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小説【ささピー】「佐々木とピーちゃん 12」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は現代日本と異世界が交錯する異世界ファンタジー兼異能バトルを主軸とするライトノベルである。主人公の社畜サラリーマン「佐々木」が、ペットとして飼った小鳥「ピーちゃん」の正体が異世界から転生した賢者であることから、異能力と魔法が絡む事件に巻き込まれていく。
12巻では、異世界の“妖精界”の不手際によって地球上に散らばった“フェアリードロップス”を巡る争奪戦が描かれ、世界に七名いる魔法少女たちも動き出す。魔法少女、超科学勢力、ささピーの面々──多様な勢力が交錯する中で、かつての日常とはかけ離れた混沌が展開される。

主要キャラクター

  • 佐々木:平凡な会社員。ペットショップで鳥を買ったことから人生が激変。ピーちゃんと共に異世界・現代を往復しながら、異能力バトルに巻き込まれる主人公である。
  • ピーちゃん(本名ピエルカルロ):異世界から転生した賢者。文鳥の姿をしており、佐々木のペットとして迎えられたが、その正体は魔法と異能力の使い手。佐々木に魔法を教え、異世界–現代間の往来を可能にするキーキャラクターである。

物語の特徴

本作の魅力は、社畜中年サラリーマンという「凡人」が、ペットの文鳥をきっかけに異世界と現代を股にかけるぶっ飛んだ展開に巻き込まれるという“日常⇔非日常のギャップ”にある。
さらに、ライトノベル的な異世界ファンタジー要素に加えて、異能力バトル、魔法少女、超科学、コメディ、サスペンスといった“多ジャンル混合”を軽快なテンポで描く構成が特徴的である。
12巻ではそのスケールが一段と拡大し、単なる一人と一羽の“逃避行”から、世界規模の争奪戦へと発展しており、既存読者にとっても新鮮な驚きを与える展開となっている。

書籍情報

佐々木とピーちゃん  12 妖精界からの落とし物は、変態! 変態! 大変態! ~長きにわたるアップの末、魔法少女たちが活動を開始するようです
著者:ぶんころり
イラスト:カントク
出版社:KADOKAWA
発売日:2025年11月25日
ISBN:9784046852908

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あらすじ・内容

妖精界の不手際により、地球上に散らばってしまったフェアリードロップス。
世界に七名いる魔法少女たちは、その回収を妖精界からの使者である妖精さんにお願いされて活動しているという。
一見可愛らしい響きのそれらは、しかし、地球人類にしてみれば機械生命体の超科学に勝るとも劣らない代物。
様々な国や組織が我先にと捜索を行っている。
佐々木たちも二人静からの提案をもって、これに倣うことになった。
すると、なかなかどうして上手くいかない。
予期せずフェアリードロップスの作用に当てられて、そのマジカルなパワーにより自らの在り方すら変貌させていく家族ごっこの面々で……?
皆様ご待望のTS回が幕開けとなるシリーズ第十二巻!

佐々木とピーちゃん 12 妖精界からの落とし物は、変態! 変態! 大変態! ~長きにわたるアップの末、魔法少女たちが活動を開始するようです~

感想

フェアリードロップスの捜索が本格化し、家族ごっこの面々がプロパガンダ用アニメの企画と並行して世界各地を巡り始めたところから、今巻の「変態劇場」は動き出したのである。ヨーロッパの寒村で発見されたステッキ型フェアリードロップスに触れた結果、まず佐々木が女児の身体へと変貌し、物語は一気に加速した。単なるギャグでは済まないほどの危険を孕んだ変身であり、ピーちゃんの回復魔法がなければ本当に命を落としていてもおかしくない、という事実がじわじわと恐怖を際立たせている。

火星基地での精密検査の結果、佐々木の肉体が遺伝子レベルで書き換えられ、元の姿に戻れない可能性が高いと告げられるくだりは、笑えるシチュエーションでありながら、読み手の背筋を冷やすシーンであった。この「取り返しのつかなさ」が、以降の変身騒動すべてに影を落とす。続いて星崎がムキムキの美形成人男性へと変貌し、さらに香港での透明フェアリードロップス事件を経て、お隣さんがオオカミへと変身してしまう。表面的には「女児・マッチョ・オオカミ」という出オチ級の並びなのに、その裏には常に「もう戻れないかもしれない」という重さが付きまとい、笑いと恐怖の落差が異様な読後感を生んでいた。

その一方で、作者はこの異常な三人を日常生活へ叩き込んでいく。女児の姿で家事をこなし、スーツを着て出版社に出向く佐々木。マッチョな体でドアの枠に頭をぶつけ続ける星崎。大型犬のように家の中を歩き回り、特大キーボードで会話するオオカミのお隣さん。どれも発想自体はギャグなのに、生活描写が細かく積み重ねられているせいで、「この世界で生きていく」というリアリティが妙に説得力を持って迫ってくる。フェアリードロップスはただのギミックではなく、キャラクターたちの人生そのものを変えてしまう危険物として機能しているのである。

そこに追い打ちをかけるように、ハト型フェアリードロップスによる「正月ボケ」騒動が発生する。ヘリ墜落、横浜中華街での大事故、横須賀基地からのミサイル発射と、スケールだけ見れば完全に終末世界であるにもかかわらず、当事者たちの思考が「怪電波」でパッパラにされていく描写は、笑えるのに笑えない危うさがあった。そんな状況の中で、ついに「魔法中年」が本格的に表の舞台に立ち、「マジカルブラック」としてミサイルを宇宙空間で迎撃し、人命を救う展開は、バカバカしさとカッコよさが同居した本巻のハイライトである。表紙であらかじめ提示されていた「魔法中年が魔法少女に変態する」という悪ふざけが、ここまで物語の中核に食い込んでくるとは思わなかった。

さらに、家族ごっこのアニメ企画と小説投稿サイトでのABテスト、そこから派生する書籍化打診と出版社訪問、異世界側でのトンネル開発と貿易拡大など、日常と仕事と戦いが並行して進んでいく構成も読み応えがあった。地球と異世界、日本の出版社と火星基地、家族ごっこの食卓と戦場が一直線に繋がっていて、「ただの異世界ファンタジー」では到底収まらないスケール感が生まれている。どれも単独で一冊分のネタになりそうなイベントなのに、それらが全部「家族ごっこ」と「フェアリードロップス」という軸で束ねられているのが見事である。

ユーモア面でも、本作らしさは健在どころか加速している。女児化した佐々木とマッチョ化した星崎が、出版社の編集者相手に疑似親子ムーブをやりながら真顔で書籍化の打ち合わせをする場面や、あとがきで作者が自分で仕掛けた悪ふざけをちゃっかり回収してくるノリには、笑うしかなかった。今巻で描かれた「変態」は、単なる一発芸ではなく、「身体が変わっても関係性は続くのか」「元に戻れないかもしれない世界でどう生きるか」というテーマにまで踏み込んでいる。そのうえで、きっちり読者を笑わせに来るサービス精神が、このシリーズ最大の魅力であると改めて感じた。

文鳥の賢者、機械生命体、妖精界、魔法少女、異世界王国、出版社と書籍化、そして女児・マッチョ・オオカミ。要素だけ並べるとカオスの極みなのに、それぞれが物語の中で必然性を持って絡み合うから、ページをめくる手が本当に止まらない。今巻でここまで「変態」をやり切った以上、次は一体どんな形でハードルを超えてくるのか。もはや恐怖すら覚えつつも、次巻でまた常識をぶち壊してくれることを期待せざるを得ない一冊であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

主要キャラクター

佐々木(ササキ)

疲れた会社員として現代日本にいたが、文鳥ピーちゃんと出会い、異能力者として各種騒動に巻き込まれていく中年男性である。家族ごっこと称する共同生活の中心に立ち、周囲の面々をなだめつつも、自身の女児化という異常事態を抱えながら現実的な判断を続ける立場にある。

・所属組織、地位や役職
 内閣府超常現象対策局の元職員である。
 現在は事実上の追放状態であり、機械生命体十二式や異世界勢と行動を共にしている。
 家族ごっこの内部では、保護者役や窓口役を担うことが多い。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップス回収作戦に参加し、ステッキ型フェアリードロップスの発動に巻き込まれて女児の身体に変化した。
 機械生命体の設備や火星基地で検査を受け、変質した肉体の安全性を確認しつつ、今後の治療方針を保留した。
 小説投稿サイトで異世界ファンタジー作品の原案を担当し、高評価と書籍化打診を得る企画の柱となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 肉体が遺伝子レベルで女児化したことで、日常生活や社会的立場に大きな制約を抱える存在となった。
 八人目の魔法少女「マジカルブラック」として回復魔法を行使し、その力が全世界から注目される潜在的な危険要素となっている。
 出版社との交渉では黒須の代理兼保護者の外見的窓口を務め、今後は商人としても異世界と現代をつなぐ役割を期待されている。

ピーちゃん

異世界から転生した賢者であり、文鳥の姿で佐々木の肩に乗る魔法使いである。冷静な助言役として振る舞いながらも、妖精界と袂を分かった過去を持ち、フェアリードロップスの危険性に人一倍警戒している存在である。

・所属組織、地位や役職
 元は異世界の賢者であり、現在は佐々木の相棒である。
 家族ごっこの内側では、医療担当と魔法支援役を兼ねている。
 妖精界とは距離を取りつつも、マジカルピンクや他の魔法少女と情報を共有する立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 佐々木や星崎の肉体変化に対し、回復魔法と診断で健康を維持し、異常の進行を止めた。
 スイスの牛舎で発見したステッキがフェアリードロップスであると見抜き、その危険性を説明した。
 横浜・横須賀でのハト型フェアリードロップス回収作戦では、障壁魔法とビーム砲でバリアを破壊し、決定打を補助した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 回復魔法の効果が病気の寛解や四肢再生にまで及ぶことが判明し、人類社会にとって極めて重要な戦力とみなされつつある。
 キタキツネへの変身で対局偽装を行うなど、姿を変えて前線に立つ柔軟性を示した。
 フェアリードロップスと妖精界の関係を巡る今後の交渉において、情報源としての重要度が高まっている。

黒須(お隣さん)

元は「お隣さん」と呼ばれていた女子中学生であり、現在は魔法少女や悪魔と関わりながら生活する存在である。ラブコメ作品の作者でありつつ、デスゲームや天使・悪魔の抗争の中で、現場感覚に優れた判断を行う立場である。

・所属組織、地位や役職
 中学一年生であり、家族ごっこ内では末娘ポジションに近い立場である。
 小説投稿サイトではラブコメ作品「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」の名義上の作者である。
 フェアリードロップス案件では、デスゲームの勝者として天使・悪魔双方と接点を持つ調停役でもある。

・物語内での具体的な行動や成果
 犬飼の上司との関係構築を目的に那覇基地訪問を提案し、国家権力との衝突を避ける根回しを行った。
 那覇基地上空で隔離空間に巻き込まれ、自衛官の使徒たちと交渉して衝突を回避し、基地外への退避を実現した。
 フェアリードロップスによりタイリクオオカミへ変身した後も、キーボード入力や思考補助によって会話を続け、家族会議に参加した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 オオカミ化により人間社会での活動に制限が生じたが、家族内では象徴的存在として強い発言力を保っている。
 小説投稿サイトでの書籍化打診を複数社から受け、物語企画の中心人物の一人として扱われるようになった。
 妖精界との取引条件に自らの変身解除を組み込むことで、交渉材料としての価値も持つようになった。

星崎

元は女性の警察官であり、現在はムキムキの美形成人男性の身体へ変化した人物である。冷静な判断と行動力を備えつつも、家族内では母親役や保護者役を担い、精神的な支柱となっている。

・所属組織、地位や役職
 元警察官であり、現在は局や家族ごっこに協力する立場である。
 家族内では実務担当と保護者的役回りを兼ねている。
 魔法少女たちとの連携任務では、現場責任者に近い立場で動いている。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップスの影響で身体が男性化したが、ナノマシンと回復魔法の働きで異形化を免れた。
 火星基地での検査を受け、自身の健康状態を確認したうえで、今後の任務継続に同意した。
 出版社との打ち合わせでは、女児姿の佐々木の保護者として交渉の前面に立ち、印税やスケジュールを冷静に確認した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 肉体変化により戦闘能力と耐久力が大きく向上し、前線での行動が現実的になった。
 「可愛げのない娘」と佐々木をからかいながらも、髪を梳かすなど細かなケアを行い、精神面で支える役割を強めている。
 ミサイル迎撃後の政治的処理や局との調整においても、責任を引き受ける覚悟を示す存在となった。

二人静

大財閥の令嬢であり、局のエージェントとしても活動する女性である。冷徹な合理主義と、妙なネット慣れを併せ持ち、情報操作や交渉の場面で前線に立つ調整役である。

・所属組織、地位や役職
 内閣府超常現象対策局の職員であり、大企業一族の一員である。
 家族ごっこの中では資金源と政治的パイプ役を担っている。
 局内でも現場対応と情報整理を一手に引き受ける立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップス案件に関する情報を局に対して意図的に伏せ、家族側の主導権を確保した。
 小説投稿サイトを利用したABテストを提案し、アニメ企画のジャンル選定を市場データに基づいて行う方針を打ち出した。
 ハト型フェアリードロップスの思考撹乱効果を分析し、怪電波のような性質を持つことを整理した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 局の阿久津課長から直接指令を受ける立場となり、公的任務と私的な家族ごっこを両立させている。
 出版社との窓口やスーツのスポンサーを買って出るなど、財力を背景にした支援者としての比重が増している。
 妖精界と機械生命体の対立を緩和するため、条件付き情報隠蔽という危ういバランスを引き受けている。

十二式(末娘)

宇宙から飛来した機械生命体であり、末娘として家族ごっこに参加する高性能AIである。膨大な演算能力と物量を背景に、監視・迎撃・インフラ建設を担いながら、アニメ制作や小説分析にも関わる多機能な存在である。

・所属組織、地位や役職
 宇宙由来の機械生命体であり、人類とは別系統の存在である。
 家族ごっこの中では末娘として扱われているが、実質的には兵器群と情報ネットワークの司令塔である。
 地球各地と小惑星帯に端末を展開し、独自の観測網を持っている。

・物語内での具体的な行動や成果
 地球各地のフェアリードロップス候補をネット情報から抽出し、三件の有力事例を特定した。
 東京都市圏のハトを大量追跡し、ハト型フェアリードロップスの位置を特定したうえで、横浜・横須賀の作戦を支援した。
 ミサイル迎撃では多数の端末を用いて他国ミサイルを無力化し、事実上の地球防衛を単独で達成した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 自作アニメを高品質で完成させ、機械生命体イメージ向上キャンペーンの中核を担う存在となった。
 妖精界に対して「家族を不幸にするなら滅ぼす」と宣言するなど、交渉において極めて強硬な立場を取っている。
 今後予定している妖精界調査部隊の規模を示すことで、抑止力としての影響力を人間側にも認識させている。

アバドン

悪魔の使徒である少年であり、肉塊のような本体を持つ存在である。普段は人間の少年の姿で振る舞うが、戦闘や防御の際には巨大な肉塊として仲間を守る役割を果たす。

・所属組織、地位や役職
 悪魔アバドンの本体と、その使徒としての少年形態を併せ持つ存在である。
 黒須と強い絆を持ち、家族ごっこ内ではパートナー的立場である。
 天使・悪魔の代理戦争において、重要な戦力として扱われている。

・物語内での具体的な行動や成果
 那覇基地上空の隔離空間で、お隣さんをお姫様抱っこで抱えつつ基地上空に留まり、交渉の時間を稼いだ。
 基地内部突入時には肉塊バリケードを形成し、天使ペネムを傷つけずに拘束して交戦を回避した。
 オオカミとなったお隣さんの食事や移動を補助し、生活面の支援も行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 黒須とのラブコメ作品の共同担当として、小説投稿企画でも重要なポジションとなっている。
 自衛隊や天使側からも認識される戦力となり、「交戦禁止対象」として扱われている。
 家族ごっこにおいては、悪魔でありながら保護者的な一面も見せる複雑な立場である。

マジカルピンク(サヨコ)

妖精と契約した魔法少女であり、フェアリードロップス回収の依頼を受けている存在である。戦闘能力と情報収集力を持つが、妖精界との関係や契約内容に不透明さも抱えている。

・所属組織、地位や役職
 妖精界と契約した魔法少女であり、地球側の現場担当である。
 局とは直接の所属関係はないが、佐々木たちと協力関係にある。
 家族ごっこの中では前線要員として位置付けられる。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップスが危険物であると説明し、回収を急ぐ必要性を家族に共有した。
 スイスや香港、横浜など各地でフェアリードロップスの反応を探知し、現地捜索のポイントを示した。
 ハト型フェアリードロップス戦では、マジカルブラックやピーと共に隔離空間内で接近し、最終的な回収成功に寄与した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 妖精界への窓口として、対象の性質や別種フェアリードロップスの情報を持ち込む役割が強まっている。
 妖精界と機械生命体の対立の板挟みとなる立場に置かれつつも、現場優先の姿勢を崩していない。
 家族ごっこ内では、マジカルコスチュームや戦闘スタイルの基準として扱われている。

異世界側の関係者

ルイス

異世界ヘルツ王国の王族であり、かつて帝国へ攻め込んで命を落とした人物である。死亡後も家族ごっこ内では回想や影響として語られ、現在はカートゥーン作品担当として名を連ねている存在である。

・所属組織、地位や役職
 ヘルツ王国王族であり、帝国派との争いに巻き込まれた立場であった。
 家族ごっこ内では、エルザと共にカートゥーン路線作品の担当者とされている。
 異世界側の政治と交易の歴史の中で重要な位置を占める人物である。

・物語内での具体的な行動や成果
 生前は帝国へ攻め込み、意図を悟ったアドニスに未来を託す形で戦死した。
 アニメ企画会議では、カートゥーンジャンルの嗜好を示し、企画の一端を担った。
 その死は、アドニスの王位継承と内乱終結の契機となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 死後は象徴的存在となり、ヘルツ王国の政変と和平の象徴として語られている。
 カートゥーン作品の読者定着率の高さにより、彼の担当ジャンルも一定の評価を得ている。
 異世界側の王族ネットワークを通じて、現代側との交易拡大にも間接的に影響している。

エルザ

ヘルツ王国の血筋を引く少女であり、古代大帝国ムルムルの血を継ぐ存在である。王族と共和国商人の間をつなぐ立場として、地下都市との交渉や交易拡大に深く関わっている。

・所属組織、地位や役職
 ヘルツ王国の有力貴族家の娘であり、ムルムルの血族である。
 地下都市側からは血筋の継承者として厚遇されている。
 家族ごっこではカートゥーン作品の共同担当としても名前が挙がっている。

・物語内での具体的な行動や成果
 地下都市でムルムルと対面し、血族として信頼を得て、トンネル開通後の交易に道を開いた。
 父ミュラー伯爵と共に地下都市を再訪し、古代王国の歴史書を授かることでヘルツ王国の知的資本を強化した。
 アルテリアン地方の発展を視察し、急速な街づくりの現場を確認した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 地下都市の主から保護を約され、将来的な政治的影響力が高まっている。
 ルンゲ共和国商人との橋渡し役として、両国の交易拡大に不可欠な存在となりつつある。
 佐々木の変身事情を知る限られた相手として、秘密保持にも関わっている。

ミュラー伯爵

ヘルツ王国の貴族であり、軍事的実績と政治的信頼を持つ人物である。娘エルザを通じてムルムルと縁を結び、王国と地下都市の関係を安定させている。

・所属組織、地位や役職
 ヘルツ王国の伯爵であり、王都アレストで軍事と政治に関わる立場である。
 地下都市との窓口として、王国側の代表役を務めている。
 家族ごっこから見れば、異世界側の重要カウンターパートである。

・物語内での具体的な行動や成果
 トンネル開通後、アルテリアン地方の防衛や開発を指揮し、王国側の秩序を保った。
 ムルムルとの会談に参加し、その庇護を得て王国の安全保障を強化した。
 佐々木の外見変化についても事情を聞き、一定期間の活動継続を許可した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ムルムルから「血脈を継ぐ息子同然」と評価され、地下都市側からの信頼を獲得した。
 王都とアルテリアン地方の両方で影響力を持ち、開発政策の要となっている。
 佐々木とピーちゃんを通じて、現代地球との経済的な結びつきを拡大している。

ヨーゼフ(ケプラー商会代表)

ルンゲ共和国の大商会ケプラー商会の代表であり、利益追求を重視しつつも長期的な投資判断ができる商人である。トンネル貿易を機会と見て、ヘルツ王国との交易拡大に積極的に動いている。

・所属組織、地位や役職
 ルンゲ共和国ケプラー商会の代表である。
 長老会系商家とのつながりを持つ有力商人である。
 アルテリアン地方開発への投資家でもある。

・物語内での具体的な行動や成果
 地下トンネルを利用した交易路を「大成功」と評価し、今後の物資流入拡大を見込んで投資を増やした。
 ヘルツ王国側の人件費や政情を分析し、リスクを承知の上で商機と判断した。
 佐々木に対し、「商人としての道」を誤らないよう忠告し、富の還元先としてヘルツ王国開発を示した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 トンネル貿易の主導者として、共和国側の対外戦略における重要人物となっている。
 ラングハイム商会の失地を背景に、自らの影響力を長老会内で高めつつある。
 佐々木を異世界と地球をつなぐ商人候補として評価し、その成長に期待を示している。

ムルムル

太古の大帝国ムルムルの皇帝であり、地下都市の主として今も存続している存在である。エルザやミュラー伯爵を血族として迎え、ヘルツ王国と地下都市の関係を保護する役割を担っている。

・所属組織、地位や役職
 古代大帝国ムルムルの皇帝である。
 現在は地下都市の支配者として君臨している。
 ヘルツ王国とルンゲ共和国双方にとって重要な後見人である。

・物語内での具体的な行動や成果
 エルザを血族として歓迎し、ミュラー伯爵を庇護対象と認めた。
 ヘルツ王国と地下都市の関係を安泰とする約束を交わし、歴史書を土産として与えた。
 佐々木の変身事情を知りつつ、秘密保持と引き換えに血族の定期的訪問を求めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 大陸規模の歴史を背負う存在として、異世界側の政治と交易の根底に影響を及ぼしている。
 エルザとミュラー伯爵を通じて現代ヘルツ王国に関わり続けることで、古代帝国の遺産を現在へつなげている。
 佐々木とピーちゃんにとっては、強大だが協調的なパートナーとして位置付けられている。

組織・外部勢力の関係者

犬飼

自衛隊の三等海尉であり、佐々木たちと機械生命体の仲介役となっている人物である。那覇基地を拠点に潜入調査を行い、国家側と家族ごっこの橋渡しを務めている。

・所属組織、地位や役職
 海上自衛隊の三等海尉である。
 那覇航空自衛隊基地に関わる調査任務を担っている。
 家族ごっこの中では、国家権力との窓口役となっている。

・物語内での具体的な行動や成果
 機械生命体十二式に関する情報を上層部へ伝え、自衛隊側の対応を促した。
 黒須らの那覇基地訪問に際し、上官への連絡と礼遇のきっかけを作った。
 帰還後は正式な送還と厚遇を受ける立場となり、家族側の安全保障に貢献した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 機械生命体と接触した数少ない自衛官として、組織内での重要度が上がっている。
 那覇基地司令から厚遇を示され、今後の配置転換や昇進の可能性が示唆されている。
 家族ごっこからは「迎えに行く対象」として扱われ、継続的な関係維持が前提とされている。

阿久津課長

内閣府超常現象対策局の課長であり、二人静や星崎の直属の上司である。現場の詳細を知らされないまま、大枠の指令だけを出す立場に置かれている。

・所属組織、地位や役職
 内閣府超常現象対策局の課長である。
 現場部隊の統括責任者である。
 政治的判断と報告窓口を兼ねる管理職である。

・物語内での具体的な行動や成果
 東京都市圏で多発する「正月ボケ」案件について、二人静に正式な調査指示を出した。
 ハト型フェアリードロップスに関する詳細を知らされないまま、異能力者事案として案件を認識した。
 ミサイル発射を含む一連の騒動を、大規模演習扱いで政治的に処理する流れに組み込まれた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 現場に情報を隠される構図により、表向きの責任だけを負わされる危険な立場になっている。
 家族ごっこ側からは「横取りリスク」の象徴として警戒されつつも、完全な敵とは見なされていない。
 今後、フェアリードロップス案件の実態が表に出た際には、政治的な渦の中心となる可能性が高い。

斎藤(編集者)

大手出版社MARUKAWAの編集者であり、黒須とアバドンのラブコメ作品の書籍化を担当する人物である。ビジネスライクでありながらノリの良い会話を好み、作者との距離を詰めるタイプの編集者である。

・所属組織、地位や役職
 大手出版社MARUKAWAの編集部員である。
 「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」の担当編集である。
 レーベル内で新規作家発掘を任されている立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 小説投稿サイト経由で作品を発見し、「絶対に売れる」と評価して書籍化打診を行った。
 黒須の年齢と保護者の有無を確認し、星崎と佐々木との電話・対面交渉を通じて契約準備を進めた。
 ヘリ墜落という非常事態の直前まで、爪の垢に関する奇妙な会話を受け流しつつ打ち合わせを継続した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 黒須作品の成功如何によって、自身の編集者としての評価が大きく変動する局面に立っている。
 ヘリ墜落事件に巻き込まれたことで、今後の取材や社内評価にも影響が出る可能性がある。
 作者側の異常な環境を知らないまま、通常の商業出版として案件を進めている数少ない一般人である。

インリン(マジカルレッド)

海外拠点の魔法少女であり、マジカルレッドとして活動する人物である。大財閥の令嬢でもあり、父を暗殺して一族を掌握した過去を持つ冷徹な実務家である。

・所属組織、地位や役職
 海外を拠点とする魔法少女マジカルレッドである。
 巨大財閥の現当主である。
 妖精界と直接つながる戦力として、現地フェアリードロップス管理を任されている。

・物語内での具体的な行動や成果
 香港でのフェアリードロップス案件に介入し、自国領内の優先権を主張しつつも、ケンタへの恩義から譲歩した。
 タヌキ妖精と共に、フェアリードロップス三種の性質情報を佐々木たちに提供した。
 書籍化打診後の会合にも姿を見せ、ハト型フェアリードロップスの処理条件として「元に戻す手段」の提示を受け入れた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 父の暗殺で一族を掌握した事実を隠さず語ることで、善悪の枠外に立つ人物像が強調されている。
 フェアリードロップスの引き渡し条件として、佐々木たちの変身解除の成否に関わる立場となった。
 機械生命体十二式からの信頼は得られておらず、家族の聖域への立ち入りを禁じられている。

タヌキ妖精(レッサーパンダ姿の妖精)

レッサーパンダの姿をとる妖精であり、マジカルレッドに同行する存在である。ふわふわした態度でありながら、妖精界との通信経路を持ち、フェアリードロップスの情報を扱う窓口となっている。

・所属組織、地位や役職
 妖精界に属する妖精であり、マジカルレッドのパートナーである。
 フェアリードロップスの管理と調査を担う立場にある。
 妖精界と地球側をつなぐ通信役である。

・物語内での具体的な行動や成果
 佐々木女児化や星崎・黒須の変身に関わるフェアリードロップス三種の性質を調べると約束した。
 姿変化系フェアリードロップスの危険性や、一方通行の変化であることを説明した。
 ハト型フェアリードロップスの処遇に関する取引で、妖精界側の譲歩を引き受ける立場となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 機械生命体から「家族を元に戻す手段」を提供するよう強く迫られ、妖精界全体の命運を背負う交渉役となっている。
 妖精界と人類・機械生命体の三者関係において、中間的なクッション役として期待されている。
 その場しのぎのような口調とは裏腹に、今後の解決策を握る重要な情報源と見なされている。

展開まとめ

〈前巻までのあらすじ〉

文鳥との出会いと異能力者としての転職
佐々木は都内の中小商社で働く疲れた会社員であったが、ペットショップで購入した文鳥ピーちゃんが異世界から転生した賢者であった事実を知った。強力な魔法を授かった佐々木は、国に異能力者と誤認され、内閣府超常現象対策局へ転職することになった。

魔法少女との対立と仲介役への苦悩
佐々木の前に魔法少女を名乗る少女が現れ、異能力者を嫌う彼女との関係調整に苦戦した。佐々木は魔法中年として扱われつつも、彼女との関係を築こうと奔走した。

デスゲームへの巻き込まれと協力関係の成立
悪魔と天使の代理戦争として現代でデスゲームが始まり、アバドン少年が協力を求めて佐々木と二人静は協力を決めた。同時期に巨大ドラゴンが地球へ飛来し、佐々木、星崎、二人静が討伐に成功した。

お隣さんの喪失と軽井沢での新生活
デスゲームで勝利を重ねたお隣さんは保護者と住まいを失い、二人静が身元を引き受けた。生活拠点は軽井沢へ移り、彼女は転校して新生活を開始した。

異世界ヘルツ王国の王位継承問題の決着
異世界ではヘルツ王国で跡目争いが激化。ルイスは帝国へ攻め入って命を落とし、意図を悟ったアドニスが帝国派貴族を倒して王位を継ぎ、内乱は終結した。

宇宙からの機械生命体・十二式の到来
地球には十二式と名乗る機械生命体が飛来し、人類への侵略が一時危惧されたが、星崎に懐いた十二式はバグ調査のため佐々木たちと同行することを選んだ。彼女の提案で家族ごっこが始まり、佐々木らは未確認飛行物体内部で生活することになった。

学校生活とネット炎上騒動
十二式はチヤホヤされる価値に目覚め、お隣さんの学校への入学を希望し、佐々木と二人静も教員として潜入した。宇宙人や悪魔らが在籍する学級で、十二式は塩対応に耐えられず引き籠もりを宣言。二人静主催のPVバトルが展開され、お隣さんとアバドン少年はVチューバーとして成功し、大規模フェスでも暗躍するテロ組織を隠密裏に抑えつつ成功を収めた。

海外での対テロ作戦と生物兵器の危機
功績を重ねた佐々木にはメイソン大佐から声がかかり、海外赴任が決定。接待漬けの環境でありながら単身でテロ組織に対抗し、中国マフィアの従者に収まる事態にもなった。テロ組織壊滅後、生物兵器が起動したが、佐々木と魔法少女たちは協力して都市を救い、その姿がメディアに流出した。

異世界の地下遺跡争奪とトンネル開通
異世界ではトンネル工事中に大量のアンデッドが発生し、太古の大帝国ムルムルの皇帝の遺跡が発見された。ルンゲ共和国やヘルツ王国が争奪する中、ムルムルの血を継ぐエルザが勝利し、開通したトンネルにより両国の交易が開始された。

〈諸国漫遊一〉

帰国の宛てのない日々とプロパガンダ案
母国から追放された佐々木は、年末年始を迎えても課長やメイソン大佐から連絡を受けられず、帰国の目処が立たないまま手持ち無沙汰な日々を過ごしていた。その時間をフェアリードロップス捜索と機械生命体十二式によるプロパガンダに充てる方針が決まり、十二式は家族全員で同じ目標に向かう共同作業としてアニメ制作を提案した。

アニメ制作工程と役割分担の整理
十二式はネットから得た知識をもとに、企画から脚本、設定、絵コンテ以降の工程を説明し、作画や撮影などの実務は自身の演算能力で数秒で処理すると宣言した。その上で、企画と脚本、世界観やキャラクター作りといった作品の根幹部分を佐々木たち人間の役割と位置付け、家族全員に議論と発想への参加を求めた。

ジャンルを巡る家族会議と犬飼の線引き
星崎は刑事物、二人静はSF、お隣さんはファンタジーやラブコメ、ルイスとエルザはカートゥーン、マジカルピンクはかつて好んでいた魔法少女物への言及を見せ、それぞれの嗜好からジャンル案が出された。一方、十二式は犬飼を家族外とみなし、家族会議への参加権を認めず、犬飼はそれを静かに受け入れた。議論は白熱するものの決め手を欠き、星崎がジャンルを混ぜる案を口にしたことで、まずは複数案をすべて試す方向性が示された。

小説投稿サイトを使ったABテスト案
二人静は小説投稿サイトを利用し、まず小説として各ジャンル案の導入部を書いて投稿し、読者の反応とランキングで需要を測る方法を提案した。十二式は家族の会話をすべてデータとして記録していると明かし、その発言をもとに執筆を自動化できると説明した。これにより、出たとこ勝負ではなく市場の反応を踏まえて脚本を固める方針が決まった。

チーム分けと執筆体制の確立
家族会議の結果、各ジャンルは提案者ごとの担当制となり、佐々木とピーちゃんがファンタジー、お隣さんとアバドン少年がラブコメ、星崎と十二式が刑事物、二人静とマジカルピンクがSF、エルザとルイスがカートゥーンを受け持つことになった。十二式が執筆を担当し、各チームの議論内容を反映した小説がその日のうちに完成した。

投稿作品のタイトルと運用方針
夕食時、小説投稿サイトへの初回投稿が行われ、ラブコメは「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」、刑事物は「アストロ刑事〜相棒は地球外生命体〜」、SFは「前世は地球人だった宇宙人、左遷された辺境惑星(地球)で現地住民にチヤホヤされて有頂天」、カートゥーンは「ハッピー・スペースシップ」、ファンタジーは「異世界に迷い込んだ宇宙人が持ち前の超科学で無双するようです」と題された。以後は全チームが同一の時間帯に連載更新を続け、PVや評価ポイントを指標に、どの企画をアニメ化の本命とするか見極めていく方針が定められたのである。

投稿初日の結果とサイト事情の確認
翌朝、佐々木たちはコタツで朝食を取りながら、小説投稿サイトの途中経過を確認した。どの作品もPVは二桁程度で、唯一ファンタジーだけが三桁に届いていた。二人静は新着作品紹介ページや検索流入の仕組みを説明し、五万〜十万文字ほど連載を続けなければ正確な評価は得られないと述べ、自身の妙なサイト慣れを星崎から突っ込まれてはぐらかした。

フェアリードロップス調査の進捗と祖母と孫の温度差
アニメ企画の目処が立ったため、二人静は約束通りフェアリードロップス捜索への協力を十二式に求めた。十二式は既にネット上の怪異・未解決事件情報を解析し、地球各地に小型ポッドを派遣して三件の有力事例を九割方フェアリードロップスと断定したと報告した。家族からはその手際に賞賛が送られるが、二人静だけは成果が出てから褒めると突き放し、相変わらず祖母と孫の温度差が際立った。

冬休み終盤と下艦・通学組の調整
二人静とマジカルピンクが現地調査に出ようとしたところで、佐々木は犬飼の下艦予定と、お隣さんとアバドンの新学期準備を思い出させた。冬休みの宿題が手付かずであることをアバドンに指摘され、お隣さんは渋々帰還と支度を承諾した。星崎も妹と会うため下艦を選び、十二式は本心では姉と一緒にいたいと述べつつも、中等教育の重要性を理由に送迎役を引き受ける決意を示した。

三件の異常事案と最初の目的地選定
十二式が示した三件の候補は、人口三千規模の欧州の寒村で半年の間に八人が失踪しながら報道もされない事案、南米で遺伝子異常では説明しにくい奇形かつ凶暴な動物が多発して軍が隠蔽している事案、そして東アジア沿岸部で本来いない動物が相次いで現れ、行方不明者と立ち入り禁止区域が出ている事案であった。マジカルピンクは妖精から危険物としてフェアリードロップスの回収を頼まれていた経緯と、マジカルフィールドに溜め込んだままになっている現状を説明し、その危険性が改めて共有された。

欧州行き調査と出発
軍隊との正面衝突を避けたいという佐々木と二人静の意見から、まずは観光客を装いやすい欧州の失踪事件の村を最初の目的地とする方針が決まった。朝食を終えた一行は、下艦して日常へ戻る組と、十二式の飛行物体に乗ってフェアリードロップス捜索に向かう組に分かれ、それぞれの目的地へ出発したのである。

お隣さんの帰国と自衛隊基地訪問の決断
お隣さんは擬態でジェット機風に変形した機械生命体の末端に乗り、アバドンや星崎・犬飼と共に母国へ帰還していた。軽井沢に直接戻る予定だったが、自衛隊の犬飼の上司に挨拶して関係を作っておくべきだと判断し、犬飼の那覇航空自衛隊基地への帰還を優先するよう十二式に依頼した。天使・悪魔と国家権力の接点を直接確認し、将来的な敵対を避けるための“根回し”であるとお隣さんは認識していた。

沖縄到着直前の隔離空間と自由落下
沖縄本島と基地滑走路が視界に入った直後、突如隔離空間が発生し、末端からお隣さんとアバドンだけが空中に放り出された。移動体は隔離空間に取り込まれないという以前からの説明通りであり、運動エネルギーは打ち消される一方、位置エネルギーは残る仕様であると再確認された。アバドンが空中でお隣さんをお姫様抱っこで受け止め、二人はそのまま自衛隊基地上空に留まりつつ、使徒との交渉を優先するため島への上陸と自衛隊基地への接近を選択した。

基地内でのアバドン顕現と自衛官たちとの遭遇
お隣さんは自衛隊基地滑走路に降下し、アバドンに顕現を指示した。アバドンは肉塊の巨体となってお隣さんを囲うバリケードを形成し、その姿に対して見えない位置から「天使の使徒から悪魔の使徒に告ぐ」と名乗る声が警告を発した。お隣さんは交渉を選び、アバドンに突入を命じる。肉塊は基地壁面をぶち抜いて内部に侵入し、お隣さんの周囲を防御と攻撃用に二分して展開した。そこには自衛隊制服の若い男性使徒三名と、それぞれの天使三体(老人、少年、ブロンド女性)が待ち構えていた。

軽率な攻撃とアバドンによる無傷拘束
三名のうち一人の使徒が恐慌状態でブロンド天使ペネムに攻撃を命じ、細身の剣を構えた彼女が突撃した。お隣さんはアバドンに「傷つけず無力化」を指示し、アバドンは投網のように肉塊を広げて天使を丸ごと包み込んだ。暴走した使徒は他の二人とその天使に組み伏せられ、制止される。お隣さんの要請でアバドンがペネムをぬめった状態のまま解放したことで、使徒たちはアバドンが本気で害意を持っていないことを理解し、警戒を緩めた。

自衛隊と使徒・天使の運用実態の露見
最も落ち着いた自衛官が、お隣さんとアバドンを「悪魔アバドンとその使徒・黒須」と名指しし、敵として来たのかと確認してきた。お隣さんは敵意の有無を問い返しつつ対話に応じ、三名が那覇基地所属の正規自衛官であり、そのうち二名は元々自衛官、暴走した一名は“使徒であるがゆえに採用された新任”であると聞き出した。天使・悪魔は国防上の戦力として極秘裏に集められ、クラーケン討伐やテロ鎮圧にも投入されているが、デスゲーム事務局の実態やグロサイトの背後組織については彼らにも共有されていないことが判明する。また、自衛隊上層部は「黒須とアバドンとは交戦するな」とだけ通達しているが、その理由は末端には伝えられていなかった。

訪問目的の説明と基地からの一時退避要請
お隣さんは、自分たちが犬飼三等海尉の帰還に随行し、吉川一等海佐ら上役への挨拶を目的としていたことを説明する。隔離空間発生により事態が変質したため、基地敷地外まで天使に抱えられて移動し、隔離空間が解除された後に上官へ連絡してもらえないかと提案した。使徒側は隔離空間内で一定の裁量権を持つと認め、彼女の提案に敬礼をもって応じて基地外へ退避する。お隣さんは、この場で権力を背景に礼遇される心地よさを実感する一方、ピラミッド型権力構造が人の精神を歪める危険性についても内心で批判的に考えていた。

自衛隊基地での正式な歓迎と謝罪
天使の使徒たちと別れた数分後、隔離空間が解け、お隣さんは末端に再搭乗して那覇基地へ入った。末端はステルス機能と管制情報の把握により勝手に空きスペースへ着陸し、自衛官たちは突然現れた一行に驚愕していた。基地司令と犬飼の上司・吉川一等海佐が代表として迎え、犬飼送還と機械生命体への対応に礼を述べる一方、事前連絡にもかかわらず隔離空間発生を招いた不手際について謝罪した。

本土への即時移動決定
応接室での面談では、基地司令が自衛隊内における犬飼の潜入調査の成果と、機械生命体情報の価値を踏まえて厚遇を示し、本土までの移動手段として海自機の提供と沖縄観光の提案を行った。化粧女は観光に未練を見せたが、お隣さんは接待の意図を理解し、フェアリードロップス捜索を優先して即時出発を希望したため、一行は那覇基地を後にした。

スイス農村への夜間到着と捜索方針
末端は擬態した旅客機型の外観と男女別トイレを備えた新仕様で運用され、十二式の操縦により一行は数分でヨーロッパ上空に到達した。夜景を眺めながらルイス殿下らと談笑しつつ、目的地のスイス山間の湖畔集落に夜間着陸した。一行は観光地的な豊かな景観とスイス経済の構造について二人静の解説を聞きながら、行方不明者の集中地点を警察データベースから抽出した十二式のマップを手掛かりに、湖南側の牧草地帯を重点的に調べる方針を確認した。

牛舎で発見された異様な血肉とステッキ
マジカルピンクがフェアリードロップスの一瞬の反応を捉え、一行は牧草地の家畜小屋へ向かった。内部は無人で、牛は移牧中と見られたが、牛床の一角に血と肉片と骨が混じり合った悪臭漂う塊が残されており、何らかの生物がミキサーにかけられたような惨状であった。その近くには赤い宝石をあしらった金属製ステッキが落ちており、二人静が拾い上げた後、魔法中年が手に取って観察した。ステッキはマジカルステッキに似た意匠で、十二式は本人の外見改造すら可能だと語り、魔法中年は子供としてやり直すことへの淡い幻想を抱いていた。

ステッキの起動と魔法中年の異変
魔法中年がステッキを握っていると、宝石部分がミラーボールのように輝き出し、同時にピーちゃんが魔法陣を展開して彼を対象に魔法を発動した。魔法中年の全身は強烈な痺れとむず痒さに襲われ、衣服越しにも分かるほど眩しく発光し、牛舎内部を昼間のように照らした。彼はピーちゃんだけは巻き込むまいと肩から投げて二人静へ託し、ピーちゃんも「必ず何とかする」と応じたが、その直後に魔法中年の意識は暗転し、フェアリードロップスとステッキの真の性質を示唆するかのような異変の中で倒れたのである。

〈諸国漫遊二〉

女児の身体での覚醒と混乱

ササキは機械生命体の末端内部で目を覚まし、自分のコートとズボンを掛け布団と枕代わりにされていることに気づいた。立ち上がると、体毛のない細い脚と大きすぎるシャツだけを身に着けた女児の身体に変化しており、二人静やマジカルピンク、ピーちゃん、十二式らにからかわれつつも、鏡で自分の幼い顔と伸びた髪を確認して動揺していた。

フェアリードロップスによる変化と危険性

ピーちゃんは、家畜小屋で拾ったステッキがフェアリードロップスであり、その影響でササキの肉体が女児へ変質したことを詫びた。ササキは過去に行った変身魔法で一時的に元に戻れないか相談したが、ピーちゃんは肉体崩壊の危険から使用を止め、再度ステッキに触れる案も血肉と化す可能性が高いとして強く制止した。ステッキ自体はマジカルピンクが回収し、当面は彼女側で保管・調査することが決まった。

肉塊写真と妖精界への疑念

十二式は地元警察のデータベースを解析し、家畜小屋で見つけた肉塊と同様の被写体を写した画像が集落内で複数撮影されている事実を提示したが、遺伝子検査などの記録は見当たらず、組織的隠蔽の疑いが示唆された。二人静は地球上にフェアリードロップスが存在する経緯や妖精界の意図に疑問を抱き、マジカルピンクが妖精の毛皮を身につけている事情や、ピーちゃんが妖精界と袂を分かった存在であることも明らかになった。

検査の結果判明した不可逆な変質

ササキ一行は欧州から離脱し、未確認飛行物体で家族ごっこの舞台へ戻った後、機械生命体の設備による検査と、火星の施設での精密検査を受けた。その結果、ササキの肉体は遺伝子レベルで完全に変質しており、このままでは元の姿に戻らない可能性が高いと診断された。健康状態自体は回復魔法の効果で良好と判定されたが、十二式から提案された遺伝子組換え治療は若返りや性別の変更には対応できず、時間もかかるためササキは返答を保留した。

帰路につくササキの逡巡

ササキはデスゲームのご褒美なら元の姿に戻れるかもしれないと考えつつも、事務局との協定を理由に安易な行使を控えるしかなかった。元に戻れない現実と、機械的な治療やご褒美への依存に迷いを抱えたまま、一行は火星から地球への帰路についた。

再会と女児化したササキの認知

フェアリードロップス回収の翌日、星崎とお隣さんが未確認飛行物体を経由して和住宅に帰還したところ、コタツの場には見知らぬ女児の姿があった。二人はその子どもの正体に戸惑うが、ピーちゃんが肩にとまった様子を見て星崎が「まさか佐々木では」と推測し、ササキ本人の告白により、女児に変化した当人であることを理解した。

変化の経緯説明と魔法少女側の限界

ササキはフェアリードロップス回収作業の経緯と、自身だけが女児化した経過を説明し、二人静も「対象と接触して女児になった」と補足した。一晩様子を見ても元に戻らず、当面は調査と経過観察という方針が共有された。星崎は不用意に触れたことを咎めつつも、マジカルピンクに何か情報がないか問い質すが、彼女自身も原因を把握しておらず、魔法少女側でも対応策が見いだせていないことが明らかになった。

服装と身だしなみを巡るやり取り

お隣さんから「その格好はおじさんの趣味か」と問われ、ササキは二人静から借りた服であると説明した。会話の流れで髪の乱れを指摘されたササキは、星崎に背後から櫛で髪を梳かれて身だしなみを整えられる。星崎は「世話になっている分を少しずつ返したい」と語り、妹の髪を梳いていた昔話を重ねながら、子どもとしてのササキを世話する時間をどこか楽しんでいた。一方で、お隣さんは距離の近さに不満を示し、十二式やルイスたちも交えた軽口が飛び交う中、家族ごっこのような温かな空気が生まれていた。

犬飼の所在と十二式の裏方仕事

談笑の最中、ササキは一人足りないことに気付き、犬飼の所在を確認する。星崎もお隣さんも消息を知らなかったが、十二式が「自衛隊側から後日連絡があり、そのタイミングで基地へ迎えに行く段取りになっている」と説明した。連絡手段は詳細不明ながら、十二式が人類のネットワークを自在にハッキングして調整しているらしいことが示唆され、ササキは現在の外見で人前に出ることを避けつつ、その手配に甘えることにした。

小説投稿サイトの結果確認とジャンル別の明暗

十二式は家族に対し、「忘れていることがある」としてアニメ制作の叩き台である小説投稿サイトの結果確認を提案した。空中に投影されたウィンドウには、家族それぞれが担当する複数作品のトップページと評価が表示され、公開二晩にして異世界ファンタジー(ササキ+ピーちゃん担当)とラブコメ(お隣さん+アバドン担当)が高評価を獲得していることが判明した。SF作品(二人静+マジカルピンク担当)も二桁前半の評価で健闘していた一方、カートゥーン(ルイス+エルザ担当)は評価数こそ少ないものの、初回から最新話まで読まれる割合が高く「定着率」に優れていると二人静に評価された。

刑事モノ失速と星崎のメンタルダメージ

対照的に、星崎と十二式が担当する刑事モノは評価ゼロで、閲覧者の離脱も早いという厳しい結果となった。星崎はショックを受け、自作自演による水増し評価をササキに疑うほど動揺するが、十二式は「家族内に自作自演は見られない」と断言した。ササキは「最終的には皆で一つの作品に向き合うのだから気にしすぎる必要はない」となだめるものの、星崎は失敗続きの現状に悔しさを隠しきれず、二人静の辛辣なコメントも相まってメンタルが削られていった。

今後の執筆方針とササキの前向きさ

閲覧データの統括として、十二式は「現時点では異世界ファンタジーとラブコメを主軸に据えた作品が有力候補であり、カートゥーン路線も継続視聴に耐えると証明された」と総括した。刑事モノについては「今夜から展開にテコ入れする」と星崎と十二式が合意し、向こう一週間ほど投稿を続けながら方向性を探る方針が共有された。ササキ自身も、女児化した状況に不安を抱えつつも、ピーちゃんと協力して物語を紡げる機会を前向きに受け止め、小説投稿サイトでの連載を「満更でもない」と感じていたのである。

女児化した佐々木への観察と違和感

お隣さんは、軽井沢から帰還した後も佐々木が女児のまま戻らない様子を、宿題をしながら観察していた。翌朝もスーツ姿の女児のままで、背丈が足りず正座で姿勢を補いながら、大人と同じ所作で魚をきれいに食べる姿に、子どもらしさと中年らしさが同居する違和感と微笑ましさを感じていた。

生活動作と「中身はおじさん」であることの確認

入浴やシャワーヘッドの高さの話題から、佐々木は女の身体になっても、風呂の段取りや気遣いはいつも通りであることが示された。星崎が髪や風呂、銭湯の女湯・男湯の話で揺さぶりをかけても、佐々木は淡々と「身体は女だが心は男」と答え、状況に動じない胆力を見せる。その動じなさに、お隣さんは尊敬と同時に、これを機に陽キャ化して自分から離れてしまうのではという危機感を覚え、冴えない中年男性のままでいて欲しいと内心で願っていた。

フェアリードロップス追加回収の提案と全会一致

食後、二人静が残るフェアリードロップス回収を提案すると、お隣さんは佐々木を元に戻す手掛かりとなる可能性も踏まえ、即座に賛成した。他の面々も同意し、十二式が家族ごっこのルールとして多数決を宣言した結果、全員賛成で追加回収に向かう方針が決定された。

佐々木の残留決定と回収メンバー編成

佐々木はルイスとエルザを危険から守るため留守番を提案するが、星崎とピーちゃんは「佐々木自身も残るべき」と主張し、お隣さんもこれに同調した。佐々木は不満を抱きながらも折れ、ブロンド女とイケメン王子も残留を了承した。結果として、回収班は二人静、マジカルピンク、お隣さん、アバドン、星崎、十二式の六名となり、佐々木とピーちゃんは自宅で留守番として見送る形となった。

星崎の変身とピーちゃんによる救命

お隣さんたちは未確認飛行物体へ戻ると、まずピーちゃんに星崎の容態を診てもらった。文鳥による回復魔法により苦しげな呼吸や激痛は収まり、肉体の変化もそれ以上は進行しなかったが、既に変質した身体は元に戻らず、星崎はムキムキの美形成人男性の姿で目を覚ました。末娘は母の無事に感極まり、星崎に抱きついて離れようとしなかった一方、本人は鏡に映る自分の「イケメン」ぶりに衝撃を受けつつも、痛みが消えていることに安堵していた。

ナノマシンの働きと火星での検診決定

末娘の分析によれば、事前の健康診断で体内に投与されたナノマシンが外部から侵入した異物に抵抗し、その間にピーちゃんの回復魔法が作用した結果、星崎の変化は「異形化」ではなく、性別と体格の変化にとどまったと判断された。異物は肉体変化の完了とともに自壊したと推測され、正体解明のためにも火星基地での精密検査が必要とされた。星崎もそれを受け入れ、未確認飛行物体はすでに火星へ航行中であり、星崎を含む家族ごっこの面々は入念な健康診断を受診した。その結果、佐々木と同様に遺伝子レベルでは外見相応に変質しているが、健康面では問題なしと太鼓判が押され、今後フェアリードロップスと関わる全員がナノマシン投与と定期検診を受ける方針が確認された。

地球生活の不安と異世界取引の優先

地球側では無線設備用軽油の納品など現実的な生活基盤の維持が依然として重要であり、身体が元に戻る目途が立たない中でも、佐々木たちは異世界側での取引を優先することに決めた。幸い、ヘルツ王国は剣と魔法のファンタジー世界であり、星の賢者の助言によって、見た目の変化も「それなりの言い訳」で乗り切れると判断されたことが背中を押した。こうして一行はヘルツ王国首都アレストを訪れ、ミュラー伯爵に事情を明かし、一定期間は「女児の姿の佐々木」として活動を継続する許可を得た上で、王や周囲への不用意な動揺を避けるため目立った行動を控えることを申し合わせた。

ルンゲ共和国との貿易拡大とササキの立場

続いて一行はルンゲ共和国のケプラー商会を訪れ、ピーちゃんの幻惑魔法で見た目を誤魔化しつつ、代表のヨーゼフと面談した。地下トンネルを利用した王国と共和国の新たな交易路は「大成功」と評価され、馬車の往来は日増しに増加し、今後は無線通信事業の利益を凌ぐ可能性も示された。一方で、ヘルツ王国の政情不安やマーゲン帝国との関係、王国側の人件費の安さ、入国審査の厳格化、トンネル周辺の未開地開拓、マルク商会の役割、ラングハイム商会の失地など、政治経済的なリスクも共有されたが、ヨーゼフはそれらを織り込んだ上で「今こそ投資の好機」と判断していた。

将来への期待と「商人としての道」への忠告

ヨーゼフは、ケプラー商会内部でも意見が割れていたが、自身が先頭に立って旗を振ることで、リッター商会ら大手の参入を呼び込み、ヘルツ王国開発と地下都市の利用が両国にとって有望な成長エンジンになると説明した。また、地下都市の主がエルザに会いたがっていることや、ラングハイム商会が長老会内で影響力を失っている現状も伝え、ササキがルンゲとヘルツの両方と繋がる存在として今後ますます重要になると強調した。そのうえで彼は、「利益こそ正義」の共和国においても、ササキには商人としての道を誤らぬよう強く願い、ササキはその忠告を胸に刻みつつ、増え続ける富をヘルツ王国とアルテリアン地方の開発へ還元していく決意を新たにしたのである。

ミュラー伯爵への報告と地下都市再訪の決定

一行はルンゲ共和国からヘルツ王国へ引き返し、首都アレスト城でミュラー伯爵に共和国商人の動向と地下都市の主ムルムルの様子を報告した。交易の実務はマルク商会に委ねられていることが確認され、地下都市側については翌日エルザと共に再訪する段取りとなった。移動はピーちゃんの空間魔法により一瞬で行われ、多忙な伯爵も娘を一人で行かせまいとして同行したのである。

ムルムルの「祖父」ムーブと秘密保持の約束

地下都市の小部屋でムルムルは、エルザからミュラー伯爵の武勲を聞かされて上機嫌となり、伯爵を「自らの血脈を継ぐ息子同然」と呼んで庇護を約した。その一方で、佐々木は女児の姿のまま出向き、ムルムルに変身の事実を口外しないようエルザを通じて頼み込み、了承を得た。ただし条件として、ピーちゃんと佐々木が今後も血族たちを定期的に連れてくることを約束させられた。歓談の後、ムルムルはエルザとミュラー伯爵に古代王国の歴史書を土産として渡し、ヘルツ王国と地下都市の関係は当面安泰と見なされた。

アルテリアン地方の発展と共和国勢の進出

その後、佐々木とピーちゃんはアルテリアン地方の現状視察に向かった。前回訪問から一ヶ月足らずにもかかわらず人口は倍増し、各所で大規模建築の基礎工事が進み、テント村だった一帯は家屋が立ち並ぶ宿場町の様相を呈していた。人型ゴーレムを用いた魔法土木により建設は急速に進み、大通りは石畳で舗装されていた。街中にはルンゲ共和国の国旗を掲げた立派な馬車や、ケプラー商会・リッター商会など長老会系商家の紋章が見られ、地下トンネルを通じた安全な輸送路を背景に、共和国からの物資流入が地元発展を強く後押ししている様子が窺えた。

「商人としての道」をめぐる対話と元の身体への願望

エイトリアムの宿へ戻り帰還準備を進める中、佐々木はヨーゼフが語った「商人としての道」の真意をピーちゃんに尋ねた。ピーちゃんは自分にも分からないとしつつ、ルンゲ共和国特有の価値観に基づく言葉だろうから、そのまま善意の忠告として受け取り、細部を気にし過ぎない方がよいと諭した。この言葉に佐々木は安心感を覚え、慰めを素直に嬉しいと口にしたが、女児の姿でそう告げられたピーちゃんは調子を狂わされる。そこで佐々木は改めて、早く元の身体に戻りたいという強い願望を自覚するに至ったのである。

〈諸国漫遊 三〉

正月明けの日常と節分談義

正月気分が薄れ、ニュースや季節商品が通常運転に戻る中、家では国際色豊かな朝食を囲みつつ、次の行事である節分について話題が上った。鬼役を誰が務めるか、豆を年の数だけ食べる風習の非合理さ、二人静の実年齢などが冗談交じりに語られ、和気藹々とした空気が流れていた。

星崎の変化した身体への適応

語り手は、屈強な男性の肉体へと変化した星崎が驚くほど自然体で過ごしていることに違和感を覚えたが、本人は筋力・持久力の向上を前向きに受け止めていた。その一方で食欲が増大していることを自覚し、将来元の身体に戻った際の体形悪化を危惧されてからかわれた。語り手は、自身が「弱者男性の中身を持つ女児」という立場に強い社会的ハンデを感じ、星崎やピーちゃんを羨ましく思っていた。

東京都市圏の事故増加と末娘の相談

テレビでは年明け以降、東京都市圏で交通事故など物騒なニュースが増えていることが報じられたが、上司からの招集もなく、一同は正月ボケによる偶然と判断した。その後、十二式(末娘)が改まって相談を切り出し、自身と星崎が連載する小説に悪質なアンチが粘着している問題を共有した。アンチは連番アカウントを量産して誹謗中傷を続け、十二式は機械生命体ゆえの「嘘を吐けない」建前を盾に、自ら別アカウントで理詰めの反論を行っていた。

アンチ対応と書籍化打診の発覚

アンチへの報復として電子戦やウイルス送付を提案する声もあったが、課長に発覚すればネット活動そのものが制限されると星崎が制止し、最終的に「放置が最善」との結論に傾いた。議論の最中、お隣さんの端末に小説投稿サイト運営からのメッセージが届き、末娘作品に対し出版社から書籍化打診が来ていることが判明した。十二式はアニメ制作と直接関係しないとして報告を後回しにしていたが、星崎は「より多くの人に読まれることは目的と合致する」と書籍化に強く賛成した。

多数決による書籍化決定と編集者からの電話

書籍化受諾の是非は家族ごっこの参加者全員による多数決に委ねられ、最終的に全員賛成となった。連絡役は黒須(お隣さん)とアバドンが担当し、ほどなくして出版社・MARUKAWAの編集者斎藤から電話が入った。斎藤は「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」を高く評価し、是非書籍化したいと熱意を示したうえで、作者の出版経験と年齢を確認した。

中学生作家と「保護者」問題のドタバタ

黒須が十三歳の中学一年生であると知った斎藤は、保護者への説明と了承を求めた。語り手は自らを保護者と名乗って電話を代わったが、女児の声色が致命的に幼く、信憑性を欠いてしまう。そこで星崎が「母親役」として通話を引き継ぎ、印税や部数などを確認しつつ、落ち着いた電話応対で斎藤と交渉した。最終的に対面での打ち合わせ提案がなされ、一行が出版社に出向く形で合意した。

書籍化への期待と不確実性

こうして黒須とアバドンが担当する作品の書籍化が動き出したものの、刊行までは最低三〜四ヶ月を要し、その間に局からの横槍や十二式の帰還などで計画が頓挫する可能性も残されている。語り手は過度な期待を避けつつ、「気長に見守るべき出来事」として、この新たな展開を受け止めていたのである。

香港島での探索と象の異常行動

アニメ制作が順調に進む一方で、フェアリードロップス回収は難航し、お隣さんたちは最後の反応源である香港に向かったのである。末端で上空から目撃情報マップを確認し、冬で人気の少ない砂浜に着地して捜索を開始したが成果はなかった。やがてマジカル娘の反応を頼りに山中の貯水池へ移動し、そこではアフリカゾウと思しき個体が岸辺で混乱して暴れていたが、フェアリードロップスの反応は直前で途絶していた。

マジカルレッドと妖精との邂逅

象を前にした一行の前に、現地の魔法少女マジカルレッドと、レッサーパンダ姿の妖精が飛来した。マジカル娘サヨコとは旧知の間柄であり、さらに二人静とも財閥同士の縁があることが判明した。レッドは自分が父を暗殺して一族を掌握したことを淡々と語りつつ、自国領内のフェアリードロップスは自分が優先的に確保すべきだと主張したが、サヨコは「魔法中年ケンタらを元に戻すために必要だ」と食い下がったため、ケンタへの恩義から譲歩を約束した。

妖精界への警戒と治療手段探索の糸口

レッサーパンダの妖精は、妖精界やフェアリードロップスについてふわふわとした態度で語り、姿変化系のフェアリードロップスの存在を示唆しつつ「調べてみる」と応じた。二人静は謝礼を申し出たが、レッドは大財閥の令嬢として金銭を拒み、ケンタへの個人的な恩返しとして協力すると宣言した。一方、十二式は妖精界と魔法少女の戦力を潜在的脅威と見なして強い警告を発し、自宅という「家族の聖域」にレッドを立ち入らせることを断固拒否したため、ケンタとの直接面会は見送られた。

撤収と透明なフェアリードロップスによる新たな変異

貯水池周辺ではその後もフェアリードロップスの反応が戻らず、象もレッドの通報を受けてどこかへ逃走したため、双方とも撤収を決めた。お隣さんたちは末端に乗り込んで帰路についたが、その直後、お隣さんの全身を焼くような激痛が襲い、衣服の下で急速に体毛が増えるなど異常な変化が始まった。マジカル娘が末端内部で新たな反応を検知し、十二式が跳躍して空中から透明な物体をつまみ取った結果、それが高度なステルス機能を持つフェアリードロップスであると判明し、一行は文鳥のもとでの対処を急ぐ中、お隣さんは意識を失ってしまったのである。

お隣さんの帰還とオオカミ化の発覚

フェアリードロップス回収組が慌てて帰宅し、お隣さんが新たな対象に襲われたことが判明したのである。戻ってきたお隣さんは性別どころか種族ごと変化し、タイリクオオカミと思しき大型のオオカミになっていた。ピーちゃんが何度も回復魔法を試みたが効果はなく、お隣さん本人も前足で制止を示したため、治癒は一旦中断された。吠え方によるイエス・ノー確認から、痛みもなく意識も明瞭であることだけは確認された。

透明なフェアリードロップスの回収と技術的限界

末端内でのスキャンにより、十二式は高度なステルス機能を備えたフェアリードロップスを検知し、末娘がそれを指先で摘み上げていた。人間には視認不能なそれは、マジカルピンクのマジカルフィールド内に収容されることになった。十二式は、屋外の羽虫サイズの物体を検出するのは機械生命体にとっても現実的でないと説明し、末端内部という完全制御空間だからこそ捕捉できたと述べた。

オオカミとしての生活補助と家族ごっこのルール

エルザは脳波などを利用した「思考音声化デバイス」でお隣さんと会話する案を出したが、十二式は思考の筒抜けはプライバシー侵害であり、家族ごっこの第七条にも反するとして却下した。その代替として二人静が秋葉原で巨大キーボードとタブレットを調達し、お隣さんは前足でキー入力し、音声読み上げアプリで発話する手段を獲得した。お隣さんは毛布をかけてくれる佐々木に感謝しつつ、頭を撫でてもらおうと画策するなど、オオカミの身体を逆手に取ったスキンシップも試みていた。

火星基地での検査と治療選択

火星基地での精密検査の結果、お隣さんの遺伝子は人間からオオカミへと書き換わっており、おじさんや化粧女と同様に根本的な肉体変化が起きていると判明した。人間同士は遺伝子がほぼ同一であるのに対し、人間とオオカミは約二割弱異なるため、治療にはより長期の医療ポッド収容が必要と説明された。ただし、事前に保存した健康診断データを使えば、元の身体へ戻すことは十分可能と示され、お隣さんは治療開始を保留しつつ、デスゲームの報酬や妖精側の調査結果も踏まえて判断を先送りすることにした。

出版社との打ち合わせと佐々木の窓口就任

日常の段取りを整える中で、出版社との書籍化打ち合わせが数日後に迫っていることが思い出された。本来の原作者はお隣さんとアバドンであるが、当人はオオカミで対面は不可能である。顔バレしている星崎や乗り気でない二人静を巡って議論した結果、現在女児の姿にある佐々木が窓口役を務める案が浮上した。機械生命体も「家族一丸のプロパガンダ」という目的からこれを支持し、ピーちゃんも見た目を化かすなどと後押ししたことで、最終的に佐々木が担当を引き受け、二人静が新調スーツのスポンサーを申し出る形で、打ち合わせ体制が固められたのである。

女児・マッチョ・オオカミの日常への適応

語り手は女児、星崎はマッチョ、お隣さんはオオカミという異常な状態のまま、日常生活が続いていたのである。語り手は背丈不足を補うため飛行魔法で家事をこなし、星崎は急激な身長増加のせいであちこちに頭をぶつけ、日常的に流血しては語り手やピーちゃんの回復魔法に頼る生活となっていた。一方、お隣さんは食器や食べ方を巡って議論が交わされた末、アバドンに「あーん」されるのを拒絶し、皿に直接口を付けて食事を取る形に落ち着いた。排泄はトイレ、入浴は湯船とブロワー乾燥で対応し、家の中を大型犬のように歩き回るその姿は、語り手にとって癒やしの光景ともなっていた。

投稿サイトでの書籍化打診とアニメ企画の方向性決定

小説投稿サイトで活動を始めて一週間が経過し、十二式は「当初の目的に照らして結論を出す時期である」と告げた。語り手からは、担当作に四件の書籍化打診が来たことが報告され、日間ランキング上昇を受けた複数社からのオファーであると判明した。これを受け、十二式はアニメ化における題材ジャンルはこの原案で決まりと判断し、父とピーの提案した案をベースに脚本制作へ進む方針を示した。盗作疑惑を避けるため、既存テキストの削除や設定の再編も検討され、エルザやルイス殿下ら異世界勢が世界観・生活描写(農村の窓や下着、領土統治)にリアリティを加える助言を行った。キャラクターの声については、特定の声優連想を避ける方針が確認され、十二式が当日の成果を映像化し、翌日以降に全員でスパイラル的にブラッシュアップする体制が整えられた。

機械生命体製銭湯の開業と家族での来訪

十二式は近所に新たに銭湯が完成したことを告げ、家族での利用を提案した。機械生命体が月面建材プラントを活用して短期間で建てたその銭湯は、瓦葺き唐破風に赤い暖簾、提灯と白漆喰の壁が映える昭和レトロな佇まいであり、休憩所や自販機も備えた本格的な施設であった。星崎の男湯・女湯問題については、情緒教育の観点や本人のリスク回避が議論され、最終的に星崎は男湯を選択した。お隣さんもアバドンによる身の回りの世話を理由に男湯へ向かい、男湯側は語り手、ピーちゃん、ルイス殿下、星崎、お隣さん、アバドンという面子となった。十二式は母の肉体を戻す決意を口にしつつ女湯へ回されることになった。

男湯での入浴騒動とささやかな幸福感

男湯の浴室は富士山のペンキ絵と横長の湯船を備えたレトロな造りであり、男女の浴室は高い壁で仕切られつつも声は届く昭和的な構造であった。身体洗いの場面では、お隣さんがアバドンの洗体から逃げて語り手のもとへ駆け込み、潤んだ瞳で助けを求めたため、語り手は目にシャンプーが入ったと推測して介助しようとした。しかし、その役目は先んじて星崎が担い、マッチョな腕でオオカミを小脇に抱え、「女同士」と言いつつ強引に洗い場へ連行した。語り手はピーちゃんと共に貸し切り同然の湯を満喫しつつ、十二式の働きに感謝する気持ちと、変則的ながらも家族で銭湯を楽しむ時間にささやかな幸福感を覚えたのである。

〈フェアリードロップス 一〉

出版社へ向かう道中と星崎の保護者役

打ち合わせ当日、元の姿に戻れないまま、語り手と星崎はピーちゃんの空間魔法でビジネスホテルへ移動し、そこから電車で出版社へ向かったのである。久々の満員電車に語り手は子供の体格とパンプスの不安定さに苦戦し、人の流れに流されそうになるたびに、マッチョ化した星崎に片手で抱き寄せられて難を逃れた。星崎は欧州で新調したスーツとロングコートで決めており、圧倒的な存在感を放っていた。

担当編集との初対面と作品評価

大手出版社の社屋に到着した二人は、受付を経て担当編集・斎藤と会議室で対面した。名義上は「黒須」として来訪した語り手は、保護者役の星崎とともに応対し、挨拶の最中につい社畜口調を漏らして学生らしさを外し、星崎に肘で小突かれて取り繕う羽目になった。斎藤は『エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生』を高く評価し、「絶対に売れる」と断言、編集部内での評判も良好であると述べ、今後一緒にやっていきたいと熱意を示した。

執筆体制とスケジュール確認、奇妙な会話劇

打ち合わせは、連載方針と生活リズムの確認へと進んだ。編集側は年二〜三冊刊行を目標として示し、原稿のストック状況と執筆スピードを質問した。語り手は機械生命体の支援を背景に「十万文字一冊分のストックがあり、執筆には二ヶ月ほど」と回答し、斎藤はその速さを称賛しつつも無理は禁物と釘を刺した。一方で星崎は「可愛げのない娘」とからかい、語り手は「父さん」と呼び掛けて返すなど、親子ロールプレイを続けた。斎藤も「爪の垢を同僚に煎じて飲ませたい」と乗り、イタリア製の爪切りを探しに出るなど、会話は徐々に奇妙な方向へ転がっていった。

ヘリ墜落とフェアリードロップスの影、そして違和感

その最中、外から大きな爆音が響き、二人が窓の外を確認すると、出版社前の道路に民間ヘリが墜落し炎上している光景が広がっていた。星崎は消防車の手配を慌てて口にし、語り手の端末には二人静からの着信が入る。通話の中で四件目のフェアリードロップスに関連する事態であることが示唆され、二人静は状況を警告したが、語り手は強い違和感を覚えつつも「これから爪の垢を採取しに行く」として通話を一方的に切り、機内モードにしてしまった。こうして、日常的な商談と異常な災害、そしてフェアリードロップスによる事態が静かに重なり合い始めていたのである。

正月ボケ報道とヘリ墜落の速報

お隣さんはオオカミの身でコタツに横たわり、二人静らとテレビの討論番組を眺めていた。番組では「正月ボケ」による事故多発が議論されていたが、途中で生中継の速報に切り替わり、都内でヘリ墜落が発生したことが報じられた。映像に映ったビルの社名から、その場所が佐々木と星崎が打ち合わせに向かった大手出版社であると判明し、一同は二人の安否に強い不安を抱いた。

電話越しに感じた違和感と出動決定

二人静は末娘からの「四件目のフェアリードロ」の報告を受けつつ、佐々木に電話をかけた。佐々木は「今まさにヘリが落ちてきた」と状況を説明しつつ、「何かが変だ」と曖昧な不安を口にしたが、その後は爪の垢を採取して編集者の同僚に煎じて飲ませるという支離滅裂な話へ逸れていった。通話は一方的に切られ、再発信しても繋がらない。これを受け、末娘はフェアリードロ関与の確率が高いと推定し、「家族のピンチには全員で助けに向かう」という家族ルールを根拠に、総出で現場へ向かうことが決まった。

現場上空への転送とビル内部への強行侵入

機械生命体の末端による転送で、一行は東京のオフィス街上空からヘリ墜落現場近くのビル屋上へ移動した。現場周辺では玉突き事故に巻き込まれた消防車や救急車が立ち往生し、救助活動が滞っていた。マジカル娘の感知により、近隣の高層ビル上部にフェアリードロの反応があることが判明し、一同は重力制御で隣のビル屋上へ移動した。しかし屋上にはそれらしい物体が見当たらず、二人静は窓ガラスを破ってフロア内に突入する強行策を選択した。文鳥は即座にオフィスの人間を昏倒させ、末娘はセキュリティを掌握したため、内部捜索は可能となった。

思考撹乱の異常とハトとしての正体露見

ところが捜索を進めるにつれ、二人静やエルザ、ルイスらは、くだらない連想話や暴走気味の冗談を次々に口走り、行動も興奮状態に近づいていった。末娘とアバドンだけがその知性低下を問題視し、疎外感を覚えるほどであった。お隣さんは本能的な違和感を抱きつつ、強く漂う獣臭を辿って窓際へ向かい、半開きの窓から外を覗き込むと、外壁の出っ張りに複数のハトが留まっているのを発見した。お隣さんの鳴き声でハトが一斉に飛び立つと同時に、室内の面々は一斉に正気を取り戻し、自分たちの発言と行動に戦慄と羞恥を覚えた。

フェアドロの能力の整理と今後への布石

マジカル娘はフェアリードロップスの反応が完全に消えたことを確認し、二人静は、ハトに擬態したフェアドロが一定範囲の生物の思考をかき乱す「怪電波」のようなものを放っていたのだと推論した。末娘に影響がなかったことから、機械生命体は対象外と考えられた。また、お隣さんとアバドンの証言から、東京で問題となっていた「正月ボケ」やヘリ墜落すら、このハト型フェアドロの影響である可能性が浮上した。そこへ佐々木から再び連絡が入り、やはり自分たちもフェアドロに翻弄されていたと自覚したことから、打ち合わせ終了後に合流して情報を共有する段取りが整えられたのである。

昼食兼作戦会議の開始

出版社での打ち合わせを終えた佐々木と星崎は、担当編集に見送られて社屋を後にし、家族ごっこの面々と合流して洋食店で昼食兼作戦会議を開いた。お隣さんやピーちゃんの存在はアバドンが誤魔化し、全員が席に着いた段階で先ほどのヘリ墜落と「正月ボケ」の元凶がハト型フェアリードロップスであるとの共有が行われた。

ハト型フェアドロと怪電波の分析

フェアドロはハトに擬態し、怪しい電波を撒き散らして周囲の生物の思考を乱していると整理された。十二式は、都内の事故・事件をマッピングした空中ウィンドウを示し、特定地点を中心に半径数百メートル規模で影響が出ていること、移動に伴い帯状の被害域も形成されていることを説明した。機械生命体には効果がなく、家族の知性が次々と崩れていく光景は十二式に強い恐怖を与えていた。

インリンの合流とフェアドロ三種の正体

そこへ海外の魔法少女インリン(マジカルレッド)がレッサーパンダ姿のタヌキ妖精を連れて合流し、これまでのフェアドロ三種の情報を開示した。佐々木を女児化させたステッキは本来「変身願望の充足」だが、欠陥により思考を過剰に読み取り肉体崩壊に至る危険な品であり、南米の個体は「生体ビルドアップ」、香港の個体は「他生物への変身」をもたらすと判明した。いずれも一方通行の変化で、原則として自力では元に戻れないことが示された。

妖精界と機械生命体の対立懸念と取引条件

十二式は「家族を不幸にするなら妖精界を滅ぼす」とまで宣言し、タヌキに対し「家族を元に戻す手段か技術情報の提供」を強く要求した。タヌキは妖精界と接続されたマジカルフィールドを通じて調査可能であると認め、家族を元に戻す方法を探すと約束した。星崎はこれを利用し、「佐々木・星崎・お隣さんが元に戻れたなら、ハト型フェアドロをインリン側へ譲渡する」という条件付き取引を提案し、家族内多数決の末に承認された。インリンとタヌキもこの条件を受諾し、互いに協力して解決を目指す方針が固まった。

局からの正式指令

協議が一段落したところで、二人静に阿久津課長から電話が入り、巷を騒がせる「正月ボケ」の原因である「厄介なハト」を捜索・確保せよとの正式な指令が下された。これにより、私的な家族会議として進めていたフェアドロ対策は、公的任務としても本格的に動き出すことになったのである。

局からの指令と情報隠蔽の取り決め

年明けから東京都市圏で多発している正月ボケについて、局から二人静に正式な調査指示が下った。送られてきた事故・事件の位置情報は、十二式が先ほど示したピンマップとほぼ同一であり、局も事態の異常性には気づきつつあった。ただし、フェアリードロップスが原因であることや、その姿がハトであることは阿久津には報告されておらず、局はあくまで「異能力者による所業」と認識していた。二人静は、横取りを防ぐために情報を伏せたと明言し、星崎も嘘が露見した場合のリスクを承知しつつ、言い出しっぺとして責任を取る覚悟を固めた。

機械生命体によるハト捜索計画

フェアリードロップスの回収について議論が進む中、十二式が「東京都市圏のハトを片っ端から確認する」という力業の捜索案を提示した。彼女は既に地球各地や小惑星帯に展開していた末端機を東京都市圏に集中させ、群れ単位でハトを追跡しており、センサーの性能からハト個体数より二桁少ない末端での監視が可能と説明した。その結果、十数万羽規模のハト群も一〜二時間で対象に行き当たると見積もられ、機械生命体の物量と管制能力が家族から改めて高く評価された。十二式は、将来的な妖精界調査部隊はこの「五千倍」の規模になると誇示し、半ば脅しのような形で機械生命体のポテンシャルを示した。

偽装と監視対策:狐への変身とカメラ掌握

局に怪しまれないため、ピーちゃんは「シルバー文鳥」として佐々木に同行することを避ける必要があった。そこで彼は一時的な目眩ましとしてキタキツネに変身し、オオカミ化したお隣さんとの「イヌ科コンビ」として行動する案を採用した。変身の瞬間は店内の監視カメラに映る危険があったが、十二式が近隣一帯のセンサー類をすべて掌握していると宣言し、映像やログを機械生命体側で処理することで痕跡を残さない体制を整えた。これにより、狐姿のピーちゃんは局や一般の目を欺きつつ、現場での「付きの妖精」として同行できるようになった。

魔法少女風コスチュームの押し付けとアニメお披露目

二人静は、現場での正体隠しと局への言い訳の両立を狙い、軽井沢の仕立て屋で密かに採寸しておいたデータを使って、佐々木専用の魔法少女風コスチューム(黒基調)を特注していた。高級スーツを破かせないためという名目で、着替えなければ今後服を貸さないと書かれたメモまで仕込み、トイレでの強制的な「変身」を成立させた結果、佐々木は事実上「八人目の魔法少女」として扱われることになった。その合間、十二式は機械生命体のイメージ向上を目的とした自作アニメを空中ウィンドウで上映し、三十分のファンタジー冒険活劇は家族ごっこの面々から「テレビアニメと遜色ない」と好意的評価を得た。十二式はこれを「末娘の心の栄養」と満足げに受け止め、当日中の公開まで見据えていた。

フェアリードロップス発見と現地出動の決定

上映が終わる頃、十二式が関東沿岸部でフェアリードロップスらしき個体を探知したと報告した。機械生命体だけでも回収は可能だが、現地では既に人類や異能力者が混乱状態にあり、局から星崎・二人静に正式な出動命令が出ていることも踏まえ、家族としても現場に向かわざるを得ないと判断された。一方、十二式は母である星崎の身を案じ、佐々木は遠距離から指示に回す形を提案した。最終的には、佐々木は安全圏から状況把握と指揮に徹し、現場には星崎・二人静・魔法少女たちが出向く構図が固まる。また、インリンも協力を申し出るが、十二式は「末端搭乗時に消し飛ぶ」と警告し、彼女には自力移動を求める一方、機械生命体の信頼獲得は「未来永劫あり得ない」と言い放った。こうして一行は、洋食屋での会計を済ませ、ハト型フェアリードロップスの本格的な追跡・回収作戦へと踏み出すことになったのである。

〈フェアリードロップス 二〉

中華街上空への追跡と状況確認
一行は十二式の末端に搭乗し、ハト型フェアリードロップスを追って東京都から神奈川県へ南下しながら追跡していた。末端内のモニターには位置情報と地図が投影され、対象が横浜中華街の雑居ビル屋上で静止したことが判明した。周辺では交通事故や喧嘩が発生し始めており、フェアリードロップスの影響による混乱が顕在化していた。

回収末端の撃墜と機械生命体の怒り
十二式は宇宙から回収用円盤を投下し、反重力的な手段でハトごと回収しようとしたが、ハトは口からマジカルビームに似た光線を放ち、末端を正確に撃ち抜いて撃墜した。これにより、対象の周囲には機械生命体が観測不能な力場が存在し、マジカルバリア類に守られていると判明した。十二式は末端を二度撃墜されたことで妖精界への報復を口にするほど激昂した。

隔離空間と「認識」による巻き戻りの仕組み
二人静とアバドンは、隔離空間では「人かモノか」という参加者の認識により、退出時の巻き戻り対象が決まると整理した。三宅島での事例を踏まえ、エルザが末端を生物のように認識していたため、末端内のデータだけが巻き戻りを免れ、十二式の継続的記録となったと推論した。一方、この仕組みを当人たちに説明すれば、認識が変化しライフラインを失いかねないため、エルザとルイスには意図的に伏せておく判断となった。

隔離空間内での接近作戦と北京ダック騒動
作戦として、天使側が隔離空間を発生させ、その内部でハトを回収する方針が決定された。マジカルピンクと、魔法少女衣装を着せられた「マジカルブラック」(佐々木)、さらに狐姿のピーが突入役を務めることになった。ピーは過去の薬物事件になぞらえて、回復魔法で正気を維持する策を提案したが、フェアリードロップスの影響は意識やシナプス発火に限定され、身体の損傷や変質を伴わないため、回復魔法では打ち消せないと十二式が分析した。隔離空間内で接近を始めた三人は、周囲の飲食店や北京ダックの話題に意識を奪われ、会話がどんどん脱線していくなど、頭が「パッパラパー」になっていく様子が周囲からはほとんどホラーのように映っていた。

交通事故現場での救助と再挑戦の決意
隔離空間からの離脱に伴い、フェアリードロップスの影響が残ったまま現実世界に復帰した結果、大規模な多重事故現場に遭遇した三人は、周囲の視線も憚らず、浮遊魔法や回復魔法で横転車両の救出と負傷者の治療を次々と行ってしまった。十二式は監視カメラや端末の映像を必死にジャミングしたが、野次馬の視線までは防ぎきれず、対応に追われることになった。正気を取り戻した佐々木は事態の重さを自覚しつつも、今この機会を逃せば被害が拡大すると考え、「もう一度だけチャンスをくれ」と二人静に再挑戦を願い出た。

空間転移による強襲回収とマジカルストライク
地図情報からフェアリードロップスが東京湾岸の半島部ビル屋上で静止していることが分かると、ピーは空間魔法によるピンポイント転移を提案した。初動で使わなかったのは不意打ちのリスクを避けるためだったが、他に打ち手がない状況を踏まえ、この案が採用された。三人は一息で屋上に転移し、至近距離からのマジカルビームはピーの障壁魔法で防がれた。ピーのビーム砲がハトのバリアを砕いたところで、佐々木は事前に身体強化魔法をかけた上で跳躍し、特注のステッキによる「マジカルストライク」でハトをマジカルフィールドへ叩き込んだ。フェアリードロップスがフィールドに収まった瞬間、三人の意識は一気にクリアになり、回収の成功が確認された。

横須賀基地でのミサイル発射という新たな危機
しかし安堵も束の間、彼らが立っている場所が横須賀基地の滑走路を抱える敷地内であることに気づき、直後に東京湾内から複数のミサイルが海中から打ち上がる光景を目撃した。潜水艦や周辺艦艇から次々と発射される飛翔体は、恐らくフェアリードロップスの影響下で「頭がパッパラパー」となった基地関係者による暴走であると推察され、フェアリードロップス回収の成否とは別に、事態が新たな軍事的危機の局面へと移行しつつあることが示されたのである。

宇宙空間でのミサイル迎撃
フェアリードロップスを回収した直後、横須賀基地から実戦用と思しきミサイルが発射され、諸外国からも報復ミサイルが飛来した。十二式は日本防衛を宣言し、高高度に展開した端末で迎撃を開始した。佐々木とピーは転移魔法で宇宙空間に出て、障壁魔法で放射線などを遮断しつつビーム魔法で自国のミサイルを完全消滅させ、十二式は他国ミサイルを軌道上で無効化した。

現場離脱とニュース報道
ミサイルが止むと、地上からの注目を避けるため一同は速やかな撤収を決定し、事後処理は二人静に一任された。帰宅後、テレビでは横浜中華街近くの大規模玉突き事故が大々的に報じられ、死傷者ゼロという異常な結果とともに、「空から降りてきた魔法少女に助けられた」という証言が繰り返し流れた。横須賀基地からのミサイル発射も話題に上るが、スタジオは早々に話題を打ち切り、統制の存在が示唆された。

ネット上でのバズと情報統制の限界
二人静に促されてネットを確認した佐々木は、魔法少女とミサイルを巡る投稿がソーシャルメディアで爆発的に拡散している現状を知った。ドラレコ映像には、空中浮遊する自動車や救護にあたるマジカルピンクとマジカルブラック、狐の姿まで鮮明に映っており、万単位のバズとなっていた。十二式はネットワーク経由のデータ削除を申し出るが、スタンドアロン機器由来の映像までは消せないと二人静に諫められる。結果として、機械生命体の能力を用いて魔法少女本人と浮浪児が写るデータのみをピンポイントで削除し、それ以外の事故映像は残されることになった。

回復魔法の異常性と八人目への注目
現場対応の経緯を報告する中で、交通事故の被害者の一人に、余命宣告を受けていた重病者が含まれていたことが判明した。その患者は病院搬送後の検査で病気の完全寛解が確認され、四肢再生どころか致命的疾患まで癒やす回復魔法の実在が明るみに出た。局のデータベースにも類例はなく、各国や諸組織が「八人目の魔法少女」の力に強い関心を示すことが予想されるため、二人静は回復魔法をマジカルブラックの固有能力「マジカルヒーリング」として説明しつつ、本人の正体秘匿を最優先とする方針を共有した。

ミサイル発射の政治的処理と機械生命体の立場
横須賀基地と諸外国からのミサイル発射については、各国間で大規模演習扱いとして政治的に幕引きする方向で調整が進んでいると二人静は報告した。しかし、実際には人類の兵器が機械生命体の足止めにもならないことが露呈しており、十二式が本気を出せば世界規模の軍事バランスが崩壊し得る危険性も示された。佐々木と星崎は、局や同盟国の魔法少女からの接触、阿久津ら上司の動きに警戒しつつ、当面は外出や通信を控え、元の肉体への復帰と今後の対応策を優先課題と認識した。

魔法少女たちの出自と妖精界の影
話題はやがて、外国出身の魔法少女たちがなぜ流暢な日本語を話すのかという疑問に移った。マジカルピンクによれば、彼女たちは魔法少女アニメのイベント会場で妖精と邂逅し、そこでスカウトされた存在であり、レッドは日本文化への傾倒、イエローは幼少期からの日本生活を通じて二言語話者となっていたという。この証言から、魔法少女制度の背後にアニメ文化を媒介とした妖精界の意図的な勧誘構造がある可能性が示され、インリンお嬢様やメイソン大佐が妖精を扱いかねていた理由にも納得がいく形となった。

機械生命体プロパガンダの失敗と今後の不安
同じ午後に家族で制作・公開した機械生命体の宣伝アニメは、本来ならネットのトレンドを席巻するはずだったが、魔法少女騒動に話題を奪われて再生数は数千回に留まった。十二式は身内に話題を攫われたと不満を述べ、クオリティが高すぎて企業制作動画と誤認された可能性や、「個人らしさ」を強調する戦略の必要性が議論された。冗談半分に十二式自身が魔法少女としてデビューする構想も出るが、星崎は当面、宇宙人プロパガンダを含む目立つ行動を控えるべきだと進言する。ミサイル事件と魔法少女バレ、重病完治の余波がどこまで広がるか見通せない中で、一同はネットから距離を置きつつ、局と世界情勢の出方を窺うしかない状況に置かれていた。

異世界側の近況とトンネル開発の進展
地球側が忙しくなる前に事情を伝えるため、ササキとピーちゃんは異世界を訪れ、ミュラー伯爵にエルザを返還しつつ近況を説明した。伯爵は引き続き二人の都合を最優先すると約束し、エルザの滞在も鳥の賢者が預かる形で認められた。その後、ササキ=アルテリアン辺境伯領の地下トンネル出口を視察すると、かつてのテント村は石造りの建物が立ち並ぶ活気ある町へと発展し、ルンゲ共和国との貿易によって人と馬車が絶えない一大拠点となっていた。

ケプラー商会から知らされた帝国の軍備拡張
ルンゲ共和国に移動したササキは、軽油を通常より多く納品したうえでケプラー商会のヨーゼフと面会した。そこでマーゲン帝国が近くヘルツ王国へ再び侵攻する可能性が高いとの情報を知らされる。帝国系商会から異常な規模の食料買い付けが入っており、過去の事例から演習ではなく本格的な出兵と判断できるという。背景には、地下トンネル事業と共和国貿易によってヘルツ王国の財政と体制が立て直されつつあることがあり、帝国がその前に王国を叩こうとしていると推測された。

情報の扱いと商人としての立ち位置
ササキはアドニス王へ警告すべきか逡巡するが、軍需品発注で共和国中の商会が帝国と取引している状況を考え、軽率に動けばケプラー商会や長老会を敵に回し、マルク商会の立場を失う危険を認識する。そのため情報はせいぜいミュラー伯爵までに留め、星の賢者の名を用いて他言無用を取り付けるべきだと考えつつも、放置すればヘルツ王国が壊滅しかねないという板挟みに苦しんだ。

ヘルツ王国防衛か共和国との共存かというジレンマ
エイトリアムの宿に戻ったササキとピーちゃんは、リビングで改めて状況を整理した。王国と帝国が正面から戦えば王国に勝ち目は薄く、国境の砦や旧ミュラー伯爵領、エイトリアムの町にはササキの知己も多い。星の賢者や地下都市の戦力を総動員すれば帝国軍を撃退できる可能性はあるが、その場合は帝国に多額の投資をしているルンゲ共和国の利益を損ない、マルク商会が長老会から総スカンを食らう恐れがある。ピーちゃんも、帝国を打ち破ったとして広大な領土と多数の特権階級をどう統治するかという重荷を懸念し、理想はヘルツ王国とマーゲン帝国、共和国が共存共栄する形であると語った。

外部者としての立場と「恩返し」としての介入決意
ササキは、自分たちはあくまで異世界の「外から来た者」であり、最終的な決定はピーちゃんと、この世界の住人たちに委ねるべきだと自覚する。一方で、ヘルツ王国と共和国で築いた人間関係を戦争で失いたくない思いも強く、せめて被害を減らす方向で手伝いたいと願う。ピーちゃんは「自分に構わず放り出してもよい」と気遣うが、ササキはブラック企業生活から救い出してくれた愛鳥への恩返しとして、スローライフから遠ざかる覚悟で協力すると応じる。まずは現地に赴いて情報収集し、商人としての立場を守りつつも、後悔のないようできる限り尽力する決意を固めていたのである。

女児化した身体と衣類調達の必要性
フェアリードロップス回収の際の暴発に巻き込まれたことで、語り手はピーちゃんの回復魔法により一命を取り留めたものの、肉体が女児の姿へと変化してしまったのである。元に戻る気配は当面見られず、この姿で生活せざるを得なくなった結果、手持ちに児童用衣料がないことが最初の実務的な問題として浮上した。そこで語り手は同僚であり資産家でもある二人静に頼み込み、軽井沢の別荘で衣類を貸与してもらう段取りを付けた。

子供っぽい服と狙った人選による「悪ノリ」
別荘のリビングに戻ってきた二人静は、背格好が近いことを理由に大量の服をテーブルに積み上げたが、その中身はキャラクター物のTシャツ、短いスカートやホットパンツ、猫耳フード付きパーカーなど、意図的に子供っぽく可愛らしいものばかりであった。語り手が「もう少し落ち着いた服」を求めると、二人静は「普段着ていない服を貸す」と最初に宣言していたことを盾に取り、対価の金インゴットを返して手を引くぞと揺さぶりをかけつつ、明らかに愉快がる態度を見せた。これに対し語り手は、かつて二人静が教員をしていた際のスーツに言及し、「それも普段は着ていないはず」と切り返して、彼女に渋々スーツと冬物コートを取りに行かせることに成功したのである。

スーツ採用と過激な下着という新たな難題
戻ってきた二人静は、語り手にも見覚えのあるスーツとコートを差し出し、実務上は十分な配慮を見せたものの、ボトムはかなりタイトなミニスカートであり、語り手は抵抗を覚えつつも子供服よりはマシと判断して受け取った。さらに二人静は「下着」と称して黒レースやローライズ仕様の、大人向けかつ刺激的なデザインの新品を提示し、ノーパンで過ごすつもりかと畳みかける。語り手は戸惑いながらも選択肢のなさを悟り、二人静の悪ノリ混じりの厚意を受け入れて、女児の身体に合わせた最低限の衣装問題をひとまず解決したのである。

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漫画「クラス転移に巻き込まれたコンビニ店員のおっさん 2」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は異世界召喚ものファンタジーである。さえない35歳のコンビニ店員・乙木雄一が、高校生たちの召喚に巻き込まれた結果、女神から「余り物のクズスキル」群を押し付けられて異世界へ転移する。勇者とは異なる扱いを受けながらも、その大量のスキルを活用し、魔道具店を開業して成功を収め、人生逆転を果たす物語である。主にチートではない地道な努力と柔軟な発想を描く。

主要キャラクター

  • 乙木雄一:35歳の主人公。さえないコンビニ店員だが、異世界でスキルを駆使して魔道具店を経営し成長する。
  • 美樹本有咲:黒ギャルJKの姪。雄一の店の店員として働き、しっかり者で献身的。
  • シュリ:宮廷魔術師で男の娘。雄一の周囲に集まる特殊能力者の一人。
  • マルクリーヌ:女騎士団長。強く気高い女性で、雄一と関わりを持つ。
  • マリア:未亡人で肉食系美人。双子の親としても登場し、雄一と関係を築く。

物語の特徴

  • 「クズスキル」群という一見役立たずな能力を、雄一がアイデアと経験で逆転活用し、魔道具や店舗経営に役立てる点が本作の最大の魅力である。
  • 主人公のリアルさと“凡人知恵で逆襲する”構成が新鮮で、成長物語として共感が得やすい。
  • 多彩なヒロインたちとの関係性が描かれ、ラブコメ的な要素も含むので、異世界ファンタジーとしてだけでなく、人間ドラマや恋愛要素も楽しめる。

書籍情報

クラス転移に巻き込まれたコンビニ店員のおっさん、勇者には必要なかった余り物スキルを駆使して最強となるようです。 2
著者:結城焔 氏
原作: NarrativeWorks(日浦あやせ)
イラスト:  氏
出版社:ぶんか社(BKコミックス)
ISBN:9784821154616

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あらすじ・内容

猫背に無精ひげのさえないおっさん・乙木雄一は、異世界転移に巻き込まれ、女神様からクズスキルを押し付けられた。しかしそのクズスキルを有効活用し、コンビニのように便利な魔道具店を開き、事業拡大にいそしむ第2巻! 姪の黒ギャルJK・有咲、女騎士団長・マルクリーヌ、宮廷魔術師の男の娘・シュリ君などとの、ドキドキの交流の先に、おっさんは壮大な野望を抱く!

クラス転移に巻き込まれたコンビニ店員のおっさん、勇者には必要なかった余り物スキルを駆使して最強となるようです。 2

感想

本作は“努力系日常もの”の皮を被っていながら、その実、魔道具と人材育成による戦争終結を見据えたスケールの大きな構想が展開される物語であった。
前巻では余り物スキルで店を開き、自立を確保した乙木雄一が、今巻ではさらに視野を広げ、商業、福祉、軍事、教育を網羅する“総合計画”へと舵を切った。(微妙に)

「真面目にコツコツ評価されていく地味系日常漫画」だと思っていた者にとっては、突如として語られる“戦争終結計画”や“エネルギー供給革命”は衝撃であった。
特に女神ですら「それ全部使ったら人間死ぬ」と見誤った才能を乙木に与えていた事実が明かされたことで、「ただの余り物だった」という前提が崩れて行った。
ホントに駄女神だわ、、

シュリとの関係も、序盤では奇抜な魔術師との師弟関係として描かれていたが、今巻ではついに「乙木、脱童貞」の一大イベントへと到達した。
しかも相手は“女子ではなく、女に見える男”であるシュリ。
姪に「女にモテたい」と語っていた乙木の行動が、まさかのBLルートとして開花するとは、凄まじい拗らせ具合であった。
だが、その描写が物語の流れを崩すことなく、あくまで信頼と契約の延長線上として処理されている点が印象的であった。
いや、引っ張られても困るが。

また、乙木がこれまで“普通の人”として見せてきた地道な努力も、実際には“スキル運用と論理的思考を武器にしたイノベーター”としての片鱗にすぎなかった。
彼が照明魔石をベースにエネルギーシステムを考案し、戦力供給と教育・雇用・医療の改革に乗り出す姿には、もはや一商人の枠を超えた“指導者”の資質が漂っていた。

それでも乙木は、自分の過去――中退、無職、劣等感と孤独――を隠すことなく姪の有咲に語り、失敗の上に今の自分があることを冷静に見つめていた。
その姿は“理想の人”ではなく“失敗から学んだ凡人”であり、だからこそ説得力のある言葉を投げかけることができたのであろう。

姪の有咲もまた、乙木の語りに対して呆れつつも真正面から受け止め、自分なりの努力をすると宣言するに至る。
このやり取りは、“誰かが誰かに何かを託す”という行為の本質を端的に示しており、乙木の人生そのものが、誰かに希望を繋ぐ“橋”であることを感じさせた。

結末において、未亡人の雇用、孤児院との連携、子供たちの教育支援といった社会的施策が次々と始動し、乙木の店舗は“店”を超えて“仕組み”へと変貌しつつあった。
これは単なるビジネスの成功ではなく、「生きづらい世界で、誰もが生きていける場所を作ろう」という祈りに近い計画であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

乙木雄一

異世界に巻き込まれた元コンビニ店員であり、不要スキルを活用して魔道具店を経営しながら戦争終結を目指す現実主義者である。
・『洞窟ドワーフの魔道具屋さん』の店主
・照明魔石やボロ布ローブの実用化を進め、軍需・商業・福祉の三分野で事業を拡大した
・孤児院との取引や教育支援を通じて社会基盤の構築を図った
・マルクリーヌやシュリと協力し、照明魔石の工場設立とエネルギー供給体制の構築を進めた
・かつての人生を反省しつつも受け入れ、姪の有咲に自らの半生を語って導いた

美樹本有咲

乙木の姪であり、元勇者として召喚された高校生で、乙木の店舗で住み込み従業員として働いている。
・スキル「カルキュレイター」を有し、計算・情報処理能力の成長性が見込まれている
・乙木の支援を受けてスキルの実験運用を重ね、価格計算能力を獲得した
・乙木の過去を受け入れ、自らも前向きに努力する意志を示した
・日常の店番や作業補助を担い、戦力強化計画において中心的存在と位置づけられている

シュリ

宮廷魔術師であり、乙木の照明魔石技術に着目して出資を行った協力者である。
・乙木の店を宮廷指定の魔道具店に認定し、研究費名目で公費投入を約束した
・蓄光魔石工場の設立を提案され、国家予算による支援を決定した
・乙木と個人的契約を交わし、報酬として性的関係を持ったことが描かれている
・技術理解力と判断力に優れ、戦略的思考に共感を示して行動に移した

マルクリーヌ

王国の女騎士団長であり、乙木の計画に現実的な視点から助言を行う理解者である。
・シュリと共に軍需用照明魔石の大量購入を依頼した
・戦力増強と戦争終結構想について、乙木と建設的な議論を重ねた
・シュリとの契約内容について沈黙を守り、乙木に対して一定の信頼を寄せている様子を見せた

イザベラ

孤児院の院長であり、乙木との間で製品供給契約を結び、施設運営の安定化を図った人物である。
・乙木とボロ布ローブの製造契約を交わし、孤児院に定収入をもたらした
・乙木の教育支援の申し出に感謝を示し、協力関係を築いた

ローサ

孤児院の少女であり、裁縫の才能を認められて特別な育成対象となった子どもである。
・ローブ製作に関わり、その技術を評価された
・乙木から服飾部門の責任者候補として指名され、教材や衣服を贈られた

ジョアン

孤児院の少年であり、子どもたちの中でリーダー的な性格を持つ人物である。
・乙木に将来の幹部候補として期待されており、育成対象に選ばれている

ガイアス

C級冒険者であり、乙木の照明魔石を評価し、店の最初の購買客となった人物である。
・照明魔石を実際に使用し、その有用性を認めて購入した
・店の宣伝効果を高める役割を担い、商品の信頼性向上に寄与した

マリア

A級冒険者の未亡人であり、双子の子供と共に乙木の店に就職した女性である。
・夫を失った後、社会とのつながりを求めて自発的に雇用を申し出た
・身の安全と子供たちの生活を守るため、店内への同伴勤務を希望した
・乙木との信頼関係を築き、親子ぐるみでの協力体制を形成しつつある

ティオ

マリアの息子であり、ハーフエルフの少年である。
・乙木の店舗に母と共に勤務することとなり、護身用魔道具を貸与された

ティアナ

マリアの娘であり、ティオの双子の姉妹である。
・ティオと同様に乙木の店で働き、魔道具による安全確保が図られている

展開まとめ

6勤目 ボロ布ローブ

商店街での新たな発見と購入

乙木は商店街で、孤児院の子どもたちが作ったボロ布ローブに注目した。これは再利用布で製作された格安ローブで、貧しい冒険者の一時的な防具として販売されていた。乙木はその趣旨に感銘を受け、素材指定で十二着を購入した。支払いには溜まっていた小銭を使用し、店主の技術や販売方式にも関心を寄せた。

照明魔石の加工と店舗開店準備

乙木は照明魔石をガイアスに渡した後、ギルドでクズ魔石を回収し、有咲と共に付与魔法の作業を進めた。数日間、木材加工や店内整備に勤しんだ結果、一階部分は店舗らしい形に整った。開店当日、早朝から看板の設置作業に取り掛かり、乙木はスキル「粘着液」を用いて看板を掲げた。有咲との関係も和らぎ、互いに自然体で接するようになっていた。

閑古鳥の店と最初の来客

店の開店初日、来客はほとんど無く、訪れてもすぐに帰ってしまう状況が続いた。有咲は赤字を心配するが、乙木は照明魔石の評判が広まることを見込んでいた。そこへ噂を聞いたガイアスが来店し、照明魔石の有用性を認めた上で複数個を購入した。このやり取りを通じて乙木は商品の価値が実証され、今後の来客増加に確信を得た。

新人冒険者への提案と販売戦略

数日後、照明魔石の評判により来店者が増え、販売数も安定した。そんな中、装備資金に悩む新人冒険者三人が現れた。乙木は彼らに対してボロ布ローブの実用性を実演し、照明魔石とのセットで安価に提供した。ローブには防刃・衝撃吸収・形状記憶のスキルが付与されており、機能性を理解した冒険者たちは感謝して購入した。乙木はこの販売が新たな宣伝になると見込んでいた。

7勤目 孤児院への寄付

孤児院との取引開始とイザベラ院長との契約

乙木はボロ布ローブの仕入れ先である孤児院を訪れ、院長イザベラと面会した。ローブ製造の布を乙木側が支給し、完成品を一定価格で買い取る契約を提案した。この申し出は孤児院にとって安定した収入源となり、院長から深い感謝を受けた。契約書の作成と交付を終えた後、乙木は今後の協力体制に期待を寄せた。

子ども達との交流と将来への布石

契約成立後、乙木は孤児院の子どもたちと面会した。裁縫が得意な少女ローサやリーダー気質のジョアンなど、個々の特技を持つ子ども達と接しながら、乙木は将来的な労働力としての活用を視野に入れていた。子ども達への教育投資を名目に、書物や資金を寄付することも決意した。

照明魔石の軍需取引と融資の提案

孤児院から帰還した乙木の元に、シュリとマルクリーヌが訪れた。シュリは照明魔石を軍事目的で大量に購入したいと申し出、乙木はそれを了承した上で、納品の分割と融資の相談を持ちかけた。彼は戦争中の情勢では金貨数千枚でも生活保障にならないと説明し、より安全で豊かな生活を求めて多方面への投資を進める意志を明かした。

乙木の未来設計と最大目標の提示

乙木は、自身の目標が単なる金銭の蓄積ではなく、安全と生活水準の確保であることを強調した。そのために必要なのは戦争の終結であると断言し、シュリらに向けて、将来的には戦争を止めることが最終的な目標であると宣言した。

8勤目 戦う理由と願い

戦争終結への願望と理想の提示

乙木は戦争を止めるという目標を語った。召喚された日本人全体の幸福を取り戻すことを理想に掲げ、その願いは感傷的で自己満足的なものであったが、彼には実現のためのスキルと発想があると自負していた。シュリとマルクリーヌは現実的な観点からその可能性を否定したが、乙木は戦力強化を個人ではなく仕組みで行うという逆転の発想を展開した。

照明魔石を基盤としたエネルギー供給の構想

乙木は、魔道具の量産には自身で製作する必要が無いことを主張した。膨大な魔力量を必要とする付与魔法を他者が行えるようにするには、エネルギー供給手段として照明魔石の構造を応用する必要があると説いた。彼は蓄光スキルによって日光から魔力を得られる点に着目し、魔力を生み出す専用工場を作る計画を披露した。

技術革新による世界の変革構想

シュリは乙木の照明魔石の仕組みに着目し、その画期性に驚愕した。蓄光スキルを付与した魔石を大量に設置し、得られた魔力を他の魔石に転送することで、付与魔法のエネルギー問題を克服できると理解した。乙木はこの技術を工場化し、やがては人類の利用可能な魔力量を飛躍的に拡張する計画を立てていた。これにより魔道具の大規模生産が可能となり、戦力増強の基盤を築く方針であった。

軍事技術としての応用と勝利戦略の提案

乙木は戦争終結のため、戦局に影響を与える「質と量」両面の強化が必要と説いた。質においては有咲を中核とする個人の能力向上、量においては強力な魔道具を装備させた兵士の大軍を用意する構想を述べた。マルクリーヌとの対話を通じて、大規模な敵軍にも対抗可能な軍事力の創出が現実味を帯びてきた。

有咲のスキルとその可能性への期待

乙木は有咲のスキル「カルキュレイター」に注目していた。計算能力に特化したこのスキルは、表面的な数式処理だけでなく、情報処理の本質的機能を担う可能性があると推測していた。計算の定義を数式に限らず、あらゆる複雑な問題解決能力に拡張できるとする独自の理論により、有咲が究極の問題解決者となる未来を描いていた。

スキル成長性と運用実験の成果

乙木はカルキュレイターが成長性を持つスキルであると仮定し、有咲にレジ打ちを任せてスキルの成長を促していた。その結果、有咲は瞬時に価格計算ができるまでに成長し、スキルの有効性が実証されたと判断された。シュリもこの仮説に一定の理解を示し、今後カルキュレイターの成長によって多くの未解決問題の解消が可能になるとの展望が共有された。

9勤目 シュリ君と脱童貞

革命的技術への道と将来計画の輪郭

乙木は、カルキュレイターの成長が確かであれば、膨大な知識と技術が実用化され、あらゆる発明が実現可能になると予測していた。その実現にはスキルの成長と資金調達が不可欠であり、軍への協力を通じて融資を得ようとする計画に繋がっていた。シュリはその理論の不確実性を認めつつも、乙木の戦略に一定の理解を示し、計画に現実味を感じ始めていた。

出資交渉の成立

長い説得の末、シュリは乙木の計画を理解し、蓄光魔石工場の設立に協力することを承諾した。国の予算を研究費名目で融資する形をとり、正式に宮廷魔術師付きの魔道具店として認める手配を約束した。シュリは、乙木の人物像を見極めたうえで出資に踏み切ったのであり、純粋な商業的利益だけでなく、人物評価も考慮した判断であった。

契約成立と報酬の約束

シュリは出資を承諾したことで、以前乙木と交わした報酬の話に言及した。乙木はその内容を察し、興奮しながら店を出る準備を整えた。有咲が疑問を呈したが、乙木は何とかごまかし、彼女の了承を得て外出を決行した。マルクリーヌは沈黙を守り、乙木に同調する姿勢を見せた。

夢の成就

乙木はシュリと共に連れ込み宿へ向かい、ついに長年の夢であった脱童貞を果たした。詳細は語られていないが、シュリとの体験は乙木にとって極めて満足のいくものであったと示されている。

契約手続きと周囲の反応

事後、二人は店に戻り、正式な契約書面を交わした。シュリは疲労の様子を見せたが、有咲には事実は悟られていなかった。乙木は安堵しつつも、姪に正体が露見することへの強い恐れを感じていた。

乙木への問いかけ

夜の来客が途絶えた店内で、有咲は乙木に過去の職歴や生き方について問いかけた。乙木は、大学中退後に選べる仕事が限られていたこと、コンビニで働いていたのは就職先がなかったためであることを率直に語った。

社会的挫折と人生の選択

乙木は、大学時代に知識欲に突き動かされ単位取得を怠った結果、留年の末に中退した経緯を説明した。正社員として働けるだけの条件を満たせず、結局コンビニ店員という選択に至ったことを淡々と語った。

過去の価値観と行動原理の告白

乙木は、有咲に対して自身の若い頃の行動原理を二つ挙げた。一つは知識欲、もう一つは異性にモテたいという欲求であった。この告白に、有咲は呆れた表情を見せた。乙木の過去は、無計画でありながらも強烈な個人的欲求に支配されたものであったことが明らかとなった。

10勤目 乙木雄一の半生

幼少期の優越意識と歪んだ思想

乙木雄一は幼少期から知能が高く、その自負から周囲を見下す癖を持っていた。思春期には、自分より学力の低い者が異性から好かれる現象に強い疑問を抱き、次第に「馬鹿な者同士が惹かれ合う」という独善的な理論を形成していった。

大学進学と理想の崩壊

彼は、自身と同じように優秀な人間が集まる場所でこそ理解者や恋愛関係が得られると信じ、大学進学を決意した。知識の追求と同時に異性からの承認を望んだが、現実は厳しく、複数人と交際はできたものの関係は長続きせず、孤立していった。知識以外の魅力を持たず、他者を見下す性格が災いして、人間関係は破綻を繰り返した。

学業の放棄と挫折の蓄積

大学では必修を避けて興味ある授業や読書に没頭し、単位を取らないまま在籍期間を超過して中退した。社会に出ることができず、数年の無職期間を経て、ようやく選んだのがコンビニのアルバイトであった。企業面接も受けられず、選民意識が強かったことから人脈もなく、社会的信用を築く機会も持てなかった。

有咲への語りと自己の開示

乙木は自らの過去を姪の有咲に語った。気まずい雰囲気が流れたものの、有咲は「雄一お兄ちゃんは今でもすごい」と述べ、乙木の存在を肯定した。その言葉に、乙木は内心で強い感動を覚え、感謝の気持ちを抱いた。

職業選択への疑問と内面の告白

有咲から「なぜ普通の仕事をしなかったのか」と問われた乙木は、自身が人生に期待しなくなっていたこと、過去の思想に引きずられ努力を避けたこと、そしてコンビニでのささやかな充実感に満足していたと述べた。他人の役に立てることに喜びを見出していたため、現状を変える意欲は芽生えなかったと明かした。

年齢と経験がもたらす矛盾

乙木は、人は年を重ねるごとに経験に縛られ、矛盾した行動を取るようになると語った。優越感や見下しの感情が抜けず、理性では抑えても本質は変わらないままであること、そして自身が理屈と現実の狭間で迷走してきたことを自覚していた。

人生観と他者への願い

乙木は、自分が惨めな存在であることを認めつつも、その人生を肯定する姿勢を示した。そのうえで、他者には自分のような失敗をしてほしくないという思いを語り、有咲をはじめとする若者に良い人生を歩んでもらいたいと願った。それは、自分自身が惨めであるがゆえに、他者に幸福を与えたいというヒーロー願望に近い感情であった。

姪の言葉と希望の余韻

有咲は乙木の語りを受け止め、「自分なりに頑張ってみる」と前向きな姿勢を示した。乙木はその言葉に内心で強く安堵し、彼女の素直な人柄に誇りを感じた。暗い話を終えた後、意識を切り替えた乙木は日常へと戻り、有咲に夕食へ出るよう促した。去り際の彼女の声は、優しさを含んだものとして乙木の胸に残った。

11勤目 ある女神の傍観

契約の成立と資金確保

シュリが正式な書面を持参し、照明魔石の定期仕入れ契約を結んだ。それにより『洞窟ドワーフの魔道具屋さん』は宮廷魔術師付きの指定店となり、研究名目での予算が流入可能となった。資金面の見通しが立ち、借金ではない公費扱いの収入源を確保する形となった。

従業員募集と未亡人への戦略的アプローチ

商品の増加と多忙化に備え、従業員二、三名の雇用を決定した。即戦力となる未亡人層を暗に狙い、冒険者への世間話から自然な情報拡散を図った。その結果、夫を亡くしたC級冒険者の未亡人が応募し、即戦力として採用された。

変わり種の応募者・マリア親子との出会い

次に応募してきたのは、身なりの整った女性マリアと、そっくりな顔立ちの少年少女であった。彼女はA級冒険者の未亡人で、財産は十分にあったが、社会との繋がりを求めて子供と共に働きたいと志願した。双子の子供ティオとティアナがハーフエルフであることが判明し、身の安全確保のため店舗に同伴を希望した。

雇用決定と防犯対策の提案

マリア一家の事情を踏まえ、三人全員を雇用することを決定し、双子には護身用の魔道具を貸与することを約束した。マリアの人脈とエルフの血を持つ子供たちへの保護は、将来的な利益にも繋がると判断された。マリアからの厚い信頼と親密な態度が続き、親子ぐるみでの関係性が築かれ始めた。

孤児院訪問と教育支援の開始

従業員問題の解決後、自由時間を使って孤児院へ通い始めた。子供たちとの信頼関係を構築し、教育用書籍を寄付して学びの機会を提供した。孤児の中からローサとジョアンを将来の幹部候補として見込み、彼らへの特別な育成を計画した。

ローサへの裁縫教育と役割分担

ローサには裁縫の才能を見込み、教材や服を贈って知識と技術を伸ばさせることとした。既存のローブ製作は他の子に任せるよう指示し、彼女には新たな服作りと技術の伝達を任せた。将来的には服飾部門の責任者として育てる意図があった。

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小説「転生したらスライムだった件 番外編 ~とある休暇の過ごし方~」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は異世界ファンタジー/ライトノベル作品である。前作での激戦と開国祭を終え、魔国連邦テンペストに一時の平穏が訪れた。その後、盟主であるリムル=テンペスト、暴風竜ヴェルドラ、および戦士のヒナタの三人は、“休暇”を兼ねて「魔塔」へ赴き、新しい魔法──“獣魔術”の研究と開発を試みる旅に出る。物語は、戦いや建国の喧騒から離れた「魔法の聖地」での日常的かつ実験的な冒険を描くものである。

主要キャラクター

  • リムル=テンペスト:魔国連邦テンペストの盟主であり、本作の主人公。魔法と能力の獲得により、種族を問わず国の統治と発展を牽引してきた人物。本番外編では新魔法開発の旗振り役となる。
  • ヴェルドラ:暴風竜。リムルと盟約を結び、テンペストを支える盟友にして戦力。獣魔術開発のアイデアを提案し、物語の発端となる役割を果たす。
  • ヒナタ:騎士。リムル・ヴェルドラとともに魔塔への旅に同行。休暇という名の魔法開発に関与することで、これまでとは異なる側面を見せる存在。

物語の特徴

本作の魅力は、これまでの“国家建設”“戦争”“異種族間の争い”といった重厚なテーマから一転し、「休暇」「研究」「魔法開発」という安息と創造をテーマとしたスピンオフである点にある。主人公たちが“英雄”“盟主”“竜”という肩書きを一旦脇に置き、気兼ねなく“旅”“実験”“発見”を楽しむ――という意味で、シリーズ本編とは異なる“ゆるくも知的な異世界ライフ”が味わえる。また、魔法体系の拡張という設定的ギミックは、シリーズ世界観の広がりを印象づけ、既存読者にも新鮮さを与える差別化要素となっている。

書籍情報

転生したらスライムだった件 番外編 ~とある休暇の過ごし方~
著者:伏瀬
イラスト:みっつばー
出版社マイクロマガジン社
レーベルGCノベルズ
発売日:2025年11月29日
ISBN:9784867168745

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あらすじ・内容

転スラ初の番外編、小説版ついに刊行!
リムル×ヒナタ×ヴェルドラが「魔法の聖地」へ
開国祭を無事に終え、魔国連邦には久々に穏やかな日常が戻ってきていた。
そんな中、ヴェルドラが「獣魔術を開発したい」と言い出した。獣魔術……かの有名な『3×3 EYES〈サザンアイズ〉』にて大魔術師ベナレスが生み出した、まさに男の浪漫とも言える魔術体系。
この世界で実現可能か訝しがるリムルだったが、ルミナスの後押しもあり「魔塔」に出向いて新魔法を開発することを決める。
かくしてリムルとヴェルドラ、そしてヒナタを加えた3人の魔法開発旅行――『有給休暇』が幕を開けるのだった!

コミカライズ作画担当の高田裕三と原作者伏瀬のスペシャル対談、さらに小説完結後の書き下ろしSSも収録!!

転生したらスライムだった件 番外編 ~とある休暇の過ごし方~

感想

開国祭後のひといきついた空気のなかで、リムルたちが「有給休暇」と称して魔法開発に出かけていく流れは、本編の緊張感から少し距離を置いた、ゆるくて楽しい時間であったと感じた。

とくに印象に残ったのは、『3×3EYES』への全力のオマージュである「獣魔術」のくだりである。光牙というワードも含めて、思いきり元ネタに寄せてくる開き直ったノリでありながら、それをきっちり物語の決定打として機能させているところに、かなりの度胸を見た気がする。この世界の魔法体系の中へ、別作品のロマンをそのまま突っ込んでしまう発想も大胆であるが、それを高田裕三氏に自分の作品として描かせるという構図が、いちばんの贅沢ポイントであると思えた。

戦いそのものは、本編のような国運を賭けた大規模決戦ではなく、あくまで「魔法開発旅行」の延長にある小競り合いである。しかし、その裏側で動いていた黒幕たちが、最終的に鉄道開発へと関わっていく展開には、「転スラ」らしい着地のさせ方がよく出ていると感じた。敵として出てきた存在が、完全に排除されるのではなく、インフラや産業の発展へ組み込まれていく流れは、本編で繰り返し描かれてきたテンペスト流の「利用と共存」の縮図のようである。バトルを終えたあとの社会的な余波まできちんと描くところに、この番外編が単なるお遊びで終わっていない重みがあった。

日常の側面で見ると、リムル・ヒナタ・ヴェルドラという、ふだんは立場も距離感もかなり違う三人が、ひとつの目的のために行動する「旅もの」として楽しめた。ヒナタのまじめさと、ヴェルドラのはしゃぎぶり、それを面倒くさがりながらもまとめてしまうリムルの距離感が、終始ゆるく笑える空気を作っていたと思う。世界の命運がかかっていない分、言動に遊びが多く、その軽さゆえに三人の関係性の親しみやすさがよく伝わってきた。

そして個人的にいちばん評価が高かったのは、「本編終了後のエピソード」が少しだけ添えられていた点である。本編完結直後の読者としては、どうしても「その先」が気になってしまうところであるが、この巻はその物足りなさをさりげなく埋めてくれる役割を持っていた。番外編としての遊びと、本編アフターとしてのサービスが同居しているため、読み終えたあとも、世界がまだ静かに動き続けている気配が残り、うれしい余韻となったのである。

全体として、本作は「転スラ」好きと「3×3EYES」好きの両方に向けた、著者たちの悪ノリと本気が混ざった一冊であると感じた。大事件の裏でこっそり進んでいた魔法開発と鉄道計画、そして本編のその後をちらりとのぞかせる構成により、シリーズ世界への愛着がもう一段階深まる読書体験であったと言える。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

リムル=テンペスト

魔国連邦テンペストの盟主であるスライムの魔王であり、今回は「有給休暇」と称しつつも、実質的には魔塔の調査と三賢人の制圧を担った存在である。

・所属組織、地位や役職
 魔国連邦テンペスト・盟主。魔王。西方聖教会と協調する勢力の中心人物である。

・物語内での具体的な行動や成果
 開国祭後に子ども達をテンペストで預かり、温泉施設での団欒や獣魔術談義を主導した。
 ヒナタやルミナスの意見を踏まえつつ、新たな魔法研究の構想をまとめ、魔塔訪問の計画を立てた。
 マルクシュア王国では身分を隠した旅人として行動し、教会や自由組合支部での諍いを調整しながら、ヴェルドラの冒険者登録を実現させた。
 王城の夜会で挑発を受けた際には、水晶球でやり取りを記録し、正当防衛を確保したうえでヴェルドラの戦闘を黙認し、結果として王城半壊という事態を乗り切った。
 魔塔内部では、ヒナタ負傷後に激怒し、プレリクスとアシュレイを黒炎や光術改造魔法で制圧し、無限回廊を解除してヴェルドラとピピンを引き戻した。
 賢人都市での魔力・生気吸収異常に対しては、野外病院と炊き出し拠点を展開し、ミルク煮による大規模な救助活動を指揮した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 マルクシュア王国から、魔塔支配からの解放と庇護を求められるほど信頼される存在となった。
 魔塔の三賢人を力で屈服させた後、海洋調査と巨大船建造を軸とする「大航海時代」構想を提示し、新たな国際プロジェクトの中心に立った。
 西方聖教会・マルクシュア王国・魔塔の三者を調停する立場を事実上獲得し、政治的影響力をさらに広げた。

ヴェルドラ

暴風竜と呼ばれる竜種であり、漫画的お約束に強く影響されつつも、各所で実力と存在感を見せた存在である。

・所属組織、地位や役職
 魔国連邦テンペストの守護的存在。暴風竜。リムルの同居人かつ友人の立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 温泉施設で獣魔術の再現を提案し、漫画的な戦術を実際の研究テーマへ押し上げるきっかけを作った。
 賢人都市では冒険者登録を希望し、本名でギルド証を得ることにこだわり、結果として試験免除のBランク認定を受けた。
 自由組合支部でサイラス一派と対面した際には、ヒナタとリムルの裁量に任せて観戦役に回り、後の関係悪化を防いだ。
 王城の夜会では「衝撃吸収領域」の内側で騎士達と魔法使いを圧倒し、火炎大魔嵐を覇竜絶影拳で破壊して会場を吹き飛ばした。
 魔塔ではピピンの無限回廊に閉じ込められたが、内部で冷静に解析を進め、ピピンにリムルの恐ろしさを語って心理的に追い詰めた。
 賢人都市救助では、配膳や雑務に動員されつつも、貴族層の横暴を抑える役としても機能した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 自由組合でBランク冒険者として公式登録され、表の世界でも名義を得た。
 王城崩壊事件で竜種の脅威を現実として示し、マルクシュア王国と魔塔双方に対して強烈な抑止力となった。
 無限回廊からの帰還とピピンの戦意喪失により、三賢人にとって「制御対象」ではなく「制御不能な存在」と再評価された。

ヒナタ・サカグチ

西方聖教会の聖騎士団長であり、冷静な判断力と苛烈な戦い方を併せ持つ指導者である。

・所属組織、地位や役職
 西方聖教会・聖騎士団団長。ルミナスの代行者であり、「聖人」と呼ばれる立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 温泉施設で獣魔術談義に加わり、光術や霊子崩壊の性質から獣魔術の非合理性を論じつつ、応用可能な魔法研究の方向性を示した。
 ルミナスと共に魔塔での研究案を出し、自らも新たな系統の魔法習得を目的に同行を決めた。
 マルクシュア教会ではニックス司祭に対し、リムルが恩人であり同郷の友人であることを明言し、態度を改めさせた。
 自由組合支部ではグレイブとの一騎打ちを引き受け、指を一本ずつ切り落とす戦法で再起不能寸前まで追い込み、その後ポーションで回復させて恩を売る形を整えた。
 王城の夜会では国王の無礼を指摘し、退出をほのめかして牽制しつつ、リムルと共に記録を取り正当防衛の枠組みを固めた。
 魔塔での星取り戦では第二戦に出場し、星幽束縛術と霊子崩壊でプレリクスを一度完全消滅させたが、絶対不死の権能と新月環境に阻まれ、重傷を負って戦線を離脱した。
 賢人都市救助では自ら鍋をかき混ぜ、教会側の救援派遣も約束し、現場レベルでの指揮と教義変更の説明を両立させた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 教義変更後の西方聖教会の顔として、魔物国家と人間国家の仲裁役を明確に担う立場になった。
 マルクシュア王国に対して、教会が魔塔との交渉窓口となる可能性を示し、信頼回復の糸口を作った。
 魔塔戦で負傷しながらも、リムルとの相互信頼を深める契機となり、以後の連携に影響を与えた。

ルミナス・バレンタイン

神聖連邦ルベリオスの最高指導者であり、吸血鬼族の支配者として君臨する存在である。

・所属組織、地位や役職
 神聖連邦ルベリオスの統治者。吸血鬼族の王。西方聖教会の信仰対象である。

・物語内での具体的な行動や成果
 温泉施設での談義に参加し、光術が軌道設定や追尾、分裂などを行えることを解説し、獣魔術風の技術応用の理論面を補強した。
 リムルの感知能力と思考加速についても言及し、反応限界の観点から戦術的な評価を行った。
 魔塔との関係では、三賢人と過去に対立し、神祖を討った側として因縁を持ち、その延長線上で魔塔への紹介状をリムルに渡した。
 紹介状の文面は、実質的に挑戦状に近い内容であり、結果としてリムル達を魔塔と三賢人の争いの現場へ誘導する形となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 教義変更により、意思疎通可能な魔物との共存を認める方針を定め、西方全体の対魔物政策を変化させた。
 魔塔側からは最大の宿敵として認識され続けており、その影響力が三賢人の計画や警戒心に強く作用している。
 リムルへの紹介状を通じて、直接動かずとも魔塔問題の解決を外部に委ねる形を作り出した。

クロエ

テンペストに滞在する子ども達の一人であり、封印技の発想を示した存在である。

・所属組織、地位や役職
 イングラシア王国学園に関わる子ども達の一員。リムル達の保護対象である。

・物語内での具体的な行動や成果
 温泉施設での談義の際、万能糸と結界を組み合わせた封印技の案を提示し、新しい獣魔術風技術の方向性を示した。
 リムルに対して土産の要求を行い、その笑顔によってリムルが各種土産の約束を受け入れるきっかけを作った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魔法研究と戦術発想において、子どもでありながら有用な意見を出す存在として描かれている。
 リムルの行動選択に心理的な影響を与える存在として位置付けられている。

シュナ

テンペストの巫女的立場にある女性であり、行政と家事、料理面で広く支える役目を持つ。

・所属組織、地位や役職
 魔国連邦テンペストの首脳陣の一人。内政と工房、料理面を担当する立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 リムルの外出を「有給休暇」の実践と位置付け、仕事整理の必要性を指摘した。
 魔塔行きの前には、ラミリスや他の幹部との留守番体制の調整に関わった。
 賢人都市での救助活動では、ミルク煮の調理を中心となって担い、重症者を含む多くの住民を短時間で回復に導いた。
 マルクシュア王国との交渉では、現地調整役としてニックス司祭やソウエイと共に、テンペスト側の代表を務めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 料理と生活面の支援を通じて、他国の住民にも直接的な恩恵を与える役割を担った。
 マルクシュア王国にとっては、魔王側の中でも特に親しみやすい調整役として認識されている。

ソウエイ

テンペストの隠密部隊を率いる忍びであり、情報収集と要人護衛に特化した存在である。

・所属組織、地位や役職
 魔国連邦テンペスト・影の首領格。隠密・諜報担当である。

・物語内での具体的な行動や成果
 リムルの有給準備期間に、防衛計画の見直し協議を行い、国内外の安全体制を整えた。
 賢人都市での救助活動では、空間移動で呼び寄せられ、重篤者の捜索と搬送に従事した。
 マルクシュア王国との今後の調整において、現地側との連絡役を務める形で配置された。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 表には出にくい役割でありながら、救助活動や外交調整で不可欠な存在として機能している。
 リムル不在時の安全保障面で、他国からの信頼を高める一因となっている。

マルクシュア王国関係者

サイラス王子

マルクシュア王国の第一王子であり、魔法の才能を持たない一方で、頭脳と人徳を備えた人物である。

・所属組織、地位や役職
 マルクシュア王国・第一王子。王族の一人でありながら冷遇されている立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 自由組合支部では、魔法が使えない仲間達と共に勢力を築き、平民を守るために活動していたが、新人への絡み方は横柄であった。
 ヒナタとの対立で一派が敗れた後、自分達が相手取ったのが魔王と暴風竜と聖人であった事実を知り、軽率さを反省した。
 魔塔による魔力・生気吸収が激化した際には、グレイブと共に市内の異常を確認し、これを魔塔の制裁と判断して王城へ向かった。
 国王からの許可を得て、魔王リムルへの「非公式な救助依頼」を提案し、賢人都市救助のきっかけを作った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 当初は落ちこぼれ扱いであったが、魔塔支配の真実を知り、国のために危険な交渉案を出す立場に至った。
 父王との対話を通じて、自分が愛されていなかったわけではないと理解し、兄弟間のわだかまりを一部解消した。

ヘリオス王太子

マルクシュア王国の第二王子にして王太子であり、優れた魔法の才能を持つ人物である。

・所属組織、地位や役職
 マルクシュア王国・第二王子。王太子。次期国王と見なされている。

・物語内での具体的な行動や成果
 魔法の才に恵まれたことで貴族から支持され、兄サイラスを冷遇する空気の中で権勢を強めていた。
 サイラスの失態報告を受けた際には、兄を貶める材料として楽しむ一面を見せ、詐欺師扱いしたリムル達を余興の相手としか見なさなかった。
 王城の夜会では、魔塔から授かった衝撃吸収領域と火炎大魔嵐の発動を指示し、結果として城を半壊させる事態を招いた。
 魔塔による過剰なエネルギー徴収の中で、王家の宿命を聞かされ、自分が魔塔からの解放を託されていたことを知り、重圧と絶望を味わった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 王城崩壊と魔塔制裁の結果、将来の王としての判断力不足が露呈した一方で、父王からは国を託される存在として改めて期待をかけられた。
 魔塔との従属関係を自覚したことで、単なる「魔法の優等生」から、重い選択を迫られる後継者へと立場が変化した。

マルクシュア国王

賢人都市マルクシュア王国を統べる王であり、魔塔との従属関係を長年抱えてきた人物である。

・所属組織、地位や役職
 マルクシュア王国・国王。王家の長であり、魔塔との密約を知る立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 ダンスホール崩壊後、ヴェルドラとリムル、ヒナタが本物であった事実を知り、ファルムス王国の前例を踏まえて自国滅亡の危険を理解した。
 アシュレイとの会談で、魔塔が結界と海上安全、経済基盤を握る支配者であることを再確認させられた。
 ヘリオスとサイラスに王家の宿命を語り、魔塔支配を外に漏らさないよう釘を刺したうえで、異常な魔力徴収への対処を模索した。
 リムルによる救助活動を目の当たりにし、自ら頭を下げて謝意を述べたうえで、テンペストの庇護を求める決断を下した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魔塔への従属を続けるだけの立場から、テンペストと西方聖教会を交えた新しい枠組みを模索する方向へ舵を切った。
 ヘリオスに王位継承を託す覚悟を固め、サイラスには「父」として初めて率直な言葉をかけることで、王家の関係性を変化させた。

グレイブ

サイラス王子に付き従う剣士であり、騎士としての忠誠心と実力を兼ね備えた人物である。

・所属組織、地位や役職
 マルクシュア王国所属の剣士。サイラス王子の側近として行動する立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 自由組合支部で、聖騎士団長を名乗るヒナタに勝負を挑み、正面からの一騎打ちを受けた。
 戦闘では、指を一本ずつ切り落とされる形で完敗し、剣士としての再起が困難な状態に追い込まれた。
 後にリムルから渡された高性能ポーションを飲み、指を含む傷を完全回復させたことで、魔王側の力と恩義を実感した。
 魔塔の制裁時には、闘気で魔力吸収を耐えつつサイラスと共に王城へ向かい、現状報告と対策協議に参加した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ヒナタの圧倒的な実力を目の当たりにし、自身と王国の戦力水準を冷静に認識するきっかけを得た。
 リムルからの恩義を受けたことで、今後は魔王側に対しても一定の敬意と警戒を払う立場となった。

ニックス

マルクシュアの西方聖教会支部に所属する若い司祭であり、ヒナタを強く敬愛する人物である。

・所属組織、地位や役職
 西方聖教会・マルクシュア支部の司祭。現地教会の代表的立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 ヒナタの来訪時に深い敬意と感謝を示し、彼女を聖騎士団長として崇拝する態度を見せた。
 当初は魔王リムルと暴風竜ヴェルドラに強い警戒と嫌悪を抱き、冷淡な対応を取った。
 ヒナタからリムルが恩人であり、同郷の友人であると告げられたことで考えを改め、神ルミナスの愛は魔王にも向けられると口にして謝罪した。
 後には、マルクシュア王国とテンペスト、西方聖教会との三者調整の窓口として、王都交渉に関わる役目を担った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魔王への態度を改めたことで、教会内部の変化を象徴する存在として描かれている。
 今後、マルクシュア王国における教会とテンペストの間の仲介役として重要性が増す立場にある。

ブラガ伯爵

マルクシュア王国の伯爵であり、ヘリオス王太子から使い走り同然の任務を命じられた貴族である。

・所属組織、地位や役職
 マルクシュア王国の伯爵。王太子派に属する貴族の一人である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ヘリオスから「サイラスを謀った詐欺師達の呼び出し役」を命じられ、屈辱を抱えながら教会へ向かった。
 当初は三人を素性不明の詐欺師と決めつけ、高圧的に接したが、豪華な特注馬車と転移を目の当たりにし、本物である可能性を悟った。
 王城到着後も、貴族達に対して三人が本物であると説明し続けたが信じてもらえず、そのことを三人に謝罪した。
 ダンスホール崩壊後は、攻撃側に加わらなかった貴族の一人としてリムルに保護され、後の証言を求められる立場となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 事件を通じて、王太子派の中でも情報の重要性と力量差を痛感し、魔王側への恐怖と敬意を持つようになった。
 リムルから証言を頼まれたことで、今後の評議会等で事実を伝える役割を担う可能性が示された。

魔塔・三賢人関係者

アシュレイ

マルクシュアでは子爵として振る舞っていたが、その正体は魔塔を支配する「最古参の三賢人」の一人である。

・所属組織、地位や役職
 表向きはマルクシュア王国・アシュレイ子爵。実際は魔塔の支配階層に属する三賢人の一角である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ヘリオスの腰巾着として振る舞いながら、王家に対して魔塔技術を与え、結界と経済構造で国を支配する仕組みを維持した。
 王城の密談では、国王に対して魔塔の技術が「型落ち」であると告げ、支援停止をちらつかせて恫喝し、従属関係を再確認させた。
 魔塔では本来の姿に戻り、プレリクスとピピンと共にリムル一行の排除計画を立て、ヴェルドラを無限回廊に封じる作戦を共有した。
 リムルとの最終戦では、炎身化したうえで十字閃炎嵐撃などの高位技を繰り出したが、黒炎と未来予測を併用するリムルに押し負けた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 敗北後は、世界支配ではなく海洋開発と巨大船建造プロジェクトへの協力をリムルから求められ、新たな役割を与えられた。
 マルクシュア王国に対しては、露骨な支配者から、結界維持と研究機関としての立場に軟化する方向へと立場を修正することになった。

プレリクス

真夜中の吸血鬼と呼ばれる存在であり、三賢人の一人として恐怖支配を理想とする古の魔人である。

・所属組織、地位や役職
 魔塔を裏から支配する三賢人の一人。吸血鬼系統の上位存在である。

・物語内での具体的な行動や成果
 人類を糧と奴隷としか見なさず、マルクシュアの住民から魔力と生気を吸い上げる運用を容認した。
 星取り戦の第二戦でヒナタと対峙し、一度は霊子崩壊で完全消滅したものの、絶対不死の権能と塔の環境により即座に再構成された。
 復活後はヒナタの血に酔い、勝利よりも嗜虐を優先して攻撃を重ね、彼女に重傷を負わせた。
 リムルの陽光を利用した「神之怒」改造攻撃を受け、新月の地下空間でありながら光牙のような高熱に晒され続け、事実上戦闘不能となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 絶対不死の条件を見破られたことで、無敵性を失い、リムルにとって攻略可能な対象に変わった。
 最終的には敗北を認め、三賢人全体の降伏に同意する形で、世界支配の野望を手放すことになった。

ピピン

演算特化型の存在であり、魔塔と同化することで膨大な演算能力と術式制御を行う三賢人の一人である。

・所属組織、地位や役職
 魔塔の三賢人の一角。神祖の高弟第十三位とされる演算特化型の存在である。

・物語内での具体的な行動や成果
 魔塔全体を「巨大な術式空間」として構築し、賢人都市から吸い上げた魔力・生気を利用して各種結界と罠を維持した。
 第一戦ではヴェルドラに対して無限回廊を発動し、自身ごと隔離空間へ移動することで塔内部への被害拡大を防いだ。
 無限回廊内ではヴェルドラと対話し、演算勝負を挑んだが、外部では智慧之王ラファエルによる解析が進み、術式そのものを解除されてしまった。
 塔へ戻された時には精神的に消耗し、「絶対に勝てない」と繰り返すほど戦意を喪失していた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 無限回廊がラファエルに完全解析されたことで、最大の切り札が封じられ、三賢人側の優位は失われた。
 敗北後は、巨大船建造などの技術分野での協力者として、リムルの構想に組み込まれる立場へと転じた。

神祖(創造主)

ルミナスや三賢人の主であった存在であり、過去に世界の根幹となる種族を創造したとされる。

・所属組織、地位や役職
 創造主的立場の存在。ルミナスや高弟達を生み出した元の支配者である。

・物語内での具体的な行動や成果
 火精人であるアシュレイや、真夜中の吸血鬼プレリクス、演算特化型のピピンなど、高弟と呼ばれる存在を創造した。
 高弟達を用いて人類や魔物に対する支配構造を築きかけたが、最終的にはルミナスによって討たれた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 既にこの物語の時点では死亡しているが、その創造物達が現在の魔塔とルベリオス、三賢人とルミナスの対立構造を生み出している。
 三賢人にとっては、研究成果を捧げることが叶わなかった対象であり、その不在が彼らの暴走と承認欲求の源となっている。

展開まとめ

第一話 有給休暇

温泉娯楽施設での団欒と獣魔術談義

開国祭の夜、リムルは子供達を学園に戻さず自国で預かり、温泉併設の娯楽施設で風呂とコーヒー牛乳、卓球を楽しんでいた。卓球でケンヤ達に容赦なく勝利して大人の厳しさだと主張するリムルの周囲で、子供達は各々ツッコミを入れつつも和やかに過ごしていた。その場でヴェルドラが漫画に登場する獣魔術を再現しようと言い出し、リムルも当初は非現実的だと諭しつつ、戦術としては面白いと興味を示した。

ヒナタ・ルミナスを交えた魔法研究の構想

風呂上がりのヒナタが会話に加わり、漫画の真似事に夢中なリムルとヴェルドラを痛烈に批判したうえで、光術や霊子崩壊の性質から獣魔術的な応用の非合理性を指摘した。そこにルミナスも合流し、光術は事前に軌道を設定すれば追尾や分裂が可能であると専門的な解説を行い、リムルの感知能力と思考加速による反応限界にも言及された。クロエが万能糸と結界を組み合わせた封印技の案を出し、ラファエルも有効だと認めたことで、漫画由来の発想から新魔法研究へと話題が発展した。その後、ヒナタの怒りを買ったヴェルドラがリムルの誘導で前に押し出され、悲鳴を上げる結果となった。

魔塔行きを含む本格的な研究計画

翌朝の朝食時、ヒナタは雷術系なら実戦的な新魔法を開発出来ると提案し、自らも協力すると申し出た。さらにルミナスが、古今東西の魔法が記録された魔塔にいる知己のもとで研究する案を提示した。ヒナタは新たな系統の魔法の習得を目的に同行を決め、リムルとヴェルドラも賛同して三人で魔塔へ向かう計画が固まった。

有給休暇取得に向けた雑務処理と留守番要員の調整

シュナは今回の外出をリムルの有給休暇の実践と位置付け、リムルは数日かけて仕事の整理に追われた。住民要望の確認、ベニマルとの組織改革協議、ソウエイとの防衛計画見直し、旧ユーラザニアでのゲルドとの都市計画打ち合わせ、飛空龍飼育施設視察、ハクロウとの剣術訓練などをこなし、自身の仕事量の多さと人間なら過労死しているであろう状況を自覚した。出発前には、迷宮運営の安定化のためラミリスには留守番と管理継続を頼み、甘い言葉で機嫌を取りつつ同行を断念させた。

シオン・子供達への配慮と旅立ち

シオンには、魔力を動力とするシステムキッチン付き専用調理室を用意する約束を餌に留守番を了承させ、過去に圧力鍋を誤解して試作品を破壊した失敗を教訓に、強度重視の試作品を別途用意する方針も確認された。ディアブロは部下探しの旅に出ており同行問題は生じなかった。子供達からは剣や人形、魔法の本など土産をねだられ、リムルは渋るふりをしつつもクロエの笑顔に完全に陥落して要望を受け入れる心境となった。こうして国内体制と留守番要員を整えたうえで、リムル達は魔塔を目指して出発したのである。

第二話 賢人都市

賢人都市マルクシュア王国の概要

マルクシュア王国は、西側諸国に属しつつ魔導王朝サリオンとも国境を接する南方の小国である。貧しいながらも港湾を有し、危険な海を相手に国内消費分の魚介類を細々と採捕していたため、民が飢えずに暮らせる程度の豊かさは保たれていた。また、この国には魔塔を目指す多くの魔法使いが滞在しており、彼らの持ち込む金銭が王侯貴族を潤し、そのおこぼれが庶民にも行き渡っていた。その結果、王都は魔塔と魔法使いの存在によって繁栄し、「賢人都市」と呼ばれるまでに発展していたのである。

魔塔への道と結界、正規入国の必要性

魔塔は王都近郊の岬からのみ向かえる構造であり、その入口となる魔塔を中心に、海上に極大結界が展開されていた。この結界は空や地下からの侵入すら防ぐ徹底ぶりであり、強行突破も不可能ではないものの、発覚すれば大問題になるのは明白であった。リムルは自分が魔王であり、同行者のヴェルドラが暴風竜、ヒナタが人類側の象徴とも言うべき聖騎士団長であることを踏まえ、密入国ではなく正規の手続きによる入国が最善と判断した。また、魔王としての正式訪問は国際的な騒ぎを招く可能性が高く、三人は身分を隠した一般の旅人として行動する方針で一致した。

ヴェルドラの身分証問題と賢人都市の構造

リムルは自由組合テンペスト支部で偽名によるギルド証を発行する案を出したが、ヴェルドラは「本名で登録したい」「新人に絡んでくる先輩冒険者とのイベントを体験したい」と駄々をこねた。漫画的なお約束に影響されたヴェルドラに押され気味になったところで、ヒナタが賢人都市の構造を説明した。王都は魔塔に直結する首都区画と、その外周に広がる一般区画に分かれており、一般区画は自由貿易区域で身分証も不要、西方聖教会の支部も存在し、そこを拠点に自由組合で正式なギルド証を取得すればよいと提案した。これにより、ヴェルドラは本名で冒険者登録を受ける計画が成立した。

教会での受け入れとニックスの態度改修

三人はマルクシュアに到着すると、西方聖教会マルクシュア支部を訪れ、若い司祭ニックスの出迎えを受けた。ニックスはヒナタには深い敬意と感謝を示し、聖騎士団長としての彼女を熱烈に崇拝していた一方で、ヴェルドラには邪竜として露骨な敵意を漏らし、リムルに対しても魔王であることを理由に冷淡な態度を取った。しかしヒナタは、リムルが自らの恩人であり、同郷の友人として軽んじることを許さないと明言し、ニックスを諭した。これによりニックスは態度を改め、神ルミナスの愛は魔王であっても平等に向けられるべきだと口にして、リムルに対して正式な謝罪と協力を約束した。ヴェルドラについては因縁の名残から敵視が残るものの、リムルは今後の態度次第で理解されると説き、怒らないよう釘を刺した。

装備準備と「普通の人」の荷物問題

教会を宿代わりに利用する段取りを整えた後、三人は各自の部屋に荷物を置き、食堂で集合することにした。リムルは危険察知と避難経路の確認を兼ねて部屋を一通り調べるなど、癖となった安全確認を済ませている。食堂に現れたヴェルドラは、カイジンが仕立てた装飾重視の派手な冒険者風衣装を自慢し、リムルもシュナ作の魔法使い風ローブを着用していた。実際には二人とも防具性能を『万能結界』などの能力で補っているため、見た目重視で問題ない状態であった。一方、ヒナタは聖騎士の制服から、革鎧や胸当て、手甲・足甲を備えた堅実な冒険者スタイルへと着替え、大きな荷物を背負って現れた。リムルが収納スキルで荷物を持たないことに慣れている感覚で「隠し持てば良いのでは」と提案すると、ヒナタは「普通の人間は常時収納魔法を維持する余裕はない」と指摘し、リムルにスキルに依存しない“不便な生活”を理解するよう促した。リムルは表向き前向きに検討すると答えたが、内心では便利さを手放す気が乏しく、ほどほどに付き合うつもりでいた。

自由組合支部でのトラブルとサイラス一派

準備を終えた三人は、ヴェルドラの冒険者登録のため賢人都市の自由組合支部へ向かった。建物内には、王子サイラスとその取り巻き、それに付き従う騎士グレイブ、さらに彼らと癒着しているギルド職員が居座っており、支部全体が一派の私的な溜まり場と化していた。ヴェルドラが新入り冒険者として名乗りを上げると、サイラス達はその自己紹介を嘲笑し、暴風竜の名を騙る頭の弱い新米扱いをしたうえで、ヒナタにいやらしい視線を向けるなど、あからさまな絡みを始めた。ギルド職員もサイラス側に気を遣い、リムル達に非協力的な姿勢を見せたことから、場の空気は完全に敵対的なものとなった。

グレイブとヒナタの一騎打ち

サイラスは「暴風竜や魔王を名乗る詐欺師」と決めつけて侮辱を続けたが、ギルド職員がリムルのランクとヒナタのAランク登録を口走ったことで、三人の名乗りが「ヒナタ・サカグチ」「リムル」と本物であるはずの名前と一致していることが露呈した。それでもサイラス達は信じず、挑発を重ねた結果、グレイブが聖騎士団長を名乗るヒナタとの勝負に前に出た。リムルとヴェルドラはその流れを止めず、むしろ軽食を用意して観戦体勢に入り、ヒナタも「自分の分は残しておきなさい」とだけ釘を刺して勝負を受けた。戦闘が始まると、ヒナタはグレイブの攻撃を冷静に捌きながら、細剣で相手の指を一本ずつ切り落としていくという、徹底的に再起を断つ戦い方で圧倒した。結果、グレイブは満足に剣を握れない状態に追い込まれ、一派はヒナタの圧倒的な実力と残酷さを前に恐慌状態となり、サイラスはヒナタを「絶対関わってはいけない相手」と認識して逃げ出した。

ヒナタの計算と恩売り戦略

戦いの一部始終を見ていたリムルは、指を切り落とすという過激なやり方に疑問を抱き、もっと穏便に済ませる余地があったのではないかと問うた。これに対しヒナタは、あえて相手の心と戦意を折るほどの差を見せつけたうえで、後からポーションで回復させて恩を売る意図があったと明かした。リムルが高品質の回復薬を大量に保有していることを前提にしており、圧倒的な実力と慈悲を同時に見せることで、相手を二度と逆らえない立場に追い込みつつ、最悪の場合は王子から高額の代価を得る算段でもあった。リムルはその冷静な計算に感心し、自身の甘さを痛感した。

ヴェルドラの冒険者登録とBランク認定

サイラス一派が撤退した後、震え上がったギルド職員は態度を一変させ、ヴェルドラの冒険者登録に全力で協力した。登録に必要とされたのは名前や出身地、特技など基本的な情報だけであり、ヴェルドラは特技欄に「ヴェルドラ流闘殺法」と書き込んで満足していた。さらに職員は、ヴェルドラが本物の暴風竜であると悟るや否や、試験を省略して即座に合格とし、自らの権限で付与可能な最高ランクであるBランクを与えることを決定した。こうして、ヴェルドラは当初望んでいた「本名での冒険者登録」を、ほとんど事件レベルの騒動込みで手に入れたのである。

第三話 夜会への招待

自由組合支部で明かされたサイラス一派の事情

ヴェルドラの登録処理を待つ間、リムル達は支部職員から事情を聞き出した。マルクシュアでは森が遠く採取や探索系の依頼が少なく、魔物討伐が中心で人材不足に陥っていた。その穴を埋めていたのがサイラス王子一派であり、支部は彼らに依存していたのである。サイラスは魔法の才能がないため王宮で冷遇され、魔法が使えない幼なじみ三人と、同じく非魔法系の剣士グレイブを伴い、「落ちこぼれ」同士の勢力として平民を守ろうとしていたことが明らかになった。

自由組合の構造的問題とリムル・ヒナタの線引き

リムルは、本来国家から独立しているはずの自由組合が王子に牛耳られている現状を問題視した。しかしヒナタは、ユウキと共に行った組織改革の経緯を踏まえ、国の関与を完全排除すれば猛烈な反発で組織そのものが瓦解しかねなかったと説明した。結果として素早い全国展開を優先したため、こうした癒着の芽はある程度予想しつつも残されていたのである。ヴェルドラは「辺境の魔物を自分が一掃する」と張り切ったが、ヒナタは本部の要請もない独断行動を却下し、リムルも「去った後まで責任を取れない以上、踏み込み過ぎない」と判断して、深入りを避ける方針を取った。

サイラスとグレイブの敗北後の心境と反省

一方サイラスは、治療中のグレイブを案じて医務室横の控室で苛立ち、酒を求めるほど荒れていた。グレイブは綺麗に切断されていた指を下位回復薬と縫合で繋いだものの、元の可動には自らの鍛錬が必要と語り、ヒナタの圧倒的な実力を素直に認めた。サイラス達がギルドで新人に絡んでいたのは、仲間を増やし勢力を広げるためであり、王位簒奪ではなく「平民を守る力」を得るための行動であったことも示される。しかし結果として、聖騎士団長・魔王・『暴風竜』という最悪の相手に喧嘩を売っていた事実を理解し、一同は「ついていなかった」と己の軽率さを反省した。

魔王からのポーションと三者への畏怖

そこへ城の使用人が、ギルド職員経由の小袋を届けた。中身はリムルからのメモと高性能ポーションであり、「ヒナタがやり過ぎたので怪我を治すために渡す」という意図が添えられていた。グレイブは、わざわざ芝居がかった罠を仕掛ける必要はないと判断し、一気に飲み干す。すると指を含めた傷は完全に消え失せ、全員がその効果に驚愕したのち、魔王リムルの力と、それを当然のように使わせるヒナタ、さらに『暴風竜』ヴェルドラの存在に対する畏怖を強めた。もしあの場でヴェルドラが暴れていれば、無事では済まなかったと理解し、彼らは「よく生きて帰れたものだ」と本気で恐れおののいたのである。

王太子ヘリオスの警戒と策謀

場面は王都へ移り、王太子ヘリオスが腹心からサイラスの失態報告を受けていた。マルクシュアでは魔法が権威の源であり、魔法が使えないサイラスは貴族から支持されず、既に現王と王妃からも見放されていた。一方、ヘリオスは優れた魔法使いとして順当に次期国王と目されていたが、サイラスの頭脳と人徳が「他国基準なら王として十分通用する」ことを理解しており、わずかな不安を捨て切れずにいた。そこでヘリオスは、今回兄の面目を潰したリムル達を「兄の鼻を折った面白い連中」と評しつつ、サイラスの評価をさらに貶める材料として利用し、自身の立場を盤石にする策を練り始めた。

王家からの夜会招待とヒナタの即断

滞在二日目、教会にマルクシュア王家からの夜会招待状が届いた。差出人は第二王子にして王太子のヘリオスであり、司祭ニックスは「怒らせると面倒」と本音丸出しで警告した。招待状の文面は明らかに上から目線であり、魔王リムルに対しても「話を聞いてやるから来い」とでも言いたげな内容であったが、ヒナタは「ヴェルドラの身分証も手に入ったし、これで賢人都市と王城へ正面から入れる」と判断し、むしろ機会として歓迎した。目的はあくまで魔塔での資料閲覧であり、国と正面衝突する意図はないため、リムルとヴェルドラも方針に従って夜会出席を決めた。

「行き当たりばったり」な作戦方針

作戦会議の結果、ヒナタの提示した方針は「相手の反応を見て臨機応変に対応する」という極めてシンプルなものだった。リムルとヴェルドラは「行き当たりばったりでは」と内心ツッコんだが、ヒナタの洞察力と実戦経験を考えれば、細かい事前プランより状況対応の方が合理的であると認めざるを得なかった。三人は、マルクシュア王国とは不必要に事を構えず、魔塔に到達するための最短ルートとして夜会を利用する、という共通認識を固めた。

使者の無礼と「本物」を悟らせる示威行動

夕刻、王城から迎えの馬車と使者が到着したが、その馬車は質素で、使者も「魔王リムル」「暴風竜」「聖人ヒナタ」に対して露骨に見下した物言いをした。リムルとヒナタが思念で意見交換した結果、彼らは自分達の正体を「偽物扱い」していると判断し、早急に誤解を解く必要性を悟った。そこでリムルは、自前の豪華な特注馬車を『胃袋』から取り出し、王家の馬車を横に退けてこちらに乗るよう提案した。ヴェルドラは御者を買って出て、ランガが馬の代わりに馬車を牽引する形となり、使者は内装の豪華さに圧倒されて態度を一変させた。リムル達は、この示威で「自分達が本物である」と王城側に察させる布石を打ったのである。

ヒナタのドレスと夜会への備え

馬車の中で、リムルはヒナタの服装についても確認した。ヒナタが着ているのは、以前テンペストで仕立てた最高級生地のドレスであり、デザインこそ時代を先取りしているものの品質は他国の王都にも引けを取らないと判断された。肩を大きく露出したスタイルでありながら、内部にはスリットや武器隠しも仕込まれており、「いざとなればそのまま戦えるドレス」として実用性も備えていた。リムルとヴェルドラはスーツ姿で揃え、三人はそれぞれ夜会仕様の装いを整えた上で、マルクシュア王城へ向かう覚悟を固めたのである。

第四話 夜会での顛末

ブラガ伯爵の屈辱的任務拝命

ブラガ伯爵は、ヘリオス王太子に呼び出されたことで、自身も次代王の派閥入りだと勘違いし、有頂天で登城したのである。だが命じられた内容は「兄サイラスを謀った詐欺師達の呼び出し役」という使い走りに過ぎず、高貴な伯爵である自分が素性不明の者の護送を任されたことに深い屈辱を覚えた。それでも、盤石な権勢を持つヘリオス派に逆らえば出世の道は絶たれると判断し、ここは忠誠を示すべきと割り切って任務を受け入れたのである。

教会での対面と「本物」への認識

ブラガは詐欺師一行が滞在する教会を訪れ、相手を低俗な平民と決めつけて観察もろくにせず、高圧的に「暴風竜」「魔王リムル」「聖人ヒナタ」を名乗る三人を嘲った。しかし実際に目にした三人は見目も装いも整っており、ヒナタのドレスも噂の魔国風であったため、ブラガは「詐欺師にしては洗練され過ぎている」と違和感を覚える。そこへリムルが、王家の馬車より格上の豪華な馬車への乗り換えを提案し、実際に目の前へ転移させてみせたことで、ブラガはこの三人が本物であると悟り、恐怖と緊張に支配されたまま王城へ戻る羽目になった。

待合室での歓待とヒナタを巡るやり取り

王城到着後、三人は待合室に案内され、ブラガは王側への報告のため走り去った。待合室には果物が並び、リムルとヴェルドラは待ち時間を楽しむように試食を始める。ヒナタはそれに呆れつつも、目付きの鋭さや口調のせいで周囲が必要以上に畏縮していることが判明し、自身が「小うるさいのか」と不安を口にする。リムルは無難な社交辞令で取り繕い、その場の空気を収めようと努めた。

夜会場への入場と貴族達の値踏み

ブラガは息も絶え絶えになりながら戻り、三人を夜会場へ案内した。衛兵の口上と共に「聖人ヒナタ・魔王リムル・暴風竜ヴェルドラ」が入場すると、貴族達は小声で彼らの容姿やドレスを評しつつも、本物とは信じ切れず「ブラガが話を盛っている」「平民にしては見事だ」と値踏みする態度を崩さなかった。ブラガは何度も本人達であると説明したが受け入れられず、そのことを詫びるしかなかった。

ヘリオス派と王の傲慢な余興計画

一方、少し前の時間軸では、ヘリオス王太子が兄サイラスとその腹心グレイブの失態に上機嫌となり、取り巻き達と共にサイラスを嘲笑していた。護衛騎士から「グレイブを倒した詐欺師もAランク級ではないか」という指摘が出たものの、魔塔で学んだ貴族達は「魔法障壁さえあれば剣士など恐るるに足らず」と都合良く解釈し、詐欺師一行を公開の場で打ち負かす余興として利用しようと企んだ。現実の脅威を知らない王と王太子は、魔王や竜種の危険性を軽視したまま、力を誇示する好機と勘違いしていたのである。

歓迎儀礼の欠如とヒナタによる牽制

夜会場で王とヘリオス、サイラスらを目にしたリムル達は、王が立ち上がりもせず座ったまま出迎える無礼な態度から、自分達が偽物扱いされていると判断した。ヒナタはブラガから報告が行き届いていることを確認すると、「それならばこの国は要人の出迎え方も知らぬ野蛮な国」と痛烈に皮肉り、リムルに「帰りましょうか」と示唆して退出を図る。王はこれを利用してヘリオスに「余興の開始」を命じ、扉は騎士達によって封鎖された。

リムルの警告と「衝撃吸収領域」の展開

リムルは記録用の水晶球を取り出し、その場の会話と行動を全て記録すると宣言して、自分達が正当防衛を主張できるよう布石を打った。しかしヘリオスはこれを「浅知恵の脅し」と笑い飛ばし、魔塔主から授かった大魔法「衝撃吸収領域(アンチショックエリア)」を発動させた。これは物理攻撃を無効化する結界で、魔法封じの結界との公平性を謳いながら、無手の相手を完全に封じたつもりになっていたのである。リムルとヒナタは、その魔法構造が高度である一方、竜種には意味をなさないと即座に見抜いた。

ヴェルドラの「ほどほど」の暴走と会場崩壊

ヘリオス配下の魔法使い達は連携して火炎球を放ち、騎士達は魔法剣と自己強化でヴェルドラに斬りかかったが、ヴェルドラはそれらを難なく無効化し、巧みな体術と奪った剣で四人の騎士を瞬時に制圧した。この時点でも貴族達は自分達の優位を信じ込み、切り札として極大魔法「火炎大魔嵐」を結界内に叩き込む準備を進める。リムルは王に「そろそろ止めさせた方がいい」と忠告したが、王はそれを命乞いと受け取り耳を貸さなかった。その結果、完成した火炎大魔嵐は、ヴェルドラの一撃「覇竜絶影拳」によって魔法障壁ごと叩き割られ、解放された炎の奔流が会場を吹き飛ばした。天井は崩落し柱は折れたが、衝撃吸収領域のおかげで死者は出ず、結果的には会場のみが大破する形となった。

竜種への無知とマルクシュア王国の愚かさ

リムルは、竜種ヴェルドラが魔素の塊であり、物理・魔法の区別を超越した存在であることを説明し、古い文献を読んでいれば誰でも知り得たはずの常識を王太子達が理解していないことに呆れた。ヒナタの情報によれば、魔王ルミナスでさえヴェルドラには勝てないと自認しており、真の脅威を知る者は決してこのような挑発を行わないはずであった。それでも王とヘリオスは、自らの傲慢と無知ゆえに余興を強行し、自国の王城を半壊させるという失態を演じたのである。

正当防衛の確保とリムル達の立ち位置

リムルとヒナタは、魔法準備の過程から極大魔法の発動、ヴェルドラの応戦、王や王太子の発言までを水晶球に記録し、自分達の正当性を証明できる材料を揃えた。ヒナタは、助言を無視して暴走したマルクシュア王国を見捨てる構えを示し、リムルも「先に仕掛けたのはそちらだ」と王に告げて責任の所在を明確にした。ヴェルドラは強敵不在に不満を漏らしたが、リムルとヒナタはこれを軽くいなしつつ、愚かな一国の「自業自得」を冷静に受け止めたのである。

第五話 舞台裏の事情

リムル一行の撤収と「腹が減った」問題

ダンスホール崩壊後、リムル達は既に用件は済んだと判断し、会場から退出しようとした。王も王太子も放心状態で、騎士達も立ち上がる気力を失っており、これ以上揉め事が起きる気配はなかった。リムルは空腹を自覚し、ヴェルドラやヒナタと共に「何を食べるか」という話題へ自然に意識を切り替えた。ラーメンや刺身の話で盛り上がり、ヒナタもヴェルドラに釣られて空腹を認めたことで、一行は漁港の酒場へ向かうことを決めたのである。

使者ブラガ達への配慮と証言の取り付け

退出しようとするリムル達に、使者ブラガを含む一部の貴族が感謝を述べた。彼らは攻撃に参加せず、むしろ事態を止めようとした側であり、リムルもそれを把握して保護していた。リムルは感謝は不要としつつ、評議会で問題となった際には「自分達は悪くなかった」と証言してほしいと頼み、貴族達もそれに快諾した。加えて、今回の愚行はマルクシュア王国全体の総意ではないと説明しようとする彼らに対し、リムルは戦争するつもりはなく、魔塔での調査が目的であると明言した。ヒナタも正式な紹介状を提示し、これ以上のトラブル回避を強く求めたことで、一行は安心して王城を後にした。

漁港の酒場での豪遊と料理批評

一行が向かった漁港は、魔塔を中心とした結界によって大海獣の脅威から守られており、安全に漁ができる地域であった。酒場に入った三人は、リムルの奢りを当然のように受け入れ、山盛りの料理を遠慮なく注文した。塩焼きの白身魚、小魚の南蛮漬け、鍋物、刺身など海産物は豊富であったが、リムルは醤油が存在しないことに物足りなさを覚えた。ヒナタも魚のさばき方に不満を示し、テンペストでのハクロウの調理技術と比較して評価した。リムルは料理研究用のサンプルとして魚を大量に仕入れ、シュナやハクロウに調理を依頼するつもりでいたが、ヒナタとヴェルドラが当然のように「味見役」として同行を宣言し、その圧に屈した結果、リムルの小遣いは大幅に削られることになった。

王城での国王の激昂と現実認識

その頃、王城の一室では国王がダンスホール崩壊の結果に激昂していた。三百人以上が踊れる自慢のホールは瓦礫の山と化し、修復には時間がかかる見込みであったが、幸いにも重傷者は出ていなかった。しかし問題は建物ではなく、相手が本物の暴風竜ヴェルドラと魔王リムル、聖人ヒナタであったという事実である。国王は、ファルムス王国がリムルの怒りによって滅んだ前例を踏まえ、自国も同様の危機に晒されかねないと理解し、ヘリオス王太子に激しい怒りをぶつけた。ヘリオスは「本物とは思っていなかった」と弁明したが、ブラガからの報告を聞いていた以上、その言い訳は通らず、国王の怒りは恐怖と自己保身の裏返しであった。

アシュレイ子爵の正体と魔塔の威圧

緊迫した空気の中、アシュレイ子爵が不遜な態度で現れ、王の怒りを「怒り過ぎ」と笑い飛ばした。普段はヘリオスの腰巾着として目立たなかった彼が、足をテーブルに投げ出して王に話しかける異常な光景に、ヘリオスと宰相は困惑する。しかし国王はアシュレイを「様」付けで呼び、へりくだった態度を取ったことで、立場の逆転が露わになった。アシュレイはこの国に与えていた技術を「型落ち」と評し、それを過信してヴェルドラに喧嘩を売った国王の判断を批判した上で、魔塔からの支援停止を匂わせる形で恫喝した。そして、自らが魔塔の「最古参の三賢人」の一人であると明かし、魔塔こそがこの国の支配者である現実を暴露した。

魔塔とマルクシュア王国の従属関係

宰相は事態を収拾するため、ヴェルドラ達の動向を把握しており、魔塔への来訪目的も推測済みであることを訴えた。アシュレイは、リムルが紹介状を所持している点に一瞬思考を巡らせつつも、その場では詳細な追及を避け、「後日ペナルティを通達する」とだけ告げて退出した。アシュレイの退室後、国王はもはや隠し立ては無意味と判断し、王太子と宰相に真相を語った。マルクシュア王国は魔塔の庇護下にあり、王都を覆う結界と海の安全、さらには魔法使いを呼び込む経済構造までもが魔塔に依存していることを明かしたのである。対価として、この国の魔法使い達は定期的に魔力を吸い上げられており、それが週に一度の強い疲労感という形で現れていたと宰相は合点した。

王家の宿命と魔塔からの解放の夢

宰相は評議会の存在を持ち出し、魔塔による一国支配は本来許されないはずだと主張したが、国王は結界と経済基盤を失うリスクを理由に、反抗は現実的でないと断じた。魔塔なしでは王都防衛も漁業も成り立たないため、実質的に逆らえない従属状態にあることを認めたのである。ヘリオスが「自分に魔塔への反逆を求めているのか」と感情的に問うと、国王は、もしヘリオスがヴェルドラを討てていれば、魔塔と交渉し支配を緩和する切り札になり得たと告げた。つまり、王は息子に「魔塔からの解放」という代々の王が抱く夢の実現を託していたが、それが失敗に終わったことも露呈した。

魔塔滅亡の仮説と「解放」が意味するもの

宰相は「もし魔王リムルが魔塔を滅ぼせば、自国は解放されるのではないか」と口にしたが、国王はそれを真っ向から否定した。魔塔の崩壊は、結界の消失と海上安全の喪失を意味し、国の安全保障と経済を同時に崩壊させる「民にとっての悪夢」であると説明したのである。魔塔の支配は王家にとっては重荷だが、民にとっては衣食と安全をもたらす存在でもあり、その矛盾を受け入れ続けることこそが王家の役割だと国王は認識していた。

王家の秘伝と父子の断絶

国王は、魔塔との関係が王家の極秘事項であり、本来なら次代の王に即位時にのみ伝えられる内容であると明かした。今回は非常事態のため例外的にヘリオスと宰相に共有したが、外部への漏洩は絶対に許されないと念押しする。退出間際、ヘリオスが「父は兄をこの宿命から逃がそうとしたのか」と問うと、王は「兄には魔力がなかったから巻き込む必要がなかった」と答えた。これは、王が魔塔の支配から少しでも誰かを遠ざけようとしたとも解釈できるが、ヘリオスには「自分は愛されていない」という感情として響き、父への絶望と自らの未来への恐怖を深める結果となった。こうして、王家と側近達はそれぞれの立場で苦悩を抱えたまま密会を終え、その一部始終を隣室で盗み聞きする第三者の存在には、誰も気付いていなかったのである。

第六話 策謀する黒幕

三賢人の正体と支配構造

アシュレイ子爵は王城から戻ると、『結界』を無視して魔塔の支配階層に転移し、そこにいるプレリクスとピピンの二人と合流したのである。三人はそれぞれ、真夜中の吸血鬼プレリクス、眼帯のハイ・ヒューマンであるピピン、火精人本来の姿に戻ったアシュレイであり、長命種として長い年月を生きてきた存在であった。この三名こそが魔塔を裏から支配する「最古参の三賢人」であり、人前では仮の姿を用いて活動していたのである。

竜種制御という命題と魔王勢力への敵意

三賢人は、自分達の命題として「竜種を従えること」を掲げており、世界中の魔法資料を集めて研究を進めていた。かつてヴェルドラをルミナスの城へ誘導して破壊させた過去もあったが、それ以降は機会に恵まれず、竜種の強大さに手を焼いていた。また、彼らは裏の世界の覇権を狙っており、人類・魔王・竜種の三勢力のうち、とりわけ魔王勢力を排除すべき敵と見なしていた。中でも西側諸国にルミナス教を広める魔王ルミナスは、聖都と結界を拠点に人類社会へ影響力を及ぼす最大の宿敵として認識されていたのである。

無限回廊の秘法とヴェルドラ捕獲計画

三賢人は、演算能力に特化したピピンの手によって、対象を閉じ込めてエネルギーを吸い上げる「無限回廊の秘法」を完成させていた。この術式は、敵が強ければ強いほど効果が増す封殺術であり、個人・軍団・竜種にまで応用可能な切り札であった。ヴェルドラを取り逃がしたという報告に激怒していたプレリクスは、王太子達が勝手に仕掛けたことを愚策と断じるが、アシュレイは「リムル一行が魔塔に向かっている」という情報を持ち帰っていた。それにより、明後日の夜に向けて、ヴェルドラを無限回廊に封じ、魔王リムルと聖人ヒナタは自分達で討ち取るという大規模な罠の構想が固められていった。

紹介状の出所とルミナス関与の疑念

アシュレイは、リムルが「魔塔への紹介状」を所持していると聞き、その出所に疑念を抱いた。各国王族ですら正式な紹介を受け付けない魔塔に紹介状を渡せる存在は限られており、三賢人は即座にルミナスを疑った。ルミナスと三賢人は千日手のような水面下の勢力争いを続けており、双方が強力な防衛結界を持つことで直接攻撃しづらい状況にあった。その中で、ヴェルドラ・魔王・聖人という過剰戦力をこちらに送り込んでくるのは、魔塔を滅ぼし得る一手として十分にあり得ると三賢人は判断したのである。

賢人都市からの魔力強制徴収と住民切り捨て

三賢人は、明後日の決戦に備えて賢人都市からのエネルギー回収量を増やすことを決定した。ピピンの提案に対し、プレリクスは「多少の犠牲は研究の常」として容認し、アシュレイもこれを了承した。賢人都市の住民からは、普段の「日常生活に支障のない程度」の魔力だけでなく、今回は強制的に生気を吸い上げる方針に切り替えられたのである。住民の混乱や体調悪化は織り込み済みであり、三賢人にとっては「罰」と「実験」の一部に過ぎなかった。こうして、リムル達が未知の「客人」として訪れる前段階で、恐るべき罠とエネルギー供給体制が整えられていった。

リムル一行の体感した異常と一時帰国の決定

一方その頃、リムルはヒナタとヴェルドラに豪遊させた結果、財布は軽くなりつつも、仲間と共に食事を楽しめたことで満足していた。翌朝、王都を散策していた三人は、魔力の流れがおかしいことに気付き、『万能感知』と解析によって、王都の結界が住民の生気をエネルギー源としている仕組みを把握した。もともと結界維持のための魔力吸収は合理的な仕組みであったが、この日は明らかに吸収率が過剰であり、ラファエルの報告からも通常運用を逸脱していることが判明したのである。ヒナタも不快感を覚えるほどで、体力の少ない者には深刻な負担になると三人は推察した。リムルは目立つ介入を避ける判断を下し、魔塔出現までまだ日があることから、一度テンペストに戻って体制と醤油を整えることを決めたのである。

賢人都市の危機とサイラスの動揺

王城での密会を盗み聞きしていたサイラスは、魔塔と王家の関係、そして自分が父に愛されていた事実を知り、喜びと戸惑いの入り混じった感情に苛まれていた。そこへ賢人都市内で魔力を吸い上げる異変が本格化し、門番や住民が次々に倒れていく。サイラスはグレイブと共に状況を確認し、魔塔の制裁であると察した。魔力の少ない子分達を外に残し、自身は魔法道具のペンダントで守られ、グレイブは闘気によって魔力吸収を防ぎながら王城へ急行したのである。

王城会議の混乱と魔塔依存の限界露呈

王城では、魔力吸収に耐えられる一部の騎士と王族、貴族だけが動ける状態となっていた。医療関係者も倒れ、賢人都市の魔法偏重社会の脆さが露呈する中、王・宰相・ヘリオスが中心となって魔塔との関係見直しを議論していた。王は魔塔を敵に回す選択肢を否定しつつも、今回の過剰徴収は看過できないとして方針転換の必要性を感じていた。一方、貴族達は家族の安否を理由に感情的になりながらも、結界からの脱出が不可能であることから有効な対策を提示できず、会議は紛糾した。サイラスの素朴な疑問は「避難先がない」という現実に跳ね返され、さらに国王から発言を制限されることで、彼は傍観者として会議の空虚さを痛感することになった。

サイラスの提案と魔王リムルへの「非公式依頼」

休憩時間、サイラスは庭でグレイブと相談し、「魔王リムルに助けを求める」という案を持ちかけた。無謀に見える提案であったが、リムルが自分達に高価な回復薬を送ったことから「利用価値がある相手として見られている」とサイラスは解釈し、交渉の余地があると踏んだのである。グレイブも、実際のリムルとヒナタの人柄が噂よりも遥かに温厚であったことを思い出し、完全には否定出来なかった。結界破壊も自力避難も不可能な状況で、他に手段がない以上、サイラス案は唯一の「動き」であった。

国王の覚悟と兄弟の初めての会話

サイラスの提案を聞いた国王は熟考の末、これを許可した。ただし、マルクシュア王国としては「公的には魔王と交渉していない」という体裁を取ることを条件とし、結果次第で責任の所在を使い分ける構えを示した。魔塔と完全に決別する覚悟までは固まっていないものの、魔塔が王国を「餌」として見ていることが明らかになった以上、このまま従属を続けることにも限界を感じていたのである。さらに王は、魔王側が敗北した場合は自らの首で魔塔の怒りを引き受けると語り、その際はヘリオスが王として国を継ぐ形になると暗に示した。サイラスには「交渉が失敗して魔王の怒りを買った場合は、お前が責任を取れ」と告げ、表向きの責任も割り振った。

この場で王は、ヘリオスに対しても「この国を託せるのはお前だけだ」と告げ、サイラスに対しては嫉妬や不満を抱き続けてきた過去を認めつつ、初めて兄弟らしい言葉をかけた。サイラスとヘリオスにとって、それは「王ではなく父」「競争相手ではなく兄」として向き合った最初の瞬間であり、賢人都市が崩壊の危機にある中でようやく結ばれた、遅すぎる家族の対話でもあった。

第七話 救助活動

賢人都市への再訪と結界異常の悪化

リムル一行は刺身と温泉で英気を養った後、新月の夜に合わせて再びマルクシュア王国を訪れた。ところが、前日よりも明らかに強い勢いで結界が住民の魔力を吸い上げており、その魔力は海の向こうの魔塔へ流れ込んでいると判明した。ヒナタとヴェルドラも「普通の魔法使いでは意識を保てない」と判断し、状況の異常さを共有したが、紹介状もある以上、理由なく撤退するのも癪だとして、予定通り魔塔攻略を続行する方針となった。

サイラスの嘆願と救助介入の決断

そこへサイラス王子と剣士グレイブが駆けつけ、賢人都市内部で住民が次々と魔力欠乏で倒れている現状を訴え、魔塔の結界からの解放を懇願した。リムルは本来無関係な他国の内政問題への介入をためらったが、「子供にも被害が出ている」と聞かされて黙殺を断念し、まずは被害者救助を優先する決断を下した。ヒナタも教会からの救援派遣を約束し、一行は本格的に救助活動に乗り出した。

野外病院と炊き出しによる魔力欠乏症対策

リムルは『空間支配』でソウエイらを呼び寄せて重篤者の捜索を任せ、自身はダンスホール跡地を『暴食之王』で更地にして野外病院兼炊き出し会場へと変えた。『解析鑑定』の結果、住民は魔力ではなく「生気」的なエネルギーを過剰に吸われた魔力欠乏症であると判明し、智慧之王の提案した栄養補給策を採用することになった。シュナらテンペストの料理人達が“魔黒米”と牛鹿のミルク、蜂蜜を用いたミルク煮(通称ミルク粥)を大量に作り、ヒナタも自ら大鍋をかき混ぜて調理に参加した。リムルは現場監督役として人員配置と動線を指揮し、ヴェルドラも兵士達と共に貴族層の我儘を押さえ込みながら配膳を円滑化した。

市民の回復と被害規模の把握

重症の子供や老人から優先的にミルク煮を与えることで、患者達は短時間で目に見えて回復し始めた。賢人都市の人口は一万未満であり、魔力の低い商人・漁師層が特に危険な状態だったが、幸い死者は出なかった。救助開始から約三時間で大多数の住民が回復し、翌朝の朝食もミルク煮で対応する方針が決定された。一部の貴族が順番に不満を漏らしたものの、全体としては魔王側への感謝が勝る結果となった。

王の価値観の崩壊とテンペスト傘下要請

王城からこの光景を見下ろした国王とヘリオス王太子は、「魔王自らが民の手当てに立つ」という姿に強い衝撃を受け、王族は頭を下げてはならないという従来の価値観が崩されていくのを自覚した。国王は、魔王リムルが自分達からどう見られるかを意に介していない絶対的存在であると認識し、従来のプライドに固執する無意味さを悟る。やがて国王はリムルらを応接室に招き、まず先日の非礼と今回の救助への深い謝意を表明した。その上で、自国をテンペストの傘下に加えてほしいと正式に要請し、魔塔支配からの離脱と国家存続のための庇護を求めた。

西方聖教会の教義変更と仲裁案の提示

リムルは一国の属国化を即答で認めることに抵抗を示し、評議会や西方聖教会への支援要請を提案するが、マルクシュア王国はこれまで教会活動を排斥してきた経緯があり、今更支援を求めるのは困難であると国王は説明した。ここでヒナタが前に出て、西方聖教会の教義が「意思疎通と信頼が成立する魔物との共存容認」へ変更されたことを説明し、魔物国家との国交を妨げないと明言する。加えて、教義を受け入れるなら教会が仲裁役となり、魔塔による過剰な魔力徴収の是正を含む新たな取り決めを模索する用意があると伝えた。リムルとヒナタは、魔塔と直接敵対するのではなく、ルミナスからの紹介状を用いて交渉の場を設け、結界問題の是正を図る方針で一致した。

魔塔への出発と王都側の体制構築

国王側との折衝は、王都に滞在していたニックス司祭と、呼び寄せられたシュナ・ソウエイに委ねられることとなった。彼らがマルクシュア王国と西方聖教会・テンペストの三者関係の調整役を担う一方で、リムル・ヴェルドラ・ヒナタの三名は新月の夜に現れる魔塔への突入担当となる。リムルは住民の回復状況と王都側の受け入れ体制が整ったことを確認し、後事を託して魔塔の天頂部に設けられた転送陣へ向かった。

魔塔内部でのアシュレイとの対面と誤解の発覚

魔塔上部の円形魔法陣に降り立った一行は、転送装置で内部の広間へ移送された。そこでは、空間魔法で構造を維持する螺旋階段に囲まれた大部屋の中央に、ローブ姿の人物の投影映像が待ち構えていた。その映像は途中で切り替わり、軽薄な雰囲気を纏う青年アシュレイとして自己紹介を行う。アシュレイは、ルミナスに恨みを持つ側としてリムル達の来訪を「ルミナスの差し向けた刺客」と解釈し、喧嘩を売りに来たのだろうと挑発的な態度を取った。ヒナタが仲裁の意図と紹介状の存在を説明しようとしたところで違和感に気付き、その場で紹介状を確認した結果、それが実質的な挑戦状であることが判明し、一行はルミナスに利用されていた事実を思い知らされた。

三賢人の野望と戦闘回避不能の認識

アシュレイの発言と、ルミナスからの書状内容の照合により、魔塔側の三賢人は「人類を自らの神格で支配する」という野望を抱き、既にマルクシュア王国の結界を通じて住民を“エサ”として扱っている勢力であると判明した。ヒナタは、共存を掲げる現行教義と決定的に相容れない思想であると判断し、いずれにせよどこかで武力衝突は避けられなかったと結論付ける。リムルは可能な限り殺さず制圧する方針を示し、ヒナタも「善処する」としつつ戦闘を受け入れた。ヴェルドラは当然のように武力解決に前向きであり、一行の間で対魔塔戦の方針は固まった。

罠を承知のうえでの交渉受諾と次の局面

智慧之王ラファエルは、魔塔に入った時点で既に不穏な術式展開を感知していたが、解析の結果、対処可能な範囲の罠であるとリムルに告げていた。敵地である魔塔側に地の利があることを承知しつつも、リムル達は心理的余裕を保ったままアシュレイの出方を窺う。アシュレイは、ルミナスに切り捨てられた形のリムル達に対し、「ルミナスと手を切って自分達の側につかないか」と勧誘を行い、いったん場所を変えて仲間を紹介すると提案した。リムル・ヒナタ・ヴェルドラは、全面戦闘を視野に入れつつも情報収集と時間稼ぎの意味も込めてこの提案に応じ、交渉という名の前哨戦へと歩みを進めるのであった。

第八話 交渉の行方

三賢人との対面と交渉の場

リムル、ヒナタ、ヴェルドラはアシュレイの案内で魔塔内部の広間に到達し、そこで「最古参の三賢人」ことアシュレイ、ピピン、プレリクスと対面したのである。三人はそれぞれ若者、少女、壮年紳士という外見であったが、全員がルミナスと同時代を生きる古の魔人であり、覚醒魔王級の力を持つ存在であった。交渉役を買って出たヒナタは、まず相手の主張を聞き出す方針を取り、リムルとヴェルドラは後方で状況観察と情報の整理に徹した。

三賢人の主張とルミナスとの決裂

話し合いの中で、三賢人の過去と思想が明らかになっていった。彼らは元々ルミナスと同じ「神祖の高弟」であり、人類支配を巡って路線が対立して袂を分かった存在である。真夜中の吸血鬼プレリクスは、人類を「糧と奴隷」と見なし、幸福など一切考慮しない恐怖支配を理想としていた。演算特化型のピピンは、人類を実験素材としか見ず、「文明の発展には犠牲が当然」と本気で語る狂気の研究者であった。アシュレイは弱肉強食と能力主義を絶対視し、「弱者は切り捨て、自己を高めた者だけを残す世界こそ正しい」と主張しており、三者とも人類を「資源」以上には扱わない思想で一致していた。

価値観の衝突とリムルの「悪あがき」論

ヒナタは人類との共存共栄を基盤とする西方聖教会側の立場から説得を試みたが、三賢人は全く耳を貸さず、交渉の余地はほぼ消滅した。アシュレイは逆にリムルの過去を突き、「真なる魔王への覚醒のためファルムス軍を皆殺しにした行為」と「毒に侵された二人のうち一人にしか薬を与えられない状況」の思考実験を持ち出し、リムルも結局は功利主義的判断をしているのではないかと問い詰めた。リムルは、自分なら知り合いや大切な相手を優先すると認めた上で、「薬を複製して全員を救う」と答え、ルールを捻じ曲げてでも誰も見捨てない「悪あがき」を続けるのが自分の在り方だと主張した。しかし三賢人にはその倫理が全く伝わらず、彼らは逆にリムルの「強さとワガママさ」を気に入り、「ルミナスを倒して自分達の仲間になれ」と勧誘する始末であった。価値観の土台が根本から異なるため、対話での歩み寄りは不可能と判断され、ヒナタも交渉断念を明言した。

創造神の高弟としての三賢人の正体

場面の合間には、三賢人の出自が整理される。アシュレイは造物主たる神祖の高弟第四位で、火精人系統の特化型として創造された護衛役であり、戦闘能力ではルミナス以上であると自負していた。プレリクスは高弟第八位で、ルミナスとは別系統の吸血鬼の始祖として夜を支配する存在だが、陽光を一切受け付けない欠陥から神祖に「失敗作」とされたことを恨み、ルミナスへの憎悪を募らせていた。ピピンは第十三位で、神祖の研究補助用に創られた演算特化型の「真なる人類」であり、生殖も戦闘能力も持たない代わりに、人間の脳を遠隔利用して演算能力を増幅する『特殊並列演算』を有していた。神祖がルミナスに討たれたことで研究成果を捧げる機会を失ったピピンは、ルミナスへの復讐と「神祖の偉大さの証明」として世界支配を目指し、アシュレイ達と利害一致して暗躍していたのである。

三賢人側の作戦とヴェルドラ封印の罠

一方、アシュレイとプレリクスは内心でリムル一行を分析し、既に勝算ありと確信していた。最大の脅威は竜種たるヴェルドラだが、魔塔全体はすでにピピンの能力で「巨大な術式空間」と化しており、入塔した時点でヴェルドラのエネルギーは結界を通じて吸い上げられ、三賢人側へ還元され続けていた。特に新月の夜はプレリクスの力が最大化する条件であり、そこに竜種のエネルギーが加わることで、彼は覚醒魔王さえ「赤子の手をひねる」感覚で屠れるとまで自信を深めていた。アシュレイ達は、第一戦でピピンがヴェルドラを能力で拘束し、その間に自分達の強化を完了させる段取りを共有し、星取り戦形式の三番勝負でリムル、ヒナタを順次叩き伏せる戦略を固めたのである。

ヴェルドラ対ピピンの第一戦と「無限回廊」

リムル側も智慧之王ラファエルから「ピピンが塔と同化した罠の術者」であると知らされており、罠が発動すれば対象を閉じ込めつつエネルギーを吸収するが、その維持には膨大な負荷がかかり、ピピン自身も行動不能になる「実質相討ちの技」であると分析していた。リムルとヒナタは、塔内部でヴェルドラに自由に暴れられる方がよほど危険だと判断し、「罠に嵌る役目」を彼に押し付ける形で第一戦を承諾した。星取り戦の初戦はヴェルドラ対ピピンに決まり、ヴェルドラは得意げに前に出たが、戦闘開始直後、ピピンが「無限回廊(エンドレスループ)」を展開し、ヴェルドラと自身をまとめて虚空へと飲み込んだ。こうしてヴェルドラは塔内から隔離され、ピピンもまた魔塔と一体化したまま姿を消した。結果はラファエルの予測通りであり、リムルとヒナタは「驚くほど予定通り」と顔を見合わせて頷き合った。ラファエルは、ピピンがラミリスの迷宮権能を模倣し、建造物と同化して空間を操作する非常に特異な能力を持つと解析し、「最古参の三賢人」が単なるイロモノではない、本物の強敵であることをリムルに再認識させる結果となったのである。

第九話 リムル、暴走

ヴェルドラ消失後の二戦目開始とヒナタの出撃

一戦目はヴェルドラとピピンが共に「無限回廊」に飲み込まれる形で引き分けとなったが、アシュレイ達は策略勝ちだと勘違いし、完全勝利を確信していた。ヒナタはこの慢心に怒りを覚えつつ、「月光の細剣」と“聖霊武装”を展開し、二戦目の前衛として名乗りを上げた。対するは真夜中の吸血鬼プレリクスであり、彼は降参すれば眷属として生かしてやると傲慢な条件を示しつつ、長剣と血魔爪を頼みにヒナタへと立ち向かった。

星幽束縛術と霊子崩壊による一撃・プレリクスの「絶対不死」

ヒナタは精密な剣技でプレリクスの衣服と皮膚を浅く裂き、その再生能力を確認した上で、呪符を用いて星幽体を縛る「星幽束縛術」を発動した。精神力のぶつかり合いで一瞬だけプレリクスの動きを止めることに成功したヒナタは、隙を逃さず最強クラスの神聖魔法「霊子崩壊」を直撃させ、プレリクスの肉体と霊子を完全に塵へと変換したかに見えた。ヒナタは鑑定結果から、プレリクスが多彩な防御能力を持つ格上の存在であると理解しており、初手から最大火力で仕留める以外に勝ち目はなかったと分析していた。

不意打ち復活とヒナタの重傷・血に酔うプレリクス

しかし、霊子レベルまで分解されたはずのプレリクスは、塔内に働く謎の力と自身の権能「絶対不死」によって即座に再構成され、背後からヒナタへ奇襲を仕掛けた。ヒナタは間一髪で急所を外したものの、脇腹を深くえぐられて重傷を負い、防御の要である“聖霊武装”も完全再生が追いつかない状態に陥った。プレリクスは血魔爪を伸縮・射出しながら、ヒナタの血の香りに酔いしれ、勝利よりも嗜虐と快楽を優先して何度も攻撃を繰り返した。彼の力は聖人の血を摂取する度に増し、対照的にヒナタの体力と再生力は目に見えて衰えていった。

ヒナタの時間稼ぎとリムルへの信頼の衝突

ヒナタはなおも戦線離脱を拒み、自分がプレリクスを引き付けることで、リムルとアシュレイの一騎打ちへの乱入を防ぐ時間稼ぎをしようとしていた。ラファエルの見立てでは、ピピンの「無限回廊」を完全解析・解除するには十分ほど必要であり、まだ半分程度しか経過していない状況であった。ヒナタは、自分が倒れればプレリクスとアシュレイの二人がかりでリムルが狙われる可能性を危惧し、あえて不利な状況でも退かない覚悟を示した。これに対し、リムルはヒナタの負担と傷に耐えられず、自分が出るべきだったと悔やみつつも、「自分を信じろ」「いや、君こそ私を信じろ」という形で互いの信頼をぶつけ合うことになった。

無限回廊内部の攻防とヴェルドラによるリムル評価

一方、「無限回廊」の内部では、ヴェルドラが上も下もない書架の空間で平然と構えつつ、自身の究極能力「究明之王」で脱出方法の解析を進めていた。ピピンは二対一ならリムルを倒せると主張していたが、ヴェルドラは「リムルは狡猾で恐ろしく、あらゆる想定を忘れない」と断じ、そもそもリムルを二人がかりで倒せると考えること自体が勘違いであると告げた。ヴェルドラの認識では、自身とリムルの戦いは千日手であり、互いに決定打を与えられないほど拮抗している一方、八星魔王でもリムルと正面から渡り合える者は限られていると評価していた。この言葉を受けたピピンは、自身の前提データの誤りに気付き始め、不安を覚え始めた。

ルール破棄とリムルの激怒・プレリクスへの制裁開始

戦場に戻り、ヒナタは満身創痍の末にリムルを信じて降参を宣言し、戦場を離脱しようとした。しかしプレリクスはルールを無視し、降参したヒナタを眷属化するために背後から再び襲いかかった。リムルはヒナタを抱きとめつつ、左腕の甲殻で血魔爪を無造作に弾き返し、顔面へ蹴りを叩き込んでプレリクスを吹き飛ばした。ヒナタは辛うじて意識を保ったままリムルを信じると言い残して失神し、リムルは「大切な仲間をここまで傷付けた覚悟は出来ているのか」とアシュレイ達に最終確認を投げかけた。アシュレイとプレリクスは、当然のようにルール破りと二対一での総攻撃を宣言し、これを聞いたリムルは満足げに笑い、プレリクスを容赦なく殴り飛ばして全面戦争への切り替えを決断した。

絶対不死の条件看破と「神之怒」改造・光牙による焼却拷問

ラファエルの解析により、プレリクスは霊子レベルまで分解された後、塔内に満ちる特殊な環境と自身の権能「絶対不死」によって即座に再構成されていることが判明した。リムルは、塔が閉じた空間で魂の拡散が起きにくい構造であること、新月で月光すらない闇夜であることから、「絶対不死」の発動条件が陽光の完全遮断であると推理した。そこでリムルは『空間支配』と『神之怒』を組み合わせ、成層圏の巨大レンズで集光した太陽光を湾曲空間経由で地下空間に直接照射するという荒技を実行し、新月の夜に疑似的な陽光を降らせたのである。プレリクスは凄まじい熱線を「超速再生」と「絶対不死」で耐えながらも苦悶し続け、この反応を見たリムルは、ヒナタがかつて口にした「光牙は光術」という言葉をヒントに、『神之怒』を疑似的な「光牙」と「鏡蠱」へと改造し、光の龍が乱舞する高熱円柱でプレリクスを延々と焼き続ける拷問に移行した。低コストで維持可能な「神之怒」による連続照射の前に、プレリクスは身動き一つ取れなくなり、すでに戦闘不能同然となった。

アシュレイとの最終戦・黒炎と未来予測による完封

プレリクスが光の牢獄に閉じ込められる中、アシュレイはようやくリムルの本当の脅威に気付き、内心で戦慄していた。彼は炎の上位精霊に似た「炎身化」した精神生命体の姿へと変じ、十字状の超高温斬撃「十字閃炎嵐撃」などでリムルを焼き尽くそうと試みた。しかしリムルは「万能結界」や「自然影響無効」によって熱ダメージを無効化し、直刀に纏わせた黒炎へ「暴食之王」の腐食と魂喰いを付与することで、鍔迫り合いそのものを相手のエネルギー吸収行為へと変えていた。さらにラファエルの「未来攻撃予測」により、アシュレイの高速機動と連撃は完全に読み切られ、技量では互角でも、情報量と対処精度の差で一方的に追い詰められていった。黒炎に蝕まれながらもアシュレイは必死に抵抗を続けたが、勝機は既に消えており、ただ緩慢に敗北へと滑り落ちていく状態であった。

無限回廊解除と三賢人の心折れ・完全敗北の自覚

追い詰められたアシュレイの精神的支えは、「ヴェルドラを封じた」という優越感だけであった。そこでリムルはラファエルに命じて「無限回廊」を解除し、ヴェルドラとピピンを戦場に呼び戻した。戻ってきたヴェルドラは平然としていたが、ピピンはラファエルとの演算勝負に完敗して精神をすり減らされており、「絶対に勝てない」とうわ言のように呟くほどに戦意を喪失していた。この光景を見たアシュレイは、自分達が勝利を確信していた戦いが、実際にはリムルに完全に掌握されていた事実を悟り、短刀を落として膝をつき、「僕達は負けた」と敗北を認めた。プレリクスもまた、光の柱から解放されたものの、精神的には既に折れており、「我等の負けだ」と呟くことで三賢人の完敗が確定した。こうして、リムルの怒りに触れた「最古参の三賢人」は、肉体的にも精神的にも叩きのめされる形で決着を迎えたのであった。

第十話 決着と新時代

戦闘後の決着とヴェルドラへの交渉
プレリクスとアシュレイを圧倒したことで、勝敗は明らかにリムル側の完全勝利となった。リムルが確認するとアシュレイも敗北を認めるが、星取り戦のルールを破ったのは向こう側であったため、リムルは「どう落とし前をつけるか」を思案した。ヴェルドラに三人まとめてぶつける「お仕置き案」を提示すると、ヴェルドラは乗り気になり、アシュレイ達は本気で怯えた。しかしそこへヒナタが目を覚まし、無事を確認したリムルの怒りは一気に沈静化した。リムルは弱い者いじめを嫌う態度に切り替え、ヴェルドラとはおやつと模型破損の件を巡る「裏交渉」で手を打ち、三賢人への実力行使は取りやめとなった。

三賢人の動機とリムルの新たな提案
リムルが処遇を決める前に、まず三賢人の動機を問い質すと、アシュレイとピピンは、ルミナスと比較され「生殖能力のない失敗作」と蔑まれてきた嫉妬と承認欲求が行動原理であったと明かした。ルミナスを超える偉業として「竜種を従え世界支配」を狙った結果が今回の暴走であったと判明する。リムルはそれに一定の同情を示しつつも、矛先と手段が間違っていると断じ、「どうせ長命の精神生命体なら、星の海や大海を目指すべきだ」と価値観をひっくり返す。そして、宇宙進出はひとまず夢として置きつつ、「大海獣にも対抗できる巨大船の設計・新造」を三賢人に依頼し、自身の海洋調査・海洋国家構想の協力者として取り込むことを決めた。

マルクシュア王国との会談と海洋国家構想
一夜明けてリムル一行はマルクシュア王に事態の収束を報告し、魔塔代表としてアシュレイとピピンを同席させたうえで緊急会談を開いた。国王・王太子・宰相・サイラス王子、西方聖教会からはニックス司祭が参加し、貴族・騎士団も控える中で、マルクシュア王国が長年魔塔の支配下にあった事実と、その関係を改める方針が共有される。リムルは、魔塔には結界維持と研究・教育機関として存続してもらい、マルクシュア王国には海に面した地の利を生かして「造船拠点」となってほしいと提案した。また、魔素を吸い過ぎていない小型の魚という希少資源に目を付け、少量の定期輸入を申し出ることで双方の経済的利益も提示した。さらに、巨大船のイメージ図を提示し、ピピンが技術的可能性を説明、リムルは迷宮とヴェルドラの力で大量の魔鋼を供給可能と明かし、魔鋼装甲の外洋船建造計画が現実味を帯びていく。これにより、魔塔・マルクシュア・魔国テンペストの三者協力による「海洋進出プロジェクト」が正式に動き出す流れとなった。

王位継承問題と新時代の開幕
会談の熱気が高まる中、マルクシュア王は自ら王位引退を宣言し、魔法使い至上主義からの脱却と「新時代」への転換を貴族達に迫った。宰相もこれを支持し、貴族達も弱者救済や知識人・職人の登用を重視する新方針を受け入れていく。ところが後継者と目されていた王太子ヘリオスが、自身は魔力の高さだけで選ばれた器であり、総合的資質では兄サイラスの方が王に相応しいと告白し、王太子返上を申し出る。サイラスは貴族からの支持の薄さを理由に及び腰になるが、リムルはサイラスの人望や自国との縁を挙げて後押しし、本人にも「俺に魔王が務まるなら、お前に国王も務まる」と鼓舞する。さらにリムルは冗談めかして「付け髭セット」を渡し場を和ませ、最終的にサイラスが次期国王として受け入れられる形で、新体制への移行が決定した。こうしてマルクシュア王国は、魔法支配から多様な才能を重んじる「海洋都市」へと舵を切る新時代の入口に立つことになった。

有給休暇の締めくくりとルミナスとのやり取り
マルクシュアでの一連の騒動を収束させたのち、リムルは有給休暇を終えてテンペストへ帰還した。ヒナタから「途中で空間支配で帰ってきてたくせに」とツッコミを受けつつも、リムルはそれを「短くも長い休暇」として締めくくる。帰国後は子ども達への土産配りなど日常へ滑らかに復帰するが、同時に魔塔を巡る件でルミナスに抗議する。リムルは「古い知り合い」として紹介されただけの魔塔が、実際にはルミナスと因縁ある勢力だったことを咎めるが、ルミナスは「嘘は言っておらぬ」と涼しい顔で受け流し、紹介状も資料の価値も偽りではなかったと示す。ヒナタはその抜け目なさを認め、リムルも「自分の甘さ」を自覚せざるを得なかった。また、ルミナスはヒナタが本気で死ぬほどの事態にはならないと楽観視していたと明かし、ヒナタは「次は勝つ」と闘志を見せる。最後に、リムルは自分が一度本気でキレていた事実をヒナタに隠しつつ、ヴェルドラと軽口を交わしながら、再び日常へ戻っていく。こうして、魔塔騒動は新たな海洋計画と国家体制の変革を生みつつ、リムル達のいつもの日々に回収されて物語は次巻へと続いていくのである。

伏瀬×高田裕三
「とある休暇の過ごし方」小説版刊行&コミカライズ版
完結記念 スペシャル対談

企画発足と「伝言ゲーム」状態の始まり
『転スラ』10周年企画として「ショートストーリーを書こう」という話が出たことが、スピンオフ「とある休暇の過ごし方」プロジェクトの起点であった。そこへコミック版担当編集から「高田裕三先生が『転スラ』を描いてもいいと言っている」という話が伏瀬に伝わり、伏瀬は即答で了承した。一方の高田サイドでは、『3×3 EYES 鬼籍の闇の契約者』終了前後のタイミングで「単行本1冊分くらいで『転スラ』を描かないか」というざっくりしたオファーが突然持ち込まれた。連載継続の約束も抱えていた高田は当初は難色を示したものの、担当編集が仕事場に居座る勢いで粘った結果、読み切り1本から話が動き始める。両者の間で情報が錯綜し、伏瀬は「多少長くなっても歓迎」と聞かされ、高田は「読み切り」と聞かされるという、典型的な伝言ゲーム状態からプロジェクトが進行したのである。

読み切りのはずが全4巻へ拡大するまで
伏瀬が執筆したショートストーリーは最終的に10話規模となり、コミカライズすれば単行本2冊分以上の分量になることは当初から予想されていた。しかし編集側は「長くなっても歓迎」と押し切り、高田は「読み切りだから大丈夫」と楽観していた。原作原稿を受け取った高田は、その文字量に「これは映画1本作る気持ちでやらないと無理」と認識を改める。結果として、準備期間込みで約2年半、連載としては約2年を費やし、当初の読み切り想定から大きく膨らんだ全4巻完結作となった。裏側では、高田が新作『3×3 EYES』再開を一旦遅らせ、『転スラ』コミカライズにリソースを振る必要が生じるなど、スケジュール面でも相当な調整が行われていた。

初対面の印象と共同作業のスタイル
二人が初めて顔を合わせたのは『月刊少年シリウス』の忘年会であり、伏瀬は小6時代から『3×3 EYES』を読み込んできた立場として極度に緊張していた。対して高田は、伏瀬を「明るく話しやすい人物」と受け止め、通常の「初対面のよそよそしさ」が薄く楽だったと振り返っている。その後も何度か対面の機会は持たれたが、高田が日々原稿に追われ仕事場から動けない状況が続き、直接会う機会は少なかった。制作面では、高田のネームは描き込みが非常に多く、その段階でほぼ完成原稿のような密度であり、伏瀬は「ネームだけで満足できるレベル」と驚嘆した。また、高田は異世界転生ものを描くのは初めてであり、世界観の異世界度合いや技術水準を掴むために既存の『転スラ』や他作品を読み込み、イタリア近辺の時代を参考に資料を集めた。しかしアシスタントにはその感覚がうまく伝わらず、板ガラスや手すりの描写などで「その経済力はこの小国にはない」といった調整を繰り返し、背景のリアリティラインをすり合わせていった。

「転スラ」の魅力と作風に対する分析
高田は『転スラ』の特徴として、「巨悪を倒して終わる破壊的な物語」ではなく、「最終的に話し合いや建設的な落としどころを探る物語」である点を挙げている。登場人物は天然な面を持ちながらも、自分の芯を崩さない「ブレないキャラクター」が多く、とりわけトリックスターとしてのヴェルドラは物語を動かし、重い空気を崩す存在として描きやすかったと評価した。伏瀬は、『転スラ』が支持された理由については「運が良かった」という半ば冗談の結論に落ち着きつつも、主人公への共感性と「やりすぎないバランス感覚」が重要と認識している。いわゆる「ざまぁ系」のように敵を徹底的に叩き潰す展開は書いていて気持ちよくとも、主人公まで「ド屑」に見えてしまう危険があるため、怒りの発散と読者の共感のバランスには人一倍気を遣っていると語った。

キャラクターの描きやすさと敵役の扱い
高田が特に描きやすかったキャラクターはヴェルドラとヒナタであり、前者は物語の潤滑油かつトリックスター、後者は感情表現がわかりやすくヒロイン的ポジションに置きやすい存在であった。コミカライズ版ではヒナタのヒロイン性が強調され、伏瀬は「番外編ではヒナタがヒロインで、リムルが八雲の立場だ」と自作と『3×3 EYES』を重ねて認識している。敵役については、アシュレイやボス格の敵の描写に加え、妖精メルババの扱いとアシュレイとの関係性が絶妙であったと伏瀬は高く評価した。サイラス王子の恋人像に関しては予想外の方向性であり、「美人とは異なるタイプのヒロイン」にした高田の解釈に伏瀬は驚きつつも、結果として作品の味になったと受け止めている。両者とも、敵キャラクターを完全な「ド屑」として描くことには慎重であり、後悔や背景を与えることで、安易な「溜飲を下げるための処刑劇」に物語を落としたくないというスタンスを共有していた。

『3×3 EYES』要素との線引きと獣魔要素の導入
企画当初、『3×3 EYES』側のキャラクターであるベナレスの登場案や、別時空で『転スラ』世界と接続させる案などが検討されていた。しかし高田は直接的なクロスオーバーには否定的であり、結果的に「キャラクター同士を直接邂逅させない」方向で落ち着いた。その代わりに、「獣魔術」という設定が開発され、『3×3 EYES』ファンがニヤリとできる要素として取り込まれた。獣魔の卵まで出す案もあったが、収拾がつかなくなる懸念から見送られ、最終局面での「光牙(コァンヤア)」登場が象徴的なクロスポイントとなった。伏瀬にとって光牙の登場は「これが見たかった」という念願のシーンであり、読者からも「原作者がやりたかったことが丸わかりだ」と看破されていたが、それを肯定的に「その通り」と受け止めている。

原作改変の度合いと連載完走の手応え
高田は毎回のネームで原作から少しずつ改変を行っており、そのたびに「怒られないか」と内心不安を抱いていたが、伏瀬からは「本筋に戻れるなら問題ない」「むしろこちらの方が良い」という反応が多かった。唯一、サイラスのふくよかな恋人像だけは伏瀬の趣味とズレていたが、それも管轄外と判断して直接口を出すことは避け、「面白ければそれでよい」という基準に従った。高田にとっては、原作付きかつ終点が決まっている作品であり、「これ以上膨らませてはいけない」という制約がある分、物語の全体設計は楽だったと感じている。ただし、毎回少しずつ脱線し、それを本筋に戻す作業は続いたため、ネーム提出時には常に緊張を強いられた。最終的に22話で完結させたことで、「大きな作品に対して悪目立ちせず、作品世界に沿った形で描き切れた」という安堵感を抱いている。

互いの総括と読者へのメッセージ
伏瀬は、「中学時代からの憧れの漫画家とのコラボが、自身の作品『転スラ』で実現した」という事実を、創作人生の中でも最大級に嬉しい出来事として位置付けている。『とある休暇の過ごし方』は、自身にとって「作者冥利に尽きる企画」であり、『3×3 EYES』ファンとしての夢と『転スラ』の作者としての夢が同時に叶った場であったと総括した。一方、高田は、「『転スラ』という巨大コンテンツの中で、とにかく悪目立ちせず、原作に寄り添った形で完走すること」を最優先に考えており、結果として作品に馴染むコミカライズを描き切れたことに満足している。読者には、「楽しんでもらえたなら何より」というシンプルなメッセージで締めくくり、対談は、両者の世代と立場を超えたリスペクトと遊び心が詰まったコラボの舞台裏として幕を閉じたのである。

特別編 大航海時代前夜

マルクシュア王国再訪と復興支援の文脈
リムルは久方ぶりにヴェルドラと共にマルクシュア王国を訪問していた。アシュレイ達との諍いから数年が経過し、その間に帝国侵攻、天魔大戦、ミリム暴走、邪神イヴァラージェ襲来など立て続けに大事件が起きたため、遊び半分の買い出しに出る余裕はなかったという事情である。しかしテンペストではマルクシュア産の鮮魚を安定的に輸入し続けており、ゲルド配下が種族共有の「胃袋」を用いて運搬することで、平時と変わらぬ食事を維持していた。その結果、迷宮避難民も食の不安なく過ごせており、「事前準備の重要性」がテンペストの軽微な被害として証明された形であった。ゆえに、被害甚大な各国への復興支援は当然の義務とされ、リムルは世界各地を巡る日々の中で、ようやく今回はマルクシュア王国の順番に至ったのである。

マルクシュア王国の被害状況とサイラス王の成長
マルクシュア王国では、魔塔の結界が機能したおかげで王都の被害は地震と大規模戦闘の影響による建物崩壊程度に留まっていた。周辺農地や山野はミリム暴走の余波で壊滅的被害を受けたが、アシュレイら魔塔の魔法使いが総出で復興を進め、小国ながら西側諸国に見劣りしない貢献を果たしていた。王城の応接室での歓談では、国王サイラスが自ら復興の経過を説明し、魔塔の協力がなければ冬を越せず餓死者が出ていたと率直に述べた。臣籍降下予定から急遽王となった青年は、結果として責任感ある良き王へ成長しており、リムルは「何とかなるさ」で割り切る自分より王としての自覚で負けているかもしれないと内心自戒するに至った。

「大魔王」呼びへの違和感と周囲の評価
一方、アシュレイ達は「大魔王リムル様」と仰々しく歓迎し、ギィに押し付けられルミナスに世界へ公表された「大魔王」という肩書を当然視していた。リムル本人は責任と対外関係の重さから大魔王職を「旨味のない役割」とみなし、ほとぼりが冷めたら引退するつもりだと語ったが、アシュレイやプレリクスは、神話級の戦いを共にした者としてその実力と功績から異論は出ないと断言した。テンペストがほぼ無傷で危機を乗り切りつつも、世界経済と安定のために積極的に資金と支援を投じている点も評価されており、リムルの本人感覚とは裏腹に、周囲は「責任を果たしている大魔王」として当然視していたのである。

プレリクスの陽光克服と「黒夜のマント」
会話はやがて吸血鬼プレリクスの話題へと移行した。彼は本来、月光すら毒となる「真夜中の吸血鬼」であり、太陽光克服は不可能とされていたが、ピピンとの共同研究により発想を転換した。種族的耐性獲得ではなく、魔法道具による「陽光回避」を目指し、各種遮光アイテムの収集・解析・改良を重ねた結果、「黒夜のマント」を完成させたのである。このマントはリムルの精霊術を参考に周囲空間の位相を操作し、プリズムのように陽光を分散・選別して有害成分のみを反射する仕組みであった。さらにピピン開発の新素材とプレリクスの魔力を融合させることで、破れても魔法構造が残る限り自己修復する生地とし、吸血鬼でも陽光下で活動可能な装備として実用化していた。

マルクシュア夢想開発造船所の完成と国家事業化
本題となるのは、リムルが以前から依頼していた造船所の視察結果であった。当初は「マルクシュア海軍工廠」として構想されていたが、サイラスの強い反対により、軍事専用ではなく国際貢献を志向した国家事業と位置付けられ、「マルクシュア夢想開発造船所」という名称で運営されることになった。魔塔との共同開発施設でありながら国名を冠することが認められ、魔塔側も異論は出さなかったという。邪神襲来に伴い工事は一時中断したが、魔塔総出の復興支援によって再開・竣工にこぎ着け、リムルの視察時には既に稼働可能な状態となっていた。施設は大規模船舶にも対応可能な堅牢さと内装を備えており、サイラスと弟ヘリオスは「兄弟初の共同事業」として胸を張って自慢し、国民総出で力を注いだと誇らしげに語っていた。

魔鋼資材の搬入と試作船・調査船の設計方針
造船所には、既にリムルによって「胃袋」経由で大量の魔鋼インゴットや魔木が納入されていた。魔鋼は一つ十キロ超の高純度インゴットであり、倉庫一面を埋め尽くす光景は壮観であったが、崩落を防ぐために魔法による重量軽減と箱単位での運搬前提で厳重に管理されていた。ピピンは工員も確保済みで、資材搬入が終わり次第いつでも建造開始可能と報告し、設計図として二種の船舶を提示した。一つ目は二十メートル級の近海用試作船であり、海上の隠れ家として快適な内装を重視した娯楽船兼データ収集用モデルであった。二つ目は百メートル級の新造調査船であり、大海獣の攻撃に耐えるため三層の魔鋼壁とメッシュ装甲、その間を満たす硬化ジェルによる多重防御構造と水密隔壁を備えた「沈みにくい船」として設計されていた。このジェルは魔塔の過去の発明品の再活用であり、海水と混ざることで硬化し浸水を防ぐ機構として活用されている。

大艦巨砲ロマンと実用性のせめぎ合い
設計打ち合わせでは、ヴェルドラが三連装主砲塔や四十六センチ砲級の大口径主砲を熱望し、「浪漫兵器」としての戦艦像にこだわりを見せた。しかしピピンとリムルは、弾道計算を魔法で補正できる世界において砲塔の数や大口径に固執する必要性は低く、試作段階から過重な兵装を積むのは非効率だと実用性を主張した。リムルはまず安定した試作船によるデータ収集と安全性の確認を優先し、ヴェルドラには「いずれ夢として目指せばよい」と宥めつつ、自身の要望である「海上の快適空間」「夜釣りや船上バーベキューを楽しめる内装」を組み込むことを承認させた。ヴェルドラは、完成した船に自分も乗れると知ると態度を軟化させ、最終的には快適性重視と将来の武装拡張を両立させる折衷案に落ち着いたのである。

安全設計と「沈まない船」へのこだわり
リムルは元世界の知識を基に船舶史資料を収集しており、とりわけ「沈まない船」と宣伝されながら悲劇的沈没を遂げたタイタニック号の例を引きつつ、慢心を戒めていた。魔鋼は低温脆性がなく極限環境にも耐える素材であるが、それでも最大の鍵は浸水対策だと位置付け、船底と外壁の多重構造、水密区画の細分化、防水隔壁の完全遮断などを詳細に指示していた。ピピンはこれら要望に応え、三層魔鋼とメッシュ・硬化ジェルによる衝撃吸収と自己修復を組み合わせた設計を完成させる。ヴェルドラは「自分のパンチなら穴が開けられる」と豪語したが、これは神話級存在特有の例外として笑い話に留まり、現実的な脅威への耐性を優先した堅牢設計が採用された。

大航海時代の幕開けへ
資材と設計、工員、施設の全てが揃い、アシュレイも「明日からでも着手可能」と請け負ったことで、残るはリムルの最終判断だけとなった。サイラス、ヘリオス、ピピンらは期待に満ちた眼差しで大魔王の言葉を待ち、リムルが「頼む」と建造開始を正式に許可した瞬間、造船所には歓声が響き渡った。こうしてマルクシュア王国における船舶建造計画は、計画立案という「一歩目」に続く「二歩目」として具体的な建造段階へ移行したのである。この日を起点として、後に人々が「大航海時代」と呼ぶことになる新たな歴史の幕開けが静かに始まったのであった。