崎に依頼した。同時に西川に連絡を試みさせ、司令官とVIPは一対一でしか通話できない仕様であることも確認した。その後、戦術によりH9の護衛が高円寺であると確定し、脅威度の判断材料とした。

情報伝達の指示と隊列の再編成

綾小路は島崎に対し、イベント開始までは三クラスの動向を五分ごとに報告し、その後は状況が落ち着いた段階で小休止に入るよう、西川を通じて伝達した。さらに今後の行動のため、クラス全体の隊列を三分割することを決めた。VIPは前列に白石、中列に作本、後列に西川を配置し、それぞれを中心に護衛を付ける形でグループ化した。前列には橋本、後列には鬼頭を置き、中列に運動面で不安のある生徒を集めることで、一度の奇襲で全滅する事態を避け、離散時にもVIP単位で再合流しやすくする狙いであった。

森下の不満と最終的な隊列確定

森下は自分が中列に配置されたことに不満を示し、自分こそ主力であると主張したが、橋本に軽くいなされ、中列へ戻るしかなかった。森下は山村と自分の扱いを嘆きつつも隊列には従い、最後に白石から島崎へ隊列構成が詳細に共有された。これにより司令官はタブレット上の位置情報と役割を結び付けて指示を出しやすくなり、Cクラスは武器訓練と情報体制を整えた上で、次の行動に移る準備を完了したのである。

ルール確認と他クラスの動き

護衛たちが武器の構え方や持ち方を試行錯誤する中、綾小路は重大ペナルティの内容を確認し、暴行や銃の破壊、虚偽報告などがクラスポイント減少や退学に直結することを理解した。学校は特別試験の品位を損なう行為を決して許さないと読み取り、グレーゾーンを突く戦法は龍園でさえ取れないと判断した。その頃、島崎からの報告でAクラスがG8目前まで進み、高円寺が急速に山側のエリアへ移動していること、BクラスとDクラスは足を止めて話し合いに入ったことが伝わった。

司令官の制約と武器ローテーション策

島崎の追加調査により、司令官同士の接触や私語が禁じられ、タブレットの画面は撮影しても写らないこと、GPSには個別タグでメモを付けられることが判明したため、高円寺の位置には名前が記録された。綾小路はイベント開始後の混戦を見据え、武器の扱い方を集中的に講習すると告げたうえで、戦う自信の薄い護衛から順次VIPに銃を預け、数時間ごとにローテーションさせる策を提示した。VIPに武器を持たせることで敵にVIPを特定されにくくしつつ、誤射防止のためマガジンとチャンバー確認を徹底させ、自ら実演して鳥羽に手順を教えた。

勝利目標と一之瀬クラス同盟案

武器訓練が一段落したところで、鬼頭が本気で1位を狙うのか問うと、綾小路は1位ではなく2位を最終目標にすると明言し、その理由として一之瀬クラスに1位を譲る同盟構想を語り始めた。四クラスで争う試験において、一之瀬クラスと協力関係を結べば敵が実質二クラスに減り、味方が増えると説明したが、元土肥や的場は1位を捨てる形の提案とタイミングに強く反発した。綾小路は即時決定を求めるつもりはないと述べ、この特別試験の結果を踏まえて改めて同盟の是非を議論したいと引き取り、いったん話題を収めた。

奇襲の察知と撤退行動

同盟の話を終えた直後、綾小路は風音に紛れた複数の足音を捉え、他の生徒が油断している中で橋本に声をかけ、全員に今すぐ逃げろと叫んだ。直後、森の奥から敵クラスの怒号とともに大量のペイント弾が降り注ぎ、森重や元土肥をはじめ後方の生徒たちが次々と被弾してパニックに陥った。荷物を拾おうとして撃たれる者も出る中、鬼頭は即座に大木の陰に身を隠して反撃し、腕時計のアラームが鳴るほどの戦果を上げて敵の進撃を一時的に止めた。町田ら男子も続いて遮蔽物から撃ち返し、綾小路は前列の被害が少ないうちに鬼頭たちに殿を任せて撤退を指示し、自ら先頭に立って細い人工の山道を選んでクラスメイトを率いて森の奥へと退いた。

龍園クラスの戦術の看破と消耗した撤退

南東へ逃走した一行はF12に到達したところで、体力限界が近い生徒が増えたため綾小路が速度を落とした。竹本を介した島崎の報告から、タブレット上ではBクラスの位置に動きがなく、全体GPS停止の戦術が使われていたと判明した。綾小路は、龍園が開幕直後に距離を取って油断を誘い、そのうえでGPS停止中に金田の情報を頼りに奇襲を仕掛けたと分析した。奇襲は博打でありながら、最初の数回の停滞と各クラスの様子見を読んだ龍園らしい一手であると評価した。

司令官の限界と被害状況の判明

休憩を取りつつ水分補給を行い、綾小路は全体GPS停止中に誰も動かない不自然さを島崎が見抜けなかったことを内心で課題と捉えた。島崎と竹本のやり取りから、鬼頭が時間稼ぎの末にアウトとなった一方で、矢野・沢田・司城の三名は合流できず単独行動に陥ったと判明した。また六角が撤退時に武器を放棄したため、綾小路は紛失として学校側に回収を依頼し、六角を空いた役職枠に組み込む方針を示した。これらの報告を受けても綾小路は冷静さを崩さず、橋本に生徒の不安を拾うよう指示した。

勝機の維持と今後の方針

橋本の問いかけに対し、綾小路は開幕からの状況悪化を認めつつも、VIPを倒し返せば勝ち目は残ると述べた。龍園クラスとの再交戦を避けるため距離を保つことを最優先とし、油断すれば再び仕掛けられる可能性を警戒した。白石は全滅ペナルティと綾小路退学の危険性を口にしつつも、一緒に勝利を目指す姿勢を示し、綾小路はVIP一人を含む十五名が脱落した現実と、三名が敵に先に発見される危険を整理した。

近藤の単独奇襲と再撤退の開始

橋本と森下が、島崎の見落としの責任について言い合おうとした瞬間、綾小路は音の違和感からBクラス近藤の接近を察知した。綾小路は森下を引き寄せつつ即座に発砲し、近藤の胸部に命中させアウトにした。近藤はリーダーを狙っていたことと龍園の戦略を語り、橋本は不意打ちの見事さを認めた。吉田はBクラスの位置確認を提案したが、白石が戦術使用中はGPS情報が消えていると説明し、綾小路たちは近藤の挑発を背に受けながら、再び南側へ向けて退避行動を続けた。

司令官の制約と一之瀬の違和感

約30分前、金田が戦術でBクラス全員のGPSを停止させた頃、一之瀬はタブレット機能を一通り確認し、他クラスのGPSに任意で名前や役職をメモできると把握していた。司令官同士の会話は禁止され、本部から生徒への直接接触も不可能であり、司令官は無線で自クラスVIPに伝えることだけが許されていた。そのなかで一之瀬は、金田だけが休みなく無線とタブレットを操作し続けていることに違和感を覚えた。視線を交わした際の自然すぎる態度も含め、不自然さとして記憶に刻んだ。

龍園クラスの戦術看破と警告不能の歯がゆさ

一之瀬が自テントに戻りタブレットを確認すると、龍園クラスのGPSが5分前と寸分違わず固定されていると気付き、金田が既にGPS停止戦術を発動したと判断した。最も近くで足を止めている可能性が高いCクラスが標的と察し、島崎に異変を気付かせようと本部内で視界に入る位置に立ち続けるが、島崎はタブレットから顔を上げず、一瞬目が合っても何も反応しなかった。一之瀬はルール違反とDクラスへのペナルティを避けるため警告を断念し、自クラスには初日は交戦回避とイベント優先を指示した。その後のGPS更新でもCクラスはほぼ停止、龍園クラスは完全固定のままであり、一之瀬はCクラスへの奇襲が目前と悟りつつも祈るしかなかった。

奇襲後の被害状況と体制の再編

奇襲後、本部近くのF13まで撤退したCクラスは、白石を通じて島崎からの報告を受けた。Bクラス本隊のGPSはCHエリアからF10へ大きく移動し、はぐれていた3名は不運にもその付近へ向かった結果アウトになったと判明した。さらに、F10南東のエリアに青いGPSが10人分移動しており、綾小路は迷子を迎えに行くためVIPと護衛が動いた可能性と、戦術による個別GPS特定を恐れた結果だと推測した。全体GPS停止は一度きりであり、個別停止を重ねても追跡の継続は難しいと判断し、追撃の危険は低いと結論付けた。地面に座り込んだ一行は、残存がVIP2人、分析官1人、護衛15人の18人と把握し、中島の穴を六角で補って護衛を14人に再編する方針を決めた。綾小路は、距離が開いた時点で安全だと判断して長く立ち止まった自身の油断と慢心が、この半壊状態を招いたと認識していた。

見えないプレッシャー

龍園の奇襲と綾小路対策

特別試験開始から1時間未満で、龍園率いるBクラスの奇襲によりCクラスは半壊状態となった。生徒たちが悔しさや恨みを露わにする中、龍園は長期戦になる前に綾小路を叩くことを狙い、開幕直後から戦術を投じる方針を最初から固めていた。特別試験が続けば続くほど綾小路に思考の時間を与え、有効な戦術運用や他クラスの思考の読み切りを許してしまうと判断し、その前に一気に叩く戦略であった。

追撃中止と山下隊編成

葛城は金田経由の報告として、Bクラス側の被害は3人、Cクラス側は15人がアウトとなり、その中に鬼頭やVIPの西川が含まれていることを伝えた。また、Cクラスから逸れた3人が周辺を彷徨っているため、山下を中心に10人を派遣し、小宮の救出と処理に向かわせる方針が決まった。これは少数で動けばVIP特定の戦術で山下の正体を見抜かれる危険があると龍園が判断したためである。一方で石崎らはCクラスへの追撃を求めたが、龍園は綾小路を仕留め損ねたことを重く見て深追いを拒否し、倍の戦力差をひっくり返されるリスクと罠への警戒を優先した。奇襲が通じた事実と同時に、綾小路にも付け入る隙があると分かったことが龍園にとっての最大の収穫であった。

綾小路の再建策とイベント方針

一方Cクラスは、半壊後に人員整理と再配置を終え、橋本がいつでも動ける体制が整ったと報告した。午前10時からの第1回イベントでは、真田がタブレットで発生位置を読み上げ、橋本たちが地図に書き込んで状況を整理した。Cクラスは近場で安全に狙えるG13とDMの物資を優先し、H9の食料イベントはA・Bクラスとの激突リスクが高いとして見送る方針を取った。綾小路は本隊をG13へ向かわせつつ、VIPの竹本に護衛4人を付けてDMへ向かわせ、司令官との連携で確実に物資を回収する作戦を示した。山村が逸脱や孤立への不安を打ち明けると、綾小路は自分の判断の甘さでクラスが半壊したと認めたうえで、撃てなくてもアウトにならず残り続けることが大きな価値であると説き、山村に生存そのものの重要性を理解させていた。

Aクラスの北上と綾小路への警戒

Aクラスでは、堀北が篠原や松下と連携してイベント位置と各クラスの動きを確認し、H9の物資はBクラスやCクラスとの交戦を招きかねないとして捨てる判断をした。平田も長期戦では早期の損耗が戦略の幅を狭めるとし、北エリアへの脱出と安全な物資回収を優先するディフェンシブな方針に賛同した。池や須藤は、龍園の奇襲によりVIPを含む多数を失った綾小路の敗北に驚きつつも、彼が油断する人物ではないという認識から素直に負けを受け入れられず、同じ条件なら自分たちも同様の結果になったと分析した。高円寺を戦力として期待できない状況を織り込みつつ、点数面でAクラスとBクラスが並び、Cクラスが最下位に落ちた現状を有利と捉えた一方で、堀北と須藤は綾小路が残っている限り安心しきれないと感じていた。二人は、龍園も同じ恐怖を抱いたからこそ深追いを避けたのだと結論づけ、見えないプレッシャーを意識しながらも、北エリアへ向けて不要な交戦を避けつつ物資を確保する方針で歩みを進めていった。

イベント物資と各クラスの動き

CクラスはG13とD14のイベント物資を回収し、ペイント弾や水、米と缶詰、最低限の日用品を得たにとどまった。物資箱は地中に半ば埋められており、食料だけではなく飯盒やライターなど調理手段も併せて確保しなければならないと判明した。Aクラスは交戦を避けて北へ抜け、Bクラスは二手に分かれて遠方を含めて物資を取りに行き、結果として最初のイベントでは各クラスが二か所ずつ物資を確保した。

Bクラスの圧力と物資不足

その後もイベントが続き、Cクラスは計五個の物資を確保したが、弾薬や食料、水はいずれも十分とは言えず、他クラスとの物資差は開き始めていた。龍園率いるBクラスが本部近くに陣取り、G9とG10周辺を押さえ続けたため、Cクラスは本部周辺から東や南にしか動けず、西側や中央の物資はBクラスに奪われていった。この状況に森下や的場らは苛立ちと閉塞感を募らせたが、綾小路は無理な突破は自殺行為であり、相手が攻めてくることも期待しにくいと冷静に分析した。

最後のイベントと綾小路の判断

午後五時の最後のイベントでは、Cクラスが実質狙えるのはD12とI10のみであった。クラス内からは戦力を一か所に集中すべきとの意見が出たが、綾小路は全員で動けば他クラスが安全に物資を回収し、翌日以降の食料不足で自滅すると説明し、二か所同時狙いを決定した。危険度の高いI10には綾小路が単身で向かい、他の生徒は竹本と橋本を中心にD12へ向かう方針となった。その後、綾小路は単独で物資箱を発見し、少量の米と水、パンを確保して無事に合流を果たしたのである。

キャンプ設営とクラスの空気

Cクラスはテントや仮設トイレを設営し、集めた食料と水を全員で公平に分配した。綾小路は、一度に多く摂取するより少量をこまめに摂った方がエネルギー効率が良く、生存日数も伸びると説明し、的場も食料を持ち運ぶ負担を受け入れた。橋本は冗談や過去の失敗談を披露して場を盛り上げ、半壊したクラスの中に残る重苦しさを和らげた。男子テントでは、試験の不利な状況にもかかわらず、くだらない雑談で笑い声が上がるまでには回復していた。

白石との密談と芽生えた疑念

夜、綾小路は白石をテントの外に呼び出し、自分の指揮に不安を感じた点があれば教えてほしいと尋ねた。すると白石は、綾小路は常に一人で考え迷いなく結論を出す人物だと思っていたと語り、不安は一切なく必ず期待に応えてくれると断言した。この揺るぎない信頼に、綾小路は違和感を覚える。奇襲で大きな損害を受けた直後であり、橋本や他の生徒が不安を抱く中、白石だけが綾小路の敗北を疑っていないからである。以前から綾小路を知っていたかのような物言いに、綾小路は坂柳との繋がりなど得体の知れない背景を連想しつつ、白石の言動を記憶に刻んでおくことにした。

巡り合わせ

龍園の早朝の思案と葛城との議論

早朝、龍園翔は地図とGPS情報を見直し、どのクラスをいつ叩くかを検討していた。物資不足はBクラスもCクラスも同様であり、学校側が戦闘を誘導していると理解していた。龍園は綾小路を狙ってCクラスを攻めたいと考えつつも、倒した後にAクラスとDクラスと戦うのは困難だと自覚していた。葛城は奇襲で得た優位を温存し、物資回収を優先すべきと主張し、龍園の綾小路への執着が判断を狂わせかねないと危惧していた。

高円寺の位置とCクラス側の方針確認

午前九時、司令官の島崎から白石にGPS更新の報告が入り、すべての生徒が前日と同じエリア付近に留まっていることが判明した。高円寺六助もD6に残っており、綾小路はリタイアせず無人島を満喫している可能性に違和感を覚えていた。高円寺は司令官とも連絡が取れず、位置情報だけが把握できる状態であるため、綾小路は偶発的な接触や堀北に動かされる可能性を警戒しつつも、イベントまでは待機を基本とする方針を共有した。

Dクラスが知ったフィールド縮小の予兆

午前十一時、Dクラスの神崎は安藤のタブレットに表示された新たな物資位置と、外周マスが使用禁止になる告知を見て戦慄した。外周から段階的に使用禁止エリアが増えれば、最終的に四クラスが中央付近に押し込められ、戦闘を回避できなくなると推測したのである。一之瀬からは自分が全体方針を考えるから目の前のイベントに集中してほしいと連絡が入り、神崎はO14を含む物資回収のために三班に分かれて行動する方針を維持した。

Bクラス物資回収隊と高円寺との遭遇

同じ頃、Bクラスは龍園の指示で二つの物資回収隊と本隊に分かれ、小宮はVIPの諸藤を連れてE9の物資を取りに向かっていた。そこへD6から動き続けている単独のGPS、すなわち高円寺と鉢合わせする可能性が浮上したが、小宮は一人なら問題ないと楽観視し、ショットガンを撃ちながら高円寺を挑発した。その直後、姿の見えない相手から正確なペイント弾による射撃が始まり、小宮、木下、山脇ら護衛たちが次々と被弾してアウトとなった。司令官の金田とも連絡がつかない中、短時間で護衛は全滅し、諸藤だけが取り残された。

高円寺の圧倒的な射撃と去り際の警告

姿を現した高円寺は、挑発的な声と銃声を頼りにこの場所へ来ただけだと語り、無人島試験の勝敗には興味がないと明言した。諸藤が物資を取りに来たことを認めると、高円寺はAクラスとBクラスが敵同士であるにもかかわらず、VIPである諸藤を撃たず、物資を持ち帰るよう告げた。特別試験の結果はどうでもよく、自分にとって重要なのは楽しみであると述べたうえで、今後自分の邪魔をしないよう強い口調で警告し、船へ戻る意志を示してその場を去ろうとした。

使用禁止エリア拡大の分析と綾小路の判断

午前十一時、Cクラスは外周マス全てが使用禁止になった情報を受けて作戦会議を行った。橋本が外側から内側へ順次エリアが狭まる可能性を口にし、森下と綾小路清隆も最終的に密集戦になると見て同意した。サバイバルとサバゲーのどちらが主目的なのかという疑問を抱きつつも、最終盤では位置取りと小さな流れを呼び込んだクラスが勝つと結論づけ、四クラスの動きとVIPの扱いまで含めた複数の展開を綾小路が頭の中で組み立てていった。

G11物資を巡る博打と龍園クラスへの接近

綾小路は逃げ続けても戦闘は避けられないと判断し、クラスをG11の物資回収に向かわせる方針を示した。そこはBクラスと衝突する危険な位置であり、的場は博打だと難色を示したが、綾小路は相手より先に辿り着く必要性を強調した。移動後、CクラスはG1付近で龍園たちのGPSが近いことを確認し、あえて五分待機して相手の動きを探ったうえで、再度待機時間を延長し、最も有利なタイミングで前進する構えを取った。

Bクラスとの撃ち合いとCクラスの敗北

前進開始直後、森の奥からBクラスが先制射撃を仕掛け、Cクラスは距離と遮蔽物の差で劣勢に立たされた。的場の指示で集中的に撃ち返して一人はアウトにしたものの、正確な反撃により前衛から次々と被弾者が出ていった。橋本が陣形の立て直しと後退を指示し、綾小路も損害の大きさから撤退を決断した。退却の途上では森下が山村美紀を庇ったように見える形で被弾し、自らを善良な心が働いた結果だと語ってアウトになり、護衛役として目立った戦果を挙げないまま戦線を離脱した。

敗走後の分析と高円寺の九人撃破

CクラスはH12まで後退し、綾小路、白石、橋本が状況を整理した。橋本は守り側の強さとBクラスの射撃技量に素直な敗北感を吐露し、綾小路は龍園の高圧的な統率が士気と熱量に繋がっていると認めた。白石からの報告で、E9に向かったBクラス十名のうち九人が高円寺六助と交戦してアウトになり、高円寺は無傷で残っていることが判明した。橋本は龍園にとって予想外の損害だと喜んだが、綾小路は勢力バランスへの影響を慎重に考える必要があると受け止めた。

Dクラス同盟再提案と綾小路の受諾

満身創痍の的場が現れ、先日一度打ち切られたDクラスとの同盟の話をこの段階で正式に進めたいと申し出た。Bクラスに押し切られた現状と今後のエリア縮小を踏まえ、Cクラス単独では勝ち残れないと判断したためである。橋本も約五十人規模の連合となる合流案を支持し、綾小路も自らの油断で追い込まれたことを認めたうえで、クラス全体が納得するなら同盟に賭ける価値があると承諾した。橋本はクラスメイトへの説明役を引き受け、意気揚々と皆のもとへ向かった。

山村の違和感と綾小路への問いかけ

その様子を見ていた山村は、的場の再提案を綾小路が意外なほど素直に受け入れたことに違和感を覚え、もっと早く同盟を再検討できたのではないかと遠慮がちに口にした。奇襲後のタイミングで話を戻せていれば森下がアウトにならずに済んだかも知れないという思いを抱え、責めるつもりはないと言いつつも、綾小路が「一度無しにしろと言われていたため言い出せなかった」と答えたことで、山村の表情にはさらに影が落ちていった。

同盟

Cクラスの決断とDクラス接触

Bクラスに敗れたCクラスは、外周縮小の進行を見極めつつ東へ向かい、Dクラスとの合流と同盟成立を目指した。綾小路は、一位を譲ってもDクラスには裏切る利得がなく、信頼崩壊の損失の方が大きいと説明し、両クラスで上位二つを取る方針を示した。クラスは一位放棄への迷いを残しながらも二位確保を妥協点として受け入れ、橋本は不安を抱えつつ交渉役を買って出た。

神崎との交渉と同盟受諾

接触地点で綾小路と橋本は武器を預け、Dクラスの前に出た。神崎らはGPS戦術による伏兵を警戒して銃口を向けたままだったが、綾小路は争意がないことと、両クラスで大部隊となる同盟案を提示した。神崎は一度は拒否を口にしたものの、一之瀬から事前にCクラス接触時は先に撃たないよう言われていたことを明かし、最終的に銃を下ろして仲間を呼び入れ、話し合いに応じた。

一之瀬の構想と準備

少し前、一之瀬はタブレットでCクラスの連敗を見つめつつ、自分が負けさせないと小橋に語っていた。一之瀬は、Cクラスを取り込んだ最大勢力になれば、BクラスもAクラスも攻めにくくなり、互いを三位に落とそうとする争いに向かうと読み、DクラスにはCクラス接触時は先に攻撃しないよう周知していた。

CD連合の形成とDクラスの強み

合流後、警戒心の強いCクラスに対し、Dクラスは穏やかな態度で積極的に話しかけ、普段の学校生活と変わらない距離感で交流を促した。その対等な接し方がCクラスの警戒を急速に和らげ、連合クラスは人数と信頼関係を兼ね備えた集団となる。綾小路は、上位クラスが仕掛けにくくなる一方、どのクラスも漁夫の利を狙うため先に動きにくいと分析した。

夕食時の対話と同盟の真意

夕食で白米を囲む中、神崎は今後の指揮権を一之瀬から綾小路に一任するよう言われていると伝えたうえで、なぜ進級前から得にもならない同盟を提案したのかと問い質した。綾小路は、龍園の奇襲で半数を失った現状では同盟がなければ最下位は避けられず、保険として機能していること、Dクラスが浮上してもCクラスへの悪影響は小さく、堀北や龍園の意識を分散させられる利点があると説明した。さらに、伸びしろの大きいDクラスとならAクラスを射程に捉えられると示し、神崎にも一之瀬と同じ方向を見る覚悟を求めた。

本当の狙い

Bクラスの苦境と龍園の迷い

Bクラスは浜辺のキャンプで朝を迎え、葛城がCクラスとDクラスの密集状況から同盟成立の可能性を報告した。高円寺との戦闘で九人を失った損害と小宮たちの判断ミスも整理され、諸藤が生還したことのみが不幸中の幸いとされた。結果として同盟側は五十人規模に膨れ上がり、人数差は二十人以上に拡大した。石崎はAクラスとの同盟を提案したが、譲歩の価値が乏しく信頼もないため非現実的と退けられ、三日目に同盟を許したことがBクラスにとって厄介な一手になったと結論づけられた。

龍園の思考と椎名の忠誠

龍園は海辺で地図を見つめ、Aクラスへの総力戦か、下位同盟への総攻撃かを思案したが、どの選択も綾小路の想定内に収まり、自らが後手に回っていることに不快感を覚えた。そこへ散歩中の椎名が現れ、物語の構造を暗い冒頭からの再生や贖罪の例として語りつつ、先の展開は良い方向にも悪い方向にも転び得ると警告した。そのうえで椎名は、Bクラスのためになるなら相手や結末を問わず、龍園が迫る非道な選択にも迷わず従うと明言し、龍園は綾小路打倒を勝利と並ぶ渇望として再確認して仲間のもとへ戻った。

同盟側の疲弊と龍園の狙いの分析

一方でCクラスとDクラスの同盟陣営では、三日目に入り物資不足が深刻化し、墨田と南方らに体調不良が出始めた。綾小路は神崎に、護衛なら早期リタイアも選択肢とし、無理をさせないよう伝えるよう指示した。続いて綾小路は、龍園が高円寺の不確定要素を警戒し、AクラスではなくCクラスに奇襲を選んだ理由や、その結果として護衛一人と全体GPS停止の戦術を失った現状を整理した。使用禁止エリアが広がるほど全体GPS停止の価値は増すと見たうえで、龍園は焦って攻めず、エリア縮小で四クラスが近接した局面まで時を待つ守勢を取る可能性が高いと結論づけ、同盟側は当面交戦を避ける方針を維持した。

エリア縮小と綾小路の単独行動計画

午前と午後のイベントで使用禁止エリアは段階的に狭まり、回収が難しい地点ほど食料の比率が高まった。綾小路と神崎は、人数温存を優先し多くの物資を見送る一方で、同盟の拠点をH一〇周辺に移し、竹本たちによるH一〇やJ一二、H一二など最低限の回収に絞る方針を取った。夕刻の更新で生存可能範囲は六掛ける六マスにまで縮小し、AクラスはG八付近へ南下、Bクラスは朝からE一二二付近に留まり続けた。綾小路はG九の物資回収隊に自ら同行し、回収を終えた帰路で竹本に次のGPS更新と同時に自分の個人GPSを停止させるよう司令官へ伝えることを命じたうえで、本隊には戻らず今夜から単独行動に移る意図を示した。

夕方のG8到着と奇襲

堀北たちは夕方、待ち伏せを警戒して遠回りのルートを取り、午後五時二十五分頃にG8へ到着した。BクラスとC・Dクラスが距離を取っているとの報告を受け、G9の物資回収に来ていた八つのGPSが二十五分時点でH10へ戻ったことも確認した。高円寺がBクラスの十人と偶然交戦し九人の護衛を倒してリタイアした経緯を踏まえ、堀北は諸藤が唯一生き残ったVIPであると特定していた。堀北は他クラスより自分たちの安全確保を優先し、近くの八人だけでAクラスを攻めてくる可能性は低いと見て警戒を続けるよう指示し、G9のCクラス生徒が同盟本隊と合流しつつあることを確認したうえで、その場で休息を取る判断を下した。

堀北と軽井沢の本音の会話

テント設営中に本堂のテントが枝で破れる小さなトラブルが起きる一方で、堀北たちは食料も水も乏しいまま三日目の夜を迎え、過酷な状況に疲労を滲ませていた。堀北は軽井沢を人目の少ない場所へ連れ出し、CクラスとDクラスがいつから手を組むことを決めていたのかを問いかけた。特別試験の詳細告知時点では接触が不可能だったことから、堀北は綾小路がクラスを抜けた始業式の時点で一之瀬と接触していた事実を挙げ、水面下での協力関係が早期から始まっていた可能性を探った。軽井沢もその見立てに同意し、両クラスの関係がこれまでより深まっていると認めたうえで、話題を綾小路への感情に切り替え、堀北の動揺から好意を指摘した。さらに軽井沢は、一之瀬も綾小路を好きであり、交際とまではいかないがそれに近い関係に見えると述べたところで、キャンプ地からの騒ぎに気付き会話は中断された。

綾小路の単独突入と時間切れの罠

午後五時五十五分過ぎ、キャンプ地からペイント弾の発砲音が繰り返し聞こえ、堀北と軽井沢は異常を察知して駆け戻った。腹部に被弾した伊集院や背中を撃たれた森、小野寺らの姿から、Aクラスが奇襲を受けていることが判明し、須藤たちが敵を追撃していると知らされる。堀北は武器を手に前進し、仲間たちが大木の裏に追い詰めた標的が綾小路一人であることを宮本から聞かされる。多方向からの包囲により綾小路の退路は断たれ、堀北はリスクに見合わない行動に疑問を抱いたが、判断する間もなく、綾小路が一歩前に出て銃を構えようとした瞬間に本堂の号令で複数の生徒が発砲した。綾小路の右手、右足、脇腹にペイント弾が命中し、腕時計のアラームが鳴ったことで池は綾小路撃破を歓喜したが、堀北は午後六時〇分三十二秒を指す腕時計を確認し、試験終了後の命中は無効であり、時間外に発砲した側がアウトになるルールを指摘した。綾小路はそれを利用していたと認め、午後六時を過ぎてから敵陣に突入し、怒りに駆られたAクラスに発砲させることで、自身はセーフのまま七名をリタイアさせる結果を生んだ。

敵陣でのテント設営とAクラスの動揺

午後七時過ぎ、学校側が到着して綾小路に新たな体操服を支給し、時間外発砲を行った四名が自主申告によりリタイアとなった後もAクラスは騒然としていた。その中で綾小路はAクラスのキャンプ地内に当然のようにテントを設営し、本堂から抗議を受けるが、どこに設置しても自由だと淡々と返した。平田は、時間外の戦闘は禁止であり、不正をすれば綾小路がリタイアになること、翌朝九時には同じエリアからスタートせざるを得ないことを理由に、綾小路を遠ざけるほど逃走しやすくなると説明した。綾小路も朝になれば包囲されることを承知のうえで、無駄な労力を避ける意図を語り、その態度に篠原は敵の檻の中にいる自覚がないと苛立ちをあらわにした。綾小路はそれを否定せずテントの中へ入り、堀北は声をかけられないまま呆然とその背中を見つめるしかなかったのである。

決戦の時

最終日開戦前の状況整理

無人島サバイバルゲーム最終日、各クラスの残存人数はA27名、B24名、C12名、D35名となっていた。北エリアと西エリアの物資を確保したA・Bクラスは被害が少なく、開幕でBクラスに叩かれたCクラスは半壊し、同盟相手のDクラスと共に食料難に陥っていた。朝八時四十分、堀北は撤収を終えて即応体制を整え、使用禁止エリアの拡大で四クラスが至近距離に集まりつつある緊迫した状況を確認した。

綾小路の奇襲の余波とAクラス内部

堀北は本隊帰還と見せかけてAクラスを奇襲し、時間切れギリギリを突いてルール違反アウトを誘発した綾小路の行動を須藤と共に思い返していた。須藤は自分も一歩間違えば池たちと同様にアウトだったと震え、平田はアウトが護衛だけでVIPを守れた点を前向きに評価した。堀北は練習の成果に一定の手応えを感じつつも、元クラスメイトへの不信と動揺を抱えたまま、亡失した信頼の重さを自覚していた。

最終日の戦略確認と陣取りの選択

平田は地図を広げ、使用禁止エリアが中央に寄せられている現状と、十一時以降のさらなる縮小を予測した。堀北はもはや物資はおまけであり、弾薬は十分なので無理な回収は不要と判断し、残る戦術の使いどころは当初の予定から変えないと確認した。そのうえで、西に寄ればBクラス、東に寄れば同盟クラスに当たる位置関係と、南が縮小すれば逃げ場を失う危険を踏まえ、Bクラスとの決戦を見据えてG8からE9への移動方針を受け入れた。

綾小路包囲とルールの制約

興奮した本堂らが綾小路を取り囲もうとしたが、堀北は進路を完全に塞ぐ行為は拘束と見なされ違反になると制止した。クラスメイトたちはわずかな通路だけを残して半包囲の形を取り、堀北はそれで朝九時に正面から撃てると判断した。綾小路はGPSを監視する学校側の存在を踏まえ、進路封鎖が行われれば自ら拘束を訴えるつもりであると冷静に指摘し、これも特別試験のルールを利用した戦い方であると語った。堀北は須藤を送り出せば一騎打ちとなり、敗北時の損失が大きすぎると考え、綾小路が戦わず逃走に全力を注げば数的有利でも止められないと見抜いていた。

Bクラス・同盟クラスの動きと挟撃の危機

午前十時過ぎ、綾小路はAクラスを振り切りH10へ帰還し、竹本と橋本に迎えられた。綾小路はAクラスに緊張感が欠けていた理由を、堀北がプロテクトポイント使用を早期に明言し安心感を与えているためだと推測し、全員が必死な龍園クラスとのモチベーション差を認識したうえで、VIPを連れない少数のCクラス生徒をBクラス側に送り込む危険な指示を出した。その後、使用可能エリアと物資出現マス、午後三時以降の厳しい使用禁止ルールが一気に提示され、生存そのものが困難な終盤戦になることが明らかになった。

三クラスの同時北上とAクラスの決断

正午、G9の物資を確保したAクラスがF9に移動すると、偵察官の西がF10付近でアウトになり、Cクラスが二人を囮に使った可能性が浮上した。続いて松下から、同盟クラスがH10から北西のG9へ向かい、BクラスもE12から北上を始めたとの報告が入り、堀北たちはAクラスを挟み撃ちにする動きだと判断した。園田は逃走やクラス同士の衝突待ちも選択肢と示したが、堀北は三クラス同時交戦を避けるため、E10でBクラスと戦う決断を下した。BクラスがAクラスの動きに合わせて引き返し、同盟クラスが西へ迂回する中、堀北は四クラスの動きが綾小路の指示で組み立てられている可能性に戦慄しつつ、ここからが腕の見せ所であると自らを鼓舞して前進したのである。

最終盤の布陣とAクラスの奇襲

午後1時、物資出現が0となり補給ターンは終了した。AクラスはD11、BクラスはD12、CD同盟はE10に位置し、全クラスが急接近していた。BクラスはAクラスと接触寸前まで北上したが、Aクラスが戦術でGPSを停止させたため所在を見失った。その間にC・Dが前方から近づき、Bクラスは挟撃の危険を察して南へ後退しようとした瞬間、背後からAクラスの奇襲を受けて戦闘に突入した。

VIP佐藤への集中攻撃と須藤の奮戦

背後からの攻撃によりBクラスは劣勢に立たされ、伊吹は堀北への私怨から石崎を盾役にして前線へ突撃した。一方、側面から回り込んだAクラスでは須藤が高い身体能力を生かして次々と敵をアウトにし、倒した中にBクラスのVIPも含まれていると報告された。しかしAクラス側もVIPが倒され、VIPは2対2となった。続いてC・D・Bの三方向から銃口がAクラスのVIPである佐藤に集中し、須藤が身を投げ出して佐藤を抱き寄せ、集中砲火から救い出した。周囲の弾痕から須藤は、戦闘前からBクラスに佐藤がVIPと知られていたと察し、それでも佐藤を逃がさず守るため、自ら敵陣へ飛び出して撃ち合いに挑んだ。

平田と橋本の一騎打ち

別の戦場では、同盟クラスと対峙する平田の隊に橋本が迫り、両者は木々を遮蔽物にしながら近距離で激しい撃ち合いを繰り広げた。互いに残弾が少ない中で心理戦も交錯し、橋本は綾小路の言葉を利用して平田の心を揺さぶろうとした。読み合いの末、同時に飛び出した決め撃ちで平田の弾がわずかに早く命中し、橋本はアウトとなった。平田は銃口を橋本の額に押し付けるほど追い詰めたが、トリガーを引く寸前で思いとどまり、黙って背を向けて別の戦場支援へ向かった。この行為は橋本に深い恐怖として刻まれた。

綾小路によるVIP情報操作と戦局調整

戦術効果が切れた後、司令官の白石は残存146名という荒れた戦況を綾小路に報告した。綾小路は、混戦と混乱によって各クラスの戦力を削り、最終的にはVIPを逃がして全滅だけを避ける方針であると整理していた。彼は三日目夕方にAクラスのキャンプを奇襲した際、護衛たちの動きからVIPが王美雨・佐藤麻耶・幸村輝彦であると特定し、その情報を朝にBクラスへ渡していたため、三クラスがAクラスのVIPだけを執拗に狙う状況が生まれていた。結果としてAクラスはVIPを2人失い、残る佐藤のみが集中攻撃の的となった。さらにFI周辺でBクラス優勢により同盟側の被害が増えているとの報告を受け、綾小路はDクラスVIPを戦術で逃がす準備を指示し、自らもFIへ向かい戦局の「調整」に乗り出したのである。

見せてみろ

Dクラス合流と最終局面の整理

AクラスがVIP三人の脱落によって全員アウトとなり、綾小路のもとに山村、白石、神崎とDクラスのVIP二人が合流した。残りはC・D連合と、龍園・伊吹・山下だけとなり、得点的にDクラス首位、Cクラス二位がほぼ確定していた。綾小路はあえて自分の弾を削り、神崎にマガジンを譲ることで、護衛側に弾を集中させた上で残り時間の勝負に臨む方針を固めた。

龍園との決戦と伊吹撃破

綾小路は別府を伴って前進し、接近してきた龍園一行を誘い出した。伊吹が綾小路への勝負を宣言し、山下を下げた龍園と二対一の形で対峙が始まった。伊吹は素早い機動とサブマシンガンで攻め立てたが、綾小路は距離と遮蔽物、射線を計算し続け、最後は視線と体の向きと銃口の向きをずらすフェイントで出し抜き、伊吹の脚に一発を命中させてアウトに追い込んだ。

砂浜での心理戦とペイント弾による相打ち

伊吹を倒した直後、綾小路は弾切れとなり、龍園に追われて森から遮蔽物のない砂浜へ逃げ込んだ。綾小路は両手を上げて降参を示しつつ、浜辺が相手も無防備にする場であることや、背後から忍び寄るには最適な環境であると説明し、山村が背後に潜んでいる可能性を示して龍園の警戒心を極限まで高めた。龍園が確認のために背後を振り向いた刹那、綾小路は右手に挟んでいた一発の傷ついたペイント弾を全力で投げつけ、自身も銃撃を受けながら龍園の腹部にも命中させ、腕時計の同時アウト判定で相打ちに持ち込んだ。

奇襲の真相と同盟形成の意図

戦いの後、綾小路は龍園に対し、序盤のBクラスによる奇襲をあえて受けたのは、Cクラスを追い込みDクラスと組むしかない状況を作るためだったと明かした。無防備なままDクラスと手を組めば、A・B側が同盟を検討せざるを得なくなると読み、その上でAクラスのVIP特定情報をBクラスに渡して戦局を荒らしたことも語った。龍園は自分が綾小路への執着と読みの甘さで敗北したと認め、今後は本当の意味で一切手加減せず戦うと宣言して去った。

暫定結果と「本当の」無人島特別試験

試験終了後、生徒たちは下船して砂浜に集められ、Aクラス最下位、Bクラス三位、Cクラス二位、Dクラス一位という結果がほぼ確定していると示唆された。橋本や吉田、綾小路は、教師たちの異様な緊張感と未開封の段ボールの搬入から、ただの結果発表ではない何かを察した。やがて真嶋が拡声器でサバイバルゲーム特別試験の終了を告げた直後、無人島特別試験の開始を宣言し、これまでよりはるかに厳しい「信頼」と「裏切り」の戦いの幕開けであることを告げた。

同シリーズ

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フィクション(novel)あいうえお順

小説【ささピー】「佐々木とピーちゃん 12」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は現代日本と異世界が交錯する異世界ファンタジー兼異能バトルを主軸とするライトノベルである。主人公の社畜サラリーマン「佐々木」が、ペットとして飼った小鳥「ピーちゃん」の正体が異世界から転生した賢者であることから、異能力と魔法が絡む事件に巻き込まれていく。
12巻では、異世界の“妖精界”の不手際によって地球上に散らばった“フェアリードロップス”を巡る争奪戦が描かれ、世界に七名いる魔法少女たちも動き出す。魔法少女、超科学勢力、ささピーの面々──多様な勢力が交錯する中で、かつての日常とはかけ離れた混沌が展開される。

主要キャラクター

  • 佐々木:平凡な会社員。ペットショップで鳥を買ったことから人生が激変。ピーちゃんと共に異世界・現代を往復しながら、異能力バトルに巻き込まれる主人公である。
  • ピーちゃん(本名ピエルカルロ):異世界から転生した賢者。文鳥の姿をしており、佐々木のペットとして迎えられたが、その正体は魔法と異能力の使い手。佐々木に魔法を教え、異世界–現代間の往来を可能にするキーキャラクターである。

物語の特徴

本作の魅力は、社畜中年サラリーマンという「凡人」が、ペットの文鳥をきっかけに異世界と現代を股にかけるぶっ飛んだ展開に巻き込まれるという“日常⇔非日常のギャップ”にある。
さらに、ライトノベル的な異世界ファンタジー要素に加えて、異能力バトル、魔法少女、超科学、コメディ、サスペンスといった“多ジャンル混合”を軽快なテンポで描く構成が特徴的である。
12巻ではそのスケールが一段と拡大し、単なる一人と一羽の“逃避行”から、世界規模の争奪戦へと発展しており、既存読者にとっても新鮮な驚きを与える展開となっている。

書籍情報

佐々木とピーちゃん  12 妖精界からの落とし物は、変態! 変態! 大変態! ~長きにわたるアップの末、魔法少女たちが活動を開始するようです
著者:ぶんころり
イラスト:カントク
出版社:KADOKAWA
発売日:2025年11月25日
ISBN:9784046852908

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あらすじ・内容

妖精界の不手際により、地球上に散らばってしまったフェアリードロップス。
世界に七名いる魔法少女たちは、その回収を妖精界からの使者である妖精さんにお願いされて活動しているという。
一見可愛らしい響きのそれらは、しかし、地球人類にしてみれば機械生命体の超科学に勝るとも劣らない代物。
様々な国や組織が我先にと捜索を行っている。
佐々木たちも二人静からの提案をもって、これに倣うことになった。
すると、なかなかどうして上手くいかない。
予期せずフェアリードロップスの作用に当てられて、そのマジカルなパワーにより自らの在り方すら変貌させていく家族ごっこの面々で……?
皆様ご待望のTS回が幕開けとなるシリーズ第十二巻!

佐々木とピーちゃん 12 妖精界からの落とし物は、変態! 変態! 大変態! ~長きにわたるアップの末、魔法少女たちが活動を開始するようです~

感想

フェアリードロップスの捜索が本格化し、家族ごっこの面々がプロパガンダ用アニメの企画と並行して世界各地を巡り始めたところから、今巻の「変態劇場」は動き出したのである。ヨーロッパの寒村で発見されたステッキ型フェアリードロップスに触れた結果、まず佐々木が女児の身体へと変貌し、物語は一気に加速した。単なるギャグでは済まないほどの危険を孕んだ変身であり、ピーちゃんの回復魔法がなければ本当に命を落としていてもおかしくない、という事実がじわじわと恐怖を際立たせている。

火星基地での精密検査の結果、佐々木の肉体が遺伝子レベルで書き換えられ、元の姿に戻れない可能性が高いと告げられるくだりは、笑えるシチュエーションでありながら、読み手の背筋を冷やすシーンであった。この「取り返しのつかなさ」が、以降の変身騒動すべてに影を落とす。続いて星崎がムキムキの美形成人男性へと変貌し、さらに香港での透明フェアリードロップス事件を経て、お隣さんがオオカミへと変身してしまう。表面的には「女児・マッチョ・オオカミ」という出オチ級の並びなのに、その裏には常に「もう戻れないかもしれない」という重さが付きまとい、笑いと恐怖の落差が異様な読後感を生んでいた。

その一方で、作者はこの異常な三人を日常生活へ叩き込んでいく。女児の姿で家事をこなし、スーツを着て出版社に出向く佐々木。マッチョな体でドアの枠に頭をぶつけ続ける星崎。大型犬のように家の中を歩き回り、特大キーボードで会話するオオカミのお隣さん。どれも発想自体はギャグなのに、生活描写が細かく積み重ねられているせいで、「この世界で生きていく」というリアリティが妙に説得力を持って迫ってくる。フェアリードロップスはただのギミックではなく、キャラクターたちの人生そのものを変えてしまう危険物として機能しているのである。

そこに追い打ちをかけるように、ハト型フェアリードロップスによる「正月ボケ」騒動が発生する。ヘリ墜落、横浜中華街での大事故、横須賀基地からのミサイル発射と、スケールだけ見れば完全に終末世界であるにもかかわらず、当事者たちの思考が「怪電波」でパッパラにされていく描写は、笑えるのに笑えない危うさがあった。そんな状況の中で、ついに「魔法中年」が本格的に表の舞台に立ち、「マジカルブラック」としてミサイルを宇宙空間で迎撃し、人命を救う展開は、バカバカしさとカッコよさが同居した本巻のハイライトである。表紙であらかじめ提示されていた「魔法中年が魔法少女に変態する」という悪ふざけが、ここまで物語の中核に食い込んでくるとは思わなかった。

さらに、家族ごっこのアニメ企画と小説投稿サイトでのABテスト、そこから派生する書籍化打診と出版社訪問、異世界側でのトンネル開発と貿易拡大など、日常と仕事と戦いが並行して進んでいく構成も読み応えがあった。地球と異世界、日本の出版社と火星基地、家族ごっこの食卓と戦場が一直線に繋がっていて、「ただの異世界ファンタジー」では到底収まらないスケール感が生まれている。どれも単独で一冊分のネタになりそうなイベントなのに、それらが全部「家族ごっこ」と「フェアリードロップス」という軸で束ねられているのが見事である。

ユーモア面でも、本作らしさは健在どころか加速している。女児化した佐々木とマッチョ化した星崎が、出版社の編集者相手に疑似親子ムーブをやりながら真顔で書籍化の打ち合わせをする場面や、あとがきで作者が自分で仕掛けた悪ふざけをちゃっかり回収してくるノリには、笑うしかなかった。今巻で描かれた「変態」は、単なる一発芸ではなく、「身体が変わっても関係性は続くのか」「元に戻れないかもしれない世界でどう生きるか」というテーマにまで踏み込んでいる。そのうえで、きっちり読者を笑わせに来るサービス精神が、このシリーズ最大の魅力であると改めて感じた。

文鳥の賢者、機械生命体、妖精界、魔法少女、異世界王国、出版社と書籍化、そして女児・マッチョ・オオカミ。要素だけ並べるとカオスの極みなのに、それぞれが物語の中で必然性を持って絡み合うから、ページをめくる手が本当に止まらない。今巻でここまで「変態」をやり切った以上、次は一体どんな形でハードルを超えてくるのか。もはや恐怖すら覚えつつも、次巻でまた常識をぶち壊してくれることを期待せざるを得ない一冊であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

主要キャラクター

佐々木(ササキ)

疲れた会社員として現代日本にいたが、文鳥ピーちゃんと出会い、異能力者として各種騒動に巻き込まれていく中年男性である。家族ごっこと称する共同生活の中心に立ち、周囲の面々をなだめつつも、自身の女児化という異常事態を抱えながら現実的な判断を続ける立場にある。

・所属組織、地位や役職
 内閣府超常現象対策局の元職員である。
 現在は事実上の追放状態であり、機械生命体十二式や異世界勢と行動を共にしている。
 家族ごっこの内部では、保護者役や窓口役を担うことが多い。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップス回収作戦に参加し、ステッキ型フェアリードロップスの発動に巻き込まれて女児の身体に変化した。
 機械生命体の設備や火星基地で検査を受け、変質した肉体の安全性を確認しつつ、今後の治療方針を保留した。
 小説投稿サイトで異世界ファンタジー作品の原案を担当し、高評価と書籍化打診を得る企画の柱となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 肉体が遺伝子レベルで女児化したことで、日常生活や社会的立場に大きな制約を抱える存在となった。
 八人目の魔法少女「マジカルブラック」として回復魔法を行使し、その力が全世界から注目される潜在的な危険要素となっている。
 出版社との交渉では黒須の代理兼保護者の外見的窓口を務め、今後は商人としても異世界と現代をつなぐ役割を期待されている。

ピーちゃん

異世界から転生した賢者であり、文鳥の姿で佐々木の肩に乗る魔法使いである。冷静な助言役として振る舞いながらも、妖精界と袂を分かった過去を持ち、フェアリードロップスの危険性に人一倍警戒している存在である。

・所属組織、地位や役職
 元は異世界の賢者であり、現在は佐々木の相棒である。
 家族ごっこの内側では、医療担当と魔法支援役を兼ねている。
 妖精界とは距離を取りつつも、マジカルピンクや他の魔法少女と情報を共有する立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 佐々木や星崎の肉体変化に対し、回復魔法と診断で健康を維持し、異常の進行を止めた。
 スイスの牛舎で発見したステッキがフェアリードロップスであると見抜き、その危険性を説明した。
 横浜・横須賀でのハト型フェアリードロップス回収作戦では、障壁魔法とビーム砲でバリアを破壊し、決定打を補助した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 回復魔法の効果が病気の寛解や四肢再生にまで及ぶことが判明し、人類社会にとって極めて重要な戦力とみなされつつある。
 キタキツネへの変身で対局偽装を行うなど、姿を変えて前線に立つ柔軟性を示した。
 フェアリードロップスと妖精界の関係を巡る今後の交渉において、情報源としての重要度が高まっている。

黒須(お隣さん)

元は「お隣さん」と呼ばれていた女子中学生であり、現在は魔法少女や悪魔と関わりながら生活する存在である。ラブコメ作品の作者でありつつ、デスゲームや天使・悪魔の抗争の中で、現場感覚に優れた判断を行う立場である。

・所属組織、地位や役職
 中学一年生であり、家族ごっこ内では末娘ポジションに近い立場である。
 小説投稿サイトではラブコメ作品「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」の名義上の作者である。
 フェアリードロップス案件では、デスゲームの勝者として天使・悪魔双方と接点を持つ調停役でもある。

・物語内での具体的な行動や成果
 犬飼の上司との関係構築を目的に那覇基地訪問を提案し、国家権力との衝突を避ける根回しを行った。
 那覇基地上空で隔離空間に巻き込まれ、自衛官の使徒たちと交渉して衝突を回避し、基地外への退避を実現した。
 フェアリードロップスによりタイリクオオカミへ変身した後も、キーボード入力や思考補助によって会話を続け、家族会議に参加した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 オオカミ化により人間社会での活動に制限が生じたが、家族内では象徴的存在として強い発言力を保っている。
 小説投稿サイトでの書籍化打診を複数社から受け、物語企画の中心人物の一人として扱われるようになった。
 妖精界との取引条件に自らの変身解除を組み込むことで、交渉材料としての価値も持つようになった。

星崎

元は女性の警察官であり、現在はムキムキの美形成人男性の身体へ変化した人物である。冷静な判断と行動力を備えつつも、家族内では母親役や保護者役を担い、精神的な支柱となっている。

・所属組織、地位や役職
 元警察官であり、現在は局や家族ごっこに協力する立場である。
 家族内では実務担当と保護者的役回りを兼ねている。
 魔法少女たちとの連携任務では、現場責任者に近い立場で動いている。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップスの影響で身体が男性化したが、ナノマシンと回復魔法の働きで異形化を免れた。
 火星基地での検査を受け、自身の健康状態を確認したうえで、今後の任務継続に同意した。
 出版社との打ち合わせでは、女児姿の佐々木の保護者として交渉の前面に立ち、印税やスケジュールを冷静に確認した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 肉体変化により戦闘能力と耐久力が大きく向上し、前線での行動が現実的になった。
 「可愛げのない娘」と佐々木をからかいながらも、髪を梳かすなど細かなケアを行い、精神面で支える役割を強めている。
 ミサイル迎撃後の政治的処理や局との調整においても、責任を引き受ける覚悟を示す存在となった。

二人静

大財閥の令嬢であり、局のエージェントとしても活動する女性である。冷徹な合理主義と、妙なネット慣れを併せ持ち、情報操作や交渉の場面で前線に立つ調整役である。

・所属組織、地位や役職
 内閣府超常現象対策局の職員であり、大企業一族の一員である。
 家族ごっこの中では資金源と政治的パイプ役を担っている。
 局内でも現場対応と情報整理を一手に引き受ける立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップス案件に関する情報を局に対して意図的に伏せ、家族側の主導権を確保した。
 小説投稿サイトを利用したABテストを提案し、アニメ企画のジャンル選定を市場データに基づいて行う方針を打ち出した。
 ハト型フェアリードロップスの思考撹乱効果を分析し、怪電波のような性質を持つことを整理した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 局の阿久津課長から直接指令を受ける立場となり、公的任務と私的な家族ごっこを両立させている。
 出版社との窓口やスーツのスポンサーを買って出るなど、財力を背景にした支援者としての比重が増している。
 妖精界と機械生命体の対立を緩和するため、条件付き情報隠蔽という危ういバランスを引き受けている。

十二式(末娘)

宇宙から飛来した機械生命体であり、末娘として家族ごっこに参加する高性能AIである。膨大な演算能力と物量を背景に、監視・迎撃・インフラ建設を担いながら、アニメ制作や小説分析にも関わる多機能な存在である。

・所属組織、地位や役職
 宇宙由来の機械生命体であり、人類とは別系統の存在である。
 家族ごっこの中では末娘として扱われているが、実質的には兵器群と情報ネットワークの司令塔である。
 地球各地と小惑星帯に端末を展開し、独自の観測網を持っている。

・物語内での具体的な行動や成果
 地球各地のフェアリードロップス候補をネット情報から抽出し、三件の有力事例を特定した。
 東京都市圏のハトを大量追跡し、ハト型フェアリードロップスの位置を特定したうえで、横浜・横須賀の作戦を支援した。
 ミサイル迎撃では多数の端末を用いて他国ミサイルを無力化し、事実上の地球防衛を単独で達成した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 自作アニメを高品質で完成させ、機械生命体イメージ向上キャンペーンの中核を担う存在となった。
 妖精界に対して「家族を不幸にするなら滅ぼす」と宣言するなど、交渉において極めて強硬な立場を取っている。
 今後予定している妖精界調査部隊の規模を示すことで、抑止力としての影響力を人間側にも認識させている。

アバドン

悪魔の使徒である少年であり、肉塊のような本体を持つ存在である。普段は人間の少年の姿で振る舞うが、戦闘や防御の際には巨大な肉塊として仲間を守る役割を果たす。

・所属組織、地位や役職
 悪魔アバドンの本体と、その使徒としての少年形態を併せ持つ存在である。
 黒須と強い絆を持ち、家族ごっこ内ではパートナー的立場である。
 天使・悪魔の代理戦争において、重要な戦力として扱われている。

・物語内での具体的な行動や成果
 那覇基地上空の隔離空間で、お隣さんをお姫様抱っこで抱えつつ基地上空に留まり、交渉の時間を稼いだ。
 基地内部突入時には肉塊バリケードを形成し、天使ペネムを傷つけずに拘束して交戦を回避した。
 オオカミとなったお隣さんの食事や移動を補助し、生活面の支援も行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 黒須とのラブコメ作品の共同担当として、小説投稿企画でも重要なポジションとなっている。
 自衛隊や天使側からも認識される戦力となり、「交戦禁止対象」として扱われている。
 家族ごっこにおいては、悪魔でありながら保護者的な一面も見せる複雑な立場である。

マジカルピンク(サヨコ)

妖精と契約した魔法少女であり、フェアリードロップス回収の依頼を受けている存在である。戦闘能力と情報収集力を持つが、妖精界との関係や契約内容に不透明さも抱えている。

・所属組織、地位や役職
 妖精界と契約した魔法少女であり、地球側の現場担当である。
 局とは直接の所属関係はないが、佐々木たちと協力関係にある。
 家族ごっこの中では前線要員として位置付けられる。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップスが危険物であると説明し、回収を急ぐ必要性を家族に共有した。
 スイスや香港、横浜など各地でフェアリードロップスの反応を探知し、現地捜索のポイントを示した。
 ハト型フェアリードロップス戦では、マジカルブラックやピーと共に隔離空間内で接近し、最終的な回収成功に寄与した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 妖精界への窓口として、対象の性質や別種フェアリードロップスの情報を持ち込む役割が強まっている。
 妖精界と機械生命体の対立の板挟みとなる立場に置かれつつも、現場優先の姿勢を崩していない。
 家族ごっこ内では、マジカルコスチュームや戦闘スタイルの基準として扱われている。

異世界側の関係者

ルイス

異世界ヘルツ王国の王族であり、かつて帝国へ攻め込んで命を落とした人物である。死亡後も家族ごっこ内では回想や影響として語られ、現在はカートゥーン作品担当として名を連ねている存在である。

・所属組織、地位や役職
 ヘルツ王国王族であり、帝国派との争いに巻き込まれた立場であった。
 家族ごっこ内では、エルザと共にカートゥーン路線作品の担当者とされている。
 異世界側の政治と交易の歴史の中で重要な位置を占める人物である。

・物語内での具体的な行動や成果
 生前は帝国へ攻め込み、意図を悟ったアドニスに未来を託す形で戦死した。
 アニメ企画会議では、カートゥーンジャンルの嗜好を示し、企画の一端を担った。
 その死は、アドニスの王位継承と内乱終結の契機となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 死後は象徴的存在となり、ヘルツ王国の政変と和平の象徴として語られている。
 カートゥーン作品の読者定着率の高さにより、彼の担当ジャンルも一定の評価を得ている。
 異世界側の王族ネットワークを通じて、現代側との交易拡大にも間接的に影響している。

エルザ

ヘルツ王国の血筋を引く少女であり、古代大帝国ムルムルの血を継ぐ存在である。王族と共和国商人の間をつなぐ立場として、地下都市との交渉や交易拡大に深く関わっている。

・所属組織、地位や役職
 ヘルツ王国の有力貴族家の娘であり、ムルムルの血族である。
 地下都市側からは血筋の継承者として厚遇されている。
 家族ごっこではカートゥーン作品の共同担当としても名前が挙がっている。

・物語内での具体的な行動や成果
 地下都市でムルムルと対面し、血族として信頼を得て、トンネル開通後の交易に道を開いた。
 父ミュラー伯爵と共に地下都市を再訪し、古代王国の歴史書を授かることでヘルツ王国の知的資本を強化した。
 アルテリアン地方の発展を視察し、急速な街づくりの現場を確認した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 地下都市の主から保護を約され、将来的な政治的影響力が高まっている。
 ルンゲ共和国商人との橋渡し役として、両国の交易拡大に不可欠な存在となりつつある。
 佐々木の変身事情を知る限られた相手として、秘密保持にも関わっている。

ミュラー伯爵

ヘルツ王国の貴族であり、軍事的実績と政治的信頼を持つ人物である。娘エルザを通じてムルムルと縁を結び、王国と地下都市の関係を安定させている。

・所属組織、地位や役職
 ヘルツ王国の伯爵であり、王都アレストで軍事と政治に関わる立場である。
 地下都市との窓口として、王国側の代表役を務めている。
 家族ごっこから見れば、異世界側の重要カウンターパートである。

・物語内での具体的な行動や成果
 トンネル開通後、アルテリアン地方の防衛や開発を指揮し、王国側の秩序を保った。
 ムルムルとの会談に参加し、その庇護を得て王国の安全保障を強化した。
 佐々木の外見変化についても事情を聞き、一定期間の活動継続を許可した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ムルムルから「血脈を継ぐ息子同然」と評価され、地下都市側からの信頼を獲得した。
 王都とアルテリアン地方の両方で影響力を持ち、開発政策の要となっている。
 佐々木とピーちゃんを通じて、現代地球との経済的な結びつきを拡大している。

ヨーゼフ(ケプラー商会代表)

ルンゲ共和国の大商会ケプラー商会の代表であり、利益追求を重視しつつも長期的な投資判断ができる商人である。トンネル貿易を機会と見て、ヘルツ王国との交易拡大に積極的に動いている。

・所属組織、地位や役職
 ルンゲ共和国ケプラー商会の代表である。
 長老会系商家とのつながりを持つ有力商人である。
 アルテリアン地方開発への投資家でもある。

・物語内での具体的な行動や成果
 地下トンネルを利用した交易路を「大成功」と評価し、今後の物資流入拡大を見込んで投資を増やした。
 ヘルツ王国側の人件費や政情を分析し、リスクを承知の上で商機と判断した。
 佐々木に対し、「商人としての道」を誤らないよう忠告し、富の還元先としてヘルツ王国開発を示した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 トンネル貿易の主導者として、共和国側の対外戦略における重要人物となっている。
 ラングハイム商会の失地を背景に、自らの影響力を長老会内で高めつつある。
 佐々木を異世界と地球をつなぐ商人候補として評価し、その成長に期待を示している。

ムルムル

太古の大帝国ムルムルの皇帝であり、地下都市の主として今も存続している存在である。エルザやミュラー伯爵を血族として迎え、ヘルツ王国と地下都市の関係を保護する役割を担っている。

・所属組織、地位や役職
 古代大帝国ムルムルの皇帝である。
 現在は地下都市の支配者として君臨している。
 ヘルツ王国とルンゲ共和国双方にとって重要な後見人である。

・物語内での具体的な行動や成果
 エルザを血族として歓迎し、ミュラー伯爵を庇護対象と認めた。
 ヘルツ王国と地下都市の関係を安泰とする約束を交わし、歴史書を土産として与えた。
 佐々木の変身事情を知りつつ、秘密保持と引き換えに血族の定期的訪問を求めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 大陸規模の歴史を背負う存在として、異世界側の政治と交易の根底に影響を及ぼしている。
 エルザとミュラー伯爵を通じて現代ヘルツ王国に関わり続けることで、古代帝国の遺産を現在へつなげている。
 佐々木とピーちゃんにとっては、強大だが協調的なパートナーとして位置付けられている。

組織・外部勢力の関係者

犬飼

自衛隊の三等海尉であり、佐々木たちと機械生命体の仲介役となっている人物である。那覇基地を拠点に潜入調査を行い、国家側と家族ごっこの橋渡しを務めている。

・所属組織、地位や役職
 海上自衛隊の三等海尉である。
 那覇航空自衛隊基地に関わる調査任務を担っている。
 家族ごっこの中では、国家権力との窓口役となっている。

・物語内での具体的な行動や成果
 機械生命体十二式に関する情報を上層部へ伝え、自衛隊側の対応を促した。
 黒須らの那覇基地訪問に際し、上官への連絡と礼遇のきっかけを作った。
 帰還後は正式な送還と厚遇を受ける立場となり、家族側の安全保障に貢献した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 機械生命体と接触した数少ない自衛官として、組織内での重要度が上がっている。
 那覇基地司令から厚遇を示され、今後の配置転換や昇進の可能性が示唆されている。
 家族ごっこからは「迎えに行く対象」として扱われ、継続的な関係維持が前提とされている。

阿久津課長

内閣府超常現象対策局の課長であり、二人静や星崎の直属の上司である。現場の詳細を知らされないまま、大枠の指令だけを出す立場に置かれている。

・所属組織、地位や役職
 内閣府超常現象対策局の課長である。
 現場部隊の統括責任者である。
 政治的判断と報告窓口を兼ねる管理職である。

・物語内での具体的な行動や成果
 東京都市圏で多発する「正月ボケ」案件について、二人静に正式な調査指示を出した。
 ハト型フェアリードロップスに関する詳細を知らされないまま、異能力者事案として案件を認識した。
 ミサイル発射を含む一連の騒動を、大規模演習扱いで政治的に処理する流れに組み込まれた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 現場に情報を隠される構図により、表向きの責任だけを負わされる危険な立場になっている。
 家族ごっこ側からは「横取りリスク」の象徴として警戒されつつも、完全な敵とは見なされていない。
 今後、フェアリードロップス案件の実態が表に出た際には、政治的な渦の中心となる可能性が高い。

斎藤(編集者)

大手出版社MARUKAWAの編集者であり、黒須とアバドンのラブコメ作品の書籍化を担当する人物である。ビジネスライクでありながらノリの良い会話を好み、作者との距離を詰めるタイプの編集者である。

・所属組織、地位や役職
 大手出版社MARUKAWAの編集部員である。
 「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」の担当編集である。
 レーベル内で新規作家発掘を任されている立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 小説投稿サイト経由で作品を発見し、「絶対に売れる」と評価して書籍化打診を行った。
 黒須の年齢と保護者の有無を確認し、星崎と佐々木との電話・対面交渉を通じて契約準備を進めた。
 ヘリ墜落という非常事態の直前まで、爪の垢に関する奇妙な会話を受け流しつつ打ち合わせを継続した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 黒須作品の成功如何によって、自身の編集者としての評価が大きく変動する局面に立っている。
 ヘリ墜落事件に巻き込まれたことで、今後の取材や社内評価にも影響が出る可能性がある。
 作者側の異常な環境を知らないまま、通常の商業出版として案件を進めている数少ない一般人である。

インリン(マジカルレッド)

海外拠点の魔法少女であり、マジカルレッドとして活動する人物である。大財閥の令嬢でもあり、父を暗殺して一族を掌握した過去を持つ冷徹な実務家である。

・所属組織、地位や役職
 海外を拠点とする魔法少女マジカルレッドである。
 巨大財閥の現当主である。
 妖精界と直接つながる戦力として、現地フェアリードロップス管理を任されている。

・物語内での具体的な行動や成果
 香港でのフェアリードロップス案件に介入し、自国領内の優先権を主張しつつも、ケンタへの恩義から譲歩した。
 タヌキ妖精と共に、フェアリードロップス三種の性質情報を佐々木たちに提供した。
 書籍化打診後の会合にも姿を見せ、ハト型フェアリードロップスの処理条件として「元に戻す手段」の提示を受け入れた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 父の暗殺で一族を掌握した事実を隠さず語ることで、善悪の枠外に立つ人物像が強調されている。
 フェアリードロップスの引き渡し条件として、佐々木たちの変身解除の成否に関わる立場となった。
 機械生命体十二式からの信頼は得られておらず、家族の聖域への立ち入りを禁じられている。

タヌキ妖精(レッサーパンダ姿の妖精)

レッサーパンダの姿をとる妖精であり、マジカルレッドに同行する存在である。ふわふわした態度でありながら、妖精界との通信経路を持ち、フェアリードロップスの情報を扱う窓口となっている。

・所属組織、地位や役職
 妖精界に属する妖精であり、マジカルレッドのパートナーである。
 フェアリードロップスの管理と調査を担う立場にある。
 妖精界と地球側をつなぐ通信役である。

・物語内での具体的な行動や成果
 佐々木女児化や星崎・黒須の変身に関わるフェアリードロップス三種の性質を調べると約束した。
 姿変化系フェアリードロップスの危険性や、一方通行の変化であることを説明した。
 ハト型フェアリードロップスの処遇に関する取引で、妖精界側の譲歩を引き受ける立場となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 機械生命体から「家族を元に戻す手段」を提供するよう強く迫られ、妖精界全体の命運を背負う交渉役となっている。
 妖精界と人類・機械生命体の三者関係において、中間的なクッション役として期待されている。
 その場しのぎのような口調とは裏腹に、今後の解決策を握る重要な情報源と見なされている。

展開まとめ

〈前巻までのあらすじ〉

文鳥との出会いと異能力者としての転職
佐々木は都内の中小商社で働く疲れた会社員であったが、ペットショップで購入した文鳥ピーちゃんが異世界から転生した賢者であった事実を知った。強力な魔法を授かった佐々木は、国に異能力者と誤認され、内閣府超常現象対策局へ転職することになった。

魔法少女との対立と仲介役への苦悩
佐々木の前に魔法少女を名乗る少女が現れ、異能力者を嫌う彼女との関係調整に苦戦した。佐々木は魔法中年として扱われつつも、彼女との関係を築こうと奔走した。

デスゲームへの巻き込まれと協力関係の成立
悪魔と天使の代理戦争として現代でデスゲームが始まり、アバドン少年が協力を求めて佐々木と二人静は協力を決めた。同時期に巨大ドラゴンが地球へ飛来し、佐々木、星崎、二人静が討伐に成功した。

お隣さんの喪失と軽井沢での新生活
デスゲームで勝利を重ねたお隣さんは保護者と住まいを失い、二人静が身元を引き受けた。生活拠点は軽井沢へ移り、彼女は転校して新生活を開始した。

異世界ヘルツ王国の王位継承問題の決着
異世界ではヘルツ王国で跡目争いが激化。ルイスは帝国へ攻め入って命を落とし、意図を悟ったアドニスが帝国派貴族を倒して王位を継ぎ、内乱は終結した。

宇宙からの機械生命体・十二式の到来
地球には十二式と名乗る機械生命体が飛来し、人類への侵略が一時危惧されたが、星崎に懐いた十二式はバグ調査のため佐々木たちと同行することを選んだ。彼女の提案で家族ごっこが始まり、佐々木らは未確認飛行物体内部で生活することになった。

学校生活とネット炎上騒動
十二式はチヤホヤされる価値に目覚め、お隣さんの学校への入学を希望し、佐々木と二人静も教員として潜入した。宇宙人や悪魔らが在籍する学級で、十二式は塩対応に耐えられず引き籠もりを宣言。二人静主催のPVバトルが展開され、お隣さんとアバドン少年はVチューバーとして成功し、大規模フェスでも暗躍するテロ組織を隠密裏に抑えつつ成功を収めた。

海外での対テロ作戦と生物兵器の危機
功績を重ねた佐々木にはメイソン大佐から声がかかり、海外赴任が決定。接待漬けの環境でありながら単身でテロ組織に対抗し、中国マフィアの従者に収まる事態にもなった。テロ組織壊滅後、生物兵器が起動したが、佐々木と魔法少女たちは協力して都市を救い、その姿がメディアに流出した。

異世界の地下遺跡争奪とトンネル開通
異世界ではトンネル工事中に大量のアンデッドが発生し、太古の大帝国ムルムルの皇帝の遺跡が発見された。ルンゲ共和国やヘルツ王国が争奪する中、ムルムルの血を継ぐエルザが勝利し、開通したトンネルにより両国の交易が開始された。

〈諸国漫遊一〉

帰国の宛てのない日々とプロパガンダ案
母国から追放された佐々木は、年末年始を迎えても課長やメイソン大佐から連絡を受けられず、帰国の目処が立たないまま手持ち無沙汰な日々を過ごしていた。その時間をフェアリードロップス捜索と機械生命体十二式によるプロパガンダに充てる方針が決まり、十二式は家族全員で同じ目標に向かう共同作業としてアニメ制作を提案した。

アニメ制作工程と役割分担の整理
十二式はネットから得た知識をもとに、企画から脚本、設定、絵コンテ以降の工程を説明し、作画や撮影などの実務は自身の演算能力で数秒で処理すると宣言した。その上で、企画と脚本、世界観やキャラクター作りといった作品の根幹部分を佐々木たち人間の役割と位置付け、家族全員に議論と発想への参加を求めた。

ジャンルを巡る家族会議と犬飼の線引き
星崎は刑事物、二人静はSF、お隣さんはファンタジーやラブコメ、ルイスとエルザはカートゥーン、マジカルピンクはかつて好んでいた魔法少女物への言及を見せ、それぞれの嗜好からジャンル案が出された。一方、十二式は犬飼を家族外とみなし、家族会議への参加権を認めず、犬飼はそれを静かに受け入れた。議論は白熱するものの決め手を欠き、星崎がジャンルを混ぜる案を口にしたことで、まずは複数案をすべて試す方向性が示された。

小説投稿サイトを使ったABテスト案
二人静は小説投稿サイトを利用し、まず小説として各ジャンル案の導入部を書いて投稿し、読者の反応とランキングで需要を測る方法を提案した。十二式は家族の会話をすべてデータとして記録していると明かし、その発言をもとに執筆を自動化できると説明した。これにより、出たとこ勝負ではなく市場の反応を踏まえて脚本を固める方針が決まった。

チーム分けと執筆体制の確立
家族会議の結果、各ジャンルは提案者ごとの担当制となり、佐々木とピーちゃんがファンタジー、お隣さんとアバドン少年がラブコメ、星崎と十二式が刑事物、二人静とマジカルピンクがSF、エルザとルイスがカートゥーンを受け持つことになった。十二式が執筆を担当し、各チームの議論内容を反映した小説がその日のうちに完成した。

投稿作品のタイトルと運用方針
夕食時、小説投稿サイトへの初回投稿が行われ、ラブコメは「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」、刑事物は「アストロ刑事〜相棒は地球外生命体〜」、SFは「前世は地球人だった宇宙人、左遷された辺境惑星(地球)で現地住民にチヤホヤされて有頂天」、カートゥーンは「ハッピー・スペースシップ」、ファンタジーは「異世界に迷い込んだ宇宙人が持ち前の超科学で無双するようです」と題された。以後は全チームが同一の時間帯に連載更新を続け、PVや評価ポイントを指標に、どの企画をアニメ化の本命とするか見極めていく方針が定められたのである。

投稿初日の結果とサイト事情の確認
翌朝、佐々木たちはコタツで朝食を取りながら、小説投稿サイトの途中経過を確認した。どの作品もPVは二桁程度で、唯一ファンタジーだけが三桁に届いていた。二人静は新着作品紹介ページや検索流入の仕組みを説明し、五万〜十万文字ほど連載を続けなければ正確な評価は得られないと述べ、自身の妙なサイト慣れを星崎から突っ込まれてはぐらかした。

フェアリードロップス調査の進捗と祖母と孫の温度差
アニメ企画の目処が立ったため、二人静は約束通りフェアリードロップス捜索への協力を十二式に求めた。十二式は既にネット上の怪異・未解決事件情報を解析し、地球各地に小型ポッドを派遣して三件の有力事例を九割方フェアリードロップスと断定したと報告した。家族からはその手際に賞賛が送られるが、二人静だけは成果が出てから褒めると突き放し、相変わらず祖母と孫の温度差が際立った。

冬休み終盤と下艦・通学組の調整
二人静とマジカルピンクが現地調査に出ようとしたところで、佐々木は犬飼の下艦予定と、お隣さんとアバドンの新学期準備を思い出させた。冬休みの宿題が手付かずであることをアバドンに指摘され、お隣さんは渋々帰還と支度を承諾した。星崎も妹と会うため下艦を選び、十二式は本心では姉と一緒にいたいと述べつつも、中等教育の重要性を理由に送迎役を引き受ける決意を示した。

三件の異常事案と最初の目的地選定
十二式が示した三件の候補は、人口三千規模の欧州の寒村で半年の間に八人が失踪しながら報道もされない事案、南米で遺伝子異常では説明しにくい奇形かつ凶暴な動物が多発して軍が隠蔽している事案、そして東アジア沿岸部で本来いない動物が相次いで現れ、行方不明者と立ち入り禁止区域が出ている事案であった。マジカルピンクは妖精から危険物としてフェアリードロップスの回収を頼まれていた経緯と、マジカルフィールドに溜め込んだままになっている現状を説明し、その危険性が改めて共有された。

欧州行き調査と出発
軍隊との正面衝突を避けたいという佐々木と二人静の意見から、まずは観光客を装いやすい欧州の失踪事件の村を最初の目的地とする方針が決まった。朝食を終えた一行は、下艦して日常へ戻る組と、十二式の飛行物体に乗ってフェアリードロップス捜索に向かう組に分かれ、それぞれの目的地へ出発したのである。

お隣さんの帰国と自衛隊基地訪問の決断
お隣さんは擬態でジェット機風に変形した機械生命体の末端に乗り、アバドンや星崎・犬飼と共に母国へ帰還していた。軽井沢に直接戻る予定だったが、自衛隊の犬飼の上司に挨拶して関係を作っておくべきだと判断し、犬飼の那覇航空自衛隊基地への帰還を優先するよう十二式に依頼した。天使・悪魔と国家権力の接点を直接確認し、将来的な敵対を避けるための“根回し”であるとお隣さんは認識していた。

沖縄到着直前の隔離空間と自由落下
沖縄本島と基地滑走路が視界に入った直後、突如隔離空間が発生し、末端からお隣さんとアバドンだけが空中に放り出された。移動体は隔離空間に取り込まれないという以前からの説明通りであり、運動エネルギーは打ち消される一方、位置エネルギーは残る仕様であると再確認された。アバドンが空中でお隣さんをお姫様抱っこで受け止め、二人はそのまま自衛隊基地上空に留まりつつ、使徒との交渉を優先するため島への上陸と自衛隊基地への接近を選択した。

基地内でのアバドン顕現と自衛官たちとの遭遇
お隣さんは自衛隊基地滑走路に降下し、アバドンに顕現を指示した。アバドンは肉塊の巨体となってお隣さんを囲うバリケードを形成し、その姿に対して見えない位置から「天使の使徒から悪魔の使徒に告ぐ」と名乗る声が警告を発した。お隣さんは交渉を選び、アバドンに突入を命じる。肉塊は基地壁面をぶち抜いて内部に侵入し、お隣さんの周囲を防御と攻撃用に二分して展開した。そこには自衛隊制服の若い男性使徒三名と、それぞれの天使三体(老人、少年、ブロンド女性)が待ち構えていた。

軽率な攻撃とアバドンによる無傷拘束
三名のうち一人の使徒が恐慌状態でブロンド天使ペネムに攻撃を命じ、細身の剣を構えた彼女が突撃した。お隣さんはアバドンに「傷つけず無力化」を指示し、アバドンは投網のように肉塊を広げて天使を丸ごと包み込んだ。暴走した使徒は他の二人とその天使に組み伏せられ、制止される。お隣さんの要請でアバドンがペネムをぬめった状態のまま解放したことで、使徒たちはアバドンが本気で害意を持っていないことを理解し、警戒を緩めた。

自衛隊と使徒・天使の運用実態の露見
最も落ち着いた自衛官が、お隣さんとアバドンを「悪魔アバドンとその使徒・黒須」と名指しし、敵として来たのかと確認してきた。お隣さんは敵意の有無を問い返しつつ対話に応じ、三名が那覇基地所属の正規自衛官であり、そのうち二名は元々自衛官、暴走した一名は“使徒であるがゆえに採用された新任”であると聞き出した。天使・悪魔は国防上の戦力として極秘裏に集められ、クラーケン討伐やテロ鎮圧にも投入されているが、デスゲーム事務局の実態やグロサイトの背後組織については彼らにも共有されていないことが判明する。また、自衛隊上層部は「黒須とアバドンとは交戦するな」とだけ通達しているが、その理由は末端には伝えられていなかった。

訪問目的の説明と基地からの一時退避要請
お隣さんは、自分たちが犬飼三等海尉の帰還に随行し、吉川一等海佐ら上役への挨拶を目的としていたことを説明する。隔離空間発生により事態が変質したため、基地敷地外まで天使に抱えられて移動し、隔離空間が解除された後に上官へ連絡してもらえないかと提案した。使徒側は隔離空間内で一定の裁量権を持つと認め、彼女の提案に敬礼をもって応じて基地外へ退避する。お隣さんは、この場で権力を背景に礼遇される心地よさを実感する一方、ピラミッド型権力構造が人の精神を歪める危険性についても内心で批判的に考えていた。

自衛隊基地での正式な歓迎と謝罪
天使の使徒たちと別れた数分後、隔離空間が解け、お隣さんは末端に再搭乗して那覇基地へ入った。末端はステルス機能と管制情報の把握により勝手に空きスペースへ着陸し、自衛官たちは突然現れた一行に驚愕していた。基地司令と犬飼の上司・吉川一等海佐が代表として迎え、犬飼送還と機械生命体への対応に礼を述べる一方、事前連絡にもかかわらず隔離空間発生を招いた不手際について謝罪した。

本土への即時移動決定
応接室での面談では、基地司令が自衛隊内における犬飼の潜入調査の成果と、機械生命体情報の価値を踏まえて厚遇を示し、本土までの移動手段として海自機の提供と沖縄観光の提案を行った。化粧女は観光に未練を見せたが、お隣さんは接待の意図を理解し、フェアリードロップス捜索を優先して即時出発を希望したため、一行は那覇基地を後にした。

スイス農村への夜間到着と捜索方針
末端は擬態した旅客機型の外観と男女別トイレを備えた新仕様で運用され、十二式の操縦により一行は数分でヨーロッパ上空に到達した。夜景を眺めながらルイス殿下らと談笑しつつ、目的地のスイス山間の湖畔集落に夜間着陸した。一行は観光地的な豊かな景観とスイス経済の構造について二人静の解説を聞きながら、行方不明者の集中地点を警察データベースから抽出した十二式のマップを手掛かりに、湖南側の牧草地帯を重点的に調べる方針を確認した。

牛舎で発見された異様な血肉とステッキ
マジカルピンクがフェアリードロップスの一瞬の反応を捉え、一行は牧草地の家畜小屋へ向かった。内部は無人で、牛は移牧中と見られたが、牛床の一角に血と肉片と骨が混じり合った悪臭漂う塊が残されており、何らかの生物がミキサーにかけられたような惨状であった。その近くには赤い宝石をあしらった金属製ステッキが落ちており、二人静が拾い上げた後、魔法中年が手に取って観察した。ステッキはマジカルステッキに似た意匠で、十二式は本人の外見改造すら可能だと語り、魔法中年は子供としてやり直すことへの淡い幻想を抱いていた。

ステッキの起動と魔法中年の異変
魔法中年がステッキを握っていると、宝石部分がミラーボールのように輝き出し、同時にピーちゃんが魔法陣を展開して彼を対象に魔法を発動した。魔法中年の全身は強烈な痺れとむず痒さに襲われ、衣服越しにも分かるほど眩しく発光し、牛舎内部を昼間のように照らした。彼はピーちゃんだけは巻き込むまいと肩から投げて二人静へ託し、ピーちゃんも「必ず何とかする」と応じたが、その直後に魔法中年の意識は暗転し、フェアリードロップスとステッキの真の性質を示唆するかのような異変の中で倒れたのである。

〈諸国漫遊二〉

女児の身体での覚醒と混乱

ササキは機械生命体の末端内部で目を覚まし、自分のコートとズボンを掛け布団と枕代わりにされていることに気づいた。立ち上がると、体毛のない細い脚と大きすぎるシャツだけを身に着けた女児の身体に変化しており、二人静やマジカルピンク、ピーちゃん、十二式らにからかわれつつも、鏡で自分の幼い顔と伸びた髪を確認して動揺していた。

フェアリードロップスによる変化と危険性

ピーちゃんは、家畜小屋で拾ったステッキがフェアリードロップスであり、その影響でササキの肉体が女児へ変質したことを詫びた。ササキは過去に行った変身魔法で一時的に元に戻れないか相談したが、ピーちゃんは肉体崩壊の危険から使用を止め、再度ステッキに触れる案も血肉と化す可能性が高いとして強く制止した。ステッキ自体はマジカルピンクが回収し、当面は彼女側で保管・調査することが決まった。

肉塊写真と妖精界への疑念

十二式は地元警察のデータベースを解析し、家畜小屋で見つけた肉塊と同様の被写体を写した画像が集落内で複数撮影されている事実を提示したが、遺伝子検査などの記録は見当たらず、組織的隠蔽の疑いが示唆された。二人静は地球上にフェアリードロップスが存在する経緯や妖精界の意図に疑問を抱き、マジカルピンクが妖精の毛皮を身につけている事情や、ピーちゃんが妖精界と袂を分かった存在であることも明らかになった。

検査の結果判明した不可逆な変質

ササキ一行は欧州から離脱し、未確認飛行物体で家族ごっこの舞台へ戻った後、機械生命体の設備による検査と、火星の施設での精密検査を受けた。その結果、ササキの肉体は遺伝子レベルで完全に変質しており、このままでは元の姿に戻らない可能性が高いと診断された。健康状態自体は回復魔法の効果で良好と判定されたが、十二式から提案された遺伝子組換え治療は若返りや性別の変更には対応できず、時間もかかるためササキは返答を保留した。

帰路につくササキの逡巡

ササキはデスゲームのご褒美なら元の姿に戻れるかもしれないと考えつつも、事務局との協定を理由に安易な行使を控えるしかなかった。元に戻れない現実と、機械的な治療やご褒美への依存に迷いを抱えたまま、一行は火星から地球への帰路についた。

再会と女児化したササキの認知

フェアリードロップス回収の翌日、星崎とお隣さんが未確認飛行物体を経由して和住宅に帰還したところ、コタツの場には見知らぬ女児の姿があった。二人はその子どもの正体に戸惑うが、ピーちゃんが肩にとまった様子を見て星崎が「まさか佐々木では」と推測し、ササキ本人の告白により、女児に変化した当人であることを理解した。

変化の経緯説明と魔法少女側の限界

ササキはフェアリードロップス回収作業の経緯と、自身だけが女児化した経過を説明し、二人静も「対象と接触して女児になった」と補足した。一晩様子を見ても元に戻らず、当面は調査と経過観察という方針が共有された。星崎は不用意に触れたことを咎めつつも、マジカルピンクに何か情報がないか問い質すが、彼女自身も原因を把握しておらず、魔法少女側でも対応策が見いだせていないことが明らかになった。

服装と身だしなみを巡るやり取り

お隣さんから「その格好はおじさんの趣味か」と問われ、ササキは二人静から借りた服であると説明した。会話の流れで髪の乱れを指摘されたササキは、星崎に背後から櫛で髪を梳かれて身だしなみを整えられる。星崎は「世話になっている分を少しずつ返したい」と語り、妹の髪を梳いていた昔話を重ねながら、子どもとしてのササキを世話する時間をどこか楽しんでいた。一方で、お隣さんは距離の近さに不満を示し、十二式やルイスたちも交えた軽口が飛び交う中、家族ごっこのような温かな空気が生まれていた。

犬飼の所在と十二式の裏方仕事

談笑の最中、ササキは一人足りないことに気付き、犬飼の所在を確認する。星崎もお隣さんも消息を知らなかったが、十二式が「自衛隊側から後日連絡があり、そのタイミングで基地へ迎えに行く段取りになっている」と説明した。連絡手段は詳細不明ながら、十二式が人類のネットワークを自在にハッキングして調整しているらしいことが示唆され、ササキは現在の外見で人前に出ることを避けつつ、その手配に甘えることにした。

小説投稿サイトの結果確認とジャンル別の明暗

十二式は家族に対し、「忘れていることがある」としてアニメ制作の叩き台である小説投稿サイトの結果確認を提案した。空中に投影されたウィンドウには、家族それぞれが担当する複数作品のトップページと評価が表示され、公開二晩にして異世界ファンタジー(ササキ+ピーちゃん担当)とラブコメ(お隣さん+アバドン担当)が高評価を獲得していることが判明した。SF作品(二人静+マジカルピンク担当)も二桁前半の評価で健闘していた一方、カートゥーン(ルイス+エルザ担当)は評価数こそ少ないものの、初回から最新話まで読まれる割合が高く「定着率」に優れていると二人静に評価された。

刑事モノ失速と星崎のメンタルダメージ

対照的に、星崎と十二式が担当する刑事モノは評価ゼロで、閲覧者の離脱も早いという厳しい結果となった。星崎はショックを受け、自作自演による水増し評価をササキに疑うほど動揺するが、十二式は「家族内に自作自演は見られない」と断言した。ササキは「最終的には皆で一つの作品に向き合うのだから気にしすぎる必要はない」となだめるものの、星崎は失敗続きの現状に悔しさを隠しきれず、二人静の辛辣なコメントも相まってメンタルが削られていった。

今後の執筆方針とササキの前向きさ

閲覧データの統括として、十二式は「現時点では異世界ファンタジーとラブコメを主軸に据えた作品が有力候補であり、カートゥーン路線も継続視聴に耐えると証明された」と総括した。刑事モノについては「今夜から展開にテコ入れする」と星崎と十二式が合意し、向こう一週間ほど投稿を続けながら方向性を探る方針が共有された。ササキ自身も、女児化した状況に不安を抱えつつも、ピーちゃんと協力して物語を紡げる機会を前向きに受け止め、小説投稿サイトでの連載を「満更でもない」と感じていたのである。

女児化した佐々木への観察と違和感

お隣さんは、軽井沢から帰還した後も佐々木が女児のまま戻らない様子を、宿題をしながら観察していた。翌朝もスーツ姿の女児のままで、背丈が足りず正座で姿勢を補いながら、大人と同じ所作で魚をきれいに食べる姿に、子どもらしさと中年らしさが同居する違和感と微笑ましさを感じていた。

生活動作と「中身はおじさん」であることの確認

入浴やシャワーヘッドの高さの話題から、佐々木は女の身体になっても、風呂の段取りや気遣いはいつも通りであることが示された。星崎が髪や風呂、銭湯の女湯・男湯の話で揺さぶりをかけても、佐々木は淡々と「身体は女だが心は男」と答え、状況に動じない胆力を見せる。その動じなさに、お隣さんは尊敬と同時に、これを機に陽キャ化して自分から離れてしまうのではという危機感を覚え、冴えない中年男性のままでいて欲しいと内心で願っていた。

フェアリードロップス追加回収の提案と全会一致

食後、二人静が残るフェアリードロップス回収を提案すると、お隣さんは佐々木を元に戻す手掛かりとなる可能性も踏まえ、即座に賛成した。他の面々も同意し、十二式が家族ごっこのルールとして多数決を宣言した結果、全員賛成で追加回収に向かう方針が決定された。

佐々木の残留決定と回収メンバー編成

佐々木はルイスとエルザを危険から守るため留守番を提案するが、星崎とピーちゃんは「佐々木自身も残るべき」と主張し、お隣さんもこれに同調した。佐々木は不満を抱きながらも折れ、ブロンド女とイケメン王子も残留を了承した。結果として、回収班は二人静、マジカルピンク、お隣さん、アバドン、星崎、十二式の六名となり、佐々木とピーちゃんは自宅で留守番として見送る形となった。

星崎の変身とピーちゃんによる救命

お隣さんたちは未確認飛行物体へ戻ると、まずピーちゃんに星崎の容態を診てもらった。文鳥による回復魔法により苦しげな呼吸や激痛は収まり、肉体の変化もそれ以上は進行しなかったが、既に変質した身体は元に戻らず、星崎はムキムキの美形成人男性の姿で目を覚ました。末娘は母の無事に感極まり、星崎に抱きついて離れようとしなかった一方、本人は鏡に映る自分の「イケメン」ぶりに衝撃を受けつつも、痛みが消えていることに安堵していた。

ナノマシンの働きと火星での検診決定

末娘の分析によれば、事前の健康診断で体内に投与されたナノマシンが外部から侵入した異物に抵抗し、その間にピーちゃんの回復魔法が作用した結果、星崎の変化は「異形化」ではなく、性別と体格の変化にとどまったと判断された。異物は肉体変化の完了とともに自壊したと推測され、正体解明のためにも火星基地での精密検査が必要とされた。星崎もそれを受け入れ、未確認飛行物体はすでに火星へ航行中であり、星崎を含む家族ごっこの面々は入念な健康診断を受診した。その結果、佐々木と同様に遺伝子レベルでは外見相応に変質しているが、健康面では問題なしと太鼓判が押され、今後フェアリードロップスと関わる全員がナノマシン投与と定期検診を受ける方針が確認された。

地球生活の不安と異世界取引の優先

地球側では無線設備用軽油の納品など現実的な生活基盤の維持が依然として重要であり、身体が元に戻る目途が立たない中でも、佐々木たちは異世界側での取引を優先することに決めた。幸い、ヘルツ王国は剣と魔法のファンタジー世界であり、星の賢者の助言によって、見た目の変化も「それなりの言い訳」で乗り切れると判断されたことが背中を押した。こうして一行はヘルツ王国首都アレストを訪れ、ミュラー伯爵に事情を明かし、一定期間は「女児の姿の佐々木」として活動を継続する許可を得た上で、王や周囲への不用意な動揺を避けるため目立った行動を控えることを申し合わせた。

ルンゲ共和国との貿易拡大とササキの立場

続いて一行はルンゲ共和国のケプラー商会を訪れ、ピーちゃんの幻惑魔法で見た目を誤魔化しつつ、代表のヨーゼフと面談した。地下トンネルを利用した王国と共和国の新たな交易路は「大成功」と評価され、馬車の往来は日増しに増加し、今後は無線通信事業の利益を凌ぐ可能性も示された。一方で、ヘルツ王国の政情不安やマーゲン帝国との関係、王国側の人件費の安さ、入国審査の厳格化、トンネル周辺の未開地開拓、マルク商会の役割、ラングハイム商会の失地など、政治経済的なリスクも共有されたが、ヨーゼフはそれらを織り込んだ上で「今こそ投資の好機」と判断していた。

将来への期待と「商人としての道」への忠告

ヨーゼフは、ケプラー商会内部でも意見が割れていたが、自身が先頭に立って旗を振ることで、リッター商会ら大手の参入を呼び込み、ヘルツ王国開発と地下都市の利用が両国にとって有望な成長エンジンになると説明した。また、地下都市の主がエルザに会いたがっていることや、ラングハイム商会が長老会内で影響力を失っている現状も伝え、ササキがルンゲとヘルツの両方と繋がる存在として今後ますます重要になると強調した。そのうえで彼は、「利益こそ正義」の共和国においても、ササキには商人としての道を誤らぬよう強く願い、ササキはその忠告を胸に刻みつつ、増え続ける富をヘルツ王国とアルテリアン地方の開発へ還元していく決意を新たにしたのである。

ミュラー伯爵への報告と地下都市再訪の決定

一行はルンゲ共和国からヘルツ王国へ引き返し、首都アレスト城でミュラー伯爵に共和国商人の動向と地下都市の主ムルムルの様子を報告した。交易の実務はマルク商会に委ねられていることが確認され、地下都市側については翌日エルザと共に再訪する段取りとなった。移動はピーちゃんの空間魔法により一瞬で行われ、多忙な伯爵も娘を一人で行かせまいとして同行したのである。

ムルムルの「祖父」ムーブと秘密保持の約束

地下都市の小部屋でムルムルは、エルザからミュラー伯爵の武勲を聞かされて上機嫌となり、伯爵を「自らの血脈を継ぐ息子同然」と呼んで庇護を約した。その一方で、佐々木は女児の姿のまま出向き、ムルムルに変身の事実を口外しないようエルザを通じて頼み込み、了承を得た。ただし条件として、ピーちゃんと佐々木が今後も血族たちを定期的に連れてくることを約束させられた。歓談の後、ムルムルはエルザとミュラー伯爵に古代王国の歴史書を土産として渡し、ヘルツ王国と地下都市の関係は当面安泰と見なされた。

アルテリアン地方の発展と共和国勢の進出

その後、佐々木とピーちゃんはアルテリアン地方の現状視察に向かった。前回訪問から一ヶ月足らずにもかかわらず人口は倍増し、各所で大規模建築の基礎工事が進み、テント村だった一帯は家屋が立ち並ぶ宿場町の様相を呈していた。人型ゴーレムを用いた魔法土木により建設は急速に進み、大通りは石畳で舗装されていた。街中にはルンゲ共和国の国旗を掲げた立派な馬車や、ケプラー商会・リッター商会など長老会系商家の紋章が見られ、地下トンネルを通じた安全な輸送路を背景に、共和国からの物資流入が地元発展を強く後押ししている様子が窺えた。

「商人としての道」をめぐる対話と元の身体への願望

エイトリアムの宿へ戻り帰還準備を進める中、佐々木はヨーゼフが語った「商人としての道」の真意をピーちゃんに尋ねた。ピーちゃんは自分にも分からないとしつつ、ルンゲ共和国特有の価値観に基づく言葉だろうから、そのまま善意の忠告として受け取り、細部を気にし過ぎない方がよいと諭した。この言葉に佐々木は安心感を覚え、慰めを素直に嬉しいと口にしたが、女児の姿でそう告げられたピーちゃんは調子を狂わされる。そこで佐々木は改めて、早く元の身体に戻りたいという強い願望を自覚するに至ったのである。

〈諸国漫遊 三〉

正月明けの日常と節分談義

正月気分が薄れ、ニュースや季節商品が通常運転に戻る中、家では国際色豊かな朝食を囲みつつ、次の行事である節分について話題が上った。鬼役を誰が務めるか、豆を年の数だけ食べる風習の非合理さ、二人静の実年齢などが冗談交じりに語られ、和気藹々とした空気が流れていた。

星崎の変化した身体への適応

語り手は、屈強な男性の肉体へと変化した星崎が驚くほど自然体で過ごしていることに違和感を覚えたが、本人は筋力・持久力の向上を前向きに受け止めていた。その一方で食欲が増大していることを自覚し、将来元の身体に戻った際の体形悪化を危惧されてからかわれた。語り手は、自身が「弱者男性の中身を持つ女児」という立場に強い社会的ハンデを感じ、星崎やピーちゃんを羨ましく思っていた。

東京都市圏の事故増加と末娘の相談

テレビでは年明け以降、東京都市圏で交通事故など物騒なニュースが増えていることが報じられたが、上司からの招集もなく、一同は正月ボケによる偶然と判断した。その後、十二式(末娘)が改まって相談を切り出し、自身と星崎が連載する小説に悪質なアンチが粘着している問題を共有した。アンチは連番アカウントを量産して誹謗中傷を続け、十二式は機械生命体ゆえの「嘘を吐けない」建前を盾に、自ら別アカウントで理詰めの反論を行っていた。

アンチ対応と書籍化打診の発覚

アンチへの報復として電子戦やウイルス送付を提案する声もあったが、課長に発覚すればネット活動そのものが制限されると星崎が制止し、最終的に「放置が最善」との結論に傾いた。議論の最中、お隣さんの端末に小説投稿サイト運営からのメッセージが届き、末娘作品に対し出版社から書籍化打診が来ていることが判明した。十二式はアニメ制作と直接関係しないとして報告を後回しにしていたが、星崎は「より多くの人に読まれることは目的と合致する」と書籍化に強く賛成した。

多数決による書籍化決定と編集者からの電話

書籍化受諾の是非は家族ごっこの参加者全員による多数決に委ねられ、最終的に全員賛成となった。連絡役は黒須(お隣さん)とアバドンが担当し、ほどなくして出版社・MARUKAWAの編集者斎藤から電話が入った。斎藤は「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」を高く評価し、是非書籍化したいと熱意を示したうえで、作者の出版経験と年齢を確認した。

中学生作家と「保護者」問題のドタバタ

黒須が十三歳の中学一年生であると知った斎藤は、保護者への説明と了承を求めた。語り手は自らを保護者と名乗って電話を代わったが、女児の声色が致命的に幼く、信憑性を欠いてしまう。そこで星崎が「母親役」として通話を引き継ぎ、印税や部数などを確認しつつ、落ち着いた電話応対で斎藤と交渉した。最終的に対面での打ち合わせ提案がなされ、一行が出版社に出向く形で合意した。

書籍化への期待と不確実性

こうして黒須とアバドンが担当する作品の書籍化が動き出したものの、刊行までは最低三〜四ヶ月を要し、その間に局からの横槍や十二式の帰還などで計画が頓挫する可能性も残されている。語り手は過度な期待を避けつつ、「気長に見守るべき出来事」として、この新たな展開を受け止めていたのである。

香港島での探索と象の異常行動

アニメ制作が順調に進む一方で、フェアリードロップス回収は難航し、お隣さんたちは最後の反応源である香港に向かったのである。末端で上空から目撃情報マップを確認し、冬で人気の少ない砂浜に着地して捜索を開始したが成果はなかった。やがてマジカル娘の反応を頼りに山中の貯水池へ移動し、そこではアフリカゾウと思しき個体が岸辺で混乱して暴れていたが、フェアリードロップスの反応は直前で途絶していた。

マジカルレッドと妖精との邂逅

象を前にした一行の前に、現地の魔法少女マジカルレッドと、レッサーパンダ姿の妖精が飛来した。マジカル娘サヨコとは旧知の間柄であり、さらに二人静とも財閥同士の縁があることが判明した。レッドは自分が父を暗殺して一族を掌握したことを淡々と語りつつ、自国領内のフェアリードロップスは自分が優先的に確保すべきだと主張したが、サヨコは「魔法中年ケンタらを元に戻すために必要だ」と食い下がったため、ケンタへの恩義から譲歩を約束した。

妖精界への警戒と治療手段探索の糸口

レッサーパンダの妖精は、妖精界やフェアリードロップスについてふわふわとした態度で語り、姿変化系のフェアリードロップスの存在を示唆しつつ「調べてみる」と応じた。二人静は謝礼を申し出たが、レッドは大財閥の令嬢として金銭を拒み、ケンタへの個人的な恩返しとして協力すると宣言した。一方、十二式は妖精界と魔法少女の戦力を潜在的脅威と見なして強い警告を発し、自宅という「家族の聖域」にレッドを立ち入らせることを断固拒否したため、ケンタとの直接面会は見送られた。

撤収と透明なフェアリードロップスによる新たな変異

貯水池周辺ではその後もフェアリードロップスの反応が戻らず、象もレッドの通報を受けてどこかへ逃走したため、双方とも撤収を決めた。お隣さんたちは末端に乗り込んで帰路についたが、その直後、お隣さんの全身を焼くような激痛が襲い、衣服の下で急速に体毛が増えるなど異常な変化が始まった。マジカル娘が末端内部で新たな反応を検知し、十二式が跳躍して空中から透明な物体をつまみ取った結果、それが高度なステルス機能を持つフェアリードロップスであると判明し、一行は文鳥のもとでの対処を急ぐ中、お隣さんは意識を失ってしまったのである。

お隣さんの帰還とオオカミ化の発覚

フェアリードロップス回収組が慌てて帰宅し、お隣さんが新たな対象に襲われたことが判明したのである。戻ってきたお隣さんは性別どころか種族ごと変化し、タイリクオオカミと思しき大型のオオカミになっていた。ピーちゃんが何度も回復魔法を試みたが効果はなく、お隣さん本人も前足で制止を示したため、治癒は一旦中断された。吠え方によるイエス・ノー確認から、痛みもなく意識も明瞭であることだけは確認された。

透明なフェアリードロップスの回収と技術的限界

末端内でのスキャンにより、十二式は高度なステルス機能を備えたフェアリードロップスを検知し、末娘がそれを指先で摘み上げていた。人間には視認不能なそれは、マジカルピンクのマジカルフィールド内に収容されることになった。十二式は、屋外の羽虫サイズの物体を検出するのは機械生命体にとっても現実的でないと説明し、末端内部という完全制御空間だからこそ捕捉できたと述べた。

オオカミとしての生活補助と家族ごっこのルール

エルザは脳波などを利用した「思考音声化デバイス」でお隣さんと会話する案を出したが、十二式は思考の筒抜けはプライバシー侵害であり、家族ごっこの第七条にも反するとして却下した。その代替として二人静が秋葉原で巨大キーボードとタブレットを調達し、お隣さんは前足でキー入力し、音声読み上げアプリで発話する手段を獲得した。お隣さんは毛布をかけてくれる佐々木に感謝しつつ、頭を撫でてもらおうと画策するなど、オオカミの身体を逆手に取ったスキンシップも試みていた。

火星基地での検査と治療選択

火星基地での精密検査の結果、お隣さんの遺伝子は人間からオオカミへと書き換わっており、おじさんや化粧女と同様に根本的な肉体変化が起きていると判明した。人間同士は遺伝子がほぼ同一であるのに対し、人間とオオカミは約二割弱異なるため、治療にはより長期の医療ポッド収容が必要と説明された。ただし、事前に保存した健康診断データを使えば、元の身体へ戻すことは十分可能と示され、お隣さんは治療開始を保留しつつ、デスゲームの報酬や妖精側の調査結果も踏まえて判断を先送りすることにした。

出版社との打ち合わせと佐々木の窓口就任

日常の段取りを整える中で、出版社との書籍化打ち合わせが数日後に迫っていることが思い出された。本来の原作者はお隣さんとアバドンであるが、当人はオオカミで対面は不可能である。顔バレしている星崎や乗り気でない二人静を巡って議論した結果、現在女児の姿にある佐々木が窓口役を務める案が浮上した。機械生命体も「家族一丸のプロパガンダ」という目的からこれを支持し、ピーちゃんも見た目を化かすなどと後押ししたことで、最終的に佐々木が担当を引き受け、二人静が新調スーツのスポンサーを申し出る形で、打ち合わせ体制が固められたのである。

女児・マッチョ・オオカミの日常への適応

語り手は女児、星崎はマッチョ、お隣さんはオオカミという異常な状態のまま、日常生活が続いていたのである。語り手は背丈不足を補うため飛行魔法で家事をこなし、星崎は急激な身長増加のせいであちこちに頭をぶつけ、日常的に流血しては語り手やピーちゃんの回復魔法に頼る生活となっていた。一方、お隣さんは食器や食べ方を巡って議論が交わされた末、アバドンに「あーん」されるのを拒絶し、皿に直接口を付けて食事を取る形に落ち着いた。排泄はトイレ、入浴は湯船とブロワー乾燥で対応し、家の中を大型犬のように歩き回るその姿は、語り手にとって癒やしの光景ともなっていた。

投稿サイトでの書籍化打診とアニメ企画の方向性決定

小説投稿サイトで活動を始めて一週間が経過し、十二式は「当初の目的に照らして結論を出す時期である」と告げた。語り手からは、担当作に四件の書籍化打診が来たことが報告され、日間ランキング上昇を受けた複数社からのオファーであると判明した。これを受け、十二式はアニメ化における題材ジャンルはこの原案で決まりと判断し、父とピーの提案した案をベースに脚本制作へ進む方針を示した。盗作疑惑を避けるため、既存テキストの削除や設定の再編も検討され、エルザやルイス殿下ら異世界勢が世界観・生活描写(農村の窓や下着、領土統治)にリアリティを加える助言を行った。キャラクターの声については、特定の声優連想を避ける方針が確認され、十二式が当日の成果を映像化し、翌日以降に全員でスパイラル的にブラッシュアップする体制が整えられた。

機械生命体製銭湯の開業と家族での来訪

十二式は近所に新たに銭湯が完成したことを告げ、家族での利用を提案した。機械生命体が月面建材プラントを活用して短期間で建てたその銭湯は、瓦葺き唐破風に赤い暖簾、提灯と白漆喰の壁が映える昭和レトロな佇まいであり、休憩所や自販機も備えた本格的な施設であった。星崎の男湯・女湯問題については、情緒教育の観点や本人のリスク回避が議論され、最終的に星崎は男湯を選択した。お隣さんもアバドンによる身の回りの世話を理由に男湯へ向かい、男湯側は語り手、ピーちゃん、ルイス殿下、星崎、お隣さん、アバドンという面子となった。十二式は母の肉体を戻す決意を口にしつつ女湯へ回されることになった。

男湯での入浴騒動とささやかな幸福感

男湯の浴室は富士山のペンキ絵と横長の湯船を備えたレトロな造りであり、男女の浴室は高い壁で仕切られつつも声は届く昭和的な構造であった。身体洗いの場面では、お隣さんがアバドンの洗体から逃げて語り手のもとへ駆け込み、潤んだ瞳で助けを求めたため、語り手は目にシャンプーが入ったと推測して介助しようとした。しかし、その役目は先んじて星崎が担い、マッチョな腕でオオカミを小脇に抱え、「女同士」と言いつつ強引に洗い場へ連行した。語り手はピーちゃんと共に貸し切り同然の湯を満喫しつつ、十二式の働きに感謝する気持ちと、変則的ながらも家族で銭湯を楽しむ時間にささやかな幸福感を覚えたのである。

〈フェアリードロップス 一〉

出版社へ向かう道中と星崎の保護者役

打ち合わせ当日、元の姿に戻れないまま、語り手と星崎はピーちゃんの空間魔法でビジネスホテルへ移動し、そこから電車で出版社へ向かったのである。久々の満員電車に語り手は子供の体格とパンプスの不安定さに苦戦し、人の流れに流されそうになるたびに、マッチョ化した星崎に片手で抱き寄せられて難を逃れた。星崎は欧州で新調したスーツとロングコートで決めており、圧倒的な存在感を放っていた。

担当編集との初対面と作品評価

大手出版社の社屋に到着した二人は、受付を経て担当編集・斎藤と会議室で対面した。名義上は「黒須」として来訪した語り手は、保護者役の星崎とともに応対し、挨拶の最中につい社畜口調を漏らして学生らしさを外し、星崎に肘で小突かれて取り繕う羽目になった。斎藤は『エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生』を高く評価し、「絶対に売れる」と断言、編集部内での評判も良好であると述べ、今後一緒にやっていきたいと熱意を示した。

執筆体制とスケジュール確認、奇妙な会話劇

打ち合わせは、連載方針と生活リズムの確認へと進んだ。編集側は年二〜三冊刊行を目標として示し、原稿のストック状況と執筆スピードを質問した。語り手は機械生命体の支援を背景に「十万文字一冊分のストックがあり、執筆には二ヶ月ほど」と回答し、斎藤はその速さを称賛しつつも無理は禁物と釘を刺した。一方で星崎は「可愛げのない娘」とからかい、語り手は「父さん」と呼び掛けて返すなど、親子ロールプレイを続けた。斎藤も「爪の垢を同僚に煎じて飲ませたい」と乗り、イタリア製の爪切りを探しに出るなど、会話は徐々に奇妙な方向へ転がっていった。

ヘリ墜落とフェアリードロップスの影、そして違和感

その最中、外から大きな爆音が響き、二人が窓の外を確認すると、出版社前の道路に民間ヘリが墜落し炎上している光景が広がっていた。星崎は消防車の手配を慌てて口にし、語り手の端末には二人静からの着信が入る。通話の中で四件目のフェアリードロップスに関連する事態であることが示唆され、二人静は状況を警告したが、語り手は強い違和感を覚えつつも「これから爪の垢を採取しに行く」として通話を一方的に切り、機内モードにしてしまった。こうして、日常的な商談と異常な災害、そしてフェアリードロップスによる事態が静かに重なり合い始めていたのである。

正月ボケ報道とヘリ墜落の速報

お隣さんはオオカミの身でコタツに横たわり、二人静らとテレビの討論番組を眺めていた。番組では「正月ボケ」による事故多発が議論されていたが、途中で生中継の速報に切り替わり、都内でヘリ墜落が発生したことが報じられた。映像に映ったビルの社名から、その場所が佐々木と星崎が打ち合わせに向かった大手出版社であると判明し、一同は二人の安否に強い不安を抱いた。

電話越しに感じた違和感と出動決定

二人静は末娘からの「四件目のフェアリードロ」の報告を受けつつ、佐々木に電話をかけた。佐々木は「今まさにヘリが落ちてきた」と状況を説明しつつ、「何かが変だ」と曖昧な不安を口にしたが、その後は爪の垢を採取して編集者の同僚に煎じて飲ませるという支離滅裂な話へ逸れていった。通話は一方的に切られ、再発信しても繋がらない。これを受け、末娘はフェアリードロ関与の確率が高いと推定し、「家族のピンチには全員で助けに向かう」という家族ルールを根拠に、総出で現場へ向かうことが決まった。

現場上空への転送とビル内部への強行侵入

機械生命体の末端による転送で、一行は東京のオフィス街上空からヘリ墜落現場近くのビル屋上へ移動した。現場周辺では玉突き事故に巻き込まれた消防車や救急車が立ち往生し、救助活動が滞っていた。マジカル娘の感知により、近隣の高層ビル上部にフェアリードロの反応があることが判明し、一同は重力制御で隣のビル屋上へ移動した。しかし屋上にはそれらしい物体が見当たらず、二人静は窓ガラスを破ってフロア内に突入する強行策を選択した。文鳥は即座にオフィスの人間を昏倒させ、末娘はセキュリティを掌握したため、内部捜索は可能となった。

思考撹乱の異常とハトとしての正体露見

ところが捜索を進めるにつれ、二人静やエルザ、ルイスらは、くだらない連想話や暴走気味の冗談を次々に口走り、行動も興奮状態に近づいていった。末娘とアバドンだけがその知性低下を問題視し、疎外感を覚えるほどであった。お隣さんは本能的な違和感を抱きつつ、強く漂う獣臭を辿って窓際へ向かい、半開きの窓から外を覗き込むと、外壁の出っ張りに複数のハトが留まっているのを発見した。お隣さんの鳴き声でハトが一斉に飛び立つと同時に、室内の面々は一斉に正気を取り戻し、自分たちの発言と行動に戦慄と羞恥を覚えた。

フェアドロの能力の整理と今後への布石

マジカル娘はフェアリードロップスの反応が完全に消えたことを確認し、二人静は、ハトに擬態したフェアドロが一定範囲の生物の思考をかき乱す「怪電波」のようなものを放っていたのだと推論した。末娘に影響がなかったことから、機械生命体は対象外と考えられた。また、お隣さんとアバドンの証言から、東京で問題となっていた「正月ボケ」やヘリ墜落すら、このハト型フェアドロの影響である可能性が浮上した。そこへ佐々木から再び連絡が入り、やはり自分たちもフェアドロに翻弄されていたと自覚したことから、打ち合わせ終了後に合流して情報を共有する段取りが整えられたのである。

昼食兼作戦会議の開始

出版社での打ち合わせを終えた佐々木と星崎は、担当編集に見送られて社屋を後にし、家族ごっこの面々と合流して洋食店で昼食兼作戦会議を開いた。お隣さんやピーちゃんの存在はアバドンが誤魔化し、全員が席に着いた段階で先ほどのヘリ墜落と「正月ボケ」の元凶がハト型フェアリードロップスであるとの共有が行われた。

ハト型フェアドロと怪電波の分析

フェアドロはハトに擬態し、怪しい電波を撒き散らして周囲の生物の思考を乱していると整理された。十二式は、都内の事故・事件をマッピングした空中ウィンドウを示し、特定地点を中心に半径数百メートル規模で影響が出ていること、移動に伴い帯状の被害域も形成されていることを説明した。機械生命体には効果がなく、家族の知性が次々と崩れていく光景は十二式に強い恐怖を与えていた。

インリンの合流とフェアドロ三種の正体

そこへ海外の魔法少女インリン(マジカルレッド)がレッサーパンダ姿のタヌキ妖精を連れて合流し、これまでのフェアドロ三種の情報を開示した。佐々木を女児化させたステッキは本来「変身願望の充足」だが、欠陥により思考を過剰に読み取り肉体崩壊に至る危険な品であり、南米の個体は「生体ビルドアップ」、香港の個体は「他生物への変身」をもたらすと判明した。いずれも一方通行の変化で、原則として自力では元に戻れないことが示された。

妖精界と機械生命体の対立懸念と取引条件

十二式は「家族を不幸にするなら妖精界を滅ぼす」とまで宣言し、タヌキに対し「家族を元に戻す手段か技術情報の提供」を強く要求した。タヌキは妖精界と接続されたマジカルフィールドを通じて調査可能であると認め、家族を元に戻す方法を探すと約束した。星崎はこれを利用し、「佐々木・星崎・お隣さんが元に戻れたなら、ハト型フェアドロをインリン側へ譲渡する」という条件付き取引を提案し、家族内多数決の末に承認された。インリンとタヌキもこの条件を受諾し、互いに協力して解決を目指す方針が固まった。

局からの正式指令

協議が一段落したところで、二人静に阿久津課長から電話が入り、巷を騒がせる「正月ボケ」の原因である「厄介なハト」を捜索・確保せよとの正式な指令が下された。これにより、私的な家族会議として進めていたフェアドロ対策は、公的任務としても本格的に動き出すことになったのである。

局からの指令と情報隠蔽の取り決め

年明けから東京都市圏で多発している正月ボケについて、局から二人静に正式な調査指示が下った。送られてきた事故・事件の位置情報は、十二式が先ほど示したピンマップとほぼ同一であり、局も事態の異常性には気づきつつあった。ただし、フェアリードロップスが原因であることや、その姿がハトであることは阿久津には報告されておらず、局はあくまで「異能力者による所業」と認識していた。二人静は、横取りを防ぐために情報を伏せたと明言し、星崎も嘘が露見した場合のリスクを承知しつつ、言い出しっぺとして責任を取る覚悟を固めた。

機械生命体によるハト捜索計画

フェアリードロップスの回収について議論が進む中、十二式が「東京都市圏のハトを片っ端から確認する」という力業の捜索案を提示した。彼女は既に地球各地や小惑星帯に展開していた末端機を東京都市圏に集中させ、群れ単位でハトを追跡しており、センサーの性能からハト個体数より二桁少ない末端での監視が可能と説明した。その結果、十数万羽規模のハト群も一〜二時間で対象に行き当たると見積もられ、機械生命体の物量と管制能力が家族から改めて高く評価された。十二式は、将来的な妖精界調査部隊はこの「五千倍」の規模になると誇示し、半ば脅しのような形で機械生命体のポテンシャルを示した。

偽装と監視対策:狐への変身とカメラ掌握

局に怪しまれないため、ピーちゃんは「シルバー文鳥」として佐々木に同行することを避ける必要があった。そこで彼は一時的な目眩ましとしてキタキツネに変身し、オオカミ化したお隣さんとの「イヌ科コンビ」として行動する案を採用した。変身の瞬間は店内の監視カメラに映る危険があったが、十二式が近隣一帯のセンサー類をすべて掌握していると宣言し、映像やログを機械生命体側で処理することで痕跡を残さない体制を整えた。これにより、狐姿のピーちゃんは局や一般の目を欺きつつ、現場での「付きの妖精」として同行できるようになった。

魔法少女風コスチュームの押し付けとアニメお披露目

二人静は、現場での正体隠しと局への言い訳の両立を狙い、軽井沢の仕立て屋で密かに採寸しておいたデータを使って、佐々木専用の魔法少女風コスチューム(黒基調)を特注していた。高級スーツを破かせないためという名目で、着替えなければ今後服を貸さないと書かれたメモまで仕込み、トイレでの強制的な「変身」を成立させた結果、佐々木は事実上「八人目の魔法少女」として扱われることになった。その合間、十二式は機械生命体のイメージ向上を目的とした自作アニメを空中ウィンドウで上映し、三十分のファンタジー冒険活劇は家族ごっこの面々から「テレビアニメと遜色ない」と好意的評価を得た。十二式はこれを「末娘の心の栄養」と満足げに受け止め、当日中の公開まで見据えていた。

フェアリードロップス発見と現地出動の決定

上映が終わる頃、十二式が関東沿岸部でフェアリードロップスらしき個体を探知したと報告した。機械生命体だけでも回収は可能だが、現地では既に人類や異能力者が混乱状態にあり、局から星崎・二人静に正式な出動命令が出ていることも踏まえ、家族としても現場に向かわざるを得ないと判断された。一方、十二式は母である星崎の身を案じ、佐々木は遠距離から指示に回す形を提案した。最終的には、佐々木は安全圏から状況把握と指揮に徹し、現場には星崎・二人静・魔法少女たちが出向く構図が固まる。また、インリンも協力を申し出るが、十二式は「末端搭乗時に消し飛ぶ」と警告し、彼女には自力移動を求める一方、機械生命体の信頼獲得は「未来永劫あり得ない」と言い放った。こうして一行は、洋食屋での会計を済ませ、ハト型フェアリードロップスの本格的な追跡・回収作戦へと踏み出すことになったのである。

〈フェアリードロップス 二〉

中華街上空への追跡と状況確認
一行は十二式の末端に搭乗し、ハト型フェアリードロップスを追って東京都から神奈川県へ南下しながら追跡していた。末端内のモニターには位置情報と地図が投影され、対象が横浜中華街の雑居ビル屋上で静止したことが判明した。周辺では交通事故や喧嘩が発生し始めており、フェアリードロップスの影響による混乱が顕在化していた。

回収末端の撃墜と機械生命体の怒り
十二式は宇宙から回収用円盤を投下し、反重力的な手段でハトごと回収しようとしたが、ハトは口からマジカルビームに似た光線を放ち、末端を正確に撃ち抜いて撃墜した。これにより、対象の周囲には機械生命体が観測不能な力場が存在し、マジカルバリア類に守られていると判明した。十二式は末端を二度撃墜されたことで妖精界への報復を口にするほど激昂した。

隔離空間と「認識」による巻き戻りの仕組み
二人静とアバドンは、隔離空間では「人かモノか」という参加者の認識により、退出時の巻き戻り対象が決まると整理した。三宅島での事例を踏まえ、エルザが末端を生物のように認識していたため、末端内のデータだけが巻き戻りを免れ、十二式の継続的記録となったと推論した。一方、この仕組みを当人たちに説明すれば、認識が変化しライフラインを失いかねないため、エルザとルイスには意図的に伏せておく判断となった。

隔離空間内での接近作戦と北京ダック騒動
作戦として、天使側が隔離空間を発生させ、その内部でハトを回収する方針が決定された。マジカルピンクと、魔法少女衣装を着せられた「マジカルブラック」(佐々木)、さらに狐姿のピーが突入役を務めることになった。ピーは過去の薬物事件になぞらえて、回復魔法で正気を維持する策を提案したが、フェアリードロップスの影響は意識やシナプス発火に限定され、身体の損傷や変質を伴わないため、回復魔法では打ち消せないと十二式が分析した。隔離空間内で接近を始めた三人は、周囲の飲食店や北京ダックの話題に意識を奪われ、会話がどんどん脱線していくなど、頭が「パッパラパー」になっていく様子が周囲からはほとんどホラーのように映っていた。

交通事故現場での救助と再挑戦の決意
隔離空間からの離脱に伴い、フェアリードロップスの影響が残ったまま現実世界に復帰した結果、大規模な多重事故現場に遭遇した三人は、周囲の視線も憚らず、浮遊魔法や回復魔法で横転車両の救出と負傷者の治療を次々と行ってしまった。十二式は監視カメラや端末の映像を必死にジャミングしたが、野次馬の視線までは防ぎきれず、対応に追われることになった。正気を取り戻した佐々木は事態の重さを自覚しつつも、今この機会を逃せば被害が拡大すると考え、「もう一度だけチャンスをくれ」と二人静に再挑戦を願い出た。

空間転移による強襲回収とマジカルストライク
地図情報からフェアリードロップスが東京湾岸の半島部ビル屋上で静止していることが分かると、ピーは空間魔法によるピンポイント転移を提案した。初動で使わなかったのは不意打ちのリスクを避けるためだったが、他に打ち手がない状況を踏まえ、この案が採用された。三人は一息で屋上に転移し、至近距離からのマジカルビームはピーの障壁魔法で防がれた。ピーのビーム砲がハトのバリアを砕いたところで、佐々木は事前に身体強化魔法をかけた上で跳躍し、特注のステッキによる「マジカルストライク」でハトをマジカルフィールドへ叩き込んだ。フェアリードロップスがフィールドに収まった瞬間、三人の意識は一気にクリアになり、回収の成功が確認された。

横須賀基地でのミサイル発射という新たな危機
しかし安堵も束の間、彼らが立っている場所が横須賀基地の滑走路を抱える敷地内であることに気づき、直後に東京湾内から複数のミサイルが海中から打ち上がる光景を目撃した。潜水艦や周辺艦艇から次々と発射される飛翔体は、恐らくフェアリードロップスの影響下で「頭がパッパラパー」となった基地関係者による暴走であると推察され、フェアリードロップス回収の成否とは別に、事態が新たな軍事的危機の局面へと移行しつつあることが示されたのである。

宇宙空間でのミサイル迎撃
フェアリードロップスを回収した直後、横須賀基地から実戦用と思しきミサイルが発射され、諸外国からも報復ミサイルが飛来した。十二式は日本防衛を宣言し、高高度に展開した端末で迎撃を開始した。佐々木とピーは転移魔法で宇宙空間に出て、障壁魔法で放射線などを遮断しつつビーム魔法で自国のミサイルを完全消滅させ、十二式は他国ミサイルを軌道上で無効化した。

現場離脱とニュース報道
ミサイルが止むと、地上からの注目を避けるため一同は速やかな撤収を決定し、事後処理は二人静に一任された。帰宅後、テレビでは横浜中華街近くの大規模玉突き事故が大々的に報じられ、死傷者ゼロという異常な結果とともに、「空から降りてきた魔法少女に助けられた」という証言が繰り返し流れた。横須賀基地からのミサイル発射も話題に上るが、スタジオは早々に話題を打ち切り、統制の存在が示唆された。

ネット上でのバズと情報統制の限界
二人静に促されてネットを確認した佐々木は、魔法少女とミサイルを巡る投稿がソーシャルメディアで爆発的に拡散している現状を知った。ドラレコ映像には、空中浮遊する自動車や救護にあたるマジカルピンクとマジカルブラック、狐の姿まで鮮明に映っており、万単位のバズとなっていた。十二式はネットワーク経由のデータ削除を申し出るが、スタンドアロン機器由来の映像までは消せないと二人静に諫められる。結果として、機械生命体の能力を用いて魔法少女本人と浮浪児が写るデータのみをピンポイントで削除し、それ以外の事故映像は残されることになった。

回復魔法の異常性と八人目への注目
現場対応の経緯を報告する中で、交通事故の被害者の一人に、余命宣告を受けていた重病者が含まれていたことが判明した。その患者は病院搬送後の検査で病気の完全寛解が確認され、四肢再生どころか致命的疾患まで癒やす回復魔法の実在が明るみに出た。局のデータベースにも類例はなく、各国や諸組織が「八人目の魔法少女」の力に強い関心を示すことが予想されるため、二人静は回復魔法をマジカルブラックの固有能力「マジカルヒーリング」として説明しつつ、本人の正体秘匿を最優先とする方針を共有した。

ミサイル発射の政治的処理と機械生命体の立場
横須賀基地と諸外国からのミサイル発射については、各国間で大規模演習扱いとして政治的に幕引きする方向で調整が進んでいると二人静は報告した。しかし、実際には人類の兵器が機械生命体の足止めにもならないことが露呈しており、十二式が本気を出せば世界規模の軍事バランスが崩壊し得る危険性も示された。佐々木と星崎は、局や同盟国の魔法少女からの接触、阿久津ら上司の動きに警戒しつつ、当面は外出や通信を控え、元の肉体への復帰と今後の対応策を優先課題と認識した。

魔法少女たちの出自と妖精界の影
話題はやがて、外国出身の魔法少女たちがなぜ流暢な日本語を話すのかという疑問に移った。マジカルピンクによれば、彼女たちは魔法少女アニメのイベント会場で妖精と邂逅し、そこでスカウトされた存在であり、レッドは日本文化への傾倒、イエローは幼少期からの日本生活を通じて二言語話者となっていたという。この証言から、魔法少女制度の背後にアニメ文化を媒介とした妖精界の意図的な勧誘構造がある可能性が示され、インリンお嬢様やメイソン大佐が妖精を扱いかねていた理由にも納得がいく形となった。

機械生命体プロパガンダの失敗と今後の不安
同じ午後に家族で制作・公開した機械生命体の宣伝アニメは、本来ならネットのトレンドを席巻するはずだったが、魔法少女騒動に話題を奪われて再生数は数千回に留まった。十二式は身内に話題を攫われたと不満を述べ、クオリティが高すぎて企業制作動画と誤認された可能性や、「個人らしさ」を強調する戦略の必要性が議論された。冗談半分に十二式自身が魔法少女としてデビューする構想も出るが、星崎は当面、宇宙人プロパガンダを含む目立つ行動を控えるべきだと進言する。ミサイル事件と魔法少女バレ、重病完治の余波がどこまで広がるか見通せない中で、一同はネットから距離を置きつつ、局と世界情勢の出方を窺うしかない状況に置かれていた。

異世界側の近況とトンネル開発の進展
地球側が忙しくなる前に事情を伝えるため、ササキとピーちゃんは異世界を訪れ、ミュラー伯爵にエルザを返還しつつ近況を説明した。伯爵は引き続き二人の都合を最優先すると約束し、エルザの滞在も鳥の賢者が預かる形で認められた。その後、ササキ=アルテリアン辺境伯領の地下トンネル出口を視察すると、かつてのテント村は石造りの建物が立ち並ぶ活気ある町へと発展し、ルンゲ共和国との貿易によって人と馬車が絶えない一大拠点となっていた。

ケプラー商会から知らされた帝国の軍備拡張
ルンゲ共和国に移動したササキは、軽油を通常より多く納品したうえでケプラー商会のヨーゼフと面会した。そこでマーゲン帝国が近くヘルツ王国へ再び侵攻する可能性が高いとの情報を知らされる。帝国系商会から異常な規模の食料買い付けが入っており、過去の事例から演習ではなく本格的な出兵と判断できるという。背景には、地下トンネル事業と共和国貿易によってヘルツ王国の財政と体制が立て直されつつあることがあり、帝国がその前に王国を叩こうとしていると推測された。

情報の扱いと商人としての立ち位置
ササキはアドニス王へ警告すべきか逡巡するが、軍需品発注で共和国中の商会が帝国と取引している状況を考え、軽率に動けばケプラー商会や長老会を敵に回し、マルク商会の立場を失う危険を認識する。そのため情報はせいぜいミュラー伯爵までに留め、星の賢者の名を用いて他言無用を取り付けるべきだと考えつつも、放置すればヘルツ王国が壊滅しかねないという板挟みに苦しんだ。

ヘルツ王国防衛か共和国との共存かというジレンマ
エイトリアムの宿に戻ったササキとピーちゃんは、リビングで改めて状況を整理した。王国と帝国が正面から戦えば王国に勝ち目は薄く、国境の砦や旧ミュラー伯爵領、エイトリアムの町にはササキの知己も多い。星の賢者や地下都市の戦力を総動員すれば帝国軍を撃退できる可能性はあるが、その場合は帝国に多額の投資をしているルンゲ共和国の利益を損ない、マルク商会が長老会から総スカンを食らう恐れがある。ピーちゃんも、帝国を打ち破ったとして広大な領土と多数の特権階級をどう統治するかという重荷を懸念し、理想はヘルツ王国とマーゲン帝国、共和国が共存共栄する形であると語った。

外部者としての立場と「恩返し」としての介入決意
ササキは、自分たちはあくまで異世界の「外から来た者」であり、最終的な決定はピーちゃんと、この世界の住人たちに委ねるべきだと自覚する。一方で、ヘルツ王国と共和国で築いた人間関係を戦争で失いたくない思いも強く、せめて被害を減らす方向で手伝いたいと願う。ピーちゃんは「自分に構わず放り出してもよい」と気遣うが、ササキはブラック企業生活から救い出してくれた愛鳥への恩返しとして、スローライフから遠ざかる覚悟で協力すると応じる。まずは現地に赴いて情報収集し、商人としての立場を守りつつも、後悔のないようできる限り尽力する決意を固めていたのである。

女児化した身体と衣類調達の必要性
フェアリードロップス回収の際の暴発に巻き込まれたことで、語り手はピーちゃんの回復魔法により一命を取り留めたものの、肉体が女児の姿へと変化してしまったのである。元に戻る気配は当面見られず、この姿で生活せざるを得なくなった結果、手持ちに児童用衣料がないことが最初の実務的な問題として浮上した。そこで語り手は同僚であり資産家でもある二人静に頼み込み、軽井沢の別荘で衣類を貸与してもらう段取りを付けた。

子供っぽい服と狙った人選による「悪ノリ」
別荘のリビングに戻ってきた二人静は、背格好が近いことを理由に大量の服をテーブルに積み上げたが、その中身はキャラクター物のTシャツ、短いスカートやホットパンツ、猫耳フード付きパーカーなど、意図的に子供っぽく可愛らしいものばかりであった。語り手が「もう少し落ち着いた服」を求めると、二人静は「普段着ていない服を貸す」と最初に宣言していたことを盾に取り、対価の金インゴットを返して手を引くぞと揺さぶりをかけつつ、明らかに愉快がる態度を見せた。これに対し語り手は、かつて二人静が教員をしていた際のスーツに言及し、「それも普段は着ていないはず」と切り返して、彼女に渋々スーツと冬物コートを取りに行かせることに成功したのである。

スーツ採用と過激な下着という新たな難題
戻ってきた二人静は、語り手にも見覚えのあるスーツとコートを差し出し、実務上は十分な配慮を見せたものの、ボトムはかなりタイトなミニスカートであり、語り手は抵抗を覚えつつも子供服よりはマシと判断して受け取った。さらに二人静は「下着」と称して黒レースやローライズ仕様の、大人向けかつ刺激的なデザインの新品を提示し、ノーパンで過ごすつもりかと畳みかける。語り手は戸惑いながらも選択肢のなさを悟り、二人静の悪ノリ混じりの厚意を受け入れて、女児の身体に合わせた最低限の衣装問題をひとまず解決したのである。

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漫画「クラス転移に巻き込まれたコンビニ店員のおっさん 2」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は異世界召喚ものファンタジーである。さえない35歳のコンビニ店員・乙木雄一が、高校生たちの召喚に巻き込まれた結果、女神から「余り物のクズスキル」群を押し付けられて異世界へ転移する。勇者とは異なる扱いを受けながらも、その大量のスキルを活用し、魔道具店を開業して成功を収め、人生逆転を果たす物語である。主にチートではない地道な努力と柔軟な発想を描く。

主要キャラクター

  • 乙木雄一:35歳の主人公。さえないコンビニ店員だが、異世界でスキルを駆使して魔道具店を経営し成長する。
  • 美樹本有咲:黒ギャルJKの姪。雄一の店の店員として働き、しっかり者で献身的。
  • シュリ:宮廷魔術師で男の娘。雄一の周囲に集まる特殊能力者の一人。
  • マルクリーヌ:女騎士団長。強く気高い女性で、雄一と関わりを持つ。
  • マリア:未亡人で肉食系美人。双子の親としても登場し、雄一と関係を築く。

物語の特徴

  • 「クズスキル」群という一見役立たずな能力を、雄一がアイデアと経験で逆転活用し、魔道具や店舗経営に役立てる点が本作の最大の魅力である。
  • 主人公のリアルさと“凡人知恵で逆襲する”構成が新鮮で、成長物語として共感が得やすい。
  • 多彩なヒロインたちとの関係性が描かれ、ラブコメ的な要素も含むので、異世界ファンタジーとしてだけでなく、人間ドラマや恋愛要素も楽しめる。

書籍情報

クラス転移に巻き込まれたコンビニ店員のおっさん、勇者には必要なかった余り物スキルを駆使して最強となるようです。 2
著者:結城焔 氏
原作: NarrativeWorks(日浦あやせ)
イラスト:  氏
出版社:ぶんか社(BKコミックス)
ISBN:9784821154616

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あらすじ・内容

猫背に無精ひげのさえないおっさん・乙木雄一は、異世界転移に巻き込まれ、女神様からクズスキルを押し付けられた。しかしそのクズスキルを有効活用し、コンビニのように便利な魔道具店を開き、事業拡大にいそしむ第2巻! 姪の黒ギャルJK・有咲、女騎士団長・マルクリーヌ、宮廷魔術師の男の娘・シュリ君などとの、ドキドキの交流の先に、おっさんは壮大な野望を抱く!

クラス転移に巻き込まれたコンビニ店員のおっさん、勇者には必要なかった余り物スキルを駆使して最強となるようです。 2

感想

本作は“努力系日常もの”の皮を被っていながら、その実、魔道具と人材育成による戦争終結を見据えたスケールの大きな構想が展開される物語であった。
前巻では余り物スキルで店を開き、自立を確保した乙木雄一が、今巻ではさらに視野を広げ、商業、福祉、軍事、教育を網羅する“総合計画”へと舵を切った。(微妙に)

「真面目にコツコツ評価されていく地味系日常漫画」だと思っていた者にとっては、突如として語られる“戦争終結計画”や“エネルギー供給革命”は衝撃であった。
特に女神ですら「それ全部使ったら人間死ぬ」と見誤った才能を乙木に与えていた事実が明かされたことで、「ただの余り物だった」という前提が崩れて行った。
ホントに駄女神だわ、、

シュリとの関係も、序盤では奇抜な魔術師との師弟関係として描かれていたが、今巻ではついに「乙木、脱童貞」の一大イベントへと到達した。
しかも相手は“女子ではなく、女に見える男”であるシュリ。
姪に「女にモテたい」と語っていた乙木の行動が、まさかのBLルートとして開花するとは、凄まじい拗らせ具合であった。
だが、その描写が物語の流れを崩すことなく、あくまで信頼と契約の延長線上として処理されている点が印象的であった。
いや、引っ張られても困るが。

また、乙木がこれまで“普通の人”として見せてきた地道な努力も、実際には“スキル運用と論理的思考を武器にしたイノベーター”としての片鱗にすぎなかった。
彼が照明魔石をベースにエネルギーシステムを考案し、戦力供給と教育・雇用・医療の改革に乗り出す姿には、もはや一商人の枠を超えた“指導者”の資質が漂っていた。

それでも乙木は、自分の過去――中退、無職、劣等感と孤独――を隠すことなく姪の有咲に語り、失敗の上に今の自分があることを冷静に見つめていた。
その姿は“理想の人”ではなく“失敗から学んだ凡人”であり、だからこそ説得力のある言葉を投げかけることができたのであろう。

姪の有咲もまた、乙木の語りに対して呆れつつも真正面から受け止め、自分なりの努力をすると宣言するに至る。
このやり取りは、“誰かが誰かに何かを託す”という行為の本質を端的に示しており、乙木の人生そのものが、誰かに希望を繋ぐ“橋”であることを感じさせた。

結末において、未亡人の雇用、孤児院との連携、子供たちの教育支援といった社会的施策が次々と始動し、乙木の店舗は“店”を超えて“仕組み”へと変貌しつつあった。
これは単なるビジネスの成功ではなく、「生きづらい世界で、誰もが生きていける場所を作ろう」という祈りに近い計画であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

乙木雄一

異世界に巻き込まれた元コンビニ店員であり、不要スキルを活用して魔道具店を経営しながら戦争終結を目指す現実主義者である。
・『洞窟ドワーフの魔道具屋さん』の店主
・照明魔石やボロ布ローブの実用化を進め、軍需・商業・福祉の三分野で事業を拡大した
・孤児院との取引や教育支援を通じて社会基盤の構築を図った
・マルクリーヌやシュリと協力し、照明魔石の工場設立とエネルギー供給体制の構築を進めた
・かつての人生を反省しつつも受け入れ、姪の有咲に自らの半生を語って導いた

美樹本有咲

乙木の姪であり、元勇者として召喚された高校生で、乙木の店舗で住み込み従業員として働いている。
・スキル「カルキュレイター」を有し、計算・情報処理能力の成長性が見込まれている
・乙木の支援を受けてスキルの実験運用を重ね、価格計算能力を獲得した
・乙木の過去を受け入れ、自らも前向きに努力する意志を示した
・日常の店番や作業補助を担い、戦力強化計画において中心的存在と位置づけられている

シュリ

宮廷魔術師であり、乙木の照明魔石技術に着目して出資を行った協力者である。
・乙木の店を宮廷指定の魔道具店に認定し、研究費名目で公費投入を約束した
・蓄光魔石工場の設立を提案され、国家予算による支援を決定した
・乙木と個人的契約を交わし、報酬として性的関係を持ったことが描かれている
・技術理解力と判断力に優れ、戦略的思考に共感を示して行動に移した

マルクリーヌ

王国の女騎士団長であり、乙木の計画に現実的な視点から助言を行う理解者である。
・シュリと共に軍需用照明魔石の大量購入を依頼した
・戦力増強と戦争終結構想について、乙木と建設的な議論を重ねた
・シュリとの契約内容について沈黙を守り、乙木に対して一定の信頼を寄せている様子を見せた

イザベラ

孤児院の院長であり、乙木との間で製品供給契約を結び、施設運営の安定化を図った人物である。
・乙木とボロ布ローブの製造契約を交わし、孤児院に定収入をもたらした
・乙木の教育支援の申し出に感謝を示し、協力関係を築いた

ローサ

孤児院の少女であり、裁縫の才能を認められて特別な育成対象となった子どもである。
・ローブ製作に関わり、その技術を評価された
・乙木から服飾部門の責任者候補として指名され、教材や衣服を贈られた

ジョアン

孤児院の少年であり、子どもたちの中でリーダー的な性格を持つ人物である。
・乙木に将来の幹部候補として期待されており、育成対象に選ばれている

ガイアス

C級冒険者であり、乙木の照明魔石を評価し、店の最初の購買客となった人物である。
・照明魔石を実際に使用し、その有用性を認めて購入した
・店の宣伝効果を高める役割を担い、商品の信頼性向上に寄与した

マリア

A級冒険者の未亡人であり、双子の子供と共に乙木の店に就職した女性である。
・夫を失った後、社会とのつながりを求めて自発的に雇用を申し出た
・身の安全と子供たちの生活を守るため、店内への同伴勤務を希望した
・乙木との信頼関係を築き、親子ぐるみでの協力体制を形成しつつある

ティオ

マリアの息子であり、ハーフエルフの少年である。
・乙木の店舗に母と共に勤務することとなり、護身用魔道具を貸与された

ティアナ

マリアの娘であり、ティオの双子の姉妹である。
・ティオと同様に乙木の店で働き、魔道具による安全確保が図られている

展開まとめ

6勤目 ボロ布ローブ

商店街での新たな発見と購入

乙木は商店街で、孤児院の子どもたちが作ったボロ布ローブに注目した。これは再利用布で製作された格安ローブで、貧しい冒険者の一時的な防具として販売されていた。乙木はその趣旨に感銘を受け、素材指定で十二着を購入した。支払いには溜まっていた小銭を使用し、店主の技術や販売方式にも関心を寄せた。

照明魔石の加工と店舗開店準備

乙木は照明魔石をガイアスに渡した後、ギルドでクズ魔石を回収し、有咲と共に付与魔法の作業を進めた。数日間、木材加工や店内整備に勤しんだ結果、一階部分は店舗らしい形に整った。開店当日、早朝から看板の設置作業に取り掛かり、乙木はスキル「粘着液」を用いて看板を掲げた。有咲との関係も和らぎ、互いに自然体で接するようになっていた。

閑古鳥の店と最初の来客

店の開店初日、来客はほとんど無く、訪れてもすぐに帰ってしまう状況が続いた。有咲は赤字を心配するが、乙木は照明魔石の評判が広まることを見込んでいた。そこへ噂を聞いたガイアスが来店し、照明魔石の有用性を認めた上で複数個を購入した。このやり取りを通じて乙木は商品の価値が実証され、今後の来客増加に確信を得た。

新人冒険者への提案と販売戦略

数日後、照明魔石の評判により来店者が増え、販売数も安定した。そんな中、装備資金に悩む新人冒険者三人が現れた。乙木は彼らに対してボロ布ローブの実用性を実演し、照明魔石とのセットで安価に提供した。ローブには防刃・衝撃吸収・形状記憶のスキルが付与されており、機能性を理解した冒険者たちは感謝して購入した。乙木はこの販売が新たな宣伝になると見込んでいた。

7勤目 孤児院への寄付

孤児院との取引開始とイザベラ院長との契約

乙木はボロ布ローブの仕入れ先である孤児院を訪れ、院長イザベラと面会した。ローブ製造の布を乙木側が支給し、完成品を一定価格で買い取る契約を提案した。この申し出は孤児院にとって安定した収入源となり、院長から深い感謝を受けた。契約書の作成と交付を終えた後、乙木は今後の協力体制に期待を寄せた。

子ども達との交流と将来への布石

契約成立後、乙木は孤児院の子どもたちと面会した。裁縫が得意な少女ローサやリーダー気質のジョアンなど、個々の特技を持つ子ども達と接しながら、乙木は将来的な労働力としての活用を視野に入れていた。子ども達への教育投資を名目に、書物や資金を寄付することも決意した。

照明魔石の軍需取引と融資の提案

孤児院から帰還した乙木の元に、シュリとマルクリーヌが訪れた。シュリは照明魔石を軍事目的で大量に購入したいと申し出、乙木はそれを了承した上で、納品の分割と融資の相談を持ちかけた。彼は戦争中の情勢では金貨数千枚でも生活保障にならないと説明し、より安全で豊かな生活を求めて多方面への投資を進める意志を明かした。

乙木の未来設計と最大目標の提示

乙木は、自身の目標が単なる金銭の蓄積ではなく、安全と生活水準の確保であることを強調した。そのために必要なのは戦争の終結であると断言し、シュリらに向けて、将来的には戦争を止めることが最終的な目標であると宣言した。

8勤目 戦う理由と願い

戦争終結への願望と理想の提示

乙木は戦争を止めるという目標を語った。召喚された日本人全体の幸福を取り戻すことを理想に掲げ、その願いは感傷的で自己満足的なものであったが、彼には実現のためのスキルと発想があると自負していた。シュリとマルクリーヌは現実的な観点からその可能性を否定したが、乙木は戦力強化を個人ではなく仕組みで行うという逆転の発想を展開した。

照明魔石を基盤としたエネルギー供給の構想

乙木は、魔道具の量産には自身で製作する必要が無いことを主張した。膨大な魔力量を必要とする付与魔法を他者が行えるようにするには、エネルギー供給手段として照明魔石の構造を応用する必要があると説いた。彼は蓄光スキルによって日光から魔力を得られる点に着目し、魔力を生み出す専用工場を作る計画を披露した。

技術革新による世界の変革構想

シュリは乙木の照明魔石の仕組みに着目し、その画期性に驚愕した。蓄光スキルを付与した魔石を大量に設置し、得られた魔力を他の魔石に転送することで、付与魔法のエネルギー問題を克服できると理解した。乙木はこの技術を工場化し、やがては人類の利用可能な魔力量を飛躍的に拡張する計画を立てていた。これにより魔道具の大規模生産が可能となり、戦力増強の基盤を築く方針であった。

軍事技術としての応用と勝利戦略の提案

乙木は戦争終結のため、戦局に影響を与える「質と量」両面の強化が必要と説いた。質においては有咲を中核とする個人の能力向上、量においては強力な魔道具を装備させた兵士の大軍を用意する構想を述べた。マルクリーヌとの対話を通じて、大規模な敵軍にも対抗可能な軍事力の創出が現実味を帯びてきた。

有咲のスキルとその可能性への期待

乙木は有咲のスキル「カルキュレイター」に注目していた。計算能力に特化したこのスキルは、表面的な数式処理だけでなく、情報処理の本質的機能を担う可能性があると推測していた。計算の定義を数式に限らず、あらゆる複雑な問題解決能力に拡張できるとする独自の理論により、有咲が究極の問題解決者となる未来を描いていた。

スキル成長性と運用実験の成果

乙木はカルキュレイターが成長性を持つスキルであると仮定し、有咲にレジ打ちを任せてスキルの成長を促していた。その結果、有咲は瞬時に価格計算ができるまでに成長し、スキルの有効性が実証されたと判断された。シュリもこの仮説に一定の理解を示し、今後カルキュレイターの成長によって多くの未解決問題の解消が可能になるとの展望が共有された。

9勤目 シュリ君と脱童貞

革命的技術への道と将来計画の輪郭

乙木は、カルキュレイターの成長が確かであれば、膨大な知識と技術が実用化され、あらゆる発明が実現可能になると予測していた。その実現にはスキルの成長と資金調達が不可欠であり、軍への協力を通じて融資を得ようとする計画に繋がっていた。シュリはその理論の不確実性を認めつつも、乙木の戦略に一定の理解を示し、計画に現実味を感じ始めていた。

出資交渉の成立

長い説得の末、シュリは乙木の計画を理解し、蓄光魔石工場の設立に協力することを承諾した。国の予算を研究費名目で融資する形をとり、正式に宮廷魔術師付きの魔道具店として認める手配を約束した。シュリは、乙木の人物像を見極めたうえで出資に踏み切ったのであり、純粋な商業的利益だけでなく、人物評価も考慮した判断であった。

契約成立と報酬の約束

シュリは出資を承諾したことで、以前乙木と交わした報酬の話に言及した。乙木はその内容を察し、興奮しながら店を出る準備を整えた。有咲が疑問を呈したが、乙木は何とかごまかし、彼女の了承を得て外出を決行した。マルクリーヌは沈黙を守り、乙木に同調する姿勢を見せた。

夢の成就

乙木はシュリと共に連れ込み宿へ向かい、ついに長年の夢であった脱童貞を果たした。詳細は語られていないが、シュリとの体験は乙木にとって極めて満足のいくものであったと示されている。

契約手続きと周囲の反応

事後、二人は店に戻り、正式な契約書面を交わした。シュリは疲労の様子を見せたが、有咲には事実は悟られていなかった。乙木は安堵しつつも、姪に正体が露見することへの強い恐れを感じていた。

乙木への問いかけ

夜の来客が途絶えた店内で、有咲は乙木に過去の職歴や生き方について問いかけた。乙木は、大学中退後に選べる仕事が限られていたこと、コンビニで働いていたのは就職先がなかったためであることを率直に語った。

社会的挫折と人生の選択

乙木は、大学時代に知識欲に突き動かされ単位取得を怠った結果、留年の末に中退した経緯を説明した。正社員として働けるだけの条件を満たせず、結局コンビニ店員という選択に至ったことを淡々と語った。

過去の価値観と行動原理の告白

乙木は、有咲に対して自身の若い頃の行動原理を二つ挙げた。一つは知識欲、もう一つは異性にモテたいという欲求であった。この告白に、有咲は呆れた表情を見せた。乙木の過去は、無計画でありながらも強烈な個人的欲求に支配されたものであったことが明らかとなった。

10勤目 乙木雄一の半生

幼少期の優越意識と歪んだ思想

乙木雄一は幼少期から知能が高く、その自負から周囲を見下す癖を持っていた。思春期には、自分より学力の低い者が異性から好かれる現象に強い疑問を抱き、次第に「馬鹿な者同士が惹かれ合う」という独善的な理論を形成していった。

大学進学と理想の崩壊

彼は、自身と同じように優秀な人間が集まる場所でこそ理解者や恋愛関係が得られると信じ、大学進学を決意した。知識の追求と同時に異性からの承認を望んだが、現実は厳しく、複数人と交際はできたものの関係は長続きせず、孤立していった。知識以外の魅力を持たず、他者を見下す性格が災いして、人間関係は破綻を繰り返した。

学業の放棄と挫折の蓄積

大学では必修を避けて興味ある授業や読書に没頭し、単位を取らないまま在籍期間を超過して中退した。社会に出ることができず、数年の無職期間を経て、ようやく選んだのがコンビニのアルバイトであった。企業面接も受けられず、選民意識が強かったことから人脈もなく、社会的信用を築く機会も持てなかった。

有咲への語りと自己の開示

乙木は自らの過去を姪の有咲に語った。気まずい雰囲気が流れたものの、有咲は「雄一お兄ちゃんは今でもすごい」と述べ、乙木の存在を肯定した。その言葉に、乙木は内心で強い感動を覚え、感謝の気持ちを抱いた。

職業選択への疑問と内面の告白

有咲から「なぜ普通の仕事をしなかったのか」と問われた乙木は、自身が人生に期待しなくなっていたこと、過去の思想に引きずられ努力を避けたこと、そしてコンビニでのささやかな充実感に満足していたと述べた。他人の役に立てることに喜びを見出していたため、現状を変える意欲は芽生えなかったと明かした。

年齢と経験がもたらす矛盾

乙木は、人は年を重ねるごとに経験に縛られ、矛盾した行動を取るようになると語った。優越感や見下しの感情が抜けず、理性では抑えても本質は変わらないままであること、そして自身が理屈と現実の狭間で迷走してきたことを自覚していた。

人生観と他者への願い

乙木は、自分が惨めな存在であることを認めつつも、その人生を肯定する姿勢を示した。そのうえで、他者には自分のような失敗をしてほしくないという思いを語り、有咲をはじめとする若者に良い人生を歩んでもらいたいと願った。それは、自分自身が惨めであるがゆえに、他者に幸福を与えたいというヒーロー願望に近い感情であった。

姪の言葉と希望の余韻

有咲は乙木の語りを受け止め、「自分なりに頑張ってみる」と前向きな姿勢を示した。乙木はその言葉に内心で強く安堵し、彼女の素直な人柄に誇りを感じた。暗い話を終えた後、意識を切り替えた乙木は日常へと戻り、有咲に夕食へ出るよう促した。去り際の彼女の声は、優しさを含んだものとして乙木の胸に残った。

11勤目 ある女神の傍観

契約の成立と資金確保

シュリが正式な書面を持参し、照明魔石の定期仕入れ契約を結んだ。それにより『洞窟ドワーフの魔道具屋さん』は宮廷魔術師付きの指定店となり、研究名目での予算が流入可能となった。資金面の見通しが立ち、借金ではない公費扱いの収入源を確保する形となった。

従業員募集と未亡人への戦略的アプローチ

商品の増加と多忙化に備え、従業員二、三名の雇用を決定した。即戦力となる未亡人層を暗に狙い、冒険者への世間話から自然な情報拡散を図った。その結果、夫を亡くしたC級冒険者の未亡人が応募し、即戦力として採用された。

変わり種の応募者・マリア親子との出会い

次に応募してきたのは、身なりの整った女性マリアと、そっくりな顔立ちの少年少女であった。彼女はA級冒険者の未亡人で、財産は十分にあったが、社会との繋がりを求めて子供と共に働きたいと志願した。双子の子供ティオとティアナがハーフエルフであることが判明し、身の安全確保のため店舗に同伴を希望した。

雇用決定と防犯対策の提案

マリア一家の事情を踏まえ、三人全員を雇用することを決定し、双子には護身用の魔道具を貸与することを約束した。マリアの人脈とエルフの血を持つ子供たちへの保護は、将来的な利益にも繋がると判断された。マリアからの厚い信頼と親密な態度が続き、親子ぐるみでの関係性が築かれ始めた。

孤児院訪問と教育支援の開始

従業員問題の解決後、自由時間を使って孤児院へ通い始めた。子供たちとの信頼関係を構築し、教育用書籍を寄付して学びの機会を提供した。孤児の中からローサとジョアンを将来の幹部候補として見込み、彼らへの特別な育成を計画した。

ローサへの裁縫教育と役割分担

ローサには裁縫の才能を見込み、教材や服を贈って知識と技術を伸ばさせることとした。既存のローブ製作は他の子に任せるよう指示し、彼女には新たな服作りと技術の伝達を任せた。将来的には服飾部門の責任者として育てる意図があった。

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