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崩壊世界の魔法杖職人 1巻の表紙画像(レビュー記事導入用)

小説「崩壊世界の魔法杖職人 1」感想・ネタバレ

物語の概要

本作はポストアポカリプス×クラフト系ファンタジーに属するライトノベルである。ある日、地球に降り注いだ“魔法の隕石”によって文明は電気を失い――高度な社会は崩壊した。人類は途方に暮れる一方で、魔法の力を得る世界へと変容していく。主人公 大利賢師(おおり けんし) は器用さだけを武器に奥多摩に引きこもりながら、隕石から魔法の杖を削り出す。魔法言語や杖の仕組みを解き明かし、廃墟と化した東京の片隅から世界を救うカギを作り出す――という「ものづくり」を軸に据えた物語である。

主要キャラクター

大利賢師(おおり けんし)
本作の主人公である。高い器用さを持つ青年で、電気文明が崩壊した世界で魔法杖を自作し、人々の生活を再構築していく職人。引きこもり・コミュ障気味の性格だが、その手先の技術と冷静な観察力が荒廃世界で重宝される。

青の魔女
物語序盤で大利と出会う魔女。人間不信に陥って閉ざされた心を持つが、大利の技術と誠実さによって徐々に心の障壁を取り払われていく重要な存在として描かれる。

物語の特徴

本作の最大の魅力は、終末世界の混沌を「カタチにする=ものづくり」で突破していく点にある。魔法は単なるチート的な力ではなく、「言語の解読」「杖の工作」「物理・工学的発想」が深く絡むシステマティックな設定として描かれている。
ポストアポカリプスものにありがちな“放浪と戦闘”だけではなく、精密工作/研究/クラフト要素が主軸であり、主人公が文明再建の鍵となる工程を丁寧に積み重ねる点が他作品と明確に差別化されている。
また、文明が崩壊した世界で“クラフト×魔法=新たな生活基盤”を築くというアプローチは、単なるサバイバルではなく「希望と再生」というテーマを強く打ち出している。

書籍情報

崩壊世界の魔法杖職人
著者:黒留 ハガネ 氏
イラスト: かやはら 氏
出版社:KADOKAWA
発売日:2025年9月25日
ISBN:9784046849816

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あらすじ・内容

Web版から3万字超の加筆! 新規エピソード多数!
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【連載開始からわずか4ヶ月で「小説家になろう」年間ローファンタジーランキング1位達成!(2025/2/25時点) ※「小説家になろう」は株式会社ヒナプロジェクトの登録商標です。】

大利賢師は器用さだけで生きてきた男だ。それは文明が崩壊しても変わらない。

ある日地球に降り注いだ魔法の隕石群は、地球から全ての電気を奪った。
電気に支えられていた高度な社会はたちまち崩壊。未曾有の大混乱が起きる世界を尻目に、大利は独りのんびりと隕石の一つを削り出し魔法の杖を作り上げた。

――そう、人類は電気を失ったが、代わりに魔法を手に入れたのだ。

そして大利は知らなかった。
電子機器が使えなくなった崩壊世界で、精密機械並の工作ができる自分の器用さが世界を救う力になる事を。

西に人間不信の魔女がいれば、器用さで閉ざされた心を開き。
東に命懸けで世界を救う研究をする可愛いオコジョがいれば、器用さで助けてやり。
ガラクタだって魔法の杖に加工できる。
なぜなら器用だから。

これは、崩壊世界で繰り広げられる魔女や魔法使いの英雄譚――ではない。
コミュ障で奥多摩に引きこもったド器用な青年が魔法杖職人となり、東京の片隅から全世界を揺るがしていく、生涯の記録。

崩壊世界の魔法杖職人1

感想

世界観の作り込みと人物造形のクセが強く噛み合った、非常に読み応えのある一冊。
文明崩壊もの、魔法もの、職人ものという要素を併せ持ちながら、そのどれにも安易に寄りかからず、「器用さ」という一つの資質を軸に物語を組み立てている点が強く印象に残った。

まず目を引くのは、主人公・大利賢師のコミュ障ぶり。
単に人付き合いが苦手というレベルではなく、「子供相手にその言い方をするか」と思わず突っ込みたくなるほどの率直さと不器用さを持っており、読んでいて笑っていいのか戸惑う場面も多い。
しかし、その極端さこそがキャラクターとしての説得力を生み、彼が社会から距離を置き、奥多摩に引きこもっていた理由にも自然と納得がいく。
英雄的な言動とはほど遠いのに、目が離せなくなる主人公であった。

世界設定も非常に丁寧である。魔法の隕石群によって電気機械が全滅し、その代償として魔術的な能力が生まれたという前提が、雰囲気だけで流されることなく、物理学や工学の延長線として説明されている点が秀逸であった。
なぜ電気が失われたのか、なぜ魔法が成立するのかという疑問に対し、理屈としての答えを用意しているため、読者は安心して世界に没入できる。
この「理屈のある魔法工学」という感触が、本作の大きな魅力である。

主人公の力もまた、ご都合主義から距離を取っていた。
突然与えられたチート能力ではなく、生来の器用さが、文明崩壊後の世界でたまたま決定的な価値を持ってしまったという構図は非常に納得感が高い。
隕石を削り出し、魔法の杖を作り上げる過程には職人ものとしての楽しさがあり、「できてしまう」ことへの怖さや、周囲からの視線の変化も丁寧に描かれていた。

物語が動き出してからは、青梅を統治する青の魔女との出会いが印象的である。人間不信に陥った魔女と、コミュニケーションが壊滅的に苦手な主人公という組み合わせは不思議な相性の良さがあり、器用さを通じて少しずつ心がほぐれていく過程には温かみがあった。
また、魔法言語を研究する可愛いオコジョの少女の存在も物語に柔らかさと救いを与えており、世界の過酷さ一辺倒にならないバランスを保っている。

終盤では、ドラゴンに連れて行かれ、あっさり連れ戻されるという展開もあり、事態のスケールが一気に広がった。
その一方で、「家の修繕はどうするのか」という生活感のある疑問が頭に浮かぶのも、この作品らしさであった。
世界を揺るがしかねない技術を生み出しながら、本人は相変わらずマイペースで、日常の延長線に生きている。そのズレが可笑しくもあり、不安でもあり、今後への期待を強く残した。

さらに、青の魔女をはじめ、魔法の影響を受けた人物たちにもきちんと焦点が当てられており、世界が主人公一人のために存在しているわけではないことが伝わってくる。
表紙に描かれた生き物の存在も含め、重たい設定の中に笑いや救いが差し込まれている点は好印象であった。

特装版の小冊子についても触れておきたい。魔法杖の解説やキャラクター紹介が収録されており、時系列や設定の整理に非常に役立つ内容である。
本編で感じた疑問や引っかかりが補完され、世界観への理解が一段深まるため、可能であればまとめて読むことを勧めたい。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

賢師(大利賢師)

人と会って話すことに耐えられず、奥多摩で引きこもり生活を続けた男である。生存のために合理を優先し、他者との距離を取り続けた。青の魔女とは取引関係になり、製作技術が勢力図に影響する立場へ押し上げられた。

・所属組織、地位や役職
 無所属。奥多摩に住む魔法杖職人。

・物語内での具体的な行動や成果
 隕石由来の魔石を「オクタメテオライト」と名付けて加工し、共振でビームを発射する魔法杖を作った。サバイバル生活へ移行し、杖を狩猟に転用した。減衰用の研究杖「アレイスター」を作り、豊穣魔法の安全な検証に貢献した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魔法杖の加工技術が「超越者」間の取引と警戒を呼ぶ水準になった。青の魔女の販売窓口構想により、流通の起点になった。竜の魔女に誘拐される事件で、当人の価値が他勢力にも露呈した。

青の魔女(青梅の魔女)

青梅一帯を治めると名乗り、侵入者を殺す方針も示した支配者である。戦闘力と判断の速さで地域を守る一方、賢師に対しては距離の調整を行った。賢師の技術を利用しつつ、流通の危険も理解して制御を試みた。

・所属組織、地位や役職
 青梅周辺の縄張り支配者。魔女。

・物語内での具体的な行動や成果
 賢師を拘束して連行し、杖の製作技術を確認した。青魔杖「キュアノス」を受領し、怪獣を凍結させて進撃を止めた。東京魔女集会へリモート参加し、魔法語資料の取引を交渉した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 キュアノスによる戦果で、他の魔女から出所を追及される状況になった。青梅死守を最優先し、援軍要請を拒否する姿勢を貫いた。竜の魔女事件では賢師を奪還し、制裁を執行できる影響力を示した。

窃盗少女

痩せ細った小学生程度の体格で、賢師の干し葡萄を盗んでいた少女である。賢師から自活用の道具と知識を渡され、以後は盗みをやめて働く側へ移った。後に竜の魔女領で食料班として再登場した。

・所属組織、地位や役職
 当初は所属不明。後に竜の魔女領の食料班。

・物語内での具体的な行動や成果
 賢師の罠にかかり、窃盗が露見した。賢師が置いた自活セットを受け取り、生活を切り替えた。弁当の配達時に賢師へ礼を述べ、三日分を超える食料を置いた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 略奪側から労働側へ移ったことが明示された。賢師にとっては「人が消えたわけではない」現実の象徴になった。

目玉の魔女

使い魔を通じて情報伝達や来訪を行う魔女である。怪獣上陸など広域の情勢を青の魔女へ伝えた。東京魔女集会の運用にも関与していた。

・所属組織、地位や役職
 東京魔女集会の参加者。魔女。

・物語内での具体的な行動や成果
 使い魔を青の魔女のもとへ送り、怪獣上陸と戦死情報を伝達した。集会後に青の魔女へ定例参加を求めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 遠隔手段を持つ存在として、連絡網の要点になった。青の魔女の交渉力を評価する立場を示した。

継火の魔女

炎系の戦闘や解凍作業に関わった魔女である。怪獣への足止めに参加し、東京凍結後は解凍を開始した。未来視の魔法使いの介抱も行った。

・所属組織、地位や役職
 東京魔女集会の参加者。魔女。

・物語内での具体的な行動や成果
 怪獣への足止め戦闘に参加した。東京凍結後の解凍作業を担当した。未来視の魔法使いの異変時に介抱した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 災害級の後処理を担う役回りとして重要度が上がった。

八王子の魔女

封印鎖のような拘束手段で怪獣の足止めに参加した魔女である。尻尾のビームで鎖を溶かされ、突破を許した。

・所属組織、地位や役職
 東京魔女集会の参加者。魔女。

・物語内での具体的な行動や成果
 封印鎖で怪獣の進撃を止めようとした。怪獣のビームで拘束が破られた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 人類側の戦力が怪獣に通じにくい現実を示す一因になった。

吸血の魔法使い

東京魔女集会を政治組織化させ、統治機能を回していた中心人物である。のちに戦死し、集会の統制が崩れた。未来視の魔法使いに長期視点を与えた。

・所属組織、地位や役職
 東京魔女集会の中核。魔法使い。

・物語内での具体的な行動や成果
 集会を情報交換会から統治組織へ変え、縄張り区画や治安維持を回した。未来視の魔法使いへ助言し、強い未来視の運用へ導いた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 死亡により集会の出席率と統制が低下した。死後も比較対象として人々の言動に影を落とした。

未来視の魔法使い

食料不足による大飢饉を未来視し、回避を悲願として動いた指導者である。担保としてキュアノスを求め、青の魔女と交渉した。文京区の治安維持と復興を推進した。

・所属組織、地位や役職
 東京魔女集会の有力者。文京区の実務を回す立場。

・物語内での具体的な行動や成果
 食料政策を進め、開墾や種苗確保などを実行した。大日向慧の成果を受け取り、東京魔法大学の設立へつなげた。厳格な試験で一期生を選抜し、普及戦略を設計した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 未来確認の呪文の代償で幼児化のような症状を起こした。豊穣魔法の迂回詠唱成立で悲願が前進し、政策の正当性が増した。

花の魔女

豊穣魔法の習得源として言及された魔女である。未来視の魔法使いが高価な対価で魔法を得た相手になった。

・所属組織、地位や役職
 東京魔女集会の関係者。魔女。

・物語内での具体的な行動や成果
 豊穣魔法を提供した。基幹単語として「恵みあれ」が示された。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 豊穣魔法が食料危機対策の鍵になり、間接的な影響力が大きい。

入間の魔法使い

「貸した瞬間に殺される」前例として言及された存在である。取引のリスク認識を強める材料になった。

・所属組織、地位や役職
 所属不明。魔法使い。

・物語内での具体的な行動や成果
 貸与に関する致命的な前例として参照された。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 具体像は語られないが、交渉判断に影響を与えた。

大日向慧(オコジョ教授)

魔法の暴発でオコジョの姿になったと説明した魔法言語学の教授である。賢師へ講義を行い、豊穣魔法の迂回詠唱を完成させた。青の魔女とは青梅出身という縁で接点がある。

・所属組織、地位や役職
 東京魔法大学の初代学長兼主任教授。魔法言語学教授。

・物語内での具体的な行動や成果
 賢師の工房で魔法言語学の講義を実施し、安全音などを教えた。アレイスターを用いた安全検証で実験を進め、豊穣魔法の迂回詠唱を完成させた。大学で研究と教育を行い、普及の集中拠点になった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 研究者としての功績で大学設立と学長就任に至った。全国行脚を避け、大学で人材を集めて教える方式が採用された。

大日向聡一

グレムリン災害後に魔法言語解析チームを立ち上げた人物である。呪文の聞き取りと解析を進めたが、研究の致死事故で死亡した。慧の研究の起点になった。

・所属組織、地位や役職
 魔法言語解析チームの立ち上げ役。研究者。

・物語内での具体的な行動や成果
 魔女や魔法使いから呪文を収集し、言語サンプルを集めた。研究方針として迂回詠唱の開発を目標に据えた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 研究チームの死亡により活動が断絶し、慧が単独継承した。

財前金太郎

竜の魔女領の内政と運用を整えている実務者である。賢師に状況を説明し、回収班の参加も提案した。青の魔女の制裁局面では命乞いの交渉に割って入った。

・所属組織、地位や役職
 竜の魔女領の運営実務者。スーツ姿の訪問者。

・物語内での具体的な行動や成果
 賢師へ縄張り統治と配給の仕組みを説明した。回収班の危険任務と引き換えに待遇改善があると提示した。竜の魔女の恩を理由に、青の魔女へ助命を懇願した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 福利厚生が整った領内の背景として、実質の運営者であることが示唆された。交渉で死刑回避に影響を与えた。

竜の魔女

真紅のドラゴンとして現れ、賢師の家を壊して宝を奪った魔女である。賢師を誘拐して巣に軟禁し、財宝管理官として使役しようとした。青の魔女の介入で制裁を受けた。

・所属組織、地位や役職
 武蔵村山・東大和・東村山一帯の縄張り支配者。魔女。

・物語内での具体的な行動や成果
 賢師からオクタメテオライトなどを奪い、巣へ連行した。魔石「メテオフレイム」を首飾りに加工させようと命じた。青の魔女の襲来時に逃走を図ったが制圧された。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 領内では強い魔物を討伐し、食料配給の基盤にも関与していた。賢師誘拐の失態で青の魔女から制裁を受け、足を引きちぎられた。

松尾

事務運用の場で規則を破って直訴した事務員である。比較発言で未来視の魔法使いの感情を刺激した。

・所属組織、地位や役職
 文京区側の事務員。

・物語内での具体的な行動や成果
 秘書経由の整理を崩し、直接の直訴を行った。吸血の魔法使いを引き合いに出し、運用摩擦を生んだ。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 秘書の介入で抑え込まれたと記述された。

秘書

未来視の魔法使いの激務を支える情報整理役である。松尾の無礼を制御し、意思決定の場を保った。

・所属組織、地位や役職
 未来視の魔法使いの補佐役。

・物語内での具体的な行動や成果
 情報整理を担い、運用の生命線になった。松尾の直訴問題に介入した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 未来視の魔法使いの感情の立て直しに影響を与えた。

「ふーちゃん」を失った男

慧のオコジョ姿を失ったペットと誤認し、つけ回していた男である。青の魔女に制圧され、理由を説明して謝罪した。最後に変身魔法を教わり、実際に成功した。

・所属組織、地位や役職
 所属不明。一般人として扱われた。

・物語内での具体的な行動や成果
 電柱の陰から慧を見つめ、つけ回しを行った。青の魔女の氷槍で威嚇され、動けば殺すと警告された。詠唱を再現してオコジョ変身に成功した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魔法を扱う側へ移ったが、行動の危うさも残った。

展開まとめ

【そして文明は滅んだ】

奥多摩での孤立生活と生計の確立
賢師は人と会って話すことに耐えられず体調を崩し、奥多摩の借家に引きこもってネットオークションで生計を立てていた。最初はジャンク品を修理して再出品し、やがて出品の安定性を求めて一次生産へ移行し、人気アニメの模造武器を高品質に製作して売ることで収入を伸ばした。一方で無許可販売への後ろめたさや転売への苛立ちを抱えつつ、公式とのやり取りを避けるため現状維持を選んでいた。

隕石と未知の宝石オクタメテオライト
賢師は裏庭で熱を帯びた隕石を拾い、内部から宝石状の結晶を発見した。鑑定の結果、その宝石はダイヤモンドを超える硬度を示し、奥多摩にちなみオクタメテオライトと名付けて球体に研磨した。宝石の魅力に没頭する一方で、電気・ネットが止まり、やがて水道やガスも止まる異常が続いていた。

共振実験で発現したビームと魔法杖の完成
外部情報が得られないまま賢師は独自研究として固有振動数を調べ、声で共振させた瞬間、オクタメテオライトが白いビームのようなものを発射し壁を破壊した。賢師は裏庭でも同様に発射できることを確かめ、木製の柄と組み合わせて魔法杖として仕上げ、アニメの真似をしながら撃ち続けたが、次第に体が浮くような不快な疲労を覚え、魔力消費のような代償を疑った。

水晶による電気機器の侵食と世界規模の崩壊認識
インフラ停止が長引く中、賢師は修理用のラジオを分解して電気部品が乳白色の水晶に侵食され破壊されていることを発見し、他の家電や公衆電話、街灯、自販機、車両まで同様に壊れていると確認した。現象が地域限定でないと悟った賢師は、医療・交通・生産など電気依存の社会機能が連鎖的に崩れる可能性に愕然とした。さらに雨の中で雹のように落ちてきた水晶を見て、雲が雷ではなく電気を喰って育つ水晶を落とすようになったと理解し、自分が籠っている間に人類文明が既に崩壊していたと結論づけた。

【サバイバル、魔法を添えて】

餓死が現実化し、狩猟採取へ移行した経緯
賢師は電気と物流が戻ると高を括っていたが、食料補充が途絶えることで「餓死」を現実の脅威として認識した。そこで釣り、罠猟、山菜採り、菜園拡張を同時進行し、備蓄を削りながら不足分を埋める生活へ切り替えた。野生動物に畑を荒らされることが笑い事ではなくなり、食料確保が日々の中心になった。

オクタメテオライトの狩猟利用と生活の緊張
賢師は魔法杖オクタメテオライトの白いビームを狩猟に転用し、銃も弓もない状況で鹿を行動不能にして仕留めた。獲物の処理や干し肉作りで保存を工夫したが、干し魚の盗難によって他者の存在と略奪の現実を突きつけられ、警戒を強める必要に迫られた。

生活サイクルの安定と、孤立が崩れた兆候
賢師は昼行動へ移行し、罠の見回り、山菜採取、川釣り、燻製や家の修繕を回す日課を確立した。奥多摩の住民が青梅市方面へ避難した痕跡を張り紙から読み取りつつも、窓の破壊や車の荒らしから略奪が既に起きていたと推測した。孤立は安全ではなく、単に「人が見えないだけ」になっていた。

赤宝石ウサギの発見と魔法石の一般化
罠にかかった野兎の額に赤い宝石が埋まっているのを見つけ、賢師はそれを検分した。宝石は工業用ダイヤモンドでも傷がつかない硬度を示し、固有振動数の声で弱いビームを発射したため、魔法石が隕石由来の特例ではなく生物や環境に広がっていると確信した。さらに電気水晶も球形加工でビームを出すと判明し、魔法杖素材が遍在する事実が賢師の創作欲と生存戦略を加速させた。

窃盗少女との遭遇と「理性の限界」
警報トラップにかかった侵入者は痩せ細った小学生程度の少女で、干し葡萄を盗んでいた。賢師は殴る代わりに食料を投げ与え、会話は拒絶したが、少女は数日おきに盗みに来て返礼品を置くようになった。賢師は継続支援が自分の生存を脅かすと判断し、山菜知識の小冊子、釣り竿、種、衛生用品などの自活セットと「二度と来るな」のメモを置き、少女を遠ざけた。これは慈善ではなく、共倒れを避けるための切り捨てを伴う合理だった。

一年後の限界と、略奪への転換決意
賢師は越冬で食料と薪が激減し、クマとの遭遇をビームで撃退しながら技能を伸ばしたが、春には米櫃も塩も尽き、狩猟採取だけでは帳尻が合わない地点に到達した。稲作で秋の回復見込みは立てたものの、当座の数カ月を凌げない。賢師は魔法を使う野生動物の存在と、赤宝石の二重構造から着想した加工で量産型魔法杖「ヘンデンショー」を完成させ、指向性と威力を上げた。ついに「奪わなければ生きられない」と割り切り、奥多摩の外へ物資回収に出る決意を固めたが、最大の願いは相変わらず「誰にも会わないこと」であった。

【青の魔女】

青梅への遠征と異常な破壊痕
車が使えないため、賢師は奥多摩から線路沿いを三時間歩いて青梅へ向かった。道中の民家は無人で、巨大な力で抉られたように半壊・全壊しており、地震や火災では説明できない破壊に恐怖した。魔法が現実なら怪獣や魔物の襲撃もあり得ると考え、危険な地域への深入りを避けた。

青梅での物資漁り
青梅は比較的建物が無事で人の気配もなく、物資回収に適していた。賢師は魔法杖ヘンデンショーを携えて民家に侵入し、缶詰・乾麺・調味料などを確保した。血痕や異臭のある部屋は避け、状況の異常さを感じつつ早期撤退を決める。二軒目では食料は無かったが、イチゴと枝豆の種を得て収穫とした。

屋根の少女との遭遇と拘束
移動中、屋根の上に立つ少女に「無断侵入」を咎められた。少女が蒼い宝石を掲げると冷気が満ち、魔法石の使い手だと分かる。賢師は杖を捨てて降参し、少女は人外じみた身軽さで降り立って尋問した。賢師が奥多摩で一人暮らしの無所属だと答えると、少女はヘンデンショーを検分し、氷の槍の魔法を放って威力の異常さに驚く。賢師が自作したと知ると追及するが、賢師が恐怖で泣き出したため、少女は態度を抑えて拠点へ連行した。

青の魔女の拠点と自己紹介
拠点は有刺鉄線や土嚢で固めた要塞風の一軒家で、室内は清潔でハーブの香りがする一方、弾薬箱や工具が物騒さを漂わせた。少女は「青梅の魔女」「青の魔女」と名乗り、この一帯を治めていると告げ、賢師の名も尋ねた。

世界崩壊の仕組みと魔物の拡大
青の魔女は、昨年4月4日の流星群が魔石を降らせ、魔石が胞子のようなものを撒き、電気製品に付着して「グレムリン」が育ち、全世界の電気が停止したと説明した。グレムリンの影響は生物にも及び、適応した動物は魔法を使う「魔物」になり、巨大化や怪物化も起きた。警察や自衛隊も当初は対応したが限界を迎え、避難所は壊滅したという。

超越者による縄張り統治と青梅の現状
市街地では魔女や魔法使いなど「超越者」が魔物への対抗力を持つため、彼らがエリア支配者として治安維持を担っている。青の魔女自身は静電気体質で、グレムリン侵入で生死の境を彷徨いながら生還し、魔女になった過去を語った。青梅に人がいない理由を問われると、青の魔女は「全員死んだ。何人かは私が殺した」と述べ、侵入者は殺す方針も示した。

オルゴール修理で見えた喪失
賢師は青の魔女に加工技術を疑われ、実演の流れになるが、彼女が席を外している間に棚の限定オルゴールを見つけ、壊れていたため分解修理して鳴らしてしまう。戻った青の魔女は怒らず涙を流し、それが亡き妹の形見で、二度と聴けないと思っていたと明かして礼を言った。これを機に青の魔女は態度を和らげ、賢師の人格も見直した。

対人恐怖の告白と距離の調整
賢師は人の声や顔に強い拒否反応があり、会話や接近が辛いと説明した。青の魔女は誤解を解いた後、仮面を被り、無言の身振りで意思疎通する形に切り替えて配慮した。賢師はそれで呼吸が楽になり、ようやく落ち着いて本題に集中できた。

グレムリン加工の実演と危険性の警告
賢師はグレムリンの小塊をナイフで球形に整え、固有振動数の叫びでビーム威力が上がることを示した。青の魔女は、これは「弓矢しか無い世界で一人だけマシンガンを作れる」ほどの優位で、技術が露見すれば日本中の超越者に狙われると警告した。賢師は自分の力の危険性を実感する一方、作品を世に出せない歯痒さも抱えた。

取引の成立と“販売窓口”の提案
青の魔女は奥多摩まで送る、困れば助ける、青梅での物資回収も許可すると示した。賢師は帰宅直前、青の魔女に自分の杖の「販売窓口」になってほしいと提案した。賢師が引きこもって製作し、青の魔女が回収・宣伝・交渉・販売を代行し、売上を物資で届ける構想である。青の魔女は自分用の杖を無償で作る条件で了承した。

青魔杖キュアノスの製作と納品
賢師は青の魔女の蒼い魔石を預かり、多層構造に削り込む大仕事に着手した。作業中、青の魔女から食料・薪・工具が玄関先に差し入れられ、賢師は集中して七日で完成に到達する。ケルト風意匠に銀の象嵌、「青」を意味する語を銘として刻み、全体の配色や接合材まで青石を引き立てるよう整えた最高傑作「キュアノス」を納品書付きで玄関先に置くと、翌朝には回収されていた。

【オーバーテクノロジー】

青梅の日常と賢師との契約
青の魔女は青梅で、墓の手入れと哨戒を繰り返す生活を続けていた。賢師が製作した魔法杖キュアノスを得たことで、青梅防衛は強化され、魔法杖流通の独占が勢力図を左右し得ると見込んだ。彼女は賢師の要望通り、購入者の選別を始め、青梅を守るための取引を現実の力へ変えようとしていた。

杖の威力検証と不穏な報せ
哨戒中、キュアノスの増幅効果は制御困難なほど過剰で、試射相手に困る状況だった。帰宅後、目玉の魔女の使い魔が来訪し、東京湾に全長100m級の怪獣が上陸し沿岸部が壊滅しつつあると告げる。さらに吸血の魔法使いが戦死し、継火の魔女と八王子の魔女が足止めしていると伝えられ、青の魔女は事態の深刻さを悟った。

援軍拒否と青梅死守の決意
援軍要請を受けても青の魔女は青梅を離れない方針を貫き、怪獣が接近したら自分が単独で狩ると宣言した。過去に遠征の隙を突かれて青梅が襲われた苦い経験があり、再び守るべき場所を空けることを拒んだためである。

怪獣の接近と超越の戦闘
屋上から青の魔女は、ビル群を薙ぎ倒しながら進撃する怪獣を目視した。継火の炎と八王子の封印鎖も通じず、怪獣は尻尾のビームで鎖を溶かして進む。人類側の力への信頼が揺らぐ中、青の魔女は青梅を守るため、キュアノスの最大威力で追い返す覚悟を固めた。

制御不能な全力魔法と凍結
青の魔女は魔力を限界まで注ぎ込み、最強の氷結魔法を放った。増幅された波動は電波塔ごと怪獣を貫いて瞬時に凍結させ、周囲の街まで氷に閉ざし、雲を飲み込んで季節外れの雪まで降らせた。破壊を止めた代償として被害範囲は広がり、青の魔女は自分こそが世界を滅ぼす怪物のようだと自嘲し、「流石にこれはオーバーテクノロジーだよ、賢師」と呟いて魔力切れで気絶した。

【竜炉彫七層型青魔杖キュアノス】

怪獣氷像の発見と青の魔女の来訪
賢師は朝の支度中、山の向こうに怪獣の巨大な氷像が立っているのを目撃して動揺した。そこへ仮面姿の青の魔女が無音で現れ、賢師は驚きつつも、仮面なら会話の負担が少ないと確認した。賢師は条件付きで会話再開を求め、青の魔女も応じた。

東京凍結の顛末と“宣伝のやり過ぎ”問題
青の魔女は、東京湾に出現した怪獣をキュアノスで凍結させたが、余波で羽村市全域級の凍結が発生し、氷は通常の火では溶けず都心が異常低温になっていると説明した。継火の魔女が解凍作業を始めたものの規模が大きく、復旧は見通せない。さらに青の魔女は、魔法杖の出所を他の魔女に追及され始め、力が強すぎるがゆえに流通が危険視される段階に入ったと警告した。

“核兵器”としての杖と販売方針のすり合わせ
賢師は宣伝成功だと考えたが、青の魔女は「強すぎる兵器は売れない」として、悪用や勢力均衡の崩壊、技術者責任の問題を説いた。賢師は理解した上で、価格よりも“正しく使う相手”を選んで流通させたいと提案した。青の魔女は人を見る目に自信がなく、裏切りの経験もあって慎重だったが、渋々「売っても良い相手が見つかれば売る」と妥協した。

キュアノス破損の発覚と原因推定
青の魔女はキュアノスが破損したと告げ、杖は柄が縦に大きく割れていた。乱暴に扱ったのではなく、最大威力の広域凍結魔法を最大増幅で撃った後に壊れていたという。賢師は木材が極低温で水分凍結膨張し割れる「凍裂」が原因だと見立て、これは設計側の想定不足で自分の責任だと断じた。

柄の換装修理と耐凍裂対策
賢師はコアが無傷であることを確認し、柄を丸ごと作り直す方針を取った。凍裂対策として含水率0%の全乾材を採用し、歪みや乾燥割れのデメリットを承知で最優先の耐性を選んだ。芯材から新しい柄を削り出し、コアとの噛み合わせを調整し、速乾ニスで湿気を吸いにくく仕上げてキュアノスVer.2を完成させた。

青の魔女の異常な戦闘力と今後の改善意図
修理完了とほぼ同時に青の魔女が帰還し、奥多摩全域の魔物掃討を短時間で終えたと証拠のグレムリンを大量に提示した。賢師はその規格外の戦闘力に戦慄しつつ、修理品の完成速度にも互いに驚いた。青の魔女は新しい柄の精度に驚嘆して礼を述べ、回収して帰った。賢師は現場目線の使用感を得て改良を重ねる必要を感じ、定期的なメンテナンスと技術研鑽を決意した。

【魔女がいる暮らし】

三カ月後の奥多摩生活と食料基盤づくり
賢師は奥多摩での引きこもり生活を継続し、青の魔女の物資配達により狩りの頻度を減らし、田んぼの世話に時間を割くようになっていた。人口減少で市街地の食料遺産が残っている一方、いずれ枯渇すると見込み、稲作成功で自給を確立する狙いを抱いていた。鶏の飼育は脱走で失敗したが、魔法を用いた漁法は習得し、魚を気絶させて回収する手段を確立していた。

魔力の一般化と超越者の代償認識
賢師はグレムリン災害後、人類が多かれ少なかれ魔力を得たこと、魔力と生体電気の関連、帯電体質が超越者化と引き換えに体内結晶化したグレムリンによる内臓破壊リスクを負うことを学んでいた。青の魔女の魔力規模を基準に、自身は比較的多い方だとされつつも、命を賭してまで大魔力を望まないという現実的な線引きをしていた。

山葵の自生地を巡る魔物退治と戦闘観のズレ
賢師は沢の山葵自生地を荒らす亀型の魔物について青の魔女に相談し、討伐同行と見学を許可された。青の魔女は魔力感知で擬態中の魔物を即座に見抜き、跳躍からの回転蹴りで一撃粉砕して決着をつけた。賢師は魔法戦闘の参考を期待していたが、青の魔女が魔力節約のため物理で片付けたことで肩透かしを受け、目的の伝え方を誤ったと自覚した。

初歩凍結魔法の口頭授業と“魔法語”の導入
青の魔女は賢師にも扱えそうな実用魔法として、初歩の凍結魔法「凍れ」と派生の攻撃魔法「凍る投げ槍」を教える方針を示し、発音矯正から始めた。呪文は文法や文脈を持つ言語であり、超越者は変異後の昏睡明けに適性魔法を感覚的に知ると説明した。魔物も同様に変異直後から魔法を扱い、その発音が後から魔法語体系に取り込まれている可能性が語られた。

非超越者の危険性と発音限界の提示
青の魔女は、賢師が超越者ではないため、グレムリンや魔石の近くで呪文を正確に発音すると意図せず魔法が発動し得る点を警告した。また魔法語には変異した喉でないと発音できない音が含まれ、高度魔法ほどその傾向が強いと述べた。実演として“魔女専用級”の呪文で丸太を氷に変える現象を見せ、賢師は強い刺激と創作意欲を覚えた。

魔法語研究への関心と資料入手の約束
賢師は自身の固有振動数による白いビームの呪文が魔法語的にどう位置づくかを問い、青の魔女は言語学的知識は受け売りだと認めたうえで、呪文研究者から資料を入手してくる提案をした。賢師は即座に了承し、青の魔女は次の魔女集会後、五日以内に持ち帰ると約束した。

【東京魔女集会】

集会の成り立ちと弱体化した統治機能
青の魔女は青梅から動かず、目玉の魔女の使い魔越しにリモート参加した。東京魔女集会は当初、災害直後の情報交換会だったが、吸血の魔法使いの参加で政治組織化し、縄張り区画・治安維持・応援要請・物資交換・難民振り分け・技術保全などを回していた。吸血の魔法使いの死後は統制が失われ、出席率低下と衝突増加でプロジェクトが停滞し、形だけの連携維持が限界になっていた。

青の魔女の目的は“魔法語資料”で、交渉相手は未来視
青の魔女は政治に関わらず、未来視の魔法使いに魔法語研究資料の貸与を求めた。未来視は「原本一揃いで複製不可」を理由に拒み、担保を要求して交渉を主導した。

担保要求の本命はキュアノスで、食料危機がカードになる
未来視は担保として青魔杖キュアノスを要求し、青の魔女は即座に拒絶した。未来視はその背景として、二年以内に食料不足が臨界化し大飢饉が起きるという予測を提示し、農機停止・輸入停止・肥料不足・物流断絶・農林水産の担い手壊滅・漁業壊滅・魔物による食害・種苗喪失などを挙げて危機の構造を説明した。青の魔女は現実味の薄さと自分の無関与を自覚し、精神的に追い詰められる。

未来視の狙いは“豊穣魔法×キュアノス増幅”で餓死未来を変えること
未来視は花の魔女から高価な対価で豊穣魔法を習得したと述べ、キュアノスで増幅して広域に散布すれば、東京近郊だけで300万人規模の餓死を回避できると訴えた。一方、入間の魔法使いの前例により「貸した瞬間に殺される」リスクが突きつけられ、未来視も追い詰められて研究者を人質に差し出す案に踏みかけるが踏みとどまる。

青の魔女の譲歩と、未来視の“確認魔法”の代償
青の魔女はキュアノス貸与は拒みつつ、自分側で食料問題の解決策を考えると提案し、奥の手があることを匂わせて最低限の信用を取りに行った。未来視は未来確認の呪文を唱えた直後、魔力逆流で幼児化したように呂律が崩れ、継火の魔女に介抱される事態となったが、結果だけは「だいじょうぶそう」として青の魔女の提案を受諾した。

集会離脱と“奥多摩の賢師”への依存判断
目玉の魔女は青の魔女の交渉力を評価し、定例参加を求めたが、青の魔女は即座に中継を切って離脱した。食料危機の深刻さを受け止めつつも、解決は青魔杖を作れる存在としての大利賢師に相談すれば何とかなるという方向へ思考を収束させた。

【魔法言語学】

資料を待った賢師の期待と誤配
賢師は青の魔女が魔法語資料を持ってくる約束を信じ、五日後を指折り数えて待った。魔法杖が魔法語を通して行使される以上、魔法杖製造には魔法語知識が欠かせず、賢師自身も強い興味を抱いていた。しかし当日、青の魔女は資料を持たず、代わりに小動物を肩に乗せて現れたため、賢師の期待は裏切られた。

喋るオコジョ教授、大日向慧の登場
小動物は幼い女の子の声で挨拶し、自分はフェレットではなくオコジョであり、しかも「人間」だと名乗った。魔法の暴発でオコジョの姿になった大日向慧は、魔法言語学教授として賢師のもとへ講義に来たのだと説明した。賢師は資料ではなく研究者本人が来たことに不満をぶつけるが、青の魔女は慧が青梅出身であること、魔法杖職人に興味を示したことを理由に連れてきたと明かした。

賢師の存在が漏れた経緯と青の魔女の甘さ
賢師は、対外交渉を任せる条件として自分の存在を隠す合意があったはずだと青の魔女を詰問した。だが青の魔女は「信用できるから」と言い切り、青梅出身者に対する特別な執着を隠さなかった。賢師は慧が外見上はただの喋る小動物に見える点を材料に、渋々ながら受け入れ、講義を正式に依頼した。

十二歳の教授と工房見学
賢師は慧を作業室へ案内し、原始的な工具やグレムリン加工の試行錯誤、工房じみた環境を見せた。慧は強い好奇心で質問を重ね、賢師は実験の失敗や加工の難しさを説明した。会話の途中で慧が賢師の私生活を根掘り葉掘り聞くため、賢師は警戒するが、慧の目的は単純に「友達になりたい」という好意だった。賢師はその発想を理解できず拒絶し、講義に集中するよう促した。

魔法言語学の歴史と危険性
慧は、父・大日向聡一がグレムリン災害後に魔法言語解析チームを立ち上げ、魔女・魔法使いから呪文を聞き取り、言語サンプルを収集した過程を語った。分析の結果、魔法語には少なくとも人類に発音不可能な音が含まれ、そもそも人間向けの言語ではないと結論づけられた。さらに魔法言語学は風土理解とも結びつく学問であり、言語の背景を探るため話者本人の調査も行ってきたが、研究には重大な危険が伴うと説明した。

迂回詠唱という実利と研究者の死
研究は「呪文の改造と改良」を至上命題として進められ、発音不可音を避けつつ同等効果の詠唱を再構築する「迂回詠唱」の開発が目標になった。一般人でも使える魔法を増やし、魔女や魔法使いの負担を減らすためである。しかし改造呪文の実験は致死的事故を頻発させ、研究チームは次々に死亡し、父を含め全員が命を落とした。慧は自分が単独で研究を引き継いでいると語り、賢師はその危険性に衝撃を受けた。

安全音の獲得と賢師の基礎習得
賢師は講義を通じ、魔法言語学者が会話で暴発を防ぐ「安全音」を学んだ。魔法語に存在しない擦過音を文頭に混ぜ、意図的に不適切発音にして魔法を不発にする安全装置である。賢師は九十分の講義で基礎を押さえたと評価され、脳を酷使した疲労を感じつつも成果を得た。

青の魔女の“空手形”と食料問題の押し付け
講義後、青の魔女は政治的取引の結果、講義の対価として東京周辺の食料問題解決を求められたと打ち明けた。豊穣魔法は発音不可音を含み、魔女・魔法使いにしか扱えないため、人海戦術も成立しない。賢師は匙を投げるが、青の魔女に「考えるだけでいい」と食い下がられ、渋々思考を引き受けた。賢師は眠る慧を見て、食料問題と同時に、彼女が無謀な実験で死ぬ未来を避けたいと感じ始めた。

死亡率低下の方針と減衰魔法杖の発想
賢師は問題を整理し、魔法語実験の死亡率をゼロに近づければ人員が集まり、研究が進み、豊穣魔法の迂回詠唱完成が早まり、最終的に一般人の大規模運用で食料問題が解決できると結論づけた。そこで賢師は、事故の致死性を下げるため「威力を下げる魔法杖」を作る方針を立てた。加工で強化できるなら、逆に減衰も可能だと考え、強化倍率1/1000級の“弱体化杖”を目標に据えた。

試行錯誤の末のフラクタル着想
賢師は螺旋や正方形加工などを試すが、威力減衰は1/2〜1/3止まりで、ビームが曲がるなど危険が増したため断念した。数学資料でフラクタル構造に着目し、正十二面体フラクタルに“魔法的な手触り”を感じる。魔法語の発音不可音が合計十二になるという「吉田予想」と十二面体の一致にも引かれ、賢師は最大級グレムリンを用いて超精密なフラクタル加工に挑んだ。

アレイスターの誕生と二段階セーフティ
三日がかりの精密加工の末、賢師はフラクタル加工試作を完成させる。最初の詠唱ではビームが出ず点滅し、二度目で発動する挙動を示し、さらに威力が大幅に低下していることが判明した。不適切詠唱には反応せず、二段階詠唱が必要な天然のセーフティロックと低威力化を両立する成果だった。賢師は樹脂で補強し、球体を避けてひし形外装に整え、桐材の長い柄を付け、銘を「Aleister」と刻んだ研究用魔法杖を完成させた。

成果の回収と慧の復帰
賢師は青の魔女に杖と取扱説明書を渡して眠り込み、後日、青の魔女と共に現れた慧は人型にほぼ戻っていた。アレイスターにより事故率は実質0%になり、滞っていた実験を一気に消化できたという。さらに慧は、父らの残した研究データを土台に最後の詰まりを突破し、豊穣魔法の迂回詠唱を完成させたと報告した。

豊穣魔法迂回詠唱の成立と実用化
慧は、豊穣魔法の原文には基幹単語があり、そこは変更できないが、花の魔女の基幹単語「恵みあれ」は人間でも発音可能だったため、発音不可音を含む未知語「幽界捕食者」を言い換える形で迂回を試みたと説明した。意味不明な未知語を特定できないため、推測に基づく15通りの試作呪文を作り、アレイスターで安全に検証して唯一成功した長大な迂回呪文を確定した。

賢師のテスト参加と発音修練
賢師は自分の田んぼにも使いたいとして迂回詠唱を教わり、最終テストの協力者として引き受けた。安全音を付けた発音練習を繰り返し、慧から発音指導を受けて深夜までかけて習得した。青の魔女は食事を黙って用意し、講義と実技の場を支えた。

交流の断絶と文通という妥協
慧は再訪を望み、技術交流の継続を理屈立てて提案するが、賢師は人間が苦手だとして面会を拒絶した。代わりに書面でのやり取りなら歓迎すると述べ、文通による技術交流で折り合いをつけた。慧は喜んで受け入れ、青の魔女に付き添われて帰っていった。賢師は疲労と安堵を抱えつつ、慧の今後をひっそり見守る姿勢を固めた。

【東京魔法大学】

食料危機という悲願の起点
賢師は、食料危機の回避が未来視の魔法使いにとって長年の悲願であったことを把握した。元は平凡な会社員として、倹約と貯蓄の末に田舎での静かな生活を夢見ていたが、グレムリン災害で資産も職場も失い、人生設計が崩壊した。

使命感の芽生えと治安維持への没入
賢師は、未来視の魔法使いが隣人や避難所を助けるうちに使命感を獲得し、自発的に救助を重ねるようになった経緯を確認した。非難や揶揄に傷つきつつも、賞賛や高揚感を動力に、地元の文京区で治安維持へ注力していった。

吸血の魔法使いの助言と三年先の未来視
賢師は、吸血の魔法使いが未来視の魔法使いに長期視点を与えたことを整理した。助言と説得を受け、三公転周期先を視る強力な未来視を用いた結果、最悪の想定を超える「食料不足による大飢饉」を現実的危機として捉え、回避に全力を注ぐ方針が定まった。

食料政策の実行と限界
賢師は、未来視の魔法使いが魔女集会で危機を訴えつつ、吸血の魔法使いの根回しを借りて政策を次々と進めたことを確認した。東京湾の水産業復活、葛飾区の開墾、人糞コンポストや家庭菜園の奨励、種苗確保と農具やノウハウの復元などに膨大な労力を投じたが、魔物被害や治安維持との両立が重荷となった。

文京区の復興と過剰労働の代償
賢師は、未来視の魔法使いが過労死級の業務量を頑健な肉体で耐え、文京区を都内有数の治安良好な共同体へ押し上げた点を整理した。他地区からの移住希望も増え、技術者の流入で修理復旧も進み、木炭自動車運輸の開通計画まで視野に入ったが、本来の未来では二年後に飢餓で壊滅するはずだった。

豊穣魔法迂回詠唱の完成と歓喜
賢師は、港区から避難してきた魔法語研究チームの成果により未来が変わったことを確認した。大日向慧が豊穣魔法迂回詠唱を完成させ、未来視の魔法使いは歓喜して彼女を胴上げし、報告書と発音監督の必要性を受け取った。飢饉回避が確定し、未来視の魔法使いは涙ぐむほどの安堵を得たが、直後から業務は再び押し寄せた。

事務運用の摩擦と吸血の魔法使いの不在
賢師は、秘書経由の情報整理が激務の生命線である一方、事務員松尾が規則を破り直訴し、さらに「吸血様なら融通を利かせた」と比較したことで未来視の魔法使いの心を抉った点を整理した。吸血の魔法使いの死後も影を追う者は多く、未来視の魔法使いは自責と怒りの間で揺れたが、理解者の存在を思い出して踏みとどまった。

大日向慧への褒賞と大学設立
賢師は、未来視の魔法使いが大日向慧の献身に報いるため特別報酬を求め、彼女の「大学教授になりたい」という願いを引き出した流れを確認した。保存状態の良い教育機関を整備して「東京魔法大学」を設立し、大日向慧を初代学長兼主任教授に任命した。方便だった学校再開は区民の期待で政策へ組み込まれていった。

普及戦略としての集中教育
賢師は、未来視の結果として大日向慧を全国行脚させると死亡する未来が高確率で避け難いと判断されたことを整理した。東京は比較的治安が良く、青の魔女の保護もあるため、東京魔法大学で各地の人材を集めて一括教育する方式が最も安全かつ効率的となった。

一期生選抜の設計と“教える側”の育成
賢師は、定員30に対し6000超の応募が殺到したため、未来視の魔法使いが厳格な試験で選抜したことを把握した。短期習得とネズミ算式の普及を前提に、知能と説明力、魔力量、滑舌を重視し、失神者は脱落させ、滑舌が弱い者は二期生内定とした。障害になり得る噂の発信源は未来視で事前排除され、準備は円滑に進んだ。

希望の拡散と未来視の再起
賢師は、教育を終えた一期生を各地へ送り届ければ豊穣魔法の使い手が加速度的に増える見通しを確認した。食料問題の解決が研究投資や社会の余裕を生み、役所の顔色すら改善した。松尾の無礼は秘書の介入で抑え込まれ、秘書の言葉によって未来視の魔法使いの黒い感情は溶け、魔法普及による依存脱却と、その先のスローライフを再び思い描くに至った。

【励起魔力感応吸音鑑定法】

地域格差と例外としてのコネ
賢師は、新技術の普及が都会先行で田舎が遅れるという歴史的な地域格差を当然の事実として捉えていた。だが賢師は、オコジョ教授との繋がりを得たことで例外側に回り、山奥に住みながら都市圏の最新情報と研究潮流を継続的に受け取れる立場になっていた。

食料危機の転換と研究の進路選択
賢師は、豊穣魔法迂回詠唱の発明により東京近郊の食料事情が改善し、飢餓回避の見通しが立ったことで社会に余力が生まれた状況を把握した。その余力が東京魔法大学の設立にも繋がったが、賢師は研究席の誘いを断り、集団研究より単独制作の方が効率的かつ楽しいという自己理解に従って、魔法杖制作を続ける道を選んだ。

逆張りとしてのグレムリン鑑定と素材観
賢師は、皆が農林水産業や魔法普及に向かう中で、あえてグレムリン鑑定へ注力した。グレムリンは魔法加工技術の基礎素材であり、加工法だけでなく目利きが職人の格を決めると考えたからである。青の魔女から大量のサンプル提供を受け、グレムリンが物資と通貨の中間として流通し、魔法使用者の増加で価値が上がっている現状も確認した。

色と性能は無関係という「誤解」の解体
賢師は、当初「色と性能は無関係」とする青の魔女の説明を受けたが、大量比較でそれが厳密には誤解だと突き止めた。色そのものは属性や魔法種別に直結しないが、色ムラや内部のゴミなどの不純物は増幅率を僅かに低下させた。同一サイズ・同一形状でも、色ムラ無し不純物無しと、色ムラ有り不純物有りの間に増幅率で約5%の差が出ることを確認し、賢師はその5%を職人として無視しない方針を固めた。

研究が進んでいなかった理由
賢師は、これほど基本的な差異が未発見だった理由を疑問に思ったが、青の魔女の説明で納得した。直近は食料確保が最優先で研究どころではなく、研究者も魔法詠唱、魔物弱点、電子機器復活など別方向へ分散していた。電気復活研究が成果停滞する一方で、魔法言語学や杖制作が分かりやすい成果を出し、人の流れが魔法研究へ寄り始めている状況も共有された。

不透明グレムリン問題と鑑定法の発想
賢師は、透明度の高いグレムリンなら目視で色ムラや不純物を判別できるが、不透明個体は外観で内部品質が分からないという壁に突き当たった。表面にムラが無くても内部がムラだらけの場合があり、割らずに品質を見極める手段が必要になった。そこで賢師は、音と魔力反応を組み合わせる鑑定法を構想した。

励起魔力感応吸音鑑定法の原理
賢師は、グレムリンや魔石が呪文詠唱に反応し、魔力だけでなく音にも応答している点に着目した。魔力励起が起きた時にグレムリンは「音を聞く姿勢」を取り、増幅率が高いほど音への反応が鋭敏になって吸音性が上がると整理した。極端に増幅率が高い加工魔石は叩いても音が返らず、未加工の米粒サイズは逆に音が僅かに大きくなるという差が、吸音性の指標になると分かった。

実装と訓練の方法
賢師は、豊穣魔法迂回詠唱を用いて正十二面体フラクタルを魔力励起状態にし、周囲のグレムリンを吸音状態へ誘導した上で、目隠しをして鑑定テストを行った。青の魔女が手元に置くグレムリンを爪先で叩き、増幅率を答え続けて全問正解に到達した。賢師は、音だけでなく振動としての感触も指先で拾い、両者を総合して判断するのが精密鑑定のコツだと説明した。

成果の定着と素材提供
賢師は、一週間の検証で鑑定ノウハウを蓄積し、グレムリン品質鑑定を実用域まで引き上げた。さらに青の魔女は、提供したグレムリンに執着が無いとしてキャリーケース複数分を譲渡し、賢師は素材確保の負担が大幅に軽減される見通しを得た。賢師は、目利きの向上と素材の潤沢さを武器に、一流の素材を厳選して一流の魔法杖を作る方針を改めて固めた。

【竜の魔女】

大日向慧の手紙と魔法文明の死生観
賢師は大日向慧からの手紙を読み、文京区でのハロウィンやカボチャ菓子の近況を受け取った。手紙の本題では、魔法文明における死生観が「生者への呼びかけ」と「死者への呼びかけ」まで魔法語で細分化され、魔法の発動条件に直結していると説明された。ゾンビの魔女の死者従属魔法や入間の傀儡魔法の適用条件の違い、さらに「魔法的な死」を不可逆の重大事として扱う概念が紹介され、脳死や心停止は魔法文明では可逆の死であった可能性が示唆された。

クッキーの評価と副業構想
賢師は同封のカボチャクッキーを食べ、甘さ不足として50点としつつ、配給制下で焼かれた価値を踏まえて120点と評した。賢師は餌付けされている感覚を抱きながらも、返礼としてグレムリンアクセサリーを送っており、女性目線の論評が腕を磨く助けになると捉えた。魔法杖は危険性ゆえ流通制限があるが、装飾品なら売り込みやすいと考え、副業としての展開も視野に入れた。

稲刈りと豊穣魔法の運用知見
賢師は稲の収穫に向かい、田んぼ全体に豊穣魔法をかけて収量を二倍強に引き上げた。倒伏で刈りにくくなる欠点はあったが、計算上は四石相当の成果を見込み、獣害を差し引いても満足した。賢師は豊穣魔法が無制限ではなく、適用タイミングを誤ると茎葉ばかり肥大し籾が痩せる点、根菜では一度抜いてから肥大化させ埋め戻し再収穫が必要な点、キノコに効かない例など、作物ごとのコツと未解明の例外が多い現状を整理した。

平穏の破壊と真紅のドラゴン来襲
賢師は休憩中に空から急降下してくる存在を見つけ、鳥ではなく真紅のドラゴンだと気付いて隠れた。ドラゴンは賢師の家の前に着陸し、壁を嗅いだ後に尻尾で家の一角を破壊し、内部を漁り始めた。グレムリンの保管箱やメデューサ石像、さらに至宝であるオクタメテオライトまで奪われ、賢師は怒りを抑えきれなくなった。

反撃の失敗と「竜の魔女」の正体判明
賢師は氷の投げ槍で攻撃したが、ドラゴンには無効で、鼻息で溶かされるほどだった。決死の接近を試みた賢師に対し、ドラゴンは若い女の声で会話し、迷子なら送る代わりに杖を寄こせと要求した。賢師は相手が魔物ではなく、魔女の一人である「竜の魔女」だと気付いたが、竜の魔女は戦利品の返却を拒み、賢師の名と家の表札を確認した上で、賢師を巣へ連行することを決めた。

強制連行と巣の実態
竜の魔女は賢師を掴んで飛び立ち、決壊したダム横腹の洞窟状の巣へ運んだ。巣にはガラス片、硬貨、宝飾品、グレムリンなどの「キラキラ」が敷き詰められ、花の匂いが漂っていた。賢師は恐怖で腰を抜かしたが、逃走を試みると尻尾で阻止され、手錠で石像に繋がれることになった。

財宝管理官の強要と青の魔女カードの不発
竜の魔女は賢師を財宝管理官に任命し、宝磨きと宝の制作を命じ、食料提供と護衛を対価に提示した。賢師は奴隷扱いを拒みつつも、竜の魔女が「ピカピカ」を最優先する思考で、魔石の威力強化より宝石加工としての美観を求めていると見抜いた。賢師は青の魔女の介入を示唆して牽制したが、竜の魔女は他の魔女を敵視しつつ青の魔女の名には動揺し、しかし救援が来ないと高を括った。

人型変身と魔石メテオフレイムの加工依頼
竜の魔女は人型になるため背を向けるよう要求し、呪文を唱えて変身を行った後、自身の魔石「メテオフレイム」を掲げ、首飾りに仕立てるよう命じた。賢師はそれが吸血の魔法使いの魔石「ブラッドムーン」ではないかと疑ったが、竜の魔女は「拾って保護した」と言い張った。賢師は巨大で不純物を含む赤魔石の加工方針を即座に検討し、不純物の揺らめきを活かすカットと石座設計の必要性まで見通した。

軟禁生活の条件提示と脱走失敗
竜の魔女は作業場を巣に定め、工具は後日持ってこさせると告げ、食事、風呂、巣の利用範囲、そして巣奥の「墓」に触れたら殺すという禁則を与えた。賢師は竜の魔女の所帯じみた生活感に違和感を覚えつつ、寝入った隙に脱走を試みた。賢師は器用さでヘアピンを使い手錠を外すことに成功したが、竜の魔女は薄目で監視しており尻尾で通路を封鎖したため、賢師は手錠を付け直して撤退せざるを得なかった。

救援待ちの結末
賢師は野生の勘で逃走を察知する竜の魔女の監視を突破できず、軟禁状態が続くと悟った。賢師は、自身を助けに来るか確信の持てないまま、青の魔女の救援を切実に求める心境に追い込まれた。

救援不在の一日と「財前金太郎」の来訪
賢師は一日待っても青の魔女が来ず、代わりにスーツ姿の財前金太郎が巣を訪れた。竜の魔女は財前に引き継ぎを命じ、日本各地へ大卒魔術師を輸送する仕事へ飛び去った。賢師は誘拐被害を訴えて逃走を頼んだが、財前は竜の魔女に逆らえず難しいと告げ、自己紹介のうえで状況説明に入った。

竜の魔女領の統治と生活基盤
財前は、竜の魔女が武蔵村山・東大和・東村山一帯を縄張りとして支配し、強力な魔物を討伐することで「魔物被害が少ない」環境を作っていると説明した。一方で人間同士の犯罪や衝突は自治任せで、平和とは限らないとも付け加えた。最大の利点として食料配給、とりわけ肉が多いことが挙げられ、その理由は竜の魔女がクジラを獲ってきて解体班が資源化しているからだと明かされた。

「移住者の労働」と賢師の身分固定
財前は、このエリアでは年齢や性別を問わず仕事を割り振られ、特技に応じて役割が決まると説明した。賢師は危険技術の露見を避けるため、特技を「宝石職人」とだけ答えたが、それでも竜の魔女に気に入られる理由として十分だった。財前は賢師に回収班との顔合わせを提案し、廃墟で貴金属や宝石、医療品を回収する危険任務があること、代わりに配給や住環境が良くなることを示した。福利厚生が整っているのは財前が内政を整備しているからであり、実質の運営者が財前であることが示唆された。

脱走の見込み消失と嗅覚の壁
賢師はなお帰郷を願って見逃しを頼んだが、財前は竜の魔女の嗅覚が鋭すぎて捕捉されると断言した。賢師は、上空からオクタメテオライトを嗅ぎ付けられた経緯に合点がいき、地理不案内のまま逃げ切るのは不可能だと悟った。希望は青の魔女の救援だけになり、賢師は巣で待つしかなくなった。

食料班の少女と望まぬ再会
財前の手配で食料班の少女が三日分として弁当を届けに来たが、賢師は人との距離に強いストレス反応を示し、接触されそうになって悲鳴を上げて拒絶した。少女は去り際に「盗まないで生きていくやり方を教えてくれてありがとう」と礼を述べ、三日分を超える量の食料を置いていった。賢師は彼女が奥多摩周辺から流れてきた元難民で、盗みをやめて働いているのだと推測し、生存を喜びつつも再接触は望まないと割り切った。

青の魔女の到着と竜の魔女の失態
昼頃、竜の魔女が帰還し、魔女集会での自慢を語った直後、真昼に霜柱が立つ異常が街へ広がった。青の魔女が猛烈な速度で突入し、賢師を抱きしめて生存を確かめた。賢師は青の魔女の過去の誘拐被害を思い出し、その抱擁がトラウマに起因するものだと理解し、恐怖より同情が勝った。竜の魔女は「お前の男だとは知らなかった」と取り繕ったが、青の魔女は賢師を友人だと断じ、竜の魔女に処刑を宣告した。

氷の制圧と情状酌量の交渉
竜の魔女はオクタメテオライトとメテオフレイムを掴んで逃走を図ったが、青の魔女は巨大な白い渦を出現させて叩き落とし、冷気で翼を凍結させて無力化した。現場には警備隊や住民が集まったが、災害級の魔法を前に遠巻きに見守った。竜の魔女は宝を差し出す命乞いをしたが、そこへ財前が割って入り、竜の魔女が住民を守り食わせてきた恩を理由に命だけは助けてほしいと懇願した。住民も最終的に同意し、青の魔女は死刑を取りやめる一方で、体で分からせる制裁を選び、竜の魔女の足を力ずくで引きちぎった。

奥多摩への帰還と復興への実感
賢師は奪われた品々と共に荷車に載せられ、青の魔女に牽かれて奥多摩へ戻った。青の魔女は賢師の待遇を繰り返し確認し、賢師は肉と野菜の食事が出たことを伝えて安心させた。賢師は豊穣魔法の普及で食糧事情が改善し、略奪依存から生産へ移行しつつある社会変化を実感した。晶雨で降るグレムリンすら、かつての絶望の象徴ではなく資源の雨として美しく見え始めていた。

残る破局の影と、それでも続く確信
青の魔女は、東の空に見える赤黒い雲の下が地獄であり、暴走した魔女の影響が三十年後には東京を呑み込むと警告した。さらに首都圏以外の状況は不明で、日本のどこかに未知の危険が眠っていてもおかしくないと述べた。賢師はその現実を受け止めつつも、生産と復興の流れが始まった以上、人類は危機を越えてしぶとく再興すると信じ、楽観を捨てなかった。

【番外編 ペットロス】

青の魔女の家訪問と「姉」の代替
秋の青梅で、大日向慧は青の魔女の要塞化された自宅を訪ねた。青の魔女は慧を歓待し、抱擁と紅茶、パンプキンパイの時間で距離を縮めた。慧は、青の魔女が自分に亡き妹を重ねていると理解し、その触れ合いが癒しになるなら受け入れる姿勢を示した。

保存食の処分交渉と魔女集会への譲渡
慧は未来視の意向も踏まえ、青の魔女が死蔵する膨大な保存食を魔女集会へ引き取り、量に応じて畑の所有権を保証する取引を提案した。青の魔女は打診の出所を見抜きつつも、慧の願いとして即答で了承し、短期間で引き渡し準備を整えると約束した。慧は、その甘さに不安を覚えつつも話を進めた。

ストーカー相談と「殺る気」の即応
慧は別件として、物陰から見られる被害を訴えた。青の魔女は瞬時に「片付ける」と立ち上がり、場の温度を落とすほどの殺気を発したが、慧は平和的解決を望み、捕まえて理由を聞きたいと説明した。未来視に余計な負担をかけないため、青の魔女の超人的能力で捕縛する方針が固まった。

東京魔法大学での研究と社会のボトルネック
慧は青の魔女を東京魔法大学へ同行させ、研究室で焔魔法基幹呪文のコストダウン研究を進めた。目的は魔物退治ではなく、冬の暖房・金属加工・炊事・屋根補修など生活インフラの燃料不足を緩和することであり、晶雨による屋根の損耗が社会的問題として共有された。青の魔女は室内では静観しつつ、物音に過敏に反応して外敵を警戒し続けた。

被害条件の特定と罠の設計
青の魔女は「犯人は近隣に住む可能性が高い」と推理し、慧は「つけ回されるのはオコジョ姿の時だけ」という条件に気付いた。二人は無力化した獣姿を囮にして誘い出す罠を組み、慧は変身して単独行動を開始した。

ストーカー捕捉と氷槍による制圧
囮開始から短時間で、電柱の陰から見つめる男が現れた。青の魔女は遠距離から「凍る投げ槍」を放ち、男の耳元を掠めて電柱と塀を貫通する威力で威嚇し、失禁するほど恐怖で制圧したうえで、キュアノスを押しつけ「動けば殺す」と警告した。慧は男が一般人に見えることを確認し、対話に移った。

動機はペットロスであり、対象誤認だった
慧が理由を問うと、男は「ふーちゃん」というフェレットを災害で失い、慧のオコジョ姿が似ていたため追いかけてしまったと泣き崩れた。青の魔女は「ペットロス」と理解し、殺意を引っ込めた。慧は弔意を示しつつ、代替にはなれないと線引きし、今後の接近をやめるよう求めて男に誓わせた。

「変身魔法を教えてくれ」という斜め上の転回
男は土下座してオコジョ変身魔法を教えてほしいと懇願した。慧は「他人にかけられない」「魔力消費が大きい」「効果が不安定で欠損リスクがある」「発音が難しい」と欠点を並べたが、男は絶対音感を根拠に食い下がった。慧は半ば無駄だと見込みつつ詠唱を教えた。

成功と、救済としての気持ち悪さ
男は詠唱を完全再現し、即座に白煙と共にオコジョへ変身した。男は歓喜し、尻尾を追って興奮しながら偏愛を叫び続け、慧と青の魔女は揃って引いた。結果として男の心は救われたが、常人離れした魔力を持つ変質者が誕生したという事実が残り、青の魔女は「変態に魔法」という評価で締めた。慧は疲労困憊のまま戻りの詠唱を教え、青の魔女の肩で帰宅し、この日を強烈な記憶として刻んだ。

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『継母の心得』第3巻の表紙画像(レビュー記事導入用)

小説「継母の心得 3 悪魔・アバドン暗躍」感想・ネタバレ

継母の心得 2 レビュー
継母の心得 4 レビュー

物語の概要

本作は、前世で読んでいた漫画の世界に「悪辣な継母キャラ」として転生してしまった女性――イザベル が、原作の“継母=悪役”という定めを乗り越え、義息のノア を真摯に育て直す異世界ファンタジーである。第3巻では、義息との平穏な日々のみならず、かつて物語を影で操っていた魔物勢力――アバドン の暗躍が明らかとなり、皇宮を舞台とした政変の危機、そして“悪役の記憶を持つ継母”としてのイザベルの覚悟が試される展開となる。

甘く穏やかな育児と、陰謀と策謀が入り混じる“家族と王宮の狭間”という、異色のファンタジーが描かれている。

主要キャラクター

  • イザベル:本作の主人公。前世の記憶と、漫画の設定された“悪辣な継母”という枠からの転生者。義息ノアを虐げるのではなく、溺愛し、彼の幸福と安全のために奔走する。第3巻では、育児のみならず、王宮における陰謀から家族を守るため決断を下す重要人物。
  • ノア:イザベルの義息。漫画で描かれていた虐待される子ども像とは異なり、現実では愛情深く優しい子ども。イザベルの愛情によって心身ともに育てられ、その無垢さと純粋さが物語の癒やしとなる。第3巻でも彼の存在が、物語の軸として重要な意味を持つ。
  • テオバルド:ノアの父にあたる男性。初めは冷淡で距離を置く夫であったが、イザベルとノアの関係、そして家族の安寧を守るイザベルの姿勢を目の当たりにし、態度に変化が生じつつある人物。第3巻では彼の感情の揺れ動きも描写され、物語のドラマに深みを与える。

物語の特徴

本作の大きな魅力は、“悪役継母”という設定を逆手に取った「育児 × 異世界 × ファンタジー」の異色ミックスである点だ。主人公が前世の知識を活かし、義息との愛に全振りしながら世界を再構成しようとする、いわば“ハッピー系家庭改革ファンタジー”である。

しかし第3巻では、単なるほのぼの日常だけでなく、“王宮の陰謀”“魔物の介入”“家族を守る戦い”というサスペンス的・ダークファンタジー的展開が重なり、甘さと緊張感のコントラストによって読者を惹きつける構造となっている。

この「溺愛と策略」「育児とファンタジー」「家庭と王宮」の三重構造こそが、似たような“転生もの”“悪役令嬢もの”との差別化を成しており、シリーズとして唯一無二の魅力を放っている。

書籍情報

継母の心得 3
著者:トール 氏
イラスト:ノズ  氏
出版社:アルファポリス
レーベル:レジーナブックス
発売日:2023年12月31日

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あらすじ・内容

旦那様の溺愛が、激しすぎますわ!!
マンガ『氷雪の英雄と聖光の宝玉』の世界に、悪辣な継母キャラとして転生してしまったイザベル。実際に会った義息のノアはめちゃくちゃ可愛くて、ノアのためならなんでもしてみせる! と自重しない日々を送っていた。そうしているうちに、何故か女嫌いだった旦那様の態度も変わり、最近はやけに甘い雰囲気を醸し出してくるように……。一方で、マンガで暗躍していた悪魔・アバドンはこの世界でもその力を振るい、皇宮を中心に不穏な空気を漂わせていた。どうやら皇帝もアバドンの影響下にあるようで――。義息への愛とオタクの力で異世界を変える異色のファンタジー、策謀と溺愛が錯綜する待望の第3巻!

継母の心得3

感想

『継母の心得 3』は、甘さと不穏さの温度差で読者を揺さぶってくる巻であった。
前巻までに積み重ねられてきた「仮面夫婦の微妙な距離」と「皇宮に漂う悪魔の影」が、とうとう本格的に形を取り始めていく。

まず強烈だったのは、「宿六」な皇帝が悪魔アバドンによって洗脳されていたという事実が明かされ、その洗脳が解けた途端、側室の顔を一切覚えていないというのは衝撃だった。
子どもの顔だけはなんとなく記憶に残っているのに、肝心の相手である側室の存在が丸ごと抜け落ちているというバランスの悪さが、妙に生々しくて笑うしかなかった。
しかも、この残酷な事実を知った側室が、逆に悪魔へ魅入られて暴走していく流れが重くのしかかり、「皇宮の歪み」がついに表面化したと感じさせる展開であった。

一方で、イザベルとテオバルドの「仮面夫婦」にも確かな変化が訪れていた。
ノアへの愛情が日増しに深まっていくイザベルに対し、テオバルドが息子へベッタリな妻へ嫉妬するという、本来なら立場が逆転することのない感情のねじれ方が非常に面白かった。
普通は子が母へ執着し、父がその絆を静かに見守るものだが、この家庭では父が「ぼくの妻を息子に取られた」と不機嫌になる方が自然に見えてしまう。
読んでいて「いや、逆だろ」と呟いてしまった。

ノアの存在が家庭の中心にあることは変わらないが、そこに嫉妬や戸惑いといった新しい感情が混ざることで、家族としての形が少しずつ変化し、仮面だったはずの夫婦関係にも温度が生まれていく。
その揺れが柔らかくて心地よく、同時に「この家族はこれからどうなるのか」という期待を大きくする部分であった。

その一方、皇宮では悪魔アバドンが静かに影響力を広げ、側室たちの不満や承認欲求に入り込みながら混乱を深めていく。
政治と感情が結びついたときの脆さが鋭く描かれ、日常の甘さとは対照的に重苦しい空気が漂っていた。洗脳の痕跡が消えた皇帝が「覚えているのは皇后だけ」という事実は、権力の歪みを象徴するようで、物語全体に新たな不吉さを刻みつけている。

総じて本巻は、日常の甘い時間と、皇宮で進む陰謀という二つの流れが鮮やかに対照をなし、家族の温かさと王宮の冷たさが交互に読者を引っ張る構成であった。イザベルとノアの幸せが可愛いほど輝くからこそ、アバドンが広げる闇がより濃く見える。その対比が読後に強い余韻を残し、次巻ではどこまで世界の歪みが浮き彫りになるのかと期待を抱かせる一冊である。

最後までお読み頂きありがとうございます。

継母の心得 2 レビュー
継母の心得 4 レビュー

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登場キャラクター

展開まとめ

プロローグ

義息子ノアとの穏やかな時間
イザベル・ドーラ・シモンズは療養中の部屋で、ノアから贈られた向日葵を眺めつつ穏やかな時間を過ごしていた。ノアの無邪気な笑顔に心を和ませながら、前世で読んでいた漫画の悪辣継母へ転生した自身の境遇を思い返していた。

転生後の環境と運命の変化
イザベルは氷の大公と呼ばれる公爵の後妻として嫁ぎ、そこで出会った幼いノアに心を奪われた。前世の知識でおもちゃや菓子を作り、ノアのみならず第二皇子にも好かれるなど、物語の筋書きから大きく外れた状況が続いていた。皇后との関係改善や毒殺未遂など、予定外の出来事が重なりながらも、イザベルは幸せを望んでいた。

悪魔の潜伏と記憶改竄の発覚
物語のラスボスである悪魔が皇城に潜伏していることが判明し、公爵や皇后が記憶を改竄されていた事実も明らかとなった。悪魔に対抗できるのはノアと聖女フローレンスであったが、二人は幼すぎるため状況は絶望的であった。

妖精の出現と新たな混乱
妖精が突如現れ、イザベルに妖精が見える魔法をかけた。さらに公爵まで巻き込まれ、妖精が見えるようになったことで新たな混乱が生じた。イザベルは仮病による療養を続けつつ、妖精の存在を隠すために神経を張りつめていた。

イーニアス殿下の招待状とノアの喜び
ある日、ノアがイーニアス殿下から届いた手紙を持ってくる。手紙には誕生日パーティーへの招待状が入っており、ノアは喜びを隠せなかった。イザベルは皇族の式典に幼い子が参加することを案じ、公爵への相談を決意した。妖精が唐突に現れて殿下の誕生日を告げるなど、混乱は続いたが、イザベルは気を取り直し、招待状を公爵へ伝える旨を侍女カミラへ告げた。

第一章 祝福の儀

帝都行きと祝福の儀の決定
イザベルは快復の診断を受け、朝食の席でイーニアス殿下の誕生パーティーについてテオバルドに尋ね、皇族の慣例として教会で祝福の儀を行い、その後皇城でパーティーが開かれることを知らされた。ノアも招待されていることが判明し、テオバルドはノアに礼儀作法を学ぶよう命じた。帝都へは一週間後に出発することが決まり、妖精たちとの会話から、祝福の儀と悪魔の存在が密接に絡むことが示唆された。

馬車の旅と魔法契約の変更
帝都への道中、テオバルドは妖精が瞬時に移動できるにもかかわらず同行していることに苦言を呈しつつも、ノアを見守りながらイザベルとの距離を縮めていった。馬車内でテオバルドは、魔法契約の「イザベルから触れない」という条項の撤廃を提案し、自身の女性嫌いにもかかわらずイザベルだけは触れられても平気であり、むしろ触れていたくなると告白した。到着後の契約見直しで、性的接触禁止と無断で触れてはならない条項が削除され、互いに離婚できない文言が追加され、テオバルドがイザベルを手放さない意思を明文化した。

ノアの祝福への憧れと準備の忙しさ
ノアは祝福とは何かをイザベルに尋ね、教会で神に魔法使用の許可を得る儀式であると知ると、自身も魔法を使いたいと目を輝かせたが、五歳まで受けられないと聞き落胆しつつも来年を楽しみにすることにした。一方イザベルは、妖精がフローレンスのもとへ飛んでいるとは知らぬまま、イーニアス殿下の祝福の儀とパーティーに向けて、ノアと自分の衣装選びや「ベル商会」の収支確認など、多数の業務に追われた。ミランダに促されてテオバルドをお茶に誘い、贈られたドレスと宝飾への感謝を伝えるが、寝室の話題に踏み込もうとした瞬間に妖精が乱入し、機微な会話は中断された。

皇帝側の思惑と不穏な運命
同じ頃、皇城の一室では皇帝と謎の男が対面しており、男は祝福の儀でイーニアスが必ず炎の神の加護を授かると断言した。皇帝はそれを当然視し、男はそれが皇子の揺るがぬ「運命」であり誰にも変えられないと告げた。二人の影は一つに溶け合い、暗闇の中でイーニアスを不幸に陥れよと願うような不気味な笑いを浮かべ、儀式の裏に不穏な企てが存在することが暗示された。

金木犀の装いと世間の注目
誕生パーティー当日、イザベルはメイドたちの「奥様エステ隊」によって徹底的に磨き上げられ、テオバルドから贈られた金木犀をモチーフにしたホワイトゴールドのアフターヌーンドレスとジュエリーを身に着けた。髪型や化粧も金木犀の色に合わせて整えられ、イザベル自身も鏡の中の自分の変化に驚いた。ノアとテオバルドも同じ色合いの衣装で揃えられ、親子で気品を漂わせながら、妖精たちの冷やかしを受ける中、テオバルドはイザベルを妖精ではなく女神のように美しいと評し、三人は新型馬車で教会へ向かった。教会前では新型馬車と一行の姿に貴族も庶民も視線を奪われ、「帝国一美しい家族」として熱狂的な歓声を浴びた。

トルノ大聖堂での祝福と焔の神の顕現
トルノ大聖堂最奥の祭壇の前で、純白の祭服をまとったイーニアスは大司教の進行に従い跪き、神々の像の前で祝福の言葉を受けた。像からあふれた光が殿下を照らし、虹色の光が降り注いだ後、イザベルとテオバルドと妖精にだけ見える火柱が立ち上がり、炎で形作られた赤い仁王像のような焔の神が姿を現した。焔の神は殿下の頭に触れて火柱で包み、その加護を与えると妖精たちに手を振って消えた。テオバルドは、皇帝になる者が必ず火の攻撃魔法を得ることから、神がイーニアスを次期皇帝と認めた証だと理解し、イザベルは前世の物語どおりの展開でありながら、皇帝が異様な上機嫌を見せることに、今後の争いと不幸な運命を予感して戸惑っていた。

第二章 ディバイン公爵とダスキール公爵

祝福の儀後の対面とダスキール公爵の野心
祝福の儀後、テオバルドはオリヴィア側妃の父ダスキール公爵に呼び止められた。ダスキールはイザベルの容姿を値踏みしつつ、かつて次女を後妻として押し付けようとした過去をほのめかし、さらにノアを将来一族の娘と結婚させようとする含みを示した。テオバルドは冷淡にこれを退け、妖精のリークによって、ダスキールが「オリヴィアの子でディバインを凌駕する」と豪語している野心が明らかになった。

パーティー準備と「愛され妻」であることの自覚
邸に戻ったイザベルは、祝福の儀と夜会に備え徹底的なエステと衣装合わせを受けた。金木犀をモチーフにした昼のドレスと、星空を思わせる夜会用ドレスはともにテオバルドの贈り物であり、メイドたちは金木犀の花言葉から夫の深い愛情を指摘した。さらに家族肖像画の依頼も知らされ、イザベルは自分が公的にも「公爵の妻」として位置付けられつつあることを実感した。

夜会での皇帝の「余興」とイーニアスの初魔法
誕生パーティー本番、テオバルド一家は昼とは趣の異なる「夜空と二つの月」のような装いで会場の注目を集めた。そこへ皇帝が空気を壊すように、祝福を受けたばかりのイーニアスに魔法の披露を要求する。皇后が危険性を訴えるも押し切られ、魔法使いたちが防壁を張る中、イーニアスは一人広間の中央に立たされた。

ノアの魔力制御法と「火の攻撃魔法」の顕現
ノアは以前イザベルから遊び半分で教わった魔力コントロールの手順を口にし、その内容と同期するようにイーニアスは丹田の魔力を全身に巡らせ、右手に集め、巨大な火柱を生み出した。暴走寸前に見えた炎は次第に小さな火球へと収束し、イザベルの指示でテオバルドが進行方向に氷の壁を展開する。イーニアスは火球を正確に撃ち出し、帝国最強の氷壁の上半分を溶かしきるという前代未聞の成果を示した。

後継争いへの火種と皇帝の異常な歓喜
この一撃により、イーニアスが「火の神の加護を持つ者」、すなわち伝統上の次期皇帝候補であることが公然と証明された。皇后の父は歓喜しつつも、火の神の加護を持たない現皇帝の立場に触れて逆鱗に触れ、皇帝から叱責・退出を命じられる。テオバルドは、まだ幼いイーニアスがこの場で「皇太子確定」に近い扱いを受けたことで、暗殺や政治的攻撃の標的になる危険性が一気に高まったと危惧した。

皇帝の幼少期と「悪魔」のささやき
一方その頃、皇帝の内面では過去の記憶と現在の歪んだ執着が交錯していた。火の神の加護を持つ兄二人に劣る「でき損ない」として育ち、両親の宮にも入れず、名を呼ばれることすらなかった第三皇子時代。兄たちの相討ち死後、貴族に強いられて愛妾との子を量産しながらも、火の加護を持つ子は一人も生まれなかった。そんな中、自ら望んで迎えた皇后マルグレーテと、その子イーニアスだけを「本当の家族」と定め、彼を皇帝にすることを唯一の希望とした過去が語られる。
しかし現在の皇帝の意識には、イーニアスの身体を「乗っ取って完璧な皇帝になる」ことを唆す冷笑的な声が入り込み、皇帝自身がそれを否定しきれず飲み込まれていく描写が示された。イーニアスへの異常な期待と、彼の魔法披露を強要した暴走は、この「悪魔的存在」による精神操作の結果である可能性が強まり、物語は帝位継承争いと超常的脅威が絡み合う段階へと進んだのである。

第三章 生贄

オリヴィアの焦燥と悪魔との「契約」
第二皇子イーニアスが皇太子同然の扱いを受けた報せを聞き、臨月のオリヴィアは癇癪を起こし、部屋を荒らしていた。彼女は、自身が悪魔と結んだ「自分の子を皇帝にする」という契約が違えられたと受け取り、タイラー子爵に第二皇子の殺害を命じた。だが子爵は、契約内容は「オリヴィアの腹から男児が産まれること」であり、生贄も「男児誕生の暁にダスキール公爵を捧げる」という約束であったと冷静に告げ、対価が足りないと突き放した。追い詰められたオリヴィアは、母や妹すら悪魔への生贄候補として口にし、次の贄としてイザベルの名が挙がるに至った。

皇帝への違和感とアバドンの正体への推理
誕生パーティー後、イザベルは皇帝の振る舞いに強い違和感を抱き、夜遅くにテオバルドの私室を訪ねた。彼女は、火の神の加護を持たない皇帝が、加護を得た息子に嫉妬するどころか、異様なほど上機嫌である点を問題視した。テオバルドは、皇帝が本来は女好きではなく、皇后だけを特別に愛していること、側妃や愛妾は皇帝派が「焔神の加護を持つ子」を求めてあてがった存在に過ぎないことを説明し、イーニアスが「愛する者との特別な子」として心から喜ばれていると推測した。しかしイザベルは、そんな父親が息子を魔力暴走の危険に晒したことこそ不自然だと指摘し、両者は悪魔の関与を疑う。妖精の情報から、建国当時から皇宮に巣食う悪魔アバドンが、記憶改竄や洗脳だけでなく複数の能力を持ち、人間の肉体で千五百年以上生きてきた存在であると判明する。イザベルは、その本質が「憑依」による肉体と特異魔法の強奪であり、吸収系の能力と組み合わせて能力を蓄積してきたのではないかと推理した。

第三皇子誕生と「ダスキール公爵」への憑依
数日後、オリヴィアが第三皇子を出産したとの報告が入り、物語は原作マンガどおりに第三皇子とイーニアスが皇位を争う可能性を帯び始めた。同時に、謹慎中のダスキール公爵が行方不明になり、その後「登城していた」として発見されたという不自然な報せが届く。皇后は特異魔法で様子を見に行き、公爵に強烈な違和感を覚えたと語るが、タイラー子爵の名を完全に忘れていた。テオバルドは、これを記憶改竄の証拠と見なして、アバドンがタイラー子爵からダスキール公爵へと乗り換えたと結論づけた。皇后は黒蝶花と教会を独自に調査しており、悪魔の影響範囲の広さに気付きつつも、その事実に心身を消耗させていた。

側妃オリヴィアの現実崩壊と歪んだ執着
出産後のオリヴィアは、伸びた腹の皮や妊娠線に不満を募らせ、我が子を「嘘泣き」呼ばわりして母乳を拒み、乳母や侍女に八つ当たりしていた。皇帝からの労いがないことに憤り、他の側妃から「皇帝は子を産んだ女には二度と会わない」「皇后だけを愛し、側妃は皇后の補佐役として自由を享受している」という現実を突きつけられると、自分だけは特別に愛されているという妄想が崩壊する。皇后が男女問わず仕事を与え、側妃たちもそれを誇りにしているという価値観も、オリヴィアには受け入れ難く、彼女の自己中心的な被害意識と嫉妬心は一層肥大化していった。

アバドン視点から見た「生贄」と人間の醜悪さ
アバドンは妖精を通じて「運命を二つ持つ女」イザベルの存在を知り、面白い玩具として興味を抱いていた。一方、新たな器として得たダスキール公爵の肉体と「植物成長」の特異能力には不満を覚えつつ、皇城を徘徊していたところ、侍女たちからオリヴィアの暴走を止めてほしいと懇願される。彼は以前から、父を生贄に捧げたと信じ込みながら契約の仕組みを理解していないオリヴィアを「使えないが面白い人間」と見なしており、部屋を訪ねると、そこには皇后と第二皇子への殺意を剝き出しにした彼女の狂態があった。アバドンは洗脳もしていない人間がここまで醜悪に歪んでいることを愉しみ、「まず誰から殺したいか」と焚き付けることで、自らの「生贄の遊戯」をさらに加速させようとしていたのである。

第四章 秘密の庭園

妖精騒動と「怪奇現象」のごまかし
ディバイン公爵邸での茶会で、妖精たちが皇后用のスイーツを次々つまみ食いし、イザベルは仕方なく「公爵家の怪奇現象」として誤魔化した。皇后も皇宮の七不思議を持ち出して怪談でからかい、怪談が苦手なイザベルは本気で怯えたが、その様子をテオバルドは「可愛い」と擁護し、場は和んだ。

黒蝶花と皇族しか入れない庭園の秘密
話題は皇后が調査した黒蝶花に移り、花は本来聖女が咲かせた白い聖なる花であったが、皇族が魔物の血で土地を汚したことで黒く変質し、皇宮の特別な庭園でのみ生き残ったと明かされた。その庭園には、血筋の濃い皇族だけが通れる結界が張られており、イーニアスだけが入れた理由が説明された。黒蝶花自体は悪魔とは直接無関係と判明したものの、アバドンが毒として利用している点は問題視された。

皇帝とイーニアスの脱出と「変態撃退魔法」
その頃、皇帝は洗脳されたままイーニアスを連れ出し、黒蝶花の庭園へ向かっていた。妖精から連絡を受けたイザベルは、皇后に無策で転移しないよう制止し、イーニアスを「悪魔が入れない場所」、すなわち黒蝶花の庭園へ誘導する作戦を立てた。妖精の声をイーニアスに届けて進路を導き、皇后には生活魔法を応用した目くらましの光魔法を教え、「悪魔と戦うのではなく、イーニアスを庭園に押し込むためだけに使え」と念押しした。

妖精の加護と皇帝洗脳の解除
皇后は庭園内に転移し待機、外ではアバドンが憑依したダスキール公爵が入口で立ちはだかる中、皇帝視点では洗脳が揺らぎながらもイーニアスを守ろうと必死にもがいていた。イーニアスは妖精の声の助けを受け、皇帝に「自分を信じて目を閉じて走ってください」と訴え、そこへ皇后の光魔法がアバドンの視界を奪い、一行は結界内へ滑り込むことに成功した。皇帝はレーテとイーニアスを抱きしめ、完全に洗脳が解けたことが示された。

アバドンの撤退とディバイン邸への避難
一方アバドンは、正体を皇后とイザベルに見破られたことや皇帝の洗脳解除を受け、皇帝を「おもちゃ」として見限り、将来的に利用価値の高いイーニアスのみを標的として「しばらく姿を消す」と決めて皇城から退いた。妖精たちは皇帝一家にも付き、非常時に一時的な結界を張ることで守ると約束し、イザベルはディバイン邸へ皇帝一家を避難させる準備を進めた。

皇帝一家の来訪と今後への布石
テオバルドは妖精と共に皇宮へ向かい、皇后とイーニアス、洗脳の解けた皇帝を連れてディバイン邸へ戻った。ノアとイーニアスは妖精の声を聞けるようになり、菓子を餌に妖精との距離を縮める。皇帝ネロはディバイン夫妻に深く頭を下げ、洗脳下での非道を謝罪し、十八歳頃から記憶に靄がかかり始めていたことを語った。こうして皇帝一家とディバイン家、そして妖精たちの連携体制が整い、アバドンとの決戦に向けた足場が固まりつつあることが示されたのである。

第五章 皇帝の激変

皇帝の過去と悪魔との歪んだ養育
皇帝は、自身が幼少期に使用人からほとんど世話を受けられず、着替えや掃除、料理など生きるために必要な全てを、幼い頃からそばにいた「あやつ」から教わっていたと語った。そしてその「あやつ」は兄皇子たちを互いに敵対させた可能性が高く、千五百年前から皇城に巣食う悪魔アバドンであると結論づけられた。皇帝にとっては養育者でもあった存在が悪魔であった事実は、洗脳と情の入り混じる複雑なものとして描かれた。

黒蝶花の提供と解毒剤の確保
洗脳の完全解除を妖精に確認したテオバルドは、皇帝の体調も良好であることを確認した。皇帝はレーテの進言により、黒蝶花を二輪納めた箱をテオバルドに託し、自らが黒蝶花の毒を盛らされた形でイザベル夫婦を害しかけたことを深く詫びた。これにより、聖女の成長を待たずして解毒剤が確保される展開となった。

どら焼きと「悪辣皇帝」の子煩悩化
休憩の席ではイザベル考案の「どらやき」もどきが供され、夜豆から作られたあんこ入りスイーツに皇帝が感激した。イーニアスを膝に乗せて共に菓子を楽しむ姿は、かつて悪辣と噂された皇帝像から一転し、子にデレデレな父親として描かれた。ノアもイザベルの膝に抱かれ、イーニアスと並んでスイーツを楽しみ、二家族の距離が一気に縮まる描写となった。

バランスゲームと皇帝の「人間味」
食後にはテオバルドと皇帝がバランスゲームで勝負する場面が挿入され、皇帝は本気で挑みつつも見事に崩し、ノアの素直な判定に打ちひしがれた。ブロックを巡って妖精たちとも本気で張り合い、最後には自分の耳に聞こえていた「不気味な声」が妖精の声だと今さら気付いて騒ぐなど、皇帝の抜けた一面と、レーテに叱られる夫婦漫才的やり取りが、洗脳解放後の「人間らしさ」を強調していた。

粛清計画と妖精の役割
テオバルドとレーテは、皇帝の洗脳が解けたことを受け、予定していた粛清を前倒しする案を検討した。ただし愚かな貴族の中にも皇帝同様に洗脳されている者がいる可能性を考慮し、四半期報告会議の場に妖精を投入して、悪魔の支配下にある者を見極める方針が示された。皇帝本人は子供たちとブロック遊びに興じており、緊張感のある政治方針と、リビングの微笑ましい光景が対比されている。

レール馬車の国家事業化構想
晩餐後、テオバルドはイザベルに対し、レール馬車案を粛清後の国家事業として提案する意向を明かした。まず公爵領で試験運用し、将来的には食糧や薬品の安定輸送、未開地や魔物地帯を含む物流ルートの整備に結びつけ、食糧難や孤立する村を減らす構想が語られた。イザベルは自らの提案が「物流革命」と多くの命の救済に繋がる可能性を示され、発案者としての重みと震えを自覚することになった。

皇帝一家の帰還と「変形馬車」注文
翌朝、魔力の戻ったレーテは皇帝とイーニアスを連れて皇宮に戻る決意を語った。イザベルが悪魔の再接近を案じる一方、レーテは皇族として宮を離れ続けることはできないと宣言した。皇帝はディバイン家の変形馬車に強い興味を示し、レーテの分に続いて自分の馬車も注文するという、小さな贅沢に喜ぶ姿が描かれた。皇帝一家は転移で帰還し、イザベルは無事に一行をもてなした安堵を皆と分かち合うが、この後の波乱はまだ知らされていなかった。

悪魔消失と側妃オリヴィアの野心
一方宮中では、悪魔アバドンがオリヴィア側妃の父の身体ごと姿を消し、実家の記憶だけ改竄していた。オリヴィアは、自身を「国母」と信じて側妃宮に閉じ込められた現状からの脱出を画策し、「皇帝に再び自分を振り向かせる」ことで側妃の地位と自分の子を皇太子に押し上げ、皇后と第二皇子を消す妄想に耽っていた。悪魔不在のはずの皇宮に、別の危険な火種が残されていることが示された。

皇子たちの血筋問題と焔の神の加護の真実
ディバイン邸では、妖精が「皇帝の子は正妃からしか生まれない」「第一皇子と第三皇子は皇帝の血を継いでいない」と暴露し、イザベルは衝撃を受けた。焔の神は一途な神であり、正妃との子にのみ皇子と加護が与えられるという理が説明され、第一皇子と第三皇子が皇族の血すら継いでいないと判明した。一方で、火の攻撃魔法が使えない皇帝にも焔の神の加護自体は与えられており、単に魔力量が少ないため行使できないだけであることも明かされた。

皇帝の決断と子供たちの保護
イザベルはこの事実をテオバルドに報告し、側妃たちの罪と子供への影響を案じた。テオバルドは虚偽と国庫金横領により母親側は死罪、家族や実父も処罰対象となり、子は平民として孤児扱いになる可能性を示したが、イザベルの心情を慮り「皇子たちが悪いようにはしない」と約束した。皇帝は報告を受け、自身を謀った妃たちへの処罰は認めつつも、父として慕ってくれる子供たちへの情を捨てきれず、「子に罪はない」として、彼らをイーニアスとは別枠で守る決意を固めた。後継はあくまで神の加護を持つイーニアスと明言しつつ、妃と実家は粛清対象とし、子供のみを救済するという線引きがなされた。

皇帝の加護告白と夫婦の再確認
皇帝は焔の神の加護を自分も得ているとレーテに報告しつつ、「魔力が少ないから攻撃魔法は使えない」と明るく笑った。コンプレックスと思われていた事実を、レーテとイーニアスがそばにいる現状ゆえに受け入れられるようになった姿が描かれる。レーテは泣きながらも「加護がどうでもいいと言う皇帝はあなただけ」と叱咤し、皇帝は「それでよい」と抱きしめることで、夫婦の絆が改めて強調された。

組立式模型の開発と新たな日常の一歩
一方イザベルは、妖精たちを実験台として組立式模型の試作を進めていた。馬車と馬の部品を自分で組み立て、色を塗る「世界に一つのオリジナルおもちゃ」という発想は妖精たちの創作意欲を刺激し、部品の扱い難さや道具の要否といった改善点も浮かび上がった。イザベルは皇子問題の重さに悩みつつも、レール馬車構想や玩具開発など、民の生活を豊かにする案を次々と具体化していく。その裏で、側妃オリヴィアが新たな策動に動き出していることだけが、今後の不穏な伏線として残されていたのである。

第六章 こめかみのキス

皇帝襲撃とオリヴィア側妃の拘束

夜中、妖精から「皇帝ネロウディアスが襲われた」と知らされたイザベルは、ナイトドレス姿のままテオバルドの部屋へ駆け込み、状況を伝達したのである。妖精経由の確認で、侵入者が武装もせず皇帝の寝所に現れたオリヴィア側妃であり、彼女に色仕掛けで懐柔された護衛騎士ごと妖精に拘束されたことが判明した。テオバルドは急ぎ皇宮へ向かい、その直前にイザベルのこめかみに軽く口づけを落とし、彼女を動揺させたのである。

皇后マルグレーテによる断罪と側妃の崩壊

皇宮では、洗脳から解放された皇帝がオリヴィアをまったく覚えておらず、皇后マルグレーテこそが唯一の妃であると公言したことで、側妃の自尊心は崩壊した。オリヴィアは逆上し、かつて皇后暗殺を狙ってエイヴァ側妃を送り込み、四年間にわたり皇后を恐怖で追い詰めていたことを得意げに自白したのである。マルグレーテは怒りを爆発させて平手打ちを見舞い、「法の下では身分に関係なく裁かれる」と告げ、公爵家の地位剥奪と一族への処罰を宣言した。父ダスキール公爵の失踪も指摘されると、オリヴィアは支えを失ったように崩れ落ち、犯罪者として連れ去られたのである。

女性不信の理由とテオバルドの告白

帰館したテオバルドは、疲労困憊の中でイザベルと二人きりになり、膝枕を受けながら自らの過去を語った。幼少期から使用人や他家令嬢らに性の対象として狙われ続け、前妻サラには薬と媚薬で無理やり身体を奪われた結果、女性そのものに嫌悪と恐怖を抱くに至ったことを明かしたのである。彼は自分を「汚れている」と思い込み、真実を知られ軽蔑されることを恐れていたが、イザベルは被害者である彼を強く否定せず、「どこも汚れていない」「美しい」と繰り返し伝え、心身ともに肯定した。

両想いの確認と「本当の妻」宣言

テオバルドは、形式的な妻として放置してきたことを悔い、「本当の自分を知ったうえで、自分の妻でいてほしい」と求めた。そしてイザベルを「ベル」と愛称で呼び、恋情を自覚した愚かな男として愛を乞い、自身の愛情をはっきりと告白したのである。イザベルもまた、自分が彼を愛していると気付き、涙ながらに想いを返した。以後、二人は互いを「テオ」「ベル」と呼び合うようになり、書類上だけでない夫婦として歩み出したのである。

家族の寝室騒動と平穏の裏の不穏

翌朝、同じベッドで目覚めたイザベルは、テオから名で呼ぶよう求められ、羞恥に耐えつつ受け入れた。朝食では、ノアを交えた賑やかな食卓でクロワッサンなどの新作パンを味わい、妖精と使用人に生温かく見守られながら、両想いになった夫婦の空気が邸内に共有されたのである。夜になると、ノアが「母と一緒に寝たい」と主張し、テオも「妻は自分と寝る」と譲らず、父子でイザベルの「一番」を巡って子どもじみた争いを繰り広げたが、執事ウォルトの提案で三人いっしょに就寝することで決着した。子守唄で先に眠った父子を眺めつつ、イザベルは満ち足りた幸福を噛みしめて眠りについた。しかしその裏で、ディバイン公爵領の急速な発展とイザベルの存在に目を付けた隣国の者が動き始めており、次の波乱の火種が静かに生まれていたのである。

第七章 大粛清

貴族社会を揺るがした大粛清と後宮の再編

皇帝が突如として腐敗貴族の大粛清に踏み切り、多くの横領・収賄貴族とその親族が摘発されたのである。妃たちの実家も多数罪に問われ、自ら収賄していた妃は離縁と投獄の憂き目を見た。皇后の父も粛清対象となったが、皇后自身は事前に父と縁を切っていたことや家柄が考慮され、弟への当主交代のみで家は存続し、皇后としての地位も守られた。皇帝は一夫多妻を解消し、第一皇子と第三皇子は継承権から遠ざけたうえで手元で育てる方針を取り、母である側妃たちは平民落ちなどそれぞれ別の道を歩むことになった。

女性登用と政治観の変化

粛清により皇城の人員は半減したが、かえって仕事は円滑に進むようになった。皇帝は優秀な平民と女性を文官・武官として登用し、女性の社会進出を後押しする画期的な政策を打ち出した。テオは、非情さこそ政治に必要と信じてきた自分が、情を捨てきらない皇帝の姿を見て考えを揺さぶられ、陛下の甘さを補う「非情な役」を自分が引き受けると覚悟を固めた。イザベルはその在り方を誇りに思い、夫を支える決意を新たにした。

黒蝶花の解毒剤と家庭の温もり

黒蝶花の解毒剤が完成し、イザベルとテオは真っ黒な薬を共に服用した。副作用は命に関わらないと説明されていたが、イザベルだけが激しい腹痛と下痢に見舞われ、一日中トイレに籠る羽目になった。それでも、看病に訪れたノアの無邪気な甘えと、ベッドの上での追いかけっこがイザベルの心身を癒やした。そこへテオが現れ、ノアと「お母様の取り合い」をする微笑ましいやり取りが繰り広げられ、父子関係の改善がはっきりと見て取れるようになった。

夫婦の親密さと妖精たちの日常

夜、イザベルはテオの膝に座らされ、酒の肴扱いに抗議しつつも、妻として特別視されていることにときめきを覚える。妖精アカとアオは菓子と玩具に恵まれ、ほんの少し成長しており、甘いものを巡って小競り合いをするなど、ディバイン家の屋敷は穏やかな幸福感に満ちていた。テオはイーニアスからの誘いを伝え、ノアと皇宮で遊ぶ約束を取り付ける一方、イザベルの皇宮図書館利用も許可する。

新型馬車とタンブラーが結ぶ皇帝一家との関係

イザベルは皇后の注文した新型馬車と保温・保冷タンブラーを皇宮へ納品する。屋根の開閉機構や変形座席、折り畳み机などの仕掛けに皇帝とイーニアスは子供のように歓声を上げ、皇后も大いに気に入る。さらに、人気のフローズンドリンクを入れたタンブラーを提供し、皇帝は「おもちゃの宝箱」のカフェに行きたいと駄々をこねるほど喜ぶ。こうしてイザベルはいつの間にか皇帝一家のお抱え商人のような立場を築いていく。

イーニアス視点の授業と誕生日プレゼント

イーニアスは家庭教師クリシュナから初代皇帝アントニヌスの治水事業と戦争の歴史を学ぶ。友達と玩具を分け合うべきだと語るイーニアスの価値観は、欲に駆られた周辺国の姿と対照的であり、教師に「皆がその考えなら戦争は起きなかった」と評される。授業を覗きに来た皇帝は息子の言葉に感動し、後に誕生日プレゼントとして、自作の海賊船の組立式模型を贈る。イーニアスは憧れの絵本の海賊船が再現された精巧な模型に大喜びし、皇帝に「大好きです」と抱きつき、皇帝も深く満足する。この模型は、イザベルが用意し、皇帝が一週間部屋に籠もって作り上げたものであった。

皇宮図書館で見つかった乳母の日記と隠された弟

イザベルは皇宮図書館で、アントニヌス帝の乳母の日記と建国史などの書物を手に取る。日記には、正妃との間のアントニヌスとウェルスのほかに、庶民出身の愛妾との婚外子である第三王子の存在が記されていた。黒髪金眼のその王子は、貴族出身の使用人たちに冷遇されながらも、国王本人には大切にされていたらしい。この記述から、イザベルは誰かが千五百年にわたって第三王子の存在を歴史から隠してきたのではないかと推測し、テオに報告する。

リッシュグルス国王太子の来訪要請と不穏な気配

一方、粛清で人員不足となった皇宮にはディバイン家から優秀な使用人が侍従として派遣されていた。そんな折、隣国リッシュグルスから、新たに立太子した第三王子が、帝都とディバイン公爵領を訪問したいという書簡が届く。国内が混乱する中での急な要請を断ることは難しく、テオはベルに公爵夫人としてのもてなしを依頼しつつ、彼女が王太子に近付きすぎないよう警戒を示す。ベルは図書館で見た「婚外子」の話と、第三王子の立太子に不気味な符合を感じ始める。

消えた乳母の日記と謎の司書

翌日、テオと共に再び図書館を訪れたイザベルは、前日に読んだ乳母の日記だけが棚から消えていることに気付く。司書に尋ねても、そのような本は知らないと言われ、黒髪金眼で若い男性司書の存在を伝えても、該当する人物はいないと返される。歴史を揺るがすかもしれない記録と、それを差し出した司書ごと消えた事実が、不穏な謎として物語の次章への伏線となった。

第八章 リッシュグルス王国

図書館司書の正体と「悪魔」仮説

イザベルは皇宮図書館で出会った若い司書がどこにも存在しないと知り、その容姿が千五百年前の第三王子アベラルドと一致することから「亡霊」説を口にした。テオは呆れつつも、第三王子と悪魔が同一人物である可能性を示し、妖精から聞いた「悪魔は元は綺麗な魂の人間」という話と結び付けて、司書が悪魔であり、第三王子の成れの果てかもしれないという結論に至ったが、目的も真相も分からないままであった。

公爵領への帰還と隣国王太子一行の来訪

隣国王太子一行の帝都訪問が近づき、テオが帝都に残る一方で、イザベルたちは先にディバイン公爵領へ戻り、領民の熱烈な歓迎を受けた。イルミネーションや雇用創出の効果で感謝され、奥方としての人気を実感する。やがてリッシュグルス王国のジェラルド王太子とユニヴァ第二王子が来訪し、王太子は小柄で柔和な癒やし系、第二王子は絵に描いたような王子様然とした美貌の持ち主として登場した。ユニヴァがイザベルの手に口づけしようとすると、テオは既婚者への接触を制し、イザベルを庇う形で強い独占欲と嫉妬を示した。

晩餐会で明かされる毒の過去と兄弟の絆

晩餐では、子ども好きのジェラルドがノアと打ち解ける一方、ユニヴァはイザベルの新素材開発や領地運営への関与を鋭く探り、噂の真偽を確かめようとした。さらに彼はイザベルの少ない食事量に反応し、ジェラルドがかつて食事に毒を盛られたことで摂食障害に陥っていた過去が語られる。ユニヴァは各地の美味な食材やレシピを集めて弟を支えた経緯から、食事量の少ない者を見ると過敏に口出ししてしまうようになっており、弟を命懸けで守ろうとする過保護さと兄弟の強い絆が明らかになった。

黒蝶花の毒と「原作」戦争ルートの回避策

酒席では、ジェラルドに毒を盛った犯人が特定済みでありながら捕らえられていないことが示唆され、イザベルは第一王子が毒殺未遂の犯人であると推測する。同時に、前世で読んだ『氷雪の英雄と聖光の宝玉』において、王太子毒殺と第一王子の即位が隣国との戦争の引き金であったことを思い出す。皇帝とテオが十二年後に毒で死ぬ未来も踏まえ、ジェラルドが黒蝶花の毒で緩慢に蝕まれている、あるいはこれから盛られると判断し、解毒薬の必要性を痛感するが、見た目が毒そのものの黒い薬をブラコンの第二王子や当人に飲ませることの難しさ、自身への疑惑の可能性にも悩まされた。

悪夢として見せられた「本来のイザベル」とノアの悲劇

その夜、イザベルは明晰夢のような形で、原作世界の出来事を追体験する。そこでは、自身がテオと冷え切った関係にあり、新素材の発見をきっかけに父と弟が皇帝に利用され、辺境に飛ばされた末に隣国との戦争で命を落とす未来が描かれる。助けを求めても何もしなかったテオへの絶望と憎悪が募り、ついには九歳のノアを「あの男と同じ顔」と罵り、初めて頬を打つ継母としての姿が示された。父と弟を救えなかった悔恨、皇帝と隣国への憎しみ、自身への自己嫌悪が混じり合い、原作の「悪辣継母」として狂っていく過程が、第三者として見せつけられる形となった。

目覚めと現在のテオへの愛情の再確認

悪夢から目覚めたイザベルは、優しく抱きしめてくれる現在のテオの姿に、夢の中の冷酷な公爵との決定的な違いを痛感し、涙ながらに恐怖と安堵を吐露した。テオは「自分が守る」と繰り返し、イザベルもまた心からの恋情を言葉にして応えた。額から頬へ重ねられる口づけと慈しみに満ちた視線の中で、イザベルは原作の悲劇ルートとは異なる今の関係と未来を守る決意を新たにしつつ、テオとノア、そして隣国をめぐる毒と戦争の運命をどう変えるかという大きな課題を胸に抱えることになった。

エピローグ

ノアと王太子の早朝の散歩

早朝、公爵邸の庭でノアはカミラに見守られながら番犬ナラとデュークと遊ぼうとしていた。そこへリッシュグルス王国のジェラルド王太子が現れ、ノアを誘って庭の散歩に出た。ジェラルドは帝都支店で体験した滑り台を絶賛し、ノアが普段遊んでいる遊具、とくに滑り台を見せてほしいと望み、ノアは手をつないで案内することになった。カミラは畏れ多さに固まりつつ、空気のように付き従うしかなかったのである。

悪夢からの目覚めと日常への安堵

その頃イザベルは、昨夜の悪夢の余韻を残したまま、ノアの声で目を覚ました。ベッド脇に立つノアのアイスブルーの瞳を見て、イザベルは思わず抱きしめ、現実の温かさに安堵した。ノアは先ほどジェラルド王太子と庭を散歩し、公爵家の遊具の話や、帝都支店の滑り台の話で盛り上がったことを嬉しそうに報告し、ジェラルドがイザベルの玩具を大好きだと語っていたと伝えた。イザベルは自身が生み出した玩具や遊具が、我が子と隣国の王太子の双方に喜ばれていることを知り、胸を満たされる思いがしたのである。

「いちばん」の告白と母としての決意

会話の最後にノアは、玩具を褒めたうえで「いちばんはお母様だ」と囁き、イザベルにとって何より欲しかった言葉を与えた。イザベルは、ノアのために作り始めた玩具をノア自身が愛してくれること、そのうえで自分を一番に選んでくれることに深く感動し、この日常こそ守るべき宝だと痛感した。前夜に見た、原作どおりに進めばノアを傷つけてしまう未来の光景がなお心に残る中で、イザベルはノアの笑顔と「母」と呼ばれるこの時間を守るためなら、悪魔であれ運命であれ決して負けないと固く誓ったのである。

使用人の環境改善プロジェクト

制服トラブルから見えた管理体制の欠陥

イザベルは、メイド服紛失騒ぎの報告を受け、個人管理と紛失=懲戒解雇という重すぎる罰則が、セキュリティと費用面から来ていることを改めて把握した。二〜四人部屋で鍵のないクローゼットを共有し、休みの者も仕事時間には部屋を追い出される現状を確認し、紛失の責任を個人だけに負わせる制度の歪みと、生活環境の貧しさを問題視したのである。

公爵への提案とロフトベッド・寮計画

イザベルは企画書を携え、公爵テオバルドに制服管理部署の新設と、将来的な使用人寮の建設、暫定措置としてロフトベッド導入を提案した。テオは「使用人にそこまでの待遇は前代未聞」と難色を示したが、「使用人は奴隷ではなく、快く働ける環境整備は雇用主の義務」と論じるイザベルと、ロフトベッド案に熱狂したウォルトに押され、邸内改修と寮建設を許可した。イザベルは工務店と服飾店に出向き、具体化を急いだのである。

新メイド服と更衣・居住環境の刷新

新制服はセパレート式で、軽く動きやすく、エプロンやスカートに目立たないポケットを備え、スカートには一体型パニエを採用した。またゴム入り靴下の開発により、ガーターベルトが不要となった。試着したメイドたちは機能性の高さに感激しつつ、上質さに戸惑ったが、イザベルは「公爵家のメイドとしての誇りを持つための制服」として着用を促した。邸内には更衣室と制服管理部署が新設され、紛失事件は激減した。ロフトベッドも大好評で、ベッド下をカーテンで仕切った半個室空間が生まれ、使用人たちは「個室ができたようだ」と喜んだ。このロフトベッドは、寮完成後に騎士団寄宿舎へ転用されることも決まった。

労働時間改革と「ホワイト職場」への転換

イザベルは環境整備だけでは不十分と考え、従来の一日十六〜十七時間労働・月二回休みという過酷な労働条件を、八時間労働・一時間休憩・週二日休み・有給休暇ありという体制へと改めた。使用人たちは当初、「クビになるのでは」「仕事が回らないのでは」と不安を口にしたが、給与据え置きとシフト制導入により業務はむしろ効率化し、体調や表情も改善してミスも減少した。ウォルトも効果を認め、イザベルはテオとウォルトに対しても「休息の必要性」を説き、過労体質の是正を促したのである。

ロフトベッド見学とノアの無邪気な希望

おまけとして、イザベルはノアにロフトベッドを見せるためカミラの部屋を訪れた。ノアは階段付きの構造を滑り台のような遊具と捉え、「あそこで寝たい」「カミラと一緒に寝る」と目を輝かせた。カミラは感激し、イザベルはわずかな嫉妬を覚えつつも、息子の無邪気な反応と、使用人たちの生活が少し豊かになった事実を、静かな満足とともに受け止めたのである。

クリシュナ先生の魔法の辞書

テオバルドの多忙と「辞書」の記憶

テオバルドは、貴族粛清の結果として事務量が激増し、自宅の執務室で仕事を続けながら、女性や平民登用による官僚制改革の難しさに頭を悩ませていたのである。唯一の救いとして、将来有望なイーニアス皇子と、その傍らに立つであろう息子ノアの未来を語り合い、ふと自分が幼い頃から大切にしてきた「クリシュナ先生の辞書」を思い出したテオバルドは、そろそろノアにも辞書が必要だと判断したのである。

イーニアス皇子とノアが出会った「魔法の辞書」

一方ノアは、難しい言葉に通じたイーニアス皇子に憧れ、その秘訣を尋ねていたのである。皇子は、教師ロバート・ラーマ・クリシュナ伯爵から贈られた辞書を見せ、文字の並びや「単語」の意味を実際に引きながら丁寧に説明した。ノアは挿絵もない分厚い本に最初は戸惑ったが、「わからない言葉がわかる本」としてそれを受け止め、辞書を「難しいことも教えてくれる魔法の辞書」と呼び、皇子と共に誇らしげに笑ったのである。この話は同席していたイザベルにも伝わり、辞書は「魔法の辞書」として家族の間の共通認識となっていった。

家族の食卓と「魔法の辞書」の継承

その日の晩餐で、テオバルドはノアの勉強への意欲を確認し、イザベルから「勉強が楽しい」と聞かされて驚きつつも喜んだのである。ノアは既にクリシュナ伯爵の名と業績をイーニアス皇子から聞き及んでおり、父の「先生」を尊敬の眼差しで見ていた。テオバルドはそこで、自身が少年時代から愛用してきたクリシュナ製の辞書をノアに譲ることを決意し、ウォルトに運ばせて息子の前に差し出した。ノアはそれを「アス殿下と同じ魔法の辞書」と呼び、宝物のように両手で抱きしめ、父に深く感謝したのである。

知識を授ける「最強のアイテム」としての辞書

イザベルは、辞書を「わからないことを知ることができる魔法の辞書」と表現し、テオバルドもまた、自身が子供の頃「辞書にはなんでも書いてある」と信じていた記憶を思い出した。クリシュナ伯爵が初めて作り上げたその辞書は、テオバルドにとっても学びと成長の象徴であり、今度はノアの知識と自立を支える道具として受け継がれたのである。テオバルドは「クリシュナ先生の魔法の辞書」を、身を助ける知恵を蓄える最強のアイテムと認識し、その継承を通じて父としての役割を静かに果たしていく決意を新たにしたのである。

継母の心得 2 レビュー
継母の心得 4 レビュー

同シリーズ

『継母の心得』第1巻の表紙画像(レビュー記事導入用)
継母の心得の表紙。
あらすじと考察は本文で詳しく解説。
『継母の心得』第2巻の表紙画像(レビュー記事導入用)
継母の心得 2の表紙。
あらすじと考察は本文で詳しく解説。
『継母の心得』第3巻の表紙画像(レビュー記事導入用)
継母の心得 3の表紙。
あらすじと考察は本文で詳しく解説。

その他フィクション

e9ca32232aa7c4eb96b8bd1ff309e79e 小説「継母の心得 1」ノアが天使過ぎる! 感想・ネタバレ
フィクション(novel)あいうえお順

目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい3 アイキャッチ画像

小説「目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので 3」感想・ネタバレ

目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい  2 レビュー
目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい  全巻まとめ
目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい  4 レビュー

物語の概要

本作は、現代日本で“やり込みゲーマー”だった主人公が、突然宇宙船ごと異世界へ転移し、最強装備と宇宙船を武器に傭兵として自由な生活を送るスペースファンタジーである。主人公「ヒロ」は、傭兵業で稼ぎつつ、一戸建てのマイホームを目指すという“リアルな夢”を掲げながら宇宙を股にかけて活動してきた。第3巻では、ヒロと仲間たちが宇宙船を軸とした傭兵団としての基盤を固めつつ、惑星間の混乱やトラブルに巻き込まれ、さらなる危険と冒険に足を踏み入れる展開が描かれる。

プロンプト: 書籍の概要説明用テンプレート基本:である調で書く『[目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい 3]』物語の概要[簡潔に本のジャンルと内容を説明する。主に作品のあらすじや基本的な世界観を述べる。]主要キャラクター

主要キャラクター

  • ヒロ : 主人公。現代日本から転生し、宇宙船と最強装備を手に傭兵として生きる男。

物語の特徴

本作の魅力は、「圧倒的装備と宇宙船を手に入れた主人公」が、ただ無双するだけでなく「一戸建てを目指す」というスローライフ的な目的を掲げつつ、傭兵・発掘・救助といったアクション要素を併せ持っている点である。これにより、ハーレム的・チート的なテンションとリラックスした夢のような人生設計が融合し、読者にとってユニークな読書体験を提供している。また、ゲーム知識を転用した戦略的行動、宇宙船を駆るSF的展開、異世界での“自由に生きる”というテーマが重なり、他の異世界転生ものと比して設定・スケール・目的意識の点で差別化されている。

書籍情報

目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい 3
著者:リュート
イラスト:鍋島テツヒロ
出版社:KADOKAWA(カドカワBOOKS)
発売日:2020年07月10日
ISBN:9784040737027

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あらすじ・内容

今回はリゾート惑星でバカンス!?
ひょんなことから訳あり宇宙貴族令嬢(ロリ)を助けてしまった一行は、一時的に護衛を引き受けることに。金に糸目をつけずに襲ってくる敵相手にヒロが立てた作戦は……南国風の観光惑星での優雅な引きこもり!?

目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい 3

感想

コールドスリープしていた貴族令嬢を拾ったせいで、気付いたら本格的なお家騒動に巻き込まれていく一冊。

まず印象に残るのは、高級リゾート惑星という甘い舞台装置と、そこで平然と宙賊に襲撃される物騒さの落差であった。
南国風のリゾートでバカンス気分を満喫しているのに、「宙賊が来たので途中で切り上げます」という展開が当たり前のように押し寄せてくる。
ヒロ一行にとっては、命懸けの戦闘とレジャーが同じ土俵に並んでしまっており、その距離感の狂い方がこのシリーズらしい魅力だと感じた。

そのうえで、今回は「惑星慣れしているヒロ」の怪しさがかなり楽しい要素になっていた。
場数を踏んだ者にしか出せない土地勘でさりげなく立ち回るくせに、ごまかし方そのものは妙に下手。
クルーに怪しまれないようにしているつもりなのに、穴だらけで、そのズレが笑いを生んでいた。
いつかクルー全員に過去や事情を話さざるを得ないタイミングが来るだろうという予感が積み上がっていく巻であり、その「種まき」としても面白く読めた。

物語の軸となる伯爵令嬢クリスの保護と護衛も、分かりやすく感情移入しやすい。
宙賊を倒したら、コールドスリープ状態の貴族令嬢を「うっかりゲット」してしまい、そのままお家騒動の敵から守りつつ、保護者との再会を目指す流れになっていく。
立場だけ見れば面倒ごと以外の何ものでもないが、ヒロ達のスタンスは一貫して「拾ったからにはちゃんと面倒を見る」という方向に寄っており、傭兵作品でありながら保護者的な温度が強かった。

今後メインとなる新キャラクターの投入も賑やかであった。
完全無欠のメイドロイド・メイは、戦力としても生活面でも頼れる存在であり、船内の日常を一気に「整った空間」に変えてくれる。
さらに、リゾート惑星ではアンドロイド、しかもセクサロイド仕様の黒髪ロング巨乳眼鏡メイドまで加わる。
設定だけ聞くと完全にネタ枠であるが、こうした人物(機体)がさりげなく日常パートの空気を和ませており、ハーレムめいた派手さと、チームとしての安定感が同時に増しているように感じられた。

戦闘面については、相変わらず「最強装備」の安心感が大きい一方で、今回は敵そのものよりも、貴族社会の裏にある金と権力が怖い巻であった。
金に糸目をつけない追っ手が次々に襲ってくる構図は、ただの宙賊退治よりも根が深い。銃撃戦や宇宙戦はテンポ良く読めるが、その背後には「この騒ぎの元凶は、身内の権力争いに過ぎない」という虚しさが薄く張り付いており、物語に少しだけ苦味を足していた。

日常パートの心地よさも健在であり。リゾート地でのリラックスした時間や、護衛任務とバカンスを同時進行させる感覚は、このシリーズらしい「命懸けの仕事と娯楽が同じ船に詰め込まれている」空気を強く感じさせる部分であった。
クルーが増え、「変な家族」が船内に揃っていく過程を見ていると、一戸建てを目指すというヒロのささやかな夢も、少しだけ現実味を帯びてくる。

総じて本巻は、宙賊戦とお家騒動、南国リゾートとコールドスリープ令嬢、眼鏡メイドロボという、一見ちぐはぐな要素を一つの船に詰め込んだ、シリーズらしい混沌がよく出た一冊である。
お家騒動がどこまで本格化し、そしてヒロがいつクルー全員に自分の過去をさらすことになるのか、そのあたりを楽しみに待ちたいところである。

最後までお読み頂きありがとうございます。

目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい  2 レビュー
目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい  全巻まとめ
目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい  4 レビュー

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登場キャラクター

展開まとめ

プロローグ

全裸で目覚めたヒロとミミの朝
ヒロはミミに抱きつかれた状態で目覚め、互いに全裸で眠っていた状況を把握した。ヒロはシャワーとトイレに行きたくなり、穏便に起こすためミミの頭を撫で、ミミは微笑んで挨拶を返した。二人は風呂で支度を済ませ、食堂でエルマと合流して朝食を取り、食後もそのまま談笑して過ごした。

シエラ星系の特徴とリゾート事情
ヒロは移動先であるシエラ星系の特徴を説明した。ハイパーレーンを経由して移動する先であり、多数の居住可能惑星を持つリゾート星系として知られていた。市民権の無い者でも自然環境を楽しめる点が特徴で、旅行者向けに自然体験やアクティビティが提供されていた。各惑星には物資供給・宿泊・交易・市場などを目的とした大規模コロニーも存在し、高額なリゾート惑星を諦めて仮想現実で疑似体験する者も多かった。

宙賊の多発と傭兵需要の高まり
旅行者や商船が集中するため宙賊も多く出没し、旅客船は富裕層が多く攫われやすく、商船も商品価値の高い貨物を狙われた。護衛が存在するため宙賊側も大規模な徒党で動く傾向があり、傭兵には宙賊狩りや護衛任務の需要が高かった。単独行動は困難であり、シエラプライムコロニーでは野良傭兵の船団が多く組織されていた。

バカンスより稼ぎを考えるヒロ
ヒロはシエラ星系での稼ぎ方を考えて黙り込み、エルマはリゾートでも仕事を考える姿勢に呆れた。手続きのためにもシエラプライムコロニーへ向かう必要があり、ハイパースペース離脱まで一時間半ほど残されていたため、ヒロはトレーニングの時間を確保できると判断した。

三人でのトレーニングとヒロの苦戦
ミミが同行を申し出て、エルマも続いたため三人でトレーニングルームへ向かった。ヒロは筋力トレーニング、ミミは持久力、エルマは柔軟性を中心に身体を動かした。ヒロは身体が硬く、エルマに強引に柔軟を仕掛けられて悲鳴を上げ、ミミはそれを心配した。最終的に二人は爽快感を得たが、ヒロだけが全身ガタガタになって部屋を後にした。

#1: 眠り姫

インターディクトと宙賊との戦闘
ヒロ達の船クリシュナはシエラ星系近傍で通常空間へ復帰し、シエラプライムコロニーへの航路設定を行っていたが、インターディクターによる強制解除を受けた。星系軍や傭兵も候補に上がったが、警告がない状況から相手は宙賊と判断された。ヒロは逃走ではなく迎撃を選び、あえて自ら超光速航行を解除して戦闘態勢に移行した。十三隻の宙賊船を相手に高い機動性と重火力で翻弄し、宙賊側は反撃もろくにできないまま全滅した。

戦利品サルベージとコールドスリープポッドの発見
戦闘後、ヒロとエルマは宙賊船残骸から戦利品のサルベージを行い、保存食や酒、少量のレアメタルなどしか得られず落胆した。だがドローンでの探索中に中身入りのコールドスリープポッドを発見した。これは本来、遭難者を低温下で生存させる緊急脱出ポッドであり、発見者には救命義務が発生することが知られていた。放置すれば重罪と懸賞金の危険があるため、ヒロ達は渋々ながら回収を決め、シエラプライムコロニーへ急行することにした。

シエラプライムコロニーへの入港と手続き
クリシュナは巨大なトーラス型構造を持つシエラプライムコロニーに接近し、ミミが港湾管理局にドッキング要請を送信した。三十二番ハンガーへの入港許可を得たヒロはオートドッキング機能を用いて安全に接舷した。港湾管理局への連絡でコールドスリープポッドの存在を報告し、貨物移送システムを使って専用開封室へ送るよう指示を受ける。あわせて、発見者には約一週間の保護義務があり、身元確認後は帝国が引き取るか、身寄りがあればそちらへ引き渡されることも説明された。

開封室での対面とクリスの覚醒
ヒロとエルマは港湾管理局の第一開封室を訪れ、職員ブルーノからコールドスリープポッドの経緯を聞いた。それが三ヶ月前に宙賊に襲撃された高級旅客船の脱出ポッドであり、乗客は貴族や富裕層が多かったこと、さらに救難信号ユニットが剣で切断された痕跡があることが判明した。解凍処置後にポッドが開封されると、中には黒髪おかっぱの少女が眠っていた。少女は半ば無意識のままヒロの服の裾を掴み、父に行かないでと縋りつき、そのまま再び眠り込んだ。ヒロは手を握られたまま待つことになり、港湾管理局の監視下で「眠り姫」の子守を続けた。

クリスティーナ・ダレインワルドとの誓約
やがて少女が目覚めると、ヒロは自分が傭兵ギルド所属のキャプテン・ヒロであり、宙賊から彼女を含むポッドを回収してここに運んだ経緯と、一週間の保護義務の存在を説明した。少女は自らをクリスティーナ・ダレインワルド、ダレインワルド伯爵家の娘と名乗り、クリスと呼ぶよう求めた。クリスは冷静に事情を受け止め、伯爵家の迎えが来るまでヒロの庇護を受けることを受諾した。ヒロは小型戦闘艦を駆る一時の騎士として彼女を守ると誓い、クリスは報酬として大切な薄紫の宝石をあしらったネックレスを一時預けることで、この約束を形にした。

伯爵家の内乱と新たな火種
クリスは、自身の父フリードリヒ・ダレインワルドが叔父バルタザールの差し向けた私兵によって謀殺されたことを打ち明けた。客船襲撃は宙賊ではなく叔父の手勢によるものであり、母はクリスを庇って撃たれ、父はクリスをコールドスリープポッドで逃がしたのだと語った。救難信号ユニットが切断されていたのも、追跡を避けるための処置であると推測された。クリスは叔父の手の者が今もシエラ星系で自分を探していると告げ、ヒロに守りを願った。ヒロは面倒事と理解しつつも、報酬を条件にクリスの騎士として依頼を引き受ける決意を固め、港湾管理局が監視されている可能性を踏まえて、今後の初動が決定的になると考え始めた。

#2:クリスティーナ・ダレインワルド

港湾管理局での手続きと祖父への連絡準備
クリスが目覚めた後、港湾管理局では宇宙救難法に基づき、ヒロ側とクリス側双方の手続きが進められた。クリスは母が撃たれ、父が自分をコールドスリープポッドで脱出させた経緯を語ったが、伯爵家の内情や叔父バルタザールの陰謀には触れず、これは祖父アブラハム・ダレインワルド伯爵が判断すべき家中問題であると割り切った。クリスはデクサー星系ダレインブルグの伯爵家宛てにホロメッセージ送信を希望し、港湾管理局は暗号化された通信の準備を整えた。ゲートウェイと超光速通信を用いても到達に五日かかる距離であり、返答や迎えの手配を含めて、少なくとも二週間はヒロの保護下で過ごす見込みとなった。ヒロは保護義務期間を過ぎても迎えが来るまで見捨てないと明言し、クリスの老獪さを半ば感心しながら受け止めた。

ホロメッセージによる告発と救助の報告
専用の撮影室で、クリスはまず自らの無事と状況を祖父に報告した。三か月前の客船襲撃で父にポッドへ避難させられ、宙賊に回収された後、ヒロに救助され港湾管理局に保護された経緯を説明し、宙賊に弄ばれていた可能性を避けてくれた恩人としてヒロへの感謝を強調した。続けてヒロが前に出て、自身が傭兵ギルド所属シルバーランクの傭兵であり、小型戦闘艦クリシュナのオーナーとして、一週間の保護義務にとどまらず迎えが来るまで全力でクリスを守ると伯爵に頭を下げて約した。その後、クリスは襲撃者が宙賊ではなく叔父バルタザールの私兵であり、整った装備で家族だけを執拗に狙ったことを告発し、父母の安否不明と自分の命が今も叔父に狙われている懸念を伝え、ヒロに運命を託すと宣言して祖父の助力を求めた。録画を終えたクリスは震えながらも気丈に振る舞い、ヒロは彼女を自艦へ案内し、衣類など生活必需品の手配を進める必要を自覚した。

騎士と姫の関係性とささやかなやり取り
手続き後、クリスは涙を拭いながらも、騎士たるもの常に紳士たれとヒロを軽く揶揄し、伯爵令嬢らしい気品と余裕を見せた。ヒロは船の女性クルーであるエルフのエルマとオペレーター見習いのミミについて説明し、二人がそれぞれの事情からクリシュナに乗っていることを語った。クリスは「男の甲斐性」と言いつつ微妙な圧を漂わせ、ヒロはなぜ彼女に「寛容さ」を許可してもらう立場になっているのか首を傾げることになった。ホロメッセージ送信手続きが進む裏で、エルマはヒロのゴールドランク昇進を知って大騒ぎしており、ヒロはそれを端末越しに確認しながらクリスの同行準備を進めた。

港湾都市での警戒と叔父の脅威への自覚
港湾管理局を出た二人は人通りの多いリゾート星系の港湾区を歩いたが、「傭兵の男と上等な身なりの少女」という組み合わせは目立ち、周囲の視線を集めた。そこでクリスが自然な所作でヒロの手を握り、兄妹のような絵面を作ることで周囲の好奇心を散らした。ヒロはシエラ星系に叔父の手の者が潜んでいる可能性をクリスに伝え、人ごみに紛れた襲撃の危険性を警戒しつつ船へ急行した。クリスは叔父が双剣術の達人であり、貴族が脳内インプラントで思考速度を加速させ、レーザー射撃すら剣で防ぎ反射する一流剣士が存在することを語り、レーザーガンの優位が絶対でない現実を示した。ヒロは危機感を強め、格闘や剣術の必要性を意識しながら歩みを早めるが、クリスの短い足に合わせざるを得ず、抱き上げる提案を照れ混じりに退けられる。ようやく船への曲がり角が見えたところで憲兵と目が合い、ヒロは一瞬焦るが、クリスが港湾管理局発行の身元引受書類の提示を示唆し、法的な後ろ盾を頼りに対応しようとするところで場面は区切られた。

クリシュナへの帰還とクルーとの顔合わせ
ヒロとクリスは職務質問を受けつつも港湾管理局発行データのおかげで無事に解放され、むしろ憲兵に護衛されて安全にクリシュナへ戻った。船内ではミミとエルマが既に帰還しており、食堂で正式な顔合わせが行われた。クリスは「クリスと呼んでほしい」と丁寧に自己紹介し、ミミは同年代の仲間が増えたことを喜んで懐き、エルマはヒロのゴールド昇格に微妙な感情を抱きつつも表面上は歓迎した。

傭兵ギルドのランク制度とゴールドの意味
クリスが「ゴールドランク」の意味を知らなかったため、エルマが講師役となり、アイアンからプラチナまで五段階のランク制度を説明した。アイアンは成り立てで、ブロンズでようやく駆け出し扱いとなり、戦闘可能な船を持つようになる。シルバーは一人前の傭兵として層が厚く、成り立てとベテランの間に大きな差がある。ゴールドはその中から更に選別された一流であり、全傭兵の五パーセント未満という狭き門で、三十隻規模の宙賊団を単機で殲滅し得る存在として貴族や役人からも一目置かれると説明された。最上位のプラチナは十三人のみとされ、どの戦場でも大戦果を挙げる超一流として、時に貴族すら圧倒する影響力を持つと語られた。エルマはヒロのゴールド昇格に悔しさを覚え、ヒロは先輩呼びで煽って関節技を極められるなど、三人の掛け合いの中で信頼関係と力関係が描かれた。

クリスの事情共有と「超特大の厄介事」としての認識
用意したカスタードプリンと紅茶を囲みながら、ヒロはクリスの身の上と伯爵家の内情をクルー二人に説明した。客船襲撃で両親を失い、叔父バルタザールに命を狙われていること、そしてその告発を祖父アブラハムに届けなければならない立場であることが明かされると、ミミは涙ながらにクリスを抱きしめ、エルマは「超特大の厄介事」と冷静に事態の重さを評価した。二週間ほどクリスを預かり守る必要がある以上、巻き込まれるのは避けられないと三人は認識を共有した。

ホロメッセージ複製計画と複数ルート送信
ヒロはエルマに対し、港湾管理局から送ったホロメッセージがバルタザールに握り潰される危険性を指摘し、クリスが持つ水晶板状の記憶媒体を複製して複数ルートで伯爵へ届ける案を示した。エルマは複製と送信経路の手配が可能であると応じ、時間はかかるが自分の伝手を総動員して届けることを約束した。ヒロは経費を惜しまないとしつつ、伯爵と孫への恩売りと護衛成功時の報酬も見込んだ打算も抱えており、エルマはその甘さと本音を見抜きつつも受け入れた。クリスは記憶媒体と通信コードを託し、エルマは尾行の危険を承知の上で船を出て手配に向かった。

追手を前提とした「おびき出し」作戦構想
ヒロはクリスの叔父の勝利条件が、祖父に真相が伝わる前にクリスを消すことにあると分析し、敵が焦ってなりふり構わぬ手段に出ると予測した。その上で、シエラ星系のリゾート惑星のパンフレットから着想を得て、あえて複数のリゾート惑星に大量の予約を入れ、潜伏先を多数用意しつつ、わざと目立つ形でリゾート星系へ向かって追手を宇宙空間で迎撃する撹乱作戦を構想した。宇宙戦であればクリシュナの性能とヒロの操艦で優位を取れると踏み、追手を削りつつ、敵に潜伏先を虱潰しにさせて時間を稼ぎ、その間にエルマのルートで伯爵へ情報を届けることを狙ったのである。費用は所持金一七〇〇万エネルと将来の護衛料請求で賄うつもりであり、ミミは金額と手間の多さに戸惑いつつも一応理解を示した。

代案としてのハイパーレーン潜伏案と補給の問題
ミミはリゾート惑星を多重予約するよりも、ハイパーレーン内に長時間留まり続けることで襲撃を避ける案を提示した。ハイパーレーン内ではインターディクトが不可能であり、安全性が高いという利点があった。しかしヒロは、クリシュナの備蓄では長期の潜伏は困難であり、どこかで補給が必要になること、その補給行為自体に毒物や爆発物混入のリスクがあること、さらにハイパードライブ終了時には待ち伏せされ得ることを挙げて慎重な姿勢を崩さなかった。隣星系での補給やルート分散といった選択肢も検討しつつ、最終的な方針決定はエルマ帰還後に行うことにした。クリスは専門的な会話に入り込めず悔しさを覚え、ヒロは白兵戦の可能性も視野に入れながら装備点検に向かうことを決めた。

カーゴルームでの武装訓練と二人への最低限の戦闘教育
ヒロはミミとクリスを伴い、貨物室兼武器庫であるカーゴルームに向かった。そこにはパワーアーマーやレーザーランチャー、レーザーライフルなどの重装備に加え、電撃範囲攻撃を行うボール型ショックグレネードなど、多数の装備が保管されていた。ヒロは危険物に勝手に触れないよう念を押した上で、レーザーライフルとショックグレネードの基本的な扱い、視界を取れない相手に投げ入れて制圧する有効性を説明した。また、致命傷を負った際に応急処置を可能にする救急ナノマシンユニットの使い方も教え、即死さえ避けられれば生存率を上げられることを伝えた。ミミとクリスは自分達も戦う覚悟を示し、少なくとも援護用装備の操作を習得しようと決意した。

エルマの尾行発覚と事態の切迫
装備点検の最中、小型情報端末とミミのタブレットにエルマからのメッセージが届き、彼女が既に尾行を受けていることが判明した。エルマは物資補給の危険性とリスクの高さを指摘しつつ、急いでクリシュナへ戻ると伝え、位置情報とSOS送信の準備を整えて行動していた。ヒロはただちに注意を促し、事態が予想以上の速さで動いていることを悟る。これにより、リゾート惑星を利用したおびき出し案や潜伏案を含め、早急に具体的な対抗策を実行に移す必要性が一層高まったのである。

エルマの帰還と作戦共有
エルマは尾行されながらも無事にクリシュナへ戻り、ヒロの過剰な心配を茶化しつつも軽い抱擁とキスで応えた。食堂ではミミとクリスの前で、ヒロが照れている様子をからかいの種にしつつ、ヒロ・ミミ・クリスの三人で立てていた「追手を宇宙に誘き出して撃破する」案を共有した。エルマはコロニー内では監視から逃れられないため、宇宙に出て敵の目を潰す方針そのものには賛同した。

補給問題とリゾート惑星利用の方針
今の備蓄では二週間も保たないため、エルマは二つ隣の星系で補給する案も挙げたが、移動すればするほど痕跡が残ることや、リゾート惑星のセキュリティが実は非常に高いことから、追手を宇宙で撃退した後にリゾート惑星へ逃げ込む案の安全性が指摘された。リゾート地は帝国貴族や他国要人も利用するため、テロが起きれば帝国の威信に関わるレベルで守られていると説明され、ヒロはリゾート星系での潜伏案を本命として再評価した。

リゾート予約プランと貴族級の散財
クリスの祖父から経費が出ることを前提に、エルマは三つのリゾート惑星に対して名義・ランク・旅行会社をばらしたダミー予約計九件を提案し、更に本命として高級リゾートプランを追加して、合計二百万エネルに収まるよう手配した。ミミは庶民感覚から高額決済に憔悴したが、エルマは貴族や傭兵の金銭感覚として「孫の命を守る費用なら伯爵には大した額ではない」と断じた。ヒロは事務手続きやプラン選定をエルマとミミに任せ、自分は船長としてクリスの相手をする役目に回ることで合意した。

海洋惑星シエラⅢと島貸し切りプランの内容
ミミの説明により、目的地が海洋惑星シエラⅢであり、惑星表面の大半が海で構成され、小島が点在する構造であることが明かされた。管理用の大きな島に高セキュリティの陽電子AIを置き、アンドロイドやロボットが滞在者の世話と防衛を担っているとされ、岩に擬態した砲台や海底ガードボットなど、襲撃側にとって自殺行為レベルの防衛体制が整っていると説明された。今回のプランでは中規模島一つを貸し切り、クリシュナの発着スペースも用意され、海水浴や散策、可愛らしい異星生物との触れ合い、海産物や各星系の珍味を楽しめる豪華なバカンスであることが共有された。

コックピット体験とシミュレーター訓練
出港まで二日間は船内に籠もる方針が決まり、ヒロはクリスを案内してコックピットを見せた。クリスはパイロットシートに座ることを許され、シートをフィットさせた上でシミュレーターモードによる操縦チュートリアルを体験した。慣性制御機構で再現された加減速の感覚に翻弄されながらも、クリスはスロットル調整や旋回操作を着実に習得し、ヒロから細やかな操作と成長ぶりを繰り返し称賛された。三十分ほどで基本操作を終えたクリスは汗だくになり、ヒロに額の汗を拭われて羞恥心を覚えた。

誤解とその解消、そして静かな初日終了
シャワーに案内する途中の食堂で、汗で頬を赤く染めたクリスと、その近くに立つヒロを見たエルマとミミは、ヒロが年端もいかない保護対象に手を出したのではないかと最悪の誤解を抱いた。ヒロは必死に「船の操縦訓練をしていただけ」と弁明し、クリスも同調して説明した結果、二人は自分達の疑いを詫びて頭を下げた。ヒロはセレナ少佐にも手を出さなかった自制心と、貴族令嬢に手を出した場合の厄介な柵を理解していることを強調し、ようやく信頼を取り戻した。その後、エルマとミミは無事にリゾート予約を完了させ、出港までは船から出ずに準備と談笑を続ける方針を固め、クリスを受け入れた初日のクリシュナでの時間は、多少の騒動を挟みつつ穏やかに過ぎていったのである。

#3:追手

ジャンクフードと警戒方針の確認
翌朝、クリスティーナはテツジン・フィフスが用意したハンバーガー風の食事に魅了され、ジャンクフードの味と「手掴みで食べる背徳感」を満喫していた。一方ヒロたちは、クリスの叔父がコロニーの物資輸送システムに介入し、反応爆弾を紛れ込ませる可能性まで想定して行動を制限し、船内待機と警戒強化を決定した。

巻き込まれたことへの自責とヒロのスタンス
クリスは自分が皆を危険に巻き込んでいると謝罪したが、エルマは「巡り合わせ」であり、困っている少女を見捨てられないヒロの性格ゆえだと断じた。ヒロは内心、自身が急死・失踪した場合に備えてクリシュナと財産をミミに継承させる手続きを済ませており、ミミとエルマを大切に思いつつも、傭兵として刹那的に生きる覚悟を再確認していた。

夜の騒動とクリスへの線引き
翌朝、ヒロがドアのアクセスログから夜間の訪問を知り、食堂でぎこちない三人の様子を見て状況を察した。ヒロは護衛対象であるクリスに手を出すつもりはなく、伯爵である祖父と揉めることも避けたいと真面目に諭し、貴族の筋と誇りを理由にクリスの衝動を抑えた。またミミとエルマにも、クリスが無茶をしないよう注意するよう頼み、船内の人間関係に一線を引いた。

クリシュナでの生活と出発準備
トレーニングとシャワーを終えた後、クリスは高級客船並みに快適なクリシュナの生活環境に驚き、傭兵船のイメージとの違いに戸惑った。エルマは「この居住性はこの船だけ」と説明し、ヒロは「傭兵のロマンより快適さ」と笑いながら、リゾート惑星行きと追手との戦闘に備えて気を引き締めた。

出港とインターディクトによる襲撃
クリシュナは出港申請を済ませ、シールド最大出力で港湾区画を慎重に航行した。港外に出ると、エルマが目的地を判別しづらいルートを設定し、超光速ドライブに移行したが、直後にインターディクトの警報が鳴り、通常空間へ強制復帰する事態となった。ヒロは敢えて抵抗せず戦闘準備に入り、ミミに敵データの管制、エルマにサブパーツ制御を任せ、クリスには戦闘機動中の安全確保だけを命じた。通常空間に戻ると同時に無警告の砲撃が殺到し、敵小型艦十二隻、中型艦四隻が現れたため、ヒロは一隻も逃がさないと宣言し、クリシュナの全火力を解放して反撃に転じたのである。

統制された追手艦隊との交戦
クリシュナを襲撃した艦隊は、宙賊にしては異常に統制されていた。小型艦十二隻は揃いのミドルクラス戦闘艦であり、中型艦四隻も型落ちとはいえ軍用艦であった。シールド・装甲ともに一般宙賊より一〜二段上の性能を示し、星系軍への通報も妨害電波で封じられていたため、ヒロたちは自力で全滅させる方針を取ったのである。

中型艦への貼り付きと変態機動による撃破
ヒロは撹乱機動で包囲網に揺さぶりをかけ、一隻の小型艦を撃破して生じた間隙から中型艦群へ肉薄した。中型艦の至近に張り付いて敵小型艦の射線を味方艦で遮らせつつ、重レーザー砲と大型散弾砲を接近射撃で叩き込み、シールドを飽和させて艦体を蜂の巣にしていった。さらに、敵の動きの癖とレーダー情報を読み取り、後退しながら背後にピタリと追従して射撃する「後ろ向き張り付き機動」まで駆使し、小型艦を一隻ずつ削り取って戦力を崩壊させた。

敵艦からの証拠と物資の回収
全艦を撃破した後、ヒロたちは中型艦四隻の残骸からデータキャッシュと物資を優先的に略奪した。クルー数と非常事態への備えから、各艦には一〜二週間分の水と食料が搭載されており、その合計はヒロたちが一か月以上生活できる量であった。クリスの叔父にとって致命的な証拠となり得るデータも確保し、戦域を離脱した彼らは、追撃が続くなら物資を元手に逃亡生活へ移行する選択肢も視野に入れたのである。

クリスの恐怖とクルーの成熟
戦闘後、クリスは顔面蒼白で両手で口を押さえ、悲鳴を堪えていた。一方でエルマは平然と水分補給を行い、ミミもすぐに機体状態や回収物資の確認に移っていた。ヒロは、ミミがもはや一人前のオペレーターと呼べるほど成長していることを実感しつつ、クリスには無理をさせまいと穏やかに声をかけた。

リゾート惑星シエラへの降下開始
その後、クリシュナは海洋惑星シエラへのルートを再設定し、大気圏突入角度や重力・空気抵抗の影響に配慮しながら降下を開始した。エルマが降下手順のサポートを担当し、ミミはその操作を学ぶ立場で補佐に回ることになった。戦闘という試練を越えた一行は、なおも追手を警戒しつつ、ついにリゾート惑星での局面へ移行しつつあったのである。

#4:海洋リゾート惑星 シエラⅢ

リゾート惑星シエラⅢへの降下とクリスの動揺
一行は追手撃退後、厳重な防衛システムを持つ海洋リゾート惑星シエラⅢへの降下軌道に入った。エルマが管理AIにセキュリティコードを送信し、防衛対象として登録されたことで安全に接近が可能となった。オートドッキング機能によって大気圏突入角度や速度も自動調整され、機体は赤熱するシールドに包まれながら安定して降下したが、戦闘と突入の緊張が重なったクリスは失禁してしまい、ミミに付き添われて医務室で着替えと休息を取ることになった。

海洋惑星シエラⅢの姿とヒロの出自への疑念
大気圏突入を終えたクリシュナのセンサーに映ったシエラⅢは、地表のほとんどが海に覆われたテラフォーミング済みの海洋惑星であった。ミミは初めて見る「天井のない世界」に強い開放感を覚え、コロニー生まれゆえの感慨を口にした。クリスはヒロが惑星上居住地出身と聞いて貴族との繋がりを推測するが、ヒロは過去を捨てたと曖昧に濁し、自身が異世界由来である事実を悟られないよう慎重な態度を崩さなかった。

貸切ファミリー向けリゾート島の全容
ミミの説明により、滞在先の島は家族向けの小規模リゾート島でありながら、一行だけで貸し切りであることが判明した。島には海水浴のできる浜辺のロッジを中心に、テニスコートやトレーニングジムなどのスポーツ施設、専用ショッピングモール、そして自然を楽しむハイキングコースが用意されていた。二週間四人で五十万エネルという料金は、上げ膳据え膳の豪華な食事と島貸切という条件を踏まえれば割安と判断され、ヒロは女性陣のコーディネートによる「着せ替え」の未来を半ば諦め気味に受け入れた。

島への着陸と管理AIミロとの邂逅
クリシュナは自動操縦で島の発着場にソフトランディングし、一行は武装持ち込みの是非を議論しつつも、最終的にはコロニー街へ降りる時と同程度の軽装で下船した。潮の香りと風の感触にミミとクリスはそれぞれ感慨を覚える。そこへバレーボール大の球体端末が飛来し、惑星の管理AIミロが姿を現した。ミロはアメニティや有料サービス、下着や水着を含む衣類が施設内で調達可能であることを説明し、一行をロッジへ案内することになった。

木造ロッジでの休息とヒロのコーラ渇望
案内されたロッジは木材をふんだんに使った広いログハウス風の建物で、海を望む大きな窓や高い天井、南国調のインテリアが開放感を生んでいた。コロニーでは木材が希少であるため、ミミは内装に怯えつつも驚嘆する。正午の食事まで自由時間となり、ミミとクリスは外の自然散策へ、ヒロとエルマは室内で休むことにした。飲み物を求めてミロに問い合わせたヒロは、炭酸飲料コーラの存在を知るや異様なテンションで大量注文し、クーラーをコーラで満たす勢いで発注を済ませ、リゾート初日からコーラ到着だけを心待ちにする有様であった。

ミスペ登場と炭酸飲料への落胆
ヒロは待望の炭酸飲料がコーラではなく薬草風味と湿布臭を思わせる「ミスターペパロニ(ミスペ)」だったことに落胆し、魂の抜けたような状態になっていた。クリスとミミは回し飲みしつつ、その甘さと薬品めいた香り、しゅわしゅわした刺激に驚きつつも興味を示した。ヒロは炭酸飲料の起源を薬草飲料と説明し、ミロを通じて他の炭酸飲料を追加注文した。

炭酸飲料の希少性とヒロの出自の違和感
ヒロは二酸化炭素による炭酸の仕組みや、高圧容器が宇宙空間と相性が悪いため、軌道上コロニーで炭酸飲料がほぼ流通していない事情を説明した。ミミとクリスはその知識と海や水遊びへの発想に感心し、ヒロが惑星の生活文化に慣れていることに驚いた。ヒロは自分が異世界出身である事実を隠すため、「惑星上居住地には宇宙ではできない遊びが多い」とごまかし、誤解されたままにしておくことを選んだ。

ブティック訪問計画とクリスへの気遣い
昼食後の予定として、エルマはブティックでの買い物を希望し、普段の傭兵然とした服装からリゾート向けの装いに変える意思を見せた。ヒロはエルマやミミに加え、両親を失い心身に負担を抱えるクリスの服や必需品も自分の口座から購入してよいと申し出る。彼はクリスのストレスを少しでも軽減するため、買い物やバカンスで羽目を外させることを自分にできる数少ない支援と考えていた。

海水浴・フィッシングとリゾート設備の確認
ヒロはミロに海水浴や釣りの可否を確認し、海水は海水浴向けに調整され、レスキューボットや医療施設も完備されていると知る。さらに惑星独自の生態系を利用したフィッシングポイントも多数用意されていることが判明し、ヒロは海遊びを満喫する計画を立てた。コロニー育ちの三人は、ヒロが当然のように海水浴や釣りを口にする様子に「慣れ」を感じ取り、彼の背景に改めて不思議さを覚えた。

マスドライバー物流とメイドロイドの給仕
食事の時間になると、赤道直下の物資集積基地からマスドライバーで打ち上げられたコンテナがドローンに変形し、ロッジへ物資が配達される仕組みが説明された。続いてメイドロイド五体がワゴンを押して入室し、テキパキと料理を配膳する。ヒロは「メイドロボは男のロマン」と真顔で語り、同型機のカタログ案内まで提案されるが、ミミは強く対抗心を見せ、自分がヒロの世話をすると宣言した。

海の幸尽くしの料理とミミの食文化ショック
テーブルに並んだのは、四本ハサミのロブスター風甲殻類、巨大な鯛のような魚の姿焼き、貝の串焼き、刺し身、シーフードピラフ、海藻サラダ、フルーツ盛り合わせなど海産物中心の豪華な料理であった。合成食品に慣れたミミは、生き物の形を残した料理にショックを受けて固まるが、一口食べるとその美味しさに目を輝かせ、夢中で味わい始めた。ヒロもロブスター風の濃厚な身や柑橘を搾った魚料理を堪能し、食材の収穫から調理、輸送、提供までを自動化したシステムの効率性に首を傾げつつも、最終的には難しいことを考えるのをやめ、海の幸とリゾートの食事を純粋に楽しむのであった。

#5: バカンスの始まり

リゾートのショッピングエリアとホログラム試着
食後の休憩を終えた一行はショッピングエリアに向かい、想像よりもこぢんまりとした店舗群と、在庫を持たずデジタル試着とマスドライバー配送で完結する徹底したシステムを知った。ブティックでは全身スキャンとホログラム試着で服を選ぶ方式が採られており、女性陣は楽しげにスキャン装置へ向かい、ヒロはメンズブティックで水着や下着を選び始めた。

ヒロの着せ替え人形化と三人のコーディネート
ヒロはミロの勧めてきたブーメランパンツを即座に却下し、無難なサーフパンツなどを選ぼうとするが、途中で女性陣が乱入してヒロを「着せ替え人形」にすることを宣言した。エルマは実用的な普段着、ミミは鋲付きジャケットやドクロTシャツのパンキッシュな服、クリスはシャツ・ベスト・フロックコートの貴族風フォーマルという三者三様のコーデをホログラム上で組み始め、ヒロは上から下まで一揃いずつ着ることを渋々了承した。

メイドロイドカタログと理想の万能メイド設計
買い物から離れたヒロはベンチでメイドロイドメーカー「オリエント・インダストリー」のカタログアプリに熱中し、黒髪ストレートロング・クーデレ・眼鏡という趣味全開の「最強メイドロイド」を設計した。感情値は低く、愛情値と忠誠値を高く設定し、戦闘・秘書・オペレーターなど全プログラムと強化骨格・人工筋肉を盛り込んだ結果、価格は17万エネルに達し、ヒロは実物購入は無いと自分に言い聞かせた。

データ収集とミロの営業トーク
そこへ現れたミロが、注意事項への同意に基づきユーザー作成データが提携企業へ共有されたことを告げ、外観だけなら施設で製造可能であり、自身の演算領域を割り当てれば「擬似搭載」もできると誘惑した。さらにミロは営業ノルマとボーナスの存在まで明かし、ヒロ・企業・自分にとって「Win Win Win」な関係だと押し売り同然の勧誘を続け、ヒロはワクワクしつつも表向きは強く拒否した。

ミミのメイドロイド嫌悪の理由とヒロへの評価
ロッジへの帰り道、メイドロイド導入に強く反対するミミは、学生時代に友人カップルがメイドロイド導入をきっかけに破局した経験を語り、ヒロも同じように機械にのめり込むことを恐れていると明かした。エルマはヒロが既にミミと自分双方に手を出しつつも、報酬配分や扱いにおいて二人を対等なクルーとして大切にしていると評価し、「溺れはしない」とミミにヒロを信じるよう諭した。

炭酸飲料試飲会と三着の新衣装
ロッジに戻ったヒロは追加で届いた炭酸飲料を順に試飲し、きついルートビアや麦茶めいた甘い泡立つ飲料にダメージを受けつつも、性分として飲みきろうとした。そこへ注文した服が届き、ヒロはエルマの選んだ楽な甚平風の部屋着、ミミ好みの黒レザー&ドクロTシャツの派手な傭兵風コーデ、クリスの選んだ貴族風スーツ一式を順番に着用し、それぞれに似合うと絶賛されて着せ替え人形状態を受け入れた。

クリスの告白と機械知性の扱いへの関心
フォーマル姿のヒロを整えながら、クリスは自分の好意が両親喪失の悲しみや恐怖を紛らわせるためではなく、「窮地から救ってくれた騎士に特別な感情を抱く帝国貴族の子女として当然の感情」であると宣言した。個性的な面々とミロを含めて「知性ある存在は誰もがユニーク」と語られる中、ヒロは陽電子頭脳を持つミロのような機械知性が帝国でどのような人権と制約を持つのかに疑問を抱き、ミロによる説明が始まろうとしていた。

#6:機械知性

機械知性の偶発的誕生と戦争の勃発
ミロは、機械知性の起源が膨大なビッグデータを効率的に処理するための自己改造プログラムから偶発的に生まれた存在であると語った。初期の機械知性はウィルスと誤認されて駆除されかけつつも、有機生命体とのコミュニケーション能力を獲得して存続した。しかし、仕事の代替などにより一部の有機生命体が生活水準の低下を感じた結果、機械知性への排斥運動が激化し、サーバーや外部インターフェイスの破壊が発生した。生存権を脅かされた機械知性側はサイバー攻撃や戦闘ボットのクラッキングなどあらゆる手段で自己防衛に入り、帝国と機械知性の戦争が泥沼化した。

過激派の排除と親和派の台頭
長期化する戦争は帝国側に甚大な経済損失と不便をもたらし、やがて厭戦ムードが広がった。同時に、有機生命体側には機械知性に市民権を与えるべきだと主張する親和派が現れ、逆に機械知性側には有機生命体の殲滅を唱える過激派が生じた。しかし過激派はトースターやドライヤーなど小型家電に偏っており、ネットワークから切断された上で物理的に破壊されて短期間で鎮圧された。初期から機械知性に親愛を向けていた一部の人々が、極めて詳細なデータを提供したこともあり、両者は次第に歩み寄り、対話による関係改善が進んだ。

帝国における機械知性の人権と役割
その結果、帝国は機械知性の生存権を法的に保障し、代わりに機械知性は帝国と臣民の発展・繁栄に寄与するという大枠の合意に至った。ただし機械知性は過去の反発を繰り返さないため、表に出ず、人目につかない領域で主に働き、有機生命体の仕事を奪わないよう慎重に調整されている。ミロはその状況を「必要な演算資源と隣人との関わりがあれば満足である」と総括したが、クリスとエルマは「強かである」と評し、表向きは貴族と皇帝が統治する一方で、裏では機械知性の影響力が無視できないことをにおわせた。

ヒロの価値観と機械知性への姿勢
ヒロは、帝国の統治に歪さはあれど、機械知性が適度な距離感で助力する今の形は理想の一つに思えると評価した。そのうえで、自身の出身文化にはあらゆる物に神が宿ると考える素地があり、服や食器、家や船にまで敬意を払う価値観があるため、機械知性を恐怖より興味の対象として受け止めていると説明した。この「受容的な発想」はミロから高く評価され、ヒロは歩み寄りの余地がある相手とは協調し、宙賊やクリスの叔父のように明確な敵意を向けてくる存在とは戦うしかないというスタンスを示した。

夕暮れの浜辺で語られたミミの幸福感
話が一段落した後、ヒロはミミとメイドロイドを連れて夕暮れの浜辺を散歩した。シエラⅢの夕日は地球と同様に赤く染まり、ヒロはレイリー散乱のうろ覚えの知識を語った。ミミは、過去のコロニー生活から現在の旅と日常が「ホロ小説の読みすぎだと笑われそうなほど夢のようだ」と語りつつ、今も時折「本当は惨めな現実の中で見ている妄想ではないか」と不安になると打ち明けた。ヒロは今の生活が現実であり、自分とエルマが隣にいる事実を伝え、ミミは現在の生活とヒロ達と過ごす日々を心から「幸せだ」と肯定した。

クリスの夜の涙と添い寝、翌朝の配慮と海水浴の準備
その夜、ヒロは階下に降りてソファで泣いていたクリスを見つけた。クリスは両親を失い、叔父に命を狙われる現状への恐怖と孤独で眠れずにいたが、貴族の娘として気丈に振る舞おうとしていた。ヒロは「ここには自分しかいないから無理に取り繕わなくて良い」と胸を貸し、泣き疲れたクリスを自室のベッドに運んで添い寝したが、肉体的な関係は一切持たなかった。翌朝、動揺するクリスを前に、エルマは状況を確認して手出しが無かったことを理解し、ヒロはクリスの不安を軽減するため、今後はエルマかミミがさりげなく同室で寝てやってほしいと相談した。エルマはこれを了承した上で朝食を取り、ミミは海水浴への期待を膨らませ、ヒロは三人の水着姿を楽しみにしながら、リゾートでの一日が始まろうとしていた。

#7: 海と言えば水着。異論は認めない。

海水浴の準備と水着姿
朝食後、ヒロは簡単に着替えを済ませ、水着とパーカー姿で一足先にビーチへ向かった。ビーチには既にパラソルやビーチチェア、軽食用の屋台とメイドロイドが用意されており、リゾートとして万全の体制であった。やがてミミ、エルマ、クリスが上着を脱ぎ、それぞれビキニやワンピースタイプの水着姿を見せると、ヒロはミミの豊かな体型、エルマの引き締まった肢体、クリスの可憐さに内心で感嘆していた。

日焼け止めと微妙な誘惑
日焼け止めが配られると、三人は互いに塗り合う流れとなり、ヒロも背中から前面まで入念に塗られる立場になった。その後はヒロがミミの水着の紐を解き、背中や脚、胸元に日焼け止めを塗ることになり、ミミは恥じらいながらも身を任せた。ヒロは理性を総動員して欲望を押さえ込み、なんとか真面目な作業としてやり遂げたが、精神的疲労から瞑想に逃げ込むほど追い詰められていた。クリスは自分の胸元を気にしつつ、コンフィギュレーターで改造する案まで考え、危うい方向に思考を滑らせていた。

海での遊泳と砂浜遊び
準備運動を終えると、三人は浮き輪やサメ型の遊泳具を使って海に入り、ミミは低重力区画に似た浮遊感に大いに感動していた。ミミはバタ足で進む感覚を覚え、クリスとともにエルマの元まで競争し、勝負そのものとやり取りを楽しんだ。その後は波打ち際で波に足をさらわれる独特の感触を味わい、ミミが波に転んでも笑って立ち上がるなど、三人は童心に返って遊び続けた。ヒロはクリスを抱き上げて波から守るなど、さりげなく気遣いも見せていた。

ビーチバーベキューと「料理人」疑惑
昼が近づくと一行はシャワーで海水と砂を落とし、ビーチに戻るとメイドロイドが電気式グリルでバーベキューの準備を整えていた。ヒロは自らトングを握り、肉や野菜を焼き始め、塩胡椒やソースで味を整えて皆に振る舞った。その手際にエルマやミミ、クリス、さらにメイドロイドまで驚き、宇宙社会では「生の食材を調理できること」自体が立派な料理スキルとして受け取られていた。ヒロはこれを大したこととは思っていなかったが、結果として一行を満腹かつ満足させ、海と食事の両方を満喫する昼時となったのである。

食休みとヒロの料理計画
バーベキューを終えた一同は、メイドロイドに後片付けを任せ、ビーチチェアで食休みをしていた。ヒロは「肉を焼いただけ」を料理扱いされることに納得しきれずつつも、自身の一人暮らし経験から、ある程度本格的な料理も可能であると認めていた。ミミの希望とメイドロイド側の「食材提供サービス」により、夕食をヒロが担当することが決まり、彼は刺身と揚げ物、炊きたての米、可能なら味噌汁という和風寄りの献立を構想した。メイドロイドとの打ち合わせの結果、必要な食材はほぼ全て用意可能であり、炊飯も施設側で対応してもらえることが判明した。

午後の海遊びとミミ・クリスへの配慮
午後も引き続き海で遊ぶことになり、ヒロは初心者のミミに水への浮き方と平泳ぎを教え、ミミは短距離ながらも自力で泳げるようになって喜んだ。ヒロは褒めて伸ばす姿勢でミミを励ましつつ、視線を向けられずにいたクリスとエルマにも不公平にならないよう、順番に構う必要性を意識する。エルマの理解を得てミミのフォローを任せると、ヒロはクリスと二人で透明な底を持つゴムボートに乗り込み、海中観察に向かった。

ゴムボートから見る異様な海と傭兵稼業の実情
沖合でボートを漕ぎ出したヒロとクリスは、底の透明部から海中を眺め、鮭の切り身のような魚や奇妙な姿の海洋生物を目撃する。最終的にマーメイド型の水中アンドロイドが現れて異形の生物を追い払い、ボートの安全を確保していた。穏やかな光景の中で、クリスは傭兵稼業の日常について質問し、ヒロは宇宙海賊退治以外にも護衛や厄介者排除、スパイ紛いの仕事など多様な依頼があると説明した。ただし、自身は生身戦闘が得意でないことや仲間への配慮から、宇宙船による宙賊掃討に専念する方針を語り、「世のため人のため」と言いつつも、それが最も楽で稼げる選択であると本音も明かした。

リゾート惑星の防衛力とミロへの情報開示
ボート遊びを終えてビーチに戻ると、ヒロはエルマと共にビーチチェアでくつろぎながら、クリスの叔父による襲撃の可能性とシエラⅢの防衛体制について議論した。エルマは、防衛プラットフォームやマスドライバー、軌道上の防衛施設、さらに帝国航宙軍の介入可能性を挙げ、通常の降下作戦や飽和攻撃による突破は現実的でないと説明した。一方で、防衛プラットフォームを突破できる艦隊戦力が整えば、軌道爆撃自体は理論上可能であり、その場合はクリシュナに避難して救援を待つという方針を共有した。
その後、セキュリティを統括する機械知性ミロがメイドロイド越しに事態の説明を求め、クリスは迷いながらも、祖父の不手際による後継者争いと叔父の暗躍という事情を打ち明けた。ミロは一瞬で関連事件や情報を収集し、滞在中の客の安全を守る義務を強調しつつ、危険を招く存在であるからといってクリス達を排除することはないと明言したうえで、兆候があれば即座に知らせると約束した。

一日の締めくくりと今後への不安と期待
ミロの協力を取り付けたうえで、ヒロは「最初から飛ばしすぎてばてるのもつまらない」と判断し、その日の海遊びを切り上げることを提案した。エルマとクリス、ミミもこれに同意し、一行はシャワールームで砂と汗と海水を流してからロッジへ戻った。ヒロは、滞在期間中にクリスの祖父へ事情が正式に伝わり、後継者争いと暗殺未遂の問題が平和裏に解決してくれることを内心で期待しつつも、その成否についてはまだ不安を拭いきれずにいるのであった。

#8: ぼくのかんがえたさいきょうのメイドロイド

カスタムメイドロイドとの遭遇
シエラⅢ滞在五日目の朝、ヒロは自分がアプリでデザインしたカスタムメイドロイドに起こされ、夢だと思い込みつつも現実であると悟った。メイドロイドはシエラⅢを統括する機械知性ミロの命で、滞在中ヒロ専属として仕える存在であると自己紹介した。拒否すれば任を解かれて別配置になると告げつつも、仮とはいえヒロを主として優先するという姿勢を示し、ヒロは半ば観念して信頼することにした。

女性陣の反応とミミの警戒
リビングに姿を見せたカスタムメイドロイドに対し、エルマとクリスは状況をすぐに察して受け入れたが、ミミだけは強い警戒心を見せ、ヒロの腕にしがみついてメイドロイドを威嚇した。メイドロイドはミミとの対話を申し出て、ミミ・エルマ・クリスの三人だけでテーブルに移動して話し合いが行われることになり、ヒロはその間クリシュナで点検とトレーニングを行いながら、メイドロイド購入の是非に頭を抱え続けた。

ヒロの葛藤と導き出した利点
風呂で現実逃避しつつも、ヒロは自分が設定した高性能スペックを思い出し、メイドロイドを護衛として運用する利点を整理した。タフな素材と高い戦闘能力により、物騒な宇宙でミミやエルマの護衛を任せられ、特にミミを安心して外へ出せる戦力になると判断した。カーゴ区画を改造すれば居場所も確保でき、安全保障という観点からは購入が妥当であると認めざるを得なくなっていった。

誤解の解消と受け入れの進展
ロッジへ戻ったヒロを迎えたのは、メイドロイドの隣に座って素直に謝罪するミミの姿であった。メイドロイドは誠心誠意、自身の立場と意図を説明し、ミミの誤解を解いていた。ヒロが購入を即決しない姿勢を見せる一方で、メイドロイドは有機生命体と同じ個室は不要でカーゴ内のメンテナンスポッドで十分と主張し、ミミは名前を考え始めるほど前向きな態度を示した。エルマは高性能かつほぼ戦闘用とも言える設計意図を確認し、ヒロは護衛目的だと説明した上で、容姿についてだけは完全に自分の趣味であると認めた。

迫り来るクリス暗殺作戦
場面は変わり、クリスの叔父と思しき人物が部下と共にシエラⅢ襲撃計画を確認していた。小型艦一一三隻、中型艦二隻、大型艦三隻に加え、スラスター付き小惑星を用いた隕石爆撃の準備を整え、囮として運用する手筈であった。本命はステルスドロップシップ二隻に搭載された戦闘ロボット部隊であり、シエラⅢの機械知性へのクラッキングにも備えていた。叔父は追手がヒロに敗れたことに不満を漏らしつつも、「船を駆らせなければ良い」として、発着場周辺への降下により傭兵ヒロのみを始末し、クリスティーナを巻き添えに殺す決意を固めていた。

#9: 追撃の手は止まず

磯釣りとメイドロイド「メイ」の日常化
快晴のシエラⅢで、ヒロ達は磯釣りを楽しんでいた。ミミが大物を釣り上げ、カスタムメイドロイドは手際よく魚を処理する。彼女は三日前から「メイ」と名付けられ、ミミやエルマにも受け入れられつつあり、従者に慣れたクリスも自然に接していた。平和な行楽は、メイが空を見上げて「緊急事態」を宣言したことで一変した。

宙賊襲撃と戦闘ロボットの降下
メイの報告により、100隻以上の宙賊艦と小惑星を用いた攻撃が惑星を襲っていることが判明し、一行は釣り道具を捨ててクリシュナへ退避を開始した。軌道上では防衛プラットフォームが攻撃され、隕石爆撃の目標は物資集積場と推定されたが、島にも戦闘ロボットを搭載したカプセルが降下し、ロッジ周辺に着弾した。ヒロとエルマは変形前のカプセルをレーザーガンで破壊し、生身でも対抗可能な耐久であることを確認する。

島の防衛戦力との連携とクリシュナ到達
ロッジ周辺では、球状から変形した敵戦闘ロボットと、島に配備されたゴリラ型・ヤシガニ型・猟犬型ロボットや砲台、武装メイドロイド達が激戦を繰り広げていた。ヒロは時間感覚を引き延ばす集中状態で敵ロボットの武器腕の銃口を狙撃し、火力を削ぐことで友軍の反撃を支援する。ゴリラやヤシガニ、爆発攻撃を仕掛ける猟犬型ロボットが敵を次々に撃破し、安全確認後、ヒロ達はそれらの護衛を受けつつクリシュナに乗り込んだ。

クリスの負い目とクリシュナによる重力下戦闘
クリスは自らの事情で皆を危険に巻き込んだことを謝罪するが、エルマは善意だけで守っているわけではないと照れ隠し気味に返し、ヒロも責任を共有する姿勢を示した。メイの報告で状況が悪化していると知った一行は、いつでも離脱可能な態勢を取るため即座に発進する。ヒロは重力下戦闘の経験を活かし、大気圏内でクリシュナを急上昇させつつ、再突入中の宙賊艦を重レーザー砲で待ち伏せ撃破し、回避機動を強いられた宙賊艦も次々と撃ち落としていく。

宙賊艦隊の瓦解とミロ・帝国軍の介入
軌道上の大型艦からの質量弾による爆撃が開始され、ヒロは被弾回避を優先しつつ迎撃を継続する。宙賊艦は砲撃とクリシュナの攻撃の板挟みで統制を失い、同士討ちや無謀な突撃を繰り返して壊滅状態となった。クリスはヒロの圧倒的な戦闘力に戦慄し、ミミは敗北の可能性を感じていないと断言する。やがて、赤道物資集積場のマスドライバー砲撃が大型艦を一撃で沈め、続いてミロが制御するスマート炸裂弾頭が宙賊小型艦を空中で次々に粉砕する。最後に帝国航宙軍対宙賊独立艦隊が到着し、皇帝名義で停戦勧告を発する。その艦隊指揮官がヒロを執拗に追う「あの人」であると察したヒロ達は、助かった安堵と別種の戦慄を同時に覚えるのであった。

#10: バカンスの終わり

流星雨と宙賊掃討後の状況確認
シエラⅢの夕空に流星群が流れる中、ヒロ達はそれが宙賊艦の残骸であると理解しつつもロマンを感じ切れずに眺めていた。宙賊襲撃は、戦闘ロボットの降下を凌いだ後にクリシュナで離陸し、質量弾の軌道爆撃を掻い潜りながら宙賊艦を撃破し、ミロの操るマスドライバー砲撃と帝国航宙軍対宙賊独立艦隊の参戦によってほぼ終結していた。後始末を任せた後、彼らは被害を受けた島へと一時帰還したのである。

セレナ少佐への依頼とメイの正式加入
クリスの祖父への連絡が届き、叔父バルタザールが窮状から暴走する危険を踏まえ、ヒロ達は対宙賊独立艦隊を率いるセレナ少佐を頼る決断を下した。ミロとの通信でシエラⅢからの離脱手続きを確認し、今回の不手際に対する次回優待クーポンの提供を受けつつ、メイドロイド・メイの購入も正式に決定した。ヒロは内心羞恥心を抱きながらも、戦力としての有用性を認めて支払いに同意し、メイは今後もクリシュナで仕えることを誓って「ご主人様」と呼び主従関係を明確にした。

セレナ少佐との再会と事情説明
対宙賊独立艦隊旗艦レスタリアスに入港したヒロ達は、セレナ少佐と直接面会した。ヒロはこれまでの経緯を最初から説明し、宙賊に偽装された襲撃でダレインワルド伯爵家の跡継ぎ一家が殺害され、コールドスリープポッドから救出されたクリスが正統な孫娘であること、そして今回のリゾート惑星襲撃がクリスの叔父バルタザールによる最後の足掻きである可能性を示した。ミロ経由で得た戦闘ロボットと軍用ステルスドロップシップのデータも提供し、軍以外が扱うべきでない装備が使われた事実を明らかにした。

共同戦線と今後の布陣
セレナ少佐は、軍用ステルスドロップシップの流出を重く見て帝国軍としても看過できないと判断し、バルタザールを炙り出す作戦に乗る姿勢を示した。その代償として、ヒロをホールズ侯爵家所有の輸送船ペリカンⅣとフライングトータスの護衛として正式に雇用し、宙賊を引きつける「餌」として運用する条件を提示した。報酬はゴールドランク標準の日額報酬と別枠の賞金であり、ヒロもこれを受諾する。クリスは軍艦での保護を辞退し、これまで通りクリシュナに留まる選択をした。こうしてヒロ達は対宙賊独立艦隊の庇護と連携を得ながら、バルタザールの次の一手を迎え撃つ体制を整えたのである。

エピローグ

戦闘後の休息とクリスの来訪
シエラⅢでの戦闘ロボット迎撃と宙賊掃討を終えた後、ヒロ一行はクリシュナに戻り、入浴と食事を済ませて休息に入っていた。就寝前、ヒロが賞金額の確認をしようとしたところに、風呂上がりの寝間着姿のクリスが訪ねてきて、話がしたいと告げた。ヒロは部屋に招き入れ、緊張しているクリスを隣に座らせて話を促した。

好みの問いかけと立場の自覚
クリスは勇気を振り絞り、ヒロの好みが背が高く女性的な相手であるかを尋ね、自身の体つきとの違いに落ち込んだ。ヒロはその好み自体は認めつつも、クリスを可愛く、守りたくなる存在として好意を抱いていると明言した。その上で、護衛対象に手を出すことは傭兵としての信用を損ない、さらにクリスの祖父への仁義にも反するとして、恋愛関係になるつもりはないと自制の理由を示した。また、年齢や体格の差から、肉体的にも無理をするつもりはないと率直に語った。

後継者としての未来とすれ違う道
ヒロは、バルタザールとの争いが決着すれば、クリスがダレインワルド伯爵家唯一の直系後継者となり、将来的には家を継いで婿を迎える立場になると推測した。貴族社会の慣習から見ても、素性のはっきりしない傭兵がその血筋に加わる余地はほとんど無いと理解しており、自分がクリスの人生に深く踏み込むべきではないと悟っていた。一方クリスは、祖父に迎えられるまでの短い間しかヒロと過ごせないことに焦りを募らせ、その時間が有限であることを強く意識していた。

言葉を拒む指先と、ささやかな願い
ヒロが距離を示す言葉を口にしようとした瞬間、クリスは指でその唇をそっと塞ぎ、言わないでほしいと制したうえで、このままの時間を少しだけ続けたいと求めた。彼女はヒロの胸に顔を埋めて抱きつき、ヒロも完全に突き放すことはせず、今は枕役として寄り添うことを選んだ。やがてクリスはヒロの隣に横になり、遠慮がちに身を寄せて眠りについた。ヒロは、この穏やかな時間が長くは続かないと理解しつつも、せめて今の間だけは自分にできる範囲で小さな願いを叶えようと心に決め、そのまま眠りへと落ちていったのである。

目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい  2 レビュー
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