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フルメタル・パニック! 2巻の表紙画像(レビュー記事導入用)

小説「フルメタル・パニック! 2 疾るワン・ナイト・スタンド」感想・ネタバレ

フルメタル・パニック! 1巻
フルメタル・パニック! 3巻

物語の概要

本作はSFミリタリーアクション・ライトノベルである。第1巻で日常と戦闘の両極を往復した《ミスリル》所属の兵士・相良宗介と護衛対象の高校生・千鳥かなめの物語はそのまま本巻へと続く。第2巻では《ミスリル》がテロ組織「A21」および巨大兵器「ベヒーモス」と対峙することとなり、宗介たちはテロ活動の阻止と住民・かなめの安全を同時に守るという極限状況に身を投じる。宗介は軍人としての能力を発揮しつつ、かなめを巡る戦闘と非日常の嵐に立ち向かう。

主要キャラクター

  • 相良宗介
    《ミスリル》に所属する特殊兵士。戦闘技能・戦術理解力に優れ、非日常的状況でも迅速かつ的確に対応する戦士である。同時に“軍人脳”を高校生活へ持ち込む不器用さも併せ持つ。
  • 千鳥かなめ
    宗介の護衛対象たる高校生の少女。明るく活発だが、《ウィスパード》として何らかの特殊能力を持ち、複数の勢力から狙われる存在である。また宗介の世界と日常の狭間で大きな影響力を持つ人物である。
  • テレサ・“テッサ”・テスタロッサ
    《ミスリル》の指揮官の一角。冷静沈着かつ柔軟な判断力を持ち、宗介の作戦遂行を支える存在として機能する。

物語の特徴

本作の魅力は、戦争描写と学園生活という相反する要素を同時進行させる点にある。宗介が《ミスリル》の兵士としてテロ活動阻止に挑む一方、高校生活という“普通の日常”も進行するという緊張感が作品全体を引き締める。また、テロ組織との戦闘は単なる戦闘描写に留まらず、兵器・戦術・人間ドラマを絡ませることで重厚なリアリティを生む。武装組織のミッション、軍用技術、特殊能力《ウィスパード》といったSF要素と、護衛対象としてのヒロインの存在が絡むヒューマンドラマが本作の差別化された魅力である。書籍情報

フルメタル・パニック! 2 疾るワン・ナイト・スタンド
Full Metal Panic
著者:賀東 招二 氏
イラスト:四季童子  氏
出版社:KADOKAWA
レーベル:ファンタジア文庫
発売日:1999年3月18日
ISBN:9784040711157

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あらすじ・内容

『このライトノベルがすごい! 2008』作品部門1位! 本格ミリタリーアクション!
雨雲を貫く爆発音! 千鳥かなめ誘拐事件から2か月――平穏を取り戻した相良宗介は、ごく日常的な爆破活動にいそしんでいた。狙撃、罠、そして爆破。だが、宗介が宗介なりの平和を享受していたそのとき、新たなる強敵は密やかに彼の背後に忍び寄っていた『ミスリル』の美少女艦長テッサを追って、東京壊滅を謀るテログループが宗介たちに襲いかかったのだ! 邪悪な計画を阻止するため、宗介とかなめは共に夜の東京を疾り抜ける!! 最先端技術を搭載した敵機――「悪魔」と恐れられる超兵器がその全貌を明らかにするとき、この街は炎に包まれてしまうのか!? ノンストップ・アクション・コメディ、早くも第3弾!! 

フルメタル・パニック! 2 疾るワン・ナイト・スタンド

感想

本巻は、シリーズにおける「巨大ロボット戦争もの」としての側面が、本格的に前面へ出てきた一冊である。
ラムダ・ドライバを巡る戦闘が本格化するが、主人公の宗介はまだそれを自在に扱える段階には至っておらず、その不利さが戦闘全体に緊張感を与えている点が印象的であった。

とりわけ、ラムダ・ドライバを駆使した超巨大なロボットが都市を破壊していく描写は、どこか怪獣映画を思わせる迫力を持っていた。
ただし本作が面白いのは、それが単なる「強いロボット」ではなく、超常的な技術【ラムダ・ドライバ】で無理やり動かしている存在として描かれている点であった。
理屈が破綻しているからこそ生まれるロマンがあり、兵器でありながら怪物としての立ち位置が心に残った。

全体の構成面では、序盤に短めのギャグパート【銃刀法違反】が置かれるものの、そこを過ぎると終始シリアスな展開が続く。
前巻のような学園ドタバタは若干控えめであり、物語は一気に戦闘へと舵を切っていく。
この切り替えの早さは好みが分かれるところだが、シリーズが単なる学園コメディでは終わらないことを示す意味では、非常に分かりやすい方向転換であったと感じる。その好みの不満は短編集で充分補填されてるのも面白い。

舞台が日本国内であることも、本巻のリアリティを支える大きな要素である。
「日本で傭兵やテロリストが活動すればどうなるか」「日本で巨大ロボットを使った戦闘が起きたらどうなるか」という前提が丁寧に書かれており、無茶な展開でありながら地に足がついている。
この感覚は、フルメタル・パニック!という作品が長く支持されてきた理由の一つだろう多分。

また、本巻から本格的に登場するテレサ・テスタロッサの存在感も非常に強い。
優秀な指揮官でありながら、どこか抜けたところのある「ドジっ子」かつ年相応の乙女という属性は、千鳥かなめとは異なる方向のヒロイン力を持っている。
ダブルヒロイン構造の片翼として、すでに完成度の高いキャラクターであり、主役級の輝きを放っていると感じた。

総じて本巻は、フルメタが「学園ラブコメ+ロボットもの」から、「国家と都市を巻き込む軍事SF」へと明確に踏み出した巻である。ハチャメチャさはやや後退したが、その分、世界観と戦闘描写の重みが増している。
学園ギャグを求める読者は短編集に任せ、本編では本気で殴り合う。その割り切りの良さこそが、本巻の最大の魅力であると感じた。

最後までお読み頂きありがとうございます。

フルメタル・パニック! 1巻
フルメタル・パニック! 3巻

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登場キャラクター

陣代高校

千鳥かなめ

生徒会の副会長であり、相良宗介の異常行動に対して止め役として動く立場である。相良宗介の本業を知る少数の同級生でもある。
・所属組織、地位や役職
 陣代高校、生徒会副会長である。
・物語内での具体的な行動や成果
 屋上の試射をやめさせるため、相良宗介をしかりつけた。
 黒色火薬の事故では、消火器で火を消した。
 二塁ベースを投げて、相良宗介にぶつけた。
 発信機の破壊案として、電子レンジの方法を出した。
 終盤では、背中の冷却装置らしき場所を相良宗介へ伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 護衛の事情を知る立場のため、事件対応に巻きこまれやすくなった。

相良宗介

〈ミスリル〉の兵士であり、陣代高校では生徒として二重生活をしている立場である。合理を優先しがちで、千鳥かなめと衝突しやすい関係である。
・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉、ウルズ7である。
 陣代高校、生徒である。
・物語内での具体的な行動や成果
 屋上でライフルの試射を行った。
 訓練キャンプ制圧では、M9側として作戦を進めた。
 千鳥かなめとの約束を忘れ、関係がこじれた。
 テロ側の襲撃を自室で迎えうち、侵入者を排除した。
 〈アーバレスト〉で〈ベヘモス〉と交戦し、弱点を突いて崩壊へつなげた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 護衛任務の失敗で、千鳥かなめとテレサの連れ去りを許した。
 戦後に〈アーバレスト〉を自分の機体だと告げられた。

風間信二

同級生として相良宗介にからみ、状況を軽口でほぐす立場である。生徒会室では行事側の役も持つ。
・所属組織、地位や役職
 陣代高校、文化祭実行委員会の副委員長である。
・物語内での具体的な行動や成果
 昼休みに相良宗介へ声をかけ、千鳥かなめとの関係をからかった。
 生徒会室の空気を読まずに話を広げ、火に油を注いだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 試験前で会議が中止となり、動きの場が消えた。

常盤恭子

千鳥かなめの近くにいる同級生であり、日常側の視点で異変を見つける立場である。
・所属組織、地位や役職
 陣代高校、生徒である。
・物語内での具体的な行動や成果
 ソフトボール授業で、千鳥かなめの不機嫌を指摘した。
 終盤の教室で、千鳥かなめに話しかけて様子をうかがった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 日常の場面で、事件後の異常さを示す役割を担った。

神楽坂恵里

授業中の秩序を守ろうとする教員であり、相良宗介の反射行動に巻きこまれる立場である。
・所属組織、地位や役職
 陣代高校、教員である。
・物語内での具体的な行動や成果
 授業で相良宗介を注意し、状況をただそうとした。
 相良宗介の覚醒反応で制圧されかけた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 教室が戦場の延長であることを示すきっかけになった。

ノリコ

屋上での言い争いにいた当事者であり、恋人関係の話題で揺れる立場である。
・所属組織、地位や役職
 陣代高校、生徒である。
・物語内での具体的な行動や成果
 ミキオと関係の進め方で言い争った。
 事故後は千鳥かなめに保健室への同行をうながされた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 銃声と事故で、場の中心から外れた。

ミキオ

屋上で相良宗介へ抗議し、事故の当事者になった生徒である。軽率な行動が被害につながった立場である。
・所属組織、地位や役職
 陣代高校、生徒である。
・物語内での具体的な行動や成果
 屋上で相良宗介に発砲をやめろと抗議した。
 落下した黒色火薬に、火のついたタバコで引火させた。
 背中を燃やしたが、消火器で火を消された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 軽い火傷で済み、致命的な被害は出なかった。

〈ミスリル〉

テレサ・テスタロッサ

作戦の判断を下す指揮官であり、完璧を求めて揺れやすい立場である。相良宗介に対して上官として関与する。
・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉、強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉の艦長であり大佐である。
・物語内での具体的な行動や成果
 訓練キャンプの空振り報告を受け、次の対応を決めた。
 タクマ確保のため、日本の研究所へ向かった。
 相良宗介の部屋へ逃げこみ、タクマをかくまった。
 〈ベヘモス〉出現後、〈アーバレスト〉投入を受け入れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 嫉妬や焦りで判断がぶれたと自覚し、千鳥かなめに打ち明けた。

メリッサ・マオ

現場で指揮と実務を回す兵士であり、相良宗介を現実に引き戻す立場である。戦闘と判断の両方を担う。
・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉、曹長である。
・物語内での具体的な行動や成果
 訓練キャンプの追跡結果を報告した。
 増援が少ない状況を説明し、三人での対処を決めた。
 M9で救助に向かったが、〈ベヘモス〉に破壊された。
 赤海埠頭でカリーニンと合流した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 戦力不足の中で、現場のまとめ役として影響力が強まった。

クルツ・ウェーバー

狙撃の技能を持つ兵士であり、軽口で緊張をほどく立場である。相良宗介の判断に踏みこむ役でもある。
・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉、軍曹である。
・物語内での具体的な行動や成果
 訓練キャンプで名乗り出るよう呼びかけ、選別を助けた。
 走行中に〈ベヘモス〉の火器を狙撃し、誘爆させた。
 終盤で背中の穴の観察に協力し、情報をまとめた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 感情優先の考えを示し、相良宗介の迷いを揺さぶった。

アンドレイ・カリーニン

作戦の要点を押さえる指揮官であり、日本側の状況をつなぐ立場である。テレサの判断にも影響する存在である。
・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉、少佐である。
・物語内での具体的な行動や成果
 成田の事件を伝え、テレサを呼び出した。
 研究所で移送の判断をめぐり、慎重論を述べた。
 拘束下で敵をだまし、拳銃で逆転して脱出した。
 沈没する船から生還し、セイナの最期に立ち会った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 不在が続き、〈ミスリル〉の戦力運用に穴が開いた。

リチャード・マデューカス

艦の運用を支える副長であり、柔軟さを説く立場である。テレサの完璧主義と対立する関係である。
・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉、〈トゥアハー・デ・ダナン〉副長であり中佐である。
・物語内での具体的な行動や成果
 空振りの報告を受け、現実を受け止めるよう助言した。
 終盤では、〈アーバレスト〉投射投入の案が採用された。
・地位の変化, 昇進, 影響力, 特筆事項
 指揮官の判断を支える補佐役としての重みが示された。

ヤン

テレサの護衛として同行し、負傷して搬送された兵士である。現場で身をていして守る立場である。
・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉、伍長である。
・物語内での具体的な行動や成果
 崩落の場面でテレサをかばい、負傷した。
 救急搬送の手配が行われた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 その後の行動は本文では確定していない。

フライデー

M9に搭載されたAIであり、追跡情報を提供する立場である。人間の判断を補助する存在である。
・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉、M9〈ガーンズバック〉搭載AIである。
・物語内での具体的な行動や成果
 監視システム経由で、拉致に使われた車両の位置を報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 追跡開始の根拠となり、作戦の方向を決める助けになった。

アル

〈アーバレスト〉側のAIとして言及され、対抗手段の不足が示された存在である。
・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉、〈アーバレスト〉搭載AIである。
・物語内での具体的な行動や成果
 ラムダ・ドライバへの対抗手段を即答できない状況が描かれた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 情報不足が、相良宗介の工夫を促す形になった。

テロ側〈A21/A22〉と関係者

クガヤマ・タクマ

暴力衝動と記憶のゆがみを抱え、ラムダ・ドライバ適性を疑われる少年である。敵側に利用される立場である。
・所属組織、地位や役職
 テロ側の構成員として扱われている。
 「〈A21〉の一員」という情報が示されている。
・物語内での具体的な行動や成果
 成田空港で税関係官に襲いかかり、首をしめた。
 伏見台学園でPHSを使い、居場所を敵へ流した。
 〈ベヘモス〉を操縦し、ラムダ・ドライバを起動した。
 終盤で敗北し、テレサの言葉の後に動かなくなった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 「Ti77」の反応が出ており、矯正の影響が示唆された。

セイナ

襲撃部隊を率い、タクマ奪還を目的に動く操縦者である。冷淡に命令を出す立場である。
・所属組織、地位や役職
 テロ側、ソ連製AS〈サベージ〉の操縦者である。
・物語内での具体的な行動や成果
 巡査長を射殺し、襲撃を開始した。
 研究所を攻撃し、タクマ奪還を指揮した。
 赤海埠頭でカリーニンに目的を語り、情報を引き出そうとした。
 終盤で重傷となり、カリーニンの前で死亡した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 〈ベヘモス〉計画の内情を語り、脅威の構図を明らかにした。

中佐

フィリピン側の訓練キャンプで訓練生をしごく教官である。殺しの訓練を教えこむ立場である。
・所属組織、地位や役職
 訓練キャンプの教官であり中佐である。
・物語内での具体的な行動や成果
 訓練生に「一撃で仕留めろ」と説教した。
 基地が安全だと誇示した直後に、奇襲を受けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 その後の安否は本文では確定していない。

日本側の公的機関と周辺

シマムラ

研究所側の説明役として登場し、警備の過信を示す立場である。テレサと会話を交わす。
・所属組織、地位や役職
 運輸省の人間として記載されている。
・物語内での具体的な行動や成果
 テレサの年齢を誤認した。
 研究所の警備が万全だと主張した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 襲撃の発生で、見立ての甘さが浮きぼりになった。

その他の場面関係者

伏見台学園の用務員

潜伏者を見つけ、深追いせずに帰るよう促す人物である。現場の空気を変える立場である。
・所属組織、地位や役職
 伏見台学園高校、用務員である。
・物語内での具体的な行動や成果
 生徒会室で一同を見つけ、一階の用務員室へ連れていった。
 学校側へ言わないと告げ、電車のあるうちに帰れと諭した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 潜伏が甘かったことを示す要因になった。

丸眼鏡の男

戦闘の観測者として登場し、結果と費用を冷静に評価する立場である。
・所属組織、地位や役職
 所属は本文では示されていない。
・物語内での具体的な行動や成果
 屋上から戦いの結末を見届けた。
 〈ベヘモス〉計画を期待外れだと評した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 〈アマルガム〉という言葉が会話内で共有された。

義足の男

観測者の一人として登場し、成果と次の行動を語る立場である。強い敵意をにおわせる。
・所属組織、地位や役職
 所属は本文では示されていない。
・物語内での具体的な行動や成果
 戦闘データ回収を成果として認めた。
 相良宗介と千鳥かなめに再会したと語った。
 近いうちに挨拶に行くと予告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 今後の対立を示す存在として残った。

展開まとめ

プロローグ

屋上での痴話喧嘩

昼休みの屋上で、ノリコとミキオは恋人関係について言い争っていた。ミキオは関係を進めることを求め、ノリコは恐怖心から踏み出せずにいた。二人の会話は緊張感をはらみつつ続いていた。

銃声による中断

会話の最中、突然の銃声が屋上に響いた。給水塔の上では相良宗介がライフルを構え、校庭に向けて試射を行っていた。宗介は二人の存在を気にも留めず、銃の精度確認を淡々と続けたため、屋上は断続的な発砲音に包まれた。

抗議と説明

騒音に耐えかねたミキオが宗介に抗議すると、宗介は新しく入手したライフルと弾薬の試射であり、距離が必要だと冷静に説明した。その理屈はミキオには理解できず、混乱は収まらなかった。

千鳥かなめの介入

そこへ生徒会副会長の千鳥かなめが現れ、試射を即座にやめるよう宗介を強く叱責した。宗介が正当性を主張する中、かなめは上履きを投げつけ、その拍子に黒色火薬の缶が落下した。

事故と消火

落下した黒色火薬は、ミキオの火のついたタバコに引火し、爆発を起こした。ミキオの背中が燃え上がり混乱が生じたが、かなめが消火器を使って迅速に鎮火し、被害は軽度の火傷で済んだ。

衝突と急用

宗介は処置を評価したものの、かなめは校内への爆発物持ち込みを厳しく非難し、消火器で殴打した。その直後、宗介は通信を受け、急用を理由に屋上を去った。

残された者たち

宗介が立ち去った後、かなめは呆れながらも倒れたミキオとノリコに向き直り、保健室まで付き添うかどうかを申し訳程度に申し出た。

1: 異邦の流儀

帰国と混乱した自己認識

六月二四日、日本標準時一四〇一時。成田市の新東京国際空港に到着した少年は、入国審査の列を進みながら、自分がなぜこの国に戻ってきたのかを一時的に思い出せず、強い違和感と混乱に襲われていた。長期間の訓練と調整を経て帰国した事実と、破壊を目的とする使命の記憶が断片的に浮かび上がる一方で、自身の正体すら曖昧になっていた。

タクマという存在

少年は自分をクガヤマ・タクマと認識していたが、それは表向きの名前であり、本当はタテカワ・タクマという〈A2〉の特別な存在であるという自覚を取り戻した。強い嫌悪感と苛立ちを抱えつつも、薬を飲まずにその衝動を抑え込もうとしていた。

税関での違和感と衝動

税関係官と対面したタクマは、相手のネクタイの歪みといった些細な点に強烈な不快感を覚え、暴力衝動を必死に抑えながら形式的な受け答えを行った。短期留学からの帰国であると穏やかに説明する一方、内心では他者を傷つけたいという欲求が渦巻いていた。

姉への依存と思考の逸脱

タクマは先に帰国している姉の存在を思い浮かべ、姉が自分のために「悪魔の機体」を動かす準備をしていると信じていた。姉に認められたいという思考が、彼の暴力的な衝動を正当化する支えとなっていった。

暴発

入国を許可された後も係官への嫌悪を抑えきれなくなったタクマは、突如として錯乱し、絶叫とともにカウンターを飛び越えて係官に襲いかかった。馬乗りになって首を絞め続け、周囲の制止にも応じず、強烈な快感と歪んだ高揚に浸りながら暴力を振るい続けた。彼の意識は最後まで姉の存在に向けられていた。

密林の模擬市街地と訓練の実態

六月二五日二二五五時、フィリピン北部ルソン島の密林に、市街戦用の模擬演習場が存在していた。中佐は訓練生たちに、敵を一撃で仕留めること、容赦なく殺すことを叩き込み、訓練生は銃撃と爆発が飛び交う中でも疲労を見せずに制圧を完了させた。中佐は整列させた訓練生に、脱走や死亡者が出た事実を挙げつつも、彼らが殺し屋として形になりつつあると評し、憎悪を燃料にせよと説教した。

〈ミスリル〉の噂と中佐の激昂

訓練生の一人が、軍や警察ではなく〈ミスリル〉と戦う場合を問うと、中佐はその名を知らず、噂話だとして一蹴した。しかし訓練生たちの間には〈ミスリル〉が革命家の活動を妨害し、訓練キャンプを襲撃するという不安が広がっていた。中佐は基地が難攻不落であると誇示し、周囲二〇キロの警戒網と重装備、さらにアーム・スレイブ二機の存在を示して、奇襲など不可能だと断言した。

電磁迷彩の奇襲と基地の崩壊

その直後、夜空から炎の矢のような攻撃が降り注ぎ、戦車が撃ち抜かれて爆発し、アーム・スレイブも破壊された。夜空の星の歪みから、電磁迷彩によるステルス装置が解除され、三機の正体不明の灰色のアーム・スレイブが出現した。三機は基地上空で降下し、着地と同時に装甲車やヘリを破壊し、兵士と訓練生を圧倒した。外部スピーカーで投降を命じる声は若い女のもので、電気銃によって逃走者は次々に気絶させられた。

相良宗介の任務と捕虜の選別

灰色の機体は〈ミスリル〉の主力機M9〈ガーンズバック〉であり、相良宗介はコックピット内で索敵モードの切り替えを命じつつ、基地制圧の終盤を監視していた。捕虜は模擬市街地の中央広場に集められ、宗介らは逃亡者を電気銃で制止しながら、目標である日本人の訓練生グループを選別しようとした。クルツ・ウェーバー軍曹が外部スピーカーで名乗り出るよう促したが、手配書と一致する日本人は見つからず、メリッサ・マオ曹長の追跡結果も同様であった。

約束の失念と二重生活の露呈

作戦が外れに終わった報告と引き渡し準備が進む中、宗介は突然、別の重大な失念に気づいた。それは日本で千鳥かなめと一九〇〇時に会い、期末テスト範囲を教わる約束であった。戦闘任務を終えた直後にもかかわらず宗介は狼狽し、クルツやマオに呆れられながらも、極秘部隊〈ミスリル〉の兵士であると同時に東京の高校生でもある現実が浮き彫りとなった。

六月二五日 一五一八時

訓練キャンプの空振り報告

ルソン海峡の強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉中央発令所で、テレサ・テスタロッサはメリッサ・マオ曹長から、訓練キャンプが空振りだったと報告を受けた。マオは指導者を追及し、日本人グループが一〇日前に見学に来たこと、マニラからゴールドコーストへ向かう話があったことを述べたが、確証は得られず、情報が誤りだったと結論づけた。テッサは作戦が空振りに終わったことを認め、マオに予定通り帰艦するよう指示した。

完璧主義と柔軟性の衝突

報告後、テッサは情報の誤りを軽視できないと考え、テログループがソ連製ASを入手している可能性を挙げ、街中での暴走を懸念した。副長リチャード・マデューカス中佐は、全能ではない以上、こうした事態を受け止める習慣が必要だと述べ、柔軟性を強調した。テッサはそれを怠惰と断じ、完璧な情報と作戦を追い求める理想を崩さなかった。

カリーニン少佐からの新情報

艦のマザーAIが回線をつなぎ、別任務で日本にいた作戦指揮官アンドレイ・カリーニン少佐が通信してきた。カリーニンは、問題のテログループの構成員の一人が成田空港で逮捕されたと伝えたが、その少年に例の反応が出ていると続けた。

ラムダ・ドライバの兆候と出動決定

テッサはその報告を受け、逮捕された少年がラムダ・ドライバを駆動させる能力を持つ可能性が高いと理解した。ラムダ・ドライバは精神を糧にし、使い方を誤れば極めて危険な未知の装置であり、それを扱える人間をテロリスト側が握っている状況は深刻であった。身柄は日本政府が押さえており精密検査ができないため、カリーニンはテッサの直接の対応を要請した。テッサは了承し、手筈を整える方針を示して通信を切り、危険な能力者を誰が利用しているのかという疑念を抱いた。

六月二六日 一〇〇一時(日本標準時)

ソフトボールでの苛立ち

都立陣代高校の校庭で、体育のソフトボール授業が進行していた。千鳥かなめは投手として三者三振を奪い、常盤恭子に本気すぎると指摘されつつも強気に取り繕った。恭子はかなめの機嫌の悪さを見抜き、その原因が相良宗介にあると察した。

約束の反故と不機嫌の理由

かなめは前日に、相良宗介へ期末テスト勉強を教える約束をしていたが、宗介は指定時刻に現れなかった。連絡も繋がらず、かなめが用意していた手料理は食卓に残されたままであった。宗介は当日も欠席しており、かなめは状況を知らないまま苛立ちを抱えていた。

見えない壁と突風の異変

打順が回ったかなめは、ヘリコプターのような音を聞きながらも打席に立ち、宗介への怒りをぶつけるようにフルスイングして大きな打球を放った。しかし打球は上空で突然停止し、見えない壁に当たったかのように真下へ落下した。直後、ローター音が激しくなり、強風と粉塵が校庭を覆って視界が奪われ、かなめは二塁ベースにしがみついて耐えた。やがて轟音と風は収まり、空には何も残らなかった。

宗介の帰還とすれ違い

静けさが戻ると、夏服姿の相良宗介が校庭に現れた。宗介は周囲を警戒しつつかなめを呼び、二時間目には遅刻で済むと確認して、南シナ海から直通で到着したと告げた。かなめは不可解な異変でホームランが潰されたことを宗介のせいだと皮肉ったが、宗介は注意を促しただけで男子の授業へ向かおうとした。

約束の確認と怒りの爆発

宗介は立ち止まり、前日の約束についてかなめが怒っているかを尋ねた。かなめは大げさに否定したが、宗介はその言葉を真に受け、約束を思い出した時に怒られているかと案じていたと淡々と述べた。さらに宗介は、重大な用件があって約束を忘れていたと認め、軽い足取りで去ろうとした。

二塁ベース投擲とタッチアウト

かなめは怒りを抑えきれず、二塁ベースをフリスビーのように投げつけ、宗介の後頭部に命中させた。宗介は悲鳴も上げずに荷物を放り出して崩れ落ち、かなめは罵声を浴びせた直後、内野手にタッチされてアウトとなった。

六月二六日 一〇二八時(日本標準時)

ヘリ移動と研究所への到着

テレサ・テスタロッサは〈トゥアハー・デ・ダナン〉からヘリで六時間移動し、埼玉県狭山市郊外の防衛庁管轄・技術研究所へ向かった。機密度の高い施設で、問題の少年タクマが収容されていると聞かされていた。着陸後、アンドレイ・カリーニン少佐が出迎え、テッサは必要だから呼んだのだと釘を刺しつつ同行した。

シマムラとの面会と年齢誤認

カリーニンの後ろには運輸省のシマムラが待っており、英語で挨拶した。シマムラはテッサの年齢を三〇歳前後と誤認していたが、それはカリーニンが普通の天才だと説明し、年齢を曖昧にした結果であった。テッサは困惑し、自分が老けて見えるのかと不安を覚えた。

テログループの襲撃準備と目的

場面は別地点に移り、テロ側の一団が、目的は収容されているタクマの奪還であり、邪魔者は排除すると確認していた。セイナと呼ばれる女は、タクマは計画に絶対必要であり、タクマがいなければ〈ベヘモス〉が動かないと淡々と述べた。一団は〈ベヘモス〉が動けば自衛隊も蹴散らせ、街を灰にできると語り、襲撃準備を開始した。

警官殺害と〈サベージ〉の点検

巡回中のパトカーがトレーラー付近で停止し、巡査長が職務質問を行った。セイナはサイレンサー付き自動拳銃で巡査長を射殺し、別の男たちも運転席の巡査をサブマシンガンで撃って止めを刺した。その後セイナは死体処理と移動を命じ、自身はトレーラーに収めたソ連製第二世代AS〈サベージ〉の点検に移った。コートを脱いで操縦服を露わにし、破壊の前奏曲と呟いた。

六月二六日 一二三三時(日本標準時)

昼休みの悶々とした宗介

陣代高校南校舎の昼休み、風間信二は相良宗介の頭の怪我を心配しつつ、千鳥かなめが宗介の死を嘆いて自傷するかもしれないと冗談めかして語った。宗介はそれを否定し、むしろ朝の一件以来かなめに完全に無視され、話しかける糸口も作れずに悶々としていると認めた。宗介は自分が嫌われていると結論づけ、信二はその弱さをからかった。

生徒会室とかなめの当てこすり

二人は生徒会室へ向かった。宗介は「安全保障問題担当・生徒会長補佐官」という怪しい役職で雑用係扱いされ、信二は文化祭実行委員会の副委員長として会議参加の予定だった。しかし会議は試験前で中止となっており、信二が不満を漏らして出ようとしたところへ、千鳥かなめが入室した。かなめは信二には愛想よく謝り、約束を忘れたことを自分で最低だと責める形で、約束を破る男は許せないと強く言い放ち、宗介に聞こえるよう当てこすった。

花束の提示と逆効果の説明

信二が退室すると、かなめは宗介に冷たく接し、生徒会室で勉強を始めた。宗介は意を決して白い花束を差し出し、昨夜摘んだものだと受け取ってほしいと頼んだ。かなめは一瞬心を緩め、花の名を尋ねたが、宗介はそれがケシであり、阿片からヘロインの原料が取れるため売れば金になると淡々と説明した。かなめの機嫌は即座に逆戻りし、宗介の常識外れが改めて露呈した。

廊下での事情説明と護衛関係の確認

かなめは宗介を廊下へ引っ張り出し、昨夜来なかった理由が〈ミスリル〉の緊急呼集による任務だったのかを小声で確認した。宗介はフィリピンへ行ってとんぼ返りしたと認め、かなめが宗介の本業を知る唯一のクラスメートであることが示された。二か月前、かなめがテロリストに拉致されかけた事件があり、宗介と〈ミスリル〉が救出した経緯があった。かなめが〈ウィスパード〉という特殊な存在らしいこと、宗介が生活圏に常駐する護衛であることは共有されていたが、狙われた理由や組織の真意は不明のままであった。

かなめの怒りと宗介の致命的な勘違い

かなめは誠意とデリカシーの問題だと激昂し、上履きで宗介の頭を連打した。宗介は理解したと止めに入ったが、誠意とは高く売れる麻薬を持ってくることだと本気で解釈し、次はコカのペーストを取ってこいという意味だろうと述べた。かなめはその発言に対し、首筋へ上段回し蹴りを叩き込み、怒りを爆発させた。

六月二六日 一三一〇時 (日本標準時)

取調室の少年と矯正の疑い

防衛庁技術研究所で、テッサはマジック・ミラー越しに少年クガヤマ・タクマを観察した。平凡に見えるが異質さを漂わせる小柄な少年で、数年前の爆弾テロ組織〈A21〉の一員という情報には違和感があった。カリーニンは、成田空港で少年が税関係官を殴打し絞殺しかけた事件を説明し、取り押さえ後の異常興奮から薬物検査を行った結果、血中に追跡中の薬物「Ti77」反応が出たと報告した。これは「ラムダ・ドライバ」適性者を矯正する訓練と薬物投与の副作用として、凶暴性や記憶障害が出る可能性を示していた。

テッサの判断と面接延期

テッサは検査書類を確認し、少年がクロなら「ラムダ・ドライバ搭載型兵器」が用意されているはずだと推測した。仲間の帰国状況や背後関係も聞き出したいが、少年は黙秘しており、非人道的手段は使えない。テッサがそれを許さないと釘を刺した直後、少年が突然ミラーに突進し狂暴化した。警備員が押さえ込み、テッサは動揺しつつも「多分クロ」と勘で結論を傾けた。面接は行う意志を示したが、少年に鎮静剤が打たれ、夕方以降へ延期となった。

襲撃の予兆とシマムラの過信

廊下でシマムラは、少年をただの薬物中毒と見なし、研究所の警備は二個小隊規模で万全だと豪語した。テッサは侵入者襲来の可能性を示し、タクマの重要性を説明しようとしたが遮られた。直後、敷地外れの病院棟方面で爆発と銃声が連続し、炎と黒煙が上がった。襲撃者が研究所を攻撃し、タクマ奪還に来た可能性が現実となった。

タクマ移送を巡る対立

テッサは「目的はタクマだ」と直感し、すぐに移送しようとした。しかしカリーニンは、彼らは部外者であり、隠れてやり過ごして奪還されるのを待つべきだと慎重論を述べた。テッサはそれを拒否し、タクマが渡れば恐ろしい機体に乗せられ、甚大な危険が起きると断じた。そこへシマムラが割り込み、勝手な連れ出しを禁じ、装備充実の警備隊なら返り討ちにできると強弁した。

装甲車の撃破と〈サベージ〉出現

警備側の装甲車が通過した直後、それは白い火線に貫かれて爆発し、破片が窓を割った。病院棟の陰から姿を現したのは、ソ連製第二世代AS K-22〈サベージ〉であった。灰色塗装の機体は重機関銃で警備員を掃射し、40ミリ・ライフルで建物を撃ち抜きながら進み、赤い二つ目をこちらへ向けた。テッサには、その無機的な視線が笑っているようにすら感じられた。

崩落と衝撃

〈サベージ〉がこちらを狙った瞬間、カリーニンとヤンがテッサに飛びつき、伏せさせようとした。次の瞬間、凄まじい衝撃で天井が崩落し、ガラスや鉄筋やコンクリート片が舞った。音が遠のく中、ヤンが破片を受けながらも身を挺してかばおうとする姿が見え、テッサは落下しながら「そこまでしなくても」と思ったところで、さらに別の衝撃が彼女を殴りつけた。

〈サベージ〉による制圧

灰色の〈サベージ〉は目標のビルと周辺を完全に制圧した。警備隊の姿は消え、逃走・死亡・瀕死のいずれかであった。白煙と粉塵の中、機体は半壊したビルへ接近し、瓦礫を踏み砕いて内部に手を伸ばすと、全関節をロックして停止した。

セイナの侵入

頭部ハッチが開き、オレンジ色の耐Gスーツを着た操縦者セイナが姿を現した。自らがもたらした破壊に感情を示すことなく、超然とした視線でサブマシンガンを手に取る。〈サベージ〉の腕を渡ってビル内へ入り、建材と血肉の残骸が散らばる廊下を進んだ。

空の取調室

タクマがいるはずの取調室に到達したが、室内は無人で、倒れた椅子と簡素なテーブルだけが残されていた。入口には血痕が点在し、負傷した警備兵がタクマを連れ出した可能性が示唆された。短時間で、襲撃側に見つからず移送された事実に、セイナは険しい表情を見せた。

追跡の指示

襲撃チームの覆面男が合流し、発信機の反応があったはずだと報告するが、現在は受信範囲外であった。セイナは即時の捜索を命じ、「あの悪魔を動かすには、絶対にタクマが必要だ」と断言した。

負傷者の発見

近くで負傷者が一人発見されたとの報告に、セイナは警備兵なら殺害を指示した。しかし運ばれてきたのは研究所の人間ではない白人の男で、ブラウンのスーツは破損し、背中にガラス片が刺さる重傷だった。意識は辛うじて保たれていた。

対峙と断絶

セイナは銃口で男の顔を上げさせ、その強い意志の光から、戦いを生業とする者だと直感した。かつて心を許しかけた人物の面影が一瞬よぎる。正体を問うと、男は「おまえの敵だ」とだけ答え、そのまま意識を失った。

2: ウルズ7にバトンが渡る

六月二六日 一八三一時(日本標準時)

夕刻の同行と護衛の齟齬

夕暮れの調布市多摩川町。千鳥かなめは帰宅途中、相良宗介に付けられていると感じ、苛立ちを露わにした。宗介は後を追っているわけではなく、住まいが近所で同じ方向なだけだと説明するが、かなめは素直に受け取れず、気まずい同行が続いた。

宗介の理屈とかなめの拒絶

宗介は関係修復を提案し、約束を破った理由の説明や謝罪、贈り物までしたと述べる。しかしその言い回しは任務優先の論理に終始しており、かなめの感情に寄り添うものではなかった。かなめは二人の関係を「ただの同級生」と切り捨て、守る義務など押し付けだと激しく反発した。

衝突する価値観

宗介は護衛としての責任を主張するが、かなめはそれを保護者面と断じ、任務第一の戦争屋だと辛辣に非難した。自分が狙われる存在であっても、それは宗介の仕事上の都合にすぎないと突き放し、彼が死んでも線香一本で済ませるとまで言い切った。

別れ際の後悔

感情を爆発させたまま、かなめは宗介を残してマンションへ駆け込み、エレベーターに乗り込んだ。扉が閉まった後、彼なりに謝っていることを理解していながら素直になれない自分に気づき、壁に額を打ちつけて自己嫌悪に沈んだ。

六月二六日 一八四〇時(日本標準時)

宗介の自室への帰還と違和感の発見
宗介はかなめの言動の矛盾に悩みながら帰宅したが、廊下で部屋の中に人の気配を察知した。鍵が開いている状況から侵入を疑い、拳銃を抜いて突入すると、そこには見知らぬ少年と、拳銃を構えたテレサ・テスタロッサがいた。少年はタクマであり、テッサは彼を確保したうえで宗介の到着に安堵した。

タクマの暴走と一時的な確保
タクマは鎮静剤が切れたのか突然暴れ、宗介に飛びかかった。宗介は銃を使わず制圧し、失神させて手錠で寝室に拘束した。テッサは研究所襲撃からの逃走経緯を説明し、護衛のヤン伍長を救急搬送の手配後に置き去りにし、複数回タクシーを乗り継いで宗介の部屋へ辿り着いたと語った。

かなめの謝罪と最悪の鉢合わせ
チャイムで訪ねてきたかなめは、先ほどの暴言を謝り、重箱の料理を持ってきた。宗介はテッサとタクマの存在を隠しきれず立ち塞がるが、ちょうど浴室からバスタオル姿のテッサが現れ、かなめと目が合った。かなめは状況を誤解し、料理を押し付けて立ち去り、宗介の説明も冷えた声で遮った。

偵察任務の方針と、敵の襲撃
テッサはマデューカス中佐らに連絡し、メリッサ・マオとクルツ・ウェーバーの応援、さらにM9の投入を手配した。宗介は敵戦力や情報網を推し量るが、直後にチャイムが鳴り、ベランダから催涙弾と武装侵入が発生した。宗介は即応して照明を落とし、侵入者を射殺し、ベランダ側の侵入も射撃で阻止した。玄関からも配達員を装った襲撃者が突入したが、宗介は躊躇なく撃って排除し、計三名の襲撃を退けた。

テッサの動揺とタクマの挑発
襲撃者が若い日本人である点や装備の高度さから、敵〈A22〉の実力と情報力が示唆された。テッサは冷静に状況分析しようとするが、直前まで気を緩めていた反動もあり、宗介にすがって感情を抑えきれなくなる。そこへタクマが「逃げても無駄」と挑発し、宗介は銃口を突きつけて最短の解決を提示するが、テッサは「同じになってはいけない」と制止した。

撤収の決断と暗号の伝言
宗介は銃を下ろし、遺体処理と移動準備を進める一方、テッサに〈デ・ダナン〉への連絡を依頼した。移動先の合図として、宗介は「日本史を習いに行く」と伝えるよう指示し、それがクルツに通じる符丁であると示した。

六月二六日 二〇三一時(日本標準時)

メゾンK

かなめの独り相撲と自己嫌悪
かなめは帰宅後、宗介とテッサを目撃した衝撃を引きずり、嫉妬と自己否定の妄想に沈んだ。宗介が約束を破った理由まで勝手に「恋人と一晩中一緒だった」に結びつけ、根拠のない物語を積み上げて消耗していった。

宗介一行の来訪と“匿え”要求
夜にチャイムが鳴り、かなめが開けると宗介、テッサ、タクマの三人が立っていた。宗介は「困っている。かくまってくれ」と直球で頼み、かなめは不機嫌を爆発させつつも、結局ほうじ茶を出して状況を聞く流れになる。

テッサの“悪ふざけ”と三角疑惑の泥沼化
かなめは「16歳の女の子が潜水艦の艦長で大佐」など信じ難い点を突き、宗介の説明もタクマの同席で細部を語れず説得力を欠いた。さらにテッサはわざと歯切れの悪い言い方をし、「ソウスケ」と呼ぶなど、宗介にだけ刺さる含みのある態度を見せ、かなめの疑念を加速させた。

かなめの挑発でタクマが発作を起こす
かなめは礼節を盾にタクマへ圧をかけ、家庭環境まで踏み込む挑発を重ねた。タクマは「母はいない」と吐露し、かなめも自分も同じだと返すが、追撃の煽りでタクマは錯乱し、かなめに飛びかかろうとする。宗介が押さえ込み、手刀で失神させて事態を収めた。

発信機の発見と“電子レンジ作戦”
暴れるタクマを制圧した際、宗介は上腕部に硬い棒状の異物を触知し、テッサがそれを「発信機」と断定した。位置を知らせる電波を出す監視用機材で、材質も非金属中心のため発見が困難だった。かなめは発信機破壊の手段として電子レンジを提案し、扉の安全スイッチを箸で騙して開扉状態で稼働させ、発信機部位だけ露出して数秒照射し破壊した。テッサは乱暴さに驚きつつも、結果的に助かったことを認めた。

即時撤収の判断と三人同行の確定
宗介は発信機が止まったと敵が知れば即襲撃が来ると判断し、かなめにも同行を命じた。かなめは「恋の逃避行」だと拒絶するが、テッサが悪ふざけを謝罪し、自分が上官であり組織としてかなめの保護が必要だと凛と説得したことで、かなめは渋々受け入れた。

ベランダの非常口で階下へ潜行脱出
三人はベランダ床の非常口から下階へ降り、タクマも穴に押し込んで受け渡しながら移動した。途中、野球中継の音が大きい部屋や留守の部屋を利用し、留守宅は窓を破って侵入して玄関側の様子を確認する。道路には黒塗りのライトバンが停車しており、宗介は敵と断定せずとも警戒しつつ、ナンバーを記憶して非常階段から裏手の植え込みへ抜けた。

逃走先の検討と“別の高校”の提案
テッサが手すり越えで転倒する小トラブルはあったが、負傷はなかった。宗介は「人を巻き込まず、目立たず、よく知った場所」を条件に逃走先を考える。かなめは学校を提案するが陣代高校は露呈すると却下され、かなめは「もっと近くに別の高校がある」と切り札を示した。

六月二六日 二一〇七時(日本標準時)

赤海埠頭

カリーニンの覚醒と拘束状況の把握
アンドレイ・カリーニンは意識を取り戻すと、まず自身の損傷を点検した。肋骨のひびと肝臓へのダメージ、背中と両腕の裂傷があり大量出血の痕跡もあったが、致命傷ではなかった。周囲の波音と反響から停泊中の船内と判断し、鉄扉で閉じられた船室で足首を手錠で繋がれていることを確認した。応急処置は未熟で、敵に医師がいないと見抜いた。

セイナの来訪と“ミスリル”の逃走確認
鉄扉が開き、研究所で会話した女セイナが現れた。彼女は追手が三人倒され、テッサとタクマが逃走した事実を告げ、さらに逃げ先が「相良宗介」であることまで把握していた。カリーニンは宗介がテッサの受け皿になったと察し、敵の情報網の鋭さを再認識した。

Aの正体を匂わせる昔話
セイナは〈A〉が単なる武装テロではないことを示すため、武知征爾という日本人傭兵の話を始めた。彼は凶悪事件を起こした非行少年を無人島に集め、サバイバルと戦闘技術を叩き込み、更生させる福祉事業〈AA〉を運営していた。しかしメディア侵入による事故で死者が出ると、訓練内容は歪められ、組織は“テロ養成所”扱いで解体され、生徒の過去も暴露された。セイナはその過程で自身の家庭の傷まで晒されたと示唆し、怒りの根を露わにした。

カリーニンへの試しと“同類”認定
セイナはカリーニンに「武知に似ている」と告げ、さらに「ペテン師呼ばわりで殺された時、部下が仇討ちに走ったらどう思う」と問うた。カリーニンは死者は何も思わないと答え、セイナは冷淡に「つまらない、やっぱり殺す」と銃を抜くが、目的が会話そのものではなく次の行動にあると匂わせた。

目的の告白と宗介への宣戦布告
セイナは「平和ぼけした街を自分たちの色に染める」と語り、破壊と恐怖で東京を焼き尽くす意志を明確にした。そして宗介と連れを必ず殺し、タクマを奪還すると宣言する。カリーニンは賭けとして「ラムダ・ドライバ」の名を出し、セイナの反応で核心に触れたことを確認した。セイナは興味を示して銃を収め、立ち去る際、武知征爾は留置所で首を吊って死んだと告げた。

3 : 二兎を追うもの・・・・・・

六月二六日 二一四〇時 (日本標準時)

潜伏先の選定と“待てば助かる”空気
宗介一行は伏見台学園高校の生徒会室に侵入し、かなめの土地勘を頼りに一時休息を取った。宗介は衛星通信で増援を要請済みで、マオとクルツ、M9を載せた輸送ヘリが二時間以内に到着する見込みであった。かなめは発信機を電子レンジで壊したと明かし、タクマも動揺を見せたため、宗介は当面ここが安全だと判断した。

PHSと嫉妬と地雷原みたいな三角関係
かなめはドラマ録画のためPHSで連絡しようとし、宗介は居場所漏洩を警戒して制止した。かなめは「非常時に偉くなる癖」を刺し、宗介は反論できず黙り込んだ。テッサは宗介がかなめの言葉を優先して聞くように見えることに不満を募らせ、宗介は義務を果たしているだけなのに責められる状況に消耗していった。

用務員の巡回と、雑すぎる隠れ方
怪談話で場をつないでいたところ、用務員の巡回が近づき、一同は机の下に潜んだ。しかしテッサの身体がはみ出し即座に発見され、年老いた用務員に一階の用務員室へ連行された。老人は事情を深追いせず茶を淹れ、学校側には黙っておくから電車のあるうちに帰れと諭した。そこでテッサは家族の話を持ち出し、タクマも姉への崇拝と劣等感を覗かせたが、核心は語られなかった。

女子トイレでの急襲と、人質化の始まり
しばらく平穏が続いた後、かなめとテッサがトイレへ向かった。かなめはPHSが無いことに気づくが、捜索に戻る前に黒装束の男に制圧され、声を出せないまま拘束される。もう一人の男がトイレ出口で待ち、個室から出てきたテッサを襲撃し、二人は同時に掌握された。

タクマの露骨な種明かしと居場所の暴露
宗介が二人の遅れを訝って動こうとした瞬間、かなめのPHSの着信音がタクマのポケットから鳴った。タクマは机の下での混乱に紛れPHSをすり取り、伏見台学園という校名を意図的に口にさせて回線を開きっぱなしにし、敵へ現在地を通知していた。宗介は状況を悟り、電話口の男から「女二人を預かった。タクマを連れて一分以内に校庭へ出ろ」と命じられる。

交渉の場と“どちらを先に助けるか”の選択
校庭では狙撃配置が完成しており、宗介は手榴弾を握ったままタクマと手錠で繋ぎ「撃てばタクマも死ぬ」と牽制して交渉に入った。敵は女を一人解放する提案をし、宗介は二人が同時に助かる確率を優先してテッサを先に解放するよう要求した。テッサは自分が“守られる側”と決めつけられたことに激しく反発し、宗介との関係は決定的に冷え込んだ。

照明点灯の賭けと、戦闘の崩壊
交換を進める中で宗介は用務員に依頼していた「銃声や爆発音でグラウンド照明を点ける」策を発動し、手榴弾で攪乱して狙撃手の一人を撃破した。だが、かなめは逃げずにタクマへ組み付き盾にしようとし、さらにテッサも飛び出して二人を助けに走ったため、宗介の計算は破綻した。体育館側の狙撃手は宗介の頭を抑えることに徹し、宗介は流し台に退避するが、敵は対戦車ロケットを持ち出し水飲み場ごと吹き飛ばした。

宗介消失と再拘束
爆発で宗介の姿は見えなくなり、かなめとテッサの背後には自動拳銃を持つ敵が迫った。タクマは「まだ殺すな」と口走るが理由は言えず、無線の指示で敵は二人を殺さず手錠を投げ渡して自分で付けさせ、従わせた。宗介の生死は不明のまま、かなめとテッサは敵に連行される状況となった。

六月二六日 二三二七時(日本標準時)

赤海埠頭の“音”が示すもの
アンドレイ・カリーニンは船室で耳を澄まし、工作機械やクレーン、ジェネレーターの駆動音から、船内の貨物室で大掛かりな組立と最終テストが進んでいると推測した。目的は特殊なASであり、それを使って都市で破壊行動を行う算段だと見抜いた。

セイナの接近と、痛みで測る“答え”
セイナは再び現れ、カリーニンの包帯越しに傷口を押し込み、痛みで反応を引き出そうとした。武知征爾を卑怯者と呼ぶのかと詰めるセイナに対し、カリーニンは「師は君の中にしかいない」と返し、セイナの信仰と不安の核心を突いた。セイナは一度感情を緩め、カリーニンを戦士ではなく聖職者のようだと評し、僧服が似合うとまで微笑したが、決定的な言葉を飲み込み、すぐに氷の声へ戻った。

敵対の宣言と“ラムダ・ドライバ”の使い道
セイナは最初からカリーニンが敵であり、殺さなかったのは気まぐれだと言い切った。ラムダ・ドライバの知識を吐かせたら用はないと通告し、宗介は死んだと伝えたうえで、かなめとテッサをタクマと一緒にこちらへ連行中だと告げた。さらにセイナは、二人をカリーニンの目の前で拷問にかけて情報を引き出す意図を示し、タクマを“あれ”に乗せて、武知征爾を否定した世界へ反逆させると宣言した。

六月二六日 二三三四時(日本標準時)

保健室での覚醒と失態の自覚
相良宗介は伏見台学園高校の保健室で意識を取り戻した。戦闘服の防弾繊維のおかげで致命傷は免れたものの、ロケット弾による爆風で気絶するという結果は明確な失態であった。グラウンドを確認した宗介は、千鳥かなめとタクマ、そしてテレサの姿が消えていることを悟り、連れ去られたと判断した。死体が残っていなかった点に安堵しつつも、自身がウルズ7として果たすべき役割を完全に失敗した事実を重く受け止めた。

伏見台学園に降り立つ〈ミスリル〉の切り札
老用務員との気まずいやり取りの最中、不可視モードで透明化したCH-0輸送ヘリが校庭に降下した。宗介は無線でゲーボ9から連絡を受け、遅すぎた到着に歯噛みしながらも外へ出る。ヘリが去った後、夜の校庭に姿を現したのは、〈ミスリル〉最新鋭AS・M9〈ガーンズバック〉であった。複雑な装甲構成と高出力兵装を備えたその機体は、状況が「学園の騒ぎ」などという生ぬるい段階をとっくに過ぎていることを雄弁に物語っていた。

マオとクルツ、いつも通りの最悪な再会
M9の足元には、メリッサ・マオ曹長とクルツ・ウェーバー軍曹が待機していた。宗介と頻繁に組む三人一組の編成であり、黒と極彩色を基調としたAS操縦服に身を包む二人は、状況の深刻さとは裏腹に、いつも通りの空気を持ち込む。クルツは開口一番、かなめとテッサの行方を軽口混じりに尋ね、即座にマオから無言の蹴りを受けた。事態は最悪、だがウルズ7のチームは揃った。ここから先は、もう言い訳の余地はない。

六月二七日 ○○二一時(日本標準時)

多摩川河川敷での再編成
相良宗介、メリッサ・マオ、クルツ・ウェーバーの三人は、伏見台学園高校を離れ、多摩川河川敷で態勢を立て直した。敵狙撃手の一人は姿を消しており、生死は不明であった。M9〈ガーンズバック〉は不可視モードのECSによって市街地を隠密移動してきたが、電線切断や酔客に遭遇しかけるなど、相変わらず平和な日本に巨大兵器は不向きであった。

戦力不足という現実
宗介が経緯を説明すると、マオは〈トゥアハー・デ・ダナン〉が多忙を極め、増援が期待できない現状を明かした。カリーニン不在、総司令官テレサも危機的状況という、組織としては最悪のタイミングである。宗介は自責の念を口にしたが、マオは個人でどうにかなる状況ではないと断じ、組織的に動く重武装の敵を三人で相手取る無謀さを指摘した。

マオという指揮官
マオは戦闘技能、電子戦、AS運用のいずれにも精通し、現場判断に長けたリーダーであった。宗介に対しても必要以上に責めることはなく、冷静に現実を見据えている。その態度は慰めではなく、事実の提示に近かった。

タクマの正体と宗介の直感
クルツは軽口を叩きつつ、タクマが千鳥かなめと同種の〈ウィスパード〉なのかを確認した。宗介は、大佐がそれを知っていたと述べつつも、タクマはかなめとは異質だという直感を示した。その根拠は勘に過ぎなかったが、マオとクルツはその異例さを逆に重く受け取った。

追跡開始の合図
M9のAI〈フライデー〉から通信が入り、警視庁の監視システム経由で、拉致に使われた黒塗りのライトバンが首都高速1号線、江東区方面で確認されたことが報告された。千鳥かなめが身につけている超小型発信機の存在もあり、行き先は臨海地区、すなわち港湾部である可能性が高まった。

反撃開始
マオはM9で先行し、宗介とクルツは車両で追従することを決定した。合流地点は後ほど指定される。限られた戦力、限られた時間、そして最悪の相手。それでもマオは淡々と宣言する。反撃開始。
やれやれ、人質救出作戦にしては、随分と人手が足りない。だが文句を言っても敵は待ってくれない。

六月二七日 ○一一〇時 (日本標準時)

首都高速での車内会話
首都高速都心環状線を走行する軽トラックの車内で、運転するクルツ・ウェーバーは軽口を叩きつつ、宗介の判断について踏み込んだ。宗介はテレサ・テスタロッサを先に救出した選択を振り返り、自身の判断を疑っていたが、クルツはあっさりと「馬鹿だ」と断じたうえで、好きな相手を優先すると豪語した。効率と任務を重んじる宗介に対し、クルツは直感と感情を重視する姿勢を示し、理詰めで全てを選べる状況ではなかったと語った。

クルツという存在
軽薄な言動とは裏腹に、クルツは宗介と互角の戦闘能力を持ち、特に狙撃においては常軌を逸した才能を誇る。正規軍の経歴を持たない傭兵であり、その過去については多くを語らない。冗談めいた態度の裏に、語られない経験と影があることを、宗介は理解していた。

判断の是非と直感
宗介は選択の合理性を主張したが、クルツは「どちらを選んでも結果は同じだった」と断じ、こういう局面では直感に従うしかないと述べた。宗介は反論を試みるも、軽口に流され、会話は平行線のまま終わった。

緊急連絡
その最中、メリッサ・マオから無線連絡が入った。自衛隊と警察が敵の位置を把握し、赤色灯を点けたパトカーが埠頭へ向かっているという。公式部隊の介入により、奇襲の余地は失われ、千鳥かなめとテレサの身が危険にさらされる状況となった。

時間との競争
マオは警察・自衛隊の動きを妨害するため、システムへの侵入を試みるが、時間稼ぎにしかならないと判断した。宗介とクルツは状況の悪化を悟り、救出を急ぐ必要性を共有する。クルツは緑茶の缶を放り投げ、アクセルを踏み込んだ。
やれやれ、善意で動く組織が入るほど、現場は混乱する。だが愚痴っている暇はない。生き残るのは、速い方だ。

4: 破壊の導火線

六月二七日 ○一一〇時(日本標準時)

船室での対話と相互理解
貨物船〈ジョージ・クリントン〉の使われていない船室で、テレサ・テスタロッサはタクマが敵に渡った事実と、ラムダ・ドライバ搭載兵器が動き出す恐怖に押し潰されかけていた。千鳥かなめの行動力に「普通ではない」と揺さぶられ、自分が嫉妬や焦りで判断を誤ったことを吐露する。かなめは日常の「敵」と戦ってきた経験を語り、過去の陰湿な迫害を越えた経緯を明かした。二人は宗介の不器用さを笑い合う瞬間を共有し、ぎこちないながら距離を縮めた。

カリーニン救出と逆転劇
会話の最中、武装した男が現れ、二人はカリーニンのいる部屋へ連行された。敵は「拷問は無駄」と見て、テッサやかなめを人質に情報を引き出そうとする。銃口を突きつけられたカリーニンは〈ミスリル〉の存在を口にしつつ、最後の瞬間に演技を捨て、奪った拳銃で至近距離から敵を射殺した。さらに速射で残る二人も沈め、拘束を自力で破壊して復帰する。かなめは、テッサが〈ミスリル〉の総指揮官で「大佐殿」である事実を突き付けられ、状況の異常さを噛みしめた。

貨物船内部の追跡と異臭の退避
三人は船内を移動中、追手をやり過ごすため悪臭漂う狭いトイレに潜む。テッサは貨物船内で稼働する大型発電機らしき音に着目し、AS用としては規模が過大である点から、ラムダ・ドライバ絡みの異常兵器を疑う。推量では止められないとして、貨物室の偵察を決断し、かなめを巻き込んで行動を開始する。

ベヘモスの正体と包囲
貨物室で三人が目撃したのは、ASをはるかに超える巨大機械〈ベヘモス〉であった。暗赤色の装甲と巨大アームを持ち、貨物室そのものを占拠する規模で、動けば大量殺戮が避けられないとテッサは理解する。照明点灯と同時に敵に完全包囲され、操縦服姿のタクマが現れる。タクマは破壊を「主張」として語り、武知征爾を否定した社会への復讐と、セイナを喜ばせたい欲求を淡々と明かした。

爆発による混戦とかなめの孤立
警察・自衛隊接近の中、銃撃が始まる直前に船底付近で爆発が起き、船体が大きく傾いて貨物室は大混乱となる。かなめは転倒し、カリーニンとテッサとは分断されたまま、銃撃を避けて逃げ回る羽目になる。恐怖の中で「声」のようなものを耳奥で感じつつ、追ってきた敵にレンチとバールで反撃し、執念で相手をねじ伏せた。

宗介との再会と脱出開始
覆面の敵は相良宗介であり、かなめは安堵と恐怖の反動で宗介に抱きついてしまう。宗介は頭上の敵を射撃で排除し、船を沈めるため爆薬を起爆した事実を告げる。マオとクルツも合流していると明かし、四人で脱出へ動き出す。

タクマの崩壊とセイナの死
揺れで計画が崩れ、起動を諦めかけたタクマをセイナは力で引きずり、〈ベヘモス〉を動かせと迫る。タクマは「価値」を否定され、虚無に沈みつつ操縦席へ向かう。途中、急き立てた仲間を拳銃で撃ち落とし、注射器で薬剤を注入して儀式を終える。カリーニンが制止に現れるが、セイナが狙撃し、船の崩壊でカリーニンは落下、セイナも落下物に潰されて姿を消す。タクマは「姉は死んだ」と受け入れ、激痛を抱えたままコックピットへ滑り込む。

甲板への合流と警察接近
宗介はかなめとテッサを護りながら通路を進み、クルツとも合流して上部甲板へ到達する。船は急速に沈み、四人は埠頭へ跳び移って離脱に成功した。しかしカリーニンが船内に残ったことが判明し、宗介はマオへ救助を要請する。赤色灯とサイレンが近づき、警察が到着しつつあることが示される。

M9突入と“腕”の出現
ECS透明化して待機していたマオのM9〈ガーンズバック〉が姿を現し、沈みかけた貨物船へ突入して救助に向かう。だが直後、貨物船側から金属が裂ける異音が響き、甲板上のM9が何者かに持ち上げられる。現れたのはASを凌ぐ巨大な腕であり、貨物室から〈ベヘモス〉が立ち上がろうとしていた。破壊は、準備段階から実行段階へ移った。

5: ベヘモス

六月二七日 〇○二三六時 (日本標準時)

巨人の出現と絶望の現実
六月二七日深夜、赤海埠頭に現れたのは、常識的なAS設計を踏み潰す規格外の人型機であった。宗介たちは距離があってもそれを「人型」と認識するのに時間を要し、濡れた赤い装甲と古めかしい板金鎧のような外観に、機械というより怪物めいた気配を感じ取った。

マオ機の瞬殺と嘲笑
巨人はマオのM9を鷲づかみにし、状況を把握できないままの機体を力任せに引き裂いた。胴体から衝撃吸収剤が飛び散り、残骸は海へ投げ捨てられた。低音スピーカー越しの笑い声が埠頭に響き、宗介たちは恐怖を現実として飲み込むしかなかった。

警官隊・自衛隊の無力化
駆けつけた警官隊と自衛隊は停止命令と一斉射撃で対抗したが、小火器も九六式の火力も装甲を貫通できなかった。巨人は弾雨を霧雨のように受け流し、次の段階へ移った。

タクマの高揚とラムダ・ドライバ
搭乗者タクマは巨体の操作感に酔い、〈ベヘモス〉のAI報告を受けてラムダ・ドライバを起動した。自衛隊機のロケット弾は命中直前に不可視の壁で無力化され、反撃の三〇ミリ機関砲が破壊の雨となって車両群と部隊を蹂躙した。

迎撃不能の制圧と刀による掃討
残存する九六式三機に対し、タクマは背部の「太刀」を抜き、歩くように接近して粉砕した。抵抗は成立せず、タクマは自分を世界の王と錯覚するほどの万能感に浸った。

テッサの自責と決断
テッサは惨状を前に、過去にタクマを止められなかった選択を悔いたが、指揮官としてやるべきことに立ち戻った。〈デ・ダナン〉へ衛星回線を開き、マデューカス中佐の独断で〈アーバレスト〉を弾道ミサイル投射で投入する案を受け入れ、投下地点として東京ビッグサイト周辺を選定した。

追跡開始とビッグサイトへの誘導
タクマはセンサーで宗介たち四人の熱源を捉え、狩りの対象として追跡を開始した。宗介たちは中古の軽トラックで逃走し、テッサの指示でモノレール高架を盾にしつつビッグサイトへ巨人を引き付ける方針を固めた。

走行中の狙撃と一時的な突破口
追撃の機関砲掃射で道路が抉られる中、宗介は針路を保ち、クルツは走行中の車上から一発で機関砲の砲口へ弾を通し誘爆させた。火力の一部を潰すことには成功したが、巨人はすぐ立ち直り、なお執拗に追いすがった。

六月二七日 ○二四一時(日本標準時)

東京都 江東区 赤海埠頭

カリーニンの生還と限界
埠頭のはずれの傾斜路に、アンドレイ・カリーニンは海中から引きずり上げられた。背中から受けた弾丸は肩を削る程度で致命傷ではなかったが、海水に血液と体温を奪われ、消耗し尽くして身動きが困難な状態であった。

セイナの救助と最期
カリーニンをここまで泳がせたのはセイナであった。彼女が致命傷を避けた射撃をしていたことから、彼を本気で殺す意図が薄かったことも示唆された。しかしセイナは背中から大量に出血しており、手当てが無意味と分かるほど深刻で、横たわったまま弱々しく言葉を紡いだ末に沈黙した。

〈ベヘモス〉の設計意図と脅威の核心
セイナは〈ベヘモス〉が本来、対AS用の「狩る側」として設計されたガンポートであり、さらに多くの火器を積む構想だったと明かした。一方で機体が鈍重である欠点を補うため、直撃兵器への脆弱性を克服する手段としてラムダ・ドライバが搭載され、その運用要員としてタクマが利用されたという構図が語られた。燃料は四十時間分であり、その間は誰も止められないとセイナは断じたが、最終的にはタクマ次第であるとも示された。

タクマの記憶改変とセイナの孤独
セイナはタクマの記憶が歪み、自分を「自分が殺した姉」と思い込むようになったことへの負い目を口にしつつ、彼をそのまま利用したと認めた。肉親もなく、ずっと独りであったという告白が、彼女の選択と破滅を静かに裏打ちしていた。

名を問う瞬間と看取り
セイナは助けた理由を問うが、カリーニンは察しがつくとして深くは語らず、彼女に嫌悪をぶつけられても謝罪した。セイナは一度だけ微笑み、最後に名前を求めたため、カリーニンはフルネームを名乗った。直後にセイナは息絶え、カリーニンは彼女のまぶたを閉じて最期を看取った。

マオの合流
背後で水を叩く音がして、メリッサ・マオが泳ぎ着いた。彼女は死にかけたと吐き捨てつつ、傍らの遺体を見下ろして関係を問い、カリーニンは曖昧に肯定するに留めた。

六月二七日 ○二四四時(日本標準時)

かなめの冷静と「戦場の心」
千鳥かなめは、恐怖で心臓が暴れていた直前とは打って変わって、妙に冷静になっている自分に気づいた。恐れてばかりでは必要な行動が取れないという、人間の心の切り替えを実感し、相良宗介が常にこうした場所で生きているのだと腑に落ちた。

軽トラックの逃走と国際展示場への誘導
〈ベヘモス〉の機関砲で高架が破壊され、落下するコンクリートの下を軽トラックは辛うじてくぐり抜けた。クルツは興奮し、宗介は苛立ちながらも逃走を継続した。周囲では車両の横転や街路樹の倒壊、ビルのガラス破損など被害が拡大し、軽トラック自体も損傷を重ねたまま国際展示場付近へ突入した。

AS降下カプセルの撃墜と宗介の離脱
展示場上空にAS降下用のカプセルが見え、かなめは過去の事件を思い出したが、〈ベヘモス〉は即座に機関砲でパラシュートを破壊し、カプセルを展示場へ落下させた。テッサは「まだ終わっていない」と断言し、宗介はかなめに運転を託して車外へ飛び降り、カプセル回収へ向かった。

かなめの強行運転と展示場突入
運転経験のないかなめはクルツとテッサに煽られ、赤信号無視の右折や植え込みへの突入、フェンス破壊を重ねて逃走を続けた。〈ベヘモス〉の足が車体をかすめ、ナンバープレートが剥がれるほど追い詰められた末、展示場のシャッターに激突しながらも内部へ突入した。だが車は限界に達して停止し、テッサは負傷して気絶状態となった。

宗介のカプセル奪取失敗と手榴弾
宗介は複雑な展示場内を銃撃と手榴弾で強引に突破し、落下したカプセルを発見した。しかし手動の分割レバーが床側に向いており、外板を開けられない。手榴弾でカプセルを動かそうとするが僅かに揺れただけで戻り、決定的な打開にはならなかった。

タクマの執念と〈ベヘモス〉の暴走
〈ベヘモス〉の操縦者タクマは負傷と錯乱の中で宗介への執着を燃やし、かなめを嘲弄しながら処刑しようとした。だがその直前、横合いから頭部が被弾し、屋根上に純白のAS〈アーバレスト〉が姿を現す。宗介は挑発し、タクマは激昂して突進した。

ラムダ・ドライバ対決と突破の兆し
宗介はショット・キャノンと対戦車ダガーで攻撃するが、〈ベヘモス〉の「見えない壁」にことごとく弾かれた。AI〈アル〉も対抗手段を知らず、宗介は以前の経験を頼りに「砲弾に意志を注ぐ」イメージでラムダ・ドライバを作動させ、弾を障壁越しに押し込むことに成功する。しかし巨体へのダメージは決定打にならず、戦況はなお不利であった。

かなめの“声”と冷却装置の情報
かなめは戦場の只中で、断続的に訪れる異常な浮遊感と「自分の声のようなささやき」に襲われた。さらに別の声が割り込み、「ラムダ・ドライバで敵背中の冷却装置を狙え」と断片的に告げて消える。正気に戻ったかなめは、その情報が重要だと直感し、危険を承知で通信機を求めて戦場へ向かった。

背中のスリット特定と最終攻撃
かなめとクルツは外壁沿いに接近し、背中の穴の配置を観察して「細長いスリット」を冷却装置候補として宗介へ伝達した。宗介は〈ベヘモス〉に掴まれ左腕を切り離して脱出し、股下をくぐる奇策で背中のスリットに照準を合わせ、ラムダ・ドライバを込めた徹甲弾を押し込み命中させた。

〈ベヘモス〉の崩壊と理由の回収
命中直後、〈ベヘモス〉は自重を支えていた力を失ったかのように沈み、関節と装甲が次々に崩壊して地面に激突した。後にテッサは、巨体の自重をラムダ・ドライバの斥力場で支えつつ障壁も展開していたため、冷却装置を潰して機能停止させれば自壊する理屈だと整理した。

タクマの最期とテッサの処置
宗介は残骸からコックピット・シェルを回収し、クルツが強制開放するとタクマは生存していた。錯乱したタクマはテッサを姉と呼び、敗北と喪失を訴える。テッサは泣かずに寄り添う言葉を与え、眠りを促し、タクマはそのまま動かなくなった。

戦後のやり取りとテッサの宣言
テッサはクルツと宗介を労い、〈アーバレスト〉を宗介のものだと告げた上で、かなめにも感謝を示した。さらに宗介の聴覚センサーを止めさせたうえで、かなめに「宗介を好きになった」と小声で宣言し、年相応の笑みを残して撤収を指示した。カリーニンたちの無事も伝えられ、一同は現場を離れる流れとなった。

国際展示場崩壊の遠景と観測者
半壊した国際展示場から約一キロ離れたビル屋上で、双眼鏡を持つ二人の男が戦いの結末を見届けていた。初夏の夜にもかかわらず、一人は「寒い」とこぼし、もう一人は丸眼鏡をかけた冷静な口調で状況を評した。

〈ベヘモス〉計画への失望と損失評価
丸眼鏡の男は、〈ベヘモス〉が「もう少し頑張る」と見込んでいたが、結果は期待外れだったと述べた。もう一人は、そもそも「ボーイスカウトにオモチャを与えた」程度で、期待する方が間違いだと嘲った。さらに丸眼鏡の男は、巡洋艦二隻分の費用がわずか十五分で失われたことを「馬鹿げている」と切り捨て、上層部の判断を疑った。

成果の確認と〈アマルガム〉の結論
義足の男は損失を認めつつも、戦闘データや映像を回収でき、社会不安も増大した点を成果として挙げた。欠陥も明確になった以上、〈アマルガム〉には〈ベヘモス〉は不要だという結論が二人の間で共有された。

“再会”の予告と敵意の露出
義足の男は「ほかにもいろいろ」と含みを持たせ、特に自分の「マイ・ダーリン」とその「ガール・フレンド」と再会できたことを喜ぶ様子を見せた。そして、近いうちに挨拶に行く、それも「とびきりの挨拶」をしに行くのだと不穏な予告を残し、にんまり笑いながら義足を引きずって屋上を去っていった。

エピローグ

有明の市街戦と日常への回帰
有明で発生した市街戦と、謎の巨大ASの暴走、自爆、そして東京ビッグサイトの甚大な被害は、朝のニュースを埋め尽くしていた。自衛隊関与の噂も飛び交ったが、真相は曖昧なままであった。それでも学校では試験前という現実が優先され、教室は世間話よりも試験対策の熱気に包まれていた。

千鳥かなめの疲弊と常盤恭子の苛立ち
常盤恭子は、いつも通り千鳥かなめと勉強をするつもりで声をかけたが、かなめは机に突っ伏して反応が鈍かった。徹夜同然で、しかも勉強ではなく「戦争」をしていたと語るかなめに、恭子は呆れつつも助けを求める相手を変える。

相良宗介の異変
恭子が声をかけた相良宗介は、教室の隅で腕を組み、身じろぎもせず前方を見つめていた。呼びかけにも反応せず、目を開けたまま規則的な呼吸をしており、完全に眠っている状態であった。

神楽坂恵里との衝突
授業開始とともに教室に入った神楽坂恵里は、宗介だけが教科書も出さず虚空を見つめていることに気付く。注意を重ね、感情的になりながら問いただした瞬間、宗介は戦場の反射行動のまま覚醒し、拳銃を抜いて恵里を制圧しようとした。

日常を守った一撃
その刹那、千鳥かなめの飛び蹴りが宗介に命中し、宗介は昏倒した。恭子の必死のフォローがなければ、神楽坂恵里は泣きながら教室を飛び出していた可能性が高かった。

静かな余韻
世界を揺るがす戦いの直後であっても、教室ではテスト前の授業が続いていく。その落差こそが、相良宗介と千鳥かなめの日常が、依然として戦場と隣り合わせであることを皮肉に物語っていた。

フルメタル・パニック! 1巻
フルメタル・パニック! 3巻

同シリーズ

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フルメタル・パニック! 1の表紙。
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外伝

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その他フィクション

e9ca32232aa7c4eb96b8bd1ff309e79e 小説「フルメタル・パニック! Family3」感想・ネタバレ
フィクション(novel)あいうえお順

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小説「フルメタル・パニック! 1 戦うボーイ・ミーツ・ガール」感想・ネタバレ

フルメタル・パニック! 2巻

物語の概要

本作はSFミリタリーアクション×学園ライトノベルである。世界最強と言われる特殊軍事組織《ミスリル》に所属する兵士 相良宗介 が、幼馴染の少女 千鳥かなめ を護衛する任務を帯びて日本の高校に“転校生”として潜入する。軍事訓練一辺倒の宗介と、普通の高校生活を送るかなめとの日常は、些細な勘違いやミスから大惨事へ転じることが多く、銃撃戦、爆破、機動戦闘が学園生活と混ざり合いながら進行していく。護衛対象であるかなめには《ウィスパード》と呼ばれる特殊能力が宿されており、それを狙う勢力との衝突も物語の重要な軸となっていく。主人公は理屈で世界を守ろうとし、美少女を守るために日々“非常識な戦闘”を繰り広げる。

主要キャラクター

  • 相良宗介:本作の主人公。世界最強の武装組織《ミスリル》に所属するエリート戦士であり、日本の高校に転校して護衛任務を遂行する。戦争訓練一色の価値観で学園生活に挑み、常識外れの行動を繰り返すが、護衛対象への忠誠は絶対的である。
  • 千鳥かなめ:物語のヒロインであり、宗介の護衛対象となる普通の女子高生。《ウィスパード》と呼ばれる特殊能力を内包しており、それを狙う勢力の標的となる。明るく強気な性格で、宗介の戦闘行動にツッコミを入れる存在でもある。
  • テレサ・“テッサ”・テスタロッサ:宗介が所属する《ミスリル》の潜水艦指揮官。冷静な戦術眼と部下への深い思いやりを持ち、宗介を支える存在としてシリーズを通じて登場する。

物語の特徴

本作の魅力は、SFミリタリーアクションと学園コメディの融合にある。相良宗介という「戦場で最強だが生活常識ゼロ」の兵士が、普通の高校生活に無理矢理入り込み、銃火器や軍事用語を日常へ持ち込むギャップが笑いと緊張を同時に生む。

また、“護衛対象の少女に隠された秘密”というミステリアスなSF要素も物語の核であり、単なる戦闘描写に留まらず、国家・組織・個人の価値観まで描く重厚さを備えている。これらが“軍事もの”“ライトノベル”“ラブコメ”という異なるジャンルを同時に満たす稀有な作品となっており、読者の支持を長年集めている。

書籍情報

フルメタル・パニック! 1 戦うボーイ・ミーツ・ガール
Full Metal Panic
著者:賀東 招二 氏
イラスト:四季童子  氏
出版社:KADOKAWA
レーベル:ファンタジア文庫
発売日:1998年9月18日
ISBN:9784040711164

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あらすじ・内容

誰もが夢に描いた最上級のエンターテイメントがここにある!
楽しい学園生活、美少女を守る最強の男の子、巨大ロボット、次々襲い掛かってくる危機!年代を問わず誰もがワクワクする物語が読みたいならフルメタにお任せ!第1巻を読み終えた時、きっとあなたはフルメタファン!

フルメタル・パニック!戦うボーイ・ミーツ・ガール

感想

『フルメタル・パニック! 戦うボーイ・ミーツ・ガール』は、高い完成度で成立させている作品であり、その時点で一つの才能を感じさせる一冊であった。
読後にまず浮かぶ感想は、まさに「ごった煮」というものであった。
しかし不思議なことに、その雑多さは破綻ではなく、むしろ物語を前へ押し出す推進力として機能している。

物語は、千鳥かなめを護衛するために相良宗介が日本の学校へ潜入する場面から始まるが、この導入からしてすでにズレが楽しい。荷物検査で銃を発見されるという致命的な失敗に始まり、女子ソフトボール部に入部しようとするなど、宗介の「やらかし」は容赦なく連続する。軍人としては極めて有能である一方、日常生活では壊滅的という落差が強烈であり、学園パートのコメディとしての切れ味は非常に高い。

一方で、本作の怖さは、笑っている隙を容赦なく潰しに来る点にある。かなめを狙う敵に対し、巡航ミサイルで施設ごと叩き潰すという解決方法は、学園ラブコメの文脈では明らかに一線を越えている。それでも「ミスリルなら許される」と思わせてしまう説得力があり、読者は気付けば納得させられている。

さらに、修学旅行中の飛行機ハイジャックという大事件が発生し、舞台は一気に異国へと移る。北朝鮮へ連れ去られたかなめと宗介が逃亡生活を送る展開は、学園もの、軍事アクション、政治サスペンスが一冊の中で自然につながっていく異様さを象徴している。この題材を正面から物語に組み込む大胆さは、確かに賀東招二ならではのものだと感じられた。

かなめと宗介の関係性も印象深い。かなめは単に守られる存在ではなく、宗介の異常さを言葉で引き戻す役割を担っている。一方の宗介は、戦場では無敵であるにもかかわらず、人間関係においては未熟そのものである。その不器用さが、逃亡という極限状況の中で徐々に浮かび上がり、「戦うボーイ・ミーツ・ガール」という題名が単なる飾りではないことを強く実感させる。

振り返ると、本作は学園コメディ、ロボット兵器、国際紛争、ラブコメ、逃亡劇と、要素だけを並べれば明らかに過剰である。それでも破綻せず、むしろ勢いと楽しさが勝っている点に、この作品が長く愛され続けてきた理由があるように思われる。

総じて本作は、「こんな話は普通なら成立しないだろう」という無茶を、やり切る強度を持っていた。
ごった煮でありながら完成度は高く、読み終えたときには「確かにこれがフルメタである」と納得させられる。
第一巻にして、シリーズの魅力と方向性をこれ以上なく明確に示した、実に頼もしい幕開けであった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

フルメタル・パニック! 2巻

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登場キャラクター

〈ミスリル〉関係者

相良宗介

秘密組織の隊員であり、護衛を任務として学校に潜入する立場である。
常識のずれが騒動を生む一方、戦闘では合理で動く人物である。

・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉所属。SRTの隊員である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ソビエト領で救出作戦に参加し、対象を確保した。
 高校へ転入し、悟らせない監視を継続した。
 順安基地で単独救出を実行し、ASで突破と戦闘を行った。
 山中で信号を作り、無人機を起動して突破口を作った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 監視役から、作戦の成否を左右する現場の中心へ比重が移った。
 ラムダ・ドライバの運用に踏み込み、対抗手段の担い手になった。

クルツ・ウェーバー

狙撃と支援を担い、軽口で場を動かす立場である。
現場では馴れ合いの運用を選び、任務の形を変える人物である。

・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉所属。SRTの一員である。

・物語内での具体的な行動や成果
 格納庫で装備の話を交えつつ、任務の経緯を整理した。
 M9で支援に入り、順安基地で救出の一端を担った。
 山中で重傷を負いながらも生存し、衛星の発想を補強した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 負傷により戦力としての自由度が落ち、作戦は賭けに寄った。

メリッサ・マオ

チームのまとめ役であり、現場判断と空気作りを両立する立場である。
任務への責任と個人への情を同時に抱える人物である。

・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉所属。SRTの小隊長格である。

・物語内での具体的な行動や成果
 潜入準備で物品を集め、生活面の補助を行った。
 救出作戦でM9を運用し、人質誘導と爆弾処理に関与した。
 撤退判断に抗議し、捜索許可を求めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 作戦規定と感情の衝突が表面化し、指揮系統の冷酷さが示された。

アンドレイ・カリーニン

作戦の責任者として情報を選別し、命令で動かす立場である。
必要な説明を切り捨て、成果優先で判断する人物である。

・所属組織、地位や役職
 〈ミスリル〉の指揮官。少佐である。

・物語内での具体的な行動や成果
 護衛任務を命じ、学校潜入の条件を確定させた。
 順安の救出作戦を決定し、時間制限の計画を示した。
 無人のARX-7を射出し、回収までの手順を指示した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 情報秘匿を維持したまま、現場の生存を左右する決定を行った。
 「保険」という概念で、任務継続の構図を残した。

テレサ・テスタロッサ

艦の指揮官として作戦全体を動かし、損得で選択する立場である。
人質の安全と対象救出の優先順位に葛藤を持つ人物である。

・所属組織、地位や役職
 〈トゥアハー・デ・ダナン〉の艦長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 研究施設への攻撃を許可し、巡航ミサイルを発射した。
 ハイジャック後は外交と救出の順序を口にし、自己嫌悪を抱えた。
 離脱判断で待機を切り、艦の生存を優先した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 艦長としての決定が、人質の運命と作戦の形を決めた。

リチャード・マデューカス

艦の運用面で規律を担い、会話を引き締める立場である。
指揮系統の安定を優先する人物である。

・所属組織、地位や役職
 〈トゥアハー・デ・ダナン〉の副長である。

・物語内での具体的な行動や成果
 艦橋で艦長の雑談を止め、会議を実務に戻した。
 潜航と離脱の手順を確認し、艦の安全を支えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 大局では補佐役として機能し、判断の重さを艦長へ集中させた。

陣代高校関係者

千鳥かなめ

生徒会の一員であり、学校内では指示と交渉で物事を動かす立場である。
転校してきた同級生の行動に反発しつつも、放置できず関係がほどけていく人物である。

・所属組織、地位や役職
 陣代高校の生徒。生徒会に関わる立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 職員室から用紙を持ち出す陽動の役を担った。
 拉致後の検査と脱出で、同行者に技術の要点を伝えた。
 山中で撤退案を拒み、三人で生きる方針を押し通した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 周囲の保護対象から、脱出と対抗の要となる存在へ比重が移った。
 本人の内側に説明不能な知識が現れ、追跡理由の中心になった。

神楽坂恵里

学校では教師として規律を優先し、問題を現場で処理する立場である。
騒動の矢面に立つ一方、判断を生徒側へ投げる場面もある人物である。

・所属組織、地位や役職
 陣代高校の教員。担任として教室運営に関わる。

・物語内での具体的な行動や成果
 持ち物検査で武器類を押収し、職員室対応へ回した。
 部室突入の事件では拳銃を没収し、拘束状態を確認した。
 機内では連行への抗議を行い、処刑寸前の状況に置かれた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 学校内の管理者としての影響が、危機下では限定的になった。

常磐恭子

同級生として日常の会話を担い、感情の変化を見抜く立場である。
同行者の話を受け止めつつ、からかいで距離を調整する人物である。

・所属組織、地位や役職
 陣代高校の生徒。

・物語内での具体的な行動や成果
 登校時の愚痴を受け、対象への反応を観察した。
 機内や病室の場面で、周囲の空気を日常側へ寄せた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 危機の当事者ではないが、学校側の「普段」を象徴する役になった。

風間信二

同級生として軽率な行動で騒動を呼び、軍事知識を抱える人物である。
行動の動機が脅しである点が、事態の滑稽さと危うさを同時に示す。

・所属組織、地位や役職
 陣代高校の生徒。

・物語内での具体的な行動や成果
 侵入を試みて制圧され、下着を盗んだ事実が露見した。
 撮影した軍用機の話で、同行者と議論に没頭した。
 空港では落ち込む転校生に声をかけた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 偶発的に軍事情報の端を握り、監視側の緊張を増やした。

敵対勢力と周辺人物

ガウルン

テロリストとして誘拐を実行し、残虐な手段で主導権を取る立場である。
過去の因縁を盾に、対抗者を挑発し続ける人物である。

・所属組織、地位や役職
 特定国家に属さない武装勢力側の実行役である。

・物語内での具体的な行動や成果
 KGB将校を射殺し、標的を指名した。
 航空機を乗っ取り、北朝鮮基地への着陸を強制した。
 銀色のASで追撃し、ラムダ・ドライバを用いて戦闘を行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 単なる実行犯から、作戦全体の最大要因として扱われる存在になった。

コー

共犯者として現場に入り、計画逸脱を咎める立場である。
指揮役の暴走を止めきれない人物である。

・所属組織、地位や役職
 ハイジャック側の一員である。

・物語内での具体的な行動や成果
 操縦室に現れ、無差別殺害を問題視した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 主導権は握れず、現場の流れを変えられなかった。

KGB大佐

組織側の管理者として研究と誘拐の背景に関わる立場である。
損失の責任を負い、上層の処分へ追い込まれる人物である。

・所属組織、地位や役職
 KGB支局の大佐である。

・物語内での具体的な行動や成果
 研究所壊滅後に作戦中止と支払い拒否を通告した。
 直後に武装兵に連行され、失脚した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 研究の消失で立場を失い、権力の外へ落ちた。

白衣の女

検査を担当し、対象を装置に固定して判定を進める立場である。
目的のためにスタンガンや薬物を用いる人物である。

・所属組織、地位や役職
 基地内の検査担当者である。

・物語内での具体的な行動や成果
 検査内容を説明し、拒否に対して気絶させた。
 救出時の銃撃で流れ弾を受け、倒れた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 検査の手順は示したが、結果は現場の戦闘で断ち切られた。

展開まとめ

プロローグ

生徒会によるコピー用紙奪取作戦
放課後の職員室前で、千鳥かなめは相良宗介に対し、生徒会のためにA4コピー用紙二〇〇〇枚を持ち出す作戦を指示した。写生会用パンフレットの大量ミスプリントは教員側の過失であり、生徒会が補填を求めるのは正当であるという理屈に基づいていた。かなめが教師の注意を引き、その隙に宗介が用紙を運び出すという、単純な陽動作戦が確認された。

職員室での想定外の事態
かなめは社会科教師の狭山と会話し、宗介の行動を隠蔽しようとした。しかしその最中、宗介は発煙弾を使用し、職員室を白煙で満たした。煙は瞬く間に広がり、教師たちは混乱し、スプリンクラーまで作動する事態となった。宗介は目的を達したとして、かなめを連れて現場から脱出した。

作戦失敗と衝突
コピー用紙は水を被って使用不能に近い状態となり、かなめは宗介の極端な判断に激怒した。宗介は工夫の結果だと説明したが、一般常識を欠いた行動として非難され、殴られて床に倒れた。宗介は反論せず、傷ついた様子で沈黙した。

二人の関係性と伏線
宗介は幼少期から紛争地帯で育ち、日本での常識を持たない人物であり、その行動は常に周囲と軋轢を生んでいた。一方で、かなめは彼を完全には拒絶できず、面倒を見続ける理由を自覚していた。宗介が平時とは異なる真の姿を持ち、所属する組織や過去の事件が存在することを、かなめはすでに知っていた。現在の日常は、その出来事の延長線上にあり、すべての始まりは約一カ月前に遡るのであった。

1: 通学任務

逃亡の車内と少女の崩壊
四月一五日二一三七時、ソビエト連邦東部の森と泥濘の道を、軍服姿の中年男がジープで疾走していた。後部座席の少女は極度に衰弱し、爪を噛むことだけに縋るほど精神が壊れていた。男はあと数キロで山岳地帯に入り日本へ帰れると告げたが、少女は捕まって水槽に戻される未来しか思い描けず、殺してほしいという願いに支配されていた。

追撃とジープの破壊
背後からロケット弾と思しき攻撃が迫り、爆炎と衝撃が車体を襲った。フロントガラスは粉砕し、ジープは横滑りして跳ね上がり、炎の中で回転した。少女は車外へ投げ出され、泥雪の地面に転がって停止した。生き延びた少女は痛みも感じないまま残骸へ這い寄り、瀕死の男からCDケースを託され、南へ真っすぐ逃げろと命じられたのち、男の死を見届けた。

攻撃ヘリによる追い込み
少女が命令通りに歩き出すと、灰色の攻撃ヘリが現れ、止まらなければ射殺すると警告した。少女は止まらず、機関砲の威嚇射撃で泥を跳ね上げられ、倒され、着弾の衝撃に弄ばれた。嘲笑混じりの声が続いたが、状況は突然変わり、操縦側がASの存在に気付いたところで、ヘリは巨大な投げナイフに機首を貫かれて制御を失った。

アーム・スレイブの介入と救出
墜落してくるヘリに対し、全高およそ八メートルのアーム・スレイブが割り込み、機体を受け止めて少女から引き離した。アーム・スレイブは残骸を森へ投げ捨て、爆発を背に少女のもとへ戻り、怪我の有無を落ち着いた男声で確認した。近距離だったため対戦車ダガーを用いたこと、散弾砲は威力が過剰で使えなかったことが告げられた。

相良宗介の登場と〈ミスリル〉
胴体ハッチが開き、黒い操縦服姿の若い東洋人兵士が救急セットを持って降り、少女に日本語で痛い場所を問うた。兵士は自分が〈ミスリル〉の人間であり、どの国にも属さない秘密の軍事組織だと説明し、応急手当てを進めた。少女は男の死を伝え、悲しくないのかと尋ねたが、兵士はわからんと答えた。森から同型のアーム・スレイブ二機が現れて周囲を警戒し、少女は輸送ヘリの着陸地点へ運ばれ、海上の母艦へ戻る段取りだけが淡々と示された。

名乗りと意識喪失
意識がぼやける中、少女は兵士の名を乞い、兵士は相良宗介と名乗った。少女はそれを聞いた直後、意識を失った。

四月一五日 一六一一時 日本海・強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉

格納庫での雑談とM9の異常
〈トゥアハー・デ・ダナン〉の格納庫にはアーム・スレイブや輸送ヘリなど主力兵器が並び、任務と報告を終えた相良宗介は整備中のM9〈ガーンズバック〉を眺めていた。そこへクルツ・ウェーバー軍曹が現れ、無遠慮な軽口を叩きながら、宗介が攻撃ヘリを受け止めた荒技と機体の精密検査に触れた。ASという兵器が短期間で実用化され、十数年で戦闘ヘリも近づけない脅威へ進化した背景が示され、彼らの装備が“最新鋭の危険な道具”であることが暗に強調された。

救出した少女の後始末と任務の代償
クルツは、宗介が救出した少女が助かりそうだが重い薬物中毒であり、KGBの研究施設で投与されていた可能性を伝えた。宗介は治癒の見通しを問うたが、回復には時間がかかるとされ、任務の詳細は現場要員に共有されないままだった。死んだ男が〈ミスリル〉情報部のスパイであり、本来は情報だけを持ち出す安全な計画だったが、少女を見捨てられず破綻した結果、CD一枚と少女だけが残った経緯が整理された。

マオの合流とチームの空気
メリッサ・マオ曹長が格納庫に現れ、宗介とクルツに絡みつつ呼び出しを告げた。マオはチームのリーダーで、クルツと罵り合いながらも場を回し、宗介の無表情な実直さを軽く受け止めた。マオは自分は休むと言い残し、宗介とクルツだけが少佐のもとへ向かった。

カリーニン少佐の命令と千鳥かなめ
二人が入室すると、作戦指揮官アンドレイ・カリーニン少佐は前置きなく任務資料を渡した。経歴書に写っていたのは東洋人の少女、千鳥かなめであり、写真は四年前、現在は一六歳とされた。備考欄には黒塗りの重要情報があり、かなめがKGBなど不特定多数の機関に拉致される可能性があると少佐は告げたが、その理由は説明不要として遮断した。

護衛任務の条件と“悟らせない監視”
少佐は宗介とクルツに、マオを含む三人で千鳥かなめの護衛に当たれと命じ、人手は割けないと断言した。さらに任務は秘密裏で、日本政府にも本人にも悟られない監視と護衛が要求された。クルツと宗介は無茶だと反応したが、少佐はやり方次第で可能だと押し切った。

クラスB装備と透明化の前提
装備はクラスBとされ、M9を一機持ち込むこと、武装は最低限、外部コンデンサーを二パック携行することが指示された。ECSによる不可視モードを用いれば都市部でも運用可能であり、可視光まで消せる高性能な電磁迷彩で透明化できるが、戦闘機動時は消費が激しく維持できないという制約も示された。

最年少隊員の投入と転入届の結論
少佐は、かなめが通うのは男女共学の公立高校であり、日中の大半を学校で過ごす点を利用すると述べた。そのうえで、少女と同年代で日本人の“最年少隊員”がいるとして、宗介を指名する流れを作った。宗介が恐る恐る必要書類を問うと、少佐は命令書に署名しながら、必要なのは転入届であると告げ、宗介が学校へ潜入する前提が確定した。

通学任務 事前準備から転入初日まで

証明写真撮影の失敗
第一状況説明室で、相良宗介はカメラのレンズをむっつりにらみ、クルツ・ウェーバーにもっと笑えと指示された。宗介は不器用に笑顔を作ったが、証明写真としては顔面神経痛めいた表情となり、シャッター後すぐに無表情へ戻った。

艦内での“高校生らしさ”収集と常識のズレ
食堂では、メリッサ・マオが艦内から集めた高校生が持っていそうな品々を広げた。宗介はコンドームを見て用途を問われると、ジャングルで水筒を失くした際に水を運べると説明し、マオは呆れた。宗介の生活常識が一般と噛み合っていないことが、準備段階から露呈した。

恋愛ドラマ教材の誤読
第一状況説明室でクルツはビデオを見せ、日本の高校生を覚えろと宗介に叩き込んだ。映像は三角関係の修羅場だったが、宗介は後から来た女子が逃げた理由を、秘密を知ったから口封じで消されると考えたためだと解釈し、クルツを落胆させた。

潜入出発と偽造書類の確認
三浦半島沖で〈デ・ダナン〉が浮上し飛行甲板を展開すると、輸送ヘリにM9と装備一式が積まれた。宗介は座席で偽造住民票を再確認し、マオに本名で良いのかと問われても、戸籍の存在しない自分は名前を変えやすいとして問題なしと断じた。クルツとマオは宗介の適性を心配し、艦長テッサも不安視していることが示されたまま、ヘリは発艦した。

千鳥かなめの日常と持ち物検査への嫌悪
東京郊外で登校中の千鳥かなめは、前日のデート相手が話は多いのに中身がないと常磐恭子へ愚痴り続けた。校門前で持ち物検査が行われているのを見て、かなめは本そのものは問題ではないが、カバンの中身を見られる状況に気が重くなった。校門付近で口論が起き、担任の神楽坂恵里が転校生と押し問答をしている光景に、かなめと恭子は興味本位で近づいた。

転校生・相良宗介の露骨な武装発覚
神楽坂恵里は転校生のカバンを強引に奪って中身を確認し、最下層からオーストリア製マシン・ピストルや複数マガジン、爆薬や起爆装置、眩惑手榴弾などを掘り当てた。恵里はそれをオモチャとして没収し、本人を職員室で待たせると処理した。野次馬の生徒たちは笑って散り、かなめは軍事オタクで気持ち悪いと強い拒否感を示した。

宗介の認識ズレと“学校は武装地帯”仮説
廊下を歩かされる宗介は、所持品検査があるとは想定せず任務失敗を覚悟し、武器没収後は地下室での尋問まで想像したが、これは日常行事らしいと理解して拍子抜けした。銃器を持ち込む生徒が多いのかと疑い、今後の護衛難度を心配する一方、学校裏の雑木林にはクルツのM9が待機しており、腕時計型無線で呼べば一〇秒で来ると整理した。無線で状況を尋ねても、クルツは空腹と酒の愚痴を返した。

教室での紹介と自己紹介の大失態
二年四組で神楽坂恵里が転校生を紹介し、宗介は自己紹介の場で相良宗介軍曹でありますと大声で名乗ってしまい、直後に自分の失態を自覚して青くなった。生徒たちは冗談として受け取り笑い、恵里はふざけるなと制止した。宗介は軍曹は忘れてほしいと訂正し、緊張で汗を浮かべながら沈黙した。

過去の経歴と趣味の暴走
出身を問われた宗介はアフガンやレバノンなど各地を列挙し、教室が静まり返ったため、恵里が外国暮らしで最近までアメリカにいたという体裁で補足した。趣味は釣りと読書と答えたが、読む本を問われると技術書や専門誌を延々語り始め、空気が完全に死んだと悟って忘れてほしいと引っ込めた。さらに好きなミュージシャンを問われ、音楽を聴かない宗介は事前に集めたCDの記憶を頼りに、五木ひろしとSMAPと断言した。

四月二〇日 部室突入と監視側の後処理、そして次の脅威

かなめの違和感と悪口の加速
千鳥かなめは更衣中、相良宗介の言動が支離滅裂で、授業中の挙動も落ち着きがなく、視線も向けてくるとして強い嫌悪を恭子にぶつけた。恭子は、かなめが本人不在の場で執拗に陰口を叩くのは珍しいと見抜き、気にしているのではないかとからかったが、かなめは笑って話を打ち切った。

女子更衣室への突入と“二秒の戦場反射”
着替え終えた一同が出ようとした瞬間、ノック二回の直後に宗介が部室のドアを開け放ち、下着姿の部員たちと鉢合わせした。女子十八名が絶叫する一方、宗介は緊急時の反射で状況を戦闘として処理し、かなめの襟首を掴んで倒し、隠し持っていたリボルバーを抜いて戸口に銃を向け「全員伏せろ」と号令した。脅威は存在せず、代わりに部員たちの殺意だけが部室を満たした。

捕虜扱いの宗介と神楽坂恵里の丸投げ
通報で来た神楽坂恵里は宗介の三八口径リボルバーを没収し、宗介は制服を破られ擦り傷を負い、手錠をかけられてパイプ椅子に拘束されていた。宗介は弾種がホローポイントで危険だと忠告するが、恵里は職員会議を理由に「千鳥さん、後は任せます」と投げて退室し、かなめたちに処分を委ねた。

かなめの尋問と宗介の致命的回答
かなめは覗きと乱暴、銃の騒ぎを責め、宗介をサイコと罵った。宗介は「手荒に扱ったことは謝罪する」と述べつつ、動機は言えない、知る資格がないと突き放し、誠意を自壊させた。さらに宗介は入部希望で来たと平然と言い、ここが女子ソフトボール部で男は入れないと告げられても「性別は重要でない」と主張し、最終的に椅子ごと外へ放り出され階段から蹴り落とされた。

セーフハウス帰還とチームの疲弊
夕刻、マオは監視拠点で「天使(かなめ)が帰宅、尾行なし」と報告しつつ物価の高さに愚痴り、宗介が手錠で椅子を腕につないだまま帰還したため呆然とした。マオはマスターキーで手錠を外し、宗介は駅で切符購入が最難関だったと淡々と報告した。クルツのM9はECS透明化のまま市街地移動で危険行為を連発し、疲労困憊を訴えたため、AS運用の是非が議論されたが、マオは火力とセンサーの価値を優先し、通勤時間帯回避と河川沿い移動で継続する方針を示した。

盗聴で見えた“素のかなめ”と宗介の誤読
マオと宗介はかなめの電話を傍受し、妹との談笑や近況報告、転校生を「おもしろい子」と評する様子を聞いた。マオは家族愛として感想を述べるが、宗介は定時連絡は賢明と評価し、昼間の攻撃性との差を不思議がった。宗介は「嫌われていない」と結論づけ、わずかに満足げな表情を見せた。

艦橋側の評価と“ささやかれた者”
〈トゥアハー・デ・ダナン〉中央発令所で、艦長テレサ・テスタロッサはマオの報告書を読み、宗介の失態の連続を確認した。カリーニン少佐は許容範囲で良い経験だと答え、任務は問題の根元を断つまで数週間続くとした。さらに、千鳥かなめ以外にも〈ささやかれた者〉候補が存在し、当面の安全確保に過ぎないことが示唆された。

ハバロフスク近郊の取引とガウルンの宣告
同時刻、凍った河の橋上でKGB将校と東洋人の男ガウルンが接触した。ガウルンは〈ミスリル〉が介入したと断じ、嘲弄しつつ大尉を射殺して主導権を握った。ファイルには十代の候補者が並び、ガウルンは次の標的として「Tidori Kaname」を指名し、千鳥かなめが次の犠牲者になる危険が明確化した。

2: 水面下の状景

調布駅南口の“爆弾騒ぎ”がただの勘違いに終わる
宗介は調布駅近くのハンバーガー店で、千鳥かなめ一行を尾行しつつ警戒していた。背後席の男が持つアタッシュケースを「武器内蔵型か、置き爆弾か」と疑い、男が店を出てケースを置き去りにした瞬間に確信へ傾いた。宗介は店内を荒らしてケースを奪取し、かなめに「伏せろ」と叫んで人混みへ突進したが、車道に飛び出して軽トラックにはねられた。直後、例の男が現れてケースを回収し「原稿は無事」と言い残して立ち去り、宗介の疑念は完全に空振りとなった。かなめの友人たちは呆れ、宗介は「爆弾だとばかり」と言い残して倒れ込んだ。

セーフハウスでの負傷手当と、宗介の“学園適応不全”
帰宅後、クルツは包帯を巻きながら、敵が出ていないのに宗介が自爆事故を積み上げていると皮肉った。宗介の学校生活は連日の空回りで、公共物破損や授業妨害を繰り返し、階段落ちやガラス破り、美術室の石膏破壊など自業自得の負傷が続いていた。宗介自身もリズム崩壊を自覚し、学校で命を落とす可能性すら感じていた。クルツは翌日の交代を提案し、かなめが本当に狙われているか自体も怪しいと言うが、宗介は希望的観測の危険を説き、クルツから「独り相撲」だと断じられた。

護衛対象の“普通さ”と、上層部への不信
クルツは、かなめも以前救出した少女も「普通の女子高生」に見えるのに、KGBが誘拐し薬漬けにする理由が不明だと疑問を呈した。宗介も理由は知らず、少佐が何かを隠しているとクルツは苛立った。

ハバロフスク側の焦りと、ガウルンの“対ミスリル戦術”
KGB大佐はガウルンに電話で実行の遅れを責め、夜中にさらって車で運ぶだけだと急かした。だがガウルンは、千鳥かなめには監視が付いており、ECS不可視モードのASが張り付いているため単純な手口は読まれていると告げた。KGB側が一掃を命じても、〈ミスリル〉の精鋭とAS相手では返り討ちになると一蹴し、相手が手出しできない方法を準備中だと言って電話を切った。

陣代高校での修学旅行準備と、宗介の“ゴミ係”就任
翌日、かなめは学級委員として修学旅行の係分担を手際よく決め、根回し済みの案を黒板に書き出した。最後に「転入生は無条件でゴミ係」という謎ルールで宗介を指名し、宗介は承諾した覚えがないと言いつつも「了解」と受け入れた。こうして宗介は反対ゼロでゴミ係に就任した。

デ・ダナン中央発令所での新展開と、研究施設への打撃計画
テッサは修学旅行が来週から沖縄だと聞き、現地連絡用の守秘回線開設を許可した。彼女はかつて沖縄で日本の小学校に通ったが敬遠され、基地内学校へ移った過去を漏らし、マデューカス副長が場を引き締めた。続いてカリーニンは〈ウィスパード〉研究に関する新情報として、ハバロフスクで希少薬物が流通している資料を提示した。テッサは施設がハバロフスクだけとは疑わしいとして調査継続を命じ、外部回線から切り離され侵入不能なため、物理的に研究を妨害する方針へ傾いた。テッサは巡航ミサイル攻撃を提案し、G型トマホーク(燃料気化弾頭)での深夜攻撃を許可し、死傷者を抑えるため休日深夜を指定して偵察衛星での事前確認を命じた。

“紙の山”と、宗介報告書のズレ
作戦報告の流れで資料が床に散乱し、副長は紙運用に苛立ちを見せた。拾い集めた中に宗介の報告書が混ざっており、テッサが「ゴミ係・七つの誓い」と読み上げてしまい、カリーニンが穏やかに回収して本題へ戻した。

電車内の対決と、宗介の“偶然”主張が限界突破する
かなめは車内で読書していたが、毎日つきまとってくる宗介への我慢が切れ、東スポを読んでいる宗介に詰め寄った。宗介は一貫して「偶然だ」「自意識過剰だ」と言い張り、かなめは国領駅で降りるフリをしてホームへ飛び出し、宗介を車内に置き去りにして勝ち誇った。だが宗介は、電車が動き出した直後に窓から飛び降り、ホームに転がり落ちて平然と起き上がり「急にこの駅で降りたくなった」「君は関係ない」「偶然だ」と繰り返した。かなめは呆れながらも、宗介の付きまといが不純な動機ではないと感じ始め、決意とひたむきさを見て理由が分からないまま、妙な安心感と温もりを覚えた。彼女は質問を重ね、宗介の「友達とは電話や手紙で連絡するので別れではない」「恋人はいない」「同僚に『恋人になってくれる女など中国奥地にもいない』と言われた」などのズレた回答に笑い、宗介も「君はいい人だ」と真顔で受け取り、かなめは否定して照れながらも関係性が少し柔らいだ。

デ・ダナンのトマホーク発射と、テッサの冷静な指揮
同時刻、〈トゥアハー・デ・ダナン〉は潜望鏡深度で垂直発射管を開き、トマホーク巡航ミサイルを発射した。中央発令所では発射シークエンス完了が報告され、テッサは予定通り深度100へ潜航し南へ転針するよう命じた。マデューカス副長は艦の安全を確認し、テッサはバラスト注水、潜航角10度、速力10ノットへの増速を指示した。ミサイル発射で位置露見のリスクが高まったため、艦は速やかな離脱を優先し、命中確認は偵察衛星〈スティング〉で行う手順となった。副長が休息を勧めても、テッサは「悪い夢を見そう」と拒み、飛行中のミサイルを思って眠れないと示した。彼女は研究所破壊後に護衛を引き揚げるかをカリーニンに問うが、カリーニンは「はい」と答えつつも表情を曇らせ、言いかけた懸念を飲み込んだ。

ハバロフスク研究所壊滅と、KGB大佐の破滅
翌日、ハバロフスクのKGB支局で大佐は「研究所は壊滅」「実験データは完全消失」と悲鳴を上げ、誘拐理由が消えたとしてガウルンへの作戦中止と支払い拒否を通告した。だがガウルンは動じず、別の仕事へ戻ると言い、DVDに入った“魅力的な数字”を示して研究データを確保していたことを匂わせた。大佐は激昂するが、ガウルンは「企業秘密」と嘲り、収容所行きに気を付けろと言い残して通話を切った。直後、党本部の関心を告げる武装兵が大佐の執務室へ踏み込み、無届けの研究と損失の疑いでルビアンカへ連行した。大佐は抵抗できず、厳しい尋問と収容所生活という破滅的な結末へ進むことになった。

監視は平穏、クルツは即・馴れ合い運用へ
日曜の夜、宗介はかなめ宅を監視し続け、動きはほぼゼロだった。そこへ尾行担当のクルツが酒くさく帰還し、恭子たちに「道に迷ったフリ」で接近して仲良くなったと自慢した。宗介は任務中の親睦を問題視するが、クルツは「親しくなれば監視も護衛もしやすい」「危険は肌で感じる」と押し切り、宗介は反論しきれなかった。

覆面侵入者を制圧したら、同級生の下着泥棒であった
監視カメラが、かなめ宅バルコニーへ排水パイプ伝いに登る黒装束の侵入者を捕捉した。宗介は屋上から懸垂降下で無音接近し、侵入者を背後から銃で制圧した。だが武器はなく、財布から出た学生証は同じクラスの風間信二だった。さらに手に握っていたのは布切れ、つまり下着であり、クルツは呆れて通信を切り、マオも嫌そうに撤収した。風間は不良グループに写真のネガを人質に取られ、度胸試しとして盗みに来たと白状した。

オタク会談が成立し、最悪のタイミングでかなめが出てくる
風間のネガは在日米軍や自衛隊のアーム・スレイブ写真で、沖縄のM6まで撮っていた。風間は操縦系や反応装甲、バランス問題まで語る濃さで、宗介も食いつき、二人は下着問題を放り投げて軍事談義に没頭した。そこへ入浴上がりのかなめがバスタオル姿でバルコニーに現れ、下着を手にした宗介と風間を目撃した。宗介は真顔で「千鳥。偶然だな」と言い放ち、かなめは金属バットを取りに引っ込んだ。

制裁のバットと後始末、そして任務終了の通達
その後かなめは本気で殴りかかり、宗介は逃げ切るが腕に大きな痣を負った。風間は逃走中に四階から植え込みへ落下し、桜の木に突っ込んだ。直後、マオから〈デ・ダナン〉との通信内容として「任務終了」が伝えられた。敵がかなめを誘拐する理由となっていた拠点とデータを壊滅させたため、当面の危険は去ったという。三人には一週間の休暇が与えられ、宗介は修学旅行(四泊五日)への参加を命じられ、「これも貴重な経験だ」と受け入れた。

羽田空港での出発と宗介の空虚
修学旅行当日、羽田空港の搭乗者控室で宗介は完全に気力を失っていた。任務から解放されたものの、自由を持て余し、〈トゥアハー・デ・ダナン〉へ戻りたい衝動を抑えられずにいた。かなめからは完全に距離を置かれ、挨拶すら返されない状況である。風間信二だけが気を遣い、空港のベンチで宗介に声をかけていた。

機内に忍び込む不穏な存在
JAL903便は陣代高校の修学旅行生と一般客を乗せて出発した。乗務員は騒がしい高校生への対応に神経をすり減らしていたが、搭乗してきた一人の中年男性との会話に強烈な違和感を覚える。男は冗談めかしながらも「全員を放り出せば静かになる」と大量殺戮を示唆する発言をし、不気味な笑みを残して自席へ向かった。

上空での異変と不自然なアナウンス
離陸後、機体は順調に上昇するが、突如として大きな揺れが発生する。直前に「パンクのような音」を聞いたという証言もあり、乗客の間に不安が広がった。機長は低気圧による揺れだと説明し、「ご安心ください」と繰り返したが、その言い回しはかなめに強い違和感を残す。通常使われるべき「ご了承ください」という表現がなく、過剰な安心の強調が逆に不自然だった。

かなめの疑念と静かな不安
恭子はかなめの元気のなさを宗介の件だと見抜き、過剰な心配から誤解した方向に話を広げてしまうが、かなめ自身は自己嫌悪と割り切れない感情に沈んでいた。その最中に起きた機体の揺れと不可解な機内アナウンスは、彼女の胸中に拭えない不安を残す。すべてが順調に見える状況の裏で、何かが確実に水面下で動いている兆しが、ここではっきりと示された。

3: バッド・トリップ

操縦室の制圧と無差別殺害
JAL903便の操縦室では、機内放送を終えた直後、レーザー照準器付き拳銃を持つ男が機長の背後に立っていた。男はガウルンと名乗り、操縦室の扉を爆薬で破壊して侵入したことを明かした。緊急着陸を求める機長の訴えを嘲笑し、虚偽を理由に機長を射殺した。副機長は恐怖の中で生かされ、操縦を強要される立場に追い込まれた。

内部対立とガウルンの狂気
操縦室には共犯者である大柄な男コーが現れ、作戦逸脱を咎めたが、ガウルンは殺人を楽しむ姿勢を崩さなかった。副機長の毛利に対し、命令に従わなければ別の乗客を殺すと脅迫し、機内には複数の武装仲間が潜んでいると告げた。さらに、清掃係の家族を人質に取り、協力させたことも明かし、抵抗の余地を完全に封じた。

北朝鮮への強制転進
ガウルンは副機長に航路図を示し、目的地が北朝鮮・順安航空基地であると告げた。撃墜の危険を訴える副機長に対し、事前に話は通してあると豪語し、詳細な侵入手順を指示した。九〇三便は那覇FIRから北へ転針し、韓国の大邱FIRへ進入した。

各国政府の混乱と無力
日本の運輸省は事故かハイジャックかの判断に手間取り、対応は大幅に遅れた。その間に韓国空軍が緊急発進し、九〇三便からハイジャックであるとの連絡を受けたが、情報が日本政府に届いたのは二〇分後だった。最終的に内閣安全保障室へ主導権が移された時には、機体はすでに北朝鮮領空に侵入していた。迎撃は行われず、九〇三便は順安航空基地へ着陸した。

沈黙のまま進む事態
犯行声明は一切なく、総理大臣ですら遊説中に事件を知る体たらくだった。警察や特殊部隊は国外での事態に手出しできず、完全に無力化された。一方で、人質となった乗客たちは、自分たちがすでに北朝鮮に着陸したことも知らぬまま、異常な旅の行き着く先を迎えつつあった。

順安到着の違和感と確信
機体は沖縄に向かっているはずなのに、眼下は山続きで、客室乗務員の説明も「天候」「じきに到着」など曖昧な言い逃れに終始した。やがて着陸態勢に入ると、見えた市街地は煤けた工場と黒煙が目立つ閑散とした景観で、乗客の不安が決定的になる。風間信二と相良宗介は、飛行中に韓国空軍のF-16を目撃していたため、ここが日本ですらないと早期に確信していた。

北朝鮮基地の兵器群と「誘拐」の完成形
着陸地点は順安航空基地であり、滑走路周辺にはMiG-21(中国版J-7)やT-34戦車のような旧式兵器が並ぶ一方、Rk-92(サベージ)型のアーム・スレイブも配置されていた。宗介はここが北朝鮮の軍用基地だと断定し、これは単なるハイジャックではなく「千鳥かなめの確実な誘拐手段」だと見抜く。大量の人質を盾にすれば〈ミスリル〉の強行策は封じられ、さらに北朝鮮という着地点が日米韓ソ中の思惑を絡ませ、救出を遅延させる構造になっていた。

犯行放送と機内監禁の宣告
機内放送は機長ではない男の声で始まり、那覇ではなく北朝鮮に「やむをえず」着陸したと告げられる。続けて米韓合同演習へのプロパガンダめいた文言を並べた後、要点として「乗客は人質」であり、逃亡や不穏行動には射殺で応じると宣言した。空港に収容施設がないため解放まで機内待機とされ、乗客は機内に閉じ込められた。

〈トゥアハー・デ・ダナン〉側の分析と冷酷な選択
対馬海峡の〈トゥアハー・デ・ダナン〉では情報が激増し、テッサは完全に出し抜かれたと判断した。研究データは抹殺したはずなのに持ち出しがあり、北朝鮮軍部に強いコネを持つ「別の黒幕」がいる可能性が示される。北朝鮮政府は関与を否定しつつ返還には難色を示し、米韓合同演習を交渉材料にする構えであった。
テッサは「チドリ以外の約400人は、こちらが下手に動かなければ安全かもしれない」と割り切り、まずは外交で人質を戻し、その後に千鳥かなめを救出する方針を口にする。結果として、救出までの間に千鳥かなめがどう扱われるかを理解した上で見守る決断になり、彼女自身の自己嫌悪が滲む。

戦闘待機と“猛毒”の影
艦は潜望鏡深度を維持し、メリダ島基地の輸送機C-11を3機、空中給油機を即応待機に回す。加えてM9六機とFAV-8三機をホット状態にし、〈アーバレスト〉も使用可能に整備するよう指示が出た。カリーニンは「敵は体内に猛毒を抱えている」と述べ、この局面で最悪の不確定要素がガウルンであることを示し、テッサは彼の連絡を待つ姿勢を取った。

機内の“平常運転”と狙い撃ち
順安に降ろされても機内は妙に賑やかで、陣代高校の生徒がカードや人生ゲーム、歌、猥談、ミニ四駆まで持ち出して騒ぎ、一般客だけが不安を抱えて固まっていた。そこへスーツ姿でサブマシンガン持ちの男たちが現れ、放送の声の主であるリーダー格が千鳥かなめを名指しして連行した。神楽坂恵里が強く抗議し、身代わりを申し出ても退けられ、拳銃が恵里の頭に向けられて処刑寸前となった。

宗介の“雑音”で処刑を止める
処刑の引き金が引かれかけた瞬間、相良宗介が食器を床に落とし、金属音で空気を割った。男は宗介を凝視し、宗介は殺気を消して俯き、平静を装ってやり過ごす。男は興を削がれたように銃を引っ込め、かなめだけを連れ去って撤収した。恵里は九死に一生を得た直後に倒れ、宗介は調理室へ退避して自分の衝動を悔いたが、かなめ奪取が現実になった以上、行動開始を決めた。

貨物室での装備回収と“爆弾”の発見
宗介は機内監視が薄いことを利用し、エレベーターシャフト経由で貨物室へ降り、自分のバッグから衛星通信機(暗号化機能付き)、高電圧スタンガン、薬物セット、サバイバルキットを回収する。だが直後、搬入口から武装したテロリスト3名が侵入し、宗介はバッグの山に身を隠して会話を盗み聞く。
彼らは“黄色いコンテナ”内の装置を起動し、30m以内で無線禁止と確認して撤収する。宗介がコンテナを開けると、二液混合式液体炸薬と思われる大型爆弾が作動可能状態で格納されていた。これが爆発すれば機体は粉砕され、数百名の人質は一瞬で全滅する規模であった。宗介は現場装備では解体不可能と判断し、敵の狙いが「帰還の途中で機体を爆破し、千鳥かなめ拉致を“事故死”に偽装すること」だと推測する。

かなめの搬送とウィスパード検査
かなめは基地内のトレーラーへ運ばれ、内部で医療機器と電子機器に囲まれた検査準備を強要される。日本語が堪能な白衣の女は金属類の除去を命じ、PET、MRI、SQUIDによるMEG、NILS反応測定の準備だと説明する。拒むかなめはスタンガンで気絶させられ、ガウルンが現れて乱暴に介入し、女医を脅迫する。女医は〈ウィスパード〉の重要性と〈コダール〉まで持ち込んでいることに言及し、結果は翌朝になると答える。かなめは円筒型の装置に固定され、ヘッドマウントディスプレイに図形や記号を見せられ続け、恐怖がじわじわ現実味を帯びていく。

宗介、ミスリルへ通報し作戦が動き出す
宗介は基地の資材置き場で衛星通信を展開し、〈ミスリル〉経由で〈トゥアハー・デ・ダナン〉に接続する。彼は順安基地の警戒レベル、稼働施設、兵士の士気、機体の位置など偵察結果を報告し、特に貨物室の爆弾の存在で上層部の緊張が跳ね上がる。カリーニンは千鳥かなめの所在を問うが宗介は不明と答え、今後は安全範囲で捜索しつつ陽動任務に就くよう命じられる。宗介はさらに、ハイジャック犯のリーダーがガウルンであると告げ、カリーニンは「死んだはずだ」と沈黙するが、額の傷痕などから生存を受け入れ、警戒を強めるよう指示する。次回連絡時刻を取り決め、宗介が通信機を畳んで移動しようとした瞬間、背後から訛りのある日本語で「動くな」と銃の撃鉄音が響き、宗介は包囲される形で次の局面へ追い込まれた。

テッサ、ガウルンの“正体”を聞く
黄海で潜航中の〈トゥアハー・デ・ダナン〉にて、テッサは作戦会議室へ向かう途中、カリーニンにガウルンの説明を迫った。カリーニンは、ガウルンが九つの国籍を持つと噂される危険なテロリストであり、要人暗殺を三〇件以上、航空機爆破も複数回行ってきたが、西側の対テロ組織ではほとんど知られていない存在だと語った。

過去の因縁と“討ち取ったはず”の男
カリーニンは、ミスリル参加以前に宗介と共にガウルンと交戦した過去を明かした。KGBに雇われたガウルンが、アフガニスタンでイスラムゲリラの村をAS二機で襲撃し、無関係の女子供まで大量に殺したこと、二週間後に待ち伏せし、宗介の狙撃で仕留めたはずだったことを語る。しかし現実には生存しており、テッサは敵の残虐さと大胆さを理解して、外交待ちの甘さを悟り、ガウルンに「高いツケ」を払わせる決意を固めた。

順安基地で宗介が将校を制圧する代償
順安航空基地では、宗介が通信直後に北朝鮮の将校に銃を向けられ詰問される。宗介は通信機を投げつけて隙を作り、間合いを詰めて拳銃を蹴り飛ばし、格闘で相手を転倒させ、スタンガンで痙攣させて無力化した。針金で縛り上げたが、投げた通信機は破損し、〈デ・ダナン〉との連絡手段を失う。宗介は将校の拳銃を回収し、携帯薬品セットからアルコール瓶を取り出すなど、次の行動に備えた。

かなめの“知識”が暴発する検査
かなめはドラム状装置に拘束され続け、映像と音響による検査が継続した。やがて表示が英単語、専門用語、化学式や数式へと加速し、かなめは意味も見たこともないはずの内容を理解し始める。情報が噴火のように流れ込み、彼女の内側に“別の誰か”が囁くような感覚が生じ、知識の濁流が途切れた後も強い疲労と異常な実感だけが残った。女医はそれを「学習ではなく、生まれる前から知っていること」だと断じ、さらに注射器を取り出して検査継続を告げた。

デ・ダナン、救出作戦を強行決定
黄海の〈デ・ダナン〉第一状況説明室では、カリーニンが「迅速に進める」と宣言し、救出作戦の敢行を正式決定した。最新の衛星写真を基に、航空支援(攻撃ヘリ、輸送ヘリ、VTOL)を先行させ、強襲機兵6機をXL-2緊急展開ブースターで射出する秒刻みのタイムテーブルが示される。爆弾はVHF帯遠隔起爆と推定され、テロリストが起爆する前に無力化が必要とされた。

爆弾処理の代償と輸送の賭け
爆弾処理の結果、九〇三便は飛行不能になる前提が共有され、燃料もなく戦闘下給油も不可能なため、人質は別機で輸送する方針となる。メリダ島基地からC-17輸送機2機を飛ばし、作戦直前に空中給油した上で強行着陸し、5分以内に420名超を収容して離陸する計画が提示された。順安基地が平壌近郊の高速道路沿いであり、首都防衛隊の増援が早いことから、交戦回避と時間制限が絶対条件となる。もし輸送機が片方潰れれば、もう片方は空席があっても離陸し、残存人質はヘリで可能な限り回収するが、最終的にAS収容を放棄する場合でも機体は確実に破壊するという冷徹な優先順位が示され、室内は重い沈黙に包まれた。カリーニンは冗長性の低い作戦であることを認めた上で、準備開始を命じ、全員が散っていった。

四月二八日 二二二九時 順安航空基地

宗介、単独でトレーラー救出に踏み切る
宗介は錆びたコンテナの蔭から、駐機場のトレーラー二輛と電源車一台を監視した。捕虜にした将校をアルコールで酔わせて聞き出した情報から、電源ケーブル接続のトレーラー内にかなめがいると判断した。〈デ・ダナン〉との連絡時刻は過ぎており、最善は味方の作戦開始まで待機して合流することだと理性は告げたが、トレーラー内から銃声が響き、宗介は恐怖に近い感覚に突き動かされて飛び出した。任務優先順位を自ら破った瞬間である。

かなめ、怒りで拘束を破り脱出を試みる
トレーラー内で拘束され検査を受け続けたかなめは、恐怖よりも怒りが勝り、暴れてストレスを発散しようとした。ディスプレイがずれ、拘束具の緩みを突いて脱出に成功する。だが女医は拳銃で威嚇発砲し、警備の男二人が突入してかなめを押さえ込む。女医は従順化の薬を投与しようとし、かなめは懇願しても止めてもらえず追い詰められた。

宗介が突入し、テロ側を瞬時に無力化する
注射の直前、かなめを押さえていた男たちが次々倒れ、宗介が現れる。宗介は拳銃とスタンガン、さらにサブマシンガンと予備弾倉を携行し、かなめに負傷がないか確認して背後に下がらせた。女医を制圧し、設備の目的と拉致理由を追及する。女医は、かなめが〈ウィスパード〉かを判定する装置だと吐露し、〈ウィスパード〉がブラックテクノロジーの知識をもたらす存在だと説明し始める。

銃撃戦、女医が流れ弾で倒れる
会話途中で外部から銃撃が入り、宗介はかなめの腕を引いて機材の蔭へ飛び込み、拳銃を出入口へ乱射して応戦した。侵入者の悲鳴が上がり、宗介はサブマシンガンに持ち替えて出口を確認する。女医はうつ伏せに倒れ、血が広がり苦悶の声を漏らしていた。かなめは動揺するが、宗介は手当てする時間も義理もないと切り捨て、脱出を優先する。

脱出直前、かなめの服装問題で口論が爆発する
出口には撃たれた男が倒れており、宗介は容赦なく蹴り倒して排除した。かなめは膝上のガウン一枚で外に出ることを拒み、宗介の視線を痴漢扱いして抵抗する。宗介は状況判断として急がせようとするが、かなめは信用せず罵倒し、押し問答が続く。そこへ再び外から銃撃が入り、宗介はかなめを庇って体当たりのように倒れ込み、かなめはさらに誤解を深めて騒ぎ立てる。敵弾が飛び交う中、二人はトレーラー内で最悪のタイミングの揉み合いを始め、脱出は一気に混乱へ傾いた。

4: 巨人のフィールド

電源車での強行離脱と追撃
かなめは結局、宗介の詰め襟を借りて最低限の格好を整え、宗介は銃撃の合間を縫ってトレーラーの反対側へ飛び出した。宗介はかなめを電源車の助手席へ放り込み、送電ケーブルを引きちぎりながら急発進した。背後から追撃射撃が続き、装甲車まで加わって機関銃弾が車体をかすめた。

宗介の正体告白とかなめの否認
逃走中、宗介はかなめが特殊存在であり、諜報機関が生体実験に使おうとしていたこと、その阻止のため護衛として派遣されたと説明した。宗介は〈ミスリル〉という国家に属さない軍事組織のSRT所属で、偵察・破壊工作・AS操縦が専門だと名乗った。しかしかなめはそれを妄想や錯乱と受け取り、宗介を落ち着かせようとして深呼吸まで勧めた。

格納庫突入とAS起動
宗介は追撃を振り切るため基地北端の格納庫へ電源車ごと突入し、シャッターを破って停止した。格納庫内には三体のアーム・スレイブが並び、宗介はそのうちソ連製K-22〈サベージ〉へ乗り込む。ASは操縦者の微細動作を機体に拡大反映する“マスター・スレイブ”方式であり、宗介は起動手順を省略しつつ強制起動を進めた。

敵ASとの初戦と圧倒
外からの射撃が格納庫を貫き、さらに同型の敵〈サベージ〉がシャッターを引き裂いて侵入した。敵が先に撃とうとした瞬間、宗介機は起動を完了し、身を屈めて回避しながら突進、敵を壁ごと叩き倒した。宗介は敵のライフルを奪って残弾確認後、手足を撃ち抜いて行動不能にし、格納庫外へ出ると装甲車も射撃で沈黙させた。

背面射撃と“本物”の戦士としての姿
さらに背後から現れた別の敵ASに対して、宗介は背を向けたまま肩越しに正確射撃を行い、頭部と両腕を吹き飛ばした。かなめはその戦闘が危なげなく滑らかであることに衝撃を受け、宗介が軍事マニアではなく本物の戦士だと認めざるを得なくなる。現実の匂いと熱、爆発音が、状況が夢ではないことを突きつけた。

新たな脅威の接近
宗介は外部スピーカーでかなめに退避を命じ、滑走路の向こうから戦車二輛が砲塔をこちらへ向けて接近していることが示された。かなめはようやく危険を理解し、退避しながら次の局面を迎えることになった。

四月二八日 二二四六時(日本=北朝鮮標準時)/黄海・西朝鮮湾 海上〈トゥアハー・デ・ダナン〉

艦の浮上と飛行甲板の露出
曇天で星も見えない夜、暗黒の海面から〈トゥアハー・デ・ダナン〉が浮上した。艦は東南東の海岸線へ舳先を向け、前触れなく背部の二重船殻を左右に開いて飛行甲板を露出させた。沿岸からの目撃を避けるため光は最小限に抑えられ、作業員は暗視ゴーグルで作業していた。

航空部隊の先行出撃
短時間の準備ののち、ヘリとVTOL戦闘機が次々と離陸し、救出作戦の前段となる航空支援の展開が完了した。

AS部隊の発艦準備
航空機の出撃後、ブザーとともに格納甲板からASがエレベーターで上昇した。上がってきたのはM9〈ガーンズバック〉で、肩の「101」マーキングからメリッサ・マオ機であることが示された。隣のエレベーターにはクルツ機のM9が並び、マオ機は小隊長機として電子兵装と通信装置が増設されていた。両機は緊急展開ブースターを背負い、ASを単独で作戦地域へ射出する態勢にあった。

軽口の応酬と宗介への意識
発艦前、マオとクルツはBGM談義を口実に軽口を叩き合い、同時に宗介の生存を気にする会話も交わした。マオは縁起の悪い言い方を制しつつ、宗介への信頼と心配をにじませた。

カタパルト射出と戦闘開始
発進管制から「あと三〇秒」の連絡が入り、マオは射出台に機体を固定して点検を完了させた。推力偏向板が立ち上がり、カウントダウンの後、蒸気カタパルトとブースターが作動し、合計一二〇トンの推力で二秒で時速五〇〇キロへ加速、M9は離床して夜空へ上昇した。激しい振動の中、マオは戦闘開始を宣言した。

四月二八日 二二四九時(日本=北朝鮮標準時)/スンアン・順安航空基地

戦闘後の撤退と“手のひら輸送”
宗介は戦車二輛を撃破したのち、かなめを回収するため格納庫へ戻った。怯えるかなめをAS〈サベージ〉の左手に乗せ、基地外へ脱出を図った。揺れと高さにかなめは恐怖するが、宗介は「下を見るな」と指示しつつ強行した。

ミサイル警報と迎撃
フェンスを越えた直後、誘導ミサイルが接近し警報が鳴る。宗介はかなめを胸から引き離して安全距離を取り、頭部バルカンでミサイルを空中爆破した。至近距離での発砲によるマズルフラッシュや鼓膜損傷を避けるための措置であり、かなめは状況も理解できぬまま必死にしがみついた。

囮と狙撃での損壊、かなめ落水
敵の追撃が見えない不気味さの中、川を渡ろうとした宗介たちは、予想外の方向から砲撃とグレネード弾に襲われた。宗介は爆発から庇うため背中を向けたが、実際は不発の囮で、狙撃により右脚を失って転倒、かなめは川へ投げ出された。続く正確な射撃で宗介機は右腕も破損し、制御系と電源が致命傷を受けて大破した。

銀色のAS〈コダール〉とガウルンの再会
未塗装の銀色ASが接近し、操縦者ガウルンが宗介を「カシム」と呼び、過去の因縁を突きつけた。ガウルンはかなめを〈ウィスパード〉として狙い、彼女の頭に「存在しない技術」があると示し、ラムダ・ドライバに言及して宗介を始末しようとする。

救出部隊の突入と撤退命令
上空からクルツのM9〈ガーンズバック〉が自由落下で着水し、敵部隊を大口径射撃で制圧して宗介とかなめを救った。基地ではマオ機が人質誘導と輸送機護衛を担い、爆弾コンテナを切断して投擲爆破し処理を完了させた。だが時間切れが迫り、クルツと宗介の合流は遅延する。敵増援接近により撤退が優先され、カリーニン少佐は捜索を禁じ、残骸のM9を破壊して撤収を命じた。これにより宗介とかなめは取り残される。

山中逃避と宗介の“機械”性、かなめの恐怖
基地を離れた山中で、宗介は脇腹の金属片を自分で抜き、アルコール洗浄と仮止めを淡々と実施した。鎮痛剤を拒否し「眠れば戦えない」と言い切る姿は、かなめに人間味の薄さと恐怖を抱かせる。彼女は距離を取って拒絶するが、宗介は怒るのではなく孤独と諦念を滲ませ、「君を帰すためだけに動いている」「終われば二度と現れない」と約束し、信頼を求めた。

和解と再会の瞬間
かなめは宗介の行動が“敵を知る者の合理性”であり、自分を守るための必死さだと理解し、罪悪感と強い情動に襲われながら「うん」と答えた。再び歩き出した二人は、やがて人の気配を察知し警戒する。ライトに照らされた低木の陰には、泥と血にまみれたAS操縦服のクルツが息も絶えだえで寄りかかっていた。宗介が名を呼ぶと、クルツは軽口を叩いて笑い、力尽きて倒れた。

5: ブラック・テクノロジー

四月二八日 二三三二時(日本=北朝鮮標準時間)/黄海・西朝鮮湾 海上〈トゥアハー・デ・ダナン〉

撤退判断とマオの抗議
帰艦したカリーニンは発令所へ急行し、道中でメリッサ・マオに追いつかれる。マオは「このまま撤退するのか」「宗介も見捨てるのか」と迫り、自分に捜索を許可してほしいと願い出た。カリーニンは、艦と乗員を危険に晒す提案を拒み、見捨てることも「入隊契約の範疇」と切り捨てた。

ECSの弱点と“救出を急いだ理由”
マオは電磁迷彩(ECS)で不可視のまま捜索できると主張するが、カリーニンは気象班の予測として「これから雨が二日続く」と告げる。ECSはオゾン臭を発し、雨など水分が多い環境ではスパークと青白い火花が散り、むしろ目立つ欠点がある。救出作戦を急いだ背景には、この弱点で長居できない事情があった。

発令所での艦長テッサとの応酬
発令所では艦長テレサ・テスタロッサが、カリーニンの意図を先読みして「どれだけ待てるか聞きにきた」と言い当てる。状況は切迫しており、敵の武装哨戒艇3隻が機雷満載で接近、海域も浅く隠れにくい。テッサは「一分たりとも待てない」と判断し、速やかな離脱を優先する。

“助けたい”意志と無理筋の再接近案
それでもテッサは宗介たちを助けたいと明言し、ウェーバー生存の可能性にも触れる。夜明け前に沿岸部で短時間だけ浮上できるなら、どんな手を考えられるかとカリーニンに問う。海図には中国領海近くへ大きく迂回し、警戒線をかすめて戻る強行プランが示され、常識的には無理筋だが、テッサは「普通の潜水艦なら無理」と言い切り、自艦なら可能だと示唆した。カリーニンは艦長を信じる姿勢に傾く。

ブラック・テクノロジーの影:ARX-7〈アーバレスト〉
会話の最後、カリーニンは「ウェーバーのM9撃破」が気になると言い、自分の推測が正しければ“あれ”が必要になるかもしれないと告げる。“あれ”とはARX-7〈アーバレスト〉である。その名を口にした瞬間、艦内のどこかに繋がれた“狂暴な獣”が歓喜したように感じられ、通常兵器ではない“何か”が動き出す気配で場面が締まる。

四月二九日 ○二二六時(日本=北朝鮮標準時)
平安南道・大同郡 山中

攻撃ヘリの通過と三人の潜伏
攻撃ヘリがライトで周囲をなぎ払いつつ頭上を通過したが、宗介たちは低木の根元の窪みに身を潜め、発見を免れた。雨と風の中、静寂が戻ると宗介はクルツを引き出し、状況を確認した。

クルツの重傷と“銀色のAS”の異常
クルツはモルヒネで意識を飛ばしていたが、右腕骨折と深い裂傷を抱えながらも生存していた。目覚めた後、銀色のASとの戦闘を語り、至近距離で五七ミリを撃ち込んだのに、次の瞬間には自機が粉砕されたと述べる。原因は散弾地雷の類ではなく、「見えないハンマーで殴られた」感覚だと表現され、敵機の異質さが強調された。

平野の見通しと“出口なし”の現実
山を越えると、集団農場と水田地帯、軍用車輛の灯りが見える見晴らしの良い地形が広がっていた。クルツの通信機は有効範囲が狭く、海岸まで約二〇キロ、負傷者と疲労困憊の二人を抱えての突破は不可能に近い。宗介は包囲網と体力限界を冷静に整理し、「出口なし」の結論へ至った。

宗介の“置き去り案”と、かなめの拒絶
宗介は自分とクルツが囮になって時間を稼ぎ、かなめだけを西へ走らせる案を提示する。だがかなめは「いやよ」と拒否し、宗介の自己犠牲的な思考を徹底的に叱責した。宗介が「死んでも構わない」と考えていることを“自暴自棄”だと断じ、彼女は「みんなで助かる方法を認めない」と宣言する。

かなめの無茶な計画と、信頼の抱擁
かなめは山火事を起こして混乱に紛れ、車輛や飛行機を奪って脱出するという支離滅裂な案まで口にするが、諦めない意志だけは本物だった。宗介が銃口を向けてまで単独逃走を強要すると、かなめは怯えず、宗介を抱きしめて「もう信じた」と告げる。宗介は“助けたい理由”が任務ではなく、自分自身が「一緒に帰りたい」と強く望んでいるからだと自覚し、内側から新しい力が湧く感覚を得た。

クルツの茶化しと“衛星”という盲点
クルツが咳払いで割って入り、二人をからかう一方、かなめの「宇宙から見てる衛星」の発想が転機になる。宗介とクルツは、出撃前に見た偵察衛星〈スティング〉の撮像周期(約一二時間)を思い出し、ちょうど上空通過の可能性が高いと気付く。地上で“熱源の目印”を作れば、衛星が拾うかもしれないという賭けに切り替わった。

かなめの異変と“ブラック・テクノロジー”の片鱗
宗介が準備に出た後、かなめは頭の重さと浮遊感、トレーラーで見た“夢のような映像”の記憶に揺らぐ。口から「椎間板ダンパー」「パラジウム・リアクター」「ECS不可視モードの弱点」など、軍事技術者しか知らない用語が漏れ、本人も自覚できない。連中が言っていた「生まれる前から知っている」「ブラック・テクノロジー」という言葉が繋がり、かなめは自分の中に“正視できない何か”が潜んでいる感覚に襲われる。

火文字“A67ALIVE”の実行
宗介は集団農場に忍び込み、ガソリンの代わりにトラクターのエンジンオイルを調達する。休耕地にオイルを撒き、過マンガン酸の錠剤とライターで着火し、霧雨の夜でも衛星に見えるよう火文字を作った。内容は『A67ALIVE』で、A=天使(かなめ)、6=ウルズ6(クルツ)、7=ウルズ7(宗介)、三名健在を示す信号である。炎は短時間で消える見込みで、敵に先に気付かれる可能性もあるが、それでも賭けに踏み切ったところで場面が締まる。

四月二九日 〇〇三四五時(日本=北朝鮮標準時)
朝鮮民主主義人民共和国・順安航空基地(スンアン)

不審火の報告とガウルンの即断
集団農場での不審火が基地へ報告され、ガウルンは整備トレーラー前で〈コダール〉修理の監視中に眉をひそめた。火元は基地から西一五キロとされ、彼は「陽動か」を疑うが、単なる不審火が陽動になるとは考えにくいとも判断する。それでも放火したのはカシムだと見なし、その付近に潜伏しているはずだと推測した。

掃討方針の指示と“娘”への執着
部下から捜索網が狭まっている旨が報告されると、ガウルンは男は殺害、娘は殺すなと命じた。手足を折ることや暴行さえ容認し、確保を最優先にする姿勢を明確化する。

〈コダール〉出撃の決定と“見せるな”への反発
ガウルンは自ら出発すると宣言し、移動手段として〈コダール〉を選ぶ。部下が「カネヤマ先生」から現地兵の前での使用を控えるよう言われていると進言すると、ガウルンはそれを一蹴し、禁じられてはいないと強弁した。相手が〈ミスリル〉、特にカリーニンである以上、まだ一騒動起きる可能性があるとして、念のために戦力を持ち出す理屈を立てた。

救出不可能という情報と、それでも残る警戒
海軍からは〈デ・ダナン〉が沿岸を離脱し、中国領海付近まで退避したとの報告が入っている。緊急展開ブースターがあっても救出部隊派遣は不可能なはずだと理解しつつ、ガウルンは「念のため」を繰り返し、最悪の事態を想定して動く姿勢を崩さない。

修理完了と追撃の開始
技術者が整備ハッチを閉じ、〈コダール〉の修理完了を告げる。ガウルンは追撃へ踏み出す段階に入った。

四月二九日 〇三五五時(日本=北朝鮮標準時)平安南道・大同郡 山中

再合流と不穏な静けさ
宗介が戻ると、かなめは安堵して出迎えたが、胸元を不自然に隠していた。クルツは眠っているように見え、かなめは彼の生命力を皮肉交じりに評価した。宗介は火文字作戦が分の悪い賭けだと改めて口にするが、かなめは撤回を拒み、宗介も「指図しない」と折れる。ヘリの音が遠くを流れ、暗い林の閉塞感だけが残った。

別れの予感と追跡の接近
かなめは「無事に帰れたら宗介はどうするのか」と尋ね、宗介は次の任務へ就き学校から消えると告げた。直後、犬と複数の兵の足音が迫り、宗介は即応して軍用犬を射殺するが、発砲で追跡隊に位置を晒す。銃撃戦が始まり、増援が集まり、弾切れが目前となる。三人は失敗を悟り、かなめは後悔しないと告げ、宗介も謝罪する。

“天からの援軍”と無人ASの降下
弾が尽きた瞬間、パラシュート付きカプセルが炸裂し、白いASが降下して着地した。未知の外観を持つ最新鋭機で、しかしコックピットは無人だった。宗介は機体に飛び込み、音声認証と操縦モード設定で起動し、頭部機銃で周囲を制圧して形勢を反転させた。

カリーニンの録音と“回収まで一七分”
スクリーンの指示でデータを再生すると、カリーニン少佐の録音が流れた。偵察衛星〈スティング〉で三人を発見したが距離が遠く、改造した弾道ミサイルで無人のARX-7〈アーバレスト〉を射出したという。〈デ・ダナン〉は無線封鎖で沿岸へ急行し、〇四三〇時から一分間だけ浮上するため、それまでに指定海岸へ到達せよと命じた。宗介は残り時間一七分で二〇キロの強行を決意する。

敵AS五機を五八秒で撃破、そして銀色が現れる
接近した敵〈サベージ〉五機を宗介は超性能で瞬殺し、戻ろうとした矢先に銀色のASが奇襲する。操縦者はガウルンで、両者は異常な撃ち合いを続ける。宗介のショット・キャノン弾は空中で砕け、見えない“壁”のような斥力場で防がれ、逆に〈アーバレスト〉が衝撃で吹き飛ばされる。だが機体は《ダメージ軽微》と表示し、AIが「ラムダ・ドライバ初期化完了」を告げる。

かなめの発作と“ヒント”の伝達
かなめは浮遊感と技術用語に呑まれ錯乱し、頭を打ち付けるなど自傷寸前まで暴走するが、通信機を要求して宗介へ叫ぶ。敵の装置は「攻撃衝動を物理力に変換する」ラムダ・ドライバであり、〈アーバレスト〉にも同じものが載っている、心の瞬間的イメージが力場になると告げた。宗介は疑いながらも、彼女を信じると決める。

“瞬間の集中”で斥力場を貫通、ガウルン撃破
ガウルンはナイフ戦で圧倒し、再度の衝撃波で宗介を翻弄する。かなめは「一瞬に気合いを込める」方法を強引に教え、宗介は怒りと護りたい意志を一点に凝縮して至近距離射撃を行う。衝撃波同士が歪み合い、砲弾が防壁を貫通して命中し、ガウルン機は大破、操縦者は即死と見なされた。

二人を抱えて海岸へ、ヘリ撃墜と強行跳躍
宗介は〈アーバレスト〉でクルツとかなめを両腕に抱え、二〇キロを一〇分で走破する。追撃ヘリには一度かなめを放り投げて片腕を空け、射撃で撃墜し、落下するかなめを拾い直して疾走を続ける。海岸では敵ASが待ち伏せし挟撃されるが、海上からマオのM9が狙撃し、同時に〈トゥアハー・デ・ダナン〉が浮上する。宗介は岬をジャンプ台にして艦へ跳び、マオが受け止めて回収が完了した。

デ・ダナンの離脱と医務室の静寂
艦は最大戦速で離脱し、六五ノット級の異常な航行性能で沿岸を振り切り潜航へ入る。宗介は医務室で処置を受け、格納庫で泥だらけの〈アーバレスト〉を見上げる。そこへカリーニン少佐が現れ、ガウルンの死を確認しつつ、ラムダ・ドライバは同種装備でしか対抗できないため送り込んだと説明する。

“存在しない技術”とウィスパードの影
宗介がラムダ・ドライバの正体を問うと、少佐は「今は知る必要がない」と拒む一方、現代兵器技術が不自然なほど発達しすぎていると語る。AS、ECS、艦の推進などを支える技術体系は“存在しない技術”であり、その出所の鍵として〈ウィスパード〉の存在を示唆する。千鳥かなめについては偽情報で「ウィスパードではなかった」と流し、敵が再び狙うなら何度でも奪い返すと述べる。ただし“保険”が必要だと含みを残し、会話を打ち切って去った。

エピローグ

病室での覚醒と“看護婦”の正体
かなめは落下の感覚の直後、白い枕と点滴スタンド、雨に濡れる桜の見える病院個室で目を覚ました。時刻は五月一日一七三五時で、二日半眠っていたと告げられる。ベッド脇の若い看護婦は制服に不満をこぼしつつ、自分が宗介の仲間であることを匂わせ、かなめに「基地で薬を打たれて意識を失い、次に病院で目覚めた。間のことは何も覚えていない」と徹底するよう助言した。警察の事情聴取を想定し、“なにも覚えていない”で押し通せと釘を刺す。

感謝と別れ、残された余韻
看護婦は握手を求め、かなめが部下二人を救った命の恩人だと礼を述べた。宗介は既に別任務に就いており、伝言もないと言い残して去る。雨の外を思い、かなめは「別れの言葉くらい残してもいいのに」と涙ぐむ。

現実への帰還と“愛されている実感”
本物の医者と看護婦が来て、かなめが健康で近々退院できること、父は仕事でニューヨークへ戻ったことが伝えられる。続いて陣代高校の面々が病室になだれ込み、恭子ら友人、ソフト部、生徒会、校長教頭、神楽坂教諭までが押しかけて、無事を喜びつつ質問攻めにする。かなめはもみくちゃにされながらも、自分が大勢に心配され愛されていることを実感し、帰ってきて良かったと噛みしめた。

“保険”としての再登場
見舞いの声の中、神楽坂教諭の後ろに相良宗介が現れる。周囲は彼の重要性に気付かないが、かなめだけが驚愕する。宗介は見舞いだと言い、博多の辛子明太子を土産に差し出す。そして小声で、自分は「保険」であり「当分の間」そうだと告げる。かなめは飾り気のない態度に腹を立てつつ、その“いつもの腹立たしさ”が妙に心地よく、文句をぶちまけようとして宗介を慌てさせる。雨は夜には上がりそうで、日常への復帰が静かに示された。

フルメタル・パニック! 2巻

同シリーズ

フルメタル・パニック! 1巻の表紙画像(レビュー記事導入用)
フルメタル・パニック! 1の表紙。
あらすじと考察は本文で詳しく解説。
フルメタル・パニック! 2巻の表紙画像(レビュー記事導入用)
フルメタル・パニック! 2の表紙。
あらすじと考察は本文で詳しく解説。
フルメタル・パニック! 3巻の表紙画像(レビュー記事導入用)
フルメタル・パニック! 3の表紙。
あらすじと考察は本文で詳しく解説。

外伝

フルメタル・パニック!Family 1巻の表紙画像(レビュー記事導入用)
フルメタル・パニック! Familyの表紙。
あらすじと考察は本文で詳しく解説。
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フルメタル・パニック! Family 2の表紙。
あらすじと考察は本文で詳しく解説。
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フルメタル・パニック! Family 3の表紙。
あらすじと考察は本文で詳しく解説。

その他フィクション

e9ca32232aa7c4eb96b8bd1ff309e79e 小説「フルメタル・パニック! Family3」感想・ネタバレ
フィクション(novel)あいうえお順

幼女戦記3巻の表紙画像(レビュー記事導入用)

小説「幼女戦記 3 The Finest Hour【最高の瞬間】」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は軍事ファンタジー/異世界転生ライトノベルである。前巻までに帝国軍の航空魔導大隊を率いて活躍してきたターニャ・デグレチャフ少佐は、その卓越した指揮能力により陸・海・空の戦線で勝利を重ね、帝国軍を数多の戦場へ導いてきた。第3巻では、帝国軍が諸列強を退けつつ戦果を重ね、ついに大規模勝利を手に入れる一方で、その栄光の裏に潜む不安と疑念がターニャの前に立ちはだかる。勝利が“決定的勝利”であるのか、“ピュロスの勝利”に過ぎないのか。帝国全体が勝利の美酒に酔いしれる中、ターニャだけは戦争そのものの本質と帝国の未来を問い直す道を歩み始める。

主要キャラクター

  • ターニャ・デグレチャフ
    金髪碧眼の幼い少女の外見を持つ帝国軍魔導大隊指揮官。異世界に転生した元サラリーマンであり、冷徹かつ合理的な思考によって戦場を切り開く“帝国の怪物”。陸・海・空すべてにおいて快進撃を続けるが、勝利の重みと戦争の本質に疑問を抱き始める。
  • レルゲン
    帝国軍参謀本部の将校。ターニャを警戒しつつも、その能力を利用する立場にある。状況分析や戦略立案に携わる中心人物。
  • ヴィーシャ(ヴィクトーリヤ・イワノーヴナ・セレブリャコーフ)
    ターニャの副官にして同僚。戦闘・士気維持の両面でターニャを支える重要な戦力であり、物語全体の推進力となる一角である。

物語の特徴

本作の魅力は、単なる戦闘描写に留まらず、戦争の政治的・倫理的側面を深く掘り下げている点にある。帝国軍が勝利を重ねる過程は大量の戦略・戦術が絡む“組織的戦争”であり、その中でターニャの合理主義が光を放つ。だが勝利が連続するからこそ、その先に待つ“虚無”や“失われた人間性の問い”が読者の胸を打つ。帝国は本当に勝利したのか、ただの損害と犠牲を積み上げただけなのか――という根源的な問いを投げかける構造が、他の異世界戦記・戦争小説と一線を画している。

また、外見は幼女というギャップにより、戦場の苛烈さ・政治的駆け引き・宗教的対立といった重厚なテーマが逆に強烈に読者の心に残る差別化要素となっている。

書籍情報

幼女戦記 3 The Finest Hour
著者:カルロ・ゼン 氏
イラスト:篠月しのぶ  氏
出版社:KADOKAWA
発売日:2014年11月29日
ISBN:9784047300378

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あらすじ・内容

戦場の霧を見通すは、幼女(バケモノ)ただ一人。
金髪、碧眼の幼い少女という外見とは裏腹に、

『死神』『悪魔』と忌避される、

帝国軍の誇る魔導大隊指揮官、ターニャ・デグレチャフ魔導少佐。

戦場の霧が漂い、摩擦に悩まされる帝国軍にあって

自己保身の意思とは裏腹に

陸、海、空でターニャの部隊は快進撃を続ける。

時を同じくして帝国軍は諸列強の手を跳ね除け、

ついに望んだ勝利の栄冠を戴く。

勝利の美酒で栄光と誉れに酔いしれる帝国軍将兵らの中にあって、

ターニャだけはしかし、恐怖に立ち止まる。

これは決定的勝利か、はたまたピュロスの勝利か。

――帝国は本当に全てを掴んだのか?と。

幼女戦記 3 The Finest Hour

感想

「勝ったはずなのに終わらない戦争」という不吉な手触りを、これ以上ないほど鮮明に突きつけてくる一冊であった。
読後に残るのは爽快感ではなく、達成感とも異なる、鈍く重たい違和感であった。

共和国に勝利したという事実だけを見れば、帝国は間違いなく大戦果を挙げている。
しかし実態は「仕留め損ねた」という表現がこれ以上なく的確であり、決定的な終戦に結びつけられなかった点が、帝国にとって致命的な痛手として強く印象に残った。
敵主力を包囲殲滅し、指揮系統を潰し、戦術レベルではほぼ完璧であったにもかかわらず、ドルーゴ将軍の部隊を逃がしたことで、戦争を畳む最後の一手を失ってしまう。
その一瞬の「詰めの甘さ」が、後の地獄を約束してしまう流れは、読んでいて胃が重くなる。

ライン戦線で描かれる作戦行動は相変わらず圧巻である。計画的な戦線縮小、第203大隊を増加ブースターとして投入し、ミサイル強襲、HALO降下による敵司令部および連合王国情報部の無力化。やっていることはほぼ理想的な近代戦の教科書であり、「ここまでやって終わらないのか」という徒労感すら覚えた。
だからこそ、戦争とは戦場だけで完結しないという現実が、これでもかと突きつけられる。

個人的に衝撃だったのは、メアリーの参戦である。まさかこの段階で戦争の表舞台に出てくるとは思っておらず、今後ターニャと対峙する日はいつになるのかという、不穏な期待だけが静かに積み上がっていく。
両者が交わる瞬間は、勝敗以上に「何が起きるのか分からない」という怖さを孕んでおり、物語全体の緊張感を一段引き上げていた。

そして、ターニャ自身の扱われ方があまりにも皮肉である。彼女は戦争を終わらせるために、自分の功績すら投げ打とうとした。
それでも終わらなかった。その結果として南方大陸遠征組に回され、「戦は上手いが終わらせ方を知らない無能な将校」に囲まれるという地獄のような配置転換が待っている。
この流れには、もはや笑いすら出ない。合理性の化身のようなターニャが、非合理の塊である組織と戦争に押し潰されていく構図が、あまりにも残酷であった。

本巻を通して強く感じたのは、「この世界はどうやって戦争を終わらせてきたのか」という疑問である。
敵兵を一兵残らず殺して終わるわけでもあるまい。しかし、政治的妥協も、感情的区切りも、どこにも見当たらない。
この問いに対する明確な答えが示されないからこそ、帝国が次巻以降、全世界を敵に回し、約束された敗北に向かって泥沼の撤退戦を続ける未来が、あまりにも現実的に感じられてしまう。

また、相変わらず用語解説の皮肉が冴え渡っている点も見逃せない。
特に巻末解説のおかげで「回転ドア」についての理解が深まり、戦争がいかに惰性と制度で継続してしまうかが、妙に腑に落ちた。物語本文で殴り、解説で冷静に刺してくる構成は、本作ならではの嫌らしさであり、同時に知的な快感でもある。

総じて本巻は、「最高の瞬間(The Finest Hour)」というタイトルが、最大級の皮肉として機能している一冊である。
最も勝利に近づいた瞬間こそが、取り返しのつかない分岐点であったという事実が、ターニャの恐怖と重なって胸に残る。勝っても終われない戦争、その中心に立たされ続ける幼女の行く末を思うと、次を読まずにはいられない、だが読めばさらに気が重くなる、見事に意地の悪い巻であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

了解。人間は混ざるとすぐ迷子になるから、組織別に箱詰めする。これが一番頭に優しい。

前提は維持する。
・区切り線なし
・である調
・フルネーム原則(未提示はその旨を明記)
・ターニャの部下中心だが、関係者は組織単位で整理する

帝国軍 第二〇三航空魔導大隊(ターニャ直属)

ターニャ・フォン・デグレチャフ

帝国軍の航空魔導師であり、合理主義と統計を信条とする指揮官である。上層部と一定の距離を保ちつつ、部下との関係では任務遂行を最優先する立場を取る。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍第二〇三航空魔導大隊大隊長。階級は少佐である。

・物語内での具体的な行動や成果
 V-1を用いた強襲作戦で共和国軍ライン方面軍司令部を攪乱した。南方戦役では遊撃的行動により敵司令部への打撃を与え、包囲下の戦局を反転させた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 戦果により参謀本部から切り札的存在として扱われる一方、独自行動の多さから危険視もされている。

ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ

温和で実務能力に優れた航空魔導師である。ターニャを補佐し、副官として行動を共にする立場にある。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍第二〇三航空魔導大隊所属。階級は少尉である。

・物語内での具体的な行動や成果
 大隊の事務処理や補給調整を担当し、帝都移動時の手配など後方業務を遂行した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 前線と後方をつなぐ実務担当として、大隊運用に不可欠な存在となっている。

ヴァイス

規律と教範を重んじる将校であり、ターニャの副長として部隊統制を担う。慎重な判断を重視する立場にある。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍第二〇三航空魔導大隊所属。階級は中尉である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ターニャ不在時には次席指揮官として部隊集結を指揮した。南方戦線では即応部隊を率いて狙撃兵排除を行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 大隊内での指揮経験を重ね、実務指揮官としての立場を固めつつある。

グランツ

第二〇三航空魔導大隊の少尉であり、現場の段取りと状況認識を報告する立場の人物である。南方では過去の経緯を回想する語り手側にもなる。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍第二〇三航空魔導大隊の少尉である。
・物語内での具体的な行動や成果
 大隊集結完了を報告した。砂漠戦で装備適応の有効性を理解し、徹底を進めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 停戦前の問題が情勢で覆い隠された事情を整理した。現場負荷の異常さを認識する視点を提供した。

帝国軍 参謀本部

エーリッヒ・フォン・ゼートゥーア

帝国軍参謀本部に属する将官である。攻勢的な戦略を好み、短期決戦を志向する立場にある。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部所属。階級は少将、後に中将である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ゼートゥーアと共に「衝撃と畏怖作戦」を立案し、第二〇三航空魔導大隊を投入した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 作戦成功により昇進し、参謀本部内での発言力を強めた。

エーリッヒ・フォン・ゼートゥーア

冷静な分析を重視する参謀であり、兵站と戦力消耗を強く意識する人物である。感情を表に出さない立場を取る。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部戦務参謀次長。階級は少将、後に中将である。

・物語内での具体的な行動や成果
 戦線整理を説明しつつ、水面下で大規模作戦の成功を待った。南方作戦では限定的戦力投入を主張した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 参謀本部の理論派として、戦争全体の方向性に影響を与えている。

ルーデルドルフ

帝国軍の将官であり、攻勢と早期終結を強く志向する人物である。講和条件や兵站の限界を踏まえつつ、決断を前へ押し出した。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部の将官であり、のちに中将となった。
・物語内での具体的な行動や成果
 「衝撃と畏怖」作戦の起草に関与した。講和仲介案に反発し、早期終結を優先する方針を示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 少将から中将へ昇進した。南方で第二〇三航空魔導大隊の投入を強く求めた。

ハンス・フォン・レルゲン

参謀本部所属の中堅将校であり、現地視察と報告を担う立場にある。規律と手続きを重視する。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部所属。階級は中佐である。

・物語内での具体的な行動や成果
 前線からの報告を行い、停戦処理に関する現場状況の説明役を担った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 参謀本部内で信頼される報告要員として位置づけられている。

帝国軍 南方方面・現地指揮系統

ロメール

帝国側の将軍であり、南方で電撃的行動を押し通す指揮官である。参謀本部への不信を抱きつつ、現場の判断で戦果を拡大した。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍の軍団長である将軍である。
・物語内での具体的な行動や成果
 南方で敵を集結前に各個撃破した。チュルス軍港を奇襲占領し、根拠地を確保した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 少数派遣の想定を実戦で拡大する結果を生んだ。デグレチャフ少佐に遊撃任務を与え、見極めを開始した。

ラインブルク

第七戦闘団の少佐であり、南方前線で戦死が報告された人物である。通信断の復旧後に死亡が確定した。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍第七戦闘団の少佐であった。
・物語内での具体的な行動や成果
 戦死が報告された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 死によって指揮権がデグレチャフ少佐へ移譲された。

カルロス

第七戦闘団の大尉であり、CPから状況を報告する実務者である。機材破壊による通信困難を伝えた。

・所属組織、地位や役職
 第七戦闘団のCPにいる大尉である。
・物語内での具体的な行動や成果
 短波通信で現況を報告した。機材が狙撃で破壊された事実を伝達した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 指揮系統回復の入口として機能した。

協商連合・共和国側

アンソン

協商連合側の軍人であり、戦死が家族に深い影を落とす存在である。直接の登場は回想に限られる。

・所属組織、地位や役職
 協商連合軍所属の軍人であった。

・物語内での具体的な行動や成果
 作中では既に死亡しており、死亡通知が家族に届けられた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 その死が遺族の行動や心情に強い影響を与えている。

メアリー・スー

合州国に避難した少女であり、戦争によって家族を失った立場にある。強い意志を持ち、行動を選択する人物である。

・所属組織、地位や役職
 後に合州国自由協商連合第一魔導連隊へ配属された。

・物語内での具体的な行動や成果
 志願兵として徴募事務所を訪れ、忠誠宣誓を行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 民間人から軍属へと立場を変え、物語後半の重要な担い手となる。

ビアント

共和国軍の中佐であり、官僚主義への反発と危機の発見を担う人物である。戦線崩壊を目撃し、警告を試みたが連絡網が断たれた。

・所属組織、地位や役職
 共和国軍の中佐である。
・物語内での具体的な行動や成果
 前線消失を観測し、CPへ警告した。方面軍司令部へ援軍要請のため飛行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 司令部跡の炎上を確認し、指揮系統崩壊の現実を突き付けられた。

ミシェイル

共和国軍の中将であり、無線と有線の喪失を告げる立場に置かれた人物である。現場は警告を受けても上級へ届ける手段を失っていた。

・所属組織、地位や役職
 共和国軍の中将である。
・物語内での具体的な行動や成果
 通信手段の全喪失をビアントへ伝えた。司令部へ連絡できない状況を明確にした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 指揮の麻痺が起きている事実を示す役割となった。

ド・ルーゴ

共和国側の将官であり、敗北後も抵抗継続を選ぶ現実主義者である。国家存続を最優先に考える。

・所属組織、地位や役職
 共和国軍所属。階級は少将である。

・物語内での具体的な行動や成果
 大陸撤退を決断し、植民地を基盤とする抗戦構想を打ち出した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 自由共和国軍の象徴的指導者として影響力を維持している。

連合王国側

ハーバーグラム

連合王国側の少将であり、帰国報告に激昂する上司として描かれた人物である。得られた成果の乏しさを問題視した。

・所属組織、地位や役職
 連合王国側の少将である。
・物語内での具体的な行動や成果
 報告を受けて激怒した。内部漏えいの可能性を疑う方向へ傾いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 「大きなモグラ」疑惑の上方修正を促す圧力となった。

マールバラ

連合王国の海相であり、帝国への楽観を批判する警告役である。海軍万能論に反論し、地上介入の不可避を主張した。

・所属組織、地位や役職
 連合王国の海相である。
・物語内での具体的な行動や成果
 閣議で楽観論へ反論した。派遣計画の着手を迫る論を展開した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 「血を流せば引けない」という政治的拘束を示唆した。想定崩壊の前触れを作った。

連合王国首相

連合王国政府の中心にいる人物であり、介入論を戦後処理へ移す議論を進めた。派遣計画を許可しつつも消極姿勢を見せた。

・所属組織、地位や役職
 連合王国の首相である。
・物語内での具体的な行動や成果
 閣議で戦後処理の議題を主導した。派遣計画を海相の管轄で進める許可を与えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 危機感の矛先を戦場から政治経済へ移した。前提が急報で覆る流れの起点に立った。

展開まとめ

第壱章 ひらけ、ゴマ

統一暦一九二五年五月二十四日 合州国アーカンソー州

祖母と孫の穏やかな日常
統一暦一九二五年五月二十四日、合州国アーカンソー州において、メアリーは隣家から贈られた林檎を手に、祖母のもとへ駆け寄っていた。祖母はその様子を微笑ましく見守り、孫娘の自然な気遣いと明るさに感謝していた。父と別れ異郷に来たにもかかわらず、メアリーは周囲を和ませる存在となっていた。

戦争が落とした影
祖母は、孫娘が自らと母を励まそうとしていることを感じ取り、その健気さを誇らしく思う一方で、戦争によってもたらされた境遇を痛ましく感じていた。表向きは朗らかに振る舞いながらも、心中では戦争の終結を切に願っていた。

娘の喪失と沈黙
祖母の娘は、夫であるアンソンの死亡通知を受け取って以来、心を失ったようにラジオの前で戦争報道に耳を傾け続けていた。協商連合の軍人であったアンソンの死は、穏やかな一日に突然もたらされ、娘の時間をその瞬間に凍り付かせていた。

死亡通知の記憶
協商連合の公用車と黒服の来訪者がもたらした死亡通知は、祖母にとっても忘れがたい衝撃であった。自ら応対しなかったことを悔やみながら、書状に記された事実を目にした瞬間の凍り付く感覚を、彼女は今も思い出していた。

終戦への祈り
戦況が帝国側の後退を示しているという報道を聞き、祖母は戦争が終わることを願っていた。娘がラジオに祈るように耳を傾ける姿を見て、復讐ではなく痛みを分かち合うことを選び、悲しみが和らぐまで共に耐えようと心に決めていた。

日常への回帰
祖母はメアリーに声をかけ、二人でアップルパイを作ることを提案した。悲しみを抱えながらも、ささやかな日常を取り戻そうとするその行為は、家族をつなぎ留めるための静かな意思表示であった。

統一暦一九二五年五月

作戦構想の明快さと致命的な疑念
参謀本部は、ゼートゥーア少将とルーデルドルフ少将が起草したSchrecken und Ehrfurcht(衝撃と畏怖)作戦を、目的が明瞭な計画として評価していた。敵司令部を直接叩いて指揮系統を麻痺させ、戦線崩壊へ導くという単純な首狩りであった。一方で、司令部は安全地帯に置かれ厳重に守られるのが常識であり、強行偵察が濃密な迎撃網と邀撃戦力の存在を裏づけたため、旅団規模でも壊滅級の損害が見込まれる無謀さが問題視されていた。

両少将の名と第二〇三航空魔導大隊が現実味を与える
参謀らは成功率の低さを理由に棄却しかけたが、提案者が機動戦の権威である両少将であることから、計画を精読して渋々検討に値すると認めた。迎撃困難な高度と追尾不能な速度を実現する追加加速装置と、錆銀と畏怖され始めたターニャ・デグレチャフ少佐の第二〇三航空魔導大隊の戦歴を加味すれば、机上では議論可能な魅力が生まれた。

解錠作戦との連動が参謀本部を分断する
両少将が本作戦を次期の大規模計画である解錠作戦と連動させ、衝撃と畏怖の断行が解錠作戦成功の条件になりうると示唆したことで、参謀本部は激しく紛糾した。既にライン戦線後退という危険な賭けに踏み込んだ状況で、博打に左右される構図は受け入れ難く、内部は真っ二つに割れるほど荒れた。

失敗時の効果も含めた採否判断
最終的に参謀本部は、敵司令部直撃という一点の軍事目的一点を高く評価し、沈黙に至らずとも直撃自体が擾乱となると判断した。たとえ片道襲撃に近くとも、一度でも首狩りを実行した実績があれば共和国軍は常時防衛を強いられ、後方に戦力を割かざるを得なくなるという見込みが重視された。参謀の一部は、デグレチャフ少佐なら力ずくでも成果を捻り出す可能性があると内心で見ていた。

投入戦力の決定と準備、ぶっつけ本番
参謀本部は、虎の子である第二〇三航空魔導大隊を全滅させかねない高価な賭けだと承知しつつ、一個中隊規模の投入を決断した。追加加速装置(秘匿呼称V-1)で敵戦列後方を強襲する要員として十二名が即座に選抜され、射出拠点へ移動して講習と任務概要の叩き込みが進められた。デグレチャフ少佐が求めた実機演習は秘匿性から見送られ、操作はハンガーで確認するに留まり、代わりに装置整備が念入りに行われた。計画は司令部打撃または通信の一時破壊を最低目標とし、直撃後は北上して友軍潜水艦もしくは艦隊で回収される段取りであった。通達後、XIDAYとして五月二十五日を迎え、その結果は戦史でも驚きをもって語られるものとなった。

統一曆一九二五年五月二十五日 帝国軍V-1投射秘匿拠点

無茶な軍令とV-1投射の憂鬱
ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、選抜中隊で共和国軍司令部を直撃せよとの軍令を受けた。通常手段では突破不能として、人力誘導の誘導式噴進弾V-1で突入させるという狂気じみた手段が用意され、彼女は合理性を理解しつつも内心で強く反発した。それでも軍人として拒否できず、「やるしかない」と自分に言い聞かせ、任務成功を自己の義務として固定した。

統計と合理主義、そして疑念の芽
ターニャは統計を「一番マシな嘘つき」と捉え、常識を疑いパラダイムに挑む姿勢を自負していた。一方で、戦争自体が浪費であり、帝国が戦費に潰れぬため賠償をもぎ取る必要がある現実も冷徹に理解していた。その視点から、司令部攪乱だけに巨費を投じる作戦の費用対効果に違和感を抱き続けた。

レルゲン中佐との応酬と「回転ドア」の解読
レルゲン中佐に戦意不足を疑われたターニャは、消極的と見られぬよう「機会損失」という形で疑問を提示した。会話を重ねるうち、敵司令部の混乱を梃子に塹壕戦から機動戦へ回帰し、共和国軍を誘引して包囲殲滅へ繋げる大戦略の一部だと看破した。彼女が口にした「回転ドア」という言葉に中佐が激しく反応したことで、推理が的を外していないと確信し、以後は先鋒として全力を誓った。

出撃の士気操作と内心の渋面
ターニャは訓辞で部下を笑わせつつ「神を失業させに行く」と煽り、表向きは高揚した指揮官として振る舞った。だがV-1に搭乗する直前、彼女の表情は「なぜ自分が」という憮然を残していた。

V-1高速侵攻とHALO降下の強行
高度約八八〇〇フィート、速度九九一ノットでV-1が突入し、操作は微修正しか利かないほぼ“運搬”状態であった。予定手順としてV-1本体を「ドアノッカー」として先行切り離し、続いて魔導師が分離して高高度降下を実施した。発見回避のため低高度まで落下し直前に減速する危険な方式で、ターニャは強烈なGと着地衝撃を耐え抜いて降着を完了した。

降下後の再集結と誤算の発生
損害なく降下できたこと、分散降下にもかかわらず統制を保って再集結できたことは練度の成果であった。だがV-1の着弾は弾薬庫を外し、想定した大混乱が起きないという誤算が判明した。ターニャは挽回の余地があると判断し、自ら弾薬庫破壊に向かい、他小隊には防衛部隊排除と司令部候補地の強襲を命じた。

後方基地の弛緩と奇襲の優位
潜入を開始すると共和国軍はロケット攻撃への対応に追われ、魔導師の侵入を予期していなかった。警備は想定外に緩く、追撃も乏しかったため、ターニャは合理主義ゆえの思い込みを戒めつつ、より大胆に動けると判断した。

外れ目標の処理と隠し地下施設の発見
弾薬庫とされた建物は警備が薄く、内部も空で、情報部の誤認と見られた。それでも軍令上、破壊は必須であり、ターニャは警備兵を排除して突入し、施設を発破対象とした。だが退去直前、隠し扉から敵魔導師が飛び出し、短機関銃による即応射撃で瞬時に制圧した。さらに隠し扉の奥に異常な深さの階段と、地下からの複数の話し声を確認し、重要目標が潜む可能性を掴んだ。

閉所戦の回避と酸素奪取による排除
地下への突入は自爆など最悪の危険が大きく、時間も足りなかった。魔導反応が乏しい点から非魔導師主体と見て、ターニャは捕虜確保を断念し、密閉空間での酸素消費を狙う燃焼術式を選択した。水素生成や一酸化炭素の発想を示しつつ、熱量と爆風で地下を制圧し、追加の燃焼術式で戦果拡大を狙って即座に離脱へ移った。

火力で混乱を拡大しつつ撤収へ
タイムスケジュールは極端にタイトで、遅滞すれば増援で退路が絶望する。ターニャは周辺を気化燃焼術式で焼き払い、敵が火災対応に追われる隙に前進と離脱を両立させた。ヴァイス中尉からC目標外れの報告を受ける一方、B目標が司令部として当たりだったとの報告も得て、目標達成を確認した。

作戦成果の確定と全速離脱
ターニャは目標Aの襲撃完了を宣言し、全隊に北上離脱とビーコン運用を命じた。敵司令部への打撃による混乱を期待しつつ、戦果報告と叙勲推薦を念頭に、給料分を超えた労働への皮肉を抱えながら撤収を進めた。

統一暦一九二五年五月二十五日 連合王国/ホワイトホール

勢力均衡という建前と、帝国への根源的不安
連合王国の対外政策の根幹は、大陸に「唯一絶対の超大国」を生ませないことであった。表向きは民族自決を尊重する姿勢を装いつつ、内実では強すぎる国家の出現を地政学上の悪夢として恐れていた。帝国は遅れて登場した列強であり、その存在自体が生来の頭痛の種であった。

帝国の継戦力を見誤る閣僚たちの多幸感
帝国軍の一時的な後退や戦線整理が報じられると、ホワイトホールは早くも「終戦が見えた」という空気に包まれた。閣僚たちは共和国のカフェやワイン、ガレットの話に興じ、戦争終結後の旧交再開を夢想した。辛口の論者すら帝国の脆弱性を新聞で論じ、安堵と楽観が政府中枢に蔓延した。

海相マールバラの警告と、海軍万能論への反論
海相マールバラは、帝国を甘く見る楽観論に耐え切れず反論した。海上封鎖や艦隊示威だけでは大陸国家の帝国に致命傷を与えられず、地上軍の介入が不可避であると主張した。しかし蔵相らは「西方工業地帯の喪失で帝国は戦争を継続できない」「参戦国の財政は破綻寸前で長期戦は不可能」と数字を根拠に切り返し、戦争はやがて終わるという前提を崩さなかった。

介入論の焦点が“戦後処理”へ移る閣議
首相以下は、帝国敗北後の世界秩序再編こそが主要課題だと位置づけ、講和斡旋や示威行動、講和条約の予備調査といった「戦後を見据えた介入」を語り始めた。復興費用、対連邦、合州国の借款による影響力拡大、共産主義勢力の跳梁跋扈への懸念が議論を支配し、危機感の矛先は戦場ではなく政治経済の後始末へと移った。

“派遣準備”の空虚さと、血を流す政治的拘束の示唆
首相は辟易しつつも、海相の管轄で派遣計画を進める許可を与えた。だが陸軍の海外派遣可能兵力は限られ、閣僚の多くは「消火できる火事に飛び込む必要はない」と反対した。マールバラは「共和国と並んで死ねる」と言い切り、連合王国兵が共和国兵と共に戦死すれば政治的に引けなくなるという拘束を示唆したが、閣僚側はなお費用対効果と国益を優先し、参戦回避の論理を固めた。

前提崩壊の予告
マールバラは不満を抱えつつも「万が一に備える」という名目で派遣計画に着手せざるを得なかった。だが、その前提は程なく海軍省からの急報によって根底から覆され、連合王国の想定は一変することが示された。

第弐章 遅すぎた介入

統一暦一九二五年五月二十五日 帝国軍最高統帥会議連絡部会室

最高統帥会議の動揺と、後退への不信
帝国軍の低地地方における大規模後退は、最高統帥会議の列席者に軽い恐慌を引き起こした。蒼白な官僚や政治家は参謀本部出席者を睨みつけ、会議が糾弾の場へ転じる気配が濃厚であった。説明役として戦務局のゼートゥーア少将が出席したことで、列席者は「当然、危機を踏まえた説明が来る」と身構えた。

ゼートゥーアの“平然”が招く苛立ち
ゼートゥーアは、戦線整理が成功し所定の防衛線まで後退戦闘を成功させたと淡々と報告し、陸戦の脅威は共和国軍に限定されると断じて話を切り上げた。さらに海上情勢として、協商連合艦隊が連合王国に名目上抑留されつつ実態は保護であるなど既知情報を繰り返し、危機の只中にあって葉巻選びや珈琲を楽しむ余裕すら見せた。この態度は「状況を理解していないのではないか」という疑念を列席者に増幅させた。

文官側の財政・産業基盤危機の突き付け
財務省は戦費が内国起債に依存し、長期化が経済問題を誘発すると踏み込んで警告した。内務省は低地工業地帯の失陥と西方工業地帯が敵重砲射程圏に入った事実を挙げ、産業基盤が崩壊しかねないと迫った。外務省も不本意な政治的措置の可能性に言及し、会議室は参謀本部への糾弾と焦燥に支配された。だがゼートゥーアは形式的な謝罪や「早期に打開できる確信」を述べるだけで、具体策を示さず時間だけが浪費されていった。

“定刻”の意味と、急報の到来
臨界点に達しつつある空気の中、ゼートゥーアが懐中時計を見て「定刻」と呟き、列席者の視線が扉へ集中した。直後、猛烈なノックと共に軍人が入室し、符号の確認を経て入電を読み上げた。通信文の符号は国歌の一節「世界に冠たる我らがライヒ」であり、それが作戦成功を示す合図であった。

赤黄色作戦の真相と、演技だった緩慢さ
ゼートゥーアは突如として機敏に立ち上がり、参謀本部が『赤黄色作戦』第一段階「衝撃と畏怖作戦」を完遂し、次段階「解錠作戦」を発動したと宣言した。続報として、共和国軍ライン方面軍司令部の破壊、もしくは完全な無力化に成功した可能性が示された。参謀本部は前線防衛線前方に展開するライン方面軍を敵主軍と見なし、指揮系統を断ち切った上で撃滅に移行していると説明し、列席者には更なる続報を待てと告げた。

同日 参謀本部 作戦局

作戦局の熱狂と「衝撃と畏怖」の戦果
参謀本部は大規模作戦前特有の緊張と高揚に包まれていた。とりわけ作戦局は、第二〇三航空魔導大隊が共和国軍ライン方面軍司令部を吹き飛ばした報告を受け、肩を叩き合う騒ぎとなった。最悪でも混乱を与えられれば上出来と見られていた中、予想外の完遂にルーデルドルフ少将は戦務の手配を称え、ゼートゥーアが用意した切り札に歓喜した。解錠作戦は機材と人員の準備が整ったことで計画通りに進展しつつあった。

連合王国の講和提案と、読めない意図
そこへゼートゥーア少将が呼び戻され、外務省から連合王国の正式通告が入ったと伝えた。内容は最後通牒ではなく、講和仲介の申し入れであり、条件が「restitutio in integrum」で一週間以内に回答せよというものであった。ルーデルドルフ少将は戦前状態への復帰要求を「全てが無駄になる」と激昂し、ロンディニウム条約の国境線に戻ることなど論外だと断じた。一方でゼートゥーアは、拒否すれば介入の口実になり得ること、艦隊の一部が動いているらしいのに地上動員が見えないことなど、連合王国の狙いが掴めない点に引っかかりを覚えていた。両者は内政事情や議会向けの外交ポーズの可能性を疑いつつも、外部の雑音に振り回されず任務を遂行するしかないと結論した。

連合王国参戦の見積りと、海軍封鎖への警戒
ルーデルドルフ少将は、連合王国の本国投射可能な地上戦力は七〜八個師団程度で、ライン戦線では作戦級でも決定的脅威になりにくいと見た。ゼートゥーアは海軍戦力差による封鎖の面倒さを指摘したが、ルーデルドルフは戦争を短期で終わらせれば封鎖の長期継続は非現実的だと切り捨て、早期終結を優先した。

兵站の限界と「二週間」の猶予
勝利を掴みつつある一方、ルーデルドルフ少将は前進継続の可否を兵站に問い、ゼートゥーアは「ライン以東なら保証できるが、パリースィイまでとなると距離の暴威が直撃する」と断言した。砲弾供給は一日一砲門あたり八発が限界で、しかも一五五ミリ以上の重砲は計算外、最良条件で短期維持がやっとだと述べた。原因は敵地鉄道が使えず馬匹と車輛に依存せざるを得ないこと、馬匹そのものと秣が絶望的に不足していることにあった。維持可能期間は二週間、消耗が少なければ追加で二週間が限度であり、塹壕戦に引きずり込まれて時間を失えば補給線は麻痺すると釘を刺した。重砲弾の増強要求も、鉄道なしで運べない現実と、重砲が低地方面に偽装配置済みであることを理由に退けた。

「ひらけ、ゴマ」と回転ドアの勝負
両者は砲兵の機動力不足を今後の課題としつつも、当面は回転ドアの原理で共和国軍主力を誘引撃滅することが全てだと確認した。低地地方を囮にし、西方工業地帯という赤いマントで共和国軍を死地へ誘った以上、停止すれば破綻するという認識で一致した。ルーデルドルフ少将は解錠作戦の合言葉「ひらけ、ゴマ」を気に入り、ゼートゥーアはそのセンスを酷評しながらも、作戦の成否が戦争終結を左右すると念を押した。

共和国軍前線の倦怠と、ビアント中佐の焦燥
一方、ライン戦線では低地方面ばかりが注目され、右翼部隊は拮抗と停滞に飽きが広がっていた。アレーヌでの後方破壊作戦に関与した魔導師の植民地送りに抗議し続けるビアント中佐は、上層部の官僚主義と責任回避に憤り、戦機を逃した現状を「乞食のような勝利」と感じていた。燻ることを拒んだ彼は、状況把握と非公式の伝令を兼ねて飛行許可を取り、煙草と酒を背負わされた自嘲混じりのまま、コールサイン「ウィスキードッグ」で前線へ向かった。

前線消失の衝撃と、警告の届かない絶望
離陸直後、閃光と爆音、衝撃波に襲われ、最前線方向に等間隔で立ち上る複数の黒煙を目撃したビアント中佐は、観測術式で塹壕線そのものが瓦礫と土砂に飲まれ地表から消えている事実を見抜いた。彼は「前線が吹っ飛んだ」とCPに絶叫し、視野一杯の機甲部隊と機械化歩兵の混成集団を視認して警告した。しかし師団長ミシェイル中将は、無線も有線も全て喪失し、司令部へ一切連絡できないと告げた。敵が妨害と切断を徹底した結果、警告はどこにも届いていなかった。ビアント中佐は封筒を託され、援軍要請のため方面軍司令部へ飛び立つが、既に敵魔導師が背後深くまで進出し、追撃ではなく司令部掃討を優先している気配を感じ取った。

燃える司令部跡と、現実の崩壊
ようやく到達したライン方面軍司令部の位置には、陥没した大地と炎上する施設群、そして救援に走る共和国軍兵士の姿があった。ビアント中佐は、ここが司令部だった場所だという事実を前に思考を凍らせ、戦線と指揮系統が同時に崩壊した現実を突き付けられた。

統一曆一九二五年五月二十六日 洋上: 帝国軍潜水艦発令室

潜水艦内での邂逅と腹の探り合い
ターニャ・デグレチャフ少佐は狭い艦内を難なく抜け、トライゼル艦長に呼び出されて応対した。両者は食事や待遇を話題に社交辞令を交わしつつ、潜水艦側が「事情あって」糧食面で優遇されている含みを共有し、指揮官同士として距離と礼節を整えた。

解錠作戦の発動と航空魔導隊の再投入
艦長は受信電文として「解錠作戦」の発動を告げ、ターニャは包囲殲滅が成立する朗報として即座に戦局の決定を確信した。参謀本部命令により潜水艦は哨戒を継続し、ターニャらは低地方面の決戦へ参加する手はずとなり、互いの武運を祈って送り出しの段取りが固められた。

中隊への訓示と勝利の空気
ターニャは部下に作戦の進展を伝え、共和国軍主力が低地へ封じ込められたと説明した。勝利への高揚が中隊に広がる一方で、浮かれすぎるなと釘を刺し、差し入れで軽く祝杯を許したのち、自身は個室で今後の戦局と終戦後の展望を冷静に整理した。

出撃と「順調すぎる」戦場
夜明け前に発進した中隊はライン・コントロールと交信し、捜索遊撃任務として戦域へ入った。対空砲火も迎撃も乏しく、砲兵支援も円滑で、共和国軍の補給断絶と統制崩壊が露骨に現れていた。ターニャは効率的な戦況に安堵しつつ、降伏しない敵の非合理さに苛立ちを覚えた。

海側からの異物と交戦規定の軋み
海上識別圏を通過する未識別の魔導部隊が接近し、管制は誰何を繰り返した。ターニャは敵と推定して先制を求めたが、上級は射撃制限付きの接触を命じた。状況悪化を見てターニャは反転と無線封鎖、魔導反応の抑制を指示し、未識別を敵と断定して一撃を狙う構えを取った。

連合王国側の焦燥と衝突の幕開け
迎撃される側は連合王国のドレイク中佐率いる大隊であり、共和国との連絡断絶と帝国軍の優勢を目撃して撤収も検討したが、今を逃せば包囲が固まるとして強行偵察を選んだ。直後、上方高度からの帝国魔導隊の攻撃により統制射撃が通らず損害が出始め、ドレイクは敵の錬度を認めて離脱を決断した。

統一暦一九二五年五月二十八日 共和国軍ライン方面軍司令部隣接施設 連合王国人道支援団体 “ピース・ワールド”病院

生還した情報将校と空振りの聴取
ライン方面軍司令部所属のカギール・ケーン大尉は病室で意識を取り戻したが、全身火傷と一酸化炭素中毒の後遺症で身体感覚が乏しく、記憶も曖昧であった。連合王国側の協力者「ジョンおじさん」は敵対誤認を避けるため名乗り、拘束ではなく鎮痛中心の投薬だと説明した。だが大尉は一酸化炭素中毒由来の記憶障害で、襲撃直前の情報をほぼ提供できず、聴取は実質的に失敗に終わった。

引き渡しと撤収の現実
ジョンおじさんは共和国側へ生存者の存在を連絡しつつ、この状態では聴取より引き渡しが妥当だと判断した。共和国戦線の悪化で危険地帯に慈善団体を置けない事情も重なり、連合王国側は手際よく帰還便を手配する。ジョンおじさんは、上司ハーバーグラム少将の激怒を予見しながら帰国を余儀なくされた。

帰国報告と少将の爆発
帰国後、ジョンおじさんは少将へ口頭で要点報告を行ったが、少将は机を叩き割る勢いで激昂した。機密資料は焼失し、関係者の損害も大きく、得られた事実は「完全な奇襲で焼かれた」程度に留まった。ジョンおじさんは、生存者も瀕死で続報が期待できない点まで先回りして説明し、報告内容の乏しさを補強した。

“偶然”の連続が生む内通疑惑
少将は、極秘施設が帝国軍魔導師に狙い撃ちされた理由を問題視し、内部漏えいを疑って疑心暗鬼を強めた。ジョンおじさんも、観測所の壊滅、潜水艦の露見、積み荷の口封じに至る一連の不幸が重なりすぎている点を踏まえ、偶然では片付けにくいと認識する。結果として「大きなモグラ」が深く潜っている可能性が上方修正され、組織横断で洗い直す必要が示された。

時間切れが迫る中での対処方針
ジョンおじさんは自分の手でも追加調査を引き受け、必要なら内務省など他部局まで疑う覚悟を固めた。一方で、ライン戦線の崩壊が時間の問題である以上、悠長なモグラ狩りに猶予がない現実も理解しており、限られた時間で「偶然の証明」か「漏えいの摘発」かを急ぐ局面へ移行した。

統一暦一九二五年六月十八日 パリースィイ外縁部上空

勝利の実感と首都目前の高揚
ターニャはライン戦線の荒廃した大地を越え、共和国軍主力の包囲撃滅後に首都パリースィイへ迫る現状を「爽快」と受け止めていた。鉄道線を無傷で確保したことで重砲も前進し、進軍速度は落ちても首都制圧は時間の問題という空気が将校間に共有され、帝国軍では一番乗り競争すら始まっていた。

共和国軍の不自然な防衛配置
第二〇三航空魔導大隊が確認した防衛戦力は、郊外で塹壕線を構築中の歩兵師団二個程度であった。若者が少なく予備役中心と推測され、機甲や機械化の要素も乏しい。加えて市街地は工兵による破壊や障害構築がほぼ見られず、共和国政府が政治的理由から市街戦を避け、外縁部での防衛を強いている状況が示唆された。ターニャはその指揮系統の拙さを嘲りつつ、自軍が比較的恵まれた命令環境にあることを再確認した。

「楽な戦場」と砲兵支援の単純作業
任務は待機から偵察兼対地襲撃に変更されたが、実態は砲兵観測の支援が中心となった。視界は良好で、敵の妨害はほぼ皆無であり、対空砲火も乏しい。確認できたのは四〇ミリ連装機銃がわずかにある程度で、高射砲や重砲は見当たらず、共和国側の火力は旧式野戦砲や迫撃砲が最大級に見えるほど貧弱であった。結果としてターニャは、敵よりも友軍重砲の誤射の方を警戒しつつ、高度を取って観測を続けるという「アウトレンジの見物」に近い状況となった。

敵魔導師不在の不気味さと作戦上の焦り
首都目前でありながら敵魔導師の邀撃が確認できず、無線も比較的澄んでいることは異常であった。ターニャは「抵抗なし、敵魔導師を見ず」と報告しつつ、伏撃や策謀の可能性を疑う。とはいえ軍全体の意図は市街戦回避であり、郊外の防衛線を砲兵で粉砕して敵が市街へ退く前に処理する必要がある。砲兵が手間取れば敵の後退を許し、退路遮断や降下強襲のような厄介な役回りが魔導師に回ってくる可能性が高まるため、ターニャは警戒継続と砲兵の成功を祈りつつ、最後まで生き残って勝利の配当に与ることを優先課題として自制した。

統一歴一九二五年六月十九日 共和国 フィニステール県、ブレスト軍港

首都陥落の報と「大陸撤退」決断
帝国軍が首都防衛線を突破し市街地へ突入した凶報がブレスト軍港にも届き、共和国国防次官ド・ルーゴ少将は屈辱と憤りを噛み殺して受け止めた。自ら策定した「大陸撤退」プランは、戦友の犠牲で稼いだ時間を無駄にしないための苦渋の選択であり、祖国と国民を置き去りにする現実が胸中を苛んだ。

ライン方面軍壊滅が意味する国家崩壊の危機
ライン方面軍の壊滅は本国戦力の実質的全滅に等しく、共和国本土には戦線を支える実戦部隊がほとんど残らなかった。重砲兵部隊と軍需物資の喪失、さらに砲弾生産を担う重工業地帯の喪失が、塹壕と砲兵で持久するという理屈上の選択肢すら現実から奪っていた。ド・ルーゴ少将は「連合王国の介入があと少し早ければ」という悔恨を振り払い、今は撤退作戦を成立させることに思考を切り替えた。

植民地資源を基盤とする反攻構想
彼は本土放棄を敗北と同一視せず、植民地の人的資源と天然資源を束ね直して反帝国の旗を保つ構想を明確にした。分散した部隊は各個撃破の餌に過ぎないが、脱出に成功してまとまった軍団を温存できれば、機会を窺って帝国に痛打を与える戦力になり得ると判断した。

虎の子戦力の積み込みと時間制約の賭け
揚搭は進み、第三機甲師団が乗船を完了し、第七戦略機動軍団の集成旅団も乗船中であった。新型演算宝珠と新型主力戦車を備える戦力が温存できたことは惨事の中の幸運であり、帝国軍魔導師の質的優位に対抗する「同じ土俵」の最低限を確保できるとド・ルーゴ少将は確信した。一方で、機密露呈のリスクと、合流途上の友軍を見捨てる心理的影響という矛盾する圧力の中で、彼は決断を迫られていた。

特殊作戦軍の合流待ちと出港命令
要となる共和国特殊作戦軍、とりわけアレーヌから生還したビアント中佐らの合流が戦局の選択肢を増やすと見込み、少将は「一〇時間後に出港」と定めてギリギリまで待つ賭けに出た。追撃を受けていれば敵を誘導しかねない危険を承知しつつも、魔導師なら洋上合流も可能であるとして、時間内の最大限の積み込みを優先させた。

海路の安全と連合王国の“ありがたい援護”
海路は潜水戦隊の索敵でも接触なしと報告され、現時点で帝国軍が撤退準備に気づいていない兆候が示された。さらに連合王国艦隊が抜き打ち演習を領海近傍で敢行したことで、帝国軍主力艦隊と航空・魔導戦力がそちらへ張り付き、ブレストの動きは相対的にフリーハンドを得ていた。少将はこれを「ありがたい援護」と受け止め、停戦発動までの一度きりの機会に祖国の未来を賭ける覚悟を固めた。

愛国者としての固い誓い
ド・ルーゴ少将は、連合王国の不味い飯を齧ってでも南方領域から反攻し、最終的に祖国を取り戻す決意を口にした。共和国は第一ラウンドを失ったにすぎず、最後に立つのは共和国であり得るという意志で自らを叱咤し、撤退作戦を次の戦いの起点として位置づけた。

第參章 箱舟作戦発動

統一暦一九二五年六月二十日 帝国軍参謀本部

参謀本部の“食事”と停戦後始末の現実
帝国軍参謀本部の食堂で、ゼートゥーア少将とルーデルドルフ少将は、食事と呼ぶのも躊躇われる代物を代用珈琲で流し込みながら同席していた。高価な食器に最悪の盛り付けという不快さをやり過ごしつつ、二人の話題は共和国首都制圧の吉報を踏まえた停戦と講和の“後始末”へ向かった。

外交の領分と軍務の線引き
ルーデルドルフ少将はイルドア王国を通じた降伏条件調整の必要性を口にしたが、ゼートゥーア少将は軍の義務は帝国防衛であり外交政策は外務省の管轄だとして越権を戒めた。両者は外務省の仕事を尊重しつつ、軍としては停戦に向けた事務処理と現場統制に専念すべきだという方向へ議論を収束させた。

停戦手続きと現場心理への警戒
停戦処理は机上の事務に見えて、交戦直後の前線では感情の昂りから手違いが起こり得る危険を孕んでいた。ルーデルドルフ少将は最低限の手続き方針をまとめる必要を感じ、ゼートゥーア少将も標準化された局地戦用停戦案の適用を想定しつつ、問題がないか現状確認した上で法務にも回すべきだと判断した。士官学校で学ぶ停戦の基礎だけでは列強戦の後始末に足りず、専門的知見が欠けているという認識が共有された。

前線帰りの参謀将校レルゲン中佐の召喚
現場情勢の把握のため、ゼートゥーア少将は現地視察から戻ったばかりのレルゲン中佐を呼び、説明させる方針を示した。信頼できる参謀将校の報告が、停戦案の実効性と現場統制の要点を掴む鍵になると二人は見なした。

兵站線確立への評価と“終戦”への執念
ルーデルドルフ少将は最高統帥会議で大見得を切った以上、最後で失敗すれば済まないと自戒したが、ゼートゥーア少将は首都までの兵站線確立を高く評価し感謝を述べた。軽口として珈琲豆の話を交わしつつも、二人が最終的に共有したのは「戦争を終わらせるために軍務を滞りなく遂行する」という一点であった。内線機動を前提とする編制を無理に振り回してきた苦労をぼやきながらも、両者は即座に実務へ戻り、レルゲン中佐の召喚を決めた。

同日 帝国軍最高統帥府/外交諮問委員会

勝利報に沸く会議室の空気
帝国軍の大規模反撃成功、共和国首都への進撃、停戦間近という一連の吉報を受け、外交諮問委員会の会議室は珍しく高揚した空気に包まれていた。普段は緊張と形式に支配される官僚たちも、戦争終結と平和回復が現実味を帯びたことで、早くも戦後を語り始めていた。

外務省による戦後処理方針の提示
戦後処理の方針を問われた外務官僚は、平和的な国境線の画定、賠償金の支払い要求を基本とし、共和国に対しては一部植民地の放棄または割譲を求めると説明した。強硬一辺倒ではない現実的な内容に、委員たちは意外そうな反応を示した。

過激案の却下と現実路線への修正
外務官僚は、若手課員による初期案が大規模割譲と巨額賠償を組み合わせた事実上の従属国化案であったことを明かし、それを非現実的として差し戻した経緯を語った。勝利の勢いに任せた講和案がもたらす混乱を避けるため、冷静さを取り戻した上で修正を施したという裏話が共有された。

軍と外交の役割分担の確認
降伏処理については軍の管轄とし、戦争終結まで作戦行動に外交が制約を加えるべきではないとの認識が確認された。外交側は軍からの要請に柔軟に応じつつ、自らの職務である講和条件や戦後枠組みの整備に専念する方針で一致した。

次なる議題への移行
こうして戦後処理の大枠について一定の共通理解が形成されると、委員会は速やかに次の案件、連邦との通商協定へと議題を移した。勝利に酔い切ることなく、戦後を見据えた実務へ進もうとする官僚組織の姿勢が示された。

同日 帝国軍第二〇三航空魔導大隊駐屯地

“終戦”という言葉への違和感
共和国海軍が撤収中という報告を受けたデグレチャフ少佐は、表面上は平坦に応じたが、ヴィーシャの「終戦は時間の問題」という言い回しを執拗に確認した。少佐は停戦と終戦を峻別し、撤収先がブレスト軍港であり、名義がド・ルーゴ将軍である点に強い不吉さを覚え、地図を要求して状況を再構成した。

ダンケルクの再来を見抜く
地図を見た少佐は、共和国側の行動を「停戦準備」ではなく「夜逃げ」と断じた。艦隊と残存戦力を植民地方面へ退避させ、戦争継続の火種を温存する意図だと推測し、ここで叩かなければ戦争は終わらないと結論づけた。副長ヴァイス中尉の慎重論に対しても「停戦は終戦ではない」と切り返し、強行偵察の名目でブレスト襲撃を決意した。

基地司令部での異常な嘆願と独断専行
少佐は基地司令官に出撃許可を懇願し、胸倉を掴むほど取り乱した。周囲は“錆銀”と恐れられる魔導将校の狂乱に困惑し、衛兵らが制止に入るが防御膜に弾かれた。司令官は停戦交渉を壊す危険を理由に拒否し、少佐は参謀本部直轄部隊の独自行動権を根拠に、強行偵察として独断で出撃を強行する姿勢を示した。

V-1を用いたブレスト強襲準備
少佐は技術廠の「実戦テスト要請」を盾にV-1を引き出し、滑走路に並べて発射準備を整えた。狙いは一撃離脱で港湾の停泊艦艇を叩き、可能ならド・ルーゴ将軍の旗艦ごと排除することだった。潜水艦部隊との連携で回収や反復攻撃の可能性も見込み、時間を理由に計画を前倒しして実行寸前まで持ち込んだ。

停戦命令で全てが崩れる
しかし方面軍の制止に続き、参謀本部から全軍への停戦命令が到達した。伝令と将兵の目前で通達されたため、「聞こえなかった」で押し切る余地は消えた。出撃すれば停戦破りで即座に破滅し、出撃しなければ“ダンケルク”を許して帝国の将来的破局につながるという二重の必然に追い詰められ、少佐は最後に出撃中止を命じるしかなかった。滑走路に崩れ落ちた少佐の言葉は、勝利目前で機会を失った絶望そのものであった。

第肆章 勝利の使い方

統一暦一九二五年七月十日 帝国軍、ブレスト軍政管轄区

集結完了と指揮の引き継ぎ
統一暦一九二五年七月十日、帝国軍ブレスト軍政管轄区にて、グランツ少尉は第二〇三航空魔導大隊の集結完了をヴァイス中尉へ報告した。糧食・装備・兵站の滞りはなく、全てが整った状態であった。デグレチャフ少佐が不在のため、次席であるヴァイス中尉が最上位将校として判断を担う立場となり、その重圧を抱えながらも指揮官として決断を下す構えを固めた。

“状況報告”の中身が祝宴であるという落差
ヴァイス中尉は各中隊指揮官に状況報告を命じ、部隊は第一種戦闘配置済みと号令で応じた。しかし続く報告は戦況ではなく、ビール・ワイン・肉・魚・海といった“祝宴の準備完了”であった。補給の特配は出し惜しみのない大盤振る舞いであり、鹵獲品や在庫の放出も含め、勝者としての余裕を兵の士気に変換する段取りが整えられていた。

勝利の美酒を“海”で消費する日
澄んだ空と初夏の日差しの下、砂浜には鉄板と調理台が並び、新鮮な肉の山と瓶ビールが用意され、シャンパンやワインまで揃っていた。第二〇三航空魔導大隊の将兵は、この日を楽しむことに全力を注ぐ姿勢を見せ、勝利の祝宴が公式の行動として開始された。

乾杯と無礼講がもたらす解放
将兵は「勝利に」「戦友に」「ライヒに」と唱和して乾杯し、酒を掛け合い、肩を組んで歌を叫び、共和国の海辺で勝利を誇示した。砂浜では砂遊びが小隊単位の対抗戦へ発展し、海へ飛び込む者、肉を焼く者に分かれ、それぞれが思い思いに羽目を外した。彼らは勝利そのものだけでなく、生き残った喜びと義務を果たした達成感に酔いしれていた。

同時刻/帝国軍ブレスト基地

参謀本部の“勝利宣言”に対するターニャの激怒
ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、副官セレブリャコーフ少尉が持参した参謀本部の公式通達を読んだ瞬間、頭痛を堪えるほどの苛立ちを覚えた。文面は勝利を無邪気に讃える内容であり、読み直しても解釈の余地はなかった。彼女は部下の休暇と祝宴自体は権利として認めつつも、戦争指導を担う上層部まで浮かれることを犯罪的な無為無策だと断じ、自室で怒りを爆発させた。

「勝利の使い方」を巡る危機感と参謀本部への直行決断
ターニャは、今回の大勝利は終戦へ繋げる好機であり、外交交渉に入らない最高統帥府の姿勢を理解できなかった。冷静さを取り戻すために珈琲を淹れつつも疑念は消えず、参謀本部の合理主義が突然鈍化した理由を確かめるため、直接乗り込むと決断した。即応待機が解除されている状況を利用し、時間を節約するため長距離列車ではなく飛行で帝都へ向かう方針を定めた。

ヴィーシャの手配とヴァイスの“自業自得”帰還
ターニャはセレブリャコーフ少尉に、自身と少尉の荷物手配、帝都での宿確保、ヴァイス中尉への連絡を命じた。ヴィーシャは将校クラブの部屋手配と参謀本部側からの車両確保まで迅速に整え、休暇先のヴァイス中尉へ連絡を入れた。軽口を叩いていたヴァイスは状況を誤解したまま帰還し、実際には単なる留守番の依頼だったと知って空回りを自覚し、休暇中の不注意と余計な一言を反省することになった。

参謀本部が“空家”で、行き先がビアホールである衝撃
ターニャは参謀本部でゼートゥーア少将らに直談判する覚悟で向かったが、参謀たちは揃って外出中だと告げられた。理由は「勝利の美酒」を叫んでビアホールへ行ったからであり、参謀本部ががら空きという異常事態が明らかになった。ターニャは暗澹たる思いを抱えながらも表情を抑え、翌朝、二日酔いの参謀たちが平静を装う参謀本部へ猛然と乗り込んだ。

ゼートゥーア少将の楽観とターニャの“知っている未来”の乖離
ターニャが問いただそうとした矢先、ゼートゥーア少将は艦隊関連の不満や錯誤の処理を淡々と述べ、さらに「終戦も間近」と断言した。参謀本部全体がパリースィイ攻略とライン戦線の完勝に多幸感を漂わせ、合理的判断として戦争終結を確信している現実をターニャは理解する。だが彼女だけは、逃がした残党が植民地という土壌で抵抗勢力へ結実し得ること、つまり“勝利が終戦を保証しない”未来を知っており、合理的結論と自身の確信が乖離することに絶望した。

表面上の敬礼と、水面下で進む徹底抗戦の潮流
ターニャは礼節を保って「勝利に」と敬礼して退室したが、その表情の歪みはレルゲン中佐に気付かれた。ゼートゥーア少将は進言があった可能性を察しても、その理由が諦観だとは掴めず、仕事へ戻った。一方で国外では、連合王国が挙国一致の徹底抗戦を叫び、共和国残党と協商連合残党は海外植民地で自由共和国を称して抗戦継続を宣言し、世論と志願兵の熱狂が拡大していった。

メアリー・スーの決意と、帝国が直面する渡洋戦のジレンマ
亡命者の不安と敵愾心の中で、メアリー・スーは魔導師としての才能を武器に戦う決意を固めていった。帝国側も戦争継続を受け入れつつ、対連合王国戦では渡洋作戦が不可避となり、制海権が確保できなければ揚陸も兵站も成立しないという深刻なジレンマに直面する。艦隊決戦は勝てば突破口になり得るが、全滅すれば次がなく、かといって本土を放置すれば敵の策源地を温存する形となり、戦争は千日手へ傾き始めていた。

第伍章 内政フェーズ

天使側の歓喜と“信心回復”の手応え
とある存在領域で、智天使は人間が輪廻へ回帰しつつある兆しを「朗報」として歓喜し、主の栄光を讃えるほど高揚していた。大天使も同調し、秩序回復への安堵が広がっていた。彼らにとって人間の魂を導くことは責務であり、信心の回復は職務の成果そのものであった。

無神論の広がりという“管轄違い”の衝撃
だが大天使が「無神論者がはびこっている」と疑義を呈したことで空気が変わった。智天使の担当領域では信徒が増えており、話が噛み合わない。そこへ熾天使が「恥ずかしいが私の管轄だ」と名乗り出て、状況が深刻であることが確定する。

冒瀆と神格化の兆候で、天使側が本気の危機認定へ
熾天使は、無神論者が信仰を捨てるだけでなく冒瀆し、さらに統治者を神格化しようとする不届きな動きまであると告げた。神を「阿片」と切り捨てる連中がいるという補足は、周囲の天使たちに動揺と怒りをもたらし、つい先刻の祝福ムードを完全に吹き飛ばした。

“世界の半分”が信徒、残り半分が闇という絶望的な整理
智天使は、世界の半分が救いを求める敬虔な者で満ち始めた一方、残り半分が無神論という闇に落ちていると嘆いた。福音がもたらされているのに集団規模で無神論が多数派になり得るのか、と大天使らは信じ難さを口にする。個人の逸脱ならまだしも、集団での転落は過去に例が薄く、彼らの想定を外れていた。

対策会議と“善意100%の強制プラン”
彼らは職務として打開策を検討し、呼びかけの継続だけでは魂の救済にならないと退けた。そこで「例の個体」への栄誉付与や、試練を通じて恩寵を知らしめる手段が提案され、信心回復に効果があるという実績を理由に採用へ傾く。さらに「単独に栄誉を独占させず、信心篤い者の祈りにも手を差し伸べるべきだ」という意見が加わり、方針はその方向で決定される。

座天使への依頼で結論が確定
具体策として座天使への依頼が提起され、智天使が了承し、主への上申は自分が行うと宣言した。こうして、人間側の“内政フェーズ”に干渉する準備が、天使たちの「救済」という名のもとに、反論もなく淡々と整えられていった。

統一曆一九二五年八月二十二日

「戦争は終わった」という帝国世論
共和国本土陥落から二ヶ月が経過し、帝国内では戦争は事実上終結したという認識が広く共有されていた。協商連合、共和国、大公国という近隣諸国を撃破し、帝国は大陸の覇者として君臨したという自負が社会全体を覆っていた。連合王国の参戦という報も、この多幸感を冷ますには至らず、彼らの介入は「遅すぎた」と理解されていた。

講和拒否への困惑と敵への苛立ち
連合王国が帝国の呼びかけた講和会議を拒絶したとの報道は、帝国世論に困惑をもたらした。自由共和国軍の散発的抵抗や、連合王国と自由共和国軍の提携は知られていたものの、帝国側から見れば戦争は既に決着しており、なぜ彼らがなお戦争継続を望むのか理解できなかった。帝国の提示する条件は厳しくとも平和を回復し得るものだと信じられていたため、抵抗を続ける敵に対して焦燥と苛立ちが募っていった。

「戦争を望むのは敵」という物語の形成
やがて帝国内では、戦争を始めたのは敵であり、今も戦争を望んでいるのも敵だという認識が共有されていく。共和国残党や連合王国に対する敵意は「正義」の名のもとに正当化され、帝国に仇なす者に鉄槌を下すべきだという声が熱狂的に広がった。この空気は伝染し、自国の正しさを疑う余地はほとんど失われていった。

理解されない周辺諸国の恐怖
帝国世論が理解できなかったのは、帝国が大陸中央に強大な覇権を確立すること自体が、周辺諸国にとって深刻な脅威として映るという事実であった。帝国は多くの紛争地域を抱え、それを固有の領土と認識していたが、周辺諸国から見れば奪われた土地に他ならない。この認識の断絶が安全保障上の不信を生み出していた。

安全保障の逆転と恐怖の連鎖
共和国は帝国を包囲する外線戦略を志向し、帝国は内線戦略によってそれを打破した。その成功を帝国は歓喜したが、それは同時に他国にとって自国存立を脅かす決定的な事態であった。帝国は自らの軍事力の鋭さを誇示するあまり、その力が周囲に与える恐怖を理解できず、ナショナリズムと相互不信が事態をさらに悪化させていった。

平和を願うがゆえの戦争激化
誰もが平和を願い、そのために銃を取り、守るために戦うと信じていた。そこに各国の思惑と支援が重なり合い、皮肉にも平和への願いそのものが戦争を鎮めるどころか激化させていく結果を招いた。こうして、戦争は終わったと信じられながらも、実際には新たな段階へと踏み込んでいったのである。

同日 合州国

志願を巡る慎重な警告
募兵事務所で徴兵担当部の少佐は、志願に訪れたメアリー・スーに丁寧な態度で向き合い、志願そのものへの感謝を示した。その一方で、二重国籍という問題を慎重に説明し、合州国軍への志願が結果的に協商連合国籍の喪失につながる可能性が高いこと、若年で国籍選択を迫られる重大な決断になることを率直に警告した。少佐の姿勢は終始、彼女の意志を尊重しつつも保護者としての配慮に満ちたものであった。

平和を守りたいというメアリーの動機
少佐は、祖母や母、亡き父がメアリーの安全を願っているはずだと語り、危険に身を置く必要はないと諭した。しかしメアリーは、だからこそ自分が平和を守るために何かをしたいのだと訴えた。合州国が自分たち避難民を受け入れ、守ってくれたからこそ、その国のために力を尽くしたいという思いが、彼女の言葉の根底にあった。

義勇派兵部隊という選択肢
少佐は、連合王国へ派遣される合州国義勇派兵部隊について説明した。この部隊は戦闘介入を行わず、航海の自由と市民の権利を守る名目で駐留するものであったが、合州国が国際情勢に踏み込む象徴的な一歩でもあった。メアリーはこの知らせを受けた瞬間から志願を決意し、最寄りの事務所へ駆け込んだのである。

「まだ早い」という制止と市民としての道
少佐は、合州国が子供を戦争に送るほど逼迫していないこと、メアリーは最低志願年齢に達したばかりであり、良き市民として社会に貢献する道もあると語った。合州国が避難民に対し柔軟な国籍解釈で居場所と平和を与えてきた背景を踏まえ、彼女の将来を案じる言葉であった。

揺るがぬ決意と第二の故郷への想い
それでもメアリーは、魔導師としての才覚と付与された国籍が自分に志願資格を与えている以上、考え抜いた末に志願すると明言した。事務所に掲げられた合州国の国旗は祖国の旗ではなかったが、自分たちを受け入れてくれた第二の故郷の象徴であり、守るべき家族がそこにいるという現実が彼女の背中を押していた。

命の危険を承知した最終確認
少佐は、戦場に出れば負傷や死の可能性があり、家族を悲しませるかもしれないと最後の確認を行った。それに対しメアリーは、何もしないままでいる方が後悔すると静かに、しかし断固として答え、自らの意志が揺るがないことを示した。

宣誓と契約の成立
メアリーは国旗の前に立ち、合州国への忠誠を宣誓した。それは一人の少女と国家との契約であり、力は正義のために用いられるべきだという彼女自身の信念の表明でもあった。神の名の下、自由と正義のために共和国防衛に尽くすことを誓い、祈りと共に新たな一歩を踏み出した。

合州国軍への配属
こうしてメアリー・スーは志願を受理され、他の志願魔導師たちと共に合州国自由協商連合第一魔導連隊へと配属された。彼女の決断は、個人の良心と信仰、そして国家の選択が交差する地点で下されたものであった。

統一暦一九二五年八月二十四日 帝国軍参謀本部第一晚餐室

禁欲の食堂と昇進の乾杯
参謀本部第一晩餐室は「前線と同等かそれ以下の食事で自らを律する」という美談が広まり、今日も閑散としていた。代用珈琲の味気なさが祝いの空気を削ぐ中、ゼートゥーア中将とルーデルドルフ中将は互いの昇進を言祝いながらも、即座に仕事へと話を戻した。

終戦できない現実と南方作戦の検討
共和国本土の制圧は完了したが、自由共和国軍は植民地を拠点に抵抗を続け、連合王国本国艦隊とも対峙が残っていた。帝国艦隊は戦力差を抱え、世論が望む本土侵攻の選択肢は乏しかった。そこで両中将は、内海航路封鎖と残存共和国勢力の基盤打破を狙う南方戦役を検討し、共和国植民地への派兵能力を誇示して講和の呼び水にする政治的目的を重視した。

戦力投射と兵站負荷への警戒
ゼートゥーア中将は、帝国の戦力投射能力と内海海軍力が限定的である以上、南方戦線は限定的戦闘に留まると念押しした。ルーデルドルフ中将はそれを受け入れつつ、狙いはイルドア王国を協力側に引き込み、敵の生命線を脅かし得る事実を突きつける点にあると説明した。一方でゼートゥーア中将は、派兵が本質的に無為にならないかという懸念を拭えず、限定講和が成立しない理由を改めて突き詰めた。

「倒しきれていない」後悔と次の義務
両者は結局、敵を倒しきれていないことが問題だという結論に至った。勝利は確かでも、終戦と平和回復が欠けており、取り逃がした共和国艦隊が徹底抗戦の火種となっていた。ルーデルドルフ中将は、やるしかないなら倒すまでだと断じ、ゼートゥーア中将も指揮官や部隊の人選を進める方針を固めた。

外征の歪みとデグレチャフの影
ゼートゥーア中将は帝国が内線戦略を前提とする陸軍国家である点を再確認し、外征が兵站基盤に重い負荷を与えると警告した。そのため南方には軽装備師団を主軸に小規模派兵とし、消耗を抑える方針を示した。しかし彼の胸中には、かつて参謀本部に現れ「何かを言いかけて引き返した」デグレチャフ少佐の姿が残っており、自分たちは何かを間違えていないかという違和感が消えなかった。ルーデルドルフ中将は、戦争は思い通りにならないものだと割り切り、過度に囚われるなと諭した。

第二〇三航空魔導大隊の再貸与要求
負荷最小化の議論の末、ルーデルドルフ中将は南方での機動戦力として第二〇三航空魔導大隊の投入を要求した。兵站負担が小さい割に高い戦力を発揮でき、砂漠での運用幅も広がると見込んだからである。ゼートゥーア中将は航空魔導撃滅戦に必要だとして渋り、さらに「あれは解き放つとどこまで突進するかわからない」と危険性を口にしたが、ルーデルドルフ中将は南方をかき乱す先鋒として必要だと押し切った。

次の段取りと役割分担
最終的にゼートゥーア中将は折れ、手配を進めることで合意した。ルーデルドルフ中将は次の会議で正式通告する意向を示し、ゼートゥーア中将は対連合王国を前提とした現地視察を優先するため、手続きを委任した。両者は互いの成果共有を約し、戦争を次の段階へ動かす準備を進めていった。

統一曆一九二五年八月二十九日 帝国軍参謀本部、戦務・作戦合同会議

会議開幕と「戦争の大方針」争い
若い士官の「定刻です」という宣告で会議が始まり、参謀総長以下の重鎮が揃った。議題は北方戦線の事後処理を片付けた上で、対連合王国をどうするかという“この戦争の出口”を巡る対立の調整であった。

北方戦線終結の承認と軍政への切替
北方方面は制圧と軍政の混乱がようやく収束したが、粘られすぎた後味の悪さが残った。とはいえ将官らは感傷を切り捨て、協商連合は軍政の問題に過ぎないとして、軍政官の選抜と統治体制の整備で決着させる方針をあっさり承認した。

南方大陸作戦を巡る参謀本部の分裂
本題として、ゼートゥーア戦務参謀次長が提案する南方大陸作戦が審議にかけられた。この案は、共和国に大陸軍を集結させて連合王国本土を牽制しつつ、二線級部隊と一部精鋭で南方を叩く構想であり、表向きは攻勢に見えて実態は戦線再編と防御のための時間稼ぎだと受け止められていた。多数派は「迂遠だ」と批判し、主力を連合王国本土へ向けて決戦すれば植民地が手薄になり、戦争が終わると主張した。

ゼートゥーアの損耗抑制と“敵の土俵”への嫌悪
ゼートゥーアは本土強襲を楽観せず、艦隊決戦と上陸に成功しても帝国が疲弊し、横槍を受ける未来を恐れた。海軍力で劣位にある現実から制海権確保が難しく、航空・魔導戦力で制空権を取って対艦攻撃で摩耗させる発想は共有されつつも、敵本土での航空消耗戦は損耗比が致命的に不利になり得ると警戒した。速戦を唱える参謀は「時間こそ敵」「防備が固まる前に」と押すが、ゼートゥーアは「その間にこちらも防備を固められる」と軍の温存を優先し、内線戦略前提の編制上、遠征能力には構造的制約があると強調した。

南方大陸の政治地図と“イルドア王国”の位置
南方大陸は連合王国・共和国・イスパニア共同体の三大勢力が基盤で、イスパニアは内政闘争で中立を維持していた。そこへイルドア王国が入植で割り込み、諸公国勢力も絡んで主権が入り乱れるカオスとなった。多くは連合王国・共和国寄りだが、利害衝突する国は帝国に接近し、その代表がイルドア王国であった。ただし同盟は参戦義務を伴わず、当初イルドアは形式上中立のまま、帝国軍の「駐屯」を許したに過ぎなかった。

少数派遣のはずが電撃戦に化けたロメール軍団
参謀本部は南方軽視の延長で、二個師団と支援部隊の一個軍団のみを派遣し、小康状態を予測していた。だがロメール軍団長は到着直後に電撃的行動を開始し、油断していた連合王国部隊を集結前に各個撃破した。さらに時間が味方しないと見て陽動ののちチュルス軍港を奇襲占領し、イルドア補給に依存しない根拠地を確保して共和国・連合王国の兵站線を痛打した。この一方的戦果が帝国内世論を熱狂させ、厭戦の芽を潰す代わりに「もっと戦果を」という好戦圧力を育てた。

兵站現実が積極派を殴るが、世論は殴られない
損耗抑制派にとって、南方への増派は資源浪費であり、護衛艦・輸送船・直掩部隊など長大航路を支える前提が欠けていることが最大の恐怖であった。帝国は海上輸送能力も航路防衛の概念も乏しい大陸国家で、輸送損耗を前提にした補給など耐えられない。対照的に連合王国や共和国は植民地工業基盤と船舶量で一定の自活が可能であり、親帝国勢力への補給依存も利害関係の薄さゆえ危険であった。参謀本部は戦線拡大を止めたい焦燥と、敵を放置できない現実の板挟みで再び激論に沈んだ。

追い打ちの吉報が来る前の不穏
結論が出ぬまま、南方大陸から「偉大な勝利」と追撃による戦果拡張の報告が飛び込もうとしていた。それは国民の熱狂をさらに煽る一方、兵站と戦略の現実を知るゼートゥーアにとっては胃が縮む類の知らせであった。本人だけが、まだそれを知らないまま会議に座っていた。

統一歴一九二五年九月四日 帝都

南方配属戦力への失望と参謀本部への不信
ロメール将軍は南方配属部隊の編制表を見て、軽装の新編歩兵師団と、ライン戦で消耗した師団の二個師団しかない現実に愕然とした。増強を求めても参謀本部は取り合わず、粘りに粘ってようやく得たのは「増強魔導大隊」一個のみであった。部隊自体は第一線級の良好な装備と定数を誇ったが、将軍は「現場に無理を押し付け、戦死を統計扱いする参謀本部」への反感を募らせた。

デグレチャフ少佐という“厄介な当たり札”
ロメール将軍は増派される指揮官の評定を読み、学校・軍大では好意的評価なのに、戦時の現場評が最悪という矛盾に苦しんだ。北方方面軍は「指揮権への異議申し立て」で配置転換と酷評し、西部方面軍は「功罪相半ば」「抗命未遂あり」で講評を拒絶した。技研の評価も採算性最悪の玉虫色で、将軍は「優秀だが扱いにくい」どころか“面倒事そのもの”を押し付けられたと感じた。

初対面の冷淡な儀礼と、露骨な独自行動要求
先入観を抱えつつ会見したロメール将軍は、デグレチャフ少佐が意外にも淡々と儀礼応酬に徹し、武闘派らしい反発すら見せないことに違和感を覚えた。だが少佐は会談の最後に、参謀本部の同意を盾に「部隊の独自行動権」を要求した。魔導大隊が指揮系統から外れれば戦力の欠落に等しく、将軍は成果を出せるのかと詰問した。

「答えようのない問い」発言と、信頼の条件のすり替え
少佐は成果の約束を口で語ることを拒み、「軍人であり口舌の徒ではない」と述べ、実戦で示す以外にないと突っぱねた。ロメール将軍はこれを「百聞は一見にしかず」と受け取り、同時にその不遜さと真摯さの混在に凍りついた。将軍の目には、少佐が上層部も友軍も信じず、ただ国家にのみ忠実な“歪んだ番犬”として映り、過去の抗命未遂の理由も「国家によかれ」という狂気じみた誠実さだと腑に落ちた。

遊撃任務の付与と、最悪の知人で最高の戦友という予感
ロメール将軍は少佐を即座に拒絶せず、戦略家としての判断力を見極めるため、第二陣での遊撃任務を与えた。名目上は第七戦闘団として裁量を与えるが、実態は単独大隊の自立運用であり、そこで少佐の“獣”が知性か単なる暴走かを測ろうとした。少佐は即答で受諾し、戦う場を得た喜悦を隠さなかった。将軍は、彼女が「最悪の知人」になる一方で、戦場では「最も頼れる戦友」になり得ると確信するに至った。

第陸章 南方戦役

統一暦一九二五年九月二十二日 南方大陸

通信断と指揮権継承の即時発生
南方大陸バールバード砂漠の前線で、野戦指揮所は第七戦闘団との通信断に見舞われた。妨害ではなく機材トラブルと判明し、短波でようやく接続した結果、ラインブルク少佐戦死が報告された。HQは混乱を抑えるため即座に指揮権をデグレチャフ少佐へ移譲し、戦線再編を命じた。ターニャは応諾し、地図を引き寄せて状況整理に入った。

対魔導狙撃弾による指揮所への急襲
指揮権継承直後、指揮所は連合・共和国軍の狙撃兵に狙われ、四〇㎜抗魔導狙撃弾が天幕を貫いた。ターニャは反射的に伏せて難を逃れたが、外周警戒が機能していない失態に強い憤りを覚えた。砂丘に潜む狙撃兵の索敵は困難であり、古典的ながら区画ごと吹き飛ばす制圧射撃を選ばざるを得ないと判断した。ヴァイス中尉は即応部隊を出して統制を確保し、狙撃手排除を主導した。

第七戦闘団の実動との接続と新指揮官の立て直し
ターニャは短波通信で第七戦闘団のCPと接続し、指揮権継承後の現況を照会した。応答したカルロス大尉は、機材が狙撃で破壊され通信改善は困難と報告しつつ、少佐の安否を気遣う余裕も見せた。ターニャは状況を「笑顔と虚勢」で押し通し、指揮系統回復と命令伝達を優先した。突然の上官喪失にも関わらず部隊が崩れていない点を、彼女は実戦組織の強靭さとして冷静に受け止めた。

グランツ少尉の回想と南方戦線の成立事情
一方でヴォーレン・グランツ少尉は、南方転戦が「停戦前の越権行為未遂」問題を、連合王国介入と情勢激変が覆い隠した結果であると振り返った。連合王国の介入は仲介を装った通告と最後通牒を伴い、帝国は拒絶したが、共和国側では脱出部隊を率いるド・ルーゴ将軍が自由共和国を掲げ、植民地と残存戦力を糾合して徹底抗戦に転じた。南方の共和国軍は反乱多発地帯にありながら重装備で、魔導戦力も侮れず、参謀本部が頭を抱える状況となった。結果として魔導師戦力の価値が再確認され、処分されかけた大隊も温存され、給与面の改善という皮肉な恩恵が生じた。

砂漠機動戦への投入と編隊誘導という無茶
グランツ少尉が直面している任務は、起伏と砂塵に紛れる狙撃兵の掃討という、確認すら困難な消耗仕事であった。砂塵は火器と術弾の信頼性を削り、補給も脆い。それでもロメール軍団長は上陸直後から機動戦を強行し、中央拘束の間に迂回包囲殲滅を命じた。第七戦闘団と第三戦闘団は「両翼を閉じよ」の命令の下、戦闘速度で砂漠を迂回することになる。編隊飛行命令では、誘導ビーコンを発して先頭を飛ぶのがデグレチャフ少佐であり、戦闘指揮と航法誘導を同時に担う負荷の異常さに、グランツは驚嘆した。

装備適応と戦争継続の覚悟
砂漠戦に備え、デグレチャフ少佐が持ち込んだ大型航空ゴーグルは不満を招いたが、グランツ少尉は光量調整と砂塵対策の有効性を理解し、部下へ徹底した。進軍開始の通信が飛び交う中、彼らは過酷な環境でも戦う以外に選択肢がない現実を受け入れ、国家のために前進を開始した。

同日 自由共和国暫定国防会議

茶番の会議とド・ルーゴの忍耐
会議室では責任の押し付け合いと嫌味の応酬が続き、戦闘報告書すら同僚批判と自賛だらけで、ド・ルーゴは辟易していた。ただし彼は混乱を「今こそ動ける」と見ていたため、最高のタイミングを掴むまで我慢して付き合っていた。

チュルス奪還を口実に“指揮系統の病巣”を切除
ド・ルーゴはチュルス奪還作戦の審議を宣言するが、植民地軍の将官は反発し、名誉だ誇りだの騎士道だのを盾にして作戦自体に反対する。燃料の所在すら不明という兵站崩壊や、将官の権益防衛のために部隊が縛られている現実を見たド・ルーゴは、もはや古い皮袋は新酒を腐らせるだけだと結論した。

人事権の一撃で反対派を“鎮守府参事官”送り
ド・ルーゴは反対を受け入れるふりをして油断させ、「より適切な軍務」を用意すると言い切り、反対した将官ら全員に鎮守府参事官の辞令を叩きつけた。参事官職は実権を剥がす窓際であり、「いてもいなくても困らない」扱いの明確な宣告だった。騒ぎ出す将官らを置き去りにし、ド・ルーゴは実戦指揮官と参謀団の待つ別室へ移り、統一指揮の実働体制に切り替えた。

自由共和国軍の現実的な制約と勝ち筋
自由共和国側は人材と骨格(参謀・古参兵)を温存しており、まともに組めば帝国軍二個師団の撃破は不可能ではない。一方で砂漠では水が最優先で、補給上の制約から大軍を集結させたまま進むのは難しく、分散進撃はロメールの機動戦で各個撃破される危険が高い。だからド・ルーゴは「奪還の意図」を派手に漏らして敵を誘い、帝国側が港湾チュルスに縛られて撤退しにくい構造も利用した。

欺瞞成功、帝国軍出撃を確認して“罠に叩き込む”段階へ
連合王国情報部の偵察で「帝国軍、チュルスを出撃」を即時把握し、敵が分散進撃部隊を奇襲して機動防御を狙うことまで読み切った。ド・ルーゴの狙いは逆で、奇襲に出てきた敵を地雷原に誘導し、重装備と大兵力で捕まえて撃滅することだった。仮に敵が察して後退しても、妨害が減るので分散進撃を安全に通せる。どちらに転んでも得になる盤面を作ったのである。

士気の点火
こうして自由共和国軍は「ようやく反撃できる」という一点でまとまり、数的優位と準備済みの罠を信じて出撃準備に入った。最後の「一矢報いる」は、会議ごっこを終わらせて“戦争をしに行く”号令になった。

統一曆一九二五年十月六日 チュルス軍港郊外

砂漠の紳士の最大の危機はティー不足である
チュルス軍港の炎上から脱出したジョンおじさんは、遊牧民族との取引を軌道に乗せていた。情報交換は有益で、遊牧民の協力でチュルス監視と帝国軍の動向把握が可能になっていた。一方で、彼にとって致命的な不満は紅茶が手に入らないことであった。本国へ依頼しても「現地調達せよ」と冷たく突っぱねられ、機密費は余っていてもティーがないという文明崩壊を味わっていた。

遊牧民ネットワークを使った監視と連絡の構築
ジョンおじさんは民族衣装でキャラバンに溶け込み、砂漠に通じた人員も確保しつつ、情報網と連絡網を整備していた。共和国側へのメッセージも届け終え、愚痴が出る程度には余裕が戻っていた。部族長とは約款の履行を巡って確認し合い、ジョンおじさんは使い道のない機密費を背景に継続協力を確約して関係維持を図った。

武器供与と捕虜引き渡しで“使える現地勢力”を作る
彼は監視だけでなく、一部部族への武器供与でゲリラ活動を支援し、捕虜の受け渡し協定まで取り付けていた。遊牧民側も重火器や爆薬など外部調達が必要な物資を安定供給される利点があり、取引は双方に利益があった。ジョンおじさん自身も、部族間抗争に巻き込まれてライフルを手に取る場面があり、砂漠での実地工作が綺麗事では済まないことを身をもって知っていた。

秘密工作の制約と、現場の苛立ち
部族長は「働きを見たいなら貴様らも戦士を出せ」と要求するが、ジョンおじさん側は身分露見が致命傷になるため受け入れられなかった。遊牧民との内通が表沙汰になれば潜入と工作が成立せず、共和国植民地での部族工作も記録に残せない性質のものであった。ジョンおじさんは本国の現場軽視にも悪態をつきつつ、結局は自分が現場を回し続けるしかないと理解し、せめて自由共和国軍がまともに仕事をしてくれることを願うに至った。

統一暦一九二五年十月十二日 帝国軍野営拠点

夜の参謀幕僚と、ターニャの「危機感が足りない」観察
夜の帳が下りても参謀幕僚は航空偵察の最終報告を分析する仕事に追われていた。そこへデグレチャフ少佐が時間外同然に現れ、事務的な口調で意見具申を申し出たため、周囲は奇妙さを覚えつつも咎めはしなかった。だがターニャは、幕僚の顔に危機感が薄いことそのものを危険信号と見なし、言うべきことを言う決断を固めた。

先行偵察の具申と、空軍依存による情報偏りの指摘
ターニャは先行偵察の許可を求めた。奇襲意図の露呈を懸念されると、敵情把握に不備があると理屈で押し返し、現状が「チュルスに展開した空軍偵察への依存」で成立している点を問題にした。夜間偵察は航法機材や写真の制約が大きく、無理に飛ばせば事故や兆候露見のリスクもある。燃料や敵航空戦力下の制約を抱えた偵察結果は視野が限定され、偏りや誤解を招き得るとして、警戒行動の必要性を確信として提示した。

偵察実施と、扇状索敵線の編成
ロメール将軍は具申を認め、ターニャは即座に大隊を呼び出して出撃準備を命じた。砂漠夜間の長距離偵察に備え、航法機材や通信途絶、砂嵐を想定した準備を徹底した。テントで航法図をセレブリャコーフ少尉に補助させつつ、ヴァイス中尉と索敵エリアを策定し、中隊単位で四個中隊を分遣して扇状の索敵線を形成、一定地点で集合する古典的手順を採った。任務は「敵影捕捉」であり、分散進撃中の共和国軍を各個撃破する前提を支える裏方仕事であった。

“安全な偵察”のはずが、静けさが異常になる
ターニャは強行偵察のように撃たれながら進む任務ではなく、情報を持ち帰れば済む偵察である点を内心の利としつつ、対地・対空警戒を強化した。だが飛べども飛べども接敵がなく、各中隊も一様にノーコンタクトを報告した。戦場で「何もない」は歓迎である一方、「本来あるべきものがない」ことは危険兆候であるとターニャは判断し、分散進撃が幻である可能性を疑った。

敵の集結を悟り、司令部への緊急連絡が妨害される
予定地点の全てで敵影が見えない以上、共和国軍は分散進撃しておらず、むしろ集結済み、あるいは布陣完了の可能性が高いと結論づけた。各個撃破の前提が崩れれば、戦力集中した敵に対して帝国軍は逆にランチェスター的に不利となる。ターニャは「嵌められた」と喝破し、任務中断と即時集結を命じた上でHQへの緊急連絡を図ったが、司令部周辺は電波妨害が激化し交信は途切れがちとなった。

撤退戦の地獄と、砂漠が“水”で詰む現実
敵が集結している以上、阻止攻撃や補給線寸断は即効性を期待できず、本隊は前進済みで引き返しにくい。後退すれば追撃で連絡線を断たれ、主抵抗線構築前に壊滅的敗北となり得る。チュルス軍港へ逃げ込んでも制海権がなく降伏は時間の問題であり、固定防衛も水不足で数日持たない。ターニャは友軍救援を命じられる流れを読んだ上で、勝ち目の薄い「死んでこい」に等しい任務を拒みたいが、敵前逃亡は軍法会議と銃殺の道であると冷徹に計算した。

名誉と生存の両立を探し、敵の思考の隙を突く発想へ
ターニャは「敵の水を叩く」補給線攻撃へ思考を収斂させつつも、自軍は一個航空魔導大隊で数が足りず、オアシス情報も乏しく、現地協力に失敗すれば渇水で自滅する危険を抱える。そこで敵もまた「帝国軍は全て包囲下にある」というバイアスに囚われ、後方からの有力戦闘単位の襲撃を軽視している可能性に賭ける発想へ至った。突破口形成はできても維持を命じられれば死地となるという葛藤を抱えつつ、敵中突破で帰還すれば敵前逃亡にならないという戦史の例に縋り、結局は「選択肢がないなら義務として戦うしかない」と腹を括るに至った。

統一曆一九二五年十月十三日早朝 共和国軍野営拠点

勝利確信と、包囲撃滅寸前の昂揚
ド・ルーゴ将軍は「勝った」と口にし、参謀も同意した。共和国軍は分散進撃の偽報で帝国軍を誘い、集結戦力で包囲撃滅寸前に追い込んでいた。ライン戦線崩壊以来の屈辱を返す展開に、参謀だけでなく将兵全体が活気に満ち、チュルス奪還と南方大陸防衛の足がかりが現実味を帯びた。

右翼からのメーデー連発と、想定外の突破危機
その空気を裂いたのは警報音であった。第二二八魔導中隊のメーデー、続いて右翼直掩の第一二魔導大隊が突破されかけているという緊急報が入り、地図には右翼からの凶報が書き足されていった。第七師団司令部は「敵一個連隊規模と思しき魔導師が右翼を強襲中」と報告し、共和国軍が包囲したはずの前提が揺らいだ。両翼は側面攻撃と対地攻撃を前提にしており、連隊規模の魔導師に襲われる設計ではなかった。

“予備がいないはず”という情報と、現場の戦力差の矛盾
ド・ルーゴ将軍は、中央の魔導主力が敵主力と交戦し優勢を保っているという直前報告と、右翼の連隊規模襲撃が整合しないことに困惑した。敵に予備魔導戦力は存在しないはずで、把握している敵魔導戦力も多くて連隊規模という結論であったため、報告が誤認や欺瞞ではないかと疑い、連隊規模かどうか再確認を命じた。だが二個中隊が即座に叩き潰され、第一二魔導大隊まで突破されつつあるという事実が、少なくとも圧倒的戦力が右翼に現存することを示した。

右翼増援の抽出と、敵の進路転換
ビアント大佐は包囲突破を防ぐため、中央から部隊を引き抜き右翼支援へ回すべきだと叫んだ。共和国軍は予備の第二魔導大隊と第一混成魔導連隊を抽出して右翼へ派遣した。ところが直後、中央直掩の部隊から「敵魔導師が急速接近中」という悲鳴のような接敵警報が入り、右翼で暴れていた敵が進路を変更したことが判明した。敵の狙いは右翼包囲網の撃破でも、右翼へ向かった増援迎撃でもなく、共和国軍中央集団への突入であった。

悪魔的機動の正体と、中央を遊兵化させる罠
ビアント大佐は敵意図を見抜き、敵の機動が「共和国が右翼増強のため中央から抽出する」必然を利用したものだと理解した。中央を削らせた瞬間に中央へ吶喊し、通信障害や索敵麻痺を伴う高速突入で決定的な一撃を狙う。結果として、右翼へ展開中の味方魔導師は、最も重要な瞬間に中央戦闘へ寄与できない遊兵となり、共和国軍はそうさせられた形となった。追い詰められた迷走に見えて、内実は狡猾な戦術機動であった。

司令部斬首の再現と、ド・ルーゴ護衛命令
ビアント大佐は「敵の狙いはここだ」と断じ、ライン戦線で帝国軍が実行した“外科的な一撃”による司令部刈り取りを再現する意図だと警告した。要塞化された司令部すら落とされた前例があり、今の自由共和国軍は指揮系統を挿げ替えた直後で代替が利かない。ド・ルーゴ将軍が倒れれば抵抗は瓦解し、帝国軍は派遣軍団が損耗しても刺し違えで勝利し得る。ゆえにビアント大佐は将軍に退避を求め、参謀は「閣下を守れ」と号令し、司令部防衛が作戦目標を食い潰してでも優先される正念場へ転じた。

同日 帝国軍野営拠点

ロメールの高笑いと、包囲下の空気の反転
装甲車に同乗する下士官たちは、包囲下で総指揮官が突然笑い出す異様さに顔をしかめた。だがロメールは笑いを引っ込めず、デグレチャフ少佐の行動が敵の偽装を見破り、接敵前に警告をもたらしたことを痛快として称え続けた。包囲され撤退を模索していたはずの状況が、彼女の動きで「何とかなる」に変質したためである。

“前に向かって後退”という戦域機動の理解
第二〇三航空魔導大隊が敵右翼を攻撃中という報を受けた時、ロメールは当初それを「時間稼ぎ」程度に見積もり、全滅すら覚悟していた。だが攻撃が途中で打ち切られ、敵中央に向けて突撃が始まり、自由共和国軍司令部付近から混乱が波及して敵の動きが鈍った瞬間、右翼攻撃が陽動であり本命が司令部への直接打撃だったと悟った。局所的優位と機動で局面を反転させたと評価し、彼女を「白銀」であり「狂犬」でもあると位置付けた。

帝国軍の再起動と、各個撃破方針の復活
中央が攪乱され、両翼が即応できない隙が生まれたことで、帝国軍は組織的戦闘部隊を保持したまま活路を得た。ロメールは右翼の混乱はひとまず放置し、指揮系統から孤立しつつも戦闘力を残す共和国軍左翼を速攻で叩く判断に至った。軽師団を陣地防衛の後詰に置き、残余戦力を左翼へ集中して包囲網の瓦解と退路確保、可能なら敵主力への打撃まで狙う機動遊撃戦へ移行した。

“自由にやれ”という手綱放棄の決断
ロメールはデグレチャフ少佐に「自由にやれ」と伝達させた。制御するより野放しの方が戦果を出すと割り切り、戦機を嗅ぎ取る嗅覚と大隊運用の巧みさでは自分が劣るとまで認めた。猟犬は躾けて可愛がるより、戦場で暴れさせた方が合理的だという判断である。

砲兵と浸透襲撃の即応命令
好機を逃さぬため、ロメールは浸透襲撃準備を急がせ、共和国砲兵が統制を取り戻す前に取り付くよう命じた。残存砲兵を掻き集めて陣地転換後に敵中央へ弾数制限なしで撃ち込み、軽師団の防御支援も兼ねて脆弱部を晒す時間を最小化する構想を示した。包囲下で秩序を維持しながら即断即決で動員を回す指揮は、彼の非凡さとして描かれた。

共和国司令部の“笑い”と、斬首の再来
一方の共和国司令部では、ド・ルーゴ将軍とビアント大佐が空疎な大笑いを浮かべ、参謀たちは狂気を疑って凍りついた。だがそれは開き直りに近い笑いであり、戦略上は正しいはずの包囲が、作戦レベルの力技で覆される不条理への悪態でもあった。右翼強襲の敵は中央を強襲し、迎撃を受ければ後退し、追撃に出た瞬間の隙を突いて急速反転し散開、追撃側を屠りながら司令部へ突入した。結果、司令部区域は爆撃と術式で全壊し、ビアントはド・ルーゴを蹴り飛ばして退避壕へ押し込み、自身が盾となって辛うじて指揮官の生存を確保した。

撤退決断と、消耗戦への転換
設備喪失と混乱はあったが損害は限定的で、指揮官も生存した。ド・ルーゴは「ここは退く」と決め、撤収と深追い厳禁、態勢立て直しを命じた。会戦で勝てないなら消耗戦に引き込み、時間を味方につけて削り潰すという発想へ切り替え、南方で生き残ったこと自体を転機と位置付けた。

ターニャの高揚と、九七式による“ターキーシュート”
デグレチャフ少佐は珍しく上機嫌で笑い、九七式演算宝珠の速度と高度性能を頼みに、襲撃一撃離脱で共和国魔導師を一方的に撃墜した。自分たちの戦果を「ターキーシュート」と認識しつつ、誇張や水増しを避ける計算も忘れなかった。追撃してくる敵に対しては、壊走を偽装して囮を置き、空域D-3へ誘導して三方向から反転包囲し、十字砲火で撃滅する「釣り野伏せ」を実行し、戦果を積み増した。

勝利の酔いの後の悪寒と、終戦不能の予感
しかし高笑いの最中に「これからも」と口にしかけた瞬間、ターニャは冷えた未来を直感した。弱い敵を狩るだけの安易な勝利が続くほど、戦争が終わらない構造が固定化するのではないかと気付いたためである。帰投後、砂漠を行き交う膨大な補給車列と輸送負荷を見て、共和国残党や連合王国派遣程度の相手に貴重な車両と国力を浪費している現実を突き付けられた。政治的圧力やイルドア王国への配慮といった目的は理解しつつも、「主要参戦国が増えない」前提に依存した薄氷の方策であり、海軍の温存志向や戦線拡大が、勝っているのに終わらせられない戦争へ帝国を追い込むと感じた。最良の時期であるはずなのに国力を瀉血し続けているという認識が、ターニャの中で呪いのような悪寒として残った。

統一暦一九二五年十一月一日 連合王国庶民院

首相のラジオ演説と、避けられない対決の宣言
首相は臣民に向け、帝国がついに連合王国へ鋭鋒を向ける段階に至った現実と、攻め寄せる意思があることを告げた。状況の深刻さを隠さず示しつつ、語り口には皮肉めいたユーモアを滲ませ、恐怖に飲まれない姿勢を演出した。

“海からは来られない”という確約と、防壁の試練
首相は慰めとして、帝国が少なくとも海から侵攻することは不可能だと確約した。一方で、古来「木の防壁」と讃えられてきた海の守りでさえ、最悪の敵を前に大きな試練を受けると述べ、従来の戦争観が通用しない時代の到来を強調した。

長期戦の覚悟と、総力戦の予告
この戦争は過酷で長く、忍耐を強いるものになると首相は断言した。敵か自分たちのどちらかが倒れるまで、祖国が出しうる全ての力を振り絞って戦う必要があるという、総力戦の見通しが提示された。

勝利の誓約と、歴史への投げかけ
首相は祖国に対し、いつか必ず帝国を打ちのめすと約束した。その言葉はパブで頷きや喝采を誘うような、共同体の意志を束ねる宣言として機能した。さらに、千年後の子孫が歴史書を読み返し「この瞬間こそが帝国にとっての最良の時代であった」と記す未来を願い、現在を「連合王国にとって最悪、帝国にとって最良」と位置づけた。

“最悪の時代に乾杯”という逆説的結束
最後に首相は、灰色の最悪の時代に乾杯しようと呼びかけた。それは敗北の受容ではなく、苦難を自覚したうえでなお折れないという、連合王国が自らを鼓舞する儀式的な宣言であった。

同シリーズ

幼女戦記1巻の表紙画像(レビュー記事導入用)
幼女戦記 1 Deus lo vult
幼女戦記 2の表紙画像(レビュー記事導入用)
幼女戦記 2 Plus Ultra
幼女戦記3巻の表紙画像(レビュー記事導入用)
幼女戦記 3 The Finest Hour

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