物語の概要
本作は異世界転生×ハードコアな設定付きファンタジーライトノベルである。現代で“やり込みゲーマー”だった主人公は、「難易度=ヘルモード」を選択したことにより、能力値が不利な“農奴”の身分で異世界へ転生した。普通なら絶望しかないスタート地点から、召喚士として地道にスキルと仲間を集め、システム的な制限と戦いながら、最弱から“無双”への道を切り開いていく。第8巻では、新スキル「指揮化」を駆使し、100万を超える軍勢を相手に戦うなど、圧倒的戦力差の中で生き残りを懸けた大規模戦闘が描かれている。
主要キャラクター
アレン:本作の主人公。元廃ゲーマーであり、最高難易度で異世界に転生した後、召喚士として戦力を蓄えながら成り上がる存在。第8巻では“指揮化”で数十万の軍勢を統率し、危機的状況に対抗する。
シア(獣王女シア):アレン率いる一群において重要な仲間。強力な魔獣や魔法を操る実力者であり、魔物との戦い・組織間の抗争においてもアレンと行動を共にする。
物語の特徴
本作の大きな魅力は、「最弱スタート × 高難易度設定」という通常の“チート無双”とは逆ベクトルの異世界転生もの、という点である。制限の多さと理不尽な設定の中で、地道な努力、仲間との協力、戦略と“やり込み”での成長が強調され、読者にとっては「安易な万能ヒーローもの」へのアンチテーゼのように映る。第8巻に至っても、数十万、数百万規模の軍と戦う――という過酷な戦況が描かれ、スケールと緊張感が保たれている。
書籍情報
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~8 著者:ハム男 氏 イラスト:藻 氏 出版社:アース・スターノベル 発売日:2023年10月18日
ハム男/藻 アース・スターエンターテイメント 2023年10月18日
ブックライブで購入
BOOK☆WALKERで購入
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
あらすじ・内容
火の神フレイヤの力を奪った魔王軍。「邪神教」の教祖であり魔王軍配下のグシャラは、信者を魔物に変えることにより各地で同時に戦火を起こした。 アレン達はすべての場所を救うため、パーティーを三つのチームに分けることにより、同時進行で事態の解決に挑む。 それぞれの土地で魔物を殲滅したメンバーは再びアレンのもとに集結し、獣王女シアとともに暴力の化身のような魔神、バスクに挑むが……。 魔神と戦いながら各地の祭壇を壊して回ったアレンたちは、いよいよ敵の本拠地である「空に浮かぶ島」の神殿へと降り立つ。 そこで待っていたのは魔神となった教祖グシャラと、強大な魔神が待っていた。 かつてない敵の猛攻に、仲間の命の危機──!? 邪神教との戦い、最終局面!! 強大な魔神の力と、仲間に忍び寄る死の影── 『廃ゲーマー』最大の危機!!
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~8
感想
邪神教との戦いがついに最終局面を迎え、RPGのイベントさながらにバリアを解除し、空飛ぶ島の神殿へと突入していく展開には胸が躍った。攻略系ラノベファンタジーとしての面白さが詰まった一冊だ。
戦闘シーンの迫力は凄まじく、一区切りつくまで一気に読み進めてしまったほどである。これまでのボスとは攻略の難易度が段違いで、魔王軍との戦いが本格化したことを肌で感じる。敵陣営には教祖や戦闘狂に加え、洗脳された調停神、さらには黒幕らしき魔王参謀まで現れる。その圧倒的な戦力差に、一時は「敗北イベントか?」とすら思ったほどだ。だが、途中で参謀が撤退するなど、戦況は二転三転していく。
そんな死闘の最中でも、アレンのゲーマー気質がぶれないのが面白い。レベルアップごとに喜ぶ姿は相変わらずだし、正気に戻った上位神の経験値を惜しんだり、敵が逃走扱いになったことで強敵のレアドロップを持ち逃げされたことに怒ったりする。この独特な感性は、ゲーマーとして痛いほど共感できて思わず笑ってしまった。
そして何より、本巻はドゴラの活躍回である。この時をずっと待っていた。序盤から加入しているものの、凡庸なステータスで「秘奥義」も出せず、長いこと不遇な戦士キャラ生活を送っていた彼が、ついに燃え輝く瞬間が訪れる。数合わせの幼馴染斧使いと言われながらも、ここぞという場面で見せた覚醒イベントには胸が熱くなった。
アレン自身が「ヘルモード」である以上、仲間が覚醒するのは予想していたが、昨今の流行りからして女性キャラの誰かが先だと思っていた。まさかドゴラが来るとは。単にスキルを使えるようになって終わりかと思いきや、予想の斜め上を行く展開である。これまではドゴラが追いかける立場だったが、今度はクレナが追いかける側になったかもしれない。
勢いで巻頭を飾っているが、隣にいる女性は一体誰なのだろうか。その正体も気になるところだ。戦闘以降は予想外の昇格もあり、魔王側の動きも描写が増えてきた。次巻以降、彼らがどう強化されていくのか、物語がどう展開するのか楽しみでならない。
最後までお読み頂きありがとうございます。
ハム男/藻 アース・スターエンターテイメント 2023年10月18日
ブックライブで購入
BOOK☆WALKERで購入
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
登場キャラクター
アレン
異世界から来た召喚士であり、仲間たちを率いて魔王軍と戦う隊の指揮役である。冷静に情報を集めて状況を分析し、召喚獣とスキルを組み合わせて戦場を組み立てる思考型の戦闘者である。シア獣王女や獣人部隊、ダークエルフ王オルバースらとも協力関係を築き、各勢力の中心に立つ存在になっている。
・所属組織、地位や役職 人族側連合軍の一隊を預かる召喚士であり、Sランク冒険者である。
・物語内での具体的な行動や成果 クレビュール王国防衛線に駆けつけ、召喚獣とセシルの魔法を用いて邪神の化身を殲滅した。クレビュール西方やカルロ要塞周辺での殲滅戦を主導し、避難民二十万人を無傷で移送させた。アクア神殿では修羅王バスクと対峙し、裁きの雷と転移を組み合わせて砂浜でのエクストラアタックへ持ち込んだ。浮遊島神殿戦では、知力を極限まで高めてグシャラと大教皇の行動パターンと祭壇の仕組みを解析し、祭壇破壊のタイミングを割り出して実行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 新スキル「王化」を解放し、召喚獣の階級強化と指揮化システムを完成させた。ギャリアット大陸各地の祭壇を破壊し続けることで、「光の男」として諸勢力から認知されている。神界スタッフからスキルの調整通知を受ける立場にもなり、神々側からも注視されている存在である。
シア獣王女
獣人国家の王女であり、前線で戦う拳闘士でもある。責任感が強く、過去の判断で生じた惨禍を自らの責任と捉え、邪神グシャラ討伐を自分の課題として抱え続けている。アレン一行の非常識な戦力を認めつつ、その力を利用するだけでなく並び立とうとする姿勢を持つ。
・所属組織、地位や役職 獣人国家アルバハル王家の王女であり、「拳獣聖」と呼ばれる戦士である。ゼウ獣王子の妹であり、獣人精鋭部隊の隊長格である。
・物語内での具体的な行動や成果 クレビュール防衛戦で獣人部隊と共に魚人王国を支援し、アレン隊と合流して共闘体制を整えた。カルロ要塞都市までの避難民護衛と西方掃討戦でも前線に立ち続けた。浮遊島神殿戦では、修羅王バスクとの戦闘に前衛として参加し、仲間の死を目の当たりにしながらも戦列を維持した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 父から課された「グシャラ討伐」の試練を、自らの贖いと位置づけて継続している。獣神ガルムから兄ゼウに与えられた「獣王化」を自分には与えられないことに葛藤を抱き、信仰と現実のあいだで揺れている。アレン一行と行動を共にすることで、人族やエルフの価値観にも触れ、視野を広げている。
ドゴラ
クレナ村出身の前衛戦士であり、重い盾と斧を扱う守備寄りの戦闘者である。自分を「足手まとい」と見なしがちな自己評価の低さを持つが、仲間を守る決意は強く、危険な場面では無意識に身を投げ出して庇う性格である。
・所属組織、地位や役職 アレン隊に属する戦士であり、才能「破壊王」を持つ前衛要員である。
・物語内での具体的な行動や成果 クレビュール防衛戦の初動で、獣人弓隊の誤射から仲間を守るため盾で矢を受けた。アクア神殿戦では修羅王バスクの前蹴りで吹き飛ばされながらも前線に復帰し、砂浜でのエクストラアタック時には獣人部隊の左右を補強した。浮遊島神殿決戦では、神器フラムベルクから後衛を庇って一度死亡したのち、火の神フレイヤとの契約で蘇生し、神器カグツチを得て修羅王バスクと再戦した。全身全霊と殺戮撃を合わせた一撃でバスクを大きく切り裂き、実質的に戦闘不能に追い込んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 フレイヤの使徒となり、「生涯英雄を目指す」という契約を交わした。神器カグツチとの真名契約により、神の炎を扱う新たな前衛戦力となった。仲間の前で一度死に、再び戻ってきた経験により、本人の覚悟と周囲からの信頼は大きく変化している。
セシル
アレン隊の主力魔法使いであり、火と氷を中心とした高火力魔法を連発できる攻撃役である。計算された魔力量と装備の組み合わせで、広範囲殲滅を短時間に繰り返す役割を担う。戦術面ではアレンの指示に従う一方で、装備の扱いには本人なりのこだわりを見せる。
・所属組織、地位や役職 アレン隊所属の魔法使いであり、S級ダンジョン攻略経験を持つ冒険者である。
・物語内での具体的な行動や成果 クレビュール防衛戦でエクストラスキル「小隕石」を使用し、邪神の化身の大群を一撃で吹き飛ばした。その後もフレイムランスやフレアを高速連射し、獣人魔法部隊十班分の役割を一人でこなした。カルロ要塞やルコアックの祭壇破壊でも小隕石を再使用し、街単位で神殿と光の柱を消し去った。浮遊島神殿戦では、マクリスの聖珠と精霊王の祝福により詠唱短縮とクールタイム短縮の恩恵を受け、祭壇破壊と魔神討伐の要となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 クレビュール王家から贈られたマクリスの聖珠を装備し、攻撃魔法の性能を大きく引き上げた。プチメテオや小隕石による大規模殲滅の実績から、各国の王や将軍からも戦略兵器に近い存在として認識されている。本人は装備を人に回されると強く反応する一面があり、隊内での立場もより明確になっている。
メルス
神界所属の天使であり、アレンが召喚し協力を受けている高位存在である。冷静な性格で、神々側の事情とシステムを説明しつつ、時には人間側に肩入れする立ち位置を取る。王化後は戦闘でも前面に立ち、魔神や祭壇への大攻撃を担当する。
・所属組織、地位や役職 神界スタッフであり、第一天使ルプトとは別系統の現場担当である。アレンの召喚獣の一体として登録されている。
・物語内での具体的な行動や成果 アクア神殿および浮遊島神殿で覚醒スキル「裁きの雷」を用い、祭壇や魔神に対して広範囲の雷撃を放った。王化実験の最初の対象となり、全ステータス三万超えの状態で裁きの雷を再検証し、その強化を示した。浮遊島神殿では、グシャラ戦で祭壇を破壊する決定打として裁きの雷を再び用い、無限魔力の供給源を断った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 王化によって羽が六枚となり、装いも神々しい姿に変化した。スキル調整を巡ってルプトと路線の違いを見せる場面があり、神界内部での立ち位置も揺れつつある。魔神や調停神との戦闘に直接関わることで、単なる説明役から実戦投入される戦力へと役割が拡大している。
グシャラ=セルビロール
邪神教の教祖であり、魔王軍側に属する上位魔神である。人を「邪神の化身」と呼ばれる魔獣へ変え、祭壇と光の柱を通じて魂と力を集める役割を担う。軽い口調と残酷な行動が結びついた危険な存在である。
・所属組織、地位や役職 魔王軍上位魔神であり、グシャラ聖教の教祖である。エルマール教国の教都テオメニアを壊滅させた張本人である。
・物語内での具体的な行動や成果 テオメニア炎上事件で、処刑されたはずの身から漆黒の炎を呼び出し、都市と住民を邪神の化身に変えた。各地の神殿に祭壇を設置し、邪神の化身が奪った命を黒い炎として集め、光の柱として浮遊島の結界や計画のエネルギー源にした。浮遊島神殿では黒い心臓の球体から力を取り込み、「デスフレア」や「イビルガーデンズ」などの殲滅魔法で召喚獣の波を押し返し、黒い火球でルド隊長を殺害した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 祭壇を破壊されたのち、信者たちの憎悪と悲哀を身にまとった「暴魔」の姿へ変貌した。神具フラムベルクから奪った力と、魔王への供物として捧げた魂の一部を自由に扱い、戦場全体を覆う異常な存在感を示している。
修羅王バスク
元Sランク冒険者であり、戦いだけを求めて魔王軍へ加わった戦闘狂の男である。規律や仲間との協調を嫌い、強者と殴り合うことだけに価値を見出している。魔神化と装備の組み合わせで、前衛陣を圧倒する力を持つ。
・所属組織、地位や役職 魔王軍所属の魔神であり、「修羅王」と呼ばれる戦闘要員である。
・物語内での具体的な行動や成果 アクア神殿でアレン一行と初対面し、シアやクレナの攻撃を容易に捌き、ドゴラを一撃で吹き飛ばした。命のルビーや複数の聖珠、オリハルコン製の大剣を駆使して、砂浜でのエクストラアタックとプチメテオの直撃を耐え、生存したまま撤退した。浮遊島神殿戦では調停神ファルネメスを「乗り物」にして空中戦を行い、神器フラムベルクでドゴラを一度殺害した。最後の戦いではファルネメスから漆黒の玉を奪って変身し、「修羅王バスク」として狂化と真修羅無双撃を用いてドゴラと激突した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 体内に取り込んだ漆黒の玉と神器フラムベルクにより、上位魔神の中でも特に暴力的な存在として描かれている。ルバンカの聖珠腕輪や各種聖珠を装備していたが、左腕を失った際に一部をアレンに奪われた。ドゴラの一撃で致命傷級の損傷を受けたのち、足輪型の転移装備を使って撤退し、生存を続けている。
キール
アレン隊の回復役であり、聖職者として仲間の命を支える存在である。冷静に状況を見て回復対象を選び、前線と後衛の生命線を維持する役割を担う。魔神化した元大教皇を目にして動揺しながらも、治療を止めない精神力を持つ。
・所属組織、地位や役職 アレン隊所属の僧侶であり、回復と対アンデッド戦を専門とする。
・物語内での具体的な行動や成果 カルロネア共和国側では、本軍の到着を待つあいだに避難民の治療と結界構築を担当した。浮遊島神殿戦では、「ターンアンデッド」でアンデッドの群れを一掃しつつ、メルスや前衛陣の重傷を即座に回復させた。調停神ファルネメスとの戦闘では、砕けた拳や胸の損傷を瞬時に治し、メルスを再度戦列に戻した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 イスタール大教皇が魔神化していた事実に大きな衝撃を受けたが、それでも自分の役割を優先している。回復の連続使用により、魔神戦での持久力の鍵となっており、戦術上の重要度はさらに増している。
ソフィー
精霊神ローゼンの加護を受けたエルフであり、支援と補助を得意とする。身分より実力を重視し、アレンを戦場の指揮に立たせる判断を自然に行う。精霊魔法で仲間と召喚獣を底上げし、全体の戦力を押し上げる役割である。
・所属組織、地位や役職 ローゼンヘイムの姫であり、精霊神ローゼンの巫女的立場にある。アレン隊の中核メンバーである。
・物語内での具体的な行動や成果 獣人陣地での会議で、席を譲られそうになりながらもアレンこそ隊の指揮役であると示し、獣人側に実力本位の価値観を伝えた。各戦場で「精霊王の祝福」を発動し、仲間と召喚獣のステータスを大幅に上げた。ルコアックの神殿殲滅では、小隕石と祝福の相乗効果で、魔神と街ごと神殿を一撃で沈める力を引き出した。浮遊島神殿戦でも前線が押される中で祝福を維持し続けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 祝福の効果が王化や聖珠と重なることで、アレン隊全体の基礎戦力を底上げする存在となっている。獣人王女シアやダークエルフ王オルバースからも、その力と振る舞いを通じて国の代表として見られている。
クレナ
クレナ村出身の戦士であり、巨大な大剣を振るう前衛火力である。感情表現が素直で、仲間の装備や変化に対して率直な反応を見せる。ドゴラとは幼なじみの関係であり、共に前線に立つことが多い。
・所属組織、地位や役職 アレン隊所属の前衛戦士であり、剣士として近接火力を担当する。
・物語内での具体的な行動や成果 アクア神殿戦でバスクに斬りかかり、その反応速度と技量の高さを引き出すきっかけとなった。砂浜での戦闘では、エクストラスキルを用いて魔神への攻撃に参加した。ルコアック神殿の殲滅後には、マクリスの聖珠に気付き羨望を示した場面が描かれている。後にルバンカの聖珠を受け取り、前衛火力のさらなる強化が期待されている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 ルバンカの聖珠腕輪を装備したことで、攻撃スキルの威力と耐久力が向上した。聖珠所持者として、今後の魔神狩りで前面に出る場面が増えることが示唆されている。
カルミン王女
クレビュール王国の王女であり、プロスティア帝国から託された聖珠を身に着ける立場にある。礼儀正しく、避難中でも王族としての役目を果たそうとする姿が描かれている。
・所属組織、地位や役職 クレビュール王国の王女であり、魚人王家の一員である。
・物語内での具体的な行動や成果 カルロ要塞都市でアレンたちを城塞内に招き入れ、国王と共に感謝の意を伝えた。腕に付けた「マクリスの聖珠」をアレンに説明し、価値と由来を共有した。その後、王家としてアレンに聖珠付き腕輪を贈ることに同意した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 聖珠を通じてプロスティア帝国とクレビュールの関係を象徴する役割を持つ。アレンへの腕輪贈与は、国王の判断と合わせて、王家がアレン隊に強い恩義を負ったことを示している。
クレビュール国王
魚人王国クレビュールの国王であり、属国としてプロスティア帝国との橋渡しを担う存在である。自国の窮状を正しく認識しつつ、外部からの協力に礼を尽くそうとする姿が描かれている。
・所属組織、地位や役職 クレビュール王国の国王であり、プロスティア帝国公爵家を祖とする属国の統治者である。
・物語内での具体的な行動や成果 カルロ要塞都市で避難民を受け入れ、アレン隊と獣人軍の働きに対して謝意を示した。殲滅戦再開の見通しをシア獣王女から聞き、その速さに驚きつつも作戦を認めた。マクリスの聖珠付き腕輪を、国としての礼としてアレンに贈る決断をした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 王国が壊滅寸前の状況に追い込まれながらも、属国としての立場と王家の体面を両立させようとしている。アレン隊への感謝と、民への支援を優先する判断を下し、戦後の再建方針にも影響を与えている。
ルド隊長
獣人部隊の前衛指揮官であり、「槌獣王」と呼ばれる戦士である。堅実な戦いぶりと、部下や王女を守ろうとする姿勢が特徴である。
・所属組織、地位や役職 獣人軍の隊長であり、星四の「槌獣王」の称号を持つ精鋭である。
・物語内での具体的な行動や成果 アクア神殿突入前の会議で、シア獣王女の側近として魔神戦に参加する精鋭の一人に選ばれた。バスク戦では前衛としてドゴラやシアと共に攻撃を繰り返し、接近戦で圧力をかけた。グシャラの黒い火球がシアに迫った場面で身を挺して庇い、全身をチリに変えられながらも彼女を守り切った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 シアにとって幼い頃から支えてくれた存在であり、その死は獣人側の精神的支柱の喪失として描かれている。最期に「いつまでも泣き虫ではいけない」と言い残し、シアの覚悟に大きな影響を与えた。
ラス副隊長
獣人部隊の副隊長であり、長槍を用いた突撃を得意とする戦士である。大規模な一斉攻撃を統率する役割を担う。
・所属組織、地位や役職 獣人軍の副隊長であり、アレンからも信頼を受けた現場指揮官である。
・物語内での具体的な行動や成果 アクア神殿から一キロ離れた砂浜で、千名の獣人兵を階段状の陣形に配置し、エクストラアタックを指揮した。合図と共にエクストラスキル「ブレイブランス」を放ち、真っ先にバスクの胸を貫く一撃を叩き込んだ。その後も千名分の遠距離エクストラスキルを連続発動させることで、バスクを拘束し続ける役目を果たした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 アレンの大規模戦術に最も柔軟に対応した獣人側指揮官として描かれている。エクストラアタック成功により、獣人軍内部でも評価を高めている。
カム
獣人軍の弓兵部隊を率いる人物であり、高精度の射撃を得意とする。「弓獣聖」と呼ばれる称号を持つ。
・所属組織、地位や役職 獣人軍の弓部隊長であり、星三の「弓獣聖」である。
・物語内での具体的な行動や成果 アクア神殿戦でアレンの合図に合わせてエクストラスキル射撃を放ち、バスクの手の甲に矢を命中させた。その矢を起点として、フォルマールの光の矢が背中を貫く連携攻撃を成立させた。魔神に対して初めて確かな傷を与えた一連の攻撃に関わっている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 魔神クラスの敵に通用する射撃を見せたことで、獣人側の対魔神戦術における重要な一例となった。今後も遠距離火力として運用されることが示唆されている。
ゴヌ
獣人軍に所属する霊媒師であり、死霊や霊獣を扱う特殊な役割を持つ。直接の火力よりも、敵への妨害と補助を担う。
・所属組織、地位や役職 獣人軍の「霊獣媒師」であり、星三格の精鋭である。
・物語内での具体的な行動や成果 アクア神殿戦で死霊系の力を用いてバスクやグシャラの行動を妨害しようとし、魔神側の対死霊耐性の強さを引き出した。浮遊島神殿戦では後衛として位置し、回復役キールやセラと共に即死級の攻撃対象となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 調停神ファルネメスの蹴りで死霊妨害が突破される場面を通じて、上位神クラスに対する霊媒術の限界も示されている。後衛の一員として、ドゴラの自己犠牲のきっかけになった。
セラ
獣人軍に所属する回復系の戦士であり、「大聖獣」の称号を持つ。回復や支援を担当しつつ、自らも戦う立場にある。
・所属組織、地位や役職 獣人軍の星三「大聖獣」であり、回復と補助の役目を担う。
・物語内での具体的な行動や成果 アクア神殿戦で前衛陣の傷を癒やし、バスク戦を長時間維持させた。浮遊島神殿戦では、キールやゴヌと共に後衛列を構成し、グシャラの大規模魔法から守られるべき位置にいた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 修羅王バスクの真紅蓮斬が後衛を狙った際、ドゴラが身を投げ出した結果として生き残った側に立つ。獣人側の治癒戦力として、今後の戦いでも重要な役目を担うことが明らかである。
オルバース
ダークエルフたちの王であり、砂漠地帯の作戦でアレン隊と合流した人物である。前線視察を兼ねて戦場に立ち、アレンの力を自分の目で確かめようとする現実的な君主である。
・所属組織、地位や役職 ダークエルフ王国の王であり、軍の指導者である。
・物語内での具体的な行動や成果 ムハリノ砂漠のルコアックにおいて、アレン隊と共に神殿殲滅作戦に参加した。小隕石と精霊王の祝福によって神殿が一撃で消し飛ぶ様子を目撃し、噂に聞いていた「光の男」の実力を確認した。戦闘後はメルスの転移で自国の里に戻った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 アレンとソフィーの実力を直接確認したことで、ダークエルフ側とアレン隊との関係はより強固になった。今後の対魔王軍戦での協力体制の土台が作られている。
フレイヤ
火の神であり、かつて火の神器を通じて世界に力を与えていた存在である。神器を奪われたのちも力の一部を保ち、人間に力を貸す道を選んだ。冷静な物言いと、厳しい条件付きの契約を好む神である。
・所属組織、地位や役職 神界に属する火の神であり、神器フラムベルクとカグツチの本来の主である。
・物語内での具体的な行動や成果 魔王軍に神器を奪われ、力を祭壇と魔神強化に利用されていた。ドゴラがフラムベルクに貫かれて死亡した際、クレナ村のような場所で彼の魂と対面し、「生涯英雄を目指す」という条件で力を貸し与えた。カグツチを通じて神の炎を解放し、オリハルコンすら溶かす熱で修羅王バスクの大剣を破壊する力を見せた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 信仰と神器を失いかけた神として描かれるが、ドゴラを使徒に選ぶことで再び人の信仰を集める道を探っている。神の力の行使には制限があり、「次で倒せ」と明言するなど、残りの余力が限られていることも示されている。
調停神ファルネメス
もともとは創造神エルメアから、罪を犯した神々を裁く役目を与えられた上位神である。魔界へ向かったのち消息不明となり、現在は堕ちた姿で魔王軍側に利用されている。
・所属組織、地位や役職 調停神として神々を裁く立場にあった上位神である。現在はキュベルの呼び出しで戦場に現れる存在である。
・物語内での具体的な行動や成果 浮遊島神殿の最終決戦で、キュベルによって黒い扉から召喚され、堕ちた憎悪を全身にまとった姿で登場した。修羅王バスクを背に乗せた状態でメルスと空中戦を行い、拳と蹄で彼を地面に叩き落とした。ドゴラとの激突では、神器カグツチの一撃で前脚を粉砕され、柱と壁に叩きつけられて動けなくなった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 バスクによって首元を貫かれ漆黒の玉を奪われたことで、完全に使い捨てにされる形となった。調停神という立場から、魔王軍の強化素材の一つへと落ちていることが示されている。
キュベル
ピエロの仮面を付けた魔王軍の参謀であり、長期計画を得意とする策士である。軽い調子で世界の裏側を語り、人々の絶望を「観賞物」として扱う価値観を持つ。
・所属組織、地位や役職 魔王軍の高位参謀であり、上位魔神や調停神を動かす立場にある。
・物語内での具体的な行動や成果 エルメアが用意する「英雄」計画の内幕を語り、バスクやヘルミオスが候補だったことを明かした。メルスを拷問して神界の情報を引き出し、世界のリセットの歴史やエルメアの行動パターンを把握していると述べた。浮遊島神殿では、祭壇の黒い炎を操作してグシャラを強化し、調停神ファルネメスを召喚してアレン一行を絶望させようとした。最後には「全員を同じ条件で絶望させる」と言い残し、戦場から姿を消した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 世界規模の仕込みと神界情報の解析を行う存在として、魔王軍の頭脳と位置づけられている。エルメア側の動きを攻略本のように扱っていると語られ、今後も裏で計画を進める立場にある。
ルプト
神界スタッフの一人であり、アレンの魔導書に直接メッセージを送る担当者である。事務的な口調で、システム調整を一方的に通知する姿が描かれている。
・所属組織、地位や役職 神界スタッフであり、第一天使としてスキル調整を担当する立場にある。
・物語内での具体的な行動や成果 アレンが新スキル「王化」を解放した直後、魔導書を通じて手紙形式の通知を送り、「指揮化」「兵化」を含むスキル一式の調整内容を伝えた。ステータス上昇値やクールタイム、効果範囲を変更し、アレンの検証計画に介入した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 強化と利便性向上と説明しつつも、実質的な「調整」を行う存在として描かれている。メルスとは理想の召喚獣像について意見が合わず、神界内部でも路線の違いがあることが示されている。
イスタール大教皇
エルマール教国の大教皇であり、長年人々を導いてきた宗教指導者であった人物である。現在は魔神化し、骸骨の姿で魔王軍側に立っている。
・所属組織、地位や役職 元エルマール教国大教皇であり、現在は魔神化した回復役としてグシャラ側に付いている。
・物語内での具体的な行動や成果 テオメニア炎上事件以後、行方不明となっていたが、浮遊島神殿で骸骨神官として再登場した。「オールヒール」や「オールプロテクト」を連続して使用し、修羅王バスクとグシャラの生命と防御を支えた。聖王級の才能と魔神の力を合わせ持ち、アレン隊の攻撃を結果として無効化する役割を果たした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 多くの人々にとって信仰の象徴であった人物が魔神化した事実は、キールらに深い絶望を与えている。人々の信仰が、結果として魔王軍側の戦力に変わるという皮肉な構図を体現している存在である。
展開まとめ
第一話 チームアレン、シアたちとの合流
ギャリアット大陸での三方面作戦とアレン隊の目的
ギャリアット大陸の宗教国家エルマール教国の首都テオメニアが、グシャラ聖教と魔王軍の侵略作戦により炎上し、住民は邪神の化身と呼ばれる魔獣へ変えられていた。アレンたちはテオメニアで魔神リカオロンを討伐したのち、大陸各地へ伸びる光の発生源を断つため三隊に分かれて行動し、アレン隊は西方の魚人王国クレビュールの救援に向かったのである。
クレビュール防衛線とギリギリの到着
クレビュールでは、シア獣王女ら獣人部隊と魚人兵が邪神の化身に包囲され、複数の者がエクストラスキルを解放するほど追い詰められていた。アレンは虫Aや鳥Bの召喚獣を展開しつつ防壁上から戦況を確認し、このままでは玉砕か撤退しか残らない局面で、自分たちがかろうじて間に合ったと認識したのである。
シア獣王女との接触と信頼獲得
到着直後、正体不明の一行を警戒した獣人弓隊が矢を放ち、ドゴラが盾で防ぐ一幕があったが、アレンはSランク冒険者として名乗り、ゼウ獣王子からの依頼で援軍に来たと説明した。シア獣王女は一瞬顔をしかめたものの、ゼウ獣王子との関係を認めて攻撃を止めさせ、アレンは天の恵みで周囲の負傷兵を一気に回復させたうえ、邪神の化身へ変貌しかけた鹿の獣人を香味野菜で元に戻し、その力を示したのである。
千里眼による状況把握と絶望的な敵情
アレンは鳥Eの召喚獣を通じて千里眼を発動し、半径百キロに及ぶ範囲で邪神の化身の数と動きを把握した。敵は森や湿地の各所からクレビュールへ向かって押し寄せ、道中にはシア獣王女たちが多大な犠牲を払って防いできた戦いの痕跡が点在しており、放置すれば防衛線が崩壊することが明白であった。
セシルの圧倒的な攻撃魔法と戦場の再編
アレンが正式にシア獣王女の応援要請を受けると、セシルに戦いの狼煙を上げさせ、セシルはエクストラスキル小隕石で敵列の中心に隕石を落とし、一帯を壊滅させた。その後もセシルはフレイムランスやフレアなどの火魔法を高速で連発し、防壁ごと邪神の化身と魔獣を焼き払い、知力と装備による異常な火力で獣人魔法部隊が十班で行っていた迎撃を一人でこなす戦果を挙げたのである。
召喚獣と獣人軍による共闘体制の確立
セシルが正面を制圧する一方、アレンは竜Aの召喚獣ヒュドラを前線に出して三方向に炎を吐かせ、虫Aの召喚獣は森の中でクレビュールの民を狙う敵を側面から討った。ドゴラと獣人部隊は左右に展開して防衛線を補強し、アレンは半日で目前の軍勢を殲滅し、その後は前進しながら掃討範囲を広げる方針を示し、シア獣王女率いる獣人軍もこれに呼応した。こうしてアレンたちは、クレビュール防衛の最前線でシア獣王女たちとの合流と共闘体制の構築を成し遂げたのである。
第二話 クレビュール王家の報酬
クレビュール西方の掃討と戦況の整理
アレンたちはシア獣王女と合流したのち約3時間戦い続け、西から迫る邪神の化身と魔獣の軍勢を撃退し切ったのである。その後、クレビュール王国の避難民を守りつつ東方カルロ要塞都市へ向かう一団500人と別れ、残る1500人の「才能」持ちで構成された獣人部隊がアレンたちと共に西へ進軍した。彼らは邪神の化身やBランク魔獣を問題なく処理できる戦力であり、3日間の行軍でクレビュール領の3分の1を踏破しつつ、「金の豆」「銀の豆」で結界を張り安全地帯を整備した結果、この国土がさほど広くないことと、他地域より早く殲滅戦を終えられそうなことが判明した。
各チームの動きと獣人部隊の働き
アレン隊が一旦要塞都市への合流を優先する一方、キールたちのチームはカルロネア共和国側で本軍の将軍到着を待ちながらも、メルス主導で三つの要塞から兵力を集結させ、避難民の誘導や治療、結界作成を行い、以後も本軍到着後の国内治安確保に駆り出されていた。クレビュール西方では、獣人部隊が斥候による地形把握や村落調査、生存者救助に加え、天の恵みと香味野菜を用いた治療を訓練された動きでこなし、アレンは魚系召喚獣によるバフ付与で彼らの被害を抑えるよう努めていた。
シア獣王女の狙いとクレビュールへの関心
行軍中の雑談で、シア獣王女はゼウ獣王子からの手紙でアレンたちのS級ダンジョン攻略を知った際、試練を乗り越えた自分の獣王位継承が危うくなったと激怒し、手紙を破り捨てた過去を明かした。その後、兄の功績を上回る実績として、内乱の火種と噂されるクレビュール王国を標的に選び、内乱防止とプロスティア帝国との仲介を通じて帝国に取り入り、自国との国交樹立という実利を狙っていたことが語られたのである。
カルロ要塞都市到着と王家からの招集
2日間の移動ののち、アレンたちは20万人規模の避難民がすでに到着しているカルロ要塞都市に到着した。西からの敵をアレン隊と虫Aの召喚獣が抑えたことで、避難民は一度も敵と遭遇せずに安全な避難を完了していた。要塞周辺にも結界を張り一息ついた翌日、アレンたちとシア獣王女はクレビュール王家から礼を述べたいとの名目で城塞内の質素な部屋へ招かれ、国王・王妃・王女カルミンと対面することになった。アレンは王家との礼儀的な応対に乗り気でなかったが、シア獣王女の説得もあり、ドゴラとセシルと共に出向いたのである。
クレビュールとプロスティア帝国の位置付け
謁見の場で、アレンは魚人の王族を前に、学園で学んだプロスティア帝国の情報を思い返した。魚人は水の神アクアを信仰し、海底国家プロスティア帝国は海洋資源や貴重鉱物、真珠やサンゴ、海生魔獣避けの札などを輸出する海の強国であった。クレビュール王国はその対外窓口となる地上領であり、帝国公爵家を祖とする属国として、宝飾品や魔法具の取引を通じて各国の王侯貴族から友好的な扱いを受けている。だからこそ、シア獣王女はここを足がかりに帝国との国交樹立を狙っていたのである。
殲滅戦の今後と報酬辞退の提案
料理として供された大きな魚の香草焼きを堪能しながら、シア獣王女は明日から殲滅戦を再開し、三日後には王都奪還が可能という見通しを説明した。国王とカルミン王女はその速さに驚愕し、Sランク冒険者であるアレンの力に納得する。続いて国王と王女はアレンへの礼として望みを尋ねたが、アレンは豪華な報酬をきっぱり辞退し、今困窮しているクレビュールの民への食糧と帰る場所の確保に資源を回すべきだと提案した。王家の体面を損ねぬよう、戦後すべてが片付いたあとに改めて礼を受け取る形に落とし込み、「その時は五割増しで請求する」と軽口を交えて場を和ませた。
マクリスの聖珠の由来と王家の慣習
席を立とうとした折、アレンはカルミン王女の腕に光る紫色の宝石に気付き、それが聖魚マクリスの涙が結晶化したとされる「マクリスの聖珠」であると知った。この聖珠は過去に隣国の国土三分の一との交換に用いられたほど価値が高く、王族が配偶者やその候補に愛の証として贈る慣習があると説明される。カルミン王女は誇らしげにそれをアレンに見せ、腕輪を外して手元で観察させた。
マクリスの聖珠の効果とアレンの「トキメキ」
やがてカルミン王女と国王は、その腕輪をアレンに贈ると申し出た。プロスティア帝国からクレビュール支援の一環として聖珠が複数提供され、その一つを売却すれば金貨数百万に相当するが、それでも20万を超える民と王家を救った礼として譲りたいと告げたのである。アレンは指輪とは別枠の装備として効果が重ねられるのではないかと考え、試しに装着したところ、自身のステータス欄に魔力・知力各+5000に加え、攻撃魔法の発動時間およびクールタイム半減という破格の効果が出現し、前世のゲームで新レア装備を見つけたときのような高揚感を覚えた。
腕輪の受領、シアの政治的視野とセシルの動揺
シア獣王女は物以上に価値ある関係を築くつもりだと笑い、宝石の色が気に入らないから要らぬと言い切り、クレビュール国王を畏れさせつつも、アレンだけが受け取ることを容認した。プロスティアから追加供給がある事情もあり、王家は正式に聖珠をアレンへ贈与する。アレンはその効果からセシルとの相性を直感し、聖魚マクリス好きのセシルへ腕輪を渡そうとしたが、セシルは真っ赤になって奇妙な声を上げ、うまく受け取れずにお手玉状態にしてしまう。こうして、クレビュール王家からの報酬は、国の再建とアレンの新たな強化アイテムという形で落ち着き、今後の殲滅戦と外交の伏線を残す結果となった。
第三話 修羅王バスクとの戦い
クレビュール王国奪還と再集合の段取り
アレン、セシル、ドゴラは、シア獣王女たちと共にクレビュール王国王都周辺の「邪神の化身」と魔獣を殲滅し、王の約束どおり三日で王都を奪還したのである。 ただし光の柱を生み出す「祭壇」は王都内ではなく、外壁の外、海を望む丘のアクア神殿に存在すると判明したため、そこにいるであろう魔神討伐に向け、パーティーを再集合させる方針となった。 ソフィーはダークエルフの王オルバースに、キールはカルバルナ王国軍にそれぞれ戦線を委ねてクレビュールへ向かう準備を行い、その調整に二日を要したのち、アレンは鳥Aの「巣ごもり」「帰巣本能」を駆使して各地から仲間を転移させ、王都に戦力を集結させたのである。
聖珠と神々・聖獣に関するアレンの洞察
再合流した場で、クレナはセシルの腕に光る「マクリスの聖珠」に気付き、羨望を露わにした。 アレンはメルスから得た情報をもとに、聖魚マクリスをはじめとする聖獣と、その力の結晶である「聖珠」の存在、さらに聖鳥クワトロや聖獣ルバンカなど、神々と獣の中間領域にいる存在について思索を深めたのである。 また、豊穣神モルモルと飢餓の国の逸話を通じ、「神の力を利用した願望成就には必ず歪みと代償が伴う」という教訓が語られたことで、アレンは神との契約によるエクストラスキル解放を安易に求めるべきではないと再確認した。
シア獣王女・獣人部隊との合流と作戦会議
アレン一行は王都外縁の獣人陣地を訪れ、シア獣王女とその精鋭部隊と合流した。 天幕内の会議では、シアが王女としてアレンたちを迎え、ソフィーは席を譲られながらもアレンこそが隊の指揮者であるとしてリーダーの座を譲るよう求めた。これにより、獣人側はアレンの立場と実力を正式に認識したのである。 シアは獣人社会の身分制度と、ローゼンヘイムの平等な国柄の違いに戸惑いながらも、ソフィーの態度から「身分より実力を優先して立場を譲る文化」に感心し、アレンを「英傑」と評するに至った。 獣人側からは、星4の「槌獣王」ルド隊長、星3の「弓獣聖」カム、「霊獣媒師」ゴヌ、「大聖獣」セラにシア本人の「拳獣聖」を加えた精鋭五名が魔神戦に参加することが決まり、他の二千名は損耗を避けるため神殿外で待機させる方針となった。 アレンは黒板に神殿見取り図と敵位置を示し、前衛・中衛・後衛の配置や、両パーティーが互いに援護し合う具体的な動きを整理しつつ、「敵わぬ場合は速やかな撤退を優先する」という方針を明示し、獣人たちにも「無傷で退く難しさ」を理解させたのである。
アクア神殿への進軍と魔神バスクとの対面
鳥Bの召喚獣でアクア神殿へ空輸された一行は、頭部を切り落とされたアクア像と、内部奥に鎮座する「祭壇」と魔神の姿を目にした。 そこにいた魔神は、筋骨隆々の人型で赤褐色の虹彩を持つ男であり、両膝の外側にオリハルコン製の大剣二本を突き立て、両腕には赤と黄色の宝石付きの腕輪を装備していた。 魔神は自らを「修羅王バスク」と名乗り、かつて人間時代にはSランク冒険者と呼ばれた存在であったと明かした。人間社会の規律やパーティーを「窮屈」と切り捨て、好き放題暴れる場として魔王軍に身を投じた経緯が語られたが、実際には長期待機を強いられて不満を募らせていたのである。 アレンは会話の中から、「祭壇」が人間の魂を集める目的で使用されていること、魔神化には上位魔神キュベルの関与があることを聞き出し、魔王軍が勇者や強者を魔神へと取り込んで戦力を増強している可能性を掴んだ。
神殿内での初戦闘とバスクの圧倒的戦闘力
アレンが敢えて「自分も魔神になりたい」と持ちかけて情報を引き出す一方で、仲間たちは戦闘開始に合わせた陣形へ静かに移動し、獣人側もそれに気付いて構えを整えた。 やがてバスクが「準備は終わったか」と戦闘開始を宣言すると、ドゴラ、クレナ、シア、ルド隊長が前衛として突撃し、アレンは警戒を呼びかけた。 しかし、バスクはシアの拳と蹴り、クレナの大剣を易々と捌き、死角からの攻撃さえ防ぎきる異常な反応速度と技量を示したうえ、アレンへ前蹴り一発で壁際まで吹き飛ばすほどの攻撃力を見せつけたのである。 ソフィーは早々に精霊神ローゼンの「精霊王の祝福」を発動し、全員のステータスを底上げしたが、バスクは範囲スキル「真修羅旋風」で周囲をかまいたちの嵐に変え、クレナを行動不能に追い込むなど、依然として主導権を握り続けた。
連携攻撃とバスクの装備・聖珠の存在
アレンは「避けろ」の合図を連携攻撃のトリガーとして用い、カム隊長のエクストラスキル射撃と、フォルマールのエクストラスキル「光の矢」を組み合わせた奇襲を実行させた。 カムの矢はバスクの手の甲に命中し、そこを起点にフォルマールの光の矢が背中を貫通させることに成功したが、バスクは痛みこそ楽しむように笑いながら矢を引き抜き、致命傷には程遠い様子を見せたのである。 この過程で、アレンはバスクの腕輪や耳飾り、ペンダント、足輪がいずれもステータス上昇や耐性を付与する「聖珠」系装備と推測し、属性付与や死霊の弱体化が耳飾りによって打ち消されていることをメルスと共に確認した。 セシルの攻撃魔法とソフィーの精霊魔法も立て続けに浴びせられたが、サラマンダーの特攻も手の火傷程度に留まり、前衛の負担だけが増していく展開となった。
獣王化の不発と「プチメテオ」を視野に入れた戦術転換
アレンはシアに「獣王化」の発動を求めたが、上位神ガルムの加護は簡単には降りず、ゼウ獣王子の例と同じく、特別な条件を満たさなければ使えない可能性が示唆された。 神々と亜神、上位神の構造と、フレイヤの神器喪失による火の弱体化など、世界を動かす神々の事情が語られつつも、実戦ではシアのエクストラスキルが発動せず、戦況はじわじわと不利へ傾きつつあったのである。 そこでアレンは「最悪」一歩手前の切り札として、セシルのエクストラスキル「プチメテオ」の使用を視野に入れ、同時にメルスの裁きの雷による拘束と、鳥Aの転移を組み合わせた大規模な戦術転換を決意した。
「裁きの雷」とバスクの転移、砂浜での「エクストラアタック」
メルスは「裁きの雷」を発動し、神殿内のバスクと祭壇を紫電の雨で直撃させた。祭壇は完全に融解し、バスクも硬直状態に陥ったが、即死には至らなかった。 アレンは硬直時間を逃さず接近し、鳥Aの「帰巣本能」でバスクを強制転移させた。転移先は、事前に準備していた神殿から一キロ離れた砂浜であり、そこにはラス副隊長指揮下の獣人部隊千名が階段状の陣形を組んで待ち構えていた。 獣人兵たちは攻撃力上昇の指輪と魚Cの覚醒スキル「サメ油」によるクリティカル率上昇、さらに「精霊王の祝福」を受けて極限まで強化されており、それぞれがエクストラスキルによる遠距離攻撃を放つ態勢にあった。 合図と共に、ラスのエクストラスキル「ブレイブランス」がバスクの胸を貫き、続いて千名分のエクストラスキルが雨あられのように降り注ぐ「エクストラアタック」が開始されたのである。
プチメテオと「命のルビー」、バスクの撤退
バスクは二本の大剣を阿修羅のごとく振り回して多数の攻撃を打ち払いながらも、全ては捌ききれず、身体の各所にダメージを蓄積させていった。 アレンはこの流れを見て作戦の成功を確信し、最後の止めとしてセシルに「プチメテオ」を発動させた。マクリスの聖珠により詠唱短縮された巨大な隕石が出現し、バスクめがけて落下したのである。 遠距離攻撃で拘束されたバスクは回避できず、ついに膝をついたところへ隕石が直撃し、砂浜ごと焼き潰してバスクを炭のような状態に変えた。 しかし、その胸元で赤い宝石をはめたペンダントが砕けた瞬間、バスクの全身は瞬時に回復した。ペンダントの正体は、致死ダメージを一度だけ無効化する復活アイテム「命のルビー」であった。 バスクは「楽しかった」と満足げに笑い、次はグシャラの神殿で待つと告げると、足輪の青い光と共に闇へと姿を消したのである。 こうしてアレンたちは祭壇破壊とバスクの一時的撃退には成功したものの、魔王軍の上位魔神キュベルやグシャラに連なる新たな脅威の存在が改めて浮き彫りとなり、戦いは次の局面へ移行することとなった。
第四話 魔神狩りと解放された王化
魔神バスクの逃亡と祭壇殲滅方針 アレンたちは、セシルの「小隕石」で呼び寄せた灼熱の岩石と、メルルが操るミスリルゴーレムの多砲身砲による熱線で、砂浜にいた魔神バスクを徹底的に攻撃したのである。砂と水蒸気が立ちこめる中で追撃を重ねたが、魔導書には討伐ログが表示されず、煙幕が晴れた後には地形だけが変わった砂浜が残った。痕跡が見つからないことから、アレンは転移系スキルや装備によってバスクが離脱したと判断し、初めて「獲物を逃した」事実に悔しさを覚えた。シア獣王女にとっては「犠牲者ゼロで魔神を退けた」だけでも奇跡であったが、アレンたちは魔神を倒しきれなかったことと、得られるはずだった装備とレベルアップを逃したことを残念がり、感覚の差が浮き彫りとなった。そのうえでアレンは、この大陸に点在する「祭壇」が邪悪な儀式に用いられていると見なし、ギャリアット大陸に残る祭壇をすべて破壊し、そこにいる魔神も「ついでに狩る」という方針を示したのである。
シア獣王女の試練とグシャラ討伐への執念 シア獣王女は本来、父である獣王から王位継承権を認められるため、「邪神教」の教祖グシャラ=セルビロールを討伐せよという試練を課されていた。かつて彼女はグシャラを生け捕りにして教都テオメニアのエルメア教会に引き渡したが、その結果、教都は炎上し、多くの人間が「邪神の化身」となる魔獣へ変貌させられる惨禍を招いたと自責している。自分が教会の要望を無視してその場で斬首していれば、多くの悲劇は防げたかもしれないと考えるようになり、父の試練を超えるという次元を越えて、個人的な責任としてグシャラとの決着を誓った。シアはアレンたちの非常識な戦力を目の当たりにし、「常識が通用しない」と評していた兄ゼウの言葉を半ば認めつつ、ルド隊長とラス副隊長と共に、アレン一行への同行とグシャラ討伐継続を宣言したのである。
首都ミトポイ壊滅と魔神撃破・レベルアップ 数日後、カルバルナ王国軍のミュハン隊長は、自軍が包囲していたカルロネア共和国の首都ミトポイが崩壊していく光景を目撃し、言葉を失った。かつて商業都市として繁栄し、独立戦争を勝ち抜いた要塞都市でもあったミトポイの防壁と街並みは、議事堂の向かいに建てられた「グシャラ聖教」の神殿ごと、巨大な隕石級の岩とタムタムの砲撃によって粉砕されていた。カルバルナ軍の調査から、すでに国家として機能しておらず、生存者もほぼいないと判断されていたため、アレンは「いっそ街ごと更地にした方がよい」と割り切って作戦を遂行していたのである。その結果、魔導書には「魔神を1体倒しました」というログと共に、アレンのレベルアップと大幅なステータス上昇が記録された。魔神討伐時には経験値ではなく強制レベルアップが発生し、レベル80以降はステータス上昇値が「レベル60までの4倍」となる仕様が再度検証され、アレンはゲーム的な成長曲線を満足げに確認していた。
ムハリノ砂漠・ルコアックでの神殿殲滅と「王化」解放 さらに三日後、アレンたちはダークエルフ王オルバースやブンゼンバーグ将軍らと共に、ムハリノ砂漠のオアシス都市ルコアックへ向かった。かつて人々が水源を求めて作った街は、今や毒々しい紫色の湖と光の柱を抱く神殿を中心とした魔獣の巣窟となっている。オルバースは「闇を振り払う光の男」として噂されるアレン本人と、ソフィーが所属するパーティーの実力を自らの目で確かめるべく、前線視察も兼ねて参戦した。アレンは精霊神ローゼンの「精霊王の祝福」でパーティーを強化し、セシルに再びエクストラスキル「小隕石」を発動させる。マクリスの聖珠と祝福で強化されたセシルの魔力により、直径百メートル超の真紅の岩塊が出現し、ルコアックの神殿と光の柱、その周囲の街ごと押し潰した。その一撃で魔神が沈黙すると、魔導書には再び魔神討伐とレベルアップのログが並び、その末尾に「王化の封印が解けました」と表示された。アレンとセシル、クレナは新スキルの解放に歓声を上げたが、オルバースやシア獣王女たちは、魔神を「一撃で仕留めた」事実以上に、本人たちのはしゃぎぶりに呆然とするしかなかった。
獣神ガルムの沈黙とシアの信仰上の葛藤 ダークエルフ軍がメルスの転移で里へ戻った後、シア獣王女は少し離れた場所からアレンたちを観察しながら、彼の力の源について思索した。彼女は、エルフが精霊神ローゼンを、獣人が獣神ガルムを、人族が女神エルメアをそれぞれ信仰し、「理」に従う者だけが加護と試練を授かるという世界の仕組みを理解している。エルメアが「試練を与え、それを乗り越える者に力を与える」神であると知るがゆえ、魔王軍による世界滅亡の危機そのものがエルメアの試練であり、アレンこそがその試練を乗り越えるために選ばれた存在なのではと推測した。一方で獣神ガルムは、アルバハル王家や各地の獣人の長に「獣人を守る力」を分散して与える一方、魔王軍との全面戦争には消極的であり、シア自身には兄ゼウに与えた「獣王化」のような力を授けてくれない。シアは、ガルムの思惑と自身への冷淡さを思い、耳をしょんぼり垂らしながら不満と葛藤を抱え続けた。
砂漠での日陰作りとルプトからの「調整通知」 アレンが新スキル「王化」の検証に心を奪われる一方で、砂漠の直射日光に晒される仲間たちの体力は確実に削られていた。キールはシアの耳が垂れたのを見て頭の暑さに気付き、メルルにタムタムで日陰を作るよう依頼する。メルルは「堅牢なる亀のポーズ」によってタムタムを亀型の防御モード「モードタートル」に変形させ、巨大な甲羅で皆を覆う屋根を作った。アレンはそんな配慮にも気付かず、新スキルの挙動に夢中である。その時、アレンの魔導書が突然光り、「拝啓 アレン様」から始まる手紙形式のメッセージが自動表示された。差出人は神界スタッフ・第一天使ルプトであり、アレンが「王化」を解放したことに伴い、既存スキル「指揮化」「兵化」のステータス上昇量やクールタイム、効果範囲について「調整を行いました」と一方的に通知してきた。文面上は強化と利便性向上であったが、アレンは「ナーフではないか」と警戒し、同時にメルスとルプトの間に「目指す召喚獣像」の路線対立があることを知る。アレンは、検証結果を書き換えられることへの不満を覚えつつも、メルスの不機嫌さに免じて追及を控え、検証に戻ることにした。
メルスの「王化」と天使のステータス強化 アレンはまず、姿が自分と同程度のサイズで観察しやすいメルスを「王化」実験の1号に選んだ。スキル発動と同時にメルスの身体が光に包まれ、背中の羽は左右1枚ずつの計2枚から、左右3枚ずつの計6枚へと増え、腰布だけだった服装は金刺繍と宝飾で飾られた豪奢な衣装へ変化した。しかし体格や顔立ち自体は変わらず、性別不詳のままの天使であった。アレンが魔導書でステータスを確認すると、体力・魔力・攻撃力・耐久力・素早さ・知力・幸運のすべてが32000という異常な数値に達し、さらに全ステータス+2000の加護や、「属性付与」「天使の輪」「指揮化」「裁きの雷」といった特技・覚醒スキルを備えていることが判明した。王化前から比べると全ステータスが一万上昇しており、アレンは即座に「裁きの雷」を大岩に向けて発動させ、その破壊力が明らかに増していることを確認した。さらに、クールタイムが従来の一日から短縮されていることも分かり、「王化」が単純なステータス強化以上の恩恵をもたらしていると理解したのである。
召喚獣たちの王化実験と戦略的運用の考察 続いてアレンは、竜Aの召喚獣オロチを王化し、その全長が100メートルから300メートルへと3倍化し、首も5本から15本に増えた姿を確認した。咆哮だけで周囲の砂漠が震え、日課の素振りをしていたドゴラでさえ思わず手を止めるほどの迫力であった。その後、虫A・鳥A・草A・霊系など全系統の召喚獣を次々と王化し、ステータス増加量が一律+10000であること、特技欄に「指揮化」が追加されることを共通仕様として確認した。一方で、見た目やサイズの変化は系統ごとにまちまちであり、獣・石・魚・竜はサイズそのものが「王」「将軍」「兵隊」の階級に応じて最大3倍まで巨大化する一方、天使・霊・虫はサイズは変わらず装飾がゴージャスになるだけであり、鳥・草は王化・指揮化・兵化そのものでは外見が変化しなかった。この差異についてアレンは、虫Aハッチや鳥Aツバメンのように「潜入・増殖・使役」に特化した召喚獣は、敵から標的にされないよう、王化しても目立つ変化を控えているのではないかと推測する。たとえばハッチの場合、親個体が倒されるとその子ハッチ群が一斉に消滅する弱点があり、魔王軍に弱点を知られれば集中的に狙われかねない。そのため、王化しても群れの中で見分けがつきにくくしていると考えるのである。草Aのソラリンだけは「見た目を変えても意味がない」と判断されたらしいと、アレンとセシルは半ば同情的に納得した。
指揮化・王化システムの整理と事件から一ヵ月の経過 アレンは五日間にわたる検証の結果を魔導書に整理し、「指揮化・王化スキルの特徴」としてまとめた。王化した召喚獣は階級「王」となりステータスが一万上昇し、指揮化した召喚獣は「将軍」として+5000、兵化した召喚獣は「兵隊」として+2500のステータス上昇を得ること、獣・石・魚・竜系統は階級ごとにサイズ倍率が変化すること、天使・霊・虫は見た目だけ豪華になり、鳥・草は基本的に姿が変わらないことなどが整理された。また、王化可能な召喚獣はAランク各系統1体ずつ、指揮化可能なBランク召喚獣は各系統3体までであり、兵化はランク・数ともに無制限であること、王化による指揮化は直線距離100キロ以上、指揮化による兵化は10キロ以上離れると解除されるが、召喚士本人との距離では解除されないことも明らかになった。さらに、王化・指揮化・兵化それぞれのクールタイムは1時間・3時間・6時間と定義され、アレンはこれを前提とした大規模戦闘用の運用プランを構想し始める。その頃には、エルマール教国で起こった事件から約一ヵ月が経過しており、世界各地の「光の柱」と祭壇が破壊される中で、アレンは新たに解放された「王化」を武器に、魔王軍との本格的な決戦に向けて着々と準備を進めていたのである。
第五話 問われる覚悟と騒動の順末
浮遊島と神殿構造の再調査 アレンが砂漠で「王化」の検証に没頭していた間、仲間たちはミスリルゴーレム「タムタム」飛行形態「モードイーグル」で、ギャリアット大陸上空に浮かぶ巨大な島を再調査していたのである。光の柱が消滅した結果、島を覆っていた光の膜は消え、内部への侵入が可能になっていた。島は岩肌むき出しで生物の気配はなく、中央の山頂に神殿が存在し、その頂上には黒い炎と共に何かが燃え立つように揺らめいていた。鳥Eや霊Aの召喚獣による潜入調査の結果、神殿内部はアンデッドと死霊系魔獣の巣窟であり、最上階には結界で隔てられた部屋があり、その中にグシャラと魔神、さらにバスクが待機していることが判明したのである。一方で宝箱は一切見つからず、アレンは「敵だけ置いて宝を置かない」運営方針に激怒し、神殿破壊を試みたが、外部からの「小隕石」や「裁きの雷」は頂上の黒い炎により全てかき消され、結界の強度を思い知らされる結果となった。
神殿突入前に問われたシアとドゴラの覚悟 結界を内側から破壊する必要性が明らかになったため、アレンは「王化」の検証終了後、全員で島に上陸し、神殿攻略を決断した。山頂の神殿を見上げる最終打ち合わせの場で、アレンはまずシア獣王女に覚悟を確認する。最上階にはグシャラとバスクに加え、他の魔神が待ち受けている可能性が高く、多大な犠牲が出ると警告したが、シア獣王女は「ここまで来て引き下がれぬ」と即答し、自らに課された「邪神教」教祖グシャラ討伐の試練をここで投げ出す選択肢はないと示したのである。続いてアレンは、占星獣師テミの予言によって「南東で命を落とす恐れ」を示されていたドゴラに残留も提案するが、ドゴラはアレンを睨み返し、「仲間として共に戦うのは当然だ」ときっぱり拒否した。アレンはリーダーとして強制はしない立場を自覚しつつも、この答えを受け入れ、全員での突入を決める。こうして、死地に踏み込む覚悟が一人一人に問われ、そのうえで神殿決戦に臨む体制が整えられたのである。
神殿内部の踏破とグシャラ・バスクとの再会 アレンたちは鳥Bの召喚獣で神殿入口まで移動し、そのまま内部へ進入した。外部攻撃を拒む結界とは対照的に、内部への侵入は妨げられず、あたかも来訪者を誘い込むかのような不気味な設計であった。内部には悪臭が充満し、骸骨兵が多数押し寄せるが、キールの「ターンアンデッド」と前衛陣の戦闘により難なく撃破し、霊Aから事前に把握していたルートどおり最上階の「門」へ到達する。骸骨を埋め込んだ不気味な扉は触れただけで自然に開き、その奥には巨大な広間と、「祭壇」から噴き上がる漆黒の炎に浮かぶ真紅の皿状の神器が確認された。その神器は火の神フレイヤから奪われた神具であるとメルスが断定する。また、「祭壇」に跪き神器を拝するローブ姿の男こそグシャラであり、その隣にはアンデッド化したエルメア教会高位神官、柱の陰には2本のオリハルコン大剣を前に胡座をかいたバスクが陣取っていた。バスクは再戦を楽しげに挑発するが、アレンは逆に前回の逃走を指摘して揺さぶろうとする。しかしバスクは余裕を崩さず、緊張感は逆に高まっていった。
神器と「邪神の化身」計画の推測 アレンは黒炎と神器を観察し、「邪神の化身」が生み出され、元の人間に戻れなくなった一連の現象を踏まえ、この神殿の目的を推論した。邪神の化身は攻撃対象を同じ存在へと変貌させることで命を奪い、その命は祭壇の神器に吸い上げられ、光の柱として収束し、浮遊島を覆う結界や別の計画のエネルギー源として利用されていると考えたのである。グシャラがシア獣王女に捕縛された際にほぼ無抵抗であったことも、「上位魔神」として意図的に捕まり、人間側の組織を内部から崩壊させる長期計画の一環だったと理解されていく。
キュベルの登場と「英雄」計画の暴露 アレンがグシャラの行動理由を問いただすと、グシャラは軽薄な口調で受け流しつつ、魔王軍の参謀キュベルを呼び出す。ピエロの仮面を付けたキュベルは空中に浮かび、「エルメアに導かれた英雄」という言葉を口にしながら、バスクとヘルミオスを引き合いに出して「英雄候補」計画の内幕を暴露する。バスクは己の強さだけを追い求め、他者への関心を持たず失敗作となり、続いて選ばれたヘルミオスは他者を優先しすぎて決断に遅れが生じたため、これも期待どおりには機能しなかったと説明する。そして三度目の試行として、他者を無視せず、かといって自己犠牲に偏りすぎず、歩みを止めない「異世界人」としてアレンが召喚されたと語るのである。さらにキュベルは、神界の情報をメルスから拷問混じりに聞き出していたこともあけすけに明かし、この世界が数万年規模でリセットを繰り返してきた歴史や、今回の世界が「前の世界より短命」であることをほのめかしつつ、魔王軍がエルメアの行動パターンを攻略本のように把握し、「英雄」を誘い出すために長期間仕込みを行っていたと告げる。アレンは、自分たちの戦いが創造神と魔王軍の長期的な駆け引きの一部にすぎないことを理解しつつも、なお目の前の敵を倒すことに意識を集中させていく。
王化メルスの先制攻撃と調停神ファルネメスの召喚 キュベルが「集めた命の本当の用途」を嘲笑混じりに語ろうとした瞬間、アレンの共有指示を受けた王化メルスが先制攻撃に移った。バスクのみがその速度に反応してキュベルの前に割って入ろうとするが、メルスの蹴り一発で壁まで吹き飛ばされ、前回の激戦相手を一撃で退けるほどの強化ぶりを見せつける。続く拳の連打はキュベルに受け止められ、大局的な脅威としての参謀の実力も示されたが、アレンにとっては「王化」が魔神戦の戦力バランスを大きく変えうることが実証された瞬間であった。しかしキュベルは余裕を崩さず、「絶望が足りない」とさえ口にし、上空であぐらをかいたまま空間に黒い線を走らせる。線が裂けて「扉」のような闇が開くと、その奥から蹄を鳴らして獣が疾走し、鱗に覆われた麒麟のような姿の存在が姿を現した。それはメルスが「調停神様」と震える声で呼ぶ、調停神ファルネメスであり、キュベルは彼を「裁きの時間」と共に呼び出したのである。ファルネメスは憎悪に満ちた瞳でアレンたちを睨みつけ、魔王軍と神々の思惑が交錯する中で、アレン一行は魔神だけでなく神さえも敵として相手取る段階に突入したのであった。
第六話 立ちはだかる絶望
調停神ファルネメスの出現と戦力差の確定 調停神ファルネメスは、罪を犯した神々を裁くために創造神エルメアから特別な力を与えられた上位神であり、約50年前に魔王の調停の任を受けて魔界へ向かったまま消息不明となっていた存在であると説明された。そんな存在がキュベルの呼び出しによって姿を現し、全身から溢れる邪気とアレン一行への憎悪に満ちた視線から、完全に敵側へと堕ちていることが明らかになった。キュベルは退路を断つように背後の扉を閉ざし、アレンたちは逃走不可能な閉鎖空間で、魔神だけでなく堕ちた上位神とも戦わざるを得ない状況に追い込まれたのである。
神器フラムベルクとイスタール大教皇の変貌 バスクはメルスの奇襲で一時退けられたが、ほぼ無傷で復帰するとキュベルに神器の使用を要求し、キュベルは漆黒の炎の中から火の神フレイヤの神器を取り出してバスクへ渡した。神器はバスクの手で炎をまとう巨大な両手剣「フラムベルク」へと姿を変え、彼はこれを片手で軽々と振るい、圧倒的な膂力を誇示した。さらに、バスクを支援する骸骨神官が「イスタール」と呼ばれたことで、その正体が教都テオメニアで消息を絶っていたイスタール大教皇であると判明し、キールは五十年以上人々を導いてきた大教皇が魔神化した姿に激しい怒りと絶望を覚えた。イスタール大教皇は金色の首飾りと杖を媒介に「オールヒール」「オールプロテクト」を行使し、聖王級の才能と魔神の力を併せ持つ回復・防御役として、バスクとグシャラに継続的な支援を行う最悪の存在となったのである。
メルスの敗北とグシャラ・バスクの前線圧力 バスクは調停神ファルネメスの背に乗り、メルスと空中戦を展開した。王化と「精霊王の祝福」によって大幅に強化されたメルスは、一見互角の殴り合いを演じたものの、調停神の異常な機動力により位置取りで不利を強いられ、ついにファルネメスの蹄とフラムベルクの連撃を受けて地面に叩き落され、拳は砕け、胸と腹には蹄の痕が刻まれるという重傷を負った。キールの即時回復とソフィーの「精霊王の祝福」によってメルスは再び立ち上がり、ステータス面では大幅な底上げに成功したが、それでもファルネメスに乗るバスクの優位は揺らがず、クレナ・シア獣王女・ルド隊長・ドゴラが加わった四人がかりの総攻撃を受けても、バスクはイスタール大教皇による回復を背景に一切ひるまず攻め続けた。霊媒師ゴヌの死霊妨害もファルネメスに蹴散らされ、回復側は前衛の命をつなぎ止めるのが精一杯という、じり貧の構図が固定されていったのである。
グシャラ強化と絶望的な範囲殲滅魔法 一方、「祭壇」前ではグシャラがアレンたちを狙って高位炎魔法「カーズファイア」を放ち、ソフィーのニンフとセシルの氷魔法による迎撃でなんとか防がれていた。アレンは巨大化した石A・獣Aの召喚獣を広間前後に配置し、ヒヒイロカネの球による吸収や巨体そのものを盾としてグシャラの攻撃を遮断する防御陣形を構築した。しかし、キュベルは「人々の絶望を楽しむ」と言い放ち、祭壇の漆黒の炎から心臓のように脈打つ黒い球体を取り出して一部を魔王への供物とし、残りの炎を細長い帯としてグシャラの肉体へ吸収させた。これによりグシャラは全身から漆黒の炎を立ち上らせるほどに強化され、新たな大規模殲滅魔法「デスフレア」を解き放つ。拳大の黒い火球が無数に生成され、アレン側の王化+祝福済み召喚獣を一撃でチリへと変え、光る泡となって消し飛ばす威力を示したのである。
召喚獣と黒い火球の「波」とルド隊長の自己犠牲 アレンは戦術を変更し、王化した大型召喚獣ではなく、指揮化した複数の召喚獣を連続召喚し、黒い火球の波と正面衝突させて相殺する消耗戦を選択した。広間の入り口側からは次々と召喚獣の群れが、祭壇側からはグシャラの黒い火球の群れが波のように押し寄せ、ぶつかり合いながら互いを削り合うが、生成速度と量で勝るグシャラ側の波が徐々に押し勝ち、黒い火球が前線を突破していく。アレンはバスクと戦う四人の側にも召喚獣を振り向けて防御を試みるが、展開を薄めた結果、火力差を埋めきれず、一部の黒い火球がシア獣王女へ殺到してしまう。攻撃を見たシア獣王女は、先程巨大召喚獣を一撃で消し飛ばした威力を思い出しながらも、振り払うか回避するかの判断に一瞬迷い、その隙を埋めたのがルド隊長であった。ルド隊長は身を挺して黒い火球を全身で受け止め、右側頭部を含む身体の各所をチリに変えながら崩れ落ち、シアの腕の中で「いつまでも泣き虫のままではいけない」と言葉を残して息絶えた。シア獣王女は、涙を拭ってくれたはずの手首すら失われた彼の亡骸を抱き締め、動けなくなってしまい、獣人部隊の支柱を失うという精神的打撃も戦場に重くのしかかったのである。
キュベルの退場とフラムベルクの一撃によるドゴラの最期 状況が膠着しているように見える中で、実際にはアレンたちのバフの残り時間だけが確実に削られており、長期戦ほど不利になる構図が明らかであった。キュベルは「この機会に確実に殺す」と言い、グシャラの攻撃範囲内にいながら一切の干渉を受けないまま、祭壇の黒い炎を魔王用とグシャラ強化用に振り分けて情勢をさらに悪化させると、「気に入った者だけ連れ帰るような不公平はするな」とバスクに釘を刺し、「全員をたっぷり絶望させてから殺す」よう命じたのち、何の前触れもなく戦場から姿を消した。残されたバスクは「お楽しみの締め」とばかりに神器フラムベルクへ力を込め、「真紅蓮斬」と叫んで後衛を狙って投擲する。フラムベルクは炎の円盤となって黒い火球の波をも切り裂きながら飛翔し、回復役のキール・セラ・ゴヌを襲おうとするが、その軌道の前に割って入ったのがドゴラであった。ドゴラは自分の身の危険や盾の耐久を考えることもなく、無意識に体を動かし、アダマンタイトの大盾で炎の円盤を受け止めた。しかし、神器の威力は盾ごと彼の胸を貫通し、ドゴラは床に縫い付けられたまま、フラムベルクの炎に包まれて一瞬で黒い炭塊と化した。アレンたちの絶叫も、キールの「置き回復」すら追いつかない完全な消滅であり、グシャラは「すぐ仲間のもとへ送ってやる」と嘲笑しながら即死級魔法を連打する。アレンはグシャラの攻撃を召喚獣で受け止めるので精一杯で、ルド隊長に続くドゴラの死を防ぐ術を持たなかった。バスクを乗せたファルネメスは黒い炭塊となったドゴラへ歩み寄り、「期待外れの雑魚」と吐き捨てながらフラムベルクの柄を握り直し、なおも戦闘継続の構えを見せる。こうして、アレン一行は前衛の要を次々と失い、「立ちはだかる絶望」という章題どおり、勝利の展望すら見えない地獄の局面に追い詰められたのである。
第七話 ドゴラの帰還
ドゴラの目覚めと「追い出された」と思い込む怒り ドゴラは見知らぬ凍える草原で目を覚まし、歩いてたどり着いた先が、生まれ故郷のクレナ村であると理解した。アレンが以前から「万一の時はクレナ村に転送する」と執拗に口にしていたことを思い出し、仲間が命懸けで戦っている最中に自分だけを安全圏に送り返したのだと受け取って激しく憤慨した。自分の意思を無視して戦線から外されたという感覚が、仲間への信頼を裏切られた思いとして膨れ上がり、「アレンを見損なった」とまで口にするに至ったのである。
人気のないクレナ村と薪の山、火の小さな異様な広場 村に入ったドゴラは、空が異様に暗く、人の気配が全くないことに違和感を覚えた。昼間のはずなのに星も月もない暗い空の下、村の広場には巨大な薪の山が積まれており、その手前だけに小さく心許ない火が灯っていた。その火の前には、灰色のローブをまとったしわくちゃの老婆が座り込み、火が小さくなったと嘆いていた。村にこんな老婆がいた記憶はなく、状況も含めて不自然さは増す一方であったが、ドゴラは寒さと老婆の弱々しさにほだされ、火を育てるために薪を組み直し、子供の頃から身につけた村人の知恵で焚き火を整え始めたのである。
自分の「足手まとい」意識と、英雄願望の本音の告白 老婆から名を尋ねられたドゴラは、クレナ村出身であり、武器屋のせがれであること、アレンと出会った経緯、共に戦ってきた仲間たちのことを思い返しながら語った。クレナ、セシル、ソフィー、フォルマール、キール、メルルら、それぞれが特別な才能と役割を持ち、S級ダンジョンすら攻略してきたのに対し、自分は「皆の役に立てず、むしろ足手まといになっている」と感じていることを吐露した。また、かつてゴーレムの才能を活かせなかった頃のメルルを、内心で「足手まとい」と見下しながら、自分がエクストラスキルを発動できないと癇癪を起こしたことを思い出し、己の醜さと情けなさに打ちのめされた。それでも彼は「こんな自分が英雄になりたいなど笑い話だ」と自嘲しつつも、英雄になることを諦められない本音を抱えたまま、老婆の真紅の目線に向き合ったのである。
自分の死の自覚と、火の神フレイヤとの邂逅 覚悟を固めたドゴラは「仲間のところへ戻る」と宣言するが、老婆は「それは無理だ。そなたは死んでいる」と言い切った。その直後、ドゴラの胸から炎が噴き出し、薪の山に燃え移って大きな焚き火となり、足下から伸びる影によって、自分の身体が巨大な何かに貫かれていたことが露わになった。老婆は「わらわの神器に触れて死んだ」と説明し、フラムベルクに貫かれた瞬間の記憶がよみがえったことで、ドゴラは自らの死を認識した。それでも彼は炎を掴み、「皆を守るために行く」と無茶な行動に出たため、老婆は「再び命を得てもまた死ぬかもしれない」と忠告しつつ、それでも構わないかと問い質した。ドゴラが「今の自分にできるのがそれだけなら、それでいい」と即答すると、老婆は若い女神の姿へ変わり、「火の神フレイヤ」を名乗ったのである。
契約条件「生涯、英雄を目指す」という代償 フレイヤは、神の器を奪われ魔神たちに力を吸い取られた経緯と、なお幾分か力を残していることを明かし、その力を貸し与える代わりに代償を求めた。その代償とは、ドゴラが生涯をかけて「英雄を目指し、英雄であり続ける」ことだった。ドゴラが力を振るう姿が多くの人間の目に触れれば、人々は火の神フレイヤの加護を信じ、失われた以上の信仰が集まるとフレイヤは語った。英雄として生きる人生そのものが、フレイヤへの供物となる契約内容である。ドゴラは、魚にされたアクアの例などを一瞬思い出しつつも、仲間を守る力を得られるならと即答で承諾し、フレイヤの探るような視線を真っ向から受け止めた。フレイヤはその烈火のような生き方を喜び、「わらわの使徒としてふさわしい」と認めると、神殿の巨大な炎に手を触れ、その一部をドゴラへ向けて差し伸べた。ドゴラはその手を取り、「英雄を目指すことを生涯の目的とする」という条件で、火の神フレイヤとの契約を結んだのである。
戦場への接続と、焔の神器カグツチによる蘇生 魂の世界では異なる時間が流れていると語ったフレイヤの言葉どおり、地上の戦場では、バスクが消し炭と化したドゴラの亡骸へ近づき、床に突き刺さった神器フラムベルクを引き抜こうとしていた。しかし、神器はバスクの手のひらを焼き、逆に彼を弾き飛ばすような反応を見せる。その後、神器は白から青、そして白熱の光へと色を変えつつ天井へ届く火柱を噴き上げ、その炎の中でフラムベルクとドゴラの亡骸が浮かび上がった。青白い炎が死体を包み、炭化した皮膚と欠損した肉体が再生し、心臓が鼓動を取り戻すと、皮膚・体毛・眼光が元の姿へと蘇った。グシャラはそれを「神との契約」と見抜き、バスクに神器の奪取を急がせたが、火柱の中から降り立ったドゴラの胸には、もはや「フレイヤの神器」が宿っており、その炎をすべて吸い込んだ後、神器は自ら胸から抜け出して彼の前に浮かび上がったのである。
カグツチとの真名契約と、「真の殺戮撃」による反撃 浮かぶ大剣に向かってドゴラが「これがあんたの神器か」と問いかけると、神器は女性の声で応え、自らを「カグツチ」と名乗った。ドゴラがその柄を握ると、剣は白く発光して青い炎を噴き出し、一瞬で巨大な大斧の形へと変化し、炎はオレンジ色に変わりながらもドゴラを傷つけることはなかった。そこへ、自分のものだと主張するバスクを乗せた調停神ファルネメスが突撃し、天使すら押し潰す威力を持つ前足の一撃を叩き込もうとする。ドゴラはこれに真正面から応じ、「真のキルストライク」と叫んで、大斧カグツチに星4「破壊王」の最大火力スキル「殺戮撃」を込めて振り下ろした。神々を調停する一撃と、神の炎を宿す一撃がぶつかり合い、空気が弾ける音とともに弾き飛ばされたのは調停神の側であった。ファルネメスはバスクを乗せたまま柱へ叩きつけられ、柱ごとへし折れてさらに壁に激突し、連鎖的に天井の柱が外れて崩れ落ちる。石片と土煙が舞う中で、ドゴラは静かに神器カグツチを構え直し、火の神の使徒として、再び仲間と並び立つ準備を整えたのである。
第八話 バスクの暴力、ドゴラの咆哮
バスクの変身と調停神の使い捨て 石煙の奥で、調停神ファルネメスはドゴラとの激突で前脚を粉砕され、立ち上がれずにもがいていた。その様子を見下ろしたバスクは、「役立たず」と切り捨てるように首元へ手刀を突き立て、内部から漆黒の玉を引き抜いた。この玉を飲み込んだことで、バスクの肉体は一度は異様なほど膨れ上がり、皮膚が裂けて紫に輝く鱗が現れたのち、余分な膨張が収まって一回り大きな魔神の姿へと変貌した。口は耳まで裂け、黒光りする牙と爪、全身を走る紫色の鱗模様という、上位魔神にふさわしい異形が完成し、その姿を見つめるドゴラに対し、グシャラは「フレイヤに神器の使い手に選ばれた」と状況を説明したのである。
フレイヤの制限と「次で倒せ」の通告 バスクの変身を見守る中、神器カグツチを通してフレイヤがドゴラに語りかけた。今回貸し与えられている神力はわずかであり、契約したばかりで力もまだ馴染んでいないため、「次の攻撃で決めろ」と言い切ったのである。ドゴラはそれを素直に受け入れ、カグツチを構えてバスクとの間合いを詰めた。一方、アレンは石Aと魚系召喚獣をフル稼働させてシアたち前衛と後衛を守りつつ、グシャラの黒い火球の猛攻を必死に捌いていた。石Aの「吸収」と「収束砲撃」で反撃しても、グシャラの漆黒の炎と大教皇の回復によって決定打にならず、少なくともドゴラの方へ攻撃を通さないだけで手一杯の状況に追い込まれていた。セシルが「止めて」と悲鳴を上げるほど、強化されたバスクに正面から挑むドゴラの勝負は、もはや彼一人に託される形になっていたのである。
狂化した修羅王バスクと、決死の一撃を狙うドゴラ バスクは大教皇イスタールに回復と防御強化をさせたうえで、さらに自ら「狂化」のスキルを発動し、筋肉と血管を紫色に膨張させてステータスを底上げした。全身をうねる血管と鱗が覆い、その姿は常軌を逸した暴力の具現そのものである。対するドゴラは、上段からカグツチを振り下ろすことを隠そうともしない単純な構えを取った。学園の実技試験なら即座に怒鳴られるであろう読みやすい構えだったが、彼の狙いはただ一つ、「敵が殺しに来る瞬間、その最接近のタイミングで迎え撃つ」という一点に絞られていた。バスクが挑発し、「二つ名もない雑魚」と侮辱しても、ドゴラは名乗りと一言「二つ名はお前を倒してから」と返しただけで、視線を一瞬も外さなかったのである。
真修羅無双撃と、ついに発動する「全身全霊」 バスクは勝利を確信し、「真修羅無双擊」を発動して跳躍した。両手で構えたオリハルコンの大剣を横に寝かせ、回転しながらドゴラめがけて降下するその一撃は、圧倒的な質量と速度を兼ね備えた暴力そのものであった。極度の集中状態に入ったドゴラの目には、その動きが妙にゆっくりと見え、筋肉の動きや着地点まで予測できるほどに研ぎ澄まされていた。体中の血がカグツチへ吸い込まれるような感覚とともに、これまで発動しなかったエクストラスキルがついに応じ、「全身全霊」が発動する。ドゴラは「フルブレイズ」と心中で熱を高めながら、バスクの足先が床を掠めた瞬間にあわせ、「全身全霊」と叫んでカグツチを振り下ろし、両者の最大火力が真正面から激突したのである。
修羅王の覚醒と、神炎カグツチの真価 最初の衝突では、オリハルコンの大剣がわずかに押され、バスクは驚愕の声を上げたが、すぐに全身をさらに変異させて反撃した。皮膚が裂けて血が噴き、紫の鱗が腕・肩・背を覆い、歪な角が頭部から伸びる「修羅王バスク」としての姿をさらした彼は、両腕から力を絞り出して大剣を押し上げ、カグツチを逆に押し返し始めたのである。カグツチの刃は徐々に顔の横まで押し戻され、オリハルコンの刃がドゴラの目の前に迫る。追い詰められたドゴラが「もっと力を貸してくれ」と叫ぶと、フレイヤは「使徒が主に指図するな」と皮肉を口にしながらも、本来の神の威光を解放した。カグツチの炎は一度消え、代わりに色のない熱がドゴラの全身を包み、足元の床石を溶かして赤く煮えたぎらせた。ドゴラの瞳は赤、白、青と変化し、それに呼応してカグツチの刃も赤から白、白から青へと色を変え、空間そのものを焼き切るような熱を放ち始めたのである。
オリハルコンをも溶かす神炎と、咆哮とともに下される決着 バスクが違和感を覚えて見下ろすと、最強の神金属と謳われるオリハルコンの大剣が、カグツチと接している部分から色を変え、溶解し始めていた。フレイヤは「神の炎で鍛えた剣が、神に勝る道理はない」と告げ、オリハルコンの刃は中央から真っ二つに溶け切れた。力の行き場を失ったバスクは咄嗟に大剣を手放し、片腕で頭を守りつつ、もう一方の手で殴りかかろうとしたが、それより速くカグツチが跳ね上がり、振り下ろされた。斬撃は左肩から入り、紫の鱗を裂いて左腕ごと切り飛ばし、肩甲骨を断ち、胸の中ほどまで食い込む。それから袈裟懸けに一気に振り抜かれ、修羅王バスクの上半身を左肩から右腰までまとめて切断した。積み重ねてきた屈辱と悔しさ、そのすべてを吐き出すかのごとく、ドゴラはカグツチを構えたまま大広間に咆哮を轟かせ、火の神フレイヤの使徒として最初の大戦果を刻みつけたのであった。
第九話 グシャラの暴魔、アレンの頭脳
バスク撤退と聖珠の獲得 ドゴラが「全身全霊」を込めた一撃でバスクの上半身を袈裟懸けに両断し、勝負はついたかに見えたが、アレンの魔導書には撃破ログが流れなかったため、バスクは瀕死ながらも生存していると判明した。魂と神力を燃やし尽くしたドゴラはその場に崩れ落ち、神器カグツチも神性を失ってただの大斧へと変じていた。一方でバスクは上半身だけの状態で「死んだふり」をしており、アレンが接近した瞬間に足輪型の転移アイテムを発動、「先輩がこんな目に遭っているのに容赦ない後輩」と捨て台詞を残して逃走した。しかし、カグツチに切り飛ばされた左腕だけは転移に巻き込まれずその場に残り、アレンはそこから真紅の聖珠腕輪「ルバンカの聖珠」を回収したのであった。
ルバンカの聖珠の効果と装備更新 アレンはバスクの左腕から腕輪を外し、自身に一時装備して効果を確認した。その聖珠は、クールタイム半減、攻撃スキル威力二割上昇、体力と耐久力の大幅上昇という、純粋な火力と耐久を底上げする強力な性能を備えていた。やり込み要素を象徴するランダム効果付きの聖珠に、アレンは内心歓喜しつつも、最適な持ち主としてクレナに譲渡した。クレナは真っ赤な聖珠を喜びながら装備し、今後の前衛火力としての適性をさらに高めた。一方、セシルはこの緊迫状況で装備更新をしていることに不満げな声を上げたが、アレンにとっては戦力最適化も戦術の一環であった。
「祭壇」が生む無限魔力とアレンの分析 戦場では依然としてグシャラと大教皇が健在であり、黒い火球やデスフレアといった強力な範囲魔法が途切れることなく放たれていた。王化・将化・兵化した石Aの召喚獣が盾となり、「吸収」「収束砲撃」でカウンターを行うものの、敵の全身を覆う漆黒の炎と大教皇の「オールヒール」により決定打にはならなかった。さらに、グシャラと大教皇の漆黒の炎が弱まるたびに「祭壇」から黒い炎が流れ込み、彼らの魔力と防御を回復させる構造であることが判明した。アレンはこの状況を、「祭壇」が存在する限り敵の魔力はほぼ無限、攻撃は通りづらく、こちらは即死級の魔法に晒され続けるという最悪の構図だと分析し、まず「祭壇」の破壊が勝利条件であると結論したのである。
知力4万超えの解析と行動パターンの看破 アレンはさらなる分析精度を得るため、霊Aの召喚獣を増やして知力補正を高めつつ、装備していた指輪を知力+5000の指輪二つに変更し、さらにセシルからマクリスの聖珠を借り受け、「精霊王の祝福」と合わせて知力4万超えの状態に到達した。この高知力状態で数分間、石Aの召喚獣を犠牲にしながらグシャラと大教皇の魔法行動を観察した結果、使用魔法ごとの癖や前動作、魔力消費と回復のタイミング、「祭壇」から漆黒の炎を受け取った直後に特定魔法を使うパターンなど、いくつかの行動ルートと乱数の幅を把握した。さらに理論値として、各攻撃魔法が何発で魔力枯渇に至るか、大教皇の「オールヒール」が何回使用できるかも算出し、限られたチャンスで「祭壇」を破壊するための最適なタイミングを割り出したのである。
「祭壇」破壊作戦とグシャラの暴魔化 アレンは鳥Fの「伝達」を用いて、セシル・ソフィー・メルスらに詳細なタイミングを共有し、グシャラが大魔法「エネミーフォール」を放つ瞬間を待った。計算どおりグシャラが重力魔法を放ち、石Aの召喚獣が多数潰れながらも一部が生存して「収束砲撃」を放つと、大教皇は残り少ない「オールヒール」を発動する。この直後を狙い、セシルの「ブリザード」とソフィーの水精霊ニンフによる氷水の合体攻撃をぶつけさせ、そこへグシャラが最も軽い攻撃魔法「カーズファイア」で迎撃する流れを誘導した。その瞬間、メルスの覚醒スキル「裁きの雷」が発動し、グシャラ本人ではなく「祭壇」を粉砕したことで、漆黒の炎による魔力補助は完全に断たれた。祭壇を破壊されたグシャラは、怒りと絶望の中で真の姿を顕現し、全身に信者たちの憎悪と悲哀の顔を浮かべた異形の魔神へと変貌し、新たな範囲殲滅魔法「イビルガーデンズ」を展開して黒い死霊を大量に召喚したのである。
イビルガーデンズと持久戦への移行 「イビルガーデンズ」で生み出された死霊たちは、青白い顔と黒い体を持ち、蛇行するような軌道で自動追尾し、接触部分を即座に黒い塵へ変える強力な性質を備えていた。石Aの召喚獣は「吸収」を発動する暇もなく次々と消滅させられ、死霊だけが残る状況が続いた。さらにこれらの死霊はダメージを与えても消滅せず、持続的なプレッシャーを与え続ける性質を持っていた。アレンは新魔法の仕組みを見極めつつ再び石Aを連続召喚し、死霊の進行を抑えながら、グシャラの魔力が尽きるまで粘る持久戦への移行を決断した。しかし「精霊王の祝福」による自軍強化にもタイムリミットがあり、ローゼンからも効果切れが近いと告げられたため、祝福が切れる前に決着をつけなければ味方に死者が出ることは確実であった。
シア獣王女の葛藤と「獣王化」の覚醒 一方、王化した石Aの巨大バックラーの陰では、瀕死のルド隊長と眠るドゴラを前に、シア獣王女と三人の部隊長が立ち尽くしていた。シアはこれまで自分を支え続け、将来の獣人統一を信じて集まった部下たちの多くを失った悲しみと、今もなお仲間を守るために戦場に立とうとする部隊長たちの覚悟を前に、自分だけが何もできない無力感に苛まれていた。カム、ゴヌ、セラの各部隊長は「殿下の名と命を守るため、自分たちだけが戦って死ぬ」と告げて前線へ向かい、シアは残される側となる。そこで彼女は、自分たち獣人を守る獣神ガルムに祈り、「獣王化」の力を求めた。しかしガルムは、魔王とその軍勢と戦うためには力を貸さないという方針を示し、「死の螺旋」から守るためにあえて戦わせないのだと告げた。これに対しシアは、侵略がいずれガルレシア大陸にも及ぶ以上、戦わずに守られるだけでは未来がないと強く反発し、自分たちの意思で運命に抗う権利を主張したのである。
ガルムの決断と1000人規模の獣王化 シアの叫びはガルムの迷いを呼び起こし、ゼウ獣王子に続いてシアまでもが「死の螺旋」へ踏み込む運命を選んだことを知ったガルムは、ついに覚悟を決めた。次の瞬間、シアの体内で荒れ狂うような力が目覚め、全身の毛が逆立ち、筋肉と体格が膨張して、しなやかな二足歩行の巨大な虎へと変貌した。これが、首長一族にのみ許される「獣王化」である。さらにシアの拳を中心に半径100メートルの巨大な魔法陣が広がり、その光を浴びた三部隊長と周囲の獣人戦士たちも次々と獣化した。かつてガルレシア大陸の独立戦争では半径1キロメートルの魔法陣で万の軍勢を一斉に獣化させたという伝承を踏まえれば、今回はその縮小版ながらも、シアが確かにガルムから認められたことを示す現象であった。
1000人の獣人軍による総攻撃と大教皇撃破 精霊王の祝福の残り時間が少ない中で、アレンは最後の総攻撃として、王化した竜Aの外周配置・帰巣本能・獣王化の範囲を組み合わせ、1000人の獣人戦士を神殿内に展開する準備を進めていた。メルスと獣王化したシア、さらに巨大化した三部隊長がグシャラと接近戦を続ける一方で、クレナ・セシル・キール・ソフィー・フォルマールらは大教皇を集中攻撃し続ける。しかし大教皇は首飾りや杖の魔力により、倒されてもすぐに回復してしまい、決着がつかない状態で時間だけが過ぎていった。やがてアレンの合図により、1000人の獣人が神殿最上階に一斉転移し、「獣王化」の影響で巨大な獣へと変身する。ラス副隊長の「ブレイブランス」を皮切りに、1000人全員がエクストラスキルをグシャラと大教皇に叩き込むことで、破壊の嵐のような連続ダメージが発生し、大教皇の身体はついに砕け散った。魔導書のログには「魔神を1体倒した」と表示され、大教皇もまた魔神となっていたことが判明したのである。
グシャラの逃走と竜Aによるトドメ 一方、グシャラは総攻撃を生き延びたものの、ローブは破れ、青白い肌には無数の傷が刻まれ、大教皇も失い、回復手段を断たれた。このまま1000人の獣人戦士と接近戦を続ければ敗北は必至であり、彼は壁が崩れた神殿の外へと飛び出し、天空に浮かぶ島から飛び降りてでも逃げ延びる方を選択した。正義感の強いキールは、これを「逃亡」と断じて怒りを露わにしたが、アレンにとっては想定済みの行動であった。すでに神殿外には王化した竜Aの召喚獣が配置されており、グシャラが外へ出た瞬間、その巨大な頭の一つがグシャラの身体を咥えてかみ砕いた。さらに竜Aがグシャラを咥えたまま巨大な岩のように地上へ叩きつけたことで、浮遊島全体が揺れるほどの衝撃が走り、最終的なトドメとなった。
上位魔神撃破とアレンのレベルアップ 神殿内に戻ったアレンの魔導書は表紙を光らせ、上位魔神グシャラ=セルビロールを撃破したログを表示した。レベルは一気に5上昇し、体力・魔力・攻撃力・耐久力・素早さ・知力・幸運のすべてが大幅に上昇した。こうして数百万人の命を奪った邪神教の教祖にして上位魔神であるグシャラは、逃走すらも封じられて完全に討ち取られた。激戦を戦い抜いた仲間たちが、終わりの見えなかった戦いの決着に安堵の表情を浮かべる中、アレンだけはゲーム的な視点でレベルアップとステータス上昇の数字を見て跳ね回り、この戦いを「貴重な経験値源」としても最大限に活用したのである。
第十話 ノーマルモードの限界を超えた先へ
戦闘後の島と上位魔神撃破の確認
アレンは神殿の壁が砕けた場所から外を見渡し、セシルのエクストラスキル「小隕石」によって穿たれた巨大なクレーターと、生命の気配が途絶えた荒涼たる大地を確認したのである。セシルは本当に上位魔神を倒せたのかと不安を口にしたが、クレナが魔導書の表示を読み上げたことで撃破が確認された。精霊神ローゼンはソフィーに甘えながら、厳しい戦いを乗り越えたことを労い、アレンも今回の戦いでレベルが6上がったことを内心で喜びつつ、まずは功労者への挨拶に向かう決意を固めたのである。
ルド隊長の死と蘇生「神の雫」
一方で戦場には、シアを庇って倒れた獣人隊長ルドの亡骸を囲み、悲嘆に暮れる獣人部隊の姿があった。元獣王武術大会優勝者であり、シア獣王女を守り抜いて死んだ隊長の死は、ラス副隊長を含む部隊全員に深い衝撃を与えていたのである。アレンはキールにルドへの「神の雫」の使用を指示し、キールはエクストラスキル「神の雫」を発動した。光が凝縮して雫となり、ルドの胸に滴り落ちると、その身体は淡い光に包まれ、彼は深い眠りから目覚めるように蘇生した。歓喜する獣人たちを前に、キールは戦闘中に使用すればアレンを優先せざるを得ず、全滅の危険もあったため、戦闘終了まで蘇生を待たせた事情を説明した。知力+5000の指輪を二つ装備した現在のキールは、「神の雫」の成功率をほぼ100%にまで高めており、その力が今回の奇跡的な蘇生を可能にしたのである。
ドゴラのエクストラモードと新たな切り札
アレンは続いて、戦闘で満身創痍となったドゴラの隣に移動し、新たに得られた力を確認した。魔導書のステータス画面には、ドゴラがレベル66となり、「破壊王」の職業を得ているだけでなく、火の神フレイヤの加護「火の神(極小)」と「火攻撃吸収」の表記が追加されていた。更に「真渾身」「真爆擊破」「真無双斬」「真殺戮撃」「全身全霊」など、全ての攻撃スキルの頭に「真」が付く形で再編されており、「全身全霊」はエクストラスキルではなく通常の才能スキルとして習得可能な状態になっていたのである。これはヘルモードの上限であるレベル60を突破し、アレンが「エクストラモード」と呼ぶ新段階に突入したことを意味していた。上位魔神バスクと単独で渡り合ったドゴラの瞬間火力は、従来「小隕石」と「裁きの雷」に依存していた必殺火力の不足を補う新たな切り札となり、アレンはパーティーの戦力構成に大きな変化が生じたと判断したのである。
調停神ファルネメスの救済と解放
戦いの余韻が残る中、バスクに首を貫かれ、黒い塊を取り出されて倒れていた調停神ファルネメスが、苦しげないななきを上げて立ち上がろうとした。アレンたちは即座に戦闘態勢を取ったが、クレナは敵意ではなく哀れみの視線を向け、負傷した神獣に近づいて声を掛けたのである。クレナは自分の携行品の「天の恵み」が切れていることに気付き、アレンから新たな「天の恵み」を受け取ると、調停神に使用した。光に包まれたファルネメスの身体は完全に治癒し、折れた前足も首の傷も元通りになった。回復した調停神はクレナに頬を舐めて感謝を示した後、自らを「法の神を守護する調停神ファルネメス」と名乗り、バスクに抜き取られた黒い石によって意識を支配されていたことを示唆した。そしてアレンたちに礼を述べると、神殿の外へ出て空中を歩き、そのまま遠ざかっていった。アレンは、憎悪を失った調停神を解放という形で見送ることが最善であったとクレナに伝え、この一件を終わらせたのである。
大教皇イスタールの魂と天使たちの降臨
調停神が去った後、キールは祭壇近くで倒れている大教皇イスタールの骸骨の亡骸に目を向けた。かつて人類のために尽くし、魔王軍の手で魔神へと変えられた同じエルメア教の神官を、このまま放置することはできないと考え、彼は祈りと共に浄化魔法を唱え始めたのである。その瞬間、天井も崩れていない神殿内部に強烈な光が差し込み、三体の女性天使が翼をはためかせて降臨した。彼女たちは、イスタールの魂を神界へ連れて行くため創造神エルメアから遣わされた存在であり、その上に更なる光の中から第一天使ルプトが現れた。ルプトはメルスの双子の妹であり、メルスの代わりに第一天使となった存在であるとアレンは理解した。ルプトはキールに感謝を述べた後、大教皇の亡骸を抱き上げ、その腕の中で半透明の老人の姿をしたイスタールの魂を顕現させたのである。
イスタールは多くの犠牲が出たことに心を痛めつつも、目の前の英雄たちが魔を退けたことに感謝し、自身がかつて受けた神託「金色を身にまとった青年」に言及した。その青年がキールであると悟りつつも、彼は謙遜して「救えたと言うには程遠い」と答えた。ルプトは、神界へ向かう前に人々へ残したい言葉があるかと問い、イスタールは教会運営をクリンプトン枢機卿に任せること、そして見習い神官キールへ最後の贈り物を授けることを望んだのである。
神秘の首飾りの継承と戦いの終結
イスタールは、自らの亡骸の法衣の下に隠された金色に輝く「神秘の首飾り」をキールに託すことを願い出た。当初、その首飾りは神界に回収するよう命じられていたが、ルプトは今回の戦いで人々を救った英雄たちへの報酬として譲渡を認めた。首飾りはふわりと宙に浮かび、キールの元へと移動し、彼の両手の中に収まった。天使たちは神界へ戻る前に、英雄たちの活躍をエルメアに伝えると約束し、光と共に天井へと消えていったのである。
アレンが魔導書で確認したところ、「神秘の首飾り」は回復魔法の効果を2倍にし、クールタイムを半減させ、体力と知力をそれぞれ3000上昇させる強力な装備であった。これによりキールの支援能力は飛躍的に高まり、アレンはゲームのイベント報酬のような展開に内心で歓喜した。キールは呆れながらも大教皇の遺骨や法衣を丁寧に回収し、エルメア教会できちんと供養する段取りを整えた。こうして調停神も神界へと去り、第一天使ルプトの降臨も終わり、空に浮かぶ「島」を巡る一連の魔神戦は、アレンたちの完全な勝利として幕を閉じたのである。
第十一話 魔王軍の望むもの
島の動力源探索とアレンの目的
アレンは戦闘後の神殿で、浮遊する「島」を支える動力源の存在を推測し、仲間たちに探索を提案したのである。島が元々この場所にあったとは考えづらく、どこかから移動してきた以上、その移動と浮遊を担う仕組みが内部に存在すると判断したためである。神殿内や下層をくまなく調べた結果、最下層の広間で巨大な半透明の立方体と、その下の台座および周囲の魔導具群を発見し、アレンはここが島の動力源と見做した。
島を「兵器」として使う発想と魔導技師の必要性
動力源を確認したアレンは、この島を操作できれば魔王軍の根城上空まで移動させ、そのまま上から落下させて甚大な被害を与えられるのではないかと発想した。巨大隕石級の質量と高度を利用した一撃で、魔王軍を物理的に粉砕しようと目論んだのである。この大胆な案に仲間たちは呆気にとられ、ソフィーは「もったいない」と困惑を隠せなかったが、アレンは本気であった。動力装置を調べたメルルは、これはダンジョンにも用いられる類の魔導具であり、「魔導技師」の才能を持つ者であれば操作可能と見立てる。アレンはバウキス帝国のガララ提督に協力を仰ぎ、魔導技師を派遣してもらう案を検討した。
戦局への復帰とシア獣王女の同行、メルスの「話」
島の制御について一定の見通しを得たアレンは、次の行動として本来の戦場に戻る決断をした。ローゼンヘイム北部と中央大陸北部には既に計4万体の子ハッチを派遣しており、戦況は五大陸同盟側に傾きつつあると判断していたため、自らも加勢に向かうつもりである。一方、ギャリアット大陸に残る「邪神の化身」や魔獣の掃討は、王化した虫Aを中心とした3万体の子ハッチ軍団に任せる段取りをつけた。エルマール教国への報告に向かうと告げると、シア獣王女はクレビュール王国へ戻る予定を変更し、エルマール教国の惨状に責任を感じてアレンたちに同行することを選んだ。獣人部隊はメルスの鳥A覚醒スキル「帰巣本能」で王国へ送り返され、その後、タムタムのラウンジで合流したメルスは、今回の事態に自らの説明不足の責任があると述べ、魔王軍の目的について本格的に語り始めた。
祭壇と漆黒の炎の正体:命を魔神の力へ変換する装置
アレンとセシルは、今回の事件で使用された「祭壇」と漆黒の炎の正体についてメルスに問い質した。祭壇は「邪神の化身」が奪った人々の命を漆黒の炎として集約する装置であり、バスクが調停神ファルネメスから取り出して飲み込んだ黒い球体は、その命が結晶化したものであると説明された。集められた命は、魔神を新たに生み出したり、既存の魔神を上位魔神へと進化させるための燃料として用いられるという。魔神1体を生み出すには最低でも100万人分の命が必要であり、上位魔神ならその10倍が必要とされる規模であることが明かされ、仲間たちはその犠牲の大きさに戦慄した。一方、アレンは「燃費が悪い」というゲーム的な観点からも状況を分析し、今回キュベルが持ち去った漆黒の炎の量では、増やせる魔神の数はせいぜい十数体程度だと推測した。
魔王軍内部の思惑とキュベルの行動の不可解さ
アレンは、キュベルが最後まで前線に立たず、自身を殺す機会があったにもかかわらず決定的な一手を打たなかった点を疑問視した。ヘルミオスを殺さず、バスクを魔神化した経緯も含め、キュベルの一連の行動には「ただ敵を皆殺しにしたい」という単純な意図以上のものが感じられるためである。メルスは、キュベルがアレンたちを殺す気がなかったとは考えにくく、バスク・グシャラ・調停神ファルネメスの三枚看板で十分と踏んでいたが、想定外としてドゴラのエクストラモードへの覚醒と火の神フレイヤとの契約を挙げた。何十万年も生きる「原始の魔神」であり、魔王登場以前から存在するキュベルと、100年やそこらの新参である魔王の関係性は依然として不透明であり、魔王軍が一枚岩なのかすら疑わしい状況であると示された。
魔王軍の最終目標:暗黒界と邪神の封印
議論はやがて、魔王軍が命を集める「本当の目的」に及んだ。メルスは神界側の懸念として、魔王軍が暗黒界への侵攻、もしくは暗黒界に封じられた存在の解放を狙っている可能性を語る。暗黒界はかつて創造神エルメアが、強大な魔神や魔族・魔獣を封じ込めた領域であり、その封印がなければ地上界は魔獣に溢れていたと伝えられている。そして、その封印対象の中には、エルメアと同等の力を持ちながら神界を滅ぼそうとして敗れ、その身体をバラバラにされ、暗黒界各地に封じられた「邪神」も含まれていたのである。グシャラが信者を「邪神の化身」に変えていた事実も踏まえ、アレンたちはようやく、「邪神」が単なる異端の神ではなく、実在する超常の脅威であると理解した。
魔王軍の次の一手とアレンたちの覚悟
メルスは、魔王軍が集めた莫大な命の力を用い、暗黒界の封印や邪神の封印を揺るがそうとしている可能性を示し、神界もそれを最大級の脅威として警戒していると語った。過去、神界に攻め込んだ魔王軍には数百体の魔神がいたにもかかわらず、今回の祭壇で得られる命の量では、魔神の数を増やすことよりも、より大きな目的に力を集中させていると考えた方が自然だとアレンは判断する。結果として、魔王軍が必ず次の手を打ってくることはほぼ確実であり、アレンは「ならば自分たちも立ち止まらず、常に前へ進み続けるしかない」と結論づけた。この認識の共有をもって、その日の会議は一区切りとなり、彼らは次なる戦いに備える覚悟を新たにしたのである。
第十二話 戴冠式と火の神フレイヤの救済
キールの「教皇見習い」就任と式典準備 エルマール教国ニールの街に滞在していたアレン一行は、テオメニア炎上後の顛末をクリンプトン枢機卿へ報告し、そのまま教会側の協議が終わるまで貴族の旧別邸で待機していたのである。待機の合間にアレンたちはローゼンヘイム北部と中央大陸北部の戦線へ転移し、子ハッチ軍団や各国軍と連携して魔王軍殲滅に協力し、魔神一体の討伐も果たしたのち、再びニールへ戻ったのである。 協議を終えた教会上層部は、事態終息を祝う式典への参加と、キールを新たな「教皇」として戴冠したいという二つの依頼を提示した。大教皇イスタールの神託「金色を身にまとう青年」の条件に加え、キールが「聖王」の才能と豊富な治療実績を持つこと、大教皇の魂と遺品を神界へ送り届けた経緯が評価され、教皇候補として推戴されたのである。キール本人は重責を理由に辞退したが、その姿勢はむしろ「世界を救う覚悟」と解釈され、最終的に「教皇見習い」として育成する折衷案に落ち着いた。こうしてカルネルの教会改築と引き換えに、キールは教皇位継承を前提とした特別な位階を与えられたのである。
戴冠式と民衆の熱狂 式典当日、ニールの街の中央広場には、万単位の人々が押し寄せ、テオメニア神殿を模した演壇と急な木製階段が設けられていた。アレン一行やシア獣王女は、関係者として演壇上に並び、観衆の視線と期待を一身に浴びたのである。 裏方では、キールが神官たちに着付けられつつ、「なぜ自分が」と愚痴をこぼしていたが、妹ニーナやシスターたちに褒められ、半ば押し流される形で式典の主役として準備を整えた。やがて枢機卿に伴われて演壇中央に進み出たキールは、民衆から「新しい教皇様」として歓呼を受ける。クリンプトン枢機卿の祈りの言葉の後、大教皇由来の冠がキールの頭上に載せられ、広場は割れんばかりの拍手と感謝の声に包まれた。キールとドゴラは、S級ダンジョン攻略時に浴びた歓声と今回の喝采を比較し、「誰かに褒められたくてではなく、やるべきことをした結果として受ける賛美だからこそ受け止められる」という心境の変化を自覚したのである。
元「邪神教」信者の訴えとキールの行動 枢機卿の長い説教が続く中、観衆の一角から神兵に囲まれた一人の女性が演壇前に押し出され、「平等なんて嘘」「私たちは迫害を受けている」と叫び、抱いていた赤子の命を救ってほしいとキールに懇願した。彼女と赤子はかつてニールでアレンに呪いを解かれた元「邪神教」信者であり、その後、隔離区画に収容され、エルメア教信者よりも極端に少ない配給しか与えられていなかったことが明らかになる。 枢機卿が警備隊に取り押さえるよう命じた瞬間、キールはそれを制し、儀式用の急階段を飛ぶように駆け降り、女性と赤子の前に立った。教会の規則では、治療の前に最低銀貨一枚の「お布施」が必要であるが、キールは幼い妹ニーナが飢えていた頃の記憶を重ね、目の前の赤子を見捨てることができず、対価を問わず「グレイトヒール」を施したのである。赤子は金色の光に包まれて元気な泣き声を上げ、広場は戴冠の時以上の歓声と拍手に包まれた。
元信者への迫害問題とソフィーの提案 回復魔法で一命を取り留めた女性は、涙ながらに、元「グシャラ聖教」信者たちが隔離区画に閉じ込められ、満足な食事も与えられていない現状を訴えた。アレンは枢機卿の表情から、教会上層部がこの差別的扱いを把握していながら黙認していたことを悟る。 キールは5000人規模の元信者たちをどう救うか思い悩み、カルネル領への受け入れや私財による食糧支援、あるいは別の避難先の確保などを考えるが、どれも現実的な解決とは言い難い状況で立ち尽くした。そこにソフィーが声をかけ、「苦しむ人々をこの街に残すのではなく、空に浮かぶ『島』へ連れて行ってはどうか」と提案した。グシャラとの決戦の舞台となった、動力源付きの浮遊島を「移住地」として活用する案であり、アレンはガララ提督から魔導技師を派遣してもらう手はずを整えていたことを思い出し、島・元信者・火の神フレイヤを結び付ける構想に至ったのである。
フレイヤへの「一万人信者」提案と降臨の舞台作り アレンはキールに「良い案がある」と告げた後、真の狙いであるドゴラとその背後の火の神フレイヤに意識を向ける。フレイヤは神器カグツチを通じて魔王軍に神力を吸われ、さらにバスクとの戦いで残りの力を酷使した結果、ほぼ「ガス欠状態」にあった。しかも、火の技術革新や魔導具、ダンジョン産の武具の普及により、人々が火そのものや鍛冶職人を必要としなくなったことで、フレイヤへの信仰は著しく衰退している。 一方で、グシャラの信者だった者たちは、かつて神と信じた存在に見捨てられ、今まさに新たな拠り所と救済を求めていた。アレンはこの一万人規模の元信者をフレイヤの新たな信者とし、その祈りをカグツチに集めれば、やがて上位魔神バスクを打ち倒した時と同等の威力を取り戻せるのではないかと試算したのである。 アレンはフレイヤに「もし一万人が常に貴女に祈るようになったら神器はどれほどの力を出せるか」と問いかけ、さらに「テオメニアの降臨祭になぞらえ、今日の戴冠式を代替の降臨祭とし、救いの手を差し伸べる神として姿を現すべきだ」と提案した。フレイヤは、信仰獲得の好機としてこの案に乗り、アレンは「具体的な救済行為は人間である使徒ドゴラが行い、神は『その後ろ盾』として姿を見せる」という筋書きを用意したのである。
火の神フレイヤの降臨と島への招待 アレンが段取りを説明し終えるや否や、ドゴラの背に括り付けられていた神器カグツチから炎の柱が噴出し、その先端が長髪の女性の姿へと変化した。火の神フレイヤの顕現である。突然の火柱に観衆は悲鳴を上げるが、炎が女性と赤子を包んでも燃やすことなく、温もりと安堵だけを与える様子を見て、人々は畏怖から崇敬へと感情を切り替えていく。 アレンは続けて創造神エルメアの第一天使メルスを召喚し、「この大陸の中央南部上空に、使徒のための空飛ぶ島が用意された」と天界側からの公式声明を演出した。フレイヤは、メルスの言葉を受ける形で、「島には自らの使徒ドゴラと仲間を支える者が住まう。共に来たい者は島を目指せ」と宣言し、元「邪神教」信者たちの移住先として空中島を提示したのである。 同時にフレイヤは天へ両手を掲げ、広場に小さな火の玉を降らせた。火の玉は誰も焼かず、ほんのり温かい浄化の炎として人々のトラウマを癒やし、やがて南へと並ぶ光の道を形作った。これが島への「炎の導き」となり、島行きを望む者はその列に従うよう導かれたのである。元「邪神教」信者たちは一斉にフレイヤとドゴラの名を叫び、新たな信仰対象として受け入れていった。
新たな信仰の再配置と「戴冠式+降臨祭」の終幕 フレイヤの降臨に続いて、天使メルスがエルメアの使徒として広場に姿を現したことで、観衆は創造神エルメアが自分たちを見捨てていないと確信し、エルメア教徒も元「邪神教」信者も一斉に跪いて祈りを捧げた。フレイヤは信仰獲得の成功に満足しながら炎の柱へと戻り、そのまま神器カグツチの中へ消えた。 こうして、キールの「教皇見習い」戴冠式は、元信者迫害問題の露見と、その救済策としての空飛ぶ島への移住計画、さらに火の神フレイヤの降臨という「突発的な降臨祭」を併せ持つ特異な儀式となり、人々の記憶に刻まれる結果となった。アレンにとっては、元「邪神教」信者の避難先を確保しつつ、ドゴラとフレイヤの戦力を立て直す一石二鳥の策となり、今後の魔神・魔王との戦いに向けた重要な布石が打ち込まれたのである。
第十三話 浮いた島の活用
ニール教会での協議と移住方針の決定
戴冠式と終息宣言の式典が終わると、アレン一行はニールのエルメア教会へ戻り、クリンプトン枢機卿の案内で会議室に集まったのである。そこでアレンは、元「グシャラ聖教」信者のうち空中の「島」への移住希望者の人数把握と名簿作成を依頼し、家族や荷物の準備期間も含めて希望を聞き取るよう求めた。 さらにアレンは、島で宗教対立が再燃することを避けるため、移住者の基本方針として「元グシャラ聖教の信者」を主体とし、エルメア教信者は原則含めないことを伝えた。ただし、島で人々を導くノウハウが自分たちにはないことから、顧問役としてエルメア教会の神官に同行を願い出た。 またアレンは、今回の被害の抑制に火の神フレイヤと使徒ドゴラの力が不可欠であったと説明し、キールの戴冠式が行われた広場にフレイヤとドゴラの像を設置することを要望した。クリンプトンはこの願いを会議に諮ると約束し、対応を持ち帰ったのである。
アレン軍構想とローゼンヘイム・ダークエルフの戦力参加
会議室にはシア獣王女、ルド隊長、ラス副隊長も同席していた。そこへソフィー宛ての封書を携えたエルフが現れ、ローゼンヘイムからの書状を届けた。ソフィーはそれを読み、ローゼンヘイム女王オルバースから「アレン軍」への正式加盟が承諾されたことを告げた。 ソフィーは、魔王軍の計画は各地で潜行的かつ同時多発的に進行しており、五大陸同盟の合議制では対応が遅れると分析していた。Sランク冒険者となったアレンが各国に働きかけて自由に動ける利点を活かし、独自に機動的な戦力を保有する必要があると説明したのである。 その上でソフィーは、女王に願い出て、ローゼンヘイムから精霊魔導士千人と星二つの「才能」を持つ百人、そして将軍たちと名工ガトルーガをアレンの指揮下に派遣する手配を済ませていたことを明かした。さらに、オルバース王からの手紙には、星二つの「才能」を多く含むダークエルフ千人を将軍数名付きで派遣し、その最高指揮権をアレンに譲渡する旨が明記されていた。ソフィーは、これ以上無闇に数を増やすのではなく、まずは部隊ごとの連携と練度向上を優先すべきと方針を示した。
シア獣王女の参加条件とアレンの「世界観」
ソフィーは次に、シア獣王女にもアレン軍への参加を打診した。シアは即答を避け、判断材料としてアレンに「なぜ魔王と戦うのか」と問いかけた。 アレンの答えは極めて簡潔で、彼は「魔王だから」であり、あたかも「自分の村の近くに現れた魔獣を排除する」のと同じ感覚で魔王討伐を捉えていると語った。具体的な大義名分よりも、「自分の世界に害をなす存在だから倒す」という、開拓村時代の延長線上にある価値観であった。 この返答を聞いたシア獣王女は、アレンがこの世界全体を自分の村のように捉え、「世界規模の争い」を自分事として扱っているのだと解釈した。彼女は、ガルレシア大陸を統一し獣人帝国を築く自身の野望も、世界規模の覇権争いの中で有利な立場を得ることでこそ実現に近づくと判断し、最終的にアレン軍への参加を決断したのである。 シアはアレンに対し、自らの部下たちを「手足」として預けることを宣言し、今後はその指揮に従って魔王との戦いに力を貸すと約束した。これにより、アレン軍はローゼンヘイム・ダークエルフに加えて、獣人戦力も取り込む形となった。
空中島の命名と「ヘビーユーザー島」構想
戦力方針が固まりつつある中で、メルルが空中の「島」に正式な名前を付けることを提案した。今後、元「邪神教」信者が移住し、ローゼンヘイムや獣人の部隊も合流する拠点となる以上、無名のままではふさわしくないという意見であった。 仲間たちもこれに賛同し、島の命名をアレンに一任した。アレンは、かつてのパーティ名「廃ゲーマー」や、自分たちの活動が軽さとは無縁の「重いプレイ」であることを意識しつつ、元「邪神教」信者との共同生活と数千人規模の軍隊を抱える拠点にふさわしい言葉を思案した。その結果、「ヘビーユーザー島」という名称を提案したのである。 仲間たちは一様にその名を口にして感触を確かめ、多少の違和感はありつつも受け入れた。シア獣王女も意味は完全には理解できないものの、「聞き慣れない不思議な響き」に新しさを感じ、魔王軍との戦いにおいて何か大きな変化が始まる予感を抱いた。 こうして、アレン軍の新たな活動拠点は「ヘビーユーザー島」と名付けられ、ローゼンヘイム・ダークエルフ・獣人、そして元「邪神教」信者を含む多種族連合が集う拠点として運用されていく構想が固まりつつあると示されたのである。
第十四話 魔王軍の次の計画
キュベルの帰還と魔王城の騒然
魔王城の真っ白な大理石の部屋に描かれた魔法陣が輝き、「原始の魔神」キュベルが大きな本を手に帰還したのである。使用人姿の魔族に迎えられたキュベルは、魔王が玉座の間で上位魔神ラモンハモンと会っていると聞き、そのまま回廊と階段を進んで大広間へ向かった。 大広間には数百体に及ぶ上位魔神たちが集められており、今年中央大陸へ侵攻した魔王軍主力が包囲作戦によってほぼ壊滅し、帰還者が総大将ラモンハモンのみという報告に騒然としていた。キュベルはその中にふざけた足取りで入り込み、やがて玉座の前で魔王とラモンハモンに対面したのである。
キュベルへの糾弾と「敗北」の言い換え
ラモンハモンは、ローゼンヘイム戦・中央大陸戦と二度続けて魔王軍が敗北した原因がキュベルの作戦にあると激昂し、殺意を露わにして詰め寄ろうとした。しかし魔王がそれを制し、まずキュベルに帰還が遅れた理由を問いただした。キュベルは「探し物」に手間取っていたと述べ、手にした本を見せたうえで、自身の行動はすべて魔王のためであり、邪神復活と神器による命の収集という大目的に沿ったものだと主張した。 キュベルは、ローゼンヘイムにレーゼルを差し向けたのは神界に攻め入ってフレイヤの神器を奪う隙を作るためであり、同時に用済みとなったレーゼルを処分する意図もあったと語った。テオメニアでグシャラを利用した作戦も、神器に充分な命を集めた時点で彼の役割は終わっていたと断じ、表面的な敗北は「目的達成のための過程」に過ぎないと片付けたのである。アレンやヘルミオスを殺さなかったのも、神界を本気で動かすタイミングをまだ早いと判断したためだと説明し、地上での動きと神界の出方を揺さぶる布石だと位置づけた。
キュベルとビルディガの正体、そして狂気の目的
魔王はこの場で、キュベルがかつて第一天使であったことを明かし、古参上位魔神「六大魔天」の一部や聖蟲ビルディガがその事実を既に知っていたことも示した。さらにビルディガも元は「聖蟲」と呼ばれた存在であり、今は魔王の僕となっていると語らせることで、二者が魔王の長年の側近であることを新参の上位魔神たちに印象づけたのである。 魔王は改めてキュベルに「魔王軍に力を貸す理由」を問うた。宙に浮かんだキュベルは静かに、自らの目的が「エルメアを殺すこと」であり、そのためにこの無常の世を生き続け、魔王と魔王軍に力を貸しているのだと告げた。その瞳には底なしの絶望と狂気が宿っており、ラモンハモンは視線を逸らしたくても逸らせない恐怖に縛られた。対照的に魔王はその狂気を正面から受け止め、満足そうにキュベルを見つめ続けたのである。 このやり取りを通じて、魔王は「キュベルとビルディガは自分の味方である」と全軍の前で再確認させ、上位魔神たちに次の作戦への協力を改めて誓わせた。ラモンハモンもまた、魔王軍の本当の中心にまだ届いていない自分の立場を思い知らされることになった。
邪神の尾と次なる計画、「超越者」への野望
魔王は、神器に集めた命で邪神の体をどこまで蘇らせられるかをキュベルに問うた。キュベルは現状では一部を蘇らせるにも足りないと答えたうえで、手にした本の内容に話を移した。その本は数百年前に人間が作った子供向けの絵本であり、伝承が歪められてはいるものの、地上界の海底に邪神の「尾」が眠るという記述が残されていたのである。 従来、邪神の五つに分かれた体は暗黒界に眠ると考えられていたが、キュベルはこの本を根拠に、次の作戦対象として「海底に眠る邪神の尾」を挙げた。人間を愚かと嘲りながらも、魔王はアレンのような人間を侮れば寝首をかかれると釘を刺し、キュベルに慎重な情報精査を命じた。キュベルは本を隅々まで読み込んでから作戦を実行すると約束し、それでも魔王が長く待てないことも理解している様子であった。 さらに魔王は、自身が「超越者」となることへの期待を口にし、邪神の力を足場に世界の枠を越えるような存在になろうとする野望をのぞかせた。だが「超越者」という概念は、まだ上位魔神ラモンハモンには理解されておらず、彼は自分が知らない計画や階層がまだ多く存在することを痛感したのである。
獣たちを巡る「贄」と全面戦争への号令
最後にキュベルは、別働のシノロムが進めている「贄の準備」も順調であると報告した。これは邪神の尾の計画と並行して進めるべき要素であり、魔王は自分がこれほど獣たちについて考えることになるとは思わなかったと苦笑しながらも、すべてが計画通りに動いていると評価した。 魔王軍総司令オルドーは、次の作戦は全力を投入する必要があると魔王に誓い、上位魔神たちも一斉に頭を垂れた。魔王の瞳には、まだ見ぬ世界への冒険を夢見る子供のような無邪気な笑みが浮かび、その裏側に邪神復活と神殺しを含む途方もない破滅計画が進行していることが暗示された。 こうして、キュベルの狂気と魔王の野望を軸に、魔王軍は「邪神の尾」と「贄の計画」を柱とした次の大規模作戦へと動き出し、アレンたちとの新たな戦いの幕開けが予告されたのである。
特別書き下ろしエピソード 贄と獣の血①
シアの鑑定の儀と「拳獣聖」の才能
アルバハル獣王国の祭壇の間で、五歳のシア獣王女は鑑定の儀を受け、「拳獣聖」の才能を授かったのである。徒手格闘に秀でる星3つの才能と判明し、獣王親衛隊隊長ルド将軍は、獣王位を継ぐにふさわしい印だと歓喜した。 シアは当初、兄ゼウと同じ才能と知って不満げであったが、貴族たちの期待と周囲の祝意に触れ、次第に誇らしさを覚えていた。
ムザ獣王の人事とシア付きルドの誕生
謁見の間で報告を受けたムザ獣王は、シアがゼウと競いたがっている様子を見て、ルド将軍を親衛隊隊長から解任し、シア直属の世話役に任じたのである。 ルドは命を懸けてシアに仕えると誓い、シアも自らを「この世を統べる皇帝」と言い張りながら、幼いなりに忠誠を受ける存在として振る舞うようになった。この処置により、シアの成長はルドの全面的な保護と鍛錬に委ねられることとなった。
ベク獣王太子の帰還と圧倒的カリスマ
その場に、巨大な鳥型魔獣キングアルバヘロンの生首を担いだ獣人が現れ、それが長兄ベク獣王太子の戦果であると判明した。ベクは十八歳にして、自力でAランク魔獣を狩り、「課題」を達成していたのである。 彼は学園首席卒業、文武両道の天才であり、その憂いを帯びた顔立ちと実力から、獣王城内の女性たちを次々と気絶させるほどの人気を得ていた。しかしムザ獣王は、出世鳥を見せびらかす振る舞いや、自身の影響を「困った」と表現する姿から、息子の自己顕示欲と未熟さを冷ややかに見抜いていた。 一方でベクは、シアの「拳獣聖」を心から称え、彼女を抱き上げて祝宴を提案するなど、妹には優しい兄として接していた。
ブライセン獣王国の来訪とギルの挑戦
やがて獣王武術大会を前に、山岳の国ブライセン獣王国から、オパ獣王とギル獣王子が来訪した。国力差を示すようなアルバハル側の余裕ある対応にオパは内心反感を覚えながらも礼を尽くし、両獣王は互いに腹の探り合いを行った。 ギルはシアに丁重に挨拶しつつ、真の目的はベクとの対決であると宣言する。彼は獣神ギランから「拳獣王」の才能を授かっており、「拳獣聖」よりも格上の星4つであった。ギルの声音には、親しげな表層の裏にベクへの対抗意識と皮肉が滲んでおり、幼いシアでもその棘を直感的に感じ取っていた。
獣王武術大会のルールと歴史的背景
宰相ルプの説明により、獣王武術大会の基本ルールと、アルバハル独自の特別ルールが示された。大会は武器・防具・魔法具の使用を許可し、補助魔法と回復手段を禁じ、身分や前歴に関係なく誰でも参加できる制度であった。 総合優勝した「獣王」が他国の獣王であれば、開催国の領土4分の1を獲得するという過酷な誓約があり、アルバハル大会の総合優勝者は現「獣王」に挑戦する権利を得ることになっていた。これは獣人同士の戦争を避けるために始祖アルバハルと獣神ガルムが定めた、武力による代理戦争の装置であり、先代ヨゼ獣王はこの制度を利用して、ブライセンから領土を奪い続けて現在の圧倒的版図を築いたのである。 ギルは誓約書に署名し、領土と名誉を賭けたベクとの拳の勝負が公式に決まった。
アルバハル獣王国総出の祭りとベクへの熱狂
ベクとギルの参戦は、アルバハル獣王都をかつてない規模の祭り状態へと変貌させた。ムザ獣王は通信魔導具を使い、両者の参加を大陸全土へ宣伝し、国境を越えた観戦者が押し寄せた結果、獣王都人口は一時的に倍増したのである。 三十の闘技場で予選が同時進行し、「爪ナックル部門」にはベクが参加した。実況の兎獣人の煽りもあって観客の熱狂は頂点に達し、ベクが「総合優勝を勝ち取る」と宣言すると、歓声は雷鳴のように闘技場を揺らした。一方で、ゼウやルド将軍はその宣言を「行き過ぎた挑発」と捉え、周囲からの反感を懸念していた。
予選での一方的な無双と他参加者の敵意
予選開始と同時に、多くの格闘戦士たちは尊大な態度のベクを一斉に狙い、「口を利けなくしてやる」と殺気を向けた。 しかしベクは、音速級のパンチと舞うようなフットワークで、熊や馬などの獣人戦士たちを一撃で沈め、背後からの包囲も寸分違わぬカウンターで粉砕し続けた。彼は一度も拳を被弾せずに次々と相手を砂に沈め、予選が終わる頃には、闘技場には彼と実況役しか立っていなかったのである。 この圧倒的な実力は観客の熱狂をさらに煽る一方、敗退した格闘戦士たちに屈辱と憎悪を残し、ベクに対する感情は崇拝と敵意の両極に割れていった。
本戦・準決勝「疾風のボウ」との激突
本戦が始まってからも、ベクは他者の攻撃を一切受けず、連日のように敵を完封して勝ち進んだ。その過程で、ブライセンのギル獣王子も順当に勝ち上がり、両者がどの段階で当たるのかが国中の話題となった。 爪ナックル部門準決勝で、ベクは昨年の優勝者にして「疾風」の異名を持つ水牛の獣人ボウと対峙した。ボウは巨大な手甲鉤を装備し、必殺スキル「双腕撃」で回転しながら相手を切り刻む戦法を得意としていたが、開始直後、その回転はベクの鋭いカウンター一撃によって止められた。 立ち上がろうとしたボウは、再びアッパーで吹き飛ばされ、手甲鉤ごとアダマンタイト製ナックルで粉砕されて敗北した。審判がベクの勝利を宣言すると、観客席は地鳴りのような歓声に包まれ、「部門優勝どころか総合優勝も確実」と騒ぎ立てる声が響いた。
ギルとの決戦前夜とそれぞれの視線
準決勝を無傷で突破したベクが退場する回廊で、闘技場に向かうギル獣王子とすれ違った。ギルは振り向きもせずに通り過ぎ、その背中にはベクへの強い執念が滲んでいた。 控室に戻ったベクが耳にしたのは、ギルの決勝進出を告げる実況の声であり、爪ナックル部門決勝での両者の激突は既定路線となったのである。 上からこの流れを見届けてきたムザ獣王は、ベクの才能と人気、ギルの野心、そして獣王武術大会という「戦争の代理」を利用する各国の思惑を冷静に観察しながら、アルバハルとガルレシア全体の行方を測っていた。シアはただ、兄の勝利と無事、そして自国の誇りが守られることを幼い胸で必死に願っていたのである。
獣王武術大会のクライマックスとベク対ギルの対戦開始 獣王武術大会が終盤に差しかかり、各部門の決勝戦が中央闘技場で行われていった。観客は総合優勝者、さらには「獣王」に挑む者が決まる流れを見逃すまいと連日詰めかけ、死力を尽くした攻防や大番狂わせに熱狂していた。その中で、爪ナックル部門決勝に臨むベクとギル獣王子を見守るため、貴賓席にはブライセン獣王国のオパ獣王も姿を見せた。ムザ獣王は、オパ獣王に「ご子息とベクの戦いを見てほしい」と意味深な言葉を向け、オパ獣王を不穏な予感で黙らせた。
家族の祈りとギルの挑発 観客席前方では、シアとゼウが母やルド将軍と共にベクを心配しながら見守っていた。2人は、ガルム神殿に通い詰めてようやく授かった護符「獣神の守り紐」をベクの腕に巻き、その加護を信じていた。一方、決勝戦前の装備鑑定の間、ベクは礼儀正しく挨拶するが、ギルは大会そのものを「期待外れ」と嘲り、アルバハルの大会をぬるいと切り捨てる。さらに、ベクが獣王太子に選ばれた経緯を「甘い」と貶し、自分はベクに勝ってようやく太子位を与えられたと語り、ベクの「才覚」を侮辱して挑発した。
初撃の応酬と実力差の露呈 審判の開始宣言とともに、両者は同時にスキル「真強打」を放ち、互いに拳を打ち込んだ。観客は今大会初のスキル使用に歓声を上げるが、ベクは同じスキルで打ち合っているにもかかわらず、自身の受けたダメージの方が大きいことを悟り、冷や汗を流す。その後の打撃戦でベクはストレート、フック、ボディブロー、膝蹴り、肘打ちと連続攻撃を繰り出すが、ギルは一歩も引かず、すべてを受け流していく。ついにはベクの肘打ちと膝蹴りを同時に受け止め、空中で体勢を反転させて胸に飛び膝蹴りを叩き込み、ベクを大きく吹き飛ばした。
ギルの圧倒と「開放者」としての力の差 ベクは起き上がるものの、声をかけておきながら攻撃せず余裕を見せるギルに、手加減されていると気付き、久しく忘れていた怒りを覚える。ギルはベクも「開放者」になっていることを言い当てた上で、「甘ちゃん獣王太子殿下の才覚ではその程度」と笑い、さらに挑発した。ベクは観客と家族の呼吸を感じ取り、守り紐の存在を確かめつつ「全力を出す」と決意し、獣神ガルムに祈りを捧げて「獣王化」によるビーストモードを発動した。
獣王化同士の激突と完敗 ベクは巨大な獅子の姿へ変貌し、ギルに襲いかかって肩を掴み、喉笛を噛み切ろうとする。しかしギルも同時に狼の姿へ獣王化しており、背中から倒れ込みながらも脚を挟み込んで蹴り飛ばし、ベクの腹部を大きな爪で抉って重傷を負わせる。その後もギルはタックルでベクを捕まえ、背中に爪を食い込ませたまま宙へ跳ね上げ、複数のスキルによる連続攻撃を叩き込み続けた。逃げることも防ぐこともできないベクは、意識が遠のき、最後には闘技場の砂に叩きつけられて動けなくなる。
公開処刑じみた蹂躙とムザ獣王の真意 倒れたベクに対し、ギルは頬を何度も踏みつけ、起き上がろうとするたびに再び踏みにじった。このあからさまな嬲り行為に観客席はざわめき、ベクを応援する声とギルを非難する声が渦巻く。シアは「ベク兄様が死んでしまう」と泣き叫び、ゼウも涙を浮かべて慟哭する。しかし、ムザ獣王は凍り付いたような無表情で試合を見つめ、「静まれ」と子らを制した。オパ獣王がベクの生命の危機を案じると、ムザ獣王は、もし死んでもブライセンを責めぬと断言し、ベクがここで死ぬなら「未熟だっただけ」と言い切る。その一方で、ベクはこれまで負けを知らず、負ける悔しさ、命を拾った喜び、相手への怒り、そしてそれを超える努力を知らないゆえに、いざという時に世界を守る勇気を持てないと指摘し、「負けること」を学ばせるために、ギルの参加と勝利をあえて許したのだと子どもたちに語った。
守り紐の犠牲とギルの勝利宣言 ギルの踏みつけによってベクの体が急速に萎み、観客の間に絶望のため息が広がる中、ギルはベクの頭をつかんで持ち上げ、足元に落ちていた革紐と白い破片を見つけて、「獣神の守り紐」の身代わり効果によって命を拾ったと見抜く。この瞬間、瀕死のベクの瞳に再び光が宿り、「殺せ」とかすれ声で呟くが、ギルは「生き長らえたことも知らずに殺せと言う愚か者は殺す価値もない」と吐き捨て、いつか強くなって自分を楽しませた時に確実に息の根を止めると告げて投げ捨てた。審判はベクの状態を確認した上で、ギル獣王子の勝利を宣言する。闘技場が静まり返る中、ギルは自らを「獣人最恐の男」と名乗り、立ちふさがる者は全て倒すと叫んで観衆を挑発し、そのまま悠然と闘技場を去った。
ギルの総合優勝と不可解な帰国、ベクの引きこもり その年の総合優勝者はギル獣王子となり、彼は爪ナックル部門代表を含む各部門代表者を次々と破って頂点に立った。しかし、前年総合優勝者である「獣王」への挑戦は辞退し、大会最終日の前日に急遽帰国してしまう。この行動の真意は誰にも分からず、アルバハルの民は「獣王」に挑まなかったことで獣王家を侮辱したのだとギルを罵った。一方、ベクは肉体の傷こそ癒えたものの精神的に立ち直れず、二週間経っても部屋から出てこない。誰とも口を利かず、ケイ隊長以外の立ち入りを拒否しており、シアも面会を断られて肩を落とす日々が続いた。
旅の薬師ロムとの邂逅と怪しい「心の薬」 兄を元気づける贈り物を探そうと決意したシアは、ルド将軍と共に城を出ようとする途中、城門で兵士ともめているローブ姿の老人を見つける。その老人は山羊の獣人で、「ロム」と名乗り、ガルレシア大陸各地を巡る旅の薬師だと称した。彼はベクが獣王武術大会で大怪我をしたと聞き、「体だけでなく心も治す薬」で力になりたいと申し出る。自らをその薬の実例だと誇示して片足立ちで回って見せ、気力が溢れて疲れ知らずだと説明し、興味を持ったシアの前でさらに押し出しを強めた。
推薦状と身元確認、そして「シノロム」の正体 しかしルド将軍は、そんな薬の噂を聞いたことがないとして慎重な姿勢を崩さない。追い返されかけたロムは慌てて背負い籠をあさり、かつて仕えていたレームシール王国の大臣からの推薦状を差し出した。そこには、ロムがその薬草術で王家の「鳥目」を治し、過去にも複数の王家に仕え、その都度推薦状を得てきたことが記されていた。ルドはこれを一応信用に値する材料と見なし、兵士にロムを宿へ案内させる一方、推薦状をケイ隊長に渡して通信魔導具でレームシール王国への照会を依頼することにする。そしてロムには「結果が出るまで国を出るな」と告げて一旦退去させた。だが、兵士と共に市街へ戻る途中、ロムはローブの陰で不気味に顔を歪め、自分の本名を「シノロム」と名乗りつつ、魔王に向けて「贄の計画は順調」と小声で報告しており、その邪悪な正体を誰も知る者はいなかったのである。
特別書き下ろしエピソード② ソフィーとルークとオーガごっこ
ファブラーゼ到着と避難民への対応 アレンたちは、邪神教と魔王軍の作戦を阻止し、キールの教皇戴冠式を終えた後、用事があるというソフィーに同行して、ムハリノ砂漠のダークエルフの里ファブラーゼを訪れたのである。ファブラーゼは水の精霊の力で地下水を汲み上げたオアシス都市であり、アレンが「金の豆」と「銀の豆」から育てた破邪の木の林に守られていた。門前では他オアシスからの避難民たちがソフィーに感謝を述べており、ソフィーは一人ひとりに丁寧に応じていた。避難民が増え続けている状況を見たアレンは、希望者がいれば「ヘビーユーザー島」への移住も受け入れる方針を示し、ソフィーはその提案に喜んで同意したのである。
コルボックルと精霊たちの再会 里の内部は巨木の影に守られた緑豊かな空間であり、アレンたちは川沿いを進み、精霊の湖と世界樹のような巨木の根元に築かれた社へと向かった。ソフィーは大地の幼精霊コルボックルを抱いて湖畔に到着し、巨木の前で呼びかけたところ、巨木から現れた精霊たちがコルボックルを取り囲み、「お帰り」と温かく迎えた。ローゼンは、ローゼンヘイム郊外の廃墟で独りダークエルフの帰還を待っていたコルボックルとの出会いを思い返し、ソフィーが交わした「いつかエルフとダークエルフが再び手を取り合う」という約束が、少しずつ形になり始めていることを静かに喜んだのである。
ルークトッド登場と「オーガごっこ」の勝負提案 用事が一段落したところで、アレンがオルバース王への挨拶に向かおうとした時、短髪銀髪・金色の瞳を持つ小柄なダークエルフの少年が現れ、仁王立ちでアレンたちを問い詰めた。彼は精霊王ファーブルを頭に乗せた王子ルークトッドであり、自分はローゼンヘイムの王女であるソフィーたちを「怖くない」と虚勢を張って名乗った。ソフィーは礼儀正しく改めて自己紹介し、精霊との約束のために許可なく来訪したことを頭を下げて詫びたが、ルークトッドは状況を理解しきれずに戸惑ったままであった。アレンが「騒ぎになる前に移動しよう」と提案すると、ルークトッドは「逃げるのか」と反発し、「オーガごっこ」での勝負を要求したのである。
ルール設定とアレンたちの本気捜索 ルークトッドの提案した「オーガごっこ」は、村人役が隠れ、オーガ役が制限時間内に探し出す遊びであり、今回はアレンたち全員がオーガ、ルークトッドが村人という一対多の構図となった。勝負条件は「ルークトッドが勝てばアレンたちは彼の子分」「アレンたちが勝てば、ルークトッドが彼らの友達になる」というものであり、アレンは幼少期に似た話を持ちかけてきた少年を思い出しつつ勝負を受けたのである。範囲は社と世界樹と湖を含む広い区域と定められ、スキル使用は不可とされた。ルークトッドが社へ走って隠れる間、ダークエルフの女性が慌てて王に報告へ向かったが、精霊王ファーブルは「オルバースには話してある」とソフィーに伝え、ルークトッドを託す姿勢を見せた。開始合図の後、アレンは全員に具体的な持ち場を割り振り、社の部屋、床下、天井裏、王の執務室、衣装箪笥に至るまで徹底的に捜索させ、自らは世界樹と湖の根元周辺を調べる作戦を取ったのである。
湖に潜むルークトッドとソフィーの機転 社内部の探索に二十数分を要し、巨木の根元や湖岸を調べてもルークトッドを見つけられず、残り時間が少なくなっていく中、アレンはテラスでソフィーと再合流した。ソフィーはアレンに静かに合図し、テラスの手すり越しに湖面を指し示した。水面には小さな泡が浮かび続けており、その下にはルークトッドの銀髪が揺れていたのである。水と風の精霊の力を借りて長時間潜っていると見抜いたアレンは、わざと大声で「ここにはいない」「このままでは子分にされてしまう」などと芝居を打ち、ソフィーも「優しい親分でいてくださると良いですわね」と合わせて、ルークトッドのプライドを刺激した。すると、泡が大きくなり、水を蹴立ててルークトッドが飛び出してきたところを、ソフィーが「見つけましたわ」と宣言し、オーガごっこはアレンたちの勝利に終わったのである。
勝負後の和解とルークトッドの変化の兆し テラスに上がったルークトッドは悔しがりながらも、アレンたちを褒め、びしょ濡れの自分と埃まみれのアレンたちに風呂の使用を申し出た。社内部で捜索していた仲間たちとも合流すると、皆がソフィーの機転を称賛し、メルルも感心して拍手した。ソフィーは謙遜したが、ルークトッドは彼女の名前を小さく繰り返し、呼びかけられると照れて顔をそむけ、さらにクレナと目が合っても視線を逸らすなど、先ほどまでの虚勢とは違う素直な一面を見せ始めた。この勝負は、ダークエルフの次期王たる少年が、アレン一行と実際に遊びを通じて触れ合い、ソフィーへの信頼と興味を芽生えさせるきっかけとなったのである。
ダークエルフたちとの会食と「友達」宣言 入浴で汗と汚れを落とした後、アレン一行は社の食堂に招かれ、ダークエルフたちと共に食事を取ったのである。板張りの食堂には敷物が延べられ、ハイダークエルフのオルバース王や長老格の老齢のダークエルフも一般の者と混じって同じ料理を囲んでいた。クレナは美味だと喜びながら大皿から次々とおかわりを盛り、ドゴラは「薄味だが食える」と無遠慮な感想を漏らし、メルルは初めての味に感動していた。そんな中、ルークトッドは一行の様子をじっと見つめており、クレナに食欲を問われると「まだ腹は減っていない」とそっけなく答えたが、クレナから「たくさん食べて大きくなるんだよ、ルーク」と友達扱いされると、真っ赤になりながらも「約束だから仕方ない」として、「ルーク」と呼ぶことを認めたのである。
ソフィーとルークの握手と長老の反発 このやり取りを見届けたオルバース王がわずかに頷くと、ソフィーは静かに席を立ち、ルークトッドの前に歩み寄った。彼女は「ルーク様と私たちはお友達」と改めて告げ、自身を「ソフィー」と呼ぶよう求めつつ、白い手を差し出した。ルークトッドはしばしその手を見つめた後、立ち上がってその手を握り、自分も「ルーク」と呼ぶよう応じたのである。白と黒の手が交わる光景に、最長老は激しく反発し、ローゼンヘイムの次期女王候補たるエルフと、精霊王ファーブルが次期王と認めるルークトッドが、事前通告もなく手を結ぶことは到底容認できないと声を荒げた。だが、オルバース王は「子供たちのすることだ」と諫め、いったん場を収めたのである。
クレナの一言とルークの旅立ちの願い 続いてクレナが「ルークはどうするの? 一緒に行く?」と何気なく問いかけると、食堂の空気が一変した。この一言は、ルークトッドが内心抱えていた「一行と共に外の世界へ出たい」という思いを言語化するものであり、当人も含めた周囲を驚かせた。セシルはアレンの子供じみた本気ぶりをたしなめつつ、クレナの発言に慌てたが、アレンはこれを「仲間探しクエスト」として捉えようとして、逆にセシルの肘鉄を食らって黙らされた。一方、ルークトッドは一行の賑やかなやり取りを羨望のまなざしで見つめた後、意を決して父オルバース王へ視線を向け、ソフィーに背中を押されるようにして、「ソフィーたちと共に行きたい」と願い出たのである。
王の過去と試練の覚悟、そしてファーブルの同意 ルークトッドの申し出に、長老は再び声を荒げ、数千年にわたるダークエルフとエルフの確執を理由に強く反対した。しかし、ブンゼンバーグ将軍がこれを制し、今回は魔王軍との戦いであり、その脅威をこの人数で抑えたアレン一行と行動を共にすることは、ルークトッドの成長に資すると説いた。議論が続く中、オルバース王は沈黙ののち目を開き、自らも若き日に仲間と冒険に出て、外の世界の厳しさと苦しさを身をもって知った過去を語った。彼はルークトッドに、ソフィーと共に厳しい戦いを生き抜く覚悟があるかを問い、ルークトッドが強く頷くと、精霊王ファーブルに視線を向けて「ルークトッドを頼む」と告げた。ファーブルはこれを快諾し、オルバース王の膝からするりと抜け出してルークトッドの頭上へ跳び乗った。オルバース王は、これはファーブルがダークエルフの未来のために決めたことであり、皆もこれを受け入れるよう求めたのである。
ルークの正式加入と、ささやかな祝宴 こうして、ルークトッドはアレン一行に加わることが正式に決まった。ソフィーが改めて「これからもよろしく」と声をかけると、ルークトッドも「よろしく頼む」と漆黒の手を差し出し、ソフィーの白い手としっかりと握手を交わした。その瞬間、セシルをはじめ一行は思わず息を呑み、その場の意味を噛みしめた。すぐにクレナが「今日はルークがパーティーに入ったお祝いだ」と宣言し、大皿へおかわりを取りに走り、メルルはルークトッドにハイタッチを求めた。ルークトッドが戸惑いながらも応じると、キールは「いつもお祝いばかりだ」と呆れつつも、この賑やかな空気に苦笑した。ダークエルフたちもこの様子に頬を緩め、笑い声が社の中に広がったのである。
コルボックルの微笑みと、和解への静かな兆し やがて、社の天井付近から、かすかな笑い声が響いた。ソフィーがその方向を振り仰ぐと、梁に腰掛けてこちらを見下ろしている大地の幼精霊コルボックルの姿があった。ローゼンヘイムとダークエルフの長き対立の歴史を背景にしながらも、次世代を担うソフィーとルークトッドが「友達」として手を結び、精霊王ファーブルと幼精霊コルボックルがそれを見守るこの光景は、エルフとダークエルフの和解に向けた、小さいながらも確かな一歩となっていたのである。
特別書き下ろしエピソード ヘルモード外伝 ~勇者ヘルミオス英雄譚~ ②天稟の才 前編
家族の日常とヘルミオスの「才能」の兆し 春の日の午後、コルタナ村に暮らす少年ヘルミオスは、父ルーカスと共に山から戻ってきていた。ヘルミオスは身長の半分ほどある籠に薬草を詰め、ルーカスは片腕だけで魔獣を積んだ運搬ソリを引き、親子で狩りと採集をこなしていたのである。家は左に傾いた木造家屋であったが、それはルーカスが片腕の身で基礎を作った結果であり、ヘルミオスにとっては愛着ある「帰る場所」であった。帰宅後、母カレアが咳き込み倒れかけると、ヘルミオスが支え、ルーカスが戸棚から薬を取り出して飲ませるなど、家族は病を抱えつつも互いに支え合って暮らしていた。
ゴブリンキング討伐と「天稟の才」への確信 ヘルミオスの家に薬が途切れず備蓄されるようになったのは、前年の冬に村で疫病が流行した時、彼が西の山に薬草採集へ向かい、そこを根城にしていたゴブリンの親玉を討伐したことがきっかけであった。ゴブリンキングが倒されたことで、村人たちも安全に薬草採集ができるようになり、結果として疫病が収束したのである。その一部始終を目撃したルーカスは、息子に剣の「才能」が授けられたと確信し、それ以降は行商護衛の合間にヘルミオスを狩りに連れ出して、剣術や山野での立ち回りを徹底的に教え込んでいた。ヘルミオスもCランク魔獣を単独撃破するほどに成長していたが、病弱な母カレアはその危険を案じ、素直に喜びきれずにいた。
料理の腕前と「自分の味」への気付き 狩りから戻ったその日、ヘルミオスは両親に休んでいてほしいと申し出て、角ウサギを捌き、脂を引き、香草と野菜を刻み、煮込み料理を一人で仕上げた。ヘルミオスの手際は、一度教わっただけとは思えぬほどに的確であり、ルーカスも血抜き作業などでの働きぶりから息子の物覚えの良さに感心していた。食卓で、ヘルミオスは「母と同じ味になっているか」を尋ねるが、カレアは「同じではないが美味しい」と答えた上で、自身はルーカス向けに味を濃くする一方、ヘルミオスは病身の母が食べやすいよう柔らかさを重視していると指摘した。カレアは「自分の煮込みは自分の味、ヘルミオスの煮込みはヘルミオスの味だ」と諭し、親子の違いと成長を穏やかに受け止めたのである。
「天稟の才」と鑑定の儀を巡る期待と不安 食後、ヘルミオスは西の山の沢で見つけた珍しい薬草について語り、ガッツンの家の薬草図鑑で滋養強壮の高級薬草だと知っていたことを明かした。ルーカスは山の状況や警戒の仕方から危険性は低いと説明しつつ、ヘルミオスがCランク魔獣を単独撃破したことも付け加えた。この様子を見て、カレアは息子の安全を案じ、ヘルミオス自身も母が喜び切れないことに戸惑いを覚えた。そこでルーカスは、この世界には稀少な「天稟の才」が存在し、ゴブリンキング討伐はまさにそれが授けられた証ではないかと語った。カレアも、二日後に控えた「鑑定の儀」で真相が判明するだろうとし、ヘルミオスはかつて母が危篤に陥った際、「せめて鑑定の儀まで生きていてほしい」と願い、星降草を求めて単身山に入りゴブリンキングを倒し帰還した過去を思い返していた。
母を救うための回復魔法への憧れと教会での修行 翌日、ヘルミオスは採ってきた薬草をガッツンの家に持ち込んだ後、教会に赴いた。そこで神官たちが寄付を受けて負傷者に回復魔法を施す様を、掃除の手伝いをしながら日々観察していたのである。教会を統括するパーセル神官は、母カレアの病状は安定しているが完治には至っていないことを踏まえ、より大きな街や帝都で薬を求める可能性に言及した。だがヘルミオスは「それでは間に合わないかもしれない」と感じ、自ら回復魔法を覚えたいと打ち明けた。パーセル神官は、回復魔法には「才能」が必須であり、その上で才能ごとに効果にも優劣があると説明しつつ、それでも見学と試みを許可したのである。
「魂の力」のイメージと前代未聞の習得速度 ヘルミオスは自分の打撲痕を対象に、「ヒール」と唱えながら何度も練習したが、最初は何も起こらなかった。それでも「剣も料理も練習で身に付いたのだから、回復魔法も同じはず」と考え、ひたすら試みを続けた。ドロシーも友として傍らで祈り、「ヘルミオスに回復魔法を使わせてあげてほしい」とエルメアへ願い続けた。そこでパーセル神官は、自身が若い頃に教会で学んだ方法として、「魂の力」でエルメアの力を手のひらの前に集めるイメージを示し、川の土手に水が流れ込むように、力が集まる穴を頭の中で思い描くよう教えた。ヘルミオスがそのイメージを実行すると、彼の体が陽炎のように揺らぎ、両手のひらに小さな光が灯ったのである。
自己治癒から父の腕の再生、そして母へのヒール ヘルミオスが教えに従って光を打撲痕へ押し込むと、青あざは一瞬で消えた。パーセル神官は、訓練とも呼べぬ短時間での習得と、先ほど見えた「幻影」に驚愕し、これは常識外れの現象だと確信した。ヘルミオスは感謝もそこそこに教会を飛び出し、傾いた家へ駆け戻ると、父ルーカスの肩に手をかざし、「ヒール」を試した。すると、長年欠損していた左腕の付け根がメキメキと動き出し、数秒で指先まで完全に再生したのである。ルーカスとカレアは言葉を失うが、ヘルミオスは「母を治すために覚えてきた」と宣言し、今度はカレアの胸元に両手をかざした。光が流れ込むと、カレアの顔色は明らかに良くなり、胸元が温かくなったと彼女自身も感じた。ルーカスは再発を警戒して寝室での安静を勧めつつも、息子が本当に回復魔法を得た事実を認めざるを得なかった。
「聖騎士」では収まらぬ力と、鑑定前夜の不穏な空気 寝室で、カレアはヘルミオスの才能についてルーカスに問い、「剣聖」なのか、回復魔法も使える「聖騎士」なのか確認した。ルーカスは、武芸と回復を兼ねるなら「聖騎士」が妥当だとしつつも、長年失われた腕の再生や難病の治癒まで成し遂げていることから、その枠に収まりきらない可能性に逡巡していた。翌日の「鑑定の儀」が全てを明らかにすると分かっていながら、両親の声には微かな陰りが差し、ヘルミオスもそれを敏感に感じ取っていた。
鑑定の儀当日と「才能狩り」への警戒 翌日昼、コルタナ村の小さな教会前には、その年に5歳になった子供たちと両親が集まり、鑑定の儀を待っていた。カレアはこれまでになく歩みが軽く、ヘルミオスは昨夜のヒールの効果を確信していた。やがて、エルメア教会の紋章を掲げた三台の馬車が大量の騎士を伴って到着し、騎士団長マキシルが、近年横行する「才能狩り」に対処するため護衛を増やしたと説明した。才能を持つ者を奴隷同然に売買する賊への対抗策として、「才能」を授かった子供たちは当日中に領都へ護送されること、結果は当日中は口外禁止であることが告げられた。ヘルミオスは、才能が村を守る力であると同時に、家族と引き離される要因でもあると知り、不安を覚え始めた。
友人たちの才能発覚と、ヘルミオスの動揺 村長の先導で一組ずつ教会に入り、鑑定の儀が進行していった。薬屋の息子ガッツンは短時間で戻ってきたが、口を開きかけたところを父親に塞がれ、その様子から「才能」を授かったことが察せられた。続くドロシーも早く出てきたが、嬉しさよりも不安が勝った表情であり、母親と強く手を握り合っていた。ヘルミオスは、才能が判明すれば今日この村を離れねばならない現実を、友人たちの姿を通してようやく実感し、自身の胸にも強い不安が広がったのである。そんな彼に、カレアは「何があっても、どこにいても、私とお父さんがついている」と告げ、肩に手を置いて支えた。
鑑定で判明した「勇者」の才能 ヘルミオスと両親が教会内に入ると、そこには三名の神官とマキシル騎士団長、騎士二名が待ち構えていた。マキシルはルーカスと旧知の間柄であり、再生した左腕とカレアの顔色に驚くと、昨夜の出来事を聞いて「聖女クラスの力だ」と断じた。その上で、当主から今回の鑑定に際し百名もの騎士を伴うよう命じられていたことを明かし、何らかの神意が働いている可能性を示唆した。パーセル神官の指示でヘルミオスが水晶に触れると、教会内が一瞬、晴天下のような強光に包まれ、その後漆黒の鑑定板に銀文字が浮かび上がった。パーセル神官もマキシルも言葉を失い、随行の騎士は帳簿を確認しながら「前代未聞」と震えた。そこには「勇者」と記され、全能力値がS、その他がAという異常な結果が刻まれていたのである。ルーカスは息子の目線に屈み、真っすぐ見つめて、「お前はエルメア様に選ばれた勇者だ」と告げた。
当主からの「詫び」と、母の覚悟ある別れ マキシル騎士団長は、この結果が当主の予見に基づくものであった可能性を語り、ヘルミオスを他の才能持ちの子供たちと共に当日中に領都へ移送すると宣言した。そして従騎士に命じ、皮袋の詰まった盆から一袋を取り出してルーカスに差し出し、これは子爵領と帝国のために大切な子を預かる「礼であり詫び」であると説明した。ルーカスが戸惑う中、カレアが静かに手を伸ばして皮袋を受け取り、「あの日から、いつかこうなると分かっていた」と告げる。彼女の目には涙が光っていたが、その声は揺らぎなく、「何があっても、どこにいても、あなたには私とお父さんがついている」と改めて息子に誓い、「あなたの才能を皆のために使いなさい」と背中を押したのである。
勇者として旅立つ少年ヘルミオス 鑑定の儀が終わると、その年「才能」を認められた子供たちは、ヘルミオス、ガッツン、ドロシー、もう一人の子の計四名で一台の馬車に乗せられた。ドロシーは「やっぱりヘルミオスにも才能があった」と言いながら、どこか元気のない声であった。ヘルミオスは短く返事をしつつ、窓の外に広がる村の景色と、そこに残していく傾いた家、両親の姿を思い浮かべていた。こうして、「天稟の才」を持つ勇者ヘルミオスの運命は、コルタナ村から離れ、ギアムート帝国と世界の行く末に深く関わる道へと踏み出したのである。
特別書き下ろし 商人ペロムスの相談
廃課金商会の隆盛とペロムスの倦怠 ペロムスが率いる「廃課金商会」は、ラターシュ王国中に名を知られる大商会へと成長していた。商学校在学中に創業して以来、彼は他国との貿易ルート確保や支店拡大、食料品加工業や宿泊業への進出を進め、従業員は1000人超、護衛の傭兵も数百人を雇う規模になっていたのである。しかし当のペロムスは、失恋以降、商会運営への情熱を失い、高級宿屋の貴賓室で転職ダンジョン計画の羊皮紙を眺めながら、大きなため息をついて過ごしていた。
失恋と「強さ」へのこじらせた執着 ペロムスが転職ダンジョンに執着していた理由は、片思いの相手フィオナにふられた際、彼女が口にした「強い人が好き」という言葉にあった。商会をここまで大きくし、父チェスターからも認められる成果を上げたにもかかわらず、フィオナの心は得られなかったことが、彼にとって大きな挫折であった。そこで彼は、古参の冒険者レイブン、リタ、メルシーを護衛につけてダンジョン攻略に励み、「強さ」で自分を変えようと試みていた。さらに転職ダンジョンでは「才能」を育てられると聞き、期待と「また努力が無駄になるのでは」という不安の間で揺れていた。
リタとメルシーの恋愛論と、ペロムスの迷走 ペロムスは転職ダンジョンに挑むべきか迷い、レイブン、リタ、メルシーを呼び出して相談しようとしたが、レイブンは二時間遅刻して姿を見せなかった。先に集まっていたリタとメルシーの前で、ペロムスはため息ばかりつき、リタに「いつまでもうじうじするな」と一喝された。リタは荒くれ者の男の話を持ち出し、「頼りがい」と強引さこそ男の魅力だと主張した一方、メルシーはかつて仕えた年配神官の落ち着いた態度を理想として語り、「強引さを抑えられる節度こそ立派な男性」と反論した。だが両者の恋愛談義は、ペロムスの迷いを晴らすには至らず、彼は「どれも自分とは少し違う」と感じていた。
泥酔レイブンの乱入と相談不能な仲間たち 遅れて現れたレイブンは、王都の広場で見かけた美女にしつこく付きまとい、その護衛に袋叩きにされた挙げ句、酒場で飲んだくれてから来たという有様であった。千鳥足で転びながら入室し、メルシーに支えられつつ事情を語る姿に、リタは心底あきれ返る。ペロムスは、恋愛観が極端なリタ、初恋トークを繰り返すメルシー、美女に振られて酔いつぶれるレイブンという三人を見て、この場にまともな相談相手はいないと悟った。
転職ダンジョンへの流れと、少しだけ前向きになったペロムス ペロムスが「いっそアレンに相談してみよう」と考えつつ、転職ダンジョンが学園都市にできることを口にすると、酔っていたレイブンが突然立ち上がり、「転職こそ答えだ」と叫んだ。彼は「皆で強くなって偉くなり、お高くとまったお嬢さんたちを見返す」と宣言し、さらに「前祝いだから飲む」と酒を要求した。リタもペロムスに最後まで付き合うよう促し、メルシーはほどほどを勧めつつも反対はしなかった。ペロムスは、三人の騒がしいやりとりに巻き込まれながらも、不思議と少しだけ気力を取り戻し、転職ダンジョンに挑むこととアレンへの相談に向けて、心を前向きにし始めていたのである。
戴冠式の裏で語られるキールの善行
ニーナの小さな館と従者たちの日常 ラターシュ王国王都の高級住宅街に、カルネル家の娘ニーナが暮らす小さな館があった。父カプロニ=フォン=カルネルが動乱罪で投獄中のため、家格は落ち、兄キールも男爵位にとどまっていたが、ニーナと数名の使用人が住むには十分な規模であった。従僕長ジェームズと女中頭ケイティを含む六名の使用人は、カルネル家取り潰しの際に行き場を失ったところをキールに引き取られ、その後も兄妹と共に暮らしてきた者たちであり、ジェームズはニーナの身を案じてはため息をついていた。
ホーランド司教と騎士団の突然の来訪 昼食時、館の玄関に激しく扉を叩く音が響き、ジェームズが応対に出ると、ラターシュ王国エルメア教会の最高位であるホーランド司教が現れた。司教の背後には複数の神官と、王家の紋章を付した馬車で乗り付けた騎士・役人たちが控えており、その一人であるちょび髭の騎士が、ニーナを王城へ連れて行く旨を告げた。理由は、エルメア教会の次期教皇にキールが就任することとなり、その戴冠式に妹ニーナを参列させるためであると説明された。
貴族院ダンスホールでの迎えと王城への移動 ニーナが不在であると知った一行は、ジェームズを伴い貴族院へ向かった。ダンスホールでは、ニーナが練習用ドレス姿で歩法の授業を受けていたが、騎士の呼びかけにより列から進み出て、ジェームズの姿を見て驚いた。枢機卿クリンプトンが王城で待っていると聞かされ、ニーナは戸惑いつつも同行を承諾した。ケイティが後から衣装を運ぶ手配もなされ、ニーナとジェームズはホーランド司教らと共に王城へ向かった。
キール教皇就任の報せと兄妹の再会 移動中、ホーランド司教は、キールがエルマール教国において教皇位に就くこと、その戴冠式が翌日ギャリアット大陸で行われることを説明した。ニーナは兄の出世に驚きつつも「兄なら多くの人のためになることをしたのだろう」と受け止め、幽閉状態にある母にも知らせたいと願った。王城に到着すると、会議室には宰相や内務大臣と共に、赤い法衣を纏ったクリンプトン枢機卿が待っており、そこへキール、アレン、グランヴェル子爵が姿を現した。授業途中の格好をからかわれつつも、ニーナは兄の腕に飛び込み、久々の再会に涙を浮かべた。
枢機卿によるジェームズへの聞き取り その場でクリンプトン枢機卿は、キールの人柄を知るため、従者ジェームズに質問を向けた。ジェームズは十年以上キールに仕えていると答え、カルネル家取り潰し後の過酷な日々を語り始めた。家が没落し、ニーナと自分たち使用人の生活すら危うい中で、キールは行き場のない使用人たちを身内同然に引き取り、自分は食を削ってまでパンを分け与え、腕や指が痩せ細るほどであったと証言した。
キールの過去の善行が「聖人の試練」として語られる 当時を思い出したジェームズは、話しながら涙をこぼし、キールがどれほど他者を優先して生きてきたかを次々と語った。クリンプトン枢機卿はそれを「聖人には相応の試練が与えられ、それを乗り越えて今がある」と解釈し、教皇となる者にふさわしい過去として受け止めた。ジェームズが思いつくままに語るエピソードは、その場でキールの善行の「証言」として積み上げられ、彼の聖人像が水面下で大きく膨らんでいった。
後日談:自分を「見習い」と呼ぶ新教皇 その後、ニーナは兄の戴冠式に参列することとなり、幽閉中の母にも希望が見える形となった。後日、ケイティとジェームズがキール宛てに教皇就任の祝辞を送ったところ、本人からは「俺はまだ見習いだ!」という反応が返ってきたとされる。こうして、当人の知らぬところで善行が脚色され、神格化されていく一方で、キール自身はあくまで謙遜した姿勢を崩さないまま、新たな立場に立つことになっていたのである。
同シリーズ
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~ 1
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~ 2
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~ 3
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~ 4
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~ 5
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~ 6
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~ 7
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~ 8
その他フィクション
フィクション(novel)あいうえお順