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小説「オルクセン王国史 3 第三部 すばらしき戦争」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は「銃と魔法」が存在する異世界を舞台とする異種族混合の戦記ファンタジーである。魔種族を中心とした連合国家オルクセン王国と、美と魔法を誇るエルフの国家エルフィンド王国との長年の緊張の末、ついに全面戦争が勃発する――。第3巻では、オルクセン国王グスタフ・ファルケンハインが政略と軍略を駆使し、盟友であるダークエルフの氏族長ディネルース・アンダリエルとともに、エルフィンドに対する宣戦布告を決断。奇襲による開戦から戦乱が一気に激化し、種族の存亡を懸けた壮絶な戦いが幕を開ける。

主要キャラクター

  • グスタフ・ファルケンハイン:オルクセン王国の王。理知的かつ穏健な統治者として知られるが、国と臣民を守るためには過酷な決断も厭わぬ冷徹さを併せ持つ君主である。
  • ディネルース・アンダリエル:ダークエルフの氏族長。故国エルフィンドでの迫害を受けた過去を持ち、オルクセン側に身を寄せる。グスタフ王との関係を経て、オルクセンの軍事行動において重要な役割を果たす。

物語の特徴

本作の最大の魅力は、「オーク=野蛮」「エルフ=高潔」という既成概念をあえて逆手に取り、種族論理と歴史、そして“理性ある暴力”という側面を描き込んだ異世界“戦記”である点にある。魔法だけでなく「銃」や「軍略」「兵站」「国家運営」といった近代的要素を取り入れた設定により、異世界ファンタジーに政治・軍事ドラマの重厚さを付加している。

また、第3巻では開戦の「瞬間」を描き、奇襲と初動戦闘という戦争序盤の恐怖と混乱、そしてその先にある“種族間の全面衝突”を描写。単なる冒険譚ではなく“文明対衝突”“民族浄化”“抵抗”など、読者に重い問いと迫力を突きつける構成となっている。

書籍情報

オルクセン王国史野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~ 3
著者:樽見京一郎 氏
イラスト:THORES柴本  氏
出版社:一二三書房
レーベル:サーガフォレスト
発売日:2024年10月15日
ISBN:978-4824203168

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あらすじ・内容

ついにエルフたちとの戦争が始まる……
コミカライズも絶好調《銃と魔法》のファンタジー第3弾!

魔種族統一国家オルクセンの王グスタフは、オークらしからぬ穏やかで理知的な名君と名高い。それは彼が特殊な事情を抱えてこの世界に生まれてきたためであった。
グスタフ王は故郷を追われ臣民となったダークエルフの美女ディネルースと心を通わせ、ついにエルフたちの国エルフィンドに宣戦布告する。奇襲ともいえる神速の開戦により、戦いはオルクセン軍の圧倒的有利で進むかに思われたが……。
重厚にして胸アツ! 空前絶後の異世界軍事ファンタジー、待望の第3弾!

オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~ 3

感想

戦争の火蓋が切られた本巻は、「準備を極限まで整えても、たった一つの取り逃がしで情勢がここまで揺らぐのか」という怖さをまず感じさせる巻であった。グスタフが積み上げてきた軍備・教育・補給体制は、読み手から見てもほとんど隙がないように見える。それでも、エルフィンド海軍主力をベラファラス湾海戦で取り逃がしただけで戦局は不安定さを孕み続ける。そのギリギリの綱渡り感が、戦争ものとして非常に生々しく胸に残った。

開戦直後のベラファラス湾海戦は、とくに印象深い。宣戦布告の伝達遅延で弛緩しきったエルフィンド艦隊に対し、水雷艇による魚雷攻撃と、電光弾による上部構造物への焼夷砲撃が一気に突き刺さる流れは、読んでいてぞくりとする迫力があった。その一方で、そこでエルフィンド海軍主力を仕留め損ねたことが、その後の戦局全体に長く影を落としていく。「あれだけ用意周到だったのに、ここで詰め切れないのか」というもどかしさと、戦争における運の比重を改めて思い知らされる展開である。

海の戦いの中でも、屑鉄艦隊とエルフィンド海軍の対決は、本巻でもっとも熱量の高い場面の一つであった。旧式でボロボロの艦ばかりをかき集めた側が、知恵と根性と、どうしようもない運まで総動員して大国の主力艦に挑む構図は、「屑鉄艦隊」という呼び名込みで胸に刺さる。砲弾の破片がどこへ飛ぶか、魚雷がどの角度で命中するか、といった要素で生死と戦局が决まってしまう感覚が、ページ越しにじわじわ伝わってきた。

一方、陸上戦ではモーリア攻略からアンファングリア旅団の活躍にかけての流れが非常に強く印象に残った。橋頭堡確保を命じられた旅団が、周到な準備と支援を受けつつ驚くべき速度で前進していくさまは、教科書的な「模範作戦」のように見える。だがその途上で、レーラズの森における民族浄化の痕跡という、あまりにも凄惨な証拠に行き当たってしまう。この場面は、「白エルフ側が全面的な悪」といった単純な図式さえ生温く感じられるほど重く、ダークエルフたちの怒りと悲嘆、そしてその感情が追撃戦の残酷さにどう結び付いていくのかが、読んでいて辛いほどリアルであった。

そのうえで、グスタフがまだ戦争に勝ち切ってもいない段階から、戦後処理や占領統治、通貨支配にまで視野を伸ばして動いている描写は、恐ろしさと同時に「王としての覚悟」の深さも感じさせる。モーリアやファルマリアでの鉄道軌間改修、銀行支店開設、軍票流通といった施策は、軍事行動と経済支配が最初から一体の国家事業として設計されていることを示しており、単なる勝ち負け以上のスケールで戦争が描かれていると実感した。

全体を通して目立つのは、やはり兵站と教育へのこだわりである。補給線の設計、刻印魔術入りの衣服や温熱魔術板のような装備、空中偵察と弾着観測の連携、さらには各部隊への徹底した事前教育まで、用意した仕掛けが物語の中で一つひとつきちんと「効いて」いる。相手にはほとんど存在しないに等しい空中偵察能力を先に手にした側が、ここまで有利に動けるのかという点も印象的で、「こんな装備があれば普通に欲しい」と思う場面も多かった。こうした技術と兵站の積み重ねが、世界観の説得力を強く支えている。

しかし、どれだけ準備を整えても犠牲が完全にゼロになることはない、という当たり前の事実も、今巻では極めてはっきりと描かれている。作戦規律を守ろうとしながらも、仲間の死傷を前に感情を抑えきれない兵士たち。その感情を真正面から受け止めつつ、「王としての責務」を果たそうとするグスタフの姿は、とても熱かった。アンファングリア旅団の追撃戦をめぐる責任の所在についての対話などは、単なる軍略シミュレーションではなく、人間関係と責任の物語としても読ませる力を持っていると感じた。

個人的に強く心に残ったのは、グスタフとダークエルフのディネルースの関係である。故郷を奪われた側の彼女と、その彼女を臣下として迎えた王が、個人として心を通わせた先に「エルフィンドへの宣戦布告」が位置づけられている構図はとても重い。単なる侵略ではなく、虐げられてきた者たちの側に立つという動機が物語全体に通底しているため、どうしてもオーク側の戦いを応援したくなってしまう自分に、少し戸惑いすら覚えた。

エルフィンドという国家の描かれ方も興味深い。今のところは、過去の栄光にすがり、前時代的な軍制と差別政策のツケが一気に露呈した国、という印象が強い。国境兵力の自滅や指揮系統の崩壊、ファルマリア港での四人の少将の迷走など、敵失がオルクセンの快進撃を後押ししている面は確かにある。ただ、あとがきで示されているように、今後は相手国側の内情も少しずつ開示されていくという。オルクセンがこのまま一方的に押し切るのか、どこかで予想外の反撃や揺り戻しが来るのか、その両方への期待と不安が同時に残る終わり方であった。

巻全体としては、「開戦、そして海戦」という印象が強い一冊である。海で始まり、最後も海戦で締めくくられる構成は非常に分かりやすく、どこで誰が何をしているのかを地理ごとに追いやすい。陸ではオルクセン側が押せ押せの展開を続ける一方、海では一瞬の判断と運が生死を分ける。そのコントラストが、戦場の広がりと戦争の多面性をうまく伝えていた。疑問に思いそうな部分を物語の進行に合わせて先回りして説明してくれる語り口も相変わらず読みやすく、分量のわりに読み疲れしにくい。

読み終えた時点で強く残ったのは、「この戦争をどこで区切るのか」「どうやって終わらせるのか」という問いである。戦争は始めるより終わらせる方が難しいという感覚が作中にも濃く漂っており、グスタフが描いている「戦後像」がどこまで実現されるのかが気になって仕方がない。連戦連勝に見えるオルクセンが、このまま勝利に向かって突き進むのか、それともどこかで想定外の反撃や破綻に直面するのか。次巻を待つ時間そのものが楽しみになってしまう程度には、本巻は「続きを読みたい」という気持ちをしっかり煽ってくれた一冊であると感じた。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

グスタフ・ファルケンハイン

オルクセン王国の国王である。
長期的な戦略と国家運営を同時に考える統治者である。
部下の失策や戦争犯罪の影までも自分の責任として抱え込む在り方をとる。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国の国王である。
 総軍司令部の最終決裁権を持つ。

・物語内での具体的な行動や成果
 ベレリアント戦争の開戦と戦略方針を決定した。
 レーラズの森の虐殺遺構について、調査と再埋葬を国家事業として引き受けると宣言した。
 ファルマリア港や前線を自ら視察し、占領統治と兵站の状況を確認した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 軍事と経済の両面で戦後構想まで描き、「エルフィンド併合」を前提とした長期計画を示した。
 王でありながら野戦憲兵の職務権限を尊重し、自身の列車さえ停止させた下士官を賞揚した。
 アンファングリア旅団の行き過ぎた追撃についても、自ら最終責任者と名乗り出た。

ディネルース

ダークエルフ出身の将官であり、アンファングリア旅団の旅団長である。
冷静な作戦指揮と、故郷喪失への感情を内に抱えた統率者である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国軍アンファングリア旅団の旅団長である。
 ダークエルフ氏族の元族長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 シルヴァン川渡河作戦で旅団を先鋒として率い、国境前哨陣地を夜襲で制圧した。
 渡河後は三本の街道方向に進出し、多数の村落を短時間で占領した。
 ファルマリアからの敵軍撤退部隊を追撃し、壊走と殲滅をもたらした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 国境地帯での急速な橋頭堡拡大により、「旗立てアンファングリア」「怒涛のアンファングリア」と称された。
 故郷スコルを再占領した際には、白エルフ住民の存在に耐えられず、密かに慟哭する姿が描かれた。
 レーラズの森事件後、王との対話により、旅団として再度戦う覚悟を固めた。

エレンウェ・リンディール

アンファングリア山岳猟兵連隊を率いる女性将校である。
現場判断に優れ、巨狼族との連携も冷静に扱う指揮官である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン軍アンファングリア旅団所属の山岳猟兵連隊長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 前哨陣地急襲に参加し、巨狼族の報告を受けて部隊の配置を調整した。
 レーラズの森方面では支隊を率い、ダークエルフ遺骸の埋葬穴発見の契機を作った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 レーラズの森事件を目の当たりにし、旅団全体の衝撃と悲嘆を共有する立場となった。

アドヴィン

巨狼族の一頭であり、国王護衛役を務めていた存在である。
冷静な観察と残酷さを兼ね備えた戦闘的な性格である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国の巨狼族である。
 かつては国王グスタフの護衛を務めた。

・物語内での具体的な行動や成果
 シルヴァン川方面の白エルフ哨戒班を急襲し、短時間で全滅させた。
 国境前哨陣地夜襲に先行して侵入し、哨兵を噛み殺して陣地の警戒を崩した。
 戦闘後にアンファングリアの戦いぶりを評価し、兵としての成長を認めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 数百頭規模なら一国を滅ぼし得たと評される種族の代表として描かれている。
 戦場での行動を通じて、ダークエルフ兵たちを「獲物」から「祖の名を戴く兵」へと見なし直した。

グレーベン少将

オルクセン軍の参謀であり、第一軍団の作戦立案を担う人物である。
冷徹な計算と現実的な判断を重視する参謀である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国軍第一軍団の作戦参謀である。
 少将として総軍作戦計画にも関与する。

・物語内での具体的な行動や成果
 モーリア攻略作戦で砲兵集中と新市街側からの突入計画を立案した。
 ファルマリア要塞の地形と防禦を観察し、「地形間隙」を利用した迂回突入案を作った。
 ファルマリア降伏勧告の条件と意図を整え、「素晴らしき戦争」の実行方法を具体化した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 アンファングリア旅団の追撃戦の報告を受け、旅団の感情事情を踏まえて戦果処理を提案した。
 沿岸監視哨計画などで海の知識不足を露呈しつつも、戦域全体の構図を把握する役割を果たした。

シュヴェーリン上級大将

オルクセン軍の高級指揮官であり、占領地統治にも関わる人物である。
秩序と規律を重視し、占領統治を軍事行動と一体の事業として捉える。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国軍の上級大将である。
 モーリア占領地の軍事統治を指揮する立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 モーリア市内で護衛を最小限にして視察を行い、軍紀維持の姿勢を示した。
 略奪や暴力行為に対し、野戦憲兵隊による銃殺も含む厳罰方針を徹底させた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 市民に対し、規律ある占領を行うことで、軍と占領地の関係を安定させる役割を担った。

マクシミリアン・リスト

オルクセン王国の財務大臣である。
戦時財政と戦後経済構想の両方を設計する経済官僚である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国の財務大臣である。

・物語内での具体的な行動や成果
 九億ラング規模の戦費試算を行い、国内向け戦時国債と外債発行の方針を定めた。
 戦後の鉄道複線化や重工業拡大など、内需拡大型投資計画を構想した。
 エルフィンド公債暴落と自国公債の安定を踏まえ、国際金融上の優位を確認した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 戦争特需と戦後不況を見越した長期的経済循環を設計しようとしている。
 軍人中心の権力構造に対し、経済官僚としての影響力拡大も意識している。

アストン

人間族出身の外交官である。
魔種族の歴史を学びつつ、オルクセンと人間諸国の橋渡し役を目指す人物である。

・所属組織、地位や役職
 当初は人間諸国側の外務省に所属する外交官であった。

・物語内での具体的な行動や成果
 魔種族史の書物を読み込み、過去の迫害と戦争の経緯を再確認した。
 グスタフ王からの招聘を受け、戦地大本営の外交顧問として参加する決意を固めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 人間側の外務省を辞し、「人間の証人」として魔種族国家に加わる立場を選んだ。
 オルクセンが国際法を守り、人間諸国との共存を志向していることを示す象徴的存在となる。

ロイター大将

荒海艦隊を率いるオルクセン海軍の提督である。
慎重さと攻勢意欲の両面を持つ海軍指揮官である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国海軍荒海艦隊司令官の大将である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ベラファラス湾夜襲で装甲艦隊を率い、電光弾による砲撃で在泊エルフィンド艦隊を壊滅させた。
 のちに残存艦隊捜索のため出撃したが、悪天候と誤報に翻弄されて成果を上げられなかった。
 キーファー岬沖海戦では荒海艦隊主力を率いてリョースタ戦隊を捕捉し、対艦焼夷弾で大損害を与えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 スマラクト沈没事故に強い衝撃と自責を抱えつつも、艦隊指揮を継続している。

グリンデマン中佐

屑鉄戦隊を率いる砲艦隊司令官である。
陽気さと責任感を兼ね備えた指揮官であり、小艦隊での護衛任務に従事する。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン海軍第一一戦隊、通称屑鉄戦隊の司令官である。
 階級は中佐である。

・物語内での具体的な行動や成果
 輸送船団護衛任務で商船側と信号や物々交換を行い、強い連帯感を築いた。
 キーファー岬沖海戦で輸送船団を逃がすため、自隊三隻だけでリョースタ戦隊へ突撃した。
 旗艦メーヴェで魚雷と衝角による体当たりを行い、リョースタの舵機構に損害を与えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 最後は負傷しながらも部下の生存を優先し、信号長を海へ投げ出して生還の機会を与えた。
 その行動により屑鉄戦隊は「英雄」として語り継がれる存在となった。

バルク

ドワーフ族の士官であり、屑鉄戦隊に所属する砲雷長である。
直情的で仲間思いな性格であり、前線の状況に強く心を動かされる。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン海軍屑鉄戦隊所属の砲雷長である。
 ドワーフ族の士官である。

・物語内での具体的な行動や成果
 シルヴァン川でアンファングリア旅団の渡河を目撃し、故郷を撃たずに済んだ安堵を語った。
 キーファー岬沖海戦ではメーヴェの砲雷長として戦闘に参加し、艦上で戦死した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 故郷を失ったダークエルフと、自身の境遇との差に思いを巡らせる視点を提供する人物である。

ザイフェルト艦長

巡洋艦スマラクトの艦長である。
規律を重んじる指揮官であり、海難事故の中心人物となる。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン海軍甲帯巡洋艦スマラクトの艦長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 濃霧のなかでの衝突事故時に総員離艦を命じ、艦長として最後まで艦橋に残った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 スマラクト沈没は開戦以来最大の海難事故となり、艦長自身も艦と共に失われた。

ミリエル・カランシア

エルフィンド海軍の提督であり、リョースタ艦長から昇進した人物である。
限られた戦力と燃料で「一矢報いる」ことを目指す指揮官である。

・所属組織、地位や役職
 エルフィンド海軍の少将である。
 カランシア戦隊の司令官である。

・物語内での具体的な行動や成果
 リョースタ、ヴァナディース、アルスヴィズ、ヴァーナから成る戦隊を再編し、補給線攻撃を企図した。
 アルスヴィズによる沿岸砲撃と商船拿捕を許可し、オルクセン側に出血を強いた。
 キーファー岬沖海戦ではリョースタ上で重傷を負いながら指揮を続けた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 石炭不足のなか、「贅沢な戦」を避けつつも反撃の意欲を失わない姿で描かれている。

ハルファン少将

エルフィンド陸軍の少将であり、ファルマリア港の現地指揮官に任じられた人物である。
敗北の履歴を持ち、他の将官からの信任を得られなかった。

・所属組織、地位や役職
 エルフィンド陸軍の二等少将である。
 国境警備隊出身である。

・物語内での具体的な行動や成果
 アンファングリア旅団に敗北した部隊の指揮官であり、その兵が敗残兵としてファルマリアへ逃げ込んだ。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ファルマリア防衛の総指揮に任じられたが、同僚少将らにより暗殺された。
 その死が指揮系統の崩壊と大量逃亡の一因となった。

フランク・ザウム

オストゾンネ紙の記者であり、「スッポンのザウム」とあだ名される人物である。
粘り強く戦争初動の全体像を追い続ける取材姿勢を持つ。

・所属組織、地位や役職
 オストゾンネ紙の従軍記者である。

・物語内での具体的な行動や成果
 アンファングリア旅団のディネルースとイアヴァスリルを取材し、初動進撃の詳細を聞き出した。
 旅団の戦法に名称が無いことを確認し、「電撃戦」という語を提案した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 後世に広まる戦術用語の起点を作った人物として位置付けられる。

ツヴェティケン少将

オルクセン陸軍の後備擲弾兵旅団を率いる将官である。
中年の兵から成る部隊と共に前線入りを目指す指揮官である。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン軍後備第一擲弾兵旅団の指揮官である。
 階級は少将である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ファルマリア港への増援として、貨客船四隻に兵と砲、軍馬を乗せて北上する船団を率いた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 屑鉄戦隊の護衛を受けて出航したが、キーファー岬沖海戦の渦中に巻き込まれていく立場となる。

ゼーベック総参謀長

オルクセン軍の総参謀長である。
戦域全体の配置と軍の北上方針を調整する立場にある。

・所属組織、地位や役職
 オルクセン王国軍の総参謀長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 荒海艦隊と第一軍の役割分担を踏まえ、第一軍の北上と大本営の前線移動を進言した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 前線ファルマリアに総軍司令部を移す判断に関与し、王の前線視察の枠組みを整えた。

展開まとめ

すばらしき戦争

第一章 ベラファラス湾海戦

魚雷・水雷艇という新兵器の登場
近代的装甲艦には砲撃が効きにくくなった結果、水中から船底を狙う魚雷と、かつての円材水雷を発展させた水雷艇という器体系が生まれた。各国は小型高速艇に魚雷や水雷を搭載し、沿岸や母艦から発進させる運用を進め、オルクセンも荒れる北海に対応するため排水量一〇五トンのT○一型水雷艇を開発し、遠距離行動が可能な襲撃艦として整備していた。

第一水雷艇隊の奇襲突入と世界初の魚雷戦果
星暦八七六年一〇月二六日夜、T○一型六隻から成る第一水雷艇隊がペリエール中佐の指揮でベラファラス湾を横切り、ファルマリア港外港へ突入した。エルフィンド艦隊と背後砲台は宣戦布告の伝達遅延により弛緩し、舷窓の灯も消さず罐にも火が入っていなかったため、魔術探知に気付いた時には水雷艇が至近距離に達していた。各艇は三〇〇メートル以下、なかには四〇メートルまで接近して魚雷を発射し、十二本中二本のみが正常に走って砲艦一隻を撃沈、巡洋艦一隻を大破させた。この戦果は近代魚雷による世界初の水上艦撃沈として記録されることになった。

荒海艦隊の電光弾砲撃とエルフィンド艦隊壊滅
水雷艇隊の襲撃直後、装甲艦四隻と巡洋艦群から成るオルクセン荒海艦隊主力がロイター大将の指揮で単縦陣のまま外港に接近し、距離二〇〇〇メートルから左砲戦を開始した。狙いは船体ではなく艦橋・マスト・煙突など上部構造物であり、アルミニウム粉末と酸化鉄を詰めた新型焼夷弾「電光弾」が命中すると、白い閃光とともに猛烈な高熱が艦上に撒き散り、通風筒や煙突を経由して艦内に燃え広がった。放水も効果がなく、エルフィンド艦艇は松明のように炎上し、多数の乗員が火達磨のまま海へ飛び込む惨状となった。電光弾の強烈な光はオルクセン側砲員の視力も一時的に奪い、砲撃中断を余儀なくさせる欠点も露呈したが、在泊艦隊の過半はこの一連の砲撃で戦闘力を喪失した。

リョースタ型の不在と徹底殲滅戦への移行
戦後の戦果確認でエルフィンド主力たるリョースタ型装甲艦二隻のうち一隻が港内に存在しなかったことが判明し、出港監視の不備が懸念されたが、ロイターは諜報員の功績を認めつつ、まず目の前の敵艦を徹底破壊する方針を選択した。艦隊は湾内を夜明けまでに五周し、その都度ファルマリア外港の在泊艦を砲撃し、測深で接近距離を縮めながら抵抗力を失った艦上の生存者への狙撃さえ行った。その結果、一等装甲艦一・二等装甲艦二・巡洋艦六・砲艦三など多数が炎上・上部構造物破壊により行動不能となり、事前に出港していた一部戦力を除くエルフィンド艦隊主力は壊滅した。オルクセン側の損害は旗艦レーヴェの短艇破損など軽微にとどまった。

世界海軍史への衝撃と技術的波及
この戦闘はのちにベラファラス湾海戦と呼ばれ、黒焦げとなって浮かぶエルフィンド艦艇を視察した各国武官や記者は、オルクセン海軍の「悪魔の砲弾」に戦慄した。詳細が秘匿されたまま戦訓だけが伝わると、各国海軍は軍艦の鉄鋼化と帆装廃止、戦闘時の可燃物投棄を進め、グロワールのメリニットやキャメロットのリダイトなど、新たな燃焼性火薬の研究開発に乗り出した。この戦争は、装甲と砲撃の均衡を揺るがし、近代海戦の在り方を大きく変える起点となったのである。

第二章 モーリアの戦い

モーリアと橋梁群の戦略的価値

モーリア市は、旧ドワーフ領首都にしてエルフィンド南岸入植地の中心であり、人口六万を超える地方都市であった。シルヴァン川に架かる三本の橋梁群、なかでも鉄道橋は、オルクセン第三軍の北進に不可欠な兵站「大動脈」であり、第三軍は背後で鉄道中隊と工員を総動員して自国側からモーリアへの鉄道延伸を進めていた。このため、モーリア攻略は単なる都市占領ではなく、鉄道と橋梁を無傷で確保することが主目的であった。

第七軍団の編成と周到な準備

第三軍は四個軍団のうち最精強と評価される第七軍団にモーリア攻略を担当させた。軍団は、第七擲弾兵師団と第九猟兵師団を中核とし、直轄野戦重砲旅団を加えた総勢約四万の編成であった。侵攻前日には、全階梯で命令が細分化されて下達され、各大隊・中隊単位で「砂盤」を用いた立体的な事前打ち合わせが行われた。さらに斥候と大鷲軍団による夜間空中偵察で地形・敵情の補正が続けられ、行軍自体も夜目と体力に優れたオーク族の特性を活かした強行夜間戦備行軍として計画されていた。

大鷲軍団と温熱魔術板による空中支援

モーリア方面では、大鷲軍団ワシミミズク中隊が上空から第三軍を支援していた。極寒の高空で行動するコボルト兵には、温熱魔術板を仕込んだ飛行服が支給されており、これは温熱系刻印魔術の新技術の軍事運用例であった。大鷲とコボルトは、奇襲性維持のため原則沈黙を保ちつつも、敵の大規模な動きがあれば通報する役割を担い、その存在自体が夜間作戦の安全を高めていた。

準備砲撃とモーリア市への被害

侵攻開始と同時に、モーリア市には五七ミリ山砲・七五ミリ野山砲・八七ミリ重野砲・一二センチ加農砲・一二センチ榴弾砲ヴィッセルH/七五など計一七〇門による攻撃準備射撃が開始された。まず照明弾が打ち上げられて市街を白々と照らし、その下で榴霰弾や強力な檄爆榴弾が城壁内外に降り注いだ。国境警備隊司令部や兵舎、通信施設は破壊され、市長やアグラミア少将ら指揮中枢も砲撃で機能を喪失した。市民は夕食や団欒、就寝の最中に襲われ、多数の死傷者と甚大な物的被害が生じたが、遮蔽物にいた者は一定数生存しており、その後の混乱と指揮不在こそが、被害拡大の決定的要因となった。

空中弾着観測射撃の萌芽

この砲撃過程で、大鷲の背に乗ったコボルトが「着弾が近いか遠いか」を砲兵隊に魔術通信で伝えるやり取りが偶発的に始まり、砲兵側はそれをもとに射距離を修正した。これにより命中精度は大きく向上し、この即興的連携がのちに「空中弾着観測射撃」と呼ばれる間接射撃戦術の起点となった。参謀本部や砲兵科でさえ事前には想定していなかった技術であり、実戦下での現場判断が新戦術を生んだ事例であった。

第七擲弾兵師団の突入と鉄道橋確保

砲撃が旧市街に集中する一方で、第三軍は新市街と鉄道施設を誤射から守るため、その区域への砲撃を完全に控えた。城壁が撤去され大通りが整備されていた東側新市街は、第七擲弾兵師団の主攻正面とされ、鉄道駅を奪取したうえで旧市街へ突入する経路として利用された。オルクセン軍教令に従い、突入歩兵は装填を禁じられ、銃剣装着の白兵戦を前提として接近し、吶喊の喊声と体力を武器に圧力を加えた。エルフィンド側は砲撃と指揮中枢喪失により組織的抵抗をほぼ行えず、第七師団は比較的軽微な抵抗を排除しつつ市中央部へ進出した。第二五擲弾兵連隊は新市街北端から鉄道橋へ強行渡橋し、先頭を連隊長自らが務めて橋と対岸を確保し、軍が渇望していた鉄道橋を無傷で占領することに成功した。

第九猟兵師団・コーフ大隊の渡河戦と国境分屯地の撃破

同時に、第九猟兵師団はモーリア市南正面から西端にかけての城壁に対し陽動射撃を行い、敵の注意を引きつける「金床」として機能した。その一部であるコーフ少佐率いる第三四連隊第三大隊の選抜二個中隊は、モーリア西方で舟艇を用いて先行渡河し、橋梁パウルⅠの対岸側面から一帯を制圧する任務を与えられていた。彼らは対岸の国境警備隊分屯地を山砲と小銃火力で叩き、伏せず膝射に固執するエルフィンド兵の教練上の欠陥と、レバーアクション小銃の構造的制約を見抜きつつ撃ち勝った。鹵獲銃の構造解析は兵たちの教育にも活かされ、オルクセン軍が敵軍装備を事前研究し、現場でさらに補足教育する軍隊であることが示された。

角面堡の戦闘とアルテスグルック中尉の突撃

モーリア南側城門付近では、小型角面堡と城壁上の兵力による、エルフィンド軍最後の組織的抵抗が発生した。第九猟兵師団第七猟兵連隊の大隊はここで激しい射撃を受け、中隊長が狙撃されて戦線離脱した結果、予備役将校アルテスグルック中尉が臨時中隊長として指揮を引き継いだ。大隊長は五七ミリ山砲で角面堡自体を榴霰弾で砕き、アルテスグルックは元博徒の兵を先頭とする小隊を尖兵として、援護射撃の下、灌漑路から城壁に一気に躍進させた。彼らは角面堡へ突入して残存兵を白兵戦で排除し、そのまま城門を突破して城壁上へと駆け上がり、狙撃兵を掃討した。この突撃がモーリア市最後の組織的抵抗を崩壊させ、第九師団は「金床」としての役割を果たしつつ南側からの圧迫を完了した。

作戦の成功要因とエルフィンド側の弛緩

戦闘の結果、第七軍団はモーリア市とパウルⅠ・Ⅱ・Ⅲの三橋すべてをほぼ無傷で確保し、ベレリアント半島中央部への大きな突破口を開いた。使用した砲弾は各種合計二八五五発であり、砲一門あたり約一五発という砲兵感覚では「教本通り一戦闘分」に過ぎない消費量であった。第七軍団側の損害も軽微で、夜明けまでに北岸橋頭堡が整備され、輜重・衛生隊は昼までの温食提供を目指して動き始めた。

一方、エルフィンド側の防備は驚くほど脆弱であった。橋梁には爆破準備が一切施されておらず、国境警備隊の兵数も事前情報の二千には到底届いていなかった。ラング大将はその原因を「一年前のダークエルフ族虐殺による国境兵力の自滅」と断じ、ダークエルフを駆逐した結果、志願のみでは補充しきれず、自ら戦力基盤を削いだと評価した。また角面堡が本来はダークエルフ弾圧の通関施設であったことや、慌てて左右逆にブーツを履いたまま戦死した将校の姿などが、エルフィンド側の慢心と混乱を象徴していた。

モーリア戦の歴史的意味

モーリアの戦いは、オルクセン軍が長年にわたり整備してきた総力的軍事運用が、砲兵運用・夜間強行軍・空中偵察といった諸要素の連携として結実し、極めて低コストで大きな戦果を挙げた戦闘であった。同時に、エルフィンド軍の弛緩と人種政策のツケが国境防衛能力の著しい低下として露呈した事例でもあり、以後のベレリアント半島戦役全体の趨勢を決定づける転換点となったのである。

第三章 慟哭の顎

アンファングリア旅団の起用理由と「禊」論

アンファングリア旅団は編成から一年も経たぬ未熟な部隊であったが、ダークエルフ固有の戦闘力、脱出行での後衛戦闘の実績、現地地形への精通ゆえに、シルヴァン川渡河作戦の先鋒に任じられていた。教令には、先鋒部隊は退却を許されず敵の注意と火力を引きつけるべしと記されており、後世には「ダークエルフへの禊・踏み絵」であったとする説も生まれた。しかしその教令は全軍共通の戦術指針であり、先鋒への強力な砲兵・砲艦・空中偵察支援も付与されていたことから、参謀本部が意図的に旅団を捨て駒にしたと断ずるのは行き過ぎであると語られている。

エルフィンド外務省の失態と国境への不通達

一方エルフィンド側では、キャメロットより宣戦布告が夕刻に手交されたにもかかわらず、外務省が責任の押し付け合いと女王への報告忌避に終始し、その夜のうちに軍へ通達を出さなかった。自らの常備軍制と過去の勝利を根拠に「オルクセンの動員には一月かかる」と高をくくり、戦争の危機感を欠いた結果、国境警備隊前進陣地や哨戒班には一切情報が届かないまま通常任務が続行されることになった。

巨狼アドヴィンによる哨戒班殲滅

この夜、前進陣地から出た白エルフの哨戒班四名は、戦争の開幕を知らぬままシルヴァン川方面へ進出していた。彼女たちは軍務を卑しみつつ漫然と歩哨を続けるが、やがて風もないのに草むらが四方からざわめき、三頭の巨大な灰色の影が突進する。伍長と二名は首を刎ね飛ばされ、最後の一名も恐怖に腰を抜かしたところを、耳元で嗤う声とともにその「顎」に噛み砕かれた。襲撃者は国王護衛役たる巨狼アドヴィンとその同族であり、哨戒班は瞬時に全滅した。

巨狼族とアンファングリア連隊の協働

アドヴィンらはすぐさま後方のアンファングリア山岳猟兵連隊の縦列に合流し、連隊長エレンウェ・リンディールに「定時哨戒は片付けた」と報告する。巨狼族は本来憲兵隊所属であり戦闘部隊ではないが、旅団長ディネルースの強い要望で渡河奇襲に随行していた。エレンウェは、百頭規模が残っていればエルフィンド一国を滅ぼせたであろうその脅威を語り、巨狼が敵でないことに安堵しつつ、彼らの偵察と撹乱を踏まえて尖兵隊の強行軍準備を整える。

前哨陣地奇襲とダークエルフの「二本の牙」

アンファングリア山岳猟兵連隊は、一個大隊をもってエルフィンド国境警備隊前哨陣地を急襲した。まず少数隊が背後から電信線を切断し、巨狼が哨兵を噛み殺し、猟兵たちはダークエルフ特有の山刀で無言のまま急所を正確に斬り裂いていく。山刀は各自が氏族から贈られた私物であり、強靭なモリム鋼と優れた斬れ味を誇る近接戦闘の象徴であった。彼女たちは、近代的火力戦術とこの種族固有の肉薄戦闘能力という「二本の牙」を最大限に活かし、暗闇の中で電力を断った陣地へ一気に突入し、兵舎・望楼・指揮所を立て続けに制圧して国境警備隊を一人残らず黙殺した。

旧任地ゆえの徹底殲滅と巨狼の称賛

この前哨陣地は、かつてダークエルフの氏族が国境警備に就いていた頃の持ち場であり、アンファングリアの兵たちは塹壕や兵舎の配置を熟知していた。その地の利が、無警戒な白エルフ守備隊に対する静かな電撃戦を可能にしたのである。戦闘終了後、アドヴィンはかつての獲物たちを今や「祖の名を戴く兵」として高く評価し、この見事な夜襲を心から愉しんだと語られている。

橋頭堡拡大と「旗立てアンファングリア」

一〇月二七日、アンファングリア旅団は大型浮橋を経て全戦力の渡河を完了し、三本の街道方向へ急進を開始した。ディネルースは各連隊長に、村落を可能な限り無傷で制圧し、糧食を現地調達しつつ橋頭堡を守る「全軍の尖兵」となることを命じた。旅団は一日で約三〇キロ進出し、主要村一二、細かな集落を含め四〇以上を占領した結果、オルクセン本軍から進撃停止命令が出るほどの快進撃を示し、「旗立てアンファングリア」「怒涛のアンファングリア」と綽名されるに至った。

占領村落の恐怖とスコル村での対立

国境地帯の村々は、かつてダークエルフが追放された跡地に白エルフが入植した場所であり、住民はダークエルフの復讐を恐怖した。スコル村でも、逃亡兵匿匿の有無を問われた村長は恐怖と侮蔑をないまぜにし、ディネルースに対し「黒め」と差別語を吐き、さらに「オークに体を売ったのか」と侮辱した。参謀長イアヴァスリルが激昂して平手打ちする一幕もあったが、ディネルースは兵を制し、皮肉な威嚇を囁いて村長の心を折らせたのち、静かに司令部へ戻った。

失われた故郷と司令官の慟哭

スコルの建物には焼け跡と再建の痕が残り、街の構造や広場の名残はかつての面影を強く留めていた。そこが、かつてディネルースが氏族長として治め、多くの同胞を失った故郷であることが、彼女の上にのしかかった。見知らぬ白エルフが当然の顔で暮らす光景に耐えきれず、ディネルースは自室に籠もると、扉にもたれ崩れ落ちて声なきままに泣き続けた。この侵攻は彼女たちにとって武器であると同時に、過去の喪失を突きつける悲劇でもあった。

レーラズの森事件と民族浄化の露見

西側街道を進んでいたエラノール支隊は、レーラズの森付近で強烈な白銀樹の気配を感知し、掘削を行った結果、大量のダークエルフの遺骸と白銀樹の護符を発見した。後方の本格調査で一万超の遺骸が十数か所の穴から発掘され、エルフィンド側は事故埋葬と弁明したが、護符を祖樹に還さない埋葬はあり得ないとダークエルフは断じた。これは民族浄化とその隠蔽であるというオルクセン政府の公式見解へと繋がり、白エルフの「清廉なイメージ」を国際的に粉砕する結果となったが、当事者の旅団にとってはただ悲嘆と戦慄、慟哭しか残らなかった。

故郷を攻める者を見送る者たち

シルヴァン川の屑鉄戦隊の砲艦乗員たちは、浮橋を渡るアンファングリア旅団の姿を目撃していた。モーリア奪還の報に無邪気に歓喜したドワーフ士官バルクは、故郷を撃たずに済んだ自分と違い、生まれ故郷そのものを攻め落とす行軍に赴くダークエルフたちの顔に、無理に作った闘志と押し殺した感情を読み取ってしまう。彼が艦長グリンデマンに「故郷を攻める気分とは」と問うと、艦長はしばし沈黙した末、「問わず語らずの類だろう」とだけ答え、その重さを語らずに受け止めたのである。

第四章 ファルマリア港攻略戦

仮装巡洋艦ゼーアドラーの誕生

開戦の十二日前、北オルク汽船社所属の高速貨客船キルシュバオム号とプフラオメ号は、突如本国への帰投命令を受け、ネーベンシュトラントで密かに大改装を受けた。豪華な一等食堂は簡素な大室に変えられ、船首・船尾やスパーデッキには隠し砲座や管状装置が仕込まれ、石炭庫は舷側防御を兼ねる異様な配置となった。私服の海軍要員が乗り込み、各国商船旗とエルフィンド近海の最新海図を積み込んだ二隻は、開戦直前に出港し、北西海域で通商破壊戦に投入された。

海上通商破壊と「グスタフ王の海賊」

開戦四日目、キルシュバオム号はグロワール商船を装ってエルフィンド籍石炭船に接近し、至近距離でオルクセン海軍旗を掲げて武装を露わにし、「補助巡洋艦ゼーアドラー」と名乗って停船を命じた。丸腰の商船は拿捕され、以後二隻を含む七隻の補助巡洋艦はエルフィンド商船や同国向け軍需物資を積んだ他国船を次々拿捕・自沈させ、「グスタフ王の海賊」と恐れられた。この結果、銃砲・火薬・鋼材のみならずキャメロット産高品質石炭の供給まで断たれ、エルフィンドは装甲艦リョースタ用燃料すら十分に得られない窮状へ追い込まれつつあった。

第一軍団の進軍とインフラの弱さ

同時期、陸上では第一軍第一軍団がファルマリア港へ向けて前進していた。戦力は第一擲弾兵師団、第一七山岳猟兵師団、アンファングリア旅団、軍団直轄・軍直轄の両重砲旅団に加え、測量班と写真隊であった。アンファングリアが渡河翌日には三〇キロ前線まで突出していた一方、軍団全体の前進は平均一日二〇キロ前後に留まり、宿営のたびに道路と電信線の補修、治安維持、補給路整備に時間を費やしていた。大容量の輜重馬車が往復するにはエルフィンドの街道は狭く脆弱であり、馬車待避所の設置や憲兵配備でどうにか運用する有様で、糧食・馬糧の三割を現地調達に頼りつつも、重砲と砲弾輸送を優先する状況であった。

ファルマリアに逃げ込む住民とエルフィンド軍制の歪み

前進する第一軍団が占領した村々は無人であることが多く、本来斥候がいるはずの大村レスクヴァですら住民ごと空になっていた。多くの斥候と民間人がファルマリア港へ逃げ込んだと推測され、総軍作戦参謀グレーベンは「袋の鼠」と評した。彼はエルフィンド軍制についても、氏族単位の寄せ集めで中隊規模や指揮官人事が場当たり的であり、補給も現地調達と私物依存に傾いた前近代的構造だと見做した。近代軍制を理解しているのは、長年かけて海軍制度を改革した海軍首脳部のみという評価であった。

ファルマリア要塞の致命的欠陥

グレーベンは丘上からファルマリア港西方を観察し、「ファルマリア要塞」と称する防禦線の脆弱さに呆れた。稜線に沿って砲台と塹壕が一重に並ぶのみで、壕は断続的で相互支援に乏しく、砲は山砲中心、しかも前装式が多い。堡籃による防御は小銃弾片には有効であったが、オルクセンが研究するコンクリート要塞に比べれば児戯に等しかった。さらに決定的だったのは、港へ流れ込む河川沿いに街道と鉄道が通る地形で稜線が切れており、そこを抑える砲台さえ潰せば、要塞外殻を迂回して一挙に市街へ突入できる「地形間隙」が存在していたことである。

降伏勧告と「素晴らしき戦争」

グレーベンは第一三野戦重砲旅団の一二センチ榴弾砲で南側の要砲台を破壊し、この間隙から第一七山岳猟兵師団を突入させれば、殻を残したまま内部からファルマリアを崩壊させられると断じた。同時に港湾施設と市街地、そして在留キャメロット商人の保護を優先すべく、民間人脱出を認める条件付き降伏勧告を一日限りの期限で提示するよう命じた。これはグスタフ王の発案でもあり、敵側に「住民保護の責任」という球を投げ、拒否時にはあらゆる被害の責任を白エルフ側に帰属させる狙いがあった。グレーベンは、参謀とは国家と王と兵を守るために利用できるものは全て利用し、後世の批判すら黙って背負う存在であると語り、降伏勧告の審議時間すら重砲の陣地展開にあてるよう命じることで、「素晴らしき戦争」を開始しようとしていたのである。

四人の少将と指揮系統の崩壊

ファルマリア港には、同格である二等少将が四名集結していたが、軍上層部は国境警備隊出身のハルファン少将を現地指揮官に任命した。ハルファンはアンファングリア旅団に敗北した部隊の指揮官であり、その配下が敗残兵として港へ逃げ込んだことが将兵の動揺を誘った。他の三少将は「敗軍の将」を総指揮に据える人事に不満を抱き、更迭を求める電信を送ったが、その返答が届く前に電信線は遮断され、第一軍団と海軍主力の圧力が迫る状況となった。

暗殺・逃亡・分裂による指揮崩壊

オルクセンからの降伏勧告が届くと、動揺は極点に達した。徹底抗戦を唱えたハルファンは、二名の少将により部下を使って暗殺される。そのうち一名は口実を設けて側近のみを連れ夜陰に紛れて市外へ脱出し、その後消息不明となった。残る二名のうち、海兵連隊指揮官は要塞線での抗戦を選んだが、陸軍少将は約四千の配下を率いて北方街道から夜間撤退を開始し、途中で他部隊の兵も合流して五千規模の逃亡集団へ膨れ上がった。

アンファングリア旅団による追撃の開始

ファルマリア要塞北側を警戒していたアンファングリア旅団のエラノール支隊は、未明に魔術探知波でこの集団を捉えた。当初は小規模斥候と誤認し、騎兵第三連隊・山岳猟兵・山砲・グラックストン機関砲などの戦力で攻撃を開始し、先頭の一隊を壊乱させた。続いて後続の大部隊出現により状況の異常さが判明し、エラノールは包囲解囲の試みと判断して増援を要請した。迅速に到着したディネルース旅団長は敵の動きを観察し、「要塞と港を捨てて北へ逃走している」と看破した。

配兵の罠と火力格差による大壊走

ディネルースは第一軍団への至急報を発しつつ、北側のカリナリエン支隊に街道側面高地からの砲撃位置を与え、自身とエラノール隊は西側から徐々に兵力を絞って進路を「開く」ことで敵の北進を誘導した。逃亡集団はこの道を使って前進を開始するが、その背後を騎兵・山砲・グラックストン機関砲が執拗に襲撃し、後衛部隊を次々と切り崩した。敵隊列は縦列の間に間隙を生じさせるという行軍上の禁忌を犯しており、その隙を突かれて各個撃破されていった。さらにカリナリエン支隊が側面から砲撃・銃撃を加えたことで、前装式七ポンド山砲と後装式ヴィッセル砲との装填速度差、小銃戦における伏射可能なオルクセン側と膝射・立射に頼るエルフィンド側の戦術差が露わになり、エルフィンド軍は持久的な火力戦で圧倒された。

壊走・投棄・残敵掃討の凄惨さ

追撃を受けたエルフィンド兵は、まず砲を捨て、次いで負傷者を放置し、弾薬嚢や背嚢、外套、軍帽、靴、最終的には小銃までも投棄する半裸同然の壊走状態に陥った。魔術通信を通じて戦場の阿鼻叫喚が増幅され、精神的崩壊は連鎖した。六キロにわたる追撃ののち、アンファングリア旅団は「残敵掃討」を開始したが、その実態は抵抗能力を失った負傷兵への拳銃射殺・銃剣刺突・山刀による斬殺を含む虐殺に近い行為であり、とくにレーラズの森事件の衝撃を受けた騎兵第三連隊の行動は狂気じみていた。民間人が逃亡列に紛れていた可能性も語られたが、公式には否定され、公刊戦史も沈黙している。グレーベン少将は総参謀長への書簡で、この戦果をアンファングリア旅団の出自・感情事情を踏まえ「旅団の戦果として処理するほかなし」と報告した。エルフィンド軍は約三千の死傷者を出し、捕虜はほぼ皆無、旅団側の損害は戦死十一・負傷三十七にとどまった。

砲撃開始とファルマリア要塞の陥落

降伏勧告に対する正式返答が無いと判断した第一軍団は、一一月二日午前六時五〇分、野戦重砲二個旅団と各師団砲兵による集中砲撃を開始した。大鷲軍団による弾着観測射撃も導入され、要塞砲台に対して砲弾三五二六発、小銃弾約一八万発が撃ち込まれた。午後には第一七山岳猟兵師団が市街へ突入し、夕刻までに守備側の戦意は崩壊、ファルマリア海兵隊指揮官名で降伏受諾が通告された。翌朝、同指揮官は降伏文書への署名後、自ら護符を焼き、拳銃自決を選んだ。ホルツ大将はその最期と戦いぶりに敬意を表し、弔銃と軍葬をもって葬った。ファルマリア港は、実質一日の戦闘で陥落したのである。

王の知らぬまま進む戦争の深部

この時点で、グスタフ王の手元には、レーラズの森事件の詳細も、アンファングリア旅団による追撃戦の凄惨な実態もまだ届いていなかった。王が構想した「素晴らしき戦争」の戦略は順調に成果を挙げつつあったが、その陰で現地では、技術格差と指揮崩壊、そして憎悪と報復感情が絡み合った、別種の戦争が進行していたのである。

第五章 王であるということ

第三軍の進撃と鉄道軌間改修

星暦八七六年一一月、本格的な冬の到来と共に、オルクセン軍はファルマリア港を掌握し、第三軍はシルヴァン川北岸への橋頭堡拡大を進めつつアルトカレ平原方面への進撃準備を整えつつあった。第三軍はアルトリア要塞都市を目標に、分進合撃により四軍団を別々の街道で前進させ、一気に戦場へ集結させる戦法を採用する方針であった。しかし、奇襲効果は既に失われ、敵主力一六万から一八万との正面衝突が予想されるなか、鉄道を戦術・兵站両面の生命線とせねば戦えない現実が立ちはだかっていた。

ここで問題となったのが、オルクセンとエルフィンドの鉄道軌間差であった。参謀本部は戦前から研究を進めており、犬釘を抜いてレールを八九ミリずらすという原始的だが有効な改修法を採用した。枕木が木製で構造が単純な時代だからこそ可能な手法であり、橋梁強度確認や砕石調整は必要であったが、新線建設に比べればはるかに軽い負担であった。こうしてモーリアを中継拠点とした軌間改修が進み、第三軍は改修の進捗とともに末端兵站拠点駅を押し出し、そこから輜重輸送を伸ばすかたちで慎重に北上していく体制を整えていた。

占領統治と貨幣支配の開始

モーリアでは、占領からわずか三日で国有銀行支店が開設され、護衛付き列車で運び込まれた金銀貨により、エルフィンド貨とオルクセン貨の両替業務が始まった。軍契約を受けたファーレンス商会配下の行商が都市生活に必要な用品を売り込む一方、支払いはオルクセン貨か軍票に限定され、現地住民は瓦礫撤去や修復作業の雇用を通じて軍票を受け取る構図が形作られていった。

軍票はあくまで代用紙幣であり、正貨との両替には個人ごとに上限が設けられていた。大量の正貨供給は占領直後の物資不足と相まってインフレを招きかねないため、意図的に軍票中心の流通へ誘導していたのである。住民は侵略者の貨幣に不信感を抱きつつも、生活のために受け取り使用せざるを得ず、やがて市中の既存経済にもオルクセン貨が浸透し始めた。これは単なる軍事占領ではなく、通貨と商取引を通じた経済支配の端緒であり、行商人たちはその媒介役として機能していた。

同時に、野戦憲兵隊が多数配備され、略奪や暴力行為は銃殺を含む厳罰で臨む方針が徹底されていた。シュヴェーリン上級大将は護衛を最小限にとどめ、市街視察に出て自らの姿を晒すことで「秩序ある占領」を示そうとしており、軍事行動と統治行動が一体の国家事業として進められていた。

財務大臣リストと開戦景気

首都ヴィルトシュヴァインでは、財務大臣マクシミリアン・リストが上機嫌で財務省に姿を見せていた。外務大臣ビューローからもたらされた情報によれば、ベレリアント戦争に対する列商諸国の基本方針は中立であり、キャメロットなど一部は「好意的中立」としてオルクセンに有利な立ち位置を取っていた。各国は観戦武官や従軍記者の派遣を求めており、外交的孤立の懸念は払拭されていた。

戦争勃発と「エルフィンド外交書簡事件」が報じられると国内世論は沸騰し、「一〇〇万の兵、一〇〇万箱の食糧」という分かりやすい標語が全土に広がった。オーク、コボルト、ドワーフ、ダークエルフなど多種族が一二〇年前の屈辱を想起し、酒場や街頭で戦勝を先取りするかのような熱狂が続いた。株式市場も高騰し、戦勝報が続くにつれて中央市場は強気の値動きを見せ、同時にエルフィンド公債は暴落していった。内外の投機筋は、この戦争の帰趨を早々にオルクセン有利と見ていたのである。

戦費調達と国民経済の総動員

国軍と財務省の試算では、戦費は約九億ラングと見積もられていた。歳入一四億ラング、国外準備金約二億ラングを考えれば、国内からの戦費調達が不可欠である。リストはログレス市場に預託された正貨には極力手を付けず、戦時国債の国内募集を主軸とする構想を練っていた。労働従事者一八〇〇万が平均二三ラング程度を引き受ければ、一次募集四億ラングは十分に達成可能という計算であり、ファーレンス商会のような大口も見込めた。

国外向けには、一億ラング相当の外債を既存の国鉄・電力公社公債と同条件でログレス市場に流すにとどめ、火薬原料や飼料穀物など限られた輸入決済に充てる方針であった。エルフィンド公債の暴落と、オルクセン公債の安定は、国際金融の場における信認の差を如実に示していた。リストは、戦費調達そのものだけでなく、この機会に国民の貯蓄を国債というかたちで国家事業と結び付け、後の償還によって再び民間に還流させる長期的循環まで視野に入れていた。

戦後経済構想とエルフィンド併合の視野

リストとグスタフ王が見据えていたのは、戦中だけでなく戦後の経済であった。戦争特需と戦後投資の反動による不況を避けるため、両者は内需拡大型の投資計画を準備していた。具体的には、国土全土の鉄道複線化、重工業と化学工業の拡大、炭鉱増産といったインフラ・基盤投資を行い、その生産物を国内のみならず工業基盤の弱い諸外国へ輸出することで、景気の軟着陸を図ろうとしていた。

そして、その投資対象として最も有望と見なされていたのが、戦後に併合される予定のエルフィンドであった。王は早くからエルフィンドの滅亡と併合方針を明示しており、社会基盤も地下資源も未開発に近い「無垢の土地」として、新たな投資先と見る発想であった。軍が進軍と同時に鉄道補修や基盤整備を進めていること自体が、将来の内需投資の前払い的国家事業でもあった。

リスト個人としては、自らの経済理論を大規模に実証し、軍人中心の権力構造に経済官僚の影響力を食い込ませる野心も抱いていた。物価上昇への対策としては、国有食糧備蓄の放出や税制調整による物価抑制策が用意されており、戦後の国債償還時に国民が実質的な利益を得られるよう配慮されていた。こうして、王の長期構想とリストの経済設計は、「勝つ戦争」と「勝った後の国」を同時に成立させることを目指して動いていたのである。

第一軍北上と大本営の前線進出

ファルマリア港陥落後、グレーベンは荒海艦隊旗艦レーヴェでロイター大将と協議し、海軍が残存エルフィンド艦艇の捜索と輸送線護衛を担い、代わりに陸軍が沿岸要塞砲と監視哨の整備で協力する方針を決めた。北海沿岸には魔術通信の有効範囲を前提に監視哨網が計画され、必要人員も算定された。これを受けてゼーベック総参謀長は第一軍の北上を進言し、グスタフ王は裁可して総軍司令部兼第一軍司令部をファルマリアへ移動させた。行軍の途上、グスタフは浮橋群と絶え間なく往還する軍勢、空から護衛する大鷲隊を眺め、それを国家総力が一点に凝縮した巨大事業として捉えた。また、王の縦隊を規定通り制止した野戦憲兵下士官を自ら称賛し、昇進を命じることで、規律が王権より優先され得る軍隊のあり方を示した。

レーラズの森の視察とファルマリア港での鉄道準備

グスタフは旅程を迂回してレーラズの森を視察し、長時間無言でその惨状を見つめたのち、ヘイズルーン村で宿営し、兵站司令部への電信を起草した。翌日ファルマリア入りすると、市街の出迎えを受けつつも作戦指揮には深入りせず、視察と最終判断に専念する姿勢を貫いた。港湾では、帆無し蒸気貨物船がキャメロット規格の鉄道車両や起重機車を揚陸しており、第一軍戦区では軌間改修を行わず、輸出用車両を徴用して線路側に合わせる方針が取られていた。これは事前にファーレンス商会を通じて引き込み線の有無まで調査していた成果であり、鉄道中隊と国有鉄道社職員が補修と運行に当たる体制が整えられていた。

司令部列車メシャム号と港湾労働者への配慮

鹵獲したエルフィンド製一等寝台車や食堂車を視察したグスタフは、それらを編成した司令部専用列車を「メシャム号」と命名し、移動大本営として活用することにした。これはセンチュリースター号を本国に残置した穴を埋める措置であった。港では、ファーレンス商会が手配した港湾労働者組合の沖仲仕たちが宿舎と食糧の不備を巡って鉄道中隊側と口論していたが、グスタフは自ら「責任者」として前に出て謝罪し、彼らの労をねぎらい、握手を交わし、同じ粗末な食卓で昼食を取った。その後、彼らに優先的な栄養補給と医療、休養時の娯楽を与えるよう命じ、兵だけでなく補助労働力も戦力の一部として遇する姿勢を示した。

アンファングリア旅団への特配とディネルースとの対話

翌朝、アンファングリア旅団には特別配給が届き、兵站参謀リアは受領書式に、手持ち在庫と新規受領分を一体で記載させるオルクセン式兵站管理の合理性を改めて実感した。配給内容は、小麦入りライ麦パンと苔桃ジャム、チーズ、杏茸入りクリームスープ、牛肉の焼き物など、かつてディネルースが救われた時とほぼ同じ献立であり、王の明確な意図をにおわせるものであった。視察に来たグスタフは、整列した部隊を観閲した後、旅団長室でディネルースと対面し、長い沈黙ののち、レーラズの森での出来事について叱責ではなく「責任の所在」を語った。

「王である」という責任の引き受け方

グスタフは、アンファングリアの戦いぶりにグレーベンが違和感を覚え、魔術通信が機能しないなかで騎兵連隊の担当区にのみ問題があった可能性を指摘したうえで、ディネルースが沈黙によって部下を庇っていることを看破した。しかし彼は、「この戦争を起こし、強すぎる旅団を先鋒として雷同なくレーラズの森に投じたのは自分だ」と認め、森の徹底調査と遺体の再埋葬、護符の回収と戦後の「本来の場所への返還」を自らの責任として引き受けると宣言した。また、開戦初期に不祥事を認めることは国として不可能であり、今回は誰の責任も問わず、自分ひとりが最終責任者であると明言したうえで、「もしこの戦に敗れれば、自らの首を敵に差し出す」とまで言い切った。ディネルースは、その徹底した責任の引き受け方に戦慄し、彼を「恐ろしい王」と評したが、グスタフはそれをなぞらえて「魔王」と自嘲した。直後に運び込まれた特別献立を見たディネルースは、一年前と同じ味によって再び心を救われ、旅団として再起する覚悟を固めた。

アストンの内省と魔種族史観

一方、人間族の外交官アストンは、自宅で魔種族史の蔵書に没頭して心を癒やしながらも、グスタフがエルフィンド外交書簡の文意を意図的に捻じ曲げて戦争を引き起こした事実を既に理解していた。それでも彼は王を恨まず、魔種族の立場に身を置こうとした。アストンは、三百年前に聖星教の後ろ盾を得た人間諸国が魔種族を「異端」として狩り、エルフィンドのエルフのみを例外とした歴史を振り返る。生き残りが集まったオルクセンが、デュートネとの戦いを経てようやく安定した矢先に再び戦争に駆り出された経緯は、彼にとって人間側の加害の歴史を再確認させるものだった。

グスタフの招聘と共存を目指す意図の読み取り

そんな折、アストンはグスタフからの私信を受け取り、戦地大本営の外交顧問として招聘される。オルクセンには既に優秀な自国外交官や国際法学者がいるにもかかわらず、あえて人間族の彼を迎えたいという申し出は、「魔族の国であっても国際法を守り、人間諸国と共存する意思がある」ことを対外的に示すための象徴的行為だと彼は理解した。エルフィンド滅亡と併合によって魔種族統一国家が誕生すれば、次の潜在的敵は人間諸国となるはずであり、グスタフはその未来の戦争を回避しようとしているとアストンは推測した。彼は、この戦争が魔種族史の大転換点になると確信し、長年の友への信頼と歴史の証人となる渇望から外務省を辞し、妻を説得してグスタフのもとへ向かう決意を固めた。こうして「魔王」と呼ばれる王と、「人間の証人」である外交官が、同じ戦争とその先にある共存の未来を見据えて歩み寄っていく構図が形作られていた。

第六章 非情の海

観戦武官・従軍記者の殺到とオルクセン側への集中

一一月半ばになると、星欧各国から観戦武官と従軍記者がオルクセンに集まりはじめた。久々の大戦争であ り、彼らは新兵器や新戦術、さらには「魔術」「魔種族」が戦争に与える影響を見極めようとしていたのであ る。魔種族に対する人間側の理解は乏しく、「火を吐く」「空間転移できる」といった空想まじりの噂すら信 じられていた。オルクセン外務省は自国の正当性を宣伝する好機と捉え、仮想敵国を含む各国の代表を慇懃に 受け入れた。一方、エルフィンド政府は開戦直後から敗北と混乱に追われ、外務省幹部の失態が露見すると、 政権は彼女らを極秘裏に銃殺して責任を取らせたうえで氏族間のポスト争いに没頭し、観戦者への対応を行う 余裕を失っていた。その結果、観戦武官と従軍記者の関心はほぼ全てオルクセン側へ集中することになった。

アンファングリア旅団への取材と「電撃戦」の命名

ベレリアント半島への第一陣としては、オルクセン国内報道機関の従軍班が最初に前線へ入り、その後に外 国人記者が続いた。ファルマリア港の宿営地では、オストゾンネ紙記者フランク・ザウムがアンファングリア 旅団長ディネルースと参謀イアヴァスリルを訪ね、開戦初期の急速な橋頭堡拡大に強い関心を示した。ザウム は自らを「スッポンのザウム」と称する粘着質の記者であり、派手な戦果ではなく、初動の進撃全体を時系列 で追おうとしていた。彼はこの戦術に名称があるかと尋ねたが、ディネルースにとってそれは既存手段の組み 合わせに過ぎず、特別な名前は存在しなかった。そこでザウムは執務室に置かれた、稲妻と猪の意匠が描かれ た火酒の瓶に目を留め、「電撃戦」という呼称を提案した。この一言が、後世に残る戦術名として定着する出 発点となった。

荒海艦隊の出撃と不運な捜索行

一一月一三日、荒海艦隊は旗艦レーヴェ以下一〇隻でファルマリア港を出撃し、ベレリアント東岸全域にわ たる残存エルフィンド艦隊の捜索を開始した。各艦には良質な無煙炭と食糧、甘味が積み込まれ、出撃前夜に はカツレツやサラダ、牛乳まで供され、水兵たちの士気は高まっていた。しかし、海上作戦は徹底して運に恵 まれなかった。魔術通信探知は雷に誤反応し、遠雷をエルフィンド艦隊の通信と誤認しては、艦隊を無人海域 や低気圧帯へ導く虚報を連発した。その結果、通信員の報告は次第に信頼を失い、艦隊は広大な沿岸部を霧と 荒天の中でむなしく往復するばかりとなった。

スマラクト沈没という開戦以来最大の惨事

捜索七日目、濃霧のなかでロイター提督が反転を命じた直後、後尾付近を航行していた甲帯巡洋艦スマラク トは信号を見落とし、別の灯火を前方艦と誤認して針路を誤った。その進路上には装甲艦パンテルが存在し、 双方が霧中で接近した結果、パンテルの衝角がスマラクト左舷水線下に深く食い込むという最悪の形で衝突が 発生した。弱い防御しか持たない巡洋艦は巨大な破孔から急速に浸水し、パンテルが離脱したことで損傷はさ らに拡大した。防水部署では浸水区画を封鎖しようとしたが追いつかず、スマラクト艦長ザイフェルトは総員 離艦を命じ、自らは艦橋に残る決断を下した。だが、艦は大傾斜ののち一挙に横転し、短艇も多くが渦に巻き 込まれ、冬の北海の低水温と濃霧が救助を阻んだ。結果として死者一七四名、生存者一六名という開戦以来最 大の海難事故となり、ロイター以下艦隊司令部は深い衝撃と自責に沈んだ。しかも、後に、この反転地点から わずか六キロ先のフィヨルド奥にリョースタら敵艦隊が潜んでいたことが判明し、艦隊には一層苦い悔恨が残 された。

北海沿岸監視哨の混乱と素人防衛の危うさ

一方、オルクセン北海沿岸に急造された監視哨群は、陸軍参謀グレーベンらが立てた机上計画に対し、海と 艦の実態への理解が決定的に不足していた。地元警官や後備兵、国民義勇兵など海戦の素人が配置され、艦型 識別の教育も追いつかなかったため、漁船や輸送船、果ては海鳥の群れや雲影まで「リョースタ発見」「敵十 隻」などと誤報・虚報の山に変えていった。作曲家ラームストの別荘にも巡査が押しかけ、オペラグラスを持 ち出して海を監視すると意気込む姿が見られたが、それは国民的熱狂と素人防衛の危うさの象徴であった。海 軍司令部は錯綜する報告に翻弄され、「リョースタが何隻いるのか」と嘆くしかない状況に追い込まれていっ た。

エルフィンド海軍「カランシア戦隊」の再編と決意

エルフィンド政府は国内世論を引き締めるため、小さくとも「勝利」が必要だと判断した。陸軍は動員と兵 力配分に迷走しており、ここで白羽の矢が立ったのが残存海軍である。ベラファラス湾で多くの古参将校が戦 死した結果、海軍内部の派閥争いは一掃され、最高司令官はリョースタ艦長ミリエル・カランシアを少将に昇 進させ、ヴァナディース、アルスヴィズ、給炭船改造の仮装巡洋艦を合わせた四隻を「カランシア戦隊」とし て一括指揮させた。最高司令官は「損害には構わぬ、石炭は何とかする」と告げて戦隊運用の全裁量を委ね、 カランシアはその信任に応えようとした。ただし手持ちの石炭は少なく、「贅沢な戦」は出来ない。北西部の フィヨルドに潜みつつ、地元漁民から差し入れられたアカザエビを肴に将校たちを鼓舞したカランシアは、余 力を冷静に見極めながらも「何もしないのは面白くない」として、まずは巡洋艦アルスヴィズを使う陽動・襲 擊行動から戦局に一矢報いる決意を固めた。こうして、オルクセン海軍の不運な捜索と対照的に、エルフィン ド側海軍の小規模ながら鋭い反撃が幕を開けようとしていた。

アルスヴィズの夜襲と商船拿捕

一一月一五日早朝、残存エルフィンド艦隊の巡洋艦アルスヴィズが、潜伏先ヨトゥン・フィヨルドを出港し、 オルクセン北部沿岸へ向かった。地元漁民の自主的な哨戒協力もあり、その行動は荒海艦隊の探索網をすり抜 けた。アルスヴィズは夜間にアハトゥーレン港へ接近し、港内の貨物船、ホテル、市庁舎などに向けて一五・ 二センチ砲による砲撃を実施した。徹甲弾が多く不発も多かったが、市街は混乱し、市民は着の身着のまま市 外へ逃走した。その後、近傍の寒村の漁村を形ばかり砲撃し、翌一六日には石炭六千トンを積んだキャメロッ ト商船アラントン号を拿捕して帰還した。この商船はヨトゥン・フィヨルドへ回航され、エルフィンド側にと って望外の石炭資源となった。

赤子死亡がもたらした世論激震と海軍批判

アハトゥーレンでは約九十発の砲撃により六名が死亡、二四名が負傷し、商船一隻が大破した。犠牲者のなか に、長命種族社会では希少で尊い存在であるオーク族の新生児が含まれていたことが、国内に決定的な衝撃を 与えた。翌朝には「赤ん坊殺し」としてエルフィンド海軍が糾弾されると同時に、「これを防げなかったオル クセン海軍は何をしているのか」という怒りが噴出した。沿岸輸送は一時差し止められ、石炭価格は暴落する。 大手紙は「巡洋艦の捕捉は本来困難」と抑制的な論調を示したが、二流紙以下は煽情的な見出しで海軍批判を 拡大し、そこへスマラクト沈没の報が重なって、国民の不安と戦前のエルフィンド海軍への恐怖感情が再燃し た。実際には海軍予算も理解も充分とは言えなかったが、現場にとってはあまりに苛烈な非難となった。

屑鉄戦隊の補給・入浴支援と「海の仲間」意識

そのなかで第一一戦隊、通称「屑鉄戦隊」は、明るさを失わず任務を続行していた。ベラファラス湾で主力と 合流した彼らは、ヴィッセル社技師団を送り返しつつ補給を受け、狭い艦内容積に食料と石炭を詰め込む作業 に追われた。石炭の給炭は粉塵とピッチで全身真っ黒になる重労働であり、作業後には水雷艇母艦アルバトロ スに横付けして簡易風呂の支援を受けた。ハンモック収納箱を海水風呂に転用し、貴重な真水は髪や顔を流す 程度に限られるなか、全身毛むくじゃらのコボルトやドワーフたちは「水が足りない」と嘆き、麦酒との物々 交換まで始める有様であった。こうした環境でも彼らは冗談を飛ばし合い、海軍特有の陽気さを保っていた。

船団護衛の開始と屑鉄戦隊の「名物化」

屑鉄戦隊は、第一次輸送船団の復路護衛から本格的な船団護衛任務に就いた。ドラッヘクノッヘン港とファル マリア港を往復する国有汽船群を、第一水雷艇隊と交代しつつ守る形である。護衛方法はまだ理論化されてお らず、「陸軍輸送に海軍が協力する」という曖昧な枠組みのなかで現場が手探りで運用していた。そんななか、 屑鉄戦隊は「我、屑鉄戦隊。御用はなきなりや!」「またの御用命は屑鉄戦隊まで!」と軽妙な信号を掲げ、商 船側との距離を縮めていった。旗旒信号や魔術通信が使えない船には、グリンデマン中佐らが拡声器で直接呼 びかけるなど、泥臭い工夫で安全を確保した。停泊中には商船側から卵や野菜の差し入れを受け、代わりに艦 の菓子を渡すなど、物々交換や相互訪問を通じて強い仲間意識が生まれていった。

故障したファザーンの単独奮闘と帰還

四度目の往路護衛の際には、砲艦ファザーンが機関故障で遅れ、船団から離脱せざるを得なくなった。艦長は 「戦隊速力変更の要なし。我、適宜続航す」と信号を出し、単艦で修理を行いながら遅れを取り戻す道を選ん だ。六時間遅れでファルマリア港に入港したとき、在泊中の艦艇と輸送船全てが信号旗や船旗を揚げて迎え、 ファザーンの奮闘を称えた。この一件は、屑鉄戦隊と輸送船隊の連帯をさらに強める出来事となった。

擲弾兵旅団輸送という新任務と「英雄への航海」

一一月二九日、屑鉄戦隊はドラッヘクノッヘン港からの往路護衛として、大型貨客船四隻の護衛任務に就くこ とになった。これは北上する第一軍と交代してファルマリア港警備を担う陸軍後備第一擲弾兵旅団を輸送する 船団であり、年嵩の後備兵たちと砲、軍馬を満載していた。指揮官はツヴェティケン少将である。本来は水雷 巡洋艦の増強が予定されていたが機関整備のため外れ、護衛は屑鉄戦隊三隻のみとなった。出港時、兵士たち は小さな砲艦に手を振って歓声を上げ、「我、屑鉄戦隊。御用はなきなりや!」の信号に頼もしさを感じていた。 しかし彼らはまだ知らない。この航海で屑鉄戦隊が「英雄」と呼ばれる存在になることも、その前方に非情な 海戦が待ち構えていることも、何ひとつ知らなかったのである。

カランシア戦隊の出撃命令と補給線破壊の狙い

一方その前日、ヨトゥーレンに戻ったアルスヴィズからの戦果報告と、沿岸防備の脆弱さ、さらに拿捕商船か ら得た石炭により行動の自由度を得たカランシア少将は、麾下四隻の出撃を決断した。戦隊命令では作戦海域 をオルクセン北部沿岸とドラッヘクノッヘン〜ファルマリア間と定め、目的を「第一軍海上補給線の撃破・寸 断」と明記した。リョースタ、ヴァナディース、アルスヴィズ、仮装巡洋艦ヴァーナから成るカランシア戦隊 は、こうしてオルクセン軍の新たな生命線に牙をむくべく動き出したのである。

第七章 キーファー岬沖海戦

カランシア戦隊の陽動と沿岸襲撃

ミリエル・カランシア少将は、四隻の戦隊をアルスヴィズとヴァーナ、リョースタとヴァナディースの二隊に分け、前者を東部沿岸の通商路襲撃に投入したのである。アルスヴィズらはロヴァルナとの短距離貿易に従事する小型商船を次々と拿捕・爆破し、乗員を意図的に逃がすことで、オルクセン側に「エルフィンド艦隊出没」の確証を与えた。この結果、ドラッヘクノッヘン方面の哨戒巡洋艦四隻が東部へ引き剥がされ、オルクセン第一軍の主補給路が手薄になる状況が作り出された。

輸送船団の出港と危うい楽観

一一月三〇日未明、陸軍将兵を満載した四隻の貨客船と、それを護衛する砲艦三隻から成る船団がドラッヘクノッヘンを出港した。東部沿岸域での敵艦出没情報から出港延期を主張する声もあったが、「行程は短い」「沿岸要塞砲と監視哨の援護がある」といった楽観論が勝り、船団は北岸沿いの遠回りの航路をとって進んだ。将兵たちは新型青灰色軍服と新鋭小銃を支給され、珍しい冬季の快晴のもと、初めて見る海に見とれつつも、船酔いと不安を抱えながら甲板上に集まっていた。

リョースタ戦隊との遭遇と屑鉄戦隊の決断

護衛旗艦メーヴェの見張りは、船団右舷側に白い煙を発見し、それがリョースタ型装甲艦とヴァナディースから成るエルフィンド戦隊であると判別した。グリンデマン中佐は船団先頭船フリートリヒベルン号に対し、近傍の要塞砲射程圏への退避を命じ、自らは三隻の小砲艦を率いて敵に向かって反転・突撃する決断を下した。彼は「船団を逃がす時間を稼ぐための突撃」であることを隠さず、屑鉄戦隊の名にふさわしい「海軍の仕事」をしに行くと笑い飛ばしつつ、戦隊に一斉回頭と最大戦速を命じた。

衝角突撃と屑鉄戦隊の壊滅

劣速かつ軽武装のコルモラン型砲艦にとって、唯一の勝ち筋は衝角と艦首魚雷を用いた体当たりであった。三隻は煙幕を張りつつ横陣を組み、リョースタに接近しながら一二センチ砲火を集中した。エルフィンド側は主砲・副砲に加え水雷艇迎撃砲を総動員し、まず派手に艦旗を飾ったファザーンを旗艦と誤認して集中砲撃した結果、同艦は艦長戦死と大破で横陣から脱落した。続いてコルモランも主砲弾と対水雷砲弾により艦長以下幹部を失いながらも、辛うじて航海長指揮の下で射撃を継続し、リョースタの上部構造物に若干の損害を与えた。しかし圧倒的装甲と火力の前に、二隻は次々と沈黙に追い込まれていった。

メーヴェの刺突とグリンデマンの最期

最後に残ったメーヴェは機関室の限界を超えて石炭を焚き、距離一〇〇〇メートル以下まで接近したのち、至近距離から魚雷を発射しつつ衝角突撃を敢行した。魚雷はリョースタ艦尾付近の舵機構を破壊し、続く衝角が水線下の非装甲部に深く食い込んだことで、リョースタは舵が利かず左回頭しかできない状態に陥った。メーヴェは機関故障により離脱不能となり、両艦は至近距離で銃撃戦となる。バルク砲雷長や海兵隊員たちが次々と倒れるなか、重傷を負ったグリンデマンは、唯一無傷だったヴェーヌス信号長を温熱刻印板付きの胴衣ごと海中へ投げ出して生存の可能性を託し、自身は背後から銃弾を浴びて艦橋上で戦死した。直後にメーヴェは離脱後の砲撃を受けて轟沈し、屑鉄戦隊はヴェーヌス一名の生還を残してほぼ全滅したのである。

リョースタ損傷とキーファー岬の警報

メーヴェの犠牲的突撃により、リョースタは致命的ではないにせよ舵機能を喪失し、左旋回しかできない状態で火災と浸水に悩まされることになった。とはいえ装甲帯の厚さゆえに戦闘力自体は大部分が維持されていた。キーファー岬監視哨は砲声を感知して交戦を通報し、避難港に辿り着いた輸送船団からも要塞部隊経由で襲撃の事実が再確認された。これにより最高司令部は、ようやく事態が虚報ではないと認識し、ベラファラス湾の荒海艦隊主力に対し出撃を命じた。

荒海艦隊の出撃と観戦武官ロングフォード

ロイター提督率いる荒海艦隊は、給炭作業や損傷修理が完了していない不完全な状態のまま出撃を余儀なくされた。一部の艦では甲板上の無煙炭を投棄し、乗員を急ぎ入浴・着替えさせるなど、戦闘に耐える最低限の準備だけが整えられた。キャメロットからの観戦武官ロングフォード大尉は旗艦レーヴェ艦橋に立ち、オルクセン式焼夷弾の「燃える水柱」や、突出して敵に迫るレーヴェの果断な運動を目撃し、後に報告書と写真乾板にその様子を残すことになる。

リョースタの炎上とカランシア少将の重傷

午後、荒海艦隊主力は大鷲飛行隊の誘導でリョースタ戦隊を捕捉し、距離を詰めながら対艦焼夷弾を集中した。レーヴェ型装甲艦の二八センチ砲は優れた揚弾機構により高い発射速度を維持し、リョースタの上部構造物と兵装を次々と火の海に変えていった。焼夷弾は水柱の中でなお燃え続け、放水をも延焼に転じさせる化学反応を起こしたため、艦上の消火と兵員移動はほぼ不可能になった。カランシア少将は砲弾片で胸と頭部に重傷を負い、司令塔内に担ぎ込まれたまま指揮を続けたが、艦の上部は炎と煙に包まれ、主砲塔の運用も徐々に困難となっていった。

ヴァナディースの逃走と撃沈

一方、ヴァナディースはリョースタ曳航を試みるも索の破断と自艦の損耗により断念し、北方へ離脱を図った。しかし荒海艦隊第三戦隊の甲帯巡洋艦群に追尾され、一五時までに多数の焼夷弾命中を受けて艦橋・通信設備・炭庫に火災を生じさせた。砲弾不足と通信手段喪失により降伏信号への応答すら不可能な状態のまま砲撃は再開され、ついには艦内に閉じ込められた機関員や脱出準備中の水兵ごと致命的破壊を受けることになった。ザルディーネの魚雷は命中しなかったが、巡洋艦砲火だけでヴァナディースは事実上の戦闘能力を喪失し、沈没へと追い込まれた。

戦術的帰結と屑鉄戦隊の意味

キーファー岬沖海戦の結果、エルフィンド海軍の貴重な装甲艦戦力は壊滅的打撃を受け、リョースタも舵機能を喪失した損傷艦として戦線離脱を余儀なくされた。一方でオルクセン側も、屑鉄戦隊三隻を失い、多数の負傷者とティーゲル以下の損傷を被った。しかし屑鉄戦隊の突撃により輸送船団は要塞港へ逃げ切り、第一軍の補給は維持された。三隻の小砲艦と乗員たちは、自らを「屑鉄」と称しながらも、実際には戦略的要所と陸軍主力を救い、敵主力艦の「腱」を噛み切った存在として、後世に至るまで語り継がれることになったのである。

外伝 ある煙草屋

軍港都市と「向かいの煙草屋」の特別な立ち位置

語り手の老人は、首都から取材に来た若い女性記者に、軍港都市の店と海軍との関係を説明した。街には刺繍屋や仕立屋、飲み屋など「海軍御用達」の店が多く存在し、士官用・下士官用・兵用と自然に客層が住み分けていたと語られた。しかし向かいの煙草屋だけは例外であり、階級に関係なく誰もが集まる特別な場所であったため、その理由として昔話が語られることになったのである。

新兵水兵の日常と過酷な鍛錬

語り手はベレリアント戦争当時のオルクセン海軍の新米水兵の生活を回想した。海兵団を出て小型艦に配属された三等水兵たちは、艦の構造や配置に慣れるだけでも苦労し、早朝の甲板掃除から一日中訓練に追われ、夜はハンモックに倒れ込むように眠る日々を送っていた。古兵による理不尽じみた「教育」や、弾道学などの座学にも苦しめられ、さらには船酔いと荒れた海が新兵を徹底的に痛めつけていたが、その中で徐々に環境に慣れ、上官や古兵に目をかけられながら一人前の水兵へと成長していったのである。

水兵たちの享楽と面倒見のよい上官たち

土曜午後の上陸休暇は水兵たち最大の楽しみであり、流行のズボンの裾の形を競い合いながら、酒や賭博や夜の遊興に俸給を費やしていた。しかし羽目を外し過ぎれば身を持ち崩しかねないため、面倒見のよい下士官や先任水兵が、安く遊べる店や前借りのやり方を密かに教えたり、本人に悟らせない形で金を工面したりしていた。彼らは有望な若い水兵に目をつけると、スポーツチームへの勧誘を口実にしつつ、生活面でも陰ながら支えていたのである。

レオン・シェーファー一等水兵と煙草屋の女将

語り手は、そうした「見込みのある水兵」の一人としてレオン・シェーファー一等水兵の名を挙げた。オーク族の彼は砲艦メーヴェの一二センチ一番砲装填手として配属され、装填と根性に優れた有望株であった。戦時下の慌ただしいなかで式を挙げたばかりであったが、そのわずか三日後に従軍先で戦死したと語られた。語り手は海兵団の同期として、彼の水兵としての日常が自分とほとんど変わらなかったことを振り返った。

写真に刻まれた記憶と「向かいの煙草屋」の権威

シェーファーの姿は、今も向かいの煙草屋の奥に飾られた古びた写真立ての中で、はにかんだ表情のまま残されている。その煙草屋の女将こそがシェーファー未亡人であり、店が階級を問わず誰もが訪れる場になった理由でもあった。どれほど高位の参謀や提督が来ても、シェーファーの写真の前では皆が一介の下っ端に等しく、ただ女将だけが店で最も尊重される存在であったのである。語り手は記者に煙草を勧めつつ、せめて一度だけ彼の顔を見ていくよう静かに頼み、話を締めくくった。

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小説「幼女戦記 1 Deus lo vult(神はそれを望まれる)」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は、魔導士が存在する世界を舞台とする架空戦記ファンタジーである。国家間の緊張が高まる欧州風の大陸で、合理主義のサラリーマンだった男が幼女ターニャへ転生し、帝国軍の魔導士として戦場に投げ込まれる物語である。社会的システムと戦争の構造を徹底したリアリズムで描きつつ、転生者としての冷徹な思考と軍人としての苛烈な日常が交錯する。第1巻では、ターニャが魔導士として軍に入隊し、前線部隊の中で頭角を現していくまでの経緯が描かれる。

主要キャラクター

  • ターニャ・デグレチャフ
    元は日本の合理主義サラリーマン。死後、存在Xによって幼女に転生させられた。高い分析力と魔導戦闘能力を持ち、帝国軍航空魔導大隊の中で異常な速度で出世していく。
  • 存在X
    ターニャを異世界へ転生させた超越的存在。ターニャに「信仰」を強制しようとするが、価値観が一致せず両者は対立関係を続ける。
  • レルゲン
    帝国軍参謀本部の将校。理詰めで残酷な判断を躊躇なく行うターニャの存在を恐れつつも、その能力を評価している。
  • ゼートゥーア
    帝国軍の軍務に関わる高官。ターニャの才能を高く評価し、彼女を前線運用の要として利用する。

物語の特徴

本作の特徴は、魔法と軍事学を融合した“異世界ミリタリー”である点にある。戦争の戦略・戦術・兵站・政治構造までを実在の戦史並みに深く描き、そこへ“幼女に転生した合理主義の元サラリーマン”という異常な主人公を投入することで、独特の緊張感とブラックユーモアが生まれている。
また、本作は単なる異世界転生ではなく「宗教・国家・経済・軍事」の複合的テーマが絡み合っており、読者に現実社会への強い示唆を与える構造となっている。

書籍情報

幼女戦記 1 Deus lo vult
著者:カルロ・ゼン 氏
イラスト:篠月しのぶ  氏
出版社:KADOKAWA
発売日:2013年10月31日
ISBN:9784047291737

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あらすじ・内容

戦争の最前線にいるは幼い少女。

幼女戦記 1 Deus lo vul

感想

合理主義と信仰を戦争小説に叩き込んだ一冊

『幼女戦記 1 Deus lo vult』は、「合理主義者サラリーマンの転生」というライトノベル的な導入を持ちながら、中身は徹底して冷徹な戦争小説であった。
本巻は、北方・西方戦線でのターニャの戦歴にとどまらず、参謀本部・技術局・神域・戦後の取材班といった多層的な視点を織り込み、個人・官僚制・技術・宗教が絡み合う「総力戦の構造」を描き出している点に特徴があった。

合理主義がそのまま化け物の形を取った存在

前世パートでは、主人公は「平等」を建前とする競争社会で、受験戦争と就職活動を合理的に勝ち抜いてきた企業人事課長だった。
彼は「企業は利潤追求団体であり、社会的無能を養う施設ではない」という価値観に疑問を抱かず、リストラ対象者を「無能」と切り捨てる立場に自ら進んで適応していた。
この時点で既に、人間をコストとリソースとして処理する視線が完成していた。

転生後のターニャ・デグレチャフは、この合理主義をそのまま軍隊という環境に持ち込んだ。
安全な後方勤務を目指しつつ、与えられた環境の中で最適解を選び続けた結果が、「銀翼突撃章持ちの幼女エース」「ラインの悪魔」という怪物的評価に直結していた。
本人は「最小リスクで最大の戦功を得て生存と出世を確保する」という一点に忠実であるにもかかわらず、その合理性が「兵を人的資源としか見ない指揮官」「部下を地獄ツアーに叩き込む訓練設計者」として周囲に認識されていく過程が、皮肉に満ちた読みどころであった。

また、軍大学でのターニャは、戦争を新しい視点”世界規模の総力戦”として分析し、「帝国の勝利」を「敗北しないこと」と示した。
ここでも彼女は、愛国心や英雄願望ではなく、純粋な合理性と自己保身の観点から戦略を構想しており、その意味で「最も有能な戦争遂行者」として強い印象を残してしまった。

官僚制と火力主義の地獄絵図

本巻の大部分を占めるのは、北方ノルデン戦区と西方ライン戦線の戦闘描写であるが、単なる戦闘ではなく、「組織と技術が生む地獄」として戦場を描いているのが特徴であった。
帝国軍は「砲兵は戦場の神」「火力主義」といったスローガンのもと、砲兵と航空魔導の連携による面制圧を徹底しており、協商連合・共和国側の視点からは、それが一方的な虐殺として見えて来る。

技術面では、エレニウム九五式試作演算宝珠が象徴的である。宝珠の四核同調は理論上画期的でありながら、実際には暴発・自壊を頻発させる欠陥兵器であり、ターニャはそれを「前任者の屍の上に成り立つ人身御供の職場」と断じる。
技術局と運用部門の対立、「ブレイクスルーへの執着」と「稼働率と整備性」という現場感覚の衝突は、現代の軍需産業や巨大プロジェクトを連想させる。

組織描写でも、参謀本部の作戦会議や軍大学の選考再審議、戦技評議会などを通じて、帝国も共和国も少なくとも上層部の知性そのものは決して低くないことが示されており。
ルーデルドルフやゼートゥーアは戦略的合理性を理解しており、レルゲンもターニャの危険性を理解している。
それでもなお、地政学的制約・政治的思惑・官僚組織の慣性が絡み合った結果、戦争は「誰も本気で勝ち方を知らないまま加速する巨大システム」と化していった。

神学論争を戦争小説に叩き込んだ

本巻のタイトル「Deus lo vult(神はそれを望まれる)」が示す通り、物語の根幹には信仰と神学のテーマが据えられている。
存在Xは、自らを創造主と名乗りながら、人口増加と信仰低下に苛立ち、「赤字」と表現するほど管理コストに疲弊している。
その姿は、全能の神というよりも、採算の合わないプロジェクトを抱えたが利権を持つ巨大企業のようであり、ターニャとの論争は神学というよりビジネスモデル批評に近い。

ターニャは、自身の性欲や欲望すら「設計者の仕様」であると割り切り、信仰を求める神の側に責任を押し返す。
存在Xはそれに逆上し、「信仰なき合理主義者」に対する罰として、極限状況下での転生と「奇跡の強制」を与える。
九五式宝珠の祝福は、技術的ブレイクスルーと宗教的奇跡が強引に接続された装置であり、ターニャが演算宝珠を起動するたびに口から賛美の言葉があふれ出す描写は、信仰が「自由な応答」ではなく「外部から強制されたスクリプト」として機能していることを示してもいる。

興味深いのは、ターニャがこの強制を拒絶するために、教会で意図的に「存在Xへの憎悪」を吐いている点である。表向きは敬虔な信徒でありながら、内面では徹頭徹尾アンチ存在Xとして自己同一性を保とうとする二重構造は、「信仰を強制する神」と「それを歪んだ形で利用する合理主義者」という歪さが浮かぶ。ここに、戦場で敬虔な祈りの言葉を口にしながら空間爆撃を放つ「ラインの悪魔」が爆誕する。

伝説と実像の乖離を意図的に残す構造

本巻はターニャ視点だけでなく、アンソン・スー、ヴィーシャ、レルゲン、ゼートゥーア、ウーガ、さらに戦後の記者アンドリューの視点まで導入することで、一人の人物がいかにして「ラインの悪魔」「十一番目の女神」として神話化されていくかを立体的に描いている。
特にWTN取材班のパートでは、帝国側資料の欠落や矛盾だらけの証言、V600という謎のコードなどが提示され、「歴史としてのターニャ」がいかに断片的な情報から再構成されているかが示される。

読者の自身は、ターニャの内面と第三者の観測結果を両方知っている立場に置かれるため、戦後の伝説がいかにプロパガンダによって形作られているかを理解できる一方で、当事者たちには決して届かない「実像」を把握しているという居心地さを与えられる。
この「情報格差」を意図的に残した構造が、単なる武勲譚ではなく、「語りえない隠された戦争」を扱う長編の導入として機能していると思う。

合理性と狂気の境界線を読者に突き付ける

総じて、本巻は「合理主義」と「信仰」、「官僚制」と「戦場」、「技術の進歩」と「人間の限界」といった要素を高い密度で詰め込みつつ、それを幼い少女の姿をした将校の視点で貫くことで、強烈な違和感と倒錯した中毒性を生み出していると感じた。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

ターニャ・デグレチャフ

合理主義的な思考を持つ幼い少女の姿の航空魔導士官である。帝国軍への忠誠を口にしつつも、内心では生存と出世を最優先する打算的な立場を取る。上官や部下との関係では、任務達成を第一とする姿勢から冷徹な指揮官として認識されている。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍航空魔導師。北方戦区ノルデン戦線所属の少尉。後に第二〇五強襲魔導中隊第三小隊長。さらに軍大学在籍中の中尉となり、参謀本部直轄六〇一魔導大隊編成官に指名される立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ノルデン戦区で単独に近い遅滞戦闘を行い、協商連合魔導大隊の突破を阻止した。ライン戦線では「ラインの悪魔」と呼ばれるほどの戦果を挙げ、短期間で多数の敵機を撃墜した。技術局では九五式試作演算宝珠の唯一の安定運用者として、高高度試験や危険な起動実験を担当した。さらに第二〇五強襲魔導中隊を率いて機動防御戦に参加し、砲兵支援を生かした掃討戦を実行した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ノルデン戦での功績により銀翼突撃章の授与対象となる評価を受けた。西方戦線での戦果から撃墜数六十超の「ラインの悪魔」として敵国からも災厄とみなされる存在になった。軍大学への最優成績での合格と中尉昇進を果たし、将来の参謀将校候補として上層部から注目されている。九五式運用成功により「奇跡」の担い手として神域側の計画にも組み込まれている。

日本の人事課長の男

日本企業の人事部課長として働いていた合理主義的な会社員である。個人の感情より企業利益を優先する価値観を持ち、部下を効率で評価する立場にあった。存在Xとの対話では、設計者としての神に責任があると主張し、信仰を拒む姿勢を示した。

・所属組織、地位や役職
 日本国の企業に勤務する人事部課長である。三十代で両親を上回る収入を得る立場に達していた。

・物語内での具体的な行動や成果
 PIP未達成と無断欠勤を理由に部下へ自己都合退職を勧告し、企業は社会的無能を養う場ではないと説明した。駅のホームでリストラ対象者から逆恨みの襲撃を受け、線路に突き落とされる事故に遭った。その後、老翁の姿を取る存在Xの前で目覚め、信仰と倫理を巡る論争を行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 企業内では部長候補として順調な昇進を見込まれていたが、駅での転落事故により突然の死に直面した。存在Xから信仰心の欠如を理由に、輪廻への強制送還と転生という罰を宣告される対象となった。

存在X

自らを創造主と名乗る超越的な存在である。人類の信仰心の低下と倫理観の欠如に強い不満を抱いている。日本の会社員の男やターニャとの対話では、戒律と信仰の遵守を求める立場を取る。

・所属組織、地位や役職
 明確な組織名や階層は示されていない。神々の側に属する存在として描かれている。

・物語内での具体的な行動や成果
 日本の人事課長の男の前に老翁の姿で現れ、十戒を示しながら人類の堕落を非難した。信仰心の欠如に対する罰として、男を輪廻へ戻し転生させると宣告した。九五式演算宝珠の危険な実験に介入する計画に関わり、ターニャの宝珠に祝福という形で「奇跡」を付与する方針が示された。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 地上側からは神とも悪魔とも取れる姿勢で認識されている。信仰低下により七十億人の管理に疲弊していると語り、自らの采配で転生や奇跡を決める立場にあることが示されている。

ハンス・フォン・レルゲン

帝国軍参謀本部人事局の叙勲課長である。規律と信賞必罰を重視する官僚的な軍人である一方で、ターニャに対して本能的な恐怖を抱いている。後に作戦局付の高級幕僚として戦局分析にも関わる立場に移る。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部人事局叙勲課長である。後に作戦局付高級幕僚となる。階級は少佐から中佐へ昇進している。

・物語内での具体的な行動や成果
 ノルデン戦でのターニャ・デグレチャフ少尉の軍功推薦書を読み、銀翼突撃章授与の妥当性を認めつつも、その人格への嫌悪から決裁に苦悩した。士官学校時代にターニャが候補生を間引く発言をし、抗命者を処刑しかけた経緯を確認し、殺人人形のような資質と判断した。後には「今次大戦の形態と戦局予想」を読み、総力戦という発想に衝撃を受けながらも戦局にそれを重ねて理解を深めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 公正な人事官として勲章授与や軍大学選考の場で重要な役割を担っている。ターニャの軍大学合格再審議では人格面からの反対意見を述べたが、多数派に押し切られた。作戦局付となってからは、総力戦論文の読者として戦争の変質を理解する側に回っている。

ルーデルドルフ准将

帝国軍参謀本部第一部に属する将官である。国防計画プラン三一五を重視し、戦略的柔軟性を失う大規模攻勢に反対する立場を取る。慎重な防衛指向の軍人として描かれている。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部第一部所属の准将である。国防方針プラン三一五の策定に関わる立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 協商連合への大規模攻勢と全面動員案に反対し、現地展開済み戦力による追撃で十分と主張した。帝国が列強に囲まれた状況を踏まえ、二正面以上の戦いに備えるためにも集中投入で即応性を失うことの危険を訴えた。後には、デグレチャフを即応魔導大隊長に据える案の検討にも関わり、軍大学での評価を根拠に登用を認めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 参謀本部内で防衛重視派の代表的立場として発言力を持っている。国防計画と実際の戦略運用を結びつける役割を担い、総力戦時代の指導層の一人として位置づけられている。

エーリッヒ・フォン・ゼートゥーア

帝国軍参謀本部戦務参謀次長である。理知的で皮肉を含んだ視点を持つ参謀であり、戦略目標の明確さを重視する立場を取る。ターニャの能力に早くから注目し、重要な任務を与える役割を担う。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部戦務参謀次長である。准将として参謀本部の中枢に位置する。

・物語内での具体的な行動や成果
 協商連合への大攻勢案に対し、敵野戦軍撃滅の目的は達成済みであり、これ以上何を得るのかと疑問を呈した。軍大学でターニャと図書室で対話し、世界大戦と総力戦の到来を予測する彼女の意見を聞き、提言メモの内容を検討させた。参謀本部会議では、内線戦略の弱点や即応性の不足を指摘し、即応魔導大隊構想をまとめ上げた。さらにターニャを新編六〇一魔導大隊編成官および大隊長候補として指名した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 戦争の形態変化を最も早く認識した参謀の一人として描かれている。ターニャの登用を強く後押しし、彼女を通じて新しい戦争ドクトリンを試す立場を取っている。

アドルフ・シューゲル

エレニウム工廠の主任技師である。新技術への執着が強く、現場の安全より理論上の性能を優先する傾向がある。ターニャとの関係では、九五式試作演算宝珠の開発責任者として対立する立場にある。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍兵站総監部技術局所属の技術士官である。エレニウム九五式試作演算宝珠の主任技師である。

・物語内での具体的な行動や成果
 宝珠核四機同調という設計により、九五式試作演算宝珠の推進力と出力を大きく向上させた。帝都近郊上空での高高度試験では、一万八千メートル到達を目標に、ターニャへさらなる上昇を要求した。魔力変換固定化実験では安全装置を無効化した九五式を用意し、打ち切り前の最後の実験として危険な起動試験を強行した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 九五式開発により魔導技術を一歩進めた功績を認められているが、同時に多くの事故と予算超過を招いた責任も指摘されている。技術部内の報告では、九五式成功を「神の御業」とする結論に至り、これ以上の開発継続は奇跡への冒涜であるとして中止を受け入れる立場を取った。

ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ

帝国軍の若い航空魔導師である。温和で真面目な性格でありながら、前線での経験を通じて任務を果たす覚悟を固めている。ターニャにとっては初めての部下であり、後には信頼できる副官となる。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍幼年学校出身の航空魔導師である。第二〇五強襲魔導中隊第三小隊所属の下士官から、後に少尉へ昇進し、ターニャの副官となる。

・物語内での具体的な行動や成果
 ライン戦線への実戦配属で、ターニャのペアとして空を飛び、砲兵支援を受けながら機動打撃任務に参加した。初期には戦場で嘔吐するほど動揺していたが、次第に戦闘中でも動けるようになった。観測手救援任務では、自らの覚悟を示して志願し、ターニャと共に危険な出撃に向かった。後には六〇一編成委員会で副官として書類処理を任され、憲兵動員などの実務でも能力を発揮した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 徴募組出身として劣等感を抱えつつも、ターニャから義務への誠意を評価されている。戦場経験と昇進を通じて、ライン戦線での「ラインの悪魔」の戦いを間近で支える副官として重要な位置を占めるようになった。

アンソン・スー

協商連合軍の航空魔導師中佐である。前線で友軍歩兵の惨状を目撃し、政治家の無能に強い怒りを抱く人物である。部下への責任感が強く、可能な範囲で友軍救援を試みる指揮官として描かれている。

・所属組織、地位や役職
 協商連合軍航空魔導師大隊の指揮官である。階級は中佐である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ノルトラント上空から、帝国軍重砲に蹂躙される自軍歩兵を目撃した。混線した無線状況の中で司令部との連絡を試み、砲兵陣地ではなく観測魔導師の排除を最も現実的な救援策と判断した。観測手追撃の過程で部下が敵の自爆的戦法に巻き込まれる中、被害と戦果のバランスを考えつつ撤退判断を下した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 協商連合側の視点から帝国砲兵の脅威と作戦の失策を示す象徴的な指揮官となっている。政治家への呪詛を口にしつつも、前線で可能な手立てを尽くす現場指揮官として描かれている。

ミシェイル・ホスマン

フランソワ共和国軍の航空魔導中尉である。冷静な状況判断と部隊の存続を重視する指揮官である。帝国軍の未知の強敵「ラインの悪魔」との交戦を通じて、その脅威を痛感する立場に置かれる。

・所属組織、地位や役職
 フランソワ共和国第二二八魔導捜索中隊の中尉であり、実質的な指揮官である。

・物語内での具体的な行動や成果
 帝国軍の眼と通信線を潰す任務を帯びてライン戦線上空を飛行し、逃走する帝国魔導師を発見して追撃を命じた。高度八千まで上昇してマイク小隊に攻撃を行わせたが、敵の防御膜と空戦機動により小隊が壊滅状態となるのを目撃した。中隊規模の統制射撃を試みるも効果が薄く、短時間で甚大な損害を受けた結果、帰還許可と増援要請を行うしかない状況に追い込まれた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ライン戦線での敗北を通じて、共和国側が「ラインの悪魔」の実在と脅威を認識するきっかけを作る役割を果たしている。彼の報告と戦闘記録は、後の戦技評議会での脅威評価の材料となった。

アンドリュー(WTN記者)

戦後の統一暦一九六七年に活動する報道記者である。大戦を経験した世代として、断罪ではなく事実確認を目的とした取材を行っている。戦争の真実と「十一番目の女神」およびV600の謎を追う立場にある。

・所属組織、地位や役職
 WTNの従軍経験を持つ記者である。編集会議でドキュメンタリー企画を提案する立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 連合王国資料の機密解除文書をもとにダカール沖事件を調査し、陽動作戦の犠牲とみなす仮説を立てたが、資料内容からその仮説が崩れる経験をした。複数戦線で共通する十一文字コードの存在を知り、それを「十一番目の女神」と名付けて追跡した。ライン戦の従軍経験を生かして、その戦場が「悪魔の住むライン」と呼ばれた理由を証言するとともに、帝国側関係者からV600という情報を引き出した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 戦後世代にとって、大戦の異常な出来事を記録し直す役割を担っている。V600と「十一番目の女神」を巡る矛盾と沈黙を前にしながらも、真相解明への執念を持つ語り手として機能している。

ウーガ

軍大学で学ぶ帝国軍の将校である。家庭を持つ身として、戦争と家族の現実の間で揺れる人物である。ターニャとの対話を通じて、自らの進路や軍人としての在り方を見つめ直す立場に置かれる。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍軍大学に在籍する士官である。既に妻と娘を持つ家庭人でもある。

・物語内での具体的な行動や成果
 軍大学での教育を受ける中で、自分が恵まれた環境にあることを自覚し、娘の誕生をきっかけに戦場の現実に向き合うようになった。聖グレゴリウス教会近くのゾルカ食堂でデグレチャフ中尉と再会し、なぜ志願したのかを率直に問いかけた。子供を戦場に送る社会への違和感から、ターニャに軍人を辞めるべきだと述べたが、逆に退役を勧められ、自分が後方で生きることも戦いであるという意見を受け取った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 軍大学内では俊英たちと共に学ぶ一人として描かれている。ターニャとの会話を通じて、前線から離脱するかどうかを真剣に考えるきっかけを得ており、子供世代を戦場に送らないという視点を体現する人物となっている。

展開まとめ

プロローグ

統一暦一九一四年七月十八日 帝都ベアリーン/某所

赤子としての誕生と混濁した自我

意識を持った何かが、暖かく安息に満ちた空間から、刺すような寒さと息苦しさの中に放り出され、赤子として泣き叫びながら誕生したのである。感覚は制御できず、酸素を求める苦痛と混濁した意識のまま、泣く自分をみっともないと感じる歪んだ自意識だけがかすかに残ったのである。

修道院での「ターニャ」としての自覚

やがて灰色の空やぼやけた視界を通じて三年ほどが過ぎ、自我が形を取り戻した存在は、記憶にある山手線のホームとはまるで異なる石造りの建物と修道女たちを認識した。電化製品のない室内とガス灯らしき光源から、二〇一三年の文明社会ではないと理解しつつ、修道女にターニャちゃんと呼ばれスプーンで煮込んだ野菜を口に押し込まれ、自分がターニャという嬰児として扱われている現実に、なぜ自分がこうなったのかと心中で叫んだのである。

西暦一九七一年八月十四日 合衆国

スタンフォード監獄実験が示した人間観

場面は変わり、一九七一年にフィリップ・ジンバルド博士らが海軍省の依頼で行ったスタンフォード監獄実験の説明がなされた。この実験とミルグラム実験は、閉鎖空間で人間が権力に服従し、役割による非個人化によって誰もが収容所の看守にもなり得ることを示し、人間が環境によって本質以上に規定されるという結論に至ったと語られたのである。

「良い子」と競争環境で形成された合理主義者

この人間観を大学で学んだ彼は、違和感よりも納得を覚えた。平等を教えられながらも、身長や運動能力、学力の差という不平等を早くから知り、「良い子」であるべき環境の中で「悪い子」を避けつつ受験戦争を戦い抜いたのである。名門校に進み、本物の天才たちに自惚れを砕かれながらも、脱落への恐怖から勉強と競争を続けた経験が、ルールを守りつつ自由を享受するというシカゴ学派的な合理性への共感につながった。

エリート会社員としての適応と人事課長への昇進

彼は学歴というシグナルを武器に、OB・OGの縁や採用担当者の期待を利用して就職不況を乗り切り、企業の歯車として効率的に働いた。仕事と趣味の余暇を守るためにミスを避け、企業利益に忠実な人材として評価され、三十代で両親に迫る収入を得つつ人事部課長という試金石の地位に到達したのである。働きがいや自分らしさよりも、合理的な報酬と職務遂行を優先する社会の狗としての生き方に、彼は適応していた。

合理主義者がターニャとして直面した理不尽

だからこそ彼は、自分には重要な仕事があり、修道女にターニャちゃんと呼ばれて野菜を食べさせられる理由などないと断じた。抗議しようとした瞬間、頭に鋭い痛みが走り、不愉快な記憶が突如として浮かび上がり始め、合理的に積み上げてきた人生と嬰児ターニャとしての現状との断絶が、彼の意識の中でようやく結びつきかけたのである。

西暦二〇十三年二月二十二日 日本国/東京

リストラ面談と合理主義者の内心

日本の企業で人事課長を務める男は、PIP未達成と無断欠勤を理由に部下へ自己都合退職を勧告していた。企業は利潤追求団体であり社会的無能の扶養組織ではないと考え、泣き喚く社員を無能と見下していた。自分は天才ではないが努力で成績を保ち、部長の後継として順風満帆な人生を歩むはずだと認識していた。

駅での転落と理不尽な死

しかし、整理統合に伴うリストラ対象者の逆恨みを軽視したまま、男は駅で背後から押されホームに転落した。列車が迫る光景を最後に意識は途切れ、その後、老翁のような存在の前で目を覚ました。

存在Xとの対面と三つの可能性

男は老翁を前に、自分が瀕死で医師を認識できていないか、走馬灯を見ているか、胡蝶の夢から覚めていないのかという三通りの可能性を合理的に検討した。存在Xはその思考を読み、人間性の狂った連中だと吐き捨て、男は相手を神ではなく悪魔であると結論づけた。

戒律と信仰を巡る論争

存在Xは創造主を名乗り、十戒を示して人間の堕落を非難した。男は自分は殺人も盗みも偽証もしておらず、性欲も含めた本性は設計者たる神の責任であり、自分は社会規範を守ってきたと反論した。さらに人口増加と信仰低下は設計段階のビジネスモデルの欠陥であり、信仰心は切迫した状況でしか生じないと主張した。

罰としての転生宣告

存在Xは信仰心も倫理観も欠く人間が増え、七十億人の管理で疲弊し赤字だと怒りを募らせた。男がなおも合理主義的に応じた結果、存在Xは解脱を拒み続ける魂へのペナルティとして、男を輪廻に戻し転生させて試すと宣告した。男はその決定を記憶として思い出し、できれば忘れたい過去として抱えていたのである。

第壱章 北辺の空

統一暦一九二三年六月 北方軍管区ノルデン戦区/第三哨戒線

幼女魔導少尉としての北方任務

ターニャ・デグレチャフはノルデン戦区の第三哨戒線上空で、演算宝珠を首から下げた航空魔導少尉として砲撃観測任務に従事していた。協商連合との国境上で高度六千フィートを巡航しつつ、ノルデンコントロールや砲兵大隊ゴリアテ10と交信し、敵歩兵接近と弾着を報告していた。外見は十歳前後の幼女でありながら、軍は魔導適性のみを基準に戦力化しており、ターニャは文字通りのチャイルドソルジャーとして前線に立たされていたのである。

幼児化した身体と魔導技術への適応

前世では恵まれていた体格を持っていたターニャは、女児の小柄な身体に転生したことで銃の反動に耐えられず、格闘訓練でも簡単に投げ飛ばされる無力さを思い知らされていた。その一方で、演算宝珠による世界の数値理解と術式運用には適応し、空を飛びながら魔導で干渉する技能だけは身につけた。肉体的制約を空中戦と魔導技術で補えることが、彼女にとって魔法を便利な道具として受け入れる拠り所となっていた。

国境紛争から全面戦争への転換

ノルデンでは以前から国境警備隊同士の誤射や小競り合いが散発していたが、帝国は準戦時体制に移行せず、ターニャは士官学校出の研修士官として前線で研修を続けさせられていた。やがて政権交代とナショナリズム高揚により協商連合が方針転換し、帝国軍に対して自国固有の領土から二十四時間以内に退去せよとの退去勧告を発する。帝国が半信半疑のまま物資集積と軍団集結を進めるなか、協商連合軍は実際に越境作戦を開始し、帝国も宣戦布告に踏み切ったのである。

圧倒的優位な戦局とターニャの出世計算

国境付近にはもとより軍団規模の国境警備隊が展開しており、さらにターニャらを含む追加軍団が集結していたため、帝国軍は戦力・技術・国力の全てで協商連合を圧倒していた。従軍記者が現地から開戦を実況し、帝国の正当性と強さを喧伝する余裕すらあった。ターニャは、これが一方的な勝ち戦になると判断し、危険で成果も認められにくい北方哨戒が、むしろ安全な空から戦功を稼ぎ後方勤務や中央復帰への足掛かりを得る千載一遇の好機に変わったと計算していた。

砲撃観測の成功と将来への期待

実際に砲兵隊の観測射によって国境を越えた協商連合歩兵は遮蔽物の少ない地形で榴弾の餌食となり、部隊は統制を失って壊走していた。ターニャは面制圧が完了したと判断して報告し、ノルデンコントロールからの指示に従い第二哨戒線へ前進して観測を継続した。電波状況は良好で、空中用無線機の重量だけが無駄に思えるほどであり、彼女は砲撃の効果を淡々と伝えつつ、この戦場で適度に活躍し権力と地位と人脈を獲得していく未来を思い描き、悪くない状況だと密かに満足していたのである。

同日、協商連合ノルトラント上空

協商連合歩兵の虐殺とアンソンの憤り

協商連合軍航空魔導師アンソン・スー中佐は、ノルトラント上空から帝国軍重砲による一方的な砲撃で友軍歩兵が蹂躙される光景を見ていた。遮蔽物のない丘陵地をパレードのように行進していた歩兵と車両は、入念に準備された帝国砲兵陣地の餌食となり、無線には悲鳴と混乱した救援要請が飛び交っていた。アンソンは、ロンディニウム条約で実質的に帝国側国境と承認された暫定非武装地帯を「自国領ハイキング」と喧伝して越境させた自国の政治家を糞ったれと罵り、その愚行のツケを兵士が命で払っている現実に激怒していた。

指揮系統の崩壊と観測手排除という唯一の解

アンソンらが司令部や戦術指揮所に呼びかけても、周波数すら怪しい混線状態で全戦域の指揮系統は事実上崩壊していた。アンソンの大隊は非正規戦で損耗し一時後方に下げられていたため、今回の進駐をいつもの瀬戸際外交と誤解していたが、現場では戦時体制も整えないまま越境したことが致命傷となっていた。辛うじて連絡のついた地上部隊との情報共有により、帝国軍が単独飛行の観測魔導師を複数運用していることが判明し、アンソンは砲兵陣地そのものではなく、砲撃の要である観測手を叩くことが最も現実的な友軍救援だと判断した。

帝国砲兵優位の戦場とターニャの「安全な仕事」

一方、ターニャ・デグレチャフはノルデンコントロールの指示の下、観測機材と無線機を背負って弾着観測を行い、帝国軍団砲兵の曳下射撃や同時着弾射撃の精度を確認していた。帝国は火力主義を掲げる新興軍事大国として最新装備を揃え、砲兵を戦場の神と位置付けていた。ターニャにとってこの任務は、安全な空から勝ち戦を眺め、少ない負担で評価と戦功を稼げる好条件の仕事であり、ノルデン紛争で地味な哨戒ばかりだった経歴を一挙に挽回する千載一遇の機会として受け止められていた。

敵魔導大隊の越境とターニャへの遅滞戦闘命令

砲兵の全力射撃が開始された直後、ターニャの無線にはノイズが走り、管制との交信が乱れた。機器故障を疑った矢先、空域に戦域警報が発令され、協商連合魔導師大隊の越境と多数の術式照射が告げられた。第一警戒線をかいくぐった敵魔導部隊は国境付近に浸透し、ターニャも術式封入弾頭の斉射を辛うじて回避して敵中隊規模が急速接近中と報告した。ノルデンコントロールは彼女に接敵・遅滞戦闘と可能な限りの情報収集を命じ、増援魔導小隊・中隊が到着する数百秒の間、一人で敵を足止めするよう要求した。ターニャは即時離脱を求めたが許可されず、敵前逃亡による軍法会議と銃殺刑を避けるためにも「義務」を果たしたと評価される戦い方を選ぶしかないと悟った。

自爆的戦法が飛び交う空戦と双方の消耗

ターニャは観測用装備を投棄し、干渉式による自己強化で反応速度と瞬発力を極限まで引き上げ、狂気すれすれのテンションで単独の遅滞戦闘に臨んだ。彼女は無線越しに戦意旺盛な独り言を聞かせて上官への自己アピールとしつつ、適度に交戦して撃墜されたふりをして離脱する算段を立てていた。一方アンソンの部隊は敵観測手を追撃する過程で、ラガルド大尉が掩護射撃前提で吶喊して逆に敵の自爆的術式に巻き込まれ、バディのトール中尉も戦闘不能となるなど大きな損害を被っていた。砲列強襲は護衛戦力を想定して断念せざるをえず、アンソンは増援到着までの時間と被害を秤にかけた末、観測手を潰した上で離脱するという最低限の戦果にとどめざるをえない現実に、なお政治家への呪詛を吐き続けていたのである。

統一暦一九二三年 帝都ベルン 帝国軍参謀本部人事局人事課長室

叙勲推薦書を前にしたレルゲンの動揺

帝都ベルンの参謀本部人事局で叙勲課長を務めるレルゲン少佐は、北方から届いた軍功推薦書を読み、手を止めて呻いていた。推薦対象はターニャ・デグレチャフ魔導少尉であり、ノルデン動乱での遅滞戦闘と敵突破阻止、満身創痍での奮戦が現地指揮官らの連名で称えられていた。通常であれば即座に叙勲手続きを進める内容であったが、レルゲンは士官学校時代からターニャを知っていたため、強い嫌悪と違和感を覚えていた。

士官学校で露呈した殺人人形めいた資質

レルゲンはかつて士官学校を訪れた際、幼い少女の外見をしたターニャが演算宝珠を振り回し、候補生を怒号とともに叩きのめす光景を目撃していた。教官からは、ターニャが一号生として二号生に対し無能は間引くと宣言し、実際に野外演習中に抗命した候補生を現行犯として魔導刃で処刑しようとしたと聞かされていた。教官の制止がなければ本当に斬っていたとレルゲンは確信しており、ターニャを言動一致の現実主義者にして、人間としてねじの外れた殺人人形と見なしていた。

銀翼突撃章の異常な重みと評価の義務

推薦内容からすれば、ターニャには帝国でも最も名誉ある勲章の一つである銀翼突撃章が授与される見込みであった。銀翼突撃章は、危機的状況で味方部隊を救った兵にのみ与えられ、多くの受章者が戦死者であることが特徴であった。部隊指揮官の敬意に基づいて推薦されるこの勲章は、他の突撃章や柏葉付突撃章よりも高い評価を受けており、受章者には軍内で大きな権威と影響力が伴うとされていた。レルゲンは信賞必罰の原則から、その功績を無視できないと理解しつつも、ターニャにこれほどの権威を与えることに強い恐怖を抱いていた。

「他に道はない」と答えた幼女への本質的恐怖

レルゲンはターニャの異常性の背景を探るため、孤児院や生い立ちを情報部経由で調査したが、孤児院は平均的で虐待や極端な愛国教育の形跡もなかった。入校時の質疑応答記録には、ターニャが他に道はないと答えていたことが残されており、レルゲンはそれを大量殺人嗜好の合理化ではないかと疑った。ターニャが生来の戦争狂であり、自らの殺戮衝動に最適化された進路として軍を選んだ可能性を否定しきれず、彼女を英雄として讃えつつ前線で戦わせる以外に統制の術がないという結論に追い込まれていた。こうしてレルゲンは、公正な人事官としての義務と、幼女の皮をかぶった化け物への本能的恐怖との間で初めて深刻に引き裂かれていたのである。

同日、帝国軍参謀本部作戦会議室

大規模攻勢案への准将二名の反対

帝国軍参謀本部第一部の作戦会議室では、協商連合への大規模攻勢と全面動員を巡り、重苦しい空気の中で激論が交わされていた。ルーデルドルフ准将は、現地展開済み戦力による追撃で十分であり、戦略的柔軟性を失う集中投入は即応性を損なうと強く反対していた。ゼートゥーア准将も、敵野戦軍の撃滅という目的は既に達成されており、これ以上何を戦争で得るのかと問う形で異議を唱えた。

プラン三一五と帝国の地政学的制約

座長のマルケーゼ侍従武官は両准将の理を無視できず、大攻勢を主張するルートヴィヒ参謀長に見解を求めた。ルーデルドルフは、帝国が列強に囲まれ二正面以上の戦いを常に想定せざるをえない事情を指摘し、鉄道ダイヤに至るまで緻密に組み上げられた国防方針プラン三一五を全面動員で崩すべきではないと訴えた。ゼートゥーアも、防衛計画を危うくする思慮なき大規模侵攻には断固反対であり、軍事行動における明確な戦略目標の欠如を禁忌とみなしていた。

包囲打破の好機としての戦果拡張論

一方でルートヴィヒ参謀長は、周辺列強に動員の兆しが見られない現状を、所与の条件に縛られず大規模攻勢を行える絶好の好機と位置づけていた。協商連合を完膚なきまでに撃滅できれば、帝国を常に苦しめてきた包囲状況の一角を崩し、東部や西方防衛に余裕を生み出せるという未来像が提示され、列席者の一部はそれを長年の地政学的課題を断ち切る千載一遇の機会と受け止めていた。

勝利の果実の活用を巡る視点の相違

ゼートゥーアは、戦果拡張そのものよりも、既に得た勝利の果実をいかに活用するかが問題であると主張し、協商連合を敢えて放置してロンディニウム条約で確定した国境問題をこれ以上こじらせるべきではないと語った。ルーデルドルフは、帝国の目的を国防と位置づけ、既定の防衛計画を狂わせてまで行う攻勢に異議を唱え、帝国は自ら整えてきた舞台と準備の上で戦うべきだと強調した。参謀らは自国防衛戦略の軛を断ち切る誘惑と、唯一の成算ある国防方針を守るべき義務との間で揺れ動きながら、この決断の是非を知らぬまま議論を続けていたのである。

第弐章 エレニウム九五式

クルスコス陸軍航空隊試験工廠上空

魔導工学の発展と新型宝珠の位置づけ

魔導学は宝珠を介した世界干渉を技術として体系化し、航空術式により魔導師を空へと飛翔させる段階に到達していた。宝珠の軍事的有用性は列強共通の認識であり、帝国も先駆者として研究競争に参加し、その成果として新型演算宝珠の試験が行われていたのである。

後方配置の内示とターニャの思惑

北方戦線で負傷し後方へ下げられていたターニャは、昇進に有利な戦功ゆえに再前線配置を恐れていた。彼女に示されたのは、本国戦技教導隊所属と兵站総監部付き技術検証要員という内示であり、事実上の後方勤務かつキャリアにも資する理想的な条件であった。上層部は子供のエースを前線に出す印象を嫌い、彼女を後方の看板兼開発担当に回す意図を示し、ターニャはこれを生存戦略上の好機として受諾した。

九五式試作宝珠の構造と致命的欠点

総監部での任務は、新型演算宝珠の試験であった。エレニウム工廠製九五式試作演算宝珠は核を四つ同調させて推進力を飛躍的に高めた設計であり、小型化にも成功していたが、魔力消費は従来比四〜六倍に及び、同調制御も極めて不安定であった。精密化の結果として遊びがなく、少しの乱れで暴走・出火に至る欠陥品であり、ターニャの手は繰り返す暴発で傷だらけになっていた。

高高度試験と技師シューゲルとの対立

帝都近郊上空一万二千メートルでの高高度試験において、ターニャは低酸素と寒冷下で九五式を運用しながら、魔力消耗と疲労の限界を訴えた。だが主任技師シューゲルは理論上の限界高度一万八千を根拠にさらなる上昇を要求し、実用性と信頼性を重視するターニャと、性能と理論値を盲信する技師との間で激しい応酬が続いた。ターニャは前回高度四千で同調狂いから爆発寸前に至った事例を踏まえ、軍用装備には堅牢さと整備性こそが必要だと主張したが、シューゲルは四機同調という革新性のみを誇示し、現場の危険を顧みなかった。

暴走事故とターニャの決意

口論の最中、再び宝珠核の温度が急上昇し同調が崩壊しかけたため、ターニャは即座に魔力供給遮断と緊急排出を行い、外殻強化により辛うじて爆発を回避した。出力を失った彼女は帝都上空からパラシュート降下を選択し、安全な後方空域ゆえに降着のみへ意識を集中させた。その最中もシューゲルは無線を奪って責任をターニャの集中欠如に転嫁し、欠陥機械を壊すなと怒声を上げたため、ターニャはこの職場を「前任者の屍の上に成り立つ人身御供の現場」と認識するに至った。着地後こそ正式な転属願を提出し、教導隊勤務へ本格的に移ることで九五式の危険な実験から逃れると、彼女は固く心に誓ったのである。

帝国軍兵站総監部技術局

ターニャの転属願と技術局の苦悩

ターニャ・デグレチャフ少尉は、非公式な打診を三度重ねた末に、ついに正式書式に則った転属願と嘆願書を提出した。兵站総監部技術局はこれを受理せざるをえず、管理職たちは対応に頭を抱えた。北方戦線には余裕があり、若い兵士を後方に回す政策上、彼女を別部署に回すこと自体は容易であったが、九五式試作宝珠を辛うじて運用できる唯一の試験要員を手放すのは惜しすぎるという認識が共有されていた。

九五式と魔導技術の成果と代償

会議では、シューゲル主任技師が率いる九五式開発が、宝珠核四機同調という革新的技術によって魔導技術を大きく前進させた点は高く評価された。一方で、試験では重大事故が多発し、ターニャでさえ安定運用できない現状が明らかにされ、開発費も当初予算を大きく超過していた。技術派は魔力固定化・蓄積という夢のブレイクスルーの可能性を理由に継続を主張したが、運用側は継戦能力の低下と稼働率の低さを構造的欠陥とみなし、費用対効果の面から打ち切り・縮小を主張した。

ターニャの分析と選抜理由の再検討

技術局はターニャが提出した試験レポートを精査し、十歳とは思えない練達した分析と「魔力がいくらあっても足りない」という指摘の妥当性を認めた。そのうえで、なぜ多数いる魔導士官の中から彼女だけが成功しているのかを追及し、人事書類を辿ってシューゲル自身が選抜した経緯を確認した。そこには、既存宝珠に慣れておらず、四機同調の違和感を力ずくでねじ伏せない柔軟な素養を持つ者として彼女が選ばれたことが記されており、そのような条件を満たす人材が極めて稀少である事実が浮き彫りとなった。

汎用性の欠如と開発打ち切りへの収束

議論の結果、九五式を次期主力とするには既存魔導師の大規模再訓練と訓練体系の再構築が必要であり、それでも稼働率と信頼性、コストの面から大量配備は現実的でないと結論づけられた。双発版に落とした案も検討されたが、それでも複雑さと稼働率の問題は解決せず、むしろ演算宝珠を二個携行した方が実用的であるとの判断に傾いた。最終的に、同調技術は時期尚早であり、九五式開発は安全機構などのデータを得た段階で縮小あるいは打ち切るべきだとする空気が会議を支配するに至ったのである。

知覚外領域

神々の危機感と信仰低下の分析

神域では、文明発展に伴う信仰心の急激な低下が深刻な問題として議論されていた。過去には災害への介入という恩寵を通じて人間が神を実感していたが、現代では人間社会が自力で災害を乗り越えるようになり、神々は自重した結果として忘れられつつあった。古代から中世、科学の発展へと至る歴史を振り返り、信仰が発展の副産物として失われてきた経緯が整理された。

聖遺物再配備案と「奇跡」計画

智天使は、忘却された信仰を補うため、祈りを教えた上で必要な場所に聖遺物を降ろす案を提示した。既存の聖遺物がただの展示物と化している実態が判明し、必要とされる場に新たな介入を行う方針が採択された。その一環として、神の領域に近づきつつある科学者と接触し、その研究対象に奇跡を与える計画が立てられた。

九五式実験への神の介入決定

神々は、地上でエレニウム九五式の起動実験が行われることを把握し、その場に奇跡をもたらすことを決定した。これにより、ターニャが使用する演算宝珠を祝福し、奇跡を通じて信仰を再興させる狙いが定められる。こうして九五式は、技術検証の対象であると同時に、神々にとって信仰回復の装置としても位置づけられた。

開発打ち切りの内示と危険実験の強行

地上では、ターニャに九五式開発予算の追加中止と将来的な教導隊専念の内示が伝えられ、彼女は欠陥宝珠から解放される希望を見いだしていた。しかし、打ち切り前の最後として、シューゲルが魔力変換固定化実験を強行する。広大な実弾演習場で安全装置を無効化した九五式が準備され、ターニャは危険性を訴えつつも命令により魔力供給を開始せざるをえなかった。

実験暴走とターニャの再召喚

実験中、九五式の魔力係数は急速に不安定化し、魔力暴走と核融解寸前の警報が発せられる。その瞬間、ターニャの意識は再び超常的空間に引きずり込まれ、存在Xと同系列の理知的な存在から、九五式実験に奇跡をもたらすことが主によって認められたと告げられる。相手は、ターニャの演算宝珠を祝福し、神の恩寵を実感させて祈りの言葉を自然に口にさせると説明し、彼女はそれを悪質な洗脳と断じて強く反発した。

呪われた成功と強制的賛美

ターニャの抗議にもかかわらず、存在は一方的に「主の御名を広めよ」と告げて彼女を地上へ送り返した。意識を取り戻したターニャが九五式を起動すると、四核同調は滑らかに成功し、魔力損失も理論値通りという完璧な性能を示した。だが同時に、彼女の口からは主を讃える賛美の言葉が自動的に溢れ出し、自身が奇跡を強制的に信じさせられる呪いを受けたことを自覚する。シューゲルはこれを奇跡として歓喜し、ターニャは呪われた成功の中で、後に共和国の宣戦布告によってこの環境から逃れるまでの経緯を冷静に振り返るに至ったのである。

第參章 ラインの護り

ライン戦線

ターニャの単独出撃と九五式の負担

ライン戦線上空でターニャ・デグレチャフ少尉は、上層部の不手際により単独斥候兼警戒任務として飛行していた。遮蔽物のない空で孤立する危険を理解しつつも命令に従い、呪われた演算宝珠九五式の性能を用いて高度八千まで上昇し、対空砲撃に備え防御膜を展開しながら、接近する敵影を地上管制へ報告していた。

帝国戦略の失策と西方からの奇襲

ターニャは、協商連合への大規模侵攻に戦力を集中し、本国防衛を手薄にした帝国参謀本部の判断を内心で痛烈に批判していた。北方での「予防的一撃」による戦果拡大は周辺諸国を刺激し、フランソワ共和国に帝国西方を強襲させる口実を与えた結果、多正面作戦を避けるどころか西方戦線をサンドバッグ同然の状況へ追い込んでいた。

ブラック職場としての帝国軍への愚痴

教導隊や評価部隊まで前線投入される事態の中で、ターニャは給料以上の危険な仕事を当然視する軍の体質に憤り、労働法や組合の存在を恋しがっていた。高カロリー食や薬物投与で疲労を押し切らされ、さらに精神を信仰心で侵食する九五式に頼らざるをえない状況を、彼女は「神の恩寵」と称されることへの最大級の皮肉として受け止めていた。

共和国捜索中隊の任務とターニャ捕捉

一方、フランソワ共和国第二二八魔導捜索中隊を率いるミシェイル・ホスマン中尉は、奇襲後の戦況下で帝国軍の眼と通信線を潰し、後続の突破を支援する任務を帯びていた。彼は高度八千で逃走する帝国魔導師を「運の悪い哨兵」と見なし、マイク小隊に追撃と排除を命じ、自らも残余戦力で強攻偵察を続行する決断を下していた。

高度八千での交戦とマイク小隊の壊滅

マイク小隊は消耗を承知で高度を上げ、長距離射撃から格闘戦機動へ移行してターニャを包囲しようとした。統制された十字砲火と術式封入弾頭が直撃し爆炎が敵を包んだにもかかわらず、ターニャは進路を乱さず突入し、防御膜で全てを受け切って接近戦に持ち込み、魔導刃で次々と小隊員を仕留めていった。ホスマンは空戦機動と防御の異常な水準に戦慄しつつも、状況が単独の「アンノウン・ネームド」と遭遇したものだと理解した。

中隊規模射撃の無力化とホスマンの撤退要請

ホスマンは残る小隊を反転させ、中距離からの統制射撃でターニャを包もうとしたが、干渉式と爆裂術式を混ぜた弾幕すら彼女の防御膜を貫通できなかった。近接突撃を試みた機も逆に撃ち抜かれ、中隊は短時間で甚大な損害を被る。高度八千への退避が実は戦力分散を狙う欺瞞であったと悟ったホスマンは、これは新型の化け物との遭遇であると判断し、無線で緊急事態を報告しつつ、帰還許可と増援を要請せざるをえない状況に追い込まれたのである。

帝国軍技研工廠審査委員会

九五式の驚異的戦果と運用側の高評価

西方戦役で九五式演算宝珠は実戦投入され、ターニャ・デグレチャフ少尉が単独に近い形で敵中隊をほぼ駆逐する戦果を挙げたと報告された。撃墜・撃破・未確認を含めた戦果は、理論上の性能を実証するものとして参謀将校たちに受け止められ、魔導戦の在り方を変えうる革新的兵器として高く評価されていた。

技術部による欠陥機認定と深刻な事故例

一方で技術部は、九五式を欠陥機であると断じた。四機同調による魔力変換固定化は成功すれば魔力保有限界を事実上消す画期的技術であったが、暴発や回路不備による自壊が恒常的に発生し、工廠内では爆発事故で小隊ごと失われた例もあった。デグレチャフ少尉以外の検証要員では「吹き飛ばない」ことが最大の成果に過ぎないと説明された。

奇跡的成功と再現不能な技術基盤

技術者たちは、デグレチャフ少尉の成功自体が偶然の産物であると報告した。核が魔力暴走で融解しかけた瞬間に干渉波が一致し、暴走した魔力がたまたま絡み合って固定化したと分析されたが、再現性は極めて低く、同様の実験を繰り返せば工廠全体が吹き飛ぶ危険があるとされた。報告書には「神の御業故に成功した」と記され、シューゲル主任技師はこれ以上の開発継続は奇跡への冒瀆であるとして中止を決断していた。

結論としての運用実態とプロパガンダ利用案

審査の結論として、九五式は原理も制御も十分に解明されないまま、理解不能な技術を無理に実用化しているに過ぎないと整理された。量産性も運用要員の確保も見込みが薄く、兵器体系としては不安定であると認識された一方、若くして銀翼突撃章を得たデグレチャフ少尉個人の武勲を前面に押し出し、彼女を象徴として祭り上げる方が国策宣伝には有効であるという意見で締めくくられたのである。

幼年学校 寄宿舎

朝の目覚めとエーリャ

ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフは、寄宿舎で毎朝エーリャに起こされていた。エーリャは同じ生活を送りながらも背が高く、よく育った体つきで早起きも得意であり、寝床から離れがたいヴィーシャには理不尽に思われていた。それでも、厳格な規律と鬼教官に囲まれた幼年学校生活の中で、彼女は気の良い友人であるエーリャの存在を好ましく感じていた。

実戦配属の決定と故郷への距離感

この日、ヴィーシャとエーリャは実戦部隊への配属が決まっており、すでにライン戦線の補充要員として西方方面軍の宿舎に来ていた。軍服に着られているような新兵でありながら、護国の盾として精勤せよと求められていた。ヴィーシャは帝国の臣民として努めようと考えつつも、故郷が白きモスコーであり、アカの奔流から両親と共に亡命した経歴を思い出し、生粋の帝国軍人としてはどこかしっくりこないと感じていた。一方で、彼女は引き取ってくれた叔母夫婦と日々の糧を与える神に感謝していた。

前線食堂での噂話と銀翼突撃章

前線付近の下士官用食堂で、缶詰と鮮度に欠ける野菜中心の食事にも慣れた二人は、配属先の話題で盛り上がっていた。エーリャは人事官たちの会話を耳にしたと言い、ヴィーシャの配属先小隊には新しい小隊長が来ると告げた。さらに、その小隊は全滅小隊の補充であり、新任小隊長は銀翼突撃章持ちのベテランだと明かした。ヴィーシャは銀翼突撃章の名に驚愕し、生きたままそれを授与される者がいることに人間の凄さを感じていた。

エーリャの任務とささやかな日常

ヴィーシャがエーリャ自身の行き先を尋ねると、エーリャは砲兵隊支援の観測班に配属され、後方で過ごす予定だと笑いながら答えた。ヴィーシャは油断を戒めながらも、友人が比較的安全な任務であることに安堵していた。やがて時間が迫り、急いで食事を終えようとした時、ヴィーシャは自分が取っておいたキャラメルがなくなっていることに気づいた。エーリャは残していたから手伝ったと悪戯っぽく笑い、ヴィーシャはそんな小憎らしい振る舞いも含めて彼女を大切な友人だと感じていたのである。

(数日前)帝都

ターニャの転属と中隊長との邂逅

ターニャ・デグレチャフ少尉は、九五式演算宝珠の試験要員として酷使されていた技研からの転属命令を受け、第二〇五強襲魔導中隊第三小隊長として着任したのである。着任先のシュワルコフ中隊長は幼い外見に驚きつつも銀翼突撃章と戦歴を確認し、ターニャの自信ある応答を受けて指揮官として一定の信頼を寄せた。

機動防御戦への編成と不完全な小隊

シュワルコフ中隊長は、ノルデン方面への主力投入で西方への増援が遅れ、大陸軍の再配置に二週間以上を要する状況を説明し、西方軍が遅延防御から機動防御へ移行したことを伝えた。第二〇五強襲魔導中隊は機動打撃部隊として最前線拠点に固定されつつ機動打撃と防衛支援を担うことになり、ターニャには訓練未修に近い幼年学校上がりの新兵ばかりで構成された第三小隊が与えられた。ターニャは戦力としては自分単独の方がましだと内心で評しつつも、小隊長としての任務を受け入れた。

ヴィーシャの配属と「吸血鬼」としての第一印象

第三小隊に配属されたヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフは、集合時にターニャを病的なまでに白い肌と虚ろな碧眼を持つ「吸血鬼」のような上官として認識した。志願組のクルストとハラルドがC大隊出身であるのに対し、自身は徴募組D大隊出身で居心地の悪さを覚えたが、ターニャから義務への誠意を評価され励ましの言葉を受けた。一方でターニャは、志願した二人に対してセレブリャコーフより後に死ぬなと冷徹な忠告を与え、無能な士官候補生は害悪だと断じた。

再訓練と砲兵を神とする戦場観

着任直後、第三小隊は共和国軍の砲撃を受ける塹壕で基礎技量を再確認され、自分たちがゴミ同然の戦力であると叩き込まれた。反発したクルストとハラルドは前線では面倒を見切れないと判断され後方トーチカの防衛任務に回され、セレブリャコーフだけがターニャのペアとして空を飛ぶことになった。その後の戦闘で彼女は、固定トーチカが砲兵にとっては静止目標にすぎず、機動力を生かして砲兵支援を呼び込みつつ戦うことが生存の鍵であると学び、ターニャとシュワルコフが徹底した火力戦と運動戦の信奉者であると理解した。

砲兵支援下での掃討戦と機動打撃の実戦

機動打撃任務に投入された第二〇五強襲魔導中隊の眼前では、一二〇ミリ級重砲による突破破砕射撃が敵梯団を耕し、人員を過去形に変えていた。ターニャとシュワルコフは観測手と砲兵隊の連携精度を称賛し、砲兵を戦場の神と位置づけた上で崩壊中の敵への側面強襲に移った。セレブリャコーフは、以前は嘔吐していた自分が実戦を通じて動けるようになったことを自覚しつつ、逃走する敵兵を撃つことへの躊躇いだけは拭えないでいた。

戦闘後の急報と観測手救援への志願

戦闘後、休息に入ろうとした第二〇五強襲魔導中隊に、第四〇○三強襲魔導中隊が浸透突破中の敵魔導二個中隊と遭遇し、さらに友軍弾着観測要員が敵魔導師に追われているという急報が届いた。シュワルコフは救援と観測手支援を命じ、中隊は再び出撃準備に入ったが、ターニャは連戦で疲弊し放心しているセレブリャコーフの状態から、九五式を用いても救援は困難であり、部下と救助対象を死なせる無能にはなりたくないと述べ、ツーマンセルを崩す案を飲み込んだ。

ヴィーシャの決意と危険な出撃

しかしセレブリャコーフは、自ら帝国軍人として任務に耐えうると確信すると宣言し、救援任務への志願を申し出た。シュワルコフはその覚悟を認め、ショーンズ軍曹の分隊を付けてターニャと共に救援に向かうよう命じた。ターニャは過保護を戒められつつ命令を受諾し、セレブリャコーフに覚悟を問い質した上で「仕事の時間だ」と出撃を宣言した。

観測手殲滅戦と救援の遅れ

一方、別戦場では帝国魔導師らが敵砲兵無力化を目指し観測手狩りを行っていたが、増援魔導中隊の接近により分散・疲弊した状態で迎撃を強いられていた。観測手撃墜の報が届いたとき、ターニャは救援が間に合わず、すでに敵に近づき過ぎて後退もできない状況となったことを悟り、間に合わなかったなりに任務を遂行するほかないと小隊に告げたのである。

ライン戦線

高高度からの奇襲と中隊の決断

共和国航空魔導中隊は、視界外の超高高度からの攻撃に翻弄され、乱数回避を続けながらも次々と被弾していた。敵は高度一万二千という、通常の航空魔導師の限界をはるかに超える位置から攻撃しており、中隊は戦闘機の可能性すら疑ったが、魔力反応から航空魔導師であると確認した。地上部隊の退却を守るため、中隊は帰還不能の危険を承知で高度八千まで上昇し、敵への総力戦を決意した。

ラインの悪魔との交戦と空間爆撃

敵が登録魔導師「ラインの悪魔」であると判明し、中隊は数的優位を頼みに統制射撃で包囲しようとしたが、ターニャ・デグレチャフは乱数機動と光学デコイでそれを回避した。ターニャは存在Xへの祈りを口にしながらエレニウム九五式を全力稼働させ、戦域全体を巻き込む空間爆撃を発動した。この攻撃は酸素濃度と気圧を急激に変化させ、多くの共和国航空魔導師を酸欠と一酸化炭素中毒で戦闘不能に追い込み、飛行継続すら不可能な状況を生んだ。そのうえでターニャは投降を勧告し、捕虜としての権利保証を宣言した。

ターニャの合理主義と交渉の試み

ターニャは戦争を経済合理性の観点から批判し、本来は互いに利益を分け合う協力関係が最適であると考えていた。帝国軍人としての義務と出世のため、愛国的言辞と信仰を利用しつつも、内心では無益な殺し合いを避けたいと望み、敵に帝国侵犯の理由を問いかけて交渉の糸口を探った。しかし、共和国側は罵声と集中射撃で応じるのみで、理性的な対話は成立しなかった。

戦技評議会による壊滅戦闘の検証

場面は共和国の戦技評議会へ移り、第百六・百七捜索魔導中隊壊滅の経緯が解析される。回収された演算宝珠の記録には、高度一万二千から悠然と飛行し、統制射撃と空間爆破を踊るように回避する小柄な少女の姿が残されていた。技術士官は、単独の魔導師が多重詠唱規模を超える魔力量を発現し、空間座標に干渉しうる規模の現象を起こした事実に戦慄する。近接戦闘では演算宝珠ごと融解させる高火力、遠距離では超長距離精密狙撃で部隊を次々に撃墜した結果、ラインの悪魔はわずか二か月で撃墜数六十超という前例のないスコアを記録していた。

ラインの悪魔という災厄の認定

評議会の将校たちは、映像に映る敬虔な祈りと義務感に満ちたターニャの台詞を確認しつつも、その殲滅力を前にして彼女を災厄と見做した。情報部は既に噂レベルで存在を把握していたが、演算宝珠の記録が高火力で破壊され、実像の分析が進まなかったことを報告する。こうして、ライン戦線における中隊壊滅の事実と、従来の航空魔導戦ドクトリンを無力化しうる「ラインの悪魔」の存在が、共和国上層部に公式な脅威として突き付けられた。

第肆章 軍大学

帝国軍大学選考再審議会

軍大学選考再審議会と異例の再審請求

帝国軍大学第三次考査の再審議会が開かれ、匿名審査で最優評価を得た候補者に対し、人事局課長レルゲン少佐から異例の再審査請求が出された。候補者は軍人遺児であり、推薦者も現場叩き上げの堅物揃いで、軍功・成績・情報部と憲兵隊の調査も全て最優と評されていたため、列席者は誰も問題点を見いだせず、困惑していた。

ターニャの経歴と論文、そして年齢の衝撃

匿名解除で候補者がターニャ・デグレチャフ魔導中尉、弱冠十一歳の「白銀」と判明し、銀翼突撃章保持・六十二機撃墜・教導隊所属などの経歴が明らかになった。さらに士官学校時代の卒業論文「戦域機動における兵站」が鉄道部や野戦将校から絶賛され、戦略レベルの視野を示すものとして評価された。列席者は年齢の異常さに戸惑いつつも、能力面の非の打ち所のなさを認めるしかなかった。

レルゲンの人格疑義と審議会の結論

ゼートゥーア准将が、過去にヴァルコフ准将の軍大学推薦をレルゲンが棄却していた経緯を質すと、レルゲンはターニャを「完成した人格で人間を物として扱う異常な士官候補生」として人格的に危険視していると述べた。現地研修中の秘密作戦関与疑惑や、命令違反者に魔導刃を本気で突き付けた件、指導教官の「異常」との私的メモなどが挙げられるが、多くの将官は主観的評価と判断し、ターニャの軍大学合格を認める一方で、情報部の不透明な作戦運用のみ再調査対象とする結論に至った。

昇進と軍大学入学を喜ぶターニャ

ライン戦線で泥と硝煙にまみれた任務をこなしていたターニャは、中尉昇進と同時に軍大学入学案内を受け取った。軍功推薦による名誉ある形での推薦であり、安全な後方で二度目の大学生活を送りつつ人的資本を高められると判断したターニャは、喜々として入学を受諾した。部下セレブリャコーフも将校課程に推薦されたことで、後顧の憂いなく後方転属に踏み切れた。

軍大学での常在戦場ぶりと周囲の評価

軍大学でのターニャは、日課の訓練を欠かさず、銀翼突撃章を胸にライフルと演算宝珠を携行し続けた。校内では教官の指摘を受けてライフルと予備宝珠を衛兵司令部に預けるものの、本命の宝珠は手元に残し、常在戦場の構えを崩さなかった。その姿勢と戦地帰りの緊張感、下士官を立てる態度から衛兵たちは深い敬意を抱き、一部の新兵だけが外見年齢に惑わされて「態度の大きい餓鬼」と誤解していた。

存在Xへの憎悪と自己防衛としての信仰操作

ターニャは、存在Xに信仰を強制され玩具にされることを恐れ、精神の自立を守るために、休日ごとに教会で像を前に憎悪と呪詛を意図的に涵養していた。エレニウム九五式の呪いによる敬虔な信徒化を避けるため、非生産的と自覚しつつも「存在Xを憎む自分」を維持する行為を不可欠と見なしていた。その一方で、図書館通いに励み、戦訓や概念分析の研究に没頭して自己研鑽を重ねていた。

ゼートゥーアとの邂逅と戦争観の問答

図書室で参謀本部戦務参謀次長ゼートゥーア准将と出会ったターニャは、彼から戦争の行方について意見を求められる。ターニャは、帝国の対共和国優位を認めつつも、連合王国やルーシー連邦が覇権国家の誕生を恐れて借款・武器供与・義勇兵派遣などを通じて介入し、帝国と共和国の共倒れを狙う世界規模の大戦になると予測した。

総力戦への対応策としての消耗戦構想

ターニャは帝国の「勝利」を、敗北せず国防を保つことと再定義し、敵野戦軍の全滅よりも敵人的資源の摩耗を狙う長期陣地戦での防御を提案した。その上で、一撃を放つ余力を保持しつつ、歩兵による防御線維持と航空魔導師による突破浸透・戦場攪乱を組み合わせ、敵の戦争継続能力を物理的限界まで削る総力戦ドクトリンを示した。この現実的かつ攻撃的な構想は、ゼートゥーアに強い興味を抱かせる結果となった。

帝都/参謀本部戦務参謀次長デスク

ゼートゥーア、世界大戦の可能性に震撼する
ゼートゥーアは歴史研究から帝国が変革期にあると感じていたが、軍大学でターニャから受け取った提言メモを読み返すうち、それが世界大戦と総力戦の到来を予測するものと悟り、戦争形態の根本的変質を認めざるをえなくなった。子供同然の士官の言葉を戯言として退けられず、世界を相手に戦う未来を部下に検討させながら、自分が幼い魔導士官を戦争に送り出そうとしている事実に愕然としたのである。

レルゲン、論文「今次大戦の形態と戦局予想」を読む
人事局から作戦局付高級幕僚に昇進したレルゲンは、北方戦線視察の途上でゼートゥーアの論文を渡され、車中で熟読した。そこでは帝国包囲網と列強の思惑から、戦線の連鎖拡大により戦争が世界規模の総力戦へ発展しうることが論じられていた。レルゲンは当初荒唐無稽と感じながらも、西方戦線での弾薬消耗と人的損耗に照らし、国家総動員と人命の「消費」を前提とする戦争像が現実に起こりうると認めざるをえず、説明しがたい違和感に悩まされた。

ターニャの参謀旅行と「攻略不可能」の答え
参謀教育の一環としてターニャは過酷な山岳行軍を課され、女性士官向けの時代遅れの規則により宿泊面では優遇されつつも、魔導師ゆえに重機関銃を担いで登山させられていた。行軍中の戦術問答で教官は、歩兵大隊のみで峻厳な丘陵上の火点を攻略する案を出すよう迫るが、ターニャは兵力損耗と地形条件を踏まえ、参謀の任務は実行可能な最善策の追求であり無謀な突撃は部下の犠牲を徒に積み上げるとして、この案件は攻略を回避すべきであると職務上具申し、その回答が成績に記録されると知って内心苦々しく感じた。

参謀本部会議と即応魔導大隊構想の成立
戦況報告の会議でゼートゥーアは、西方方面軍が辛くも工業地帯を死守し大陸軍の再展開に間に合わせたと説明したが、国内機動の遅延から内線戦略の即応性が想定より低いことを問題視した。戦務と作戦は二正面作戦研究の是非を巡って内線戦略の原則と防衛戦力増強のあいだで議論し、各方面軍の戦功格差や東部軍の不満、人事上の歪みも共有したうえで、東部軍から魔導大隊を抽出して参謀本部直轄の即応魔導大隊とし、航空輸送で全戦域に迅速展開させる実験部隊の新設を承認し、将来の即応軍司令部構想への足掛かりとした。

統一曆一九六七年六月二十三日 ロンディニウム WTN記者室

戦争の真実を求める動機
統一暦一九六七年六月、アンドリューはWTN従軍記者として大戦を経験した同世代と同様に、断罪ではなく事実確認のために戦争の真実を求めていた。帝国側資料は終戦期の混乱で欠落が多く、禁忌に触れたとされる事象も機密のままであった。彼は編集会議でドキュメンタリー制作を提案し、理解ある上司と仲間の協力を得たが、膨大な資料は全体像ではなく混乱だけを増した。

ダカール沖事件の調査開始と仮説の崩壊
比較的早期に機密解除された連合王国資料を基点とし、彼らは大戦後半のダカール沖事件を調査した。第二戦隊全滅を陽動作戦の犠牲と見なし、帝国奇襲の隠蔽に使われたと推測したが、解除文書には連合王国海軍最悪の一日が何者かによって引き起こされたとだけ記され、軍関係者は沈黙した。仮説は一瞬で崩れ、原因は依然不明であった。

謎の十一文字コードとの遭遇
戦史関係者の助言により、複数戦線で共通して現れる十一文字のコードが存在することを知る。彼らはこのコードをタロットになぞらえ十一番目の女神と名付けて調査を進めたところ、その存在は帝国の主要戦闘にほぼ必ず姿を見せていた。最古の記録は大戦二年前の国境紛争で、情報将校やスパイのコードと推測した。

ライン航空戦での異常な存在感
前線経験者の一部は十一番目の女神という呼称に強く反応し、悪い冗談だと表現した。混同の可能性を排除するため統計を行った結果、このコードが最も頻出するのはライン航空戦であった。アンドリューと同僚クレイグは従軍記者としてこの戦場を実際に経験しており、悪魔の住むラインと呼ばれる過酷な状況が事実であったと証言する。兵が数時間後に肉片となる現実、人間性が失われる戦場の狂気は彼の記憶に深く刻まれていた。

帝国側関係者の沈黙と最後の鍵
ライン戦の報告書が未だ機密に覆われているのは、あまりにも異常な事態が次々発生していたためであった。十一番目の女神はその中でも突出した存在感を示し、アンドリューの興味を強めた。しかし帝国軍関係者への聞き取りはNEED TO KNOWの壁に阻まれ、参謀本部勤務の将校一名が匿名でV600という一言だけ告げた後に行方が途絶えた。

アンドリューはこの謎を追う決意を新たにし、狂気の時代に何が起きていたのかを明らかにしようとしていた。

クリューゲル通り三番地 ゾルカ食堂

軍大学教育とウーガの心境の変化

軍大学の教育は戦時編成で短縮されつつも実戦的に厳しさを増しており、ウーガは俊英たちと学ぶ中で自分の恵まれた境遇を自覚していた。両親の理解と良き妻、さらに最近生まれた娘への愛情により、これまで意識的に見ないようにしてきた戦争の現実に向き合わざるを得なくなっていた。

ゾルカ食堂でのデグレチャフ中尉との再会

ウーガは、日曜に通うと聞いていた聖グレゴリウス教会近くのゾルカ食堂でデグレチャフ中尉と会い、席を共にした。軍装に完全に馴染んだ十一歳の中尉は、机に演算宝珠とライフル、新聞と戦争関連記事を広げ、語学教材も兼ねている様子であった。ウーガは同期として率直な本音を聞きたいと考え、なぜ志願したのかと単刀直入に問いかけた。

デグレチャフの出自と「選択肢」の欠如

デグレチャフ中尉は父が軍人で既に亡くなっていること、さらに母の顔すら覚えていない私生児であり、孤児院がなければ野垂れ死にしていたと明かした。孤児には選択肢などほとんどなく、士官学校に入れる学力があっても援助を得る縁もなく、軍人以外の道を現実的に思い描けなかったと語った。

子供を戦場に送る社会への違和感

ウーガは自らも普通の官吏の家庭で育ったことを振り返りつつ、子供である彼女が戦場に立つ現実に耐えられず、軍人は辞めるべきだと言ってしまった。デグレチャフはそれを資質への疑念と受け取り動揺するが、ウーガは彼女の才能を認めた上で、ただ幼い者が戦場に行くこと自体に違和感を覚えるのだと説明した。自分の娘を将来戦場に送るかもしれないという想像は、彼にとって耐え難いものであった。

退役の勧めと立場の逆転

ウーガの戸惑いを見たデグレチャフ中尉は、彼を常識的な人物と評価し、退役を勧めた。戦場を知る良識ある人間こそ前線を離れ、娘を戦場に送らないためにも生きること自体を戦いとすべきだと主張したのである。ウーガは戦友を置いて後方へ下がることは許されないとしつつも、十一歳の中尉の強い論理と信念に反論し切れず、考えておくと答えるに留まった。

デグレチャフの打算と軍大学での位置取り

会話ののち、デグレチャフはウーガが子供の誕生で心理的に揺らいでいたことを冷静に分析し、この説得で彼が軍大学の出世コースから脱落し、自分が百人中十二位という程よい順位を確保できると計算していた。一代限りのフォン称号と参謀将校としての将来を視野に入れつつ、昼食代をウーガに立て替えさせ、その夜は参謀本部の食堂でのもてなしにも期待していたのである。

参謀本部第一(陸軍)晚餐室

参謀本部晩餐室での決定

参謀本部第一晩餐室では会食形式の会議が開かれ、レルゲン中佐はデグレチャフに即応魔導大隊を預ける案に強く反対していた。彼は彼女の好戦性と年齢を理由に危険だと訴えたが、軍大学での評価を根拠にしたルーデルドルフ准将らによって方針は覆らず、新編魔導大隊を与え少佐・大隊長に昇進させることが決定した。

参謀本部会食室でのターニャ人事通達

参謀本部の粗末な食事を囲む席で、コードル大佐とゼートゥーア准将はデグレチャフ大尉に昇進祝いを述べつつ、人事方針を伝えた。デグレチャフは表向きはどの配置でも従う姿勢を示したが、参謀本部付への配属が事実上の既定路線であり、本人もそれを理解して受け入れた。

六〇一魔導大隊編成と編成官任命

ゼートゥーア准将は、デグレチャフを自らの指揮下の参謀本部直轄部隊として扱うと告げ、新編航空魔導大隊の編成官に任命する計画を明かした。編成の功績によって少佐への昇進と大隊長就任を保証し、大隊規模は四十八名まで自由編成、兵員は西方・北方以外から補填されること、駐屯地は南東方面になる見込みであること、編成番号はV600番台・部隊番号は六〇一になることが示された。デグレチャフは周囲の反感を承知しつつ、この厚遇を冷静に受け入れた。

V600の謎と取材班の混乱

戦後の取材で、WTN特派記者アンドリューらは公表資料にV600番台部隊が存在しないことから、その実態を追跡した。九七式演算宝珠の主任技師シューゲルは、V600なる部隊番号は存在しないとしつつ歴史を調べるよう示唆した。軍制専門家の助言により、V600が部隊番号ではなく編成番号であり、運用番号とは別であると判明した。

六〇一編成資料と錯綜する証言

参謀本部戦務課の編成資料を漁った結果、V600のファイルには「六〇一編成委員会」名義の、危険な魔導師部隊を募る詩的な募集文のみが残されていた。その一方で、元魔導師たちは、プロパガンダ用大部隊構想が前線の反発で流れた話や、即応軍構想、あるいは西方・東部方面軍再編の便宜上の呼称など、互いに食い違う証言を語った。取材班は、V600と「十一番目の女神」を巡る多様な噂と矛盾こそが、この戦争の真実のつかみにくさを象徴していると痛感した。

参謀本部編成課

地獄ツアー募集に殺到する志願書の山

参謀本部戦務局編成課第六〇一編成委員会の事務室で、ターニャ・デグレチャフ大尉は机に積み上がった願書の山を前に頭を抱えていた。至難の戦場、わずかな報酬、生還保証なしと露骨に書いた募集要項なら志願者はほぼ来ないと踏み、志願者不足を口実に時間稼ぎをする算段であったが、募集開始一週間で各方面軍から熱烈な志願書が殺到し、前提そのものが崩壊したのである。

戦略的失敗と副官の存在を思い出すターニャ

ターニャは、一人で処理できる量を超えた書類の山と、人員を追加で確保しにくい状況を前に、自らの戦略的失敗を認めざるを得なかった。参謀本部から破格の権限と裁量を与えられたことも気味悪く感じつつ、書類と格闘するうちに、ようやく自分には副官が付けられていたことを思い出し、事務処理要員として使うべく呼び出す決断をした。

セレブリャコーフ少尉との再会と憲兵動員の指示

事務室に現れた副官は、かつてターニャが初めて指揮した部下であるヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉であった。ターニャは昇進を祝いつつ、副官が有能で信頼できると判断し、即座に衛兵司令部経由で憲兵をダース単位で借り受けるよう命じ、山積する書類仕事を切り崩す体制づくりに着手した。

志願者殺到を利用した選抜基準強化への発想転換

志願者リストには本来対象外の西方・北方方面軍の名も紛れ込んでいたが、ターニャは事務ミスとして見なかったことにしようと考えた。当初は手続き上の誤りを口実に再公募して時間を稼ぐ案を思いついたものの、無為と批判される危険を自覚し、方針を転換した。大量の志願者を逆手に取り、極端に苛烈な基準で選抜して最高の部隊を編成し、自身の盾となる兵を時間をかけて鍛え上げることで損害を最小化しようと決意したのである。

帝国軍参謀本部外局第七応接室

東部軍中尉二人と偽りの「第六航空戦隊」行き

アイシャ・シュルベルツ中尉とクレイン・バルハルム中尉は、第六〇一編成委員会の選抜に志願し、ターナー大佐から予定変更として直ちに第六航空戦隊司令部へ向かうよう命じられた。二人は機密保持に配慮しつつ参謀本部付憲兵から軍用車両を借り受け、急行したが、実際にはそれ自体が選抜試験であり、憲兵側は既に十四組目の「騙されて基地へ飛んで帰る志願者」として苦笑しつつ見送っていた。

光学欺瞞を暴けない少尉と試験官たちの失望

二日後、別の若い少尉がV六〇一が宣伝目的のプロパガンダ部隊だと告げられ激昂したが、そのやり取り自体が光学系術式による立体映像と合成音声で構成された偽装面談であった。少尉が退室すると映像は消え、隠れて観察していた将官たちは、相手が光学欺瞞に全く気付かなかった事実に落胆し、魔導師としての認知力不足を厳しく評価した。

東部方面軍の壊滅的合格率と参謀本部の危機感

ターニャ・デグレチャフ大尉は、この試験が教本にも載る基礎的な光学系欺瞞への対処を問うだけだと説明し、中央軍の実戦経験者は半数が見破った一方、東部方面軍の志願二十九組中二十七組が幻影に騙され原隊復帰となったと報告した。合格は中央軍分と合わせても十二名にすぎず、目標の四分の一にも届かない結果に、参謀本部の将校たちは各方面軍の訓練水準と戦争継続能力に深刻な疑念を抱いた。

ターニャの一ヶ月再教育案と方面軍再訓練の決定

この状況に対しターニャは、一月あれば不合格者ですら使える兵に叩き直せると豪語し、大隊編成と再教育を短期間で完了させると宣言した。ゼートゥーア准将は多少手荒でも構わないとしてその案を容認し、試験記録を教導隊にも送付して南方・東方方面軍の再教育を命じた。こうして、第六〇一編成の選抜試験は、志願者ふるい落としにとどまらず、帝国軍全体の戦訓共有と訓練改革の引き金となることが決まったのである。

帝国領アルペン山脈 ツークシュピッツェ演習場

砲兵との合同訓練と極限防衛戦

ヴィーシャら訓練生は、宿舎ごと砲撃で叩き起こされたのち、B・一一三演習域での行軍とポイント移動を命じられた。魔力反応を隠しての行軍中にも観測砲撃が加えられ、第二ポイント到達後には砲兵隊との合同対砲兵防御訓練として拠点防衛戦が開始された。訓練弾と実弾が混ざる三十六時間の釣瓶撃ちの中で、彼らは迎撃と識別に追われ、睡眠もほとんど取れないまま消耗し、多数が脱落した。

行軍・尋問・アルペン行軍での選別

砲撃後も候補生は第三ポイントへの強行行軍を命じられ、時間制限以外の条件が明かされないまま、空からの爆撃や軍用犬を回避しつつ進んだ。到着後には疲労困憊の状態で対尋問訓練が行われ、そののちアルペン山脈に放り出される形でサバイバルと長距離行軍訓練が続行された。雪崩に巻き込まれたヴィーシャはターニャに救出され、罵倒を浴びせられつつもその行動から指揮官としての資質を認めた。過酷な選別を経て候補生は四十八名にまで絞られた。

ターニャの訓練設計と精神汚染への疑念

ターニャは一か月で部隊を潰す口実を得るため、各国特殊部隊の手法を取り入れた高度順応訓練、ヘルウィーク、SERE、一週間の非魔力依存アルペン横断などの連続メニューを合理的に構成していた。さらにエレニウム工廠製九七式「突撃機動」演算宝珠を標準装備させ、問題発生時には開発側に責任を転嫁する算段もしていた。しかし九五式起動中の影響で自らの記憶に抜け落ちが生じ、演説や信仰的言動、首元の古いロザリオの出現などから、ターニャは精神汚染を疑いながらも検査を受ければ指揮官として致命的と判断し、葛藤していた。

編成完了扱いと南東派遣命令

訓練終了後、ターニャは部隊を未完成と認識していたが、参謀本部は四十八名に絞り込まれた時点で編成完了と見なし、南東管区駐屯地への即時展開を命じた。ターニャは連携訓練や戦訓の浸透には半年の錬成が必要と異議を唱えたものの、レルゲン中佐は帝国軍に余裕がなく、訓練不十分な魔導大隊の投入を避けられない戦況であると説明した。命令は覆らず、ターニャは少佐へ昇進した上で大隊長として南東へ向かうことになり、別れ際にダキア語習得を勧められたことで、南東方面にダキアが関わる情勢変化が近いことを察するほかなかった。

統一曆一九二四年九月二十四日 ランシルヴァニア地方トゥラーオ郡 帝国軍野外演習場

高高度訓練と査閲官の驚愕

南東へ配備された二〇三航空魔導大隊は、早期に査閲を受けることになった。ターニャ・デグレチャフ少佐は、大隊に高度八千への上昇を命じ、弱音を吐けば砲撃して撃墜すると無線で冷酷に通達した。兵たちは死の恐怖に晒されながらも高度を維持し、査閲に立ち会ったレルゲン中佐や高級参謀らは、その統制と技量が一か月の急造部隊とは思えない精鋭ぶりであることに驚嘆した。

新型演算宝珠と「人的資源」という発想

技術将校たちは、隊員全員が酸素発生の常駐式を二つ並列起動しつつ乱数回避機動まで行っている事実に衝撃を受けた。それはエレニウム工廠が先行量産した新型演算宝珠によるものと説明され、次期制式採用が確実と思われる性能であった。一方でターニャは候補者の半数脱落を「人的資源にまだ余裕がある」と総括しており、レルゲン中佐は彼女が兵を完全に代替可能な資源として数えていると悟り、その合理性と狂気に戦慄した。

世界大戦の予感とダキア軍侵攻

査閲中、国境からダキア軍団が帝国領を侵犯しヘレルマンシュタットへ向かっているとの緊急報告が届き、査閲は即時中止となった。指揮所は怒号と通信で騒然となり、レルゲン中佐は世界大戦という最悪の展開を想起して背筋を冷やした。そこへ駆け込んだターニャは、帝国が世界を相手取る戦争に追い込まれる理不尽さと、ダキアが世界のために帝国に焼かれに来たと皮肉を吐き捨て、帝国対世界という構図を前提にした憤りを露わにした。

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小説「目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので 1」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は異世界転生×SFファンタジーに分類されるライトノベルである。かつて凄腕のFPSゲーマーであったが平凡な会社員だった主人公「ヒロ」が、ある日目覚めると自分がハマっていた宇宙ゲームに酷似した世界に存在し、しかも最強装備と一隻の宇宙船を所持していた。彼は「一戸建てを目指して」傭兵として自由に活動しながら、戦い、発掘、救助、そして美少女たちとの出会いを通じて異世界での新たな人生を切り拓いていく。

主要キャラクター

  • ヒロ:本作の主人公。凄腕FPSゲーマーであった会社員が、目覚めたら宇宙船と最強装備を持つ世界に転移しており、傭兵として自由に生きる道を選んだ。
  • ミミ:ヒロが拾った少女で、無一文の状態から彼のクルーとなるオペレーター。食べ物に目がなく、豪運の持ち主。
  • エルマ:宇宙エルフ族で、シルバーランクの傭兵として登場。ヒロの実力を知り歯噛みするなど複雑な感情を持つ。酒好き。

物語の特徴

本作の魅力は、「圧倒的装備と宇宙船を手に入れた主人公」が、ただ無双するだけでなく「一戸建てを目指す」というスローライフ的な目的を掲げつつ、傭兵・発掘・救助といったアクション要素を併せ持っている点である。これにより、ハーレム的・チート的なテンションとリラックスした夢のような人生設計が融合し、読者にとってユニークな読書体験を提供している。また、ゲーム知識を転用した戦略的行動、宇宙船を駆るSF的展開、異世界での“自由に生きる”というテーマが重なり、他の異世界転生ものと比して設定・スケール・目的意識の点で差別化されている。

書籍情報

目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい
著者:リュート
イラスト:鍋島テツヒロ
出版社:KADOKAWA(カドカワBOOKS)
発売日:2019年07月10日
ISBN:9784040731926

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あらすじ・内容

突然宇宙で目覚めたら――美女美少女とハイスペ船で無双でしょ!
凄腕FPSゲーマーである以外は普通の会社員だった佐藤孝弘は、突然ハマっていた宇宙ゲーに酷似した世界で目覚めた。ゲーム通りの装備で襲い来る賊もワンパン、無一文の美少女を救い出し……傭兵ヒロの冒険始まる!

目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい

感想

作者の名前買いで手に取った今作は、なかなかどうして、楽しいスペースオペラだった。ただ、作中に炭酸飲料が存在しないのは少し不思議に感じる。前作のファンタジー作品とは少し趣が異なり、著者の別作品からの流れを汲んでいるものの、舞台を宇宙に変えただけで、やっていることは異世界ものと大差ない、という印象を受けるのは否めない。

主人公がヒロインをさくっと手に入れる展開は、もはやお約束と言えるだろう。そして、巨乳だけが好みではない、という言い訳のように登場する二人目のヒロインが微乳キャラである点も、著者の性癖が垣間見える部分だ。内容自体は、正直なところ、人によっては好みが分かれるかもしれない。個人的には、『クラッシャー・ジョウ』や『ダーティペア』といった往年の和製スペオペよりも、素直に楽しめた。

しかし、タイトルが長すぎる。これはweb小説系の宿命とも言えるのかもしれない。まるでゲームのチュートリアルのような展開は、王道ではあるものの、文章が軽すぎる点が気になった。お色気描写が直接的すぎるのも、万人受けするとは言い難い。そこが、ライトノベルではなく、人を選ぶ作品にしてしまっているのが、少し惜しいと感じる。

決して悪くはないのだけれど、もう少し文章に深みがあれば、もっと多くの読者を惹きつけられるのではないだろうか。宇宙を舞台にしたファンタジーとして、気軽に楽しめる作品ではあるものの、今後の展開に期待したいところである。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

キャプテン・ヒロ(佐藤孝弘)

冷静な判断力と高い戦闘技量を持つ傭兵でありつつ、他者への配慮と情の強さからしばしば厄介事を背負い込む存在である。ミミとエルマに対しては保護者かつ雇用主として接しつつ、家族に近い信頼関係を築いている。

・所属組織、地位や役職
 グラッカン帝国領ターメーン星系を拠点とするフリーの宇宙傭兵。ステラオンライン由来の宇宙船「ASX-08 クリシュナ」の艦長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 無所属・無一文でターメーン星系に現れ、宙賊三機を撃破して賞金とレアメタルを獲得した。ターメーンプライムでの尋問をセレナの介入で切り抜け、賞金と情報を元手に傭兵ギルドへ登録した。路地裏で襲われていたミミをレーザーガンで救出し、その後の役所手続きで人頭税や賠償金を一括払いして彼女を二等市民扱いから解放した。宙賊掃討作戦では中型艦隊をサーマルステルスから奇襲し、小型艦も多数撃破して「腕付き」と呼ばれる戦果を挙げた。ベレベレム連邦との星系防衛戦では、単艦で旗艦を撃沈し、結晶生命体の乱入を利用して戦艦や巡洋艦を多数撃破し、突出した報酬を得た。エルマが戦艦中破の賠償金で監獄送り寸前となった際には、三百万エネルを肩代わりしてクルーとして迎え入れた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 傭兵ギルド登録当初は暫定ブロンズとされたが、シミュレーターでゴールド昇格試験相当のプログラムを突破しており、実力はシルバー以上と判定されている。ターメーン星系防衛戦の功績から、星系軍やセレナに強く注目され、軍パイロットとしてのスカウト対象となった。所持金は紆余曲折を経て百万円単位まで増減を繰り返しながらも、最終的に百十万エネル超まで到達している。自らの目標として「惑星上の庭付き一戸建て」と「全宇宙グルメ制覇」を掲げ、ミミとエルマを乗せたクリシュナの主として物語の中心に立っている。

ミミ

元ターメーンプライム第二区画市民であり、両親の事故死と賠償金で路頭に迷った少女である。内気だが芯の強さを持ち、ヒロへの深い感謝と忠誠を抱きながらオペレーターとして成長している。

・所属組織、地位や役職
 キャプテン・ヒロの宇宙船クリシュナのクルーであり、事務とオペレーターを担当する。ターメーンプライムにおいては自由移動権を持つ市民である。

・物語内での具体的な行動や成果
 酸素インフラ工事の事故で両親を失い、その責任と税金を一方的に負わされて第三区画へ落とされた。路地裏でチンピラに連行されそうになったところをヒロに救出され、その後カフェで身の上を語り、船に乗せてほしいと懇願した。役所での手続きでは、ヒロが五十万エネルを支払ったことで負債と税を完済し、自由移動権も得た。クリシュナ乗船後は炊事や洗濯などの家事を担い、高性能調理器テツジン・フィフスの活用や食材リサーチによって船内の食生活を大きく向上させた。傭兵ギルドで乗員登録を行い、AIトレーナー付き教材でオペレーター業務と情報整理を学びつつ、実戦ではレーダー監視や通信、ドッキング手続きなどをこなしている。宙賊討伐や星系防衛戦の後も、ヒロの無茶な戦い方を支える役割を続けている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 第三区画に放逐された半ば無権利の存在から、自由移動権とクルーとしての立場を得て生活基盤を回復した。クルー報酬として売り上げの〇・五パーセントを受け取る契約となり、初任給でマンガ肉を購入して船内でのささやかなパーティーを主催している。ヒロにとっては守るべき最優先の存在となっており、彼の行動方針や安全マージンの判断に強く影響を与えている。エルマとも次第に打ち解け、二人で紅茶を飲みながらヒロについて語り合うなど、船内の空気を和らげる役割も担っている。

エルマ

ターメーン星系を拠点とする宇宙エルフの傭兵であり、実戦経験と星系事情に通じたベテランである。皮肉や軽口を好むが根は面倒見が良く、ヒロとミミをたびたび支援している。

・所属組織、地位や役職
 ターメーンプライムを拠点とするフリー傭兵。元所有艦は「SSC-16 ギャラクティックスワン」であり、後に売却して無一文となった。ヒロのクリシュナへ乗り込んだ後は、クルー兼インストラクター的立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ターメーンプライム第三区画でヒロに声をかけ、食料品店や傭兵ギルドを案内した。ヒロがギルド未登録であることを知ると強く叱責し、登録とシミュレーター試験の場へ半ば強制的に連行した。ミミ救出後にはカフェで事情聴取を行い、船に乗る場合に求められがちな「この世界の常識」を説明した。宙賊討伐では白い高速艦ギャラクティックスワンで参加し、中盤までは戦果を挙げたが、機体特有の暴走機能により星系軍戦艦へ衝突し、戦艦中破と自身の多額の賠償金を招いた。その後は酒瓶に囲まれて座り込むほど追い詰められたが、ヒロの申し出で三百万エネルの借金を負う代わりにクリシュナのクルーとなった。加入後はミミのオペレーター教育や射撃訓練に協力し、小惑星帯での宙賊狩りでは僚機として戦果を重ねている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 当初は単独行動のベテラン傭兵として、ヒロに星系情勢や傭兵の常識を教える立場であった。戦艦中破の賠償金で船を手放し、監獄ステーション送り寸前まで追い詰められたが、ヒロの援助によって前科を免れ、代わりに長期返済を条件とする負債を負った。クリシュナ乗船後は、ミミとヒロの間に立つ年長者として、戦術面だけでなく生活面でも助言を行うようになっている。ベレベレム連邦との防衛戦後は、飲酒禁止期間を設けられるなど、即応戦力としての信頼を得る一方で、その自由さに制限も受けている。

セレナ=ホールズ

グラッカン帝国星系軍に所属する貴族出身の女性士官であり、ターメーン星系防衛の実務を担う現場指揮官である。傭兵の活用に積極的で、ヒロの能力を高く評価しつつ執拗にスカウトを続けている。

・所属組織、地位や役職
 グラッカン帝国星系軍ターメーン星系守備隊大尉。ホールズ侯爵家の娘であり、星系軍内では指揮官ポジションにある。

・物語内での具体的な行動や成果
 ターメーンプライム港湾管理局でヒロの取調べに介入し、レアメタル不足を理由に取引を認めさせて袖の下要求を牽制した。宙賊掃討作戦ではオンライン・ブリーフィングを通じて作戦概要を説明し、星系軍と傭兵の役割分担を明示した。ヒロの「損傷時の撤退許可」に関する質問にも応じ、「命あっての傭兵」という方針を公式に示した。ベレベレム連邦との星系防衛戦では、連邦艦隊の戦力と目標を説明し、小惑星帯のゲリラ戦を傭兵に任せつつ、帝国軍本隊の増援到着まで星系を守る計画を立案した。戦後は戦果集計でヒロの異常な撃墜数を確認し、彼への関心を強めて軍パイロットとしての勧誘を繰り返した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ターメーン星系防衛戦の勝利を受けて、上官である叔父との交渉により「国内を自由に移動して宙賊を狩る独立部隊」の編成承認を勝ち取った。この独立部隊構想は、ヒロを自らの管理下で戦力として確保する目的を含んでいる。主計科バリトン大尉による不当な賠償金請求を知った際には、内部調査と失脚工作を部下に命じており、傭兵に対して一定の保護意識も持っている。ターメーン星系から離脱したクリシュナを追う姿勢を崩しておらず、今後も物語に継続的に関与する立場にある。

ターメーンプライム傭兵ギルド受付嬢

ターメーンプライム第三区画の傭兵ギルドで受付を務める女性であり、強靭な体力と現場感覚を併せ持つ実務担当者である。ヒロたちにとってはギルド手続きや相談の窓口として機能している。

・所属組織、地位や役職
 ターメーンプライム第三区画の傭兵ギルド受付職員である。白兵戦もこなせる前線上がりの人材である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ギルドカウンターでヒロの報酬受け取りや口座管理、機体メンテナンスの手配などの手続きを担当した。粗野な男性受付係を片手で投げ飛ばす場面を見せ、身体強化や戦闘経験の存在を印象付けた。宙賊討伐や星系防衛戦後には、ヒロの大きな戦果を反映した報酬明細を提示し、その額が通常の傭兵と比べて突出していることを示唆した。ミミのクルー報酬の相場についても説明し、売り上げの〇・一〜〇・五パーセント程度が一般的であると伝えた。エルマの賠償金問題については、監獄ステーションの過酷さを暗に示しつつ情報提供を行い、ヒロの判断材料を与えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 物語中で役職の変化は描かれていないが、前線経験を持つ受付としてギルド内で一定の発言力を持っている。ヒロに対しては戦果に見合った評価を示し、「ハネムーンか」と冗談を交えつつミミとの関係を理解するなど、単なる事務職にとどまらない距離感で接している。エルマの窮状を把握しており、ヒロの依頼を受けて「本当に困ったときの連絡先」として機能する可能性が示されている。

バリトン大尉

グラッカン帝国星系軍主計科に所属する士官であり、傭兵に対して冷淡かつ敵対的な姿勢を取る人物である。セレナの方針に反する形で、傭兵への重い賠償金請求を行っている。

・所属組織、地位や役職
 グラッカン帝国星系軍主計科の大尉である。ターメーン星系防衛戦において、損害賠償の算定と請求業務を担当した。

・物語内での具体的な行動や成果
 エルマが戦艦を中破させた件について、船の修理費用を含む多額の賠償金を一週間という短期間で支払うよう請求した。支払い期限を過ぎた場合には犯罪者として監獄ステーション送りとする制度を利用し、傭兵を事実上追い詰める運用を行った。同様の手口で他の傭兵にも不利な条件を押し付けてきたと示唆されている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 物語の時点で公式な地位変動は描かれていないが、セレナからは度重なる嫌がらせの首謀者として認識されている。エルマの件をきっかけに、セレナは内部調査と失脚工作を命じており、今後その地位が揺らぐ可能性が高い人物である。星系軍内での権限を使い、傭兵に対する圧力手段として賠償金と法制度を活用する存在として描かれている。

展開まとめ

プロローグ

宇宙空間での覚醒と異常な環境の確認
ヨウヘイは暗闇と寒さの中で目を覚まし、見上げた空に極彩色の星雲や小惑星群が肉眼で見える異常な光景を確認した。寒さや身体感覚が現実的であり、夢とは思えない状況に困惑しつつ、自分がどこにいるのか判断できずにいた。周囲を見回すうち、彼は自分が座っている空間が、オンラインゲームで使用していた宇宙船クリシュナのコックピットと同一であると気づいた。

ゲーム世界との一致と生命維持装置の再起動
ヨウヘイはゲーム『Stella Online』で愛用していたASX-08 Krishnaの内部と完全に一致していることを確認した。生命維持装置が停止していたため船内は極寒かつ酸素濃度も低下しており、彼は急ぎジェネレーターを起動して暖房と酸素供給を回復させ、窒息の危険を回避した。

夢の可能性の否定と操作確認
状況を夢と疑ったヨウヘイは、自身の頬をつねるなどして現実確認を行ったが、痛覚がそのまま伝わり、夢である可能性は薄いと判断した。現実逃避としてクリシュナの操縦を試みると、操縦桿やペダルにも実際の感覚が伴い、加速によるGやシートベルトの食い込みまで体感したことで、違和感はさらに強まった。

武器の試射と現実の受容
ヨウヘイは半ば投げやりになり、武装システムを起動して重パルスレーザーを小惑星に向けて発射した。四門の重レーザーは小惑星を一撃で粉砕し、破片がシールドに明確な反応を示したことで、彼はこの世界がゲームではなく現実であると確信に至った。

現実であるとの結論
操作の実感、痛覚、環境の物理的反応が積み重なった結果、ヨウヘイはついにこれは夢ではなく現実であると認めざるを得なかった。

#1:初陣

無一文と危険な積み荷
ヨウヘイは、前日まで普通に働きゲームをして寝ただけだと振り返りつつ、ログアウトもできない状況から、ステラオンラインの世界が現実になったと受け入れた。星図は「NO DATA」で現在地は不明、所属もなく所持金はゼロだが、愛機クリシュナのカーゴには食料と水、弾薬、予備エネルギー、そして宙賊の格好の標的となる大量のレアメタルが積まれていた。

宙賊三機との初戦闘
サポートAIが所属不明艦からのスキャンを警告し、やがて三機の船が出現してカーゴの分け前を要求した。スキャンの結果、三機は賞金首の宙賊であることが判明し、レアメタルという生命線を守るため、ヨウヘイは人を殺す覚悟でジェネレーター出力を戦闘レベルに引き上げた。旧式で整備不良の宙賊船に対し、軍用に魔改造されたクリシュナは圧倒的性能を発揮し、高G機動からの重レーザーと散弾砲で一機ずつ撃破した。レーザーを受けてもシールドに傷一つ付かないことを確認したヨウヘイは、自分がほぼ一方的に相手を蹂躙できる立場にいると理解した。

傭兵「キャプテン・ヒロ」としての出発
三機の賞金とレアメタル、残骸からドローンで回収した積み荷やデータキャッシュにより、ヨウヘイは当面の資金と、この恒星系に存在する交易コロニーや宙賊拠点の座標など有用な情報を得た。周辺星系の位置は依然不明だが、まずは賞金受領と情報売却のため、この恒星系最大の交易コロニー・ターメーンプライムを目的地と定めた。到着後のドッキング交信で名前を問われたヨウヘイは、本名ではなくゲーム内ネームを選び、自らを「キャプテン・ヒロ」と名乗った。こうしてグラッカン帝国暦2397年8月10日、銀河に新たな傭兵ヒロが誕生したのである。

#2: はじめてのスペースコロニー

ヒロの経歴と現在の立場
ヒロこと佐藤孝弘は二十七歳の日本人で、工業大学卒業後に地元企業でネットワーク管理を任されつつ、ゲーム、とりわけステラオンラインに没頭してきた人物である。この時点で彼は所属も身分証もない自称傭兵として、レアメタル満載の船で交易コロニーに到着していた。

尋問とセレナの介入
大量のレアメタルを持ち込んだことで港湾管理局から厳しい尋問を受けたヒロは、宙賊からの戦利品だと説明し続けたが、局員は堂々巡りで揺さぶりをかけてきた。袖の下狙いを疑い始めたところにホールズ侯爵の娘で警備隊所属の女軍人セレナが現れ、レアメタル不足を理由に取引を認めさせると同時に袖の下疑惑をほのめかして局員を退け、自ら警備隊本部に話を通すと約束した。

賞金と生活資金の確保
セレナの後押しでレアメタル売却代二五〇万エネルに加え、宙賊三機の賞金と本拠地情報の提供料が支払われ、ヒロの手元には二六六九〇〇〇エネルが残った。聞き取った物価から一日の最低生活費を試算すると約一七七エネルであり、散財を控えれば長期滞在が可能な額であるとわかり、見知らぬ宇宙で当面食いっぱぐれる心配はなくなった。

ターメーン星系と帝国間情勢の把握
コロニーのネットワークに合法的に接続したヒロは、ここが資源豊富なターメーン星系であり、小惑星帯や有毒惑星から鉱物や化学物質を採掘するステーションや監獄、交易コロニーが点在していると知った。また、この星系を支配するグラッカン帝国が隣国ベレベレム連邦と国境紛争寸前の状態にあり、ターメーン星系がまさに国境上の危険宙域であることも把握した。

ゲーム世界との差異と今後の方針
船や装備、メーカー名はステラオンラインと共通する点が多い一方で、グラッカン帝国などゲームには存在しなかった勢力も存在し、銀河地図上でゲーム内星系名を検索してもヒットしない場合が多かった。ヒロは、この世界がゲームと完全には一致しないと悟り、ゲーム知識に頼り切るのは危険だと判断した。クリシュナの高い居住性やごみ処理システム、食料事情も学習したうえで、愛用のレーザーガンを警告代わりに携え、最高級パワーアーマーをカーゴに残したまま食料の買い出しに出ることを決めた。

#3:残念宇宙エルフと傭兵ギルド

ターメーンプライムの構造と治安
ヒロが寄港したターメーンプライムは、回転による遠心力で重力を生み出すドーナツ型コロニーであり、地面が輪の内側に広がる独特の景観を持っていた。彼は治安「普通」とされる第三区画を歩き、ホルスターのレーザーガンによってチンピラ達の接触を未然に防ぎつつ、観光客然とした態度を抑えようとしていた。

残念宇宙エルフ・エルマとの遭遇
背後から声をかけてきたのは、尖った耳を持つ銀髪の美貌の異星人エルマであった。彼女はヒロの挙動と装備から一目で新人傭兵と見抜き、軽口を交わす中で自らも傭兵であると明かした。ヒロは貧相な胸をいじって怒らせつつも、酒樽コンテナを譲る代わりに食料品店の案内と「傭兵の常識」を教えるよう持ちかけ、双方の暇つぶしと利害が一致したため、端末IDを交換して関係を結んだ。

傭兵ギルド登録と規格外の戦闘力
エルマはヒロがギルド未登録の「モグリ」であると知るや否や激怒し、食料より先に傭兵ギルドへ連行した。受付の義手の男は、船と寄港記録の異常さに首を傾げつつも、事情追及は最低限に留めてシミュレーター試験を指示した。ヒロは自艦クリシュナと同仕様のコックピットを選び、波状攻撃プログラムを次々と攻略していく。新規・ベテラン用シナリオでは物足りず、最終的にゴールド昇格用の高難度プログラムすら突破したことで、その腕前はギルド側の想定を大きく上回るものと判定された。

コンバットランクとエルマの複雑な感情
試験後、傭兵にはアイアンからプラチナまでのコンバットランクが存在すると説明され、ヒロが受けたのが本来ゴールド昇格試験であることが明かされた。しかし前歴ゼロのため即ゴールドとは認定できず、データ審査を前提に暫定ブロンズとされる。受付は「多分シルバーになる」と漏らし、五年かけてようやくシルバーに到達したエルマは不機嫌になるが、ヒロが「先輩」と持ち上げて頼り切る姿勢を示したことで機嫌を直し、案内役を続行することを承諾した。

星系情勢の説明と炭酸飲料を巡る目標
食料品店へ向かう途中、エルマはターメーン星系が豊富な資源を持つ一方、宙賊とベレベレム連邦との国境紛争の影響で傭兵が集まりつつある「ホットスポット」であると説明し、記憶障害を訴えるヒロには医療ステーションでの精密検査を勧めた。店内ではフードカートリッジや人造肉が一般的で、家畜肉や野菜は超高級品であること、缶詰は無重力下で扱いづらいことなど宇宙の食事情が語られる。さらに、この世界には炭酸飲料が存在しないと判明し、炭酸好きのヒロは衝撃を受ける。惑星居住地なら炭酸飲料を開発できるかもしれないとの発想から、「数億エネルが必要な惑星上の庭付き一戸建て」を最終目標に据え、法外な価格にもかかわらず高すぎる夢としてではなく、いつか到達すべき目標として受け止めた。

#4:少女

路地裏の拉致未遂とエルマの静観
食料品店を出たヒロは、路地裏へ引きずり込まれそうになっている少女と、それを押さえつけるチンピラ達を目撃した。会話の内容から性的暴行目的であることは明らかであった。介入しようとしたヒロを、エルマは「銀河中どこにでもある出来事」であり、助けても生き残れないと突き放し、傭兵は他人の不幸にいちいち関わるべきではないという冷徹な現実論を示した。

ヒロの介入とレーザーガンによる排除
エルマの制止は理屈として正しいと理解しつつも、ヒロは自分の感情と価値観に従い、ベルトを振り払って路地裏へ突入した。時間感覚が引き伸ばされたような状態の中で冷静に狙いを定め、出力を最低に絞ったレーザーガンでチンピラ達の拳や体を撃ち抜き、激痛だけを与えて戦闘不能に追い込んだうえで、「次は火傷では済まない」と脅して退散させた。その間、少女には服を整えるよう指示し、背後からの不意打ちに備えて警戒を続けた。

エルマの巻き込みとミミ保護案
路地から出ると、荷物を回収して待っていたエルマは、助けた少女をどうするのかと呆れ顔で問い質した。ヒロは具体策を持たないまま「先輩の判断」を仰ぎ、あえて「報酬だけ巻き上げて後輩と少女を放り出す冷血エルフ」「貧乳陰険冷血残念エルフ」と挑発しつつ、頼れるのはエルマかギルドのオヤジかと大げさに騒ぎ立てた。結局エルマは根負けし、「暇潰しの延長」と自分に言い聞かせながら、少女の処遇に付き合うことを渋々了承した。

カフェでの事情聴取とこの世界の常識
三人はギルド隣のカフェで一息つき、少女は自らを「ミミ」と名乗った。エルマは、船で役立つスキルとして物資手配、情報整理、依頼人との交渉、各種連絡業務などを挙げるが、ミミはどれも経験がないと答え、炊事・洗濯など身の回りの世話しかできないと判明した。そこでエルマは、男の船に身分差のある少女が乗る場合、この世界の「常識」として性的奉仕まで含めて見なされることをストレートに指摘し、ヒロとミミを赤面させた。ヒロはその価値観を強く否定し、自分は強要しないと心に決め、言葉ではなく行動で示すと誓った。

ミミの身の上とヒロの決断
ミミは両親が酸素インフラ整備中の事故で死亡し、その責任を一方的に被せられて遺産を没収されたうえ、残った賠償金と税を払えず第三区画に放逐された過去を涙ながらに語った。行く当てのない彼女が「なんでもしますから、船に乗せてください」と必死に頭を下げると、ヒロは第三区画に戻せば再び同じ被害に遭うと判断し、彼女を船に乗せることを即断した。そのうえでエルマに対し、ミミを正式なクルーとして登録する手続き方法を教えるよう依頼し、エルマは「高くつく」と渋面を浮かべながらも、結局ヒロの決意に巻き込まれていくことになったのである。

#5: 札束ビンタ

役所で突きつけられた法外な請求
ヒロはミミを正式にクルー登録するため、ターメーンプライム人民管理局第三区画出張所を訪れたが、人頭税・住民税滞納、両親から継いだ賠償金、自由移動権付与税などを合わせた五〇万エネルという法外な支払いを役人から要求された。セーフティネットと称しつつ、第三区画落ち=見捨てるだけの制度運用に、ヒロは倫理的な怒りを覚えた。

札束ビンタによる制度への対抗とミミの解放
役人に嘲笑され、分不相応と決めつけられたヒロは、挑発を買う形で五〇万エネルを「端金」と言い切り、その場で一括払いしてミミの負債を完済した。併せて高額な自由移動権も取得し、ミミは今後どこかに定住しない限り税負担から解放されることになった。役所を後にしたヒロは、放心状態のミミを連れて、エルマが先回りして用意していた服屋へ向かい、当面の衣服と下着一式の購入をエルマに任せた。

船内案内と共同生活のスタート
服の買い物を終え、三人は船に戻る。エルマは「放っておくとヒロは厄介事に首を突っ込んで早死にする」とミミに釘を刺し、ヒロにも「この子をまた路頭に迷わせるな」と忠告したうえで先に休みに入った。ヒロはミミに二人部屋の一室を与え、シャワー・ランドリー・キッチン・医務室・トレーニングルームなど船内設備を丁寧に案内し、空腹や困りごとは遠慮なく相談するよう念押しした。その後、二人は人造肉を使った食事を共にし、ミミは久々の満腹と温かいもてなしに安堵した。

ミミの視点から見た救済と「捨てられる」恐怖
一方ミミは、両親の事故死と理不尽な賠償金による二等市民権喪失、第三区画落ち、暴行未遂といった経緯を振り返り、自分が噂通り「悪所」で使い潰されて死ぬ未来しかなかったと自覚していた。そこに現れたヒロが、命の危機から救い出し、さらに莫大な負債を即金で肩代わりして自由移動権まで与えたことで、彼女の中では「自分の生はヒロに捧げるためにあった」というほどの崇拝と依存が芽生えた。

不安定な忠誠心とエルマの過剰な「後押し」
エルマが用意した新しい服の中には、日常用の衣類や下着に加え、香水と「初めてのときの痛みを和らげる薬」「避妊薬」、さらに透けるネグリジェまで含まれていた。ミミは「役に立たなければまた捨てられる」という恐怖から、それらをエルマのメモに従って身に付け、夜、ヒロの部屋を訪ねて「自分にできること」として身体を差し出そうとした。ヒロは戸惑いながらも、ミミが安心と居場所を求めていること、そして背後にエルマの「お膳立て」があることを理解し、彼女を抱きしめて不安を受け止め、自分から捨てることはないと行動で示そうと決意したのである。

#6: 新しい日常

ヒロの目標設定と「誰かの命を背負う」自覚
ヒロはミミとの行為を終え、眠る彼女の体温を感じながら今後の生き方を考えた。炭酸飲料を好きに飲める庭付き一戸建ての惑星居住地を手に入れることを大目標とし、この世界で家庭を持つ未来を視野に入れ始めたのである。また、元の世界に戻る手段が皆無であることから帰還探索は選択肢にせず、強力な船と傭兵の身分、資金を活かしてこの世界で生きていく覚悟を固めた。同時に、自分が死ねばミミは野垂れ死にするという現実を直視し、「他人の命を背負う重さ」と安全対策の必要性を痛感した。

朝のじゃれ合いと一日の行動計画
翌朝、ヒロは無意識に胸板へ悪戯していたミミを逆に攻め返しつつ、朝からいちゃついた後で落ち着いて行動予定を共有した。まず朝食、その後ミミのバイタルチェックを行い、生活必需品の買い出しと情報端末・タブレットの購入、最後に傭兵ギルドでオペレーター教育の相談をするという流れを決めたのである。簡易医療ポッドの診断ではミミの健康状態は良好で、多少の疲労以外に問題はなく、ヒロとミミは安堵した。

長期航行に備えた買い物とミミの装備充実
二人は第三区画のドラッグストアで、救急セットや医療ポッド用薬品、下着や洗剤、水循環装置用フィルターなど長期航行を見据えた消耗品をまとめ買いした。ミミには女性用のデリケートな商品を遠慮せず揃えるよう指示し、月経負担を軽減する薬なども女性店員のアドバイス付きで購入した。また通信と電子財布用の小型端末、学習・事務・娯楽用のタブレットを複数台購入し、ミミには今後のオペレーター業務や学習のため、自身には主に娯楽目的で用意した。

コスプレ系服屋での買い物とエルマへの連絡
次に訪れた服屋は外観も中身もコスプレ衣装だらけの店で、ヒロは戸惑うが、店員の案内でミミは日常用の服や下着を選ぶことになった。待ち時間のあいだ、ヒロはエルマにメッセージを送り、昨夜の「焚き付け」に文句を言いつつ、ミミのオペレーター教育用教材の入手先について助言を求めた。エルマは、傭兵ギルドが運営する養成機関で使われている教材があると教え、ギルドで直接聞くよう勧めた。やがてミミの買い物が終わり、ヒロは会員登録と代金支払いを済ませ、着せ替えアプリも利用可能な状態にした。

傭兵ギルドでの乗員登録と教育・護身体制の整備
最後に傭兵ギルドを訪れると、受付の強面の男はヒロの背後から顔を覗かせるミミを見て激しく食いつき、事情説明を強要した。ヒロが出会いから現在に至るまでを一通り語ると、男は「十五年の傭兵生活で自分にはそんな展開が一度もなかった」と嘆き、ガチ泣きして奥へ連行されてしまう。その後、女性職員が引き継いでミミの乗員登録を行い、AIトレーナー付きのオペレーター育成教材や、船の状態・資産管理・情報収集ができるアプリ一式をタブレットにインストールした。さらに護身面について相談した結果、護身術や武器運用は一朝一夕では身につかないが、抑止力としてレーザーガンを携帯させるのは有効と判断され、ミミ用のレーザーガンを購入して射撃場で試射を行った。ヒロは、ミミが事務・管制と最低限の自衛手段を身につけることで、自分も少しは楽になり、二人の新しい日常がより安全で安定したものになると期待したのである。

#7:大規模討伐

出撃前の小休止と情報収集
ヒロはミミの疲労回復と大規模宙賊討伐イベントへの参加を兼ねて、数日間は出撃せずに船内で過ごした。日中はトレーニングやミミのオペレーター教材の学習を手伝いながら、ネットとエルマ経由で宙賊掃討の情報を集め、出来高制報酬に期待して準備を整えていったのである。

セレナ大尉による作戦ブリーフィング
作戦開始時、各船のコックピットに星系軍と傭兵の顔が並ぶオンライン・ブリーフィングが開かれ、セレナ=ホールズ大尉が指揮官として概要を説明した。星系軍は小惑星帯ガンマセクターの宙賊拠点と大型艦を艦砲射撃で叩き、傭兵は散開して逃走する小型・中型艦を撃墜する方針であり、固定報酬五万エネルに加え、艦種ごとの撃墜報酬と既存の懸賞金、積み荷の略奪権が提示された。

安全装置・報酬ルールとヒロの「撤退確認」
ミミは宙賊が強行的に超光速ドライブで逃げる可能性を尋ね、ヒロは他船との同期がなければ安全装置が起動し、無理な起動は即座に宇宙ゴミに激突してバラバラになる危険な行為だと説明した。傭兵たちは報酬配分や横取り時の権利について質問し、星系軍が戦闘ログに基づいて公平に判断し、悪質な横殴りはギルドから処罰されると確認された。ヒロはさらに、艦の損傷やシールドセル枯渇時に任意撤退が許されるかを質問し、セレナは「命あっての傭兵」であり撤退は認めるが、戦う前から逃げることは期待しないと釘を刺した。ヒロは、星系軍が乱戦から逃げる宙賊だけでなく傭兵も撃墜し得る陣形であることを指摘し、事前に撤退の自由を明文化させたのである。

ミミの恐怖とヒロの「ゲーム感覚」
作戦開始までの一時間、セルフチェックを終えたクリシュナで待機する間、ミミは初の実戦に震え上がり、食堂でも落ち着かなかった。ヒロは、自身がクリシュナという規格外の高性能機と相応の操縦技術を持つこと、シミュレーターやゲーム『ステラオンライン』での経験から「危なくなったらシールドセル残量を見て早めに撤退する」という癖が染みついていることを理由に、異常なほど緊張を感じていなかった。彼はステラ世界そのもののように感じられる現状にまだ現実感が薄く、それでもミミが同乗する以上は安全マージンを徹底すると約束した。

初陣への覚悟と発進、傭兵たちとの合流
ミミは怖さを押し殺し、「ここで逃げたらヒロについていけない」と覚悟を決めてオペレーター席に座り、ぎこちない手つきで管制との発進手続きをこなした。クリシュナはハンガーから宇宙空間へと飛び出し、ミミは満天の星と自転車の車輪のようなコロニー形状に感嘆した。二人は周囲の傭兵艦隊に合流し、色とりどりに改造された多種多様な艦を目にすることになる。

ネタ機「ギャラクティックスワン」とエルマのフラグ
その中でヒロは白鳥のような優美な白い艦「SSC-16 ギャラクティックスワン」を発見し、速度・運動性・シールドが高水準な一方で操作性が極端にピーキーで、条件を満たすと制御不能の暴走状態から爆散に至る「欠陥機」としてステラオンラインでネタ扱いされていた機体だと説明した。オーナー名がキャプテン・エルマであることを確認したヒロは、ベテランである彼女なら使いこなすはずと自分に言い聞かせつつも、強烈な死亡フラグめいた不安を覚え、ミミと共にその無事を祈るしかなかった。

危険ポイントへの割り当てと疑念
星系軍オペレーターから各艦に潜伏地点の座標が送られ、敵戦力配置も詳細に共有された。ヒロのクリシュナには敵影の濃い地点が割り当てられ、彼はセレナ大尉の笑顔を思い浮かべ、実力を見込まれたかからかわれているのかと作為を疑った。それでもクリシュナの性能と自らの撤退判断に自信を持つヒロは、「いざとなれば逃げることもできる」と割り切り、迫り来る大規模討伐戦に備えていたのである。

潜伏準備とミミの役割確認
ヒロは僚機と同期した超光速航行で待ち伏せ地点へ向かい、その途中でミミにレーダー観測手兼通信手としての役割を復習させた。到着後はジェネレーター出力と生命維持を最低限まで絞って潜伏しつつ、クリシュナの武装構成と高価な切り札兵装を再確認し、戦闘に備えたのである。

星系軍の砲撃開始と初戦闘
星系軍戦艦群の艦砲射撃が宙賊基地と大型艦を次々に吹き飛ばし、宙賊側は阿鼻叫喚の末に撤退に転じた。作戦開始の号令とともにヒロは加速し、正面から突っ込んできた小型戦闘艦二機と汎用艦二機を相手に、重レーザー砲と散弾砲で瞬時に撃破した。逃げる汎用艦も追撃して沈め、「宙賊殺すべし」と割り切って情けを排した一方で、ミミは初陣の恐怖で震えるばかりであった。

僚機クワイエット救援
別宙域では、傭兵艦クワイエットが戦闘艦とミサイル支援艦を含む五機に追い詰められていた。ヒロは援護を申し出て合流し、熱源誘導シーカーミサイルを散弾砲で迎撃して爆炎を突き抜け、至近距離から支援艦を撃破したうえでもう一機の戦闘艦を重レーザー砲で粉砕した。クワイエットも残りを片付け、両者は残骸から戦利品だけ回収して次の戦域へ向かったのである。

サーマルステルスによる中型艦奇襲
戦場全体を俯瞰した結果、傭兵四隻が小型艦二十隻と改造中型艦三隻に押され気味のポイントが判明した。ヒロはそこへ向かう途中、緊急冷却装置で機体温度を下げる「サーマルステルス」を用い、デブリに紛れて敵中型艦隊の真下の死角に潜り込んだ。中型艦は輸送艦を改造した砲撃支援艦であり、腹部装甲が薄いと見抜いたヒロは、至近距離から重レーザー砲でシールドを飽和させ、散弾砲の連射でジェネレーターや弾薬庫ごと三隻を一気に爆散させた。

「腕付き」の活躍と宙賊掃討
介入を告げるミミの通信に傭兵たちは歓声をあげ、「可愛いオペレーター付きの腕付き(クリシュナ)」と士気を上げた。中型艦を失った宙賊は動揺し、陣形も連携も崩壊したため、ヒロは四本の武装腕から重レーザーを乱射し、すれ違いざまに散弾砲を叩き込んで小型艦を次々と撃破した。宙賊の集中砲火でシールド一層目に被弾したものの、三層シールドとシールドセル、装甲に十分な余裕があると冷静に判断して回避機動を続行し、その隙に他の傭兵艦と星系軍の艦砲射撃が追い打ちをかけることで、短時間で当該宙域の宙賊は完全に掃討された。以後ヒロは「腕付き」と呼ばれるようになったのである。

エルマ機暴走と戦艦激突
次の戦場へ向かう途中、ヒロは白い高性能機ギャラクティックスワンで戦うエルマを発見したが、その相手は照射型レーザー「ゲロビ」を搭載した中型艦を中心とする艦隊であった。救援に入ろうとした矢先、ギャラクティックスワン特有の暴走機能が発動し、エルマ機は操縦不能のまま超高速で戦場を暴れ回った末に星系軍戦艦へ衝突して大破させた。幸いコックピットブロックは無事でエルマの生存の可能性は高いと見られたが、ヒロにはもはや成す術がなく、混乱する宙賊艦隊を逆手に取って自らの任務に専念しながら、彼女の無事だけを祈ることになったのである。

セレナによる戦果確認とヒロへの関心
星系軍旗艦ではセレナ大尉が戦術地図と戦果データを確認し、宙賊掃討作戦は一部のハプニングを除いて順調であると把握していた。中でも中型艦を次々撃破し、小型艦の撃墜数でも突出した傭兵が一名おり、その獲得賞金額は他の参加者を大きく引き離していた。その名がヒロであると知ったセレナは、わずか一週間前に登録されたブロンズランクとは思えぬ戦果と胆力に注目し、元軍人とも思えない「普通の人間」然とした印象とのギャップに興味を深め、可能な限りデータを収集するよう部下に命じたのである。

戦場のサルベージとエルマへの心配
作戦終了後、宙賊は掃討され、生存者探索と残骸からの物資回収が始まった。ヒロのクリシュナには探索装備がないため、生存者確保は星系軍に任せ、自身は撃破した宙賊船からのサルベージに専念した。食料や酒、弾薬、工業用金属、コロニー維持部材など換金性の高い物資に加え、少量のレアメタルも回収していた。ミミは暴走事故を起こしたエルマを案じていたが、ヒロは戦艦に救助され医療設備も整っているため命の危険は薄いと判断し、ただし戦艦中破と船の修理費による多額の負債を想像して内心で震えていた。恩義は感じつつも、ベテラン傭兵であるエルマの借金を肩代わりする義理はないと割り切り、危険物である「歌う水晶」を密かに隠しカーゴに収納して保険として持ち帰る決断を下したのである。

帰還と報酬決定、ターメーンプライムへのドッキング
やがて全艦に向けて作戦終了と星系の安全回復が告げられ、傭兵への報酬は戦果集計後二日以内にギルド口座へ振り込まれると通知された。ヒロは支払いのタイムラグを現実の軍組織としては妥当と捉え、不満は抱かなかった。ミミは初めてドッキングリクエストの手続きを担当し、ターメーンプライムコロニーのハンガーベイに無事接続させることに成功した。曳航されるエルマの白い高速艦を横目に見つつ、ヒロは激戦後のセルフチェックとメンテナンスが必要であると判断し、弾薬と燃料の補充も見込んで機体診断プログラムを走らせたのである。

ヒロとミミの今後の目標設定
戦闘でのG負荷と緊張から全身に疲労を自覚したヒロは、報酬支払いまでを休養期間とするつもりであったが、ミミから「これからどこへ行き何をするのか」と将来の方針を問われた。ヒロは、惑星上の庭付き一戸建てを手に入れ、不労所得で好きな時に食べ、眠り、遊ぶ生活を目標として語り、サブ目標として「全宇宙のグルメを味わう旅」も悪くないと提案した。ミミはその案に乗り、自身の目標を「ヒロと共に全宇宙を食べ尽くすこと」と定めたうえで、太らないよう運動も頑張ると宣言したのである。

ミミの羞恥とヒロの無用な詮索自粛
ヒロが痩せ気味のミミにもう少し肉が付いてもよいと軽口を叩くと、ミミは自分の体つきを意識してぎこちない様子を見せ、「汗をかいたのでシャワーを浴びてくる」と言い残してコックピットを後にした。その挙動から、ヒロは戦闘中の恐怖で失禁した可能性を一瞬考え、匂いを確認しかけたが、自身の行動が変態的であると自覚して追及をやめた。彼はコックピットを離れてキッチンへ向かい、水分とカロリーを補給した後にシャワーを浴びて休むことを決め、激戦の一日を終えようとしていたのである。

#8: 札束ビンタ、再び

船内設備一新を決めるまで
作戦終了後の二日間、ヒロはミミと今後の活動方針や船内設備の入れ替えについて語り合い、星系軍からの報酬振込に合わせてディーラーに向かう計画を立てた。銀河中の美味を味わうという目標を掲げたミミは、タブレットでグルメ情報を調べるうちに高性能調理器に行き当たり、ターメーンプライムでの取扱店も突き止めたうえで、一日かけてヒロを説得し、調理器だけでなくトイレ、バスルーム、浄水・空調・空気清浄など居住設備の総入れ替えを決断させたのである。

ミミとの関係性と信頼の築き方
外出にあたり、カジュアルな服装に身を包んだミミはヒロから「立派なレディー」と褒められ、上機嫌で案内役を務めた。ヒロは有能な情報収集とナビ能力にオペレーターとしての素質を見出し、過去に自分を追い詰めた上司を思い出しながら、「叩いて伸ばす」指導を否定し、命を預け合うパートナーとして褒めて伸ばし、真摯かつ誠実に接するべきだと再確認した。また、自身の前世や転移の事情を隠すため「ハイパードライブ事故で記憶が曖昧」という設定を説明し、ミミに医療ステーションと毎日のバイタルチェックを約束して安心させた。

高性能調理器テツジン・フィフスの実力と買い物の内訳
ディーラー「ムサシノテック」では最新鋭調理器テツジン・フィフスの説明を受け、故障率の低さと自動メンテナンス機能に加え、AIが混ぜ方・加熱・調味を最適化することで同じフードカートリッジから別次元の味を引き出すと知った。実演されたハンバーガーは既存の自動調理器製より圧倒的に美味であり、ヒロとミミは即購入を決意した。その後の商談で空調・浴室・トイレ・寝具など居住性に関わる艦内設備一式を同社製高級品に統一し、総額三十万エネルの投資となったが、ヒロはミミの身請け後も約二百万エネルの手持ちに加え、今回の宙賊討伐で討伐報酬三十六万エネル、賞金四十八万エネル、略奪品売却見込み八十万エネル、合計約百六十万エネルを稼いでおり、快適な生活環境への投資としては安いと判断した。自室のベッドも二人で余裕を持って眠れる大型サイズに変更し、ミミは真っ赤になりながら発注に立ち会った。

傭兵ギルドでの報酬受領とハネムーン誤解
続いて傭兵ギルドで報酬と賞金の受け取り手続きを行ったヒロは、強面の受付男に絡まれるも、屈強な受付嬢が一撃で黙らせ、代わって応対した。報酬と賞金の合計はヒロの試算通り約八十四万エネルであり、さらに機体メンテナンスや弾薬補充の手配もギルド経由で依頼した。受付嬢は今回の大活躍からヒロの腕を高く評価し、「これからハネムーンか」と冗談めかして問うたが、ミミが嬉しげに反応したため、ヒロは「似たようなものかもしれない」と曖昧に肯定し、二人の関係をキャプテンとクルー、保護者と被保護者、命の恩人とご主人様と説明した。ミミは、両親から引き継いだ賠償金が原因で第二区画から落ちてきた自分を、ヒロが賠償金と税金、自由移動権を含め五十万エネルで救い上げてくれたことを語り、「人生を捧げる」と宣言し、受付嬢も状況を理解したのである。

エルマの窮状とヒロの逡巡
ヒロはついでに、ミミの傭兵登録手続きを助けてくれたエルマの安否を確認した。受付嬢によれば、負傷は軽かったものの、星系軍戦艦と自分の船の修理費用に伴う莫大な請求に追われており、支払えなければ監獄ステーション送りの危険があった。そこは男性犯罪者が圧倒的多数を占める過酷な環境であり、女性傭兵の身には重大な危険が及ぶと示唆された。ヒロは勝手なお節介を躊躇しつつも、受付嬢に「本当に困ったら連絡を寄越すようエルマに伝えてほしい」と頼み、場合によってはクルーとして迎え入れ、働きに応じた報酬から借金を返させる案を思案した。

ミミの報酬と「札束ビンタ」
さらにヒロはクルーの報酬相場を質問し、船への出資ゼロでクルー見習いかつキャプテンの愛人であるミミの場合、取り分は通常売り上げの〇・一〜〇・五%程度と聞かされた。今回の八十四万エネルに対し〇・五%を適用すると四千二百エネルとなり、受付嬢の月給を上回る額であった。生活費の全てをヒロに負担されているミミは「そんなに貰えない」と震えたが、ヒロは「正当な報酬」として受け取らせ、余る分は貯蓄に回すよう諭した。内心では五〜一〇%でもよいと考えつつも、相場とミミの負担を踏まえて〇・五%に留め、別枠での貯蓄も検討することにしたのである。

平穏な一日と今後の整備計画
報酬受領と手続きを終えた二人は、第三区画の店を連れ立って見物し、穏やかな一日を過ごした。翌日以降は数日かけて船内設備の入れ替え作業と機体メンテナンス、弾薬などの補給に専念する予定となり、ヒロは大きく膨らんだ残高と、快適さに直結する設備投資の成果に満足しつつ、新たな旅支度を整え始めていたのである。

豪華設備に満たされた新生活とミミとの関係
ヒロは船内設備を一新したクリシュナで目覚め、新ベッドや全自動洗濯機、高機能バスルーム、空調・防音壁など帝国最高峰クラスの居住設備の快適さを満喫していた。テツジン・フィフスによる「お任せ朝食」はその日の体調やコンディションを反映した最適なメニューを提供し、ミミとの親密な関係も含めて、船内生活は大きく質を高めていた。

健康管理と戦闘に備えたトレーニング
二人は毎朝バイタルチェックとAIトレーナーによるトレーニングを行い、体幹強化とランニングで戦闘機動時の強烈なGに耐える身体作りを進めていた。ナノマシン入り錠剤の効果もあり、ミミは体調が大きく改善していた。訓練後にはバスルームで互いに身体を洗い合う時間を設けることで、トレーニングを継続する動機づけとしても機能していた。

第三区画への再訪とエルマとの再会
フードカートリッジの補充と船内設備一新のささやかな祝いを兼ねて、第三区画の食料品店へ向かう際、ヒロはミミに銃の扱いを復習させ、以前襲われかけた場所に再び足を踏み入れた。道中、店の近くで白いフード付きマントをまとい、酒瓶に囲まれて壁にもたれ座り込むエルマを発見し、互いに銃を突きつけ合う緊張の後、ミミが膝をついて手を握りしめて寄り添ったことで、ようやく状況を聞き出すことに成功した。

賠償金三百万エネルと監獄ステーションの脅威
エルマは星系軍への多額の賠償金の支払いに追われ、貯金を使い果たし船も売却したうえでなお三百万エネル不足していた。支払期限は二時間後であり、支払えなければターメーンⅡの監獄ステーションで強制労働となり、宙賊だらけの環境で元傭兵の女性として過酷な扱いを受けることがほぼ確実であった。エルマは自力での再起に望みを失い、嗚咽を漏らすほど追い詰められていた。

ヒロの逡巡と三百万エネル肩代わりの提案
ヒロは自身の所持金が三百三十万エネルであることを確認し、三百万を払えば手元に三十万しか残らず、船の運用資金として心許ないことを理解しつつも、恩人を見捨てれば寝覚めが悪いと判断した。ミミの必死の視線も受け、エルマが監獄で酷い目に遭う未来を避けるため、「三百万エネルを支払う代わりに自分の船のクルーとなり、ミミに傭兵のいろはを教えつつ自分のサポートもする」という条件を提示した。

新クルーとしてのエルマ加入と三人の新たな旅路
ヒロが「お前が欲しい」と告げたことで、エルマはやや色っぽい方向に勘違いしつつも、監獄行きとの二択の中でクルー入りを承諾した。三人は星系軍警備隊本部へ向かい、エルマの用意した分とヒロの三百万エネルを合わせて賠償金を完済し、エルマは前科こそ免れたものの無一文となり、代わりにヒロへ三百万エネルの借金を負った。ヒロは利子無しの長期返済とし、働きに応じて少しずつ返させる方針を示しつつ、生活用品の買い出しと食料補充に向かった。所持金が三十万エネルまで減ったことで、ヒロは「旅は道連れ世は情け」と苦笑しながらも、美人クルー二人を従えた新体制で再び稼ぎに出る決意を固めたのである。

理不尽な賠償要求と処分の不当性への憤り
星系軍士官セレナは、宙賊討伐作戦で戦艦を中破させた傭兵の処遇について部下に確認し、彼が「船を売却して賠償金を完納した」ことを知る。しかし、納期限が“今日”であったと聞かされ、セレナは激しく動揺した。本来、修理に数週間かかる破損艦を抱えた傭兵に、わずか一週間で莫大な賠償金を支払わせるのは常識外れであり、期限を破れば即犯罪となるこの星系の法制度では、実質的に傭兵を罪人として収監するための罠に等しかった。セレナは以前「罪に問わないように」と命じていたため、この処遇は自らの意向に反し、軍が傭兵を潰しにかかった形となることに強い怒りを覚えた。

嫌がらせの黒幕バリトン大尉と内部調査の指示
賠償金の算定・請求・納期限通達を行ったのが主計科のバリトン大尉であると聞くと、セレナはその人物が傭兵を嫌悪し、さらに傭兵を活用して功績を上げている自分を疎ましく思っていることを思い出した。彼は過去にも何度も姑息な嫌がらせを仕掛けてきたため、今回の不当な処分もその延長である可能性は高かった。セレナは部下に対し、直ちに内部調査を開始し、可能ならばバリトン大尉を失脚させるよう命じた。

予想外の完納と傭兵への評価の変化
とはいえ、セレナは傭兵が一週間で賠償金を完納したことに驚きを隠せず、「傭兵は思ったより金回りが良い」と内心で見直し、冗談めかして「いっそ軍をやめて傭兵になろうかしら」と呟くのだった。

#9: エルマ

ラグジュアリーな船内とテツジン料理への驚き
買い物を終えて船に戻ったヒロたちは、高級フードカートリッジと人造肉を用いたテツジン製スペシャルディナーを囲んだ。帝国最高峰の豪華客船並みに改装されたクリシュナの内装と、従来の自動調理器とは比較にならない料理の味に、エルマは「今まで自分が食べてきた物は何だったのか」と衝撃を受けつつも、その美味さを素直に認めた。

風呂とすれ違う認識によるエルマの勘違い
ヒロはミミにバスルームの使い方をエルマへ教えるよう任せ、その後自室で今後の稼ぎ方を検討した。小惑星帯での宙賊狩りなどを考えつつ依頼情報を眺めていたところ、薄着のエルマがノックもなく部屋に現れた。エルマは「三〇〇万エネルを出して自分を“欲しい”と言った」発言を、身体を求められていると解釈しており、覚悟を決めてベッドに腰掛ける。ヒロはエルマの勘違いに気づきつつも、その好意を受け入れて一夜を共にし、結果的に三人の関係性は肉体的にも踏み込んだものとなった。

翌朝の気まずさと「みんな仲良し」という論理
翌朝、ヒロは気落ちした様子のミミを風呂へ連れていき、不安を和らげた後、ダイニングで三人揃って朝食を取った。前夜の出来事に対してエルマは「けだもの」と怒りをぶつけるが、ヒロは「同じ船の仲間同士、みんな仲良く」「ミミを嫌いなわけではないだろう」と理屈を積み上げ、三人での関係を既定路線として押し切る形になった。エルマは釈然としないながらも完全には否定できず、事実上この関係を受け入れる。

今後の方針決定と星系に留まる選択
話題を切り替えたヒロは、立て替えた賠償金の影響で手持ち資金が三〇万エネルまで減少している現状を共有し、「稼ぎ口のため他星系に移動する案」と「この星系に留まり小惑星帯で流れの宙賊を狩りつつ、帝国と連邦の紛争勃発を待つ案」という二つの方針を提示した。ミミはクリシュナの戦闘力なら宙賊にも紛争にも対処可能として後者を推し、エルマもまた、紛争勃発時の傭兵需要増大と流れの宙賊の高額賞金を理由に賛同した。ヒロ自身も長距離航行前に資金を厚くしておきたい思惑からこの案を支持し、三人は当面この星系に留まり、小惑星帯での宙賊狩りによって大きな稼ぎを狙う方針を固めた。

#10: 悪運を持つ者達

小惑星帯での宙賊狩りと急速な資金回復
ヒロ一行はターメーン星系に留まって小惑星帯を巡回し、採掘船を狙う流れの宙賊を待ち伏せして狩る作戦を展開した。宙賊船は賞金と積み荷が同時に得られる実入りの良い獲物であり、一週間で平均一〇隻前後を撃破し、一七八万エネルを稼ぎ出した。分配率はミミ0.5%、エルマ3%で、ヒロの手元には約二〇〇万エネルが残り、資金難から脱することに成功した。

酒席で露わになる関係性とヒロの秘密
稼ぎの後の飲み会では、酒に強いエルマが絡み酒と化し、ミミは飲酒を止められながらも楽しげに過ごしていた。話題がヒロの戦闘能力に及ぶと、エルマは「何か隠しているだろう」と勘ぐるが、ヒロは曖昧に誤魔化した。ヒロは異世界から来た疑念や記憶喪失の嘘、ゲーム知識の存在など言えない秘密を抱えていたが、二人に明かすつもりはなかった。

ミミの体重問題と日常の軽いやり取り
エルマがミミの“体重”に触れたことでミミは動揺し、ヒロはAIトレーナーの設定変更を企むなど、船内には軽い笑いも生じていた。宙賊狩りを続けるだけでは疲れるため、ヒロは「明日は息抜きとしてショッピングに行こう」と提案し、二人も概ね賛同した。

報酬の意味と二人の告白
報酬額に戸惑うミミに対し、ヒロは「同じ船に乗り命を懸ける仲間なのだから正当な取り分である」と説き、エルマも同意した。続いてミミは、ヒロに対する強い恋情を「ヒロ様は私の全て」と真っ直ぐに告白し、エルマもまた恩義と好意を照れながら吐露した。二人の言葉はヒロの不安を払拭し、深い情が確かめられた。

三人の絆の確認と次なる展開への流れ
二人にとってヒロは「危地から救ってくれた存在」であり、ヒロもまた二人の想いに強く応じた。ミミとエルマがヒロに寄り添う中、三人の関係はより親密なものへと進み、静かな船内で彼女たちの手がヒロへ伸びていった。

ショッピングの日と二人の元気さ
翌日、ヒロは前夜遅くまでミミとエルマと親しく過ごしたにもかかわらず、二人がつやつやした肌と元気いっぱいの様子でショッピングに出かける支度をしていることに若干の不安を覚えつつも、第三区画へ向かったのである。治安が比較的良いエリアを選びつつ、ミミの事前リサーチを頼りに店を巡る方針を決めた。

ガジェットショップと重力球の購入
一行はまず傭兵向けガジェットショップに入り、対Gスーツや芳香剤など多様な装備を物色した。そこでエルマは、空間に固定され持ち主に追従し、飲み物をこぼさず温度も保つ高機能ボトル「グラビティスフィア」を紹介した。価格は一個五〇〇エネルと高価であったが、ヒロは船の備品として六個購入する決断をし、エルマもその厚意を素直に受け入れた。

ガンショップで判明するヒロの愛銃の価値
次に訪れたガンショップでは、店主の老銃職人がヒロの愛用レーザーガンを見て態度を一変させた。それは超高級メーカー「マンダス社」のガンスリンガーチャンピオン限定モデルであり、自動修復機能と所有者認証機能を備える希少品であると判明したのである。メンテナンス不要と聞かされたヒロは、その価値を改めて自覚し、磨き布と予備エネルギーパックのみを購入した。ミミは各種ハンドガンを試したものの、既に持つ銃以上にしっくりくるものは見つからなかった。

輸入品ショップと銀河グルメ体験
輸入品ショップでは、銀河各地の珍食材が並び、ミミは“銀河グルメ制覇”の夢に胸を膨らませた。生体のまま高級食材とされる不気味なクリーチャーや、その加工品に二人は悲鳴を上げたが、エルマは面白がって真空パック品を買い物かごに入れた。一方、ミミは調理済みでかぶりつき可能な「マンガ肉」を初任給の使い道として購入し、皆で食べることを申し出た。ヒロは超高級肉「コーベ・ビーフ」の価格に戦慄しつつも贅沢を避け、人造肉で満足すると自分に言い聞かせた。

炭酸抜きコーラとの邂逅と船内での試食会
飲料コーナーでヒロは「Coke」とラベルされた黒い飲料を見つけ、期待して購入したが、中身は炭酸の抜けたコーラであり、理想との落差に落胆した。それでも味そのものは懐かしく、店の在庫を全て買い占めて船に送ることにした上で、将来的に炭酸を加える方法を模索する決意を固めた。
船に戻った後の試食会では、マンガ肉は味・ボリュームともに理想的であったが量が多すぎ、一人一本では食べきれなかった。エルマが購入した不気味なクリーチャー加工品は、見た目に反してかまぼこ状の外殻とクリーミーな中身が意外に美味であり、ヒロとエルマは普通に食べられると評価した。コーラは薬臭さと強い甘味のためエルマとミミには不評であったが、ヒロは自分だけの楽しみとして受け入れ、いつか本物の炭酸入りコーラを再現すると心に誓ったのである。

小惑星帯での偵察艦撃破
マンガ肉パーティーの翌日、ヒロ達は再び小惑星帯で「流れ」狩りを行っていたが、採掘船とも宙賊とも違う統制された動きをする小型艦三隻を探知した。ヒロとエルマはベレベレム連邦の偵察・工作部隊と判断し、発見された以上は抹殺されると見て迎撃を決断した。クリシュナは小惑星を盾にしつつシャードキャノンと重レーザー砲で連邦艦三隻を撃破し、ブラックボックスとデータキャッシュを回収したのである。

データ売却と帝国軍依頼への巻き込まれ
ヒロはセレナ大尉に面会し、連邦艦から回収したデータを報酬付きで引き渡すことに成功した。しかし会話の流れで巧みにおだてられた結果、傭兵ギルド経由の正式依頼として、帝国側戦力として今後の紛争に参加する契約を結ばされてしまう。クリシュナに戻ったヒロはミミとエルマから正座させられて詰問されるが、船長権限として受注自体は認められ、代わりにボーナスなどで埋め合わせを約束した。

待機任務と禁酒の条件
帝国軍からは当面出撃せず待機するよう命じられ、一日五万エネルの拘束費が支払われることとなった。ここ一週間の稼ぎと比べればやや安いが、危険なく収入が得られる条件である。また、即応態勢維持のためエルマには飲酒禁止が通達されるが、ミミが「一日我慢するごとに飲み代が貯まる」と計算してみせたことで、エルマも前向きに禁酒を受け入れた。

ターメーン星系防衛戦ブリーフィング
やがて連邦軍の侵攻が現実となり、ヒロ達はグラッカン帝国軍傭兵部隊の一員として星系軍本部の対面ブリーフィングに召集された。セレナ大尉から、戦艦八隻・巡洋艦多数・駆逐艦・コルベットを含む大規模攻撃艦隊がターメーン星系に向かっていること、星系軍単独では戦力が劣勢であること、他星系からの増援到着までの一日間星系を守り抜くことが作戦目標であることが説明される。傭兵部隊には小惑星帯に潜み、主に駆逐艦やコルベットを奇襲するゲリラ戦が任務として与えられ、大型艦撃破には別途ボーナスが提示された。

旗艦単艦強襲という奇策
巡洋艦以上のシールドを抜けない傭兵艦が多い中、ヒロは「連邦艦隊ワープアウト直後にクリシュナ単艦で切り込み、旗艦を一撃離脱で潰す」という奇策を提案する。セレナ大尉は自殺行為だと訝しみつつも、ヒロの強い自信と覚悟を受けて作戦実行を許可し、成功時には報奨金を弾むと約束した。周囲の傭兵達はその無茶な案に「クレイジー」と呟きながらも、ヒロは手持ちの戦力で最大の戦果を狙うべく、秘匿している切り札の投入を胸中で決めるのであった。

決死の旗艦奇襲作戦の開始
ヒロたちはグラビティスフィアに飲み物を用意しつつ、旗艦単艦突撃の出撃準備を整えていた。セレナ大尉からの通信で無事を案じられるが、ヒロは生還の自信を示し、通信封鎖ののち超光速ドライブで連邦艦隊のワープアウト地点へ向かった。ジェネレーター出力を落とし、過冷却によるサーマルステルスでデブリを装って接近したのである。

旗艦撃沈と艦隊中央突破
ワープアウト直後の連邦艦隊に紛れ込んだクリシュナは、フレンドリーファイアを恐れて主砲を撃てない艦隊中央を強引に突破し、戦艦タイガーアイに対艦反応魚雷を二発命中させて真っ二つに爆沈させた。多方向からマルチキャノンの集中砲火を浴びるが、チャフと緊急冷却、強力なシールドとシールドセルで耐えつつ、小惑星を盾に重巡洋艦の腹を散弾砲で撃ち抜き、連邦艦隊に混乱を拡げていった。

結晶生命体乱入と「稼ぎ時」
そこへ結晶生命体の大群が空間の裂け目から出現し、連邦艦隊に衝角突撃や侵食攻撃を仕掛け始めた。連邦側は阿鼻叫喚となり統制を失う。ヒロはこの混乱を「稼ぎ時」と判断し、結晶生命体の攻撃でシールドが削れた大型艦に重レーザー砲と散弾砲を浴びせ、さらなる戦艦・巡洋艦・駆逐艦を次々と撃破した。結晶生命体を「トレイン」して固まった敵編隊に擦り付けるなど、意図的に敵の被害を増やしていったのである。

戦域離脱と巨額報酬の分配
やがて帝国軍本隊が遠距離砲撃を開始する気配を察知したヒロは、味方砲撃に巻き込まれる前に超光速ドライブで戦域から離脱した。結果として、戦艦三隻、重巡四隻、軽巡二隻、駆逐艦十三隻、コルベット二十一隻を撃破し、弾薬費を差し引いても約八九五万エネルの報酬を得た。取り分としてエルマに約二・六万エネル、ミミに約四・四万エネルが支払われ、ヒロの貯金はブラックボックス売却分も含めて一一一三万エネルに達したが、庭付き一戸建て取得に必要な数億エネルには遠く及ばないと認識していた。

帝国軍完全勝利と戦史上の評価
ターメーン星系防衛戦は、結晶生命体の乱入と連邦艦隊の壊滅的損耗によって、当初劣勢と見られていたグラッカン帝国側の圧勝で終わった。連邦艦隊は九割の艦船を失い、連邦政府は国民感情への配慮から情報封鎖を行った形跡がある。一方、帝国側も詳細な記録を残しておらず、戦史資料は乏しい。後世の筆者は、この時期ターメーン星系にいたキャプテン・ヒロとセレナ・ホールズ大尉の存在を指摘し、「この二人が揃っていたなら何が起きても不思議ではない」と評している。

執拗なスカウトとターメーン星系からの撤退
戦後、セレナ大尉からは「高待遇・福利厚生・上級市民権付与」などを餌にした帝国軍パイロットへの勧誘メッセージが、直接および傭兵ギルド経由で連日送りつけられた。エルマとミミは、セレナの視線を「獲物を狙うハンター」と表現し、やがて外堀を埋められる危険性を指摘する。ヒロ自身も軍人として縛られる生活や収入減、クリシュナの扱いを嫌い、金さえあれば福利厚生や市民権は自力で手に入ると判断してターメーン星系から「逃げる」決断を下した。

次なる目的地アレイン星系へ
セレナからの勧誘をかわすため、ヒロたちは補給・整備を終えたクリシュナでターメーン星系を離脱し、六つ先にある医療・バイオテクノロジーのハイテク拠点アレイン星系を次の目的地に選んだ。人造肉や遺伝子改良作物、それらを使った酒など新たなグルメへの期待を語り合いながら、三人はコックピットで発艦手続きを済ませ、デルーマ星系経由の航路を設定し、超光速ドライブとハイパードライブでハイパーレーンへ突入したのである。

セレナの独立部隊構想と執念
一方その頃、帝都側ではセレナが上官である叔父と通信し、今回の大きな戦功を背景に、自身が指揮する「国内を自由に移動して宙賊を狩る独立部隊」の編成承認を取り付けていた。より華やかな部隊への転属案を退けたうえでの要望であり、その意図はターメーン星系を去るヒロを逃さず、自らの手元で戦力として確保することにあった。窓外を彼方へ飛び去るクリシュナの軌跡を眺めながら、セレナは「逃しませんよ」と微笑み、執拗な追跡の意思を示して物語は次の星系へと場を移していった。

#EX-1 ミミとエルマ

ミミとエルマの休息時間
アレイン星系へ向かう航行中、三名はハイパードライブ中の監視当番を交代制で行っていた。ミミが当番を終えて食堂に向かうと、休憩中のエルマが紅茶を淹れて迎え、ミミは高性能調理器テツジン・フィフスで淹れられた香り高い紅茶を楽しんだ。

ヒロに対する想いと現在の充実
エルマはその日がミミの「ヒロの寝室を訪れる日」であることをからかい、ミミは恥ずかしがりながらもヒロに優しく扱われ、仕事も与えられ、自分の人生で最も充実した時間を過ごしていると語った。ヒロが世間知らずな部分を見せつつも、真剣に彼女を育てようとしている点がミミにとって大きな喜びであった。

ヒロの出自への疑念と二人の認識
エルマとミミは、ヒロが一般常識に疎い様子から「名家の出身ではないか」と推測していた。テクノロジーへの過度な感心や珍しいものを見た時の反応から、箱入りで育てられた人物のようだと感じていた。ただし、傭兵同士で出自を詮索するのはマナー違反であるため深入りは避けていた。

二人の恋情と穏やかな日常
ミミはエルマをからかい返し、エルマは動揺して耳を赤くした。ミミは両親の死後、このように穏やかに笑い合える日が再び訪れるとは思っておらず、ヒロに強い感謝の念を抱いていた。ミミはこの幸せな日常が続くことを心から願っていた。

#EX-2:射撃訓練

射撃訓練へ行く決定と傭兵ギルド訪問
ベレベレム連邦軍撃退から数日後、セレナ大尉からのしつこい勧誘に辟易していたヒロは、朝食の席で「射撃訓練に行く」と宣言した。ミミとエルマは唐突さに戸惑いつつも賛成し、朝食後に三人で傭兵ギルドへ向かう段取りを決めた。第三区画のギルドに到着すると、受付嬢の案内で射撃訓練場の利用手続きを行い、予備エネルギーパックは自販機で購入することとなった。ヒロは受付嬢が受付係を片手で投げ飛ばした過去を知っており、恐怖ゆえに礼儀正しく接していた。

受付嬢の身体強化談義と訓練場到着
ギルド内を進む道中、三人は受付嬢の怪力について生体改造や強化義体の可能性を話題にし、白兵戦や要人警護専門の傭兵には身体強化が少なくないとエルマが説明した。ヒロはゲーム「ステラオンライン」にはなかった要素として興味を抱きつつも、この世界をゲームと同一視しないほうが良いと内心で認識していた。そのうちに射撃訓練場に到着し、以前ミミの護身武器を選んだ時にも使った施設であるため、迷うことなく準備に入った。

ミミの射撃基礎訓練とヒロの実力
まずエルマが講師役となり、ミミにレーザーガンの取り扱いの復習を行った後、実際の射撃指導はヒロが担当した。ミミに両目を開けて照門・照星にピントを合わせる狙い方を教え、フォームやグリップを矯正すると、ミミはすぐに静止ターゲットに命中させられるようになった。ヒロはターゲット数や距離、動きのパターンを段階的に増やしつつミミを訓練し、精度が落ち始めたところで休憩を指示した。その後、自身も訓練に入り、複数・高速・出現消失型のターゲットを連続して撃ち抜き、エネルギーパック一つ分を撃ち尽くすほどの高精度射撃を披露した。

ヒロへの評価とミミの鍛錬方針
ミミはヒロの射撃を「神業」と評して興奮し、隣のレーンで様子を見ていたエルマも「チャンピオンらしい腕前」と認めた。ヒロは過去にこうした能力を褒められた経験が少なく、照れながらも受け止めた。その後、ミミは複数ターゲットの狙い方や遮蔽物を利用したカバーリング、銃撃戦での立ち回りなど実戦的な指導を受け、訓練を終える頃には腕がパンパンになるほど疲労していた。エルマは入浴と簡易医療ポッドでのケアを勧め、ヒロはトレーニングメニューに上半身の筋力強化を追加する提案をした。ミミは筋肉でムキムキになることに抵抗を示したが、「筋肉があったほうが太りにくい」という説明を聞いて方針転換し、以後のトレーニングに一層励むことを決意した。

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