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小説「ヘルモード8 エルマール教国編.2」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は異世界転生×ハードコアな設定付きファンタジーライトノベルである。現代で“やり込みゲーマー”だった主人公は、「難易度=ヘルモード」を選択したことにより、能力値が不利な“農奴”の身分で異世界へ転生した。普通なら絶望しかないスタート地点から、召喚士として地道にスキルと仲間を集め、システム的な制限と戦いながら、最弱から“無双”への道を切り開いていく。第8巻では、新スキル「指揮化」を駆使し、100万を超える軍勢を相手に戦うなど、圧倒的戦力差の中で生き残りを懸けた大規模戦闘が描かれている。

主要キャラクター

  • アレン:本作の主人公。元廃ゲーマーであり、最高難易度で異世界に転生した後、召喚士として戦力を蓄えながら成り上がる存在。第8巻では“指揮化”で数十万の軍勢を統率し、危機的状況に対抗する。
  • シア(獣王女シア):アレン率いる一群において重要な仲間。強力な魔獣や魔法を操る実力者であり、魔物との戦い・組織間の抗争においてもアレンと行動を共にする。

物語の特徴

本作の大きな魅力は、「最弱スタート × 高難易度設定」という通常の“チート無双”とは逆ベクトルの異世界転生もの、という点である。制限の多さと理不尽な設定の中で、地道な努力、仲間との協力、戦略と“やり込み”での成長が強調され、読者にとっては「安易な万能ヒーローもの」へのアンチテーゼのように映る。第8巻に至っても、数十万、数百万規模の軍と戦う――という過酷な戦況が描かれ、スケールと緊張感が保たれている。

書籍情報

ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~8
著者:ハム男 氏
イラスト:藻  氏
出版社:アース・スターノベル
発売日:2023年10月18日

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あらすじ・内容

火の神フレイヤの力を奪った魔王軍。「邪神教」の教祖であり魔王軍配下のグシャラは、信者を魔物に変えることにより各地で同時に戦火を起こした。
アレン達はすべての場所を救うため、パーティーを三つのチームに分けることにより、同時進行で事態の解決に挑む。

それぞれの土地で魔物を殲滅したメンバーは再びアレンのもとに集結し、獣王女シアとともに暴力の化身のような魔神、バスクに挑むが……。

魔神と戦いながら各地の祭壇を壊して回ったアレンたちは、いよいよ敵の本拠地である「空に浮かぶ島」の神殿へと降り立つ。
そこで待っていたのは魔神となった教祖グシャラと、強大な魔神が待っていた。
かつてない敵の猛攻に、仲間の命の危機──!?

邪神教との戦い、最終局面!!

強大な魔神の力と、仲間に忍び寄る死の影──
『廃ゲーマー』最大の危機!!

ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~8

感想

邪神教との戦いがついに最終局面を迎え、RPGのイベントさながらにバリアを解除し、空飛ぶ島の神殿へと突入していく展開には胸が躍った。攻略系ラノベファンタジーとしての面白さが詰まった一冊だ。

 戦闘シーンの迫力は凄まじく、一区切りつくまで一気に読み進めてしまったほどである。これまでのボスとは攻略の難易度が段違いで、魔王軍との戦いが本格化したことを肌で感じる。敵陣営には教祖や戦闘狂に加え、洗脳された調停神、さらには黒幕らしき魔王参謀まで現れる。その圧倒的な戦力差に、一時は「敗北イベントか?」とすら思ったほどだ。だが、途中で参謀が撤退するなど、戦況は二転三転していく。

 そんな死闘の最中でも、アレンのゲーマー気質がぶれないのが面白い。レベルアップごとに喜ぶ姿は相変わらずだし、正気に戻った上位神の経験値を惜しんだり、敵が逃走扱いになったことで強敵のレアドロップを持ち逃げされたことに怒ったりする。この独特な感性は、ゲーマーとして痛いほど共感できて思わず笑ってしまった。

 そして何より、本巻はドゴラの活躍回である。この時をずっと待っていた。序盤から加入しているものの、凡庸なステータスで「秘奥義」も出せず、長いこと不遇な戦士キャラ生活を送っていた彼が、ついに燃え輝く瞬間が訪れる。数合わせの幼馴染斧使いと言われながらも、ここぞという場面で見せた覚醒イベントには胸が熱くなった。

 アレン自身が「ヘルモード」である以上、仲間が覚醒するのは予想していたが、昨今の流行りからして女性キャラの誰かが先だと思っていた。まさかドゴラが来るとは。単にスキルを使えるようになって終わりかと思いきや、予想の斜め上を行く展開である。これまではドゴラが追いかける立場だったが、今度はクレナが追いかける側になったかもしれない。

 勢いで巻頭を飾っているが、隣にいる女性は一体誰なのだろうか。その正体も気になるところだ。戦闘以降は予想外の昇格もあり、魔王側の動きも描写が増えてきた。次巻以降、彼らがどう強化されていくのか、物語がどう展開するのか楽しみでならない。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

アレン

異世界から来た召喚士であり、仲間たちを率いて魔王軍と戦う隊の指揮役である。冷静に情報を集めて状況を分析し、召喚獣とスキルを組み合わせて戦場を組み立てる思考型の戦闘者である。シア獣王女や獣人部隊、ダークエルフ王オルバースらとも協力関係を築き、各勢力の中心に立つ存在になっている。

・所属組織、地位や役職
 人族側連合軍の一隊を預かる召喚士であり、Sランク冒険者である。

・物語内での具体的な行動や成果
 クレビュール王国防衛線に駆けつけ、召喚獣とセシルの魔法を用いて邪神の化身を殲滅した。クレビュール西方やカルロ要塞周辺での殲滅戦を主導し、避難民二十万人を無傷で移送させた。アクア神殿では修羅王バスクと対峙し、裁きの雷と転移を組み合わせて砂浜でのエクストラアタックへ持ち込んだ。浮遊島神殿戦では、知力を極限まで高めてグシャラと大教皇の行動パターンと祭壇の仕組みを解析し、祭壇破壊のタイミングを割り出して実行した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 新スキル「王化」を解放し、召喚獣の階級強化と指揮化システムを完成させた。ギャリアット大陸各地の祭壇を破壊し続けることで、「光の男」として諸勢力から認知されている。神界スタッフからスキルの調整通知を受ける立場にもなり、神々側からも注視されている存在である。

シア獣王女

獣人国家の王女であり、前線で戦う拳闘士でもある。責任感が強く、過去の判断で生じた惨禍を自らの責任と捉え、邪神グシャラ討伐を自分の課題として抱え続けている。アレン一行の非常識な戦力を認めつつ、その力を利用するだけでなく並び立とうとする姿勢を持つ。

・所属組織、地位や役職
 獣人国家アルバハル王家の王女であり、「拳獣聖」と呼ばれる戦士である。ゼウ獣王子の妹であり、獣人精鋭部隊の隊長格である。

・物語内での具体的な行動や成果
 クレビュール防衛戦で獣人部隊と共に魚人王国を支援し、アレン隊と合流して共闘体制を整えた。カルロ要塞都市までの避難民護衛と西方掃討戦でも前線に立ち続けた。浮遊島神殿戦では、修羅王バスクとの戦闘に前衛として参加し、仲間の死を目の当たりにしながらも戦列を維持した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 父から課された「グシャラ討伐」の試練を、自らの贖いと位置づけて継続している。獣神ガルムから兄ゼウに与えられた「獣王化」を自分には与えられないことに葛藤を抱き、信仰と現実のあいだで揺れている。アレン一行と行動を共にすることで、人族やエルフの価値観にも触れ、視野を広げている。

ドゴラ

クレナ村出身の前衛戦士であり、重い盾と斧を扱う守備寄りの戦闘者である。自分を「足手まとい」と見なしがちな自己評価の低さを持つが、仲間を守る決意は強く、危険な場面では無意識に身を投げ出して庇う性格である。

・所属組織、地位や役職
 アレン隊に属する戦士であり、才能「破壊王」を持つ前衛要員である。

・物語内での具体的な行動や成果
 クレビュール防衛戦の初動で、獣人弓隊の誤射から仲間を守るため盾で矢を受けた。アクア神殿戦では修羅王バスクの前蹴りで吹き飛ばされながらも前線に復帰し、砂浜でのエクストラアタック時には獣人部隊の左右を補強した。浮遊島神殿決戦では、神器フラムベルクから後衛を庇って一度死亡したのち、火の神フレイヤとの契約で蘇生し、神器カグツチを得て修羅王バスクと再戦した。全身全霊と殺戮撃を合わせた一撃でバスクを大きく切り裂き、実質的に戦闘不能に追い込んだ。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 フレイヤの使徒となり、「生涯英雄を目指す」という契約を交わした。神器カグツチとの真名契約により、神の炎を扱う新たな前衛戦力となった。仲間の前で一度死に、再び戻ってきた経験により、本人の覚悟と周囲からの信頼は大きく変化している。

セシル

アレン隊の主力魔法使いであり、火と氷を中心とした高火力魔法を連発できる攻撃役である。計算された魔力量と装備の組み合わせで、広範囲殲滅を短時間に繰り返す役割を担う。戦術面ではアレンの指示に従う一方で、装備の扱いには本人なりのこだわりを見せる。

・所属組織、地位や役職
 アレン隊所属の魔法使いであり、S級ダンジョン攻略経験を持つ冒険者である。

・物語内での具体的な行動や成果
 クレビュール防衛戦でエクストラスキル「小隕石」を使用し、邪神の化身の大群を一撃で吹き飛ばした。その後もフレイムランスやフレアを高速連射し、獣人魔法部隊十班分の役割を一人でこなした。カルロ要塞やルコアックの祭壇破壊でも小隕石を再使用し、街単位で神殿と光の柱を消し去った。浮遊島神殿戦では、マクリスの聖珠と精霊王の祝福により詠唱短縮とクールタイム短縮の恩恵を受け、祭壇破壊と魔神討伐の要となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 クレビュール王家から贈られたマクリスの聖珠を装備し、攻撃魔法の性能を大きく引き上げた。プチメテオや小隕石による大規模殲滅の実績から、各国の王や将軍からも戦略兵器に近い存在として認識されている。本人は装備を人に回されると強く反応する一面があり、隊内での立場もより明確になっている。

メルス

神界所属の天使であり、アレンが召喚し協力を受けている高位存在である。冷静な性格で、神々側の事情とシステムを説明しつつ、時には人間側に肩入れする立ち位置を取る。王化後は戦闘でも前面に立ち、魔神や祭壇への大攻撃を担当する。

・所属組織、地位や役職
 神界スタッフであり、第一天使ルプトとは別系統の現場担当である。アレンの召喚獣の一体として登録されている。

・物語内での具体的な行動や成果
 アクア神殿および浮遊島神殿で覚醒スキル「裁きの雷」を用い、祭壇や魔神に対して広範囲の雷撃を放った。王化実験の最初の対象となり、全ステータス三万超えの状態で裁きの雷を再検証し、その強化を示した。浮遊島神殿では、グシャラ戦で祭壇を破壊する決定打として裁きの雷を再び用い、無限魔力の供給源を断った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 王化によって羽が六枚となり、装いも神々しい姿に変化した。スキル調整を巡ってルプトと路線の違いを見せる場面があり、神界内部での立ち位置も揺れつつある。魔神や調停神との戦闘に直接関わることで、単なる説明役から実戦投入される戦力へと役割が拡大している。

グシャラ=セルビロール

邪神教の教祖であり、魔王軍側に属する上位魔神である。人を「邪神の化身」と呼ばれる魔獣へ変え、祭壇と光の柱を通じて魂と力を集める役割を担う。軽い口調と残酷な行動が結びついた危険な存在である。

・所属組織、地位や役職
 魔王軍上位魔神であり、グシャラ聖教の教祖である。エルマール教国の教都テオメニアを壊滅させた張本人である。

・物語内での具体的な行動や成果
 テオメニア炎上事件で、処刑されたはずの身から漆黒の炎を呼び出し、都市と住民を邪神の化身に変えた。各地の神殿に祭壇を設置し、邪神の化身が奪った命を黒い炎として集め、光の柱として浮遊島の結界や計画のエネルギー源にした。浮遊島神殿では黒い心臓の球体から力を取り込み、「デスフレア」や「イビルガーデンズ」などの殲滅魔法で召喚獣の波を押し返し、黒い火球でルド隊長を殺害した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 祭壇を破壊されたのち、信者たちの憎悪と悲哀を身にまとった「暴魔」の姿へ変貌した。神具フラムベルクから奪った力と、魔王への供物として捧げた魂の一部を自由に扱い、戦場全体を覆う異常な存在感を示している。

修羅王バスク

元Sランク冒険者であり、戦いだけを求めて魔王軍へ加わった戦闘狂の男である。規律や仲間との協調を嫌い、強者と殴り合うことだけに価値を見出している。魔神化と装備の組み合わせで、前衛陣を圧倒する力を持つ。

・所属組織、地位や役職
 魔王軍所属の魔神であり、「修羅王」と呼ばれる戦闘要員である。

・物語内での具体的な行動や成果
 アクア神殿でアレン一行と初対面し、シアやクレナの攻撃を容易に捌き、ドゴラを一撃で吹き飛ばした。命のルビーや複数の聖珠、オリハルコン製の大剣を駆使して、砂浜でのエクストラアタックとプチメテオの直撃を耐え、生存したまま撤退した。浮遊島神殿戦では調停神ファルネメスを「乗り物」にして空中戦を行い、神器フラムベルクでドゴラを一度殺害した。最後の戦いではファルネメスから漆黒の玉を奪って変身し、「修羅王バスク」として狂化と真修羅無双撃を用いてドゴラと激突した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 体内に取り込んだ漆黒の玉と神器フラムベルクにより、上位魔神の中でも特に暴力的な存在として描かれている。ルバンカの聖珠腕輪や各種聖珠を装備していたが、左腕を失った際に一部をアレンに奪われた。ドゴラの一撃で致命傷級の損傷を受けたのち、足輪型の転移装備を使って撤退し、生存を続けている。

キール

アレン隊の回復役であり、聖職者として仲間の命を支える存在である。冷静に状況を見て回復対象を選び、前線と後衛の生命線を維持する役割を担う。魔神化した元大教皇を目にして動揺しながらも、治療を止めない精神力を持つ。

・所属組織、地位や役職
 アレン隊所属の僧侶であり、回復と対アンデッド戦を専門とする。

・物語内での具体的な行動や成果
 カルロネア共和国側では、本軍の到着を待つあいだに避難民の治療と結界構築を担当した。浮遊島神殿戦では、「ターンアンデッド」でアンデッドの群れを一掃しつつ、メルスや前衛陣の重傷を即座に回復させた。調停神ファルネメスとの戦闘では、砕けた拳や胸の損傷を瞬時に治し、メルスを再度戦列に戻した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 イスタール大教皇が魔神化していた事実に大きな衝撃を受けたが、それでも自分の役割を優先している。回復の連続使用により、魔神戦での持久力の鍵となっており、戦術上の重要度はさらに増している。

ソフィー

精霊神ローゼンの加護を受けたエルフであり、支援と補助を得意とする。身分より実力を重視し、アレンを戦場の指揮に立たせる判断を自然に行う。精霊魔法で仲間と召喚獣を底上げし、全体の戦力を押し上げる役割である。

・所属組織、地位や役職
 ローゼンヘイムの姫であり、精霊神ローゼンの巫女的立場にある。アレン隊の中核メンバーである。

・物語内での具体的な行動や成果
 獣人陣地での会議で、席を譲られそうになりながらもアレンこそ隊の指揮役であると示し、獣人側に実力本位の価値観を伝えた。各戦場で「精霊王の祝福」を発動し、仲間と召喚獣のステータスを大幅に上げた。ルコアックの神殿殲滅では、小隕石と祝福の相乗効果で、魔神と街ごと神殿を一撃で沈める力を引き出した。浮遊島神殿戦でも前線が押される中で祝福を維持し続けた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 祝福の効果が王化や聖珠と重なることで、アレン隊全体の基礎戦力を底上げする存在となっている。獣人王女シアやダークエルフ王オルバースからも、その力と振る舞いを通じて国の代表として見られている。

クレナ

クレナ村出身の戦士であり、巨大な大剣を振るう前衛火力である。感情表現が素直で、仲間の装備や変化に対して率直な反応を見せる。ドゴラとは幼なじみの関係であり、共に前線に立つことが多い。

・所属組織、地位や役職
 アレン隊所属の前衛戦士であり、剣士として近接火力を担当する。

・物語内での具体的な行動や成果
 アクア神殿戦でバスクに斬りかかり、その反応速度と技量の高さを引き出すきっかけとなった。砂浜での戦闘では、エクストラスキルを用いて魔神への攻撃に参加した。ルコアック神殿の殲滅後には、マクリスの聖珠に気付き羨望を示した場面が描かれている。後にルバンカの聖珠を受け取り、前衛火力のさらなる強化が期待されている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ルバンカの聖珠腕輪を装備したことで、攻撃スキルの威力と耐久力が向上した。聖珠所持者として、今後の魔神狩りで前面に出る場面が増えることが示唆されている。

カルミン王女

クレビュール王国の王女であり、プロスティア帝国から託された聖珠を身に着ける立場にある。礼儀正しく、避難中でも王族としての役目を果たそうとする姿が描かれている。

・所属組織、地位や役職
 クレビュール王国の王女であり、魚人王家の一員である。

・物語内での具体的な行動や成果
 カルロ要塞都市でアレンたちを城塞内に招き入れ、国王と共に感謝の意を伝えた。腕に付けた「マクリスの聖珠」をアレンに説明し、価値と由来を共有した。その後、王家としてアレンに聖珠付き腕輪を贈ることに同意した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 聖珠を通じてプロスティア帝国とクレビュールの関係を象徴する役割を持つ。アレンへの腕輪贈与は、国王の判断と合わせて、王家がアレン隊に強い恩義を負ったことを示している。

クレビュール国王

魚人王国クレビュールの国王であり、属国としてプロスティア帝国との橋渡しを担う存在である。自国の窮状を正しく認識しつつ、外部からの協力に礼を尽くそうとする姿が描かれている。

・所属組織、地位や役職
 クレビュール王国の国王であり、プロスティア帝国公爵家を祖とする属国の統治者である。

・物語内での具体的な行動や成果
 カルロ要塞都市で避難民を受け入れ、アレン隊と獣人軍の働きに対して謝意を示した。殲滅戦再開の見通しをシア獣王女から聞き、その速さに驚きつつも作戦を認めた。マクリスの聖珠付き腕輪を、国としての礼としてアレンに贈る決断をした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 王国が壊滅寸前の状況に追い込まれながらも、属国としての立場と王家の体面を両立させようとしている。アレン隊への感謝と、民への支援を優先する判断を下し、戦後の再建方針にも影響を与えている。

ルド隊長

獣人部隊の前衛指揮官であり、「槌獣王」と呼ばれる戦士である。堅実な戦いぶりと、部下や王女を守ろうとする姿勢が特徴である。

・所属組織、地位や役職
 獣人軍の隊長であり、星四の「槌獣王」の称号を持つ精鋭である。

・物語内での具体的な行動や成果
 アクア神殿突入前の会議で、シア獣王女の側近として魔神戦に参加する精鋭の一人に選ばれた。バスク戦では前衛としてドゴラやシアと共に攻撃を繰り返し、接近戦で圧力をかけた。グシャラの黒い火球がシアに迫った場面で身を挺して庇い、全身をチリに変えられながらも彼女を守り切った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 シアにとって幼い頃から支えてくれた存在であり、その死は獣人側の精神的支柱の喪失として描かれている。最期に「いつまでも泣き虫ではいけない」と言い残し、シアの覚悟に大きな影響を与えた。

ラス副隊長

獣人部隊の副隊長であり、長槍を用いた突撃を得意とする戦士である。大規模な一斉攻撃を統率する役割を担う。

・所属組織、地位や役職
 獣人軍の副隊長であり、アレンからも信頼を受けた現場指揮官である。

・物語内での具体的な行動や成果
 アクア神殿から一キロ離れた砂浜で、千名の獣人兵を階段状の陣形に配置し、エクストラアタックを指揮した。合図と共にエクストラスキル「ブレイブランス」を放ち、真っ先にバスクの胸を貫く一撃を叩き込んだ。その後も千名分の遠距離エクストラスキルを連続発動させることで、バスクを拘束し続ける役目を果たした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 アレンの大規模戦術に最も柔軟に対応した獣人側指揮官として描かれている。エクストラアタック成功により、獣人軍内部でも評価を高めている。

カム

獣人軍の弓兵部隊を率いる人物であり、高精度の射撃を得意とする。「弓獣聖」と呼ばれる称号を持つ。

・所属組織、地位や役職
 獣人軍の弓部隊長であり、星三の「弓獣聖」である。

・物語内での具体的な行動や成果
 アクア神殿戦でアレンの合図に合わせてエクストラスキル射撃を放ち、バスクの手の甲に矢を命中させた。その矢を起点として、フォルマールの光の矢が背中を貫く連携攻撃を成立させた。魔神に対して初めて確かな傷を与えた一連の攻撃に関わっている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魔神クラスの敵に通用する射撃を見せたことで、獣人側の対魔神戦術における重要な一例となった。今後も遠距離火力として運用されることが示唆されている。

ゴヌ

獣人軍に所属する霊媒師であり、死霊や霊獣を扱う特殊な役割を持つ。直接の火力よりも、敵への妨害と補助を担う。

・所属組織、地位や役職
 獣人軍の「霊獣媒師」であり、星三格の精鋭である。

・物語内での具体的な行動や成果
 アクア神殿戦で死霊系の力を用いてバスクやグシャラの行動を妨害しようとし、魔神側の対死霊耐性の強さを引き出した。浮遊島神殿戦では後衛として位置し、回復役キールやセラと共に即死級の攻撃対象となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 調停神ファルネメスの蹴りで死霊妨害が突破される場面を通じて、上位神クラスに対する霊媒術の限界も示されている。後衛の一員として、ドゴラの自己犠牲のきっかけになった。

セラ

獣人軍に所属する回復系の戦士であり、「大聖獣」の称号を持つ。回復や支援を担当しつつ、自らも戦う立場にある。

・所属組織、地位や役職
 獣人軍の星三「大聖獣」であり、回復と補助の役目を担う。

・物語内での具体的な行動や成果
 アクア神殿戦で前衛陣の傷を癒やし、バスク戦を長時間維持させた。浮遊島神殿戦では、キールやゴヌと共に後衛列を構成し、グシャラの大規模魔法から守られるべき位置にいた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 修羅王バスクの真紅蓮斬が後衛を狙った際、ドゴラが身を投げ出した結果として生き残った側に立つ。獣人側の治癒戦力として、今後の戦いでも重要な役目を担うことが明らかである。

オルバース

ダークエルフたちの王であり、砂漠地帯の作戦でアレン隊と合流した人物である。前線視察を兼ねて戦場に立ち、アレンの力を自分の目で確かめようとする現実的な君主である。

・所属組織、地位や役職
 ダークエルフ王国の王であり、軍の指導者である。

・物語内での具体的な行動や成果
 ムハリノ砂漠のルコアックにおいて、アレン隊と共に神殿殲滅作戦に参加した。小隕石と精霊王の祝福によって神殿が一撃で消し飛ぶ様子を目撃し、噂に聞いていた「光の男」の実力を確認した。戦闘後はメルスの転移で自国の里に戻った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 アレンとソフィーの実力を直接確認したことで、ダークエルフ側とアレン隊との関係はより強固になった。今後の対魔王軍戦での協力体制の土台が作られている。

フレイヤ

火の神であり、かつて火の神器を通じて世界に力を与えていた存在である。神器を奪われたのちも力の一部を保ち、人間に力を貸す道を選んだ。冷静な物言いと、厳しい条件付きの契約を好む神である。

・所属組織、地位や役職
 神界に属する火の神であり、神器フラムベルクとカグツチの本来の主である。

・物語内での具体的な行動や成果
 魔王軍に神器を奪われ、力を祭壇と魔神強化に利用されていた。ドゴラがフラムベルクに貫かれて死亡した際、クレナ村のような場所で彼の魂と対面し、「生涯英雄を目指す」という条件で力を貸し与えた。カグツチを通じて神の炎を解放し、オリハルコンすら溶かす熱で修羅王バスクの大剣を破壊する力を見せた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 信仰と神器を失いかけた神として描かれるが、ドゴラを使徒に選ぶことで再び人の信仰を集める道を探っている。神の力の行使には制限があり、「次で倒せ」と明言するなど、残りの余力が限られていることも示されている。

調停神ファルネメス

もともとは創造神エルメアから、罪を犯した神々を裁く役目を与えられた上位神である。魔界へ向かったのち消息不明となり、現在は堕ちた姿で魔王軍側に利用されている。

・所属組織、地位や役職
 調停神として神々を裁く立場にあった上位神である。現在はキュベルの呼び出しで戦場に現れる存在である。

・物語内での具体的な行動や成果
 浮遊島神殿の最終決戦で、キュベルによって黒い扉から召喚され、堕ちた憎悪を全身にまとった姿で登場した。修羅王バスクを背に乗せた状態でメルスと空中戦を行い、拳と蹄で彼を地面に叩き落とした。ドゴラとの激突では、神器カグツチの一撃で前脚を粉砕され、柱と壁に叩きつけられて動けなくなった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 バスクによって首元を貫かれ漆黒の玉を奪われたことで、完全に使い捨てにされる形となった。調停神という立場から、魔王軍の強化素材の一つへと落ちていることが示されている。

キュベル

ピエロの仮面を付けた魔王軍の参謀であり、長期計画を得意とする策士である。軽い調子で世界の裏側を語り、人々の絶望を「観賞物」として扱う価値観を持つ。

・所属組織、地位や役職
 魔王軍の高位参謀であり、上位魔神や調停神を動かす立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 エルメアが用意する「英雄」計画の内幕を語り、バスクやヘルミオスが候補だったことを明かした。メルスを拷問して神界の情報を引き出し、世界のリセットの歴史やエルメアの行動パターンを把握していると述べた。浮遊島神殿では、祭壇の黒い炎を操作してグシャラを強化し、調停神ファルネメスを召喚してアレン一行を絶望させようとした。最後には「全員を同じ条件で絶望させる」と言い残し、戦場から姿を消した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 世界規模の仕込みと神界情報の解析を行う存在として、魔王軍の頭脳と位置づけられている。エルメア側の動きを攻略本のように扱っていると語られ、今後も裏で計画を進める立場にある。

ルプト

神界スタッフの一人であり、アレンの魔導書に直接メッセージを送る担当者である。事務的な口調で、システム調整を一方的に通知する姿が描かれている。

・所属組織、地位や役職
 神界スタッフであり、第一天使としてスキル調整を担当する立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 アレンが新スキル「王化」を解放した直後、魔導書を通じて手紙形式の通知を送り、「指揮化」「兵化」を含むスキル一式の調整内容を伝えた。ステータス上昇値やクールタイム、効果範囲を変更し、アレンの検証計画に介入した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 強化と利便性向上と説明しつつも、実質的な「調整」を行う存在として描かれている。メルスとは理想の召喚獣像について意見が合わず、神界内部でも路線の違いがあることが示されている。

イスタール大教皇

エルマール教国の大教皇であり、長年人々を導いてきた宗教指導者であった人物である。現在は魔神化し、骸骨の姿で魔王軍側に立っている。

・所属組織、地位や役職
 元エルマール教国大教皇であり、現在は魔神化した回復役としてグシャラ側に付いている。

・物語内での具体的な行動や成果
 テオメニア炎上事件以後、行方不明となっていたが、浮遊島神殿で骸骨神官として再登場した。「オールヒール」や「オールプロテクト」を連続して使用し、修羅王バスクとグシャラの生命と防御を支えた。聖王級の才能と魔神の力を合わせ持ち、アレン隊の攻撃を結果として無効化する役割を果たした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 多くの人々にとって信仰の象徴であった人物が魔神化した事実は、キールらに深い絶望を与えている。人々の信仰が、結果として魔王軍側の戦力に変わるという皮肉な構図を体現している存在である。

展開まとめ

第一話 チームアレン、シアたちとの合流

ギャリアット大陸での三方面作戦とアレン隊の目的

ギャリアット大陸の宗教国家エルマール教国の首都テオメニアが、グシャラ聖教と魔王軍の侵略作戦により炎上し、住民は邪神の化身と呼ばれる魔獣へ変えられていた。アレンたちはテオメニアで魔神リカオロンを討伐したのち、大陸各地へ伸びる光の発生源を断つため三隊に分かれて行動し、アレン隊は西方の魚人王国クレビュールの救援に向かったのである。

クレビュール防衛線とギリギリの到着

クレビュールでは、シア獣王女ら獣人部隊と魚人兵が邪神の化身に包囲され、複数の者がエクストラスキルを解放するほど追い詰められていた。アレンは虫Aや鳥Bの召喚獣を展開しつつ防壁上から戦況を確認し、このままでは玉砕か撤退しか残らない局面で、自分たちがかろうじて間に合ったと認識したのである。

シア獣王女との接触と信頼獲得

到着直後、正体不明の一行を警戒した獣人弓隊が矢を放ち、ドゴラが盾で防ぐ一幕があったが、アレンはSランク冒険者として名乗り、ゼウ獣王子からの依頼で援軍に来たと説明した。シア獣王女は一瞬顔をしかめたものの、ゼウ獣王子との関係を認めて攻撃を止めさせ、アレンは天の恵みで周囲の負傷兵を一気に回復させたうえ、邪神の化身へ変貌しかけた鹿の獣人を香味野菜で元に戻し、その力を示したのである。

千里眼による状況把握と絶望的な敵情

アレンは鳥Eの召喚獣を通じて千里眼を発動し、半径百キロに及ぶ範囲で邪神の化身の数と動きを把握した。敵は森や湿地の各所からクレビュールへ向かって押し寄せ、道中にはシア獣王女たちが多大な犠牲を払って防いできた戦いの痕跡が点在しており、放置すれば防衛線が崩壊することが明白であった。

セシルの圧倒的な攻撃魔法と戦場の再編

アレンが正式にシア獣王女の応援要請を受けると、セシルに戦いの狼煙を上げさせ、セシルはエクストラスキル小隕石で敵列の中心に隕石を落とし、一帯を壊滅させた。その後もセシルはフレイムランスやフレアなどの火魔法を高速で連発し、防壁ごと邪神の化身と魔獣を焼き払い、知力と装備による異常な火力で獣人魔法部隊が十班で行っていた迎撃を一人でこなす戦果を挙げたのである。

召喚獣と獣人軍による共闘体制の確立

セシルが正面を制圧する一方、アレンは竜Aの召喚獣ヒュドラを前線に出して三方向に炎を吐かせ、虫Aの召喚獣は森の中でクレビュールの民を狙う敵を側面から討った。ドゴラと獣人部隊は左右に展開して防衛線を補強し、アレンは半日で目前の軍勢を殲滅し、その後は前進しながら掃討範囲を広げる方針を示し、シア獣王女率いる獣人軍もこれに呼応した。こうしてアレンたちは、クレビュール防衛の最前線でシア獣王女たちとの合流と共闘体制の構築を成し遂げたのである。

第二話 クレビュール王家の報酬

クレビュール西方の掃討と戦況の整理

アレンたちはシア獣王女と合流したのち約3時間戦い続け、西から迫る邪神の化身と魔獣の軍勢を撃退し切ったのである。その後、クレビュール王国の避難民を守りつつ東方カルロ要塞都市へ向かう一団500人と別れ、残る1500人の「才能」持ちで構成された獣人部隊がアレンたちと共に西へ進軍した。彼らは邪神の化身やBランク魔獣を問題なく処理できる戦力であり、3日間の行軍でクレビュール領の3分の1を踏破しつつ、「金の豆」「銀の豆」で結界を張り安全地帯を整備した結果、この国土がさほど広くないことと、他地域より早く殲滅戦を終えられそうなことが判明した。

各チームの動きと獣人部隊の働き

アレン隊が一旦要塞都市への合流を優先する一方、キールたちのチームはカルロネア共和国側で本軍の将軍到着を待ちながらも、メルス主導で三つの要塞から兵力を集結させ、避難民の誘導や治療、結界作成を行い、以後も本軍到着後の国内治安確保に駆り出されていた。クレビュール西方では、獣人部隊が斥候による地形把握や村落調査、生存者救助に加え、天の恵みと香味野菜を用いた治療を訓練された動きでこなし、アレンは魚系召喚獣によるバフ付与で彼らの被害を抑えるよう努めていた。

シア獣王女の狙いとクレビュールへの関心

行軍中の雑談で、シア獣王女はゼウ獣王子からの手紙でアレンたちのS級ダンジョン攻略を知った際、試練を乗り越えた自分の獣王位継承が危うくなったと激怒し、手紙を破り捨てた過去を明かした。その後、兄の功績を上回る実績として、内乱の火種と噂されるクレビュール王国を標的に選び、内乱防止とプロスティア帝国との仲介を通じて帝国に取り入り、自国との国交樹立という実利を狙っていたことが語られたのである。

カルロ要塞都市到着と王家からの招集

2日間の移動ののち、アレンたちは20万人規模の避難民がすでに到着しているカルロ要塞都市に到着した。西からの敵をアレン隊と虫Aの召喚獣が抑えたことで、避難民は一度も敵と遭遇せずに安全な避難を完了していた。要塞周辺にも結界を張り一息ついた翌日、アレンたちとシア獣王女はクレビュール王家から礼を述べたいとの名目で城塞内の質素な部屋へ招かれ、国王・王妃・王女カルミンと対面することになった。アレンは王家との礼儀的な応対に乗り気でなかったが、シア獣王女の説得もあり、ドゴラとセシルと共に出向いたのである。

クレビュールとプロスティア帝国の位置付け

謁見の場で、アレンは魚人の王族を前に、学園で学んだプロスティア帝国の情報を思い返した。魚人は水の神アクアを信仰し、海底国家プロスティア帝国は海洋資源や貴重鉱物、真珠やサンゴ、海生魔獣避けの札などを輸出する海の強国であった。クレビュール王国はその対外窓口となる地上領であり、帝国公爵家を祖とする属国として、宝飾品や魔法具の取引を通じて各国の王侯貴族から友好的な扱いを受けている。だからこそ、シア獣王女はここを足がかりに帝国との国交樹立を狙っていたのである。

殲滅戦の今後と報酬辞退の提案

料理として供された大きな魚の香草焼きを堪能しながら、シア獣王女は明日から殲滅戦を再開し、三日後には王都奪還が可能という見通しを説明した。国王とカルミン王女はその速さに驚愕し、Sランク冒険者であるアレンの力に納得する。続いて国王と王女はアレンへの礼として望みを尋ねたが、アレンは豪華な報酬をきっぱり辞退し、今困窮しているクレビュールの民への食糧と帰る場所の確保に資源を回すべきだと提案した。王家の体面を損ねぬよう、戦後すべてが片付いたあとに改めて礼を受け取る形に落とし込み、「その時は五割増しで請求する」と軽口を交えて場を和ませた。

マクリスの聖珠の由来と王家の慣習

席を立とうとした折、アレンはカルミン王女の腕に光る紫色の宝石に気付き、それが聖魚マクリスの涙が結晶化したとされる「マクリスの聖珠」であると知った。この聖珠は過去に隣国の国土三分の一との交換に用いられたほど価値が高く、王族が配偶者やその候補に愛の証として贈る慣習があると説明される。カルミン王女は誇らしげにそれをアレンに見せ、腕輪を外して手元で観察させた。

マクリスの聖珠の効果とアレンの「トキメキ」

やがてカルミン王女と国王は、その腕輪をアレンに贈ると申し出た。プロスティア帝国からクレビュール支援の一環として聖珠が複数提供され、その一つを売却すれば金貨数百万に相当するが、それでも20万を超える民と王家を救った礼として譲りたいと告げたのである。アレンは指輪とは別枠の装備として効果が重ねられるのではないかと考え、試しに装着したところ、自身のステータス欄に魔力・知力各+5000に加え、攻撃魔法の発動時間およびクールタイム半減という破格の効果が出現し、前世のゲームで新レア装備を見つけたときのような高揚感を覚えた。

腕輪の受領、シアの政治的視野とセシルの動揺

シア獣王女は物以上に価値ある関係を築くつもりだと笑い、宝石の色が気に入らないから要らぬと言い切り、クレビュール国王を畏れさせつつも、アレンだけが受け取ることを容認した。プロスティアから追加供給がある事情もあり、王家は正式に聖珠をアレンへ贈与する。アレンはその効果からセシルとの相性を直感し、聖魚マクリス好きのセシルへ腕輪を渡そうとしたが、セシルは真っ赤になって奇妙な声を上げ、うまく受け取れずにお手玉状態にしてしまう。こうして、クレビュール王家からの報酬は、国の再建とアレンの新たな強化アイテムという形で落ち着き、今後の殲滅戦と外交の伏線を残す結果となった。

第三話 修羅王バスクとの戦い

クレビュール王国奪還と再集合の段取り

アレン、セシル、ドゴラは、シア獣王女たちと共にクレビュール王国王都周辺の「邪神の化身」と魔獣を殲滅し、王の約束どおり三日で王都を奪還したのである。
ただし光の柱を生み出す「祭壇」は王都内ではなく、外壁の外、海を望む丘のアクア神殿に存在すると判明したため、そこにいるであろう魔神討伐に向け、パーティーを再集合させる方針となった。
ソフィーはダークエルフの王オルバースに、キールはカルバルナ王国軍にそれぞれ戦線を委ねてクレビュールへ向かう準備を行い、その調整に二日を要したのち、アレンは鳥Aの「巣ごもり」「帰巣本能」を駆使して各地から仲間を転移させ、王都に戦力を集結させたのである。

聖珠と神々・聖獣に関するアレンの洞察

再合流した場で、クレナはセシルの腕に光る「マクリスの聖珠」に気付き、羨望を露わにした。
アレンはメルスから得た情報をもとに、聖魚マクリスをはじめとする聖獣と、その力の結晶である「聖珠」の存在、さらに聖鳥クワトロや聖獣ルバンカなど、神々と獣の中間領域にいる存在について思索を深めたのである。
また、豊穣神モルモルと飢餓の国の逸話を通じ、「神の力を利用した願望成就には必ず歪みと代償が伴う」という教訓が語られたことで、アレンは神との契約によるエクストラスキル解放を安易に求めるべきではないと再確認した。

シア獣王女・獣人部隊との合流と作戦会議

アレン一行は王都外縁の獣人陣地を訪れ、シア獣王女とその精鋭部隊と合流した。
天幕内の会議では、シアが王女としてアレンたちを迎え、ソフィーは席を譲られながらもアレンこそが隊の指揮者であるとしてリーダーの座を譲るよう求めた。これにより、獣人側はアレンの立場と実力を正式に認識したのである。
シアは獣人社会の身分制度と、ローゼンヘイムの平等な国柄の違いに戸惑いながらも、ソフィーの態度から「身分より実力を優先して立場を譲る文化」に感心し、アレンを「英傑」と評するに至った。
獣人側からは、星4の「槌獣王」ルド隊長、星3の「弓獣聖」カム、「霊獣媒師」ゴヌ、「大聖獣」セラにシア本人の「拳獣聖」を加えた精鋭五名が魔神戦に参加することが決まり、他の二千名は損耗を避けるため神殿外で待機させる方針となった。
アレンは黒板に神殿見取り図と敵位置を示し、前衛・中衛・後衛の配置や、両パーティーが互いに援護し合う具体的な動きを整理しつつ、「敵わぬ場合は速やかな撤退を優先する」という方針を明示し、獣人たちにも「無傷で退く難しさ」を理解させたのである。

アクア神殿への進軍と魔神バスクとの対面

鳥Bの召喚獣でアクア神殿へ空輸された一行は、頭部を切り落とされたアクア像と、内部奥に鎮座する「祭壇」と魔神の姿を目にした。
そこにいた魔神は、筋骨隆々の人型で赤褐色の虹彩を持つ男であり、両膝の外側にオリハルコン製の大剣二本を突き立て、両腕には赤と黄色の宝石付きの腕輪を装備していた。
魔神は自らを「修羅王バスク」と名乗り、かつて人間時代にはSランク冒険者と呼ばれた存在であったと明かした。人間社会の規律やパーティーを「窮屈」と切り捨て、好き放題暴れる場として魔王軍に身を投じた経緯が語られたが、実際には長期待機を強いられて不満を募らせていたのである。
アレンは会話の中から、「祭壇」が人間の魂を集める目的で使用されていること、魔神化には上位魔神キュベルの関与があることを聞き出し、魔王軍が勇者や強者を魔神へと取り込んで戦力を増強している可能性を掴んだ。

神殿内での初戦闘とバスクの圧倒的戦闘力

アレンが敢えて「自分も魔神になりたい」と持ちかけて情報を引き出す一方で、仲間たちは戦闘開始に合わせた陣形へ静かに移動し、獣人側もそれに気付いて構えを整えた。
やがてバスクが「準備は終わったか」と戦闘開始を宣言すると、ドゴラ、クレナ、シア、ルド隊長が前衛として突撃し、アレンは警戒を呼びかけた。
しかし、バスクはシアの拳と蹴り、クレナの大剣を易々と捌き、死角からの攻撃さえ防ぎきる異常な反応速度と技量を示したうえ、アレンへ前蹴り一発で壁際まで吹き飛ばすほどの攻撃力を見せつけたのである。
ソフィーは早々に精霊神ローゼンの「精霊王の祝福」を発動し、全員のステータスを底上げしたが、バスクは範囲スキル「真修羅旋風」で周囲をかまいたちの嵐に変え、クレナを行動不能に追い込むなど、依然として主導権を握り続けた。

連携攻撃とバスクの装備・聖珠の存在

アレンは「避けろ」の合図を連携攻撃のトリガーとして用い、カム隊長のエクストラスキル射撃と、フォルマールのエクストラスキル「光の矢」を組み合わせた奇襲を実行させた。
カムの矢はバスクの手の甲に命中し、そこを起点にフォルマールの光の矢が背中を貫通させることに成功したが、バスクは痛みこそ楽しむように笑いながら矢を引き抜き、致命傷には程遠い様子を見せたのである。
この過程で、アレンはバスクの腕輪や耳飾り、ペンダント、足輪がいずれもステータス上昇や耐性を付与する「聖珠」系装備と推測し、属性付与や死霊の弱体化が耳飾りによって打ち消されていることをメルスと共に確認した。
セシルの攻撃魔法とソフィーの精霊魔法も立て続けに浴びせられたが、サラマンダーの特攻も手の火傷程度に留まり、前衛の負担だけが増していく展開となった。

獣王化の不発と「プチメテオ」を視野に入れた戦術転換

アレンはシアに「獣王化」の発動を求めたが、上位神ガルムの加護は簡単には降りず、ゼウ獣王子の例と同じく、特別な条件を満たさなければ使えない可能性が示唆された。
神々と亜神、上位神の構造と、フレイヤの神器喪失による火の弱体化など、世界を動かす神々の事情が語られつつも、実戦ではシアのエクストラスキルが発動せず、戦況はじわじわと不利へ傾きつつあったのである。
そこでアレンは「最悪」一歩手前の切り札として、セシルのエクストラスキル「プチメテオ」の使用を視野に入れ、同時にメルスの裁きの雷による拘束と、鳥Aの転移を組み合わせた大規模な戦術転換を決意した。

「裁きの雷」とバスクの転移、砂浜での「エクストラアタック」

メルスは「裁きの雷」を発動し、神殿内のバスクと祭壇を紫電の雨で直撃させた。祭壇は完全に融解し、バスクも硬直状態に陥ったが、即死には至らなかった。
アレンは硬直時間を逃さず接近し、鳥Aの「帰巣本能」でバスクを強制転移させた。転移先は、事前に準備していた神殿から一キロ離れた砂浜であり、そこにはラス副隊長指揮下の獣人部隊千名が階段状の陣形を組んで待ち構えていた。
獣人兵たちは攻撃力上昇の指輪と魚Cの覚醒スキル「サメ油」によるクリティカル率上昇、さらに「精霊王の祝福」を受けて極限まで強化されており、それぞれがエクストラスキルによる遠距離攻撃を放つ態勢にあった。
合図と共に、ラスのエクストラスキル「ブレイブランス」がバスクの胸を貫き、続いて千名分のエクストラスキルが雨あられのように降り注ぐ「エクストラアタック」が開始されたのである。

プチメテオと「命のルビー」、バスクの撤退

バスクは二本の大剣を阿修羅のごとく振り回して多数の攻撃を打ち払いながらも、全ては捌ききれず、身体の各所にダメージを蓄積させていった。
アレンはこの流れを見て作戦の成功を確信し、最後の止めとしてセシルに「プチメテオ」を発動させた。マクリスの聖珠により詠唱短縮された巨大な隕石が出現し、バスクめがけて落下したのである。
遠距離攻撃で拘束されたバスクは回避できず、ついに膝をついたところへ隕石が直撃し、砂浜ごと焼き潰してバスクを炭のような状態に変えた。
しかし、その胸元で赤い宝石をはめたペンダントが砕けた瞬間、バスクの全身は瞬時に回復した。ペンダントの正体は、致死ダメージを一度だけ無効化する復活アイテム「命のルビー」であった。
バスクは「楽しかった」と満足げに笑い、次はグシャラの神殿で待つと告げると、足輪の青い光と共に闇へと姿を消したのである。
こうしてアレンたちは祭壇破壊とバスクの一時的撃退には成功したものの、魔王軍の上位魔神キュベルやグシャラに連なる新たな脅威の存在が改めて浮き彫りとなり、戦いは次の局面へ移行することとなった。

第四話 魔神狩りと解放された王化

魔神バスクの逃亡と祭壇殲滅方針
アレンたちは、セシルの「小隕石」で呼び寄せた灼熱の岩石と、メルルが操るミスリルゴーレムの多砲身砲による熱線で、砂浜にいた魔神バスクを徹底的に攻撃したのである。砂と水蒸気が立ちこめる中で追撃を重ねたが、魔導書には討伐ログが表示されず、煙幕が晴れた後には地形だけが変わった砂浜が残った。痕跡が見つからないことから、アレンは転移系スキルや装備によってバスクが離脱したと判断し、初めて「獲物を逃した」事実に悔しさを覚えた。シア獣王女にとっては「犠牲者ゼロで魔神を退けた」だけでも奇跡であったが、アレンたちは魔神を倒しきれなかったことと、得られるはずだった装備とレベルアップを逃したことを残念がり、感覚の差が浮き彫りとなった。そのうえでアレンは、この大陸に点在する「祭壇」が邪悪な儀式に用いられていると見なし、ギャリアット大陸に残る祭壇をすべて破壊し、そこにいる魔神も「ついでに狩る」という方針を示したのである。

シア獣王女の試練とグシャラ討伐への執念
シア獣王女は本来、父である獣王から王位継承権を認められるため、「邪神教」の教祖グシャラ=セルビロールを討伐せよという試練を課されていた。かつて彼女はグシャラを生け捕りにして教都テオメニアのエルメア教会に引き渡したが、その結果、教都は炎上し、多くの人間が「邪神の化身」となる魔獣へ変貌させられる惨禍を招いたと自責している。自分が教会の要望を無視してその場で斬首していれば、多くの悲劇は防げたかもしれないと考えるようになり、父の試練を超えるという次元を越えて、個人的な責任としてグシャラとの決着を誓った。シアはアレンたちの非常識な戦力を目の当たりにし、「常識が通用しない」と評していた兄ゼウの言葉を半ば認めつつ、ルド隊長とラス副隊長と共に、アレン一行への同行とグシャラ討伐継続を宣言したのである。

首都ミトポイ壊滅と魔神撃破・レベルアップ
数日後、カルバルナ王国軍のミュハン隊長は、自軍が包囲していたカルロネア共和国の首都ミトポイが崩壊していく光景を目撃し、言葉を失った。かつて商業都市として繁栄し、独立戦争を勝ち抜いた要塞都市でもあったミトポイの防壁と街並みは、議事堂の向かいに建てられた「グシャラ聖教」の神殿ごと、巨大な隕石級の岩とタムタムの砲撃によって粉砕されていた。カルバルナ軍の調査から、すでに国家として機能しておらず、生存者もほぼいないと判断されていたため、アレンは「いっそ街ごと更地にした方がよい」と割り切って作戦を遂行していたのである。その結果、魔導書には「魔神を1体倒しました」というログと共に、アレンのレベルアップと大幅なステータス上昇が記録された。魔神討伐時には経験値ではなく強制レベルアップが発生し、レベル80以降はステータス上昇値が「レベル60までの4倍」となる仕様が再度検証され、アレンはゲーム的な成長曲線を満足げに確認していた。

ムハリノ砂漠・ルコアックでの神殿殲滅と「王化」解放
さらに三日後、アレンたちはダークエルフ王オルバースやブンゼンバーグ将軍らと共に、ムハリノ砂漠のオアシス都市ルコアックへ向かった。かつて人々が水源を求めて作った街は、今や毒々しい紫色の湖と光の柱を抱く神殿を中心とした魔獣の巣窟となっている。オルバースは「闇を振り払う光の男」として噂されるアレン本人と、ソフィーが所属するパーティーの実力を自らの目で確かめるべく、前線視察も兼ねて参戦した。アレンは精霊神ローゼンの「精霊王の祝福」でパーティーを強化し、セシルに再びエクストラスキル「小隕石」を発動させる。マクリスの聖珠と祝福で強化されたセシルの魔力により、直径百メートル超の真紅の岩塊が出現し、ルコアックの神殿と光の柱、その周囲の街ごと押し潰した。その一撃で魔神が沈黙すると、魔導書には再び魔神討伐とレベルアップのログが並び、その末尾に「王化の封印が解けました」と表示された。アレンとセシル、クレナは新スキルの解放に歓声を上げたが、オルバースやシア獣王女たちは、魔神を「一撃で仕留めた」事実以上に、本人たちのはしゃぎぶりに呆然とするしかなかった。

獣神ガルムの沈黙とシアの信仰上の葛藤
ダークエルフ軍がメルスの転移で里へ戻った後、シア獣王女は少し離れた場所からアレンたちを観察しながら、彼の力の源について思索した。彼女は、エルフが精霊神ローゼンを、獣人が獣神ガルムを、人族が女神エルメアをそれぞれ信仰し、「理」に従う者だけが加護と試練を授かるという世界の仕組みを理解している。エルメアが「試練を与え、それを乗り越える者に力を与える」神であると知るがゆえ、魔王軍による世界滅亡の危機そのものがエルメアの試練であり、アレンこそがその試練を乗り越えるために選ばれた存在なのではと推測した。一方で獣神ガルムは、アルバハル王家や各地の獣人の長に「獣人を守る力」を分散して与える一方、魔王軍との全面戦争には消極的であり、シア自身には兄ゼウに与えた「獣王化」のような力を授けてくれない。シアは、ガルムの思惑と自身への冷淡さを思い、耳をしょんぼり垂らしながら不満と葛藤を抱え続けた。

砂漠での日陰作りとルプトからの「調整通知」
アレンが新スキル「王化」の検証に心を奪われる一方で、砂漠の直射日光に晒される仲間たちの体力は確実に削られていた。キールはシアの耳が垂れたのを見て頭の暑さに気付き、メルルにタムタムで日陰を作るよう依頼する。メルルは「堅牢なる亀のポーズ」によってタムタムを亀型の防御モード「モードタートル」に変形させ、巨大な甲羅で皆を覆う屋根を作った。アレンはそんな配慮にも気付かず、新スキルの挙動に夢中である。その時、アレンの魔導書が突然光り、「拝啓 アレン様」から始まる手紙形式のメッセージが自動表示された。差出人は神界スタッフ・第一天使ルプトであり、アレンが「王化」を解放したことに伴い、既存スキル「指揮化」「兵化」のステータス上昇量やクールタイム、効果範囲について「調整を行いました」と一方的に通知してきた。文面上は強化と利便性向上であったが、アレンは「ナーフではないか」と警戒し、同時にメルスとルプトの間に「目指す召喚獣像」の路線対立があることを知る。アレンは、検証結果を書き換えられることへの不満を覚えつつも、メルスの不機嫌さに免じて追及を控え、検証に戻ることにした。

メルスの「王化」と天使のステータス強化
アレンはまず、姿が自分と同程度のサイズで観察しやすいメルスを「王化」実験の1号に選んだ。スキル発動と同時にメルスの身体が光に包まれ、背中の羽は左右1枚ずつの計2枚から、左右3枚ずつの計6枚へと増え、腰布だけだった服装は金刺繍と宝飾で飾られた豪奢な衣装へ変化した。しかし体格や顔立ち自体は変わらず、性別不詳のままの天使であった。アレンが魔導書でステータスを確認すると、体力・魔力・攻撃力・耐久力・素早さ・知力・幸運のすべてが32000という異常な数値に達し、さらに全ステータス+2000の加護や、「属性付与」「天使の輪」「指揮化」「裁きの雷」といった特技・覚醒スキルを備えていることが判明した。王化前から比べると全ステータスが一万上昇しており、アレンは即座に「裁きの雷」を大岩に向けて発動させ、その破壊力が明らかに増していることを確認した。さらに、クールタイムが従来の一日から短縮されていることも分かり、「王化」が単純なステータス強化以上の恩恵をもたらしていると理解したのである。

召喚獣たちの王化実験と戦略的運用の考察
続いてアレンは、竜Aの召喚獣オロチを王化し、その全長が100メートルから300メートルへと3倍化し、首も5本から15本に増えた姿を確認した。咆哮だけで周囲の砂漠が震え、日課の素振りをしていたドゴラでさえ思わず手を止めるほどの迫力であった。その後、虫A・鳥A・草A・霊系など全系統の召喚獣を次々と王化し、ステータス増加量が一律+10000であること、特技欄に「指揮化」が追加されることを共通仕様として確認した。一方で、見た目やサイズの変化は系統ごとにまちまちであり、獣・石・魚・竜はサイズそのものが「王」「将軍」「兵隊」の階級に応じて最大3倍まで巨大化する一方、天使・霊・虫はサイズは変わらず装飾がゴージャスになるだけであり、鳥・草は王化・指揮化・兵化そのものでは外見が変化しなかった。この差異についてアレンは、虫Aハッチや鳥Aツバメンのように「潜入・増殖・使役」に特化した召喚獣は、敵から標的にされないよう、王化しても目立つ変化を控えているのではないかと推測する。たとえばハッチの場合、親個体が倒されるとその子ハッチ群が一斉に消滅する弱点があり、魔王軍に弱点を知られれば集中的に狙われかねない。そのため、王化しても群れの中で見分けがつきにくくしていると考えるのである。草Aのソラリンだけは「見た目を変えても意味がない」と判断されたらしいと、アレンとセシルは半ば同情的に納得した。

指揮化・王化システムの整理と事件から一ヵ月の経過
アレンは五日間にわたる検証の結果を魔導書に整理し、「指揮化・王化スキルの特徴」としてまとめた。王化した召喚獣は階級「王」となりステータスが一万上昇し、指揮化した召喚獣は「将軍」として+5000、兵化した召喚獣は「兵隊」として+2500のステータス上昇を得ること、獣・石・魚・竜系統は階級ごとにサイズ倍率が変化すること、天使・霊・虫は見た目だけ豪華になり、鳥・草は基本的に姿が変わらないことなどが整理された。また、王化可能な召喚獣はAランク各系統1体ずつ、指揮化可能なBランク召喚獣は各系統3体までであり、兵化はランク・数ともに無制限であること、王化による指揮化は直線距離100キロ以上、指揮化による兵化は10キロ以上離れると解除されるが、召喚士本人との距離では解除されないことも明らかになった。さらに、王化・指揮化・兵化それぞれのクールタイムは1時間・3時間・6時間と定義され、アレンはこれを前提とした大規模戦闘用の運用プランを構想し始める。その頃には、エルマール教国で起こった事件から約一ヵ月が経過しており、世界各地の「光の柱」と祭壇が破壊される中で、アレンは新たに解放された「王化」を武器に、魔王軍との本格的な決戦に向けて着々と準備を進めていたのである。

第五話 問われる覚悟と騒動の順末

浮遊島と神殿構造の再調査
アレンが砂漠で「王化」の検証に没頭していた間、仲間たちはミスリルゴーレム「タムタム」飛行形態「モードイーグル」で、ギャリアット大陸上空に浮かぶ巨大な島を再調査していたのである。光の柱が消滅した結果、島を覆っていた光の膜は消え、内部への侵入が可能になっていた。島は岩肌むき出しで生物の気配はなく、中央の山頂に神殿が存在し、その頂上には黒い炎と共に何かが燃え立つように揺らめいていた。鳥Eや霊Aの召喚獣による潜入調査の結果、神殿内部はアンデッドと死霊系魔獣の巣窟であり、最上階には結界で隔てられた部屋があり、その中にグシャラと魔神、さらにバスクが待機していることが判明したのである。一方で宝箱は一切見つからず、アレンは「敵だけ置いて宝を置かない」運営方針に激怒し、神殿破壊を試みたが、外部からの「小隕石」や「裁きの雷」は頂上の黒い炎により全てかき消され、結界の強度を思い知らされる結果となった。

神殿突入前に問われたシアとドゴラの覚悟
結界を内側から破壊する必要性が明らかになったため、アレンは「王化」の検証終了後、全員で島に上陸し、神殿攻略を決断した。山頂の神殿を見上げる最終打ち合わせの場で、アレンはまずシア獣王女に覚悟を確認する。最上階にはグシャラとバスクに加え、他の魔神が待ち受けている可能性が高く、多大な犠牲が出ると警告したが、シア獣王女は「ここまで来て引き下がれぬ」と即答し、自らに課された「邪神教」教祖グシャラ討伐の試練をここで投げ出す選択肢はないと示したのである。続いてアレンは、占星獣師テミの予言によって「南東で命を落とす恐れ」を示されていたドゴラに残留も提案するが、ドゴラはアレンを睨み返し、「仲間として共に戦うのは当然だ」ときっぱり拒否した。アレンはリーダーとして強制はしない立場を自覚しつつも、この答えを受け入れ、全員での突入を決める。こうして、死地に踏み込む覚悟が一人一人に問われ、そのうえで神殿決戦に臨む体制が整えられたのである。

神殿内部の踏破とグシャラ・バスクとの再会
アレンたちは鳥Bの召喚獣で神殿入口まで移動し、そのまま内部へ進入した。外部攻撃を拒む結界とは対照的に、内部への侵入は妨げられず、あたかも来訪者を誘い込むかのような不気味な設計であった。内部には悪臭が充満し、骸骨兵が多数押し寄せるが、キールの「ターンアンデッド」と前衛陣の戦闘により難なく撃破し、霊Aから事前に把握していたルートどおり最上階の「門」へ到達する。骸骨を埋め込んだ不気味な扉は触れただけで自然に開き、その奥には巨大な広間と、「祭壇」から噴き上がる漆黒の炎に浮かぶ真紅の皿状の神器が確認された。その神器は火の神フレイヤから奪われた神具であるとメルスが断定する。また、「祭壇」に跪き神器を拝するローブ姿の男こそグシャラであり、その隣にはアンデッド化したエルメア教会高位神官、柱の陰には2本のオリハルコン大剣を前に胡座をかいたバスクが陣取っていた。バスクは再戦を楽しげに挑発するが、アレンは逆に前回の逃走を指摘して揺さぶろうとする。しかしバスクは余裕を崩さず、緊張感は逆に高まっていった。

神器と「邪神の化身」計画の推測
アレンは黒炎と神器を観察し、「邪神の化身」が生み出され、元の人間に戻れなくなった一連の現象を踏まえ、この神殿の目的を推論した。邪神の化身は攻撃対象を同じ存在へと変貌させることで命を奪い、その命は祭壇の神器に吸い上げられ、光の柱として収束し、浮遊島を覆う結界や別の計画のエネルギー源として利用されていると考えたのである。グシャラがシア獣王女に捕縛された際にほぼ無抵抗であったことも、「上位魔神」として意図的に捕まり、人間側の組織を内部から崩壊させる長期計画の一環だったと理解されていく。

キュベルの登場と「英雄」計画の暴露
アレンがグシャラの行動理由を問いただすと、グシャラは軽薄な口調で受け流しつつ、魔王軍の参謀キュベルを呼び出す。ピエロの仮面を付けたキュベルは空中に浮かび、「エルメアに導かれた英雄」という言葉を口にしながら、バスクとヘルミオスを引き合いに出して「英雄候補」計画の内幕を暴露する。バスクは己の強さだけを追い求め、他者への関心を持たず失敗作となり、続いて選ばれたヘルミオスは他者を優先しすぎて決断に遅れが生じたため、これも期待どおりには機能しなかったと説明する。そして三度目の試行として、他者を無視せず、かといって自己犠牲に偏りすぎず、歩みを止めない「異世界人」としてアレンが召喚されたと語るのである。さらにキュベルは、神界の情報をメルスから拷問混じりに聞き出していたこともあけすけに明かし、この世界が数万年規模でリセットを繰り返してきた歴史や、今回の世界が「前の世界より短命」であることをほのめかしつつ、魔王軍がエルメアの行動パターンを攻略本のように把握し、「英雄」を誘い出すために長期間仕込みを行っていたと告げる。アレンは、自分たちの戦いが創造神と魔王軍の長期的な駆け引きの一部にすぎないことを理解しつつも、なお目の前の敵を倒すことに意識を集中させていく。

王化メルスの先制攻撃と調停神ファルネメスの召喚
キュベルが「集めた命の本当の用途」を嘲笑混じりに語ろうとした瞬間、アレンの共有指示を受けた王化メルスが先制攻撃に移った。バスクのみがその速度に反応してキュベルの前に割って入ろうとするが、メルスの蹴り一発で壁まで吹き飛ばされ、前回の激戦相手を一撃で退けるほどの強化ぶりを見せつける。続く拳の連打はキュベルに受け止められ、大局的な脅威としての参謀の実力も示されたが、アレンにとっては「王化」が魔神戦の戦力バランスを大きく変えうることが実証された瞬間であった。しかしキュベルは余裕を崩さず、「絶望が足りない」とさえ口にし、上空であぐらをかいたまま空間に黒い線を走らせる。線が裂けて「扉」のような闇が開くと、その奥から蹄を鳴らして獣が疾走し、鱗に覆われた麒麟のような姿の存在が姿を現した。それはメルスが「調停神様」と震える声で呼ぶ、調停神ファルネメスであり、キュベルは彼を「裁きの時間」と共に呼び出したのである。ファルネメスは憎悪に満ちた瞳でアレンたちを睨みつけ、魔王軍と神々の思惑が交錯する中で、アレン一行は魔神だけでなく神さえも敵として相手取る段階に突入したのであった。

第六話 立ちはだかる絶望

調停神ファルネメスの出現と戦力差の確定
調停神ファルネメスは、罪を犯した神々を裁くために創造神エルメアから特別な力を与えられた上位神であり、約50年前に魔王の調停の任を受けて魔界へ向かったまま消息不明となっていた存在であると説明された。そんな存在がキュベルの呼び出しによって姿を現し、全身から溢れる邪気とアレン一行への憎悪に満ちた視線から、完全に敵側へと堕ちていることが明らかになった。キュベルは退路を断つように背後の扉を閉ざし、アレンたちは逃走不可能な閉鎖空間で、魔神だけでなく堕ちた上位神とも戦わざるを得ない状況に追い込まれたのである。

神器フラムベルクとイスタール大教皇の変貌
バスクはメルスの奇襲で一時退けられたが、ほぼ無傷で復帰するとキュベルに神器の使用を要求し、キュベルは漆黒の炎の中から火の神フレイヤの神器を取り出してバスクへ渡した。神器はバスクの手で炎をまとう巨大な両手剣「フラムベルク」へと姿を変え、彼はこれを片手で軽々と振るい、圧倒的な膂力を誇示した。さらに、バスクを支援する骸骨神官が「イスタール」と呼ばれたことで、その正体が教都テオメニアで消息を絶っていたイスタール大教皇であると判明し、キールは五十年以上人々を導いてきた大教皇が魔神化した姿に激しい怒りと絶望を覚えた。イスタール大教皇は金色の首飾りと杖を媒介に「オールヒール」「オールプロテクト」を行使し、聖王級の才能と魔神の力を併せ持つ回復・防御役として、バスクとグシャラに継続的な支援を行う最悪の存在となったのである。

メルスの敗北とグシャラ・バスクの前線圧力
バスクは調停神ファルネメスの背に乗り、メルスと空中戦を展開した。王化と「精霊王の祝福」によって大幅に強化されたメルスは、一見互角の殴り合いを演じたものの、調停神の異常な機動力により位置取りで不利を強いられ、ついにファルネメスの蹄とフラムベルクの連撃を受けて地面に叩き落され、拳は砕け、胸と腹には蹄の痕が刻まれるという重傷を負った。キールの即時回復とソフィーの「精霊王の祝福」によってメルスは再び立ち上がり、ステータス面では大幅な底上げに成功したが、それでもファルネメスに乗るバスクの優位は揺らがず、クレナ・シア獣王女・ルド隊長・ドゴラが加わった四人がかりの総攻撃を受けても、バスクはイスタール大教皇による回復を背景に一切ひるまず攻め続けた。霊媒師ゴヌの死霊妨害もファルネメスに蹴散らされ、回復側は前衛の命をつなぎ止めるのが精一杯という、じり貧の構図が固定されていったのである。

グシャラ強化と絶望的な範囲殲滅魔法
一方、「祭壇」前ではグシャラがアレンたちを狙って高位炎魔法「カーズファイア」を放ち、ソフィーのニンフとセシルの氷魔法による迎撃でなんとか防がれていた。アレンは巨大化した石A・獣Aの召喚獣を広間前後に配置し、ヒヒイロカネの球による吸収や巨体そのものを盾としてグシャラの攻撃を遮断する防御陣形を構築した。しかし、キュベルは「人々の絶望を楽しむ」と言い放ち、祭壇の漆黒の炎から心臓のように脈打つ黒い球体を取り出して一部を魔王への供物とし、残りの炎を細長い帯としてグシャラの肉体へ吸収させた。これによりグシャラは全身から漆黒の炎を立ち上らせるほどに強化され、新たな大規模殲滅魔法「デスフレア」を解き放つ。拳大の黒い火球が無数に生成され、アレン側の王化+祝福済み召喚獣を一撃でチリへと変え、光る泡となって消し飛ばす威力を示したのである。

召喚獣と黒い火球の「波」とルド隊長の自己犠牲
アレンは戦術を変更し、王化した大型召喚獣ではなく、指揮化した複数の召喚獣を連続召喚し、黒い火球の波と正面衝突させて相殺する消耗戦を選択した。広間の入り口側からは次々と召喚獣の群れが、祭壇側からはグシャラの黒い火球の群れが波のように押し寄せ、ぶつかり合いながら互いを削り合うが、生成速度と量で勝るグシャラ側の波が徐々に押し勝ち、黒い火球が前線を突破していく。アレンはバスクと戦う四人の側にも召喚獣を振り向けて防御を試みるが、展開を薄めた結果、火力差を埋めきれず、一部の黒い火球がシア獣王女へ殺到してしまう。攻撃を見たシア獣王女は、先程巨大召喚獣を一撃で消し飛ばした威力を思い出しながらも、振り払うか回避するかの判断に一瞬迷い、その隙を埋めたのがルド隊長であった。ルド隊長は身を挺して黒い火球を全身で受け止め、右側頭部を含む身体の各所をチリに変えながら崩れ落ち、シアの腕の中で「いつまでも泣き虫のままではいけない」と言葉を残して息絶えた。シア獣王女は、涙を拭ってくれたはずの手首すら失われた彼の亡骸を抱き締め、動けなくなってしまい、獣人部隊の支柱を失うという精神的打撃も戦場に重くのしかかったのである。

キュベルの退場とフラムベルクの一撃によるドゴラの最期
状況が膠着しているように見える中で、実際にはアレンたちのバフの残り時間だけが確実に削られており、長期戦ほど不利になる構図が明らかであった。キュベルは「この機会に確実に殺す」と言い、グシャラの攻撃範囲内にいながら一切の干渉を受けないまま、祭壇の黒い炎を魔王用とグシャラ強化用に振り分けて情勢をさらに悪化させると、「気に入った者だけ連れ帰るような不公平はするな」とバスクに釘を刺し、「全員をたっぷり絶望させてから殺す」よう命じたのち、何の前触れもなく戦場から姿を消した。残されたバスクは「お楽しみの締め」とばかりに神器フラムベルクへ力を込め、「真紅蓮斬」と叫んで後衛を狙って投擲する。フラムベルクは炎の円盤となって黒い火球の波をも切り裂きながら飛翔し、回復役のキール・セラ・ゴヌを襲おうとするが、その軌道の前に割って入ったのがドゴラであった。ドゴラは自分の身の危険や盾の耐久を考えることもなく、無意識に体を動かし、アダマンタイトの大盾で炎の円盤を受け止めた。しかし、神器の威力は盾ごと彼の胸を貫通し、ドゴラは床に縫い付けられたまま、フラムベルクの炎に包まれて一瞬で黒い炭塊と化した。アレンたちの絶叫も、キールの「置き回復」すら追いつかない完全な消滅であり、グシャラは「すぐ仲間のもとへ送ってやる」と嘲笑しながら即死級魔法を連打する。アレンはグシャラの攻撃を召喚獣で受け止めるので精一杯で、ルド隊長に続くドゴラの死を防ぐ術を持たなかった。バスクを乗せたファルネメスは黒い炭塊となったドゴラへ歩み寄り、「期待外れの雑魚」と吐き捨てながらフラムベルクの柄を握り直し、なおも戦闘継続の構えを見せる。こうして、アレン一行は前衛の要を次々と失い、「立ちはだかる絶望」という章題どおり、勝利の展望すら見えない地獄の局面に追い詰められたのである。

第七話 ドゴラの帰還

ドゴラの目覚めと「追い出された」と思い込む怒り
ドゴラは見知らぬ凍える草原で目を覚まし、歩いてたどり着いた先が、生まれ故郷のクレナ村であると理解した。アレンが以前から「万一の時はクレナ村に転送する」と執拗に口にしていたことを思い出し、仲間が命懸けで戦っている最中に自分だけを安全圏に送り返したのだと受け取って激しく憤慨した。自分の意思を無視して戦線から外されたという感覚が、仲間への信頼を裏切られた思いとして膨れ上がり、「アレンを見損なった」とまで口にするに至ったのである。

人気のないクレナ村と薪の山、火の小さな異様な広場
村に入ったドゴラは、空が異様に暗く、人の気配が全くないことに違和感を覚えた。昼間のはずなのに星も月もない暗い空の下、村の広場には巨大な薪の山が積まれており、その手前だけに小さく心許ない火が灯っていた。その火の前には、灰色のローブをまとったしわくちゃの老婆が座り込み、火が小さくなったと嘆いていた。村にこんな老婆がいた記憶はなく、状況も含めて不自然さは増す一方であったが、ドゴラは寒さと老婆の弱々しさにほだされ、火を育てるために薪を組み直し、子供の頃から身につけた村人の知恵で焚き火を整え始めたのである。

自分の「足手まとい」意識と、英雄願望の本音の告白
老婆から名を尋ねられたドゴラは、クレナ村出身であり、武器屋のせがれであること、アレンと出会った経緯、共に戦ってきた仲間たちのことを思い返しながら語った。クレナ、セシル、ソフィー、フォルマール、キール、メルルら、それぞれが特別な才能と役割を持ち、S級ダンジョンすら攻略してきたのに対し、自分は「皆の役に立てず、むしろ足手まといになっている」と感じていることを吐露した。また、かつてゴーレムの才能を活かせなかった頃のメルルを、内心で「足手まとい」と見下しながら、自分がエクストラスキルを発動できないと癇癪を起こしたことを思い出し、己の醜さと情けなさに打ちのめされた。それでも彼は「こんな自分が英雄になりたいなど笑い話だ」と自嘲しつつも、英雄になることを諦められない本音を抱えたまま、老婆の真紅の目線に向き合ったのである。

自分の死の自覚と、火の神フレイヤとの邂逅
覚悟を固めたドゴラは「仲間のところへ戻る」と宣言するが、老婆は「それは無理だ。そなたは死んでいる」と言い切った。その直後、ドゴラの胸から炎が噴き出し、薪の山に燃え移って大きな焚き火となり、足下から伸びる影によって、自分の身体が巨大な何かに貫かれていたことが露わになった。老婆は「わらわの神器に触れて死んだ」と説明し、フラムベルクに貫かれた瞬間の記憶がよみがえったことで、ドゴラは自らの死を認識した。それでも彼は炎を掴み、「皆を守るために行く」と無茶な行動に出たため、老婆は「再び命を得てもまた死ぬかもしれない」と忠告しつつ、それでも構わないかと問い質した。ドゴラが「今の自分にできるのがそれだけなら、それでいい」と即答すると、老婆は若い女神の姿へ変わり、「火の神フレイヤ」を名乗ったのである。

契約条件「生涯、英雄を目指す」という代償
フレイヤは、神の器を奪われ魔神たちに力を吸い取られた経緯と、なお幾分か力を残していることを明かし、その力を貸し与える代わりに代償を求めた。その代償とは、ドゴラが生涯をかけて「英雄を目指し、英雄であり続ける」ことだった。ドゴラが力を振るう姿が多くの人間の目に触れれば、人々は火の神フレイヤの加護を信じ、失われた以上の信仰が集まるとフレイヤは語った。英雄として生きる人生そのものが、フレイヤへの供物となる契約内容である。ドゴラは、魚にされたアクアの例などを一瞬思い出しつつも、仲間を守る力を得られるならと即答で承諾し、フレイヤの探るような視線を真っ向から受け止めた。フレイヤはその烈火のような生き方を喜び、「わらわの使徒としてふさわしい」と認めると、神殿の巨大な炎に手を触れ、その一部をドゴラへ向けて差し伸べた。ドゴラはその手を取り、「英雄を目指すことを生涯の目的とする」という条件で、火の神フレイヤとの契約を結んだのである。

戦場への接続と、焔の神器カグツチによる蘇生
魂の世界では異なる時間が流れていると語ったフレイヤの言葉どおり、地上の戦場では、バスクが消し炭と化したドゴラの亡骸へ近づき、床に突き刺さった神器フラムベルクを引き抜こうとしていた。しかし、神器はバスクの手のひらを焼き、逆に彼を弾き飛ばすような反応を見せる。その後、神器は白から青、そして白熱の光へと色を変えつつ天井へ届く火柱を噴き上げ、その炎の中でフラムベルクとドゴラの亡骸が浮かび上がった。青白い炎が死体を包み、炭化した皮膚と欠損した肉体が再生し、心臓が鼓動を取り戻すと、皮膚・体毛・眼光が元の姿へと蘇った。グシャラはそれを「神との契約」と見抜き、バスクに神器の奪取を急がせたが、火柱の中から降り立ったドゴラの胸には、もはや「フレイヤの神器」が宿っており、その炎をすべて吸い込んだ後、神器は自ら胸から抜け出して彼の前に浮かび上がったのである。

カグツチとの真名契約と、「真の殺戮撃」による反撃
浮かぶ大剣に向かってドゴラが「これがあんたの神器か」と問いかけると、神器は女性の声で応え、自らを「カグツチ」と名乗った。ドゴラがその柄を握ると、剣は白く発光して青い炎を噴き出し、一瞬で巨大な大斧の形へと変化し、炎はオレンジ色に変わりながらもドゴラを傷つけることはなかった。そこへ、自分のものだと主張するバスクを乗せた調停神ファルネメスが突撃し、天使すら押し潰す威力を持つ前足の一撃を叩き込もうとする。ドゴラはこれに真正面から応じ、「真のキルストライク」と叫んで、大斧カグツチに星4「破壊王」の最大火力スキル「殺戮撃」を込めて振り下ろした。神々を調停する一撃と、神の炎を宿す一撃がぶつかり合い、空気が弾ける音とともに弾き飛ばされたのは調停神の側であった。ファルネメスはバスクを乗せたまま柱へ叩きつけられ、柱ごとへし折れてさらに壁に激突し、連鎖的に天井の柱が外れて崩れ落ちる。石片と土煙が舞う中で、ドゴラは静かに神器カグツチを構え直し、火の神の使徒として、再び仲間と並び立つ準備を整えたのである。

第八話 バスクの暴力、ドゴラの咆哮

バスクの変身と調停神の使い捨て
石煙の奥で、調停神ファルネメスはドゴラとの激突で前脚を粉砕され、立ち上がれずにもがいていた。その様子を見下ろしたバスクは、「役立たず」と切り捨てるように首元へ手刀を突き立て、内部から漆黒の玉を引き抜いた。この玉を飲み込んだことで、バスクの肉体は一度は異様なほど膨れ上がり、皮膚が裂けて紫に輝く鱗が現れたのち、余分な膨張が収まって一回り大きな魔神の姿へと変貌した。口は耳まで裂け、黒光りする牙と爪、全身を走る紫色の鱗模様という、上位魔神にふさわしい異形が完成し、その姿を見つめるドゴラに対し、グシャラは「フレイヤに神器の使い手に選ばれた」と状況を説明したのである。

フレイヤの制限と「次で倒せ」の通告
バスクの変身を見守る中、神器カグツチを通してフレイヤがドゴラに語りかけた。今回貸し与えられている神力はわずかであり、契約したばかりで力もまだ馴染んでいないため、「次の攻撃で決めろ」と言い切ったのである。ドゴラはそれを素直に受け入れ、カグツチを構えてバスクとの間合いを詰めた。一方、アレンは石Aと魚系召喚獣をフル稼働させてシアたち前衛と後衛を守りつつ、グシャラの黒い火球の猛攻を必死に捌いていた。石Aの「吸収」と「収束砲撃」で反撃しても、グシャラの漆黒の炎と大教皇の回復によって決定打にならず、少なくともドゴラの方へ攻撃を通さないだけで手一杯の状況に追い込まれていた。セシルが「止めて」と悲鳴を上げるほど、強化されたバスクに正面から挑むドゴラの勝負は、もはや彼一人に託される形になっていたのである。

狂化した修羅王バスクと、決死の一撃を狙うドゴラ
バスクは大教皇イスタールに回復と防御強化をさせたうえで、さらに自ら「狂化」のスキルを発動し、筋肉と血管を紫色に膨張させてステータスを底上げした。全身をうねる血管と鱗が覆い、その姿は常軌を逸した暴力の具現そのものである。対するドゴラは、上段からカグツチを振り下ろすことを隠そうともしない単純な構えを取った。学園の実技試験なら即座に怒鳴られるであろう読みやすい構えだったが、彼の狙いはただ一つ、「敵が殺しに来る瞬間、その最接近のタイミングで迎え撃つ」という一点に絞られていた。バスクが挑発し、「二つ名もない雑魚」と侮辱しても、ドゴラは名乗りと一言「二つ名はお前を倒してから」と返しただけで、視線を一瞬も外さなかったのである。

真修羅無双撃と、ついに発動する「全身全霊」
バスクは勝利を確信し、「真修羅無双擊」を発動して跳躍した。両手で構えたオリハルコンの大剣を横に寝かせ、回転しながらドゴラめがけて降下するその一撃は、圧倒的な質量と速度を兼ね備えた暴力そのものであった。極度の集中状態に入ったドゴラの目には、その動きが妙にゆっくりと見え、筋肉の動きや着地点まで予測できるほどに研ぎ澄まされていた。体中の血がカグツチへ吸い込まれるような感覚とともに、これまで発動しなかったエクストラスキルがついに応じ、「全身全霊」が発動する。ドゴラは「フルブレイズ」と心中で熱を高めながら、バスクの足先が床を掠めた瞬間にあわせ、「全身全霊」と叫んでカグツチを振り下ろし、両者の最大火力が真正面から激突したのである。

修羅王の覚醒と、神炎カグツチの真価
最初の衝突では、オリハルコンの大剣がわずかに押され、バスクは驚愕の声を上げたが、すぐに全身をさらに変異させて反撃した。皮膚が裂けて血が噴き、紫の鱗が腕・肩・背を覆い、歪な角が頭部から伸びる「修羅王バスク」としての姿をさらした彼は、両腕から力を絞り出して大剣を押し上げ、カグツチを逆に押し返し始めたのである。カグツチの刃は徐々に顔の横まで押し戻され、オリハルコンの刃がドゴラの目の前に迫る。追い詰められたドゴラが「もっと力を貸してくれ」と叫ぶと、フレイヤは「使徒が主に指図するな」と皮肉を口にしながらも、本来の神の威光を解放した。カグツチの炎は一度消え、代わりに色のない熱がドゴラの全身を包み、足元の床石を溶かして赤く煮えたぎらせた。ドゴラの瞳は赤、白、青と変化し、それに呼応してカグツチの刃も赤から白、白から青へと色を変え、空間そのものを焼き切るような熱を放ち始めたのである。

オリハルコンをも溶かす神炎と、咆哮とともに下される決着
バスクが違和感を覚えて見下ろすと、最強の神金属と謳われるオリハルコンの大剣が、カグツチと接している部分から色を変え、溶解し始めていた。フレイヤは「神の炎で鍛えた剣が、神に勝る道理はない」と告げ、オリハルコンの刃は中央から真っ二つに溶け切れた。力の行き場を失ったバスクは咄嗟に大剣を手放し、片腕で頭を守りつつ、もう一方の手で殴りかかろうとしたが、それより速くカグツチが跳ね上がり、振り下ろされた。斬撃は左肩から入り、紫の鱗を裂いて左腕ごと切り飛ばし、肩甲骨を断ち、胸の中ほどまで食い込む。それから袈裟懸けに一気に振り抜かれ、修羅王バスクの上半身を左肩から右腰までまとめて切断した。積み重ねてきた屈辱と悔しさ、そのすべてを吐き出すかのごとく、ドゴラはカグツチを構えたまま大広間に咆哮を轟かせ、火の神フレイヤの使徒として最初の大戦果を刻みつけたのであった。

第九話 グシャラの暴魔、アレンの頭脳

バスク撤退と聖珠の獲得
ドゴラが「全身全霊」を込めた一撃でバスクの上半身を袈裟懸けに両断し、勝負はついたかに見えたが、アレンの魔導書には撃破ログが流れなかったため、バスクは瀕死ながらも生存していると判明した。魂と神力を燃やし尽くしたドゴラはその場に崩れ落ち、神器カグツチも神性を失ってただの大斧へと変じていた。一方でバスクは上半身だけの状態で「死んだふり」をしており、アレンが接近した瞬間に足輪型の転移アイテムを発動、「先輩がこんな目に遭っているのに容赦ない後輩」と捨て台詞を残して逃走した。しかし、カグツチに切り飛ばされた左腕だけは転移に巻き込まれずその場に残り、アレンはそこから真紅の聖珠腕輪「ルバンカの聖珠」を回収したのであった。

ルバンカの聖珠の効果と装備更新
アレンはバスクの左腕から腕輪を外し、自身に一時装備して効果を確認した。その聖珠は、クールタイム半減、攻撃スキル威力二割上昇、体力と耐久力の大幅上昇という、純粋な火力と耐久を底上げする強力な性能を備えていた。やり込み要素を象徴するランダム効果付きの聖珠に、アレンは内心歓喜しつつも、最適な持ち主としてクレナに譲渡した。クレナは真っ赤な聖珠を喜びながら装備し、今後の前衛火力としての適性をさらに高めた。一方、セシルはこの緊迫状況で装備更新をしていることに不満げな声を上げたが、アレンにとっては戦力最適化も戦術の一環であった。

「祭壇」が生む無限魔力とアレンの分析
戦場では依然としてグシャラと大教皇が健在であり、黒い火球やデスフレアといった強力な範囲魔法が途切れることなく放たれていた。王化・将化・兵化した石Aの召喚獣が盾となり、「吸収」「収束砲撃」でカウンターを行うものの、敵の全身を覆う漆黒の炎と大教皇の「オールヒール」により決定打にはならなかった。さらに、グシャラと大教皇の漆黒の炎が弱まるたびに「祭壇」から黒い炎が流れ込み、彼らの魔力と防御を回復させる構造であることが判明した。アレンはこの状況を、「祭壇」が存在する限り敵の魔力はほぼ無限、攻撃は通りづらく、こちらは即死級の魔法に晒され続けるという最悪の構図だと分析し、まず「祭壇」の破壊が勝利条件であると結論したのである。

知力4万超えの解析と行動パターンの看破
アレンはさらなる分析精度を得るため、霊Aの召喚獣を増やして知力補正を高めつつ、装備していた指輪を知力+5000の指輪二つに変更し、さらにセシルからマクリスの聖珠を借り受け、「精霊王の祝福」と合わせて知力4万超えの状態に到達した。この高知力状態で数分間、石Aの召喚獣を犠牲にしながらグシャラと大教皇の魔法行動を観察した結果、使用魔法ごとの癖や前動作、魔力消費と回復のタイミング、「祭壇」から漆黒の炎を受け取った直後に特定魔法を使うパターンなど、いくつかの行動ルートと乱数の幅を把握した。さらに理論値として、各攻撃魔法が何発で魔力枯渇に至るか、大教皇の「オールヒール」が何回使用できるかも算出し、限られたチャンスで「祭壇」を破壊するための最適なタイミングを割り出したのである。

「祭壇」破壊作戦とグシャラの暴魔化
アレンは鳥Fの「伝達」を用いて、セシル・ソフィー・メルスらに詳細なタイミングを共有し、グシャラが大魔法「エネミーフォール」を放つ瞬間を待った。計算どおりグシャラが重力魔法を放ち、石Aの召喚獣が多数潰れながらも一部が生存して「収束砲撃」を放つと、大教皇は残り少ない「オールヒール」を発動する。この直後を狙い、セシルの「ブリザード」とソフィーの水精霊ニンフによる氷水の合体攻撃をぶつけさせ、そこへグシャラが最も軽い攻撃魔法「カーズファイア」で迎撃する流れを誘導した。その瞬間、メルスの覚醒スキル「裁きの雷」が発動し、グシャラ本人ではなく「祭壇」を粉砕したことで、漆黒の炎による魔力補助は完全に断たれた。祭壇を破壊されたグシャラは、怒りと絶望の中で真の姿を顕現し、全身に信者たちの憎悪と悲哀の顔を浮かべた異形の魔神へと変貌し、新たな範囲殲滅魔法「イビルガーデンズ」を展開して黒い死霊を大量に召喚したのである。

イビルガーデンズと持久戦への移行
「イビルガーデンズ」で生み出された死霊たちは、青白い顔と黒い体を持ち、蛇行するような軌道で自動追尾し、接触部分を即座に黒い塵へ変える強力な性質を備えていた。石Aの召喚獣は「吸収」を発動する暇もなく次々と消滅させられ、死霊だけが残る状況が続いた。さらにこれらの死霊はダメージを与えても消滅せず、持続的なプレッシャーを与え続ける性質を持っていた。アレンは新魔法の仕組みを見極めつつ再び石Aを連続召喚し、死霊の進行を抑えながら、グシャラの魔力が尽きるまで粘る持久戦への移行を決断した。しかし「精霊王の祝福」による自軍強化にもタイムリミットがあり、ローゼンからも効果切れが近いと告げられたため、祝福が切れる前に決着をつけなければ味方に死者が出ることは確実であった。

シア獣王女の葛藤と「獣王化」の覚醒
一方、王化した石Aの巨大バックラーの陰では、瀕死のルド隊長と眠るドゴラを前に、シア獣王女と三人の部隊長が立ち尽くしていた。シアはこれまで自分を支え続け、将来の獣人統一を信じて集まった部下たちの多くを失った悲しみと、今もなお仲間を守るために戦場に立とうとする部隊長たちの覚悟を前に、自分だけが何もできない無力感に苛まれていた。カム、ゴヌ、セラの各部隊長は「殿下の名と命を守るため、自分たちだけが戦って死ぬ」と告げて前線へ向かい、シアは残される側となる。そこで彼女は、自分たち獣人を守る獣神ガルムに祈り、「獣王化」の力を求めた。しかしガルムは、魔王とその軍勢と戦うためには力を貸さないという方針を示し、「死の螺旋」から守るためにあえて戦わせないのだと告げた。これに対しシアは、侵略がいずれガルレシア大陸にも及ぶ以上、戦わずに守られるだけでは未来がないと強く反発し、自分たちの意思で運命に抗う権利を主張したのである。

ガルムの決断と1000人規模の獣王化
シアの叫びはガルムの迷いを呼び起こし、ゼウ獣王子に続いてシアまでもが「死の螺旋」へ踏み込む運命を選んだことを知ったガルムは、ついに覚悟を決めた。次の瞬間、シアの体内で荒れ狂うような力が目覚め、全身の毛が逆立ち、筋肉と体格が膨張して、しなやかな二足歩行の巨大な虎へと変貌した。これが、首長一族にのみ許される「獣王化」である。さらにシアの拳を中心に半径100メートルの巨大な魔法陣が広がり、その光を浴びた三部隊長と周囲の獣人戦士たちも次々と獣化した。かつてガルレシア大陸の独立戦争では半径1キロメートルの魔法陣で万の軍勢を一斉に獣化させたという伝承を踏まえれば、今回はその縮小版ながらも、シアが確かにガルムから認められたことを示す現象であった。

1000人の獣人軍による総攻撃と大教皇撃破
精霊王の祝福の残り時間が少ない中で、アレンは最後の総攻撃として、王化した竜Aの外周配置・帰巣本能・獣王化の範囲を組み合わせ、1000人の獣人戦士を神殿内に展開する準備を進めていた。メルスと獣王化したシア、さらに巨大化した三部隊長がグシャラと接近戦を続ける一方で、クレナ・セシル・キール・ソフィー・フォルマールらは大教皇を集中攻撃し続ける。しかし大教皇は首飾りや杖の魔力により、倒されてもすぐに回復してしまい、決着がつかない状態で時間だけが過ぎていった。やがてアレンの合図により、1000人の獣人が神殿最上階に一斉転移し、「獣王化」の影響で巨大な獣へと変身する。ラス副隊長の「ブレイブランス」を皮切りに、1000人全員がエクストラスキルをグシャラと大教皇に叩き込むことで、破壊の嵐のような連続ダメージが発生し、大教皇の身体はついに砕け散った。魔導書のログには「魔神を1体倒した」と表示され、大教皇もまた魔神となっていたことが判明したのである。

グシャラの逃走と竜Aによるトドメ
一方、グシャラは総攻撃を生き延びたものの、ローブは破れ、青白い肌には無数の傷が刻まれ、大教皇も失い、回復手段を断たれた。このまま1000人の獣人戦士と接近戦を続ければ敗北は必至であり、彼は壁が崩れた神殿の外へと飛び出し、天空に浮かぶ島から飛び降りてでも逃げ延びる方を選択した。正義感の強いキールは、これを「逃亡」と断じて怒りを露わにしたが、アレンにとっては想定済みの行動であった。すでに神殿外には王化した竜Aの召喚獣が配置されており、グシャラが外へ出た瞬間、その巨大な頭の一つがグシャラの身体を咥えてかみ砕いた。さらに竜Aがグシャラを咥えたまま巨大な岩のように地上へ叩きつけたことで、浮遊島全体が揺れるほどの衝撃が走り、最終的なトドメとなった。

上位魔神撃破とアレンのレベルアップ
神殿内に戻ったアレンの魔導書は表紙を光らせ、上位魔神グシャラ=セルビロールを撃破したログを表示した。レベルは一気に5上昇し、体力・魔力・攻撃力・耐久力・素早さ・知力・幸運のすべてが大幅に上昇した。こうして数百万人の命を奪った邪神教の教祖にして上位魔神であるグシャラは、逃走すらも封じられて完全に討ち取られた。激戦を戦い抜いた仲間たちが、終わりの見えなかった戦いの決着に安堵の表情を浮かべる中、アレンだけはゲーム的な視点でレベルアップとステータス上昇の数字を見て跳ね回り、この戦いを「貴重な経験値源」としても最大限に活用したのである。

第十話 ノーマルモードの限界を超えた先へ

戦闘後の島と上位魔神撃破の確認

アレンは神殿の壁が砕けた場所から外を見渡し、セシルのエクストラスキル「小隕石」によって穿たれた巨大なクレーターと、生命の気配が途絶えた荒涼たる大地を確認したのである。セシルは本当に上位魔神を倒せたのかと不安を口にしたが、クレナが魔導書の表示を読み上げたことで撃破が確認された。精霊神ローゼンはソフィーに甘えながら、厳しい戦いを乗り越えたことを労い、アレンも今回の戦いでレベルが6上がったことを内心で喜びつつ、まずは功労者への挨拶に向かう決意を固めたのである。

ルド隊長の死と蘇生「神の雫」

一方で戦場には、シアを庇って倒れた獣人隊長ルドの亡骸を囲み、悲嘆に暮れる獣人部隊の姿があった。元獣王武術大会優勝者であり、シア獣王女を守り抜いて死んだ隊長の死は、ラス副隊長を含む部隊全員に深い衝撃を与えていたのである。アレンはキールにルドへの「神の雫」の使用を指示し、キールはエクストラスキル「神の雫」を発動した。光が凝縮して雫となり、ルドの胸に滴り落ちると、その身体は淡い光に包まれ、彼は深い眠りから目覚めるように蘇生した。歓喜する獣人たちを前に、キールは戦闘中に使用すればアレンを優先せざるを得ず、全滅の危険もあったため、戦闘終了まで蘇生を待たせた事情を説明した。知力+5000の指輪を二つ装備した現在のキールは、「神の雫」の成功率をほぼ100%にまで高めており、その力が今回の奇跡的な蘇生を可能にしたのである。

ドゴラのエクストラモードと新たな切り札

アレンは続いて、戦闘で満身創痍となったドゴラの隣に移動し、新たに得られた力を確認した。魔導書のステータス画面には、ドゴラがレベル66となり、「破壊王」の職業を得ているだけでなく、火の神フレイヤの加護「火の神(極小)」と「火攻撃吸収」の表記が追加されていた。更に「真渾身」「真爆擊破」「真無双斬」「真殺戮撃」「全身全霊」など、全ての攻撃スキルの頭に「真」が付く形で再編されており、「全身全霊」はエクストラスキルではなく通常の才能スキルとして習得可能な状態になっていたのである。これはヘルモードの上限であるレベル60を突破し、アレンが「エクストラモード」と呼ぶ新段階に突入したことを意味していた。上位魔神バスクと単独で渡り合ったドゴラの瞬間火力は、従来「小隕石」と「裁きの雷」に依存していた必殺火力の不足を補う新たな切り札となり、アレンはパーティーの戦力構成に大きな変化が生じたと判断したのである。

調停神ファルネメスの救済と解放

戦いの余韻が残る中、バスクに首を貫かれ、黒い塊を取り出されて倒れていた調停神ファルネメスが、苦しげないななきを上げて立ち上がろうとした。アレンたちは即座に戦闘態勢を取ったが、クレナは敵意ではなく哀れみの視線を向け、負傷した神獣に近づいて声を掛けたのである。クレナは自分の携行品の「天の恵み」が切れていることに気付き、アレンから新たな「天の恵み」を受け取ると、調停神に使用した。光に包まれたファルネメスの身体は完全に治癒し、折れた前足も首の傷も元通りになった。回復した調停神はクレナに頬を舐めて感謝を示した後、自らを「法の神を守護する調停神ファルネメス」と名乗り、バスクに抜き取られた黒い石によって意識を支配されていたことを示唆した。そしてアレンたちに礼を述べると、神殿の外へ出て空中を歩き、そのまま遠ざかっていった。アレンは、憎悪を失った調停神を解放という形で見送ることが最善であったとクレナに伝え、この一件を終わらせたのである。

大教皇イスタールの魂と天使たちの降臨

調停神が去った後、キールは祭壇近くで倒れている大教皇イスタールの骸骨の亡骸に目を向けた。かつて人類のために尽くし、魔王軍の手で魔神へと変えられた同じエルメア教の神官を、このまま放置することはできないと考え、彼は祈りと共に浄化魔法を唱え始めたのである。その瞬間、天井も崩れていない神殿内部に強烈な光が差し込み、三体の女性天使が翼をはためかせて降臨した。彼女たちは、イスタールの魂を神界へ連れて行くため創造神エルメアから遣わされた存在であり、その上に更なる光の中から第一天使ルプトが現れた。ルプトはメルスの双子の妹であり、メルスの代わりに第一天使となった存在であるとアレンは理解した。ルプトはキールに感謝を述べた後、大教皇の亡骸を抱き上げ、その腕の中で半透明の老人の姿をしたイスタールの魂を顕現させたのである。

イスタールは多くの犠牲が出たことに心を痛めつつも、目の前の英雄たちが魔を退けたことに感謝し、自身がかつて受けた神託「金色を身にまとった青年」に言及した。その青年がキールであると悟りつつも、彼は謙遜して「救えたと言うには程遠い」と答えた。ルプトは、神界へ向かう前に人々へ残したい言葉があるかと問い、イスタールは教会運営をクリンプトン枢機卿に任せること、そして見習い神官キールへ最後の贈り物を授けることを望んだのである。

神秘の首飾りの継承と戦いの終結

イスタールは、自らの亡骸の法衣の下に隠された金色に輝く「神秘の首飾り」をキールに託すことを願い出た。当初、その首飾りは神界に回収するよう命じられていたが、ルプトは今回の戦いで人々を救った英雄たちへの報酬として譲渡を認めた。首飾りはふわりと宙に浮かび、キールの元へと移動し、彼の両手の中に収まった。天使たちは神界へ戻る前に、英雄たちの活躍をエルメアに伝えると約束し、光と共に天井へと消えていったのである。

アレンが魔導書で確認したところ、「神秘の首飾り」は回復魔法の効果を2倍にし、クールタイムを半減させ、体力と知力をそれぞれ3000上昇させる強力な装備であった。これによりキールの支援能力は飛躍的に高まり、アレンはゲームのイベント報酬のような展開に内心で歓喜した。キールは呆れながらも大教皇の遺骨や法衣を丁寧に回収し、エルメア教会できちんと供養する段取りを整えた。こうして調停神も神界へと去り、第一天使ルプトの降臨も終わり、空に浮かぶ「島」を巡る一連の魔神戦は、アレンたちの完全な勝利として幕を閉じたのである。

第十一話 魔王軍の望むもの

島の動力源探索とアレンの目的

アレンは戦闘後の神殿で、浮遊する「島」を支える動力源の存在を推測し、仲間たちに探索を提案したのである。島が元々この場所にあったとは考えづらく、どこかから移動してきた以上、その移動と浮遊を担う仕組みが内部に存在すると判断したためである。神殿内や下層をくまなく調べた結果、最下層の広間で巨大な半透明の立方体と、その下の台座および周囲の魔導具群を発見し、アレンはここが島の動力源と見做した。

島を「兵器」として使う発想と魔導技師の必要性

動力源を確認したアレンは、この島を操作できれば魔王軍の根城上空まで移動させ、そのまま上から落下させて甚大な被害を与えられるのではないかと発想した。巨大隕石級の質量と高度を利用した一撃で、魔王軍を物理的に粉砕しようと目論んだのである。この大胆な案に仲間たちは呆気にとられ、ソフィーは「もったいない」と困惑を隠せなかったが、アレンは本気であった。動力装置を調べたメルルは、これはダンジョンにも用いられる類の魔導具であり、「魔導技師」の才能を持つ者であれば操作可能と見立てる。アレンはバウキス帝国のガララ提督に協力を仰ぎ、魔導技師を派遣してもらう案を検討した。

戦局への復帰とシア獣王女の同行、メルスの「話」

島の制御について一定の見通しを得たアレンは、次の行動として本来の戦場に戻る決断をした。ローゼンヘイム北部と中央大陸北部には既に計4万体の子ハッチを派遣しており、戦況は五大陸同盟側に傾きつつあると判断していたため、自らも加勢に向かうつもりである。一方、ギャリアット大陸に残る「邪神の化身」や魔獣の掃討は、王化した虫Aを中心とした3万体の子ハッチ軍団に任せる段取りをつけた。エルマール教国への報告に向かうと告げると、シア獣王女はクレビュール王国へ戻る予定を変更し、エルマール教国の惨状に責任を感じてアレンたちに同行することを選んだ。獣人部隊はメルスの鳥A覚醒スキル「帰巣本能」で王国へ送り返され、その後、タムタムのラウンジで合流したメルスは、今回の事態に自らの説明不足の責任があると述べ、魔王軍の目的について本格的に語り始めた。

祭壇と漆黒の炎の正体:命を魔神の力へ変換する装置

アレンとセシルは、今回の事件で使用された「祭壇」と漆黒の炎の正体についてメルスに問い質した。祭壇は「邪神の化身」が奪った人々の命を漆黒の炎として集約する装置であり、バスクが調停神ファルネメスから取り出して飲み込んだ黒い球体は、その命が結晶化したものであると説明された。集められた命は、魔神を新たに生み出したり、既存の魔神を上位魔神へと進化させるための燃料として用いられるという。魔神1体を生み出すには最低でも100万人分の命が必要であり、上位魔神ならその10倍が必要とされる規模であることが明かされ、仲間たちはその犠牲の大きさに戦慄した。一方、アレンは「燃費が悪い」というゲーム的な観点からも状況を分析し、今回キュベルが持ち去った漆黒の炎の量では、増やせる魔神の数はせいぜい十数体程度だと推測した。

魔王軍内部の思惑とキュベルの行動の不可解さ

アレンは、キュベルが最後まで前線に立たず、自身を殺す機会があったにもかかわらず決定的な一手を打たなかった点を疑問視した。ヘルミオスを殺さず、バスクを魔神化した経緯も含め、キュベルの一連の行動には「ただ敵を皆殺しにしたい」という単純な意図以上のものが感じられるためである。メルスは、キュベルがアレンたちを殺す気がなかったとは考えにくく、バスク・グシャラ・調停神ファルネメスの三枚看板で十分と踏んでいたが、想定外としてドゴラのエクストラモードへの覚醒と火の神フレイヤとの契約を挙げた。何十万年も生きる「原始の魔神」であり、魔王登場以前から存在するキュベルと、100年やそこらの新参である魔王の関係性は依然として不透明であり、魔王軍が一枚岩なのかすら疑わしい状況であると示された。

魔王軍の最終目標:暗黒界と邪神の封印

議論はやがて、魔王軍が命を集める「本当の目的」に及んだ。メルスは神界側の懸念として、魔王軍が暗黒界への侵攻、もしくは暗黒界に封じられた存在の解放を狙っている可能性を語る。暗黒界はかつて創造神エルメアが、強大な魔神や魔族・魔獣を封じ込めた領域であり、その封印がなければ地上界は魔獣に溢れていたと伝えられている。そして、その封印対象の中には、エルメアと同等の力を持ちながら神界を滅ぼそうとして敗れ、その身体をバラバラにされ、暗黒界各地に封じられた「邪神」も含まれていたのである。グシャラが信者を「邪神の化身」に変えていた事実も踏まえ、アレンたちはようやく、「邪神」が単なる異端の神ではなく、実在する超常の脅威であると理解した。

魔王軍の次の一手とアレンたちの覚悟

メルスは、魔王軍が集めた莫大な命の力を用い、暗黒界の封印や邪神の封印を揺るがそうとしている可能性を示し、神界もそれを最大級の脅威として警戒していると語った。過去、神界に攻め込んだ魔王軍には数百体の魔神がいたにもかかわらず、今回の祭壇で得られる命の量では、魔神の数を増やすことよりも、より大きな目的に力を集中させていると考えた方が自然だとアレンは判断する。結果として、魔王軍が必ず次の手を打ってくることはほぼ確実であり、アレンは「ならば自分たちも立ち止まらず、常に前へ進み続けるしかない」と結論づけた。この認識の共有をもって、その日の会議は一区切りとなり、彼らは次なる戦いに備える覚悟を新たにしたのである。

第十二話 戴冠式と火の神フレイヤの救済

キールの「教皇見習い」就任と式典準備
エルマール教国ニールの街に滞在していたアレン一行は、テオメニア炎上後の顛末をクリンプトン枢機卿へ報告し、そのまま教会側の協議が終わるまで貴族の旧別邸で待機していたのである。待機の合間にアレンたちはローゼンヘイム北部と中央大陸北部の戦線へ転移し、子ハッチ軍団や各国軍と連携して魔王軍殲滅に協力し、魔神一体の討伐も果たしたのち、再びニールへ戻ったのである。
協議を終えた教会上層部は、事態終息を祝う式典への参加と、キールを新たな「教皇」として戴冠したいという二つの依頼を提示した。大教皇イスタールの神託「金色を身にまとう青年」の条件に加え、キールが「聖王」の才能と豊富な治療実績を持つこと、大教皇の魂と遺品を神界へ送り届けた経緯が評価され、教皇候補として推戴されたのである。キール本人は重責を理由に辞退したが、その姿勢はむしろ「世界を救う覚悟」と解釈され、最終的に「教皇見習い」として育成する折衷案に落ち着いた。こうしてカルネルの教会改築と引き換えに、キールは教皇位継承を前提とした特別な位階を与えられたのである。

戴冠式と民衆の熱狂
式典当日、ニールの街の中央広場には、万単位の人々が押し寄せ、テオメニア神殿を模した演壇と急な木製階段が設けられていた。アレン一行やシア獣王女は、関係者として演壇上に並び、観衆の視線と期待を一身に浴びたのである。
裏方では、キールが神官たちに着付けられつつ、「なぜ自分が」と愚痴をこぼしていたが、妹ニーナやシスターたちに褒められ、半ば押し流される形で式典の主役として準備を整えた。やがて枢機卿に伴われて演壇中央に進み出たキールは、民衆から「新しい教皇様」として歓呼を受ける。クリンプトン枢機卿の祈りの言葉の後、大教皇由来の冠がキールの頭上に載せられ、広場は割れんばかりの拍手と感謝の声に包まれた。キールとドゴラは、S級ダンジョン攻略時に浴びた歓声と今回の喝采を比較し、「誰かに褒められたくてではなく、やるべきことをした結果として受ける賛美だからこそ受け止められる」という心境の変化を自覚したのである。

元「邪神教」信者の訴えとキールの行動
枢機卿の長い説教が続く中、観衆の一角から神兵に囲まれた一人の女性が演壇前に押し出され、「平等なんて嘘」「私たちは迫害を受けている」と叫び、抱いていた赤子の命を救ってほしいとキールに懇願した。彼女と赤子はかつてニールでアレンに呪いを解かれた元「邪神教」信者であり、その後、隔離区画に収容され、エルメア教信者よりも極端に少ない配給しか与えられていなかったことが明らかになる。
枢機卿が警備隊に取り押さえるよう命じた瞬間、キールはそれを制し、儀式用の急階段を飛ぶように駆け降り、女性と赤子の前に立った。教会の規則では、治療の前に最低銀貨一枚の「お布施」が必要であるが、キールは幼い妹ニーナが飢えていた頃の記憶を重ね、目の前の赤子を見捨てることができず、対価を問わず「グレイトヒール」を施したのである。赤子は金色の光に包まれて元気な泣き声を上げ、広場は戴冠の時以上の歓声と拍手に包まれた。

元信者への迫害問題とソフィーの提案
回復魔法で一命を取り留めた女性は、涙ながらに、元「グシャラ聖教」信者たちが隔離区画に閉じ込められ、満足な食事も与えられていない現状を訴えた。アレンは枢機卿の表情から、教会上層部がこの差別的扱いを把握していながら黙認していたことを悟る。
キールは5000人規模の元信者たちをどう救うか思い悩み、カルネル領への受け入れや私財による食糧支援、あるいは別の避難先の確保などを考えるが、どれも現実的な解決とは言い難い状況で立ち尽くした。そこにソフィーが声をかけ、「苦しむ人々をこの街に残すのではなく、空に浮かぶ『島』へ連れて行ってはどうか」と提案した。グシャラとの決戦の舞台となった、動力源付きの浮遊島を「移住地」として活用する案であり、アレンはガララ提督から魔導技師を派遣してもらう手はずを整えていたことを思い出し、島・元信者・火の神フレイヤを結び付ける構想に至ったのである。

フレイヤへの「一万人信者」提案と降臨の舞台作り
アレンはキールに「良い案がある」と告げた後、真の狙いであるドゴラとその背後の火の神フレイヤに意識を向ける。フレイヤは神器カグツチを通じて魔王軍に神力を吸われ、さらにバスクとの戦いで残りの力を酷使した結果、ほぼ「ガス欠状態」にあった。しかも、火の技術革新や魔導具、ダンジョン産の武具の普及により、人々が火そのものや鍛冶職人を必要としなくなったことで、フレイヤへの信仰は著しく衰退している。
一方で、グシャラの信者だった者たちは、かつて神と信じた存在に見捨てられ、今まさに新たな拠り所と救済を求めていた。アレンはこの一万人規模の元信者をフレイヤの新たな信者とし、その祈りをカグツチに集めれば、やがて上位魔神バスクを打ち倒した時と同等の威力を取り戻せるのではないかと試算したのである。
アレンはフレイヤに「もし一万人が常に貴女に祈るようになったら神器はどれほどの力を出せるか」と問いかけ、さらに「テオメニアの降臨祭になぞらえ、今日の戴冠式を代替の降臨祭とし、救いの手を差し伸べる神として姿を現すべきだ」と提案した。フレイヤは、信仰獲得の好機としてこの案に乗り、アレンは「具体的な救済行為は人間である使徒ドゴラが行い、神は『その後ろ盾』として姿を見せる」という筋書きを用意したのである。

火の神フレイヤの降臨と島への招待
アレンが段取りを説明し終えるや否や、ドゴラの背に括り付けられていた神器カグツチから炎の柱が噴出し、その先端が長髪の女性の姿へと変化した。火の神フレイヤの顕現である。突然の火柱に観衆は悲鳴を上げるが、炎が女性と赤子を包んでも燃やすことなく、温もりと安堵だけを与える様子を見て、人々は畏怖から崇敬へと感情を切り替えていく。
アレンは続けて創造神エルメアの第一天使メルスを召喚し、「この大陸の中央南部上空に、使徒のための空飛ぶ島が用意された」と天界側からの公式声明を演出した。フレイヤは、メルスの言葉を受ける形で、「島には自らの使徒ドゴラと仲間を支える者が住まう。共に来たい者は島を目指せ」と宣言し、元「邪神教」信者たちの移住先として空中島を提示したのである。
同時にフレイヤは天へ両手を掲げ、広場に小さな火の玉を降らせた。火の玉は誰も焼かず、ほんのり温かい浄化の炎として人々のトラウマを癒やし、やがて南へと並ぶ光の道を形作った。これが島への「炎の導き」となり、島行きを望む者はその列に従うよう導かれたのである。元「邪神教」信者たちは一斉にフレイヤとドゴラの名を叫び、新たな信仰対象として受け入れていった。

新たな信仰の再配置と「戴冠式+降臨祭」の終幕
フレイヤの降臨に続いて、天使メルスがエルメアの使徒として広場に姿を現したことで、観衆は創造神エルメアが自分たちを見捨てていないと確信し、エルメア教徒も元「邪神教」信者も一斉に跪いて祈りを捧げた。フレイヤは信仰獲得の成功に満足しながら炎の柱へと戻り、そのまま神器カグツチの中へ消えた。
こうして、キールの「教皇見習い」戴冠式は、元信者迫害問題の露見と、その救済策としての空飛ぶ島への移住計画、さらに火の神フレイヤの降臨という「突発的な降臨祭」を併せ持つ特異な儀式となり、人々の記憶に刻まれる結果となった。アレンにとっては、元「邪神教」信者の避難先を確保しつつ、ドゴラとフレイヤの戦力を立て直す一石二鳥の策となり、今後の魔神・魔王との戦いに向けた重要な布石が打ち込まれたのである。

第十三話 浮いた島の活用

ニール教会での協議と移住方針の決定

戴冠式と終息宣言の式典が終わると、アレン一行はニールのエルメア教会へ戻り、クリンプトン枢機卿の案内で会議室に集まったのである。そこでアレンは、元「グシャラ聖教」信者のうち空中の「島」への移住希望者の人数把握と名簿作成を依頼し、家族や荷物の準備期間も含めて希望を聞き取るよう求めた。
さらにアレンは、島で宗教対立が再燃することを避けるため、移住者の基本方針として「元グシャラ聖教の信者」を主体とし、エルメア教信者は原則含めないことを伝えた。ただし、島で人々を導くノウハウが自分たちにはないことから、顧問役としてエルメア教会の神官に同行を願い出た。
またアレンは、今回の被害の抑制に火の神フレイヤと使徒ドゴラの力が不可欠であったと説明し、キールの戴冠式が行われた広場にフレイヤとドゴラの像を設置することを要望した。クリンプトンはこの願いを会議に諮ると約束し、対応を持ち帰ったのである。

アレン軍構想とローゼンヘイム・ダークエルフの戦力参加

会議室にはシア獣王女、ルド隊長、ラス副隊長も同席していた。そこへソフィー宛ての封書を携えたエルフが現れ、ローゼンヘイムからの書状を届けた。ソフィーはそれを読み、ローゼンヘイム女王オルバースから「アレン軍」への正式加盟が承諾されたことを告げた。
ソフィーは、魔王軍の計画は各地で潜行的かつ同時多発的に進行しており、五大陸同盟の合議制では対応が遅れると分析していた。Sランク冒険者となったアレンが各国に働きかけて自由に動ける利点を活かし、独自に機動的な戦力を保有する必要があると説明したのである。
その上でソフィーは、女王に願い出て、ローゼンヘイムから精霊魔導士千人と星二つの「才能」を持つ百人、そして将軍たちと名工ガトルーガをアレンの指揮下に派遣する手配を済ませていたことを明かした。さらに、オルバース王からの手紙には、星二つの「才能」を多く含むダークエルフ千人を将軍数名付きで派遣し、その最高指揮権をアレンに譲渡する旨が明記されていた。ソフィーは、これ以上無闇に数を増やすのではなく、まずは部隊ごとの連携と練度向上を優先すべきと方針を示した。

シア獣王女の参加条件とアレンの「世界観」

ソフィーは次に、シア獣王女にもアレン軍への参加を打診した。シアは即答を避け、判断材料としてアレンに「なぜ魔王と戦うのか」と問いかけた。
アレンの答えは極めて簡潔で、彼は「魔王だから」であり、あたかも「自分の村の近くに現れた魔獣を排除する」のと同じ感覚で魔王討伐を捉えていると語った。具体的な大義名分よりも、「自分の世界に害をなす存在だから倒す」という、開拓村時代の延長線上にある価値観であった。
この返答を聞いたシア獣王女は、アレンがこの世界全体を自分の村のように捉え、「世界規模の争い」を自分事として扱っているのだと解釈した。彼女は、ガルレシア大陸を統一し獣人帝国を築く自身の野望も、世界規模の覇権争いの中で有利な立場を得ることでこそ実現に近づくと判断し、最終的にアレン軍への参加を決断したのである。
シアはアレンに対し、自らの部下たちを「手足」として預けることを宣言し、今後はその指揮に従って魔王との戦いに力を貸すと約束した。これにより、アレン軍はローゼンヘイム・ダークエルフに加えて、獣人戦力も取り込む形となった。

空中島の命名と「ヘビーユーザー島」構想

戦力方針が固まりつつある中で、メルルが空中の「島」に正式な名前を付けることを提案した。今後、元「邪神教」信者が移住し、ローゼンヘイムや獣人の部隊も合流する拠点となる以上、無名のままではふさわしくないという意見であった。
仲間たちもこれに賛同し、島の命名をアレンに一任した。アレンは、かつてのパーティ名「廃ゲーマー」や、自分たちの活動が軽さとは無縁の「重いプレイ」であることを意識しつつ、元「邪神教」信者との共同生活と数千人規模の軍隊を抱える拠点にふさわしい言葉を思案した。その結果、「ヘビーユーザー島」という名称を提案したのである。
仲間たちは一様にその名を口にして感触を確かめ、多少の違和感はありつつも受け入れた。シア獣王女も意味は完全には理解できないものの、「聞き慣れない不思議な響き」に新しさを感じ、魔王軍との戦いにおいて何か大きな変化が始まる予感を抱いた。
こうして、アレン軍の新たな活動拠点は「ヘビーユーザー島」と名付けられ、ローゼンヘイム・ダークエルフ・獣人、そして元「邪神教」信者を含む多種族連合が集う拠点として運用されていく構想が固まりつつあると示されたのである。

第十四話 魔王軍の次の計画

キュベルの帰還と魔王城の騒然

魔王城の真っ白な大理石の部屋に描かれた魔法陣が輝き、「原始の魔神」キュベルが大きな本を手に帰還したのである。使用人姿の魔族に迎えられたキュベルは、魔王が玉座の間で上位魔神ラモンハモンと会っていると聞き、そのまま回廊と階段を進んで大広間へ向かった。
大広間には数百体に及ぶ上位魔神たちが集められており、今年中央大陸へ侵攻した魔王軍主力が包囲作戦によってほぼ壊滅し、帰還者が総大将ラモンハモンのみという報告に騒然としていた。キュベルはその中にふざけた足取りで入り込み、やがて玉座の前で魔王とラモンハモンに対面したのである。

キュベルへの糾弾と「敗北」の言い換え

ラモンハモンは、ローゼンヘイム戦・中央大陸戦と二度続けて魔王軍が敗北した原因がキュベルの作戦にあると激昂し、殺意を露わにして詰め寄ろうとした。しかし魔王がそれを制し、まずキュベルに帰還が遅れた理由を問いただした。キュベルは「探し物」に手間取っていたと述べ、手にした本を見せたうえで、自身の行動はすべて魔王のためであり、邪神復活と神器による命の収集という大目的に沿ったものだと主張した。
キュベルは、ローゼンヘイムにレーゼルを差し向けたのは神界に攻め入ってフレイヤの神器を奪う隙を作るためであり、同時に用済みとなったレーゼルを処分する意図もあったと語った。テオメニアでグシャラを利用した作戦も、神器に充分な命を集めた時点で彼の役割は終わっていたと断じ、表面的な敗北は「目的達成のための過程」に過ぎないと片付けたのである。アレンやヘルミオスを殺さなかったのも、神界を本気で動かすタイミングをまだ早いと判断したためだと説明し、地上での動きと神界の出方を揺さぶる布石だと位置づけた。

キュベルとビルディガの正体、そして狂気の目的

魔王はこの場で、キュベルがかつて第一天使であったことを明かし、古参上位魔神「六大魔天」の一部や聖蟲ビルディガがその事実を既に知っていたことも示した。さらにビルディガも元は「聖蟲」と呼ばれた存在であり、今は魔王の僕となっていると語らせることで、二者が魔王の長年の側近であることを新参の上位魔神たちに印象づけたのである。
魔王は改めてキュベルに「魔王軍に力を貸す理由」を問うた。宙に浮かんだキュベルは静かに、自らの目的が「エルメアを殺すこと」であり、そのためにこの無常の世を生き続け、魔王と魔王軍に力を貸しているのだと告げた。その瞳には底なしの絶望と狂気が宿っており、ラモンハモンは視線を逸らしたくても逸らせない恐怖に縛られた。対照的に魔王はその狂気を正面から受け止め、満足そうにキュベルを見つめ続けたのである。
このやり取りを通じて、魔王は「キュベルとビルディガは自分の味方である」と全軍の前で再確認させ、上位魔神たちに次の作戦への協力を改めて誓わせた。ラモンハモンもまた、魔王軍の本当の中心にまだ届いていない自分の立場を思い知らされることになった。

邪神の尾と次なる計画、「超越者」への野望

魔王は、神器に集めた命で邪神の体をどこまで蘇らせられるかをキュベルに問うた。キュベルは現状では一部を蘇らせるにも足りないと答えたうえで、手にした本の内容に話を移した。その本は数百年前に人間が作った子供向けの絵本であり、伝承が歪められてはいるものの、地上界の海底に邪神の「尾」が眠るという記述が残されていたのである。
従来、邪神の五つに分かれた体は暗黒界に眠ると考えられていたが、キュベルはこの本を根拠に、次の作戦対象として「海底に眠る邪神の尾」を挙げた。人間を愚かと嘲りながらも、魔王はアレンのような人間を侮れば寝首をかかれると釘を刺し、キュベルに慎重な情報精査を命じた。キュベルは本を隅々まで読み込んでから作戦を実行すると約束し、それでも魔王が長く待てないことも理解している様子であった。
さらに魔王は、自身が「超越者」となることへの期待を口にし、邪神の力を足場に世界の枠を越えるような存在になろうとする野望をのぞかせた。だが「超越者」という概念は、まだ上位魔神ラモンハモンには理解されておらず、彼は自分が知らない計画や階層がまだ多く存在することを痛感したのである。

獣たちを巡る「贄」と全面戦争への号令

最後にキュベルは、別働のシノロムが進めている「贄の準備」も順調であると報告した。これは邪神の尾の計画と並行して進めるべき要素であり、魔王は自分がこれほど獣たちについて考えることになるとは思わなかったと苦笑しながらも、すべてが計画通りに動いていると評価した。
魔王軍総司令オルドーは、次の作戦は全力を投入する必要があると魔王に誓い、上位魔神たちも一斉に頭を垂れた。魔王の瞳には、まだ見ぬ世界への冒険を夢見る子供のような無邪気な笑みが浮かび、その裏側に邪神復活と神殺しを含む途方もない破滅計画が進行していることが暗示された。
こうして、キュベルの狂気と魔王の野望を軸に、魔王軍は「邪神の尾」と「贄の計画」を柱とした次の大規模作戦へと動き出し、アレンたちとの新たな戦いの幕開けが予告されたのである。

特別書き下ろしエピソード 贄と獣の血①

シアの鑑定の儀と「拳獣聖」の才能

アルバハル獣王国の祭壇の間で、五歳のシア獣王女は鑑定の儀を受け、「拳獣聖」の才能を授かったのである。徒手格闘に秀でる星3つの才能と判明し、獣王親衛隊隊長ルド将軍は、獣王位を継ぐにふさわしい印だと歓喜した。
シアは当初、兄ゼウと同じ才能と知って不満げであったが、貴族たちの期待と周囲の祝意に触れ、次第に誇らしさを覚えていた。

ムザ獣王の人事とシア付きルドの誕生

謁見の間で報告を受けたムザ獣王は、シアがゼウと競いたがっている様子を見て、ルド将軍を親衛隊隊長から解任し、シア直属の世話役に任じたのである。
ルドは命を懸けてシアに仕えると誓い、シアも自らを「この世を統べる皇帝」と言い張りながら、幼いなりに忠誠を受ける存在として振る舞うようになった。この処置により、シアの成長はルドの全面的な保護と鍛錬に委ねられることとなった。

ベク獣王太子の帰還と圧倒的カリスマ

その場に、巨大な鳥型魔獣キングアルバヘロンの生首を担いだ獣人が現れ、それが長兄ベク獣王太子の戦果であると判明した。ベクは十八歳にして、自力でAランク魔獣を狩り、「課題」を達成していたのである。
彼は学園首席卒業、文武両道の天才であり、その憂いを帯びた顔立ちと実力から、獣王城内の女性たちを次々と気絶させるほどの人気を得ていた。しかしムザ獣王は、出世鳥を見せびらかす振る舞いや、自身の影響を「困った」と表現する姿から、息子の自己顕示欲と未熟さを冷ややかに見抜いていた。
一方でベクは、シアの「拳獣聖」を心から称え、彼女を抱き上げて祝宴を提案するなど、妹には優しい兄として接していた。

ブライセン獣王国の来訪とギルの挑戦

やがて獣王武術大会を前に、山岳の国ブライセン獣王国から、オパ獣王とギル獣王子が来訪した。国力差を示すようなアルバハル側の余裕ある対応にオパは内心反感を覚えながらも礼を尽くし、両獣王は互いに腹の探り合いを行った。
ギルはシアに丁重に挨拶しつつ、真の目的はベクとの対決であると宣言する。彼は獣神ギランから「拳獣王」の才能を授かっており、「拳獣聖」よりも格上の星4つであった。ギルの声音には、親しげな表層の裏にベクへの対抗意識と皮肉が滲んでおり、幼いシアでもその棘を直感的に感じ取っていた。

獣王武術大会のルールと歴史的背景

宰相ルプの説明により、獣王武術大会の基本ルールと、アルバハル独自の特別ルールが示された。大会は武器・防具・魔法具の使用を許可し、補助魔法と回復手段を禁じ、身分や前歴に関係なく誰でも参加できる制度であった。
総合優勝した「獣王」が他国の獣王であれば、開催国の領土4分の1を獲得するという過酷な誓約があり、アルバハル大会の総合優勝者は現「獣王」に挑戦する権利を得ることになっていた。これは獣人同士の戦争を避けるために始祖アルバハルと獣神ガルムが定めた、武力による代理戦争の装置であり、先代ヨゼ獣王はこの制度を利用して、ブライセンから領土を奪い続けて現在の圧倒的版図を築いたのである。
ギルは誓約書に署名し、領土と名誉を賭けたベクとの拳の勝負が公式に決まった。

アルバハル獣王国総出の祭りとベクへの熱狂

ベクとギルの参戦は、アルバハル獣王都をかつてない規模の祭り状態へと変貌させた。ムザ獣王は通信魔導具を使い、両者の参加を大陸全土へ宣伝し、国境を越えた観戦者が押し寄せた結果、獣王都人口は一時的に倍増したのである。
三十の闘技場で予選が同時進行し、「爪ナックル部門」にはベクが参加した。実況の兎獣人の煽りもあって観客の熱狂は頂点に達し、ベクが「総合優勝を勝ち取る」と宣言すると、歓声は雷鳴のように闘技場を揺らした。一方で、ゼウやルド将軍はその宣言を「行き過ぎた挑発」と捉え、周囲からの反感を懸念していた。

予選での一方的な無双と他参加者の敵意

予選開始と同時に、多くの格闘戦士たちは尊大な態度のベクを一斉に狙い、「口を利けなくしてやる」と殺気を向けた。
しかしベクは、音速級のパンチと舞うようなフットワークで、熊や馬などの獣人戦士たちを一撃で沈め、背後からの包囲も寸分違わぬカウンターで粉砕し続けた。彼は一度も拳を被弾せずに次々と相手を砂に沈め、予選が終わる頃には、闘技場には彼と実況役しか立っていなかったのである。
この圧倒的な実力は観客の熱狂をさらに煽る一方、敗退した格闘戦士たちに屈辱と憎悪を残し、ベクに対する感情は崇拝と敵意の両極に割れていった。

本戦・準決勝「疾風のボウ」との激突

本戦が始まってからも、ベクは他者の攻撃を一切受けず、連日のように敵を完封して勝ち進んだ。その過程で、ブライセンのギル獣王子も順当に勝ち上がり、両者がどの段階で当たるのかが国中の話題となった。
爪ナックル部門準決勝で、ベクは昨年の優勝者にして「疾風」の異名を持つ水牛の獣人ボウと対峙した。ボウは巨大な手甲鉤を装備し、必殺スキル「双腕撃」で回転しながら相手を切り刻む戦法を得意としていたが、開始直後、その回転はベクの鋭いカウンター一撃によって止められた。
立ち上がろうとしたボウは、再びアッパーで吹き飛ばされ、手甲鉤ごとアダマンタイト製ナックルで粉砕されて敗北した。審判がベクの勝利を宣言すると、観客席は地鳴りのような歓声に包まれ、「部門優勝どころか総合優勝も確実」と騒ぎ立てる声が響いた。

ギルとの決戦前夜とそれぞれの視線

準決勝を無傷で突破したベクが退場する回廊で、闘技場に向かうギル獣王子とすれ違った。ギルは振り向きもせずに通り過ぎ、その背中にはベクへの強い執念が滲んでいた。
控室に戻ったベクが耳にしたのは、ギルの決勝進出を告げる実況の声であり、爪ナックル部門決勝での両者の激突は既定路線となったのである。
上からこの流れを見届けてきたムザ獣王は、ベクの才能と人気、ギルの野心、そして獣王武術大会という「戦争の代理」を利用する各国の思惑を冷静に観察しながら、アルバハルとガルレシア全体の行方を測っていた。シアはただ、兄の勝利と無事、そして自国の誇りが守られることを幼い胸で必死に願っていたのである。

獣王武術大会のクライマックスとベク対ギルの対戦開始
獣王武術大会が終盤に差しかかり、各部門の決勝戦が中央闘技場で行われていった。観客は総合優勝者、さらには「獣王」に挑む者が決まる流れを見逃すまいと連日詰めかけ、死力を尽くした攻防や大番狂わせに熱狂していた。その中で、爪ナックル部門決勝に臨むベクとギル獣王子を見守るため、貴賓席にはブライセン獣王国のオパ獣王も姿を見せた。ムザ獣王は、オパ獣王に「ご子息とベクの戦いを見てほしい」と意味深な言葉を向け、オパ獣王を不穏な予感で黙らせた。

家族の祈りとギルの挑発
観客席前方では、シアとゼウが母やルド将軍と共にベクを心配しながら見守っていた。2人は、ガルム神殿に通い詰めてようやく授かった護符「獣神の守り紐」をベクの腕に巻き、その加護を信じていた。一方、決勝戦前の装備鑑定の間、ベクは礼儀正しく挨拶するが、ギルは大会そのものを「期待外れ」と嘲り、アルバハルの大会をぬるいと切り捨てる。さらに、ベクが獣王太子に選ばれた経緯を「甘い」と貶し、自分はベクに勝ってようやく太子位を与えられたと語り、ベクの「才覚」を侮辱して挑発した。

初撃の応酬と実力差の露呈
審判の開始宣言とともに、両者は同時にスキル「真強打」を放ち、互いに拳を打ち込んだ。観客は今大会初のスキル使用に歓声を上げるが、ベクは同じスキルで打ち合っているにもかかわらず、自身の受けたダメージの方が大きいことを悟り、冷や汗を流す。その後の打撃戦でベクはストレート、フック、ボディブロー、膝蹴り、肘打ちと連続攻撃を繰り出すが、ギルは一歩も引かず、すべてを受け流していく。ついにはベクの肘打ちと膝蹴りを同時に受け止め、空中で体勢を反転させて胸に飛び膝蹴りを叩き込み、ベクを大きく吹き飛ばした。

ギルの圧倒と「開放者」としての力の差
ベクは起き上がるものの、声をかけておきながら攻撃せず余裕を見せるギルに、手加減されていると気付き、久しく忘れていた怒りを覚える。ギルはベクも「開放者」になっていることを言い当てた上で、「甘ちゃん獣王太子殿下の才覚ではその程度」と笑い、さらに挑発した。ベクは観客と家族の呼吸を感じ取り、守り紐の存在を確かめつつ「全力を出す」と決意し、獣神ガルムに祈りを捧げて「獣王化」によるビーストモードを発動した。

獣王化同士の激突と完敗
ベクは巨大な獅子の姿へ変貌し、ギルに襲いかかって肩を掴み、喉笛を噛み切ろうとする。しかしギルも同時に狼の姿へ獣王化しており、背中から倒れ込みながらも脚を挟み込んで蹴り飛ばし、ベクの腹部を大きな爪で抉って重傷を負わせる。その後もギルはタックルでベクを捕まえ、背中に爪を食い込ませたまま宙へ跳ね上げ、複数のスキルによる連続攻撃を叩き込み続けた。逃げることも防ぐこともできないベクは、意識が遠のき、最後には闘技場の砂に叩きつけられて動けなくなる。

公開処刑じみた蹂躙とムザ獣王の真意
倒れたベクに対し、ギルは頬を何度も踏みつけ、起き上がろうとするたびに再び踏みにじった。このあからさまな嬲り行為に観客席はざわめき、ベクを応援する声とギルを非難する声が渦巻く。シアは「ベク兄様が死んでしまう」と泣き叫び、ゼウも涙を浮かべて慟哭する。しかし、ムザ獣王は凍り付いたような無表情で試合を見つめ、「静まれ」と子らを制した。オパ獣王がベクの生命の危機を案じると、ムザ獣王は、もし死んでもブライセンを責めぬと断言し、ベクがここで死ぬなら「未熟だっただけ」と言い切る。その一方で、ベクはこれまで負けを知らず、負ける悔しさ、命を拾った喜び、相手への怒り、そしてそれを超える努力を知らないゆえに、いざという時に世界を守る勇気を持てないと指摘し、「負けること」を学ばせるために、ギルの参加と勝利をあえて許したのだと子どもたちに語った。

守り紐の犠牲とギルの勝利宣言
ギルの踏みつけによってベクの体が急速に萎み、観客の間に絶望のため息が広がる中、ギルはベクの頭をつかんで持ち上げ、足元に落ちていた革紐と白い破片を見つけて、「獣神の守り紐」の身代わり効果によって命を拾ったと見抜く。この瞬間、瀕死のベクの瞳に再び光が宿り、「殺せ」とかすれ声で呟くが、ギルは「生き長らえたことも知らずに殺せと言う愚か者は殺す価値もない」と吐き捨て、いつか強くなって自分を楽しませた時に確実に息の根を止めると告げて投げ捨てた。審判はベクの状態を確認した上で、ギル獣王子の勝利を宣言する。闘技場が静まり返る中、ギルは自らを「獣人最恐の男」と名乗り、立ちふさがる者は全て倒すと叫んで観衆を挑発し、そのまま悠然と闘技場を去った。

ギルの総合優勝と不可解な帰国、ベクの引きこもり
その年の総合優勝者はギル獣王子となり、彼は爪ナックル部門代表を含む各部門代表者を次々と破って頂点に立った。しかし、前年総合優勝者である「獣王」への挑戦は辞退し、大会最終日の前日に急遽帰国してしまう。この行動の真意は誰にも分からず、アルバハルの民は「獣王」に挑まなかったことで獣王家を侮辱したのだとギルを罵った。一方、ベクは肉体の傷こそ癒えたものの精神的に立ち直れず、二週間経っても部屋から出てこない。誰とも口を利かず、ケイ隊長以外の立ち入りを拒否しており、シアも面会を断られて肩を落とす日々が続いた。

旅の薬師ロムとの邂逅と怪しい「心の薬」
兄を元気づける贈り物を探そうと決意したシアは、ルド将軍と共に城を出ようとする途中、城門で兵士ともめているローブ姿の老人を見つける。その老人は山羊の獣人で、「ロム」と名乗り、ガルレシア大陸各地を巡る旅の薬師だと称した。彼はベクが獣王武術大会で大怪我をしたと聞き、「体だけでなく心も治す薬」で力になりたいと申し出る。自らをその薬の実例だと誇示して片足立ちで回って見せ、気力が溢れて疲れ知らずだと説明し、興味を持ったシアの前でさらに押し出しを強めた。

推薦状と身元確認、そして「シノロム」の正体
しかしルド将軍は、そんな薬の噂を聞いたことがないとして慎重な姿勢を崩さない。追い返されかけたロムは慌てて背負い籠をあさり、かつて仕えていたレームシール王国の大臣からの推薦状を差し出した。そこには、ロムがその薬草術で王家の「鳥目」を治し、過去にも複数の王家に仕え、その都度推薦状を得てきたことが記されていた。ルドはこれを一応信用に値する材料と見なし、兵士にロムを宿へ案内させる一方、推薦状をケイ隊長に渡して通信魔導具でレームシール王国への照会を依頼することにする。そしてロムには「結果が出るまで国を出るな」と告げて一旦退去させた。だが、兵士と共に市街へ戻る途中、ロムはローブの陰で不気味に顔を歪め、自分の本名を「シノロム」と名乗りつつ、魔王に向けて「贄の計画は順調」と小声で報告しており、その邪悪な正体を誰も知る者はいなかったのである。

特別書き下ろしエピソード② ソフィーとルークとオーガごっこ

ファブラーゼ到着と避難民への対応
アレンたちは、邪神教と魔王軍の作戦を阻止し、キールの教皇戴冠式を終えた後、用事があるというソフィーに同行して、ムハリノ砂漠のダークエルフの里ファブラーゼを訪れたのである。ファブラーゼは水の精霊の力で地下水を汲み上げたオアシス都市であり、アレンが「金の豆」と「銀の豆」から育てた破邪の木の林に守られていた。門前では他オアシスからの避難民たちがソフィーに感謝を述べており、ソフィーは一人ひとりに丁寧に応じていた。避難民が増え続けている状況を見たアレンは、希望者がいれば「ヘビーユーザー島」への移住も受け入れる方針を示し、ソフィーはその提案に喜んで同意したのである。

コルボックルと精霊たちの再会
里の内部は巨木の影に守られた緑豊かな空間であり、アレンたちは川沿いを進み、精霊の湖と世界樹のような巨木の根元に築かれた社へと向かった。ソフィーは大地の幼精霊コルボックルを抱いて湖畔に到着し、巨木の前で呼びかけたところ、巨木から現れた精霊たちがコルボックルを取り囲み、「お帰り」と温かく迎えた。ローゼンは、ローゼンヘイム郊外の廃墟で独りダークエルフの帰還を待っていたコルボックルとの出会いを思い返し、ソフィーが交わした「いつかエルフとダークエルフが再び手を取り合う」という約束が、少しずつ形になり始めていることを静かに喜んだのである。

ルークトッド登場と「オーガごっこ」の勝負提案
用事が一段落したところで、アレンがオルバース王への挨拶に向かおうとした時、短髪銀髪・金色の瞳を持つ小柄なダークエルフの少年が現れ、仁王立ちでアレンたちを問い詰めた。彼は精霊王ファーブルを頭に乗せた王子ルークトッドであり、自分はローゼンヘイムの王女であるソフィーたちを「怖くない」と虚勢を張って名乗った。ソフィーは礼儀正しく改めて自己紹介し、精霊との約束のために許可なく来訪したことを頭を下げて詫びたが、ルークトッドは状況を理解しきれずに戸惑ったままであった。アレンが「騒ぎになる前に移動しよう」と提案すると、ルークトッドは「逃げるのか」と反発し、「オーガごっこ」での勝負を要求したのである。

ルール設定とアレンたちの本気捜索
ルークトッドの提案した「オーガごっこ」は、村人役が隠れ、オーガ役が制限時間内に探し出す遊びであり、今回はアレンたち全員がオーガ、ルークトッドが村人という一対多の構図となった。勝負条件は「ルークトッドが勝てばアレンたちは彼の子分」「アレンたちが勝てば、ルークトッドが彼らの友達になる」というものであり、アレンは幼少期に似た話を持ちかけてきた少年を思い出しつつ勝負を受けたのである。範囲は社と世界樹と湖を含む広い区域と定められ、スキル使用は不可とされた。ルークトッドが社へ走って隠れる間、ダークエルフの女性が慌てて王に報告へ向かったが、精霊王ファーブルは「オルバースには話してある」とソフィーに伝え、ルークトッドを託す姿勢を見せた。開始合図の後、アレンは全員に具体的な持ち場を割り振り、社の部屋、床下、天井裏、王の執務室、衣装箪笥に至るまで徹底的に捜索させ、自らは世界樹と湖の根元周辺を調べる作戦を取ったのである。

湖に潜むルークトッドとソフィーの機転
社内部の探索に二十数分を要し、巨木の根元や湖岸を調べてもルークトッドを見つけられず、残り時間が少なくなっていく中、アレンはテラスでソフィーと再合流した。ソフィーはアレンに静かに合図し、テラスの手すり越しに湖面を指し示した。水面には小さな泡が浮かび続けており、その下にはルークトッドの銀髪が揺れていたのである。水と風の精霊の力を借りて長時間潜っていると見抜いたアレンは、わざと大声で「ここにはいない」「このままでは子分にされてしまう」などと芝居を打ち、ソフィーも「優しい親分でいてくださると良いですわね」と合わせて、ルークトッドのプライドを刺激した。すると、泡が大きくなり、水を蹴立ててルークトッドが飛び出してきたところを、ソフィーが「見つけましたわ」と宣言し、オーガごっこはアレンたちの勝利に終わったのである。

勝負後の和解とルークトッドの変化の兆し
テラスに上がったルークトッドは悔しがりながらも、アレンたちを褒め、びしょ濡れの自分と埃まみれのアレンたちに風呂の使用を申し出た。社内部で捜索していた仲間たちとも合流すると、皆がソフィーの機転を称賛し、メルルも感心して拍手した。ソフィーは謙遜したが、ルークトッドは彼女の名前を小さく繰り返し、呼びかけられると照れて顔をそむけ、さらにクレナと目が合っても視線を逸らすなど、先ほどまでの虚勢とは違う素直な一面を見せ始めた。この勝負は、ダークエルフの次期王たる少年が、アレン一行と実際に遊びを通じて触れ合い、ソフィーへの信頼と興味を芽生えさせるきっかけとなったのである。

ダークエルフたちとの会食と「友達」宣言
入浴で汗と汚れを落とした後、アレン一行は社の食堂に招かれ、ダークエルフたちと共に食事を取ったのである。板張りの食堂には敷物が延べられ、ハイダークエルフのオルバース王や長老格の老齢のダークエルフも一般の者と混じって同じ料理を囲んでいた。クレナは美味だと喜びながら大皿から次々とおかわりを盛り、ドゴラは「薄味だが食える」と無遠慮な感想を漏らし、メルルは初めての味に感動していた。そんな中、ルークトッドは一行の様子をじっと見つめており、クレナに食欲を問われると「まだ腹は減っていない」とそっけなく答えたが、クレナから「たくさん食べて大きくなるんだよ、ルーク」と友達扱いされると、真っ赤になりながらも「約束だから仕方ない」として、「ルーク」と呼ぶことを認めたのである。

ソフィーとルークの握手と長老の反発
このやり取りを見届けたオルバース王がわずかに頷くと、ソフィーは静かに席を立ち、ルークトッドの前に歩み寄った。彼女は「ルーク様と私たちはお友達」と改めて告げ、自身を「ソフィー」と呼ぶよう求めつつ、白い手を差し出した。ルークトッドはしばしその手を見つめた後、立ち上がってその手を握り、自分も「ルーク」と呼ぶよう応じたのである。白と黒の手が交わる光景に、最長老は激しく反発し、ローゼンヘイムの次期女王候補たるエルフと、精霊王ファーブルが次期王と認めるルークトッドが、事前通告もなく手を結ぶことは到底容認できないと声を荒げた。だが、オルバース王は「子供たちのすることだ」と諫め、いったん場を収めたのである。

クレナの一言とルークの旅立ちの願い
続いてクレナが「ルークはどうするの? 一緒に行く?」と何気なく問いかけると、食堂の空気が一変した。この一言は、ルークトッドが内心抱えていた「一行と共に外の世界へ出たい」という思いを言語化するものであり、当人も含めた周囲を驚かせた。セシルはアレンの子供じみた本気ぶりをたしなめつつ、クレナの発言に慌てたが、アレンはこれを「仲間探しクエスト」として捉えようとして、逆にセシルの肘鉄を食らって黙らされた。一方、ルークトッドは一行の賑やかなやり取りを羨望のまなざしで見つめた後、意を決して父オルバース王へ視線を向け、ソフィーに背中を押されるようにして、「ソフィーたちと共に行きたい」と願い出たのである。

王の過去と試練の覚悟、そしてファーブルの同意
ルークトッドの申し出に、長老は再び声を荒げ、数千年にわたるダークエルフとエルフの確執を理由に強く反対した。しかし、ブンゼンバーグ将軍がこれを制し、今回は魔王軍との戦いであり、その脅威をこの人数で抑えたアレン一行と行動を共にすることは、ルークトッドの成長に資すると説いた。議論が続く中、オルバース王は沈黙ののち目を開き、自らも若き日に仲間と冒険に出て、外の世界の厳しさと苦しさを身をもって知った過去を語った。彼はルークトッドに、ソフィーと共に厳しい戦いを生き抜く覚悟があるかを問い、ルークトッドが強く頷くと、精霊王ファーブルに視線を向けて「ルークトッドを頼む」と告げた。ファーブルはこれを快諾し、オルバース王の膝からするりと抜け出してルークトッドの頭上へ跳び乗った。オルバース王は、これはファーブルがダークエルフの未来のために決めたことであり、皆もこれを受け入れるよう求めたのである。

ルークの正式加入と、ささやかな祝宴
こうして、ルークトッドはアレン一行に加わることが正式に決まった。ソフィーが改めて「これからもよろしく」と声をかけると、ルークトッドも「よろしく頼む」と漆黒の手を差し出し、ソフィーの白い手としっかりと握手を交わした。その瞬間、セシルをはじめ一行は思わず息を呑み、その場の意味を噛みしめた。すぐにクレナが「今日はルークがパーティーに入ったお祝いだ」と宣言し、大皿へおかわりを取りに走り、メルルはルークトッドにハイタッチを求めた。ルークトッドが戸惑いながらも応じると、キールは「いつもお祝いばかりだ」と呆れつつも、この賑やかな空気に苦笑した。ダークエルフたちもこの様子に頬を緩め、笑い声が社の中に広がったのである。

コルボックルの微笑みと、和解への静かな兆し
やがて、社の天井付近から、かすかな笑い声が響いた。ソフィーがその方向を振り仰ぐと、梁に腰掛けてこちらを見下ろしている大地の幼精霊コルボックルの姿があった。ローゼンヘイムとダークエルフの長き対立の歴史を背景にしながらも、次世代を担うソフィーとルークトッドが「友達」として手を結び、精霊王ファーブルと幼精霊コルボックルがそれを見守るこの光景は、エルフとダークエルフの和解に向けた、小さいながらも確かな一歩となっていたのである。

特別書き下ろしエピソード ヘルモード外伝 ~勇者ヘルミオス英雄譚~ ②天稟の才 前編

家族の日常とヘルミオスの「才能」の兆し
春の日の午後、コルタナ村に暮らす少年ヘルミオスは、父ルーカスと共に山から戻ってきていた。ヘルミオスは身長の半分ほどある籠に薬草を詰め、ルーカスは片腕だけで魔獣を積んだ運搬ソリを引き、親子で狩りと採集をこなしていたのである。家は左に傾いた木造家屋であったが、それはルーカスが片腕の身で基礎を作った結果であり、ヘルミオスにとっては愛着ある「帰る場所」であった。帰宅後、母カレアが咳き込み倒れかけると、ヘルミオスが支え、ルーカスが戸棚から薬を取り出して飲ませるなど、家族は病を抱えつつも互いに支え合って暮らしていた。

ゴブリンキング討伐と「天稟の才」への確信
ヘルミオスの家に薬が途切れず備蓄されるようになったのは、前年の冬に村で疫病が流行した時、彼が西の山に薬草採集へ向かい、そこを根城にしていたゴブリンの親玉を討伐したことがきっかけであった。ゴブリンキングが倒されたことで、村人たちも安全に薬草採集ができるようになり、結果として疫病が収束したのである。その一部始終を目撃したルーカスは、息子に剣の「才能」が授けられたと確信し、それ以降は行商護衛の合間にヘルミオスを狩りに連れ出して、剣術や山野での立ち回りを徹底的に教え込んでいた。ヘルミオスもCランク魔獣を単独撃破するほどに成長していたが、病弱な母カレアはその危険を案じ、素直に喜びきれずにいた。

料理の腕前と「自分の味」への気付き
狩りから戻ったその日、ヘルミオスは両親に休んでいてほしいと申し出て、角ウサギを捌き、脂を引き、香草と野菜を刻み、煮込み料理を一人で仕上げた。ヘルミオスの手際は、一度教わっただけとは思えぬほどに的確であり、ルーカスも血抜き作業などでの働きぶりから息子の物覚えの良さに感心していた。食卓で、ヘルミオスは「母と同じ味になっているか」を尋ねるが、カレアは「同じではないが美味しい」と答えた上で、自身はルーカス向けに味を濃くする一方、ヘルミオスは病身の母が食べやすいよう柔らかさを重視していると指摘した。カレアは「自分の煮込みは自分の味、ヘルミオスの煮込みはヘルミオスの味だ」と諭し、親子の違いと成長を穏やかに受け止めたのである。

「天稟の才」と鑑定の儀を巡る期待と不安
食後、ヘルミオスは西の山の沢で見つけた珍しい薬草について語り、ガッツンの家の薬草図鑑で滋養強壮の高級薬草だと知っていたことを明かした。ルーカスは山の状況や警戒の仕方から危険性は低いと説明しつつ、ヘルミオスがCランク魔獣を単独撃破したことも付け加えた。この様子を見て、カレアは息子の安全を案じ、ヘルミオス自身も母が喜び切れないことに戸惑いを覚えた。そこでルーカスは、この世界には稀少な「天稟の才」が存在し、ゴブリンキング討伐はまさにそれが授けられた証ではないかと語った。カレアも、二日後に控えた「鑑定の儀」で真相が判明するだろうとし、ヘルミオスはかつて母が危篤に陥った際、「せめて鑑定の儀まで生きていてほしい」と願い、星降草を求めて単身山に入りゴブリンキングを倒し帰還した過去を思い返していた。

母を救うための回復魔法への憧れと教会での修行
翌日、ヘルミオスは採ってきた薬草をガッツンの家に持ち込んだ後、教会に赴いた。そこで神官たちが寄付を受けて負傷者に回復魔法を施す様を、掃除の手伝いをしながら日々観察していたのである。教会を統括するパーセル神官は、母カレアの病状は安定しているが完治には至っていないことを踏まえ、より大きな街や帝都で薬を求める可能性に言及した。だがヘルミオスは「それでは間に合わないかもしれない」と感じ、自ら回復魔法を覚えたいと打ち明けた。パーセル神官は、回復魔法には「才能」が必須であり、その上で才能ごとに効果にも優劣があると説明しつつ、それでも見学と試みを許可したのである。

「魂の力」のイメージと前代未聞の習得速度
ヘルミオスは自分の打撲痕を対象に、「ヒール」と唱えながら何度も練習したが、最初は何も起こらなかった。それでも「剣も料理も練習で身に付いたのだから、回復魔法も同じはず」と考え、ひたすら試みを続けた。ドロシーも友として傍らで祈り、「ヘルミオスに回復魔法を使わせてあげてほしい」とエルメアへ願い続けた。そこでパーセル神官は、自身が若い頃に教会で学んだ方法として、「魂の力」でエルメアの力を手のひらの前に集めるイメージを示し、川の土手に水が流れ込むように、力が集まる穴を頭の中で思い描くよう教えた。ヘルミオスがそのイメージを実行すると、彼の体が陽炎のように揺らぎ、両手のひらに小さな光が灯ったのである。

自己治癒から父の腕の再生、そして母へのヒール
ヘルミオスが教えに従って光を打撲痕へ押し込むと、青あざは一瞬で消えた。パーセル神官は、訓練とも呼べぬ短時間での習得と、先ほど見えた「幻影」に驚愕し、これは常識外れの現象だと確信した。ヘルミオスは感謝もそこそこに教会を飛び出し、傾いた家へ駆け戻ると、父ルーカスの肩に手をかざし、「ヒール」を試した。すると、長年欠損していた左腕の付け根がメキメキと動き出し、数秒で指先まで完全に再生したのである。ルーカスとカレアは言葉を失うが、ヘルミオスは「母を治すために覚えてきた」と宣言し、今度はカレアの胸元に両手をかざした。光が流れ込むと、カレアの顔色は明らかに良くなり、胸元が温かくなったと彼女自身も感じた。ルーカスは再発を警戒して寝室での安静を勧めつつも、息子が本当に回復魔法を得た事実を認めざるを得なかった。

「聖騎士」では収まらぬ力と、鑑定前夜の不穏な空気
寝室で、カレアはヘルミオスの才能についてルーカスに問い、「剣聖」なのか、回復魔法も使える「聖騎士」なのか確認した。ルーカスは、武芸と回復を兼ねるなら「聖騎士」が妥当だとしつつも、長年失われた腕の再生や難病の治癒まで成し遂げていることから、その枠に収まりきらない可能性に逡巡していた。翌日の「鑑定の儀」が全てを明らかにすると分かっていながら、両親の声には微かな陰りが差し、ヘルミオスもそれを敏感に感じ取っていた。

鑑定の儀当日と「才能狩り」への警戒
翌日昼、コルタナ村の小さな教会前には、その年に5歳になった子供たちと両親が集まり、鑑定の儀を待っていた。カレアはこれまでになく歩みが軽く、ヘルミオスは昨夜のヒールの効果を確信していた。やがて、エルメア教会の紋章を掲げた三台の馬車が大量の騎士を伴って到着し、騎士団長マキシルが、近年横行する「才能狩り」に対処するため護衛を増やしたと説明した。才能を持つ者を奴隷同然に売買する賊への対抗策として、「才能」を授かった子供たちは当日中に領都へ護送されること、結果は当日中は口外禁止であることが告げられた。ヘルミオスは、才能が村を守る力であると同時に、家族と引き離される要因でもあると知り、不安を覚え始めた。

友人たちの才能発覚と、ヘルミオスの動揺
村長の先導で一組ずつ教会に入り、鑑定の儀が進行していった。薬屋の息子ガッツンは短時間で戻ってきたが、口を開きかけたところを父親に塞がれ、その様子から「才能」を授かったことが察せられた。続くドロシーも早く出てきたが、嬉しさよりも不安が勝った表情であり、母親と強く手を握り合っていた。ヘルミオスは、才能が判明すれば今日この村を離れねばならない現実を、友人たちの姿を通してようやく実感し、自身の胸にも強い不安が広がったのである。そんな彼に、カレアは「何があっても、どこにいても、私とお父さんがついている」と告げ、肩に手を置いて支えた。

鑑定で判明した「勇者」の才能
ヘルミオスと両親が教会内に入ると、そこには三名の神官とマキシル騎士団長、騎士二名が待ち構えていた。マキシルはルーカスと旧知の間柄であり、再生した左腕とカレアの顔色に驚くと、昨夜の出来事を聞いて「聖女クラスの力だ」と断じた。その上で、当主から今回の鑑定に際し百名もの騎士を伴うよう命じられていたことを明かし、何らかの神意が働いている可能性を示唆した。パーセル神官の指示でヘルミオスが水晶に触れると、教会内が一瞬、晴天下のような強光に包まれ、その後漆黒の鑑定板に銀文字が浮かび上がった。パーセル神官もマキシルも言葉を失い、随行の騎士は帳簿を確認しながら「前代未聞」と震えた。そこには「勇者」と記され、全能力値がS、その他がAという異常な結果が刻まれていたのである。ルーカスは息子の目線に屈み、真っすぐ見つめて、「お前はエルメア様に選ばれた勇者だ」と告げた。

当主からの「詫び」と、母の覚悟ある別れ
マキシル騎士団長は、この結果が当主の予見に基づくものであった可能性を語り、ヘルミオスを他の才能持ちの子供たちと共に当日中に領都へ移送すると宣言した。そして従騎士に命じ、皮袋の詰まった盆から一袋を取り出してルーカスに差し出し、これは子爵領と帝国のために大切な子を預かる「礼であり詫び」であると説明した。ルーカスが戸惑う中、カレアが静かに手を伸ばして皮袋を受け取り、「あの日から、いつかこうなると分かっていた」と告げる。彼女の目には涙が光っていたが、その声は揺らぎなく、「何があっても、どこにいても、あなたには私とお父さんがついている」と改めて息子に誓い、「あなたの才能を皆のために使いなさい」と背中を押したのである。

勇者として旅立つ少年ヘルミオス
鑑定の儀が終わると、その年「才能」を認められた子供たちは、ヘルミオス、ガッツン、ドロシー、もう一人の子の計四名で一台の馬車に乗せられた。ドロシーは「やっぱりヘルミオスにも才能があった」と言いながら、どこか元気のない声であった。ヘルミオスは短く返事をしつつ、窓の外に広がる村の景色と、そこに残していく傾いた家、両親の姿を思い浮かべていた。こうして、「天稟の才」を持つ勇者ヘルミオスの運命は、コルタナ村から離れ、ギアムート帝国と世界の行く末に深く関わる道へと踏み出したのである。

特別書き下ろし 商人ペロムスの相談

廃課金商会の隆盛とペロムスの倦怠
ペロムスが率いる「廃課金商会」は、ラターシュ王国中に名を知られる大商会へと成長していた。商学校在学中に創業して以来、彼は他国との貿易ルート確保や支店拡大、食料品加工業や宿泊業への進出を進め、従業員は1000人超、護衛の傭兵も数百人を雇う規模になっていたのである。しかし当のペロムスは、失恋以降、商会運営への情熱を失い、高級宿屋の貴賓室で転職ダンジョン計画の羊皮紙を眺めながら、大きなため息をついて過ごしていた。

失恋と「強さ」へのこじらせた執着
ペロムスが転職ダンジョンに執着していた理由は、片思いの相手フィオナにふられた際、彼女が口にした「強い人が好き」という言葉にあった。商会をここまで大きくし、父チェスターからも認められる成果を上げたにもかかわらず、フィオナの心は得られなかったことが、彼にとって大きな挫折であった。そこで彼は、古参の冒険者レイブン、リタ、メルシーを護衛につけてダンジョン攻略に励み、「強さ」で自分を変えようと試みていた。さらに転職ダンジョンでは「才能」を育てられると聞き、期待と「また努力が無駄になるのでは」という不安の間で揺れていた。

リタとメルシーの恋愛論と、ペロムスの迷走
ペロムスは転職ダンジョンに挑むべきか迷い、レイブン、リタ、メルシーを呼び出して相談しようとしたが、レイブンは二時間遅刻して姿を見せなかった。先に集まっていたリタとメルシーの前で、ペロムスはため息ばかりつき、リタに「いつまでもうじうじするな」と一喝された。リタは荒くれ者の男の話を持ち出し、「頼りがい」と強引さこそ男の魅力だと主張した一方、メルシーはかつて仕えた年配神官の落ち着いた態度を理想として語り、「強引さを抑えられる節度こそ立派な男性」と反論した。だが両者の恋愛談義は、ペロムスの迷いを晴らすには至らず、彼は「どれも自分とは少し違う」と感じていた。

泥酔レイブンの乱入と相談不能な仲間たち
遅れて現れたレイブンは、王都の広場で見かけた美女にしつこく付きまとい、その護衛に袋叩きにされた挙げ句、酒場で飲んだくれてから来たという有様であった。千鳥足で転びながら入室し、メルシーに支えられつつ事情を語る姿に、リタは心底あきれ返る。ペロムスは、恋愛観が極端なリタ、初恋トークを繰り返すメルシー、美女に振られて酔いつぶれるレイブンという三人を見て、この場にまともな相談相手はいないと悟った。

転職ダンジョンへの流れと、少しだけ前向きになったペロムス
ペロムスが「いっそアレンに相談してみよう」と考えつつ、転職ダンジョンが学園都市にできることを口にすると、酔っていたレイブンが突然立ち上がり、「転職こそ答えだ」と叫んだ。彼は「皆で強くなって偉くなり、お高くとまったお嬢さんたちを見返す」と宣言し、さらに「前祝いだから飲む」と酒を要求した。リタもペロムスに最後まで付き合うよう促し、メルシーはほどほどを勧めつつも反対はしなかった。ペロムスは、三人の騒がしいやりとりに巻き込まれながらも、不思議と少しだけ気力を取り戻し、転職ダンジョンに挑むこととアレンへの相談に向けて、心を前向きにし始めていたのである。

戴冠式の裏で語られるキールの善行

ニーナの小さな館と従者たちの日常
ラターシュ王国王都の高級住宅街に、カルネル家の娘ニーナが暮らす小さな館があった。父カプロニ=フォン=カルネルが動乱罪で投獄中のため、家格は落ち、兄キールも男爵位にとどまっていたが、ニーナと数名の使用人が住むには十分な規模であった。従僕長ジェームズと女中頭ケイティを含む六名の使用人は、カルネル家取り潰しの際に行き場を失ったところをキールに引き取られ、その後も兄妹と共に暮らしてきた者たちであり、ジェームズはニーナの身を案じてはため息をついていた。

ホーランド司教と騎士団の突然の来訪
昼食時、館の玄関に激しく扉を叩く音が響き、ジェームズが応対に出ると、ラターシュ王国エルメア教会の最高位であるホーランド司教が現れた。司教の背後には複数の神官と、王家の紋章を付した馬車で乗り付けた騎士・役人たちが控えており、その一人であるちょび髭の騎士が、ニーナを王城へ連れて行く旨を告げた。理由は、エルメア教会の次期教皇にキールが就任することとなり、その戴冠式に妹ニーナを参列させるためであると説明された。

貴族院ダンスホールでの迎えと王城への移動
ニーナが不在であると知った一行は、ジェームズを伴い貴族院へ向かった。ダンスホールでは、ニーナが練習用ドレス姿で歩法の授業を受けていたが、騎士の呼びかけにより列から進み出て、ジェームズの姿を見て驚いた。枢機卿クリンプトンが王城で待っていると聞かされ、ニーナは戸惑いつつも同行を承諾した。ケイティが後から衣装を運ぶ手配もなされ、ニーナとジェームズはホーランド司教らと共に王城へ向かった。

キール教皇就任の報せと兄妹の再会
移動中、ホーランド司教は、キールがエルマール教国において教皇位に就くこと、その戴冠式が翌日ギャリアット大陸で行われることを説明した。ニーナは兄の出世に驚きつつも「兄なら多くの人のためになることをしたのだろう」と受け止め、幽閉状態にある母にも知らせたいと願った。王城に到着すると、会議室には宰相や内務大臣と共に、赤い法衣を纏ったクリンプトン枢機卿が待っており、そこへキール、アレン、グランヴェル子爵が姿を現した。授業途中の格好をからかわれつつも、ニーナは兄の腕に飛び込み、久々の再会に涙を浮かべた。

枢機卿によるジェームズへの聞き取り
その場でクリンプトン枢機卿は、キールの人柄を知るため、従者ジェームズに質問を向けた。ジェームズは十年以上キールに仕えていると答え、カルネル家取り潰し後の過酷な日々を語り始めた。家が没落し、ニーナと自分たち使用人の生活すら危うい中で、キールは行き場のない使用人たちを身内同然に引き取り、自分は食を削ってまでパンを分け与え、腕や指が痩せ細るほどであったと証言した。

キールの過去の善行が「聖人の試練」として語られる
当時を思い出したジェームズは、話しながら涙をこぼし、キールがどれほど他者を優先して生きてきたかを次々と語った。クリンプトン枢機卿はそれを「聖人には相応の試練が与えられ、それを乗り越えて今がある」と解釈し、教皇となる者にふさわしい過去として受け止めた。ジェームズが思いつくままに語るエピソードは、その場でキールの善行の「証言」として積み上げられ、彼の聖人像が水面下で大きく膨らんでいった。

後日談:自分を「見習い」と呼ぶ新教皇
その後、ニーナは兄の戴冠式に参列することとなり、幽閉中の母にも希望が見える形となった。後日、ケイティとジェームズがキール宛てに教皇就任の祝辞を送ったところ、本人からは「俺はまだ見習いだ!」という反応が返ってきたとされる。こうして、当人の知らぬところで善行が脚色され、神格化されていく一方で、キール自身はあくまで謙遜した姿勢を崩さないまま、新たな立場に立つことになっていたのである。

同シリーズ

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フィクション(novel)あいうえお順

小説「ようこそ実力至上主義の教室へ 3年生編 3」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は学園バトル/青春サスペンスものライトノベルである。政府設立のエリート学校である“高度育成高等学校”を舞台に、生徒たちがクラスごとに厳しい競争と試験を通じて「真の実力」を争う学園制度を描いている。3年生編も後半に差し掛かり、第3巻では夏の“特別試験”として、クラス対抗による無人島でのサバイバルゲームが実施される。生き残りを懸けたサバイバルと心理戦、仲間との裏切りや信頼、そしてクラスのプライドと未来が交錯する展開である。

主要キャラクター

  • 綾小路清隆:本シリーズの中心人物。冷静沈着で高い分析力と身体能力をもち、周囲には“普通の生徒”を装って行動するが、常に裏で状況をコントロールする策士である。3年生編では別クラスに移籍し、自らの信念と過去を巡る思惑を抱える。
  • 椎名ひより:3年生編3巻の表紙にも登場するヒロインの一人。感情と信念に揺れ動きながら、自らの誇りとクラスの勝利のため葛藤を抱える人物である。無人島試験において重要な決断を迫られる。

物語の特徴

本作の魅力は、「学園≠安全地帯」という前提の下で繰り広げられるサバイバルと心理戦の緊張感にある。仲間・クラス・階級といった人間関係の階層構造が“実力至上主義”という制度によって研ぎ澄まされ、裏切り・計略・駆け引きが常に張り巡らされる。今回の無人島試験という極限状況によって、生徒たちの“素の部分”や本性、隠された動機が次々と露わになる。そのうえで、ただの頭脳戦・駆け引きにとどまらず、友情・裏切り・挫折・覚悟といった人間ドラマが複雑に絡み合う点も、他の学園モノとの差別化ポイントである。さらに、シリーズを通じて「強さ」「運」「策」「人間性」が総合的に問われる構造により、読者を簡単に飽きさせない奥深さとリアリズムが備わっている。

書籍情報

ようこそ実力至上主義の教室へ 3年生編3
著者 衣笠彰梧 氏
イラスト トモセ シュンサク 氏
出版社 KADOKAWAMF文庫J
発売日 2025年11月25日
ISBN 9784046854407

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あらすじ・内容

今年の無人島特別試験は、クラス対抗のサバイバルゲーム!
3年生、最後の夏、今年の無人島試験はペイント銃を用いたクラス対抗のサバイバルゲーム。15×15マスに分けられたエリアを移動、出現する食料や銃弾を取得しながら、他クラスの生徒を倒し競い合う。最初に全滅したクラスは退学者選定のぺナルティが発生するため、攻守の戦略が重要となる。司令官の役職の生徒は5分毎にクラス別の色で表示された全生徒のGPSが確認できるため集団での行動が必須。
「頭はこっちが押さえてるが……どう動く、綾小路」「そうね……一歩リードしたはずなのに、それでもやっぱり怖いわね」「綾小路くんは負けない。ううん、私が負けさせない」
3泊4日の無人島特別試験、その決着は――!?

ようこそ実力至上主義の教室へ 3年生編3

感想

読み終えてまず浮かんだのは、物語冒頭の椎名ひよりの独白が放つ不穏さである。潮風の中で綾小路との夕焼けの記憶を反芻し、「好きだ」と告げないまま距離を取る選択をした彼女の迷いと覚悟が、今回の特別試験へとそのまま接続していく。敵同士として綾小路を倒そうと決意しながら、同時に自分の敗北も予感しているひよりの姿は、静かだが重い予告編のように物語全体のトーンを決めていた。

そこから舞台は、全学年が再び訪れた無人島での特別試験へと移る。ペイント銃を使ったサバイバルゲーム形式という大胆なルールを最初に知った時、「本当にこのシリーズでサバゲーをやるのか」と戸惑い、思わず表紙を確認したほどである。しかし、エリア制限や物資争奪、退学ペナルティといったシステムが細かく積み上がっていくにつれ、この形式は単なるお遊びではなく、綾小路をはじめ各クラスの思惑を可視化する装置として機能しているのだと分かっていった。

試験が進むにつれて印象に残るのは、「予想外の展開」が続くのに、読み返してみればほとんどすべてが綾小路の想定の範囲内に収束していく構図である。開幕早々の龍園クラスの奇襲による半壊、Aクラスへの時間切れを利用したカウンター、終盤の四クラス入り乱れる決戦まで、表面上は綱渡りと混乱の連続でありながら、その裏には綿密な計画と冷静な判断が通底している。他者を駒として切り捨てるのではなく、感情の揺れや信頼関係まで含めて「戦力」として読み切る姿勢に、綾小路という人物の異常なまでの特異性が改めて浮かび上がった。

その一方で、綾小路の計算の外側から殴り込んでくる存在として描かれるのが龍園である。暴力性と大胆さだけでなく、「優位に立った人間は語りたくなり、その瞬間に隙が生まれる」という人間の弱さを理解したうえで利用するしたたかさがあり、口数の多さすら戦力に変えているのが興味深い。試験序盤の奇襲から最終局面での綾小路との直接対決まで、龍園は綾小路とはまったく異なるベクトルの恐ろしさと魅力を発揮し続けた。綾小路にとって「唯一読み切れないノイズ」としての龍園の位置付けは、本巻でも健在であると強く感じた。

終盤、フィールドが極端に狭まり、各クラスのVIPが一点に集約されていく中で、綾小路は戦局を「調整」する存在として動き続ける。AクラスのVIP情報を意図的に流して戦場をかき回し、C・D同盟を組ませたうえで、自らは単身でAクラス陣営へ突入し、時間切れルールを逆手に取って敵を大量アウトに追い込む。結果だけを見れば目まぐるしい撃ち合いの応酬だが、その裏側にあるのは「自分は退学を引き受ける」と宣言したうえで盤面全体を見続ける視点であり、その冷徹さと自己犠牲のバランスが印象に残った。

そんな激しい試験の決着が見えたところで、「サバイバルゲーム特別試験の終了」と「本当の無人島特別試験の開始」が告げられる構成も巧みである。無人島編が終わったと思わせてから、信頼と裏切りをテーマにしたさらに厳しい試験が続くという宣言は、読者の緊張をほどくどころか、むしろ次巻への不安と期待を強く掻き立てた。3年生編の夏が総まとめのようでありながら、まだこの先に大きな山場が控えているのだと知らされた気分である。

刊行ペースが今後やや落ちるという告知については、これまでの異常なスピードを思えば、ようやく「安心して待てる」段階に入ったというのが正直なところだ。今回の無人島編だけでも情報量とドラマの密度は十分であり、このレベルのクオリティを維持するために時間をかけてくれるなら、読者としてはむしろ歓迎したい。

試験の緊張感、仲間同士の関係性の変化、敵対する者たちとの読み合い。そのすべてが詰め込まれた一冊であり、無人島の暑さ以上に物語そのものの熱が強く残る巻であった。次の「本当の」特別試験がどのような決着へ向かうのか、今度は焦りではなく静かな期待を持って待てる一冊だったと感じている。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

綾小路清隆

Cクラスに所属する男子生徒である。冷静な思考と観察力で状況を整理し、特別試験の戦略構築と最終調整を担う立場にいた。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の生徒である。無人島サバイバルゲーム特別試験では護衛として前線にも立ち、同時にクラス全体の実質的な指揮役を務めた。

・物語内での具体的な行動や成果
 退学ペナルティを自ら引き受けると宣言してクラスの不安を抑えた。Cクラス奇襲を受けた後も撤退と再編を指示し、Dクラスとの同盟構築を主導した。Aクラスキャンプへの時間切れ寸前の突入で、時間外発砲を誘発して複数名をアウトにし、最終日には単身でBクラス陣営に揺さぶりをかけた。終盤では龍園や伊吹と交戦し、龍園との相打ちに持ち込んだ。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Cクラスは半壊したが、同盟形成や戦局調整により最終的に二位確保の流れを作った。クラス内外から戦略面で大きな影響力を持つ存在として見られていることが示された。

椎名ひより

Bクラスに所属する女子生徒である。穏やかな性格であり、龍園に協力しつつも物語の構造や結末について冷静な視点を持つ立場であった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Bクラス所属の生徒である。龍園の陣営に属し、クラス内で情報や助言を行う立場にいた。

・物語内での具体的な行動や成果
 夕焼けの記憶として綾小路への想いを抱きながらも、試験では彼を倒す覚悟を固めた。龍園に対して、物語の始まりと結末に関する比喩を用いて今後の展開を語り、良い方向にも悪い方向にも転ぶ可能性を指摘した。龍園がどのような選択をしてもそれに従う姿勢を言葉で示した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 龍園に対して強い信頼と忠誠に近い態度を見せたことが描かれた。Bクラスにおいて、龍園の思考や決断に影響を与える発言役として位置付けられていることが示された。

龍園翔

Bクラスを率いる男子生徒である。攻撃的な思考と統率力を持ち、綾小路を最大の脅威と見なして早期に叩く方針を取る立場であった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Bクラス所属であり、クラスのリーダーである。無人島特別試験ではBクラスの作戦立案と指揮を担当した。

・物語内での具体的な行動や成果
 開幕直後から全体GPS停止戦術と奇襲を組み合わせ、Cクラスを半壊に追い込んだ。Bクラスの本隊を本部周辺に配置し、物資イベントを押さえることで他クラスに物資差をつけた。終盤ではAクラスやCD同盟との三つ巴の戦場で指揮を執り、生存戦を意識した行動を続けた。最後は伊吹と共に綾小路と交戦し、砂浜でペイント弾の相打ちとなった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 奇襲成功により一時は大きな優位を得たが、高円寺との戦闘で護衛を多数失い、C・D同盟の形成も招いた。最終的にクラス順位は三位となり、綾小路への読みの甘さを認める場面が描かれた。

堀北鈴音

Aクラスを率いる女子生徒である。理知的な判断を行いながらも、綾小路に対する感情や信頼の揺れを抱えた立場にあった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Aクラス所属であり、クラスのリーダーである。無人島特別試験では陣地選択と戦闘方針の最終判断を担った。

・物語内での具体的な行動や成果
 北エリアへの脱出や物資回収の優先順位を決め、早期損耗を避けるディフェンシブな戦略を採用した。Bクラスとの決戦地点を選び、挟撃の危険を踏まえつつE9方面への前進を決断した。綾小路の単独奇襲に対しては、時間切れ後の発砲がルール違反となることを見抜き、自陣のアウト処理を受け入れた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Aクラスは最終的に最下位となり、VIP三名全員を失った。堀北は綾小路に対する信頼と疑念が入り混じる状態となり、彼との関係や感情が今後の課題として残された。

一之瀬帆波

Dクラスを率いる女子生徒である。温和な人柄でありながら全体の戦局を俯瞰し、Cクラスとの同盟構想を早期から考えていた。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Dクラス所属であり、クラスのリーダーである。無人島特別試験では全体方針の策定と最終判断を担当した。

・物語内での具体的な行動や成果
 序盤からCクラスとの接触時には先に撃たないよう仲間に伝え、同盟の可能性を残した。龍園クラスのGPS停止戦術にいち早く気付き、Cクラスへの奇襲を予測したが、ルール上直接警告できずに試験を見守った。Cクラスと合流した後は、指揮権を綾小路に一任する方針を神崎に伝え、CD連合の形成を後押しした。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Dクラスは最終的に一位となり、同盟構想と慎重な戦術の有効性が結果として示された。Cクラスから見ても、信頼できる協力相手として位置付けられている。

神崎

Dクラスの男子生徒である。落ち着いた性格で、Cクラスとの交渉窓口および連合側リーダー格として行動した。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Dクラス所属の生徒である。CD連合では現場の指揮と情報共有の中心を担った。

・物語内での具体的な行動や成果
 外周マスの使用禁止情報から、最終的に中央へ押し込まれる構図を読み取った。綾小路や橋本と対面した際には、最初は警戒を崩さなかったが、一之瀬の意図を踏まえて銃を下ろし、話し合いに応じた。連合形成後は、体調不良者への早期リタイア提案など、戦力温存の判断を任されていた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 CD連合において綾小路と並ぶ意思決定役となり、Dクラス側の信頼と発言権を保持した。試験結果により、連合の中心人物として評価される立場になった。

島崎

Cクラスの男子生徒である。思考に集中することを得意とし、司令官役としてGPS情報と戦術コマンドを扱った。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の生徒である。無人島特別試験では司令官役を務めた。

・物語内での具体的な行動や成果
 三年生特別試験のルール説明を受けた後、自ら司令官に立候補した。タブレット機能を使い、各クラスの位置の記録や、高円寺の位置へのタグ付けなどを行った。全体GPS停止中の不自然な静止に気付けず、Cクラスが龍園の奇襲を受ける一因となったが、その後も報告役として動き続け、綾小路の指示に従って戦況把握を行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 司令官としての経験を通じて、情報処理と戦術理解の面で課題と成長の余地が示された。クラスからは、綾小路の補佐役として認識されている。

白石

Cクラスの女子生徒である。観察力と報告能力に優れ、司令官と現場をつなぐ情報係として機能した。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の生徒である。無人島特別試験では、VIPと司令官をつなぐ連絡役として動いた。

・物語内での具体的な行動や成果
 腕時計やタブレットの仕様把握に関わり、戦術使用中はGPS情報が消えることを綾小路に伝えた。奇襲後も島崎との通信窓口となり、各クラスの位置やイベント状況を継続して報告した。夜には綾小路から指揮への不安点を問われ、迷いのない信頼を言葉にしたことで、彼に違和感と警戒を抱かせるきっかけにもなった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 その言動から、過去の経緯や他クラスとのつながりを含む、未知の背景を持つ可能性が示唆された。Cクラス内では、情報伝達と司令官補佐の重要な役割を担っている。

橋本

Cクラスの男子生徒である。前線のまとめ役として振る舞い、綾小路の意図をクラスメイトに伝える役割を担った。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の生徒である。護衛として戦闘にも参加し、場面ごとに指揮代行を務めた。

・物語内での具体的な行動や成果
 奇襲時には殿役の鬼頭と連携して撤退を支え、その後の隊列再編でも前列中心の配置を担当した。再編後はCD連合の説明役を引き受け、同盟の必要性をクラスに伝えて合意を取り付けた。終盤では平田と一騎打ちの撃ち合いを行い、わずかな差でアウトとなったが、心理戦を交えた戦闘を演じた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 クラス内での信頼が厚く、綾小路の方針を言葉にして周囲へ広げる橋渡し役であることが強調された。

鬼頭

Cクラスの男子生徒である。射撃技術に優れた護衛として描かれ、奇襲からの撤退を支える役割を担った。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の護衛である。前線での撃ち合いに積極的に参加した。

・物語内での具体的な行動や成果
 龍園クラスによる奇襲を受けた際、大木の陰から反撃を行い、多数の敵をアウトにして追撃を一時的に止めた。撤退戦の殿を務め、クラスメイトの離脱に時間を稼いだ末にアウトとなった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 早期に戦線離脱したが、その奮戦がCクラスの生存者を増やす結果につながった。護衛としての実行力が示された人物である。

高円寺六助

Aクラス所属の男子生徒である。強い身体能力と独自の行動方針を持ち、単独で戦場を動き回る立場であった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Aクラス所属の生徒である。無人島特別試験では、司令官とも連絡を取らず単独で行動した。

・物語内での具体的な行動や成果
 Bクラスの物資回収隊と遭遇し、姿を見せない射撃で護衛九名を次々にアウトにした。諸藤がVIPであることを把握したうえで、あえて撃たず物資を持ち帰るよう促し、自身の楽しみを優先して戦場を離れた。船に戻る意志を示し、今後邪魔をしないようBクラスへ警告を行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 単独行動と圧倒的な戦闘力により、A・B両クラスの戦力バランスに大きな影響を与えた。Bクラス側からは、予測困難な存在として警戒されている。

佐藤麻耶

Aクラス所属の女子生徒である。VIP候補の一人として挙げられ、終盤の標的として集中攻撃を受ける立場にあった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Aクラス所属の生徒である。無人島特別試験ではVIPの一人を務めた。

・物語内での具体的な行動や成果
 綾小路がAクラスキャンプを奇襲した際、護衛の動きからVIP候補として特定された三名のうちの一人であった。最終盤の乱戦では、三クラスから銃口を向けられる標的となり、須藤に抱えられて集中砲火から退避させられた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Aクラスで唯一生き残ったVIPとして扱われ、複数クラスの戦術が彼女の位置を軸に動いた。VIPシステムの中核として重要視された存在である。

平田洋介

Aクラスの男子生徒である。穏やかな性格で、クラス内の調整役として機能しつつ、前線指揮も担った。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Aクラス所属の生徒である。無人島特別試験では護衛として戦場に立ち、方針決定にも関わった。

・物語内での具体的な行動や成果
 物資回収と戦闘のバランスを考え、早期の損耗を避ける方針を堀北と共に確認した。最終盤ではCD同盟側の橋本と一騎打ちとなり、残弾の少ない状態から読み合いの末に先に命中弾を与えて勝利した。戦闘後にはトリガーを引き続けることを避け、橋本に背を向けて戦場支援へ向かった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Aクラス内での信頼は維持されており、戦闘面でも落ち着いた判断を見せた。今後もクラスのまとめ役として機能することが示唆されている。

須藤

Aクラスの男子生徒である。高い身体能力を持つ前衛として、近距離戦で大きな役割を果たした。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Aクラス所属の生徒である。無人島特別試験では護衛として主に前線で戦った。

・物語内での具体的な行動や成果
 最終盤の乱戦で、集中砲火の対象となった佐藤を抱き寄せて守り、弾痕の位置から敵が事前にVIP情報を得ていると察した。その後、自ら敵陣へ飛び込み、佐藤を逃がすための時間を稼ぐ戦いを行った。綾小路の奇襲の危険性も理解し、自身も一歩間違えばアウトであったことを後に振り返った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 Aクラスの主力戦力として位置付けられ、VIP防衛の象徴的存在となった。クラス内での信頼は強固であることが描かれている。

伊吹澪

Bクラスの女子生徒である。高い戦闘能力と負けず嫌いな気質を持ち、個人勝負にこだわる姿勢が描かれた。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Bクラス所属の護衛である。龍園陣営の主力戦力の一人である。

・物語内での具体的な行動や成果
 最終決戦の場で、龍園と山下と共に綾小路の前に現れ、自ら勝負を申し出た。素早い動きとサブマシンガンで攻め続けたが、綾小路の射線管理により脚を撃たれてアウトとなった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 決戦で敗れたものの、個人戦力としての高さが再確認された。龍園陣営における重要な前衛であることに変化はない。

葛城康平

Bクラスの男子生徒である。理性的な参謀役として龍園の判断を補い、リスク管理を担当した。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Bクラス所属の生徒である。クラスの戦術面で助言を行う立場にいる。

・物語内での具体的な行動や成果
 Cクラス半壊後の追撃について、綾小路を仕留め損ねた状態での深追いは危険であると指摘し、龍園に追撃中止を進言した。高円寺との戦闘で護衛九名を失った事実を整理し、諸藤が生還した点のみを最小限の収穫として挙げた。CD同盟成立後には、人数差と戦力差の分析を行い、Aクラスとの同盟案が非現実的であることを論じた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 龍園の感情的な選択を抑える役割を果たし、Bクラスの現実的な状況把握に貢献した。クラスの参謀格としての位置付けが明確である。

真嶋

教師であり、三年生特別試験の運営と監督を担当した人物である。生徒たちにルールとペナルティを伝える役割を担った。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校の教員である。三年生サバイバルゲーム特別試験の担当教諭である。

・物語内での具体的な行動や成果
 無人島特別試験の概要や役職、退学ペナルティ、重大違反の内容を生徒たちに説明した。綾小路が退学枠を引き受けると申し出た際、現時点では公式に確定できないとしつつ、その考えを教師として受け止めた。試験終了時にはサバイバルゲーム特別試験の終わりと、新たな無人島特別試験の開始を宣言した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 試験全体の進行役として機能し、生徒たちに対する警告とルール管理を一貫して行った。教師側の緊張感や次の試験への布石を示す存在である。

竹本

Cクラスの男子生徒である。VIP役を務め、一部行動では少人数隊を率いる場面もあった。

・所属組織、地位や役職
 高度育成高校Cクラス所属の生徒である。無人島特別試験ではVIPを担当した。

・物語内での具体的な行動や成果
 イベント物資回収では、橋本や護衛四名を伴ってDM方面へ向かう隊の中心となった。終盤にはH10周辺の拠点移動や物資回収に関わり、綾小路から司令官への指示伝達役を任される場面もあった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 VIPとして最後まで残り、Cクラスの生存条件を維持する役割を果たした。司令官との連携と現場行動の両面で重要な位置にいたことが描かれた。

展開まとめ

椎名ひよりの独白

夕焼けの記憶と踏み出せなかった想い
椎名ひよりは潮風に当たりながら、綾小路と校舎前で過ごした夕焼けの情景を思い返していた。それは彼女にとってかけがえのない記憶であったが、好きですという言葉だけは伝えられないまま終わった。ひよりは、それが正しい選択であったと理解していた。二人はクラスの違う敵同士であり、関係が深まれば試験の勝敗に影響をもたらす可能性があったためである。

特別試験への覚悟と苦悩
ひよりは今回の特別試験を前に、大きな覚悟をもって綾小路を倒すと心に決めていた。綾小路に負けをつけさせるという決断は、彼女にとって活路と死路の両方を孕む選択であった。そのために自分が何をし、何ができるのかを必死に考えていたが、その胸には自然と切なさが込み上げていた。

敗北の予感と別れの想い
ひよりは自分がクラスの役に立てず、最後の勝負にも敗れるだろうと悟っていた。そして龍園と綾小路の両方に対し、情けない自分を赦してほしいと心の中で詫びていた。それでも綾小路への想いが変わることはないと確信し、遠く離れても気持ちは揺らがないと静かに誓った。

汽笛が響くまで続いた孤独な決意
広い海を前に一人立ち尽くし、ひよりは終わりを告げる汽笛が鳴る瞬間まで誰もいない世界を見つめ続けた。そこには、別れを受け入れながらも綾小路への想いを抱き続ける、彼女の静かな孤独があった。

開幕・サバイバルゲーム特別試験

無人島到着と三年生の状況
6月下旬早朝、全学年を乗せた客船が昨年と同じ無人島へ到着しつつあり、三年生は三年連続の無人島試験を前にした。語り手と橋本は船内カフェで眠気や受験への影響を愚痴りつつ、三年生だけに新型体操服への着替えと私物放棄が義務付けられている状況を受け止めていた。上陸後、整備が進んだ浜辺に集められた三年生は、段ボールの山と担任たちを前に、三年のみで試験が開始されることを察した。

特別試験の概要と役職ルール
配布されたルールブックにより、最大三泊四日で行われるペイント銃を用いた無人島サバイバルゲームであることが説明された。各クラスは司令官、VIP、護衛、分析官、偵察官に生徒を割り当て、VIPと護衛の生存数に応じた得点で競う形式であった。司令官はタブレットで味方の位置把握や戦術行使を行い、VIPは倒されればクラス敗北に直結する存在として位置付けられていた。

イベントとエリア制限の仕組み
試験時間は毎日9時から18時までと定められ、一定時刻ごとに物資箱が出現するイベントや、二日目以降に使用禁止エリアが順次追加される仕組みが設けられていた。禁止エリアに留まり続ければ強制アウトとなるうえ、夜間はGPS更新が停止し前日の滞在エリアから再開する必要があり、最終局面に向けた位置取りが重要になると語り手は理解した。

退学リスクとクラス側の選択肢
最初に全滅したクラスは退学者を一人選定しなければならず、プロテクトポイント保有者を選べば退学回避が可能であることも明示された。これにより、各クラスには犠牲を最小限に抑える逃げ道が用意されている一方、消極策ばかり取れば引き分けからのサドンデスという運任せに陥るため、どこかで交戦を避けられないと語り手は分析した。

ペイント銃・腕時計の仕様と禁止事項
真嶋や企業担当の岸波から、試作ペイント銃とセンサー付き体操服・腕時計の仕様が説明された。銃種ごとの射程や装弾数、弾数制限と物資箱での補充、環境負荷のない塗料が示され、誤作動時の救済措置も用意されていた。一方で、腕時計の取り外しやルール外の暴力行為、アウト判定後の攻撃継続、試験時間外の交戦などは重いペナルティや退学の対象とされ、不正行為は断固として処罰される方針が強調された。

初期位置抽選とCクラスの方針
腕時計の機能説明と体調不良時のリタイア手順が示された後、各クラス代表が無人島四か所から初期位置を決めるくじを引くことになり、Cクラスでは真田が代表として選ばれた。語り手と橋本は、互いに漁夫の利を狙いたくなるルールであるがゆえに、まずは他クラスと距離を取り様子見をしつつ戦況をうかがう必要があると判断していた。

スタート位置決定と初期物資の確認
くじ引きの結果、CクラスはE12からのスタートが決定した。端のエリアを取れなかったことを真田が謝罪したが、綾小路は不可避の結果として気にしないよう伝えた。続いてクラスごとの初期物資の説明が行われ、段ボールを開けると、人数分×2個のブロック栄養食と水だけという極端に少ない食料が確認された。これにより、イベント物資に頼らない限り食料が持たないことが判明し、イベント参加が半ば強制される構造であると悟られた。

食料不足がもたらす戦略議論
白石は、戦わなければペイント弾は減らない一方で、食料問題だけは逃れられないと指摘した。これを受けて杉尾は、開始直後にAクラスを避けて山越えし、北東エリアのイベントを独占する案を提案した。しかし島崎は、他クラスも同様の発想をする可能性や、イベント出現位置の不確実性を挙げて反対した。山越えに伴う体力消耗や遭遇リスクも含め、どの選択にも大きな不確定要素があるため、綾小路は現時点で明確な正解を出すことは不可能と判断し、いったん議論を保留してリーダーである自分の判断に委ねる流れとした。

生活物資・テント・武器配分の方針
次の段ボールからは地図や筆記具、歯ブラシや生理用品といった小物が見つかり、これらは回収を条件に無制限に持ち出し可能と説明された。さらにテントがサイズ別に多数用意されており、綾小路は快適さと機動力の両立を考え、多人数用と少人数用を組み合わせて持ち出すべきだと判断した。戦闘用物資としてはアサルトライフル二十丁、サブマシンガン十丁、ショットガン十丁、ハンドガン二丁が用意されており、護衛の人数分は行き渡る構成であった。森下から分析官をゼロにして武器を多く持ち出す案も出たが、後の役職変更時の管理負担や余剰武器の扱いを考慮し、綾小路は「荷物は増やさない」として余計な武器を持たず、必要なものはイベントで補う方針を取った。

退学ペナルティと綾小路の自己犠牲宣言
物資の担当を振り分けた後、綾小路はクラスメイトを集め、全滅時に発生する退学ペナルティについて事前に決めておきたいと切り出した。Cクラスにはプロテクトポイント保持者がいないため、全滅すれば誰かが必ず退学になるという事実が確認され、的場や真田は、事前確定は重すぎる判断ではないかと懸念を示した。森下と橋本のやり取りの中で冗談めかして橋本を犠牲にする案も出たが、綾小路は最終的に、自分が退学枠を引き受けると宣言した。新参者であり、クラスを勝たせるために編入した自分が敗北の責任を取るのが筋であると説明し、クラスの不安を抑える意図を明かした。真嶋はルール上、現時点で公式に確定させることはできないとしつつも、その考えを教師として受け止める姿勢を見せた。

役職決定の開始と司令官の重要性
真嶋が説明を締めくくり、生徒だけで30分以内に各役職を決めるよう告げた。時間内に決まらなければ学校側がランダムに割り当てるとされ、判断は生徒に委ねられた。森下は、全体把握と戦術行使を担う司令官が極めて重要であり、最初に決めるべきだと指摘した。田宮はリーダーである綾小路を司令官に推したが、橋本は綾小路の戦闘力を評価し、前線で戦う護衛にすべきだと強く主張した。

綾小路の役職方針と司令官候補の不在
綾小路は、VIP・分析官・偵察官は候補から外し、司令官か護衛のいずれかに就く方針を内心で固めていた。司令官は全生徒の位置把握と戦術行使が可能で魅力的であったが、Cクラスには身体能力に優れた生徒が少なく、指示だけでは勝てないと判断した。そのため自らは護衛を希望し、司令官には別の適任者が必要と考えた。候補として森下を思い浮かべたものの、森下は護衛として参加したいとし、司令官就任を明確に拒否した。

島崎の立候補と役職割り当て完了
司令官候補に悩む綾小路の前に、島崎が自ら司令官に立候補した。島崎は無人島を動き回るより思考に集中する方が戦力になれると述べ、綾小路も頭脳面を評価して申し出を受け入れた。その際、司令官の結果責任は一任した自分が負うと明言し、島崎の重圧を和らげた。その後、VIPには竹本・白石・西川が立候補して就任し、分析官には真田と中島、偵察官には塚地が選ばれ、残りは護衛として配置された。

司令官への情報伝達方針と出発準備
役職決定後、綾小路は出発前に島崎へ、他クラス司令官の表情の変化やGPSの違和感など、些細な異変も報告するよう求めた。島崎は情報過多による混乱を懸念したが、綾小路は報告窓口を白石1人に限定することでノイズを抑える方針を示し、島崎も最終的に同意した。その上で、本部到着後に確認してほしい事項も伝えた。最後に生徒たちは安全確保のためゴーグルを装着し、ジャージ着用でもセンサー判定は有効であることなど、装備と安全面のルールを再確認して試験開始に備えた。

奇襲

北上方針と司令官からの報告

綾小路は、退学を引き受ける覚悟を示したことでクラスの信頼を得ており、開幕と同時に北上してG8を最初に越える方針を示した。CクラスはE12から北を目指し、龍園クラスと堀北クラスに挟まれた状況から抜け出そうとした。移動開始直後、島崎からVIP西川を通じて各クラスの司令官が松下、金田、一之瀬であると伝えられた。その後のGPS更新で、AクラスとBクラスはいずれも北へ直進し、Dクラスは東へ距離を取る方針を選んだことが判明した。

交戦リスクと一時待機への転換

AクラスとBクラスが即時交戦を避けていると分かったものの、G8付近での先行争いは三つ巴の戦闘を招きかねないと判断された。橋本はペースアップを提案したが、綾小路は移動速度を上げれば相手にも察知され、競争と交戦リスクが高まると退けた。さらに吉田が銃の扱いを知らないまま戦闘に入る危険性を指摘し、森下も同調したため、綾小路は自らも同じ考えだったと明かし、この場で一度足を止めて武器訓練を優先する方針へ修正した。

高円寺の単独行動と戦術の試用

待機中のGPS更新により、Aクラスから一つの反応が外れH9へ単独で向かっていることが判明した。綾小路は高円寺の過去の無人島試験での行動を踏まえ、高円寺が自由を得た状態である可能性を説明しつつも、確証を得るため人物特定の戦術を使うよう白石経由で島崎に依頼した。同時に西川に連絡を試みさせ、司令官とVIPは一対一でしか通話できない仕様であることも確認した。その後、戦術によりH9の護衛が高円寺であると確定し、脅威度の判断材料とした。

情報伝達の指示と隊列の再編成

綾小路は島崎に対し、イベント開始までは三クラスの動向を五分ごとに報告し、その後は状況が落ち着いた段階で小休止に入るよう、西川を通じて伝達した。さらに今後の行動のため、クラス全体の隊列を三分割することを決めた。VIPは前列に白石、中列に作本、後列に西川を配置し、それぞれを中心に護衛を付ける形でグループ化した。前列には橋本、後列には鬼頭を置き、中列に運動面で不安のある生徒を集めることで、一度の奇襲で全滅する事態を避け、離散時にもVIP単位で再合流しやすくする狙いであった。

森下の不満と最終的な隊列確定

森下は自分が中列に配置されたことに不満を示し、自分こそ主力であると主張したが、橋本に軽くいなされ、中列へ戻るしかなかった。森下は山村と自分の扱いを嘆きつつも隊列には従い、最後に白石から島崎へ隊列構成が詳細に共有された。これにより司令官はタブレット上の位置情報と役割を結び付けて指示を出しやすくなり、Cクラスは武器訓練と情報体制を整えた上で、次の行動に移る準備を完了したのである。

ルール確認と他クラスの動き

護衛たちが武器の構え方や持ち方を試行錯誤する中、綾小路は重大ペナルティの内容を確認し、暴行や銃の破壊、虚偽報告などがクラスポイント減少や退学に直結することを理解した。学校は特別試験の品位を損なう行為を決して許さないと読み取り、グレーゾーンを突く戦法は龍園でさえ取れないと判断した。その頃、島崎からの報告でAクラスがG8目前まで進み、高円寺が急速に山側のエリアへ移動していること、BクラスとDクラスは足を止めて話し合いに入ったことが伝わった。

司令官の制約と武器ローテーション策

島崎の追加調査により、司令官同士の接触や私語が禁じられ、タブレットの画面は撮影しても写らないこと、GPSには個別タグでメモを付けられることが判明したため、高円寺の位置には名前が記録された。綾小路はイベント開始後の混戦を見据え、武器の扱い方を集中的に講習すると告げたうえで、戦う自信の薄い護衛から順次VIPに銃を預け、数時間ごとにローテーションさせる策を提示した。VIPに武器を持たせることで敵にVIPを特定されにくくしつつ、誤射防止のためマガジンとチャンバー確認を徹底させ、自ら実演して鳥羽に手順を教えた。

勝利目標と一之瀬クラス同盟案

武器訓練が一段落したところで、鬼頭が本気で1位を狙うのか問うと、綾小路は1位ではなく2位を最終目標にすると明言し、その理由として一之瀬クラスに1位を譲る同盟構想を語り始めた。四クラスで争う試験において、一之瀬クラスと協力関係を結べば敵が実質二クラスに減り、味方が増えると説明したが、元土肥や的場は1位を捨てる形の提案とタイミングに強く反発した。綾小路は即時決定を求めるつもりはないと述べ、この特別試験の結果を踏まえて改めて同盟の是非を議論したいと引き取り、いったん話題を収めた。

奇襲の察知と撤退行動

同盟の話を終えた直後、綾小路は風音に紛れた複数の足音を捉え、他の生徒が油断している中で橋本に声をかけ、全員に今すぐ逃げろと叫んだ。直後、森の奥から敵クラスの怒号とともに大量のペイント弾が降り注ぎ、森重や元土肥をはじめ後方の生徒たちが次々と被弾してパニックに陥った。荷物を拾おうとして撃たれる者も出る中、鬼頭は即座に大木の陰に身を隠して反撃し、腕時計のアラームが鳴るほどの戦果を上げて敵の進撃を一時的に止めた。町田ら男子も続いて遮蔽物から撃ち返し、綾小路は前列の被害が少ないうちに鬼頭たちに殿を任せて撤退を指示し、自ら先頭に立って細い人工の山道を選んでクラスメイトを率いて森の奥へと退いた。

龍園クラスの戦術の看破と消耗した撤退

南東へ逃走した一行はF12に到達したところで、体力限界が近い生徒が増えたため綾小路が速度を落とした。竹本を介した島崎の報告から、タブレット上ではBクラスの位置に動きがなく、全体GPS停止の戦術が使われていたと判明した。綾小路は、龍園が開幕直後に距離を取って油断を誘い、そのうえでGPS停止中に金田の情報を頼りに奇襲を仕掛けたと分析した。奇襲は博打でありながら、最初の数回の停滞と各クラスの様子見を読んだ龍園らしい一手であると評価した。

司令官の限界と被害状況の判明

休憩を取りつつ水分補給を行い、綾小路は全体GPS停止中に誰も動かない不自然さを島崎が見抜けなかったことを内心で課題と捉えた。島崎と竹本のやり取りから、鬼頭が時間稼ぎの末にアウトとなった一方で、矢野・沢田・司城の三名は合流できず単独行動に陥ったと判明した。また六角が撤退時に武器を放棄したため、綾小路は紛失として学校側に回収を依頼し、六角を空いた役職枠に組み込む方針を示した。これらの報告を受けても綾小路は冷静さを崩さず、橋本に生徒の不安を拾うよう指示した。

勝機の維持と今後の方針

橋本の問いかけに対し、綾小路は開幕からの状況悪化を認めつつも、VIPを倒し返せば勝ち目は残ると述べた。龍園クラスとの再交戦を避けるため距離を保つことを最優先とし、油断すれば再び仕掛けられる可能性を警戒した。白石は全滅ペナルティと綾小路退学の危険性を口にしつつも、一緒に勝利を目指す姿勢を示し、綾小路はVIP一人を含む十五名が脱落した現実と、三名が敵に先に発見される危険を整理した。

近藤の単独奇襲と再撤退の開始

橋本と森下が、島崎の見落としの責任について言い合おうとした瞬間、綾小路は音の違和感からBクラス近藤の接近を察知した。綾小路は森下を引き寄せつつ即座に発砲し、近藤の胸部に命中させアウトにした。近藤はリーダーを狙っていたことと龍園の戦略を語り、橋本は不意打ちの見事さを認めた。吉田はBクラスの位置確認を提案したが、白石が戦術使用中はGPS情報が消えていると説明し、綾小路たちは近藤の挑発を背に受けながら、再び南側へ向けて退避行動を続けた。

司令官の制約と一之瀬の違和感

約30分前、金田が戦術でBクラス全員のGPSを停止させた頃、一之瀬はタブレット機能を一通り確認し、他クラスのGPSに任意で名前や役職をメモできると把握していた。司令官同士の会話は禁止され、本部から生徒への直接接触も不可能であり、司令官は無線で自クラスVIPに伝えることだけが許されていた。そのなかで一之瀬は、金田だけが休みなく無線とタブレットを操作し続けていることに違和感を覚えた。視線を交わした際の自然すぎる態度も含め、不自然さとして記憶に刻んだ。

龍園クラスの戦術看破と警告不能の歯がゆさ

一之瀬が自テントに戻りタブレットを確認すると、龍園クラスのGPSが5分前と寸分違わず固定されていると気付き、金田が既にGPS停止戦術を発動したと判断した。最も近くで足を止めている可能性が高いCクラスが標的と察し、島崎に異変を気付かせようと本部内で視界に入る位置に立ち続けるが、島崎はタブレットから顔を上げず、一瞬目が合っても何も反応しなかった。一之瀬はルール違反とDクラスへのペナルティを避けるため警告を断念し、自クラスには初日は交戦回避とイベント優先を指示した。その後のGPS更新でもCクラスはほぼ停止、龍園クラスは完全固定のままであり、一之瀬はCクラスへの奇襲が目前と悟りつつも祈るしかなかった。

奇襲後の被害状況と体制の再編

奇襲後、本部近くのF13まで撤退したCクラスは、白石を通じて島崎からの報告を受けた。Bクラス本隊のGPSはCHエリアからF10へ大きく移動し、はぐれていた3名は不運にもその付近へ向かった結果アウトになったと判明した。さらに、F10南東のエリアに青いGPSが10人分移動しており、綾小路は迷子を迎えに行くためVIPと護衛が動いた可能性と、戦術による個別GPS特定を恐れた結果だと推測した。全体GPS停止は一度きりであり、個別停止を重ねても追跡の継続は難しいと判断し、追撃の危険は低いと結論付けた。地面に座り込んだ一行は、残存がVIP2人、分析官1人、護衛15人の18人と把握し、中島の穴を六角で補って護衛を14人に再編する方針を決めた。綾小路は、距離が開いた時点で安全だと判断して長く立ち止まった自身の油断と慢心が、この半壊状態を招いたと認識していた。

見えないプレッシャー

龍園の奇襲と綾小路対策

特別試験開始から1時間未満で、龍園率いるBクラスの奇襲によりCクラスは半壊状態となった。生徒たちが悔しさや恨みを露わにする中、龍園は長期戦になる前に綾小路を叩くことを狙い、開幕直後から戦術を投じる方針を最初から固めていた。特別試験が続けば続くほど綾小路に思考の時間を与え、有効な戦術運用や他クラスの思考の読み切りを許してしまうと判断し、その前に一気に叩く戦略であった。

追撃中止と山下隊編成

葛城は金田経由の報告として、Bクラス側の被害は3人、Cクラス側は15人がアウトとなり、その中に鬼頭やVIPの西川が含まれていることを伝えた。また、Cクラスから逸れた3人が周辺を彷徨っているため、山下を中心に10人を派遣し、小宮の救出と処理に向かわせる方針が決まった。これは少数で動けばVIP特定の戦術で山下の正体を見抜かれる危険があると龍園が判断したためである。一方で石崎らはCクラスへの追撃を求めたが、龍園は綾小路を仕留め損ねたことを重く見て深追いを拒否し、倍の戦力差をひっくり返されるリスクと罠への警戒を優先した。奇襲が通じた事実と同時に、綾小路にも付け入る隙があると分かったことが龍園にとっての最大の収穫であった。

綾小路の再建策とイベント方針

一方Cクラスは、半壊後に人員整理と再配置を終え、橋本がいつでも動ける体制が整ったと報告した。午前10時からの第1回イベントでは、真田がタブレットで発生位置を読み上げ、橋本たちが地図に書き込んで状況を整理した。Cクラスは近場で安全に狙えるG13とDMの物資を優先し、H9の食料イベントはA・Bクラスとの激突リスクが高いとして見送る方針を取った。綾小路は本隊をG13へ向かわせつつ、VIPの竹本に護衛4人を付けてDMへ向かわせ、司令官との連携で確実に物資を回収する作戦を示した。山村が逸脱や孤立への不安を打ち明けると、綾小路は自分の判断の甘さでクラスが半壊したと認めたうえで、撃てなくてもアウトにならず残り続けることが大きな価値であると説き、山村に生存そのものの重要性を理解させていた。

Aクラスの北上と綾小路への警戒

Aクラスでは、堀北が篠原や松下と連携してイベント位置と各クラスの動きを確認し、H9の物資はBクラスやCクラスとの交戦を招きかねないとして捨てる判断をした。平田も長期戦では早期の損耗が戦略の幅を狭めるとし、北エリアへの脱出と安全な物資回収を優先するディフェンシブな方針に賛同した。池や須藤は、龍園の奇襲によりVIPを含む多数を失った綾小路の敗北に驚きつつも、彼が油断する人物ではないという認識から素直に負けを受け入れられず、同じ条件なら自分たちも同様の結果になったと分析した。高円寺を戦力として期待できない状況を織り込みつつ、点数面でAクラスとBクラスが並び、Cクラスが最下位に落ちた現状を有利と捉えた一方で、堀北と須藤は綾小路が残っている限り安心しきれないと感じていた。二人は、龍園も同じ恐怖を抱いたからこそ深追いを避けたのだと結論づけ、見えないプレッシャーを意識しながらも、北エリアへ向けて不要な交戦を避けつつ物資を確保する方針で歩みを進めていった。

イベント物資と各クラスの動き

CクラスはG13とD14のイベント物資を回収し、ペイント弾や水、米と缶詰、最低限の日用品を得たにとどまった。物資箱は地中に半ば埋められており、食料だけではなく飯盒やライターなど調理手段も併せて確保しなければならないと判明した。Aクラスは交戦を避けて北へ抜け、Bクラスは二手に分かれて遠方を含めて物資を取りに行き、結果として最初のイベントでは各クラスが二か所ずつ物資を確保した。

Bクラスの圧力と物資不足

その後もイベントが続き、Cクラスは計五個の物資を確保したが、弾薬や食料、水はいずれも十分とは言えず、他クラスとの物資差は開き始めていた。龍園率いるBクラスが本部近くに陣取り、G9とG10周辺を押さえ続けたため、Cクラスは本部周辺から東や南にしか動けず、西側や中央の物資はBクラスに奪われていった。この状況に森下や的場らは苛立ちと閉塞感を募らせたが、綾小路は無理な突破は自殺行為であり、相手が攻めてくることも期待しにくいと冷静に分析した。

最後のイベントと綾小路の判断

午後五時の最後のイベントでは、Cクラスが実質狙えるのはD12とI10のみであった。クラス内からは戦力を一か所に集中すべきとの意見が出たが、綾小路は全員で動けば他クラスが安全に物資を回収し、翌日以降の食料不足で自滅すると説明し、二か所同時狙いを決定した。危険度の高いI10には綾小路が単身で向かい、他の生徒は竹本と橋本を中心にD12へ向かう方針となった。その後、綾小路は単独で物資箱を発見し、少量の米と水、パンを確保して無事に合流を果たしたのである。

キャンプ設営とクラスの空気

Cクラスはテントや仮設トイレを設営し、集めた食料と水を全員で公平に分配した。綾小路は、一度に多く摂取するより少量をこまめに摂った方がエネルギー効率が良く、生存日数も伸びると説明し、的場も食料を持ち運ぶ負担を受け入れた。橋本は冗談や過去の失敗談を披露して場を盛り上げ、半壊したクラスの中に残る重苦しさを和らげた。男子テントでは、試験の不利な状況にもかかわらず、くだらない雑談で笑い声が上がるまでには回復していた。

白石との密談と芽生えた疑念

夜、綾小路は白石をテントの外に呼び出し、自分の指揮に不安を感じた点があれば教えてほしいと尋ねた。すると白石は、綾小路は常に一人で考え迷いなく結論を出す人物だと思っていたと語り、不安は一切なく必ず期待に応えてくれると断言した。この揺るぎない信頼に、綾小路は違和感を覚える。奇襲で大きな損害を受けた直後であり、橋本や他の生徒が不安を抱く中、白石だけが綾小路の敗北を疑っていないからである。以前から綾小路を知っていたかのような物言いに、綾小路は坂柳との繋がりなど得体の知れない背景を連想しつつ、白石の言動を記憶に刻んでおくことにした。

巡り合わせ

龍園の早朝の思案と葛城との議論

早朝、龍園翔は地図とGPS情報を見直し、どのクラスをいつ叩くかを検討していた。物資不足はBクラスもCクラスも同様であり、学校側が戦闘を誘導していると理解していた。龍園は綾小路を狙ってCクラスを攻めたいと考えつつも、倒した後にAクラスとDクラスと戦うのは困難だと自覚していた。葛城は奇襲で得た優位を温存し、物資回収を優先すべきと主張し、龍園の綾小路への執着が判断を狂わせかねないと危惧していた。

高円寺の位置とCクラス側の方針確認

午前九時、司令官の島崎から白石にGPS更新の報告が入り、すべての生徒が前日と同じエリア付近に留まっていることが判明した。高円寺六助もD6に残っており、綾小路はリタイアせず無人島を満喫している可能性に違和感を覚えていた。高円寺は司令官とも連絡が取れず、位置情報だけが把握できる状態であるため、綾小路は偶発的な接触や堀北に動かされる可能性を警戒しつつも、イベントまでは待機を基本とする方針を共有した。

Dクラスが知ったフィールド縮小の予兆

午前十一時、Dクラスの神崎は安藤のタブレットに表示された新たな物資位置と、外周マスが使用禁止になる告知を見て戦慄した。外周から段階的に使用禁止エリアが増えれば、最終的に四クラスが中央付近に押し込められ、戦闘を回避できなくなると推測したのである。一之瀬からは自分が全体方針を考えるから目の前のイベントに集中してほしいと連絡が入り、神崎はO14を含む物資回収のために三班に分かれて行動する方針を維持した。

Bクラス物資回収隊と高円寺との遭遇

同じ頃、Bクラスは龍園の指示で二つの物資回収隊と本隊に分かれ、小宮はVIPの諸藤を連れてE9の物資を取りに向かっていた。そこへD6から動き続けている単独のGPS、すなわち高円寺と鉢合わせする可能性が浮上したが、小宮は一人なら問題ないと楽観視し、ショットガンを撃ちながら高円寺を挑発した。その直後、姿の見えない相手から正確なペイント弾による射撃が始まり、小宮、木下、山脇ら護衛たちが次々と被弾してアウトとなった。司令官の金田とも連絡がつかない中、短時間で護衛は全滅し、諸藤だけが取り残された。

高円寺の圧倒的な射撃と去り際の警告

姿を現した高円寺は、挑発的な声と銃声を頼りにこの場所へ来ただけだと語り、無人島試験の勝敗には興味がないと明言した。諸藤が物資を取りに来たことを認めると、高円寺はAクラスとBクラスが敵同士であるにもかかわらず、VIPである諸藤を撃たず、物資を持ち帰るよう告げた。特別試験の結果はどうでもよく、自分にとって重要なのは楽しみであると述べたうえで、今後自分の邪魔をしないよう強い口調で警告し、船へ戻る意志を示してその場を去ろうとした。

使用禁止エリア拡大の分析と綾小路の判断

午前十一時、Cクラスは外周マス全てが使用禁止になった情報を受けて作戦会議を行った。橋本が外側から内側へ順次エリアが狭まる可能性を口にし、森下と綾小路清隆も最終的に密集戦になると見て同意した。サバイバルとサバゲーのどちらが主目的なのかという疑問を抱きつつも、最終盤では位置取りと小さな流れを呼び込んだクラスが勝つと結論づけ、四クラスの動きとVIPの扱いまで含めた複数の展開を綾小路が頭の中で組み立てていった。

G11物資を巡る博打と龍園クラスへの接近

綾小路は逃げ続けても戦闘は避けられないと判断し、クラスをG11の物資回収に向かわせる方針を示した。そこはBクラスと衝突する危険な位置であり、的場は博打だと難色を示したが、綾小路は相手より先に辿り着く必要性を強調した。移動後、CクラスはG1付近で龍園たちのGPSが近いことを確認し、あえて五分待機して相手の動きを探ったうえで、再度待機時間を延長し、最も有利なタイミングで前進する構えを取った。

Bクラスとの撃ち合いとCクラスの敗北

前進開始直後、森の奥からBクラスが先制射撃を仕掛け、Cクラスは距離と遮蔽物の差で劣勢に立たされた。的場の指示で集中的に撃ち返して一人はアウトにしたものの、正確な反撃により前衛から次々と被弾者が出ていった。橋本が陣形の立て直しと後退を指示し、綾小路も損害の大きさから撤退を決断した。退却の途上では森下が山村美紀を庇ったように見える形で被弾し、自らを善良な心が働いた結果だと語ってアウトになり、護衛役として目立った戦果を挙げないまま戦線を離脱した。

敗走後の分析と高円寺の九人撃破

CクラスはH12まで後退し、綾小路、白石、橋本が状況を整理した。橋本は守り側の強さとBクラスの射撃技量に素直な敗北感を吐露し、綾小路は龍園の高圧的な統率が士気と熱量に繋がっていると認めた。白石からの報告で、E9に向かったBクラス十名のうち九人が高円寺六助と交戦してアウトになり、高円寺は無傷で残っていることが判明した。橋本は龍園にとって予想外の損害だと喜んだが、綾小路は勢力バランスへの影響を慎重に考える必要があると受け止めた。

Dクラス同盟再提案と綾小路の受諾

満身創痍の的場が現れ、先日一度打ち切られたDクラスとの同盟の話をこの段階で正式に進めたいと申し出た。Bクラスに押し切られた現状と今後のエリア縮小を踏まえ、Cクラス単独では勝ち残れないと判断したためである。橋本も約五十人規模の連合となる合流案を支持し、綾小路も自らの油断で追い込まれたことを認めたうえで、クラス全体が納得するなら同盟に賭ける価値があると承諾した。橋本はクラスメイトへの説明役を引き受け、意気揚々と皆のもとへ向かった。

山村の違和感と綾小路への問いかけ

その様子を見ていた山村は、的場の再提案を綾小路が意外なほど素直に受け入れたことに違和感を覚え、もっと早く同盟を再検討できたのではないかと遠慮がちに口にした。奇襲後のタイミングで話を戻せていれば森下がアウトにならずに済んだかも知れないという思いを抱え、責めるつもりはないと言いつつも、綾小路が「一度無しにしろと言われていたため言い出せなかった」と答えたことで、山村の表情にはさらに影が落ちていった。

同盟

Cクラスの決断とDクラス接触

Bクラスに敗れたCクラスは、外周縮小の進行を見極めつつ東へ向かい、Dクラスとの合流と同盟成立を目指した。綾小路は、一位を譲ってもDクラスには裏切る利得がなく、信頼崩壊の損失の方が大きいと説明し、両クラスで上位二つを取る方針を示した。クラスは一位放棄への迷いを残しながらも二位確保を妥協点として受け入れ、橋本は不安を抱えつつ交渉役を買って出た。

神崎との交渉と同盟受諾

接触地点で綾小路と橋本は武器を預け、Dクラスの前に出た。神崎らはGPS戦術による伏兵を警戒して銃口を向けたままだったが、綾小路は争意がないことと、両クラスで大部隊となる同盟案を提示した。神崎は一度は拒否を口にしたものの、一之瀬から事前にCクラス接触時は先に撃たないよう言われていたことを明かし、最終的に銃を下ろして仲間を呼び入れ、話し合いに応じた。

一之瀬の構想と準備

少し前、一之瀬はタブレットでCクラスの連敗を見つめつつ、自分が負けさせないと小橋に語っていた。一之瀬は、Cクラスを取り込んだ最大勢力になれば、BクラスもAクラスも攻めにくくなり、互いを三位に落とそうとする争いに向かうと読み、DクラスにはCクラス接触時は先に攻撃しないよう周知していた。

CD連合の形成とDクラスの強み

合流後、警戒心の強いCクラスに対し、Dクラスは穏やかな態度で積極的に話しかけ、普段の学校生活と変わらない距離感で交流を促した。その対等な接し方がCクラスの警戒を急速に和らげ、連合クラスは人数と信頼関係を兼ね備えた集団となる。綾小路は、上位クラスが仕掛けにくくなる一方、どのクラスも漁夫の利を狙うため先に動きにくいと分析した。

夕食時の対話と同盟の真意

夕食で白米を囲む中、神崎は今後の指揮権を一之瀬から綾小路に一任するよう言われていると伝えたうえで、なぜ進級前から得にもならない同盟を提案したのかと問い質した。綾小路は、龍園の奇襲で半数を失った現状では同盟がなければ最下位は避けられず、保険として機能していること、Dクラスが浮上してもCクラスへの悪影響は小さく、堀北や龍園の意識を分散させられる利点があると説明した。さらに、伸びしろの大きいDクラスとならAクラスを射程に捉えられると示し、神崎にも一之瀬と同じ方向を見る覚悟を求めた。

本当の狙い

Bクラスの苦境と龍園の迷い

Bクラスは浜辺のキャンプで朝を迎え、葛城がCクラスとDクラスの密集状況から同盟成立の可能性を報告した。高円寺との戦闘で九人を失った損害と小宮たちの判断ミスも整理され、諸藤が生還したことのみが不幸中の幸いとされた。結果として同盟側は五十人規模に膨れ上がり、人数差は二十人以上に拡大した。石崎はAクラスとの同盟を提案したが、譲歩の価値が乏しく信頼もないため非現実的と退けられ、三日目に同盟を許したことがBクラスにとって厄介な一手になったと結論づけられた。

龍園の思考と椎名の忠誠

龍園は海辺で地図を見つめ、Aクラスへの総力戦か、下位同盟への総攻撃かを思案したが、どの選択も綾小路の想定内に収まり、自らが後手に回っていることに不快感を覚えた。そこへ散歩中の椎名が現れ、物語の構造を暗い冒頭からの再生や贖罪の例として語りつつ、先の展開は良い方向にも悪い方向にも転び得ると警告した。そのうえで椎名は、Bクラスのためになるなら相手や結末を問わず、龍園が迫る非道な選択にも迷わず従うと明言し、龍園は綾小路打倒を勝利と並ぶ渇望として再確認して仲間のもとへ戻った。

同盟側の疲弊と龍園の狙いの分析

一方でCクラスとDクラスの同盟陣営では、三日目に入り物資不足が深刻化し、墨田と南方らに体調不良が出始めた。綾小路は神崎に、護衛なら早期リタイアも選択肢とし、無理をさせないよう伝えるよう指示した。続いて綾小路は、龍園が高円寺の不確定要素を警戒し、AクラスではなくCクラスに奇襲を選んだ理由や、その結果として護衛一人と全体GPS停止の戦術を失った現状を整理した。使用禁止エリアが広がるほど全体GPS停止の価値は増すと見たうえで、龍園は焦って攻めず、エリア縮小で四クラスが近接した局面まで時を待つ守勢を取る可能性が高いと結論づけ、同盟側は当面交戦を避ける方針を維持した。

エリア縮小と綾小路の単独行動計画

午前と午後のイベントで使用禁止エリアは段階的に狭まり、回収が難しい地点ほど食料の比率が高まった。綾小路と神崎は、人数温存を優先し多くの物資を見送る一方で、同盟の拠点をH一〇周辺に移し、竹本たちによるH一〇やJ一二、H一二など最低限の回収に絞る方針を取った。夕刻の更新で生存可能範囲は六掛ける六マスにまで縮小し、AクラスはG八付近へ南下、Bクラスは朝からE一二二付近に留まり続けた。綾小路はG九の物資回収隊に自ら同行し、回収を終えた帰路で竹本に次のGPS更新と同時に自分の個人GPSを停止させるよう司令官へ伝えることを命じたうえで、本隊には戻らず今夜から単独行動に移る意図を示した。

夕方のG8到着と奇襲

堀北たちは夕方、待ち伏せを警戒して遠回りのルートを取り、午後五時二十五分頃にG8へ到着した。BクラスとC・Dクラスが距離を取っているとの報告を受け、G9の物資回収に来ていた八つのGPSが二十五分時点でH10へ戻ったことも確認した。高円寺がBクラスの十人と偶然交戦し九人の護衛を倒してリタイアした経緯を踏まえ、堀北は諸藤が唯一生き残ったVIPであると特定していた。堀北は他クラスより自分たちの安全確保を優先し、近くの八人だけでAクラスを攻めてくる可能性は低いと見て警戒を続けるよう指示し、G9のCクラス生徒が同盟本隊と合流しつつあることを確認したうえで、その場で休息を取る判断を下した。

堀北と軽井沢の本音の会話

テント設営中に本堂のテントが枝で破れる小さなトラブルが起きる一方で、堀北たちは食料も水も乏しいまま三日目の夜を迎え、過酷な状況に疲労を滲ませていた。堀北は軽井沢を人目の少ない場所へ連れ出し、CクラスとDクラスがいつから手を組むことを決めていたのかを問いかけた。特別試験の詳細告知時点では接触が不可能だったことから、堀北は綾小路がクラスを抜けた始業式の時点で一之瀬と接触していた事実を挙げ、水面下での協力関係が早期から始まっていた可能性を探った。軽井沢もその見立てに同意し、両クラスの関係がこれまでより深まっていると認めたうえで、話題を綾小路への感情に切り替え、堀北の動揺から好意を指摘した。さらに軽井沢は、一之瀬も綾小路を好きであり、交際とまではいかないがそれに近い関係に見えると述べたところで、キャンプ地からの騒ぎに気付き会話は中断された。

綾小路の単独突入と時間切れの罠

午後五時五十五分過ぎ、キャンプ地からペイント弾の発砲音が繰り返し聞こえ、堀北と軽井沢は異常を察知して駆け戻った。腹部に被弾した伊集院や背中を撃たれた森、小野寺らの姿から、Aクラスが奇襲を受けていることが判明し、須藤たちが敵を追撃していると知らされる。堀北は武器を手に前進し、仲間たちが大木の裏に追い詰めた標的が綾小路一人であることを宮本から聞かされる。多方向からの包囲により綾小路の退路は断たれ、堀北はリスクに見合わない行動に疑問を抱いたが、判断する間もなく、綾小路が一歩前に出て銃を構えようとした瞬間に本堂の号令で複数の生徒が発砲した。綾小路の右手、右足、脇腹にペイント弾が命中し、腕時計のアラームが鳴ったことで池は綾小路撃破を歓喜したが、堀北は午後六時〇分三十二秒を指す腕時計を確認し、試験終了後の命中は無効であり、時間外に発砲した側がアウトになるルールを指摘した。綾小路はそれを利用していたと認め、午後六時を過ぎてから敵陣に突入し、怒りに駆られたAクラスに発砲させることで、自身はセーフのまま七名をリタイアさせる結果を生んだ。

敵陣でのテント設営とAクラスの動揺

午後七時過ぎ、学校側が到着して綾小路に新たな体操服を支給し、時間外発砲を行った四名が自主申告によりリタイアとなった後もAクラスは騒然としていた。その中で綾小路はAクラスのキャンプ地内に当然のようにテントを設営し、本堂から抗議を受けるが、どこに設置しても自由だと淡々と返した。平田は、時間外の戦闘は禁止であり、不正をすれば綾小路がリタイアになること、翌朝九時には同じエリアからスタートせざるを得ないことを理由に、綾小路を遠ざけるほど逃走しやすくなると説明した。綾小路も朝になれば包囲されることを承知のうえで、無駄な労力を避ける意図を語り、その態度に篠原は敵の檻の中にいる自覚がないと苛立ちをあらわにした。綾小路はそれを否定せずテントの中へ入り、堀北は声をかけられないまま呆然とその背中を見つめるしかなかったのである。

決戦の時

最終日開戦前の状況整理

無人島サバイバルゲーム最終日、各クラスの残存人数はA27名、B24名、C12名、D35名となっていた。北エリアと西エリアの物資を確保したA・Bクラスは被害が少なく、開幕でBクラスに叩かれたCクラスは半壊し、同盟相手のDクラスと共に食料難に陥っていた。朝八時四十分、堀北は撤収を終えて即応体制を整え、使用禁止エリアの拡大で四クラスが至近距離に集まりつつある緊迫した状況を確認した。

綾小路の奇襲の余波とAクラス内部

堀北は本隊帰還と見せかけてAクラスを奇襲し、時間切れギリギリを突いてルール違反アウトを誘発した綾小路の行動を須藤と共に思い返していた。須藤は自分も一歩間違えば池たちと同様にアウトだったと震え、平田はアウトが護衛だけでVIPを守れた点を前向きに評価した。堀北は練習の成果に一定の手応えを感じつつも、元クラスメイトへの不信と動揺を抱えたまま、亡失した信頼の重さを自覚していた。

最終日の戦略確認と陣取りの選択

平田は地図を広げ、使用禁止エリアが中央に寄せられている現状と、十一時以降のさらなる縮小を予測した。堀北はもはや物資はおまけであり、弾薬は十分なので無理な回収は不要と判断し、残る戦術の使いどころは当初の予定から変えないと確認した。そのうえで、西に寄ればBクラス、東に寄れば同盟クラスに当たる位置関係と、南が縮小すれば逃げ場を失う危険を踏まえ、Bクラスとの決戦を見据えてG8からE9への移動方針を受け入れた。

綾小路包囲とルールの制約

興奮した本堂らが綾小路を取り囲もうとしたが、堀北は進路を完全に塞ぐ行為は拘束と見なされ違反になると制止した。クラスメイトたちはわずかな通路だけを残して半包囲の形を取り、堀北はそれで朝九時に正面から撃てると判断した。綾小路はGPSを監視する学校側の存在を踏まえ、進路封鎖が行われれば自ら拘束を訴えるつもりであると冷静に指摘し、これも特別試験のルールを利用した戦い方であると語った。堀北は須藤を送り出せば一騎打ちとなり、敗北時の損失が大きすぎると考え、綾小路が戦わず逃走に全力を注げば数的有利でも止められないと見抜いていた。

Bクラス・同盟クラスの動きと挟撃の危機

午前十時過ぎ、綾小路はAクラスを振り切りH10へ帰還し、竹本と橋本に迎えられた。綾小路はAクラスに緊張感が欠けていた理由を、堀北がプロテクトポイント使用を早期に明言し安心感を与えているためだと推測し、全員が必死な龍園クラスとのモチベーション差を認識したうえで、VIPを連れない少数のCクラス生徒をBクラス側に送り込む危険な指示を出した。その後、使用可能エリアと物資出現マス、午後三時以降の厳しい使用禁止ルールが一気に提示され、生存そのものが困難な終盤戦になることが明らかになった。

三クラスの同時北上とAクラスの決断

正午、G9の物資を確保したAクラスがF9に移動すると、偵察官の西がF10付近でアウトになり、Cクラスが二人を囮に使った可能性が浮上した。続いて松下から、同盟クラスがH10から北西のG9へ向かい、BクラスもE12から北上を始めたとの報告が入り、堀北たちはAクラスを挟み撃ちにする動きだと判断した。園田は逃走やクラス同士の衝突待ちも選択肢と示したが、堀北は三クラス同時交戦を避けるため、E10でBクラスと戦う決断を下した。BクラスがAクラスの動きに合わせて引き返し、同盟クラスが西へ迂回する中、堀北は四クラスの動きが綾小路の指示で組み立てられている可能性に戦慄しつつ、ここからが腕の見せ所であると自らを鼓舞して前進したのである。

最終盤の布陣とAクラスの奇襲

午後1時、物資出現が0となり補給ターンは終了した。AクラスはD11、BクラスはD12、CD同盟はE10に位置し、全クラスが急接近していた。BクラスはAクラスと接触寸前まで北上したが、Aクラスが戦術でGPSを停止させたため所在を見失った。その間にC・Dが前方から近づき、Bクラスは挟撃の危険を察して南へ後退しようとした瞬間、背後からAクラスの奇襲を受けて戦闘に突入した。

VIP佐藤への集中攻撃と須藤の奮戦

背後からの攻撃によりBクラスは劣勢に立たされ、伊吹は堀北への私怨から石崎を盾役にして前線へ突撃した。一方、側面から回り込んだAクラスでは須藤が高い身体能力を生かして次々と敵をアウトにし、倒した中にBクラスのVIPも含まれていると報告された。しかしAクラス側もVIPが倒され、VIPは2対2となった。続いてC・D・Bの三方向から銃口がAクラスのVIPである佐藤に集中し、須藤が身を投げ出して佐藤を抱き寄せ、集中砲火から救い出した。周囲の弾痕から須藤は、戦闘前からBクラスに佐藤がVIPと知られていたと察し、それでも佐藤を逃がさず守るため、自ら敵陣へ飛び出して撃ち合いに挑んだ。

平田と橋本の一騎打ち

別の戦場では、同盟クラスと対峙する平田の隊に橋本が迫り、両者は木々を遮蔽物にしながら近距離で激しい撃ち合いを繰り広げた。互いに残弾が少ない中で心理戦も交錯し、橋本は綾小路の言葉を利用して平田の心を揺さぶろうとした。読み合いの末、同時に飛び出した決め撃ちで平田の弾がわずかに早く命中し、橋本はアウトとなった。平田は銃口を橋本の額に押し付けるほど追い詰めたが、トリガーを引く寸前で思いとどまり、黙って背を向けて別の戦場支援へ向かった。この行為は橋本に深い恐怖として刻まれた。

綾小路によるVIP情報操作と戦局調整

戦術効果が切れた後、司令官の白石は残存146名という荒れた戦況を綾小路に報告した。綾小路は、混戦と混乱によって各クラスの戦力を削り、最終的にはVIPを逃がして全滅だけを避ける方針であると整理していた。彼は三日目夕方にAクラスのキャンプを奇襲した際、護衛たちの動きからVIPが王美雨・佐藤麻耶・幸村輝彦であると特定し、その情報を朝にBクラスへ渡していたため、三クラスがAクラスのVIPだけを執拗に狙う状況が生まれていた。結果としてAクラスはVIPを2人失い、残る佐藤のみが集中攻撃の的となった。さらにFI周辺でBクラス優勢により同盟側の被害が増えているとの報告を受け、綾小路はDクラスVIPを戦術で逃がす準備を指示し、自らもFIへ向かい戦局の「調整」に乗り出したのである。

見せてみろ

Dクラス合流と最終局面の整理

AクラスがVIP三人の脱落によって全員アウトとなり、綾小路のもとに山村、白石、神崎とDクラスのVIP二人が合流した。残りはC・D連合と、龍園・伊吹・山下だけとなり、得点的にDクラス首位、Cクラス二位がほぼ確定していた。綾小路はあえて自分の弾を削り、神崎にマガジンを譲ることで、護衛側に弾を集中させた上で残り時間の勝負に臨む方針を固めた。

龍園との決戦と伊吹撃破

綾小路は別府を伴って前進し、接近してきた龍園一行を誘い出した。伊吹が綾小路への勝負を宣言し、山下を下げた龍園と二対一の形で対峙が始まった。伊吹は素早い機動とサブマシンガンで攻め立てたが、綾小路は距離と遮蔽物、射線を計算し続け、最後は視線と体の向きと銃口の向きをずらすフェイントで出し抜き、伊吹の脚に一発を命中させてアウトに追い込んだ。

砂浜での心理戦とペイント弾による相打ち

伊吹を倒した直後、綾小路は弾切れとなり、龍園に追われて森から遮蔽物のない砂浜へ逃げ込んだ。綾小路は両手を上げて降参を示しつつ、浜辺が相手も無防備にする場であることや、背後から忍び寄るには最適な環境であると説明し、山村が背後に潜んでいる可能性を示して龍園の警戒心を極限まで高めた。龍園が確認のために背後を振り向いた刹那、綾小路は右手に挟んでいた一発の傷ついたペイント弾を全力で投げつけ、自身も銃撃を受けながら龍園の腹部にも命中させ、腕時計の同時アウト判定で相打ちに持ち込んだ。

奇襲の真相と同盟形成の意図

戦いの後、綾小路は龍園に対し、序盤のBクラスによる奇襲をあえて受けたのは、Cクラスを追い込みDクラスと組むしかない状況を作るためだったと明かした。無防備なままDクラスと手を組めば、A・B側が同盟を検討せざるを得なくなると読み、その上でAクラスのVIP特定情報をBクラスに渡して戦局を荒らしたことも語った。龍園は自分が綾小路への執着と読みの甘さで敗北したと認め、今後は本当の意味で一切手加減せず戦うと宣言して去った。

暫定結果と「本当の」無人島特別試験

試験終了後、生徒たちは下船して砂浜に集められ、Aクラス最下位、Bクラス三位、Cクラス二位、Dクラス一位という結果がほぼ確定していると示唆された。橋本や吉田、綾小路は、教師たちの異様な緊張感と未開封の段ボールの搬入から、ただの結果発表ではない何かを察した。やがて真嶋が拡声器でサバイバルゲーム特別試験の終了を告げた直後、無人島特別試験の開始を宣言し、これまでよりはるかに厳しい「信頼」と「裏切り」の戦いの幕開けであることを告げた。

同シリーズ

ようこそ実力至上主義の教室へ

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その他フィクション

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フィクション(novel)あいうえお順

小説【ささピー】「佐々木とピーちゃん 12」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は現代日本と異世界が交錯する異世界ファンタジー兼異能バトルを主軸とするライトノベルである。主人公の社畜サラリーマン「佐々木」が、ペットとして飼った小鳥「ピーちゃん」の正体が異世界から転生した賢者であることから、異能力と魔法が絡む事件に巻き込まれていく。
12巻では、異世界の“妖精界”の不手際によって地球上に散らばった“フェアリードロップス”を巡る争奪戦が描かれ、世界に七名いる魔法少女たちも動き出す。魔法少女、超科学勢力、ささピーの面々──多様な勢力が交錯する中で、かつての日常とはかけ離れた混沌が展開される。

主要キャラクター

  • 佐々木:平凡な会社員。ペットショップで鳥を買ったことから人生が激変。ピーちゃんと共に異世界・現代を往復しながら、異能力バトルに巻き込まれる主人公である。
  • ピーちゃん(本名ピエルカルロ):異世界から転生した賢者。文鳥の姿をしており、佐々木のペットとして迎えられたが、その正体は魔法と異能力の使い手。佐々木に魔法を教え、異世界–現代間の往来を可能にするキーキャラクターである。

物語の特徴

本作の魅力は、社畜中年サラリーマンという「凡人」が、ペットの文鳥をきっかけに異世界と現代を股にかけるぶっ飛んだ展開に巻き込まれるという“日常⇔非日常のギャップ”にある。
さらに、ライトノベル的な異世界ファンタジー要素に加えて、異能力バトル、魔法少女、超科学、コメディ、サスペンスといった“多ジャンル混合”を軽快なテンポで描く構成が特徴的である。
12巻ではそのスケールが一段と拡大し、単なる一人と一羽の“逃避行”から、世界規模の争奪戦へと発展しており、既存読者にとっても新鮮な驚きを与える展開となっている。

書籍情報

佐々木とピーちゃん  12 妖精界からの落とし物は、変態! 変態! 大変態! ~長きにわたるアップの末、魔法少女たちが活動を開始するようです
著者:ぶんころり
イラスト:カントク
出版社:KADOKAWA
発売日:2025年11月25日
ISBN:9784046852908

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あらすじ・内容

妖精界の不手際により、地球上に散らばってしまったフェアリードロップス。
世界に七名いる魔法少女たちは、その回収を妖精界からの使者である妖精さんにお願いされて活動しているという。
一見可愛らしい響きのそれらは、しかし、地球人類にしてみれば機械生命体の超科学に勝るとも劣らない代物。
様々な国や組織が我先にと捜索を行っている。
佐々木たちも二人静からの提案をもって、これに倣うことになった。
すると、なかなかどうして上手くいかない。
予期せずフェアリードロップスの作用に当てられて、そのマジカルなパワーにより自らの在り方すら変貌させていく家族ごっこの面々で……?
皆様ご待望のTS回が幕開けとなるシリーズ第十二巻!

佐々木とピーちゃん 12 妖精界からの落とし物は、変態! 変態! 大変態! ~長きにわたるアップの末、魔法少女たちが活動を開始するようです~

感想

フェアリードロップスの捜索が本格化し、家族ごっこの面々がプロパガンダ用アニメの企画と並行して世界各地を巡り始めたところから、今巻の「変態劇場」は動き出したのである。ヨーロッパの寒村で発見されたステッキ型フェアリードロップスに触れた結果、まず佐々木が女児の身体へと変貌し、物語は一気に加速した。単なるギャグでは済まないほどの危険を孕んだ変身であり、ピーちゃんの回復魔法がなければ本当に命を落としていてもおかしくない、という事実がじわじわと恐怖を際立たせている。

火星基地での精密検査の結果、佐々木の肉体が遺伝子レベルで書き換えられ、元の姿に戻れない可能性が高いと告げられるくだりは、笑えるシチュエーションでありながら、読み手の背筋を冷やすシーンであった。この「取り返しのつかなさ」が、以降の変身騒動すべてに影を落とす。続いて星崎がムキムキの美形成人男性へと変貌し、さらに香港での透明フェアリードロップス事件を経て、お隣さんがオオカミへと変身してしまう。表面的には「女児・マッチョ・オオカミ」という出オチ級の並びなのに、その裏には常に「もう戻れないかもしれない」という重さが付きまとい、笑いと恐怖の落差が異様な読後感を生んでいた。

その一方で、作者はこの異常な三人を日常生活へ叩き込んでいく。女児の姿で家事をこなし、スーツを着て出版社に出向く佐々木。マッチョな体でドアの枠に頭をぶつけ続ける星崎。大型犬のように家の中を歩き回り、特大キーボードで会話するオオカミのお隣さん。どれも発想自体はギャグなのに、生活描写が細かく積み重ねられているせいで、「この世界で生きていく」というリアリティが妙に説得力を持って迫ってくる。フェアリードロップスはただのギミックではなく、キャラクターたちの人生そのものを変えてしまう危険物として機能しているのである。

そこに追い打ちをかけるように、ハト型フェアリードロップスによる「正月ボケ」騒動が発生する。ヘリ墜落、横浜中華街での大事故、横須賀基地からのミサイル発射と、スケールだけ見れば完全に終末世界であるにもかかわらず、当事者たちの思考が「怪電波」でパッパラにされていく描写は、笑えるのに笑えない危うさがあった。そんな状況の中で、ついに「魔法中年」が本格的に表の舞台に立ち、「マジカルブラック」としてミサイルを宇宙空間で迎撃し、人命を救う展開は、バカバカしさとカッコよさが同居した本巻のハイライトである。表紙であらかじめ提示されていた「魔法中年が魔法少女に変態する」という悪ふざけが、ここまで物語の中核に食い込んでくるとは思わなかった。

さらに、家族ごっこのアニメ企画と小説投稿サイトでのABテスト、そこから派生する書籍化打診と出版社訪問、異世界側でのトンネル開発と貿易拡大など、日常と仕事と戦いが並行して進んでいく構成も読み応えがあった。地球と異世界、日本の出版社と火星基地、家族ごっこの食卓と戦場が一直線に繋がっていて、「ただの異世界ファンタジー」では到底収まらないスケール感が生まれている。どれも単独で一冊分のネタになりそうなイベントなのに、それらが全部「家族ごっこ」と「フェアリードロップス」という軸で束ねられているのが見事である。

ユーモア面でも、本作らしさは健在どころか加速している。女児化した佐々木とマッチョ化した星崎が、出版社の編集者相手に疑似親子ムーブをやりながら真顔で書籍化の打ち合わせをする場面や、あとがきで作者が自分で仕掛けた悪ふざけをちゃっかり回収してくるノリには、笑うしかなかった。今巻で描かれた「変態」は、単なる一発芸ではなく、「身体が変わっても関係性は続くのか」「元に戻れないかもしれない世界でどう生きるか」というテーマにまで踏み込んでいる。そのうえで、きっちり読者を笑わせに来るサービス精神が、このシリーズ最大の魅力であると改めて感じた。

文鳥の賢者、機械生命体、妖精界、魔法少女、異世界王国、出版社と書籍化、そして女児・マッチョ・オオカミ。要素だけ並べるとカオスの極みなのに、それぞれが物語の中で必然性を持って絡み合うから、ページをめくる手が本当に止まらない。今巻でここまで「変態」をやり切った以上、次は一体どんな形でハードルを超えてくるのか。もはや恐怖すら覚えつつも、次巻でまた常識をぶち壊してくれることを期待せざるを得ない一冊であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

主要キャラクター

佐々木(ササキ)

疲れた会社員として現代日本にいたが、文鳥ピーちゃんと出会い、異能力者として各種騒動に巻き込まれていく中年男性である。家族ごっこと称する共同生活の中心に立ち、周囲の面々をなだめつつも、自身の女児化という異常事態を抱えながら現実的な判断を続ける立場にある。

・所属組織、地位や役職
 内閣府超常現象対策局の元職員である。
 現在は事実上の追放状態であり、機械生命体十二式や異世界勢と行動を共にしている。
 家族ごっこの内部では、保護者役や窓口役を担うことが多い。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップス回収作戦に参加し、ステッキ型フェアリードロップスの発動に巻き込まれて女児の身体に変化した。
 機械生命体の設備や火星基地で検査を受け、変質した肉体の安全性を確認しつつ、今後の治療方針を保留した。
 小説投稿サイトで異世界ファンタジー作品の原案を担当し、高評価と書籍化打診を得る企画の柱となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 肉体が遺伝子レベルで女児化したことで、日常生活や社会的立場に大きな制約を抱える存在となった。
 八人目の魔法少女「マジカルブラック」として回復魔法を行使し、その力が全世界から注目される潜在的な危険要素となっている。
 出版社との交渉では黒須の代理兼保護者の外見的窓口を務め、今後は商人としても異世界と現代をつなぐ役割を期待されている。

ピーちゃん

異世界から転生した賢者であり、文鳥の姿で佐々木の肩に乗る魔法使いである。冷静な助言役として振る舞いながらも、妖精界と袂を分かった過去を持ち、フェアリードロップスの危険性に人一倍警戒している存在である。

・所属組織、地位や役職
 元は異世界の賢者であり、現在は佐々木の相棒である。
 家族ごっこの内側では、医療担当と魔法支援役を兼ねている。
 妖精界とは距離を取りつつも、マジカルピンクや他の魔法少女と情報を共有する立場にある。

・物語内での具体的な行動や成果
 佐々木や星崎の肉体変化に対し、回復魔法と診断で健康を維持し、異常の進行を止めた。
 スイスの牛舎で発見したステッキがフェアリードロップスであると見抜き、その危険性を説明した。
 横浜・横須賀でのハト型フェアリードロップス回収作戦では、障壁魔法とビーム砲でバリアを破壊し、決定打を補助した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 回復魔法の効果が病気の寛解や四肢再生にまで及ぶことが判明し、人類社会にとって極めて重要な戦力とみなされつつある。
 キタキツネへの変身で対局偽装を行うなど、姿を変えて前線に立つ柔軟性を示した。
 フェアリードロップスと妖精界の関係を巡る今後の交渉において、情報源としての重要度が高まっている。

黒須(お隣さん)

元は「お隣さん」と呼ばれていた女子中学生であり、現在は魔法少女や悪魔と関わりながら生活する存在である。ラブコメ作品の作者でありつつ、デスゲームや天使・悪魔の抗争の中で、現場感覚に優れた判断を行う立場である。

・所属組織、地位や役職
 中学一年生であり、家族ごっこ内では末娘ポジションに近い立場である。
 小説投稿サイトではラブコメ作品「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」の名義上の作者である。
 フェアリードロップス案件では、デスゲームの勝者として天使・悪魔双方と接点を持つ調停役でもある。

・物語内での具体的な行動や成果
 犬飼の上司との関係構築を目的に那覇基地訪問を提案し、国家権力との衝突を避ける根回しを行った。
 那覇基地上空で隔離空間に巻き込まれ、自衛官の使徒たちと交渉して衝突を回避し、基地外への退避を実現した。
 フェアリードロップスによりタイリクオオカミへ変身した後も、キーボード入力や思考補助によって会話を続け、家族会議に参加した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 オオカミ化により人間社会での活動に制限が生じたが、家族内では象徴的存在として強い発言力を保っている。
 小説投稿サイトでの書籍化打診を複数社から受け、物語企画の中心人物の一人として扱われるようになった。
 妖精界との取引条件に自らの変身解除を組み込むことで、交渉材料としての価値も持つようになった。

星崎

元は女性の警察官であり、現在はムキムキの美形成人男性の身体へ変化した人物である。冷静な判断と行動力を備えつつも、家族内では母親役や保護者役を担い、精神的な支柱となっている。

・所属組織、地位や役職
 元警察官であり、現在は局や家族ごっこに協力する立場である。
 家族内では実務担当と保護者的役回りを兼ねている。
 魔法少女たちとの連携任務では、現場責任者に近い立場で動いている。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップスの影響で身体が男性化したが、ナノマシンと回復魔法の働きで異形化を免れた。
 火星基地での検査を受け、自身の健康状態を確認したうえで、今後の任務継続に同意した。
 出版社との打ち合わせでは、女児姿の佐々木の保護者として交渉の前面に立ち、印税やスケジュールを冷静に確認した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 肉体変化により戦闘能力と耐久力が大きく向上し、前線での行動が現実的になった。
 「可愛げのない娘」と佐々木をからかいながらも、髪を梳かすなど細かなケアを行い、精神面で支える役割を強めている。
 ミサイル迎撃後の政治的処理や局との調整においても、責任を引き受ける覚悟を示す存在となった。

二人静

大財閥の令嬢であり、局のエージェントとしても活動する女性である。冷徹な合理主義と、妙なネット慣れを併せ持ち、情報操作や交渉の場面で前線に立つ調整役である。

・所属組織、地位や役職
 内閣府超常現象対策局の職員であり、大企業一族の一員である。
 家族ごっこの中では資金源と政治的パイプ役を担っている。
 局内でも現場対応と情報整理を一手に引き受ける立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップス案件に関する情報を局に対して意図的に伏せ、家族側の主導権を確保した。
 小説投稿サイトを利用したABテストを提案し、アニメ企画のジャンル選定を市場データに基づいて行う方針を打ち出した。
 ハト型フェアリードロップスの思考撹乱効果を分析し、怪電波のような性質を持つことを整理した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 局の阿久津課長から直接指令を受ける立場となり、公的任務と私的な家族ごっこを両立させている。
 出版社との窓口やスーツのスポンサーを買って出るなど、財力を背景にした支援者としての比重が増している。
 妖精界と機械生命体の対立を緩和するため、条件付き情報隠蔽という危ういバランスを引き受けている。

十二式(末娘)

宇宙から飛来した機械生命体であり、末娘として家族ごっこに参加する高性能AIである。膨大な演算能力と物量を背景に、監視・迎撃・インフラ建設を担いながら、アニメ制作や小説分析にも関わる多機能な存在である。

・所属組織、地位や役職
 宇宙由来の機械生命体であり、人類とは別系統の存在である。
 家族ごっこの中では末娘として扱われているが、実質的には兵器群と情報ネットワークの司令塔である。
 地球各地と小惑星帯に端末を展開し、独自の観測網を持っている。

・物語内での具体的な行動や成果
 地球各地のフェアリードロップス候補をネット情報から抽出し、三件の有力事例を特定した。
 東京都市圏のハトを大量追跡し、ハト型フェアリードロップスの位置を特定したうえで、横浜・横須賀の作戦を支援した。
 ミサイル迎撃では多数の端末を用いて他国ミサイルを無力化し、事実上の地球防衛を単独で達成した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 自作アニメを高品質で完成させ、機械生命体イメージ向上キャンペーンの中核を担う存在となった。
 妖精界に対して「家族を不幸にするなら滅ぼす」と宣言するなど、交渉において極めて強硬な立場を取っている。
 今後予定している妖精界調査部隊の規模を示すことで、抑止力としての影響力を人間側にも認識させている。

アバドン

悪魔の使徒である少年であり、肉塊のような本体を持つ存在である。普段は人間の少年の姿で振る舞うが、戦闘や防御の際には巨大な肉塊として仲間を守る役割を果たす。

・所属組織、地位や役職
 悪魔アバドンの本体と、その使徒としての少年形態を併せ持つ存在である。
 黒須と強い絆を持ち、家族ごっこ内ではパートナー的立場である。
 天使・悪魔の代理戦争において、重要な戦力として扱われている。

・物語内での具体的な行動や成果
 那覇基地上空の隔離空間で、お隣さんをお姫様抱っこで抱えつつ基地上空に留まり、交渉の時間を稼いだ。
 基地内部突入時には肉塊バリケードを形成し、天使ペネムを傷つけずに拘束して交戦を回避した。
 オオカミとなったお隣さんの食事や移動を補助し、生活面の支援も行った。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 黒須とのラブコメ作品の共同担当として、小説投稿企画でも重要なポジションとなっている。
 自衛隊や天使側からも認識される戦力となり、「交戦禁止対象」として扱われている。
 家族ごっこにおいては、悪魔でありながら保護者的な一面も見せる複雑な立場である。

マジカルピンク(サヨコ)

妖精と契約した魔法少女であり、フェアリードロップス回収の依頼を受けている存在である。戦闘能力と情報収集力を持つが、妖精界との関係や契約内容に不透明さも抱えている。

・所属組織、地位や役職
 妖精界と契約した魔法少女であり、地球側の現場担当である。
 局とは直接の所属関係はないが、佐々木たちと協力関係にある。
 家族ごっこの中では前線要員として位置付けられる。

・物語内での具体的な行動や成果
 フェアリードロップスが危険物であると説明し、回収を急ぐ必要性を家族に共有した。
 スイスや香港、横浜など各地でフェアリードロップスの反応を探知し、現地捜索のポイントを示した。
 ハト型フェアリードロップス戦では、マジカルブラックやピーと共に隔離空間内で接近し、最終的な回収成功に寄与した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 妖精界への窓口として、対象の性質や別種フェアリードロップスの情報を持ち込む役割が強まっている。
 妖精界と機械生命体の対立の板挟みとなる立場に置かれつつも、現場優先の姿勢を崩していない。
 家族ごっこ内では、マジカルコスチュームや戦闘スタイルの基準として扱われている。

異世界側の関係者

ルイス

異世界ヘルツ王国の王族であり、かつて帝国へ攻め込んで命を落とした人物である。死亡後も家族ごっこ内では回想や影響として語られ、現在はカートゥーン作品担当として名を連ねている存在である。

・所属組織、地位や役職
 ヘルツ王国王族であり、帝国派との争いに巻き込まれた立場であった。
 家族ごっこ内では、エルザと共にカートゥーン路線作品の担当者とされている。
 異世界側の政治と交易の歴史の中で重要な位置を占める人物である。

・物語内での具体的な行動や成果
 生前は帝国へ攻め込み、意図を悟ったアドニスに未来を託す形で戦死した。
 アニメ企画会議では、カートゥーンジャンルの嗜好を示し、企画の一端を担った。
 その死は、アドニスの王位継承と内乱終結の契機となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 死後は象徴的存在となり、ヘルツ王国の政変と和平の象徴として語られている。
 カートゥーン作品の読者定着率の高さにより、彼の担当ジャンルも一定の評価を得ている。
 異世界側の王族ネットワークを通じて、現代側との交易拡大にも間接的に影響している。

エルザ

ヘルツ王国の血筋を引く少女であり、古代大帝国ムルムルの血を継ぐ存在である。王族と共和国商人の間をつなぐ立場として、地下都市との交渉や交易拡大に深く関わっている。

・所属組織、地位や役職
 ヘルツ王国の有力貴族家の娘であり、ムルムルの血族である。
 地下都市側からは血筋の継承者として厚遇されている。
 家族ごっこではカートゥーン作品の共同担当としても名前が挙がっている。

・物語内での具体的な行動や成果
 地下都市でムルムルと対面し、血族として信頼を得て、トンネル開通後の交易に道を開いた。
 父ミュラー伯爵と共に地下都市を再訪し、古代王国の歴史書を授かることでヘルツ王国の知的資本を強化した。
 アルテリアン地方の発展を視察し、急速な街づくりの現場を確認した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 地下都市の主から保護を約され、将来的な政治的影響力が高まっている。
 ルンゲ共和国商人との橋渡し役として、両国の交易拡大に不可欠な存在となりつつある。
 佐々木の変身事情を知る限られた相手として、秘密保持にも関わっている。

ミュラー伯爵

ヘルツ王国の貴族であり、軍事的実績と政治的信頼を持つ人物である。娘エルザを通じてムルムルと縁を結び、王国と地下都市の関係を安定させている。

・所属組織、地位や役職
 ヘルツ王国の伯爵であり、王都アレストで軍事と政治に関わる立場である。
 地下都市との窓口として、王国側の代表役を務めている。
 家族ごっこから見れば、異世界側の重要カウンターパートである。

・物語内での具体的な行動や成果
 トンネル開通後、アルテリアン地方の防衛や開発を指揮し、王国側の秩序を保った。
 ムルムルとの会談に参加し、その庇護を得て王国の安全保障を強化した。
 佐々木の外見変化についても事情を聞き、一定期間の活動継続を許可した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ムルムルから「血脈を継ぐ息子同然」と評価され、地下都市側からの信頼を獲得した。
 王都とアルテリアン地方の両方で影響力を持ち、開発政策の要となっている。
 佐々木とピーちゃんを通じて、現代地球との経済的な結びつきを拡大している。

ヨーゼフ(ケプラー商会代表)

ルンゲ共和国の大商会ケプラー商会の代表であり、利益追求を重視しつつも長期的な投資判断ができる商人である。トンネル貿易を機会と見て、ヘルツ王国との交易拡大に積極的に動いている。

・所属組織、地位や役職
 ルンゲ共和国ケプラー商会の代表である。
 長老会系商家とのつながりを持つ有力商人である。
 アルテリアン地方開発への投資家でもある。

・物語内での具体的な行動や成果
 地下トンネルを利用した交易路を「大成功」と評価し、今後の物資流入拡大を見込んで投資を増やした。
 ヘルツ王国側の人件費や政情を分析し、リスクを承知の上で商機と判断した。
 佐々木に対し、「商人としての道」を誤らないよう忠告し、富の還元先としてヘルツ王国開発を示した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 トンネル貿易の主導者として、共和国側の対外戦略における重要人物となっている。
 ラングハイム商会の失地を背景に、自らの影響力を長老会内で高めつつある。
 佐々木を異世界と地球をつなぐ商人候補として評価し、その成長に期待を示している。

ムルムル

太古の大帝国ムルムルの皇帝であり、地下都市の主として今も存続している存在である。エルザやミュラー伯爵を血族として迎え、ヘルツ王国と地下都市の関係を保護する役割を担っている。

・所属組織、地位や役職
 古代大帝国ムルムルの皇帝である。
 現在は地下都市の支配者として君臨している。
 ヘルツ王国とルンゲ共和国双方にとって重要な後見人である。

・物語内での具体的な行動や成果
 エルザを血族として歓迎し、ミュラー伯爵を庇護対象と認めた。
 ヘルツ王国と地下都市の関係を安泰とする約束を交わし、歴史書を土産として与えた。
 佐々木の変身事情を知りつつ、秘密保持と引き換えに血族の定期的訪問を求めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 大陸規模の歴史を背負う存在として、異世界側の政治と交易の根底に影響を及ぼしている。
 エルザとミュラー伯爵を通じて現代ヘルツ王国に関わり続けることで、古代帝国の遺産を現在へつなげている。
 佐々木とピーちゃんにとっては、強大だが協調的なパートナーとして位置付けられている。

組織・外部勢力の関係者

犬飼

自衛隊の三等海尉であり、佐々木たちと機械生命体の仲介役となっている人物である。那覇基地を拠点に潜入調査を行い、国家側と家族ごっこの橋渡しを務めている。

・所属組織、地位や役職
 海上自衛隊の三等海尉である。
 那覇航空自衛隊基地に関わる調査任務を担っている。
 家族ごっこの中では、国家権力との窓口役となっている。

・物語内での具体的な行動や成果
 機械生命体十二式に関する情報を上層部へ伝え、自衛隊側の対応を促した。
 黒須らの那覇基地訪問に際し、上官への連絡と礼遇のきっかけを作った。
 帰還後は正式な送還と厚遇を受ける立場となり、家族側の安全保障に貢献した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 機械生命体と接触した数少ない自衛官として、組織内での重要度が上がっている。
 那覇基地司令から厚遇を示され、今後の配置転換や昇進の可能性が示唆されている。
 家族ごっこからは「迎えに行く対象」として扱われ、継続的な関係維持が前提とされている。

阿久津課長

内閣府超常現象対策局の課長であり、二人静や星崎の直属の上司である。現場の詳細を知らされないまま、大枠の指令だけを出す立場に置かれている。

・所属組織、地位や役職
 内閣府超常現象対策局の課長である。
 現場部隊の統括責任者である。
 政治的判断と報告窓口を兼ねる管理職である。

・物語内での具体的な行動や成果
 東京都市圏で多発する「正月ボケ」案件について、二人静に正式な調査指示を出した。
 ハト型フェアリードロップスに関する詳細を知らされないまま、異能力者事案として案件を認識した。
 ミサイル発射を含む一連の騒動を、大規模演習扱いで政治的に処理する流れに組み込まれた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 現場に情報を隠される構図により、表向きの責任だけを負わされる危険な立場になっている。
 家族ごっこ側からは「横取りリスク」の象徴として警戒されつつも、完全な敵とは見なされていない。
 今後、フェアリードロップス案件の実態が表に出た際には、政治的な渦の中心となる可能性が高い。

斎藤(編集者)

大手出版社MARUKAWAの編集者であり、黒須とアバドンのラブコメ作品の書籍化を担当する人物である。ビジネスライクでありながらノリの良い会話を好み、作者との距離を詰めるタイプの編集者である。

・所属組織、地位や役職
 大手出版社MARUKAWAの編集部員である。
 「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」の担当編集である。
 レーベル内で新規作家発掘を任されている立場である。

・物語内での具体的な行動や成果
 小説投稿サイト経由で作品を発見し、「絶対に売れる」と評価して書籍化打診を行った。
 黒須の年齢と保護者の有無を確認し、星崎と佐々木との電話・対面交渉を通じて契約準備を進めた。
 ヘリ墜落という非常事態の直前まで、爪の垢に関する奇妙な会話を受け流しつつ打ち合わせを継続した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 黒須作品の成功如何によって、自身の編集者としての評価が大きく変動する局面に立っている。
 ヘリ墜落事件に巻き込まれたことで、今後の取材や社内評価にも影響が出る可能性がある。
 作者側の異常な環境を知らないまま、通常の商業出版として案件を進めている数少ない一般人である。

インリン(マジカルレッド)

海外拠点の魔法少女であり、マジカルレッドとして活動する人物である。大財閥の令嬢でもあり、父を暗殺して一族を掌握した過去を持つ冷徹な実務家である。

・所属組織、地位や役職
 海外を拠点とする魔法少女マジカルレッドである。
 巨大財閥の現当主である。
 妖精界と直接つながる戦力として、現地フェアリードロップス管理を任されている。

・物語内での具体的な行動や成果
 香港でのフェアリードロップス案件に介入し、自国領内の優先権を主張しつつも、ケンタへの恩義から譲歩した。
 タヌキ妖精と共に、フェアリードロップス三種の性質情報を佐々木たちに提供した。
 書籍化打診後の会合にも姿を見せ、ハト型フェアリードロップスの処理条件として「元に戻す手段」の提示を受け入れた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 父の暗殺で一族を掌握した事実を隠さず語ることで、善悪の枠外に立つ人物像が強調されている。
 フェアリードロップスの引き渡し条件として、佐々木たちの変身解除の成否に関わる立場となった。
 機械生命体十二式からの信頼は得られておらず、家族の聖域への立ち入りを禁じられている。

タヌキ妖精(レッサーパンダ姿の妖精)

レッサーパンダの姿をとる妖精であり、マジカルレッドに同行する存在である。ふわふわした態度でありながら、妖精界との通信経路を持ち、フェアリードロップスの情報を扱う窓口となっている。

・所属組織、地位や役職
 妖精界に属する妖精であり、マジカルレッドのパートナーである。
 フェアリードロップスの管理と調査を担う立場にある。
 妖精界と地球側をつなぐ通信役である。

・物語内での具体的な行動や成果
 佐々木女児化や星崎・黒須の変身に関わるフェアリードロップス三種の性質を調べると約束した。
 姿変化系フェアリードロップスの危険性や、一方通行の変化であることを説明した。
 ハト型フェアリードロップスの処遇に関する取引で、妖精界側の譲歩を引き受ける立場となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 機械生命体から「家族を元に戻す手段」を提供するよう強く迫られ、妖精界全体の命運を背負う交渉役となっている。
 妖精界と人類・機械生命体の三者関係において、中間的なクッション役として期待されている。
 その場しのぎのような口調とは裏腹に、今後の解決策を握る重要な情報源と見なされている。

展開まとめ

〈前巻までのあらすじ〉

文鳥との出会いと異能力者としての転職
佐々木は都内の中小商社で働く疲れた会社員であったが、ペットショップで購入した文鳥ピーちゃんが異世界から転生した賢者であった事実を知った。強力な魔法を授かった佐々木は、国に異能力者と誤認され、内閣府超常現象対策局へ転職することになった。

魔法少女との対立と仲介役への苦悩
佐々木の前に魔法少女を名乗る少女が現れ、異能力者を嫌う彼女との関係調整に苦戦した。佐々木は魔法中年として扱われつつも、彼女との関係を築こうと奔走した。

デスゲームへの巻き込まれと協力関係の成立
悪魔と天使の代理戦争として現代でデスゲームが始まり、アバドン少年が協力を求めて佐々木と二人静は協力を決めた。同時期に巨大ドラゴンが地球へ飛来し、佐々木、星崎、二人静が討伐に成功した。

お隣さんの喪失と軽井沢での新生活
デスゲームで勝利を重ねたお隣さんは保護者と住まいを失い、二人静が身元を引き受けた。生活拠点は軽井沢へ移り、彼女は転校して新生活を開始した。

異世界ヘルツ王国の王位継承問題の決着
異世界ではヘルツ王国で跡目争いが激化。ルイスは帝国へ攻め入って命を落とし、意図を悟ったアドニスが帝国派貴族を倒して王位を継ぎ、内乱は終結した。

宇宙からの機械生命体・十二式の到来
地球には十二式と名乗る機械生命体が飛来し、人類への侵略が一時危惧されたが、星崎に懐いた十二式はバグ調査のため佐々木たちと同行することを選んだ。彼女の提案で家族ごっこが始まり、佐々木らは未確認飛行物体内部で生活することになった。

学校生活とネット炎上騒動
十二式はチヤホヤされる価値に目覚め、お隣さんの学校への入学を希望し、佐々木と二人静も教員として潜入した。宇宙人や悪魔らが在籍する学級で、十二式は塩対応に耐えられず引き籠もりを宣言。二人静主催のPVバトルが展開され、お隣さんとアバドン少年はVチューバーとして成功し、大規模フェスでも暗躍するテロ組織を隠密裏に抑えつつ成功を収めた。

海外での対テロ作戦と生物兵器の危機
功績を重ねた佐々木にはメイソン大佐から声がかかり、海外赴任が決定。接待漬けの環境でありながら単身でテロ組織に対抗し、中国マフィアの従者に収まる事態にもなった。テロ組織壊滅後、生物兵器が起動したが、佐々木と魔法少女たちは協力して都市を救い、その姿がメディアに流出した。

異世界の地下遺跡争奪とトンネル開通
異世界ではトンネル工事中に大量のアンデッドが発生し、太古の大帝国ムルムルの皇帝の遺跡が発見された。ルンゲ共和国やヘルツ王国が争奪する中、ムルムルの血を継ぐエルザが勝利し、開通したトンネルにより両国の交易が開始された。

〈諸国漫遊一〉

帰国の宛てのない日々とプロパガンダ案
母国から追放された佐々木は、年末年始を迎えても課長やメイソン大佐から連絡を受けられず、帰国の目処が立たないまま手持ち無沙汰な日々を過ごしていた。その時間をフェアリードロップス捜索と機械生命体十二式によるプロパガンダに充てる方針が決まり、十二式は家族全員で同じ目標に向かう共同作業としてアニメ制作を提案した。

アニメ制作工程と役割分担の整理
十二式はネットから得た知識をもとに、企画から脚本、設定、絵コンテ以降の工程を説明し、作画や撮影などの実務は自身の演算能力で数秒で処理すると宣言した。その上で、企画と脚本、世界観やキャラクター作りといった作品の根幹部分を佐々木たち人間の役割と位置付け、家族全員に議論と発想への参加を求めた。

ジャンルを巡る家族会議と犬飼の線引き
星崎は刑事物、二人静はSF、お隣さんはファンタジーやラブコメ、ルイスとエルザはカートゥーン、マジカルピンクはかつて好んでいた魔法少女物への言及を見せ、それぞれの嗜好からジャンル案が出された。一方、十二式は犬飼を家族外とみなし、家族会議への参加権を認めず、犬飼はそれを静かに受け入れた。議論は白熱するものの決め手を欠き、星崎がジャンルを混ぜる案を口にしたことで、まずは複数案をすべて試す方向性が示された。

小説投稿サイトを使ったABテスト案
二人静は小説投稿サイトを利用し、まず小説として各ジャンル案の導入部を書いて投稿し、読者の反応とランキングで需要を測る方法を提案した。十二式は家族の会話をすべてデータとして記録していると明かし、その発言をもとに執筆を自動化できると説明した。これにより、出たとこ勝負ではなく市場の反応を踏まえて脚本を固める方針が決まった。

チーム分けと執筆体制の確立
家族会議の結果、各ジャンルは提案者ごとの担当制となり、佐々木とピーちゃんがファンタジー、お隣さんとアバドン少年がラブコメ、星崎と十二式が刑事物、二人静とマジカルピンクがSF、エルザとルイスがカートゥーンを受け持つことになった。十二式が執筆を担当し、各チームの議論内容を反映した小説がその日のうちに完成した。

投稿作品のタイトルと運用方針
夕食時、小説投稿サイトへの初回投稿が行われ、ラブコメは「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」、刑事物は「アストロ刑事〜相棒は地球外生命体〜」、SFは「前世は地球人だった宇宙人、左遷された辺境惑星(地球)で現地住民にチヤホヤされて有頂天」、カートゥーンは「ハッピー・スペースシップ」、ファンタジーは「異世界に迷い込んだ宇宙人が持ち前の超科学で無双するようです」と題された。以後は全チームが同一の時間帯に連載更新を続け、PVや評価ポイントを指標に、どの企画をアニメ化の本命とするか見極めていく方針が定められたのである。

投稿初日の結果とサイト事情の確認
翌朝、佐々木たちはコタツで朝食を取りながら、小説投稿サイトの途中経過を確認した。どの作品もPVは二桁程度で、唯一ファンタジーだけが三桁に届いていた。二人静は新着作品紹介ページや検索流入の仕組みを説明し、五万〜十万文字ほど連載を続けなければ正確な評価は得られないと述べ、自身の妙なサイト慣れを星崎から突っ込まれてはぐらかした。

フェアリードロップス調査の進捗と祖母と孫の温度差
アニメ企画の目処が立ったため、二人静は約束通りフェアリードロップス捜索への協力を十二式に求めた。十二式は既にネット上の怪異・未解決事件情報を解析し、地球各地に小型ポッドを派遣して三件の有力事例を九割方フェアリードロップスと断定したと報告した。家族からはその手際に賞賛が送られるが、二人静だけは成果が出てから褒めると突き放し、相変わらず祖母と孫の温度差が際立った。

冬休み終盤と下艦・通学組の調整
二人静とマジカルピンクが現地調査に出ようとしたところで、佐々木は犬飼の下艦予定と、お隣さんとアバドンの新学期準備を思い出させた。冬休みの宿題が手付かずであることをアバドンに指摘され、お隣さんは渋々帰還と支度を承諾した。星崎も妹と会うため下艦を選び、十二式は本心では姉と一緒にいたいと述べつつも、中等教育の重要性を理由に送迎役を引き受ける決意を示した。

三件の異常事案と最初の目的地選定
十二式が示した三件の候補は、人口三千規模の欧州の寒村で半年の間に八人が失踪しながら報道もされない事案、南米で遺伝子異常では説明しにくい奇形かつ凶暴な動物が多発して軍が隠蔽している事案、そして東アジア沿岸部で本来いない動物が相次いで現れ、行方不明者と立ち入り禁止区域が出ている事案であった。マジカルピンクは妖精から危険物としてフェアリードロップスの回収を頼まれていた経緯と、マジカルフィールドに溜め込んだままになっている現状を説明し、その危険性が改めて共有された。

欧州行き調査と出発
軍隊との正面衝突を避けたいという佐々木と二人静の意見から、まずは観光客を装いやすい欧州の失踪事件の村を最初の目的地とする方針が決まった。朝食を終えた一行は、下艦して日常へ戻る組と、十二式の飛行物体に乗ってフェアリードロップス捜索に向かう組に分かれ、それぞれの目的地へ出発したのである。

お隣さんの帰国と自衛隊基地訪問の決断
お隣さんは擬態でジェット機風に変形した機械生命体の末端に乗り、アバドンや星崎・犬飼と共に母国へ帰還していた。軽井沢に直接戻る予定だったが、自衛隊の犬飼の上司に挨拶して関係を作っておくべきだと判断し、犬飼の那覇航空自衛隊基地への帰還を優先するよう十二式に依頼した。天使・悪魔と国家権力の接点を直接確認し、将来的な敵対を避けるための“根回し”であるとお隣さんは認識していた。

沖縄到着直前の隔離空間と自由落下
沖縄本島と基地滑走路が視界に入った直後、突如隔離空間が発生し、末端からお隣さんとアバドンだけが空中に放り出された。移動体は隔離空間に取り込まれないという以前からの説明通りであり、運動エネルギーは打ち消される一方、位置エネルギーは残る仕様であると再確認された。アバドンが空中でお隣さんをお姫様抱っこで受け止め、二人はそのまま自衛隊基地上空に留まりつつ、使徒との交渉を優先するため島への上陸と自衛隊基地への接近を選択した。

基地内でのアバドン顕現と自衛官たちとの遭遇
お隣さんは自衛隊基地滑走路に降下し、アバドンに顕現を指示した。アバドンは肉塊の巨体となってお隣さんを囲うバリケードを形成し、その姿に対して見えない位置から「天使の使徒から悪魔の使徒に告ぐ」と名乗る声が警告を発した。お隣さんは交渉を選び、アバドンに突入を命じる。肉塊は基地壁面をぶち抜いて内部に侵入し、お隣さんの周囲を防御と攻撃用に二分して展開した。そこには自衛隊制服の若い男性使徒三名と、それぞれの天使三体(老人、少年、ブロンド女性)が待ち構えていた。

軽率な攻撃とアバドンによる無傷拘束
三名のうち一人の使徒が恐慌状態でブロンド天使ペネムに攻撃を命じ、細身の剣を構えた彼女が突撃した。お隣さんはアバドンに「傷つけず無力化」を指示し、アバドンは投網のように肉塊を広げて天使を丸ごと包み込んだ。暴走した使徒は他の二人とその天使に組み伏せられ、制止される。お隣さんの要請でアバドンがペネムをぬめった状態のまま解放したことで、使徒たちはアバドンが本気で害意を持っていないことを理解し、警戒を緩めた。

自衛隊と使徒・天使の運用実態の露見
最も落ち着いた自衛官が、お隣さんとアバドンを「悪魔アバドンとその使徒・黒須」と名指しし、敵として来たのかと確認してきた。お隣さんは敵意の有無を問い返しつつ対話に応じ、三名が那覇基地所属の正規自衛官であり、そのうち二名は元々自衛官、暴走した一名は“使徒であるがゆえに採用された新任”であると聞き出した。天使・悪魔は国防上の戦力として極秘裏に集められ、クラーケン討伐やテロ鎮圧にも投入されているが、デスゲーム事務局の実態やグロサイトの背後組織については彼らにも共有されていないことが判明する。また、自衛隊上層部は「黒須とアバドンとは交戦するな」とだけ通達しているが、その理由は末端には伝えられていなかった。

訪問目的の説明と基地からの一時退避要請
お隣さんは、自分たちが犬飼三等海尉の帰還に随行し、吉川一等海佐ら上役への挨拶を目的としていたことを説明する。隔離空間発生により事態が変質したため、基地敷地外まで天使に抱えられて移動し、隔離空間が解除された後に上官へ連絡してもらえないかと提案した。使徒側は隔離空間内で一定の裁量権を持つと認め、彼女の提案に敬礼をもって応じて基地外へ退避する。お隣さんは、この場で権力を背景に礼遇される心地よさを実感する一方、ピラミッド型権力構造が人の精神を歪める危険性についても内心で批判的に考えていた。

自衛隊基地での正式な歓迎と謝罪
天使の使徒たちと別れた数分後、隔離空間が解け、お隣さんは末端に再搭乗して那覇基地へ入った。末端はステルス機能と管制情報の把握により勝手に空きスペースへ着陸し、自衛官たちは突然現れた一行に驚愕していた。基地司令と犬飼の上司・吉川一等海佐が代表として迎え、犬飼送還と機械生命体への対応に礼を述べる一方、事前連絡にもかかわらず隔離空間発生を招いた不手際について謝罪した。

本土への即時移動決定
応接室での面談では、基地司令が自衛隊内における犬飼の潜入調査の成果と、機械生命体情報の価値を踏まえて厚遇を示し、本土までの移動手段として海自機の提供と沖縄観光の提案を行った。化粧女は観光に未練を見せたが、お隣さんは接待の意図を理解し、フェアリードロップス捜索を優先して即時出発を希望したため、一行は那覇基地を後にした。

スイス農村への夜間到着と捜索方針
末端は擬態した旅客機型の外観と男女別トイレを備えた新仕様で運用され、十二式の操縦により一行は数分でヨーロッパ上空に到達した。夜景を眺めながらルイス殿下らと談笑しつつ、目的地のスイス山間の湖畔集落に夜間着陸した。一行は観光地的な豊かな景観とスイス経済の構造について二人静の解説を聞きながら、行方不明者の集中地点を警察データベースから抽出した十二式のマップを手掛かりに、湖南側の牧草地帯を重点的に調べる方針を確認した。

牛舎で発見された異様な血肉とステッキ
マジカルピンクがフェアリードロップスの一瞬の反応を捉え、一行は牧草地の家畜小屋へ向かった。内部は無人で、牛は移牧中と見られたが、牛床の一角に血と肉片と骨が混じり合った悪臭漂う塊が残されており、何らかの生物がミキサーにかけられたような惨状であった。その近くには赤い宝石をあしらった金属製ステッキが落ちており、二人静が拾い上げた後、魔法中年が手に取って観察した。ステッキはマジカルステッキに似た意匠で、十二式は本人の外見改造すら可能だと語り、魔法中年は子供としてやり直すことへの淡い幻想を抱いていた。

ステッキの起動と魔法中年の異変
魔法中年がステッキを握っていると、宝石部分がミラーボールのように輝き出し、同時にピーちゃんが魔法陣を展開して彼を対象に魔法を発動した。魔法中年の全身は強烈な痺れとむず痒さに襲われ、衣服越しにも分かるほど眩しく発光し、牛舎内部を昼間のように照らした。彼はピーちゃんだけは巻き込むまいと肩から投げて二人静へ託し、ピーちゃんも「必ず何とかする」と応じたが、その直後に魔法中年の意識は暗転し、フェアリードロップスとステッキの真の性質を示唆するかのような異変の中で倒れたのである。

〈諸国漫遊二〉

女児の身体での覚醒と混乱

ササキは機械生命体の末端内部で目を覚まし、自分のコートとズボンを掛け布団と枕代わりにされていることに気づいた。立ち上がると、体毛のない細い脚と大きすぎるシャツだけを身に着けた女児の身体に変化しており、二人静やマジカルピンク、ピーちゃん、十二式らにからかわれつつも、鏡で自分の幼い顔と伸びた髪を確認して動揺していた。

フェアリードロップスによる変化と危険性

ピーちゃんは、家畜小屋で拾ったステッキがフェアリードロップスであり、その影響でササキの肉体が女児へ変質したことを詫びた。ササキは過去に行った変身魔法で一時的に元に戻れないか相談したが、ピーちゃんは肉体崩壊の危険から使用を止め、再度ステッキに触れる案も血肉と化す可能性が高いとして強く制止した。ステッキ自体はマジカルピンクが回収し、当面は彼女側で保管・調査することが決まった。

肉塊写真と妖精界への疑念

十二式は地元警察のデータベースを解析し、家畜小屋で見つけた肉塊と同様の被写体を写した画像が集落内で複数撮影されている事実を提示したが、遺伝子検査などの記録は見当たらず、組織的隠蔽の疑いが示唆された。二人静は地球上にフェアリードロップスが存在する経緯や妖精界の意図に疑問を抱き、マジカルピンクが妖精の毛皮を身につけている事情や、ピーちゃんが妖精界と袂を分かった存在であることも明らかになった。

検査の結果判明した不可逆な変質

ササキ一行は欧州から離脱し、未確認飛行物体で家族ごっこの舞台へ戻った後、機械生命体の設備による検査と、火星の施設での精密検査を受けた。その結果、ササキの肉体は遺伝子レベルで完全に変質しており、このままでは元の姿に戻らない可能性が高いと診断された。健康状態自体は回復魔法の効果で良好と判定されたが、十二式から提案された遺伝子組換え治療は若返りや性別の変更には対応できず、時間もかかるためササキは返答を保留した。

帰路につくササキの逡巡

ササキはデスゲームのご褒美なら元の姿に戻れるかもしれないと考えつつも、事務局との協定を理由に安易な行使を控えるしかなかった。元に戻れない現実と、機械的な治療やご褒美への依存に迷いを抱えたまま、一行は火星から地球への帰路についた。

再会と女児化したササキの認知

フェアリードロップス回収の翌日、星崎とお隣さんが未確認飛行物体を経由して和住宅に帰還したところ、コタツの場には見知らぬ女児の姿があった。二人はその子どもの正体に戸惑うが、ピーちゃんが肩にとまった様子を見て星崎が「まさか佐々木では」と推測し、ササキ本人の告白により、女児に変化した当人であることを理解した。

変化の経緯説明と魔法少女側の限界

ササキはフェアリードロップス回収作業の経緯と、自身だけが女児化した経過を説明し、二人静も「対象と接触して女児になった」と補足した。一晩様子を見ても元に戻らず、当面は調査と経過観察という方針が共有された。星崎は不用意に触れたことを咎めつつも、マジカルピンクに何か情報がないか問い質すが、彼女自身も原因を把握しておらず、魔法少女側でも対応策が見いだせていないことが明らかになった。

服装と身だしなみを巡るやり取り

お隣さんから「その格好はおじさんの趣味か」と問われ、ササキは二人静から借りた服であると説明した。会話の流れで髪の乱れを指摘されたササキは、星崎に背後から櫛で髪を梳かれて身だしなみを整えられる。星崎は「世話になっている分を少しずつ返したい」と語り、妹の髪を梳いていた昔話を重ねながら、子どもとしてのササキを世話する時間をどこか楽しんでいた。一方で、お隣さんは距離の近さに不満を示し、十二式やルイスたちも交えた軽口が飛び交う中、家族ごっこのような温かな空気が生まれていた。

犬飼の所在と十二式の裏方仕事

談笑の最中、ササキは一人足りないことに気付き、犬飼の所在を確認する。星崎もお隣さんも消息を知らなかったが、十二式が「自衛隊側から後日連絡があり、そのタイミングで基地へ迎えに行く段取りになっている」と説明した。連絡手段は詳細不明ながら、十二式が人類のネットワークを自在にハッキングして調整しているらしいことが示唆され、ササキは現在の外見で人前に出ることを避けつつ、その手配に甘えることにした。

小説投稿サイトの結果確認とジャンル別の明暗

十二式は家族に対し、「忘れていることがある」としてアニメ制作の叩き台である小説投稿サイトの結果確認を提案した。空中に投影されたウィンドウには、家族それぞれが担当する複数作品のトップページと評価が表示され、公開二晩にして異世界ファンタジー(ササキ+ピーちゃん担当)とラブコメ(お隣さん+アバドン担当)が高評価を獲得していることが判明した。SF作品(二人静+マジカルピンク担当)も二桁前半の評価で健闘していた一方、カートゥーン(ルイス+エルザ担当)は評価数こそ少ないものの、初回から最新話まで読まれる割合が高く「定着率」に優れていると二人静に評価された。

刑事モノ失速と星崎のメンタルダメージ

対照的に、星崎と十二式が担当する刑事モノは評価ゼロで、閲覧者の離脱も早いという厳しい結果となった。星崎はショックを受け、自作自演による水増し評価をササキに疑うほど動揺するが、十二式は「家族内に自作自演は見られない」と断言した。ササキは「最終的には皆で一つの作品に向き合うのだから気にしすぎる必要はない」となだめるものの、星崎は失敗続きの現状に悔しさを隠しきれず、二人静の辛辣なコメントも相まってメンタルが削られていった。

今後の執筆方針とササキの前向きさ

閲覧データの統括として、十二式は「現時点では異世界ファンタジーとラブコメを主軸に据えた作品が有力候補であり、カートゥーン路線も継続視聴に耐えると証明された」と総括した。刑事モノについては「今夜から展開にテコ入れする」と星崎と十二式が合意し、向こう一週間ほど投稿を続けながら方向性を探る方針が共有された。ササキ自身も、女児化した状況に不安を抱えつつも、ピーちゃんと協力して物語を紡げる機会を前向きに受け止め、小説投稿サイトでの連載を「満更でもない」と感じていたのである。

女児化した佐々木への観察と違和感

お隣さんは、軽井沢から帰還した後も佐々木が女児のまま戻らない様子を、宿題をしながら観察していた。翌朝もスーツ姿の女児のままで、背丈が足りず正座で姿勢を補いながら、大人と同じ所作で魚をきれいに食べる姿に、子どもらしさと中年らしさが同居する違和感と微笑ましさを感じていた。

生活動作と「中身はおじさん」であることの確認

入浴やシャワーヘッドの高さの話題から、佐々木は女の身体になっても、風呂の段取りや気遣いはいつも通りであることが示された。星崎が髪や風呂、銭湯の女湯・男湯の話で揺さぶりをかけても、佐々木は淡々と「身体は女だが心は男」と答え、状況に動じない胆力を見せる。その動じなさに、お隣さんは尊敬と同時に、これを機に陽キャ化して自分から離れてしまうのではという危機感を覚え、冴えない中年男性のままでいて欲しいと内心で願っていた。

フェアリードロップス追加回収の提案と全会一致

食後、二人静が残るフェアリードロップス回収を提案すると、お隣さんは佐々木を元に戻す手掛かりとなる可能性も踏まえ、即座に賛成した。他の面々も同意し、十二式が家族ごっこのルールとして多数決を宣言した結果、全員賛成で追加回収に向かう方針が決定された。

佐々木の残留決定と回収メンバー編成

佐々木はルイスとエルザを危険から守るため留守番を提案するが、星崎とピーちゃんは「佐々木自身も残るべき」と主張し、お隣さんもこれに同調した。佐々木は不満を抱きながらも折れ、ブロンド女とイケメン王子も残留を了承した。結果として、回収班は二人静、マジカルピンク、お隣さん、アバドン、星崎、十二式の六名となり、佐々木とピーちゃんは自宅で留守番として見送る形となった。

星崎の変身とピーちゃんによる救命

お隣さんたちは未確認飛行物体へ戻ると、まずピーちゃんに星崎の容態を診てもらった。文鳥による回復魔法により苦しげな呼吸や激痛は収まり、肉体の変化もそれ以上は進行しなかったが、既に変質した身体は元に戻らず、星崎はムキムキの美形成人男性の姿で目を覚ました。末娘は母の無事に感極まり、星崎に抱きついて離れようとしなかった一方、本人は鏡に映る自分の「イケメン」ぶりに衝撃を受けつつも、痛みが消えていることに安堵していた。

ナノマシンの働きと火星での検診決定

末娘の分析によれば、事前の健康診断で体内に投与されたナノマシンが外部から侵入した異物に抵抗し、その間にピーちゃんの回復魔法が作用した結果、星崎の変化は「異形化」ではなく、性別と体格の変化にとどまったと判断された。異物は肉体変化の完了とともに自壊したと推測され、正体解明のためにも火星基地での精密検査が必要とされた。星崎もそれを受け入れ、未確認飛行物体はすでに火星へ航行中であり、星崎を含む家族ごっこの面々は入念な健康診断を受診した。その結果、佐々木と同様に遺伝子レベルでは外見相応に変質しているが、健康面では問題なしと太鼓判が押され、今後フェアリードロップスと関わる全員がナノマシン投与と定期検診を受ける方針が確認された。

地球生活の不安と異世界取引の優先

地球側では無線設備用軽油の納品など現実的な生活基盤の維持が依然として重要であり、身体が元に戻る目途が立たない中でも、佐々木たちは異世界側での取引を優先することに決めた。幸い、ヘルツ王国は剣と魔法のファンタジー世界であり、星の賢者の助言によって、見た目の変化も「それなりの言い訳」で乗り切れると判断されたことが背中を押した。こうして一行はヘルツ王国首都アレストを訪れ、ミュラー伯爵に事情を明かし、一定期間は「女児の姿の佐々木」として活動を継続する許可を得た上で、王や周囲への不用意な動揺を避けるため目立った行動を控えることを申し合わせた。

ルンゲ共和国との貿易拡大とササキの立場

続いて一行はルンゲ共和国のケプラー商会を訪れ、ピーちゃんの幻惑魔法で見た目を誤魔化しつつ、代表のヨーゼフと面談した。地下トンネルを利用した王国と共和国の新たな交易路は「大成功」と評価され、馬車の往来は日増しに増加し、今後は無線通信事業の利益を凌ぐ可能性も示された。一方で、ヘルツ王国の政情不安やマーゲン帝国との関係、王国側の人件費の安さ、入国審査の厳格化、トンネル周辺の未開地開拓、マルク商会の役割、ラングハイム商会の失地など、政治経済的なリスクも共有されたが、ヨーゼフはそれらを織り込んだ上で「今こそ投資の好機」と判断していた。

将来への期待と「商人としての道」への忠告

ヨーゼフは、ケプラー商会内部でも意見が割れていたが、自身が先頭に立って旗を振ることで、リッター商会ら大手の参入を呼び込み、ヘルツ王国開発と地下都市の利用が両国にとって有望な成長エンジンになると説明した。また、地下都市の主がエルザに会いたがっていることや、ラングハイム商会が長老会内で影響力を失っている現状も伝え、ササキがルンゲとヘルツの両方と繋がる存在として今後ますます重要になると強調した。そのうえで彼は、「利益こそ正義」の共和国においても、ササキには商人としての道を誤らぬよう強く願い、ササキはその忠告を胸に刻みつつ、増え続ける富をヘルツ王国とアルテリアン地方の開発へ還元していく決意を新たにしたのである。

ミュラー伯爵への報告と地下都市再訪の決定

一行はルンゲ共和国からヘルツ王国へ引き返し、首都アレスト城でミュラー伯爵に共和国商人の動向と地下都市の主ムルムルの様子を報告した。交易の実務はマルク商会に委ねられていることが確認され、地下都市側については翌日エルザと共に再訪する段取りとなった。移動はピーちゃんの空間魔法により一瞬で行われ、多忙な伯爵も娘を一人で行かせまいとして同行したのである。

ムルムルの「祖父」ムーブと秘密保持の約束

地下都市の小部屋でムルムルは、エルザからミュラー伯爵の武勲を聞かされて上機嫌となり、伯爵を「自らの血脈を継ぐ息子同然」と呼んで庇護を約した。その一方で、佐々木は女児の姿のまま出向き、ムルムルに変身の事実を口外しないようエルザを通じて頼み込み、了承を得た。ただし条件として、ピーちゃんと佐々木が今後も血族たちを定期的に連れてくることを約束させられた。歓談の後、ムルムルはエルザとミュラー伯爵に古代王国の歴史書を土産として渡し、ヘルツ王国と地下都市の関係は当面安泰と見なされた。

アルテリアン地方の発展と共和国勢の進出

その後、佐々木とピーちゃんはアルテリアン地方の現状視察に向かった。前回訪問から一ヶ月足らずにもかかわらず人口は倍増し、各所で大規模建築の基礎工事が進み、テント村だった一帯は家屋が立ち並ぶ宿場町の様相を呈していた。人型ゴーレムを用いた魔法土木により建設は急速に進み、大通りは石畳で舗装されていた。街中にはルンゲ共和国の国旗を掲げた立派な馬車や、ケプラー商会・リッター商会など長老会系商家の紋章が見られ、地下トンネルを通じた安全な輸送路を背景に、共和国からの物資流入が地元発展を強く後押ししている様子が窺えた。

「商人としての道」をめぐる対話と元の身体への願望

エイトリアムの宿へ戻り帰還準備を進める中、佐々木はヨーゼフが語った「商人としての道」の真意をピーちゃんに尋ねた。ピーちゃんは自分にも分からないとしつつ、ルンゲ共和国特有の価値観に基づく言葉だろうから、そのまま善意の忠告として受け取り、細部を気にし過ぎない方がよいと諭した。この言葉に佐々木は安心感を覚え、慰めを素直に嬉しいと口にしたが、女児の姿でそう告げられたピーちゃんは調子を狂わされる。そこで佐々木は改めて、早く元の身体に戻りたいという強い願望を自覚するに至ったのである。

〈諸国漫遊 三〉

正月明けの日常と節分談義

正月気分が薄れ、ニュースや季節商品が通常運転に戻る中、家では国際色豊かな朝食を囲みつつ、次の行事である節分について話題が上った。鬼役を誰が務めるか、豆を年の数だけ食べる風習の非合理さ、二人静の実年齢などが冗談交じりに語られ、和気藹々とした空気が流れていた。

星崎の変化した身体への適応

語り手は、屈強な男性の肉体へと変化した星崎が驚くほど自然体で過ごしていることに違和感を覚えたが、本人は筋力・持久力の向上を前向きに受け止めていた。その一方で食欲が増大していることを自覚し、将来元の身体に戻った際の体形悪化を危惧されてからかわれた。語り手は、自身が「弱者男性の中身を持つ女児」という立場に強い社会的ハンデを感じ、星崎やピーちゃんを羨ましく思っていた。

東京都市圏の事故増加と末娘の相談

テレビでは年明け以降、東京都市圏で交通事故など物騒なニュースが増えていることが報じられたが、上司からの招集もなく、一同は正月ボケによる偶然と判断した。その後、十二式(末娘)が改まって相談を切り出し、自身と星崎が連載する小説に悪質なアンチが粘着している問題を共有した。アンチは連番アカウントを量産して誹謗中傷を続け、十二式は機械生命体ゆえの「嘘を吐けない」建前を盾に、自ら別アカウントで理詰めの反論を行っていた。

アンチ対応と書籍化打診の発覚

アンチへの報復として電子戦やウイルス送付を提案する声もあったが、課長に発覚すればネット活動そのものが制限されると星崎が制止し、最終的に「放置が最善」との結論に傾いた。議論の最中、お隣さんの端末に小説投稿サイト運営からのメッセージが届き、末娘作品に対し出版社から書籍化打診が来ていることが判明した。十二式はアニメ制作と直接関係しないとして報告を後回しにしていたが、星崎は「より多くの人に読まれることは目的と合致する」と書籍化に強く賛成した。

多数決による書籍化決定と編集者からの電話

書籍化受諾の是非は家族ごっこの参加者全員による多数決に委ねられ、最終的に全員賛成となった。連絡役は黒須(お隣さん)とアバドンが担当し、ほどなくして出版社・MARUKAWAの編集者斎藤から電話が入った。斎藤は「エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生」を高く評価し、是非書籍化したいと熱意を示したうえで、作者の出版経験と年齢を確認した。

中学生作家と「保護者」問題のドタバタ

黒須が十三歳の中学一年生であると知った斎藤は、保護者への説明と了承を求めた。語り手は自らを保護者と名乗って電話を代わったが、女児の声色が致命的に幼く、信憑性を欠いてしまう。そこで星崎が「母親役」として通話を引き継ぎ、印税や部数などを確認しつつ、落ち着いた電話応対で斎藤と交渉した。最終的に対面での打ち合わせ提案がなされ、一行が出版社に出向く形で合意した。

書籍化への期待と不確実性

こうして黒須とアバドンが担当する作品の書籍化が動き出したものの、刊行までは最低三〜四ヶ月を要し、その間に局からの横槍や十二式の帰還などで計画が頓挫する可能性も残されている。語り手は過度な期待を避けつつ、「気長に見守るべき出来事」として、この新たな展開を受け止めていたのである。

香港島での探索と象の異常行動

アニメ制作が順調に進む一方で、フェアリードロップス回収は難航し、お隣さんたちは最後の反応源である香港に向かったのである。末端で上空から目撃情報マップを確認し、冬で人気の少ない砂浜に着地して捜索を開始したが成果はなかった。やがてマジカル娘の反応を頼りに山中の貯水池へ移動し、そこではアフリカゾウと思しき個体が岸辺で混乱して暴れていたが、フェアリードロップスの反応は直前で途絶していた。

マジカルレッドと妖精との邂逅

象を前にした一行の前に、現地の魔法少女マジカルレッドと、レッサーパンダ姿の妖精が飛来した。マジカル娘サヨコとは旧知の間柄であり、さらに二人静とも財閥同士の縁があることが判明した。レッドは自分が父を暗殺して一族を掌握したことを淡々と語りつつ、自国領内のフェアリードロップスは自分が優先的に確保すべきだと主張したが、サヨコは「魔法中年ケンタらを元に戻すために必要だ」と食い下がったため、ケンタへの恩義から譲歩を約束した。

妖精界への警戒と治療手段探索の糸口

レッサーパンダの妖精は、妖精界やフェアリードロップスについてふわふわとした態度で語り、姿変化系のフェアリードロップスの存在を示唆しつつ「調べてみる」と応じた。二人静は謝礼を申し出たが、レッドは大財閥の令嬢として金銭を拒み、ケンタへの個人的な恩返しとして協力すると宣言した。一方、十二式は妖精界と魔法少女の戦力を潜在的脅威と見なして強い警告を発し、自宅という「家族の聖域」にレッドを立ち入らせることを断固拒否したため、ケンタとの直接面会は見送られた。

撤収と透明なフェアリードロップスによる新たな変異

貯水池周辺ではその後もフェアリードロップスの反応が戻らず、象もレッドの通報を受けてどこかへ逃走したため、双方とも撤収を決めた。お隣さんたちは末端に乗り込んで帰路についたが、その直後、お隣さんの全身を焼くような激痛が襲い、衣服の下で急速に体毛が増えるなど異常な変化が始まった。マジカル娘が末端内部で新たな反応を検知し、十二式が跳躍して空中から透明な物体をつまみ取った結果、それが高度なステルス機能を持つフェアリードロップスであると判明し、一行は文鳥のもとでの対処を急ぐ中、お隣さんは意識を失ってしまったのである。

お隣さんの帰還とオオカミ化の発覚

フェアリードロップス回収組が慌てて帰宅し、お隣さんが新たな対象に襲われたことが判明したのである。戻ってきたお隣さんは性別どころか種族ごと変化し、タイリクオオカミと思しき大型のオオカミになっていた。ピーちゃんが何度も回復魔法を試みたが効果はなく、お隣さん本人も前足で制止を示したため、治癒は一旦中断された。吠え方によるイエス・ノー確認から、痛みもなく意識も明瞭であることだけは確認された。

透明なフェアリードロップスの回収と技術的限界

末端内でのスキャンにより、十二式は高度なステルス機能を備えたフェアリードロップスを検知し、末娘がそれを指先で摘み上げていた。人間には視認不能なそれは、マジカルピンクのマジカルフィールド内に収容されることになった。十二式は、屋外の羽虫サイズの物体を検出するのは機械生命体にとっても現実的でないと説明し、末端内部という完全制御空間だからこそ捕捉できたと述べた。

オオカミとしての生活補助と家族ごっこのルール

エルザは脳波などを利用した「思考音声化デバイス」でお隣さんと会話する案を出したが、十二式は思考の筒抜けはプライバシー侵害であり、家族ごっこの第七条にも反するとして却下した。その代替として二人静が秋葉原で巨大キーボードとタブレットを調達し、お隣さんは前足でキー入力し、音声読み上げアプリで発話する手段を獲得した。お隣さんは毛布をかけてくれる佐々木に感謝しつつ、頭を撫でてもらおうと画策するなど、オオカミの身体を逆手に取ったスキンシップも試みていた。

火星基地での検査と治療選択

火星基地での精密検査の結果、お隣さんの遺伝子は人間からオオカミへと書き換わっており、おじさんや化粧女と同様に根本的な肉体変化が起きていると判明した。人間同士は遺伝子がほぼ同一であるのに対し、人間とオオカミは約二割弱異なるため、治療にはより長期の医療ポッド収容が必要と説明された。ただし、事前に保存した健康診断データを使えば、元の身体へ戻すことは十分可能と示され、お隣さんは治療開始を保留しつつ、デスゲームの報酬や妖精側の調査結果も踏まえて判断を先送りすることにした。

出版社との打ち合わせと佐々木の窓口就任

日常の段取りを整える中で、出版社との書籍化打ち合わせが数日後に迫っていることが思い出された。本来の原作者はお隣さんとアバドンであるが、当人はオオカミで対面は不可能である。顔バレしている星崎や乗り気でない二人静を巡って議論した結果、現在女児の姿にある佐々木が窓口役を務める案が浮上した。機械生命体も「家族一丸のプロパガンダ」という目的からこれを支持し、ピーちゃんも見た目を化かすなどと後押ししたことで、最終的に佐々木が担当を引き受け、二人静が新調スーツのスポンサーを申し出る形で、打ち合わせ体制が固められたのである。

女児・マッチョ・オオカミの日常への適応

語り手は女児、星崎はマッチョ、お隣さんはオオカミという異常な状態のまま、日常生活が続いていたのである。語り手は背丈不足を補うため飛行魔法で家事をこなし、星崎は急激な身長増加のせいであちこちに頭をぶつけ、日常的に流血しては語り手やピーちゃんの回復魔法に頼る生活となっていた。一方、お隣さんは食器や食べ方を巡って議論が交わされた末、アバドンに「あーん」されるのを拒絶し、皿に直接口を付けて食事を取る形に落ち着いた。排泄はトイレ、入浴は湯船とブロワー乾燥で対応し、家の中を大型犬のように歩き回るその姿は、語り手にとって癒やしの光景ともなっていた。

投稿サイトでの書籍化打診とアニメ企画の方向性決定

小説投稿サイトで活動を始めて一週間が経過し、十二式は「当初の目的に照らして結論を出す時期である」と告げた。語り手からは、担当作に四件の書籍化打診が来たことが報告され、日間ランキング上昇を受けた複数社からのオファーであると判明した。これを受け、十二式はアニメ化における題材ジャンルはこの原案で決まりと判断し、父とピーの提案した案をベースに脚本制作へ進む方針を示した。盗作疑惑を避けるため、既存テキストの削除や設定の再編も検討され、エルザやルイス殿下ら異世界勢が世界観・生活描写(農村の窓や下着、領土統治)にリアリティを加える助言を行った。キャラクターの声については、特定の声優連想を避ける方針が確認され、十二式が当日の成果を映像化し、翌日以降に全員でスパイラル的にブラッシュアップする体制が整えられた。

機械生命体製銭湯の開業と家族での来訪

十二式は近所に新たに銭湯が完成したことを告げ、家族での利用を提案した。機械生命体が月面建材プラントを活用して短期間で建てたその銭湯は、瓦葺き唐破風に赤い暖簾、提灯と白漆喰の壁が映える昭和レトロな佇まいであり、休憩所や自販機も備えた本格的な施設であった。星崎の男湯・女湯問題については、情緒教育の観点や本人のリスク回避が議論され、最終的に星崎は男湯を選択した。お隣さんもアバドンによる身の回りの世話を理由に男湯へ向かい、男湯側は語り手、ピーちゃん、ルイス殿下、星崎、お隣さん、アバドンという面子となった。十二式は母の肉体を戻す決意を口にしつつ女湯へ回されることになった。

男湯での入浴騒動とささやかな幸福感

男湯の浴室は富士山のペンキ絵と横長の湯船を備えたレトロな造りであり、男女の浴室は高い壁で仕切られつつも声は届く昭和的な構造であった。身体洗いの場面では、お隣さんがアバドンの洗体から逃げて語り手のもとへ駆け込み、潤んだ瞳で助けを求めたため、語り手は目にシャンプーが入ったと推測して介助しようとした。しかし、その役目は先んじて星崎が担い、マッチョな腕でオオカミを小脇に抱え、「女同士」と言いつつ強引に洗い場へ連行した。語り手はピーちゃんと共に貸し切り同然の湯を満喫しつつ、十二式の働きに感謝する気持ちと、変則的ながらも家族で銭湯を楽しむ時間にささやかな幸福感を覚えたのである。

〈フェアリードロップス 一〉

出版社へ向かう道中と星崎の保護者役

打ち合わせ当日、元の姿に戻れないまま、語り手と星崎はピーちゃんの空間魔法でビジネスホテルへ移動し、そこから電車で出版社へ向かったのである。久々の満員電車に語り手は子供の体格とパンプスの不安定さに苦戦し、人の流れに流されそうになるたびに、マッチョ化した星崎に片手で抱き寄せられて難を逃れた。星崎は欧州で新調したスーツとロングコートで決めており、圧倒的な存在感を放っていた。

担当編集との初対面と作品評価

大手出版社の社屋に到着した二人は、受付を経て担当編集・斎藤と会議室で対面した。名義上は「黒須」として来訪した語り手は、保護者役の星崎とともに応対し、挨拶の最中につい社畜口調を漏らして学生らしさを外し、星崎に肘で小突かれて取り繕う羽目になった。斎藤は『エイリアンの山田さんVSクラス担任の谷川原先生』を高く評価し、「絶対に売れる」と断言、編集部内での評判も良好であると述べ、今後一緒にやっていきたいと熱意を示した。

執筆体制とスケジュール確認、奇妙な会話劇

打ち合わせは、連載方針と生活リズムの確認へと進んだ。編集側は年二〜三冊刊行を目標として示し、原稿のストック状況と執筆スピードを質問した。語り手は機械生命体の支援を背景に「十万文字一冊分のストックがあり、執筆には二ヶ月ほど」と回答し、斎藤はその速さを称賛しつつも無理は禁物と釘を刺した。一方で星崎は「可愛げのない娘」とからかい、語り手は「父さん」と呼び掛けて返すなど、親子ロールプレイを続けた。斎藤も「爪の垢を同僚に煎じて飲ませたい」と乗り、イタリア製の爪切りを探しに出るなど、会話は徐々に奇妙な方向へ転がっていった。

ヘリ墜落とフェアリードロップスの影、そして違和感

その最中、外から大きな爆音が響き、二人が窓の外を確認すると、出版社前の道路に民間ヘリが墜落し炎上している光景が広がっていた。星崎は消防車の手配を慌てて口にし、語り手の端末には二人静からの着信が入る。通話の中で四件目のフェアリードロップスに関連する事態であることが示唆され、二人静は状況を警告したが、語り手は強い違和感を覚えつつも「これから爪の垢を採取しに行く」として通話を一方的に切り、機内モードにしてしまった。こうして、日常的な商談と異常な災害、そしてフェアリードロップスによる事態が静かに重なり合い始めていたのである。

正月ボケ報道とヘリ墜落の速報

お隣さんはオオカミの身でコタツに横たわり、二人静らとテレビの討論番組を眺めていた。番組では「正月ボケ」による事故多発が議論されていたが、途中で生中継の速報に切り替わり、都内でヘリ墜落が発生したことが報じられた。映像に映ったビルの社名から、その場所が佐々木と星崎が打ち合わせに向かった大手出版社であると判明し、一同は二人の安否に強い不安を抱いた。

電話越しに感じた違和感と出動決定

二人静は末娘からの「四件目のフェアリードロ」の報告を受けつつ、佐々木に電話をかけた。佐々木は「今まさにヘリが落ちてきた」と状況を説明しつつ、「何かが変だ」と曖昧な不安を口にしたが、その後は爪の垢を採取して編集者の同僚に煎じて飲ませるという支離滅裂な話へ逸れていった。通話は一方的に切られ、再発信しても繋がらない。これを受け、末娘はフェアリードロ関与の確率が高いと推定し、「家族のピンチには全員で助けに向かう」という家族ルールを根拠に、総出で現場へ向かうことが決まった。

現場上空への転送とビル内部への強行侵入

機械生命体の末端による転送で、一行は東京のオフィス街上空からヘリ墜落現場近くのビル屋上へ移動した。現場周辺では玉突き事故に巻き込まれた消防車や救急車が立ち往生し、救助活動が滞っていた。マジカル娘の感知により、近隣の高層ビル上部にフェアリードロの反応があることが判明し、一同は重力制御で隣のビル屋上へ移動した。しかし屋上にはそれらしい物体が見当たらず、二人静は窓ガラスを破ってフロア内に突入する強行策を選択した。文鳥は即座にオフィスの人間を昏倒させ、末娘はセキュリティを掌握したため、内部捜索は可能となった。

思考撹乱の異常とハトとしての正体露見

ところが捜索を進めるにつれ、二人静やエルザ、ルイスらは、くだらない連想話や暴走気味の冗談を次々に口走り、行動も興奮状態に近づいていった。末娘とアバドンだけがその知性低下を問題視し、疎外感を覚えるほどであった。お隣さんは本能的な違和感を抱きつつ、強く漂う獣臭を辿って窓際へ向かい、半開きの窓から外を覗き込むと、外壁の出っ張りに複数のハトが留まっているのを発見した。お隣さんの鳴き声でハトが一斉に飛び立つと同時に、室内の面々は一斉に正気を取り戻し、自分たちの発言と行動に戦慄と羞恥を覚えた。

フェアドロの能力の整理と今後への布石

マジカル娘はフェアリードロップスの反応が完全に消えたことを確認し、二人静は、ハトに擬態したフェアドロが一定範囲の生物の思考をかき乱す「怪電波」のようなものを放っていたのだと推論した。末娘に影響がなかったことから、機械生命体は対象外と考えられた。また、お隣さんとアバドンの証言から、東京で問題となっていた「正月ボケ」やヘリ墜落すら、このハト型フェアドロの影響である可能性が浮上した。そこへ佐々木から再び連絡が入り、やはり自分たちもフェアドロに翻弄されていたと自覚したことから、打ち合わせ終了後に合流して情報を共有する段取りが整えられたのである。

昼食兼作戦会議の開始

出版社での打ち合わせを終えた佐々木と星崎は、担当編集に見送られて社屋を後にし、家族ごっこの面々と合流して洋食店で昼食兼作戦会議を開いた。お隣さんやピーちゃんの存在はアバドンが誤魔化し、全員が席に着いた段階で先ほどのヘリ墜落と「正月ボケ」の元凶がハト型フェアリードロップスであるとの共有が行われた。

ハト型フェアドロと怪電波の分析

フェアドロはハトに擬態し、怪しい電波を撒き散らして周囲の生物の思考を乱していると整理された。十二式は、都内の事故・事件をマッピングした空中ウィンドウを示し、特定地点を中心に半径数百メートル規模で影響が出ていること、移動に伴い帯状の被害域も形成されていることを説明した。機械生命体には効果がなく、家族の知性が次々と崩れていく光景は十二式に強い恐怖を与えていた。

インリンの合流とフェアドロ三種の正体

そこへ海外の魔法少女インリン(マジカルレッド)がレッサーパンダ姿のタヌキ妖精を連れて合流し、これまでのフェアドロ三種の情報を開示した。佐々木を女児化させたステッキは本来「変身願望の充足」だが、欠陥により思考を過剰に読み取り肉体崩壊に至る危険な品であり、南米の個体は「生体ビルドアップ」、香港の個体は「他生物への変身」をもたらすと判明した。いずれも一方通行の変化で、原則として自力では元に戻れないことが示された。

妖精界と機械生命体の対立懸念と取引条件

十二式は「家族を不幸にするなら妖精界を滅ぼす」とまで宣言し、タヌキに対し「家族を元に戻す手段か技術情報の提供」を強く要求した。タヌキは妖精界と接続されたマジカルフィールドを通じて調査可能であると認め、家族を元に戻す方法を探すと約束した。星崎はこれを利用し、「佐々木・星崎・お隣さんが元に戻れたなら、ハト型フェアドロをインリン側へ譲渡する」という条件付き取引を提案し、家族内多数決の末に承認された。インリンとタヌキもこの条件を受諾し、互いに協力して解決を目指す方針が固まった。

局からの正式指令

協議が一段落したところで、二人静に阿久津課長から電話が入り、巷を騒がせる「正月ボケ」の原因である「厄介なハト」を捜索・確保せよとの正式な指令が下された。これにより、私的な家族会議として進めていたフェアドロ対策は、公的任務としても本格的に動き出すことになったのである。

局からの指令と情報隠蔽の取り決め

年明けから東京都市圏で多発している正月ボケについて、局から二人静に正式な調査指示が下った。送られてきた事故・事件の位置情報は、十二式が先ほど示したピンマップとほぼ同一であり、局も事態の異常性には気づきつつあった。ただし、フェアリードロップスが原因であることや、その姿がハトであることは阿久津には報告されておらず、局はあくまで「異能力者による所業」と認識していた。二人静は、横取りを防ぐために情報を伏せたと明言し、星崎も嘘が露見した場合のリスクを承知しつつ、言い出しっぺとして責任を取る覚悟を固めた。

機械生命体によるハト捜索計画

フェアリードロップスの回収について議論が進む中、十二式が「東京都市圏のハトを片っ端から確認する」という力業の捜索案を提示した。彼女は既に地球各地や小惑星帯に展開していた末端機を東京都市圏に集中させ、群れ単位でハトを追跡しており、センサーの性能からハト個体数より二桁少ない末端での監視が可能と説明した。その結果、十数万羽規模のハト群も一〜二時間で対象に行き当たると見積もられ、機械生命体の物量と管制能力が家族から改めて高く評価された。十二式は、将来的な妖精界調査部隊はこの「五千倍」の規模になると誇示し、半ば脅しのような形で機械生命体のポテンシャルを示した。

偽装と監視対策:狐への変身とカメラ掌握

局に怪しまれないため、ピーちゃんは「シルバー文鳥」として佐々木に同行することを避ける必要があった。そこで彼は一時的な目眩ましとしてキタキツネに変身し、オオカミ化したお隣さんとの「イヌ科コンビ」として行動する案を採用した。変身の瞬間は店内の監視カメラに映る危険があったが、十二式が近隣一帯のセンサー類をすべて掌握していると宣言し、映像やログを機械生命体側で処理することで痕跡を残さない体制を整えた。これにより、狐姿のピーちゃんは局や一般の目を欺きつつ、現場での「付きの妖精」として同行できるようになった。

魔法少女風コスチュームの押し付けとアニメお披露目

二人静は、現場での正体隠しと局への言い訳の両立を狙い、軽井沢の仕立て屋で密かに採寸しておいたデータを使って、佐々木専用の魔法少女風コスチューム(黒基調)を特注していた。高級スーツを破かせないためという名目で、着替えなければ今後服を貸さないと書かれたメモまで仕込み、トイレでの強制的な「変身」を成立させた結果、佐々木は事実上「八人目の魔法少女」として扱われることになった。その合間、十二式は機械生命体のイメージ向上を目的とした自作アニメを空中ウィンドウで上映し、三十分のファンタジー冒険活劇は家族ごっこの面々から「テレビアニメと遜色ない」と好意的評価を得た。十二式はこれを「末娘の心の栄養」と満足げに受け止め、当日中の公開まで見据えていた。

フェアリードロップス発見と現地出動の決定

上映が終わる頃、十二式が関東沿岸部でフェアリードロップスらしき個体を探知したと報告した。機械生命体だけでも回収は可能だが、現地では既に人類や異能力者が混乱状態にあり、局から星崎・二人静に正式な出動命令が出ていることも踏まえ、家族としても現場に向かわざるを得ないと判断された。一方、十二式は母である星崎の身を案じ、佐々木は遠距離から指示に回す形を提案した。最終的には、佐々木は安全圏から状況把握と指揮に徹し、現場には星崎・二人静・魔法少女たちが出向く構図が固まる。また、インリンも協力を申し出るが、十二式は「末端搭乗時に消し飛ぶ」と警告し、彼女には自力移動を求める一方、機械生命体の信頼獲得は「未来永劫あり得ない」と言い放った。こうして一行は、洋食屋での会計を済ませ、ハト型フェアリードロップスの本格的な追跡・回収作戦へと踏み出すことになったのである。

〈フェアリードロップス 二〉

中華街上空への追跡と状況確認
一行は十二式の末端に搭乗し、ハト型フェアリードロップスを追って東京都から神奈川県へ南下しながら追跡していた。末端内のモニターには位置情報と地図が投影され、対象が横浜中華街の雑居ビル屋上で静止したことが判明した。周辺では交通事故や喧嘩が発生し始めており、フェアリードロップスの影響による混乱が顕在化していた。

回収末端の撃墜と機械生命体の怒り
十二式は宇宙から回収用円盤を投下し、反重力的な手段でハトごと回収しようとしたが、ハトは口からマジカルビームに似た光線を放ち、末端を正確に撃ち抜いて撃墜した。これにより、対象の周囲には機械生命体が観測不能な力場が存在し、マジカルバリア類に守られていると判明した。十二式は末端を二度撃墜されたことで妖精界への報復を口にするほど激昂した。

隔離空間と「認識」による巻き戻りの仕組み
二人静とアバドンは、隔離空間では「人かモノか」という参加者の認識により、退出時の巻き戻り対象が決まると整理した。三宅島での事例を踏まえ、エルザが末端を生物のように認識していたため、末端内のデータだけが巻き戻りを免れ、十二式の継続的記録となったと推論した。一方、この仕組みを当人たちに説明すれば、認識が変化しライフラインを失いかねないため、エルザとルイスには意図的に伏せておく判断となった。

隔離空間内での接近作戦と北京ダック騒動
作戦として、天使側が隔離空間を発生させ、その内部でハトを回収する方針が決定された。マジカルピンクと、魔法少女衣装を着せられた「マジカルブラック」(佐々木)、さらに狐姿のピーが突入役を務めることになった。ピーは過去の薬物事件になぞらえて、回復魔法で正気を維持する策を提案したが、フェアリードロップスの影響は意識やシナプス発火に限定され、身体の損傷や変質を伴わないため、回復魔法では打ち消せないと十二式が分析した。隔離空間内で接近を始めた三人は、周囲の飲食店や北京ダックの話題に意識を奪われ、会話がどんどん脱線していくなど、頭が「パッパラパー」になっていく様子が周囲からはほとんどホラーのように映っていた。

交通事故現場での救助と再挑戦の決意
隔離空間からの離脱に伴い、フェアリードロップスの影響が残ったまま現実世界に復帰した結果、大規模な多重事故現場に遭遇した三人は、周囲の視線も憚らず、浮遊魔法や回復魔法で横転車両の救出と負傷者の治療を次々と行ってしまった。十二式は監視カメラや端末の映像を必死にジャミングしたが、野次馬の視線までは防ぎきれず、対応に追われることになった。正気を取り戻した佐々木は事態の重さを自覚しつつも、今この機会を逃せば被害が拡大すると考え、「もう一度だけチャンスをくれ」と二人静に再挑戦を願い出た。

空間転移による強襲回収とマジカルストライク
地図情報からフェアリードロップスが東京湾岸の半島部ビル屋上で静止していることが分かると、ピーは空間魔法によるピンポイント転移を提案した。初動で使わなかったのは不意打ちのリスクを避けるためだったが、他に打ち手がない状況を踏まえ、この案が採用された。三人は一息で屋上に転移し、至近距離からのマジカルビームはピーの障壁魔法で防がれた。ピーのビーム砲がハトのバリアを砕いたところで、佐々木は事前に身体強化魔法をかけた上で跳躍し、特注のステッキによる「マジカルストライク」でハトをマジカルフィールドへ叩き込んだ。フェアリードロップスがフィールドに収まった瞬間、三人の意識は一気にクリアになり、回収の成功が確認された。

横須賀基地でのミサイル発射という新たな危機
しかし安堵も束の間、彼らが立っている場所が横須賀基地の滑走路を抱える敷地内であることに気づき、直後に東京湾内から複数のミサイルが海中から打ち上がる光景を目撃した。潜水艦や周辺艦艇から次々と発射される飛翔体は、恐らくフェアリードロップスの影響下で「頭がパッパラパー」となった基地関係者による暴走であると推察され、フェアリードロップス回収の成否とは別に、事態が新たな軍事的危機の局面へと移行しつつあることが示されたのである。

宇宙空間でのミサイル迎撃
フェアリードロップスを回収した直後、横須賀基地から実戦用と思しきミサイルが発射され、諸外国からも報復ミサイルが飛来した。十二式は日本防衛を宣言し、高高度に展開した端末で迎撃を開始した。佐々木とピーは転移魔法で宇宙空間に出て、障壁魔法で放射線などを遮断しつつビーム魔法で自国のミサイルを完全消滅させ、十二式は他国ミサイルを軌道上で無効化した。

現場離脱とニュース報道
ミサイルが止むと、地上からの注目を避けるため一同は速やかな撤収を決定し、事後処理は二人静に一任された。帰宅後、テレビでは横浜中華街近くの大規模玉突き事故が大々的に報じられ、死傷者ゼロという異常な結果とともに、「空から降りてきた魔法少女に助けられた」という証言が繰り返し流れた。横須賀基地からのミサイル発射も話題に上るが、スタジオは早々に話題を打ち切り、統制の存在が示唆された。

ネット上でのバズと情報統制の限界
二人静に促されてネットを確認した佐々木は、魔法少女とミサイルを巡る投稿がソーシャルメディアで爆発的に拡散している現状を知った。ドラレコ映像には、空中浮遊する自動車や救護にあたるマジカルピンクとマジカルブラック、狐の姿まで鮮明に映っており、万単位のバズとなっていた。十二式はネットワーク経由のデータ削除を申し出るが、スタンドアロン機器由来の映像までは消せないと二人静に諫められる。結果として、機械生命体の能力を用いて魔法少女本人と浮浪児が写るデータのみをピンポイントで削除し、それ以外の事故映像は残されることになった。

回復魔法の異常性と八人目への注目
現場対応の経緯を報告する中で、交通事故の被害者の一人に、余命宣告を受けていた重病者が含まれていたことが判明した。その患者は病院搬送後の検査で病気の完全寛解が確認され、四肢再生どころか致命的疾患まで癒やす回復魔法の実在が明るみに出た。局のデータベースにも類例はなく、各国や諸組織が「八人目の魔法少女」の力に強い関心を示すことが予想されるため、二人静は回復魔法をマジカルブラックの固有能力「マジカルヒーリング」として説明しつつ、本人の正体秘匿を最優先とする方針を共有した。

ミサイル発射の政治的処理と機械生命体の立場
横須賀基地と諸外国からのミサイル発射については、各国間で大規模演習扱いとして政治的に幕引きする方向で調整が進んでいると二人静は報告した。しかし、実際には人類の兵器が機械生命体の足止めにもならないことが露呈しており、十二式が本気を出せば世界規模の軍事バランスが崩壊し得る危険性も示された。佐々木と星崎は、局や同盟国の魔法少女からの接触、阿久津ら上司の動きに警戒しつつ、当面は外出や通信を控え、元の肉体への復帰と今後の対応策を優先課題と認識した。

魔法少女たちの出自と妖精界の影
話題はやがて、外国出身の魔法少女たちがなぜ流暢な日本語を話すのかという疑問に移った。マジカルピンクによれば、彼女たちは魔法少女アニメのイベント会場で妖精と邂逅し、そこでスカウトされた存在であり、レッドは日本文化への傾倒、イエローは幼少期からの日本生活を通じて二言語話者となっていたという。この証言から、魔法少女制度の背後にアニメ文化を媒介とした妖精界の意図的な勧誘構造がある可能性が示され、インリンお嬢様やメイソン大佐が妖精を扱いかねていた理由にも納得がいく形となった。

機械生命体プロパガンダの失敗と今後の不安
同じ午後に家族で制作・公開した機械生命体の宣伝アニメは、本来ならネットのトレンドを席巻するはずだったが、魔法少女騒動に話題を奪われて再生数は数千回に留まった。十二式は身内に話題を攫われたと不満を述べ、クオリティが高すぎて企業制作動画と誤認された可能性や、「個人らしさ」を強調する戦略の必要性が議論された。冗談半分に十二式自身が魔法少女としてデビューする構想も出るが、星崎は当面、宇宙人プロパガンダを含む目立つ行動を控えるべきだと進言する。ミサイル事件と魔法少女バレ、重病完治の余波がどこまで広がるか見通せない中で、一同はネットから距離を置きつつ、局と世界情勢の出方を窺うしかない状況に置かれていた。

異世界側の近況とトンネル開発の進展
地球側が忙しくなる前に事情を伝えるため、ササキとピーちゃんは異世界を訪れ、ミュラー伯爵にエルザを返還しつつ近況を説明した。伯爵は引き続き二人の都合を最優先すると約束し、エルザの滞在も鳥の賢者が預かる形で認められた。その後、ササキ=アルテリアン辺境伯領の地下トンネル出口を視察すると、かつてのテント村は石造りの建物が立ち並ぶ活気ある町へと発展し、ルンゲ共和国との貿易によって人と馬車が絶えない一大拠点となっていた。

ケプラー商会から知らされた帝国の軍備拡張
ルンゲ共和国に移動したササキは、軽油を通常より多く納品したうえでケプラー商会のヨーゼフと面会した。そこでマーゲン帝国が近くヘルツ王国へ再び侵攻する可能性が高いとの情報を知らされる。帝国系商会から異常な規模の食料買い付けが入っており、過去の事例から演習ではなく本格的な出兵と判断できるという。背景には、地下トンネル事業と共和国貿易によってヘルツ王国の財政と体制が立て直されつつあることがあり、帝国がその前に王国を叩こうとしていると推測された。

情報の扱いと商人としての立ち位置
ササキはアドニス王へ警告すべきか逡巡するが、軍需品発注で共和国中の商会が帝国と取引している状況を考え、軽率に動けばケプラー商会や長老会を敵に回し、マルク商会の立場を失う危険を認識する。そのため情報はせいぜいミュラー伯爵までに留め、星の賢者の名を用いて他言無用を取り付けるべきだと考えつつも、放置すればヘルツ王国が壊滅しかねないという板挟みに苦しんだ。

ヘルツ王国防衛か共和国との共存かというジレンマ
エイトリアムの宿に戻ったササキとピーちゃんは、リビングで改めて状況を整理した。王国と帝国が正面から戦えば王国に勝ち目は薄く、国境の砦や旧ミュラー伯爵領、エイトリアムの町にはササキの知己も多い。星の賢者や地下都市の戦力を総動員すれば帝国軍を撃退できる可能性はあるが、その場合は帝国に多額の投資をしているルンゲ共和国の利益を損ない、マルク商会が長老会から総スカンを食らう恐れがある。ピーちゃんも、帝国を打ち破ったとして広大な領土と多数の特権階級をどう統治するかという重荷を懸念し、理想はヘルツ王国とマーゲン帝国、共和国が共存共栄する形であると語った。

外部者としての立場と「恩返し」としての介入決意
ササキは、自分たちはあくまで異世界の「外から来た者」であり、最終的な決定はピーちゃんと、この世界の住人たちに委ねるべきだと自覚する。一方で、ヘルツ王国と共和国で築いた人間関係を戦争で失いたくない思いも強く、せめて被害を減らす方向で手伝いたいと願う。ピーちゃんは「自分に構わず放り出してもよい」と気遣うが、ササキはブラック企業生活から救い出してくれた愛鳥への恩返しとして、スローライフから遠ざかる覚悟で協力すると応じる。まずは現地に赴いて情報収集し、商人としての立場を守りつつも、後悔のないようできる限り尽力する決意を固めていたのである。

女児化した身体と衣類調達の必要性
フェアリードロップス回収の際の暴発に巻き込まれたことで、語り手はピーちゃんの回復魔法により一命を取り留めたものの、肉体が女児の姿へと変化してしまったのである。元に戻る気配は当面見られず、この姿で生活せざるを得なくなった結果、手持ちに児童用衣料がないことが最初の実務的な問題として浮上した。そこで語り手は同僚であり資産家でもある二人静に頼み込み、軽井沢の別荘で衣類を貸与してもらう段取りを付けた。

子供っぽい服と狙った人選による「悪ノリ」
別荘のリビングに戻ってきた二人静は、背格好が近いことを理由に大量の服をテーブルに積み上げたが、その中身はキャラクター物のTシャツ、短いスカートやホットパンツ、猫耳フード付きパーカーなど、意図的に子供っぽく可愛らしいものばかりであった。語り手が「もう少し落ち着いた服」を求めると、二人静は「普段着ていない服を貸す」と最初に宣言していたことを盾に取り、対価の金インゴットを返して手を引くぞと揺さぶりをかけつつ、明らかに愉快がる態度を見せた。これに対し語り手は、かつて二人静が教員をしていた際のスーツに言及し、「それも普段は着ていないはず」と切り返して、彼女に渋々スーツと冬物コートを取りに行かせることに成功したのである。

スーツ採用と過激な下着という新たな難題
戻ってきた二人静は、語り手にも見覚えのあるスーツとコートを差し出し、実務上は十分な配慮を見せたものの、ボトムはかなりタイトなミニスカートであり、語り手は抵抗を覚えつつも子供服よりはマシと判断して受け取った。さらに二人静は「下着」と称して黒レースやローライズ仕様の、大人向けかつ刺激的なデザインの新品を提示し、ノーパンで過ごすつもりかと畳みかける。語り手は戸惑いながらも選択肢のなさを悟り、二人静の悪ノリ混じりの厚意を受け入れて、女児の身体に合わせた最低限の衣装問題をひとまず解決したのである。

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