物語の概要
ジャンル:
青春ラブコメディである。クラスのリア充カーストの頂点に君臨する主人公・千歳朔と、その周囲に集うヒロインたちの葛藤や成長を瑞々しく描く群像劇の第6巻である。
内容紹介:
「ばいばい、恋した一度きりの夏。」をテーマに、夏の終わりにふさわしい、儚くも情感あふれるエピソードが収録されている短編集である。通常の本編では描かれない、登場人物たちの心情や関係の変化を、感傷的かつ繊細に描出する特別な1冊である。
主要キャラクター
- 千歳 朔(ちとせ さく):本作の中心に立つリア充男子。友人やヒロインの心情に敏感であり、自身も揺れ動く感情に向き合う姿が見どころである。
- 柊 夕湖(ひいらぎ ゆうこ):朔への想いを胸に抱くヒロイン。番外篇ではその繊細な心の揺れをより深く描写される存在である。
物語の特徴
本作は、シリーズ本編の“青春群像劇”を補完する番外篇ながら、単なるおまけ以上の存在感を放つ。エモーショナルな情景描写とキャラクターの揺れる心を繊細にすくい取る構成が、本作ならではの魅力である。読者にとっては、朔たちの“今”をじっくり味わう特別な時間となる一冊である。
書籍情報
千歳くんはラムネ瓶のなか 6.5
著者:裕夢 氏
イラスト:raemz 氏
レーベル/出版社:ガガガ文庫/小学館
発売開始:2022年3月18日
ISBN:978-4-09-453060-5
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あらすじ・内容
「ばいばいみんな、また二学期にな」
それぞれの思いが花火のように夜空を染めた夏。
少女たちは、再び手を伸ばす。
心の奥に沈む、大切な月を掬えるようにと。
熱く駆けぬけた季節を終わらせ、もう一度歩き出せるようにと。
終わりはきっと、なにかの始まりだから。
短夜を彩る珠玉の「長篇」集。
――だから、ばいばい、人生で一度きりの夏。
感想
今回は短編集とのことだったが、手に取ってみるとその分厚さに思わず笑ってしまった。しかし、ページをめくると、そこには息抜きのような軽い物語はなく、6巻の熱量をそのまま引き継いだ、地続きの彼女たちの姿が描かれていた。
この巻は、まさに「夏の終わり」をぎゅっと詰め込んだような一冊だ。寂寥感を伴いながらも、決して寂しいだけではない、充足感と未来への期待が入り混じった感情が胸に迫ってくる。彼女たちは、不安や恐怖を抱えながらも、それを恐れずに真っ直ぐ前を見据えて進んでいく。傷付いたり、傷付けられたりすることもあるけれど、それでも良いと思える関係性もあるのだと、この物語は教えてくれる。
特に印象的だったのは、夕湖というキャラクターだ。今巻を通して、彼女は私にとって滅茶苦茶好きなキャラクターになった。夕湖の告白から始まり、各ヒロインたちがそれぞれの夏をどう過ごしたのかが綴られていく。金沢へ買い物に行くことになったヒロインたちが交わした約束、夢に近づくための初めての取材、彼女らしい初デートの結末、そして恋する乙女の戦い。何とも濃厚で、無駄に福井に詳しくなりそうなエピソードが積み重ねられていく。明日風のエピソードは、特に良くできていると感じた。彼女の未熟さや、視野が広がっていく様子が、地元福井を絡めて丁寧に描かれている。比較的「薄い」印象のあった優空が、大切な場所のため、譲れないもののために感情を露わにして一番を目指す姿も良かった。夕湖と悠月は、ある意味予定調和だったかもしれない。ただ、少し地元エピソードがくどかったような気もする。
そして、陽。彼女は本当にまっすぐで、他のヒロインたちを蹴散らして、全力で千歳くんをスティールしてほしいと願ってしまう。自分の愛した男が馬鹿にされるのが何よりも許せないという彼女の姿は、かっこよすぎるとしか言いようがない。
この先、物語がどう展開していくのか、本当に楽しみだ。この勢いだと、千歳くんはヒロイン全員の父親に「娘をよろしく頼む」と言われることになるかもしれない(苦笑)。
「ばいばい、恋した一度きりの夏」。この言葉が、この物語を象徴しているように感じる。それぞれの思いが花火のように夜空を染めた夏。もう一度歩き出すために、始めるために、少女たちは再び手を伸ばす。この先に何が待っているのか、早く続きが読みたくてたまらない。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
一章 八月の夜に結んだ十年前のゆびきりげんまん 登場キャラクター紹介
七瀬悠月
自己を厳しく省みる高校生であり、他者への嫉妬と自嘲を抱えている。
- 幼い頃の「白馬の王子」幻想を捨て、自己像を“性悪なお妃様”や“魔女”に重ねる内省を行った。
- 金沢旅行で夕湖やなずなと行動を共にし、土産選びや服装選びを通じて恋心と自己像を深めた。
- 十年後の再会の小指の約束に加わり、王子を譲らない決意を胸に秘めた。
柊夕湖
失恋を正面から受け止め、次へ進むけじめをつけた少女である。
- 金沢旅行の企画を主導し、新しい自分を作るために服や化粧品を選んだ。
- ひがし茶屋街で夏を語り尽くし、千歳への恋が一度終わったと自覚した。
- 加賀鳶のあぶらとり紙やいしるだしを土産に選び、十年後の再会を提案した。
綾瀬なずな
軽口で空気を和らげる役割を担う少女である。
- 福井駅で悠月と再会し、呼称を更新して関係を修復した。
- 千歳をめぐる激しい感情を茶化しつつ、正面衝突を避ける姿勢を示した。
- 恋みくじやビデオ通話を通じて旅の場面を盛り上げ、十年後の約束にも加わった。
朔(千歳)
複数の想いを受け止めつつ、結論を先送りしない態度を取った少年である。
- 夏祭り後も「待て」とも「不在化」とも言わず、夕湖に恋の終結を自覚させた。
- ビデオ通話で悠月やなずなと軽いやりとりを交わし、夕湖に“対等な会話”の実感を与えた。
- 朝食の習慣に合わせた醤油糀を悠月が土産として選んだ対象となった。
内田(うっちー)
夕湖の交友関係に含まれる男子である。
- 土産としていしるだしを選ばれる存在として描かれた。
- 夕湖の過去の語りに登場し、友情の一端を担った。
浅野海人
夕湖が関係を結び直そうとした相手である。
- 夕湖は海人への土産を避けようとしたが、悠月の助言により購入を決意した。
- 夕湖が「ありがとう」と「これからも」を伝える対象となり、別柄のあぶらとり紙を贈られることとなった。
二章 やがて涙で咲かす花 登場キャラクター紹介
明日風
受験を控える高校三年生であり、編集者を志望する少女である。
- 深夜にラジオを聴きながら孤独を手紙に託す内面を持つ。
- 父の提案で福井の地域誌URALAを見学し、模擬取材に挑戦した。
- 誘導過多を指摘され、化粧室で涙を流すも、編集者の資質を学び直した。
- 鈴木から「思い込みで走る力」という言葉を受け、進路の核心を得た。
- 東京で編集者を目指す決意を固め、十年後に再会する誓いを胸に刻んだ。
朔
冷静な観察眼と本質を突く質問力を持つ少年である。
- 模擬取材で「なぜ続けるのか」と問い、平山から編集観を引き出した。
- 明日風の真剣さを評価し、未来へと背中を押す姿勢を示した。
- 自らも心に「がらんどう」を抱えていると告白し、新しい物語を紡ぐ覚悟を共有した。
寺畑(URALA編集長)
豪放な態度と率直な講評で新人を導く編集者である。
- 見学を受け入れ、模擬取材の場を提供した。
- 「準備の先で待つこと」を最後の仕事として説き、沈黙を恐れない重要性を示した。
- URALAの理念を「手元に残したくなる媒体」と語り、地域誌の未来像を提示した。
平山(URALAチーフエディター)
地域誌に根ざした活動を行う若手編集者である。
- 編集者とライターの役割を説明し、現場の厳しさと魅力を伝えた。
- 自らの失敗談を語り、悔しさが糧となることを明日風に示した。
- 「最高の推し活」として編集業を語り、未知のものを布教する喜びを明らかにした。
鈴木(HOSHIDO店主)
書店とリトルプレスを運営し、本づくりに人生を重ねる人物である。
- 店を「自分が編んだ一冊」と捉え、作者や読者の人生を保存する場と位置づけた。
- 明日風に「編集者の才能とは思い込みで走る力」と語り、進路への自信を与えた。
- 駅前再開発で閉店予定ながら、物語は人の胸で続くと示した。
三章 彼女と彼の椅子 登場キャラクター紹介
優空
家庭的な一面と音楽的感性を兼ね備えた少女である。
- ピアノを弾き、母の記憶を胸に料理へ気持ちを込めた。
- 朔との関係を特別にするため、市場デートや料理を通じて自らの立場を見直した。
- 父への紹介や台所の椅子を通じて、自分の居場所を実感した。
- 夏を通じて「譲れないもの」と「帰れる場所」が増え、一番を選ぶと決意した。
朔
誠実であり、相手と向き合う強さを持つ少年である。
- 優空を市場デートに誘い、財布を預けるなどの信頼を示した。
- 優空の父に正直な挨拶を行い、互いに傷つけても向き合い続けると宣言した。
- 優空に台所の椅子を贈り、当たり前の居場所として受け入れた。
- 料理や会話を通じて優空の不安を和らげ、日常を共有した。
優空の父
寡黙だが娘を深く案じる父親である。
- 深夜に夜食を作り、受験生活を支えた。
- 朔と対面し、娘を傷つけないでほしいと願いを伝えた。
- 最終的に朔を信頼し、娘を託す言葉を述べた。
四章 かかげた両手に花束を 登場キャラクター紹介
陽(ウミ)
葛藤と情熱を抱えたバスケットボール部のキャプテンである。
- 朔への恋心と競技の両立に苦しみ、迷いを抱えた。
- 東堂舞や先輩との試合で己の未熟さを痛感し、千歳の言葉で奮起した。
- パスを武器に攻撃の幅を広げ、三対三の勝負で覚醒を見せた。
美咲
陽を導く立場の仲間であり、冷静な判断力を持つ。
- 宿題を口実に陽を呼び出し、翌日の来訪者について知らせた。
- 三対三の試合に参加し、守備とスティールで流れを変えた。
- 陽の迷走を支え、守備面で主導権を握った。
ケイ
先代キャプテンであり、陽たちの成長を見守る存在である。
- 美咲と共に後輩の場を整え、三対三に加わった。
- 大学の先輩たちと連携し、高校生との差を示した。
- 試合では陽たちの挑戦を受け止め、経験の厚みを示した。
アキ
大学で活躍するポイントガードであり、冷静な采配を行う。
- 藤志高の過去の試合で陽に憧れを抱かせた人物である。
- 三対三では速い展開と球離れで優位を作り出した。
- 「パスは逃げ道ではない」と指摘し、陽の意識を揺さぶった。
スズ
大学で活躍するスモールフォワードであり、緻密な技術を持つ。
- 高校時代から迫力と技巧で注目された選手である。
- 緩急とオフハンドの巧さで陽を翻弄し、痛烈な言葉を浴びせた。
- 陽の覚醒を引き出す敵役となり、最後まで全力を尽くした。
東堂舞
芦高の選手であり、陽のライバルとして登場した。
- 練習試合で陽を圧倒した経歴を持ち、連絡を取り合う関係となった。
- 三対三で陽と共闘し、得点源として活躍した。
- 陽の迷いを察し、千歳への電話を機転で取り次いだ。
展開まとめ
一章 八月の夜に結んだ十年前のゆびきりげんまん
鏡前の自己認識と“性悪なお妃様”の比喩
悠月は夏の終わりの朝、下着姿で鏡に向かい、自身の鍛えた体と女性的な線を他人のように観察した。幼い頃の「白馬の王子」幻想を離れ、いまの自覚は“白雪姫”ではなく“性悪なお妃様”側に近いと自己規定した。毒りんごではなくドレスと作法を与えて王子に「誰がいちばん美しいか」を問うだろうという逆説的妄想は、他者への嫉妬と自嘲の自覚を露わにしたのである。
金沢行きの誘いと“雪かき”の比喩
夏祭りの翌夜、柊夕湖から「金沢で買い物に行こう」と電話があり、悠月は心の滓を払う“雪かき”になぞらえて同行を決めた。夕湖は新しい服とコスメで「新しい私」になると宣言し、悠月はその健気さに少し嫉妬を覚えつつも応じたのである。
福井駅での不意の遭遇と呼称の更新
約束の時刻より早く福井駅に到着した悠月は、綾瀬なずなとばったり出会った。かつての誤解(ストーカー騒動)以降ぎこちなかった関係は、「綾瀬/七瀬」から「なずな/悠月」へと呼び方を更新することで、わずかに雪解けした。直後に夕湖が合流し、三人での小旅行が確定したのである。
切符・蕎麦談義と胸中の微痛
悠月が切符を手配する間、夕湖は無邪気に千歳の好物(蕎麦)を口にした。悠月は、夕湖とうっちーの告白を正面から受け止めた千歳の姿を思い、何も終わっていないどころか「ここから始まる」と感じつつ、胸の奥にひりつく痛み――“お姫様の片道切符”を得た夕湖への嫉妬――を自覚した。自らを“性悪なお妃様”と重ねてうつむく心象が描かれたのである。
車窓の対話―進路とバスケ、そして自己像の揺らぎ
サンダーバード車中、なずなが進学やバスケ継続を問うと、悠月は県外志望以外は未定と答えた。何事にも手を抜かず上を目指す性分ゆえ、バスケが唯一無二か断じきれない揺らぎを吐露する内省が挿入された。なずなは先の諍いを謝罪し、ふたりはツンデレめいたやり取りで和解の笑いに至ったのである。
金沢到着と昼食論争―“譲れるうちに譲る”選択
人で賑わう金沢駅で、昼食先をめぐって夕湖は「ゴーゴーカレー」を所望し、なずなは“オシャレ女子の行き先ではない”と渋った。悠月は白シャツに飛ばさぬ注意を冗談めかしつつ受け入れた。ここで悠月は、いずれ「譲れなくなる瞬間」の前に「譲れるものは譲る」と決め、自己満足と自覚しつつも夕湖の望みを優先したのである。
三人で手をつなぐ現在地
夕湖がふたりの手を取り、三人で歩き出す。悠月はこの“くすぐったい”瞬間を忘れまいと刻みつつ、嫉妬と友情、自尊と譲歩が同居する複雑な感情を抱えたまま、小旅行の幕を開けたのである。
金沢到着とゴーゴーカレーの昼食
悠月、柊夕湖、綾瀬なずなは金沢駅「あんと」のゴーゴーカレーで各自カツ系メニューを注文し、夕湖は特にボリュームのあるマンハッタンカレーとキャベツのおかわりまで平らげて満足していた。なずなと悠月はその食べっぷりに半ば呆れつつも、軽口を交わしながら買い物へ向かったのである。
金沢フォーラスでのショッピング開始と“激重感情”の指摘
三人は金沢フォーラスのフロアガイドを確認し、秋服や下着を目的に巡回した。なずなが千歳をめぐる周囲の“激重感情”を茶化しつつも本音を漏らし、夕湖と悠月に刺さる言葉となった。なずなは正面衝突の意思はないと明言し、三人の距離は軽口を交えつつも微妙な親密さを帯びたのである。
三者三様の装い傾向と下着の趣向
買い回りの中で、夕湖はガーリーからセクシーまで守備範囲の広い挑戦型、なずなはモノトーン基調に小悪魔的スパイス、悠月はボーイッシュ寄りという傾向が見えた。下着では、夕湖は定番の色柄を揃え、なずなはフリルやリボンの可愛い系、悠月は紐や透け感のある色っぽいタイプを好むことが示され、外見と内面の反照が暗示されたのである。
夕湖プロデュースのコーデ試着と“魔女”の自己像
夕湖の提案で、悠月は自らは選ばないタイプのコーデを試着した。ワインレッドのワンショルダーとスリット入り黒ロングスカート、同色サンダルにゴールドの小物という装いは、鏡に映る悠月を“妖しい女”として顕わにし、以前の“性悪なお妃様”比喩を越えて“鏡の中に毒りんごを隠す魔女”という自己像に到達させた。悠月は、ボーイッシュを無自覚に選び続けてきた理由を、女を食べさせたい相手がいなかったからだと確信し、千歳への恋心を改めて自覚したのである。
散財の余韻と“着物で街歩き”の提案
数時間の買い物を終え、三人は予算超過を嘆きつつ戦利品を手にした。休憩後、夕湖が観光と着物レンタルを提案する。費用面で躊躇した悠月となずなに対し、夕湖は母から三人分の支援を受けていると語り、二人は恐縮しつつも受け入れたのである。
夏着物での移動とひがし茶屋街へ
三人はレトロモダンで統一した夏着物に着替え、和傘を一本携えて「城下まち金沢周遊バス」でひがし茶屋街へ向かった。車内で悠月は、夕湖の横顔に移ろいと愁いを見出し、破り捨てた日記の一頁のようなこの夏を思い返しながら、ただ見惚れて立ち尽くしたのである。
川沿いの寄り道と“この夏を終わらせる”宣言
橋場町で下車し川沿いを歩きながら、夕湖は二人にこの夏の出来事を語り尽くす意思を示した。教室を飛び出しての孤独、母の優しさ、友人たちとの関わり、そして夏祭りの夜までを丁寧に語り、なずなは過去の焚き付けを涙ながらに詫びた。夕湖はきっかけはなずなでも、決断は自分であり、後悔はないと応じたのである。
千歳の“先延ばし”論への応答と夕湖のけじめ
なずなは千歳の決断が残酷な先延ばしになり得ると懸念し、将来の相手が悠月を含む誰かに定まる可能性を暗に示した。夕湖は、朔(千歳)は待てとは言わず、告白の不在化も拒んだのだと述べ、先延ばしではなく自分の恋はこの夏に一度終わったと結論づけた。これは次の季節へ進むためのけじめであり、夕湖はこれからも彼を想うと穏やかに宣言したのである。
取り残される感情と静かな祈り
夕湖の成熟に悠月はわずかな悔しさと遅れを自覚する。夕陽のように柔らかな夕湖にもたれかかられた悠月は、その髪を撫でながら、純白を汚すのが自分の足跡でありませんようにと密かに祈り、三人の夏が静かに区切られていく手触りを受け止めたのである。
夕湖の独白—“失った恋”と取り残される感覚
柊夕湖は、教室の夕暮れで終わった自分の恋を正面から言語化する。朔(千歳)に「受け入れてもらえなかった」事実だけは消えず、もし告白が悠月やうっちー、陽、西野先輩だったなら違う答えが出たのでは—という“もしも”に揺れる。それでも「ここからもう一度始める」と、強がりではなく自分のための再起を誓う。
ひがし茶屋街へ—“恋みくじ”で笑いに変える
三人はひがし茶屋街へ。綾瀬なずなの提案で「恋みくじ」を引き、なずなは大吉(努力せよ)、悠月は中吉(過去にしがみつくな・告白は確認作業)、夕湖は小吉(思いやりで成就/神様じいちゃんの「失敗したからうまくやれる」)。刺さる文言にツッコミと爆笑が生まれ、夕湖の胸の痛みが少し軽くなる。
“着物×旅先”が可視化する関係性
金箔ソフトは回避し、三人は和テイストのジェラート最中を堪能。着物カップルの多さに気づき、悠月は「旅先で和装して並ぶのは彼氏彼女の特権」と語る。夕湖は“はじめて”を独占したい願望(初デート、初キス、初旅行…)を胸に噛みしめ、叶わなかった切なさと向き合う。悠月の「はじめての相手には、なれなかったな」という独白が余韻を落とす。
「千歳にお土産買っていこっか」—悠月の背中押し
悠月があえて名指しで「千歳に」と提案。夕湖は、これは自分の気持ちをそっと肯定してくれる合図だと受け取る。以降、お土産選びは難航しつつも三人で店を渡り歩く。
“あぶらとり紙”と方言—夕湖のゼロからの結び直し
金箔由来のあぶらとり紙専門店で、夕湖は法被姿の“加賀鳶”が鏡を見て身嗜みを整えるコミカルなパッケージに一目惚れ。朔への土産に決める(コピー「戦う漢は身だしなみやぞ」)。裏面の金沢弁に続き、悠月が福井弁で掛け合いを再現して場は大盛り上がり。悠月の「いいの?」に、夕湖は「あぶらとり紙」を抱きしめて応える—「一からまた、紡いでいく」。
この“ネタ土産”は、夕湖が恋の糸をもう一度結び直す小さな宣言となる。
良縁の神社での祈り—“繋いだ手を、もう少しだけ”
ひがし茶屋街そばの神社で、柊夕湖は女松・男松の縁起にあやかり「まだ、もう少しだけ、手を繋いでいられますように」と静かに願う。入れ替わりで参拝した七瀬悠月は、誰かに祈るのではなく自分に誓うような凛とした面持ち。夕湖は、朔(千歳)もきっと同じふうに誓う人だと直感する。
出汁の香りに誘われて—“いしるだし”と“醤油糀”
参拝後、三人は出汁と調味料の店へ。能登の魚醤「いしる」を使った“いしるだし”の試飲に感嘆。棚を読み解く悠月は、千歳の朝食習慣(卵かけ・納豆・梅干し)に合わせ「卵かけ用の醤油糀」を土産に決める。夕湖は内田(うっちー)へ“いしるだし”を選択。さらに店の味噌のスープを味見し、夕湖が「朔のお味噌汁、安心する味」と漏らすと、悠月が一瞬だけ表情を曇らせるが、すぐ平静を装う。
“海人にお土産”問題—関係を結び直す決意
夕湖が無意識に避けていた浅野海人の名前を悠月がそっと確認。夕湖は「迷惑じゃないか」と揺れるが、悠月は「言い訳で好きを嫌いに変える男じゃない」と海人の人柄を擁護し、避けられる痛みより“まだ一緒にいたい気持ち”を想像するよう促す。夕湖は腹を決め、「ありがとう」と「これからも」を伝えるために海人への土産を買うと決断。綾瀬なずなの現実的ツッコミ(“さらっと渡せ”)も入り、重さを抜いて進む空気が整えられる。
“同じ好き”を詰める土産—あぶらとり紙ふたつ
三人は再訪した金箔由来のあぶらとり紙専門店で、夕湖は朔に選んだ加賀鳶デザインと“別柄”を海人にも購入。「種類は違っても好きは一緒」と夕湖。悠月は千歳向けに醤油糀のみ(味噌は家庭事情的に保留)、健太や和希の話題で笑いながら、土産選びを軽やかに締める。
小さな旅の余韻—“十年後も、この笑いで”
神社の誓い、出汁の温かさ、土産に込めた気持ち。恋と友情の“はじめて”を一つずつ言葉にしながら、夕湖は「十年後も同じように笑えていたら」と胸の内で呟く。届かない願いかもしれない—それでも、いまは確かに、三人で前を向いている。
着物スナップ大会—なずなの“撮らなきゃ損”号令
ひがし茶屋街で土産を買い終えた三人は、なずなの提案で写真撮影へ。なずなを撮るだけでなく、なずなの挑発に応じた七瀬悠月が至近距離の“相合い傘”ポーズで返り討ち、夕湖は連写。以後、ひとり・ふたり・三人の写真を撮り合い、朝方のぎこちなさがほどけていく。
ビデオ通話の不意打ち—千歳との“ふつう”の会話
なずながスマホを“自撮り”と偽ってビデオ通話を発信、画面に千歳(朔)。なずなは軽口で畳み掛け、悠月も参戦して“着物どう?”と迫る。悠月は照れ隠しの千歳に「じゃあ新作の手料理ね」と要求。夕湖は動揺しつつも、画面越しの短いやりとり(服、暑さ、八月の終わり)に満たされ、「いま初めて“対等な会話”ができた」と感じる。最後は夕湖が「ばいばい朔、また二学期にね」と“またね”で締め、千歳も笑って応じる。
駅ナカのおでん—三人の夜と小さな未来予想図
兼六園散策後、駅構内のカジュアルなおでん店へ。金沢名物の車麩・梅貝、「飲み干せる出汁」に舌鼓。好み談義で、なずなは卵と大根、夕湖は巾着餅、悠月は“ほどけた小結しらたき”を真顔で語って爆笑。福井の“地がらし”など土地の味にも触れつつ、旅先の夜が三人を少しだけ大人にする。
進路と距離のリアル—それでも交わす“十年後の約束”
大学・就職で県外に出る現実味、友達は卒業後に疎遠になりがち—という話題から、柊夕湖が提案。「十年後の夏の終わり、また金沢で。買い物して、着物で歩いて、ゴーゴーカレーとおでんを」。七瀬悠月は「誰が誰と歩んでいても恨みっこなし。夕湖が幸せなら愚痴を、私が幸せなら甘いのろけを」と小指を差し出す。綾瀬なずなも笑って応じ、三人は小指を絡める。“一本の糸をふたりで綾なす”ように、いつか笑って「きれいだね」と言える約束を胸に刻む。
車窓に映る幻想と寂寥感
七瀬悠月は帰路のサンダーバードで窓外を眺め、旅と夏の終わりに寂寥感を覚えた。窓に映る自分が入れ替わる想像を膨らませ、過ぎ去る時間の切なさを噛みしめた。
夕湖との会話と内省
悠月は夕湖に声をかけ、今日を振り返って感謝を伝え合った。悠月は夕湖に、朔にとってどういう存在でありたいかを尋ね、夕湖は朔をかっこいいと言える存在でありたいと答えた。その笑顔に悠月は、自分と夕湖が正反対でありながら似ていると気づいた。
互いの評価と共鳴
悠月は夕湖の行動をかっこよかったと称し、互いの瞳に相手を映し合った。悠月は自分たちが裏表のように重なる存在であると感じ、夕湖と同じ約束を共有しているのだと悟った。
決意と誓い
悠月は心中で、夕湖が白雪姫であっても自分がお妃様であっても負けないと誓った。王子を譲らず、一番美しい存在として向き合う決意を固めた。十年後には親友に甘いのろけ話を届けられるよう、鏡よ鏡と誓いを込め、自らが最も相応しい女になると宣言した。
二章 やがて涙で咲かす花
深夜の独白とラジオ
明日風は真夜中、古いラジオに周波数を合わせながら孤独と向き合い、届かない手紙を心中でしたためていた。星屑に救難信号を飛ばすような感覚で、誰かの声とつながる温度を求めていたのである。
受験生の自覚と夏の記憶
シャープペンの芯が折れた拍子に休憩へ入り、高三の夏が受験に直結すると自覚を新たにした。夏の思い出は朔と過ごした一乗谷のデート、夏期講習、祖母宅、夏祭りで占められており、勉強の辛さをラジオの音で和らげていたのである。
父の夜食とささやかな団欒
日付が変わるころ、父が夜食のおむすびと味噌汁を運び、体調を気遣った。ぶっきらぼうだが不器用な愛情が滲み、明日風は味の拙さも含めて「美味しい」と受け止めた。父は「受験生に夜食を作るのが夢だった」と本音を漏らし、親子の距離は和らいだのである。
編集部見学という提案
父は福井の地域誌『URALA』編集長と連絡が取れたと明かし、編集部見学と編集者との面談を勧めた。進路の強制ではなく、動機づけの一助であることを強調し、明日風は即座に参加を希望したのである。
朔への打診と同行の決定
友人同伴可は伏せたまま見学の話だけを朔に告げると、朔は自発的に興味を示し同行を希望した。明日風は回りくどさを悔いつつも、素直に誘えばよかったと省みたのである。
訪問当日の邂逅と父の牽制
ウララコミュニケーションズ前で合流した二人の前に父が現れ、朔に対して不器用な牽制と過剰な世話焼きを見せた。夕食代を渡して栄養ある食事を促すなど溺愛ぶりを隠し切れず、結果的に三者の関係性は微笑ましく描かれたのである。
未来の一瞬の想像と照れ
朔の軽口から「結婚式」まで連想が飛び、明日風は動揺した。互いに照れながらも、もし将来が続くなら父と朔は案外気が合うという情景が脳裏をよぎり、甘やかな予感と現実の緊張が交錯したのである。
見学へ踏み出す決意と余韻
装いを整え、夏の終わりの空の下、明日風と朔は編集部見学へ向かった。町を出る決意も、名残惜しさも、いずれも「朔がいるから」と胸中で言語化され、残る七か月を噛みしめるように、明日風は回数券を一枚ちぎるような覚悟で前に進んだのである。
編集長・寺畑との対面
明日風と朔はURALA社のエントランスで待機し、強面だが気さくな編集長・寺畑に迎えられた。初対面の緊張は、豪快な笑いと砕けた応対で和らいだのである。
編集部フロア見学
二人は仕切りの少ない開放的な編集フロアを見学した。各席には資料や私物があり、実務の熱量が漂っていた。寺畑は企画会議の運びを説明し、「面白さ」最優先の文化と、担当ページに対する責任の重さを強調したのである。
チーフエディター・平山の登場
藤志高校の先輩でもある平山が対応役となった。年齢の近い同性ゆえに話しやすい配慮がなされ、二人は応接室へ案内された。席配置は直対を避け緊張を和らげる配慮が感じられた。
録音と取材スタイルの基礎
明日風は面談の録音許可を求め、平山は快諾した。録音・メモの是非については流派が分かれるが、平山は「後から拾える大切な言葉」を重視し、少なくとも録音かメモのどちらかを推奨する立場を示したのである。
編集者とライターの役割差
朔の質問から、平山は役割分担を説明した。ライターは取材と執筆の専門家であり、編集者は企画立案から取材手配、ラフ作成、デザイン連携、原稿・写真チェック、進行管理まで全体を監修する「何でも屋」に近い実態であると述べた。業務の大変さはあるが、場は笑いを交えて和やかに進んだ。
“模擬取材”という職業体験の提案
寺畑は即興の職業体験を提案し、テーマを「福井で編集者として生きること」と定めた。準備時間は十五分とされ、二人はそれぞれの方法で質問項目を練ったのである。
明日風の先攻志願と下調べ
開始直前、明日風はURALA訪問の決定が早かったことや事前の読み込みを根拠に先攻を申し出た。最新号の精読や質問リストの準備など、編集志望としての自負が垣間見えたのである。
平山への導入質問と動機の掘り下げ
録音開始後、明日風は「なぜ編集者に」と定番の第一問を投げた。平山は理系出身で機械メーカー勤務を経て、面白さを求めて転職した経緯を語った。さらに「なぜ福井でURALAか」という問いでは、地元回帰の思いと未経験歓迎の中途採用という機会が重なったことが明かされた。
初学の困難と地域誌の魅力の言語化
明日風は「生みの苦しみ」や地域誌ならではの意義を促し、平山は「企画・文章・連携」すべてが最初は手探りだったと述懐した。地域に根ざす企業や小規模店の魅力を丁寧に掘り起こし、読者へ橋渡しする喜びが語られ、福井の温かな人柄も魅力として挙げられたのである。
高揚と自己認識
質疑は心地よい律動を保ち、明日風は自らが本当に編集者になったかのような高揚に気づいた。はしゃぎ気味の自嘲を抱きつつも、現場でしか得られない学びを確かに掴んだ回であった。
明日風の初取材の手応えと交代
明日風は平山への聞き取りを終え、初取材として上々の手応えを得たと自認した。続いて朔が担当することとなり、寺畑は評価は後にまとめて行う旨を示したのである。
朔の切り込み:「なぜ続けるのか」
朔は「過酷でもなぜ雑誌編集を続けるのか」と本質を問うた。沈黙ののち、平山は「最高の推し活」と喝破し、未知のヒト・モノ・コトを誌面で全力布教できる歓びを語った。談笑を交えつつ、飲食店取材の“福井らしい温かさ”の逸話が連なり、場は活気づいたのである。
紙とネットの現在地――寺畑のビジョン
寺畑は、検索が常態化した時代には紙の即時性優位が失われたと認めたうえで、URALAの目標を「手元に残したくなる媒体」と定義した。情報の寄せ集めではなく「おもしれー読み物の寄り合い」として、十年後にも再訪される誌面を志向し、福井の歴史・文化・人を保存する決意を示したのである。
「雑誌の文章」を面白くするもの
朔の問いから、平山は情報誌としての簡潔・正確性を前提としつつ、「おもしろい読み物」へ届く鍵は“書き手のまなざし”だと述べた。同じ取材素材でも、職人の手の動きや店主の信念、交通不便を静かな余暇と見る視点など、着眼と解釈が文章を豊かにすることを、具体例で示したのである。
明日風の胸中のざわめき
朔—平山の対話は、沈黙を挟みながらも自然に沸点を迎える“ぎこちない律動”で進み、明日風は自分の取材と質感の差に息苦しさを覚えた。やがてその違和感は焦燥へと変わったのである。
編集長の講評と核心
寺畑は「満点」と前置きしつつも、職業体験としての厳正評価を求め、どちらが良かったかを明日風自身に問うた。明日風は苦渋の末「朔の取材」と答え、その理由を「平山が生き生きと語り、物語が引き出されていたため」と述べた。
失敗の本質――“相手の言葉”を待つこと
朔は「西野が話しているように聞こえた」と指摘し、寺畑は「助け船が過ぎて、平山の言葉が西野の言葉に置換された」と断じた。核心は「沈黙を恐れない」ことであり、相手が自分の内から言葉を探す時間を尊重せねばならない、と明確に示されたのである。
学びと退出
寺畑は、真面目で熱意ある新人ほど陥る失敗として明日風の誘導過多を諭し、「準備の先にある最後の仕事は“待つ”ことだ」と締めた。真っ直ぐな励ましに明日風は礼を述べ、感情を整えるため、その場を離れたのである。
化粧室の慟哭と痛みの正体
明日風は部屋を飛び出し個室で堰を切ったように泣く。取材での“誘導”を突き付けられ、言葉を掘り起こし誰かに届けることの遠さを痛感。初めて「大好きなもので挫折」し、夢との距離に震える。
平山のノック――悔しさを糧に
扉越しに平山が自身の失敗談を語る。思い出補正で見誤り、馴染みのパン屋の“いま”を伝え損ねた過去、担当交代の屈辱――それでも「悔しさが私を踏ん張らせた」。そして明日風の涙を「十年早く辿り着いた尊い地点」と称え、「今日の涙を忘れなければ、きっといい編集者になれる」と背中を押す。明日風は嗚咽を絞り切り、胸に刻む。
別れと約束――福井は帰れる場所
見学の締めに、明日風は読書特集、朔はラーメン特集のバックナンバーを受け取る。寺畑は「東京でつまずいても終わりじゃない、福井に帰ってこい。うららが待っている」と告げ、平山との掛け合いで笑いを誘ったのち、明日風と固く握手。「いつか編集者として会おう」。明日風は「必ず」と誓う。
黄昏の駅前散歩と“洞穴の本屋”
福井駅近くを歩くふたりは、スナック街のビル一階にある「HOSHIDO」に迷い込む。旧スナックを活かしたカウンター、本・レコード・カセットが洞窟の道標のように灯る空間。店内にはBUMP OF CHICKENの「くだらない唄」が微かに流れ、日常と地続きの幻想が揺れる。
店主・鈴木の仕事――リトルプレスと編集室
店主・鈴木は古本と音楽、新刊少々に加え、ZINE/同人誌など“リトルプレス”を扱い、自身も編集を手がけると紹介。高齢の持ち込み作家の一冊を完成させ、病室で本を抱いた著者が「悔いはない」と語った逸話を明かし、「本づくりは読者のためであると同時に著者自身のためでもある」と語る。ページには作者の人生が保存されるのだ、と。
明日風の告白と“編集者の才能”
朔は気を利かせて外へ。明日風はURALAでの失敗を鈴木に打ち明ける。鈴木は問いを重ねる。「編集者の才能とは?」――絶対的基準のない世界で頼るのは「ただの思い込み」。
「この物語は私が出さなきゃ埋もれる」「この作者を届けられるのは自分だ」という確信で走り続ける力――それが編集者の資質だと告げ、「その思い込みを恥じなくていい」と微笑む。明日風は胸を押さえ、何度も頷く。
余韻
平山に教わった“沈黙を待つ勇気”、寺畑の“帰れる場所”、鈴木の“思い込みで走る力”。三つの灯りが、明日風の胸の雨を静かに上がらせていく。朔と並ぶ夜道は、もう恐くない。
HOSHIDOの行方と“店=本”という比喩
鈴木は、駅前再開発で数年内に店を畳む予定だと明かす。それでも「ここは私が編んだ一冊の本」と語り、和太鼓を志す少年や移住して漆を学ぶ元公務員、福井を撮るカメラマン、編集者志望の明日風と見守る朔——この場に刻まれた無数の出会いと物語は、閉店後も読む人の胸で綴られ続けると伝える。明日風は“本が閉じても物語は続く”という言葉から、東京へ行ったのちも朔の物語はこの街で続くこと、そして「自分のなかに君が残っていれば物語は終わらない」と胸に手を当てる。
黄昏の総括——“今日でよかった”という決着
店を出たふたりは満ち足りた一日を反芻する。URALAとHOSHIDOで受け取った言葉は、進路の迷いを越える灯となった。もし六月(迷いの時期)に出会っていたら“福井に残る”という折り合いをつけかねなかった——しかしそれは寺畑や平山、鈴木の“自分の意志で福井を選ぶ”覚悟とは違い、明日風にとっては逃避になってしまう。だから、東京で編集者を目指す原点を抱いたまま進むと静かに定める。
朔のまなざし——“話していなかった”今日のふたり
腹の虫をきっかけに歩きながら、朔は「今日はほとんど会話をしなかった」と指摘する。外野を気にする余裕もないほど真剣に耳を澄ませ、学びを掴みにいく明日風の姿は「一途でまぶしかった」と肯う。明日風が失敗を悔やむと、朔は「それは切実さの裏返し。次に同じ場に立てば、きっともう届かないところに行っている」と未来の背中を押す。
「どうして来てくれたの?」への答え
明日風が理由を問うと、朔は照れながらも「深夜ラジオを聴きつつ、宛てのない手紙を書こうとしている自分がいる」と打ち明ける。この夏で心の区切りがつき、胸の一部が“がらんどう”になった——野球、勉強、恋や友情、それとも「新しい自分の物語」で埋めるのか。明日風はダイヤルを合わせるように受け止め、「——新しい君の物語を紡いでいくのか」と応える。
終章の手触り——星屑の下の“手紙”
ふたりは半歩だけ寄り添い、星空を見上げる。いつか夏の終わりの真夜中、不意に誰かの声を聴きたくなったとき、窓を“とん、とん”と叩く高校生のふたりがいるような——そんな物語が、これからも続いていくと願う。
三章 彼女と彼の椅子
夕暮れのピアノと母への独白
優空は無心でピアノを弾き、西日に気づいて蓋を閉じた。幼い頃に母が弾いてくれた思い出を重ね、いまは大切な人ができ、帰りたくなる場所が増え、音がやさしくなり、料理も上達したと心中で語りかける夏だった。
台所の風景と朔への本音
台所に立った優空は素麺の在庫を見て冷製パスタ風にアレンジすることを決めた。魚を買いに行く発想から、お父さんや弟でなく朔と行きたいという本音が芽生え、朔の家が自分にとってもう一つの帰る場所になったと自覚した。
不安の自覚とわがままの手探り
夏祭りの日の宣言を思い出しつつ、優空は自分が恋人ではない立場で朔の家に通い手料理を作ることの迷惑を案じた。長く肩肘張って過ごした癖でわがままの言い方を忘れたと省み、料理しながら考えを整えようとした。
電話の誘いと感情のずれ
朔から買い出しの誘いが届き、優空は素麺アレンジを伝えて喜びを共有したが、買い出し同行の可否に触れられると切なさを覚えた。関係の変化が見えない朔の平静に寂しさを感じつつ、互いにいつも通りでいようとする配慮を理解した。
買い出しの代わりにデートの提案
優空は逡巡の末に買い出し同行を断り、夕湖の助言を胸に朔へデートを申し出た。普通のそばにいる関係を保つには特別にならねばならないという気づきが決断の因となった。
市場での合流と気後れ
翌日、優空は装いに迷いながら朔と合流した。デートの行き先が市場であることに自嘲しつつも、誰かのデートを見送るだけはもう嫌だと応じた。朔は気さくに受け止め、優空の服装も似合っていると伝え、優空は照れながらも受け止めた。
行列の前で選ぶ日常
市場の行列を前に、朔は並ぶ提案をしつつも最終的に優空の料理を望んだ。優空はふたりで積み重ねた買い出しから食卓までの流れが互いにとって日常になっている可能性を感じ、嬉しさをにじませた。
財布を預ける信頼と家族感
朔はいつものように財布を優空に預け、優空は慣れた会計の段取りを振り返った。この無防備な信頼が本当の家族のように感じられ、優空は静かな高揚を覚えた。
献立相談と嗜好のすれ違い
朔は刺身や塩焼きなどシンプルな好みを示し、優空は市場に来た機会に手をかけた料理を試したいと考えた。暮らすための料理と楽しむための料理の差を意識し、互いの期待の違いが軽い応酬を生んだが、率直に感想を伝える関係性が背景にあった。
未来の空想と立ち位置の見直し
優空は食卓でのやりとりを将来の家庭像に重ねて可笑しみを覚えた一方、自分はいつも一歩引く位置にいたと自認した。朔にとっての自分が家族のような存在に留まるのかという不安が胸に差し、特別である必要性を再確認した。
台所の居場所をめぐる寂しさ
かじきのソースカツをめぐる会話から、優空は朔の台所が他の女子にも開かれ得る現実に寂しさを覚えた。これは朔や悠月への怒りではなく、安心に寄りかかった自分への落胆であり、誰かが恋人になれば自分は立ち退くのだという理解に至った。
特別を選ぶ決意と晩ご飯への約束
優空は不安や嫉妬を朔に押しつけないと心に決め、冗談めかして惣菜案を受けつつも、朔が優空の作りたい料理を選ぶという提案に応じた。がっつり食べられる方向での希望を受け、優空は任されたと応え、特別な気持ちを込めて美味しい晩ご飯を作ると決めた。
市場の試食とやりとり
優空と朔は市場を一巡して買う物を固め、鮮魚店の女性に勧められてマグロを試食した。朔がマグロ丼を口にしかけると、優空は手間をかけた料理への意欲を思い出して制した。女性に晩ご飯の話題を振られ、朔が初デートだと福井弁で軽く受けると、女性は値引きと刺身の差し入れまでしてくれた。
買いすぎた荷物と小さな照れ
ふたりは干物なども含めて買い込み、エコバッグが膨らんだ。朔が二つを持ち、帰路につく途中、朔の軽口を思い出して優空が照れるが、朔は福井の高校生のデートはこうなると笑って流した。
「アメ横」への寄り道
優空は市場のすぐ近くにある「アメ横(夢菓子市)」へ朔を連れていった。倉庫型の広い店内に菓子が所狭しと並び、ふたりは駄菓子コーナーで遠足の買い出しのように楽しんだ。
過去の記憶の呼び水
菓子売り場を前にして、優空は母と弟と三人で駄菓子を選んだ日の記憶を思い出した。弟が泣いた遠足前、母が「お菓子の国」に連れてきてくれ、三人で同じ金額ぶんを相談しながら選んだ幸福な時間だったと回想した。
五百円分を「ふたりで」選ぶ遊び
現在に戻り、朔は五百円までと決めて優空と一緒に駄菓子を選ぶ遊びを提案した。最後はうまい棒の味をめぐってじゃんけんまでし、優空は負けたが、過去の記憶に朔の色が加わって哀しみが和らいだと感じた。
横井チョコレートの話題
優空は店の外壁の「横井チョコレート」を指し、ここで作るクーベルチュール準拠の純チョコが都内でも販売されるほどだと説明した。夕湖と一緒に食べるつもりだと明かし、朔は後で味見したいと応じた。
動線の変更と「デート」意識の揺れ
移動の都合と調味料の回収のため、優空は先に自宅へ寄る提案をした。朔はそれでいいが、これは一応デートだと念押しし、優空はあらためて、ふたりで買い物して家で料理を作る時間こそ自分にとっていちばんのデートだと自覚した。
玄関先での帰宅音と緊張
優空が自宅で食材を分け、下処理や詰め替えを終えた頃、父の車が予想外に戻ってきた。優空は気まずさを避けるため出発を促したが、朔は挨拶すべきだと留まった。
父との初対面と感謝
朔は丁寧に名乗り、優空の世話になっていると頭を下げた。父は電話でのやりとりに触れつつ、朔への感謝と、優空が笑顔を取り戻したことを伝えた。料理は美味しいかと問われ、朔は大好きだと即答し、優空は照れた。
父の「お願い」と優空の制止
父は親として、できれば優空を傷つけないでほしいと願いを述べた。優空は家の事情を朔に背負わせないでと制した。
朔の応答と向き合い方の宣言
朔は傷つけない約束はできないと前置きしたうえで、関わりが深まるほど互いを傷つける可能性は消せないと述べた。そのうえで、この夏に知った癒せない傷の存在と、優空から学んだ傷つけても向き合い続ける関係の在り方を引き、優空とそう向き合っていきたいと宣言した。
父の了承
父は静かに目を閉じ、娘をよろしくお願いしますと深く頭を下げた。優空は涙をこらえ、いつか胸を張っていちばん大切な人として朔を紹介したいと胸中で結んだ。
河川敷での会話と父への挨拶の理由
優空と朔は河川敷でラテを飲み、夏の終わりを感じながら話した。優空が父に挨拶した理由を問うと、朔は一年越しで機会をうかがっていたと明かす。見知らぬ男の家に娘が通う状況では親は心配するはずだとし、優空の父の指先が震えていたことに触れたうえで、取り繕わず本音で礼を伝えたつもりだと述べた。優空はその誠実さに胸を打たれ、同じ言葉で大好きと応じた。
朔の部屋と晩ご飯の段取り
ふたりは朔の部屋に着き、優空は真鯛のパエリアを作ると決め、朔にムール貝の下処理を頼んだ。料理の合間、優空は朔に家族との連絡を促す。自分の父がそうであったように、息子の生活に異性の友人が出入りすれば親は案じるだろうという配慮からだった。直接の紹介までは求めないが、機会があれば話してほしいと伝えると、朔は冗談めかしつつも受け止め、もし面会を求められたら優空は謹んで挨拶すると応えた。
台所に差す不安と「優空用の椅子」
パエリアを仕上げながら、優空はこの日常がいつまで続くのかという不安に揺れた。そのとき朔が寝室から木製のアンティークスツールを持ち出し、煮込みの見張りで立ちっぱなしだった優空への感謝として、うちのキッチン用に買った椅子だから座ってくれ、と差し出した。つまり優空用の椅子だと照れながら告げる朔に、優空は涙をこぼす。特別な約束がなくても、ここに自分の居場所があると示されたことがうれしかった。朔は大事にしなくていい、当たり前のように使ってくれと言い、優空はずっと大切にすると答えた。
夏の締めくくり
優空は心中で、譲れないものと帰れる場所が増え、一番を選ぶと決めた夏だったと結んだ。父との顔合わせも済み、いつか胸を張って紹介したい人ができた夏として刻まれた。
四章 かかげた両手に花束を
夏の終わりへの感傷
陽は夏が確かに始まり、確かに終わろうとしていることを感じ、名残惜しさを抱いていた。朔と歩んだ季節を自分のものと思いたかったが、秋に追いつかれることで役割を終えるのではないかと不安を覚えた。仲間と共に変化を実感しながらも、自分の内に残る宙ぶらりんの感覚に戸惑い、夏が終わらないよう願った。
美咲からの呼び出し
練習後、美咲に呼び止められた陽は叱責を予感したが、出された話題は夏休みの宿題だった。冗談めかした会話の後、美咲は翌日について相談する。卒業生であり先代キャプテンのケイが訪れること、その主賓はさらに上の代のキャプテンとエースであることが告げられた。
憧れの先輩たちの記憶
陽は中学時代、藤志高が芦高を破りインターハイ出場を果たした試合を思い出した。正確なパスを操るポイントガードと、力強いドライブを見せたスモールフォワードのふたりは、彼女にとって憧れであり進路を決めるきっかけとなった存在であった。翌日彼女たちに会えると知り、再び火を灯せる予感を抱いた。
舞との再会
翌日、約束の時刻より早く体育館を訪れた陽は、そこで芦高の東堂舞と出会う。舞は練習試合で陽を圧倒した相手であり、近頃は頻繁に連絡を取り合う仲になっていた。陽はナナが来られないことから舞を誘っており、再会を果たしたふたりは並んでアップを始めた。
芦高の練習と恋愛禁止の規律
舞は芦高の練習が地道な基礎の積み重ねであり、徹底した鍛錬の上に成り立っていることを語った。さらに芦高には恋愛禁止など徹底した規律が存在し、バスケ以外のすべてを削ぎ落として勝利を追っていた。陽は自らの迷いを痛感し、恋を知ってから弱くなったと自覚する。バスケと朔の両立に苦しむ心情を抱えながら、舞に「恋とはどんなものか」と問われ、答えられずにうつむいた。
再会と紹介
ウミはアップ後、先代キャプテンのケイ、美咲、そして大学で活躍する先輩アキ(PG)とスズ(SF)に再会した。東堂舞を紹介すると、アキはフランクに、スズは寡黙に応じた。ウミは高校決勝で魅了されたアキとスズへの憧れを伝え、場は和やかに始まったのである。
火花と挑発
会話の流れで「敵と仲良くしてよいのか」とアキが釘を刺し、舞が挑発で返した。スズは「時間の無駄」と断じ、大学勢と高校生の実力差を強調した。緊張が高まる中、アキの采配で三対三(オールコート、二クォーター、ノックアウトなし)を行うことが決定された。編成は〔ウミ・舞・美咲〕対〔アキ・スズ・ケイ〕であった。
開戦前の心理とフォーム談義
開始直前、ワンハンド/ツーハンド論が交わされ、舞とウミはワンハンド、先輩勢はツーハンドであることが確認された。アキとスズは一気に試合モードへ移行し、舞も集中を高めた一方、ウミだけは心が燃え切らず、自己鼓舞を必要としていた。
ティップオフと先制の一撃
ジャンプボールは拮抗したが、アキが俊敏にルーズを確保し即座に展開。受けたスズが力強いドライブで舞を弾き、レイアップで先制した。舞は「手が巧い」と分析し、スズのオフハンド技術の高さが示された。
アキの読みと速い球離れ
ウミのドライブ主体の攻めはアキに読まれ、パスコースを遮断される。アキ—ケイ—スズと矢継ぎ早のパスで再度失点。アキは「パスは逃げ道ではない」と指摘し、大学勢の球離れと連携スピードが高校勢を上回っている事実が露わになった。
スコアの推移と構図の変化
六分経過時点で13対7。得点源は舞の3本のみで、ウミは自分の固執が攻撃を狭めている自覚に苛まれた。ここで舞はマーク変更を提案し、舞がアキ、ウミがスズを受け持つ構図となった。
スズの“巧さ”の正体
スズは緩急と目線、そしてオフハンドでウミの進路と重心を制御し、ファウルにならない範囲で身体の自由を奪って得点を重ねた。ウミは自分とスズの“スタイルの近さ”という思い込みを撤回し、「迫力に隠れた精緻な技巧」という本質を理解した。
痛烈な一言とウミの孤独
スズは「そのざまでキャプテンか」「いまのままでは舞に届かない」と痛烈に言い放つ。ウミは胸中に孤独を覚え、心と身体が噛み合わぬ空回りを痛感した。頼りたくないのに千歳の名が脳裏をよぎり、自己嫌悪と悔しさを抱えたままボールを強く抱きしめた。
前半終了の劣勢とウミの迷走
前半十三分が終わりスコアは二十三対十五で〔ウミ・舞・美咲〕側が劣勢であった。得点は美咲のスリー一本を除き舞が担い、ウミは無得点のままで、アキとスズに翻弄され続けた。ウミは壁際で自責と迷いに沈み、恋心が競技に影を落としている自覚に苦しんだのである。
舞の機転と千歳の言葉
舞はウミのスマホで千歳に発信し、ウミにスピーカーモードで声を聞かせた。千歳は笑っているかと問い、憧れの先輩と最強のライバルがいる場面でくすぶる女ではないはずだと励ました。さらに楽しそうにバスケをするウミが良いと照れ混じりに告げ、ウミの心拍と闘志は一気に高まったのである。
先輩の揶揄とウミの覚醒
アキとスズは試合中の通話を揶揄し、温い助言と断じた。スズが笑え・楽しめという言葉を薄いと切って捨てると、ウミは千歳と共に歩んだ夏を貶められた怒りで一気に覚醒した。ウミは先輩たちを敵と定め、拳で胸を叩いて決意を示した。
円陣での結束と再開
ウミと舞は藤志高の円陣コールを交わし、士気を最大化してコートに戻った。アキは円陣が受け継がれていることに言及し、藤志高の重みを語った。ウミは尊敬する選手は笑うと宣し、表情を消すアキに対して自らのスタンスを示した。
読み合いと初得点
再開直後、ウミはアキの前でブレーキからノールックの落としを舞へ通し、続けてパス連携を見せてからフェイクドライブでアキを振り切り、初得点を奪った。ウミはパスを逃げ道ではなく突破の武器と捉え直し、攻撃の選択肢を拡張したのである。
差の圧縮と宣戦布告
後半中盤、スコアは三十対二十五となり、舞の量産とウミの復調で点差は縮小した。スズは男に励まされて気合が入ったのかと挑発したが、ウミは相棒の言葉を引いて反駁し、前言撤回を得点で迫ると宣言した。
スズとの一騎打ちと“力を流す”突破
ウミはスズと正面対決を選び、目線と重心のフェイクからオフハンドを盾に接触を受け止めつつ、力を真向からぶつけずに“流す”イメージで懐をすり抜けた。スズの腕下をくぐるように抜けてレイアップを沈め、三十対二十七と射程圏に入れた。ここでウミは敵を糧にする学びを自覚し、気概を取り戻した。
美咲の守備と流れの奪取
美咲はスティールで流れを呼び、アキのノールック志向やケイの甘さを即座に看破して舞に合図を出した。舞はカットから速攻を決め、三十対二十九と一点差まで迫った。美咲はマークをスイッチし、守備で主導権を握ったのである。
解禁されたスリーと攻撃の解像度
外では脅威になれない弱点を自覚するウミに対し、舞はロールから外へ託した。ウミは密かに鍛えたツーハンドのスリーポイントを解禁し、ノータッチで沈めた。内外の二刀を示したことでディフェンスの警戒は拡散し、ウミは自らの可能性を受け入れて前へ進む覚悟を固めた。
熱の共有と最終局面へ
スズは歓笑しつつも勝利の慢心を否定し、ウミは前言の訂正を得点で迫ると応じた。両陣は再び全力で走り出し、世代と立場を超えてスキール音が体育館に満ちた。ウミはコートで生き続けたいと真紅の心に願い、勝負をさらに熱く進めていったのである。
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